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2013年11月22日 (金)

伊藤久男の「夢遙かなるロマンス」

伊藤久男の、こんな隠れた名曲(?)はいかが??

<伊藤久男の「夢遙かなるロマンス」>

「夢遥かなるロマンス」
  作詞:藤山純一郎
    作曲:古関裕而

ふとゆきずりに 見合せし
その人の
忘れがたき 日となりてより
わが胸に
わが胸に 享けし花か 恋とはなりぬ

花咲き散りて 春秋の
歌悲し
今日も昏れて あわれ儚き
泡沫(うたかた)の
泡沫の 淡き恋か 泪を知りぬ

星のテラスに 花匂う
木蓮の
白く咲きて 愁いを誘う
花のロマン
花のロマン 夢と消えて 終りを告げぬ
(昭和33年3月15日発売 コンクール課題曲)

ライナーノーツにはこうある。
「雑誌「平凡」当選詩に附曲された作品で、これも知る人ぞ知る隠れた名盤です。作曲者も自信があったのでしょう、叙情的なこのスロウ・ワルツに自身でハモンド・オルガンで伴奏をつけており、伊藤久男の歌唱も見事です。もし、映画主題歌かラジオ歌謡になっていればきっと伊藤久男の代表曲になっていたに違いない、と評論家、故森一也氏は述べています。」

この「もし、映画主題歌かラジオ歌謡になっていればきっと伊藤久男の代表曲になっていたに違いない」というコメントに惹かれ、じっくりと聞いてみる。
詩が、五七の散文でないので、旋律を付けづらいだろうが、古関裕而自らの伴奏・・・

それにしても「夢遥かなるロマンス」という題が、何とも伊藤久男のイメージに合わない。
でも現代歌手では、およそ期待できないこの朗々たる歌声に、久しぶりに耳を傾けた。

亡くなったのが1983年だというので、もう没後30年になる。前年の1982年末、日本レコード大賞の特別賞を受賞するとき、自宅から中継で伊藤久男が出ていたテレビ画面を思い出す。自宅からの中継なので、よほど体の具合が悪いのかと思っていたら、翌年に亡くなってしまった。偉大なるは伊藤久男である。

131122fusagu <付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

懐かしい歌をありがとうございます。夢遥かなるロマンス、伊藤久男の数多い歌の中でも好きな曲の一つです。ハモンドオルガンの伴奏もこの曲にぴったりで、何とも言えませんね。古関裕而はハモンドオルガンが好きだったのでしょうか、ほかの曲にも使ってますね。残念ながら私はこの楽器の実物を見たことがないのです。

【エムズの片割れより】
ご存じでしたか・・・。非常にマイナーな歌ですが・・・

投稿: かえるのうた | 2013年11月23日 (土) 11:24

この歌は初めて聴きました。若い時に聴いたらきっと大好きになっていたと思います。こんな思い出はどなたにもあることではないでしょうか。じっと見つめられて恥ずかしさに顔も見られず別れてしまった人。すれ違うたびに強い眼差しを受けても何にも言えずに目を伏せていました。初恋でした。もし、にっこり笑って挨拶していたら結婚していたかもと思います。あの世に行く前に一度お会いしてみたいですね。久しぶりにロマンティックな気分に浸ることができました。有難うございます。

【エムズの片割れより】
何ともロマンチックなお話で・・・
オーケストラの伴奏だと、また違った趣の歌になっていたかも・・・。

投稿: 白萩 | 2013年11月23日 (土) 17:36

曲もさることながら、歌詞が素敵ですね。
近頃のイエーだのヘイだのといった言葉や訳の分からない外国語の羅列と違って、実に趣のある文語調。
半世紀前は我が国も今よりずっとまともだったことを実感できますね。

【エムズの片割れより】
自分も、今の歌には、とても付いていけません。時代なのでしょうが、やはり昔の歌の方がフィットします。

投稿: 通行人 | 2013年11月23日 (土) 18:54

古関裕而と言えば、懐かしいNHKラジオ劇「青春の暦 波の言葉」の主題歌も、氏の作曲でしたね。伴奏はハモンドオルガンだったでしょうか。感謝の気持ちに代える情報などないかと思いつつ、NHK今の朝ドラの柳原白蓮に触発され?本歌中の「ゆきずり」から連想したかってを喋らせてください。「波の言葉」ははるかに終わっていたころ、生意気な中学生は、兄が読み捨てた雑誌中に、吉屋信子の小説「富田林の旧家」を見つけると、中で紹介されている石上露子の詩「小板橋」が記憶に残りました。

 ゆきずりのわが小板橋
 しらしらとひとえのうばら
 いずこより流れか寄りし
 君待つと踏みし夕に
 いい知らずしみて匂いき

  今はとて思いいたみて
  君が名も夢も捨てんと
  なげきつつ夕わたれば
  ああうばらあともとどめず
  小板橋ひとりゆらぐ

五十を過ぎたころか、近畿で、石上露子を語る会?の会員の方と挨拶を交わす機会があり、「小板橋」の歌を思い出しました。そして、石上露子がいつか公知の人となっていることを知りました。この詩(ネットで見ると石上露子の正歌と字句が少し違うようですが記憶のまま)は美しいと思います。さりながら、恋は往々にして周りの人々を傷つけ残酷な結果をもたらすものであると、石上露子の生涯も語っているように思われます。(偉そうなことを結論づけるように言ってすみません。)佳人が遺した絶唱を見つけました。

 人の世の 旅路の果ての 夕づく日
 あやしきまでも 胸にしむかな

【エムズの片割れより】
自分は詩とか短歌の素養が無いためか、なかなか難しい・・・

投稿: 樹美 | 2014年7月23日 (水) 13:45

先の投稿で、古関裕而かかわりでご迷惑をおかけしていないか、恐縮しております。「波の言葉」は1959年堀江史朗作で、戦争で父をなくした少年がおじいさんと母の愛情を受けて生長していく物語だったと思います。歌詞も確か堀江氏が書いており、それは、
 風には 風の言葉あり
 波には 波の言葉あり
 ありふしのおもいに入りて
 喜びとなり
 かなしみとなり…
だったかと思います。伊藤久男氏が歌っていたか、ハモンドオルガンだけだったのか、記憶がなく、御ブログの音源ソースになければもう世界には残っていないと思われます。
さらに「富田林の旧家」が雑誌に掲載されたのは1964年だったことが判明、生意気な中学生は、ありえなく、さえない高校生と、訂正させてください。
お詫びかたがたお礼申し上げます。

【エムズの片割れより】
迷惑などありませんが、「風には 風の・・・」は知りません。何方かご存じ??

投稿: 樹美 | 2014年8月31日 (日) 18:26

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