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2014年4月の25件の記事

2014年4月30日 (水)

岸洋子の「昔きいたシャンソン」

最近、自分の頭から離れないフレーズがある。岸洋子の「昔きいたシャンソン」の最初の旋律。何の変哲もない旋律だが、聞いていて何とも自然で心地よい。

<岸洋子の「昔きいたシャンソン」>

「昔きいたシャンソン」
  作詞:主 太郎(さとう宗幸)
  作曲:さとう宗幸

昔きいたあのシャンソン
別れの歌 ふられた男
街角にたちすくみ
人の流れに目をこらす
 君を忘れられるために
 時よはやくすぎておくれ
 君が他のひとと歩いてても
 涙することもないだろう・・・・・・
昔きいたあのシャンソン
口笛が通りすぎる

昔きいたあのシャンソン
別れの歌 雨の日の
赤いかさにかくれて
あの街角に君は消えた
 君を忘れられるために
 時よはやくすぎておくれ
 君が他のひとと歩いてても
 涙することもないだろう・・・・・・
昔きいたあのシャンソン
口笛が通りすぎる

最初に聞いたときは、岸洋子お得意の、フランスのシャンソンの日本語版かと思ったが、何と作詞作曲がさとう宗幸。探すと、自分もさとう宗幸が歌ったこの歌のCDを持っていた。しかし、このCDを買ったときには、あまり印象に残らなかった。しかし先日、岸洋子の歌を聞いたときには、すっと入ってきた・・・。この違いは何か・・・
“岸洋子はシャンソン”という思い込みがあったので、素直に聞けたのかも・・・。

歌詞の内容は、よくある失恋の歌だが、何となく品位がある歌で、好きだ。
まだまだ発掘すると、良い歌はある。このような自分にフィットする楽曲を発見するのが、最近の楽しみである。
最後に、作者であるさとう宗幸の歌も聞いてみよう。

<さとう宗幸の「昔きいたシャンソン」>

140430karaoke <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月29日 (火)

成果を出すビジネスマンの流儀

先日の日経新聞に、こんな記事があった。
成果出す人の流儀は 目標を定め常に全力
 年齢や学歴、あるいは社歴に関係なく、誰もが認めざるを得ないほど圧倒的な結果を出す。そんなビジネスパーソンに共通するのは、人が見ていないところでも常に全力で仕事に向かう姿勢だ。失敗や挫折を乗り越えつつ、結果を出してきたビジネスパーソンの事例を紹介する。
コピー頼まれた書類を熟読 書き方や要点 研究
 サンリオの人気キャラクター「ハローキティ」が誕生した1974年生まれの鳩山玲人さん(40)は、この若さで同社の常務を務める。三菱商事に在籍中の2008年、米ハーバードビジネススクールでMBA(経営学修士)を取得。同年、サンリオに転じた。以降、同社の営業利益は5年間で約3倍、株式時価総額は約7倍に膨らんだ。
 鳩山さんなくしてこの急成長は成し得なかった。自社の企画商品を直販するのが中心だ140429kitty った海外でライセンス事業を拡大。ライセンスを供与した企業が従来より自由にキャラクターに手を加えられるようにした。イメージが崩れるリスクがあったが、衣類から食品まで商品の幅が大幅に広がったことで認知度が高まり、ハローキティは“世界のキティ”となった。
 「普通の会社員だって、やり方次第で結果を出せる」と語る鳩山さんが新人時代から徹底してきた「仕事の基本」は、やろうと思えば誰でもできることばかりだ。
 例えばコピーを頼まれた時、大抵の人は言われた部数をコピーしておしまいだろう。鳩山さんは書類の中身までくまなく目を通す。そこには役立つ情報や仕事のノウハウが詰まっているからだ。
 「ある人は箇条書きだったり、ある人は『パワーポイント』で作っていたりと、人によって書き方やポイントが違う。コミュニケーションの方法や表現、文字の使い方について例題を見るような感覚。自分ならこのやり方を実践してみよう、こう直してみようと、色々考えるのが面白い」
 年末年始にかけて履歴書を書くのも、鳩山さんが欠かさない習慣の一つだ。転職のためではなく、1年を振り返ってどれだけ自分のスキルが上がったかを確認するのが目的という。職務、スキル、成果を整理することで、自分に何が足りないかを明確にし、そのスキルを磨いていく。
 「会社の外に出た時に困ることがないよう、価値のあるスキルを身につけておく。そうすることで余裕が生まれ、将来を見通す手助けになる。中長期で目標を定め、キャリア形成していくといい」と助言する。
 鳩山さんの父親は40歳の若さで亡くなった。これを機に、自分もその年齢までに何か大きなことを成し遂げたいと思ったという。その思いが、鳩山さんが仕事に情熱をささげる原動力だ。
 誰かに仕事を任せる場合も「丸投げ」せず、自分も当事者のつもりで勉強し、知識を広げる。こうすることでプロジェクトの問題点を見つけやすくなり、成功に近づくという。
」(
2014/04/22付「日経新聞」p29より)

この一文を“斜め”に読んだ。
今どき、コピーを人に頼むか?? 書類は秘密の固まり。そのコピーを誰かに頼めば、それを読まれてしまう可能性がある。上の例は、客先へのプレゼン資料など、読まれても大丈夫な書類なのだろう。
組織において、情報の過多はあらゆる事を左右する。よってこのような形で、自分の情報量を増やす心掛けは、なかなかなもの。
そして、「転職のためではなく、1年を振り返ってどれだけ自分のスキルが上がったかを確認する」というスタンスで毎年履歴書を書く姿勢も並ではない。まさに、自分が年々育っていることを確認する・・・。普通は目を背けたくなる自分の姿・・・。

世に「目標管理」という制度がある。期の最初に、各自がその期の成果目標を掲げ、年度末にその達成度をチェックする仕組み。前に流行ったが、今はどうなのだろう・・・。
弊害として、出来る人は、高い目標を掲げ、期末に△の評価。一方出来ない人は低い目標を掲げて◎の評価。上司は、それを見抜くため、より高いスキルが求められる、と言われている。
それらの目標は、1年ごとに成長して行く社員の姿。上の例は、それを自身で確認しようとしているのだから、凡人にはなかなか出来ないこと。でも、履歴書を書くのは無理でも、せめて年始とか期末のような区切りで、自分自身の1年間の成長を確認したいもの。そして年々自身で成長が確認できるような人は、その組織から出ても、幾らでも就職口はある。逆に、今の組織にしがみついて離れようとしない人は、概して成長は無く、転職は無理・・・。

出来る人と出来ない人の区分けは、どこを見ているかの視線が一番分かり易い。視線の先に、グローバルな世界があるか、それとも内向きの自分の世界(組織)だけか・・・。
そのスタンスは、誰からも見えるもの。だから出来る人は、誰が見ても出来るし、出来ない人は誰が見ても出来ない。幾ら恣意的な栄転や左遷があっても、直ぐに時間というフィルターで修正されてしまう。大きな組織では、そんなもの・・・。
とっくに卒業した自分の会社人生を振り返るに、年々の自分のスキルの向上を、自身に説明できるような過ごし方だったら、もう少し出世出来ていたかも・・・。

でも「三菱商事に在籍中の2008年、米ハーバードビジネススクールでMBA(経営学修士)を取得。同年、サンリオに転じた。」という記述が全てを物語る。つまり会社からすると、出来る人を留めておくことは難しい。この三菱商事でも、せっかくMBA取得まで育てた人材を、結果としてあっと言う間に失っている。
外部志向の強い人ほど優秀なのは、どの組織でも同じ。その優秀な人材を引き留めておくためにも、組織(上司)は活躍の場を与え続けなければならない。それが最大の課題であり、出来る人を活かす唯一の方法。
組織と人材。これほど頭の痛い事柄はない・・・。
現役の人はホントウに大変だな~と、思いながら読んだ記事であった。

140429mouitido <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月28日 (月)

「ベラルーシの林檎」岸恵子著~Uさんの読書ノート

Uさんが送ってくれる「読書ノート」。正直、内容はどれも難しい。だから、Uさんの感想を読んでも、「自分も読んでみようかな・・・」と思う本はなかなか見つからない。
自分は、一読してから自分のPCの「済み」のフォルダーにファイルを入れておくのだが、昔「済み」のフォルダーに入れたものの、それ以来気になっている本がある。岸恵子著「ベラルーシの林檎」である。もう一度Uさんの要約を読み返してみた。

「ベラルーシの林檎」岸恵子著~Uさんの読書ノートのPDFはここ

岸恵子と言えば、「君の名は」(ここ)。その大女優が、24歳でフランスに出奔したという。1957年、フランス・日本合作映画『忘れえぬ慕情』に出演したのをキッカケに、フランス人映画監督イヴ・シャンピと結婚。そして1975年に離婚。一人娘の親権は岸恵子が持ったという。
その岸恵子が1993年に書いた本がこの「ベラルーシの林檎」だ。Uさんの感想メモにはこうある。

コメントと感想
我々の年代にとって、岸恵子は大スターであった。菊田一夫作「君の名は」で大ヒットしたが、私にとっては、池部良と共演した「雪国」の駒子が印象に残っている。何冊か彼女の出版した本を見たが、芸能人の書いた、多分ゴーストライターが居る本だろうと手に取った事が無かった。先般紹介した「シリアとレバノン」を読んでから、イスラエルに興味を持ち始めた。そして本書を古本屋で見つけ手に取った次第である。
読後、まず感じたのは、岸恵子は素晴らしい国際的インテリ―であると言う事である。パリで夫の友人であるフランスの文化人や他民族の知識人と交わった事、東洋人として差別の視線を浴び、自分の頭で世界情勢を考えるようになったと思われる。しかも彼女の書く日本語も美しい。彼女の他の本も読んでみたいと思う。
我々日本人は、ギリシャやローマについて、本や観光でかなりの知識があるが、イスラエルについては殆ど知識が無い。又、ヨーロッパの人々がユダヤ人をどう思っているのかというのも分っていない。
ユダヤを知るには、ヨーロッパの専門家の本を読むより、日本人の一般の人が書いたものを読んでみたいと思ったのである。日本には、ユダヤ人のような特異な人々は存在しない。在日朝鮮人や在日中国人は居るが、その成り立ちが異なる。だから、日本のスープは薄味なのかもしれない。
シャンゼリゼ通りの靴屋でのエピソードで、ユダヤ人とイスラエル人の違いが
彼女には分からなかった。昔、国を持っていたイスラエル人と、ローマに滅ぼされ、国を亡くし、ヨーロッパ中に離散したユダヤ人。又、近代になってイスラエルを建国したシオニスト達と未だにヨーロッパ各地に住んでいるユダヤ人。この個々の意識は日本人には到底理解が出来ない。
彼女は、批評家としての視点を持っている。ジャーナリスティックな才能を有している。夫であるシャンピが、彼女に女優としてより、むしろこの才能を示唆していたことが本書の随所に見受けられる。批評家としての才能と新しい成果物を紡ぎ出す能力とは別物である。例えば、小林秀雄の小説を読んでみたいとは思わないであろう。
彼女が、パリで、アラファトPLO議長とラビン・イスラエル首相が握手する場面をTVで見て泣きながら拍手する記述は感動した。そう言えば、小生もオバマ大統領の就任スピーチをTVで見て、まさか黒人大統領が誕生するとは!又、そのスピーチの素晴らしさに感激し、TVに向かって拍手した事を想い出した。」

ユダヤは日本人には難しい。そもそもキリスト教という宗教も・・・。よって岸恵子の最初の反応は日本人としてはごく普通・・・。
wikiによると、岸恵子は「もともとは作家志望で川端康成を耽読した。」だそうだ。よって上に紹介されているこの本も、たぶん自筆なのだろう。奥が深い・・・。
それにしても、やはり大物は違う。24歳と言えば、人間としてはまだまだ若輩者。しかし、当時既に大女優。その立場をなげうって、何とフランスに行ってしまうとは・・・。

テレビなどで良く見る岸恵子だが、その人の向こう側にある大きな人間像。
有名な人は、やはりそれなりに大物であるな~と、つくづく思うのである。

140428sutetekita <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月27日 (日)

初めてカレーを作った日

最近、台所に入るのに違和感が無くなってきた。休日の昼食は、だいたいカミさんに付き合わされる、と言うより作らされる。これはカミさんの戦略。昼は、麺ものか冷凍物が多い。だから、ほとんどが炒め物。よってこれにはすっかり慣れた。今日の昼も冷凍のチキンライス。これはフライパンで温め、後は卵焼きに乗せるだけなので、バッチリ!

先日、カレーを作るのに付き合わされた。実は10年以上前に、一度ひとりでカレーを作ったことがある。レシピ通りに作ったのだが、まずく、それ以来作っていない。それから数えると、今日は3度目。でも先日の実習でだいたい分かったので、今日は一人で作る、と宣言。でも前回、野菜の皮をむくのが、非常に難しいことが分かった。包丁で薄く皮をむくのが、手を切りそうで何とも苦手・・・。よって今日は、包丁作業が終わったところから始めた。

まず鍋に油を引き、タマネギを炒める。良く分からない香辛料を入れて、肉を炒め、水を入れる。ルーに書いてある通りに、5皿分600CC。何度も見直したが、やはり600CC。これは少ないのでは?本当に5皿分で600CC?? でも600CCだ。
それからニンジンを入れる。ジャガイモは予め別の鍋で茹でておく。そうしないと、ジャガイモが溶けて無くなってしまうのだそうだ。アクを取ってショウガと、すったリンゴを入れ、また自家製粉末ウコン(ここ)など、良く分からない(言われた通りの)香辛料を入れて20分・・・。(結局はカミさんに順番を聞きながら・・・、だが)
しかし何と台所に時計がない。コンロの下にデジタル時計はあるのだが、見にくい。あれよあれよという間に、そのくらいの時間が経ってしまった。火を止めてルーを入れ、弱火で5分。でもあまり煮ると、600CCなので水分が飛んで少なくなってしまう心配が・・・
自分は、レシピ通りに時間を計りたいのだが、時計で計る余裕もなく、終わってしまった。まったく余裕無し・・・。

P10209721 自分が前回悟ったことは、ルーに書いてある通りの水の量が大切。それ如何で、メーカーが考えている味よりも、薄くなったり濃くなったりする。よってルーの量に対する水の量は正確に・・・。でも今日は600CC・・・

P10209761 味見をする間もなく出来上がってしまったカレー。皿に盛って出来上がり。さてさてお味は?? う~ん甘い。ルーには中辛と書いてある。カミさんも、うなっている。
このルーは、初めて買ったというが、値段は張ったという。でも少し甘い・・・
自分は美味しく頂けたが、カミさんの評は「残念だったね!次回頑張ろうね!」だって・・・

そもそもカレーはルーが全て。何せ、ルーを入れると、鍋の中はあっと言う間にカレーに変身する・・・。前回は2つのルーを混ぜた。今回は一つだけ。そもそも、まずはメーカーの言う通りの作り方で、ルーを評価すべし。そして幾つか試した後に、我が家なりに一番評価の高いルーに決めるべし。2つの混合はその後・・・
カミさんに言わせると、今日のルーはもう買わないという。どうも我が家には合わなかったようだ。まあ大体分かったので、次回は別のルーに挑戦・・・

家庭料理で、カレーほど家々で違う味の食べ物は無い。その家庭家庭で、隠し味が色々と異なり、別の味になる。そう言えば、ずっと昔、カミさんが足の血管の手術で入院したときに、懇意にしていた近所のおばさんが、カレーを鍋ごと作って持って来てくれた事があった。その時に、我が家のカレーと余りに違う味にビックリしたもの・・・
まあ、料理の定番のカレー。まずはこの辺りから料理にお近づきになろうかと・・・。その前に、先ずは台所の壁に、アナログ時計を設置しなければ・・・
近付くサンデー毎日に備え、段々とカミさんに飼い慣らされていく最近の自分である。

140427sakanaya <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月26日 (土)

「防衛省の隠蔽」~内部告発を考える

今朝の朝日新聞の社説に、こんな記事があった。
防衛省の隠蔽―良心はどこへいった
 都合の悪い文書は組織をあげて隠す。それを内部告発する者は徹底攻撃する。そんな防衛省の姿が浮かび上がった。
 海上自衛隊の男性隊員の自殺をめぐり、先輩のいじめを示す証拠を同省が隠蔽(いんぺい)していたと、東京高裁が認定した。
 そんな証拠があることは、裁判を担った海自の3等海佐が暴露し明らかになった。それがなかったら、いじめを放置した組織の責任は闇に葬られていた。
 人命を守るべき組織でありながら、命が失われた重みを顧みずにひたすら自らの防衛に腐心したのである。
 猛省するほかあるまい。誰が隠蔽を指示し、その事実を誰が知っていたのか。早急に徹底調査し、公表すべきだ。
 隠されたのは、男性が所属した護衛艦の乗組員たちにいじめの有無を聞いたアンケートや、事情にくわしい乗組員に聞き取ったメモだ。
 遺族は情報公開法に基づいて開示を請求したが、海自は存在しないとして応じなかった。
 情報をもつ側が「ない」と突っぱねれば、情報公開は成り立たない。そんな実態がある中で年内に特定秘密保護法が施行される。当局に不都合な情報はいっそう闇にとどまるだろう。暗然たる気持ちになる。
 救いといえば、3佐の良心が、それを許さなかったことだ。控訴審で証拠の存在を明らかにしたことは、組織人としての立場を賭した、勇気ある行いだった。
 しかし、控訴審で国側はその発言を「信用できない」と批判した。実際には、少なからぬ関係者が隠蔽を知っていたはずだが、その3佐以外、誰も真実を語ろうとしなかった。
 同省は3佐の懲戒処分も検討したという。言語道断の対応というほかない。処分が必要なのは告発者ではなく、情報隠しをした側である。告発した3佐を不当に扱うことはしないと約束すべきだ。
 男性の自殺からすでに10年がたっている。アンケートが早く明らかになっていれば、裁判は長引かなかったし、その教訓は自衛隊内のいじめ防止などに生かせたかもしれない。
 ふつうの裁判に勝敗はつきものだが、国が当事者の場合、勝てばいいというものではないはずだ。真実に近づく証拠を裁判で示すことが、公益の側に立つ政府の責任ではないか。
 どんな公的組織であれ、その組織自体よりも大切に守るべき社会の正義というものがある。防衛省はその当たり前の原則を肝に銘じるべきだ。」
(2014/04/26付「朝日新聞」社説より)

この問題を、告発者の“その後”について考えてみたい。自衛隊の組織の一員である3佐が、組織の命令に背いて自分のいる組織を告発した。自衛隊からすると、内容は別にして、命令に背いた3佐は、飛んでもないヤツ・・・。
Wikiの「たちかぜ自衛官いじめ自殺事件」によると、「2013年6月、海自は東京高裁に意見陳述した三佐に対して、調査の関連書類を自宅に保管していた事を規律違反だとして懲戒処分手続きの開始を通告していたが、2014年4月25日、小野寺防衛相は海自が遺族側に内部告発した三佐の懲戒処分を検討している問題について「基本的に公益通報にあたると思っている。通報者に不利な取り扱いをすることはあってはならない」と否定的な見解を明らかにした。防衛省は処分を見送るとみられる。」とある。現に処分は見送られたようだ。
でも、もしここまでニュースで世間に知られなかったら、この3佐は完全に組織につぶされていたはず・・・。
同様に思い出すのが、2010年11月の「尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件」である。これは、尖閣諸島で中国漁船が海上保安庁の船に衝突してきた事件で、そのときの映像が、現職の海上保安官によってYouTubeに公開され、国民が事実を知った事件である。
Wikiには、この告発者の実名が記されており、“その後”について、「2010年12月17日に辞職届を提出。12月22日、海上保安庁により停職12か月の懲戒処分。同時に辞職届が受理され同日付で海上保安官を辞職した。在任中、長官表彰3回、本部長表彰4回受彰。同12月22日、警視庁により国家公務員法(守秘義務)違反容疑で書類送検された。一色は動画投稿について、「政治的主張や私利私欲に基づくものではない」と述べ、後悔はしていないことを強調した。」とある。どちらも情報漏洩の罪を問われている。
当時43歳だった人が、退職を覚悟して、まさに自分の人生を賭けて行った行動だったわけだ。

もっと有名なのが、アメリカのエドワード・スノーデン容疑者。ドイツのメルケル首相の携帯電話の盗聴など、アメリカ国家安全保障局(NSA)による個人情報収集の手口を告発して米国から追われ、今はロシアに滞在中。命が危ないと思っていたが、ノーベル平和賞に推薦されるなど、もはや世界がその命を見守っている。

内部告発者は、自分の“その後”をどう考えて告発しているのだろう。上の記事の自衛隊の3佐が、今後、自衛隊内でどのような処遇になるのかは分からないが、少なくても、その組織を敵に回した、という点で、安穏で終わるとは考えられない。少なくても、ほとぼりが冷めた時点で、それなりの処遇(左遷等)を受けるのだろう。だから告発者はその組織を辞める覚悟で告発するしかない・・・。

これらは不当労働行為についても、同じようだ。労働者が会社から不当な処遇を受けて裁判になったとき、例え裁判で会社に勝ったとしても、いわゆるサラリーマンとして、“その後”がハッピーになるのかどうか・・・。元大組織の一員だった自分の目から見ると、やはり会社で“居場所”は与えられないと思う・・・。

なぜか・・・。世間の正義と、組織の正義に乖離があるということ・・・。これはテレビの警察モノのドラマと同じで、組織の権威を守ることが何よりも大切。幾らそれが、世間の価値観と違っていても、組織を守ることを優先して全てが動く・・・。それがイヤなら、自らその組織を辞めるしかない・・・。
自分も40数年サラリーマンをやっているが、会社では運良くそのような事例を見聞きすることは無かった。でも、もし上の例のような場に自分が遭遇したら、自分は社会正義のために告発出来るだろうか? いや、自分は保身のために、そして自分の“その後”のために、見て見ぬ振りをするのだろうと思う。
こんなニュースを聞く度に、告発者の“その後”を心配してしまう小心者の自分である。

●メモ:カウント~570万

140426otegara <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月25日 (金)

「遅い昇進」でやる気維持

先日の日経新聞にこんな記事があった。
「経済教室第10章良い組織・良い人事(5) 「遅い昇進」でやる気維持 東京大学教授 大湾秀雄
 日本の大企業の人事管理の1つの特徴として、「遅い昇進」というものがあります。入社して10~15年、30代半ばまでは、ほぼ同じタイミングで昇格し、少なくとも職能等級や肩書は同期の中で差がつかないという慣習です。人気を博した漫画「課長 島耕作」では冒頭、主人公が同期よりも早く、入社14年目にして初芝電器の宣伝課課長に昇進します。
 これに対し、米国では入社して数年のうちに幹部候補生の選別が進み、20代で管理職に就く人も少なくありません。どうしてこのような違いが生まれるのでしょうか。
 管理職への昇進時期が遅いと、会社の将来を担う幹部候補生への投資が遅れます。リーダーの育成のためには、有望な社員に早くから人の管理を含め様々な経験を積ませることが重要です。また、昇進の遅れは、転職機会に恵まれた優秀な人の離職にもつながります。しかし、遅い選別には別の経済合理性があり、戦後高度成長期の日本の事業モデルには適していたとの見方が有力です。
 まず、誰が将来良い管理職になりそうか、上司の方が本人よりも良く知っていると想定して下さい。「早い昇進」には、昇進できなかった人のやる気を下げるという問題があります。選ばれた人は意気揚々と仕事に打ち込めますが、選ばれなかった人達のモチベーションは下がります。「遅い昇進」は逆に多くの人に「自分にもチャンスはある」という期待を抱かせ、高い努力を継続させられます。
 戦後、高度成長期に多くの日本企業で末端の社員が成長や改善の機会を見つけ、会社の成長に役立てるという役割を担ってきました。過去の調査は、日本企業の実質的な意思決定は米国企業よりも分権的、つまり、より低いレベルで意思決定を行ってきたことを示しています。
 日本企業では昇進を遅らせ末端の社員のやる気を維持することの方が、早い昇進でリーダーを育成することよりも重要だったのでしょう。」(
2014/04/21付「日経新聞」p17より)

会社における昇進のスピード。そんなものか・・・と今まで疑いを持つ事は無かった。しかし、日本企業の「遅い昇進」には、こんな“戦略”が秘められていたとは・・・。

自分が入社したのはまさに高度成長期の1970年。同じ事業部に配属された同期は40人もいた。入社後の数年間は辞める人が何人も出たが、その後は辞める人はほとんどいなくなった。今考えると良い時代で、学卒者は全員が管理職になった。
その後、さすがに会社も変わり、自分が会社を卒業した10年ほど前には、同じ資格で10年経つと、自動的に下がる、というルールも出来た。10年間資格が上がらないということは、この人材はもう育てない、という会社のジャッジ・・・。特に、管理職から一般職に下がると、退職金も大きく変わるため、その条件に合致した人には、当時激震が走ったもの・・・。
今はどうなっているか知らない。退職金もポイント制になったと聞く。つまり各年度の業績の積み重ねが、退職金に効く・・・。
人材活用も、どんどん合理的になって行く。昔と違って今は、幾ら大学を出ていても、一般職(平社員)のままだったり、管理職から平社員への降格、というのも珍しくなくなった。

140425jyousi 先日、産業能率大学から「新入社員の理想の上司」ベスト10が発表になったという(ここ)。
我々ベテランからすると、「部下は選べるが上司は選べない」のは当たり前の話。よってこのような調査は、どのように捉えて良いやら・・・。
まあ自分が部下を持ったら、こんな基準で若者は捉えている、という勉強材料か・・・

とにかくサラリーマンに取ってみると、昇進は給料の上昇と同時に、責任と権限が広がるため、やり甲斐もあるが、部下が増えるのでストレスも多くなる。
4月もそろそろ下旬を迎える。この4月に職場が替わった人も、そろそろ落ち着く頃だし、新入社員も、そろそろ現実が分かってくる頃。
まずは与えられた環境で頑張るしかない。それにしても、昇進と関係のない生活は、何と心が平穏なことか・・・

140425kippu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月23日 (水)

「クモの巣はどう作る?」

自分がよく読む記事に、朝日新聞の「ののちゃんのDO科学」というのがある。先日はクモの巣の話だった。
「(ののちゃんのDO科学)クモの巣はどう作る?
 ののちゃん ウチの庭で、クモの巣を見つけたよ。
 藤原先生 巣の糸は、カイコの糸と同じたんぱく質でできてるのよ。
 のの カイコはマユだけど、クモの巣は獲物を捕まえる網だよね。
 先生 他にも、投げ縄ならぬ「投げ糸」で狩りをしたり、「受信糸」を張ってそれに触れる虫を察知したり、風になびかせた糸でタンポポの種のように飛んだり、糸で空気室を作って水中生活をしたり。交尾の前に雌を縛るなんて使い方もあるの。
 のの それはケシカラン!
 先生 でも、雌は後で簡単に糸をはずすので自由を奪われているわけではなく、まるで儀式みたいなの。クモの糸の使い道は本当にいろいろ。網を張らないクモも多いけど、糸と縁のないクモはいないの。
 のの それにしてもやっぱり巣の網が目立つよね。木と木の間に張り渡された網を見たこともあるよ。クモには羽がないのにどうやるの?
140423kumo  先生 木の枝などにいるクモが、スルスルと糸を出して風になびかせ、糸の先がどこかに届いたら、それを伝って網を作り始めるの。
 のの その次はどうするの?
 先生 横に渡した糸からぶら下がって、糸を引きながら下におりれば縦の糸が張れるでしょ。
 のの じゃ、斜めは? 縦横斜め、自由自在に糸を張れなくちゃ、あんなみごとな網は作れないよ。
 先生 ののちゃんが、出発点から糸巻きの糸を出しながら真っすぐ進み、途中で横に曲がって終点まで行ったとしましょう。そこで、引いてきた糸をピンと張ったら?
 のの 出発点と終点の間に斜めに糸が張れる!
 先生 そうした原理を応用して、いろんなクモが網を完成させるまでの動画やスケッチがネットに公開されていておもしろいよ。それに、イエオニグモやオニグモの網を見つけたら、夕方にその場所に目をやると、網を張り直す様子がよく見られるわ。完成まで数十分よ。
 のの しじゅう張り直してるの?
 先生 網の大きさやタイプによって張り直す大変さが違うから、めったに新調しないクモや、傷んだ所だけ直すクモもいるけど、イエオニグモなどは毎日のように張り直すよ。
 のの へー、何のために?
 先生 網は虫や葉が引っかかったりしてほころぶでしょ。それに、鳥などの天敵や獲物をかすめ取る邪魔者が、網を見つけてやって来るようなの。だからクモが狩りをしない時間、つまり夜行性のクモなら昼間まで網を張りっ放しにしておくのは良くないので、朝には片付けるのよ。
 のの 「片付ける」って?
 先生 糸を丸めて捨てたり、自分で食べてしまって、次に網を作るときに再利用したりするのよ。
 のの クモももったいないんだ!(取材協力=小野展嗣・国立科学博物館研究主幹、構成=武居克明)(
2014/04/05付「朝日新聞」e6より)

クモが巣を作る時に、最初はブラブラと風に乗って・・・というのは聞いたことがあったが、「クモが、スルスルと糸を出して風になびかせ、糸の先がどこかに届いたら、それを伝って網を作り始める」というのは知らなかった。
てっきり、枝に糸の端をしっかりと結び付け、クモ自身が枝からぶら下がって風でフラフラと飛んでいって、どこかの枝に飛びつき、最初の糸を張るとばかり思っていた。それが、どうも糸だけ出して風に任せるという。でも、糸だけを風に任せると、それが他の枝に届いた時に、どうやって枝に結び付ける?? 糸にくっつく力があって、それで枝に糸が絡まるのかな・・・。でも原理はそういうことらしい・・・。

散歩に行くと、たまにクモの巣を見付ける。茂みなどを歩いている時に、顔にべちゃっとくっつく巣は、迷惑この上ないが、人の通路にかかっていない巣は、ずっと同じ形で残っている事が多い。前に散歩の時に、歩きながらクモの巣を見付けると壊していたが、「クモだって生きるために作っているんだよ」とたしなめられ、それもそうだ・・・と、それ以降は壊していない。

自分は虫が大嫌い。だからクモも「敵」! もちろん家の中に入ってくる虫は、クモも含めて全部やっつける。(←カミさんが・・・)
でも自然の営みは雄大・・・。自然は知恵の結晶。だから“心の広い”自分は、直接自分に害を与えないものは許している・・・。
明日も、バス停の横にある大きなクモの巣がどうなっているか、“遠くから”見てみよう。

140423panda <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月22日 (火)

九官鳥がしゃべる・・・!!

今日の我が家は、カミさんがたまたま見付けて来たyoutubeの九官鳥の話で持ちきり・・・
インコの足の形を見ようと、youtubeをネットサーフィンしていたら、偶然見付けたのだとか・・・

自分もそれを見せられて、これが鳥の声かとビックリ・・・
下にyoutubeの“あべちゃんシリーズ”を参考に・・・(作者のサイトは(ここ)。たくさんの動画がアップされている)

まるでホンモノの女性の声・・・。何か細工をしているのだろう思ったが、どうもホンモノらしい・・・

上のあべちゃんも、セリフのバリエーションはそう多くないようだが、繰り返し同じ言葉をインプットすることで覚えてしまうのだろう。そして、鳥に教えると言うより、周囲で繰り返し話している言葉を勝手に覚えてしまうので、場合によってはヤバイ・・・。
それにしても、声の質(女性の声)まで真似てしまうとは・・・。youtubeには他に男性の声の九官鳥の動画もある。正直、鳥が話をするのをじっくりと聞いたのは初めてだが、あまりにリアル・・・。

ウチには九官鳥は居ないので安心だが、もし自分がいつもクセのように使う言葉を、イヤミのように鳥が繰り返し話している姿を想像すると、いやはや恐ろしい・・・。
日常的に、言葉遣いには注意しないといけないね・・・

140422doubutu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月20日 (日)

「気になるへそのゴマ、取ってもいいの?」

昨日の朝日新聞に、何と、へそのゴマについての記事があった。
「(元気のひけつ)へそのゴマとは
気になるへそのゴマ、取ってもいいの?~オイルと綿棒でやさしく
 子どものころに、へそのゴマはおなかが痛くなるから取ってはいけない、と言われた記憶があります。本当はどうなのでしょうか。放置しておいてもいいのでしょうか。考え出すと気になって、風呂場で視線はついつい、へその穴へと向かいます。
 そもそも、へそのゴマとは何なのか。「へその皮膚から落ちてくる角質に、皮脂などの油分が一緒になり、あかとなってかたまったものです」と住吉皮膚科(東京)の住吉孝二院長は言う。汚れもつくので黒っぽくなり、ゴマのように見える。
 見た目に美しくない。だから、ついつい取りたくなる。ただ、ちょっと待って。へそは腹膜に接していて、腹膜のすぐ下には腸がある。あまりいじくると腸を刺激してしまう。そうするとおなかが痛くなってしまうこともあるという。
140420hesonogoma  「必ず取らなくてはいけないというものではない。無理に取ろうとして、腹膜を刺激してしまうことのほうが心配」と住吉さん。細菌が繁殖することで臭いの原因にもなるが、普段は入浴の際にせっけんなどの泡でやさしく手洗いしてあげれば十分。刺激の強いナイロンタオルなどは避けたほうが無難だ。
 ただ、十分に洗い落とせず、長年放置されたままだと、あかがかたまって石のようになってしまうこともある。「臍石(さいせき)」と呼ばれる。へそを洗ってはいけないとの教えを守って、黒いかたまりがへそからのぞいたことに驚いて、皮膚科を受診する人もいるそうだ。
 医療の学会誌での報告もある。「臨床皮膚科」(2007年7月)で、静岡市立清水病院の杉浦丹(まこと)副院長(皮膚科)が報告した30歳男性のケースもそのひとつだ。
 へそ周辺の痛みに加え、腫れや赤みを訴えて受診した。黄色っぽいうみも出ていて、炎症の確認ができた。入院してへその下を少し切り開き、連日洗浄を繰り返したところ、4日目に人さし指の爪ぐらいの大きさの臍石が出てきた。その後、炎症は急速に改善したという。
 杉浦さんによると、臍石によってへその穴がふさがり、細菌感染を悪化させた可能性があるという。へそのすぐ下は腹膜なので、へその炎症は腹膜炎に進む恐れもある。腹膜炎になると腹痛や発熱などが起きうる。
 ただし、こんなケースは「非常に珍しい。珍しいからこそ学会誌に報告したわけです」と杉浦さん。この報告をする際、臍石による何らかの症状の報告を国内外の論文で調べたところ、1983~2003年に10症例だったという。
 とはいえ、時折はへその掃除もしたい。指の爪を立ててガリガリ取るのは禁物。へその穴にオリーブ油をたらし、少しおいてから綿棒などを使うとうまくとれやすいという。神経質になる必要はなく、杉浦さんは「1~数カ月に一度ぐらいでいいのでは」と話す。(武田耕太)
インフォメーション
 「日本のへそ」と宣言しているのが、兵庫県西脇市。経緯度で日本列島の中央に位置するため、という。1977年に宣言。その後、町おこしにつなげ、特産品として「日本のへそのゴマ」と名付けたゴマ栽培も行う。ゴマは抗酸化作用があるとされ、栄養豊富。「黒ゴマだと少々グロテスク」ということで、金ゴマを栽培している。」(
2014/04/19付「朝日新聞」e5より)

話題に事欠いて(!?)、何とへそのゴマの話だという。自分も長い間、色々な記事を目にしているが、へそのゴマの話は初めて・・・。(だからメモしておくのだが・・・)
上の記事によると、へそのゴマについての論文は、20年間で10症例だったという。つまり、日常においては、へそのゴマは、我々にとってほとんど無害な存在、ということ。
せっかくなので、何かコメントを書きたいのだが、自分も“へそのゴマ”と思い浮かべても、何も出て来ない・・・。

(よって、今日は書くことがないので、上とは関係無いが、こんな事を書いておく)
連日、韓国の旅客船の沈没事故のニュースが流れている。300人近い人が死亡または行方不明だという。何とも痛ましい。
今朝(2014/04/20)のTV朝日「報道ステーションSANDAY」で、東京海洋大学大学院 渡邉豊教授の解説が、実にロジカルで、聞いていて納得が行った。
氏によると、韓国の船は過積載が常態化しており、加えて下の貨物室には50トンもの過積載トラックが3台、左舷に積まれていた。5階には建て増しした客室が増え、甲板にはコンテナが積まれており、重心が相当上に上がっていた。そして、船底にある船の燃料が1昼夜の航行で減って、その分軽くなり、益々重心が上がって船がバランスを保つ限界にいたところに、ほんの1度位の軽い右旋回で、船が大きくバランスを崩して左に傾き、それにより舵が効かなくなって急旋回して、あわててエンジンを切ったが、船はぐるりと一回転して、北に向かって流された・・・。
逮捕された乗員の言い分とも合致し、実に納得が行く想定原因の解説だった。

こんな悲惨なニュースの隣で、へそのゴマの話をしている自分・・・。
何とか一人でも多くの生存者の救出を祈るばかりである。

140420gokiburi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月19日 (土)

「失言」とは・・・

先日の朝日新聞にこんな記事があった
「(be between)決定的な失言の経験ある?
 失言とは、「言ってはいけないことを、不注意で言ってしまうこと」(広辞苑)。間が悪く、何げない言葉が相手を傷つけてしまうケースも多いようです。失言かどうかを決めるのは常に「言われた側」。気軽な冗談のつもりでも、時には許せない言葉に変わる。そのあたりの難しさが浮かんできました。
痛みにふれる言葉
 思わず「それ、あるある」と言いたくなるような、軽めの失言から紹介したい。
 「保育士ですが、お迎えにいらした白髪頭の男性を見て、『今日はおじいちゃんなのね』と言いました。翌日、お母さんと話して、お父さんと判明。平謝りでした」(東京、49歳女性)
 「ふっくらしてたので『2人目?』と聞いてしまったが、ぽっちゃりしていただけだった」(三重、37歳女性)
140419shitugen  身体的特徴から、相手の属性や状況を決めつけてしまう「うっかり」の例だ。
 一方、うっかりでなく、わざと親しみを込めて言った冗談のつもりでも、相手を傷つけてしまえば立派な失言。
 「相撲の水戸泉が優勝した時、出張で水戸にいた。取引先の太った女性につい口がすべって『お兄さん、おめでとう』と言ったら、ビンタされた」(千葉、48歳男性)
 笑って済ませる相手ならそれだけの話だが、「失言」認定は常に言われた側がする。受け止めた相手には切っ先鋭い刃になり、予想できぬほど事態がこじれることも。
 愛知県の女性(73)の半世紀ほど前の思い出。「同僚の女性に『わあ、きれい!、この写真、本人よりすごく奇麗に写ってるね』と何げなく大げさに、褒め称えたつもりでしたが、その後、彼女から絶交状が届きました」
 「あなたは何げなく、ふざけただけでしょうが、小さい頃から両親に美しい姉と比べられ、ブスだ、ブスだと言われて育った私には、あなたの言葉や態度が許せない」。そういう内容の手紙だった。
 「コンプレックスを抱えていた友人に、申し訳なかったと反省しましたが、その後、以前のようには仲良くなれませんでした」
 縁が切れてしまう友人とは異なり、家族の中での発言は一見、すぐ修復できそうだ。だが、逆にそれだけ不用意な失言が飛び出しやすい、と言えるかもしれない。
 「複数の男友達と肉体関係をもった我が子に、思わず『バイタ』と言ってしまった。嫁いだ今でも、あれは傷ついたと言われる」(埼玉、61歳女性)
 「夫が仕事のことなどをグダグダ愚痴っていた時期に、『そんなんじゃ、生きてる価値ないじゃん』と、家事をしながら口から出てしまった」(福島、49歳女性)
 妊娠や出産についての話は難しい。一般には人生の慶事。だからよけい、心を痛めた経験を持つ人にはつらい話題となる。誰に過失がなくても友人関係を壊しかねない。
 「自分の妊娠を友人に伝える時、つわりがひどくて愚痴っぽく言ってしまった。たまたまその友人が流産してしまった直後だったらしく、知らなかったとはいえ彼女をひどく傷つけてしまった。結局その後、彼女は連絡を拒否し続け、謝る機会も与えてもらえないまま、縁が切れてしまった」(東京、42歳女性)
 アンケートでは、失言の経験が「ある、なし」はほぼ5割ずつ。「言われた経験」も半々に割れる。「言った経験がない」と答えた人が選んだ最多の理由は「記憶にないだけかも」。こう考えると、本当に失言と縁のない人生を送る人はどれだけいるのか。
 ただ、「失言はしない」と認める慎重な人から、「小心者なので自分が誰かに失言をしてしまった経験はない。本音で付き合う関係が少ないせいかもと思うとちょっと寂しい」(東京、43歳女性)という意見もあった。
 あまり気遣いしながら話していては、人との関係も縮まらないし楽しくもない。会話がそこにある限り失言はついて回る、と割り切ったほうが気楽なのかもしれない。(中島鉄郎)」(
2014/04/12付「朝日新聞」b10より)

新聞をにぎわす政治家の失言。誰もが「それが本音」と思って聞いている。政治家は、問題を指摘された発言は、すべて“失言”で済ます。何とも安易だが、社会はそれで許すのだから仕方がない・・・。
それに対し、我々の普通の生活ではどうだろう? あまり「失言」という言葉は使わない。上の記事のように、相手の発言に対して、直接文句を言うことはあまりしないが、心にズシンと響いた言葉によっては、その後の付き合い方が変わるのはよくある話・・・
たぶんその“本音の言葉”を、本来は失礼なので発言を控えるので言ってはいけない言葉、つまり“失言”というのだろう。

よってその理由は、上の記事でいうと、「配慮が足りずに」がやはり一番だろう。「つい口がすべって」は本音そのものだけに取り返しはつかない。ケンカの時に「怒りのあまり」言葉が過ぎることはあるかも知れないな・・・。

現役時代によくあった部下の結婚式。その挨拶で、自分がよく言ってきたことが「何でも話せる明るい家庭を・・・」という話。我が家はそれが少し行き過ぎていて、(ここではとても書けないが・・・)カミさんは、何もそんな事まで話さなくても・・・ということまで話す。
カミさんもそうだが、自分も考える前に口から言葉が出てしまう。口のバルブが緩んでいる、と良く言われるが、それは家の中では良いとしても、社会ではキケン。口から出任せ、など飛んでもないことで、社会人は一度自分の頭で咀嚼してから発言する事は必須だ。

でもやはり、家庭内では口のバルブは緩む方が望ましいのではないか・・・。我が家など、失言の山・・・。つまりは、本音の山・・・。
家庭に限ると、失言=本音で言い合える関係が、一番居心地が良い気がする。

140419uewomuirte <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月18日 (金)

宮川彬良編曲のブルグミュラー「アラベスク」が気に入った

先日、TV朝日の「題名のない音楽会」「春休み 視聴者リクエスト ベスト10」(2014/03/30放送)を見た。その中で、第4位の(2013年6月9日放送の)「バカにするなよブルグミュラー」で演奏された宮川彬良の編曲による「アラベスク」が気に入った。

「25の練習曲」より「アラベスク」
   作曲:F.ブルグミュラー
   編曲/指揮:宮川彬良
   演奏:東京フィルハーモニー交響楽団

この曲は、子供たちの入門期のピアノ教則本「25の練習曲」で知られているとのこと。従って自分は知らなかった・・・。
せっかくなのでオリジナルを聞いてみよう。

<ブルグミュラー「アラベスク」(pf:友清祐子)>

なるほど・・・。子どもが頑張って弾く曲のようだ。

人の才能には色々あるが、ピアニストにはいつも舌を巻く。プロのピアニストは、2段の楽譜一杯の音符を、初見で弾く・・・。しかも、もの凄いスピードで・・・。他の楽器は単音が多いが、鍵盤楽器は、同時にたくさんの音が鳴る・・・。楽譜を目で追っている脳と、それに反応して動く指。人間のどのような神経的プロセスで演奏されているのかは知らないが、いつもスゴイ!と思っている。
上の「アラベスク」は、そのピアノの入門曲だという。だからと言って、バカにするなよ・・・と、ピアノ協奏曲に編曲したのが宮川彬良さん。いやはや編曲のプロも、やはり大変な“プロ”だ・・・。

世の子供さん! いつも練習している曲も、このような“もの凄い曲”なので、頑張って練習して下さ~い。(何のこっちゃ・・・!?)

140418okasii <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月17日 (木)

「肩凝り」について・・・

先日の日経新聞に、こんなコラムがあった。
肩凝り 藤野可織
 肩が凝っている。首も凝っている。肩甲骨のあたりの、もはや肩ではなく背中と思われる箇所も凝っている。腕を上からうしろにやるのではなく、下からまわしたときに触れることのできる、名実ともに背中でしかないエリアもあまねく凝っている。
 それだけではない。頭も凝っている。こめかみ、頭頂部、前頭部、後頭部、全部凝っている。腕を強くつかめば、腕が凝っていることもわかる。脚も凝っている。まさかと思いながら揉(も)みしだくと、尻までが凝っている。
 こういうことは、今にはじまったことではない。思い起こせば、私は高校生のときにはすでに肩が凝っていた。教室の机にだらりと上半身を投げ出し、だるいだの眠いだのめんどくさいだのとぐずぐず言っている生徒だった。運動をすればよかったのかもしれないが、私は運動神経がたいへん鈍く、そのせいで運動全般を激しく憎悪していた。なにひとつ対策を講じないまま大学生になり、ますます肩が凝った。
 大学では、周辺の女子学生の多くが肩凝りを訴える声を上げていた。たちまち私は闘志を燃やした。私がいちばん凝っているに決まっている。みんなもそう思ったようだった。友よこれが肩凝りだ、と言わんばかりに、互いの肩をつかみ、肩の硬さを競った。私がつかんだ肩は、どれもそれぞれに硬く、熱がこもり、弾力に満ちていた。薄い肩があり、分厚い肩があった。おしゃれなカットソーの襟ぐりから、端のよれた磁気ばんそうこうがいくつも丸見えになっている肩もあった。そしてまた、いくつもの手が私の肩を通り過ぎていった。そのたびに私は、「効かぬわ」と薄ら笑った。
 私たちは誰も勝ちを譲らなかったが、次第に仲間意識が芽生えていった。まれに「私、肩凝ったことないで」などと言い出す者があると、私たちは一斉に彼女に視線を注いだ。それはまるで命を賭けた大恋愛に破れ人生に疲れ果てた女が、まだ恋を知らない生娘を見たかのような憐憫(れんびん)と懐かしさにあふれた視線であった。
 卒業論文を提出した日、私は数人の好敵手たちと連れ立ってマッサージ店に入った。プロに身を任せるのは、それがはじめてだった。私の担当になった若い女性マッサージ師は、施術を開始するなり「なんでこんな硬いんですか! ここ、こんなところに骨はないですよ!」と怒りをあらわにした。私は、やはり自分の肩凝りは相当のレベルに達しているのだと優越感にひたった。私は肩凝りを舐(な)めていた。
 数年経って、小説を書きながら会社勤めをしていたころ、会社の自分の席でパソコンに向かっていた私は、突然、頭がまったく動かなくなった。背中から頭にかけて鉄板で固定されたかのようだった。無理に動かそうとすると悲鳴を上げそうになるくらい痛かった。でも、悲鳴は上げられなかった。首に力が入らないと、声を出すことができないのだということをそのとき知った。私は会社を早退して、頭を微妙に前傾させたまま鍼灸(しんきゅう)院に駆け込んだ。
 すべては私の慢心が招いたことだった。現在も特に対策は講じていないが、少なくとも肩凝りを誇るという卑しい心根を捨てる努力はしている。しかしこのような文章を書くこと自体、まだまだ謙虚さが足りていない証拠であると思う。猛省したい。(作家)」(
2014/04/14付「日経新聞」夕刊p7より)

いやはや“プロ(=作家)”はスゴイ。自分の肩こりをネタに、これだけの文章を書いてしまう。読む人にとって、実に人畜無害な記事を・・・。これは決して、けなしているのではない。その文才に畏怖しているのだ・・・。

悪乗りして、自分も少し肩こりのことを書いてしまう・・・。
童謡に「母さんお肩をたたきましょう・・・」という歌がある。自分も子どもの頃、お袋から5円のお駄賃を貰うために、ときたま(ホンモノの)“肩たたき”をしたもの。つまり我が家系には、肩こりの血が流れているらしい。よって自分もよく肩が凝る。
この冬、どうも睡眠が良くないので、これも肩こりから来るのか?などと疑って、カミさんの勧めで、初めて近くの整骨院に行ってみた。いわゆる「骨接ぎ」である。(正式には「柔道整復術」と言うらしい)
院長にまず言われたのが「長年の凝りが溜まっている」。それに、睡眠なども自律神経にかかわるので、好転する可能性は高い、とのこと。「治るんですか?」「こっちはプロですから」だって・・・
初診の日の夜、まずビックリ。言われていたリバウンドが大きく発現した。夜になると、まるで鼻風邪を引いて熱が出たように、体がだるい。次の日には治ったものの、つまりは背中や肩のツボを押すことに、自分の体が反応した、ということ。それから2ヶ月ほどその整骨院に通った。
一番大きな収穫は、自分の姿勢の悪さを“深く”認識したこと!? 猫背がひどいのである。それを自覚してから、姿勢を気にするようになった。電車で座っても、背もたれになるべく背を付けない・・・等。そのせいか、肩こりは最近あまり気にしなくなっている。

誰も、自分の体に弱点を持っている。いわゆる持病だ。自分も色々とある。もちろんトシなので、それらとうまく付き合っていくしかない。一病息災という言葉もあるので・・・。
先日は持病の不整脈で、またまた大騒ぎをしてしまった(ここ)。そして今回だけは、自分のバカさかげんに辟易した。医師から「心房細動の原因は、酒と脱水」とあれだけ言われていたのに、甘く見ていた。高を括(くく)っていたところに、案の定、鉄槌が下された。
これからは、弱っていく体とうまく付き合っていくために、自分の欲望との我慢比べになるような気がする。

140417nn <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月16日 (水)

「小保方さん問題」で終わりか?

今日も、STAP細胞の論文執筆の中心メンバーである理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの笹井芳樹副センター長が記者会見をしたが、いっこうに沈静化の方向が見えない。
先日の朝日新聞にこんな意見が載っていた。
「小保方さん問題」で終わりか 東京大学教授、ロバート・ゲラーさん
 STAP細胞をめぐる問題は、日本の科学技術研究が非常に危険な状態にあることを明らかにしたように思えます。
 僕は米カリフォルニア工科大でノーベル物理学賞を受けたリチャード・ファインマンに学びましたが、彼は研究者は常に真理をありのまま語るべきだと力説した。日本では、そうした科学の基本姿勢を必ずしも十分に教えていない。
 STAP細胞問題では、論文の共著者たちの姿勢も疑問です。通常なら、論文の共著者は、他の筆者が書いた部分も細かく読んで添削します。STAP論文は、不適切な画像だけでなく、スペルミスなど、読めばすぐわかる間違いが放置されている。共著者が読んだかどうかすら怪しい。研究者としてあるべき姿ではありません。
理研の対応疑問
 理化学研究所の対応も非常におかしい。調査委員会に付託したのは6点の疑惑の調査のみで、他は対象外にした。すべての疑惑を調査すべきでした。これでは多くの疑問点が宙に浮いたままです。
 6点のうち2点の不正を認定したが、不正に関与したのは小保方晴子さんだけで、他の共著者は関与していないとしている点は、あまりにも甘すぎます。理研の上司たちは、投稿前に原稿や実験ノートを厳しくチェックする責任があったはずです。また小保方さんは研究データを研究所のパソコンではなく私物のパソコンで管理し、実験ノートも数冊しか残していなかったようですが、とんでもない話です。理研の管理責任が厳しく問われなくてはいけません。
 理研は、共著者の1人を実施責任者としてSTAP細胞再現の検証作業を行うと言っていますが、これも非常識です。不正が認められたなら、元の論文は存在しないと同じ。「再現」というべきではないし、理研の当事者たちはこの研究から手を引くべきです。
 今回の疑惑の検証は、ネット上での匿名の告発がきっかけになりました。匿名だということを非難する人もいますが、論文は公表されるものだから、チェックして疑問点を指摘するのは匿名であってもまったくかまわない。個人攻撃はよくないが、「この画像が使い回されている」といった事実関係の指摘であれば問題ありません。
共著者にも責任
 今回の問題を「小保方さんが悪かった」だけで終わらせてはいけない。ネイチャー誌の投稿規定に明記されているように、共著者には論文の内容を詳細に確認する連帯責任がある。小保方さんだけを切って、上層部は給与カットなど形だけの処分ではいけません。
 再発防止のために一番重要なのは研究機関のガバナンスの改善です。海外の有名研究所や一流大学は、様々な国の研究者がマネジメントに携わっているのが一般的です。理研は国際水準の研究所といわれていますが、理事長を含めた理事6人は全員日本人で、うち2人は文部科学省出身者、1人は内閣府在籍経験者。外国から優れた研究者を招き、理事会の半分は外国人にすべきです。
 さらに、外国人理事が意思決定に十分参加できるように、公用語も英語にする。コンプライアンス担当には、国内外から先端科学の現状がわかっている人を採用すべきです。役所からの天下りをなくし、官僚支配から研究者支配に切り替えることが必要です。
 理研にも、中堅にはすぐれた研究者がいますが、必ずしも厚遇されていない。特に有期契約の若手はすごくプレッシャーを受けています。幹部があくびしている間に、現場は奴隷のように研究しなくてはいけない。クビになる恐怖にさらされていると、誰でも不正をしてしまう可能性がある。
 政府も問題が大きい。問題発覚前の2月、総合科学技術会議に小保方さんを出席させようとしましたが、STAP論文が当初言われていた通りのすばらしい研究だったとしても、30歳の若手研究者をそのような場に呼ぼうとするのは、政権の人気取り、パフォーマンスでしかありません。「日本の科学技術を世界一に」するためには、当然カネをつぎこむ必要はあるが、まず体制を立て直すべきです。そして何よりも研究者が真理を語ることを説いた、ファインマンの精神を忘れてはなりません。(聞き手・尾沢智史)
     *
 Robert Geller 52年米国生まれ。スタンフォード大助教授を経て、84年に東京大助教授、99年に教授。専門は地震学。著書に「日本人は知らない『地震予知』の正体」。」(
2014/04/15付「朝日新聞」p17より)

一連の動きを眺めていると、テレビの警察ドラマを見ているような気がしてくる。つまり「組織を守る」というテーマ。
当初から、メディアは理研がひとりの個人に全責任を負わせる「トカゲの尻尾切り」の懸念を伝え、実際にその通りの動きのようだ。
理研も小保方氏も、両者共、あまりに拙(つたな)く、日本人として情けない。上の米人の指140416stap 摘の方が、マスコミに出てくるコメンテーターの評論よりもよほど的を射ている気がする。
それにしても、3400人という大組織の共著者が、なぜ全員逃げているのか? 今日やっと一人だけ笹井氏が記者会見を開いたが、あまりに遅い。しかし案の定、言い訳に終始し、自身の関与については「論文の仕上げに協力しただけ」と語ったという。しかし1月の最初の会見では「25年間の研究生活の中で、一番すごい想定外のインパクト」「目から鱗でしょう」と自慢していた。プラスの場では主役を演じ、マイナスの場では脇役に逃げる・・・。実に典型的な日本の管理職。
でもこれでは、日本の論文の「名前貸し」が世界にバレてしまう。つまり、小保方氏以外は、ロクに全文を読んでいない、という事実(?)が、バレてしまう・・・。(写真は2014/04/17付「日経新聞」p6より)

先日の小保方氏の記者会見も、見ている人は唖然とした。もう科学者として後がない状況なのに、エビデンスは「次の論文のために出せない」というスタンスは、理解しがたい。そもそも「次の論文」のチャンスが失われることを避けるために行った記者会見だったはずで、あらゆるものを出し切って総力戦で戦うのが普通なのに・・・。
もちろん決定的な証拠の写真の取り違えも信じがたい。なぜなら、その証拠の写真を見せるための論文なのだから・・・。文章などは付け足しで、最後の写真一枚だけに価値がある。それを間違えるはずがない・・・と思うのだが・・・。
繰り返しテレビから流される「STAP細胞はあります」というアナログ的な説明。誰も「あるか」「ないか」を小保方さんに聞きたいのではない。理研をぎゃふんと言わせる証拠そのもの・・・。それを示す以外に、科学者としての道は残されていないのに・・・。
そして、トドメが「200回以上作製した」という発言。これで、全ては消し飛んでしまった気がした・・・。

それにしても、企業の管理の目から見ると、理研も含めた科学者の世界とは、これほどまでに“自由奔放”な(=ノー管理の)世界なのか? そして、「トカゲの尻尾切り」の、誰も責任を取らない無責任な組織なのか・・・

日本の科学の信頼を保つためにも、外国科学者が納得するような説明の展開を期待したいのだが・・・。

140416nemui <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月15日 (火)

「老舗百貨店、まさかの統合」

先日の日経新聞に。百貨店の統廃合についての記事があった。歴史を振り返る記事なので、あまり面白くはないが・・・。
「流通革命50年の興亡(2)老舗百貨店、まさかの統合 再編の影に物言う株主 歴史守るため大胆に変化
 江戸初期と中期に創業した松坂屋と大丸。首都圏が地盤の老舗の三越と伊勢丹。関西電鉄系のライバル、阪急百貨店と阪神百貨店。歴史が培った独自の社風と屋号に象徴さ140415depat1 れる百貨店には、変化を嫌いそうな体質が漂う。だが各社は2007年前後に一斉に再編に動いた。まさかとの印象も強い統合の背景には消費の変化だけでなく、物言う株主の存在があった。
 「従来の百貨店とはかなり違ったものになる」。「大丸」「松坂屋」を傘下に持つJ・フロントリテイリング社長の山本良一は2日、松坂屋銀座店跡地の再開発着工発表会でこう発言した。詳細はこれからだが、低層階に商業施設を配置し、その上はオフィスとして活用するのが骨子だ。
秀和の悪夢再び
 同様の構想を20年以上前に松坂屋に突き付けた人物がいる。不動産会社秀和の社長、小林茂だ。流通株を買い占め、百貨店に都心の一等地の有効活用を迫った。懇意のゼネコンに作らせた大型模型を見せ、持論の再開発計画を展開。幾度も呼びつけられた松坂屋首脳は聞き入るだけだった。
 当時、メリルリンチ証券で小売分野のトップアナリストで、小林とも接点があった鈴木孝之は「今ならファンドですよね。実際、その後の村上ファンドは松坂屋にとって秀和の再来だった」と指摘する。
 村上ファンドが松坂屋に現れたのは05年。松坂屋社長(当時)の岡田邦彦が大阪などの店舗閉鎖を「刀折れ矢尽きた」と苦渋の表情で発表した翌年だ。目当てはやはり土地だった。
 結果として一年余りで村上ファンドの脅威は代表のインサイダー取引容疑を機に去った。だが、ようやく腰を据えて創業400年となる11年の記念事業として銀座店の再開発を進めようとした松坂屋はある事実に直面する。「株主対策に翻弄されて疲弊し、何度、経営会議を開いても新たな銀座店の青写真が描けなかった」(当時の首脳)。
 平成に入って2度も株式を買い占められた松坂屋。「このままではまた同じ事が起きかねないとの思いで、役員らから自然と出てきたのが再編という言葉だった」とこの首脳は振り返る。相手に想定したのは90年代後半から改革を進め業界屈指の効率経営を実践する大丸。最大の消費地、東京での存在感を高めるという課題も同じだった。
140415depat2  06年12月11日夕、松坂屋ホールディングス社長(当時)の茶村俊一と大丸会長(同)の奥田務は互いの本社の中間にある京都のホテルで会談。提携から入ろうとした茶村に奥田は「スピードをもって経営効率を高めるには統合以外は意味がないでしょうと持ちかけた」と打ち明ける。この時、茶村は「村上ファンドの問題は片付いています。障害はありません」と答え、統合の流れが決まった。
 村上ファンドが統合に結びついたのは阪急百貨店、阪神百貨店も同じ。阪神百の親会社、阪神電気鉄道株が村上ファンドに買い占められ、迷走の末に阪急電鉄グループが取得。鉄道の統合が百貨店にも及んだ。
 同じ頃、東京では三越が苦境にあった。90年代後半以降、ゴルフ場開発の失敗などでリストラが続き、自己資本比率は一時、10%程度まで落ち込んだ。業績低迷で株価が乱高下するうちに、いくつかのファンドが株式を取得。「分厚い資料をもって訪れ、短期に抜本的な経営改革と成果を迫ってきた」と三越社長(同)の石塚邦雄は当時の状況を説明する。
時間との闘い
 石塚は「好き勝手にはさせないとの思いで営業力回復による再生方針を丁寧に説明した」が納得せず、矢継ぎ早に改革案を突きつけられる。格付けも下がり、社債の発行も事実上閉ざされた。再生は時間との闘いになり、単独での生き残りから統合にかじを切った。
 石塚は高校の先輩、伊勢丹社長(同)の武藤信一を頼った。人的なつながりだけではない。三越の若手社員らは「目指すべき百貨店像」に伊勢丹を挙げていたからだ。
 統合の行方を見守っていた三越の主力取引銀行、三井住友フィナンシャルグループ社長(同)の北山禎介は「こんな組み合わせがあったのかと感心した」と振り返る。ファッションに強い伊勢丹と高額所得者に支えられる三越。顧客を奪い合うことは少ない。北山は幾度の合併を繰り返してきた銀行の歩みにも重ね合わせ、石塚に「ベストプラクティス(最善策)ですね」と背中を押した。
 その後急速に進んだ再編作業に北山も驚き、「主導するリーダー、目指すべき百貨店像が明確だったからでしょう」と語る。その理由を証券会社幹部はこう解説する。「両社の株主名簿を見たら、株主でもある取引先の重複が目立った。百貨店側は規模のメリットで取引交渉が有利になり、取引先にとっては太いパイプが築ける。もし、株主構成が大きく違っていたらもたついていたはずだ」
 頼られた伊勢丹も実は株主への課題を抱えていた。松坂屋同様、90年前後に秀和に株を買い占められ、解決のために取引先に一株1300円で取得してもらった経緯があった。「統合時にこの株価を上回っていないと迷惑をかけると最後まで気にかけたが、結局届かなかった」とOBの一人は無念そうに語る。ここにも秀和の亡霊がいた。
 経済学者で流通業界に詳しい、東大教授の伊藤元重は百貨店を「しぶとい」と表現する。大手小売業として100年を超える歴史を誇るのは百貨店だけだからだ。多くの関係者が指摘する「長い歴史で培った本能的な危機感」があったからこそ、百貨店は屋号を守るために大胆な変化を選んだのだろう。(敬称略) 編集委員 田中陽が担当した。」(
2014/04/13付「日経新聞」p15より)

百貨店はまさに夢を売る。子どもの頃は、百貨店は屋上に遊園地があり、食堂ではお子さまランチがあった。商品は高品質だが高価・・・。
自分自身は、あまり百貨店には縁が無かった。頭から「高い」と思い込んでいたから・・・。でもやはり百貨店で買ったスーツの品質は良い。逆に、特売場で売っていたスーツは、伝票は百貨店のものであっても、実態は百貨店の場所だけ借りた外部業者であることをずっと後になって知った。

そのブランドが命の百貨店の、統廃合の嵐・・・。でも百貨店はどんなことがあっても生き残140415depatると思う。要は、何を持ってその存在感を示すかだが、それぞれに特徴を出している。
しかし当八王子には百貨店はない(図はここより)。自分が現役時代は、伊勢丹、大丸、西武、そごう、などがあった。立川の駅前に比べると、八王子は何とも・・・

何でも、同じ状態で続くものはない。その時代にどう合わせせられるか・・・。
銀行の統廃合もそうだが(ここ)、百貨店の変遷についてもピンで留めておきたく、書いておく。

140415otukai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月14日 (月)

「素っ裸」と「真っ裸」~スピーチの思い出

先日の朝日新聞beの「ことばの食感」というコラムにこんな記事があった。

「「素っ裸」と「真っ裸」 中村明
 ある類語辞典の出版披露のパーティー会場で、司会者から突然「素っ裸」と「真っ裸」に何か違いはあるか、とマイクを振られた時には面くらった。
 言語学の大家が会う人ごとに意見を求める話題らしい。その辞典の編集主幹として出席しているてまえ、即座に何か答えないと格好がつかない。とっさに「素」のつく語と「真」のつく語の発想の違いを考えてみた。すると、「素足」「素手」「素肌」は靴下・手袋・衣類を身につけていない状態、「真っ赤」「真っ青」「真っ正直」はその状態に次第に近づく最終段階であることに気づいた。
 とすれば、「素っ裸」は衣類を身につけているか、いないかという、1かゼロかの、いわばデジタル思考であり、「真っ裸」は厚着から次第に薄着になって最後の一枚をずらしながら落とすという連続的な接近、つまりアナログ思考だと言えるのではないか。
 苦し紛れにそんな思いつきをしゃべった。調子に乗って、川端康成の「伊豆の踊子」のヒロインが湯上がりに主人公の目にさらしたのは「素っ裸」だろうと口走ったのが運の尽き。家で調べたら「真裸」とあった。それ以来、ここは「まはだか」と読んで気品を保っている。(早稲田大学名誉教)」(
2014年4月5日付「朝日新聞」b3より)

広辞苑を引くと・・・、こうある。
すっ‐ぱだか【素っ裸】 まるはだか。すはだか。
まっ‐ぱだか【真っ裸】 全くのはだか。まるはだか。「―で飛び出す」
ま‐はだか【真裸】 全くのはだかであること。まっぱだか。赤裸。

広辞苑の解説ではその違いが良く分からない。でも上の記事の解説は、デジタルかアナログかで分かり易い。
それにしても、司会者の突然の指名に、「とっさに「素」のつく語と「真」のつく語の発想の違いを考えてみた。」と頭が動くのだから言語学の“プロ”は違う・・・。

最近は本当に少なくなったが、現役時代は、色々な会合で、「ひとことご挨拶を」とマイクを振られる機会も多かった。特に酒が入った席では、如何にウィットに富んだスピーチが出来るかが、ベテラン・サラリーマンの妙・・・。それは立場(役職)が上がるほど多くなった。さすがに最初は戸惑ったが、これは仕事の一環であると割り切って、そんな時には、もし突然指名されたら・・・、と心の準備をしておいたもの・・・。

スピーチに対し、実は自分にはトラウマがある。大学時代、HとTと自分を入れて3人組の友人がいた。そのうちのHが、大学時代から付き合っていた彼女と、社会人になって直ぐに結婚した。そして結婚式に、自分とTが呼ばれた。自分はHから「スピーチを」と頼まれていた。もちろん結婚式は初めて。Tが「少し遅れていこうぜ」と言うので「そうだな・・・」と、誰も居ない式場のロビーでしばらくタバコを吹かして時間を潰し、「そろそろ行くか」と会場を覗いてビックリ。もちろん式は始まっており、席に着くのが目立つこと・・・。そして座るや「では友人代表の**さんからご挨拶を」と来た。
まったく非常識の自分は、結婚式の本を買って読むでもなく、漫然と「立てば何とかなるだろう・・・」と思っていたのだからどうしようもない。
スポットライトが当てられ、立つと同時に頭は真っ白け・・・。もちろん、しどろもどろの挨拶になったのは当然の流れ・・・。
でもこの経験はその後の人生に活きた。「どうにかなるだろう」は、決して「どうにもならない」と分かった。それ以降、あらかじめ分かっている挨拶は事前に原稿を書いて練習したのは言うまでもない。よってそれ以来、何度かの仲人や主賓を含めて、トチッたことはない。
しかし突然の指名は、始末が悪い。でもそんな場でも、皆はそれを“そつなく”こなすのだ・・・。自分は、そんなセンスも無いので、マイクが向けられる可能性がある場では、もしマイクが来たら・・・と、何か考えておくようにしていた。でもそんな時、マイクが来ないと、それはそれで不満・・・

こんなコラムを読みながら、現役時代のスピーチのことを思い出してしまった。
やれやれ、そんな事もなくなった今は、何と平和なことか・・・!!

140414bijyutukan <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月13日 (日)

「がんと向き合う」~心の痛みに対する精神腫瘍科

昨日の日経新聞に、なぜか心に残る記事があった。
がんと向き合う 大西秀樹さんに聞く
    痛み越え、いのち輝く 生の意味、思索重ね
<がんの痛みは多様で、互いに影響しあっている>
 「痛み」ほど人々が恐れ、嫌うものはない。死に際に苦痛だけは取り除いてほしい、と誰もが願う。20年以上にわたって、心と体の痛みに苛(さいな)まれるがん患者に寄り添ってきた精神科医の大西秀樹さんに「痛みとは何か」を聞いた。
 「がん患者が抱える痛みには肉体的痛み、精神的痛み、社会的痛み、魂の痛みがあり、それぞれ影響し合っています」
 「体の痛みの激烈さは『万力で挟まれて360度回転したよう』と表現されることもあります。欧米では『がん性疼(とう)痛を取り除かないのは医師の罪』といわれ、医療用麻薬を使った疼痛緩和が普及していますが、日本では麻薬に対する偏見から立ち遅れてきました」
 「体の痛みは、けがや臓器の異常による知覚神経への刺激が脳に伝わって自覚されます。危険から身を守るアラーム(警報)といってもいいでしょう」
 医療者に気づかれにくいのが心の痛み、と大西さんは話す。
 「医療の進歩で治癒率が上がったとはいえ、国内で毎年30万人の命を奪い死亡原因の1位を続けるがんに、死を連想してしまう人が多いのは事実です。ショックも大きく、『告知されて頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった』と多くの患者は話します。ショックから心を守るための仕組みなのでしょう」
 「ただ、人の心には、辛い経験をしても、その衝撃的な出来事に対して適応していく力が備わっており、通常なら2週間ほどで回復します。しかし、がん患者の2~4割に気分の落ち込みや食欲不振、不眠、倦怠(けんたい)感など、うつや適応障害の症状が現れます。闘病意欲を失ってがんが進行してしまう患者も少なくありません。がんの身体症状の悪化と医師に誤解されて、治療の変更や中止につながることもあります」
 「精神科の医師である精神腫瘍医が関わる理由はそこにあります。心をケアするだけでなく、診断や治療の質を高める意味でも求められているのです。以前は、がんの痛みを我慢し続けたり、心の辛さを誰にも理解されないまま亡くなったりする患者がいました。痛みを取り除く緩和医療は治療の手段がなくなった末期になってから受けるもの、と考えられていたからです。しかし、2007年策定されたがん対策推進基本計画は、緩和医療を治療の初期段階から受けるものとし、痛みを医療者に伝えず我慢するのは、過去のものになりつつあります」
 「会社でバリバリ働いたり、主婦として一家の暮らしを支えたりしていた人が、がんと診断された瞬間、仕事や社会生活から切り離され、『がん患者』として生きていかなければならなくなります。孤独感や疎外感のほか、自分の地位や役割がなくなってしまうのではとの不安が募り、離職や経済的な不安も頭をよぎります。こうした苦悩が『社会的痛み』です。家庭の支え手から支えられる立場になることがストレスとなって、心のバランスを失う人もいます」
<体は衰えても、心は成長できる>
 「一方、自分がこの世から消えて無くなるのではないか、という恐怖や、人から援助されるだけの存在になるのではないか、生きている意味があるのだろうかと苦悩するのが、人間の尊厳にかかわる『魂の痛み』です。しかし、そのような状況でも人生の意味や存在意義を問い、思索を通じて人間的に成長する患者を数多く見てきました」
 「たとえば、数年前、院内の内科医から紹介されて私の外来に来た50代の主婦。大腸がんが他臓器に転移して厳しい状況でした。初診時に『今の治療がだめだったらもう治療法はないと言われました。母にさえ知らせずにきました』と涙ぐみます。患者がグループで病気や人生について話し合う『集団精神療法』に参加してもらい、メンバーと交流すると、徐々に明るさを取り戻しました。4カ月目には『いつか必ず死ぬ日が来る。でも、この病気のおかげで成長できた』と発言。7カ月目には『体がどんどん悪くなるのは、自分では止められない。でも、心はコントロールできる。がんが心に転移しないようにしたい。この会に参加できて本当によかった』と吹っ切れたような表情で話しました」
 「衝撃的な出来事や深い苦悩を乗り越えて人間的に成長することを『心的外傷後成長(PTG)』といいます。この女性は集団精神療法の仲間との交流を通じて人生や家族についての思索を重ね、『がんになったことは不運だけれど、不幸じゃない』という境地に至ったのです」
 「家族を思いやり、仲間に感謝して、次のような言葉を残します。『この病気で強くなることができた。仲間に出会い、私の周りにあった幸せに気づくこともできた。できなかったことばかりを考えない。やりたかったことがあるし、今、できることもある。この病気に感謝することがある。悔しいけどね』。
この言葉を聞いて、身震いしました。人はここまで強く、やさしくなれるのか。体は衰えても心は成長できる。いのちを輝かせて人生を締めくくる人への敬意が、患者の心に向き合う今の私を支えています」(編集委員 木村彰)

 おおにし・ひでき 兵庫県生まれ。横浜市立大学医学部卒。横浜市立大学精神科講師、神奈川県立がんセンター精神科部長などを経て、2006年埼玉医科大学精神腫瘍科教授、07年同大学国際医療センター精神腫瘍科教授。専門は精神腫瘍学、死生学。主な著書に「がん患者の心を救う」など。

日本初の「遺族外来」 医療に厚みと深み
 がん患者の心をケアする精神腫瘍学(サイコオンコロジー)は、1970年代に欧米で始まり、日本では80年代半ばに学会ができた。その頃からがん告知が進み、患者の精神的衝撃に対処する必要に迫られたという背景がある。
 大西さんは、こうした変化を1990年代初めの米国留学を通じて肌で感じ、帰国後の95年から精神腫瘍医としての活動を本格的に始める。患者ばかりでなく、家族や遺族にも精神的苦痛を抱える人が多いことから、2006年に日本で初めて「遺族外来」を開設した。
 「家族は“第二の患者”。多くの家族が傷つき、苦しんでいる」と大西さん。外科、放射線科、腫瘍内科などの治療医と力を合わせて、がん医療に厚みと深みを加えている。

」(2014/04/12付「日経新聞」夕刊p5より)

精神腫瘍科というのがあるのだ・・・。知らなかった・・・。
ガン告知が一般的になってきて、『告知されて頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった』となるが、「通常なら2週間ほどで回復します。しかし、がん患者の2~4割に気分の落ち込みや食欲不振、不眠、倦怠(けんたい)感など、うつや適応障害の症状が現れます。」だって・・・。
ほぼ全員が鬱状態になると思っていたが、人間結構強い。でも自分は確実に“心のバランスを失う”この2~4割に入るな・・・。自分がこのような記事が気になるのも、それへの備えかも知れない・・・。

先日、NHKラジオの宗教の時間「“残される人”に寄り添う(チャプレン兼カウンセラー…沼野尚美)」(20/14/03/23放送)を聞いた。この中で、頭から離れないエピソードがあった。沼野さんの30年に亘るホスピスでの心のケアにあたってきた体験談である。

<“残される人”に寄り添う(チャプレン兼カウンセラー…沼野尚美)より>

ガン告知された患者にとって、唯一の見方は家族。特に夫婦は唯一無二の存在。しかし家族と言えども、それまでのあり方によっては、決して味方ではない・・・。
上の例は、死に行く70代の夫に対して、妻は30年前の事に「謝って欲しい」と詰め寄る。
そしてもう一つの例は、50代の夫の「生まれ変わっても自分と一緒になってくれるか?」との問いに対して、妻は「あなたとは今回限りにしたい」と言う・・・。

つまり、人間関係は努力が必要だとうことだ。実は自分も、はなはだ自信がない。よってなるべく“確認”するようにしている。
良いチャンスは、カミさんが探し物をするとき・・・。例えば、さっきは最近時間を掛けて作っているある手芸の作品が無くなった。前は、それが車のキーだったり、メガネだったり、コンタクトであったり・・・。大切なモノが無くなったとき、女はどうしてこう闇雲に探すのだろう。手当たり次第に、探し回る。その点、男はロジカルに考える。いつ無くなった?どこで無くなった??それらを聞いていると、だいたい見付けることが出来る。
その時がチャンス! 「結婚して良かったか?」と聞くと、カミさんは「ウン!良かった」と答える。(もちろんその時だけだが・・・)
何度もそれを繰り返していると、自分が死ぬときも、看病して貰えそうな気がしてくるのだが、さてどうだろう・・・。
いつか必ず来る病気による「心の痛み」。それがどんな状況下であっても、何とか二人で乗り越えたいと思うのだが・・・

140413tsuri <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月12日 (土)

未来に注文つけないヤンキース田中

先日の日経新聞にこんなコラムが載っていた。
「未来に注文つけない田中
 「(ヤンキースへのあこがれは)正直、ありませんでした」。メジャーを代表する球団への入団が決まったときの田中将大のそっけない答えに、8年前の秋、ドラフト会議当日の姿を思い出した。
 抽選の結果が楽天に決まると「4球団に指名してもらって光栄」と言い、早速入団に前向きな姿勢を示した。どのチームであれ、自分を試す場所があればよかったのだ。海を渡るにしても、あの時と同じで「どこでもウエルカム」だったのだろう。
 発足して2年の楽天は連続最下位の弱小球団だったが、自分が変えるという気概があった。「本当の意味での挑戦者。そのなかで戦力になりたい。チームを勇気づけられる投手になりたい」と、当時語っている。
 その志を実現したのが昨年の日本一だった。負け慣れていたナインに勝ち組の気持ちのありようを伝え、チームを変えた。
 つべこべ言わず、自分を選んでくれたところに進む田中は未来に注文をつけない人、といえる。未来は自分でつくるもの、とわかっているのだ。腹の据わった言動には毎度感心させられる。そのベースにはおそらく、こうした人生観がある。
 巨人の菅野智之ら、少数の選手を除き、ドラフトで人気を集めながら、球団をえり好みして成功した例は多くない。「どこでもいい。オレが変えればいいのだから」というバイタリティーに欠けるからではないか。
 連勝記録などの関係で「稲尾二世」などといわれることもあるが、本人からあこがれや目標とする選手の名は出てこない。道はそれぞれ自分で切り開くものだから「第二の誰か」にはなろうと思っていないし、なれるとも思っていない。
 4月。フレッシュマンたちが社会人としての一歩を踏み出した。志望の会社、業界に入れなかった、あるいは入ってがっかりの人もいるだろう。
 しかし、とやかく言う前に、縁あって席を得たその場所で、まずは自分も組織も勝てるように汗をかこう――。田中の歩みはそう語りかけている。(篠山正幸)」(
2014/04/10付「日経新聞」p33より)

もちろん自分は野球の世界は門外漢。でもさすがに、先日の田中選手の大リーグのデビュー戦だけは見てしまった。
今までも当サイトで、松井選手など、何度か野球選手について書いたことがあった。どの話も野球だけでなく、人生の生き方について学ぶべきことが多かった。この話も同じ。

誰も人生で新しい世界に入るとき、希望通りに行くかどうかは大きな問題。まず学校の受験がある。それは中学かも知れないし、高校、大学かも知れない。そこで普通は大きな挫折を味わい、人生が苦であること(仏教で言う、思い通りにならないこと)を学ぶ。そしてその経験はその後の人生に活きる。
それに続く就職活動も、そして結婚相手も同じ事。幾ら自分が相手を選んでも、相手から自分が選ばれるかどうかは分からない。そして選ばれなかった時に、どのような態度で臨むか・・・

田中選手のこの「どこでもウエルカム」という姿勢は、どこから生まれてきたのか? 普通は、子どもの頃からの憧れも含め、自分の希望というものはあるもの。そして希望通りに行かなかった場合は、やる気を失い、「自分が希望するところではなかったから・・・」と自分に対して、そのふがいなさの言い訳をするもの。(これはまあ、自分の経験だけど・・・)
これは、ある意味「足を知る」次元の話なのかも知れない(ここ)。

自分自身を良く知っていれば、それを前提としたわきまえた行動になる。逆に、自分自身を過信していれば、当然その報いを受ける。チームと選手との関係も同じかも知れない。
それに対して、上の記事にもあるが、この田中投手の場合は、浮いた価値観とは別世界の、真に野球を見詰める姿勢から生まれたスタンスなのだろう。そして、そんな人間(姿勢)だからこそ、それに見合う24連勝という結果が付いてきた・・・。

人間の生き方と結果は連動しているように思う。それには、自分を選んでくれたことに対する「感謝」という真摯な姿勢・・・(これは、学校や会社、結婚相手も同じ)。
慣れと共に忘れがちなことだが、こんな記事を読みながら、ふとそんなことを思ってしまう。

140412shimauma <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月11日 (金)

人間ドック、血圧など基準緩和 ~「健康な人」増える?

先日から、人間ドックの健康基準が変わる、とのニュースが流れている。「天声人語」に曰く・・・

「東芝社長にして経団連会長だった石坂泰三は、健康法に無頓着だった。定期健診などで時間をつぶす気はない。あるとき言ったそうだ。「ぼくの体のことは、八十年もつき合っているぼくが、いちばんよくわかっている。十五分や二十分ぐらい診た医者に、わかってたまるか」▼石坂の生涯を描いた城山三郎の小説『もう、きみには頼まない』に出てくる。そんな気骨の人にくらべ、健診数値に一喜一憂のわが身である。50代の坂をのぼりつつ「苦手科目」がいくつか増えた▼さて、これは喜ぶべきなのだろうか。日本人間ドック学会などが、いまの「異常なし」の数値は厳しすぎるとして見直すという。たとえば、よく知られる最大血圧の「130未満」が「147」に緩むかもしれない▼ほかにも肥満度や悪玉コレステロール、糖尿病診断の値などを見直す。高血圧に肥満、高脂血症、糖尿病が重なると「死の四重奏」と称される。その弦の張りが、おおむね緩やかになる▼気が大きくなる向きもあろうが、油断はできない。大きめの服を着せられて、自分がスリムになったと錯覚するのは禁物だ。緩んだベルトは「ここまでおいで」と腹囲の膨張を手招きする▼一昨年、人間ドックの受診者で「全項目異常なし」は7.2%と過去最低だった。生活習慣病がらみの異常は50代男性が最多といい、わが世代、どうやら四重奏コンサートのS席らしい。石坂は88歳9カ月で天寿を全うした。鷹揚(おうよう)ぶりを仰ぎつつ定期健診は皆勤としたい。」(2014/04/09付「朝日新聞」「天声人語」より)

そして、それを報じた「朝日新聞」の記事・・・・
「健康」基準、広げます 人間ドック学会、血圧や肥満度
 日本人間ドック学会と健康保険組合連合会は4日、血圧や肥満度などについて、健康診断や人間ドックで「異常なし」とする値を緩めると発表した。国内で人間ドックを受けた人の値を調べたところ、血圧やコレステロールの値がこれまでの基準より高くても「健康」だった。学会は新基準を6月に正式に決め、来年4月から運用する予定。
 学会は2011年に人間ドックを受けた約150万人のうち、たばこを吸わずに持病がないなどの条件を満たす約34万人を「健康な人」とした。そこから5万人を抽出して27の検査項目の値をみた。
 その結果、従来は130未満を「異常なし」としていた収縮期血圧は、147でも健康だった。肥満度をみる体格指数「BMI」も、男性で「18.5~2.7」、女性は「16.8~26.1」の範囲におさまれば健康だった。現行は25以上は肥満とされている。
 コレステロール値については性別、女性は年齢によって健康な人の値が大きく変わるとして、それぞれに分けることにした。現行の基準では特に閉経後の女性は高脂血症と診断されやすくなっていた。
 現行基準は、日本高血圧学会など各専門学会が定めた診断基準をもとにしている。日本人間ドック学会などは新基準を健診施設などで利用するよう働きかける。今後5年間の追跡調査をして、病気発症との関連を調べる。
 同学会は、緩められる新基準の範囲におさまれば、薬を減らせる可能性もあるが、合併症などがあれば治療が必要という。学会理事の山門實・三井記念病院総合健診センター特任顧問は「糖尿病や腎疾患といった持病があるような人は、新基準の範囲におさまっても安心せず、かかりつけ医に相談してほしい」と話している。(
2014/04/05付「朝日新聞」p1より)

ついでに、今朝の日経新聞の記事。
人間ドック、血圧など基準緩和 「健康な人」増える?
     「病気見逃す恐れ」 医療現場から懸念の声
 自分は健康かも――。日本人間ドック学会と健康保険組合連合会はこのほど、血圧や肥満度などについて健康診断や人間ドックで「異常なし」とする数値を緩めると明らかにした。新基準の中には従来の専門学会の基準と大きく異なるものがあり、「健康な人」が増える可能性がある。ただ、医療現場からは「油断し病気を見逃してしまうリスクがある」との声も上がっている。
140411dock  現行の人間ドック学会の基準は、各専門学会が定めた基準値などを使っている。今回、人間ドック学会は2011年に人間ドックを受診した約150万人のうち、持病が無く薬も飲んでいないなどの極めて健康な男女約1万人を抽出。この人たちの検査値を基に、「健康」と判断できる数値の範囲を決めた。
 従来は129以下を「異常なし」としている収縮期血圧は147でも健康に。肥満度を表す体格指数「BMI」も、現行25以上は肥満とされているが、男性は27.7まで、女性は26.1までは健康になった。また、LDLコレステロールや男性の中性脂肪、アルコールによる肝障害の指標になるγ(ガンマ)―GTPは大幅に変わった。
 人間ドック学会は今後も追跡調査をし、できるだけ早く新基準を正式に決め、健診を実施する医療機関に運用を呼び掛ける方針。ただ、糖尿病などの持病がある人は新基準は当てはまらない可能性があるとして、かかりつけ医の指示に従うよう注意を促している。・・・」(
2014/04/11付「日経新聞」p34より)

昨年(2013年)8月に「人間ドック受診「異常なし」7.2% 過去最低」(ここ)という記事を書いた。
この話題はその記事の続きになるが、どうも腑に落ちない。“健康”は誰が決めるの???
上の石坂泰三の「ぼくの体のことは、八十年もつき合っているぼくが、いちばんよくわかっている。十五分や二十分ぐらい診た医者に、わかってたまるか」という発言の方が自分にとってよほど説得力がある・・・。

そして、日経の「従来は129以下を「異常なし」としている収縮期血圧は147でも健康に。肥満度を表す体格指数「BMI」も、現行25以上は肥満とされているが、男性は27.7まで、女性は26.1までは健康になった。」という表現が面白い。何と数字だけで“健康”になってしまうのだ!!

分からないのが「学会は2011年に人間ドックを受けた約150万人のうち、たばこを吸わずに持病がないなどの条件を満たす約34万人を「健康な人」とした。」という定義。
「けんぽれん」の資料(ここ)によると、“健康な人”とは・・・

「今回の基準範囲設定のための基準個体の条件
基準個体とは:いわゆる健康人
条件は下記である
*既往歴で下記の疾患や入院歴のある者を除く
 ・悪性腫瘍、慢性肝疾患、慢性腎疾患など
 ・退院後1か月以内の者
*現病歴で下記のものがある者を除く
 ・薬物を常用している者(高血圧、糖尿病、脂質異常症、高尿酸血症等の疾患の治療のため)
 ・B型肝炎・C型肝炎の者
*BMI値:25未満、喫煙なし、飲酒1合未満/日、血圧130/85未満の者」
だそうだ・・・。

140411kenko1 140411kenko2 140411kenko3 140411kenko4 140411kenko0

なるほど・・・。この「健康者」の定義によると、幸いにも自分も入る。でも・・・

話は変わるが、昨日は、会社のPCの設定で忙しかった。
誰かに聞けばやってくれるが、でも昔の技術者の端くれなので、自分で・・・。会社固有の設定では、さすがに手こずった。そして、アプリのインストールなど、古いバージョンを入れようとすると、色々とエラーが出てくる。それにしてもNetは便利。まずNetにはつながったので、Netに聞けば何でも答えてくれる・・・。
しかし、つくづく思った。自宅でも会社でも、PCの設定は“心臓によくない”。
動くかどうか、つながるかどうかが、ハラハラドキドキ。そしてエラーが出るとガックリ・・・。
「何とか動いてくれー」と祈りながら待つ時間・・・。これは絶対に心臓に良くない!!
自分は、機械モノになると、ついのめり込んでしまう。食事も何もそっちのけで夢中になってしまう。つまり、その世界に埋没して我を忘れてしまう。
これが、パソコンが相手ならまだ良いが、もし自分や家族が健康上の問題など、ピンチに陥った時、同様にたぶんその問題で我を忘れて、自分を見失ってしまう危険性を感じた。
そんな事で、PCの設定は自分にとって、この上なく“毒”であることが良く分かった。(←解説本を片手にやれば、何の問題もないのに・・・)

先の石坂さんではないが、健康とは、やはり誰かに数字で決めて貰うものではなく、自分で自分の体調を自覚するもの・・・。
よって自分も、健康に害のあるPCの設定はさっさと終わりにして、(人間ドックもとうに卒業したので)数字を調べない平和な生活に戻るのさ・・・。

(関連記事)
人間ドック受診「異常なし」7.2% 過去最低 

140411habura <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月 8日 (火)

いよいよWinXPのサポート終了

いよいよ明日(2014/04/09)で、WinXPのサポートが終了するが、ここ1週間というもの、自分の頭の中はその対応でてんてこ舞い・・・。
今朝の日経新聞にもこんな記事があった。まだまだっXPは残っているようだ。
XP、6月末でも7.7%搭載 国内で592万台、民間予測 ウイルス感染に懸念
 米マイクロソフトの基本ソフト(OS)「ウィンドウズXP」のサポートが9日に終了する。調査会社のIDCジャパン(東京・千代田)は7日、今年6月末時点で国内パソコン全体の7.7%に当たる592万台がXPを搭載しているという予想を発表した。ウイルス感染などのリスクが高いパソコンが国内で一部に残る見通しだ。
 ガートナー・ジャパン(東京・港)も同日、9日時点で20%以上の企業がXP搭載パソコンを使っていることになるとの調査結果をまとめた。
 マイクロソフト(MS)は9日にXP最後のセキュリティー修正プログラムを配布する予定。サポート終了後はパソコンがコンピューターウイルスなどによる攻撃を受けやすくなる。
 ガートナーは国内企業の20%以上がメーンのOSとしてXPを使っているとみている。同社の針生恵理主席アナリストによれば「台数ベースだと3~4割になる可能性もある」という。IDCもガートナーも、できるだけ早くXPの使用をやめることを勧めている。」(
2014/04/08付「日経新聞」P13より)

そして朝日新聞には、・・・
「・・・マイクロソフトはXPの発売以降、利用者向けに新種のウイルスの侵入などを解消する「更新プログラム」を無料提供するなどのサポートを10年以上続けてきた。しかし、インターネットの普及で新種のウイルスの数が急増。更新プログラムでも対応できないウイルスが増えており「最新OSのウィンドウズ8に比べ、感染のリスクが21倍も高くなってしまう」。このため、社内ルールに沿って9日にサポートを打ち切る。・・・
140408win1  しかし、買い替えは業界の狙い通りには進んでいない。市場調査会社IDCジャパンによると、昨年12月時点で国内パソコンの約16%にあたる約1200万台のOSがXPだった。今年6月末時点の推計でも約600万台が残り、約8%を占める見込みだ。
 遅れが目立つのは自治体だ。総務省によると、財政難などで全国の自治体が持つパソコンの13%、26万6千台が9日までにXPからの更新が終わらない。
 サポート終了後も、XPのパソコンを使い続けることは出来る。ただ、「窓が壊れた家は、鍵を閉めても空き巣に入られる危険性が高いのと同じ」(ウイルス対策ソフト大手)で、ウイルス感染や不正アクセスの危険が高まる。USBメモリーなどからウイルスに感染する可能性もある。ウイルス対策ソフト大手のトレンドマイクロはXP向けサポートを個人向けは15年末まで、企業向けは17年1月まで続ける。」(
2014/04/08付¥朝日新聞」p9より)

WinXPは2001年リリースというから、もう13年。異例の長寿命だが、我々ユーザーからすると「何で止めちゃうの??」だ。
140408ms1 すっかり慣れているXPは、個人的にはどうしても手放したくない。だいいち、何の不満もない。よって、我が家はこのままXPを使い続けるつもりだったが、このところ色々と不安材料が出て来た。「当分、少なくてもウィルスバスターがサポートする15年末までは、xpだ!!」と思っていたのだが、この所ぐらついている。まず会社のパソコンが、ここ2~3日、OSの入れ替えで大騒ぎ。結局、会社ではWin7を使う事になる。それに、銀行などが「XPを推奨環境から外す」・・・。もちろん使えないわけではないが、リスクは発生する。このまま頑固オヤジを通して、果たして正解か??
具体的には、自分のPCとカミさんのPCをどうするか・・・。

先日、家電量販店に行って、win7とWin8を眺めてみた。店員さんの話を聞くと、やはりWin8はスマホ風・・・。もちろん自分はスマホ大キライ人間。つまりはWin7にするしかない・・・

まず自分のPCで困るのが、ノートパソコンのキーボードを変えたくない、ということ。今のPCはキーボードのタッチが弱く、手に負担が少ない。今まで、自分のタッチのクセのせいか、何度も腱鞘炎になり、原因が自分のキーボードのタッチのせいだと分かってから、今の機種を使い続けている。新しいPCを買うにしても、同じタッチのキーボードのPCを探さねば・・・。
それで大分前から何度も、メーカーに、今使っているノートPCと同じキーボードを使ったPCは無いかと、問い合わせのメールを打っているが、梨のつぶて。

それが1週間ほど前、大発見をした。今使っている機種のWin7版が通販の中古PC屋で売っていた。そうだこんな手があったのだ。昔の機種は性能的にwin7には適合しないとばかり思い込んでいたが、量販店の店員さんは、メモリの増設などは要るかも知れないが、まず問題なく動くという。
会社のパソコン大好き人間に聞いても、XPが動いているPCなら、アップグレードで動くだろう、とのこと。ただし、OSが入っていない空のPCでは、国内PCメーカーはドライバーを公開していないので、ムリ。
なるほど、そんな事情で、中古PC屋は昔のXPをWin7にアップグレードして売っているのか・・・。
かくして、この問題はめでたく解決・・・

さて居間のカミさんのPCだが、さっき夕食の後にその話をしたら「さっさと替えたら? いずれ替えるんでしょ? 直ぐに慣れるよ・・・」と言う。これは意外・・・。自分はてっきり「やっと慣れて使っているのに・・・」と自分の責任でもないのに文句を言われるとばかり思っていた・・・
かくして、「当分XPを使い続ける」という自分の大決心はあえなく挫折・・・。
何を隠そう「XPで慣れているので、今さらWin7に慣れるのがメンドウ」というが自分の本音・・・。仕方がない。この自分の“老人病”は誰にも気付かれないように黙っていることにしよう・・・

140408netigai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月 7日 (月)

「お金の人間学~幸せに見えなかった大富豪」

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(リレーおぴにおん)お金の人間学:6 幸せに見えなかった大富豪 藤原敬之さ
 外資系金融機関で資産運用をしていた時、仕事の報酬による億を超える預金通帳を見て、なぜか嫌な気分になりました。お金に縛られ振り回されると本能的に感じたのかもしれません。
 その後、マネージングディレクター(役員)に昇格し、何となく「嫌な気分」の正体がはっきりしたのです。初めて役員として国際会議に出席した時のことです。一人で朝食を食べていると、他の役員たちがやってきて、「フジワラは個人的にどんな資産運用をしているのか」と聞いてきました。
 「初対面のオレの懐を探るのか」。高額の報酬があるのに、さらに殖やそうとする彼らの執着心に違和感を覚えました。私は個人的な利殖に全く興味がないからです。結果を出した仕事への相当な報酬は当然求めましたが。
 数百億円の資産を持つ大富豪たちと接する機会もありました。彼らに共通していたのは「誰も信用しない」という姿勢です。財産を死守し、次代に残すプレッシャーに人生が支配されている。お金持ちなのに決して幸せそうには見えませんでした。
 結果的に私は富豪にはなれていません。稼いだ金は使ってしまうからです。大阪の中小企業経営者だった父親の影響かもしれません。父も投資や貯蓄には興味がなく、「人生は楽しむモノだ」と気前よく使ってしまう。美食や好きなモノには金を惜しまない。
 そんな父親の生き方に共感していました。国内金融機関に勤めた社会人3年目、学生時代から欲しかった33万円のイタリア製の椅子を買い、独身寮の6畳間に置いて喜んでいました。
 金額の大小にかかわらず、感性に訴えかけてくるモノを迷わず購入してしまう。例えば、鯛(たい)をかたち取った魯山人の箸置きは20万円しました。径の大きい鎌倉彫の香合(こうごう)にこの箸置きを入れて、青布を敷いた鎌倉彫の皿に置いて鑑賞しています。幅6センチの箸置きが海を泳ぐ鯛のように見えてきます。
 モノへのカネ遣いは、時にキツネに取りつかれたようにもなり、止まらなくなります。文房具、高級時計、ライカのカメラ、ハイエンドオーディオにそれぞれ高級車1台分のお金を投じました。そんなカネ遣いに後悔は一切ないのです。お金は人生を楽しむための手段に過ぎないからです。
 借金をして生活を破壊するような浪費は慎まなければなりませんが、機嫌良く生きるためには、お金はためらわずに使うべきだと思っています。(聞き手・古屋聡一)
     *
 ふじわらのりゆき 作家 59年生まれ。内外機関投資家で株式運用を担当し、2010年から作家に(筆名・波多野聖)。近著に「カネ遣いという教養」「カネ学入門」」(
2014/03/26付「朝日新聞」p19より)

自分の大嫌いな言葉に、「きれいごと」という言葉がある。
上の記事は“大富豪”ならではの、きれい事では?とも思う。よって、我々凡人には、ほとんど参考にならない。しかし、“お金”と“幸せ”の関係は面白い。
お金を持っている人は幸せか?というと、どうもそうでもないらしい。

「清貧」とう言葉がある。広辞苑には「行いが清らかで私欲がなく、そのために貧しく暮していること。」とある。私欲がなければ、大富豪にはなれない。それが原理では? 清貧とは、人生観の次元の話かも・・・?

お金の遣い方について、自分とカミさんとは大きく違う。自分はお金の遣い方はヘタ。昔は車やオーディオセットに、大きな金額をどんと使うことはあっても、日々はカミさんにケチだと言われるほど、どうもうまくない。それに引き替え、カミさんは幾らでも使えるという。だから家の中が物で溢れる。そしていつも「整理しなくちゃ」と言っている。自分に言わせると、物が溢れているのなら、買わなければよい、と思うのだが・・・
お金の使い方と言えば、最近はあまり聞かなくなったが、前によく「1万円コースはいかが?」と言われた。つまり休日にカミさんに1万円を渡すと、その1万円でその一日を楽しく過ごすコースを企画して楽しませてくれるとか・・・。新宿に行って、**して、**で昼食して・・・。出不精の自分には信じられない行動力。女性は皆そうかも・・・

しかしお金はあの世に持っていけないことだけは確か。でも物を買うと棄てるのが大変。すると、物では無い所に使うのが一番。それは何か? 消え去る物。つまり、食べ物・旅行・・・??
何よりも「幸せだ」と思うところに使いたいな・・・と、なけなしのお金を前に考えるこの頃である。

140407toire <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月 5日 (土)

老夫婦・・・~どう呼び合う?

先日の朝日新聞の「ひととき」にこんな記事があった。
「(ひととき)ロバートとキャサリン
 夫婦で「改名」しよう。そう思ったきっかけは、夫婦で出かけた観光旅行だった。
 雑踏の中、前を行く夫に「お父さーん」と大きな声で呼びかけたところ、大勢のお父さんたちが一斉にこちらを振り返ったのだ。だからといって、公衆の面前で夫の名前を呼ぶのは、ちょっとためらってしまう。
 そこで提案した。「これからは、あなたはロバート、私はキャサリンね」と。夫は「あほらしい」とあきれ顔だった。しかし金婚式も過ぎ、すべてがマンネリとなっている今の生活だもの、少しは新鮮な風が吹き込んでくるだろう。
 ところが、すぐに問題が起きた。私が「ロバート」と呼んでも、夫はキョロキョロするだけで自分のことだと気がつかない。一方、私にしても「あれ」「これ」の世界に入っている世代。自分が何と改名したのか思い出せない。「ねえ、私ってダイアナだったっけ、エリザベスだったっけ?」と夫に聞いても、「覚えているわけないだろ」と怒られる始末だ。
 家庭の雰囲気が怪しくなってきた。もう改名はやめよう。これまで通り、「お父さん」と「お母さん」でいいや。ね、お父さん。(神奈川県南足柄市 無職女性75歳)(
2014/04/04付「朝日新聞」p27より)

何とも楽しい話。どの家でも一度はチャレンジする話!??
ウチは何を隠そう「お父さん」「お母さん」派。どの家でもそうだが、子育てを経て、何となくそうなった。カミさんは結婚以来、自分のことを「**ちゃん」と呼べと言うが、自分は恥ずかしくてそう呼んだことはない。

先日、カミさんがヨメさんの家に遊びに行ったとき、ヨメさんから「(孫の)Kちゃんがしゃべれるようになったら、何と呼ばせたら良い?」と聞かれたと、嬉しそうに話していた。そんな発想は全く無かったので、その話を聞いたときは、ビックリするやら照れくさいやら・・・(ちなみに、自分の息子のときは、田舎の両親に、呼び方のリクエストなど、聞きもしなかった・・・)
ウチの孫は、ちょうど5ヶ月になったところ。まだまだバブバブ・・・の段階。でも女の子は早い。すぐに話し出すらしい。その時に、何と呼ばれたいか・・・!?
八王子の爺さんだから「ハチジジ」? なんだこりゃ!? 名前を前に付けて「**ジジ」? ピンと来ないな・・・。それに呼びづらい・・・
そもそも、九州と八王子の二人のジジイを区別するのが目的なら、先手必勝、こっちは単なる「ジイジ」で良いではないか・・・
カミさんは、友人たちが孫から何と呼ばれているか、色々と聞いている。バッカみたい!な話・・・。
自分は、昔から呼ばれたがっている「**ちゃん」で良いのでは?とカミさんに言う。その方が、可愛いのでは・・・と。しかし還暦過ぎの婆さんが、孫から「**ちゃん」!?

嬉しいことを言ってくれる我が家には過ぎたヨメではある。

140405papa <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月 4日 (金)

親父の説教、そして「取り返しがつくこと」と「取り返しがつかないこと」

先日の日経新聞の「私の履歴書」。「豊田章一郎(3)父・喜一郎」(2014/04/03付)にこんな一文があった。
「・・・最初は豊田自動織機に自動車部を設け、次いで1937年にトヨタ自動車工業を設立し、副社長に就任した。
 私が父という人間を意識し始めたのもこの頃だ。仕事が忙しく、不在がちだが、たまの休みで家にいても、少しの暇にも紙と鉛筆をもち、思いついたアイデアや図案を書き留める。
 ともかく目が覚めている間は、常に何かを考え、すべてが仕事や研究に結びついているような人だった。
 とはいえ、家族をないがしろにしたわけではない。夏休みはよく家族旅行に出かけた。あるとき河口湖でバスに乗り遅れたことがある。普段は温厚な父がこのときはやや怒って「こんなことをやっていてはダメだ。人生で何かチャンスがあっても、それをつかみ損ねたら競争に負けるんだ」と説教を始めた。
 1936年に国産車を奨励する自動車製造事業法という法律が制定され、認定企業に豊田自動織機と日産自動車が選ばれた。これがその後トヨタが飛躍する一つの契機になった。
 父の「遅れたら負け」という言葉には、当時の高揚した思いが込められていたのだ。父からは後々、仕事についての考え方を教わったが、河口湖での会話がその端緒だったと思う。
 「1日3回手を洗え」。こうよく口にして、手が油や鉄粉で汚れるぐらいでないと、エンジニアとして大した仕事はできないと私たちに教えた。トヨタは、実際に自分の目で見て、物事を判断する「現地現物」という考え方を重視しているが、これも、喜一郎がよく言った「実地第一主義」から来ている。・・・」(
2014/04/03付「日経新聞「私の履歴書」より)

久しぶりに「説教」という言葉を聞いた。もう最近では死語になっているのだろう。自分が小学生高学年の頃、夕食後は必ず親父の説教があった(このことは前にも書いているが)。その光景はまだ頭にある。デンと座った親父の、丸いちゃぶ台のこちら側に、3歳年上の兄貴と自分とが正座。自分の左手には火鉢を父との間に置いたお袋が座る。そして続く延々の説教。心の中は「早く終わらないかな・・・」だけで、ほとんど聞いていない。しかし今でも覚えているのは「人間、心掛けが大事。幾ら勉強が出来ても、心掛けがダメなヤツはダメだ」。お陰で、自分は自他共に認める「心掛けの悪い」人間に成長してしまった。(ホホホ・・・)
上の記事の趣旨とは違うが「1日3回手を洗え」という言葉・・・。これはしつけの範疇だが、帰ったら手を洗う、という習慣は、自分が子どもの時にうるさく躾けられたもので、このトシになっても、子どもの頃に付いた習慣は未だに続いている。しかし息子が帰ってくると、直ぐにデンと座ってしまうので「手を洗え」とつい言ってしまう。
自分の子育てでは、そのしつけは出来なかったようだ。

最近「取り返しがつくこと」と「取り返しがつかないこと」を意識している。
人間、ある行動をする場合、その判断基準によって、事態は大きく変わることがある。人生で起こる出来事のほとんどは取り返しがつくこと。しかし交通死亡事故などは、まさに取り返しがつかない代表例。つまり死んでしまっては、後での挽回は出来ないのだ。
日常での「行動」について、それが「取り返しがつくこと」かどうかは、人生経験を積むほど正確さを生む。逆に若い人は、その判断基準が非常に危なっかしい。
会社などで、若手がもし「取り返しがつかないこと」をしようとしていることが分かった場合、我々人生のベテランはどのような行動を取るべきか?

家庭でも会社でも、「説教」という習慣が失われた現代は、日常的に自分たちの人生経験を若手に教えることは難しく、相談もされない場合が多いので、もしそのような事態を知ったら、超法規的に「取り返しがつかないこと」を、体を張って「させない」という強硬な行動が必要である、と思う。
人生経験から生まれた判断基準は、それぞれ多大な犠牲のもとに培われた各人の財産なのだから・・・。

おっと話がずれた。親父の説教だった・・・。先日、カミさんが好きな日テレの「7男2女11人の大家族石田さんチ」(2014/03/27放送)を見た。それにしても石田さんちの親父はスゴイ。叱るときは本気になって叱っている。大人になっても、息子のアパートに様子を見に行っている。何よりも、いつまでも会話がある。これは当たり前ではない。
自分ももう少し親父と話せば良かった、とトシを取ると共に強く思うようになった。後の祭りとはこのことを言う。久しぶりに聞いた「説教」という言葉ではある。

140404funjyatta <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月 3日 (木)

「9条にノーベル賞を 受賞者「日本国民」、委員会に推薦 神奈川の主婦呼びかけ」

先日の「朝日新聞」夕刊にこんな記事があった。
9条にノーベル賞を 受賞者「日本国民」、委員会に推薦 神奈川の主婦呼びかけ
 戦争の放棄を定めた憲法9条にノーベル平和賞を――。神奈川県座間市の主婦鷹巣直美さん(37)が思いつきで始めた取り組みに共感の輪が広がり、ノルウェー・ノーベル委員会への推薦に至った。集団的自衛権の行使や改憲が議論される中、「今こそ平和憲法の大切さを世界に広めたい」と願う。
140403kyuujyou1  鷹巣さんは小学2年と1歳半の子育てに追われる日々。「子どもはかわいい。戦争になったら世界中の子どもが泣く」。家は空けられないので集会やデモには参加できない。自宅でできることを考えた。
 2012年の平和賞は231件の推薦の中から欧州連合(EU)が受賞した。「欧州の平和と和解、民主主義と人権の向上に貢献した」とされた。鷹巣さんは「EUには問題もあるが、ノーベル平和賞は、理想に向かって頑張っている人たちを応援する意味もあるんだ。日本も9条の理想を実現できているとは言えないが、9条は受賞する価値がある」と考えた。
140403kyuujyou2 昨年1月、インターネットで見つけたノーベル委員会に、英文で「日本国憲法、特に第9条に平和賞を授与して下さい」とメールを送信。その後も計7回送ったが、返事はなかった。
 友人にやり方を教えてもらい、5月に署名サイトを立ち上げると、5日で約1500人の署名が集まった。ノーベル委員会に送信すると、すぐに返事があり、ノミネートの条件がわかった。推薦締め切りは毎年2月1日。国会議員や大学教授、平和研究所所長、過去の受賞者らが推薦できる。受賞者は人物か団体のみ。憲法は受賞できない。
 考えた末、鷹巣さんは受賞者を「日本国民」にした。「9条を保持し、70年近く戦争をしなかった日本国民の受賞に意味がある。みんなが候補として平和を考えるきっかけになれば」
 この取り組みを相模原市の市民団体「9条の会」などに報告すると、協力者が次々現れ、8月には「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会が発足。実行委は今年2月1日までに大学教授や平和研究所長ら43人の推薦人を集めた。推薦状に2万4887人の署名も添えてノーベル委員会に送った。
 今年10月発表の際の受賞を目指しているが、何度でも挑戦するため、実行委は署名サイト(
http://chn.ge/1bNX7Hbを続けている。鷹巣さんは今、「一人ひとりの声が集まれば、世の中は変わる」と感じている。(柳沼広幸)
 <日本国憲法第9条>
 (1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 (2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」(
2014/04/02付「朝日新聞」夕刊p9より)

これは面白い。上の署名サイトをたたいてみると、下記のような趣旨が書いてある。

世界各国に平和憲法を広めるために、日本国憲法、特に第9条、を保持している日本国民にノーベル平和賞を授与してください
憲法九条の素晴らしさを共有し、守り、活かし、世界に向けて広めていく取組の一つとして、実行委員会を組織し、ノルウェー・ノーベル委員会宛の署名活動を開始しました。
ノーベル平和賞は個人か団体に贈られるものなので、憲法は対象ではありません。しかし、EUが団体としてノーベル平和賞を受賞出来るなら、憲法前文から始まり基本的人権の尊重と徹底した戦争放棄を謳った憲法九条を戦後70年近く保持している日本国民も団体としてノーベル平和賞を受賞出来る可能性はあるのではないでしょうか。
日本国民は、積極的に憲法を活かすまでには至っていないかもしれません。しかし、世界中が武器を片手に戦力で物事を推し進めようとする圧力の中で、世界中の人の幸せと平和を願い、戦争への反省から、まず自ら率先して戦争の放棄、武力の不保持を定めた憲法を、戦後70年近くもの間保持してきました。このことによる世界の平和と安定への貢献は計り知れないほど大きいと言えるのではないでしょうか。
もちろん、日本国民全員が現憲法に賛成しているわけではありません。しかし、今現在も、今この時も、憲法を変えてはいません。これはひとえに、戦後、戦争への反省と平和への願いを込めて、大勢の方々が戦争の悲惨さと愚かさを語り継ぎ、祈りを込めて受け継がれてきた平和への願いがまだなお深く息づいているからだと思います。
そして、受賞に向けて、「世界の平和を願い戦争しないことは良い事であり、守り、広めていこう!!」という価値観の共有自体にも、意味があるのではないでしょうか。
この改憲の危機に直面している今、世界の平和のために平和憲法を守り、活かし、広めていくための取組の一つとしてご理解・ご協力いただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会
FB:
https://www.facebook.com/nobelpeace9jou
ブログ:http://nobel-peace-prize-for-article-9.blogspot.jp/
(この署名は、ノーベル平和賞を授与されるまで継続いたします。)」(ここより)

日本が世界に誇れる憲法第九条。それに伴う政権の動きが急だ。その政権に、この活動はどう写るだろう??
そして、ノルウェーのノーベル委員会は、日本の第九条の推薦に対して、どのような評価を下すのだろう?

色々な思いが頭をよぎる。確かに戦後70年、戦争による日本人の死者は出ていない。
しかし軍事費は米中露に次ぐ規模で、英仏と肩を並べる(ここ)(ここ)。

しかし、もし平和への「姿勢」が賞の評価につながるのなら、あながちこれは夢物語でも無さそう・・・
夢を描く・・・。「今年のノーベル平和賞は、憲法で戦争放棄を謳って実行している日本国民に与えられます」。それを聞いた日本国民代表のA首相はこう語った。「いや~光栄です。自分も九条を変えて戦争の出来る“普通の国”になる事や、憲法解釈の見直で集団的自衛権の行使を考えた事もありましたが、まあ若気の至りってやつで、悪気はありませ~ん。もう金輪際、憲法九条を変えることはさせませ~ん」な~んて言うかな???

まあ夢だが、これが実現すると、憲法改定に対する大変な重石(おもし)になる事は確実。何度も書いているが、今の日本は、(今の議員数から)“外側からの圧力”でしか政権の動きを止められない。
よってこれは素晴らしいアイデアかも知れない。
しかし100万人の目標はあまりに遠い。今日(2014/04/03)現在、まだ署名は2.5%とのこと。
「25,437人の賛同者が集まりました
目標まで残り974,563人の賛同者が必要です!」(
ここより)

平和憲法を守るために、こんな活動にも目を向けてみよう・・・

============

「「憲法9条をノーベル平和賞に」推薦受理 実行委に連絡
 戦争の放棄を定めた憲法9条をノーベル平和賞に推した「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会(事務局・神奈川県相模原市)に、ノルウェー・オスロのノーベル委員会から推薦を受理したとの連絡があり、正式に候補になったことがわかった。
 連絡はメールで9日夜、実行委に届いた。「ノーベル委員会は2014年ノーベル平和賞の申し込みを受け付けました。今年は278の候補が登録されました。受賞者は10月10日に発表される予定です」との内容だ。
 事務局の岡田えり子さん(53)は「受理されてうれしい。受賞者は個人か団体となっているが、受賞者を日本国民としたことを委員会は受け入れてくれた。これで日本国民一人一人が受賞候補者になった」と話した。
 推薦運動は、神奈川県座間市の主婦鷹巣直美さん(37)らが始めた。推薦資格のある大学教授、平和研究所所長ら43人が推薦人になった。実行委は2月1日までに集めた2万4887人の署名を添えて、委員会に送っていた。署名は11日現在、4万人を超えているという。鷹巣さんは「一人ひとりの小さな平和への願いがつながって、候補にまでたどりつくことができました。たくさんの方々の協力に感謝でいっぱいです」と話した。」(
追:2014/04/11「朝日新聞」より)

●メモ:カウント~560万

140403ikemenn <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月 2日 (水)

「お金の人間学」~元プロ野球投手・真木将樹さんの話

先日の朝日新聞にこんな記事があった。

「(リレーおぴにおん)お金の人間学:5 夢破れて知る稼ぐ厳しさ 真木将樹さん
 近鉄にドラフト1位で入団してまもないころでした。コーチと散歩していると、「100円のボールペンが売れたら、利益はいくらだろう」と、世間でお金を稼ぐ厳しさを教えてくれました。「野球でメシが食えることは本当に幸せなことなんだよ」。その時はこの言葉を理解していませんでした。
 契約金1億円。年俸1300万円。出来高払いで5千万円。左腕投手の21歳の私に球団が示した条件です。「5段階評価の5をもらった」という感覚でした。1年目は6勝。契約更改で年俸は2200万円にアップしました。将来への危機感はなく、「右肩上がりに行くだろう」と信じていました。
 3年目に入ると、大きな故障もないのに、周囲から「一体、どうした」と心配されるほど球速や球威が目に見えて落ちました。「まるで別人じゃないか!」と悩む毎日。様々なフォームを試したが、調子は上向かなかった。
 プロは根性や意欲だけで続けられる世界ではありません。結果が出なければクビです。家族を養わないといけないのに、戦力外通告される恐怖が襲ってきました。巨人にトレードされても結果は出ない。周囲の視線も気になり、大好きだった野球が苦痛になった。「辞めた方が逆に解放される」と考えるほど追いつめられました。
 引退後、商品企画会社を立ち上げました。最初の2年は利益が出ず、預貯金を取り崩す生活でした。数年前、プロ野球出身で私立高校野球部の監督をしている先輩から依頼を受け、ユニホーム用の洗剤の商品化を企画しました。商品が口コミで広がって、何とか家族と暮らしていける収入は得られるようになりました。
 ヤンキースに移籍した田中将大投手の7年総額約160億円の契約は、世間に夢を与えました。本当に素晴らしい。一方で、第二の人生で苦労している元プロ野球選手たちのことも忘れて欲しくない。チャンスをくれたプロ野球界には感謝していますが、夢に破れた選手が社会を生き抜くための支援にもっと力を注ぐべきだと思います。
 自分のやれることをやろう、と会社のホームページに元選手たちのインタビューを掲載しています。タイトルは「夢のつづき」。ほとんどが苦労してお金を稼ぎ、懸命に生きています。
 華やかな世界の舞台裏には厳しい現実があることを、未来の選手や子供を選手にしようと願う親に知って欲しいのです。プロ野球を志す若者たちに私のような苦労をして欲しくない。(聞き手・古屋聡一)
     *
 まきまさき 元プロ野球投手 76年生まれ。98年法政大から近鉄入団。01年に巨人に移籍し翌年退団。カナダ独立リーグを経て04年引退。06年「アルク有限会社」設立」(
2014/03/25付「朝日新聞」p15より)

長い人生とお金。この関係は、どう理解したら良いのだろう?
華々しいプロ野球の世界。21歳の若者に「契約金1億円。年俸1300万円。出来高払いで5千万円。」という人生のスタート。そのお金を当人がどうしたかは知らない。しかし、この記事を読む限り、「その後」を意識していたとも思えない。
先日、TVで「戦力外通告」におびえる野球選手の番組を見た。家族を抱え、結果を出せない選手の苦悩・・・。野球以外の世界を知らないので、クビになったときの恐怖感は大変なもの・・・
しかし、プロ選手の寿命は短い・・・
フト昔書いた記事を思い出した。もう7年も前の記事だ(ここ)。そこに新聞記事の引用でこうある。
「・・・ドラフト制度が始まった65年から03年までを調査した『日本プロ野球のドラフト制度に関する研究』によると、高卒、大卒、社会人出身のうち、1軍の試合経験なしに引退する選手の4分の3が高卒だ。投手の場合、1軍経験なしに引退するのは高卒は37.3%と、大卒の15.9%に比べて高い。執筆者の一人、日体大スポーツ局の黒田次郎は『近年、高卒の平均在籍年数は4年に満たない。大学卒業前の若さでお払い箱になる計算だ』と指摘する。・・・」

旬の時期が短いプロ選手とサラリーマンは違う。でも、サラリーマンでも、旬の時期はあるもの。思い出すと、自分も「今が人生でピークだろう」とカミさんに言ったことがある。現役時代の最後の頃だ。
しかし人生のピークのとき、自分たちの将来のために、入ってきたお金を貯めておいたか、というと、そんな事を考える余裕も無かった。子どもの教育費などにお金がどんどん出ていった。誰でも同じ経験をするが、でも何とか日々は回った。
今思うと、これほどラッキーなことはない。回ったということは、必要な出費に見合った収入があったということ。これは有り難かった。
上のような若いプロ選手については、経験豊かな親がコントロールするしかない。しかし中堅になって親から独立した人たちは、自己責任以外はない。
必要以上のお金は要らないが、それ以下の収入では、家庭が壊れる。
こんな記事を読みながら、自分の人生を「お金」という切り口で眺めてみて、まだまだ自分たちはラッキーな世代だったな、と振り返るこの頃である。

140402tegowai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2014年4月 1日 (火)

「売れたら勝ち」自覚せよ~佐村河内氏ゴーストライター問題

佐村河内守氏のゴーストライター問題も、最近は世間のトーンが下がったようだ。
今朝の朝日新聞に、こんな記事があった。
「「売れたら勝ち」自覚せよ 佐村河内氏ゴーストライター問題
       ノンフィクション作家 神山典士

 佐村河内守氏の問題について、2月初頭から何回か週刊誌で書いている。世間を騒がせた「ゴーストライター」について、実は私には書かずにはいられないことがある。
 今回、私の友人たちは一連の記事を読んで、「ゴーストライターがゴーストライティングの批判をしている」と思っていたはずだ。私はフリーランスの書き手になって四半世紀、50冊以上のゴーストライティングを手がけてきたからだ。もしその行為が罪ならば、裁かれるべきは佐村河内氏と新垣隆氏だけでなく、私を含めた少なくない出版界の書き手や編集者も同罪になるだろう。
 今日書店に行けば、「経営者」や「スポーツ選手」「芸能人」たちが著者となる書物は無数にある。読者にしても、彼らが1人で書いているとは思っていないはずだ。つまり出版界においてゴーストライティングは、今や一つのビジネスモデルなのだ。
 とあるベストセラーを持つ大学教授が、やはり高名な教授に対してこういったという。「君の本が売れないのは自分で書いているからだよ」と。この教授の作品は、講演などをもとに優秀な編集者が構成執筆し、大成功を収めたことは有名な話だ。
 私にしても、著者となる人への周到なインタビューを繰り返し、練りに練った構成で原稿が出来上がっていく過程はあながち嫌いではない。一つの価値、1人の新しい著者を世に生み出していく作業は、クリエイターの本質的な喜びに間違いない。だから私には、新垣氏の「佐村河内ブランドでも自分の曲が多くの人に聞いてもらえるのは嬉(うれ)しかった」という言葉と気持ちは、よく理解できるのだ。
 だが私は、この作業で一つの習慣を持っている。共同作業の終盤、書物が世に出る直前に、私は必ずその著者に対して一言添える。「仮にこの書物が売れたとしても、売れたのはテーマであって、あなた自身ではない。それを誤解して、天狗(てんぐ)にならないでくださいね」、と。
 書物が売れることで与えられる富や名声に、著者が無自覚に酔ってしまうと、時に最悪の事態を招く。残念ながら新垣氏は、そこまで佐村河内氏をコントロールできなかった。その出会いが若すぎたか、佐村河内氏が聞く耳をもたなかったか――。
 さらに重要なことだが、そもそも作家を名乗る人間は、他人の手による文章など、気持ち悪くて自分の名前で発表できるはずがない。私はどんなに信頼している編集者でも、文章の語尾に勝手に手を入れようものなら激怒する。その語尾は全体を支える支柱だ。一つでも狂えば、建物として成立しない。
 今回は「作曲家」を名乗る人の後ろに「幽霊の作曲家」がいた。それは断罪されるべきものだ。とはいえ私の中にも出版界放送界音楽界あらゆる組織の中にも佐村河内なるものは存在し、「売れたら勝ち」と囁(ささや)いている。私たちはそのことに無自覚であってはならない。そのことを改めて問いかける事件になったと私は思っている(ちなみにこの文章は、天地神明にちかって神山本人が書きました)。
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 こうやま・のりお ノンフィクション作家 1960年生まれ。週刊文春で佐村河内氏のゴーストライター問題をスクープ。著書に『めざせ! 給食甲子園』など。」(
2014/04/01付「朝日新聞」p17より)

佐村河内氏については、自分も6年間も前の2008年10月に当サイトに書いている(ここ)。
今回の事件を見て、この記事を削除しようかとも考えたが、カミさんがそのままにしておいたら?というので放ってある。
実は、6年間に先の記事を書いた後、彼がマスコミでもてはやされるのを自分は冷ややかに見ていた。NHKスペシャルの氏の番組も、我慢に我慢を重ねてやっと一通り見た。見ないのに批判など出来ない、と思ったから・・・。
このサイトにも採りあげたのに、なぜ氏を毛嫌いしてきたのか・・・。それはあまりに“臭さ”を感じたから・・・。前の記事にも書いたが「発作が起きると、浮遊感覚、全身の硬直、嘔吐が起き、光に対して敏感なので家から出られない。オムツをして糞と尿にまみれた生活をする深い闇を経験した。・・」という状態があまりに“臭”かった。テレビ番組でも、カーテンをした暗い部屋をいざっている異様な光景に目を背けた。何よりも、“聞こえない”のに普通の話し方をしている異様さ・・・。自分も突発性難聴を経験して、難聴には詳しいつもりだが、あの話し方を見て「絶対に聞こえている」と確信していた。
それに、「絶対音感が備わっていれば、ピアノで確かめなくても分かる。これは、子どもの頃に訓練することによって養われるもので、大人になってからでは養えない。」というのも。やはり信じられなかった。これでは、モーツァルトも“努力の人間”か?ということになってしまう。よって今回の事件も、自分にとっては、やっぱり・・・という感じ・・・。

でも、それと上の記事とは別問題。ゴーストライター自体は、上の記事の通り、当たり前のこと。しかし、今回の問題は、佐村河内氏があまりにテレビなどで、自分の“ゴーストの姿”を作り過ぎた。テレビ番組のように、光に敏感で、部屋中真っ暗にしていないと発作を起こすはずが、記者会見の場では、ケロッと明るい会見場で、普通に話をしている。そう、それが真の姿。音楽でだましたと言うより、広島の耳の聞こえない難病の作曲家というゴースト、それが世間の反発を招いた。

上の記事にもあるように、「仮にこの書物が売れたとしても、売れたのはテーマであって、あなた自身ではない。それを誤解して、天狗にならないでくださいね」という言葉が心に突き刺さる。
人間は、できるだけ自分をエライと思いたいもの。自分が世界で一番好きで大切だから・・・。
しかしそこに落とし穴がある。

「謙虚さ」という業(ごう)が、人間にとって如何に難しいことかを知らしめた事件ではあった。(ちなみにこの文章は、天地神明にちかって(青文字部分を除いて)“エムズの片割れ”本人が書きました。)

140401masscomm <付録>「ボケて(bokete)」より

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