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2014年5月の24件の記事

2014年5月31日 (土)

杉並児童合唱団の「アマリリス」

先日、“改めて”この歌を聞いた。この旋律は誰もが知っている(と思う)が、中間部分は初めて聞いた。

<杉並児童合唱団の「アマリリス」>

「アマリリス」
  作詞:岩佐東一郎
  フランス民謡(ギース作曲)

みんなで聞こう
楽しい オルゴールを
ラリラリラリラ
しらべは アマリリス

月の光
花園を あおく照らして
ああ 夢を見てる
花々の眠りよ

フランスみやげ
やさしい その音色(ねいろ)よ
ラリラリラリラ
しらべは アマリリス

Netで調べると、やはり自分の頃(昭和30年代)の小学校4年の教科書に載っていたらし140531amaryllis い。しかし頭に残っているのは、最初の部分だけで、中間の部分の旋律は頭に無い・・・
でもこの輪唱の部分は好きだ。その輪唱も、編曲されたものではなく、オリジナルからあるらしい。
先日、東京放送児童合唱団の「シャロームの歌」を取り上げたが(ここ)、どちらも輪唱の部分が好きだ。

聞いていて、何とも心地よい。
心地よいと言えば、前に挙げたフリオ・イグレシアスの「ラ・クンパルシータ」(ここ)も聞いていて心地よかった・・・

心を楽しくさせてくれる賑やかな音楽も良いが、この中間部分のように、心を平和にさせてくれる音楽もまた格別である。

140531popo <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月30日 (金)

電気ショックで心房細動を止めた話

こんな私的なことを書いて良いのか・・・と、Netで検索すると、結構色々な体験談が載っていて参考になるので、自分もツイ書いてしまう・・・。(実は備忘録・・・)
自分の不整脈。どうも進んできたらしい。昨日(2014/05/29)の朝食後、心房細動の発作。脈が乱れている。前回発症した4月15日までは3ヶ月半の間隔だったが、今回はそれから1ヶ月半での発症。マズイ・・・
しかも原因の「切り分け」中だったので、ガックリ。つまり、医師から「キッカケとしては“お酒“と“脱水”」と言われていたので、前回の発症以来、断酒(ここ)と水分補給に腐心していただけに、残念・・・。結局、お酒と水だけに頼ってもダメだったみたい・・・

AM8:23、物を取ろうとちょっと屈(かが)んだ時に心臓に違和感。脈を診ると不整脈。直ぐに貰っていたシベノールを飲む。横になっていればそれほど苦しくはない。薬は4時間空けろ、と言われていたが、12時に、またシベノールを飲む。しかし治まらない。午後1時頃になって苦しくなり出した。手持ちの血圧計で測ると77-56、脈拍124。低すぎる。苦しいので、肩で息をしながら、行き付けの大学病院に電話。カミさんに運転して貰って、12:45着。直ぐに処置室へ。若い医師が来て、色々と調べると言う。
血圧、心電図、レントゲン、心エコー。レントゲンは、何と移動式のレントゲン機がやってきた。ベッドを少し起こしただけで、背中に板状の物を入れ、あっと言う間に終わり。その後、ベッドの横に心エコーの機械を持ってきてさっきの医師が診て、「心臓の動きは良いですね」で終わり。
「いつもの心房細動の発作ですから、薬で止まれば帰れます」。点滴で、「ワソラン40(抗不整脈剤)」「セパリン注(血栓塞栓症予防)」「シベノーク70mg」と入れるがいっこうに止まらない。心房細動は止まったのだが、心房粗動が止まらず、脈拍は120のまま。
午後5時を過ぎると、看護師さんの交替で、周囲の人の気配も消えて行く。そしてまた「ワソラン」を入れる。しばらく経った時、測定器の警報が鳴る。看護師さんが「戻りましたね・・・。でも不安定・・・」。一度は脈が80台に戻ったのだが、また100位に。しかも、心房細動が再発して、脈が乱れ、苦しい・・・。
しばらくすると、主治医が来た。「再発しちゃいました」「電気ショックが早いんだが・・。苦しくないなら、内服の薬が効くまでじっくり待つか、それとも電気ショックをするか?」「心房細動でも治る?」「何でも治るが、“整列!”と号令を掛けるようなものなので、人によっては帰り道で再発することもある」
「もう手術する?今日もカテーテルとペースメーカーの手術をしてきた。いつでもいいよ。2ヶ月位は予約でいっぱいだけど・・・。**さんのように、たまになる人は症状が重い。1日に何回も起きる人は慣れっこになって、気付いたらずっとなっている人もいる」「不整脈の最中に、急に苦しくなってかがんでしまう時がある」「細動の時と粗動の時があるから、粗動になると脈が150位になるので、それで苦しいのかも・・・」「血圧を測ったら上が77しかなかった」「心臓が空打ちしているんでしょうね」「粗動だけカテーテルをやる方法もある。粗動だけなら1時間もかからない。粗動は薬が効きにくくて、カテーテルは良い適用だが、細動は薬が効くが3割位の人が再発してしまう。細動も粗動もある人は、4時間位かかるがカテーテルで全部やるひともいれば、80歳を超えている人は、粗動だけやって細動は薬で様子を見る人もいる。**さんはまだ若いから、やるとしたら一緒にやった方が良いと思う。モニターを見ると、細動になったり粗動になったりしている。イメージで言うと、細動は色々な所に小さい台風があるので、薬でまんべんなくコーティングしてあげるとキレイに消えるが、粗動は大きな回路をぐるぐる安定して回っているので、薬が効きにくい。それを無理に止めようと、強い薬を使うと家に帰れない位に脈が遅くなっても困るし・・・。粗動は回路が安定しているので、どこか切ってあげればよい」
「じゃあ電気ショックの同意書を・・・」「エッ?死んでもしょうがない、という同意書?」「いや死ぬことはないが、電気ショックで、心臓に血栓ができていて飛ぶ可能性もゼロではないので・・・」「ではER室(救急救命室)に移動しましょう・・・」

そこは前に救急外来で入った部屋。そこに主治医を筆頭に、医師や看護師が5~6人。もうまな板の鯉状態。点滴になにやら薬を入れられて、口にはマスク・・・
「**さん、1から100まで数えてみて・・・」
・・・(この間約8分・・・)
「**さん、分かりますか?」との声で、目を開けると、両サイドに2つの顔。そうか、自分は病院にいるのだ!!!
「戻りましたよ」「いつ戻ったの?」「3分前」「何度で戻った?」「1回だけ」「自分は幾つまで数えた?」「12位まで・・・」「エエッ?これでオワリ?こんな簡単なら、はまっちゃいそう・・・」「でも電気ショックは最後の手段。あくまでも一時的なので、今キレイなのは、さっき点滴したシベノールのお陰かも知れない」「30分位寝ていて、それから帰って良いですよ。でも3日間はなりやすいので、シベノールと、心臓が一時的に動きが悪くなることがあるので、血栓予防の薬も3日間は飲んで下さい」「怖くなっちゃったんで、薬を飲もうかな・・・」「薬を飲みますか?でも最初は薬が効いていても、1年位経つと3割位の人がその薬が効かなくなって薬を変える人もいる」「マイケルジャクソンは薬を使いすぎて死んじゃった・・・」「それでは次の外来までシベノールと血栓予防の薬を出しておきましょう。薬を飲んでいてもおかしくなったら来て下さい。心房細動の脳梗塞は、血管が狭くなるのではなくて、心臓で出来た血の塊が脳に飛んで行くので重篤になる。脳梗塞の3人に1人が心房細動・・・」
かくして、シベノールと、血液サラサラ薬のエリキュースという薬を貰って帰った。病院に入ってから、5時間半後だった。

かくして長い1日が終わったが、結論として「断酒」と「水分」だけでは不整脈は避けられなかった。残念!
帰る時に点滴の針を外しに来た若い医師に、「前回の発作から断酒と水分に気を使ってきたのに・・・」とグチると、「ビールの1本や2本、深酒をしなければそれほど影響ないのでは?」「そうですか・・・」

不整脈との本格的な戦いが始まったようである・・・。トホホ・・・。

140530tukare <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月27日 (火)

大辞泉「あなたの言葉を辞書に載せよう。2014」だって・・・

今日は、昨日(ここ)の続きのような話・・・。
今朝、テレビを見ていたら(2014/05/27 am7時前、TV朝日系)、小学館の辞書「大辞泉」で、「あなたの言葉を辞書に載せよう。2014」という、言葉の解釈を募集するキャンペーンを実施中だと言っていた(募集期間:2014年5月14日~6月15日ここ)。
今年のお題は「結婚」「青春」「社長」「お金」「涙」「家族」「言葉」「戦争」「前」「イケメン」の10個。その解釈をNetなどで応募して(ここ)、もし採用されると、ホントウに辞書に載るという。

面白い企画だと思って、昨年(2013年)の結果を覗いてみた。

「大辞泉」編集部が選んだ語釈のうち、自分が気に入ったものを少し挙げてみると・・・(ここより)
「愛」
・不自由になることが自然と我慢できる状態。
・未だ科学では解明されていないエネルギーの一種。行動力、思考力、及び幸福感に変換可能。

「自由」
・自分以外の家族全員が1泊2日の旅行に出かけていて、好きなテレビやゲームし放題の状態。だがそれが2泊3日になると寂しさも加味され始め不自由になる。
・その行為、結果すべてにおいて自らが責任を負うことを前提として、何かについて自らが好きに選べる態様を言う。無責任に受け取れる身勝手、好き勝手とは一線を画する。

「失敗」
・本質を見抜き、うまく向き合えたら、強い味方に変わるもの。
・成功するために避けては通れない経験。人を賢く、優しく、強く、そして前進させる。

「大人(おとな)」
・自分に非がなくても謝らなければいけない人のこと。
・経験の積み重ねでワクワクを失った者。また、未経験のドキドキを恐れて挑戦しない者。

「友だち」
・一般的には、大事なものだが、好きな女性には言われたくない一言。「あなたとはこれからも―でいましょうね」
・「親が知らない自分」を知っている人。

「カワイイ」
・特筆すべき長所の無い人、物、動物、仕草に対して肯定的である旨を伝える際に使用する言葉。
・①語彙に乏しい者が様々な愛らしさを表現する言葉。②もっとも平凡で無難なお世辞。

先日、たまたま辞書を作る2つの番組を見た。一つは映画「舟を編む」、もう一つは、NHKのETV特集「辞書を編む人たち」(2014年4月26日放送ここ)。
どちらも、辞書編纂の苦労を描いていた。ここで良く分かったのが、“言葉は生きている”ということ。同じ言葉も、若い人は全く別の使い方をしている場合があり、もしそれが継続的な位置を占めるとすると、辞書に載せる候補に挙がってくる。それらを集め、語釈を加える作業が営々と続く・・・。それは執念がなければとても出来ない作業・・・

さて今年のお題で、タモリさんはこう語釈したという(ここより)。
「結婚」~愛で始まり、やがて憎悪に変わり、感謝で終わるもの。
「お金」~世界に蔓延する命なきいきもの。

これらの語釈は、その人の人生観、経験、価値観等が反映される。なかなか奥が深い・・・
今年の言葉の語釈で、何が選ばれるか分からないが、決まったらまた話題として採り上げてみよう。
何? 自分は応募しないのかって?? もちろんしないさ。元々センスが無いし、“本性”がバレるのが怖いので・・・。ホホホ・・・。

140527dazai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月26日 (月)

2014年の「サラリーマン川柳」ベスト10

先日、2014年の「サラリーマン川柳」ベスト10が発表になった。日経新聞にはこんな記事が・・・。

後ろ姿はフナッシー」1番人気 サラリーマン川柳
 「うちの嫁 後ろ姿は フナッシー」――。第一生命保険が22日発表した「第27回サラリーマン川柳コンクール」の人気投票結果で、千葉県船橋市の非公認キャラクター「ふなっしー」と妻のたたずまいを重ねた句が、最多の5204票を獲得し1位に輝いた。
 ゆるキャラや流行語を引っかけて、長年連れ添った夫婦の関係をユニークに表現した句が共感を呼んだ。
 2位は「もの忘れ べんりな言葉 『あれ』と『それ』」。3位は東京への五輪招致で流行語となった「お・も・て・な・し」をかけた「妻不機嫌 お米と味噌汁(みそしる) 『お・か・ず・な・し』」となった。
 第一生命は2月に優秀作品100句を発表。インターネットなどで投票を募り、集まった約11万5千票を基にベスト10を選んだ。〔共同〕」(
2014/05/23付「日経新聞」より)

<2014年「私が選ぶサラ川ベスト10」>
①(5,204票) うちの嫁 後ろ姿は フナッシー(段三っつ)
②(4,969票) もの忘れ べんりな言葉 『あれ』と『それ』(政権はママのもの)
③(3,695票) 妻不機嫌 お米と味噌汁 『お・か・ず・な・し』(不幸な男)
④(2,955票) 帰宅して うがい手洗い 皿洗い(しゅうくりーむ)
⑤(2,910票) おもてなし 受けてみたいが あてもなし(えんかつ)
⑥(2,714票) 『イイネ』には、 『どうでもイイネ』が 約五割(ほんで?)
⑦(2,207票) やられたら やり返せるのは ドラマだけ(夢追人)
⑧(2,147票) 『オレオレ』に 爺ちゃん一喝 『無礼者!』(ビート留守)
⑨(2,116票) いつやるの? 聞けば言い訳 倍返し(受験生ママ)
⑩(2,021票) わんこより 安い飯代 ワンコイン(春の夢)

⑪ 倍返し! 言えずに今日も おもてなし(まめまろ)
⑫ 休みより 心落ち着く 出勤日(寝ぐせ隊長)
⑬ LINEやる 母の眉間に LINE増え(無病息災)
⑭ 老後にと 貯金使わぬ 父70(はてはて)
⑮ 除夜の鐘 税込み価格で 108つ(煩悩売り)
⑯ 「お・も・て・な・し」妻から言われる「お・み・と・お・し」(浅川クリステル)
⑰ 意見出せ 出したら指示が 倍返し(理不尽な上司)
⑱ 大掃除 どこからやるか? 居間でしょ!(拳シロー)
⑲ 慰労会 会社で飲むと 疲労会(ハピネス)
⑳ 何歳に 見えるか競う クラス会(しゅう)

(第一生命の(ここ)より)

例によって入選作から自分なりに選んだ作品(ここ)が、どのような順位だったかを確認してみると・・・

14位 老後にと 貯金使わぬ 父70(はてはて)
19位 慰労会 会社で飲むと 疲労会(ハピネス)
21位 きれいだと ほめてもらった 胃の写真(微女)
25位 再雇用 鍛えた部下に 鍛えられ(筋トレマン)
27位 体重計 買った妻だけ 計らない(プニ男)
29位 妊婦かな 席を譲って 叱られた(学生太郎)
45位 何故だろう 同じ食事で 妻元気(湘南おじん)
61位 アイフォンを ラブコールかと 聞くおやじ(米寿の父)
64位 オレの部下 半沢みたいな 奴ばかり(七福神)
75位 失敗に 「いいよ いいよ」の 目が怖い(昔は乙女)
89位 胸に子を 手にゴミ袋 いざ、出勤!(ハッピーマンデー)

ベスト10にはゼロ・・・。相変わらず、自分の評価と世の中の評価の落差は大きい。
まあそれはそれとして、1位の「フナッシー」など知らん!!
せっかくなので調べてみると、wikiにはこうある。
ふなっしーは、千葉県船橋市在住の「梨の妖精」という設定のシンボルキャラクターである。着ぐるみと中の人が一体となり、地域おこし活動のほかにタレント・歌手・声優としても活躍している。
2011年(平成23年)11月、船橋市名産の梨をモチーフにして、ある市民が「個人的に」始めた ゆるキャラである。・・・」

“ゆるキャラ”って何よ!?
ゆるキャラとは、「ゆるいマスコットキャラクター」を略したもので、イベント、各種キャンペーン、地域おこし、名産品の紹介などのような地域全般の情報PR、企業・団体のコーポレートアイデンティティなどに使用するマスコットキャラクターのことである。そういったかわいらしいイラスト全般を指す場合もある。・・」

とても付いて行けない・・・。
それにしても、サラ川も昔は良かった。名作がたくさんあった。しかし最近の作品は、あまり自分の頭に残らない・・・。理由は??

広辞苑で「川柳」を引くとこうある。
「せんりゅう【川柳】‥リウ
前句付から独立した17字の短詩。江戸中期、明和ごろから隆盛。発句とは違って、切れ字・季節などの制約がない。多く口語を用い、人情・風俗、人生の弱点、世態の欠陥等をうがち、簡潔・滑稽・機知・諷刺・奇警が特色。江戸末期のものは低俗に堕し、狂句と呼ばれた。 →古川柳。」

そうなのだ!! 川柳とはその時代時代の世相を笑い飛ばすもの。よってその世相が分からなければ、可笑しくないのである・・・。
最近の作品が面白くなくなったのは、自分が世相について行けない為だ!と気付き、内心ドキッとした・・・

140526kaeru <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月25日 (日)

Win7のPC、システムイメージで内蔵HDDのクローンを作った話

この週末、自分のノートPCの内蔵HDDの予備(クローン)を作った。これは、自分が“ヘエー”と思った、今後の備忘録である。
自分のPCは、「dynabook Satellite K11」。この機種は、自分のクセである強いキー叩きを、柔らかく沈み込むキーボードによって優しく受け止めてくれて、腱鞘炎にならない貴重なキーボードが付いている。よって8年前の2006年のモデルだが自分はずっと手放せない。
自分は「無線LAN付(以降:有り)」(PSK111JCWNRGKW)と、予備の「無線LAN無し(以降:無し)」(PSK111JCWNREKW)の二つのモデルを持っている。XPの「無し」モデルを長く使っていたが、先日(ここ)、「無線付き」の予備機を、ある人に頼んでWin7に変えて貰った(ここ)。

「有り」PC⇒予備として置いてあったのを、先日、XP→Win7に変更して40GB⇒500GBに取り替えたもの。現用で使用開始。
「無し」PC⇒5年間使っていたXP。Win7化に伴って引退。予備機へ。

先日、ふと、PCのバックアップを取っておこう・・・と思った。それで調べてみると、昔はHDDを買ったときにしか付いていなかったシステムイメージでのバックアップツールが、Win7には標準で付属していることが分かった。システムイメージでバックアップを取っておけば、その時の状態がそのまま再現出来るので、もしPC本体やHDDが壊れた場合でも、OSや各種ソフトのインストールの手間が要らない。
Netで調べて、事前に分かったことは、
・ システムイメージでバックアップするときの外部HDDのフォーマットは「NTFS」に限る。FAT32ではダメ。
・ 内蔵HDDを、新たなHDDに復元するときは、同等以上の容量が必要で、少ないと幾ら実際の使用量が少なくてもダメ。

それで、まずバックアップデータ保存用のUSB外部HDDを買う必要が出た。PCの使用領域を調べてみると、自分の現用K11は312GB、一緒にイメージバックアップを取るつもりのカミさんのDELLのデスクトップは189GBだった。するとデータバックアップ用HDDの容量は1TBで充分なはずだが、マイクロソフトのサイトにある、「•Windows の既定では、使用する容量がバックアップ ディスク上の領域の 30 パーセントを超えない範囲で、できるだけ多くのシステム イメージが自動的に保存されます。(ここ)」
の意味が分からない。できれば2つくらい過去のイメージを取っておきたいが、全体の容量の30%を越えると一つしかバックアップ出来ない?? Netで調べてもその意味が分からないので、念のため、2TBのポータブルHDDを買うことにした。価格コムで見ると、1万円で売っていた(AHV620-2TU3)。
(その後、試してみると、バックアップする時に、元データよりも若干多い「**GB必要」という表示が出るので、それが外部HDDの必要容量の目安。そしてバックアップファイル自体は一つだけしかない。しかしそのフォルダの中には、前にバックアップした時の、タイムスタンプのファイルがある。若しかすると、復元する時に昔の物も選べるのかも・・・。ま、最新版しか復元しないけど・・・)

先日、「CrystalDiskInfo」というフリーソフトがあることを知った。これをインストールすると、HDDの型番や、使用時間、電源投入回数が出てくる。今まで自分が使っていたXPのPCは、約5年間自宅で使っていたが、HDDを大容量に交換してから2年半での使用時間が3400時間、電源投入回数は6500回だと分かった。予想よりもはるかに少ない・・・
そのツールを使って、新たに買った2TBのAHV620-2TU3のHDD本体の型名を見ると、中身は東芝のHDD。同じく価格コムで調べてみると、使われている東芝のHDDは13,000円弱。つまり、HDD単品よりもポータブルHDDの方が3000円も安い・・・。
ついでに、このポータブルHDDをUSBハブにつなぐと、ガタガタと異音がする。原因は電流不足。ポータブル型のUSB-HDDは、電源外部供給のハブか、PCに直接つながないとダメのようだ。

dynabookとDELLの2つのPCのシステムイメージを、ひとつの外部HDDにバックアップするためには、ドライブを別にする必要があるため、2TBのHDDを二つのパーティーションに分ける必要がある。ここで一苦労。
パーティーションの分割ツールはWin7にも付いているが、念のため、専用のフリーソフト「MiniTool Partition Wizard Home Edition」を使ってみたのだが、いったん設定したドライブの容量の拡大がなかなか出来ない。ドライブは4つまで、という制限があるようだが、空いているドライブを未割り当てにしても、別のドライブに拡大するアイコンが出ない。結局、一つだけ拡大アイコンが出たドライブをdynabook 用の800GBにして、残り3つを、DELL用と、2つのデータ保存用とした。
(追⇒これが原因?→「任意のドライブの容量を拡張するには、同一ハードディスク内で拡張したいドライブの“右隣に”「未割り当て」を作成する必要があります。」(ここ )⇒つまり、「MiniTool・・」でも、拡張したいドライブの左右どちらかに未割り当て部分を作って、それから拡張する。拡張する場合は、左右どちらかに連続した未割り当て部分がないとダメ)
もちろん、AHV620-2TU3のフォーマットはFAT32なので、NTFSに変更した。

そして、これはやり過ぎなのだが、現用の「有り」PCの内蔵HDDのクローンも作っておこうと思った。それでヤフオクで、たまたま同じ型名のHDDのほぼ新品が出ていたので、それを買った。内蔵HDDのクローンを作っておいて、引退したXPの無線LAN無しのPCに取り付けて動けば、もし現用PCのハードが壊れても、HDDが壊れても予備があると言うことになる。これは安心だ。
まず、試しに「無し」PCに、「有り」PCのオリジナルの40GBのHDDを取り付けてみた。するとHDDを500GBに換装してもらった時に、この40GBにもWin7を入れてくれたらしく、Win7で動き出した。見ていると、ドライバーのインストール画面が出て、次々に自動的にインストールし、一つだけ失敗した。そしてWin7で動き出した。つまり、XPのPCにWin7をインストールすると、それまで持っていたドライバーは自動的にインストールされるらしい。そして「有り」モデルのHDDも「無し」モデルでちゃんと動く事が分かった。
ちなみに、このオリジナルの40GBのHDDを、元の「有り」PCにつなぐと、一つだけドライバーがインストールされた。唯一違う無線LANのドライバーがインストールされたらしい。つまりdynabookの場合、本体に付いている機能のドライバーが自動的にインストールされるらしい。

さて、イメージのバックアップ。これはすぐに出来た。しかしさすがに318GBの保存に5時間かかった。修復ディスクも作った。
そして問題の復元作業。まずdynabookの内蔵HDDを交換する。CDトレイに修復ディスクを入れておくと、PCに電源が入ると、まずCDの修復ディスクを読みに行って、「Press any key to boot from CD or DVD....」という画面が出るはずだが、出ない・・・。代わりに「Insert system disk in drive. Press any key when ready」という表示。修復ディスクをWin7のディスクに交換しても同じ。Netで検索すると、dynabookのサイトに、この表示が出た時は、「東芝PCあんしんサポートに連絡してください」とある。元々付いていたHDDに戻しても同じ。結局、BIOS の BOOT(起動)設定が DVD-ROM 起動になっていないのが原因だった。dynabookの場合は、
<BIOS の変更>
1.[Esc]キーを押しながら、パソコンの電源を入れます。
2.[F1]キーを押します。
3.BIOSセットアップが起動します。
4.「BOOT PRIORITY」内の「Boot Priority」を選択します。
5.[スペース]キーを押して、「CD-ROM→LAN→HDD→FDD」または「CD-ROM→LAN→FDD→HDD」に設定を変更します。
6.[Fn]キーを押しながら、[→]キーを押します。(Endキー)
7.[Y]キーを押します。(
ここ)より。

これで動き出した。
しかしディスクを読み取ってから、次の画面が出るまでに時間がかかること・・・。不安になりながらも待った。数分後、やっと「システム回復オプション」の画面が出た。「以前に作成したシステムイメージを使用して・・・」を選び、「システムイメージを選択する」を選んで、DELLのデータでなく、dynabookのバックアップデータを選択。そして復元が始まった。そして320GBの復元に、4時間余かかった。再起動して出て来た画面は元のまま。まさにクローンHDDが出来たのだ。
やれやれこれで動くはず・・・、とPCをシャットダウンして、また電源を入れたときにビックリ。黒い画面に「Intel UNDI , PXE-2.1(build 082) Copyright[c] 1997-2000 Intel Corporation・・・」という文字。最後のカーソルがクルクル回って、しばらくするとWin7が動き出す。原因はさっき行ったBIOS の変更だった。電源が入ったときに、まずCD-ROMを見に行って、次にLANを見に行って、それからHDDを見る設定にしたので、LANを探しに行った時の表示だった。BIOS の BOOT(起動)設定を元のHDDに戻して解決。

かくして、内蔵HDDのクローンを作った。同時に、無線LANの付いたモデルでも、付かないモデルでも、問題なく動くことが分かった。これで現用の昔のPCだが、PC本体でもHDDでも、予備が手に入った。

PCで一番壊れる可能性があるのは、HDDだとばかり思っていたが、実は本体らしい。そして、HDDの寿命は、10万時間以上、と聞いたことがあるが、我が家では実際には数千時間の使用だった。(居間のDELLは、4年半で、電源ON/OFF回数8,249、使用時間2,596時間だった)つまり、寿命まではまだまだあり、壊れる可能性は非常に少ない、ということ。
よって、自分の今回のバックアップ作業は、まさに生命保険だった。起こることは非常に少ないが、ゼロではない。そのための安心を買う作業。
世の中で、どの位の人がバックアップを取っているかは知らない。しかしWin7は軽くシャキシャキと動いて、すっかり惚れてしまった。XPにこだわっていた自分が情けない・・・
そしてこのWin7のバックアップ機能も進化していた。壊れる可能性はゼロに近いが、まあ安心につい時間と金を掛けてしまった週末である。
自分の8年前のdynabookも、まだまだ健在なのであ~る。

140525zassyu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月23日 (金)

新聞各紙の「集団的自衛権」の社説の比較

今朝の朝日新聞にこんな記事があった。
在京6紙、賛否割れる 集団的自衛権、新聞社説は――
 「断じて許されない」「高く評価」――。安倍政権が集団的自衛権の行使容認への一歩を踏み出したことについて、新聞各紙の社説は賛否が分かれた。どこにその一線があるのか。各紙の論点を整理し、社説の担当者に聞いた。

 安倍晋三首相が「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」から報告書を受け、会見した翌日16日の社説を読み、取材した。
 朝日新聞は、首相が進める憲法解釈の変更による行使容認を「立憲主義からの逸脱」と批判。「日本が攻撃されたわけではないのに、自衛隊の武力行使に道を開く」「首相や懇談会が強調する『必要最小限なら認められる』という量的概念は意味をなさない」と主張した。大野博人論説主幹は「集団的自衛権行使の現場で何が起きてきたか。首相の主張には戦争に加担することへのリアリティーが欠けている」と話す。
140523syuudanteki  毎日新聞は首相が会見であげた二つの例に着目。朝鮮半島有事の米艦船防護は「個別的自衛権などで十分に対応出来る」、国連平和維持活動(PKO)の駆けつけ警護は「集団的自衛権とは関係がないPKOの武器使用の問題だ」とし、「本質からそれた国民に理解されやすい事例をあえて選び、(略)行使容認に向けた空気を醸成する狙いがにじむ」と指摘した。
 小松浩論説委員長は「このテーマはわかりやすさだけを追究すると本質が見えなくなる。論理立ててしっかり書きたい」と話す。
 東京新聞は、集団的自衛権は国連加盟国に認められた権利だが、ほとんどは大国による軍事介入の正当化だとして「『戦争する』権利の行使を今、認める必要性がどこにあるのか」と問うた。豊田洋一論説委員は「複雑で難しい問題だが、暮らしに大きな影響を与える可能性が高い。引き続きわかりやすい表現で多角的に問題提起する」という。
 一方、産経新聞は賛成の立場を明確にした。「『異質の国』脱却の一歩だ 行使容認なくして国民守れぬ」という見出しで、「当然の政治判断がようやく行われようとしていることを高く評価したい」とした。
 読売新聞は安倍首相の方針について「改めて支持したい」と評価。周辺有事での米軍艦船の防護などの例を挙げ、「こうした重大な事態にきちんと対処できないようでは、日米同盟や国際協調は成り立たない」。
 日本経済新聞は「憲法解釈の変更へ丁寧な説明を」との見出しで、「政府はまず、急いで取り組むべき課題とじっくり考えるべき課題、現行法制でできることと憲法解釈の見直しが必要なことを、きちんと仕分けることが大事だ」と述べた。

反対目立つ地方紙
 ブロック紙・地方紙では、各地域の事情や歴史を踏まえて、平和主義の危機を訴えた社が目立った。
 北海道新聞は「憲法をないがしろにしてまで集団的自衛権の行使容認を目指す安倍晋三首相の姿勢は、断じて認めるわけにはいかない」と書いた。辻岡英信論説副主幹は「70年かけて積み重ねてきた日本の歩みを簡単に否定していいのか」と話す。16日から1週間、毎日社説でこの問題や平和を論じた。
 信濃毎日新聞は3月から「安保をただす」という題で、集団的自衛権に関する社説を約20本掲載。16日は「限定的であれ、行使を認めれば9条の縛りはなくなる。(略)後は政権の判断で対象を広げられる。小さく産んで大きく育てるつもりではないのか」と疑問を呈した。丸山貢一論説主幹は「中央の政治から距離がある地方だからこそ、論議の流れや矛盾が見える。今後も絶対認められないという姿勢を貫く」。
 京都新聞は「この機会にいま一度、憲法の前文と9条を読み返してみたい」と読者に呼びかけた。論説委員室は「平和を守るという論理のもとに軍拡が広がる。首相の会見を聞きながら、生活者として覚えた違和感を書いた」という。
 沖縄では尖閣諸島への武装集団の上陸などが想定される「グレーゾーン事態」も身近で深刻な問題だ。
 沖縄タイムスは「本土防衛のための捨て石」にされた沖縄戦の体験を引き、「日中間で軍事衝突が起これば、沖縄が戦場になるのは目に見えている」と警鐘を鳴らした。
 久高将己論説委員長は「戦争ができる国になるのは県民にとって絶対許せないこと。沖縄から声を上げていきたい」と話す。(吉浜織恵、斉藤佑介)

根気よく説明を
 水野雅夫・中部大学人文学部教授(メディア論)の話 「新聞の顔」の社説で、各紙とも思いきり表情が出た。賛成派はしてやったりの顔、反対派は怒りの顔だった。地方紙も地元の現状を踏まえて自分たちの言葉で訴えた。1回の社説ではすべてを書き切れないテーマだ。読者や国民に対して根気よく、丁寧に説明し続けることが大事だ。」(
2014/05/23付「朝日新聞」p3より)

当サイトは、このような比較記事が好きなのである。しかしうがった見方をするっと、この記事もそれぞれの社説の抜粋である以上、この記事の筆者の思惑が入らないという保証はない。それは我々読者が読み解くしかない。
でも、まず、“クールに書かれている”という前提で比較しながら読んでみると、なかなか面白い。
言うまでもなく、社説は最も分かり易い“法人”としての各紙の意志なので、これに関する全ての記事は、多分この社説と同じスタンスで書かれているのだろう。
でもそれはある意味、怖ろしい・・・。自分のようなノンポリ派は、たまたま取っている新聞を読んでいるだけで、いつの間にか洗脳されてしまうかも・・・。
要は、新聞を含むマスコミに対して、ある程度の距離を置いて、なるべく批判的・客観的に読む心掛けが必要なのであろう。
そんな自戒を込めて読んだ記事であった。

140523iwazaru <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月22日 (木)

「高い視点を持った人と付き合おう」~藤田晋氏の話

チラッと読んだ記事で、どうも気になるものがある。この記事も、どうも忘れられないので記しておく。
新人へ贈る、気を付けるべき「付き合い」方(藤田晋氏の経営者ブログ)
 自分の入社式でどんな訓示があったのか、覚えている人はほとんどいないでしょう。私自身も全くといっていいほど覚えていません。そのため、昨年から少しでも記憶に残るよう、サイバーエージェントの入社式で私から贈る言葉をひとつに絞ることにし、今年は「高い視点を持った人と付き合おう」という言葉を189人の新入社員に贈りました。
 周りにいる人や付き合う人によって、人の意識は大きく変わるものです。会社全体を俯瞰(ふかん)する立場と、組織の下の立場とでは、見える景色も違えば、アイデアも解決できる問題もまるで変わってきます。役員や上司、あるいは社外の実力者など視点が高い人と付き合うことで高い目線を保ち、同期や同僚に対して良い影響を与える人になってほしい、という思いを込めました。
 実は昨年の入社式でも、同じような意味の言葉を贈ったのですが、誤解があったようなので、今年は改めて表現を変えたという経緯があります。
 私は、組織の上の立場から全体を見てほしい、という意味で「目線を下げるな」という言葉を贈ったのですが、一部の新入社員は、自分の立場から上を見る、下から高いところを目指す、というふうにとらえてしまいました。最初はその違いに気付かなかったのですが、上から下(会社全体)を見るのと、下から見上げるのでは、意味も変わってきますし、逆効果にもなりかねません。
 下の立場から上を見ると、その立場の視点のまま、見当違いな会社の批判をしかねない。例えばうまくいかない時に、同じ立場の同期や同僚同士で群れて話し合っても、なれ合ってしまうだけで解決にはつながりません。同期と話すと話が合って楽だし、楽しいけれど、それでは一歩も前に進まないし、そんなことをしていても成長しない。どんどん視点が落ちていくだけです。
 そうではなく、自分の立場をいったん離れ、会社全体を見る立場で物事を考えれば、意識も解決の仕方も変わってきます。ただ、新入社員にいきなり経営層の立場で考えろ、と言っても難しい。だから、普段から高い視点を持った人と付き合うことが、すごく大事になってくるのです。
 これは、高い学歴の人が持つメリットにもつながるように思います。当社は学歴不問ですし、素養については本人の努力次第で、大学には依存しないと考えていますが、唯一変わってくるのは周囲の意識。東大や京大といった高学歴の大学にいると、環境的に周りの意識が高く、就職に関してもみんな高いところを目指すので、自分もそのくらいやらなければ、となる。
 当社はいわゆる“コネ入社”は一切やらないことにしていますが、親がすごい人も意外と本人の目線が高くなり、それなりにやらなければと活躍することもあります。要するに、周りにいる人や自分を置く環境によって視点は左右されるので、自ら視点の高い人と付き合うように心がけてほしいと思うのです。
 日ごろから、誰と話して、誰と付き合っているのかということが、いかに本人の意識を変えるか。この話はあまり論理的ではないので、それほど世間では言われていませんが、私は組織を束ねる人間として、付き合う相手が自分に与える影響は甚大だと思っています。次回は、私自身の経験に即して、高い目線の人と付き合うもう1つの効用をお話したいと思います。

藤田晋(ふじた・すすむ)1973年福井県生まれ。大学卒業後、1年のサラリーマン経験を経て98年にサイバーエージェント設立、2000年に当時史上最年少の26歳で東証マザーズ上場。07年から「アメーバ」をはじめとするメディア事業立ち上げを統括し、現在も「アメーバ総合プロデューサー」として陣頭指揮する。同世代の起業家仲間とは対照的に、派手なM&Aとは一線を画して自力で成長を求める経営スタイル。趣味は釣り、マージャン。」(2014/5/14付「日経新聞」藤田晋氏の経営者ブログより)

この話はその通りだと思う。よく東大などのトップ校は、優秀な友人がたくさん作れるのが財産、と言われている。これは会社でも同じで、やはり大企業は、仕事で付き合う相手も優秀な人が多い。
自分も10数年前の現役の最後の頃、社内にいかに優秀な人間が多いか、改めて認識したことがあった。
当時社内では、ある経営手法が流行っており、その集合教育に行ったことがあった。全員が近くの高級ホテルに泊まって、4~5日同じ教育センターに通った。
集合教育の同じグループには、仕事ではまったく会う機会がない色々な組織のメンバーが混在しており、その他部門のメンバーの発想の多様さに、感心した。まさに目から鱗、という体験。そんな点で、大きな組織では、多様な視点の人間がいるので、いわゆる“高い目線“の人と付き合うチャンスは多い。

一方、元の同僚で、あるオーナー会社に再就職した人もいた。その人からはこんなグチを聞いた。「与えられたミッションは“株価を上げよ”。何の権限も与えられていないのに、株価を上げろと言われても、為す術がない。でもそれに反論すれば、即クビ・・・。オーナー個人に迎合できない人は、とても勤まらない・・・」。まあ大会社の出身者だから言うグチかも知れないが・・・

上の記事では、氏が言われる“高い視点を持った人”と、どう巡り会えるかがポイントだが、自分で探すのは結構大変・・・。
よって一番簡単なのは、歴史のある大きな会社に入ること・・・。買収や統合によって規模だけ大きくなった会社は、所詮小さな会社の寄せ集まりだが、歴史のある大きな会社は、それなりの人材がいることは確か・・・。
もし20数年後に、孫の就職の話出たら、そんなアドバイスをしてあげようかな・・・。もっとも自分で選べるチャンスがあれば・・・、の話だが・・・。

140522line <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月21日 (水)

井上陽水の「氷の世界-40th Anniversary Special Edition」を聞いて

Amazonから、予約してあった本日(2014/05/21)発売のCD、井上陽水「氷の世界-40th Anniversary Special Edition」が送られて来たため、ついそれに“聞き入って”&“見入って”しまった。
140521inoue1 言うまでもなく、「氷の世界」は1973年12月1日発売の井上陽水3枚目のアルバム。今日発売になったCDは、そのデジタルリマスター盤であり、付録のDVDは、NHKプレミアムで2013年12月28日に放送された番組『井上陽水 ドキュメント“氷の世界40年”~日本初ミリオンセラーアルバムの衝撃とその時代~』がそのまま収録されている。

NHKの番組紹介にこうある。
「今からちょうど40年前、日本で初めて売り上げ100万枚を達成した伝説のアルバムが発表された。当時25歳だった井上陽水さんの3枚目のアルバム「氷の世界」だ。その爆発的な売れ行きの凄さは、発売日の早朝からレコード店に行列ができ、段ボール箱を開けては直接客にレコードを手渡すような状況だったという。ヒット曲に後付けするように制作されたの140521inoue2 ではない、陽水さんの音楽性を前面に押し出すコンセプトが当時の若い世代の心をつかみ、空前の大ヒットとなったのだ。このアルバムのヒットは、その後の日本のミュージシャンたちにも大きな影響を与えたといわれている―。
先ごろ長年行方が分からなかった、このアルバムのマルチトラックテープが、レコード会社の倉庫で発見された。中には若き日の陽水さんの声とともに、さまざまな楽器の演奏が入っていた。番組では、このアルバムの制作に加わったミュージシャンやスタッフが集まり、音声トラック一つ一つに込められた思いや秘話を、40年の時を越えて掘り起こしていく。そして、陽水さん本人が40年前の自分と向き合い、収録曲を演奏。果たして65歳の陽水さんはどんな「氷の世界」を描くのか? どうぞお楽しみに!」(
ここより)

まずCDだが、今までの録音と比較してみると、音が輝いている。例として「氷の世界」の音源をスペクトラムで分析してみると、高域が2~3dB上がっている。音質は明らかに違う。今までの録音が実におとなしく聞こえる。
そして、ボーナストラックとして「白い一日」の別テイクが入っている。ギターの音像が中央に寄り、ギターの安田裕美の演奏が微妙に違う。安田の伴奏は、即興性もあるのだろうか・・・
自分のメモを調べてみると、自分が「氷の世界」のLPを買ったのは1974年6月1日。発売後半年・・・。当時、2200円のLPがシングル並みに売れていると評判だった。今回のジャケットは、当時のLPと全く同じ。まさに40年経って生まれ変わったアルバム「心の世界」である。

そしてDVD。昨年末に放送されたNHKの番組は自分も見ていてブルーレイにも録ったので、今回は2度目。でもこのDVDはオリジナル番組より5分間「未公開シーン」が追加されていて、80分になっている。
もちろん放送はハイビジョンで、これはDVD映像。しかし放送の録画と比べてみると、DVDの音の良さにビックリした。このDVDの音は「リニアPCM」で、放送の音声はもちろん圧縮している。しかしその音が、これほど違うとは・・・。自分としては、放送での音の劣化を初めて比較・体験できた。放送でCDの音楽を放送すれば比較できものの、なかなかそのチャンスはない。
この番組は、当時のミュージシャンが、40年前を振り返っている。自分も当時を思い出しながら、ついまた見入ってしまった・・・。

しかし、今の若い人は、多分知らないのだろうな・・・。こんなアルバムを・・・。
今度息子が帰ってきたら、このアルバムをウォークマンに録音してやって、その感想を聞いてみようか・・・
それにしても、あれから40年経ったが、自分にとってはまだまだ現役のアルバム「氷の世界」なのである。

140521itsuzai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月19日 (月)

みたいのは「エクセレント」~プロの世界とは・・・

だいぶ前だが、日経新聞にこんなコラムがあった。
みたいのは「エクセレント」  野球評論家 権藤博
 もしプロに入れたら、1回やってみたいと思うプレーがあった。大量リードの九回2死一塁。最初にストライクをとったら、あとは振りかぶり走者を走るままにさせる。そうしておいて、最後は打者を三振に仕留めるのだ。
 これは実際にあったプレーで、南海(現ソフトバンク)のエースとして活躍した杉浦忠さんが、東京六大学のリーグ戦で演じた。社会人野球にいた私は「なんて格好いいんだ」と憧れたものだった。
 こうした立ち回りは相手への侮辱ととられかねず、私にはそれだけの度胸もなかった。だがプロにはショー的要素があっていい。誰にもまねできない技を持つ者が集うエクセレントな世界。だからこそお金が取れる。
 選手それぞれ、何が売り物なのか。そこを考えたい。たとえばヤクルトのウラディミール・バレンティン。
 小川淳司監督が昨季、投ゴロで1塁に全力疾走しなかったために、途中交代させたことがあった。けれど彼の持つ「エクセレント」は本塁打で、1塁への全力疾走ではないのだから、そこまでする必要はないと思った。
 懲罰的な交代をみるたびに、野球を楽しみに来たファンまで、会社で叱られたことを思い出して息が詰まるのでは、と心配になる。
 もちろんちゃんと走った方がいいに決まっている。怠慢プレーを放置していいとは言わない。しかし、監督が動くまでもなく、プロにはスタンドという監視の目がある。
 バレンティンには全力疾走を求めないお客もいてくれそうだが、その代わり本塁打が打てなくなったら、さようならだ。本人もその覚悟はあるだろうし、それくらいでないと大仕事などできっこない。
 3000本安打の張本勲(東映=現日本ハムなど)は外野守備では速くない足が、内野安打がかかった途端に韋駄天(いだてん)となった。だったら守備でも走れよ、とは誰も言わなかった。
 逆にファンからみて、少々のアラは我慢するから、この選手のこの芸がみたい、というものがなくなった時はおしまい。プロとはそういうものだろう。(悠々球論 権藤博:野球評論家)」(
2014/04/17付「日経新聞」p37より)

“プロ”か・・・。何でも、お金を貰ってする仕事は“プロ”と言われる。いや違う。お金を貰ってする仕事なのだから、プロフェッショナルの仕事をしないとダメ、という事かも知れない。

来日中のポール・マッカートニーさんの公演が、17日に開演の1時間前になって中止になったという。会場には既に2万人の観客が足を運んでいたという。そして18、19日も中止になったので、10万人が影響を受けるとか・・・。
自分は別にファンではないので、影響は無いのだが、会場に駆けつけていたファンにとっては、残念至極・・・。確かに人間は生き物だし、海外のアーティストは時差ぼけも含めて大変だと思う。もちろん71歳という年齢もある・・・
プロは大変。ファンは、何ヶ月も前から必死にチケットを買って、ホテルや飛行機を予約し、はるばると集まってくる。だから何があってもドタキャンは出来ない。それがプロ・・・

サラリーマン時代、決してドタキャンできないイベントとしてあったのが、部下の結婚式。仲人や主賓など、風邪を引いたから・・・と欠席できない。会社の業務なら、幾らでも替わりは居るが、結婚式だけは当人にとって人生の大イベント。それに水をかけるわけにはいかない。今思い出しても、無難に対応出来たのは、これもサラリーマンとしてのプロの為せるワザだったかも・・・と思い出した。

何?これからはサンデー毎日のプロが求められるって!? あーヤダ・・・。

●メモ:カウント~580万

140519hosyuu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月18日 (日)

井上陽水の「小さな手」

NHKラジオ深夜便を、PCで録音しておいて、通勤途上で聞いているが、先日、また“発見”してしまった。自分にフィットした歌を・・・
「ミッドナイトトーク~私の新人時代(4)版画家 山本容子」(2014/05/09放送)で、井上陽水の「小さな手」という歌を初めて聞いた。

<井上陽水の「小さな手」>

「小さな手」
  作詞・作曲:井上陽水

小さな手を見て思わず笑う私
小さなこの手で生きてた事を笑う
不幸はこの手でかかえられないし
幸せはこの手ではこぼれてしまう
小さな手

幼い手を見て私はいつも笑う
幼いこの手で恋した事を笑う
あなたが私にさよならつげて
私のこの手は涙もふけない
幼い手

私のこの手は笑いをいつもさそう
笑いはいつでも悲しい事と同じ
この手がすべてをなくしたように
私もすべてをなくしてゆくのね
小さな手

この歌について山本さんはこう言う。 「小さな手は自分。自分はこんな小さな手をしているのに、どうやって生きてきたかというと、もし不幸があったらこの手で抱えられないし、もし幸せというものがあったら、この手ではこぼれてしまうだろう。つまりこの小さな手は自分なんだ・・・。自分はこんなのね。笑っちゃうじゃないか・・・という詩」

改めてこの「小さな手」を検索してみると、アルバム「断絶」に納められていた曲だという。そ140518danzetsu して「断絶」は1972年5月25日に発売された陽水のファーストアルバム。
このアルバムに続いて2nd「陽水II センチメンタル」(1972年12月10日発売)、3rd「氷の世界」(1973年12月1日発売)、4th「二色の独楽」(1974年10月1日発売)と続いていく。 
井上陽水といえば、この5月21日に「氷の世界 40th Anniversary Special Edition」というデジタルリマスター盤が発売になるというので予約してしまった。
最近、改めて、陽水の初期の作品、「断絶」「陽水Ⅱセンチメンタル」などを聞いている。
何度も同じ事を書くが、陽水も小椋佳も喜多郎も、初期の作品の方が自分は好き・・・。

手を歌った歌は多い。このサイトでも、森山良子の「ふたつの手の想い出」(ここ)、や高橋真梨子の「掌」(ここ)などを取り上げたことがある。どれも心に沁みる・・・

先日、ちょうど6ヶ月になる孫が初めて遊びに来た。赤ん坊の泣き声は、こんなにデカかったかとビックリした・・・。外に出ると泣き止むというので、赤ん坊を抱いて庭に出た。周囲の景色が珍しいのか、キョロキョロしている。そして、車の窓ガラスに映った自分の姿を見て手を伸ばす・・・。ちぃっちゃな手・・・
カミさんは自分の手を見て、キレイなので苦労をしていない証拠、と言うが、この赤ん坊の手だけは、ずっとキレイなままでいるように祈ったもの・・・

140518yanki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月16日 (金)

一番速く泳げるお魚は?~バショウカジキ・時速108Km

だいぶ前の新聞だが、こんな記事があった。
「(ののちゃんのDO科学)一番速く泳げるお魚は?
 ののちゃん 釣りに行ったお父さんが手ぶらで帰ってきて、「あいつら逃げ足が速い」って泣いてたよ。
 藤原先生 魚に足はないのにね。
 のの 手もないよ。クロールできないのに、本当に魚は速いのかな?
 先生 一番速い魚は時速100キロメートルを超えるそうよ。
 のの ひゃっきろ!
 先生 バショウカジキという、背びれがバショウの葉に似た魚よ。
 のの 船よりも速いの?
140516sakana  先生 フェリーがだいたい時速45キロ、タンカーが30キロくらい。
 のの 人間は?
 先生 水泳のオリンピック選手でも時速8キロくらいよ。
 のの ところで魚の速さって、どうやって測るの?
 先生 いい質問ね。魚の速さを測るのは、実は結構難しいの。ののちゃんだったら、どう測る?
 のの 並んで泳ぐ!
 先生 人間の方が遅いって説明したばかりなのに……。速い魚は見つけにくいし、船より速いのよ。
 のの ジーピー何とかってのは?
 先生 GPSね。カーナビや携帯電話で使われる全地球測位システム。それも、魚が水面にいてくれないとデータを取れないの。
 のの じゃ、どうするの?
 先生 撮影した映像から推定したり、釣り上げるときに繰り出した釣り糸の長さから計算したりするんですって。
 のの ふ~ん。それにしても、なんで魚はそんなに速く泳げるんだ?
 先生 カジキやマグロ、カツオなど速い魚は、体と尾ひれを上手にしならせる特徴があるの。
 のの プールの授業で習ったイルカのキックみたいに?
 先生 そう、イルカやクジラも同じ。頭から後ろを全部つかって上下や左右に動かして、水を後ろに押し出すの。
 のの 体全体を使うんだ。
 先生 速く泳ぐ魚の形は似ているでしょう。あの流線形は、泳ぐために設計されたようなものね。
 のの 人間の形だとダメかな?
 先生 抵抗って、分かるかしら。人間の手足は、きれいなカーブの魚に比べると抵抗が多いのよ。
 のの 邪魔になるってことかな。
 先生 そうね。水泳の授業で、蹴伸びの姿勢を習ったでしょう?
 のの あ~、あれは、お魚っぽい。テイコウが少なくなるんだね。
 先生 魚も、頭がぶれると抵抗が増えるので、速く泳げなくなるの。それから、速い魚は形だけでなく、中身にも似ているところがあるわ。
 のの ん? 赤身だ!
 先生 当たり! あの赤い筋肉のおかげで、パワフルに泳ぐエネルギーへと酸素を変えるのが上手なの。
 のの 先生、お刺し身食べたい。
 先生 お父さんに釣ってもらって。(取材協力=加藤直三・大阪大教授、構成=冨岡史穂)」(
2014/04/19付「朝日新聞」e6より)

水中で、時速100キロで泳ぐ魚がいるとは、オドロキ・・・
陸上で最高スピードを出すチーターと同じ位らしい。それにしても、幾ら流線型とはいえ、あの抵抗の大きい水中で・・・。信じられん・・・

水泳といえば、自分はからきしダメ。お袋は横泳ぎが得意で、子どもの時に一緒に海水浴に行っても、とてもマネできなかった。高校1年の時、「プールの横を泳ぎ切れない人は、夏休みに学校に出て練習!」という号令がかった。自分は、とにかく体の力を抜けば浮く、ということを頼りに、背泳ぎで挑戦。すると直角に曲がってしまったが、とりあえずセーフ。でもホントウはそれ以外は泳げない・・・
ウチのカミさんは、泳ぎが得意。昔、子どもと一緒に海水浴に行って、平泳ぎ教えて貰うが、足と手の動きが合わず、まったくダメ・・・
でも息子たちは、子どものときにカミさんが水泳教室に入れて、たぶん泳げるようになったはず・・・。

今日で韓国の沈没事故から1ヶ月という。今日の「日経新聞」夕刊に、「聯合ニュースによると、救命胴衣を着ていた人は245人以上。いずれも全体の8割強を占める。 船が転覆した際、「救命胴衣を着て、船室で待機せよ」との船内放送に従ったことで、大半の人が海に飛び込む準備をしながら船内から出られなくなり死亡した悲惨な状況が改めて浮き彫りになっている。」という記事があった。
何とも痛ましい話だが、ここまで大きい事故になると、泳げるかどうかは問題にならないかも知れないが、少なくても、海に飛び込む勇気の点では、差が出るかも知れない。

で、自分は“その時”は、「カミさんにしがみつく!」と言っているが、カミさんは「蹴飛ばしてでも、振りほどく・・・!」と言っている。自分だけ助かろうとは、どこかの船長と同じ・・・
ま、海は眺めるに限る。そして水に入るのは、銭湯の湯船だけにしておこう。おっと今日は、スピードの話だったっけ・・・

140516gunkann <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月15日 (木)

“断酒”して1ヶ月経った・・・

今日は自戒の記事である。つまり日記・・・
今日で、“断酒”して1ヶ月が経った。それが結構何でもないのだ・・・。もう少し、酒への執着心が起こるかと思っていたが、まあ酒が無くても大丈夫なようだ・・・。先の選挙ではないが、“卒酒”だな・・・

10年前に発病した自分の不整脈(心房細動)の発作(ここ)。数年起こらないこともあったのに、昨年から、半年~3ヶ月に一度ほど起こっているので、さすがにヤバイと思い出した。
どうも、昨年(2013年)7月に起きた時に、近くの大学病院で調べて貰ったが、そのときに、それまでのシベノールから変えて貰った薬(サンリズム)が、結果として自分の体には合わなかったらしく、この薬の副作用で心房粗動まで併発し、年末と4月中旬の2回、救急外来に駆け込んでしまった。(ここ
何とか点滴による薬の注入で治まったが、今回は深く反省・・・

そもそも、10年前に初めて発症した時に、医師から「原因は、お酒と脱水」とはっきり言われていたのに、まあ大丈夫だろう・・・とタカをくくって、相変わらすビール・・・。
良く知られているように、ビールは飲んだ量以上の水分が体から出てしまう。いわゆる利尿作用だ。結局今回の場合、ビールが脱水作用とともに、アルコールによる不整脈の引き金を引いたと、自己判断。

つまり2度あることは3度あった。それでやっと反省した・・・
機械のトラブル(品質事故)の時も、切り分けをして原因を探る。今回も同じだ。まず「酒と脱水」という2つの大きな原因の除去でどうなるか・・・。具体的には、まず酒を徹底的に断ち、そして日常的に水分をたくさん採る。それを心掛けて様子を見ることにした。もしそれでも発症するようだったら、仕方がないので薬を飲むしかないのかも・・・

それでまず酒だが、自分のビール歴は長い。数十年来、ずっと毎晩缶ビールを飲んできた。夏でも冬でもビール。でも量はそう多くはない。最近は一缶を残すようになっていたが、今回は缶ビール2/3でも発症・・・。まあ、ビールは胃に良くないので、時には梅酒を買ったり、日本酒を買ったりもしたが、日本酒はいつのまにか、カミさんに料理に使われてしまったりで、やはりビールが主だった。
先日医師に聞いた。「酒を飲んでも、水分を採れば良い?」「お酒が引き金となるのでダメ・・・」「そうか・・・」
よってこの1ヶ月、一切のお酒類を絶っている。でも意外なことに、その反動や禁断症状は特に表れていないのだ・・・。夕食では、今までほとんど食べていなかったご飯も少し食べるようになってきた。

次に水分補給だが、とりあえず、ホームセンターでポカリスエットを箱ごと買ってきて、一日1本のペースで飲んでいる。ポカリは甘いので良くない、という話もあるが、自分は水のペットボトルよりも飲みやすい。
そもそも自分には、水を飲む習慣がないのだ。食堂で出てくるコップの水はほとんど飲んだことがないし、会社でも、午前と午後の2回、コーヒーを飲む程度。よって食事以外で一日にペットボトル1本でも、自分にとっては大変な進化・・・。特に自室にペットボトルを置いて、いつも口にする光景は、今までに無かった。
でも、寝る前に水を飲むと、夜中にトイレに行きたくなる。しかしカミさんは「トイレと不整脈のどちらが大事なの?」と、のたまわる・・・。ま、そうだけど・・・。

医者はあまり気にするな、と言うが、自分は気にするタイプ。これは仕方がない。まずこれで3ヶ月頑張る。それが無事に過ぎたら、もう半年頑張る・・・
毎日の薬は飲みたくないので・・・

最後に残ったテーマが、買い溜めていた缶ビールの処置。24個入りの箱が、まだ23個残っている。誰かにあげたいが、相手が迷惑・・・。キチンの流しに捨てるのももったいないし・・・
物置になった和室で、今や相手にされずにたたずんでいる我が家のビールではある。

140515sentakusi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月14日 (水)

「7回結婚したら8回起きあがれ」

先日の日経夕刊にこんな記事があった。
「(プロムナード)7回結婚したら 越川芳明
 日本には、「七転び八起き」という諺(ことわざ)がある。
 「人生には浮き沈みが多い」ということの喩(たと)えで、失敗にめげずに立ち直ることの大切さを説いたものだ。
 実は、キューバにも似たような格言がある。ただし、日本の諺より、ひねりが効いている。それを教えてくれたのは、僕の師匠だ。
 「7回結婚したら8回起きあがれ」という。
 結婚が「転び」というか「失敗」の喩えになっている点が面白い。
 さて、まわりを見渡すと、ハバナの下町に住む友人たちは皆、妻の家で暮らしている。
 漫画の『サザエさん』で、磯野家に同居する、サザエさんの夫マスオさんの立場に似ている。
 60代の大学教授ロドリゴは、高級住宅地に自分の小さな家がありながら、住んでいるのは、同じく大学教授である妻の、下町にある家だ。妻の父母や娘も一緒に住んでいて、3世代が同居している。ロドリゴはすでに4度も、結婚と離婚をくり返し、そのたびに宿をかえて、ヤドカリ歴も長い。
 30代後半のロベルトは、僕が黒人信仰の司祭になるための秘儀を一緒に行った友人だ。彼は年上の妻マリの家に寄居している。ヤドカリ歴は分からないが、マリが最初の妻でないことだけは確かだ。家には妻の連れ子の10代の娘、妻の父母が同居している。ロベルトは家計を助けるために、夜遅くまでレストランで働いている。僕の心配は、彼が仕事に追われて、修行をおろそかにしていないかということだ。
 40代半ばの僕の師匠は、先ごろ、新しい寄居先を見つけたばかりだ。最初の妻は、若くして火傷で亡くなった。2人目の妻とは、娘に恵まれたが、協議離婚。3人目の女性とは結婚の手続きを経ずに7年間生活を共にした。いずれの場合も女性の家で暮らし、ヤドカリ歴は25年近くになる。僕が尊敬するのは、とにかくモノへの執着がないという点だ。
 師匠の息子マヌエルは、火傷で亡くなった妻とのあいだにできた子だ。祖母の家で、優しい叔母(母の妹)によって育てられた。いま20代半ばで、大学1年生になったばかりの女の子と恋仲になり、いま彼女の家に身を寄せている。そこは大家族で、彼女の父母のほかに、祖母、叔母が一緒に暮らしている。
 あるとき、いつも陽気なマヌエルが浮かない顔をしていた。
 僕が、どうしたの? と訊(き)いてみると――
 恋人の母親がつらく当たるのだ、という。
 マヌエルは、以前、別の恋人の家に寄居していた。だが、半年もたたないうちに、彼女が家族と一緒にマイアミに移住してしまった。それで、急きょ、いまの恋人を見つけたのだ。
 マヌエルは司祭になってまだ5年だが、儀式のときの祈りや歌をはじめ、さまざまな約束事をマスターして、師匠の信頼を得ている。まじめに修行を積んできたからこそだが、逆に言えば、わずかなお布施しか収入がないということだ。それが恋人の母には不満のタネかもしれない。
 マヌエルは、司祭としては立派だが、まだヤドカリ歴が浅い。
 僕の師匠みたいに、「7回結婚したら8回起きあがれ」の境地には、まだ達していないようだ。(米文学者)」(
2014/05/09付「日経新聞」夕刊p7より)

何とも珍妙な(?)一文・・・。(失礼) そもそも米文学者 越川芳明氏とは?とNetで検索すると、れっきとした明大教授だという。そしてwikiによると「90年代半ばより米国とメキシコとの国境地帯で混交文化をめぐるフィールドワークを行ってきたが、2008年より、キューバのアフロ文化の調査研究に出かけている。2009年夏、キューバのアフロ信仰、サンテリアの入門儀式(マノ・デ・オルーラ)を体験。2013年夏、イファ占いの司祭ババラオの資格を獲得。守護霊(サント)はエレグア。」だという。
やはり普通の人ではないな・・・!?

それにしても、文化の違いは実に面白い。キューバのマスオさん生活も、日本の文化からすると面白いが、キューバからすると当たり前なのだろう。そして結婚は何度でもやり直しがきくという文化・・・。
でも、このような女系家族の文化(?)は、たぶん世界でも各所にあるのだろう。
男の妻宅へのヤドカリ生活・・・。そしてその元となる「モノへの執着がない」という男の価値観・・・。
まあ、「ヘエー」で終わる話だが、どうも自分は御免蒙むりたい話である。
それよりも、7回も結婚するとしたら、それぞれの子どもに対する親の責任がどうなっているのか、つい心配してしまう。それとも、初めから男親の存在は子どもの養育に関してアテにされていないのかも・・・

まあ自分は、やはり日本でいいや・・・

140514hato_2 <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月12日 (月)

「集団的自衛権」の調査~読売71%容認、朝日27%賛成

こんな記事を、どう読む???
集団的自衛権、71%が容認 読売調査
   読売新聞社が2014年5月9日から11日にかけて行った世論調査によると、71%が集団的自衛権の行使を容認する考えを示した。大半が「限定容認論」を支持しているが、8%は全面的に容認する考えだ。
   設問の内容は
「日本と密接な関係にある国が攻撃を受けたとき、日本への攻撃とみなして反撃する権利を『集団的自衛権』と言います。政府はこれまで、憲法上、この権利を使うことはできないとしていました。この集団的自衛権について、あなたの考えに最も近いものを、1つ選んで下さい」
というもの。「使えるようにする必要はない」という選択肢を選んだ人が25%にとどまったのに対して、「全面的に使えるようにすべきだ」が8%、「必要最小限の範囲で使えるようにすべきだ」は63%にのぼった。
   一方、朝日新聞社が4月19~20日に行った世論調査では、容認に否定的な結果が出ている。
「集団的自衛権についてうかがいます。集団的自衛権とは、アメリカのような同盟国が攻撃された時に、日本が攻撃されていなくても、日本への攻撃とみなして、一緒に戦う権利のことです。これまで政府は憲法上、集団的自衛権を使うことはできないと解釈してきました。憲法の解釈を変えて、集団的自衛権を使えるようにすることに、賛成ですか。反対ですか」
という問いに対して、賛成は27%にとどまり、反対は56%にのぼった。」(
2014年5月12日J-CASTニュース(ここ)より)

改めて、読売新聞(ここ)と朝日新聞(ここ)の記事を読んでみる。
世論調査なので、自紙の読者を対象に調査した訳ではあるまい。すると対象者は同じであり、同じような調査結果が出るはず。しかしこの違いは何か・・・

これらの設問と回答の選択肢を見ると、どうもある方向に回答を誘導しているように見える。朝日が賛成か反対か、という二者択一なのに対し、読売は「“全面的に”使える・・・」「“必要最小限”の範囲で使える・・・」という選択肢。
つまり朝日が単純に「有罪」か「無罪」かを聞いているのに対し、読売は、“全面的に”の「死刑」から、“必要最小限”の「執行猶予」まで広範囲に「有罪」=「使える」を選ばせているように見える。そして自紙の主張に近い結果を導き出して、大々的に紙面を割いている・・・
一方、朝日も「日本が攻撃されていなくても」という一文に朝日の思いが込められているように見える。

選挙の世論調査では、各紙の結果はほとんど同じ。しかしこのような、自紙の主張に絡む調査は、誘導してでも、都合が悪い結果にはしたくないものらしい・・・。そして、都合がよい結果は大きく報道し、都合の悪い結果は小さく報道・・・
それにしても、これほど白黒が逆転するとは・・・。

話は変わるが、韓国の沈没事故の報道。韓国紙が、かなり強烈に政権批判をしていたので、韓国のメディアはまだまだ民主的だな、と思っていたら、こんな記事があった。
米紙に朴大統領批判の全面広告
【ニューヨーク共同】11日付の米有力紙ニューヨーク・タイムズは、韓国の旅客船セウォル号沈没事故をめぐる朴槿恵大統領の危機対応を批判し、メディアも検閲を受けて真実を報道していないとする内容の全面広告を掲載した。広告主は「韓国民主主義運動」という団体名になっている。
 広告は旅客船が転覆して海に沈んでいく様子を描いた図柄とともに「真実を明らかに。韓国人はなぜ朴大統領に激怒しているのか」という見出しを付けた。
 生存者が見つからない救助活動を「朴政権の指導力不足と無能さ、怠慢ぶりを見せつけた」とし、主要メディアは「政府の検閲によって沈黙している」と非難した。(
2014年5月12日共同通信(ここより)」

とにかく報道にも、政権を背景にした法人としての“意志”がある。それを選んで、どう読むのは読者自身の責任。
さっき、NHKでも世論調査の結果をニュースで放送していたが、およそ公正な報道は無い、という前提で、自分の目を養うしかない。

(2014/05/14追)
今朝の朝日新聞で、各メディアによる世論調査の違いが記事になっていた。
集団的自衛権の世論調査、各社で違い 選択肢の差、賛否に影響
 安倍首相が目指す憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認は政治の最大の焦点になっている。それだけに、報道各社は電話による世論調査でこの問題について質問し、民意を探ろうとしているが、調査結果には大きな違いがあるようにみえる。世論調査の回答は、質問の順番や文章などに影響されることがあり、今回は選択肢の立て方や文言が異なっていることが大きそうだ。
 4月中旬の共同通信、日本経済新聞・テレビ東京、朝日新聞の調査は、集団的自衛権について説明した上で、憲法の解釈を変えて集団的自衛権を行使できるようにすることに「賛成」か「反対」か、二択で尋ねている。結果は多少異なるものの、いずれも「反対」が「賛成」を上回るという傾向は一致している。
 一方、毎日新聞、産経新聞・FNN、読売新聞の調査では選択肢は三つ。集団的自衛権140512asahi0514 の行使を必要最小限に限るとする、いわゆる「限定容認論」を選択肢に加えたのが特徴で、「全面的に使えるようにすべきだ」「必要最小限の範囲で使えるようにすべきだ」「使えるようにする必要はない」といった三択になっている。
 結果をみると、「全面」賛成派は1割前後にとどまるが、「限定」賛成派は最多の4~6割。反対派は2~4割だった。「全面」と「限定」を合わせると、賛成派は反対派を上回る。
 二択では反対派が多数なのに、三択になると賛成派が多数になるのはなぜか。
 まず、三択で賛成の選択肢が二つ、反対の選択肢が一つと数が異なると、選択肢の多い方が回答の比率は高くなる傾向がある。
 さらに、集団的自衛権の問題は、多くの国民にとって理解が難しい面があるのは確かだ。こうした問題で選択肢が三つ以上あると、中間的な選択肢に回答が集まりがちだ。また、「必要最小限の公共事業」「必要最小限の国民負担」という言葉を思い浮かべれば分かるように、「必要最小限」という文言が加わると、反対しにくくなる。
 NHKの4月中旬の調査は選択肢は四つ。「憲法を改正して」と「政府の憲法解釈を変えて」を合わせた「行使を認めるべきだ」は34%で、「政府の憲法解釈と同じく」と「集団的自衛権自体を」を合わせた「認めるべきではない」は42%。反対派が賛成派を少し上回った。
 一方、選択肢に「どちらともいえない」が加わった5月9~11日の調査では、「どちらともいえない」が最多になった。
 日本が集団的自衛権を「行使できるようにすべきだ」は30%、「行使できるようにすべきではない」は23%で、「どちらともいえない」は37%。憲法解釈を変更することで集団的自衛権を行使できるようにするという考えについては「賛成」27%、「反対」30%で、「どちらともいえない」は36%だった。(山下剛)

まだ有権者に明確な意思ない
<埼玉大の松本正生・社会調査研究センター長(政治意識論)の話> 集団的自衛権は難しいテーマなので、報道各社の調査結果に違いがあるのは有権者がまだ明確な意思を持ち合わせておらず、世論が熟成していないことを示しているのではないか。質問文や選択肢の設け方によって出てきた様々な数字から、世論の多面的な側面を読み取ることができる、ともいえる。そこにこそ、各社がそれぞれ調査を実施する意義がある。」(
2014/05/14付「朝日新聞」p3より)

140512suman <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月11日 (日)

“この世でもっとも過酷な仕事”

今日は下の動画をご覧になってから読み始めて欲しい・・・。

今朝の「日経新聞」「春秋」はこんな記事だった。
「「職種は「現場総監督」です。原則1日24時間の勤務。年間365日、休暇はありません。食事をとる時間はありますが、他の同僚が食べ終わってからです。徹夜で働く場合もあります。サラリー? 無給です。世界で一番大事な仕事ですよ。やってみる気はありますか。
 こんな就活の面接に、応募者たちの顔が見る見る硬くなっていく。いまどき、これほどひどい会社があるのだろうか。それとも何かの冗談だろうか。ネットで話題になった、ある企業の広告の動画である。面接官は自信たっぷりで語り続ける。世界で何億人もの人がこの仕事に就いているという。「母」という職業である。
 電車の中で気まずい空気の親子を見かけた。部活の様子や体調などあれこれ問いかける母親に、中学生らしき男の子は横を向いたままだ。煩わしくて仕方ない風で舌打ちなどしている。母親は怒って、ますます声が高くなる。大人になっていく子供をいつまでも心配し、管理下に置こうとして、疎まれるのもまた母である。
 奉仕は無償で無限。けれども総監督を引退する年齢は意外に早く来る。子は10代後半には母から自立し、母は子離れをして再び自分自身と向き合わねばならない。どちらも甘えと期待を絶つ、ほんの少しの勇気と葛藤が要る。お母さん、ありがとう。素直に言えるだろうか。大人同士だからこそ心に届く感謝の言葉もある。」(
2014/05/11付「日経新聞」「春秋」より)

読んでいて、なかなか面白い例えだな~と思った。それでYoutubeで探してみると、上の動画が見つかった、というわけ・・・

今日は「母の日」。自分にはもう関係無いけど、例によってカミさん宛に2つの宅配便が届いた。「こんなことにお金を遣って・・・」と言いながらも、カミさんは・・・

人間に取って、近しい存在は?というと、当然父親よりも母親・・・。「母をたずねて三千里」という話はあっても、「父をたずねて・・・」は、当然無い。
先日、テレビで録画したおいた映画「汚れなき悪戯」を見た。「マルセリーノの歌」で有名である。このサントラは昔から知っているが、映画は初めて見た。もう60年も前の映画だが、テーマは(キリスト教を別にすると)「母親に会いたい」・・・。決して古くはない・・・

上の動画ではないが、母親稼業は理屈抜きの“滅私奉公”。それに対して、父親は少し遠目からの理屈・・・。やはり子どもから見ると、父親よりも母親・・・
でも、シングルマザー(または片親)にとって、この滅私奉公は大変だ。時間を子どものために使いたくても使えない。金を稼ぐために・・・。よってそれは、“公”がいかに援助するかにかかる。

正月にお袋を亡くして、4ヶ月になる。生前、カミさんはせっせと「母の日」を送っていたようだが、自分はほとんど無関係だった「母の日」。
こんなジョークを聞いて、改めて母親稼業は大変な仕事(?)だな・・・、と思った。

140511atatakai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月10日 (土)

「60歳から、まだ30年も生きるとして」

日経から毎日送られてくるニュースメール。その中で、先日、タイトルに惹かれて読んだ記事・・・。“読みもの”として(失礼!)面白かった。
60歳から、まだ30年も生きるとして(鈴木幸一 IIJ会長)
・・・・・・・
 高齢化社会になると、さまざまな「老い」の症状をいつも間近に見ることになる。老衰に至る過程の肉体の衰え方は様々で、そのひとつが細胞の衰えによるがんという病に始まって、さまざまな病にかかる友人、知人の消息を耳にする。60代も後半になると、そんなものである。そうはいっても昔に比べれば、会社をリタイアしても何故働いていないのか疑問に思うほど、健康で活力のある友人や知人の数が圧倒的に多い。60歳を過ぎても、30年は人生が残っている人間がほとんどではないか、と思ったりする。60歳から次の30年をどう過ごすのか、その費用を誰が負担するのか、という財政の大問題を考えても、解決の道筋が見当たらず、ぼうぜんとするだけだが、その30年という時間をどう過ごすのかということは、財政負担とは違う難問である。肉体も衰えないまま、ある日、こつぜんと逝くのであれば話は別だが、肉体ばかりでなく、精神が衰えていく過程の30年となると、それはそれで深刻な話である。衰えていくことが「老い」なのだから、それを受け入れていくのが人生であるという当たり前の前提を否定はしないけれど、そう簡単ではない。長寿社会になることは、いいことに違いないけれど、それはそれで難しい話である。
 「老い」のひとつの姿であるボケや認知症にかかった知人も増えてきた。自ら認知症の初期ではないかと病院に行き、その進行を防ぐ薬の治療を事細かに教えてくれる友人がいて、たまに話を聞く。こと、認知症については暇にまかせて勉強して、その症状、原因、医療の状況、進展等々について、大学で講義ができるくらいの専門知識を身につけている。今すぐにでも評論家になれるほどの知識を披瀝(ひれき)されると、ホントに認知症の初期なのかと驚く。「それだけの知識を得られるのに、認知症なのか」と聞くと、「それはそうだよ。ある日突然、駅に降りたら、酒も飲んでいないのに家に帰る道がまったくわからなくなったのだから。迷惑を掛けないようにする最善の道はなにかと思って、すぐに大学病院に行ったら、認知症の初期だと判断されて、それから猛勉強を始めたの。薬の効果で進行は遅くなったようだが、今度は自分の病を徹底して知ってやろうと思ってさ。時間もあるし、相当なことまでわかってきたよ」。「そんな認知症ってあるのかなあ」といったら、「認知症は認知症だよ」と、すまして言われてしまった。病にかかった人間が、その道の大家になるのも面白い話である。
 昔からお付き合いのあった高名な有識者の方が認知症になったものの、招かれる酒席には出席して、誰も気づかないままだったという話を聞いた。もともと寡黙な方で、端然とほほ笑みを絶やさず、2時間ほどの酒席を過ごされるものだから、同席している出席者は、その症状に気づかなかったということらしい。私など、飲むほどにお喋りに興じるわけで、すぐにも病院に連れて行かれるに違いない。私の父親は90歳近くになって惚(ぼ)けがひどくなり、何年か面倒を見ていた姉が対応できなくなって施設に入れたら、事故にあって間もなく亡くなった。いちど会いに行ったら、「どちら様でしたっけ」と、すました表情で丁寧に聞かれて、答えに窮した記憶がある。ずいぶんと時が経たのだが、その時の不思議な会話を折に触れて思い出す。表情もまったく違和感がなかったのだから、わからないものである。
・・・・・・・(以下略)

鈴木幸一(すずき・こういち)1946年9月生まれ。国内インターネットサービスの草分け。インターネットイニシアティブ(IIJ)を設立し、郵政省(現総務省)との激しいやりとりの末、93年にネット接続サービスを開始。後に続くネット企業に道をひらいた業界の重鎮。酒、タバコ、音楽と読書を愛し、毎春、東京・上野で音楽祭を開催、自宅は蔵書に埋もれる。」(2014/05/06「日経新聞」(鈴木幸一氏の経営者ブログ)より)

自分より1つ年上の氏が、老いについてこれだけ“意識”されている。まあ自分が老いを意識するのも、仕方がないか・・・。
先日、会社で「昨日、何年かぶりでカミさんとゴルフの打ちっ放しに行った」という話をしたら、「実はあるOB会で、ゴルフの幹事をしているが、先日一緒にプレーするはずだったKさんが心筋梗塞で急に亡くなった」という話を聞いた。82歳。こんな亡くなり方は理想かも知れない。ある程度のトシになれば、ゴルフの予定日が、何と自分の葬式の日になった、というのもオツな話かも・・・?健康のまま亡くなった、ということなので・・・

幸い、自分の周囲にボケや認知症にかかった人は見当たらないが、自分でボケを疑ったことは何度かある。
15年ほど前だろうか、突然会社でパスワードを忘れた。そんな事は初めてだったので、あわてて近くの脳神経外科に行った。そしてたまたま居た物忘れ専門の先生から、色々な検査をされ、結局無罪放免。まあそれ以来、自分もこの程度のボケで収まっているので、誤診ではなかったよう・・・
夫婦で焦ったこともあった。昔の話だが、町田だったか、初めて買い物に行った時、車をどこかのタワー型の駐車場に停めた。買い物が終わって車に戻ると、何と車が盗まれていて無い。確かここに停めたはず・・・。どうすりゃいいのだ・・・。念のため、上の階や下の階も確認するが、無い。結局見つかったのだが、ぐるぐる回って上の階に行く形の駐車場のため、どのフロアも風景が同じ。それで階の思い込みが原因だった。結局「誰かが、車を上の階に勝手に移動したのだろう」ということでチョン。夫婦二人で、ボケを心配したもの・・・

しかし、“物忘れ”で、一番のバロメータになるのが駐車場かも知れない。同じような風景の中で、車を停めた場所に直ぐに行けること。それを迷うようになったら、少々心配・・・。
このような話題も、およそ他人事では無くなってきているこの頃である。

140510kimadui <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月 9日 (金)

東京放送児童合唱団とダーク・ダックスの「シャロームの歌」

最近気に入っている歌に「シャロームの歌」がある。もちろん昔からダーク・ダックスの歌で、良く知っているが、先日、東京放送児童合唱団の歌を聞いた。この録音が何とも心地よい。

<東京放送児童合唱団の「さらば(シャローム)」>

   「さらば(シャローム)」
      イスラエル民謡

   また会うその日まで さよなら
   また会うその日まで さよなら

   Shalom chaverim (シャローム ハベリム)
   Shalom chaverim (シャローム ハベリム)
   Shalom, shalom (シャローム シャローム)
   L'hit-rah-oat, L'hit-rah-oat (レヒットラオ レヒットラオ)
   Shalom, shalom (シャローム シャローム)

   また会うその日まで さよなら
   また会うその日まで さよなら

自分は東京放送児童合唱団(NHK東京児童合唱団)のファンである。たくさんの録音を集めているが、この歌は最近初めて聞いた。単純な旋律が繰り返されるが、編曲の妙か、輪唱のハーモニーが素晴らしい・・・。

そしてダーク・ダックスの歌・・・。この録音もエコーが心地良く・・・。

<ダーク・ダックスの「シャロームの歌」>

「シャロームの歌」
   作詞:井田誠一
   作曲:イスラエル民謡

どこかでまたいつか あえるさ
またあおう またあおう どこかで

きれいなおもいで だきしめ
またあおう またあおう どこかで

みどりのほしふたつ よりそう
はなれても はなれても よりそう

どこかでまたいつか あえるさ
なかないで なかないで さようなら

この歌についてNetで調べてみると、こんな解説が見つかった。詳しくて歌の意味が良く分かる。

さよなら友よ さよなら友よ また会う時まで
日本では『シャロームの歌』または『シャロムの歌』として知られるイスラエル民謡(パレスチナ民謡)『Shalom Chaverim(シャローム・ハベリム)』。
「Shalom」というヘブライ語(の音訳)は「平和」を意味するが、この言葉は日常的な挨拶としても使われており、人と会った時に使えば「こんにちは」、別れるときに使えば「さようなら」といったように、同じ単語だが異なる場面で幅広く使われている。

友との別れを意味する言葉
イスラエル民謡『Shalom Chaverim』における「Shalom(シャローム/シャロム)」は、別れ際に交わす言葉としての意味合いで使われており、「Chaverim(ハベリム/ハヴェリム)」は「私の友」を意味することから、曲名は「さよなら友よ」といった内容になるだろうか。
また、歌詞の中で登場する「L'hit-rah-oat(レヒットラオ)」は、「また会う時まで」の意味があり、曲全体としても別れ際に歌われる内容の歌詞となっている。」(
ここより)

話は飛ぶが、「ダーク・ダックス」は「ダークダックス」が正解か? wikiには「・」が無い・・・。
どうも気になるが、まあいいか・・・。

聞きようによっては単純な歌だが、それぞれの名編曲によって素晴らし楽曲に生まれ変わった例である。

140509seyo <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月 8日 (木)

死刑のない社会を考える

先日の朝日新聞の社説にこんな記事があった。少々長いが読んでみよう。
「(社説)袴田事件が問うもの 死刑のない社会を考える
 人の命を、刑罰として国家が奪う。
 それがいかに重いことか、世に問いかけたのが、死刑囚袴田巌さんに対する静岡地裁の再審開始決定だ。
 もし刑が執行されていたら、取り返しがつかなかった。
 48年ぶりに拘束をとかれた袴田さんは、精神を病んでいた。いつとも知れぬ執行と日々向き合う過酷さも垣間見えた。
 ■誤判は避けられない
 裁判員制度の導入で、死刑にすべきかどうかの判断を市民が担って5年になる。
 政府の世論調査では、死刑の存続を8割以上が支持する。
 しかし、この究極の刑のあり方について、国民的な議論を十分重ねてきたとは言い難い。
 人の命を奪う許しがたい犯罪には厳正な刑罰で臨まねばならない。だが、その選択肢はいまの死刑しかないのだろうか。
 死刑がある社会を生きる一人ひとりが問い直すべき問題であろう。
 振りかえれば、袴田さんだけの問題ではなかった。
 80年代、免田栄さんら4人の死刑囚が再審で無罪を言い渡された。無期刑でも2010年以降だけで足利事件などの4人が再審無罪となっている。
 昔の捜査はいい加減だった、と片づけられることでもない。つい2年前のパソコン遠隔操作事件では、のちに無実だと分かった4人のうち2人が「自白」していた。
 やってもいない罪を認めるなんてありえない、と思う人もいるだろう。だが逮捕され、連日取り調べられるなか、取調官の誘導や強要に屈して虚偽の自白をすることが現実に起きた。
 人間が犯した罪を、訴追し、裁くのもまた人間だ。誤判はありうるという前提に立って、考えざるをえない。
 ■「報い」を超えて
 20世紀後半以降、先進国では欧州を中心に死刑の廃絶が進んだ。執行を続けるのは、米国の一部の州と日本だけだ。韓国、ロシアは90年代に執行を止め、事実上の廃止国になった。
 刑罰はそれぞれの社会文化に根ざしている。世界の潮流に従えばいいというものではない。だが、どの国にも憎むべき犯罪があり、厳しい世論がある状況を抱えつつ、死刑ではない最高刑を選んできた。その知見から学ぶことはあるはずだ。
 死刑の執行を一時停止し、議論の深まりを待つ方法も広くとられてきた。
 政府の世論調査では、死刑存続を支持する人の半数以上が、廃止すると凶悪犯罪が増えることを理由に挙げた。しかし、死刑に特別な抑止力があるかどうかは、立証されていない。
 凶悪犯罪には命をもって償うべきだという理由を挙げる人も多かった。
 だが今でも、社会の処罰感情が強い犯罪のすべてに死刑が適用されているわけではない。刑を「報い」としてだけでとらえるべきでない難しさがある。
 犯罪で家族や愛する人を奪われた遺族らの厳罰を求める気持ちは当然のものだ。その痛みは計り知れない。
 一方で、あえて加害者に生きて償うことを要望する遺族もいる。被害者のさまざまな思いを加害者の刑に反映させるには、限界がある。必要なのは、被害者と遺族を社会がいかに手厚く支えていくかではないか。
 突然、犯罪で家族を失い、現場になった自宅にも住めない。加害者からは被害弁済どころか反省の言葉さえない。そんな不条理なことが現にある。
 近年になって被害者が裁判に参加する制度や、加害者の刑の執行状況を知らせる制度などが整ってはきた。それでも金銭的な支援、心理的なケアなど取り組むべきことは多い。
 犯罪に起因するさまざまな困難と向き合う、息の長い支援を考えていかねばならない。
 ■限られた情報公開
 4月末現在、確定死刑囚は132人いる。
 法務省は7年前まで、死刑執行の対象者の名前や場所などを公にしてこなかった。国会議員や報道機関に刑場を公開したこともあるが、一時的なもので終わった。
 死刑執行がきわめて重い公権力の行使でありながら、政府は情報公開を極度に制限してきた。これが死刑をめぐる議論を妨げてきたことは否めない。
 絞首刑という方法がふさわしいかも論点だろう。残虐な刑罰を禁じる憲法に反しないとする最高裁判決から約60年がたつ。死刑存続派の識者からも見直しを求める意見が出ている。
 超党派の国会議員でつくる死刑廃止議連は、仮釈放のない無期刑(重無期刑)の新設を検討していた。いずれ社会に戻れるかもしれない無期刑と死刑の落差はかねて指摘されてきた。
 死刑の代替刑として、重無期刑をどのように考えるか。政府は市民に意見を問うことを避けてきたが、正面から向き合うべき問題ではないか。」(
2014/05/06付「朝日新聞」社説より)

自分は多くの日本人と同じく、死刑容認派。しかし、改めて「誤審による死刑」を考えてみると、国家が“取り返しがつかない”ことをしてしまう現在の死刑制度を前に、考え込んでしまう。
まず自分も、上のパソコン事件での“無実の人の自白”のように、「誤判はありうる」という認識だ。上の再審無罪の例を引くまでもなく、冤罪はたぶん数え切れないほどあるだろう。すると例え0.01%の可能性であれ、冤罪があるとすると、死刑は取り返しがつかない事態になってしまう。
そして「死刑に特別な抑止力があるか」という議論。自分も上の世論調査と同じく、抑止効果があると思っている。しかし、実際の犯罪で「死刑があるので、止めておこう」という例がホントウにあるのかどうか・・・。これは自分も経験がないので(?)分からない。

それと感情的な面もあると思う。人を数人も殺しておいて、自分はヌケヌケと生きているのは許されない、という感情。例えば、強盗殺人で、一家皆殺しにあって、自分だけ生き残ったとすると、その殺人犯を死刑以外の刑で、果たして収まるのかどうか・・・。
これは「光市母子殺害事件」が有名(ここ)(ここ)。

もちろん簡単に結論が出るものでもないが、「冤罪」「抑止力」「遺族の処罰感情」の3つを考え、「死刑容認派」から“少しだけ引いた”自分を見付けてしまった。

140508udonn <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月 7日 (水)

売った後に3倍稼ぐビジネスモデル

もうだいぶ前の記事だが、日経新聞にこんな記事があった。
「殻を破る(3)売った後、3倍稼ぐ 生涯 顧客とつながる
 「ベアリングの油圧が高め。整備を早めては」
 アジア系の航空会社に最近、メールが届いた。成田空港に向かう航空機から送られたエンジンの数値に小さな異変が見つかったという。
 メールを発信したのは英国中部、ダービーにある航空機エンジンメーカー、ロールス・ロイ140507mente スのモニタリングルーム。室内には同社製エンジンを載せた約4000機の運航状況が映し出され、エンジンに設置したセンサーを通じて温度や油圧、振動音など数十項目を監視する。
 航空機の整備は費用の発生時期が読みにくい。だが同社は「1時間当たり数十ドル」でエンジンの保守を受託、別料金を払えば運航中のモニタリングもする。航空会社は費用の発生が平準化されて予算が立てやすくなり、固定費削減につながる。
 サービス開始から約10年。同社の顧客は世界の航空大手にも広がり、民間航空機エンジン部門の収入の7割がサービスになった。もはや単なるメーカーではない。「エンジンも造るサービス会社」が実態に近い。
 航空機だけではない。米ゼネラル・エレクトリック(GE)会長のジェフ・イメルト(58)は最近、株主への手紙で「ソフトウエアへの重点投資」を明言した。イメージするのは「高度化した製造業(アドバンスト・マニュファクチャリング)」。発電、医療機器でも売った後の課金型サービスの拡大を狙う。
 「課金型」は欧米企業に一日の長がある。
 「荷物の重さ(トン)と運んだ距離(キロ)で請求します」。独ダイムラーがそんな手法で商用車を売り始めたのは1990年代初め。冷戦終結で欧州域内の市場統合が進み、商用車の価格競争が激化した。それを回避しようと考えたのが整備と金融サービスを組み合わせた事業だった。
 最近は機械や製品をネットでつなぎ、稼働状況を把握する「IOT(インターネット・オブ・シングス)」の技術が進歩し、製造業のサービス化を一段と促す。英国、ドイツでは国を挙げて技術開発を後押しする動きも出てきた。
 ボストン・コンサルティング・グループのシニア・パートナー、太田直樹(46)は「製造業の将来はライフタイム・マネジメントにある」と話す。製品が使われる間は顧客とつながり続け、手数料も入る。製品を売り切って終わる従来のメーカー型取引に比べ「1.5~3倍の収入増が見込める」と試算する。
 火力事業を2月に統合した三菱重工業と日立製作所。「経営資源の有効活用」を掲げ、それぞれが人員などを集中的に振り向ける対象は「顧客とつながる」事業だ。
 日立は米空調大手と共同で2月、海外でビルの省エネ支援サービスを始めた。ビル管理の世界市場は年間50兆円超。IT(情報技術)でコストを減らし、一定割合を対価として得る事業で高収益を狙う。
 「日立の顧客リストを変えていく」。会長の中西宏明(68)は話す。現在の主要顧客には「売り切り型」の自動車や通信大手などが並ぶが、今後は世界の資源エネルギー会社やデベロッパーなどを開拓、「深くつながり稼ぐ」に軸足を移す。中期でめざすサービス事業の売上高比率は4割。巨艦日立の事業モデル革新が始まった。」(
2014/04/09付「日経新聞」p1より)

売った後に、そのサービスで長期間商売をする、というビジネスモデル。
ロールス・ロイスのオンラインによるサービス体制(オンコンデイション・メンテナンス)については、何度か聞いたことがある。しかしその事についての記事はあまり目にしたことが無かったので、メモしておく。

ジェットエンジンメーカーのロールス・ロイスが、既に7割がサービス事業になって、「エンジンも造るサービス会社」に変貌しているとは、想像以上。まあ1960年代からの歴史があるというので、そんなものかも知れない。
それにしても、最初にこのビジネスモデルを考えた人はスゴイ・・・。メーカーにとってだけでなく、何より顧客にとっても、保守にかける時間の節約につながるため、実に有り難いサービスであろう。まさにWin-Winのモデル・・・
日本でも小松製作所(コマツ)が有名。wikiによると、建設機械の情報を遠隔で確認するためのシステムであるKOMTRAXは、2010年現在で、世界で15万台が稼働しており、その情報は無償でユーザーに提供しているという。(ここ

昔、会社で、協力会社(外注)との間でCD(コストダウン)活動が活発だった。外注からのCD提案でメリットが生まれると、その利益は発注者と受注者が折半で享受した。
結局、何事も“長続き”がキーワード。顧客との付き合いも、いかにして長い付き合いを確保するか・・・。

我々の友人関係も同じ。特にリタイア後の・・・
長続きしている友人関係がどの位あるか・・・。それは自分(の人生)を測る指標になってしまうのかも知れない。

140507rikyuu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月 6日 (火)

WinXPと別れた日

この連休を利用して、家のPCをwin7に替えた。とうとうXPともお別れである。
ちょうど1ヶ月前に「いよいよWinXPのサポート終了」(ここ)という記事を書いた。
会社のPCをwin7に変更したのがもう1ヶ月前になる。ウィルスバスターのXPサポートが来年末(2015年末)まで続くというので、自宅のPCはそれまで使い慣れたXPのまま使おうと思っていたが、カミさんから「さっさと替えたら」と言われて、あえなく方針変更。しかし、この手の作業を始めると、自分は夢中になってしまうので、時間的な制約の無いこの連休に行うことにした。
まずカミさん用のPC。これはDELLのXPダウングレード版なので、付属のCDを使ってWin7にアップグレードすることになる。先ずはドキュメントフォルダなどを外付けHDDに退避させてから始めた。
まあまあ作業は順調。しかし一度だけドジ。先ずはUSB接続機器を全て外してからWin7をインストールしたのだが、途中で音が一切出ていないのに気が付いた。デバイスマネージャーを見ても動作している。まさにスピーカーを物理的につないでいない状態。とうとうDELLに電話してしまった。待つこと40~50分。教えて貰った結果は「USBから電源を貰っているスピーカーもある」とのこと。スピーカーのケーブルを見ると、3本。確かに1本多い。結局、USBを全部外してから行ったため、スピーカーの電源ケーブルまで外していたのだ。
どのアプリも、XPで動いていたものはWin7でも動く。しかし予め分かっていたのが、「筆まめ」。今まで使っていたのがVer12だったので、これはWin7では動かないらしい。それでVer24の最新版を買ってきた。それと少々手こずったのが、TANITAの体重計。これは10年ほど前に買ったBC-500というパソコンで管理できるもの。これもNetでVISTA版はWin7でも動くらしいことが分かっていたので、予め手に入れておいた。しかしアプリは動くし、データの移動も出来たのだが、ドライバーのインストールが出来ない。結局、自分が指定したドライバーのフォルダーが違っていたのが原因で、これも無事動いた。
officeの設定も、ATOKの設定もIEの設定も、全て無事移動したが、問題はメールソフトをどうするか・・・。使い慣れたOutlook Express に似ているというwindows liveにしようと思っていたが、ダウンロードしようとしたときに、何やら色々と条件(付属ソフト)があるようなので、嫌気が差し、結局会社で使っているThunderbird にした。インストールするとOutlook Express のデータをインポートしてくれるので、使い勝手は少々異なるが、連続性は保てるし、マイクロソフトの都合にも左右されない。

カミさんのPCが終わると、今度は自室のPCの設定。まあこれも同じようなものだ。
一番嫌気が差したのが、office2013。だいたい最初に出てくる画面が気にくわない。それに画面が全体的に“真っ白けっけ”なのも気にくわない。もちろんメニューの姿が今までのoffice2002とは大違いなので、これも気にくわない。でも12年も経っていると、変わってくるのは仕方がない・・・。でも設定をやってみると、まあ昔の画面に近くなった。
そして、Netで「Office 2007 - 2013にOffice 2003のようなメニューやツールバーを追加するフリーソフト」というのを見付け、早速ダウンロード。それで何とかメニューも、今までの使い勝手を取り戻した。マクロも、word2002から引っ越せた。
そして今、初めてword2013で書いているが、まあまあ今まで通り。
でも何かカーソルの動きが悪い。一応はNetで探した指示通りに設定したのだが、Excelは動きが良くなったが、wordが悪いのが気になる。まあ色々文句が多い・・・
ホームネットワークも何とか設定。都合3台のPCがNetでつながった。

しかし1ヶ月遅れではあるが、何とか全体的にWin7に変更して動き出した。結局は「案ずるより産むが易し」なのだが、自分はホントウに新しいことが面倒になっている。今回も仕方なく・・・。これもトシだな・・・。
それにしても、改めて分かったのは、本を買う必要はまったく無い、ということ。今回はWin7の本を1冊買って、図書館から3冊も借りてきたが、そもそも疑問になった時に、どのページに書いてあるかを探すのが面倒。全てNetで検索する方が早かった。Netにはキーワードさえキチンと入れると、必ずその設定方法などの解決策が書いてある。Netは素晴らしい。

結果として、WIN8にしなくて良かった。Win7は、あと6年の期限付きだが、XPで動くソフトがほとんどそのまま使えた。Win8では不可、というのもあったので、自分的にはWin7へのアップが正解だった。使い出すと、OSそのものは大分改善されている事が分かる。デスクトップ画面もクラシックにはぜずにそもまま使っているが、動きがシャキシャキしていて気持ちがよい。画面は直ぐに慣れた。
まあこれで、ここ1ヶ月ほどの悩みが消えた。まさに、ヤレヤレである。

140506takikara <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月 5日 (月)

「戦争、終わらせる困難と憲法」

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(座標軸)戦争、終わらせる困難と憲法
      朝日新聞 論説主幹・大野博人

 19世紀フランスの思想家トクヴィルは名著「アメリカのデモクラシー」で、「民主的な人民」は二つのことにつねに苦労するだろうと予言している。
 戦争を始めること。そしてそれを終わらせること。
 民意を無視しにくい国々は、ふつう戦争を敬遠する。ただ、平等な社会であれば出自にかかわらず出世が望めるので軍人が野心的になりやすい、という文脈で出てくるのだが、今の世界にも示唆的だ。
 他国と争いを始めたら、熱くなったナショナリズムで政治指導者も引っ込みがつかなくなった。そんな例は枚挙にいとまがない。東アジアの国々も、武力衝突にはなっていないものの、相互の不信と憎悪を政治家やメディアがあおったあげく、対立を「終わらせる」のに苦労している。その姿は「予言」に重なる。
 ■検証果たさない政治
 日本の現政権は、安保環境の変化を理由に憲法の解釈を変えて集団的自衛権を認めようとしている。友好国を助けるためとはいえ、それは、日本を直接攻撃していない国と戦争を「始める」可能性をはらむ。
 そこに「終わらせる」難しさへの視点はあるか。しっかりと「終わらせる」には、関与した戦争についての徹底的な検証も欠かせないはずだ。
 思い出しておこう。日本は米国が始めたイラク戦争に関わった。中心的役割は担わなかったにしろ自衛隊を派遣。だが、大量破壊兵器は見つからず「大義なき戦争」となった。それをいまだに総括していない。英国やオランダは調査委員会を設置した。英国ではブレア元首相も喚問された。
 戦争に関わった国家の最低限の責務だ。それさえ果たさない政治家たちが、武力行使しやすいように憲法解釈を変えるという。
 ■自ら禁じた「始める」
 長く続いた体制が崩壊する場面を何度か取材した。
 冷戦終結の現場だった旧東欧諸国、開発独裁に幕を引いたインドネシア……。どこでも歴史のページをめくりだしたときから七転八倒が続いた。独裁体制を解体し議会や法を作りなおす。対立や内乱さえともなう新しい自分に生まれ変わるための通過儀礼。
 敗戦のあと、日本もそんな年月を耐え忍んだのではなかったか。「たしかに玉音放送から東京裁判までは通過儀礼のような面があった」と文化人類学者の船曳建夫・東大名誉教授。「実質的に負けていながら戦争をだらだらと続け多くの犠牲を出した。その敗北を可視化し、違う時間が流れるようにしたともいえます」
 戦争をいつまでも「終わらせる」ことができなかった悲惨から、「始める」ことを自ら禁じる国へ。それが憲法の平和主義に刻み込まれているのだろう。
 苦い自己認識を持った「民主的な人民」として、「始める」ための事実上の改憲を、「終わらせる」難しさを忘れた政治家にゆだねるわけにはいかない。」(
2014/05/02付「朝日新聞」p1より)

たまたま今日、ある男と会って話をした。前に「ある保守男の予言による今後の日本」(ここ)の記事を書いたときの男。

その男が今日は、こんな事を言っていた。
・安倍首相が集団的自衛権に突き進む理由は、自分の名を後世に残すため。憲法解釈を変えた首相と・・・。それ以外の理由は考えられない。
・「日本と密接な関係にある国が不当な攻撃を受けた場合」と言うが、「“米国”が攻撃を受ける国は、どの国を指しているのか?」と問いたい。
・日本周辺で米国と戦争をする可能性のあるのは、中国と北朝鮮。しかし、どちらも100%あり得ない。中国は日本など関係無く大戦争になるので決して戦争しないし、北朝鮮は米国にとってちっぽけ過ぎて、あっと言う間に今の独裁政権が倒れるので、決して戦争しない。だからあり得ない想定で言っている。つまり別の理由で進めているとしか思えない。
・首相は外堀を埋めて余裕が出て来たので、急がないと言い出した。首相周辺も皆大臣になりたいので、反対しない。野党も弱すぎる。日本の首相はそれだけの権力者だということ。
・砂川事件のこじつけも無謀。法律を勉強を始めた学生でも分かること。
・でも首相の他に力を持った人がいないので、このまま進んで行ってしまうのだろう・・・
・しかし現実問題として、先のイラク戦争のように、現地に派遣された自衛隊は戦闘に巻き込まれることは充分に考えられる。

それに対して「米国の戦争相手国も、“反撃しない(出来ない)”日本と、“武器で反撃する可能性のある”日本とは、敵の見る目も違うな・・・」と自分・・・。

ついでに、「第九条にノーベル賞を」(ここ)という活動については、まったくダメと言う。
・もそも日本が平和を享受し、繁栄できたのは、第9条があったからではなく、安保でアメリカの傘の下、経済活動に専念できたため。
・外国から見れば、日本は第9条に反して、自衛隊という立派な軍隊を持っている。その守ってもいない憲法に対して、ノーベル賞だなんて・・・
それに対して「でもオバマ大統領のように、平和へのスタンスで受けることもあるので・・・」と自分・・・

とにかく、世の中には色々な見方がある。
まあ思い込まずに、色々な意見に耳を傾けることにしよう。

140505sennyuu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月 3日 (土)

公民教科書、どう違う?~沖縄・竹富町の採択問題

今日は憲法記念日。ちょうど憲法の“解釈”議論が盛んな時でもあり、新聞もTVも憲法の話が多かった。
先日の朝日新聞にこんな記事があった。
公民教科書、どう違う 沖縄・竹富町の採択問題
 中学公民の教科書を巡り、国と沖縄県竹富町が対立している。国は、八重山地区(石垣市、竹富町、与那国町)で教科書を統一するべきだとして育鵬社版の使用を求めるが、町教委は東京書籍版の使用を譲らない。2社の教科書はどこが違うのか。
 2社とも冒頭で「公民」の意味を記している。育鵬社版は「公民とは、公の一員として考え、行動する人たちのこと」と説明。「あなたが国のために何ができるか」という米国大統領の言葉を引用し、「公民意識を身につけることこそが学習のねらい」と書く。
 一方、東京書籍版は「現代社会に存在する問題を、自分の問題として受け止め、解決のためにどうしたらよいかを考えることのできる人間」と記述。「正しい知識と適切な判断力を身につけていきましょう」と呼びかける。
140503kyoukasyo  国家や国旗・国歌の扱いも、読んだ印象が異なる。
 育鵬社版は「国民は国に守られ、政治の恩恵をうけています」とし、「自国の国旗・国歌に愛着をもつのは当然のこと」と記す。東京書籍版は「国家は国民の生活を守り、維持する役割をになっています」。「国どうしが尊重し合うために、たがいに国旗・国歌を大切にしていかなければなりません」としている。
 憲法に関して、大日本帝国憲法を育鵬社版は「アジアで初めての本格的な近代憲法として内外ともに高く評価されました」。東京書籍版は「人権を最初に保障した」とする一方、政治活動や言論が抑圧されたことに触れている。憲法改正では、東京書籍版が手続きをチャート図で説明したのに対し、育鵬社版は2ページを使って説明。「改正するほうがよい」という回答が多数だった読売新聞社の世論調査結果や、各国の憲法改正の回数の表も付けた。
 領土に関しては、2社とも竹島、尖閣諸島ともに「日本の領土」と明記。育鵬社版は外務省のサイトを引用するなど分量を割く。一方、沖縄にとって大きな課題である米軍基地の扱いは、大小が逆転する。
 いずれも米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の写真を使い、沖縄に基地が集中してることを紹介。東京書籍版は、沖縄の基地を巡る経緯や基地の範囲を塗った沖縄の地図を載せる。育鵬社版は「おもな基地」として全国の基地を列挙する中に嘉手納基地(同県嘉手納町など)だけを紹介。ページの半分ほどを割く東京書籍版に対し、育鵬社版はその半分くらいの分量だ。
 沖縄の学力問題などを考える県民間教育研究所の長堂登志子所長は「育鵬社版は国同士の対立を強調し、防衛や憲法改正など、こういう国にしたいという政治的な意図がみえる」と批判する。一方、石垣市在住で「八重山の教育自治を守る会」の鳩間昇さんは「尖閣問題について、東京書籍の内容では子どもたちの理解に足りない」と育鵬社版を支持する。(泗水康信)」(
2014/05/01付「朝日新聞」p26より)

このニュースは知っていたが、教科書の内容までは知らなかった。でもこの記事を読むに、出版社によって、だいぶスタンスが違う。まるで新聞における朝日と読売の違いみたい・・・。でも教科書問題は、まさに子どもの心の中に入り込む“教育”なので、影響力が怖い。

最近、市民団体などが開くイベントへの、市の共催・後援の自主規制が拡大しているという。自治体が、安倍政権の“方向”に対して、無言の圧力を感じて“勝手に”自主規制しているのだという。
「第九条」が変わらなくても、現政権の“意志”は、確実に国民を蝕み始めている。

教科書までもが自主規制して、政権におもねるとすると、その対象が純粋な子どもの心だけに、怖い・・・。このように、戦前のような軍国主義の教育が“なし崩し”的に始まったと思うと、強い戦慄を覚える。
よって、この沖縄県竹富町の教委の勇気に対し、心から敬意を表したい。

140503monogokoro <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月 2日 (金)

「率」と「数」で見る高齢化

先日の日経新聞のコラム「大機小機」にこんな記事があった。
「率」と「数」で見る高齢化
 日本の人口が高齢化していくことは誰もが知っている。国立社会保障・人口問題研究所の人口推計(2012年1月、出生率と死亡率は中位)によると、65歳以上の老年人口が全体に占める割合は、10年の23.0%から40年に36.1%、60年に39.9%に上昇する。4人に1人が高齢者という状態から、将来は5人に2人が高齢者という社会になっていくわけだ。
 これが多くの人が思い描く高齢化のイメージだろうが、これは「率」で見た高齢化である。「高齢者の数が増えることが高齢化である」という「数」で見たらどうか。
 同じ人口推計によれば、将来の高齢者人口は、10年の2948万人からしばらく増え続けるのだが、42年の3878万人をピークに減り始め、60年には3464万人となる。16年(ほぼ現在)の高齢者数と同じである。つまり、数で見ると、今後しばらくの間は高齢化が進むが、やがて「負の高齢化」が進み、元に戻ってくるのである。
 これは、団塊の世代と団塊ジュニアの世代が通り過ぎると、高齢者になっていく人口そのものが減ってしまうからだ。
 地域別では、率と数で見た違いはさらに鮮明になる。
 同研究所の推計(地域別の予測は40年までで、5年ごと)によると、高齢者の比率は、40年まですべての都道府県で上昇する。この点は全国と同じである。つまり率で見た高齢化は続くということだ。
 しかし、これを数で見ると、高齢者の数は20年まではすべての都道府県で増加するのだが、その後は減少に転じる県が出てくる。例えば、秋田県や島根県、高知県の高齢者人口は減少を続けて、40年の高齢者数は10年当時を下回るまでになる。
 一方、数で見た高齢化が圧倒的規模で進行するのが大都市圏だ。10年から40年までの間に日本全体で高齢者は約920万人増えるのだが、このうちの約620万人は東京、大阪、名古屋の三大都市圏である。
 このように数で高齢化の姿を見ていくと、「高齢者の消費が日本経済をリードする力はやがて衰える」「近い将来、地方部では医療・介護需要が減り始める」「大都市圏では医療・介護施設が大幅に不足する」などといった、率では見ることのできない高齢社会の姿が浮かび上がってくるのである。(隅田川)」(
2014/04/24付「日経新聞」「大機小機」より)

この視点は面白い。日本の高齢化社会は、どうしても「率」で考えてしまう。しかし、社会に一番影響を与えるのは「数」であろう。
人口の少ない県では、20年が高齢者のピークだという。20年と言えば、あと6年。目の前だ。しかし大都市圏は高齢者の数が“圧倒的規模”で拡大するという。

たまたま昨夜(2014/05/01)のNHK「クローズアップ現代」のテーマは、「極点社会~新たな人口減少クライシス~」。NHKのサイトの解説にはこうある。
極点社会~新たな人口減少クライシス
少子高齢化が叫ばれてきた日本。しかし、いま多くの地方では高齢者すら減少し始め、日本全体が縮小しようとしている…。NHKでは最新人口統計を元に、これまでにない詳細なデータ分析を研究機関の協力を得て実施。その結果、2040年には地方の衰退だけでなく、日本自体が縮小していく危機が迫っていることが分かってきた。最も深刻なのは既に高齢者すら減少を始めている市町村が急増。高齢者の年金で成り立ってきた地方経済がシュリンクし、雇用の場を失った若年女性が首都圏にこれまで以上に流入していくことだ。東京オリンピックを機に更に過密と集中が予想される首都圏。一方で、地方では若年女性が消え“限界自治体”化、首都圏では子供を産み育てられない女性が増加し、結果的に日本全体が縮小し始めていく。番組では最新のデータを元に、危機的な人口減少問題を可視化し、今後を考えていく。」(
NHKのここより)

時を同じくして、朝日新聞とNHKが同じ危機感を訴えていた。
このNHKの番組でも取り上げていたが、地方の空き家率の上昇は深刻。家と家財だけが残され、人間だけがどんどん消えて行く・・・。若い人も仕事のある都会へ・・・。その結果、町自体が消えて行く・・・。
このような事態に、我々プチ高齢者はどう対処すれば良いのだろう・・。とにかく欲しいのは赤ん坊・・・。でも若い人にとっては、育児という金銭的にも困難な壁が、時間とともに益々高くなっている。だから子育て支援だと、自治体も待機児童の削減などに力を入れている。おっとその前に、結婚の前提となる“出会い”の支援も必要だが・・・。
一方、その深刻な事態を前に、国はどう動いているのか・・・。

かつて、「産めよ増やせよ」というスローガンがあった(らしい)。
Netにはこんな解説がある。
産めよ増やせよ
1941年(昭和16年)に閣議決定された人口政策確立綱項に基づくスローガン。
背景:日本も昭和に入り出生率減少傾向が見られた。明治来の富国強兵策には永続的な人口増加が不可欠と考えられた他、戦争激化による生産人口の不足、植民地の殖産など人口増が不可欠と考えられていた。」 (
ここより)

「1941年1月23日、「産めよ増やせよ」をスローガンとした人口政策を政府閣議で決定。5月、結婚費用の貸し付けと出産によるご褒美としての天引き、子宝手当の支給試案を発表。」 (こより)

このスローガンには、どんどん産んで、どんどん戦争で死んでいく、という怖ろしい響きが感じられる。
でも当時は、富国強兵・・・。戦争には人間が必要、という発想だったのだろう。
そして現代に目を向けると、どうしても戦争をしたいらしい現政権。でも、何か優先度が違う気がする。幾ら戦争をしたくても、人がいなければ戦争は出来ない。もちろん国力の低下も避けられない。それとも、テレビゲームのようなリモコンでの戦争をするのかな・・・

政府は、秘密保護法や集団的自衛権に突き進む前に、国力の低下を止めるため、若い人が喜んで「産めよ増やせよ」となるような政治をする方が先ではないかと思うのだが、どうだろう。安倍さん!! 戦争はそれからにしたら!???

140502damemoto <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年5月 1日 (木)

漱石の「こころ」の続編!?

先日の朝日新聞の投稿欄に、こんな記事があった。
「(ひととき) 「こころ」続編は迷作
 20日から再び朝日新聞で連載が始まった夏目漱石の「こころ」には、少し変わった思い出があります。
 次男が高校2年生だった4年前のことです。国語の先生は、この小説にかなりの時間をかけて熱心に教えて下さいました。仕上げに生徒たちに出した宿題が、「この小説の続編を書く」というものでした。
 読書家の高校生であっても難問でしょうに、ましてや文系科目が苦手な次男にはお手上げ。私に協力要請をしてきました。
 手伝うといっても一緒に考えるぐらいなら構わないだろうし、なにより面白そうでした。そこで、私も「こころ」をじっくり読み直し、その後の物語のあらすじを一緒に考えました。
 次男が睡眠不足と戦いながら書き上げた続編は、国語の先生も漱石先生も苦笑いの「迷作」でした。
 病気の父に会いに郷里に戻っていた「私」は、「先生」の遺書を読んで先生のもとに駆けつけますが、先生はすでに亡く、故郷の父も亡くなってしまう。私は残された先生の妻を支えようと決心するが、先生の妻は実は悪女だった……。
 生徒泣かせの面白い宿題のことを、この春、思い出しました。(千葉県成田市 主婦 51歳)」
(2014/04/30付「朝日新聞」p23より)

漱石の「こころ」については、1年ほど前に書いた(ここ)。この小説における“先生”は、残された奥さんに対して、あまりに冷たいのでは?という意見である。
今日(2014/05/01)は、新聞の連載の第10回だが、こんな場面がある。先生が奥さんと口げんかをして、外に飛び出し、“私”と一緒に散歩している場面。(詳細は ここ
「悪い事をした。怒って出たから妻(さい)はさぞ心配をしているだろう。考えると女は可哀そうなものですね。私の妻などは私より外(ほか)にまるで頼りにするものがないんだから」・・・
「もう遅いから早く帰り玉え。私も早く帰って遣(や)るんだから、妻君(さいくん)のために」・・・

やはり“先生”は、女性を見下している!?(女性は決してそんなに弱くないのに・・・)

ところで、続編を書くとしたら、どんなストーリーを考える??
自分だったら・・・!??

手紙を受け取った“私”は先生宅に駆け付ける。しかし玄関には弔中の文字・・・
奥さんが、ひとりぼっちになったことを知っている“私”は、それから仏さまに線香をあげる名目で、毎日のように先生宅を訪ねる。
奥さんも、話し相手が欲しかったので、歓迎してくれて一緒に話しているうちに、先生宅の事情が分かってきた。実は先生の遺産は、(今の価値で)まだ数億円もあり、銀行の口座に塩漬けになっていた。
私は大学で経済を学び、卒業して証券会社に入ってから、奥さんに投資のやり方を教えた。奥さんも寂しさを紛らわすために株投資の勉強を始め、株の投資の世界にのめり込んでいった。
しかし奥さんの株に対するセンスは抜群で、あれよあれよという間に、先生の遺産を元手に、莫大な財産を築いてしまった。そしてそのお金を元手に、何と(今で言う)老人ホーム「K」を建設し、世の貧乏な人をタダで入れてくれるようになった。
しかしそこに入るためには、奥さんの厳しい面接に通らなければならず、たまたま「エムズの片割れ」の読者だった奥さんは、エムズさんとその片割れさんの二人を入れてくれる決断をされ、貧乏なエムズの片割れさん夫婦は、無料の老人ホームで過ごし、妻は100歳までボケずに暮らしたんだとさ・・・。もっとも夫の方は90歳であっけなく心臓病でポックリ逝ったけど・・・!??

ダメ~?? ダメだよな~こりゃ! ほとんど何も考えずにキーを叩くとこうなる・・・

“妄想”が膨らむ、飛び石連休のひとときではある。

*なおこの妄想に付き合ってくれる方は、コメント欄に各位の妄想の「続編」をどうぞ・・・

140501ikiteru <付録>「ボケて(bokete)」より

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