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2014年3月 6日 (木)

「ふてくされるなよ50代」~童門冬二さんの話

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(異才面談)小説家・童門冬二さん ふてくされるなよ50代
 ――今の時代、役職を若い人に譲ったり、仕事を辞めたりしても、残りの人生は長いです。うまく生きた人はいますか。
 「昔もなかなか難しい。武田信玄は隠居した後も名声を独り占めしようとした。家臣たちの前で子どもの勝頼に恥をかかせ、バカにし、家臣たちは『不肖の2代目』だと勝頼を軽んじた。結局、勝頼はやけくそになり父親の偉勲をみんなひっくり返してしまう。信玄は名将ではあったが、2代目養成という点では愚将だと思います」
 「大河ドラマで話題の黒田官兵衛は、武田信玄を反面教師にしたのか悪名すべてを自分に塗りつけた。隠居後、自分の悪評を作り上げたのです。家臣たちは先代に愛想を尽かして、2代目をもり立てようとした。自分が悪役になり、2代目を守ったのです」
 ■上杉鷹山、老獪な男
 ――米沢藩を改革した上杉鷹山もさっさと隠居し、きれいな引退だったのではないですか。
 「30年ほど前に『小説 上杉鷹山』を書いた時は、私もそう思っていました。でも今は少し違う。養子だった鷹山は35歳で隠居し、上杉家直系の治広に米沢藩主を譲ったこともあり、美談として語られた」
 「しかし、隠居後も藩政に対して影響力を持ち続けた。改革が実際に進んだのは隠居の後で、藩主のころは必ずしもうまく行かなかった。城から居を移したが、何かと家臣らが頼ってくるのを見越し、隠居後も常にお城の方を見て、問題が起きれば指図もした。会長や相談役に退いても現役社長らに指示するようなもので、老獪(ろうかい)な男です。今では鷹山のやり方は正常ではないと思っている」
 ――自分がいなくなれば、この藩、つまりこの会社はダメになると思う人が多くないですか。
 「そんな考えは捨てるんですね。それじゃいつまでたっても死ねなくなる。自分はいつかはいらなくなる。そう思うと寂しいし、腹も立つ。でも山のてっぺんに登れば、下りるしか仕方がありません」
 ■隠居、第二の出発点
 ――第二の人生をうまく生きた人はいませんか。
 「伊能忠敬でしょう。計算法に強かった忠敬は伊能家の婿養子になり、伊能家の財政再建に尽力した。50歳で隠居し、その後は本当にやりたかった天文学を学び、社会に役立てようとした。名家伊能家の復興を見事に成し遂げ、それによって隠居後の自由を確保したのです。第二の人生の出発点が隠居だったのです」
 ――伊能忠敬のように現役時代にやるべきことをやりきり、後顧に憂いがないというのはすばらしいですが、どう準備すればいいのですか。最近、「50歳からの勉強法」という本も書かれましたが。
 「勤め人で50歳ぐらいになると、何人かの同僚はどんどん偉くなり、優秀な後輩には抜かれていく。やれ会社が悪いの、上役が悪いのと飲んでは愚痴を言う。そうではなくて『公』を考えなくてはならない」
 ■人生棚卸しの時機
 ――公とは?
 「会社勤めだって公はある。会社のため、というわけではないが、会社にとって良いこと、社会にとって良いことは何かを考えることです。これまで会社から受けた恩を感じて、めぼしい後輩養成に励もう、というのも良い。若い人を育てないと会社は生きていけないのですから。今は危機の連続で安閑としていられなかった戦国時代のような時代。50歳代でふてくされてはどうにもなりません」
 ――振り返って後輩に教えるようなことがあればいいですが。
 「俺のようになるな、でもいい。でも50歳になって、振り返れば、よほどいい加減に生き、ムダな時間を過ごしていない限り、なにがしかの学びの種はある。たとえ新幹線のような出世人生から各駅停車に乗ったとしても、自分自身を客観的に見たら『お主、やるな』と思えることがある。50歳代は人生を棚卸しして、自分を見つめる時機にすべきです」
     *
 どうもん・ふゆじ 1927年生まれ。44年特攻隊に志願するが、終戦。戦後、東京都庁に。企画調整局長などを経て、79年に52歳で退職し小説家に。「小説 上杉鷹山」など著書多数。
 「転々の人生」理想の心得 編集委員・安井孝之
 春は人事の季節。悲喜こもごもである。年金支給も遅くなり、残りの人生も長い。第二の人生をのんびり歩みたくても難しい。童門さんは「人生は起承転々」という。いつまでも学んで、転がってゆくしかないという心得である。
 社内でふてくされても仕方ない、と童門さん。東京・新橋辺りで愚痴を言い合い、飲むのも時には必要だろうが、「そればかりでは」と自戒する。かつてほど今の日本の会社は頼りがいがない。私も今年で57歳。伊能忠敬のように今をやりきり、「転々の人生」が理想とみた。」(
2014/02/12付「朝日新聞」p4より)

この記事は、リタイア前の50歳台へのエールらしい。一方、こっちは60台真っ盛り。
よく言われるが、現役引退後の時間は長い。そのいわゆるゴールデンエイジをどう過ごすかで、幾らでも“それまでの人生”の挽回は出来る。
問題はその時間をどう過ごすか・・・だ。

ふと、周囲を見渡すと、現役を終わって、心機一転中国に渡って、大学で日本語を教えている大先輩や、いまだ現役を続けている大先輩、読書三昧の大先輩などを除くと、“あの先輩は、今はこうしている・・・”ということがなかなか分からない。
つまりは、それぞれが“こまめに”自分たちの人生を生きているのだろう。それで良いのだと思う。
世に名を残す後半の人生など、一部のエラ~イ人を除くと、我々素人には難しい。確かに伊能忠敬は偉人。でもそんな人生を真似るなど、我々では到底無理・・・。つまりは、“充実した余生”を生きられる人など、あまりいないのかも・・・??(考えれば考えるほど、トーンが落ちていく・・・)
そんな言い訳を考えつつ、“残りの人生問題(=如何に生きるか・・・)”を先延ばしにしている自分ではある。

140306boke <付録>「ボケて(bokete)」より


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