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2014年6月 9日 (月)

パソコン遠隔操作事件の弁護人・佐藤博史さんの話

4人もの冤罪の逮捕者を生んだ「パソコン遠隔操作事件」。片山被告が犯行を自白して決着が着いたが、ここまでの経緯を、自分は注視していた。
この事件について当サイトに書いたのが「メール冤罪事件 実相見ない家裁は猛省を」(ここ)、そして「「なぜ、マスコミは“いけにえ”を求めるのか?」~パソコン遠隔操作事件」(ここ)。

自分は当時、「週刊現代」の冤罪キャンペーン(ここここ)を読んだ影響もあって、「これは冤罪では?」と思っていた。それだけに、今回の自作自演劇にはガッカリした。それにしても、冤罪を主張していた当の弁護士さんは、この事態をどう捉えているのか、気になっていた。
その佐藤弁護士へのインタビュー記事が先日の朝日新聞に載っていた。少々長いが、じっくりと耳を傾けてみよう。

「(インタビュー)それでも弁護しますか PC遠隔操作事件の弁護人・佐藤博史さん
「悪魔の代理人」その覚悟なければ刑事弁護できない
 無実を信じて弁護した被告人が、一転して罪を認めた時、ウソを見抜けなかった弁護士は何を感じたのか――。片山祐輔被告がすべての起訴内容を認めたパソコン(PC)遠隔操作事件は、刑事弁護とは何かという問題を投げかけた。被告人とどう向き合うべきか、真相解明への責任とは。片山被告の弁護人、佐藤博史弁護士に聞いた。

 ――これまで弁護の依頼を断ったことはありますか。
 「足利事件で菅家利和さんの無罪を勝ち取って以来、全国の刑務所から冤罪(えんざい)を訴える手紙が届きます。しかし、冤罪と思えるものはわずかで、ほとんどは断っています」
140610pcjiken  ――PC遠隔操作事件の片山被告の弁護を引き受けたのは?
 「片山さんが逮捕され、当番弁護士として最初に接見したのがかつて私の事務所にいた竹田真弁護士でした。応援を求められ、引き受けましたが、当初は『片山さんは真犯人だが、大事件になったために、それを認めることができないだけだ』と思っていました。2回目の接見後、担当の警察官に『決定的証拠があるなら、早く成仏させてほしい。私からも説得する』と申し出ました。ところが、警察は応じなかった。そこで、決定的証拠はないのではないかと直感し、以来、私もほぼ毎日接見することになりました」
 ――足利事件の菅家さんの時はすぐに無実を確信されたそうですね。
 「足利事件の犯人は疑いもなく小児性愛者です。本物の小児性愛者を弁護したことがある私は、すぐに菅家さんが小児性愛者でないことがわかりました」
 ――片山被告の場合は?
 「同種の前科のあるプログラマーの片山さんを簡単に無実と信じることはできません。しかし、片山さんは実に巧みに無実を演じられる人でした。何度も試したのですが、片山さんは試されていることを瞬時に見抜き、無実の人ならどう振る舞うかを判断し、不思議なくらい、そのとおり振る舞えたのです」
 ――例えば、どんなことですか。
 「取り調べの録画について聞かれたので、『メリットは無理な取り調べができなくなること。デメリットは、質問に対する反応が全部録画され、うそがバレる恐れがあること』と答えました。片山さんは即座に『では録画を求めます』と言うのです。今は『そうしないと、犯人と疑われるから』と説明してくれますが、当時は役者顔負けの見事な『演技』だったという他はありません」
 「『偶然』も片山さんに味方しました。例えば、片山さんは、逮捕と同時に口腔(こうくう)内の粘膜の提供を求められました。DNA鑑定のためです。しかし、検察官が開示した証拠の中に鑑定書はありませんでした。開示を求めると、猫の首輪に記録媒体を取り付けたセロハンテープから検出されたDNAが、片山さんの型と一致していないことがわかりました。検察官はその事実を隠していました。私たちは『真犯人と片山さんのDNA型は一致しない。それだけで片山さんの無実は明らかではないか』と主張しました。後で片山さんに聞くと、『記録媒体を取り付ける時に真新しい軍手を使った。テープから検出されたのは、軍手に付いた他の誰かのDNAだろう』というのです。捜査官の想像を超える『無実の証拠』がこうして生まれました」
 「『録画されれば、黙秘権を放棄する。質問には何でも答える』と伝えたのに、警察・検察が録画を拒否し、取り調べの機会をみすみす逃したことも、片山さんを楽にさせました。『仮に有能な取調官に録画して取り調べられたら、最後まで否認を貫くことができたかわからない』と片山さんは現在言っています。取り調べの可視化は、取り調べの適正化のためだけでなく、真実を明らかにするための捜査側の最強の武器であることを悟ってほしいと思います」

 ――片山被告が「真犯人メール」を発信したスマホを埋めるところを捜査員が目撃していなければ、あのまま裁判が進み、無罪判決が出たのではないですか。
 「その可能性はあったと思います。明らかに偽りの『無罪証拠』だったわけで、刑事弁護の怖さを思い知らされました」
 ――無罪判決になっていたら、弁護人としての責任を果たしたことになりましたか。
 「刑事裁判の主導権を検察官と被告人という両当事者に委ね、裁判所は中立的なアンパイアとして判断するという『当事者主義』の下では、問題ないとも言えるでしょう」
 「刑法は、被告人が不利な証拠を隠したり、有利な証拠を作り出したりすることは、処罰の対象にしていません。被告人には真実義務はなく、他人を巻き込まない限り、証拠隠滅罪は成立しないのです。警察が『真犯人メール』のうそを見破れず、私たちもだまされたままなら、無罪判決もやむを得なかったといえます。しかし、真実は歪(ゆが)められます。結局、『天』がそれを許さなかったということでしょう」
 ――「真犯人メール」をなぜあの時期に送ったのでしょうか。
 「当初の計画では、判決直前にセットし、判決の数日後に送信させるつもりだったそうです。無罪なら予約送信を解除する、有罪なら収監後しばらくして『真犯人メール』が届き、控訴審で判断が覆るという考え抜かれたものでした」
 「片山さんの保釈後の大型連休に、私は片山さんとお母さんを誘って東北地方に一泊で花見に行きました。その後、お母さんは片山さんと一緒に外出するたびに、『祐輔、この時間は本物なんだね。いつか平穏な日々が戻るんだね』と念を押したそうです。そこで、『早く母を安心させたい』という思いから、計画を前倒ししたのです。結果的に母の愛が悪の仮面を脱がせたわけです」

 ――「真犯人メール」を発信したスマホが発見されたという報道の後、片山被告と連絡が取れなくなりました。
 「夜に電話があり、『先生すみません。私が犯人です』と打ち明けられました。何度も死のうとしたが死ねない、私にわびて気持ちが楽になれば死ねると思ったと言いました。『先生の顔に泥を塗りすみません』とも言うので、『そんなことは問題じゃない。死んじゃだめだ。ありのまま話すことが大切だ』と説得しました。『これ以上先生方にお願いできません。国選弁護人をお願いするつもりです』とも言うので、即座に『ボクは君を見捨てない』と言いました。もし『もう君を信じられない。これ以上弁護はできない』と言っていたら、電車に飛び込んでいたかも知れません」
 ――自分を裏切った相手に、よくそうした言葉をかけられましたね。
 「裏切られた気持ちは全く湧かず、よくぞ真実を話してくれた、また新たな出発をすればいいという気持ちでした。弁護士になって6年間、砂川事件の『伊達判決』で有名な伊達秋雄先生に師事しましたが、『人は必死に罪から逃れようとする。だから、被告人にうそをつかれたからといって咎(とが)めてはならない』と教えられました。それがいつの間にか身に付いていたのでしょう」
 ――検察官と話したそうですね。
 「有罪を認めた公判後、検察官席に歩み寄って『申し訳ありませんでした』とおわびしました。これまで検察官を激しく責め立ててきたからです。ところが、『いや、片山被告が自殺したら、大失態となるところでした。自殺を思いとどまらせただけでなく、罪を認めさせ、無事収監させていただき、ありがとうございました』と言われました。予想外の対応に驚きました。片山さんが真相を明らかにしないまま自殺していたら、私は今も『警察・検察が無実の片山さんを殺した』と声高に主張していたかも知れません」
 ――今回の事件を刑事弁護人としてどう意義づけていますか。
 「真実無実の人を弁護することほど幸せはありません。足利事件がそうでした。PC遠隔操作事件もそう見えました。私は『悪魔の代理人』になる覚悟がなければ刑事弁護人の資格はないと説いてきました。PC遠隔操作事件がまさにそのような事件になりました。天国から地獄に突き落とされたように思われるかもしれませんが、悲愴(ひそう)感はありません」
 「山本周五郎は小説『赤ひげ診療譚(たん)』の中で赤ひげに『毒草から薬を作りだしたように、悪い人間の中からも善きものをひきだす努力をしなければならない、人間は人間なんだ』と語らせています。大切なことは、片山さんを立ち直らせ、片山さんが語り始めた真実から教訓を引き出すことだと思います」
     *
 さとうひろし 48年生まれ。74年弁護士登録。島田事件、足利事件、横浜事件など多くの冤罪事件を担当。著書に「刑事弁護の技術と倫理」など。
 ◆取材を終えて
 刑事弁護人を目指した原点は、小学生の時、父に連れられて見た映画「真昼の暗黒」だそうだ。戦後の大冤罪事件「八海(やかい)事件」を描いたもので、死刑判決を受けた被告人が「まだ最高裁がある」と叫ぶラストシーンが印象に残った。最終的に最高裁で無罪が確定した結果を見て、「最後は真実が勝つ場所が刑事法廷だ」と強く感じたという。逆の意味で「真実が勝つ」結果となった今回の法廷で、真犯人の弁護をすることになった佐藤さんの「刑事弁護の怖さを思い知らされた」の言葉は重い。(山口栄二)」(
2014/06/07付「朝日新聞」p15より)

この記事の中で「裏切られた気持ちは全く湧かず、よくぞ真実を話してくれた、また新たな出発をすればいいという気持ちでした。」というくだり。素人ではとても言えない言葉。我々だったら、「裏切られた!」と、今までの自分の声高の姿勢を防御するために、自分も被害者だ、という立場を主張するだろう。でも一流弁護士は違うようだ。
しかしこの事件、結局、明らかな証拠は無かったようだ。結局、地道な警察の努力の積み重ねが解決に導いた。
これがもし、片山被告が土手に埋めた真犯人メールを発信したスマホを、警察が見付けなかったら、どうなっていたか・・・。

この事件に限らず、『人は必死に罪から逃れようとする』。よって、世の事件で、無罪主張する被告は普通のこと。つまりは、弁護士に対しても、結果的にウソを言う。弁護士はそれを前提に、依頼者の利益を追求する仕事とも言える。
ふと、昔ある弁護士が「弁護士は、検事でも裁判官でもない。絶対的真実を解明する立場にはない。あくまで、被告人の立場に立って被告人の利益を守ることにある・・・・」と言っていたことを思い出した(ここ)。

冤罪について、色々と考えさせられた、今回の事件ではあった。
(当時、冤罪キャンペーンを張った「週刊現代」は、何か弁明するのだろうか? それとも黙(だんま)り??)

140609couhatu <付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

こんばんは。

「真昼の暗黒」、私も小学生の時に見ました。佐藤弁護士の生年を見て、納得。同い年です。あのラストシーンは今も鮮明に記憶しています。もちろん冤罪は言語道断です。今まで何人の人が冤罪で極刑になったかと想像するのは恐ろしい。

私があの映画を見て感じたことは、冤罪にしろ実際に罪を犯したにせよ、一生警察のお世話にはなりたくない、ということでした。よくよく考えてみると、そのことが私の生き方の根幹の一つのようにも思えてきます。

【エムズの片割れより】
このコメントを読んで、自分も見たくなり、「真昼の暗黒」のDVDレンタルを頼んでしまいました。

投稿: アンディーのママ | 2014年6月 9日 (月) 23:55

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