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2014年6月23日 (月)

漱石の小説に出てくる「愛すべきダメ男たち」~豊崎由美さんの話

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(リレーおぴにおん)漱石と私:3 愛すべきダメ男たち 豊崎由美さん
 「こころ」の「先生」って、ダメですよね~。エゴイストにしてナルシスト。漱石作品のダメ男の典型です。
 この人、「私が」「私は」と、自分のことしか言ってない。プライドが高いから、自分のことしか考えられないんです。本当に妻を愛しているのなら自殺なんかすべきじゃない。結局、自分が可愛いんです。罪悪感と自分への失望を後生大事に抱えて死んでしまう。
 「坊っちゃん」の主人公も自分勝手で甘ったれで困ったもんですが、漱石の中では珍しいタイプのダメ男ですね。子どものまま大人になっているから、明朗で痛快ですらあります。漱石のダメ男は、基本、辛気くさいんです。
 ダメ男ナンバーワンは「それから」の代助ですね。高等教育を受けたのに働きもせず、平気で実家にカネの無心をしている。いまでいうパラサイト。そのくせ他人をぼろくそに言う。身の回りの世話をしてくれる書生を「この青年の頭は、牛の脳味噌(のうみそ)で一杯詰(つま)っているとしか考えられない」とかね。そんなこと言われたら泣きますよ。
 朝から風呂場で肌をぴかぴかに磨いて、鏡を見てうっとりする。すごいナルシスト。働かない理由がまたふるってて、「僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ」「日本対西洋の関係が駄目だから働かないのだ」。突っ込み所が多すぎて笑うしかないキャラです。
 でも、だから代助は、現代の私たちにとって等身大のダメ男なんですよ。上から目線のパラサイトで、「自分は何者なのか」をうじうじ悩んでいる。私たちの中にも見当たるダメさなんです。「先生」もずっと秘密を隠してきたけれど、結局、告白するわけですよ。プライドは高いんだけど、最後に弱さを見せるあたりが共感できる。
 森鴎外の「舞姫」の主人公も、出世のために恋人を捨てるかなりダメな人ですが、明治のエリートの身勝手さだから、いまの読者には共感しにくい。漱石が読み継がれている理由のひとつは、現代にも通じるダメさを描いているからなんじゃないですか。
 日本でも海外でも、面白い小説には必ずダメ人間が登場します。それは、人間の基本型がダメだからです。ダメを抑えるには我慢しかないんですが、我慢強くて思慮深い人って、だいたいつまらないですよ。そういう人を主人公にしても、やっぱりつまらない。
 人間は多少ダメなほうが面白い。ものすごくダメだと困りますけど。漱石の主人公のような「ちょっとダメ男」くらいが一番いいんです。(聞き手・尾沢智史)
     *
 とよざきゆみ ライター、書評家 61年生まれ。切れ味鋭い書評で知られる。著書に「まるでダメ男じゃん!」「ニッポンの書評」、共著に「文学賞メッタ斬り!」シリーズなど」(
2014/06/17付「朝日新聞」p15より)

読んでいて、何とも痛快だ。
それよりも自分は、この一文を読んでいて、大きなことに気付いた。「文豪・漱石が描いた主人公なのだから、主人公はエライ人のはず・・・」は大きな間違い!
漱石が描いたのがダメ人間なら、別に主人公をダメだと言っても、漱石をダメだと言っている訳ではないのだ・・・。

先日、「女性から見た漱石「こころ」の先生は?」(ここ)という記事を書いた。作家の島田雅彦さんが「こころ」の先生を批判しているテレビを見て、自分が喜んだ記事である。この記事も同様。
なるほど・・・。別に漱石を否定することがタブーなわけでもあるまいが、ここでは登場人物について論じているのである。漱石を否定すると異論も出ようが、漱石が描いている登場人物については、色々と意見があっても良かろう・・・。それは自由な意見・・・

それにしても「パラサイト」という言葉は知らなかった。
ここ)によると、
パラサイト
パラサイトとは、結婚せずに親と同居している人。
【年代】 2000年   【種類】 カタカナ英語
『パラサイト』の解説
パラサイトとは適齢期を過ぎても結婚をせずに親元で暮らす人のことで、正確にはパラサイト・シングルという。パラサイトは英語の"parasite"からきているカタカナ語だが、parasiteの意味が「寄生虫」「寄生植物」であることからもわかるように、「結婚をせず、親元で甘えて生活(寄生・居候)する」といった悪いイメージで使われることが多い。実際、十分な収入があるにも関わらず、裕福な暮らしをするためにパラサイト・ライフ(結婚をせず、親に甘えた生活)を過ごす人や、育児・家事をしたくないといった理由でパラサイト・ライフを送る人が多い。逆に結婚はしたいけれど出会いがないなどの理由で結果的にパラサイトとなっている人もいる。どちらにしてもパラサイトの増加が少子化問題を深刻化させるのも事実であり、社会問題のひとつとしてクローズアップされている。」

とのこと・・・

言われてみると、世はまさにパラサイトだらけ・・・!?
子も子だが親も親? いや、そうせざるを得ない現代社会の方がよっぽど問題!?
でも「パラサイト」とはイヤな言葉だ。何よりも語感が悪い。
早くこんな言葉は廃れれば良いと思う・・・。

どうもこんな記事が気になる“漱石を批判することにトラウマがある”自分なのである。

140623shinigami <付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

昔は高等遊民という階級があって遊んで暮らしていける資産があって、漱石の小説に出てくる人たちは高等遊民だったと何かで読んだことがあります。学校時代にそれを知って羨ましいなあと思いました。そうなれたら何と幸せな事かと怠けものの私は思いました。『こころ』は何回か読みましたが理解しがたいところがあります。文豪といわれている人にこんなことを言うのは悪いのですが、中身は別として文章は鷗外のほうがすっきりしていて読みやすいと思います。読ませるために書くのか、書きたいために書くのかの違いでしょうか。

【エムズの片割れより】
朝日で改めて「こころ」を読んでいますが、漱石の当て字はもの凄いですね・・・
それと、我々年金シニア族は、ある意味「中等遊民」のような気がしてきました・・・

投稿: 白萩 | 2014年6月24日 (火) 22:11

漱石の小説はほとんど読んだと思いますが、漱石の中では「それから」が私の一番好きな小説です。代助はダメ男なんでしょうか?高い教育を受けて、宮仕えをしなくんても、悠々と暮らせるなんて、理想の男でしょう!私も、若い時に「こころ」や「それから」を読んで、こんな生活にあこがれました。上でコメントされている白荻さんや私だけでなく、経済学者の森嶋通夫氏(故人、文化勲章の受章者)も、自伝「血ニコクリコの花咲けば―ある人生の記録」を読むと、若いとき漱石を読んで、「高等遊民」にあこがれたと書いています。「それから」は漱石にはめずらしく恋愛小説、それも自分の友人の奥さん三千代に恋をして、奪おうとする、いわば不倫の恋愛の小説なんですね。「それから」の三千代も、代助の恋愛の当事者でありながら、何となく影が薄い、受動的な存在で、その点で「こころ」に出てくる「先生」の奥さんと重なるところはあるのですが、夫と別れて代助と結婚する決意を代助にはっきりと口にするところなんか、もう少し輪郭がはっきりとした女性として描かれていると思います。私は、漱石が描く女性の中ではこの三千代が一番好きなんです。

【エムズの片割れより】
嬉しいですね。自分と同じです・・・
自分の場合は、映画「それから」が好きなのかも・・・
何度も当サイトに書いていますが、三千代を演じた藤谷美和子が可憐で良かった・・・
音楽(下記)も抜群に良かったが、この映画は何度見たでしょう・・・。
もし見ていなかったら、ぜひDVDを借りて、映画「それから」を見て下さい。

http://emuzu-2.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_7cfc.html

投稿: KeiichiKoda | 2014年6月25日 (水) 22:12

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