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2014年3月16日 (日)

「妻よ、5年待ってくれ」

今朝の朝日新聞の「男のひといき」という投稿欄に、こんな記事があった。

「(男のひといき)妻よ、5年待ってくれ
 11年前に妻に先立たれた時、80歳まではがんばろうと決意して暮らしてきた。80歳になった現在は、いつ妻から呼ばれてもいいように暮らそうと考えていた。
 ところが、毎晩のようにお世話になっていた電気温水器が故障してしまった。
 出入りの電器屋から、「1988年8月の設置なので、寿命ですね。新しくしたら」とすすめられた。代金は34万6千円で、1年だけの寿命なら一晩千円のお風呂代か、とケチな計算をした。
 一人暮らしの私は寝る前の入浴が大好きだ。一日の区切りとして、大きな湯船に身を沈めていると、まさにこの世は天国だと思う。妻がいないのはさびしいが、しばし忘れて、民謡の一節でもうなりたくなる。
 「そうだ、5年間、この極楽の湯を楽しむと、お風呂代はわずか一晩200円ではないか」と考え直し、新しい温水器を購入した。ついでに冷蔵庫も調べたら、1991年2月に購入したものだったので、これも買いかえることにした。
 早速、妻には「迎えに来るのはもう5年間待ってね」とお願いした。さあ、これから5年間、新しい電気温水器でのんびり入浴を楽しむことにしよう。(仙台市 無職 80歳)」(
2014/03/16付「朝日新聞」p23より)

この人は立派だ。妻に先立たれて、11年も一人で生きている。そしてあと5年頑張るという。立派だ・・・。
だいたい男など意気地がないもの。男にとって、頼っている妻の存在は、あまりにも大きいが、普段はその存在も忘れるほど・・・。まあそれが“平和”なのだが・・・。
そして先立たれると、残された人は、相手がそのうちに迎えに来てくれる、という感覚になるらしい。先日亡くなったお袋は、自分であまり死を意識していなかったので、親父が迎えに来る、という話は聞いたことが無かった。しかし、お袋が亡くなったことを知らせた大阪の叔母は、「お父さん(夫)が亡くなってちょうど10年になる。そろそろ迎えに来てくれるかな、と思っている。だから死は全然怖くない」と言っていた。
近い人に先立たれた人ほど、自分が死んだときに、また会える、という感覚になるらしい。現実がどうあれ、自分もそれを信じたい。

でも、その時期については人智の及ばない世界。黙って受け入れるしかない。
でもこの記事にある発想はなかなか面白い。何でも良い。何か言い訳を作ってでも、生きよう、という心になれば、それは前向きで良いのでは??
こんな記事を読みながら、段々と他人事ではないな・・・と感じるこの頃である。

140316cooking <付録>「ボケて(bokete)」より


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