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2014年4月17日 (木)

「肩凝り」について・・・

先日の日経新聞に、こんなコラムがあった。
肩凝り 藤野可織
 肩が凝っている。首も凝っている。肩甲骨のあたりの、もはや肩ではなく背中と思われる箇所も凝っている。腕を上からうしろにやるのではなく、下からまわしたときに触れることのできる、名実ともに背中でしかないエリアもあまねく凝っている。
 それだけではない。頭も凝っている。こめかみ、頭頂部、前頭部、後頭部、全部凝っている。腕を強くつかめば、腕が凝っていることもわかる。脚も凝っている。まさかと思いながら揉(も)みしだくと、尻までが凝っている。
 こういうことは、今にはじまったことではない。思い起こせば、私は高校生のときにはすでに肩が凝っていた。教室の机にだらりと上半身を投げ出し、だるいだの眠いだのめんどくさいだのとぐずぐず言っている生徒だった。運動をすればよかったのかもしれないが、私は運動神経がたいへん鈍く、そのせいで運動全般を激しく憎悪していた。なにひとつ対策を講じないまま大学生になり、ますます肩が凝った。
 大学では、周辺の女子学生の多くが肩凝りを訴える声を上げていた。たちまち私は闘志を燃やした。私がいちばん凝っているに決まっている。みんなもそう思ったようだった。友よこれが肩凝りだ、と言わんばかりに、互いの肩をつかみ、肩の硬さを競った。私がつかんだ肩は、どれもそれぞれに硬く、熱がこもり、弾力に満ちていた。薄い肩があり、分厚い肩があった。おしゃれなカットソーの襟ぐりから、端のよれた磁気ばんそうこうがいくつも丸見えになっている肩もあった。そしてまた、いくつもの手が私の肩を通り過ぎていった。そのたびに私は、「効かぬわ」と薄ら笑った。
 私たちは誰も勝ちを譲らなかったが、次第に仲間意識が芽生えていった。まれに「私、肩凝ったことないで」などと言い出す者があると、私たちは一斉に彼女に視線を注いだ。それはまるで命を賭けた大恋愛に破れ人生に疲れ果てた女が、まだ恋を知らない生娘を見たかのような憐憫(れんびん)と懐かしさにあふれた視線であった。
 卒業論文を提出した日、私は数人の好敵手たちと連れ立ってマッサージ店に入った。プロに身を任せるのは、それがはじめてだった。私の担当になった若い女性マッサージ師は、施術を開始するなり「なんでこんな硬いんですか! ここ、こんなところに骨はないですよ!」と怒りをあらわにした。私は、やはり自分の肩凝りは相当のレベルに達しているのだと優越感にひたった。私は肩凝りを舐(な)めていた。
 数年経って、小説を書きながら会社勤めをしていたころ、会社の自分の席でパソコンに向かっていた私は、突然、頭がまったく動かなくなった。背中から頭にかけて鉄板で固定されたかのようだった。無理に動かそうとすると悲鳴を上げそうになるくらい痛かった。でも、悲鳴は上げられなかった。首に力が入らないと、声を出すことができないのだということをそのとき知った。私は会社を早退して、頭を微妙に前傾させたまま鍼灸(しんきゅう)院に駆け込んだ。
 すべては私の慢心が招いたことだった。現在も特に対策は講じていないが、少なくとも肩凝りを誇るという卑しい心根を捨てる努力はしている。しかしこのような文章を書くこと自体、まだまだ謙虚さが足りていない証拠であると思う。猛省したい。(作家)」(
2014/04/14付「日経新聞」夕刊p7より)

いやはや“プロ(=作家)”はスゴイ。自分の肩こりをネタに、これだけの文章を書いてしまう。読む人にとって、実に人畜無害な記事を・・・。これは決して、けなしているのではない。その文才に畏怖しているのだ・・・。

悪乗りして、自分も少し肩こりのことを書いてしまう・・・。
童謡に「母さんお肩をたたきましょう・・・」という歌がある。自分も子どもの頃、お袋から5円のお駄賃を貰うために、ときたま(ホンモノの)“肩たたき”をしたもの。つまり我が家系には、肩こりの血が流れているらしい。よって自分もよく肩が凝る。
この冬、どうも睡眠が良くないので、これも肩こりから来るのか?などと疑って、カミさんの勧めで、初めて近くの整骨院に行ってみた。いわゆる「骨接ぎ」である。(正式には「柔道整復術」と言うらしい)
院長にまず言われたのが「長年の凝りが溜まっている」。それに、睡眠なども自律神経にかかわるので、好転する可能性は高い、とのこと。「治るんですか?」「こっちはプロですから」だって・・・
初診の日の夜、まずビックリ。言われていたリバウンドが大きく発現した。夜になると、まるで鼻風邪を引いて熱が出たように、体がだるい。次の日には治ったものの、つまりは背中や肩のツボを押すことに、自分の体が反応した、ということ。それから2ヶ月ほどその整骨院に通った。
一番大きな収穫は、自分の姿勢の悪さを“深く”認識したこと!? 猫背がひどいのである。それを自覚してから、姿勢を気にするようになった。電車で座っても、背もたれになるべく背を付けない・・・等。そのせいか、肩こりは最近あまり気にしなくなっている。

誰も、自分の体に弱点を持っている。いわゆる持病だ。自分も色々とある。もちろんトシなので、それらとうまく付き合っていくしかない。一病息災という言葉もあるので・・・。
先日は持病の不整脈で、またまた大騒ぎをしてしまった(ここ)。そして今回だけは、自分のバカさかげんに辟易した。医師から「心房細動の原因は、酒と脱水」とあれだけ言われていたのに、甘く見ていた。高を括(くく)っていたところに、案の定、鉄槌が下された。
これからは、弱っていく体とうまく付き合っていくために、自分の欲望との我慢比べになるような気がする。

140417nn <付録>「ボケて(bokete)」より


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