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2014年5月 5日 (月)

「戦争、終わらせる困難と憲法」

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(座標軸)戦争、終わらせる困難と憲法
      朝日新聞 論説主幹・大野博人

 19世紀フランスの思想家トクヴィルは名著「アメリカのデモクラシー」で、「民主的な人民」は二つのことにつねに苦労するだろうと予言している。
 戦争を始めること。そしてそれを終わらせること。
 民意を無視しにくい国々は、ふつう戦争を敬遠する。ただ、平等な社会であれば出自にかかわらず出世が望めるので軍人が野心的になりやすい、という文脈で出てくるのだが、今の世界にも示唆的だ。
 他国と争いを始めたら、熱くなったナショナリズムで政治指導者も引っ込みがつかなくなった。そんな例は枚挙にいとまがない。東アジアの国々も、武力衝突にはなっていないものの、相互の不信と憎悪を政治家やメディアがあおったあげく、対立を「終わらせる」のに苦労している。その姿は「予言」に重なる。
 ■検証果たさない政治
 日本の現政権は、安保環境の変化を理由に憲法の解釈を変えて集団的自衛権を認めようとしている。友好国を助けるためとはいえ、それは、日本を直接攻撃していない国と戦争を「始める」可能性をはらむ。
 そこに「終わらせる」難しさへの視点はあるか。しっかりと「終わらせる」には、関与した戦争についての徹底的な検証も欠かせないはずだ。
 思い出しておこう。日本は米国が始めたイラク戦争に関わった。中心的役割は担わなかったにしろ自衛隊を派遣。だが、大量破壊兵器は見つからず「大義なき戦争」となった。それをいまだに総括していない。英国やオランダは調査委員会を設置した。英国ではブレア元首相も喚問された。
 戦争に関わった国家の最低限の責務だ。それさえ果たさない政治家たちが、武力行使しやすいように憲法解釈を変えるという。
 ■自ら禁じた「始める」
 長く続いた体制が崩壊する場面を何度か取材した。
 冷戦終結の現場だった旧東欧諸国、開発独裁に幕を引いたインドネシア……。どこでも歴史のページをめくりだしたときから七転八倒が続いた。独裁体制を解体し議会や法を作りなおす。対立や内乱さえともなう新しい自分に生まれ変わるための通過儀礼。
 敗戦のあと、日本もそんな年月を耐え忍んだのではなかったか。「たしかに玉音放送から東京裁判までは通過儀礼のような面があった」と文化人類学者の船曳建夫・東大名誉教授。「実質的に負けていながら戦争をだらだらと続け多くの犠牲を出した。その敗北を可視化し、違う時間が流れるようにしたともいえます」
 戦争をいつまでも「終わらせる」ことができなかった悲惨から、「始める」ことを自ら禁じる国へ。それが憲法の平和主義に刻み込まれているのだろう。
 苦い自己認識を持った「民主的な人民」として、「始める」ための事実上の改憲を、「終わらせる」難しさを忘れた政治家にゆだねるわけにはいかない。」(
2014/05/02付「朝日新聞」p1より)

たまたま今日、ある男と会って話をした。前に「ある保守男の予言による今後の日本」(ここ)の記事を書いたときの男。

その男が今日は、こんな事を言っていた。
・安倍首相が集団的自衛権に突き進む理由は、自分の名を後世に残すため。憲法解釈を変えた首相と・・・。それ以外の理由は考えられない。
・「日本と密接な関係にある国が不当な攻撃を受けた場合」と言うが、「“米国”が攻撃を受ける国は、どの国を指しているのか?」と問いたい。
・日本周辺で米国と戦争をする可能性のあるのは、中国と北朝鮮。しかし、どちらも100%あり得ない。中国は日本など関係無く大戦争になるので決して戦争しないし、北朝鮮は米国にとってちっぽけ過ぎて、あっと言う間に今の独裁政権が倒れるので、決して戦争しない。だからあり得ない想定で言っている。つまり別の理由で進めているとしか思えない。
・首相は外堀を埋めて余裕が出て来たので、急がないと言い出した。首相周辺も皆大臣になりたいので、反対しない。野党も弱すぎる。日本の首相はそれだけの権力者だということ。
・砂川事件のこじつけも無謀。法律を勉強を始めた学生でも分かること。
・でも首相の他に力を持った人がいないので、このまま進んで行ってしまうのだろう・・・
・しかし現実問題として、先のイラク戦争のように、現地に派遣された自衛隊は戦闘に巻き込まれることは充分に考えられる。

それに対して「米国の戦争相手国も、“反撃しない(出来ない)”日本と、“武器で反撃する可能性のある”日本とは、敵の見る目も違うな・・・」と自分・・・。

ついでに、「第九条にノーベル賞を」(ここ)という活動については、まったくダメと言う。
・もそも日本が平和を享受し、繁栄できたのは、第9条があったからではなく、安保でアメリカの傘の下、経済活動に専念できたため。
・外国から見れば、日本は第9条に反して、自衛隊という立派な軍隊を持っている。その守ってもいない憲法に対して、ノーベル賞だなんて・・・
それに対して「でもオバマ大統領のように、平和へのスタンスで受けることもあるので・・・」と自分・・・

とにかく、世の中には色々な見方がある。
まあ思い込まずに、色々な意見に耳を傾けることにしよう。

140505sennyuu <付録>「ボケて(bokete)」より


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