« 2014年1月 | トップページ | 2014年3月 »

2014年2月の24件の記事

2014年2月28日 (金)

日本の観光資源は「雪」~星野リゾート代表・星野佳路氏の話

今日は暖かく、東京の気温が19℃になったとか・・・。この2月14日に降った雪も、街ではもうほとんど見かけなくなったが、山奥のウチの近くではまだ雪の塊が残っている。それにこの140228p10206621所、屋根から徐々に落ちてくる雪のため、通行人がケガをしないか・・・と心配して、道路にカミさんが見付けてきた100円ショップのカラーコーンを置いて注意を促してしていたが、屋根の雪も今日の暖かさで、やっと消えたようだ・・・。けが人けが人が出ないでホッとした。(写真は雪から10日後の2014/02/24の風景)
それにしても雪の力はすごい。前の家の屋根では、徐々にずれ落ちてくる雪でテレビアンテナのポールを四方に支えているワイヤーが引っ張られ、とうとうアンテナが倒壊してしまった。それに、自分の家もそうだが、カーポートが、積雪には耐えても、屋根からの落雪に負けて孔が空いてしまった家も多い。何とも、雪は家を壊す威力があるのである。
そんな迷惑千万な雪だが、扱いによっては、格好の国の観光資源になるという。

日本には石油より価値ある「資源」がある(星野リゾート代表 星野佳路氏)
 2013年、日本を訪れる外国人客数が1000万人を突破しました。03年に政府が観光立国を掲げ、東南アジア諸国を対象に観光査証(ビザ)の発給緩和などを進めた結果でもあります。ただ手放しで喜べる状況ではありません。というのも、世界全体で海外旅行市場が伸びていて、伸び率で比較すると日本は世界平均を下回っているからです。つまり、世界の旅行市場での日本のシェアは落ちているのです。
 アジアには日本の上を行く観光立国が少なくありません。例えばお隣の韓国。日本に先んじて、2年前に訪問外国人客数が1000万人を突破しました。観光産業育成に向けた力の入れ方は日本をしのいでいます。中国に対してビザ緩和を進めたほか、一大観光地である済州島をビザなしで渡航できるようにしています。それから国内の観光産業の活性化策も面白い。代表的な事例が、平日に家族旅行を推奨する施策です。
 日本ではお父さんが有給休暇を取得しても、子どもが学校を休めないので親子そろって家族旅行というわけにはいきません。ところが韓国では家族旅行目的なら、子どもに学校を休ませても、欠席扱いにはならないのです。親子一緒に色々な観光地へ行くことは勉強になりますし、家族の絆を強める上でも効果があると考えているからです。この結果、旅行する時期が分散し、観光産業にとって生産性アップにもつながるわけです。
 一方、日本では相変わらず正月やお盆、大型連休に観光需要が集中します。客室料金が高いだけでなく、満室で予約がとりにくい。しかも各地の主要道路では大渋滞……。需要の平準化が進まないため、観光産業の生産性は上がらず、宿泊・レジャー施設を運営する企業の設備投資も活発にならない。このため世界的に観光産業の競争力が高まらず、他国に後れを取るわけです。
 日本は観光立国としては中国、韓国に後れをとっているように見えますが、実際にアジアの人々を対象にアンケートで「行ってみたい国」を尋ねてみると日本が一番なんです。
 その大きな理由のひとつが雪です。雪というのはアジアの観光戦略を考えるうえで、とても重要な資源です。確かに沖縄もすばらしいですが、海のリゾートはほかのアジアにも数多くあります。ですが雪のリゾートとなると、雪の質が良好なだけに日本の競争力が一気に高まるのです。
 シベリアからの冷たい大気が日本の山にあたって大量の雪が降ります。日本より寒い場所は多くありますが、日本のように質の良い雪が降る国はあまりありません。世界的に見ると、北米ではロッキー山脈、欧州ならアルプス、アジアなら日本列島です。観光が経済に大きい影響を与える今の時代、雪は石油より価値あると思います。石油はすごい資源で、「いいなあ底から湧いてきて」と思いますが、雪は空から降ってくる資源です。
 こうした観光資源を生かすには、国を挙げての観光産業の生産性向上が欠かせません。大型連休の大渋滞に巻き込まれても「連休だからしかたない」とあきらめていませんか? ところが、この問題を解決する手段はあるのです。
 私が以前から提唱しているのは、大型連休を地域別に分けて取得することです。実際、年間に海外から8000万人が訪れる観光大国、フランスは実施しています。様々な観光施設の需要が平準化し、生産性も上がり、設備投資も活発になります。そして新しい魅力的な施設が相次ぎ誕生し、人がさらに集まるという好循環が期待できます。
 観光立国を目指すからといって、むやみに観光施設を増やすのは得策ではありません。連休の取り方を変えるだけでも大きな変化を引き起こします。戦略的に観光産業を発展させることは、効果的に国富を増やすことにもつながるのです。

*星野佳路(ほしの・よしはる)1960年4月、長野県軽井沢町生まれ。30代で家業の温泉旅館を継承すると、経営難に陥ったリゾートホテルやスキー場の再生に手腕を発揮し「リゾート再生請負人」の異名を持つ。インドネシア・バリ島にも進出し、グローバル規模で32の高級旅館やリゾート施設を展開している。中学から大学までアイスホッケーに明け暮れた筋金入りの体育会系。趣味は自然の山を滑るバックカントリースキー。」(2014/02/28付「日経新聞」より)

今日のように、少し気温が暖かくなると、気分も明るくなり、どこか旅行に行きたくなる。
そんな家族の観光旅行を、国を挙げて推進している他国の例は興味深い。
まず韓国の「家族旅行目的なら、子どもに学校を休ませても、欠席扱いにはならない」という例。これは日本でも実施可能では?? でもこれも子どもが小学校までかな・・・
そして「大型連休を地域別に分けて取得する」という提案。これはニュースで何度か見たことがあるが、サマータイムの導入さえ出来ない日本の国民性では、このような“柔軟な発想”の実行は難しいかも知れない。

2012年10月に軽井沢に行った(ここ)。
実は行くまで知らなかったのだが、軽井沢のいたる所に、星野リゾートが関係していた。自分はそれまで「星野リゾート」という名前を知らなくて、このときに初めてカミさんから教わったのだが、軽井沢の施設の多彩から、かなり実力のある観光会社であることは分かった。その社長が言うので、上の提言はまあ当たっているのだろう・・・!?
我々シルバー族も、そろそろ冬眠のねぐらから出て、春の旅行の計画でも立てて貰おうか・・・(←自分が立てるのではない。カミさんに立てて貰うのだ・・・!?)

140228jyuutai <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2014年2月27日 (木)

「電車で座りますか?」

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(女と男のイーブン)電車で座りますか? ボクは立ってもいいでしょ? 仲間への思いやりなのに…
50代既婚頑固系
「ほら、あそこの席が空いたわよ」「早く! なにしているの」。カミさんと一緒に電車に乗る時、近ごろ、こう言ってせかされることが増えてきた。ホームに電車が入ってくると、それまで僕と世間話をしていたカミさんの目つきが変わり、臨戦モードになる。席の確保に神経を集中してドアが開いたと同時に飛び込み、僕にも後に続くように求めてくるのだ。
 僕はといえば、空いている狭い空間にお尻を割り込ませていくのは苦手で、立ったままのほうが気楽だ。けれども、カミさんは許してくれない。近くの席が空いているのに座らないと、ほおをふくらませるから、やむなく僕も席とりゲームに加わるこのごろだ。
 若い時には、電車がホームに入ってきても僕とのおしゃべりに夢中で、ゆっくり乗り込み、並んでつり革につかまっていたものだが、いつから、こうなってきたのだろう。年を取るにつれて疲れやすくなり、席が気になり始めたのかもしれない。それでも、そこまで座りたいものだろうか。カミさんがだんだん、周りから白い目で見られてもお構いなく、席取りゲームの常連になっていきそうで、気が気でない。
アラ還既婚
 年齢を重ねてみなければわからないことはある。いつのころからだろう。電車に乗り込むやいなや空席を目で探すようになったのは。立っていると腰が痛いなんて若いころには考えもしなかった。空席があっても立っていた。今は、前に座っている人が途中で降りたりすると「ラッキー」なんて心の中で叫んでいる。
 だから一緒にいる家族や仲間が立っていると気になる。先年、大学時代の友人7人で旅行をした時は、皆で「こっちこっち、そこ空いてるよ」などと騒いで周囲のひんしゅくを買ったが、これは仲間をおもいやる“おばさん心”にほかならない。もちろん、もっと座席が必要なお年寄りや子ども連れがいたら、潔く席をゆずる。おばさんは弱い人にやさしいのです。
 なのに、最近は若者がもたつくシニアを押しのけて空席にダッシュ。さっさと腰掛けてスマホなんかいじっている。許せない。やさしさからつい他人の分の席まで確保してしまうおばさんの方がましでしょ!? 若いころ、私が「ここ空いているよ」などと言っても座らなかった夫も、最近は素直に従っている。彼も年をとったということか。」(
2014/02/17付「日経新聞」夕刊p7より)

ウ~ン、この光景が目に浮かぶ・・・。おばさんのダッシュや、若者が座ってスマホをやっている風景など、いつも目にしている。

でもちょっと違うかな・・・。我が家とは・・・
電車の席取りゲームについては前に書いた。(ここ)や(ここ
つまり、自分は電車の席取りゲームではベテラン。電車がホームに入ってくると、どこが空いているか目でチェック。そしてドアが開くとダッシュ! 昔1時間、今は30分の通勤電車は、立つのと座るのとではまるで違う。
しかしカミさんと一緒に電車に乗ると、彼女は絶対にダッシュしない“偽善者”。1年以上もヒザが痛くて病院通いしているのだから、立って行くのはツライはず。でも“他面(そとづら)重視”。席が空いているので座れ!と言っても、座らない。この偽善者ぶりは許せない。

でも上の記事にもあるが、さすがに、よく見かけるおばさんの陣取り合戦には辟易。先頭のおばさんが、乗り込むやいなや、あなたはそこ、あなたはあっち、と一緒のおばさん達の席を指示する。その指示された席には、幾ら自分が先でも、とても座れない雰囲気・・・。
上の記事に「これは仲間をおもいやる“おばさん心”にほかならない。」とある。なるほど、そうだったのか・・・と、妙に納得したりして・・・

「もうトシなのだから、品性を持って生きようぜ!」なんて言っているが、どうも電車に乗ると、その“気高い”決心に、少しだけ蓋をするこの頃の自分なのであ~る。

140227suimasen <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (1)

2014年2月26日 (水)

「米国から見る安倍政権1年 米国在住の作家・冷泉彰彦さん」

“我々の国・日本”の「今」を勉強するのに、自分にとってタメになった記事を見付けた。長文だが、とっておきたい記事である。

先日の朝日新聞に、米国在住の日本人の安倍政権への見方が載っていた。
「(インタビュー)米国から見る安倍政権1年 米国在住の作家・冷泉彰彦さん
 政権が発足して1年が過ぎ、靖国神社参拝や中韓両国に関する言動から、安倍晋三首相の目指すものへの懐疑と警戒が欧米でも強まっている。政権再交代から間もない昨年1月、この欄でインタビューした在米作家の冷泉彰彦さんに再び聞いた。首相の振る舞い、そして首相を支える日本の民意は、「米国の目」にどう映っているのか。

 ――昨年1月のインタビューで、安倍政権に対して米政権は「わかりにくさ」を感じていると指摘されていました。米国は現在の安倍政権をどう見ているのでしょうか。
 「靖国参拝と国家主義的な言動に対する危機感が、日本では薄すぎます。ダボス会議の発言を報じた欧米メディアを見ると、安倍首相への印象がかなり悪化していることが分か140226reizei る。ロイター通信の社長が自ら書いた記事では、中国政府高官の『安倍首相はトラブルメーカー』という発言が紹介されています。引用とはいえ、安倍首相こそが『面倒を起こす人』という含意が感じられます」
 「CNNの単独インタビューでも安倍首相は『習近平政権だけではなく、過去20年、中国はずっと拡張主義だった』と答えた。これでは、中国と関係修復するつもりがあるのかと受け止められる。こんな報道が象徴しているように、安倍政権は一つのイメージにはまり込みつつある。それがどれほど日本の国益を損なうか、分かっているのでしょうか」
 ――国益を損なうほどですか。
 「安倍首相は『(日本の)民主党政権が日米関係を悪くした』と言っていますが、逆です。米国にとって安倍首相への懸念は大きく言って3点あります。まず、日韓関係がこれほど険悪だと、米国の行動を制約する。北朝鮮情勢に対する情報交換や態勢作りで日韓が一枚岩になれないのは、米国にとって大きなリスクです。もし北朝鮮が明日にでも政権崩壊したら、どうするのかと」
 「二つ目は、経済への波及です。先日、ニューヨーク・タイムズ紙の経済欄に『アジア経済の最大のリスクは日中関係だ』という記事が載りました。中国がくしゃみをすれば世界が肺炎になりかねない今、もし日中関係の悪化が何らかの形で中国経済の足を引っ張り、アジア発の世界的株安が起きたら、その原因は安倍首相だと言われかねない。国家主義イデオロギーを求心力に使いつつ、リベラル的な経済政策をするアベノミクスは、分かりにくいながらも評価されていました。しかし、中国との関係悪化が株安の引き金を引いたら、世界は許さないでしょう」
 「三つ目は米中関係に対する悪影響です。この2大国の関係は一筋縄ではいかない繊細な代物です。米国は中国の様々なことが気に入らないし、価値観もまるで違うが、我慢している。貿易相手及び国債引き受け手として共存共栄を目指すしかないからです。なのに、安倍首相の無分別な言動が微妙な均衡を狂わせ、米国の国益を左右している。日本人が想像する以上に米国にとって中国は難しい存在です。その遠くて近い距離感を何とかしのいで中国と付き合っているのに、安倍政権は無頓着過ぎる。これでは逆に中国の改革を遅らせてしまう、とオバマ大統領は思っているでしょう」
     ■     ■
 ――中国の改革を遅らせる?
 「そうです。米国は中国に硬軟合わせたメッセージを送り、国際的ルールにのっとるよう促しています。軍事的膨張を牽制(けんせい)し、より開かれた社会と政治体制に軟着陸させようというのが米国の国家意思です。しかし、パートナーである日本が、中国を刺激し、こともあろうに連合国、第2次大戦戦勝国側のレガシー(遺産)を利用させるような事態となっています」
 ――「遺産」とは何ですか。
 「対日戦では多くの米国民の血が流れましたが、その結果、日本は民主化し、日米が共存共栄する平和な太平洋が実現した。ジョン・ダワー氏の言うように、日本は『敗北を抱きしめて』まともな国になったはずでした。ところが戦後70年近く経つ今、中国に『日本は戦後の国際秩序に反している』などと言わせる隙を作っている。米国が主導して作り上げた戦後の国際秩序だというのに、後から入ってきた中国の共産党政権が主役面して正義を名乗るなど、米国政府は許し難いはずです」
 「ただ、米政府は、安倍首相自身が戦後の国際秩序に真剣に反抗しようとしているとは思っていないでしょう。A級戦犯が合祀(ごうし)されている神社に参拝するのは、そこまで考えた上でのことではなく、単に無思慮な行為だと理解していると思います」
 ――靖国参拝に「失望した」という米政府のコメントで、米大使館のフェイスブックが炎上しました。
 「安倍首相は反米に傾く人たちに支持されていると見られかねないでしょうね。実際、ネット右翼的な人たちの間では中韓だけでなく、米国も気に入らないという雰囲気が生まれている。堂々と孤立の道を歩め、というような。安倍首相はそんな支持層に引きずられるところがあり、日米関係の資産を過去半世紀なかったような形で傷つけています」
     ■     ■
 ――なぜ、こんな雰囲気が出てきたのだと思いますか。
 「市場がグローバル化し、国際化していることの副作用という面は否めないと思います。言語、文化、価値観などで国際化に伴う軋轢(あつれき)が日本社会に押し寄せており、適応する努力が求められている。その反発として、国内にとどまる方が安心だという感情が生まれ、同時に、第2次大戦で悪者となった過去をひっくり返して、国際化への不適応を帳消しにしようとする精神的な作用が出てきたのでしょう。安倍首相自身はそんな自己省察はしていないでしょうが、似たような心性を持った人から支持され、吸い寄せられてしまう」
 「さらに戦後日本の文化的、思想的エスタブリッシュメントだったリベラル系の人々への反発という感情もあるでしょう。知性とされてきた側を引きずり落としたい衝動、反知性主義とも言える。この日本的な左右対立は、米国の『大きな政府と小さな政府』や『宗教右派とリベラル』の対立よりも、なぜか先鋭的になっている。社会的な意味合いは小さいにもかかわらず、個人的な、心理的な経験として対立が激化しているのがやっかいなところです」
 「人口減や一部の産業の国際競争力の低下からくる閉塞(へいそく)感に対し、イデオロギーのゲームでうっぷんを解消しているとも言えます。例えば、過剰な反原発感情もそうでしょう。大切な問題ではありますが、必要以上に大きく語られ、人口減少や産業競争力低下といった日本の根源的問題が避けられている。リベラル側から社会全体の行き詰まりを解消する処方箋(せん)を出せていないのも確かです。議論が粗雑になった責任の一端は、(日本の)民主党にあります」
 ――右が靖国、左が反原発に向かうならば、真ん中は?
 「中間的な層が実は多数派ですが、この真ん中はいわゆるノンポリなんです。価値判断など面倒なことにかかわりたくないという巨大な空白があるんですね。是々非々で判断する中間層というのが日本にはない。ふわっとしたノンポリという立場があり、それが巨大なのです」
 「日本の教育には決定的に欠けていることがあります。社会、政治問題について『自分の意見を持つことの重要さ』を教えないということです。自分の中に核になる考え、抽象的な原理原則を持ち、それに基づいて政策への賛否を決めるという当たり前のことを、公教育で一切教えていない。大きな問題です」
     ■     ■
 ――政治への根本的な無関心が、今の状況を生んでいるのですか。
 「具体的な政策が、自分の境遇にダイレクトに跳ね返ってくる感覚が薄いのも確かです。税負担感と、大きな政府、小さな政府といった政策の選択肢が関連づけられていない。財政難でも歳出を絞らない国の赤字体質と、有権者のお上任せ体質の双方が関係するのでしょう。先への不安感だけはみんな持っているが、それぞれの政治への関心は分断されている。ばらばらになった個人は精神的に不安定になり、国家に依拠し、政治参加に刹那(せつな)的な楽しみを見いだすだけになってしまう」
 ――このままでは日本はどうなるのでしょうか。
 「そう簡単に、日米同盟は崩壊しないでしょう。安倍首相の一連の言動によって日米関係が決定的に悪くなることはない。ですが、衰退と孤立化を早めることにはつながります。日本は突然破綻(はたん)するのではなく、時間をかけて衰退するだろう、と知人の金融関係者が言っていました。崩壊前に逃げられると思っているから、まだ日本に投資する人がいる、というのです」
     *
 れいぜいあきひこ 米国在住の作家・ジャーナリスト 59年生まれ。米コロンビア大学院修了。渡米して約20年、ニュージャージー州プリンストンから日本と米国の今を観察している。
 <取材を終えて>
 日本を離れているから見えるものがある。祖国への愛着と同時に、外部から観察する冷徹な目を併せ持つことで、国内では見えにくい、見たくないものが浮かぶ。それを冷泉さんは巧みに言葉に乗せる。安倍政権に対する海外の視線は冷え込み始めている。冷泉さんが語る仮借ない現状認識に、反論できないのが切ない。(ニューヨーク支局長・真鍋弘樹)」(
2014/02/21付「朝日新聞」p17より)

昔、現役の時に、(英語が話せないために)海外出張から逃げていたが、とうとう逃げられなくなって、米東海岸に出張したことがあるが、そのときに、外から見た日本を強く意識した。
上の記事も同じだ。海外に身を置いてみると、なぜか日本が客観的に見ることが出来るのだ。
そんな気持ちで上の記事を読んだ。そして、前にも書いたように(ここ)、
 「日本の教育には決定的に欠けていることがあります。社会、政治問題について『自分の意見を持つことの重要さ』を教えないということです。自分の中に核になる考え、抽象的な原理原則を持ち、それに基づいて政策への賛否を決めるという当たり前のことを、公教育で一切教えていない。大きな問題です」
という指摘が自分にとっては目から鱗・・・
そして、「靖国参拝と国家主義的な言動に対する危機感が、日本では薄すぎます。」という指摘は国内でも多くの人が感じていること・・・

国内外のマスコミは大きく反応しているが、肝心の国民世論の反応はいまひとつ・・・。
もう日本はダメかも知れない・・・

140226natufuku <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2014年2月25日 (火)

「医者の父がめざした“明るい最期”」~作家・医師 久坂部羊氏の話

NHKラジオ深夜便「明日へのことば」で、「医者の父がめざした”明るい最期”作家・医師 久坂部 羊」(2014年2月15日放送)を聞いた。
最近自分がよく話題にする「いかに死ぬか」について、考えさせられる話を聞かせて貰った。

★NHKラジオ深夜便「医者の父がめざした”明るい最期”作家・医師 久坂部 羊」(2014年2月15日放送)
*この番組の音声(41分)をお聞きになる方は(ここ)をクリックしてしばらく待つ・・・。

この講演の要旨を書いたページはないかと探したら(ここ)に少し載っていた。
「講演:父が争いを好まない性格で、競争を避けるために、戦わずに勝ちを譲る、欲望・執着心を抑えることを道教や歴史で独学した。その父から、医者になった後も「治療のやり過ぎは命を落とす、しかし過小にすると癌が再発する」難しさ等々を多く学んだ。父が病気に罹ったとき、食事療法や薬物治療しても治療効果がでない。それは食べたいものを食べないで我慢するストレスの為と考えて、医者でありながら治療や検査を一切止めた。この姿勢を生涯貫いた。死の床についた際も延命治療を拒み、点滴や栄養補給も受けず、苦しみや痛みがないので自然にゆだね、温かく見守った。本人や家族全員が死を受容しているので流れる時間が穏やかである。最期は意識がなくなり安らかに亡くなった。死ぬことは苦しくない。治療は反って苦しみが増し、医療は死に対して無力である。無欲になり執着心を捨てることで上手に死に、死の恐怖心を弱めることを父から教わった。」(ここより)

それに(ここ)に、講演の後半の部分が文字になっている。

話を戻すと、久坂部医師の父親は麻酔科の勤務医で、87歳で亡くなったという。その生き様がスゴイ。上にもあるように「先手必“敗”」を実践し、自分の30代で発病した糖尿病についても、食べられないストレスが悪いので何でも食べる。そして検査もストレスに悪いので受けない。そんな、医師でありながらも現代医療から離れたスタンスで87歳まで自由に生きた、という。
それにしても、前立腺ガンが見つかった時「しめた!これで長生きせんで済むわ!」という姿勢もなかなか・・・。
「父は早死には困るが、長生きし過ぎることにも、恐怖心を持っていた。実際、長生きしてよかったという人はいるにはいるが、95~100歳になってよかったという人は少ない。
いろんな機能が弱ってきて楽しみも減る、耳が聞こえなくなる、眼が見えなくなる、味覚がなくなる、下の世話もしてもらうようになる、あちこち痛い、どこへも行かれなくなる。
頭だけしっかりしていたら可哀想。
父はよくわかっているので、80を過ぎた頃から、長生きして100歳まで生きていたらどうしよう・・・と言っていた。だから医師に「有難うございました。私も85歳で充分長生きしたから結構です」と言って帰ろうとする・・・
」(ここより)

この姿勢をどう捉える??
そして、
「結局治療を受けない様にした。
2カ月後に、尻持ちをついて、圧迫骨折で、食欲が旺盛だった父は食欲を無くしてしまった。
食べなくなったので、普通は点滴などをするが、父は食欲がないという事は必要としていないという事で、家族は食べ物をあげて飲みこんだら安心するわけですが、栄養は口から入って、消化されて、吸収されて臓器に行きわたるから意味がある。
それだけの余力がないから食べたくない、飲みたくないという事になる。
水分でも出すためには心臓、腎臓が働いて出さなければならないが、その能力が無くなってきているから、飲みたくないと言っている。
無理やり補給しても臓器そのものが使うだけの余力がない時には余計負担になる。
父も私も判っているので、そのようにした。・・・」(
ここより)
このスタンスは、当サイトでも取り上げた近藤誠医師や中村仁一医師の姿勢に似ている。

親も子も医師であったから、全てが分かっているので実現出来た、とも言える。素人は分からないので、不安になり医師の言う通りにすることが多い。つまりは素人も自分の病気についてよく勉強し、良く分かってから判断しなければ良い死は迎えられない。

今はNetの時代で、情報は幾らでも入る。
死が怖いのは、死が分からないから・・・。同じく、自分の病気が怖いのも、それを知らないから・・・

自分もそのとき、「これで長生きしないで済んだ」と言える死を迎えられるだろうか?
この放送で、なかなかマネの出来ない生き方を教えて頂いた。

140225deguchi <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (1)

2014年2月24日 (月)

2014年の「サラリーマン川柳」入選作

今年も、第一生命の「第27回サラリ-マン川柳」の入選作100句が発表になった(ここ)。例によって、自分にフィットした句を並べてみる。投票はしないけど・・・。(番号は第一生命のリストの順番)

18)慰労会 会社で飲むと 疲労会(ハピネス)
先日も夢を見た。会社の慰安旅行のアレンジ役をやっている夢・・・。上司の都合を聞きながら・・・。自分も、いわゆるラインを引退して12年。60歳を超えて会社の“付録”になって、もう6年になる。それでも相変わらず現役時代の夢を見る。つまりそれだけ、現役時代は自分を押し殺して仕事をしていた証(あかし)? それを未だに引きずっているサラリーマンの哀しさよ・・・。そうなのだ! 慰労会は疲労を生む会なのである。

24)体重計 買った妻だけ 計らない(プニ男)
ウチのカミさんは、体重については自信があるらしく、あまり測らないし、話題にもならない。しかし自分の体重については、ここ数年来気になっている。1年前の冬を迎えたとき(2012年10月)、冬用の背広を出してビックリ。何とウェストが入らないのだ。これにはショック。結局、新しいスーツに買い換えた。当時書いてボツにしたblogネタには「3年半前を基準にすると、2年半前、1年半前が+2センチ。そして半年前が+5.5センチ。そして今は、食後だと+10センチ。これは病気か?? この半年で異常な太りよう・・・。体重も6キロも増加・・・」とあった。自分もY体から、いつの間にかAB体に変わってしまったようなのである。

26)何故だろう 同じ食事で 妻元気(湘南おじん)
女性はトシと共に元気になる。これは人類普遍の原理。理由は不明・・・。
結局、交友関係の影響が大きいか? 我々現役リタイア族の視点で見ると、昼間とは言え、おばさん方の女子会の5時間半や6時間はザラ・・・というのにはビックリ。もちろん昼間の男子会など見たことがないし、夜の居酒屋は盛んだとしても、せいぜい3時間位。しかもそれは現役世代の話で、我々リタイア世代になると、居酒屋そのものとの縁も薄くなる。それにしても、羨ましいな~。元気な女子会・・・。いったい何をしゃべっているのだろう・・・

29)再雇用 鍛えた部下に 鍛えられ(筋トレマン)
昔は役職定年(56歳)を迎える前になると、関係会社に移ったもの。しかし今は、そんな話は遠い夢。つまりは、引き取ってくれる相手がいないため、同じ職場の元部下に鍛えられる!? しかしこれは可愛そう・・・。これほどのストレスはない。思い返すに、自分はそんな環境から脱出できたのでラッキーだった。再雇用も、今や大変なことなのである。

34)アイフォンを ラブコールかと 聞くおやじ(米寿の父)
この句は、一度読んだだけでではピンと来なかった。そうか「愛フォン」とかけていたのか・・・。今や、猫も杓子もスマホの時代。自分はXPのパソコンがあれば十分・・・。情報機器については若者と違って“足る”を知っているのであ~る。←負け惜しみだけれど・・・

49)胸に子を 手にゴミ袋 いざ、出勤!(ハッピーマンデー)
この句は、テンポが良いので気に入った。読んでいて元気が出て、今や共稼ぎでないと暮らせない・・・という世相を表している。でも元気が一番。そのうちに幸せは近付いてくるよ・・・

50)妊婦かな 席を譲って 叱られた(学生太郎)
自分も昨年のヨメさんの妊娠・出産で、マタニティマークなるものの存在を知った。よく見る140204maternitymark と、結構バッグにこのマークを付けている女性を見かける。昨年までは知らなかった。Netで覗くと、この制度は2006年に出来たというので、結構新しい。自分同様、知らない人もまだ多いのでは? 一度、妊婦さんに席を譲ってみたいものである。

52)オレの部下 半沢みたいな 奴ばかり(七福神)
自分の場合、もう会社では付録なのでこんな事は無いが、この句の状況は世の中たくさんあるのでは? ストレスで胃をやられるね・・・。たぶん。でもこんな状態も永久ではないので、時間が過ぎるのを待つしかないね。お疲れさま~~(←およそ他人事・・・)

56)失敗に 「いいよ いいよ」の 目が怖い(昔は乙女)
女性は怖いよ。特に自分に対して権力を持っている女性は・・・。カミさんを筆頭に、会社のお局さまも同類・・・。近寄らないのが一番だが、そうも行かないし・・・ね。結局、ご機嫌を取るしかないよ・・・!?

71)きれいだと ほめてもらった 胃の写真(微女)
“微女”にとっては、健康が第一。自分も今年、同じように医者から胃を褒めて貰ったけど、そっちの方がよっぽど嬉しい・・・

96)老後にと 貯金使わぬ 父70(はてはて)
お金は遣おうぜ! 墓にはお金を持っていけないのだから、少なくとも、自分たちで稼いだ金は自分たちのもの。子どもに残す筋合いはない。それを使い果たして死んで、何が悪い! でも計画が狂うと、金無し老人になりかねないので、計画が肝心・・・。(まあ孫は別だけど・・・)

5月の投票発表の時、自分で選らんだ上の句が、いくつ入っているか? まあ気にしないけど・・・

140224kanji <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (1)

2014年2月22日 (土)

今だからこそ読んで欲しい寓話~フランク・パブロフの「茶色の朝」

今朝、カミさんと出かけたが、ついでに寄った昼食のスパゲッティー屋でカミさんが言う。「blogでぜひ採りあげて欲しい本がある。直ぐに読めるから読んで・・・」と。
聞くと、このフランスで100万部以上の大ベストセラーだったというフランク・パブロフの「茶色の朝」という本は、カミさんがたまたまある雑誌を探しているときに、ある書店のHPの「スタッフおすすめ」(ここ)にあった本で、それを図書館から借りてきて読んだという。

それでスパゲッティー屋の待合室のベンチで、仕方なく読み始めた。
なるほど・・・。そして、今の日本人だからこそ読みたい本だな・・・と思った。
出版社のHPからこの本を紹介すると・・・

フランク・パブロフの「茶色の朝」
仏ベストセラー・反ファシズムの寓話。世界10ヶ国以上で出版。「ごく普通の」国家が、日々の生活に知らぬ間に忍び込み、人びとの行動や考え方をだんだんと支配するようになるさまを描いたショート・ストーリー。
物語のあらすじ
世界中のどこにでもあるような、とある国の物語。友人と二人でコーヒーを飲みながらおしゃべりをするのを日課にしている男がいた。ある日、主人公は、その友人が飼い犬を始末したということを聞かされる。その理由は、ただ毛色が茶色じゃなかったからだった。その国の政府は、茶色の犬や猫のほうがより健康で都市生活にもなじむという理由で、茶色以外のペットは飼わないことを奨励する声明を発表したばかり。主人公は、自分が飼っていた白黒の猫をすでに処分した後であったが、友人がその犬を始末したことに少しショックを受けた。
時は流れ、二人は日課をいつも通りつづけていたが、小さな変化が起こっていた。人々は話し方を微妙に変え、茶色以外のペットを排除する政策に批判的だった新聞は廃刊になった。それでもたいして変わらない日々の生活がつづいた。友人はあたらしく茶色の犬を、主人公も茶色の猫を飼いはじめた。でもその時には、さらに新しい状況が生まれていた。友人をはじめ、多くの人々の逮捕がはじまった。そして夜明け前-ある「茶色の朝」-主人公の家のドアをノックする音がする・・・。 」(
ここより)(全文は下記、PDFはここ

この寓話は、作者が著作権を放棄しているので、原文はwebに載っている(ここ)。
今回読んだ本は、その翻訳と、絵、そして高橋哲哉氏のメッセージで構成されている(ここ)。

今日の記事について、コメントすることは何も無い。この寓話を読んだ人が、現在の日本の政治の動きを念頭に、どう感じるか・・・だ。
下記に全文を置くので、ただただ今の日本の政治を憂い、フランスで1冊1ユーロ(約140円)で100万部以上が売れたというこの寓話を、ぜひ一人でも多くの人に読んで欲しいと願うばかりである。

大月書店の「茶色の朝」の高橋哲哉氏のメッセー140222chairo ジは、本文の何倍もの量があるが、実に真実を突いて分かり易い。この本は10年前の2003年12月の出版だというが、まさに現在の日本の政治と国民の姿を見透かしていたようで、「私たち=ふつうの人びと」の“怠慢、臆病、自己保身、他者への無関心”の心をえぐる。そして、こんなメッセージを突き付ける。

「やり過ごさないこと、考えつづけること」

その高橋哲哉氏のメッセージから、この本が出版された背景について、一部を紹介すると・・・、

「・・・フランスの読者にとって、茶色brunはナチスを連想させる色です。ヒトラーに率いられたナチス党(国民社会主義ドイツ労働者党)は、初期に茶色(褐色)のシャツを制服として着用していたので、茶シャツ隊les chemises brunesはナチスの別名になったのです。
 「茶色」は、ナチスを連想させるだけではありません。そのイメージがもとになり、今日ではもっと広く、ナチズム、ファシズム、全体主義などと親和性をもつ「極右」の大びとを連想させる色になっています。
 1990年代に入り、東西冷戦が終結すると、西ヨーロッパでもそれまでのイデオロギー対立が後退し、民族・国民的アイデンティティによりどころを求める動きが強まって、各国・各地域に極右運動が台頭しました。・・・
 西ヨーロッパ全体にこうした極右運動が広がっていくのを見て、あるフランス人はこれを「茶シャツのヨーロッパ」と名づけました。まるで西ヨーロッパ全体が「茶色」に染まっていくかのように見えたのでしょう。

 フランスとブルガリアの二重国籍をもつフランク・パヴロフが『茶色の朝』を書いたのも、フランス社会がやがて「茶色」に染まってしまうのではないかという不安と、なんとかそれに人びとの注意を促したいという危機感のなかでのことでした。
 シャン=マリー・ルペンという一種カリスマ的な人物に率いられた極右政党・国民戦線は、1980年代末ごろから大統領選挙(第1次投票)で15パーセント前後の得票率を示し、地方都市では市長の座を占めるようになっていました。そして、1998年の統一地方選挙で国民戦線が躍進し、保守派のなかにこの極右と協力関係を結ぼうとする動きが出てきたときに、パヴロフは強い抗議の意思表示として、この作品を出版したのです。しかも、多くの人びと、とくに若い世代に読んでほしいと考え、印税を放棄し、わずか1ユーロの定価で出版することにしたのです。
 その後、驚くべきことが起こります。 2002年春の大統領選挙で、ルペン候補が社会党のジョスパン候補をおさえて第2位となり、決選投票でシラク大統領と一騎打ちを闘うことになったのです。人種差別と排外主義で知られる極右候補が決選投票に残るという前代未聞140222matinbrun1 の椿事(ちんじ)に、フランス社会は大きく動揺しました。まさにそのときです、人びとがこのわずか11ページの小さな物語を発見したのは。自分たちが置かれた状況の意味を理解し、何をなすべきかを考えようと、多くの人が『茶色の朝』を読みました。「極右にノンを」の運勣がもりあがり、結果はルペン候補の敗北。パヴロフはその間、なんとベストセラー作家の仲間入りをすることになったのです。
・・・
『茶色の朝」は、私たちのだれもがもっている怠慢、臆病、自己保身、他者への無関心といった日常的な態度の積み重ねが、ファシズムや全体主義を成立させる重要な要因であることを、じつにみごとに描きだしてくれています。・・・」(
大月書店「茶色の朝」p35より)

本とは翻訳のニュアンスがだいぶ違うが、全文を本で読めないときは、下記を読んで欲しい。
========<全文>=========

茶色の朝」フランク・パブロフ作(翻訳:左大臣)

太陽に向けて足を伸ばしながら、シャルリーと私は何を話す風でもなく、お互いが傍らで何を語っているのかにはさして注意も払わずに、頭の中にただ浮かんだ考えをやりとりしていた。コーヒーをすすりながら、時間がただ過ぎるに任せているのは心地よいひとときだった。シャルリーが彼の犬に(安楽死のための)注射をしなければならなかったという話を聞いた時には驚いたものだが、ただそれだけだった。耄碌した犬ころを見るのはいつも悲しいものだが、15歳を過ぎたとなってはいつの日か彼は死ぬという考えは持っておかなければいけない。

― 分かるだろう、あの犬が茶色だって押し通すには無理があったんだ。
― まあそうだが、ラブラドル犬が茶色であるべきだなんてあんまりな話だ。ということは、何か病気でも持っていたのかい?
― そういう問題じゃない。あいつは茶色の犬ではなかった。それだけさ。
― 何てこった、猫が処分された時と同じだっていうのかい?
― ああ、同じだ。

猫の時は、私は当事者だった。先月、私は自分の猫を一匹手放さなければならなかった。やつは白地に黒のぶちという悪い巡り合わせの(ふつうの)家猫だった。猫の過剰繁殖が耐え難いというのは確かだったし、国家の科学者たちが言うところによれば、茶色の種を保存するのが次善の策だということもまた確かだったのだ。茶色だけだ。あらゆる選別テストが示すところによれば、茶色の猫がもっとも都市生活に適合し、子供を産む数も少ないし、そして餌も大変少なくて済むというということだった。個人的には猫は猫だとは思うが、問題は何らかの方法で解決すべきなのだから、茶色ではない猫の排除を定める法令に従う他はない。街の自警団が砒素入りの団子を無料で配布していた。砒素入り毒団子は餌に混ぜられ、(去勢前の)雄猫たちは瞬く間に片付けられてしまった。その時は私の胸が痛んだが、人というのはあっさりと早く忘れてしまうものだ。

犬の時はさすがに驚いた。何故かはよく分からないが、たぶんそれは猫よりもずっと大きいからか、あるいはよく言われるように、人間にとっての輩(ともがら)であったからだろう。いずれにしてもシャルリーは、私が猫を処分した時と同じくらい自然な体でそれを話していた。そして彼は正しかったのだろう。感傷的になり過ぎたところで何か大したことが起きるわけではないし、犬についても、茶色いのが一番丈夫だというのも多分正しいのだろう。

お互い話すこともそれほどなくなったので、私たちは別れることにしたが、何か妙な印象があった。あたかもそれは何か言い残したことがあるかのようだった。あまりいい気持ちがしなかった。

それからしばらく経って、今度は『街の日報』がもう発行されないということを私がシャルリーに教える番だった。彼はびっくり仰天した。『街の日報』はクリーム入りコーヒーを飲みながら、彼が毎朝開いている新聞だったのだ。

― 彼らが潰れたって? ストライキか、倒産か?
― いや、いや、犬の一件の続きのためだ。
― 茶色の?
― ああ、ずっとそうだったのさ。一日とおかずにあの新聞は国のこの政策を攻撃していたからね。挙げ句の果てには彼らは(国の)科学者たちの実験結果まで改めて疑いだしたんだ。読者達はどのように考えるべきか分からず、ある者達は自分の犬を隠すことさえ始めたんだ。
― そりゃ度が過ぎたようだな……
― おっしゃるとおり。新聞はついに発禁になってしまったというわけだ。
― なんてこった。三連馬券についてはどうしたらいいんだい?
― そりゃお前さん、『茶色新聞』でとっておきのネタを探すしかないな。もう新聞はそれしか残ってないんだから。競馬とスポーツについてはそこそこイケてるって話だ。他の新聞がみんな脇へ押しのけられてしまった以上、新聞が街には一つくらい残っていてしかるべきだろう。いっつもニュースなしで済ますというわけにはいかないし。

その日はシャルリーとコーヒーをもう一杯飲んだが、『茶色新聞』の読者になるというのはなんだか嫌な気持ちだった。にもかかわらず、私の周りのビストロの客達は前と変わらぬ暮らしを続けていた。そんな風に心配する私がきっと間違っているのだろう。

新聞の後は図書館の本の番だった。これまたあまり明快な話とはいえない。『街の日報』と財務上同一グループをなしていた数々の出版社が訴追を受け、それらの出版社の本は図書館の書架への配架が禁止された。それらの出版社が刊行を続けていた本をよく読めば分かることだが、一冊に犬や猫といった単語が一つは出てくる。だがその単語に「茶色の」という言葉が常にセットになっているわけではない。出版社はやはりそういうことは知っておくべきだったのだ。

― 派手にやり過ぎちゃいけないよ。
シャルリーは言った。
― 法の網の目をかいくぐったり、法律といたちごっこをすることを引き受けたって国民にとっては何にも得にはならないんだよ。あ、茶色のいたちね。

彼は周囲を見回して、万一誰かが私たちの会話を晒し者にすることがないように茶色のいたち、と付け加えた。用心のために、私たちは文や語に「茶色の」と付け加えるのが習慣になっていた。最初の頃はふざけて茶色のパスティスを注文していたものだが、結局のところ言葉遣いは変われば変わるものであって、わけもなく仲間内で我々が「この糞ったれ」と付け加えるような感じで、言葉や文章を「茶色」にすることをそんなに奇妙には感じなくなっていたのだった。少なくとも、人々からよく見られていれば、私たちは静かに生きていられる。

そして私たちはついに三連馬券を的中させたのだ。ああ、たいした金額ではないけれども、それにしたって私たちにとっては最初の当たり茶色三連馬券というわけだ。
そのおかげで新しい規則の煩わしさも受け入れられるようになった。

ある日、私はそれをよく覚えているのだが、チャンピオンズカップの決勝を見に家に来ないかとシャルリーに言った。
彼が来たとき、私は爆笑してしまった。彼は新しい犬とやってきたのだ! 素晴らしいことにその犬はしっぽの先から鼻先まで茶色で、目まで栗色だったのだ。

― ほうら、ようやく見つけたこいつは前の犬より情感豊かで、指一本動かすか、目をちらと動かすだけで私に従うんだ。黒いラブルドル犬くらいで悲劇ぶるんじゃなかったよ。

彼がそう言い終わらないうちに、その犬はソファの下にもぐり込んで、頭がいかれたみたいにキャンキャンと吠えだした。
そいつは「たとえ茶色だからって、俺は主人にだって他の誰にだって従わないぞ!」と何かを相手に言っているかのように大声で吠えていた。そしてシャルリーは突如何かを理解したようだった。

― いやまさか、君もか?
― まさしくその通りだ。見ろよ。

そこでは、私の新しい猫が矢のように飛び上がってカーテンをよじ登って箪笥の上に待避していた。私の(去勢前の)雄猫も、毛並みも瞳も茶色だった。何て偶然の一致だ! 私達は大笑いした。

― そういうことだ。
私は彼に言った。
― いつも猫を飼っていたものだが、こいつもなかなかイケてる猫だろ?
― 素晴らしい。
シャルリーは答えた。

それから私達はテレビを付けた。その間私達の茶色の犬と猫はお互いに横目で様子をうかがっていた。どちらが勝ったのかはもう覚えていないが、素晴らしいひとときを過ごせたと思う。安全だという感じがしたからだ。それはあたかも、ただ単に街中の常識に従ってやってさえいれば、安心していられるし、暮らしもすっきり行くというかの如くだった。茶色の安全というのも悪くはないもんだ。

勿論、アパートの正面の歩道ですれ違った小さい男の子の事を考えてはいた。彼は足下に横たわる白いプードルの死体を前にして泣いていた。だがいずれにしても、大人が言っていることをよく聞けば、犬が禁止になったわけではなく、茶色の犬を探せばいいだけだと分かるだろう。茶色の子犬だって見つかるわけだし、私達のように、規則に従った暮らしをして安心できれば、昔のプードルのことなんかさっさと忘れてしまうだろうに。

そして昨日、信じられないことに、すっかり平穏に暮らしていると安心している私が、危うく街の自警団に引っ立てられそうになった。奴らは茶色の服を着ていて、情け容赦のない奴らだった。幸い、奴らはこの地区に来たばかりで、全員の顔と名前を覚えているわけではなかったので、私が誰だか分からなかったらしく、助かった。

私はシャルリーの所へ行った。日曜、シャルリーのところでブロットをやるつもりだったのだ。ビールを1パック、それだけを手に持って。ビールをちびりちびりと飲みつつ、2~3時間トランプをやるはずだったのだ。

ところがそこには、驚くべき光景が広がっていた。彼のアパートのドアは粉々に吹っ飛ばされていて、自警団の人間が二人、踊り場に突っ立って野次馬の交通整理をしていた。私は上の階に行くふりをして、エレベーターでもう一度下へと降りた。下では、人々がひそひそ声で話していた。

― だけど彼の犬は本当に茶色だったろ、ウチらだって見たんだから間違いないじゃないか。
― ああ、だけれども、連中が言うには、彼が前に飼っていたのは、茶色ではなく黒の犬だったそうだ。黒い犬だったんだよ。
― 前に?
― ああ、前に、だ。今では茶色以外のペットを飼っていたことも犯罪なんだよ。それを知るのは難しい事じゃない。隣近所に聞けば十分だろ?

私は足を早めた。汗が一筋シャツに伝った。以前に茶色以外のペットを飼ったことがある事が犯罪なら、私は官憲の格好の餌食だろう。今のアパートの人間はみんな私が白黒の猫を飼っていたことを知っている。以前に!そんなことは、考えてすらいなかった!

今朝、茶色ラジオ局はそのニュースを伝えた。シャルリーは間違いなく逮捕された500人のうちの一人だろう。最近茶色のペットを飼ったからといって、飼い主の心が変わったわけではないというのだ。ラジオのニュースは続けて言った。「不適切な犬あるいは猫の飼育は、それがいかなる時期のものであれ、犯罪です」。アナウンサーはさらに、不適切な犬あるいは猫の飼育が、「国家侮辱罪である」とすら付け加えた。そして私はその続きをしっかり書き留めた。曰く、「不適切な犬あるいは猫を個人として飼育したことがなくとも、親族、つまり父、兄弟、あるいは例えば従姉妹がそのような色の犬あるいは猫を人生に渡って過去一度でも飼育したことがある場合には、その者は重大な係争に巻き込まれる恐れがある」とのことだ。

……シャルリーがどこに連行されたか、私は知らない。だが、連中はやり過ぎだ。それは狂気だ。そして私は茶色の猫を飼ってさえいればずっと静かに暮らしいてられると思っていた。勿論、茶色の連中が過去の洗い出しをすれば、猫や犬を飼っていた人間はしまいにはみんな捕まってしまうだろう。
私は夜中寝ることができなかった。連中が動物に関する最初の法律を課してきたときに、私は「茶色」の話を信用すべきではなかったのだ。いずれにせよ私の猫は私のものだったのだし、シャルリーにしたってそれは同じだったのだから、「茶色」には否と言うべきだったのだ。

もっと抵抗すべきだったのだ。だがどうやって? 連中の動きは実に迅速だったし、私には仕事もあれば日々の暮らしの悩みもある。他の連中だって、少しばかりの静かな暮らしが欲しくて手を拱いていたんじゃないのか?

誰かがドアを叩いている。明け方のこんな早い時間には今までなかったことだ。日はまだ昇っていない。外はまだ茶色だ。だけれど、そんなにドアを強く叩くのはやめてくれないか。
今行くから。

ここより)(PDFはここ

| コメント (0)

2014年2月21日 (金)

海外が見る危うい“安部首相の”日本 ~海外の報道に期待!

今朝の朝日新聞にこんな記事があった。
「(時時刻刻)安倍首相、危うい独走 集団的自衛権答弁、与党も懸念
 「最高責任者は私」「閣議決定で決める」――。安倍晋三首相が集団的自衛権の行使容認をめぐり、前のめりな答弁を連発した。行使に慎重な公明党の危機感はとりわけ強く、解釈改憲が許されるのかの議論も深まらないままだ。海外の政府・メディアは、こうした首相の姿勢に批判の目を向ける。
 ■「閣議決定」に憤り
 「求心力があるうちにやらないといけない、という思いがあるのだろう。何が何でもやりたい、ということなのだろうが……」
 自民党幹部は20日、首相の答弁に顔を曇らせた。内閣支持率が好調なうちに、悲願の集団的自衛権の行使容認を実らせたいと、首相が結論を急ぎすぎているのではないかと見る。
 とりわけ、公明党の受け止めは複雑だ。
 「平和」を党是に掲げ、集団的自衛権の行使容認には慎重な立場。「今国会で結論を出すことは簡単ではない」(山口那津男代表)と行使容認に歯止めをかけようと必死だ。首相の私的諮問機関の報告書が4月にも出された後に、与党間協議で「現行解釈の範囲内で対応可能だ」と主張し、少しでも首相を押し返そうとの計算もあった。
 だが、首相は20日の衆院予算委員会で、公明党との議論を待たずに、解釈変更を政府内の手続きである「閣議決定」で行うと、先にレールを敷いてしまった。党幹部は「閣議決定をしたところで、関連法案が国会を通らなければ何もできない。それを首相はわかっているのか」と憤る。
 集団的自衛権行使を可能にするために憲法解釈を変更することへの懸念は、国会にも140221jieiken 広がる。
 20日の衆院憲法審査会幹事懇談会で、「(憲法解釈の)最高責任者は私」との首相答弁について、野党幹事から「見逃せない答弁だ」と問題視する意見が相次いだ。政府の閣議決定で行使容認を決められるようになれば、政権が変わるたびにころころと方針が変わりかねない、との問題意識が背景にある。自民党重鎮の保利耕輔会長も「憲法解釈と改正は表裏一体の問題だ」と同調した。
 国会内では20日、行使容認に反対する民主、結い、共産、生活、社民5党と無所属の衆参15人が呼び掛け人となった勉強会が開かれた。市民を含む約150人が参加。歴代政権の憲法解釈を担当した内閣法制局の阪田雅裕・元長官が講演し、「なぜ憲法だけを解釈(変更)でやってもいいということになるんだろうか。もしそんなことが許されるなら、立法府なんて要らない。政府が勝手に時代に合うように法律を解釈する理由をつければいいということになるのだから」と首相の手法を批判した。
 そのうえでこう呼びかけた。「国の形が大きく変わることだ。憲法改正が必要か必要でないかという立場を超えて、共闘していかなければならない」(岡村夏樹)
 ■海外、厳しい目 英紙「米は後悔」 米紙、解釈改憲を批判
 安倍政権が強気の姿勢を崩さないなか、世界各国では日本の外交安保政策を不安視する声が強まっている。米軍が海外展開の規模を縮小しつつあるなか、日本の軍国主義復活を懸念する声すら上がり始めた。首相周辺やNHK経営委員の発言も含め、安倍政権への懸念は、日本の防衛協力に期待を寄せていた米国にも広がっている。
 英紙フィナンシャル・タイムズは、20日付紙面に「米国、自ら望んだはずの安倍晋三に後140221abehannou 悔」と題するコラムを掲載した。「米国からの何十年にもわたる催促の末に、安倍氏は防衛力の増強や『安保ただ乗り』体制からの脱却に意欲を示しているが、今や米国は不安を抱き始めている」と分析。同紙は、安倍政権の政策のいくつかは米国自身が要求してきたものだとしつつ、「米政府内で多くが不快と感じるような、歴史修正主義に基づくナショナリズムという対価を伴っている」と指摘した。
 ケリー米国務長官が日本を「予測不能で危険」とみなしている、とする元ホワイトハウス高官の話も引用。米国の影響力が弱まるなか「米国は中国との衝突を避けるためなら、日本の利益を犠牲にする」(豪安保専門家)との見方を紹介した。(
注:全文はここ
 米紙ニューヨーク・タイムズは19日の電子版の社説で、「安倍首相は正式な手続きではなく、彼自身の再解釈により、憲法の重要な部分を変えようとすることに、危険なほど近づいている」との懸念を示した。
 安倍首相は「他の国家主義者と同じように、憲法が定める平和主義を拒絶している」と指摘し、「(個人的)解釈による改憲は法の支配に背く」と批判。日本の最高裁判所は「安倍首相の解釈を拒絶しなければならない」と訴えた。
 1期目のオバマ米政権でホワイトハウス国家安全保障会議アジア上級部長を務めたジェフリー・ベーダー・ブルッキングス研究所上級研究員は、「オバマ政権は集団的自衛権を含めた安倍政権の安全保障上の政策課題を支持してきた。これは靖国神社参拝後も変わらない」と指摘。一方で、「安倍首相の参拝は、政権が取り組む重要な安保政策の目標をひどく傷つけることになった」と分析した。
 米国務省のハーフ副報道官は19日の電話会見で、安倍首相の参拝に「失望した」との声明を出したオバマ政権の対応を批判した衛藤晟一首相補佐官の発言に言及した。「我々は参拝への立場は非常に明確にしており、それが我々の反応になるだろう」と指摘。衛藤氏の発言は取り合わないが、米政府の見解は変わらないと強調した。
 仏ルモンド紙も7日付で掲載したコラムで、中国指導者が愛国主義的な発言を繰り返す一方、安倍首相や側近も挑発的な言動を重ねており、軍国主義時代の歴史を書き改めていると主張。戦前への回帰に警戒感を示した。
 ドイツでも、日本と中国の対立激化への懸念は深まっている。週刊紙ツァイトの元編集主幹で日本にも詳しいテオ・ゾンマー氏は同紙電子版(11日付)の「火遊びをする中国と日本」との記事で、「中国でも日本でもナショナリズムの波が高まり、非妥協的な態度がもてはやされている」とした。
 一方、安倍政権批判を続けてきた中韓両国は反発の度合いを強めている。中国外務省の華春瑩副報道局長は19日の定例会見で、衛藤氏の発言について「一部の間違った言動や危険性に断固として対抗するべきだ」と強調した。20日付の韓国各紙も衛藤氏の発言を、「妄言」(東亜日報)、「波紋」(中央日報)などと報じた。 (ワシントン=大島隆、ロンドン=梅原季哉)」(
2014/02/21付「朝日新聞」p2より)

そしてもう一つ。ウォール・ストリート・ジャーナル電子版に掲載された本田悦朗内閣官房参与の発言だ。
ナショナリスト本田悦朗氏がアベノミクスで目指す目標
・・・安倍首相の経済分野での政策を練るブレインの1人である本田氏は、「アベノミクス」の背後にナショナリスト的な目標があることを隠そうとしない。同氏は、日本が力強い経済を必要としているのは、賃金上昇と生活向上のほかに、より強力な軍隊を持って中国に対峙できるようにするためだと語った。同氏は中国に「深刻な脅威を感じている」としている。・・・」(
2014年2月19日付「ウォール・ストリート・ジャーナル電子版」(ここ)より)

まあ上の記事も“朝日新聞だ”という事を考慮すべきではあるが、客観的な今の日本の姿をどう見るかについて、自分は最近、海外メディアに注目している。上の記事は、それらを紹介しているので興味深い。
そして「日本が力強い経済を必要としているのは、・・・より強力な軍隊を持って中国に対峙できるようにするためだと語った。」という失言(=本音)報道は、海外メディアであるだけに、真実味がある。これが首相の本音だろう。

しかし、同じく今日の「朝日新聞」(2014/02/21付p17)で冷泉彰彦氏が、
「日本の教育には決定的に欠けていることがあります。社会、政治問題について『自分の意見を持つことの重要さ』を教えないということです。自分の中に核になる考え、抽象的な原理原則を持ち、それに基づいて政策への賛否を決めるという当たり前のことを、公教育で一切教えていない。大きな問題です」
と指摘しているように、ノー天気な日本の世論の盛り上がりは期待薄・・・。(上の記事は別途紹介する)

結果、国が戦争への道をひた走っているのに、世論の安倍政権への支持は相変わらず高い。つまりは、国内からこの動きを止めることは難しいのかも・・・。とすると、海外から今の日本をたたいて貰うしか無いのかも???
ちょっと過激だが、そんな事を思う最近である。

140221senchou <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (3)

2014年2月20日 (木)

我が家における浅田真央の存在感

今朝起きると、カミさんが「真央ちゃんが16位だって!信じられない!」と、えらく不機嫌。昨夜は昨夜で、家のアプローチの雪かきを2時間半したそうで、その疲労で不機嫌だったのに、今日も・・・
早速テレビニュースで、昨夜行われたソチ五輪・浅田真央のショートプログラムの場面を見ようとすると、「見たくない!これほど見たくないと言っているのに!」とカミさんの声・・・。「まず事実を確認しなければ!」「見たくない」「でも、どのチャンネルでも、同じ場面をやっているよ・・・」・・・

前にも書いているが、ウチのカミさんは大の真央ちゃんファン。それが異常なほど・・・。よって決して(怖くて)実況中継を見ないし、やっと“良い結果だけ“の再放送を見る程度・・・。
よって今回のSPも実際の映像は見ていない。もちろんキム・ヨナなどの演技も見ていない。でもフィギュアの大ファンなのだ。

カミさんに言わせると、これらの総崩れの原因は、スケート連盟の団体戦への対応だという。日本は団体で勝てる実力もないのに、主要選手を総出演させたため、皆個人戦目指して調整してきたのに、そこで緊張感が切れてその後遺症が残り、個人戦で負けた。その点、韓国は個人戦に絞って国を挙げて選手を守り、インタビュー対応などもさせずに防御した。逆に真央ちゃんは、協会からインタビュー対応も団体戦も、全部やれと指示されて、疲れ果てた。この失敗は真央ちゃんが悪いのではなく、連盟が悪いのだという。その証拠に全員が個人戦で実力を出せなかった。唯一、若い怖いもの知らずの羽生選手だけが成功した、のだという。
実は団体戦の後遺症の心配については、ウチのカミさんは前から言っていた。何度も、「“日本の宝”の真央ちゃんをどうする気だ!!」と・・・。でも、自分が叱られても、如何ともし難かった。そしてその心配が現実になってしまった。

前に「「開き直り」とは?・・・・浅田真央の転倒に思う」(ここ)という記事を書いた。
2008年世界フィギュアスケート選手権で浅田真央が最初に転倒したにも拘わらず、立ち直って優勝したときの記事だ。もう6年も前の話だ。

そして今朝、NHKラジオ深夜便「WNモスクワ 安藤真理」(2014/02/18放送)の録音を聞いた。話題はやはりソチ五輪。男子SPでロシアのエフゲニー・プルシェンコ選手が競技開始直前に棄権した問題で、ロシア国内では、賛否両論が渦巻いているとか。「背中の痛みなど、本人が前から分かっていたはず。せっかくの若手の出場機会を逃した」という非難もあるという・・・。しかし団体戦で金メダルに導いた功績は大きい、という評価もプーチン大統領を初めとしてたくさんあるという。見方は色々だ。
そしてロシアでは、15歳の若さで話題のリプニツカヤは、単に若くて怖いもの知らずなのではなく、精神的にも強い人だ、と言っていた。それでも今回の女子SPではやはり転倒し、6位発進だとか・・・。

前に書いた「円谷幸吉の遺書」(ここ)もそうだが、五輪はプレッシャーとの戦い。
並みの精神では到底乗り越えられない。
たぶんこの記事を読まれる頃は、既にフィギュア女子の結果が出ているだろう。
そろそろ普通の生活に戻っても良いのではないか? 真央ちゃん!
我が家の“日本の宝”というニックネームを返上して・・・
それにしても、昨夜の1位のキム・ヨナの演技をテレビで見たいものだが、見られないのが我が家の現状・・・。今夜のフリーで真央ちゃんが成功して、カミさんのご機嫌が直ると良いのだが・・・。真央ちゃんを応援しよう! 我が家の平和のために!!

140220naniyatte <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (4)

2014年2月19日 (水)

「北海道「こたつ」いらず? 厳寒でも所有率最下位」

先日の「日経新聞」夕刊に、コタツの話が載っていた。
北海道「こたつ」いらず? 厳寒でも所有率最下位 暖房が充実、家全体暖かく
 最もこたつを持っていないのは厳寒の地、北海道の人だった。気象情報会社ウェザーニューズ(千葉市)は17日までに、携帯電話サイトの利用者にこたつや電気毛布の利用状況を尋ねた調査結果を発表。家にこたつがあると答えたのは、全体の48%だった。
140219kotatu  こたつの所有の有無は昨年11月、約1万7千人が回答。都道府県別のトップは山梨の75%で、福島、長野と続いた。北海道は23%にとどまり、30%で46位の沖縄を大きく引き離して最も少なかった。
 同社は「北海道の住宅は暖房設備が充実して家全体を暖めているため、こたつは必要ないようだ」と分析。東京や神奈川など人口が多い都道府県で所有率が低く、大都市圏ほどこたつ離れが進んでいる傾向も明らかになった。
 ことし1月には布団の中を暖める対策を質問し、約1万5千人が回答。過半数が何もしていなかったが、電気毛布を使っている人が12%、湯たんぽやあんかを使っている人が15%いた。
 都道府県別では福井、和歌山で30%以上が電気毛布を、岩手、滋賀、宮崎、奈良で20%以上が湯たんぽやあんかを使っていた。年代別では60代以上が最も対策を取っていた。」(
2014/02/17付「日経新聞」夕刊p14より)

何ともバカバカしい(失礼)アンケートだが、行ったのがウェザーニューズと聞いて、なるほどな・・・と思った。
改めてウェザーニューズのサイト(ここ)を覗いてみた。
そこには「ウェザーニューズ、全国6.6万人と紐解く“冬の暖房事情調査”を実施」という記事があり。面白いデータがあった。曰く・・・
「最も寒い部屋で寝る県は佐賀県、最も寒い部屋で起きるのは長野県であることが明らか140219asanoondo になりました。就寝時の寝室の気温は全国平均16.2℃で、就寝時の温度が低い県は、1位佐賀県(13.1℃)、2 位香川県(13.2℃)、3位大分県(13.4℃)、4位鳥取県(14.0℃)、5位茨城県(14.3℃)となりました。一方、起床時の寝室の気温は全国平均で12.4℃で、寒い朝を迎えている県は、1位長野県(8.8℃)、2位大分県(9.0℃)、3位宮崎県(9.4℃)、4位佐賀県(9.7℃)、5位滋賀県(9.9℃)と、冷え込みが弱いと思われがちな大分県や宮崎県、佐賀県で温度が低くなっており、意外にも北日本より寒い朝を迎えていることが明らかになりました。」

「“布団の中のあったか対策は?”と質問し、「電気毛布」「湯たんぽ・あんか」「その他」「特になし」の4択から選択して回答してもらいました。全国15,109人から寄せられた回答を集計140219moufu した結果、「電気毛布」が11%、「湯たんぽ・あんか」が14%、「その他」が20%、「特になし」が53%となり、特に対策を行っていない人が半数以上であることがわかりました。エリア別では、甲信エリアが最もあったか対策を行っており、東北や甲信、北陸では電気毛布の使用率が高いことが明らかになりました。都道府県別では、「電気毛布」を使用している県は、1位福井県、2位和歌山県、3位山形県、4位長野県、5位島根県となり、福井県と和歌山県では30%以上の人が電気毛布を使用していることがわかりました。また、「湯たんぽ・あんか」を使用している県は、1位岩手県、2位滋賀県、3位宮崎県となり、これらの県では5人に1人が湯たんぽを使用していることが明らかになりました。」

「“こたつある?”と質問し、「あります」「ありません」で回答してもらいました。全国17,370人から寄せられた回答を集計した結果、「あります」と答えた人が48%、「ありません」が140219kotatu1 52%、となりました。都道府県別では、所有率が最も高い県は山梨県で75%、最も低いのは北海道で23%と所有率に大きな差が見られました。所有率が高い県は、1位山梨県、2位福島県、3位長野県、4位群馬県、5位山形県となり、これらの県では約7割以上がこたつを持っていることがわかりました。一方、所有率が低い都道府県は、1位北海道、2位沖縄県、3位東京都、4位神奈川県、5位高知県となり、実は北海道より沖縄県のほうがこたつを持っていることが明らかになりました。北海道は暖房設備が充実しており、セントラルヒーティングなどで家全体をあたためているため、こたつは必要がないようです。」

「“今季、暖房は何つけた?”と質問し、「こたつ/カーペット」「エアコン」「電気ストーブ」「ガス/石油ストーブ」の4択から選択して回答してもらいました。全国15,715人から寄せられた回答を集計した結果、「こたつ/カーペット」が26%、「エアコン」が36%、「電気ストーブ」が140219danbo 14%、「ガス/石油ストーブ」が29%とエアコンが最も人気であることが明らかになりました。都道府県別では、エアコンの使用率が最も高い県は沖縄県(61%)、こたつ/カーペットは和歌山県(47%)、電気ストーブは高知県(17%)、ガス/石油ストーブは北海道(83%)という結果となりました。また、石油ストーブについては、北海道では83%、東北や甲信では約半分が使用しているのに対して、西日本では2割前後とあまり使用されておらず、エリアごとに大きな違いが見られる結果となりました。これらの結果から、冬の日平均気温との関係を調査したところ、真冬の1月下旬~2月上旬に氷点下となるエリアでは、ガス・石油ストーブの割合が50%を超えることが明らかになりました。寒い地域ほど、電気ではなく石油やガスストーブといった暖房器具が使用されているようです。」(それぞれ(ここ)から)

ウチの場合、居間が広いためか、エアコンでは暖まらない。よって石油ヒーターを併用している。石油は直ぐに温まるので便利。まあ換気の問題はあるが・・・
それに自分はコタツが大好き。コタツに入ると心が和らぐ。前にこの家を作るときに、居間が洋間なのが気に入らず、居間でコタツに入るために、洋間の一部の床を下げてカーペットを敷き、そこにコタツを置いた。本当は畳とコタツの組合せが良いのだが、洋間の自室も含めて、とにかくコタツはリラックスできるので宜しい。

上の記事を読んでいて、フト昔の事を思い出した。
会社に入って間もない頃、北海道出身のWという男が入社してきた。北海道の人は当然寒さには強いのだろう、との思い込みで「北海道でもコタツはあるの?」と聞くと「無い」という。コタツのような部分的な暖房では間に合わないため、部屋全体を暖めるので、コタツはいらないという。なるほど・・・。それに「北海道出身者だって、寒いことに変わりはない」と言われて、これまた目から鱗!!!!! 北海道の人も我々と同じなんだ~~と。

やはり若い頃、北海道に出張に行って、皆で登別温泉に泊まったことがある。凍っている道路を、後の車輪を滑らせながら走る車は、それはそれは怖かった。その温泉の宿で、寝るときに、当たり前のように、ゴーゴーと鳴っている部屋の真ん中にあるストーブを止めて寝た。
朝の凍るような寒さ・・・。どうも北海道では、ストーブは点けたまま寝るそうだ・・・と朝聞いた。そのときは5~6人いたが、皆東京の人だったので、誰もがストーブを点けたまま寝る、ということは考えなかった。凍死しなくて良かった・・・

ともあれ、最近は寒い日が続く。先週末の残雪もまだまだ多い。
春が待ち遠しいこの頃である。

140219syouhizei <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (2)

2014年2月16日 (日)

雪でお袋の四十九日法要をドタキャンした話

このところ雪の話ばかりで恐縮だが、今日は我が家がまさにテレビニュースで言う所の“孤立集落”であることを思い知った。何とも個人的なメモではあるが・・・

今日は、この元旦に亡くなったお袋の四十九日の法要と納骨の日。昨日は終日、駅までのバスが動かなかったが、今日は動くだろうと予想し、用意万端整えて寝たが、今朝6時にカミさんの「バスが動いていないよ」という声で目が覚めた。最近お馴染みの西東京バスのHPを覗くと、赤い文字で運行見合わせ・・・・

2月16日(日)の路線バスの運行につきまして[2月16日06:00現在]
 昨日15日は早朝より運行の再開に向けて各路線の安全点検を行ないました。
積雪で運行不能となり放置された一般車両のほか、残雪やわだちによりバスと対向車の安全なすれ違いができない区間などが多数ありました。
その後、運行の早期再開に向けて、運行見合わせ中の乗務員も含め、多くの社員で除雪作業もすすめました。また、時間をおいて数度にわたり安全を確認するための試運転車両を出しましたが、夜になっても安全なすれ違いができない区間が多く、営業運行の安全を確認するまでに至りませんでした。
結果として15日中の運行の再開ができませんでした。運行再開をお待ちいただいたお客様にお詫び申し上げます。
本日も早朝から運行の再開に向けて各路線の安全点検を行なっておりますが、
現在、全線運行を見合わせております。
引き続き、すれ違いができない区間の除雪等を試み、安全を確認のうえ運行を再開いたします。
ご利用のお客様には大変ご迷惑をおかけいたします。」(
西東京バスのHPより)

今日もバスが全く動いていないのだ・・・。

これはまずい。直ぐにタクシー会社に電話。でも話中でつながらない。そして、何十回目かにやっとつながったが、「配車は出来ない。今、車を車庫から出すために除雪をしているが、出せたとしても乗務員が出社出来ていない。営業はするつもりだが、いつから営業できるか分からない。タクシーが必要な時間に電話して、どうなるか・・・。または他の会社に電話してみたらどうか・・・」
早速他の会社にも電話するが、軒並み話中でつながらない。誰も考えることは同じだ・・・

何とか駅まで行ければJRは動いているので法事に出席できるが、後は駅までの5キロを歩くしかない・・・。しかし雪道を1時間以上歩くのは、昨日のぎっくり腰で、到底無理・・・。車にチェーンを付けて駅までたどり着き、駅の近くで車を放置・・・とも考えたが、ぎっくり腰で、チェーンを付けたり、車が出られるように家の前を除雪することも無理・・・
仕方なく、欠席を連絡。ただし、二人の息子はどちらも駅の近くに住んでいるので出席した。
その後、やっとつながった他のタクシー会社も「混んでいて、とても配車まで手が回らない」という丁寧な断り・・・。
まあ、電車で駅まで来た人も、バスが全面ストップなので、駅からはタクシーに頼るしか無く、駅前はたぶん長蛇の列だろう。それなのに配車は、まあ無理だ・・・

結局バスが来たのは夕方。結果として、お袋の七七日法要をサボってしまった。
140216bas 自分は?と言うと、ぎっくり腰で、家の中でも杖をついて歩いている有り様・・・
そして法要の予定時間の後、息子から無事に終わったとの連絡・・・。
ここで考えてしまった。お袋が亡くなることで、一世代交代したな・・と感じたが、まさに今日も、老人の自分はぎっくり腰で痛くて腰を曲げて家の中でも杖をつき(痛くて直立が出来ないのだ!)、息子たちが結果として親の代理で法事に出席している・・・。これも世代が交代した証拠!?

今頃、お経の時間だな・・・とか、欠席した負い目で不機嫌だったが、無事に終わったとの連絡を受けてから、腹の虫が少し機嫌を直してきた。つまり、自分には(あまり立派とは言えないが)“代理が居る”というという初めての経験をしたので・・・。

夕方、隣家でやはり同じ正月に奥さんを心筋梗塞で急に亡くした人が、香典返しを持って来た。同じく、今日七七日の法要の予定だったが、お坊さんが来られず、自分でお経をあげて、家族だけで七七日をしたとか・・・。
前にも書いたが(ここ)、当八王子だけでなく西東京バスのエリアは広い。その広大な地域が、連日公共交通機関の運休という事態に見舞われた。これで困った人は、自分のような法事に行けずに困った人、結婚式で困った人、旅行に行けなくて困った人等々・・・、悲喜こもごもだったのではないか・・・

ともあれ、今日の自分の場合は、“息子に代理を頼める”という新境地が開拓出来た・・・と、前向きに捉えようと、自分に言い聞かせているのであ~る。

●メモ:カウント~540万

140216maegami <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2014年2月15日 (土)

八王子で積雪60センチ

先週末に東京で27センチの雪が降ったと思ったら、今週末も同じく27センチだったという。2週連続の雪も珍しい。

140215yuki1 テレビでは、八王子市街のアーケードが雪の重みで崩れたと、何度もニュースでやっていた。それほど八王子は雪国?
雪は吹きだまりなどがあり、何センチ積もったかは、なかなか分からない。公P10206051 式には、今回の八王子の積雪は何センチかな?・・・と、Netで探したら、日テレのニュースで、60センチだった、と報道されていた。まあこれが取りあえずの公式の積雪か??
自宅の庭では72センチくらいが最高。しかしこれは先週の根雪があるので、今回分だけではない。

しかし庭に出てビックリ。カーポートが雪の重みで、一部崩れかかっている。しかも天気はP10205981 雨。益々雪が重くなる。直ぐに隣家の許可を貰って、雪下ろし。実はこのカーポート、屋根が傾斜しているので、隣の敷地に雪が落ちたため、わざわざ後で雪止め工事をしたのだが、それが今回は裏目・・・。でも何とか雪を下ろしてホッと一息・・・

それにしても、昨夜来の雪は先週よりもすごかった。昨夜半には、もう歩道のフェンス(横断防止柵)が埋もれている・・・。
そして案の定、今日もバスは止まっていた。西東京バスだけでなく、先週は動いていた京王バスも、今回はしっかりと1日中、止まっていた。これも珍しい・・・

P10205811 140215yuki2_2 140215yuki3

しかし今日は抜かった。家の前の歩道の雪かきのとき、ついやってしまった。ぎっくり腰を・・・。屋根から落ちてくる雪が雨で重く、直撃されると首の骨が折れる・・・と注意していたが、腰も注意していたつもり。でも今回の雪は重かった。上の方の雪は軽いのだが、下の数センチが雨を含んでずっしりと重かった。それにやられた・・・。アレッと思ったら、腰がズキンと・・・

P10206081 庭では、食べ物に困った鳥がミカンを突いている。それは平和な風景なのだが、自分の腰は、明日の法事(納骨)を控えて、困った状況・・・。
テレビでは、この雪は黒潮が蛇行して沖を流れている影響だと言っていた。何事もない日常が恋しい・・・。
時々、ずしんと屋根の雪が落ちる音がする夜である。

(関連記事)
都心積雪27センチ 45年ぶりの大雪~八王子・西東京バスの1日運休 

140215nekojita <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (1)

2014年2月14日 (金)

「婚活って必要?~周りのおせっかい消えた」~初めての見合い仕掛けの挫折

雪の天気予報だけは当たって欲しくないのだが、またまた当たってしまった。東京は朝から雪。先週末に続いて、またも大雪。会社から帰ったときに測ったら、自宅の塀の上の積雪は30センチを超えていた。
さて今日は、自分の大嫌いなバレンタインデー。案の定、出社すると机の上に小さなチョコレートが置いてあった。置いたのは庶務のおばさん・・・。

さて本題。今朝の朝日新聞にこんな記事があった。
「(耕論)婚活って必要?
 結婚しない人が増えている。男女の出会いを促そうと、各地で「婚活」イベントが開かれているが、少子高齢化が進む日本を救うのだろうか。バレンタインデーに考える。

周りのおせっかい消えた
    国際日本文化研究センター副所長、井上章一さん
 いつの時代にも、モテる男がいればモテない男もいる。モテない男の端くれとして申し上げますが、時代が変わったからといって急にモテない男が増え、相手を見つける力が突然衰えたとは、どうも思えないんです。
 ただ違うのは、昔は周りにおせっかいを焼いてくれる人がたくさんいたことです。モテる人は大丈夫。そうじゃない大勢を何とかしよう、という世間の仕組みは時代により文化圏によ140214mikonritu り様々あります。しかし、うまく男女を結びつけてきたそういう世間の力が弱まり、社会的なからくりが崩れた結果が今の日本なのではないでしょうか。
 戦後の統計をみると、恋愛結婚の割合が増えてお見合いが減ったのは確かです。でもそれは、会社の上司や大学の恩師に薦められた相手との恋愛結婚だったかもしれない。釣り書きを交わす昔のお見合いではなかったにせよ、見えを張って「恋愛結婚です」と答えたケースも多かったはずだと思うんです。
 男女をめあわすことに情熱と意欲を持っている人って、地域にも職場にも結構いました。必ずしもいい縁談ではなくとも、お陰で納まるところに納まった、という若者は少なからずいたはずです。
 ところが人権意識の高まりもあって、おせっかいが迷惑がられるようになった。若者が傷つきやすくなったせいもあります。「あの子に会ってみないか」と声をかけられた段階で、「ふがいない男」と思われていると受け取ってしまう。女性の場合は下手するとセクハラと言われかねません。あっせんは業者に頼るようになり、自治体までが婚活に乗り出しました。
 それで出会いの場が増えたとしても、いくらトライしても全然あかんとなれば人は傷つきますよね。どうしても引きこもってしまう。異性の獲得という弱肉強食の場に乗り出すのがおっくうな若者にとっては、「出会いの場がない」という口実が一番楽なんです。結局、男女間の微妙な人間関係で社会がもっと大人になり、寛容になるしかないと思うんですよ。
 パリの路上で見かけた忘れられない光景があります。両手に荷物を抱えた若い女性が、下を通過したメトロの風圧でスカートがまくれあがって下着が見えたんです。そしたら僕の隣にいた若者が「メルシー、マダム」って言わはったんですよ。ありがとう、おねえさんって。我々には言えないですよねえ。
 しかも彼女はというと、私たち2人にウインクしてくれたんですよ。日本だったら「どこ見てるんや、オッサン!」って怒鳴られるんやないでしょうか。たかがパンツの話ですけど、うらやましいなと。
 でも、そんなフランスでさえ最近は引っ込み思案な男子が増えていると聞きます。難しいですね。(聞き手・萩一晶)
    *
 いのうえしょういち 55年生まれ。京大人文科学研究所を経て、87年から国際日本文化研究センター。専攻は風俗史、意匠論。著書に「美人論」「愛の空間」、編著に「性欲の研究」など。」(
2014/02/14付「朝日新聞」p17より)

これは自分の思い込みだが、やはり人生、結婚はした方が良いと思う。老後も、“お一人さま”よりも絶対に“お二人さま”の方が良い。
それなのに、なぜ日本では生涯未婚の人が増えているのか? これも自分の思い込みだが、原因は日本でお見合い結婚が廃れたことにあるのでは・・・?

自分も見合い結婚派だが、当時、周囲にはお見合い話や、先輩からの紹介話などが多か140214miai った。自分で相手を探せた人は、学生時代からの付き合いなどを除けば、少数派だった。
そのお見合いの減少・・・。かつてのお見合い制度は、日本の「文化」だったのではないか。よって、幾ら“お見合いの文化は必要だ!”と叫んでみても、そうそうお見合いは増えない・・・。でも、少しだけ反抗・・・!?

友人にMという男がいる。入社式の時に隣だったことが縁で、もう44年の付き合いになる。そのMは、“うまいことに”会社の寮を脱出した先のアパートの隣の部屋の女性と結婚した。当時、同期で最初の結婚だったので珍しく、寮の連中とよく二人のアパートに押しかけていったもの。そして、女の赤ん坊が生まれたときも、珍しくて皆で見に行った。
その時に生まれたSちゃん(もうオトナなのに失礼!)という女の子が、未だに結婚していないのだという。その気はあるのだが、チャンスに恵まれず、もう40歳になってしまった、という。
このSちゃんには思い出がある。自分が新婚時代、東京のある病院に入院したことがあるが、その病院に、Mが当時3~4歳?だったSちゃんを連れて見舞いに来てくれたことがあった。実は、この事は完全に忘れていたのだが、Sちゃんが「(カミさんが)折り紙でツルを折ってくれたが、ぺちゃんこのツルだった」と、その時のことを未だに覚えているという。つまりウチのカミさんは、当時折り紙のツルを折れなかったのであ~る。
そのMから聞いた話をカミさんに話すと、確かにそんな事があったな~と思い出し、二人で笑った。

まあひょんな事で縁がある(?)Sちゃん。それで、お見合い派の自分は、Sちゃんに誰か紹介できないかな・・・と。

カミさんの犬の散歩仲間に、Wさんという人がいる。昔、自分が30年間勤め、Mが工場長を務めた会社の近くの、Fという会社をご主人は最近定年退職されている。まあ同じようなサラリーマン家庭。その息子さんがまだ結婚していない、という話を聞いていたので、ダメ元で話をしてみよう、ということになった。もちろんMと相談する訳ではなく、勝手に始めた話。うまく話が通れば、それからMに釣書交換の“打診”をしてみようかと・・・
それでカミさんに電話をして貰った。「こうこうこういうお嬢さんがいるのだが、もし良かったら紹介したい・・・」と。すると奥さんが「息子は38歳になるが、良い話なので、息子に話してみる」とのこと。ダメ元だったが、1%位可能性がある??
数日後、奥さんがわざわざ来られて、「実は息子は、銀行屋(某旧都銀)だが、1年ほど前から四国に転勤になっている。それで3年位は帰ってこられない。現役の某メーカーの半導体エンジニアのお嬢さんを四国に・・・というワケにはいかないので、本当に良いお話だが、残念・・・」という話。我々は二人とも、息子さんはてっきり東京にいるとばかり思っていたのでビックリ・・・。確かに銀行屋は全国に転勤がある・・・。
奥さんが帰った後、カミさんに「体(てい)よく断られた?」と聞くと、「いや本当に残念がっていたよ。ご主人も四国転勤さえ無かったら・・と残念がっていたって」との話だった。
まあそんなワケで、Mに話をするまでもなく初めてのお見合いの仕掛けは、頓挫・・・。

でも、こんな“余計なお節介”が日本には必要なのだと思う。昔は、母親が自ら、自分の息子の縁を周囲に頼んだもの。自分も、お袋が頼んだルートで見合いをしたことがある。そんな文化が、今は廃れた・・・??
でも今回の笑い話で、日本の見合い制度は決して廃れた訳ではなく、ただ皆が実行していないだけ・・・と思った。つまり、見合いの話さえ来れば、それを受け取る姿勢はある。しかし今は、親も本人も、ただただ仕事の忙しさにかまけて、すくんでいるだけ・・・?
もう我々シニア族も、賞味期限ギリギリの年代。せめて若い人のために、例え迷惑がられても“余計なお節介”をしませんか?

おっと、最初のバレンタインデーの話の続き・・・。今まではカミさんがお返しを買ってきたので、仕方なく義理チョコのお返しをしていたが、今年は「お返し廃止」をカミさんに宣言した。つまり会社で義理チョコを貰っても、今年から返さないことに・・・。もちろん会社では言わないが、もういい加減に卒業したいバレンタインデーではある。

140214cup <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2014年2月13日 (木)

「安楽死、18歳未満も ベルギー合法化へ、7割賛成」

毎度こんな話題で申し訳なし・・・。
前にオランダの安楽死について書いたが(ここ)、今度はベルギーの話・・・。

先日の朝日新聞にこんな記事があった・・・
安楽死、18歳未満も ベルギー合法化へ、7割賛成
 「安楽死」が、ベルギーで近く18歳未満の子どもにも認められることになりそうだ。欧州を中心に安楽死を合法化する国はあるが、年齢制限をなくすのは世界初という。子どもが十分に理解して自ら死を選べるのか。そんな議論もあるなか、国民の多くは支持している。
 ■本人の理解力が前提
 ベルギーは2002年、闘病の苦しみから患者を解放することなどを目的として、18歳以上の安楽死を合法化した。「苦痛が耐えがたく、改善の見込みがない」「自発的で熟慮されている」などの要件を満たし、書面で本人の意思を確認したうえで、複数の医師が認めれば薬物注射などで死期を早める。医師は刑事責任を問われない。
 年齢制限をなくす改正法案は昨年末、上院で承認された。下院で今月12日にも採決、可決される見通しだ。ベルギー国王の署名を経て、施行される。
 改正法案では、治療でも回復の見込みが乏しく、身体的な苦痛が著しいといった場合、子ども本人や親の意思を確かめたうえで実施すると規定。子どもが安楽死の意味をきちんと理解しているかどうかは、精神分析医を交えて確認する。
 <「子にも権利」>  上院で法案に賛成した医師のジャック・ブロッチ議員は、本人や親、医師を交えた厳格な手続きを踏むことで「理解力のない未熟な幼児や望まない子どもに安楽死を施すことはない」と理解を求める。年齢制限をなくすのは「成熟度合いに個人差があり、下限を設けるのは適当ではないからだ」と話している。
 世論も追い風だ。地元紙の昨秋の調査では、74%が子どもへの適用に賛成。ベルギーでは「尊厳を持って死にたい」と訴える人の安楽死が年1千件を超えるとされ、子どもへの適用にも抵抗感が少ないようだ。
 ブリュッセルの小児病院のドミニク・ビアロン医師は改正法を歓迎する。集中治療室の責140213anrakusi 任者として、治療に苦しむ子どもをたくさん診てきた。「医師はあらゆる治療を施す責任がある」としつつ、「最後の手段として、大人に認められた権利が子どもに認められないのは不公平だ」と言う。病気で死に直面する子どもは「精神的な成熟も早い」といい、自ら死を選ぶ理解力はあるとの考えだ。
 <親の影響懸念> 一方で、反対意見も根強い。先月末、国内の約40人の小児科医らが「闘病の痛みを和らげる手段はあり、子どもへの適用を急ぐ必要はない」などとする公開書簡を発表。ルーベンの大学病院のクリス・ファンヒート医師は「親の影響を受けず子どもが独立して判断できるのか疑問だ」と言う。
 ベルギーでの議論は国外にも波紋を広げている。カナダ・ケベック州に住む4歳の女児は140213anrakusi1 今月、ベルギー国王に「法案に署名しないで」とビデオメッセージを送った。生まれながらに深刻な心臓病を患うが、治療で一命をとりとめたという。両親は「親が簡単にあきらめてしまう」とし、各国で子どもの安楽死が合法になるのを懸念する。
 世界では、ルクセンブルクなどの欧州諸国や米国の一部の州などで成人への安楽死や医師による自殺の手助けを容認。世界で初めて国として安楽死を合法化したオランダでは12歳以上が条件だが、18歳未満の事例は数件にとどまるという。(ブリュッセル=野島淳)

 ■法制化議論、進まぬ日本
 日本には現在、安楽死を認める法律はないが、司法判断などをきっかけに議論が繰り返されてきた。
 1962年、末期がんの父親を息子が中毒死させた刑事事件の判決で、名古屋高裁が安楽死を適法とする要件として、「苦痛緩和が目的」「本人の依頼、承諾」など六つを示した。95年には、医師が患者に薬物を注射した事件で、横浜地裁が延命治療中止の要件として、「回復の見込みがなく死が避けられない」「患者の意思表示か、家族から患者の意思が推定できる」などを示した。その後も、2006年に富山県の病院で、人工呼吸器を外された末期がん患者ら7人が死亡した問題が発覚。法整備を求める声は根強いが、安楽死の法制化に向けた具体的な議論は進んでいない。」(
2014/02/12付「朝日新聞」p7より)

上の図にもあるように、安楽死を合法化または容認している国は、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、スイス、米国の一部州のようだ。
しかしベルギーでの今回の動きは、18歳未満の子どもの安楽死の議論だ。
どうも自分にはこの話はフィットしない。違和感がある。
確かに“病気で死に直面する子どもは「精神的な成熟も早い」”ということはあるようだ。青年層の自殺も多い。よって、子どもといえども、自分の死に対する認識があることは認めるにしても、子どもが自分の安楽死を決める、ということには違和感が残る。
なぜだろう? 幾ら子どもが判断したとしても、それは親の思いが色濃く反映されるであろう事は想像に難くない。金銭的な困難から、親のあきらめと自己犠牲に走る子ども・・・。確かに、単なる延命だけなら、お金は重要な要素・・・。それに残された命が苦しみだけなら、はやく苦しみから解放してやりたいと思うのも親心・・・。しかし・・・。

どうも自分の心も、あっちに行ったりこっちに行ったり・・・と揺れる。

ふと、前にエホバの証人の信者が、交通事故の子どもの輸血を拒否して死亡させる、という事件のことを思い出した(ここ)。
それを思うにつけ、子どもの命は、親の物か? いや親の物ではない・・・。

昨年11月に、初孫が生まれたが、そのときのヨメさんの妊娠、出産を見つめる過程で、命の不思議さを実感した。初めて、エコーでお腹の中で動いている子どもの画像を見たこともあるが、命は、母親のお腹を借りるとしても、一人で息づき、成長し、生まれてくると実感した。つまり、子どもは細胞分裂が始まった瞬間から、既に一人の人間なのだ。
その命をどう捉えるか・・・
この子どもの安楽死、という話題から、ついかけがえのない「命」の不思議さ、尊さを考えてしまった。

(関連記事)
オランダの安楽死について思う

140213kibi <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2014年2月12日 (水)

「老後おひとりさまも怖くない孤独力を高めるヒント」

先日、日経新聞でこんな記事を見つけた。
老後おひとりさまも怖くない孤独力を高めるヒント
 もし、このままひとりで年を取ったら、50 歳、60 歳になってからとても寂しくなるのでは。そんな不安を持つ人のために、ひとりでいられる力=孤独力の高め方を精神科医の水島広子さんに教えてもらった。「ひとりでも、精神的には孤独じゃない」と思えるカギは、つながっている感覚にあった。
孤独感から抜け出すには「与える行動」を取ること
 「独りぼっちで、寂しくてたまらない」。そんな気分になったとき、実はちょっとした行動一つで寂しい気持ちから解放される。
 「例えば、コンビニの募金箱に釣り銭を入れてみたり、道端に落ちている空き缶をゴミ箱に捨てたりする。『私、いいことしたな』と温かい気持ちになります。その瞬間、自分の心が開いて社会とつながっている感覚を味わい、孤独感から解放されるのです」と水島さん。
 孤独や寂しさを感じるときは、心を閉ざして自分のなかに引き籠った、精神的に孤立した状態。だが、この気分は、簡単に変えられる。変えるカギは、「与える、感じる、感謝する」行動をすること。「何かとつながっている感覚」を持てるからだ。
 「職場で『おはようございます』と自分からあいさつしたり、会釈したりしてみると、自分の心が開いていくのを感じられるものです。相手の立場に立って、電話の取り次ぎメモを残すのもいいでしょう。これらはすべてこちらから『与える』行動です。思い切ってランチに誘ってみたら、仲良くなれたということも起こるかもしれません。『仲がいいわけじゃないのに、ランチに誘っていいの?』という心配は無用。誘われるというのは、自分に関心を持ってくれたということ。誰だってうれしいものですよ」(水島さん)
 このとき大切なのは、見返りを求めない姿勢。「相手からどう思われてもいい。私がしたいからするだけ」という気持ちで行うのが、心を開くコツだ。「あいさつして無視されることは、あまりないものですが、万が一返ってこなかったとしても、それは相手が異常事態。『機嫌が悪いのかな』と思えばいいのです」

孤独力を高めるキーワードは「与える」「感じる」「感謝する」
「孤独力を高める行動」

職場で…
・自分からあいさつをする
・ほほえんで、会釈をする
・電話を取ったとき、相手の立場に立った伝言メモを残す
・自分からランチに誘ってみる
公共の場で…
・落ちているゴミを拾う
・トイレの洗面台の濡れをペーパーでふく
・道を尋ねられたとき、丁寧に分かりやすく教える
・電車の中で席を譲る
店で…
・料理を運んできた店員さんに「ありがとう」と言う
・コンビニでお釣りをもらうとき、「ありがとう」と言う
・募金箱に釣り銭を入れる
・「このコーヒー、おいしいな」と感じる
家で…
・植物に声を掛けながら水をやる
・「ここだけはきれい、いとおしい」と思える空間をつくる(玄関、トイレ、ベッド周りなど、どこか1カ所でもOK)
・料理を作ったとき「おいしくできた!」と言ってみる
・しばらくぶりの友達に「元気でやってる?」とメールする
・ヨガをしながら、自分の体を感じる

 一方で、「あいさつを返してほしい」「ありがとうと感謝してほしい」と思うのは、何かを得たいという姿勢。「こう思っていると、期待した反応が返ってこないと不満に感じてしまいます。満たされないことばかりに意識が向かってしまい、孤独感を深めることに陥りがちです」
 つながる対象は、人ではなく自然やモノでもかまわない。夜、ひとりで月を見上げて「きれいだな」と感じてみたり、気持ちを込めてキッチンを磨いてみたり……と、今この瞬間を感じて味わうことでも、「つながっている感覚」を得ることはできる。「ひとりでいても、精神的には孤独じゃないと思える力=孤独力を高めれば、たとえ結婚せずにひとりのまま年を取っても、寂しいと感じることないはずです。『今日もごはんがおいしい』『天気がよくて気持ちいい』と毎日の生活をしっかり味わいながら、楽しく生き生きと過ごしていけるでしょう」

~孤独を感じたときのQ&A~
Q.週末に家でフェイスブックを見ていると自分だけが取り残されたような気持ちになります。
A.「みんなは恋人や家族、友達と一緒に出かけていて楽しそう。なのに私は何の予定もなく、家にひとりでいるなんて……。そう感じて、急に寂しい気持ちになるのでしょう。けれどフェイスブックには、通常はいいことしか載せませんよね。つまりそこで目にしているのは、旅行したり、おしゃれなレストランに出かけたりといった特別な日の光景です。それらと比べて、『私の日常はつまらない』と思うのは無意味。SNSは、孤独感の解消にはむしろマイナスの働きしかしないと思って、見ないようにしてみてはいかがでしょうか」
Q.40歳になって突然このままずっとひとりかもと不安と孤独感に襲われたのですが。
A.「それまで孤独感がなかったのに、突然感じ始めたのなら、それは『40歳の衝撃』のせいです。ある日突然、『気づいたら40歳!』という現実に衝撃を受け、『結婚もしていない、子どももいない……』と足りないところ探しを始めます。『私はなんてダメ人間なんだ』という気持ちになり、自分に落ち度がなかったか原因を探して、これまでの生き方を否定することもあります。ここから抜け出すには、すべては40歳の衝撃が引き起こしている感情なのだと理解した上で、冷静に元の日常生活を粛々と取り戻すことが大切です」
Q.ひとりで外食をしていたら寂しい人と思われないか心配です。
A.「ひとりでいる人=寂しい人という考えは、『トイレにひとりで行く子=友達がいない子』という中・高生レベルのものの見方を引きずっているようなものです。中・高生時代に、みんなで群れていないと孤独に見えたのは、そこが学校という閉鎖空間だったから。みんなと同じ行動をせずにひとり行動すると、目立ってしまったからです。大人は、ひとりでランチを食べている人=寂しい人とは思いません。もし、そう思う人がいるとしたら、その人自身が『ひとりで外食するのは寂しいこと』という概念にとらわれている人なのです」

この人に聞きました
水島広子さん
 精神科医。対人関係療法専門クリニック院長。慶応義塾大学医学部非常勤講師。著書は『「孤独力」で“ひとりがつらい”が楽になる』(さくら舎)、『「本当の自信」を手に入れる9つのステップ』(大和出版)など多数。(ライター 中村陽子)[日経WOMAN別冊おひとりさまのマネー&ライフ術の記事を基に再構成]」(
2014/02/03付「日経新聞」)

生涯独身の人も、夫婦でも、必ず訪れる「老後おひとりさま」は覚悟しなければならない。
しかし最も「老後おひとりさま」に弱いのは、妻に先立たれた老いた夫だと思う。それまで、空気のようにいつでも近くにいると思っていた妻に先立たれると、残された夫は茫然自失・・・。全てが手に付かなくなり、結局老人ホームに駆け込まざるを得ない。そうでないと、あっと言う間に孤独死・・・。つまり日常の“食べること”が脅かされる状況に陥るので危ない・・・
それに比べると、前々から覚悟が出来ている生涯独身者や、残された女性は強い。先日電話した10年前に叔父に先立たれた叔母は、娘(自分の従姉妹)の話によると、立ち上がるのに5年かかったと言っていた。でもこれは例外。自分のお袋も、親父が亡くなった後、さんざん泣いていたが、立ち上がるのにそれほど時間はかからなかった。
よって、こんな記事は、残された老いた夫にこそ、必要なアドバイスなのかも知れない。

自分も含めて、妻よりも先に逝くと思っている男たち・・・。うまく行けば、こんなアドバイスは必要無い。さてその思惑通りに行くかどうか?? 要は日常の心掛けだな・・・。自分の場合は大丈夫・・・。(たぶん・・・。恐らく・・・)

140212ohaka <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (1)

2014年2月11日 (火)

「“いのちの仕舞い”を支えたい」~高知・小笠原望医師の話

NHK Eテレ「こころの時代」で、高知県四万十川のほとりで診療所を営む、医師・小笠原望氏の話を聞いた。(2014/02/09 AM5:00~ /再放送2014/02/15 PM1:00~)

★NHK「こころの時代「“いのちの仕舞い”を支えたい」~医師…小笠原望」(2014/02/09放送)
*この番組の音声(60分)をお聞きになる方は(ここ)をクリックしてしばらく待つ・・・。

NHKの番組解説にはこうある。
こころの時代~「“いのちの仕舞い”を支えたい」
医師の小笠原望さんは高知県四万十川の流域で暮らす人々の最期「いのちの仕舞い」と向き合う日々を送る。「医療は祈りだ」という小笠原さんが見つめる「いのち」とは?
「医療は祈りだ」というのは、高知県四万十市の医師・小笠原望さん。地域を支える医師として、四万十川の流域で暮らす人々の在宅医療に取り組んでいる。ここでは、人生の最期を「いのちの仕舞い」と呼び、「痛まず、苦しまず、可能であれば何かを食べられ、住み慣れた我が家で最期を迎えられる」ことが、「いい仕舞い」とされる。小笠原さんが日々見つめている「いのち」と「生きること」とは?【出演】医師…小笠原望,【きき手】品田公明」(
ここより)

この方はどんな人だろうとNetで検索してみると・・・
「小笠原望
1951年高知県土佐市生まれ。76年弘前大学医学部卒。同年徳島大学第一内科入局。77140211ogasawaranozomu 年高松赤十字病院内科。88年同病院神経内科部長。97年大野内科(旧中村市)。2000年同院長。「かかりつけ医としての在宅医療、神経難病、こころのケア」に、「四万十のゲリラ医者」として活動中。02年から朝日新聞高知版柳壇選者。著書に、「いのちばんざい」(高知新聞社)「いのちの仕舞い 四万十のゲリラ医者走る!」(春陽堂)など。」(
ここより)

番組で気になった言葉を拾ってみる・・・
病院で体調が悪くなった患者も、自宅に帰ると食欲も出て元気が出る。「家での自然の流れの中で、命の最期が来るとしても、最期の来かたというのが、家や家族というのが大きな力を持っている」
「在宅医療の視点は、病院と違って、心臓がどうだとか肺がどうだとかと違い、その患者を丸ごと受け取って、あるいはその家族を丸ごとケアしているという気持ちで、在宅医療は科学を超えた“文学”だと思っている」

小笠原医師の病院「大野内科」の基本理念は、
「ひとりひとりをいのちの存在として大切にします。
「にんげんはみんな大変」という共感を大事にして、こころを含めた幅広い対応を心がけます。神経内科、心療内科の専門的な分野とともに、訪問をつうじても地域の皆様のいのちをささえる役割を担う努力を続けます。」

「午前中に息子さんが帰ってきて会った。奥さんが心配していた一度会わせたいというのが出来て、僕が行っている目の前で呼吸が止まった。その時に奥さんが言ったのは、私が一人でないときに最期というのは、私を困らせないように、という段取りの良いこの人らしい死にかた。これは巡り合わせ、とだけでは言えない何かの意志が働いている。そういう世界があると僕は思っている」
「意外と、家族も疲れ、訪問看護も疲れ、僕もくたくたに疲れ、これ以上続いたらどうかな・・・というときに、患者さんは亡くなる。ちゃんと家族の限界もご本人は分かって、命の最期が来る。これは偶然でなくある。人間と人間の関係の不思議を感じる。・・・」

「祈りの世界・・・。医療、特に在宅医療は科学だけではない。科学を超えるものがある。人が生きるということは、科学的なものではない。科学は限界があって人を全部コントロールできないし、その先は祈りの世界、という気がする」

「死ぬときは やさしい医者に 会いたいね」

上の言葉で、「ちゃんと家族の限界もご本人は分かって、命の最期が来る」というのは本当で、自分もこの元旦にお袋が亡くなったときに、全く同じ事を経験した。まさにこれは本当のことで、不思議なこと・・・

それにしても、氏の話を聞くと、四万十川の自然に囲まれ、まさに生きて死ぬという自然の営みを肩の力を抜いて受け入れている姿勢を感じた。そして在宅医療を受けている患者も、「死は敗北」という病院医療とは違い、自宅で家族に囲まれて自然に死んでいくことを強く望んでいる。そして皆、その“いのちの仕舞い”を小笠原医師に頼んでいる。

詳しくは上の番組(音声だけだが)を聞いて頂くとして、とにかく「大野内科」の場所が高知というのが残念。東京からは遠く、とても行けないし、在宅医療も頼めない・・・
それにしても、このような姿勢の医師が、何とか増えないだろうか・・・。
この医師の自然な姿勢が、まさに人として患者に安心を与え、真の意味での緩和ケアを与えている。そして、病院でひとりぼっちで死を迎えるのではなく、在宅でのこころのケアによる、安心の死を実現している・・・。
しかし同様な医療を患者が願っても、このような医師が近くに居なければ、何も始まらない。
この番組を見て、このような姿勢の医師が全国に増えることを、まさに“祈りたい”ものだ。まさに科学や機械のデータだけではない、人間としての医師が増えることを・・・。
(追:カミさんにこの話をしたら、市内に在宅医療で看取りをしてくれる医師が居るという。これで一安心・・・!?)

140211hanasi <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (2)

2014年2月10日 (月)

「悪化する日中関係 それでも日本語を学ぶ若者」

相変わらず中国や韓国との関係が最悪な日本。
今朝の日経新聞に「日本語熱 世界に広がる」というデータ記事があった。
それによると、日本語の学習者は、地域別の多い順で、
<東アジア>中国104万6490人、韓国84万187人、台湾23万3417人
<東南アジア>インドネシア87万2411人、タイ12万9616人、ベトナム4万6762人
<大洋州>オーストラリア29万6672人、ニュージーランド3万41人
<北米>米国15万5939人、カナダ2万3110人
<西欧>フランス1万9319人、英国1万5097人、ドイツ1万4393人
<南アジア>インド2万115人
<東欧>ロシア1万1401人(2014/02/10付「日経新聞」p9より)
140210nihongo_2 だそうだ。そして人口10万人当たりだと、韓国の1,744人、オーストラリアの1,332人、台湾の1,008人が1,000人台を越えている。つまり絶対人数では中国が圧倒的で、人口比率では韓国が圧倒的なのだ。

先日こんな記事も見つけた。
「(風 北京から)悪化する日中関係 それでも日本語を学ぶ若者
 言うまでもなく、日中関係はとても悪い。こんなとき、中国で日本語を学ぶ若者たちはいったい何を感じているのだろうか、と思った。
 「本当にいいのか。日本語なんて勉強しても将来性はないだろう」。日本僑報社が主催する「中国人の日本語作文コンクール」で1等賞をとった李佳南さん(21)は、受賞作文のなかで、父親にそう言われた経験を書いていた。それでも彼女は、福建省にある華僑大学日本語学科に入学した。「(両国民が)互いに尊敬し、助け合える日が来るだろう」と信じているという。
 李さんに会ってみたいと思い、電話をした。「えっ」と驚いた様子の李さんだったが、すぐに承知してくれた。日本人と話す機会はほとんどないそうで、「私にとってもチャレンジです」という。
 江西省の玉山県にある李さんの実家を訪ねた。省都の南昌から鈍行列車でゴトゴトと約4時間。郊外に山と農地が広がる地方の小さな街だ。
 小ぎれいなアパートの部屋で、白と黒の縞(しま)のワンピースを着た李さんは、ちょっと緊張した表情で話してくれた。日本語学科に入ったのは、語学への関心からで、日本語にこだわったわけではなかったこと。両親は就職に有利な経済関係の学科を勧めたけど、合格点に達しなかったこと。
 ――今の中国で、日本語を学ぶって、どんな気持ち?
 「別に……。でも2年生のときは最悪。勉強しても意味がないと思った」
 李さんが言ったのは、一昨年の尖閣国有化の際の反日デモのことだ。「(日本語学科の)みんなは、ああ、この専門は良くないんだな、選択ミスだなって感じた」
 ――安倍首相の靖国参拝については?
 「本当につらい。どうしてこうなっちゃうんだろう。経済や文化の面で関係を発展させるのは悪いことなのかな?私たちは私たちで勉強するしかないけど」
 父親は出稼ぎに出ており、不在だった。近くの山で農業を営む祖父の遠木さん(82)を李さんと一緒に訪ねた。日中戦争の時、この辺りにも日本の軍隊が来て、食べ物などを奪っていった。殺された人もいたという。ちょっと迷ったが、聞いてみた。
 ――孫が日本語を学ぶのは嫌ですか。
 「そんなことはないよ」。遠木さんは笑顔でそう言った。でも、それ以上は何を聞いても、あまり話してくれない。李さんは、私に申し訳なさそうな顔をした。
 中国では今、約100万人が日本語を学んでいる。有名な日本語教師、笈川幸司氏によると、こうした学生たちにとって、31日からの春節(旧正月)は、親族のなかで居心地の悪いものになりそうだという。日中の交流がしぼめば、就職先もぐっと減る。
 中国と言えば、きつい表情をした報道官が日本を厳しく批判する場面が頭に浮かぶかもしれない。日本人が中国政府の対応に怒りを感じることがあるのはよく分かる。
 だけど、中国にも、私たちと同様、こんな状況は嫌だと思う人がいることも知って欲しい。対立を深める二つの政府の関係だけが、日中関係のすべてであってはならない。
 取材を終え、駅に向かうタクシーのなかで、李さんに将来の希望を尋ねた。返ってきた答えは「日本に留学できれば、一番いい」。垂れた前髪の奥で、その目はすっと前を見つめていた。(古谷浩一 中国総局長)」(
2014/01/27付「朝日新聞」p9より)

国の関係悪化は、時の政権に負う所が大きい。中国も然りで、今の日本嫌いは愛国教育に端を発すると言われている。よって子どもの教育に源があるので、なかなか根が深い。しかし日本はどちらかというと短期戦。状況は時の首相のスタンスでクルクル変わる。しかし今の首相は、中国に追従して日本でも愛国教育をやろうとしているらしいが・・・!?

そんなきな臭い話を別にすれば、語学学習は個人にとっては長期戦。中国の若者たちは、そんな事を超越して100万人もの人が日本語を勉強しているという。これは心強い。日本にとって、これほどの援軍はない。

中国には何度か行った。これは当時カミさんが中国語を勉強していて(近くの女子大が開いていた講座で)、その実地訓練という背景があったが、その時の現地のガイドさんが今でも目に浮かぶ。彼らは日本語を勉強してガイドになったが、日本には行ったことがないと全員が言っていた。
現政権のスタンスで国の間の関係が悪化している影響で、日本からの観光客も減っているだろう。その時、彼らが苦境に追い込まれているのではないか・・・と心が痛む。

ともあれ、今はギクシャクしている中国や韓国でも、そして世界全体でも日本語学習者数が増えているという話は、長期的に、日本の理解者が増えるとも期待され、嬉しいことだ。政治の世界は別にして、住む国は違っても、皆人間である。過去の歴史を否定する必要は全く無いが、正確な歴史を認識した上で、お互いの理解が少しずつでも進むと良いのだが・・・。

140210tabako <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (1)

2014年2月 9日 (日)

都心積雪27センチ 45年ぶりの大雪~八王子・西東京バスの1日運休

昨日未明からの雪は、都心では45年ぶりの大雪になったとか・・・
大雪:首都圏で記録的…都心積雪27センチ、戦後3番目
 本州の南海上で低気圧が急速に発達しながら北東に進んだ8日、日本列島各地は激しい雪と風で大荒れの一日となった。2001年1月以来の大雪警報が出された東京都心は午P10205331 後11時に積雪が27センチに達し、1994年2月以来20年ぶりに20センチを超えた。雪道での転倒や車のスリップ事故で多くのけが人も出た。首都圏のJR新幹線・在来線や私鉄各線は運休や大幅な遅れが終日続き、羽田、成田空港発着の空の便も午後は大半が欠航となった。・・・
 東京都知事選の選挙戦最終日となった都内では、都心の最低気温が今季最低の氷点下0.9度を記録。日中もほとんど気温が上がらず、夜にかけて横殴りの激しい吹雪となった。
140209yuki1  都心の積雪27センチは、51年2月の33センチ、54年1月と69年3月の30センチに次ぐ戦後3番目の記録。午後9時現在、首都圏では他に埼玉県熊谷市で36センチ、千葉市で30センチ(観測史上1位)、横浜市で16センチの積雪を観測した。・・・」
2014年02月09日毎日新聞(ここ)より)(図は朝日新聞より)

P10205571 今朝、朝食後に雪かきをしようと外に出て、庭の積雪量を測ったら34センチだった。昨夜7時頃は38センチあったので、少し潰れた?? でも夜の12時頃まで降っていたので、たぶん最高で、40センチは行ったのでは?? ま、当八王子は雪深い山奥なのであ~る。

家の前の歩道の雪かきをしていたら、隣の家でも始まったが、バスが走っていないと言う。「まさか、バスは走っているでしょう」と言ったものの、良く考えると、雪かきをしていた間、バスを見ない・・・。なるほど、これは事件だ。ここに住んで26年になるが、今までは雪が降ってもバスはチェーンを巻いて走っていた。
140209yuki2 雪かきを終えた後、パソコンで西東京バスのHPを見てビックリ。何とバスがほとんど動いていない。16時半の時点で動いているのは3路線、19・21時時点でも6路線・・・(ここによると西東京バスの路線数は116位あるので、夜になっても95%が動いていない・・・)
西東京バスは、八王子の中央線の北側、かつ青梅線の東側を担当している。広大なエリアが今日は一日中バスが動いていないとは・・・。でも午後には道路の雪は通る車で溶け、車もチェーン無しで走っていたのに・・・。(Net情報(ここ)によると「八王子駅発・直通創価大学行き」だけは動いていたようだが・・・)
140209yuki3 明日は通勤で困るので、西東京バスに聞いてみた。すると、明日(2/10)は午前3時から自家用車で先遣隊が出発し、運行できる路線を確認した後に、始発からの運行を決めるという。
しかし今夜は止まったままだ。それにしても、今日の全面ストップは、自分も初めて見たが、バス会社としても20年以上経験がないらしい。原因はバスの車庫が一本道の街道の奥にあることが大きいらしい。例えば、八王子駅から出るバスは、たぶん楢原営業所が車庫。そこは市街から遠い秋川街道の奥にある(八王子駅から5~6キロ?)。つまり、この一本道の1カ所でも、エンコしている車があれば、バスのすれ違いが出来ない等の理由で、バスが車庫から出発できない。また駅から出発したとしても、その路線の終点の折り返し場までの間に、通れない場所があると、手前でUターンして引き返すことが出来ないため、やはり運行できないという。
まあ言われてみると、郊外の一本道の奥の車庫から沢山のバスが出てくるので、車庫から出発できない、という状況も分かる。それに田舎の路線バスは、名人芸のように、道路幅すれすれで走っている。そのギリギリの道幅が、雪で狭くなっていると、確かにバスとバスがすれ違えない。
・・・・まあ分かるけど、八王子駅は全国でも一番出発バス路線が多い駅。この公共交通機関の不通の影響は計り知れない。それに比べて、八王子駅の中央線の南側をエリアとする京王バスはちゃんと動いていたという。これもバスの車庫が市街地にあったため??
しかしこれは、福島原発と同じような、リスク管理に問題があるのかも知れない。万が一、今回のような雪や事故で、この一本道が不通になった時に、バスが広大なエリアで全面ストップになる可能性があるので、もっと大きな道路に面した市街地に近い場所に車庫を設けるべきだった・・・とか。
ともあれ、あまりに脆弱な八王子の路線バスの現状が露呈してしまった。隣家の人は、バスもタクシーも来ないので、仕方なく駅から5キロも雪道を歩いて帰ってきたとか・・・。
たまたま日曜だったとは言え、東京・西部の広大なエリアの公共交通機関が終日運休した代償は大きく、これも福島と同じく“人災”なのかも知れない。

P10205651 話を戻すが、雪かきの後に、カミさんと近くの小学校に都知事選の投票に行った。いつもの横門が閉まっており、正門だけ。校内を通って体育館に行って投票したが、昼前で投票率が10%ほど。相当な低投票率だ。出た所には、NHK出口調査の女の子が居た。まあ自分たちは声が掛けられなかP10205661 ったが・・・
ついでに買い物に、スーパーに寄ったが、そこまでの道が、まるでアリの行列。細い轍をぞろぞろと・・・。すこし写真を・・・。まあ記憶に残る豪雪であった。

(追:2014/02/16)~1週間後の雪でも、西東京バスは2日間に亘ってストップ・・・
2月16日(日)の路線バスの運行につきまして[2月16日06:00現在]
 昨日15日は早朝より運行の再開に向けて各路線の安全点検を行ないました。
積雪で運行不能となり放置された一般車両のほか、残雪やわだちによりバスと対向車の安全なすれ違いができない区間などが多数ありました。
その後、運行の早期再開に向けて、運行見合わせ中の乗務員も含め、多くの社員で除雪作業もすすめました。また、時間をおいて数度にわたり安全を確認するための試運転車両を出しましたが、夜になっても安全なすれ違いができない区間が多く、営業運行の安全を確認するまでに至りませんでした。
結果として15日中の運行の再開ができませんでした。運行再開をお待ちいただいたお客様にお詫び申し上げます。
本日も早朝から運行の再開に向けて各路線の安全点検を行なっておりますが、現在、全線運行を見合わせております。
引き続き、すれ違いができない区間の除雪等を試み、安全を確認のうえ運行を再開いたします。
ご利用のお客様には大変ご迷惑をおかけいたします。」(西東京バスのHPより)

(関連記事)
八王子で積雪60センチ 

140209murofusi <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (1)

2014年2月 8日 (土)

「ドライバーが知らない交通取締り」~もっとひどい米国の実情

今日は未明から一日中大雪。午後13センチと思っていたら、午後7時には何と38センチ。幾ら当八王子は田舎と言っても、少し多いのでは??
テレビでは車が雪でスリップして大変・・・

blogのネタ切れ気味なので、昔取っておいた交通取り締まりの話を・・・。
だいぶん前だが、こんな記事を見付けた。
ドライバーが知らない交通取締りヤバすぎる秘密110 vol.1
秋の全国交通安全運動が終わったが、ひと息つく暇もなくドライバーにとっては恐~い年末がやってくる。
「11、12月は、取締りや反則金のノルマ達成のための“年末調整”の季節。飲酒運転やスピード違反取締りを強化するために、白バイや覆面パトカーが大量に動員されます。善良ドライバーの方はいつも以上に警戒しなければなりません」(道路交通評論家・鶴田光秋氏)
年の瀬のいい雰囲気をブチ壊されないために、知って得する交通取締りのヤバい秘密を暴いていこう!

PART1世にも恐ろしい……悪質取締り編
車を運転したことがある人なら一度は、「あっ、汚ね!?」と言いたくなる取締りに遭ったことがあるかもしれない。
そして、そう思いつつも、“警察とモメてもいいことないし”と、結局、言われるがままに反則金を支払ったという人がほとんどだろう。
では、そもそも、なぜ警察はそんな悪質な取締りを繰り返し行うのだろうか。
「警察には、前年度実績から弾き出された摘発数の目標数値、つまりノルマがあるんです。交通課には課全体で、地域課には課の人数で頭割りしたものを、一人ひとりに割り当てています」(前出・鶴田氏)
好成績を上げる、つまりたくさんのキップを切れば当然、組織の中でプラス加点を得られるため、躍起になって摘発するのだという。
「表向きには、絶対にノルマの存在は認めませんが、今年の夏にでっち上げ摘発を行ったことがバレ、裁判にかけられたある巡査部長が、取調べで“検挙実績を上げないと上司がうるさい”と供述していますから、これは、もう間違いありませんね」(前同)
なかでもスピード違反の取締りは、捕まえやすいのか、悪質極まりない。
前の車を追い越そうと前後の安全を確認し、追い越し車線に飛び出したところ、突然、後ろでパトカーのサイレンが鳴り、スピード違反のキップを切られた、という経験をしたことのある人もいるだろう。
これは、いわゆる「追尾式」といわれる取締りだが、「追尾式で検挙するには、対象車両の後方で、同車両と同じスピードで走り、車間距離を保ちながら一定の距離200メートルを追走してから捕まえるという基準が警察内であるんですが、もちろん測ることなんてできませんから、ほとんど目分量、言うなれば担当者の勘だけで行われている実態があるんです」(鶴田氏)
しかも、追尾を悪用し、警察自ら違反を誘発してくる場合もある。
「覆面パトカーが後方で車間距離を20メートルまで詰めて、わざとスピードを出させ、検挙したケースもあります。そんな距離で詰められたら、誰だってスピードを上げて振り切りたくなる心理を利用しているとしか思えません」(交通ジャーナリスト・今井亮一氏)
さらに、覆面パトカーで追尾を行うときは、フロントの前面赤色警告灯だけでなく車の上に赤色灯を点灯させなければならないのだが、「前面赤色警告灯だけで追尾しているパトカーが多いのなんの。サイレンは、違反を現認してから鳴らせばいいんですが、パトカーといえど赤色灯を点けていなければ、ルール上、一般車両と同じ扱いです。なので、赤色灯を点けずに違反車を追尾すれば、そのパトカーもスピード違反を犯していることになります」(鶴田氏)

こうした悪質な取締りで悔しい思いをしないように、ドライバーが覆面パトカーの見分け方を知っておく必要がありそうだ。
以前は“88ナンバー”ですぐに見分けがついたのだが、現在は普通車として潜んでいるため、なかなか判別が難しい。
しかし、「警察無線用自動車電話のアンテナが、車の後部右側にツンと立っているかどうかが一番確認しやすい。自分が前方にいる場合は助手席に注目。必ず助手席に人が乗っていて、さらに助手席からも確認できるよう、バックミラーやルームミラーの下に補助ミラーがついています。また普段、赤色灯を格納しておくためのスペースが車内の天井部分に出っ張っているかどうかも判断材料と言えるでしょう」(前同)

もちろん、スピード超過や危険運転は違法。
しかし、“覆面”を利用して、違反を誘発するなど言語道断。
その場合は、たとえ検挙されたとしても、キップへのサインを拒否することが大切だという。
「納得のいかないキップへのサインの拒否は、憲法第38条と刑事訴訟法第198条の『供述拒否権』で保証されています。キップというのは供述調書ですから、当然、サインを拒否できるんです」(鶴田氏)

しかし、取締りを行う警察には、その場でサインをもらわなければならないある理由がある。
「キップへのサインがないと、調書や現場検証の書類を作成し、検察へ回さなければなりません。そのためにほぼ一日仕事で実況検分を行わなければならず、そんな残業はしたくない。しかも、サインがない場合は、ほとんど不起訴になってしまうので無駄足もいいとこ。手っ取り早くサインさせ、反則金を納めさせたいんです」(鶴田氏)
なかには反則金を支払わせるために、「サインをしなきゃ免許証を返さない」と言う警察もいるようだが、「免許証は各都道府県の公安委員会が作成したものなので、この場合、警察が返さないのは窃盗罪になり、逆に、その警察を告訴できますよ。免許証は、あくまで“引き続き、この車を運転できるかどうかの確認(道交法第67条)”と、“どこの誰であるか(住所と氏名)”、“運転資格がある(免許証番号、種類、期限)”を確認するもの。サインを切るための人質ではありません。提示はしても提出する義務はないんです」(鶴田氏)

しかし、ここまでドライバーの権利が認められていても、やはり、いまだ泣き寝入りしてしまう人が後を絶たないようだ。
「昨年、一昨年の反則金納付率は両年とも98.2%で、納付額も700億円弱。警察の認識では、高い納付率=適切な取締りですから、この納付率が変わらない限り、不当な取締りの数も変わらないでしょうね。ただ、この中の1割の人が不当な取締りに異を唱え、反則金を拒否するだけで現行システムは運用できなくなりますから、ドライバーの皆さんが取締りの現状や権利を、しっかり認識することが必要だと思います」(前出・今井氏)
今後の適切な取締りのために、納得のいかないものには、しっかり“NO!”を突きつける勇気が必要のようだ。」(
2013年11月18日デジタル大衆(ここ)より)

まあこんな話は日本ではある意味常識だが、先日ラジオを聞いていたら、アメリカでも日本以上の“悪質取り締まり”が横行しているのだそうだ。
NHKラジオ深夜便「ワールドネットワーク」(ワシントンDC山崎一民氏のレポート:2014/01/22 0時台の放送)によると、アメリカでは地方自治体の税収難から、一番手っ取り早いテレビカメラによる交通取り締まりで税収を上げようとしており、ワシントンDCはそのトップで、2012年は7800万ドル(約80億円)以上を上げているという。

<NHKラジオ深夜便WN(ワシントンDC山崎一民氏のレポート)>

いやはや、どの国の行政も、たいしたことはない。こんな話を聞くと、逃げ場のない無力感にさいなまれてしまう。
明日は都知事選。今日の大雪の後遺症で、投票率はどうなるのか? そしてそれはどの陣営に有利に働くのだろう??
まあ、雪に気をつけて、行ってこよう。それにしても、明日の、家の前の道の雪かきが悩み・・・。たぶんカミさんに追いまくられての雪かきで、我が老体はあっちこっちが痛くなるだろうな・・・。トホホ・・・
140208yuki ともあれ東京は20年ぶりの積雪だという。最初にも書いたが、夜になって石油ストーブの石油が切れたので、しかたなく庭の物置に石油容器を取りに行ったのだが、庭のまるで山のようになっている雪にビックリ。今回の積雪は半端ではない・・・
明日の朝、さっきの38センチの庭の積雪の記録が、どこまで伸びているか・・・!?

140208kawauso <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2014年2月 6日 (木)

夫婦一緒の骨壺・・・

何とも女性(おばさん)はたくましい。先日、カミさんが行ってきた“近所の同じ歳4人”の女子会は、何と6時間だったという。男の居酒屋での飲み放題でも2~3時間が一般的なので、昼間とはいえ、5~6時間が普通だというおばさんの女子会は何ともタフ・・・
その女子会で聞いてきた話。
4人のひとりのCさんの実家は福岡とか。その両親は非常に仲がよく、今は同じ骨壺に入って眠っているとか・・・
聞くと、父親はどこかの会社のエライ人だったらしく、家庭は裕福だったとか。そのうち母親が痴呆気味になり、高級老人ホームに入ったのだが、母親が先に亡くなり、残されたパーキンソン病にかかった父親が、その母親の骨壺を離さないで、骨壺と一緒に寝ていたとか・・・。それで骨壺が壊れたりすると困るので、位牌に変えさせたら、今度は位牌を持って寝ていたとか・・・
その父親もホームで亡くなり、遺言によって、父親の葬儀の時、Cさんたち遺族が母親の骨壺を、父親の骨あげの場に持って行って、大きな骨壺に、父親と母親の遺骨を交互に納め、一番上に二人の喉仏を置いたという。
そして今両親は、同じ骨壺に入って福岡の墓地に眠っているという。

一方、そのCさんのご主人は京都が実家だとか・・・。京都では骨壺で納骨せず、いったん布の袋に入れて納骨するのだそうで、これは土に還る、という意味だそうだ。
Netでみると、こんな記事があった。
「京都ではお墓に納骨するときは,遺骨をサラシ(木綿)の袋に移します。遺骨が土に還るようにします。
 骨壺のまま納骨する墓と京都のように骨壺から出して納骨する墓では,墓の構造が異なります。
 納骨する部分をカロートと呼びますが,骨壺のまま納骨する墓のカロートは,底に石が敷かれていたり,コンクリートが打ってあったりしますが,サラシの袋に移して納骨する墓のカロートの底は石もコンクリートもなく,土のままです。
 遺骨をサラシの袋にいれて納骨する場合は,骨壺とそれを納めていた骨箱は,お寺や石材店が引き取って処分してくれます。
 石材店の話ですと,遺骨をサラシの袋に入れて納骨するようになったのは,昭和30年代ぐらいからで,それ以前は骨壺のまま納骨していたのだそうです。その当時の骨壺は粗末な素焼きであったため,骨壺ごと土に還ることができたのですが,骨壺の品質が良くなり,骨壺ごと納骨すると土に還れないので,サラシの袋に移して納骨するようになったのだそうです。
 祖母の納骨のとき,それより30年前に納骨した祖父の遺骨は全く残っていませんでした。土に還ったんでしょうね。」(
ここより)

葬儀の形態が地方によって色々あることは分かっていたが、確かに色々あるようだ・・・。
骨壺で墓の中にずっと置いてある、というのは単にこちらの風習か・・・

さて、先の夫婦で同じ骨壺、という話だが、母親が逝った後、何年後に父親が逝ったかは聞いていないが、少なくてもそれまでは、母親の骨壺は父親が保管していた事になる。
もちろん仏教的には何の意味も無い。全ては土に(無に)還るので・・・。
しかし心情的には分かるような気がする。遺骨も位牌も、かけがえのない妻の“存在の象徴”なのだ。仏教の偶像崇拝のような・・・

それで、改めてこの話を聞いてどう感じる? 「良い話・・・」と聞くか、「まっぴら・・・」と聞くか・・・
自分は、この話を何かホッとした温かい気持ちで聞いた。
かけがえの無い人に先立たれた残された者にとっては、仏教もへったくれも無いのである。どうやって自分の心の中の穴を埋めるか・・・。ただそれだけ・・・。それには、「もうすぐ同じ骨壺でまた一緒になるんだ・・・」という“目標を持つ”ことで心の穴を埋める方法も確かにあるのではないだろうか・・・。つまり、京都のように、皆同じ墓の中で土に還る、という地方で無い場合は、同じ骨壺で・・・という救いも確かにある・・・。

それで我が家では?? それは後に残されるであろうカミさんの気持ち次第・・・。
せめて「まっぴら・・・」と言われないように、今のうちにカミさん孝行をしておかねば・・・!?(←たぶんまた直ぐに忘れると思うけど・・・)

140206dorobo <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2014年2月 5日 (水)

全国5700病院の2012年「手術実績数」一覧

先日、たまたま週刊朝日を買ったら、最新の2012年1年間(1~12月)の、全国の病院の“難易度の高い”手術数の一覧があった。覗いてみると、我が家の近くの病院もたくさん載っている。それで、いざ、と言うときに参考になるな・・・と思った。

手術数で「病院の実力」を見る 全国5693病院の手術数総覧 厚労省データを情報開示で入手!
医療機関は、厚生労働省が指定する難易度の高い手術を実施する場合、その手術数を毎年、各都道府県の厚生局に届け出ている。本誌は、最新の2012年1年間(1~12月)のデータを情報開示請求により各地の厚生局から入手した。患者が病院選びをする際の参考情報の一つとして、届け出があった全国5693医療機関のデータを一挙公開する。

 厚生労働省が各医療機関に届け出を課している難易度が高い手術は、24項目あり、詳細は左ページに示すとおりだ。これらの手術を実施する医療機関は、手術数を「院内掲示」し、その数を厚労省の地方分局である厚生局に「報告」することが、診療報酬の算定要件になっている。
 厚労省発表の医療施設調査によると、12年10月1日時点で活動中とされる全国の医療機関の総数は、17万7191(病院8565、一般診療所10万152など)である。今回、本誌の情報開示請求により明らかになった手術数の届け出がある医療機関は、5693だった(13年10月時点)。これらの医療機関は、それぞれの分野で難易度の高い手術が実施可能な医療機関といえるだろう。・・・」(「
週刊朝日」2014年2月7日号より)

<全国5693病院の手術数総覧>
「北海道」「東北」のPDF(7M)は(ここ
「関東」のPDF(11M)は(ここ
「中部」のPDF(7M)は(ここ
「関西」のPDF(9M)は(ここ
「中国」「四国」のPDF(6M)は(ここ
「九州」「沖縄」のPDF(9M)は(ここ

このリストは、あくまでも難易度の高い手術の数である。しかし難易度の高い手術を多くこなしている病院は、難易度の低い手術も大丈夫・・・と言える。そんな意味で参考になる。
近くの病院や家族が入院したことのある病院を眺めてみると、予想以上に手術数が少なかったりする。また病院によって、ある手術に集中している。つまり病院によって得手不得手があるということ。診療所の紹介で行く場合は、当然それらを加味して紹介してくれるだろうが、自分が初診で“飛び込む”場合は、このリストから病院の得手不得手を確認してから飛び込んだ方が良いかも・・・

あまり見たくないリストではあるが、そのうち、“何か”があったらお世話になることにしよう。

140206uwaa <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2014年2月 4日 (火)

「障害年金 受給要件の見直しを」

先日の朝日新聞の社説に、こんな記事があった。
「(社説)障害年金 受給要件の見直しを
 年金はお年寄りだけでなく、若い世代にも恩恵がある。病気やけがで仕事や生活に大きな支障があるとき受給できる障害年金だ。国民年金加入者だと年に最大約97万円受け取れる。
 だが、受給の要件が理にかなっていない部分がある。時代にあわせ、障害者の生活を保障する機能をきちんと発揮するよう見直していくべきだ。
 障害年金を受け取るには、傷病で最初に医療機関を受診した日(初診日)の直前までに保険料を一定期間以上納付している必要がある。
 問題は、この「初診日」を基準にする点にある。
 事故で病院に担ぎ込まれたという場合ならわかりやすい。
 一方、今や受給者の3割近くを占める精神障害などは、進行が緩やかで何年もたって仕事ができなくなり、障害年金の請求に至るケースが少なくない。
 こうした場合、最初に診察を受けた病院にカルテが残っていないことがある。法定の保存義務期間は5年だからだ。病院が廃業していることもある。
 もし、受診の証拠がなく初診日が確定できなければ、いくら保険料を納めていても、障害年金は受け取れない。
 もう一つの問題は、初診日の時点で保険料未納が一定以上あると、障害年金を受け取るチャンスが生涯失われる点だ。
 ある30代の精神障害者は一昨年、支給を申請したが、12年前の初診時点で保険料納付が3カ月足りなかったとして拒否された。実は初診日のすぐ後に親が保険料を5カ月分、追納していたが、認められなかった。
 これは過酷である。精神疾患は20歳前後に発病しやすい。受診するまで時間がかかり、生活が混乱している間に未納が積み重なって納付要件を満たせない状況に陥りやすい。
 例えばブラック企業で働き、うつになったりした若者も同じリスクを抱えるだろう。精神疾患の患者は320万人。ひとごとではない。
 もちろん、受給の要件を緩和すれば、真面目に保険料を納付し続けている人との間で公平さを欠くという反論があろう。
 ただ、高齢者については無年金者を出さないため、国の姿勢はずっと緩やかだ。最低25年の納付期間を満たす人を増やそうと10年前までの保険料を追納できる時限措置もとっている。
 公的年金も保険なので、保険料の納付要件は必要だが、今の「初診日主義」には様々な問題がある。障害が一定以上になった時を基準にするなど、実態に即した案を検討する時期だ。」(
2014/02/02付「朝日新聞」p10「社説」より)

改めてNetで「障害年金の受給要件」を検索してみると、「障害年金ネットワーク」というサイトにこんな解説があった。

「障害年金は、次の4つの条件(「受給要件」といいます。)がすべて満たされた人に支払われます。
 それは、1.初診日要件、2.制度加入要件、3.保険料納付要件、4.障害要件の4つです。以下に、これについて解説します。
1.初診日要件
 我が国の障害年金制度では、この初診日に非常に大きな意味が与えられています。
 それは、初診日というものが、上の2.から4.までの受給要件のすべてに関わる(以下の説明参照)ことからも、その重要性がお判りになると思います。
 ところで、障害年金請求の要因となった障害は、何らかの怪我や病気が原因となって発生するものです。
 従って、傷病には必ず初診日があります。その日がいつで、どの病院の初診日かを特定する必要があります。
 そして初診日は、何らかの証明によって裏付けられる必要があります。
2.制度加入要件(加入要件)
 その初診日に、年金制度(国民年金、厚生年金保険など)のどれかに加入している必要がある、ということです。
 これに当てはまらない場合でも、初診日に20歳未満か、又は60歳以上65歳未満であるとき(ただし、住所が日本国内にあるときに限る。)は、年金制度に加入していない時期の初診日であっても、国民年金に加入していたのと同じ扱いになります。
3.保険料納付要件(納付要件)
 初診日の前に、決められた月数以上の、保険料が納付されているか免除を受けている月数が必要です。
 具体的には、次の条件のどちらかに当てはまっていること、とされます。
1)初診日の前々月までの年金加入月数の3分の2以上が、保険料納付済みか免除されている月であるとき
2)初診日の前々月までの12ヵ月がすべて保険料納付済みか免除を受けた月であるとき
4.障害の程度が障害等級に該当していること
・・・・・
」(ここより)

この制度は、どうも国民に優しくない・・・。確かに年金の納付は義務だろう。しかし「初診日の前々月までの12ヵ月がすべて保険料納付済みか免除を受けた月であるとき」の条件など、何かゲームのようだ。「残念だったね!1ヶ月足りないからアウト! 惜しかったね~~」みたいで・・・

障害年金は年額778,500円だそうだ。もし受けられれば、上の記事の例のように申請時30歳だとすると、80歳までの50年間に受けられる年金の総額は、4000万円近くなる。それがほんの些細なミスで受け取れない・・・。

こんな条件を、どれだけの国民が認識しているだろう。ほとんどの人は、その場になって(急に障がい者になって)初めて知るのでは? そしてたまたま運良くキチンと納めていた人はセーフ。そして受診する前に精神混乱などで未納期間があると、アウト!
だいたい、キチンと納めているような人は、そもそも障害年金など申請しない健常者では?
確かに、この社説が指摘しているように、何とも国民に優しくないヘンな「障害年金 受給要件」ではある・・・。

(関連記事)
「幻の障害年金 解消へ、時効の起算点改めよ」

140204kenka <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2014年2月 3日 (月)

“報道”を自分の目で見ることの難しさ・・・

最近どうも、“報道”を自分でどう受け取るか・・・について、思うことが多い。テレビや新聞の報道を「信用出来ない」とするにしても、それでは真実をどう知るか・・・
下記にふたつの記事を挙げる。

「(Media Times)新会長発言、報道に開き NHK、国会の模様だけ紹介
 NHK新会長の籾井勝人氏が就任会見で、従軍慰安婦問題や首相の靖国参拝などに関して「持論」を述べたことについて、大手メディアの間では報じ方に違いが見える。また、NHK自身は会長発言について、国会で取り上げられる模様を紹介する形にとどめている。
 ■連日伝える民放も
 NHKは会長の就任会見があった25日夜のニュースで、籾井氏が「不偏不党や公平をうたった放送法の順守に努める」などと述べたことを紹介した。だが従軍慰安婦や領土問題など、政治的中立性が疑われるとして各メディアが報じた発言は伝えなかった。
 28日夜のニュースで、民主党の海江田万里代表が衆議院本会議で、籾井氏の従軍慰安婦についての発言をただしたことを伝える形で、初めて報じた。
 籾井会長が参考人として出席した31日の衆院予算委員会については中継し、同日夜7時のニュースで放送。特定秘密保護法について籾井会長が「まあ通っちゃったんで」などと発言したことを民主党の原口一博氏が「放送法第4条に違反する」と指摘し、籾井会長は「何回も聞かれたので私見と断った」「非常に不慣れであったこと。これは誠に申し訳ない」などと答えた模様を伝えた。
 籾井氏の発言についてのNHKの報道姿勢について、同広報局は朝日新聞の取材に「会長は、個人的な見解を放送に反映させることはないと述べている。報道にあたってはこうした点を踏まえ、適宜、判断している」と文書で回答した。
 民放はどう報じたか。
 テレビ朝日広報部によると同局は27、28日、朝や夜の5番組で籾井会長の発言について取り上げた。
 TBSは26日から31日までほぼ連日、昼と夕方のニュースで報道している。
 フジテレビは27日夕方のニュースで取り上げ、日本テレビは31日のニュースで籾井会長が発言について陳謝したことを報じた。
 ■各紙社説、批判と擁護
 朝日新聞は就任会見の翌26日から1面や社会面などで連日、籾井会長の発言について報じてきた。
 28日の社説では「(籾井氏は)政府の立場に寄り添うような発言を繰り返した。(中略)NHKが向くべきは政府ではなく、受信料を納める国民の方である」と指摘した。
 毎日新聞は26日朝刊1面で「政治的中立を疑われかねない不用意な発言」とするなど連日記事を掲載。29日朝刊では、公共放送のあり方についても「政府見解と正反対の事実についても取材を重ね、伝える義務があり、それには政治との距離が問われる」とした。
 東京新聞も「公共放送トップ見識疑問」(26日)、「揺らぐ『政治的中立』」(28日)などの見出しで展開。社説では「どこかの専制国家の国営放送のように、権力側の言い分を押し付けるのなら存在意義はない」(同日)と批判した。
 読売新聞は26日朝刊で尖閣諸島などの領土問題や慰安婦問題の発言内容を紹介。30日の社説では「元慰安婦への補償問題は、1965年の日韓請求権協定で法的には解決している」などと、籾井氏の見解に理解を示した。
 産経新聞は26日、「NHKのボルト、ナットを締め直す」という籾井氏の発言を引き、「偏向是正へ問われる手腕」と展開。30日、社説にあたる「主張」で国際放送において「国益に沿った情報発信を行うのは当然の姿だ」とした。(清水大輔、今村優莉)
 ◆NHK、公共性否定 林香里・東大大学院教授(ジャーナリズム研究)の話
 NHKは就任会見を伝えるニュースで籾井氏の発言を報じなかった。視聴者への役割を放棄したのか。あたかも(政治的中立性が疑われるような)発言がなかったかのような報道の仕方に驚いた。価値判断をするしないはともかく、言及したことは触れるべきで、報道機関としての公共性を否定したに等しい。
 ◆民放、腰引けている 碓井広義・上智大教授(メディア論)の話
 NHKは、国の統制からも距離を置くべき報道機関だ。だが籾井会長の発言は、NHKが国営放送の道を進むのではないかと心配になる。これを報じた新聞各紙は、濃淡はあるが一定の批判をしている。一方、民放は腰が引けている。公共放送トップの発言が安倍政権とほとんど重なっていることへの危機感が足りない。」(
2014/02/01付「朝日新聞」p37より)

================
「(池上彰の新聞ななめ読み)取材される立場になって 「裏を取る」大切さ再認識
 一方の当事者からの取材だけで原稿を書いてはいけない。私が新人記者時代に叩(たた)き込まれた原則です。今回取材される側になって、その大切さを再認識しました。
 1月10日付の産経新聞(東京版は朝刊のみ発行)に「都議会自民が舛添氏推薦 細川元首相、出馬を検討」という見出しの記事が出ました。本文には、次のような文章が掲載されていました。
140203ikegami  〈細川氏周辺によると、細川氏は今年に入ってジャーナリストの池上彰氏(63)と会談し、出馬を打診したが、池上氏は逆に「細川氏が出た方がよい」などと立候補を促したという〉
 これには驚きました。記事は伝聞調。「促したという」になっています。新聞記者だったら、伝聞調の記事など書かず、本人に直接当たって確認をとるものだと思っていたのに、私への取材がないままの記事だったからです。
 ジャーナリストが、選挙で特定の人物に立候補を促す。中立であるべき立場の者が、決してやってはいけない行為です。心外な記事でした。
     *
 事実は以下のようなことです。
 私は去年暮れに『池上彰が読む小泉元首相の「原発ゼロ」宣言』という本を出しました。この中で細川護熙氏にもインタビューしようとしたのですが、私の都合がつかず、編集者が代わって話を聞きました。お礼とおわびのあいさつをしなければと思っていたところ、細川氏から人を介して「会いたい」という話がありました。これはチャンス。1月6日、東京都内のレストランで食事をご一緒しました。このとき細川氏から「都知事選挙に出ませんか」との発言が出ました。私は、「出ませんよ。当日は都知事選挙のテレビの特番に出るんですから」と答えた上で、「それより細川さん、あなたこそ選挙に出るのではないかと週刊誌が書いていますが、どうなんですか?」と問い返しました。
 この部分のやりとりが、産経の記事で「細川氏が出た方がよい」となってしまったのです。「細川氏周辺」は、「池上に促されたから選挙に出る」ということにしておくといいと考えた人がいたのでしょうか。だとすると、それに乗せられた記事です。
     *
 この記事が出ると、真っ先に読売新聞の記者から、続いて朝日新聞、NHKの記者から、事実関係確認の取材がありました。事実を説明すると、「なーんだ」と、記者たちも納得してくれました。
 ところが11日付の朝日新聞朝刊の記事でも〈細川氏に「立候補を」、池上氏からも提案〉と出てしまいます。どこで行き違いがあったのか。産経新聞と同じニュアンスになってしまいました。
 この後、東京新聞の記者は、綿密な取材にもとづき、私に関する部分についての事実関係の確認を求めてきました。業界用語で「裏を取る」という行為です。基本に忠実な取材態度でした。
 ところが産経新聞は、1月12日付でも、こう書きました。
 〈細川氏が白羽の矢を立てたのはジャーナリストの池上彰氏。説得を進め、6日には直接会って出馬を要請したが、逆に自らの立候補を促された〉
 伝聞調が消え、断定されてしまいました。
 このままでは、産経の記事が独り歩きしてしまう。産経の記者に事実関係を説明しておこう。産経新聞東京本社の代表電話にかけたら、12日は日曜日。留守番電話です。さて、困った。おっと、社会面に「ニュースはこちらへ」とメールアドレスがある。ここにメールを送りました。何の反応もありません。困惑して、休み明けの14日と15日の2回にわたり、東京都庁記者クラブに詰めている産経新聞記者に、都庁の代表電話経由で連絡。「事実関係を説明したいので担当者に連絡を取りたい」と伝言を依頼しました。
 それ以降、私は産経新聞記者からの連絡を待っているのですが。」(
2014/01/31「朝日新聞」p17より)

これらは「朝日新聞」の記事なので、まあ“それなり”の観点で読む必要はあるものの、要はマスコミの報道姿勢で、かくも書いている事が違う、という事実。
分かり易く“左右”で言うと、朝日/東京と産経が左右の両端に位置付けられているようだ。

どうも自分は、“扇動”に弱いらしい。家では、カミさんが言っていたことを、自分が知らぬ間に“自分の言葉”として喋っている・・・、というのがカミさんの自分評。つまり自分の考えなど無く、カミさんが言うことが知らぬ間に自分の体に染み込んでしまい、それをあたかも自分の意見としてしゃべっているようなのだ・・・。自分ではそんなつもりは無いのだが・・・。しかしこれは、自分がテレビニュースや新聞報道に簡単に踊らされる、ということを意味している。よって怖いこと・・・。
つまり自分は、新聞は日経と朝日、ニュースはもっぱらNHKしか見ないので、その毒に侵されている・・・??
打開策はある。朝日新聞の反対側にある産経新聞も取って、一緒に読む事だ。すると左右混ぜこぜになって、バランスが保たれるのかも・・・。でも朝日以外は読んでいて面白くない。どうも記事に反発してしまうので・・・。

スポーツ紙で、巨人ファンは報知を読む。それは巨人側に立った書き方なので、巨人ファンとしては読んでいて楽しいから・・・。自分にとっての朝日も、まあそれと同じようなものかも・・・
サーテ、それにしても偏向報道(?)からどう我が身を守ろうか・・・。まあ、そもそも自分も偏向しているので、偏向×偏向=正常・・・かも知れないが・・・!??
まあバカなことを言っていないで、まずは「報道の半分はウソ」との前提で報道に接するしかないな・・・。

140203nirin <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2014年2月 2日 (日)

「ジャネーの法則」~年をとるほど1年が早い

先日の日経新聞でこんな記事を見つけた。
「(コトバ百貨店)ジャネーの法則 年をとるほど1年が早い
「長い」といわれた今年のお正月休みも、休んでみればあっという間。で、しぶしぶ始まった1月は、気がつけば残すところあと1週間。年末に「1年早かったよね」と言った舌の根も乾かぬうちに「また1年、早いよね」なんてセリフが、挨拶代わりに飛び交っていたりする。
 実はこれ、年のせいもあるらしい。そういえば小学校で「もう3学期。1年早いよね」なんて会話はなかったし。そんな「年寄りの1年は早い」という人々の実感を、心理学で説き明かしたのが今週のお品物「ジャネーの法則」だ。「1年早いんジャネー?」とか、今にもオヤジギャグのえじきになりそうな言葉だが、実はジャネーとは19世紀のフランス人学者の名前。理屈はこうなる。たとえば50歳にとっての1年は、人生の50分の1。かたや5歳にとっては、人生の5分の1を占める。そう考えると50歳の1年は、5歳の10年に匹敵。だから人生が長くなればなるほど、心理的に1年が早く感じるのだという。
 仕事のせいで今は1年が早いのかと思いきや、この先ますますスピードアップするってこと。引退したら、人生かみしめようと思っている人。そんな余裕はなさそうなので、念のため。(ライター福光恵)」(
2014/01/25付「日経新聞」b3より)

これと同じような記事を前に書いたな・・・と思って検索してみると、(ここ)にあった。
そこには、年をとるほど時間が早く感じられる原因として、「ジャネーの法則」とともに、「生物学的には「代謝」にあるという。子供は代謝が早いから時間を遅く感じ、年を取るに従って代謝が遅くなるので時間を早く感じるのだという。」と記している。

自分は勝手な解釈として、子どもの時は全てが初体験、つまり全ては事件の連続なので時間が長く感じられ、トシを取るとほとんどの事が経験済みなので、記憶に残る事件が少ない。だから時間が早く感じるのでは・・・?と思っていた。どうもそのような原理では無いらしい・・・

それにしても人間の記憶の引き出しは、素晴らしい。仕事で、40年前の入社当時のことを思い出す必要がたまにあるのだが、結構引き出しには入っているもの・・・。ひとつ思い出すと、それに釣られて、芋づる式に記憶が出てくる。これは自分でもビックリ。
老年になると、または最近流行の認知症になると、若いときの記憶は思い出しても、近くの記憶は失われるという。これも「ジャネーの法則」の応用編なのかも知れない。
ともあれ、イヤになっちゃうほど、時間が早い・・・。
でも思う。記憶に残る事件が無くて時間が早く過ぎ去って行くことは、良いことではないのか・・・と。平穏無事。何も事件がないこと。その素晴らしさを最近特に感じる・・・。

140202omuraisu <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2014年2月 1日 (土)

戦国時代の足軽たちは1日5合食べていた・・・

NHKラジオ深夜便「ないとエッセー「めざせ健康100歳、日本人と長寿食(2)~これが秘訣、軍師官兵衛・驚きの戦場スタミナ食」食文化史研究家…永山久夫」(2014/01/23放送)を聞いた。その中で、戦国武士の体力の話をしていた。
(何度も書いているが、当blogのコンセプトは、自分が「ヘエー」と思ったこと・・・)

<「これが秘訣、軍師官兵衛・驚きの戦場スタミナ食」…永山久夫>

「戦国時代の足軽たちは、よく走った。それは人間の身体機能を活用して、現代のマラソン選手以上に走っていた。足軽たちは通常は農業に従事していたが、その作業が足腰を鍛えるために有効だった。
当時の武士、足軽たちは1日に米を5合食べていた。750グラム、2600カロリー。今は1000カロリー程度しか食べていない。それが戦(いくさ)になると倍になる。1升メシ。朝と昼と夕と夜の4回食べる。これで5000カロリー位になる。それでも太った人は居なかった。つまり如何にカロリーを消費しながらそれを熱に変え、行動したか・・・。
そのよい例が、信長が殺された後の、賤ヶ岳の合戦。柴田勝家が賤ヶ岳で待っていたが、その時点で秀吉は岐阜県の大垣にいた。賤ヶ岳まで52キロ位の距離。勝家は来るとしても1日位はかかるだろうと予想。鎧や甲冑を付けた武士が移動するので、そのくらいはかかる。しかし驚くべき方法を採って、たった5時間で走り抜けてしまった。先遣隊を出して街道筋の農家にメシの炊き出しをしろと指示。米は市価の倍払うとした。だから農家は喜んで炊き出しをした。中には小豆ご飯を炊いた人も居た。そのお握りを武士たちは走りながら食べた。それも少しずつ食べながら走るから疲れない。それで勝家軍を打ち破った。
カロリー源は米。米の75%は炭水化物。それを食べることによってグリコーゲンに変わる。それを筋肉にストック。それを燃やすためにはビタミンB1が欠かせない。これはゴマ、ミソ、小豆ご飯のアズキなどに含まれている。これらの食べ合わせの知恵は、秀吉が農家出身だったから出たのではないか・・・」

戦国時代の甲冑を見るにつけ、よくこんな重いものを身に付けて戦えたものだと、“感心”と言うより、疑っていた。ホントウか??と。
でもこの放送によると、米をたくさん食べて、農作業で体を鍛えていると、重い甲冑を身に付けても、50キロを走り抜けることは可能だったという。
それにしても、米の力は大変なもの・・・。
翻って、現代の米の消費量は少ない。力の源の米。自分もこの放送を聞いて、改めて米の威力を見直した・・・。

140201carpet <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (1)

« 2014年1月 | トップページ | 2014年3月 »