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2013年12月13日 (金)

「医者に殺されない47の心得」近藤誠著~Uさんの読書ノート

本屋に行くと、「文藝春秋増刊 近藤誠 何度でも言う がんとは決して闘うな 2014年 01月号」(2013/12/05発売)が平積みされている。(もっともAmazonでは既に品切れみたいだ131213kondou が・・・)
近藤誠氏の本が売れている。つまり氏のスタンスに共鳴する人が多いのだろう。

だいぶん前だが、週刊文春に近藤誠医師の「がんもどき理論」に対する、長尾和宏医師の反論(?)が載っていた。もっとも長尾医師はこの記事について「私は近藤氏に向けて発信しているわけではない。」と自身のブログに書いているが・・・(ここ
ともあれ、文春の記事は氏のブログにある(ここ)。

近藤医師は何度か当blogに取り上げたことがあるが、長尾和宏医師の話も取り上げたことがある(ここ)。
そんなお二人なので、そのスタンスの差を興味深く読んだ。

そんな事もある・・・、ということで、Uさんの読書ノートを読んでみる。

★「医者に殺されない47の心得」近藤誠著~Uさんの読書ノートのPDFはここ

Uさんは「コメントと感想」でこう書いている。
「本書の副題に「医療と薬を遠ざけて、元気に長生きをする方法」とある。初版は2012年12月19日であるが、2013年5月11日に14判も出版されている。
売れているのである。患者も今の医療が何かおかしいと感じているからであろう。
本書を要約する上で「がん」に関する記述は、前回の「がん放置療法のすすめ」で記されているので、全て省いた。がん以外の病気に絞って要約した。
著者自身は、ここ数十年病院での検査や診察を受けたことがなく、自分の血圧が幾らかも知らない。薬も歯の痛み止め以外飲んだことがないと言っています。
著者の年令(65才)でかかる病気は大抵「老化現象」で医者にかかったり、薬を飲んだりして治せるものでは無いからだとも言っています。

今の日本では、税収は増加しない中で、福祉関連予算は増加の一途を辿っています。毎年一兆円ずつ増えています。この対策の一つに、著者の言う症状のない人は「放置」するという治療も有効でしょう。特に重症ではない風邪などでは医者にかからない。成人病では薬に頼らない。自分で「選択」をする。と言う事を教わった。確かに、どんな優秀な医者でも「老化」は治せない。」

先日、カミさん奥歯で、被せてあった金属が取れた。早く治す必要があったので、いつもの行き付けの歯医者ではなく、近くの別の歯医者で外れた金属を付け直して貰った。その時に「元の歯がガタガタなので、抜くしかない」と言われたとか。診療時間のぎりぎりに飛び込んで、診察を受けられた感謝よりも、その指摘にショックだったとか・・・
でもその後に、気を取り直した。確かにたまにうずいたことはあるが、果たして抜くまで悪い状態なのかどうか・・・。行き付けの歯医者からはそんな事は言われていない。確かに金属を被せているので、外からは分からないのかも知れないが・・・

自分が現役時代に通っていた歯医者は、まあいい加減というか、「どこか痛くなったら来て下さい。悪くなれば必ず痛くなりますから・・・」。そして患者が言った歯の治療しかしなかった。
一方、現役時代に会社のビルに入っていた歯医者では、あるとき歯石を半分しか取ってくれないので、「全部やってくれないの?」と治療してくれた女性に聞くと、「先生から今日は半分だけ、と指示されているので」と言う。その歯医者に二度と行かなかったのは言うまでもない。

話を元に戻すと、本当に医者にかかった方がよいのは、全体の10%で、あとは「ほっとけば治る」と著者は言う。これから体が故障がちになる年代に入る我々シルバー族。さてさてどうしましょうかね・・・

*たぶん直ぐに売り切れるであろう、先の「文藝春秋増刊 近藤誠特集」。さっそく買ってはみたものの、あまり読んでいない。近藤氏の著書の集大成と言うが、最初から最後までガンの話・・・。まあ当然だが、読んでいると、どうも気が滅入る・・・。
“必要”になったときに読む事にして、今は大切に本棚にしまっておくことにした。

131213kotatsu <付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

こんばんは、またまた良い本をご紹介いただきありがとうございます。

この書とほぼ同旨の本があります。

『他人と深く関わらずに生きるには』(池田清彦著:新潮社:発行 2002年11月30日)

著者は近藤誠さんの考えに賛同されている方で、同書の中で印象的だった、次の文章をご参考まで。

「国家というのは人々を管理したくて仕方がないらしい。国民に十一ケタの背番号を付けようなどという発想は、国家が好コントロール装置であるなによりの証拠である。この装置は病気の人を病院でコントロールするだけではあきたらずに、健康な人まで病院に送り込んでコントロールしようとしている。医療資本にとっても、もうけるチャンスが拡大するわけだから、渡りに舟である。かくして、予防医学あるいは健康診断という名の搾取が行われることになる。

 自分では何の異常も感じないのに、健康診断に行く。四十歳もすぎれば、大抵の人は体にガタが来ている。血液検査をして、肺のレントゲンを撮って、胃カメラ飲んで、大腸がんの検査をして、内臓のエコー検査をして、あげくは脳ドックまでやれば、すべて何でもありません、という人はむしろ稀であろう。多くの人はとこか悪いと言われ、コレステロール値を下げる薬をもらったり、血圧を下げる薬をもらったりして、時間とお金を使わされることになる。自覚症状がないのに、薬を飲まされて不思議だと思わないのだろうか。

 体の具合が悪くて、医者に行ってそう言われたのならまだ話はわかる。何でもないのに検査の値が正常値より少々ずれているからといって、一喜一憂する神経が私にはわからない。正常値というのはあくまで人々の平均を基にした値なのである。あなたにとっての最良の値であるとは限らない。コレステロール値が少々高くても長生きする人はいるし、正常値でも早死にする人もいる。前者では少々高いコレステロール値が、その人にとっての最良値なのかもしれないのである。無理にコレステロールを下げる薬を飲まされたら、かえって早死にするかもしれないのだ。検査データよりも自分の体の内部の声を聞いた方がよいのだ。だから、健康だと思っているうちは、わざわざ検査などする必要はないのである。」

他にもいろいろ鋭い指摘が、平易に記されているので、お勧めです。

引き続き、良書のご案内、よろしくお願いいたします。

【エムズの片割れより】
ありがとうございます。まったくその通りですよね。
前にも書きましたが、昔行っていた歯医者が「痛くなったら来て下さい。悪くなると必ず痛くなりますから」というスタンスが、何にでも通じるような気がして・・・

投稿: はうろ | 2013年12月15日 (日) 22:29

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