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2013年11月の26件の記事

2013年11月30日 (土)

「偽装 最後は人間の生き方」

先日の日経新聞のスポーツ欄のコラムに、こんな記事があった。
「(チェンジアップ)偽装 最後は人間の生き方~豊田泰光
 食品の偽装問題と、当たってもいない投球を当たったといって死球を得ようとするような野球の偽装問題には、共通するテーマがあるようだ。
 バレなければ何をしてもいいのか、ルールで明示されていなければ何をしてもいいのか。汚い手を使ってでももうけるのか、勝とうと思うのか。最後は人間の生き方、ということになってくる。
 死球か否か、飛球を完全に捕球したか落球したかといった点などを含めて、ビデオ判定を拡充しようという意見がある。偽装を防ぐためなら、私は反対だ。ビデオによる監視という、ある種強制的な手段によって人を善導するのはどうも筋が違う。
 ルールやビデオ判定の縛りを受けずとも、やっていいこと、いけないことを自分で考えること、その判断力を養っていくところに、スポーツの意義があったはずだ。
 ゴルフが「紳士のスポーツ」といわれるのも、人に後ろ指を指されるような行いをしないということを個人個人の良心に委ねているからだ。
 たとえルールに定められていなくても、自制心を持って戦う。それが選手宣誓に出てくる「スポーツマンシップ」「正々堂々」の中身だろう。
 ルールを守るのは当然で、人間の品格が試されるのはそこから先の「書かれていないルール」にどう向き合うか、という部分だ。
 野球の投手でいうと、打者にぶつけても構わないから勝つために内角を突くという人がいる一方で、打者を傷つける恐れがある球は投げないという投手がいる。
 後者の代表格がレッドソックスの上原浩治。彼の投球には「人にぶつけてまで勝とうとは思わない」という潔さがある。ルールを守った、守れなかったというレベルでうろうろしている選手に、この種の気高さは出てこない。
 食品問題でホテルや飲食店の表示の法律を整備すべし、という意見があるが、考えものだ。ルールがあろうがあるまいが、誰に見られていようがいまいが、ちゃんとしたモノを出すというスポーツマンシップ的な精神こそ、ブランドの信用力の源だったはずではないか。(野球評論家)「
2013/11/21付「日経新聞」p41より)

“先日の”食品の偽装問題。相変わらず、覚めやすい日本人は、最初は「何と!**ホテルもか・・・」とビックリしていたものだが、どこもかしこも・・・といった状態に、もう皆さん、飽きてきたようだ。新聞の扱う欄も小さくなってきた・・・
自分など、最初から信用していないので、まったく驚かなかった。メニューに何が書いてあろうが、一文字一文字を問題にする価値は無いと・・・。
「フレッシュジュース」なども、パックのジュースを使っていたので「ゴメンなさい」??自分など、「フレッシュジュース」という名のジュースなんでしょう?としか最初から思っていないので、驚きもしない・・・。

何でも品格。それなりの店は、メニュー表に何が書いてあっても、それなりの料理が出てくると期待し、逆に安さ一辺倒のチェーン店は、安いなりの料理なのだろうと思う。
それを、メニュー表の一字一句を捉えて、ワイワイ騒ぐのは、どうも解せない。
誰も、書いてある事を100%信じて注文しているとは思わなかったので・・・

しかし安過ぎるのは少々心配。先日、久しぶりに会社の近くの牛丼屋に行ったら、12時少し過ぎだというのに客がまばら・・・。カウンター席は一応埋まっているものの、テーブル席はガラガラ。こんな店こそ、昼休みだけは混むと思っていたが・・・。ただ安ければ・・・という姿勢もそろそろ限度なのかも知れない。

でも全ては気品、品格なのだろう。
先日の一票の格差の最高裁判決といい、秘密保護法の一部野党の迎合や政権の強行採決といい、とにかく人間としての気品が感じられない。
和食がユネスコの無形文化遺産登録を狙っているそうだ。中華料理に比べると、和食は何か気品を感じる。また、今大騒ぎをしている中国が東シナ海に設置した防空識別圏も、あまり品格を感じられない。
せめて日本は、公衆道徳も“政治”も、全てに気品を感じる国となりたいものだが、まあムリだろうな・・・

131130sushi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月29日 (金)

「喪中ハガキ」のショック

昨夜家に帰ると、カミさんが深刻な顔をしている。そして、2枚の喪中ハガキを見せられた。1枚は、昔仲人をして貰った元上司の80歳になるお姉さんが亡くなった喪中ハガキ。そしてもう一枚が、何と高校時代の友人だったE君からのもの。そこには「妻***が5月に56歳で病没いたしました」とある。
これにはビックリ、というよりショック・・・。本当にカミさんと二人で絶句してしまった。

E君は我々の結婚式の司会をして貰った。E君の結婚式でも自分はビデオカメラマンをした。そしてもう20年以上前だが、高校時代の仲間の、医師だったM君夫婦と併せて、3夫婦で新宿で会食したことがあった。
このようなことは我々にとって非常に珍しいので、いまだに良く覚えている。それが、あの奥さんが亡くなったという・・・

たまたま住むところが非常に離れているため、賀状のやりとりしかしていないが、E君は非常に家族を大切にしていただけに、その無念さは察するに余りある。
E君の喪中ハガキの氏名は、実名。彼はずっと自分の名の漢字の一文字を、通称として同音異字を使っていた。しかしこの喪中ハガキは実名(元の漢字)。そこに彼の悲嘆の深さを見た。

先日、離れて暮らす息子が体調不良で病院に行ったら、CTを撮られたという。結果は後日、ということだったが、この手の話は自分が一番キライなこと・・・。
それを聞いてから、散歩で近くのお寺に行った時も、賽銭を投げて、まず祈ったのが、大きな病気でありませんように・・・。カミさんは、もうすぐ1ヶ月になる孫の健康を祈ったというのに・・・
後日、息子の診断結果で、何も見つからなかった・・・という話を聞いたとき、健康なら他は何でも良い・・・と思ったもの。
それほど家族の健康は、何事にも代え難い。

誰もが、いつかは必ず送らなければいけなくなる喪中ハガキ。それが、今年はやけに多い。両親や夫や妻・・・

「1票の格差?」いいじゃないか、家族が健康に暮らせていれば・・・。「秘密保護法案?」いいじゃないか、家族が健康に暮らせていれば・・・。「集団的自衛権?」いいじゃないか、家族が健康に暮らせていれば・・・。
とにかく家族の健康以上に大切なものは何も無い。それを思い知らされた一枚の喪中ハガキであった。

131129issyuukan <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月28日 (木)

「甘やかされる民意」?

先日の日経新聞にこんな記事があった。

甘やかされる民意
 日本の財政が非常に厳しいことは誰もが知っているはずだ。しかし、今のところ再建のメドは立っておらず、ひたすら破綻への道を歩んでいるのが現状だ。
 どうしてこんなことになるのか。それは、民意が甘やかされており、その甘やかされた民意に沿う形で政治が動いているからではないのか。消費税を巡る議論を聞いているとその思いを強くする。例えば次のようなものがある。
 第1に「増税した分の使い道を明らかにせよ」「増税で社会保障がどう充実するのかを示せ」という意見が多くみられた。だが、増税に対して短期的な見返りを求めるのは「甘え」である。
 2013年度予算では、国の一般会計の歳出規模約93兆円に対して、税収などの歳入は約47兆円しかない(残り46兆円近くは借金)。消費増税は、基本的にこのギャップを埋めるために行われるのだから、それによって行政サービスの水準が高まることはないのだ。
 ところが、この「甘え」に応えて、政府は「消費税は社会保障の財源にしか使わない」と説明している。あたかも、消費税を上げれば社会保障が充実するかのような言いぶりだ。お金に色はついていないのだから、消費税分をどんな分野に充てると説明しても、結果としての全体としての財政の姿は同じである。社会保障の財源にするというのは、増税を受け入れやすくするための便宜上の説明にすぎない。
 第2に「消費税を上げると消費意欲が減退するのが心配だ」という声が聞かれた。しかし、消費増税は家計に負担を求めるものなのだから、ある程度消費が落ち込むのは覚悟すべきだ。
 しかし、政治はこの「甘え」にも応えて、5兆円の経済対策を決めた。歳入を増やしても、他方で歳出を増やしていては財政再建はできない。
 第3に「なぜ、こうなるまで放っておいたのか」という声も聞かれる。あたかも悪いのはこれまでの世代で、自分たちに責任はないかのような言い方だが、これも甘い。日本の基礎的財政収支(国債費以外の歳出と税収との差)は大幅赤字だが、このことは現世代が多額の借金をしていることを示している。
 本当の意味での政治主導というのは、民意に沿うだけでなく民意を正しい方向に導くことではないのか。(隅田川)」(
2013/11/27付「日経新聞」p7「大機小機」より)

これをどう読む? “甘やかされた民意に沿う形で政治が動いている”そうだ。
“2013年度予算では、国の一般会計の歳出規模約93兆円に対して、税収などの歳入は約47兆円しかない(残り46兆円近くは借金)。”という現実を思うと、今更ながら末恐ろしい。
しかし国民はそのことをあまり気にしていないように思う。でも皆薄々は感じているため、先の消費税増税議論についても「仕方がない」という世論調査だった。

さて、この事を政権側から見てみると、「改憲」「集団的自衛権」の議論や「秘密保護法案」の強行採決などは、およそ民意に沿っているとは思われない。
結局政権側は、自分が直接的に痛まない(将来世代に先送りする)国の借金問題は、国民に迎合し、真の野望、つまり安部帝国への道筋は決して譲らずに、突き進む。これが国民の選んだ政権の実態のようだ。

Netで「週刊朝日」のこんな記事を見つけた。
「・・・「秘密保護法案についての賛否を問う各種世論調査で、『慎重に審議するべきだ』が相当高いことは意識しています。しかし審議入りして、いろいろと問題点を指摘されても内閣支持率はほとんど変わっていない。ある程度、強硬姿勢を出しても大丈夫、とわれわれは判断しています」
 こう語るのは、ある自民党幹部だ。朝日新聞の最近の世論調査で、同法案を「今国会で成立させる必要がある」と答えたのは20%。「必要ない」は64%に上る。しかし内閣支持率は53%と、昨年12月の政権発足直後の59%とさほど変わらない。この数字が安倍政権の強硬姿勢を支えているのだ。・・・」(「
週刊朝日」2013年12月6日号(ここ)より)

もはや国民(特に投票率の高いシニア層)は、目の前の年金だけにこだわるのではなく、将来の日本人の生活(子供たちの未来)にも目を向けて政権を選ばなければ・・・。
そう思うこの頃である。

*今日の、広島高裁岡山支部の「7月参院選は違憲で無効」判決は、“いっとき(だけ)”の清涼剤・・・。

131128inunokazu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月26日 (火)

「世界の日本人ジョーク集」早坂隆著~Uさんの読書ノート

前回の「無思想の発見」養老孟司著は難しくて歯が立たなかったが、今回は先日Uさんが送ってくれた軽いジョーク集・・・。

★「世界の日本人ジョーク集」早坂隆著~Uさんの読書ノートのPDFはここ

ちょっと抜粋を・・・
「・逮捕の理由
ソ連時代のある工場での話
イワノフは、いつも始業時刻の10分遅れに来るので、とうとうKGBによって逮捕されてしまった。容疑は「怠慢」であった。同僚のアレクセイは、いつも始業時刻の10分前に来るのだが、ある日KGBによって逮捕された。容疑は「西側のスパイ」であった。サーシャは、いつも始業時刻ピッタリに来るのだが、KGBに逮捕されてしまった。容疑は、「日本製の時計を持っているに違いない」と言うものであった。

ある計画
ロシア極東に位置する小さな自治共和国、主な産業も無く、経済は破綻し、人々の生活は困窮しきっていた。政府は連日話し合いを重ねたが、やがて一つの素晴らしい結論を導き出した。それは次のような三段階から成る「ある計画」であった。そうすれば、国民は今よりずっと幸福になるだろうという事であった。
1 ロシアからの分離独立を宣言する。
2 日本に宣戦布告する。
3 その日の内に無条件降伏をする。
今、思いついたが、この小さな自治共和国をギリシャと置き換え、ロシアをEUとし、宣戦布告する国をドイツとすると、ギリシャもドイツを除くEU諸国も、現在の苦境から解放されるであろう。(本書には無い)

1989年、三菱地所によるアメリカ・ニューヨークのロックフェラー・センターの買収によって全米の反感を買っていた時代のジョークである。
デモ
或る時、ニュヨークで反日デモが起きた。そこでこんなプラカードが掲げられた「アメリカ製品を買え!」(Buy American!)しかしこのデモの中に一人の日本人が混じっていた。彼も同様なプラカードを掲げていたが、よく見ると、最後の「n」の文字が無かった。         

早く飛び込め
或る豪華客船が沈み始めた。船長は乗客に速やかに船を脱出する為、海に飛び込むよう指示した。乗客は、高い船べりから海に飛び込むのが恐ろしく、躊躇していた。そこで船長は、外国人乗客に、それぞれこう言った。アメリカ人には「飛び込めば貴方は英雄ですよ」、イギリス人には「飛び込めば貴方は紳士になれます」ドイツ人には「飛び込むのがこの船の規則になっています」イタリア人には「飛び込むと女性にモテますよ」フランス人には「貴方たちは飛び込まないで下さい」日本人には「皆、飛び込んでいますよ」

日本を怒らせる方法
各国の政治家が集まって「どうしたら日本を怒らせる事が出来るか」について話し合った。中国の政治家が言った。「わが国は潜水艦で日本の領海を侵犯した。それでも日本は、潜水艦を攻撃してこなかった」韓国の政治家が言った。「わが国は竹島を占領した。それでも日本は、攻撃してこない。」ロシアの政治家が言った。「わが国は長期に亘って北方の島々を占領している。それでも日本は攻撃してこない。」それらの話を黙って聞いていた北朝鮮の政治家が、笑いながら言った。「それなら、我々が核兵器を日本に使いましょう。そうすれば、さすがの日本も怒るでしょう」
するとアメリカの政治家が、首を横に振りながらこう言った。「無駄だね!それはもうやったもの」

捕虜
西暦200X年、日本と中国の間でとうとう戦争が勃発した。開戦当初、日本の優勢が続いた。開戦から一週間、中国兵の捕虜が一億人出た。次の一週間、さらに中国兵の捕虜が一億人出た。翌日、北京から東京に向けて、無条件降伏の勧告が来た。「どうです、まだ戦争を続けるつもりですか?」

各国のベストセラー
それぞれの国で最も読まれている書物とは?
アメリカ・・・新約聖書
イスラエル・・旧約聖書
イスラム諸国・・・コーラン
日本・・・・・・・漫画
中国・・・・・・・毛沢東語録
{結論} 世界で良く読まれているのは、「ファンタジー」ばかりである。

フランシスコ・ベーコン著「学問の進歩」(岩波文庫)より。
「冗談は、しばしば真実を伝える手段として大変役に立つ」 」

どれも唸ってしまう切れ味だが、特に最後のひと言が心に沁みる。(このひと言はUさんが付け加えたのかも・・・)

この本について、Amazonの紹介にはこうある。
「世界から憧憬の眼差しが注がれる経済大国? それとも、物真似上手のエコノミック・アニマル? 地球各地で収集したジョークの数々を紹介しながら、適材適所に付された解説により、異国から見た真の日本人像を描き出していきます。『世界の紛争地ジョーク集』『世界反米ジョーク集』に続く、同著者入魂の第三弾は、読者からも問い合わせの多かった「日本人をネタにしたもの」を満載しました。笑って知って、また笑う。一冊で二度おいしい本の誕生です。知的なスパイスの効いた爆笑ネタを、ぜひご賞味あれ!」

欧米人はジョークを日常的に楽しむが、日本人はどうなのだろう? 当blogが毎回追っている各川柳集を見ても、決して日本人はジョークがキライな訳では無かろうと思うのだが・・・
しかしジョークには才能が必要。そう簡単に相手を唸らせるようなジョークは言えない。

でも日本の安倍とか言う首相は、ジョークの才能があるらしく、今夜、「ウソだろう?」と国民が言う間もなく、秘密保護法案を衆院本会議で通してしまった。
こんな事がまかり通る日本のはずはないので、衆院通過のニュース速報を「ジョーク」と思ったのだが・・・!!??
あれはジョークか、それとも悪夢か!?

131126magic <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月25日 (月)

「秘密保護法案 世界の流れも知ろう~ツワネ原則」

昼休みに行った食堂で、今日の「毎日新聞」の社説を読んだ。
「社説:秘密保護法案を問う ツワネ原則
 ◇世界の流れも知ろう
 国家機密の保護をめぐる規定は各国さまざまだが、一つの指針として今年6月にまとまった50項目の「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則」が注目されている。国連関係者を含む70カ国以上の専門家500人以上が携わり、2年以上かけて作成された。発表の場が南アフリカの首都プレトリア近郊ツワネ地区だったため「ツワネ原則」と呼ばれる。人権問題などを協議する欧州評議会の議員会議が10月、この原則を支持する決議を採択した。
 ツワネ原則は、国家機密の必要性を認めながらも、国が持つ情報の公開原則とのバランスに配慮すべきだと勧告している。公開の規制対象は国防計画、兵器開発、情報機関の作戦や情報源などに限定し、(1)国際人権・人道法に反する情報は秘密にしてはならない(2)秘密指定の期限や公開請求手続きを定める(3)すべての情報にアクセスできる独立監視機関を置く(4)情報開示による公益が秘密保持による公益を上回る場合には内部告発者は保護される(5)メディアなど非公務員は処罰の対象外とする−−などを盛り込んだ。
 また、情報を秘密にする正当性を証明するのは政府の責務であり、秘密を漏らした公務員を行政処分にとどめず刑事訴追できるのは、情報が公になったことが国の安全に「現実的で特定できる重大な損害」を引き起こす危険性が大きい場合に限るとしている。
 日本の特定秘密保護法案をめぐる審議に、この新しい国際的議論の成果は反映されていない。
 法案の狙いである違反者への厳罰化も疑問だ。欧米では敵国に国家機密を渡すスパイ行為は厳罰だが、これに該当しない秘密漏えいの最高刑は英国が禁錮2年、ドイツが同5年までだ。日本の法案と同じ最高懲役10年の米国は、欧州諸国と比べて厳しすぎるとの指摘がある。
 欧米は近年、むしろ情報公開を重視する方向に進んでいる。米国では2010年、機密指定の有効性を厳格に評価する体制作りなどを定めた「過剰機密削減法」が成立した。秘密情報が増えすぎて処理能力を超えたことが逆に漏えいリスクを高めているという反省もある。また英国では3年前、秘密情報公開までの期間が30年から20年に短縮され、議会監視委員会の権限が今年から強化された。こうした世界の流れから日本は大きくはずれている。審議中の法案は廃案とし、国家機密保持と情報公開の公益性のバランスについて十分な議論を尽くすべきだ。」(
2013/11/25付「毎日新聞」「社説」より)

一方、昨日の朝日新聞の社説にはこうある。
「(社説)秘密保護法案 自己規制の歴史に学ぶ
 帝国議会会議録を開き、戦前の秘密保護法制の審議を読む。
 時代背景も法の中身も、いまとは違う。けれど、審議の様子はこの国会とよく似ている。
 1937年の軍機保護法改正ではやはり、秘密が際限なく広がらないか、が焦点だった。
 軍機保護法では、何を秘密とするか、陸軍、海軍大臣が定める。これでは国民が、そうと知らないまま秘密に触れ、罰せられないか。
 追及を受けた政府側は「秘密とか、機密とかは、普通の人の手に渡らないのが通常」「機密と知らずにやった者は犯罪を構成しない」と説明した。
 議員らは、付帯決議でくぎを刺す。不法な手段でなければ知り得ない高度な秘密を守る。秘密と知って侵害する者のみに適用する。政府は、決議を尊重すると約束した。
 だが、歯止めにはならなかった。軍港で写真を撮った、飛行場をみたと知人に話したといった理由から、摘発者は3年間で377人にのぼった。
 98歳のジャーナリスト、むのたけじさんは、直接の取り締まりよりも国民の自己規制が大きかったと指摘する。
 「怖そうな法律ができた、ひどいめにあうかもしれないと思うだけで効果は十分なのです」
 朝日新聞記者だったむのさんは当時の様子をこう振り返る。
 朝日新聞も自ら二重、三重に検閲をした。互いに警戒して、友達がいなくなる。話の中身がばれたとき、だれがばらしたのか疑わなければならないのがつらい。だから2人きりなら話せても、3人目がくると話が止まる。隣近所も家族も、周りの全員に監視される恐怖感。「一億一心」のかけ声をよそに国民はバラバラになった――。
 いまの法案はどうか。
 秘密がどこまで広がるかわからない不安は、かつての法に通じる。
 矛先が市民に向かないか。政府答弁は戦前をなぞるようだ。
 安倍首相「一般国民の方が特定秘密を知ることはまずありえない」、森担当相「秘密と知らずに内容を知ろうとしても、処罰の対象にならない」。
 確かに、軍機保護法より、一般市民を罪に問う可能性を狭めてはいる。刑罰の重さも違う。それでも、秘密を漏らすよう公務員をそそのかしたなどと適用されるおそれはある。
 公務員が、メディアが、市民が自己規制を始めれば、民主主義や国民主権は空洞化する。
 そのおそれは修正協議をへてなお消えない。
 歴史をみても廃案しかない。」(
2013/11/24付「朝日新聞」p8「社説」より)

今回の法案は、世界の潮流にも逆らっている。また戦前の「軍機保護法」での議論と同じ、つまり“政府答弁は戦前をなぞるようだ”そうな・・・。
そして、“だが、歯止めにはならなかった。軍港で写真を撮った、飛行場をみたと知人に話したといった理由から、摘発者は3年間で377人にのぼった。”と同じような事態になるのか・・・??

また、今朝の日経新聞によると、
秘密保護 反対5割 内閣支持率63%に微減
 日本経済新聞社とテレビ東京による22~24日の世論調査で、機密を漏らした公務員らへ121125nikkei の罰則を強化する特定秘密保護法案に反対が50%となり、賛成の26%を上回った。10月の前回調査は反対43%、賛成35%だった。安倍内閣の支持率は63%と前回より3ポイント下落した。秘密保護法案への懸念が背景にあるとみられる。・・・」(
2013/11/25付「日経新聞」p1より)

維新との協議で、秘密指定期間は30年から60年に延長され、焼け太り的なバカバカしい動きには、開いた口がふさがらない。
前にも書いたが(ここ)、ここまで国民が反対しているのに、自民党の石破幹事長は「『特定秘密保護法案』に対する国民の受けは全然よくないが、防衛や外交の分野で知らせてはならない情報は間違いなくある。誰がそれを取り扱うかを決め、漏らせば厳しい刑罰で臨むための法律をつくるのは当たり前だ」と言っていたが、最近思うのだが、政党政治とは何か?・・・

国会議員は投票してくれた国民の代表ではないのか? その国民が反対しているのに、政党に属しているがために、国会議員は自身の信条もそっちのけで、その政党のボスの考え方を追認して、国会での投票マシン化しているのではないか?
政党政治とは、“共通の政治的目的を持つ者によって組織される団体である”(wiki)はずだが、本当に全員が「秘密保護法案は今すぐに必要だ」と思っているのか? それを投票してくれた地元の人たちに説明・説得することが出来るのか?

しかし、やはり現政権を生んだのは国民。そんな事まで予想していなかった、と言うかも知れないが、でも投票したのは国民・・・。それを認めるかのように、先の日経の世論調査では、今なお“安倍内閣の支持率は63%”だという・・・。
日本をこれ以上、時代の逆行をさせないためには、キチッとした野党が台頭して、それを国民が支持するしかない。今のような一党独裁体制では、世界の「ツワネ原則」を無視することに止まらず、国民にとって悪い方向に向かうことはあっても、決して良い方向にはいかない。次の選挙が待ち遠しい・・・。

131125shiji <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月24日 (日)

新聞各紙の「秘密保護法案」へのスタンス

「秘密保護法案」については、国民無視の与野党に嫌気が差して、あまり書く気にもならないのだが、今朝の朝日新聞に面白い記事があったので、チョイス・・・。

新聞各紙、秘密保護法案に懸念 「廃案」「慎重さ」求める
 特定秘密保護法案の国会審議は、与野党の修正協議が迷走したまま大詰めを迎えている。わたしたち国民の「知る権利」や、メディアの「取材・報道の自由」を脅かしかねない法案に、全国の新聞の多くが反対ないし懸念を表明している。各紙の社説から、改めて法案の是非を問う。

 「政府がもつ情報は、本来は国民のものだ。十分とは言えない公開制度を改めることが先決だ。そこに目をつぶったまま、秘密保護法制だけを進めることは許されない」(10月26日)
131124kakushihimitsu  朝日新聞は、安倍政権が同法案を閣議決定した翌日の社説で強く反対した。その後も「何が秘密に指定されているのか分からないという『秘密についての秘密』が、知らぬ間に広がりかねない」(11月20日)とし、一貫して廃案を求めている。
 法案の問題点は、多くの新聞が指摘している。
 毎日新聞は、沖縄密約問題にふれ「米国で公開された外交文書によって明らかになった後も、日本政府は文書の存在を認めていない。こうした隠蔽(いんぺい)体質がある以上、行政機関の判断をそのまま信じることは到底できない」(10月21日)として反対している。小松浩論説委員長は「一つの法案に対しこれだけ連日展開するのは異例だが、それだけ危機感を持っている」。
 東京新聞は「国家が国民の思想の領域まで踏み込む恐れがある。国会議員は今こそ良識を発揮して、廃案にしてほしい」(11月8日)とした。桐山桂一論説委員は「三権分立の中で行政権だけが強くなり、民主主義の正三角形が崩れてしまう。憲法原理から完全に逸脱した法案だ」と訴える。
 ■連日の論陣
 消費増税やTPPでは、全国紙と地方紙で論調が割れたケースが目立ったが、今回の法案は、政府案のままで賛成を主張する新聞は見あたらない。北海道新聞「秘密情報の範囲が不明確で拡大解釈が可能」(10月25日)、琉球新報「問題は、何が特定秘密に当たるか、恣意(しい)的に決められる点だ」(10月26日)など、各紙が危機感を示している。
 信濃毎日新聞(長野)は連日、「廃案」を掲げた論陣を張る。「市民生活にも関わる」(10月27日)、「情報公開と相いれない」(同29日)、「内部告発制度 厳罰で掘り崩される」(11月5日)など約30本の社説を展開してきた。
 同社は「県内にも防衛装備品を扱う企業は複数あり、知らない間に秘密を口にして処罰される可能性もある。息がつまる社会にしないために社会面を含めキャンペーンをしている」。
 沖縄タイムスは、米軍基地でオスプレイの飛行などへの監視・抗議活動をする住民が取り締まられる危険性もあり「廃案にすべきだ」としている。久高将己論説委員長は「基地にからむ事件や事故の情報もこれまで以上、出てこなくなる恐れもある」と話す。
 ■修正を要望
 修正を求める社も多い。
 日本経済新聞は9月7日の社説で、秘密指定を事後的に検証できる仕組みづくりなどを含め、「慎重に検討を重ねていくべきであろう」と主張。11月16日には国民の知る権利を損ないかねない問題を抱えたままだとして「徹底した見直しが必要である」と述べた。
 読売新聞は11月17日の社説で「外国と重要情報を交換し、共有するには、機密漏えいを防止する仕組みが必要だ」と法案の重要性にふれつつ、「捜査当局の判断で報道機関に捜査が及ぶような事態になれば、取材・報道の自由に重大な影響が出ることは避けられない。ここは譲れない一線だ」と注文をつけた。
 産経新聞は11月22日の社説で「国の安全保障にかかわる機密の漏洩(ろうえい)を防ぐ法整備は、日本の主権や国民の生命財産を守る上で必要」と評価。樫山幸夫論説委員長は「国家安全保障上の利益を守るため、必要な法律だと考える。しかし、機密指定年限や、報道の自由への担保など、あやふやなところは修正すべきだ」としている。(今村優莉、清水大輔)
 ■「内政の問題」、中韓は静観
 海外メディアは特定秘密保護法案をどう見るか。
 米ニューヨーク・タイムズは10月29日付の社説で「何を秘密とするのか定義があいまい」と指摘。「市民の自由に害を与えるだけでなく、東アジアからの不信感をさらに高めることになる」と批判した。
 中国国営メディアは、ほとんど関心を示していない。中国政府も当面は日本の内政問題として静観する構えだ。特定秘密保護法成立による情報管理の強化で「将来的に米韓豪などとの協力が深まり、諜報(ちょうほう)面での『中国囲い込み』が進みかねない」(中国外務省関係者)との懸念もある。
 韓国でも関心はあまり高くない。韓国外交省の報道官は21日、「その法案には言及しない」と述べ、議論を見守る姿勢を示した。(北京、ソウル、ワシントン)
 ■自由守るため、一致結束を
 <大石泰彦・青山学院大学教授(メディア倫理)の話> 今回の法案は国防に関することでもあり、各新聞の政府に対する距離感や、国益に関する価値観の違いで主張が分かれるのは不自然ではない。しかし、ことは社会の自由の根幹に関わり、ジャーナリズムの根源が脅かされるかもしれない問題だ。処罰対象となる「著しく不当な方法による」取材とは何なのか、秘密の根拠や範囲も漠然としたまま法律が施行されれば、メディア、フリー記者、研究者、市民運動家、そして社会の自由と人権に与える負のインパクトは計り知れない。人々の自由がまずあり、それを守るのが政府だ。その原点に立ち返り、メディアは主義主張を超え、自由を守るために一致結束して欲しい。」(
2013/11/24付「朝日新聞」p3より)

言うまでもなく、新聞等のメディアは法人であり、法人としての主義主張を社説等で展開している。今回の「秘密保護法案」は役人等の一般市民だけでなく、メディアにとっても危険な法案。よって、この法案くらいは主張が同じかな?と思いきや、微妙に違う。
上の表のように、朝日が各紙に行ったアンケートで、明確に「廃案」を主張しているのは、朝日、毎日、東京、信濃毎日、西日本、琉球の各紙、「修正の上で成立」が産経であり、読売、日経、福島の各紙は賛成や反対の選択をしなかったという。

一方、海外のメディアのうち、安倍首相が同盟強化を狙う米国からは、高く評価されて良さそうなものだが、そんな声も聞こえてこない。

新聞の読者は、読んでいる内に自然とその新聞の論調に取り込まれてしまうもの・・・。そんな意味で、法案に対する各紙のスタンスは、良く理解してから読む方が良さそうだ。
営々と築いてきた日本の文化が、たった一人(?)の独裁者によって、これほど簡単に方針転換してしまうのだろうか・・・
結果として、国民の投票の責任は重い、ということか・・・

131124takkyuu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月23日 (土)

ハンセン病・多摩全生園の見学ツアーに行く

今日は、カミさんと一緒に、東村山にある国立ハンセン病資料館と、多摩全生園内の現地ガイドツアーに行ってきた。
新聞で見学ツアーがあることを知ったのは、1カ月ほど前だった。10月には行けなかったので、11月に行こうと予定表に書いておいた。それで思い出し、天気も快晴だったので行ってみた。
国立ハンセン病資料館のホームページにあるように(ここ)、現在「2013年度秋季企画展」の開催中であり、付帯事業として現地ガイドツアーを「2013年 10月19日(土)・27日(日)、 11月23日(土)・24日(日)、12月14日(土)・15日(日) 」の6回開催していた。(下記パンフレットのPDFはここ

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ウソだろう・・・と思いつつ、「各回先着30名様までとさせていただきます」とあったので、少し早めに行ったが、予想以上に参加者が多かった。80名以上いただろうか?案の定、2グループに別れて出発。せっかく来た人を帰すわけがない・・・。先着30名様の表示は不要・・・

午後1時出発の2時間の予定が、結局2時間半のツアーになった。ツアーは毎月、1日目は「史跡」コース、2日目は「日常生活と医療の場」コースに分かれており、もらった立派なガイドブックもそのように2部に分かれている。今日は「史跡」コースだった。

園内は広い。まるで都内の皇居のように、都市の中に豊かな自然がある。雑木林を抜け、「豚君之碑」からツアー開始。昔は園内で全てが賄われていたため、豚や牛の飼育場、そして火葬場から納骨堂、水を表に出さないための「排水溜め」まであった。逃げないように、土塁や監房、神社や葬式のときの各宗教施設。娯楽のための劇場跡など・・・
嫌われる養豚場や火葬場は、時代と共に土地が拡張された際、その隅に隅にと移動していったという。
地域内はまさに独立国家。建物から焼き場まで、何から何まで自前。患者の中にはあらゆる職業の人がおり、宮大工の人が神社を作ったという。そして1937年には歌舞伎座まで作ったが、7年後に焼失してしまった。

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印象に残ったのは、劣悪な環境の中でも改善に対する運動があり、その人たちは弾圧され、死んでいったという。「洗濯場跡」の史跡には、「洗濯場事件」の事が書いてあった。1941年、洗濯場主任の山井道太は、穴の開いていない長靴の支給や食事の改善を園に求め、拒否されると作業を2~3日休んだ。すると包帯やガーゼが腐り、その責任を問われ、草津にあった重監房に送られ、ほどなく病気になって亡くなったという。このように、改善への運動と、それを弾圧する権力との戦いが長かったという。
そして宗教地区。真宗、真言宗、日蓮宗、カトリック、プロテスタントなどの教会や会館が同じ所に並ぶ。ここは国立であるため、各宗教設備はそれぞれの団体の寄付で賄われているという。そして「いとちとこころの人権の森宣言の碑」(上の下中央)。
ここに書いてあることが、この施設の今後の課題を良く表している。

ガイドさんに聞くと、全生園の平均年齢83歳はで、入所者数は229名。そのうち、一人で生活が出来る一般舎は93名、介護が必要なセンター入居者は88名、そして病棟入院者が53名の内訳だという。
そして現代は、日本での発病者は年に1~2名で、それもブラジルやインドのように、まだ撲滅されていない地域での感染者だという。しかし既に薬で治癒するため、昔のようにここに来ることはない。もちろんこの施設の入居者もハンセン病は完治している。しかし帰る所がない人が多く、そんな人が住んでいるという。
つまり、現在の平均年齢83歳が、20年経つと100歳を越えるわけであり、つまり全国に13カ所あるというハンセン病施設は、全てが閉鎖に向かって進んでいることになる。そこで、今までの過ちの歴史をどう、後世に伝えるか・・・ということが課題。そのことがガイドブックの概要に詳しい。(下記のPDFはここ
しかし現実問題として、入居者の漸減にともない、ハンセン病という言葉も風化していくのだろう。施設の今後への危機感も強い。よって納骨堂を資料館のすぐそばに設置したのも、消えていく危機感の表れだという。

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ハンセン病、つまりはライ病は古代から忌み嫌われてきた病気。ライと聞いて、色々思い出す。映画では「ベン・ハー」(ここ)や松本清張の「砂の器」(ここ)、そして鉛筆画の木下晋氏(ここ)や(ここ)を思い出す。
木下氏の絵画は、テレビの番組でも何度か見たことがあるので、まさに今日は氏が通ったかもしれないその現場に行ったわけだ・・・

広島の原爆資料館と同じく、非常に立派なこの高松宮記念ハンセン病資料館。ここでは、段々と消えていくこの病気と人権との戦いが良く見て取れる。

天気がよかったせいもあるが、100人に近い人が今日は集まった。読売新聞に先日載ったこともあると、ガイドさんは言っていたが、でもこのように沢山の人が集まることは良いこと。
こんな非日常のツアーもたまには良いのかも・・・・
自分は知らなかったが、ハンセン病患者の作家・北条民雄が執筆した場所にも行った。ウチのカミさんは、学生時代に読んだ、北条民雄の「いのちの初夜」をもう一度読むんだ、と図書館に予約したとか・・・。

最後にガイドさんが「納骨堂」で話していた言葉を紹介する。
「療養所の中に火葬場があって納骨堂がある意味を考えて欲しい。ふるさとに帰れない。お骨には名前があるが本名は書かれていない。それは入居時に、家族に迷惑をかけないために名前を変えるから。
「千と千尋の神隠し」という映画があるが、宮崎駿監督は近くに住んでいることもあって、こことは非常に縁が深い。人権の森のプロジェクトにも1千万円の寄付を貰った。「千と千尋」や「もののけ姫」の時は、この辺りでよく見かけた、という話も聞いている。ラストで、千尋は自分の名前を取り戻して、現代に戻っていく。そのときに手を振っているカエルの姿の人も、もしかすると名前を取られて外に出られないのかも知れない。千尋は外に出られたから良いが、我々はむしろカエルさんに目を向けなければいけないのではないか・・・。全生園のオマージュのような気がしている。出るときに橋を渡るが、ここでは堀・・・。宮崎さんが言っているわけではないが、自分は、残された人をどう思いますか?という隠しテーマがあるような気がしている。
ぜひハンセン病も自分の問題として考えて頂きたい。もし自分の結婚する相手が、かつてハンセン病の患者だったらどうする? 本人が納得しても、親を説得出来るか? 親戚を説得出来るか? ではなぜ説得出来ない? なぜ反対する? そこが問題・・・」

(関連記事)
癩作家・北條民雄著「いのちの初夜」を読む

131123taido <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月22日 (金)

伊藤久男の「夢遙かなるロマンス」

伊藤久男の、こんな隠れた名曲(?)はいかが??

<伊藤久男の「夢遙かなるロマンス」>

「夢遥かなるロマンス」
  作詞:藤山純一郎
    作曲:古関裕而

ふとゆきずりに 見合せし
その人の
忘れがたき 日となりてより
わが胸に
わが胸に 享けし花か 恋とはなりぬ

花咲き散りて 春秋の
歌悲し
今日も昏れて あわれ儚き
泡沫(うたかた)の
泡沫の 淡き恋か 泪を知りぬ

星のテラスに 花匂う
木蓮の
白く咲きて 愁いを誘う
花のロマン
花のロマン 夢と消えて 終りを告げぬ
(昭和33年3月15日発売 コンクール課題曲)

ライナーノーツにはこうある。
「雑誌「平凡」当選詩に附曲された作品で、これも知る人ぞ知る隠れた名盤です。作曲者も自信があったのでしょう、叙情的なこのスロウ・ワルツに自身でハモンド・オルガンで伴奏をつけており、伊藤久男の歌唱も見事です。もし、映画主題歌かラジオ歌謡になっていればきっと伊藤久男の代表曲になっていたに違いない、と評論家、故森一也氏は述べています。」

この「もし、映画主題歌かラジオ歌謡になっていればきっと伊藤久男の代表曲になっていたに違いない」というコメントに惹かれ、じっくりと聞いてみる。
詩が、五七の散文でないので、旋律を付けづらいだろうが、古関裕而自らの伴奏・・・

それにしても「夢遥かなるロマンス」という題が、何とも伊藤久男のイメージに合わない。
でも現代歌手では、およそ期待できないこの朗々たる歌声に、久しぶりに耳を傾けた。

亡くなったのが1983年だというので、もう没後30年になる。前年の1982年末、日本レコード大賞の特別賞を受賞するとき、自宅から中継で伊藤久男が出ていたテレビ画面を思い出す。自宅からの中継なので、よほど体の具合が悪いのかと思っていたら、翌年に亡くなってしまった。偉大なるは伊藤久男である。

131122fusagu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月21日 (木)

「漢字で包み込む、長寿の祝い」&終末医療を考える

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
漢字で包み込む、長寿の祝い(桜井進の数と科学のストーリー)
 少し気が早いですが、お正月、親戚が集まった場で「長寿のお祝い」をしようというご家庭はありませんか? 日本では、77歳は「喜寿」、88歳は「米寿」、99歳は「白寿」……と、特別な呼び名があります。これ、実は分解すると数式のようになるんです。
 例えば、88歳の米寿。「米」という漢字を分解してみます。最初の筆順の点々を逆さにして「八」、次が真ん中の「十」、そして下の「八」。だから「八十八」。
 似ているのが、81歳の「半寿」です。「半」を分解すると「八」「十」までは「米」と同じ。それに「一」を加え「八十一」。81歳は「盤寿」とも言います。将棋盤は、9×9=81マスなんですね。
 では、77歳の「喜寿」は? これは難しい。でも「喜」という字の草書体をご存じならわかり131121choujyu ます。「●(●は七の下に十と七)」だから「七十七」。80歳の「傘寿」も「傘」の略字が「●(●はひとがしらに十)」で「八十」。90歳の「卒寿」も「卆」で「九十」です。
 99歳の「白寿」は100歳の「百寿」と並べて考えます。「百」という字から「一」をとると「白」。つまり、100(百)-1(一)=99(白)です。111歳は「川寿」とも「皇寿」とも言います。「川」は、そのままで111に見えますね。「皇寿」の「皇」は、99(白)+10(十)+2(二)=111というわけです。
 ここまで来れば、宿題にした「茶寿」もわかりますね。ヒントは「米寿」です。茶のくさかんむり以外の部分は「米」と同じ理由で88です。くさかんむりを真ん中で分けると「十」と「十」です。茶=十(10)+十(10)+八十(80)+八(8)=108歳が答えです。「茶摘み」の歌は「夏も近づく八十八夜」と歌います。お茶は「88」と関係が深いんですね。
 日本には、お金を紙に包んで渡す文化があります。長寿の特別な数も「漢字」にして包み込む。「数と科学」ならぬ「数と漢字」の粋なストーリーを、祝いの席でも話題にしてみてください。 (サイエンスナビゲーター)」(
2013/11/17付「朝日新聞」p16より)

自分が、歳によって呼び方がある事を意識したのは、還暦を意識したとき・・・。当時「「還暦」とは?」という記事を書いた(ここ)。
その日付を見たら2006年6月10日とあるので、このblogを初めて10日目である。当時58歳だった。それ以来、こんな“文字のカラクリ”も覚えた。良くこの言葉が出るのが、昔の仲間との飲み会。誰が今年は喜寿だとか・・・。そんな話に最近はついて行けるようにも・・・

それはそれとして、最近、終末医療について考えることが多い。こんな歳の呼び方を意識する世代は、誰もが親の看取りを経験する。その親の看取りをどう受け止めるのか、というのが大きなテーマ。
自分は何度か「胃ろう」についての是非を、当サイトにも書いてきた。色々な本も読んだ(ここなど)。そして結論は「胃ろう」はしない、させない、という基本的なスタンス。
しかしここに来て、その思いは少し揺れている。

一般的に、人間が生きることについて、「もういいか・・・」となると、食べられなくなる。そして自分が蓄えていたエネルギーを使い果たして枯れるように死んで行く。それが生きものとしての自然な姿。
しかし医療の現場では、そんな簡単な話ではない。
人間が食べられなくなると、何もしないと2週間で亡くなるという。よって、食べられなくなると、先ずは栄養の点滴を始める。しかしあっちこっちに点滴の針を刺すと、同じ場所に刺せないため、そのうちに血管確保が出来なくなり、点滴が物理的に出来なくなる。
次に待っているのが、鼻からチューブで胃に栄養を送る「経鼻(けいび)栄養法」や、直接腹部の皮膚と胃に穴を開けてチューブを入れる「胃ろう栄養法」の選択。
それを拒否すると、今度は胸元や太ももの付け根の太い血管から長いチューブを差し込んで栄養を注入する「中心静脈栄養」をするか・・・?、ということになる。これは細菌による合併症の心配があるという。しかしこのどちらも、意識がなくて動けない場合は良いが、本人がわずらわしくなるため、そのチューブを外してしまう場合がある。その時は手にミトンと呼ばれるグローブをはめさせる。もしそれでもダメな場合は、手をベッドに括りつける身体拘束ということになる。
もし「拘束が可愛そう」と、それも拒否すると、最後の手段(?)として、皮下点滴による水分補給だけ行うことになる。これはお腹などの皮下に水分を1日1リットル程度注入する方法。体は良くしたもので、自分の必要な水分だけを皮下から吸収するという。これをいやがる場合は、点滴の針が外れないように、つなぎ服のようなお腹に手が入らない服を着ることになる。

これらの方法による余命は、「胃ろう」や「経鼻」は、内臓系がしっかりしていれば年単位で長生きする。よって外すと即「餓死」を意味するので、一旦始めたら外せなくなると言う。中心静脈栄養による余命は数か月、皮下点滴による水分補給では3ヶ月位らしい。
しかし何もしないと、10日~2週間くらいで死を迎えるという。

ここで問題になるのが、家族はそれらをどう判断するのか、という問題。そのようなケースに陥った場合、医師は家族にその判断を委ねる。そして家族は皆で相談し、決定し、その方法を医師に頼むことになる。家族も色々な意見がある。それを一つにまとめるのは大変・・・

もし脳の病気などで、本人の意識がない場合はそう悩まなくて良いかも知れない。しかしまだ意識があって話が出来る場合は悩む。胃ろうをして、まだ何年も生きる手段があるのに、結果として余命を家族が決めてしまうことになりかねない、という思いが頭をよぎる・・・。
しかしそれは間違いだと思う。これらの手段は、終末医療が発展した現代だからこそ出てきた方法で、そんな療法が無かった昔は、「食べられなくなる=老衰で亡くなる」ということが当たり前だった。それをベースに考えると、あまり悩まなくても良いのかも・・・
それと「身体拘束」と余命との間合いをどうするか・・・
80年から90年生きてきた人生の、最後のたった数週間の命を延ばすために、本人がいやがってでもベッドに体を縛り付ける意味がどこにあるのか・・・という問題。本人の事を思えば、当然身体拘束は避けることになる。
すると結局最後は、残された家族の心の問題となる。幾ら生物としての役割が終わった、という事実が正しいとしても、家族の心の問題はそう簡単に割り切れるものではない。

「胃ろうはしない」という、理屈では分かっているスタンスも、実際にその場に遭遇すると、家族たちの頭(理屈)と心(心情)は離れてしまい、その間で葛藤する。それが現実らしい。
特に本人の、体は「もういいや」と諦めても(食事が採れない)、心(魂)は「まだ生きたい」というエネルギーが残っている場合、家族はどう対処したらよいのか悩む・・・
結局、本人のいやがる身体拘束は避けて、そして痛みや苦しみのないようにして、せめて水分だけでも・・・と、皮下の水分点滴を最後の手段にする。そして時間と共に、残っている体力を使って(筋肉を熱に変えて)生き、最後は骨と皮だけになって亡くなる・・・。それがベストの道ではあるまいか・・・。本によると、これが一番苦しくない道だという。それを信じて・・・。
白寿だ何だと、“お祝い”の後には、こんな現実もある。そんな事を思うこの頃である。

(関連記事)
田中奈保美:著「枯れるように死にたい―「老衰死」ができないわけ」を読む 

131121shimero <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月20日 (水)

「流行語30年のトップ10」

先日の新聞各紙に流行語のトップ10の記事が載っていた。
あの頃思い出せる? 流行語30年のトップ10
 毎年の世相を表してきた「新語・流行語大賞」が来月、30回目を迎えるのを記念し、大賞を主催する自由国民社は13日、過去に選ばれた新語・流行語のトップ10を発表した。半数以上を90年代の言葉が占め、21世紀生まれは「格差社会」(06年)だけだった。
 過去に選ばれた337語のうち、現在も使われているといった条件に当てはまる99語を候補に、読者を対象としたアンケートでトップ10を選出した。「亭主元気で留守がいい」「オヤジギャル」「セクシャル・ハラスメント」など、男女の立場の変化が読み取れる言葉も多く並んだ。
 12月2日に発表される今年の大賞には、「じぇじぇじぇ」「倍返し」など候補が豊富だ。事務局は「言葉の勢いは世の中の活気に左右される。ずっと停滞気味だったが、今年豊作なのは期待感の表れかもしれない」と分析する。(守真弓)」(
2013/11/14付「朝日新聞」p38より)

そして「天声人語」では・・・
「亭主元気で留守がいい」をことわざのようなものと思っていた若い同僚がいる。妻がよく口にしているのだという。もちろん防虫剤のCMで1986年にはやったフレーズである。新語・流行語大賞が来月に30回目を迎えるにあたって過去のトップ10を選んだ。その中の一つだ▼もっとも、亭主は達者で留守が好(よ)いという言い回しが日本語大辞典に載っている。妻の望みは昔も今も同じということか。流行語には少し経つと使うのが恥ずかしくなる類いも多い。時を超えて色あせない中身を語ればこそ、長く生き延びる▼「赤信号みんなで渡ればこわくない」も、その好例だろう。大賞が始まる以前、漫才ブームに沸いた80年の作だ。そういえばイラストレーターのみうらじゅんさんの「マイブーム」は97年に入賞し、今では広辞苑にも掲載されている▼時代をさかのぼると、これもかつては新語だったのかと驚く例に出くわす。たとえば「春一番」である。64年の当欄は、西日本のあちこちの漁村にある季節感あふれる言葉を、4、5年前から気象用語に使うようになったと紹介している▼流行語は世相を映す。よく映すあまり、後の時代からは遠くなる場合もあろう。バブル絶頂の88年の「5時から男」や、89年の「24時間戦えますか」。時々思い出すことはあっても実際に使う機会はない▼さて、トップ10で21世紀に入ってからのものは一つだけだった。今年の大賞の候補は豊作だという。後世に残る名文句が選ばれるだろうか。」(2013/11/15付「朝日新聞」「天声人語」より)

<新語・流行語30年のトップ10>
(年代順、順位はつけていない)
・キャバクラ(1985年)
・亭主元気で留守がいい(86年)
・セクシャル・ハラスメント(89年)
・オヤジギャル(90年)
・サポーター(93年)
・同情するならカネをくれ(94年)
・がんばろうKOBE(95年)
・安全神話(95年)
・自分で自分をほめたい(96年)
・格差社会(2006年)

前に江戸時代に戻ったら話が通じるだろうか?という記事を書いた(ここ)。
そこでは、たぶん「新語・流行語」の違いから、話は通じないのでは?というのが自分の予測・・・

話は変わるが、今日、昨年(2012年)12月の衆院選の「一票の格差」についての最高裁の判決があり「違憲状態」だって・・・
ここ)にも書いたが、高裁の判決は、「違憲・選挙無効判決」が2件、「違憲判決」が12件、そして「違憲状態判決」が2件だった。つまり高裁の88%の判決が違憲判決なのに、最高裁はそれを覆して、高裁の12%の判決の方を取った。テレビのニュースはバカバカしくなったのか、マジメに報道すらしていない。
高をくくっていた現政権が、“当たり~”! まあ日本はこんなもの・・・。三権分立も何もあったものではない・・・。バカバカしくて、blogの記事を書く気にもならない・・・。

2013年の新語は「司法の自爆」を加えたらどう??

(付録)
会社への道すがら、たまに外人の大男が、幼児を“ひも”につないで(つかまって)、散歩しているのに出くわす。外人教師の幼稚園なのだろう。もちろん掛け声は英語。ビックリしたのは、幼児の口からも英語が出ていること!
日本が英語圏化しないことを祈る・・・

131120zounokenka <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月19日 (火)

「あなたが生きたい時代 ベスト10」

朝日新聞のbeランキングは、ネタが尽きてきたのか、こんなベスト10を載せていた。何とも平和な証拠!?

「(beランキング)あなたが生きたい時代
希望と夢求めて未来へ過去へ
 恋人に振られたとき、試験勉強に疲れたとき。人生の壁にぶつかると、ふと、こんな現実逃避をしたくなるものです。生まれた時代が違ったら――。あえて、行きたいではなく、生きたい時代を聞きました。片道切符の時間旅行。さあ、どちらへ?

 1位は、100年後より先の時代と設定した「遠い未来」。我々の祖先が、今まで連綿と受け継いできた「過去」を上回り、トップ5には「近い未来」も入った。
 未来を選んだ人は、探求派と消極派に分かれるようだ。「死に至る病気がどこまで克服さ131119ikitaijidai れているのか見てみたい」(東京、66歳男性)、「科学がどこまで進んでいるか知りたい」(福岡、50歳男性)と、探求派はあくまでもポジティブ。だが、もう一派は――。
 「小心者で孤独を好む私が、今より前の時代で生きて過ごすのは不可能」(京都、62歳女性)、「過去のどの時代も安定した生活は一部の階級の人。過去の生活は無理かなと……」(兵庫、54歳女性)。ちょっとせつない。
 ただ、両者とも未来に希望と夢を抱いている点では共通する。「生まれてこのかた、いい時代と思われる時はない」と来し方を嘆く福島県の男性(72)さえ、未来には「過去を下敷きに発展するはず。期待がもてる」と明るい。
 もう、くよくよしない。みな前を見て、一日一日を歩んでいるんだから、と思い新たに次に進もうとすると、肩すかしを食う。2位、3位と、回答者の多くが一度は体験したであろう近い過去に舞い戻ろうとしていたからだ。
江戸で小粋に 恋を平安京で
 特に高度経済成長期は団塊世代以上の男性にこよなく愛されていた。「モーレツに仕事したい」(東京、76歳男性)、「がんばれば今日より豊かになれる希望と夢があった」(熊本、70歳男性)。
 その言葉は歴史が証明する。世界の勝ち組へ、この国が階段を駆け上がっていた時代。1960年に池田勇人内閣が所得倍増計画を掲げて8年で、敗戦国は世界2位の経済大国になった。がんばった人は報われる。手の出なかった夢のテレビや冷蔵庫も手に入った。
 右肩下がりのくたびれた現代に生きるからこそ、万能感に包まれた時代が輝いて見える。6位のバブル経済期に対しては、その恩恵にあずかれなかった世代の欲望が渦巻く。「今できないぜいたくをしたい」(富山、34歳女性)、「あの頃は良かったなんて上司が話す。体験したい。でも知らない方がいいかな」(兵庫、35歳女性)。
 現代人の誰もが未経験の過去からは、唯一、江戸時代がトップ5入り。生きたくない時代でダントツ1位だった「戦中」とは好対照。260年にわたって四海波静かだった太平の世で、庶民の暮らしが人気を集めた。「古典落語の世界のように、おもしろおかしく生活できそう」(埼玉、48歳男性)、「浮世絵の刷りたてを見てみたい。きれいなんでしょうねえ」(神奈川、60歳女性)。
 多くの女性が「貴族として生きたい」と身分を指定してきたのは平安時代。「十二ひとえを着たい」(大阪、49歳女性)は、まだ遠慮がちなほう。光源氏との恋愛を熱望する人が多かった。様々な女性と浮名を流した希代の色男。現代の感覚を持ち込まず、多数の中の一人となる覚悟があれば、楽しい平安ライフを過ごせるはず。
 旧石器や縄文の時代でストイックに生きたい人もいる。鹿児島県の女性(21)は「みなで協力して生きていくのが良い」と言い、大阪府の男性(75)も「自分の能力だけで生存できる本当の意味での実力社会」と語る。
 狩猟採集生活を現代の世で実践したらどうなるのか。それを知る好著が登山家の服部文祥さんの「サバイバル登山家」(みすず書房)。食料や装備をほとんど持たずに野に入り、捕まえたカエルやヘビを食べて山に登る。人間が知恵と体をフル動員して生きること。その快感を服部さんは、生き物の本質に近づくこと、と記す。
 こんなところで時間旅行はおひらき。ともかく未来に迷惑をかけないよう、現代をまじめに生きるとしよう。
    ◇
 調査の方法 朝日新聞デジタルの会員に登録していただいた方を対象に、ウェブサイトで10月下旬にアンケートを実施した。回答者は1818人。編集部で設定した23の時代から「あなたが生きたい時代」を三つまで選んでもらった。「生きたくない時代」の上位は(1)戦中(2)戦国時代(3)旧石器時代(4)戦前(5)縄文時代(6)戦後復興期(7)バブル崩壊後の現代(8)弥生時代(9)近い未来(10)遠い未来。1~5位のイラストは岡山進矢さん。【斎藤健一郎】」(
2013/11/16付「朝日新聞」b2より)

<あなたが生きたい時代 ベスト10>
①遠い未来(100年後より先)(431)
②高度経済成長期(1955~73年)(401)
③安定成長期(1974~85年)(395)
④江戸時代(17~19世紀)(383)
⑤近い未来(2014年~100年後)(351)
⑥バブル経済期(1986~91年)(295)
⑦平安時代(8~12世紀)(230)
⑧明治時代(1868~1912年)(224)
⑨大正時代(1912~26年)(181)
⑩縄文時代(1万年前~紀元前3世紀)(121)

人類の出アフリカによると、紀元前2万年頃に当時地続きであったベーリング海を越えてユ131119africa_2 ーラシアからアメリカ大陸に人類は進出したという。2万年前でもアラスカは寒かっただろう。そんな寒さの中で、暖房やオーバーが無かった人類が歩いている・・・
そんな光景を思い出す毎に、コタツが有り難い・・・。つまり、現代に勝る時代はない!?

先日の飲み会で、いつも出る孫の話。孫無しのオジサンが言っていた。「これからの子どもは悲劇。こんな時代に子どもは作るべきではない」・・・。どこまでが本音で、どこまでが負け惜しみか知らないが、でも少しは真実だと思う。それほどこれからは生きていくのが大変な時代・・・。

過去を振り返ると、自分的にはここで言う「安定成長期」が一番良かった時代かも知れない。つまり思う存分働いて、それなりに働きがいもあった時代。そして何よりもリストラや失業という言葉と無縁だったことが大きい。

一方、ウチのカミさんは、過去には絶対に戻りたくないと言う。それも一つの考え方。明日はもっと良い日が来るのでは・・・と常に思いたい。しかし、今の政治の動きを見ると、それは有り得ないと思ってしまう。1000兆円にも達する借金、年金の破綻、健保の破綻等、これからそれらを背負う世代は生きていくだけで大変。
それに例の秘密保護法案は、何としても今国会で成立させようと、政府は躍起になっている。しかも、どうやらそれが、段々と現実味を帯びてきた。「おいおいウソだろう・・・」と言っているうちに・・・
まれにみる悪法、という評価はどこ吹く風・・・。どんな有識者の団体が反対声明を出そうが、世論調査で国民が反対しようが、政府の行け行けドンドンも、ここまで来ると、我々は無力感にさいなまれてしまう。
昔だったら、国会のまわりを多くの学生のデモ隊が囲っただろうに、今の学生は行動しないの??
本当にこんな事で良いのだろうか?

その時代に対する評価は、後の歴史が下す。平成のアベノミクスとやらの時代が、後の世で“時代に逆行した最悪の時代”と評されないと良いのだが・・・

131119chokkai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月17日 (日)

アジアの「国有企業の呪縛」~普通の国・・・

先日の日経新聞に、アジア諸国の腐敗の記事があった。
中国が経済減速、腐敗、環境汚染、少数民族の反発などの問題を抱えていることは良く知られているが、特に腐敗では、アジアの諸国もその例外ではないようだ。

「攻防・アジア貿易圏(4) 国有企業の呪縛
 マレーシアの首都クアラルンプールから30キロほど南にある、首相官邸など行政施設が集まる新都市プトラジャヤ。ここで異様な光景に出合った。池の対岸にある行政施設につながるはずの橋が真ん中で途切れたまま。工事再開の気配はなく、橋のたもとに熱帯植物が生い茂る。
 「ここに連れてきたのは、お客さんが初めてだよ」。ベテランのタクシー運転手が不思議そうに話しかけてきた。
 ここはインターネット上で「廃虚」とも呼ばれる。工事を主に手がける政府系のプトラジャヤ・ホールディングスは、政府から工事を受注し下請けに丸投げしている。巨大な都市計画に見合う住民が集まらず、オフィスビルやマンション群には「販売中」の看板が揺れる。政府系企業だけが肥え太り、時価総額上位100社の4割を占める。
 マレーシアは賃金上昇で外資の進出が頭打ちとなり、主力の家電などの輸出も陰る。政府は先進国入りを前に成長が鈍る「中所得国のわな」におびえ、成長を維持しようと公共事業を乱発している。著名な投資家ジム・ロジャーズ(71)は「マレーシア企業といえば、思い付くのは政府系だ」と皮肉る。
 「従業員の3分の1は要らない」。日系金融機関の関係者はベトナム大手国有企業会長の言葉に耳を疑った。日本企業の人員整理など経営合理化の取り組みを説明すると、深くうなずきながら「ベトナムでは不可能だ。1人でも削ったら国民からも批判を浴びる」と嘆息した。
 ベトナムに約3300ある国有企業の従業員は大半が縁故入社で、元軍人らの再就職も多い。能力よりもコネで昇進が決まり、優秀な人間は残らない。
 「国有企業に関する議論を懸念する」。8月末、ブルネイの環太平洋経済連携協定(TPP)閣僚会合後の記者会見で、マレーシア代表は不満をぶちまけた。日米など先進国は公共事業に参入できる環境を確保するため、政府の手厚い保護を受ける国有企業を規制するルールづくりを目指している。
 米国は猶予も持ちかけながら、国有企業の改革を東南アジア諸国連合(ASEAN)に迫る。だが、マレーシア通産相のムスタパ・モハメド(63)は「交渉では決して妥協しない」と強硬だ。12月の閣僚級会合で交渉はヤマ場を迎えるが、構造的な国有企業の問題を解決しない限り、実効性あるアジア貿易圏の姿は見えてこない。」(
2013/11/15付「日経新聞」p2より)

これらの国と違って、日本では、先の東北大震災で、コンビニで棚から落ちた商品を拾って、お金を払うために列に並んでいる光景を海外のメディアな好奇な目で見ていた。
先日のフィリピンの台風30号の被害では、TVでスーパーの経営者が「商品が全部略奪された」と事も無げに言っていたが、“普通の国”ではどうもそれが当たり前らしい。
でも、どこかの都知事が「東京では財布を失っても手元に戻ってくる。しかも、お金が入ったままで」と言ったらしいが、本当に日本は安心な国なのだろうか・・・。

さっきのNHKニュースで、自民党の石破幹事長が「『特定秘密保護法案』に対する国民の受けは全然よくないが、防衛や外交の分野で知らせてはならない情報は間違いなくある。誰がそれを取り扱うかを決め、漏らせば厳しい刑罰で臨むための法律をつくるのは当たり前だ」と言っていたが、国会議員は国民の代弁者ではないのか? それを国民が気が付いて、世論による反対のムードが盛り上がる前に、ダマテンで国会を通してしまおうという、時の権力者の横暴・・・。
もしこの「秘密保護法案」が可決されたら、これからは日本も決してそんな安心な国ではなくなり、首相の目指す「普通の国」になって行くのだろう。そして官僚・役人による賄賂地獄も“普通のこと”になって行くのかも・・・。
何とか「普通の国」にならない方策は無いものだろうか・・・

131117kuma <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月16日 (土)

「雪冷房、エコじゃなかった」

先日の朝日新聞の「雪冷房、エコじゃなかった」という記事を読んでビックリ!

雪冷房、エコじゃなかった 北海道から都内に運搬、CO2排出量増
 税金の無駄遣いを外部の有識者が点検する14日の「行政事業レビュー」で、「環境に優しい」とアピールするはずの雪を使った冷房事業が、逆に「エコではない」と指摘された。所管する環境省は見直しに追い込まれた。
 この事業は、雪国から運んだ雪を都市の空調に使って、排出する二酸化炭素(CO2)を削減するだけでなく、雪の処理コストや雇用減に悩む地方活性化にも寄与しようという実証実験。予算は昨年度からの3年間で3億7千万円が計上されている。
 ところが、昨年、北海道から貨物列車などで東京都心のホテルまで運んだところ、輸送に多くのエネルギーを費やし、かえってCO2排出量が増えた。環境省の担当者は「『近距離ならば』と、今年は山梨県から運んだら効果は見られた」と弁明した。
 環境省は「採算に乗らないものを、どうすれば事業化できるか考えた」とも説明したが、有識者から「そもそも事業採択の段階で引っかからないことが問題」と追及され、ついに「来年度は都内ではやりません」と見直しを表明。事実上の「白旗」を揚げた。(秋山惣一郎、香取啓介)」(
2013/11/15付「朝日新聞」p4より)

いやはや日本の官僚は、国家公務員試験を通った優秀な人材だとばかり思っていたが、それがとんだ勘違いであったことが分かった。
北海道の雪を東京に運んで、冷房に使うのだという。誰が考えても荒唐無稽の話だと分かる。輸送の途中で雪が溶けないように“雪に対する冷房”も必要だろうし・・・。
そんなバカバカしい冷房事業に、税金が3億7千万円も使われたという。

ふと「裸の王様」を思い出した。改めてwikiであらすじを読んで見ると、
「新しい服が大好きな王様の元に、二人組の詐欺師が布織職人という触れ込みでやって来る。彼らは何と、馬鹿や自分にふさわしくない仕事をしている者には見えない不思議な布地を織る事が出来るという。王様は大喜びで注文する。仕事場に出来栄えを見に行った時、目の前にあるはずの布地が王様の目には見えない。王様はうろたえるが、家来たちの手前、本当の事は言えず、見えもしない布地を褒めるしかない。家来は家来で、自分には見えないもののそうとは言い出せず、同じように衣装を褒める。王様は見えもしない衣装を身にまといパレードに臨む。見物人も馬鹿と思われてはいけないと同じように衣装を誉めそやすが、その中の小さな子供の一人が、「王様は裸だよ!」と叫んだ。ついに皆が「王様は裸だ」と叫ぶなか、王様一行はただただパレードを続けるのだった。」

この物語を先の事業に重ね合わせてみると、王様は発案した環境省の官僚!? 家来はこの事業の輸送などで発注を受けた業者か・・・? なるほど、だれもバカバカしいと思っていても、お金をくれるのだから・・・と黙っているワケだ。見物人は、関係省庁の担当者? バカバカしいと思っていても、他省庁の事なので知らんふり??
そして、“小さな子供の一人”が「行政事業レビュー」の有識者というワケ??

それにしても日本もレベルが落ちたものだ。小学生でも直感的に分かるこんな採算が取れるわけがないバカバカしい事業を、“有識者どの”に指摘されるまで、誰もそれを言わなかったのだから・・・。多分誰も心では思っていても・・・
それに、こんな暴走官僚を止める機能は、国民の代表である国会議員には無いのであろうか・・・。

一方では、生活保護費の抑制策を盛り込んだ生活保護法改正案と生活困窮者自立支援法案が13日の参院本会議で可決されたそうだ。生活保護費をケチる役所と、雪を東京のホテルに運ぶ役所。どちらも税金だ。
国民としては、はるばる北海道から東京まで“雪を運ぶ”お金があるのなら、生活困窮者を救ってあげた方がよっぽど良いと思うのだが、“官僚殿”はそうは考えないのだろうか・・・。何とも聞いていてやりきれない話ではある。

131116kuma <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月15日 (金)

「両陛下、葬儀は火葬 17世紀以来」&終末医療を考える

今朝の日経新聞の記事。天皇の埋葬が火葬になるという・・・。
両陛下、葬儀は火葬 17世紀以来 宮内庁発表
 宮内庁は14日、天皇、皇后両陛下の意向を受けて検討を進めてきた「今後の陵と葬儀のあり方」を発表した。陵の墳丘の形状は従来通りで、天皇・皇后陵が隣り合う形にし、敷地面積を昭和天皇・香淳皇后陵の8割程度にする。また江戸時代前期から続いてきた土葬を火葬に変更し、火葬のための新たな儀式を行う。
 天皇の火葬は1617年の後陽成天皇の葬儀が最後で、葬法の歴史的転換になるが、他に131115sinnryou 大きな変更はなく、旧皇室喪儀令などに基づく戦前の形式が継続することになった。陵の予定地は東京都八王子市の武蔵陵墓地の大正天皇陵西側になる。
 宮内庁は昨年4月、新たな陵と葬儀のあり方の検討を行うと表明。両陛下は武蔵陵墓地の用地に余裕がなくなっていることや国民生活への影響を少なくすることを考慮して検討を進めてほしいとの意向を示されていた。また一般社会で火葬が通常化していることなどから火葬を希望された。
 陵は明治天皇陵から続いている「上円下方」の墳丘形式を踏襲。従来より大きさを縮小した天皇、皇后陵が並び立つように配置する。皇后陵は天皇陵より小さめになる。

宮内庁が「お気持ち」公表 国民生活へ影響軽減を
 宮内庁は14日、天皇、皇后両陛下の今後の陵と葬儀のあり方について、両陛下から了解を得てまとめた「お気持ち」を公表した。天皇陛下が国民生活への影響を少なくしたいと望まれたことを紹介。両陛下の合葬が検討過程で見送られた背景に皇后さまの意向があったことを明らかにした。
 同庁によると、両陛下は即位後のかなり早くから陵や葬儀のことを話し合い、宮内庁長官らの意見にも耳を傾けられた。天皇陛下は従来の皇室のしきたりをできるだけ踏襲しながらも、時代の要請を受け入れて行動することを心がけ、陵と葬儀のあり方についても国民生活への影響軽減を希望されたという。
 合葬には、皇后さまが「あまりに畏れ多く感じられる」とし、将来的に天皇陵前で行われる祭事などにも配慮。天皇陛下の「合葬というあり方も視野に入れてはどうか」との考えに深く感謝しながらも、遠慮しなければとの気持ちを示されたという。
 両陛下は一般の葬儀・告別式に当たる皇室行事「葬場殿の儀」の実施場所についても、大勢の人が使う場の長期占用や樹木伐採を避け、猛暑や集中豪雨などを考慮して出席者の安全が確保できる場所を希望。皇太子さまや秋篠宮さまの意見も伺いながら選定してほしいとの気持ちを持たれているという。」(
2013/11/15付「日経新聞」p1、p42より)

自分の葬儀について、生前に検討する例は多くあるが、天皇もその例外ではないらしい。しかし、あまりに長い歴史から、そして周囲の考えから、そうそう自分たちの意向で動くものでもない。その点では、今回の火葬屁の変更は、大いなる前進なのかも知れない。

話は変わるが、最近胃ろうなどの終末医療につて考える事が多い。前に何度か胃ろうについて書いてきた(ここなど)。

しかし現実の問題として考えてみると、胃ろうや中心静脈栄養の実施可否の判断は極めて重い。意識のない状態での可否判断は「苦しめて1日永らえても・・・」ということから容易に判断できるが、口から食物が取れないだけの場合、つまり意識がある場合、それらの拒否は、結果として自分たちで親の命の残りを決定してしまうことになりかねない。
結果、安易な選択の道は、親をチューブだらけにしてしまうこと・・・。確かにその方が子どもにとっては精神的には楽だ。少なくても、自分を責めることにはならなので・・・。しかし当の親は・・・!?
一方、その選択を断った場合は、自分を責めかねない・・・。例え、親が安らかに死んだとしても・・・。しかしそれは残された人が負うべき責任なのだろうか・・・?
いや違う。終末医療などが無かった昔は、誰も自然の摂理で亡くなって行った。それが終末医療と称して、管をつないで生物としての延命を図ったため、単に心臓の鼓動だけが長くなった。しかしそれは本人にとって望むことだろうか? それはやはり本人にとって、と言うより、残された人の自己満足ではないのか?

ふと昭和天皇崩御のときの状況を思い出した。昭和63年9月19日に倒れられてから、「侍医団は、高齢の天皇の体力を考慮して、積極的治療によるリスクと苦痛を避けるため、新たな外科的治療は行わず、輸血と点滴を中心とした対症療法に徹するとの方針をとった。「天寿を全うしていただく」と。」
それ以来、毎日ニュースは「今日は輸血を**CC・・・」といった話ばかり。そして「闘病は111日間に及び、吐血以来の輸血総量は3万1000ccを超えた。」ここより)
天皇ですら、自然に任せて積極的な治療は行わなかった。自然に任せた。

世代は順番に移り変わって行く。しかしそれは簡単な事ではない。どんな変化にもエネルギーが要る。そんな当たり前の事を意識するこの頃である。

(付録)
今朝、井の頭線に乗っていたら「閉まった踏切を無理に渡った人がいたため、安全確認のため5分ほど遅れて運行しています」とのアナウンス。
一人の勝手な行動が、どれほどの人の予定を狂わせるか・・・。よくよく考えよう。

131115kabinn <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月14日 (木)

「追い出し部屋」の実態・・・

昨日の朝、起きて居間に行くと、カミさんが怒っている、朝日新聞のこんな記事を読んで・・・
リコーから子会社へ出向「人事権乱用で無効」 地裁判決
 追い出す目的で子会社に出向させられ、畑違いの業務を命じられたとして、事務機器大手リコー(東京)の社員2人が出向命令の無効を訴えた裁判で、東京地裁は12日、出向先で働く義務がないことを確認する、原告勝訴の判決を言い渡した。篠原絵理裁判官は、出向命令は社員の自主退職を期待して行われたと認め、「人事権の乱用で無効」と判断した。
 リコーは即日控訴した。判決によると、2人(40代と50代)はともに男性で技術系社員として採用され、研究開発などに携わってきた。リコーが2011年7月、リストラ策で希望退職を募った際、2人は上司から応募を求められ、拒むと、同年9月に出向を命じられた。2人とも子会社で、製品のラベル貼りや箱詰めなどをしている。
 篠原裁判官はまず、企業による出向命令は万能でなく、出向対象者の人選方法や対象者に与える不利益、出向命令の目的などを総合的に考慮して、無効となる場合があるとした。
 そのうえでリコーの出向命令を検討。人選について「希望退職を断った全員が対象とされた」と指摘し、さらに、デスクワーク中心の仕事から肉体労働の職場への出向だったことから、「キャリアや年齢に配慮したとは言えず、身体的・精神的に負担が大きい業務と推察される」とした。
 判決はこうした事情から、出向命令の目的は「対象者が自主退職するのを期待して行われたもの」と判断。「目的は経費削減」とのリコーの主張を退けた。一方、「精神的苦痛を受けた」とする慰謝料請求については「出向後も給与額はそのままだった」などとして退けた。
 リコーの出向命令をめぐっては社員計7人が同種訴訟をおこしており、今回が最初の判決となる。東京地裁は昨年5月、通常の裁判より短い審理で結論を出す「労働審判」で出向命令を無効と判断。リコー側が異議を申し立て、裁判に審理が移っていた。
 控訴したリコーは「主張が十分ご理解いただけない結果になった点は非常に残念。健全な事業の持続と雇用の最大限の確保を実現するために、上級裁判所のご判断をいただきたい」との談話を出した。【小松隆次郎】」(
2013/11/13付「朝日新聞P39より」

リコーの「追い出し部屋」について、東京地裁が原告勝訴の判決を言い渡したという記事だが、ふと先日の、朝日新聞「雇用創出、今こそ社会全体で」(2013/11/06付p15)という記事を思い出した。その記事にあった図を示す。

1311141 1311142 1311143

この図で「追い出し部屋」が電機メーカーに多いのにビックリする。大手でここに名前が挙がっていないのは、三菱と富士通くらい・・・。“人を大切にする”のが企業理念だったパナソニックや東芝は、堂々と「人を大切にしていない」・・・
日立も、従業員に対する福祉は昔から特別だった・・・。昔は日立市に行くと、無数の社宅群が並び、兎平供給という会社のスーパーがあったが、今はどうなっているのか・・・

しかし一方では、企業は色々な(「追い出し部屋」の人から見ると)“ムダ”な活動も多い。各種のスポーツ活動や文化活動、それに協賛活動など・・・。追い出される側からすると、自分たちの給料よりも、**チームの勝利の方が大切なのか・・・と。
それで色々な企業スポーツが消えて行ったのも事実。またそれでも、社員のクビを切りつつ、多大なお金を各種活動に費やしている企業が多いのも事実。これらをどう考えるのか・・・。
そして「追い出し部屋」では、経営者自らの責任をどう考えるのか・・・。自分は安泰で、社員のクビを切って固定費を減らすなど、誰でも出来る方法・・・

ふとこんなことを思い出した。現役の頃、子会社のある社長が、突然頭を丸刈りにした。周囲はビックリ。それはリストラの断を下した自分に対するケジメだったのかも知れない。
でもそんな話も過去の話。今は自分で経営責任を取るどころか、開き直りが一般的・・・

サラリーマンにとって、「追い出し部屋」は人生が激変してしまう最大の恐怖。しかしそれらは企業の姿勢によってスタンスが大きく違うらしい。例えば三菱グループ。10年ほど前、三菱自動車がリコール隠しで倒産寸前になったことがある。その時、三菱グループは、絶対に三菱自動車を倒産させない、として事実そうなった。最近も当時の借金返しのニュースが流れていた。そしてある子会社の人からこんな話も聞いた。「例えうつ病になった社員も決して解雇しない。何年経っても面倒を見てくれる。そんな人でも定年後も何とか役目を作って給料を払ってくれる・・・」
そんな企業グループもあるらしい。もちろんそれはまれな一例かも知れないが、少なくてもそんな話が出るだけ、今の時代では驚きもの。それだけ経営がしっかりしているのだろう。
ともあれ、「追い出し部屋」の恐怖を横目に働く現役の人たちは大変だ。せめてこのような事態になったら、上の経営層は必ず責任をとって一緒に辞める、という風土だけは日本にあって欲しいものだが・・・。

131114kabegami <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月13日 (水)

「無思想の発見」養老孟司著~Uさんの読書ノート

現役時代の大先輩であるUさんが送ってくれる「本の紹介」メール。今回は、養老孟司著「無思想の発見」である。

Uさんのメールにこうあった。
「寒くなりましたが、お変わりありませんか?
今回の本の紹介は「無思想の発見」養老孟司著である。各位の一人からそれとなく推薦された本である。そう言う事なので、自宅近くの区立の図書館から借り受けた。お気に入りの著者である事も有り、一気に読んでしまった。知的好奇心がそうさせたのである。
本書を読み終った最初の感想は、著者の「脳」に関する絶対的な確信である。「意識」「感覚」全て脳のさせるワザであるという確信である。紹介しなかったが、解剖の授業で学生が「先生、この死体間違っています」と言う。つまり「教科書に書いてある身体と違う」と言うのである。
5感の感覚で死体を観察して居ない事から起こっている。教科書と言う意識、思想が絶対であると言う事から発生した問題である。一般的に言えば、思想が正しく、「現実が間違っている」と言う事と同じである。お勧めの本である。」

実は“それとなく推薦した”のは、当サイトの読者である「はうろ」さん(ここ)。それで、自分もUさんの要約を読み出したのだが、正直、何ともツラかった。自分にとってあまりに難解で・・・

★「「無思想の発見」養老孟司著 ちくま新書」のUさんの“読書ノート”のPDFはここ

そしてUさんの「コメントと感想」にはこうある。
「著者は、「私」という自分を示す言葉が、日本語には沢山あるが、外国語には、自分を表現する言葉は一つである。それが「定まった私」なんて無い。と、「個」の自立を否定する。その代りに「世間」が存在すると言う。しかも、日本語には「私」という言葉にself と言う意味とprivate と言う意味の二重の意味がある。こんな言語は他に無い。
日本には「思想が無いと言う思想がある」世間の思想に反する思想を持つ事は許されない。これは数字のゼロであり、又は、真空原理であると言う。
そして、思想は5感で捉えられないから言葉とか行動として外に出さなければ他人はそれを把握できない。概念の世界は「同じ」という働きで特徴付けられる。その「同じ」を、上にどんどん上がって行くと抽象=思想になるという。
そして、思想はえてして現実無視の空論になる。だから、日本人は、「ない」思想をどうやって他の人に説明するのか?という問題に直面する。感覚世界である現実を、意識は出来るだけ「同じ」に変えて行く。意識は、自分については「同じ」を繰り返すが、外に対しては「違う」を繰り返すのである。結局、自分を自分で変えて行くしかない。と著者は主張する。

私は、他人と議論する時、例え話や具体定事例に終始し、その原理、思想については殆ど言及しないことを不思議に思っていた。本質論を言うと、理屈を言うなとか、危険視され無視される。本書を読んでやっとそれを理解できた。又、自己の確立と言っても何か違和感があり、賛意は得ても心の底からの納得は得られない。
日本人の無思想と西欧の有思想とどう調整するか?グローバル化と日本的価値観をどう調和させるか?と言う事になる。エネルギー資源や食糧を毎年20兆円以上輸入しなければならない日本は、少なくとも、それに見合う輸出をしなければ生きて行けない。それが「取引」である以上、お互いの信頼、信用が必須である。つまり、グローバル化は仕方がないのである。著者も「自分を自分で変えるしかない」と言っている。

話は変わるが、最近映画「スティーブ・ジョブズ」を鑑賞した。世界を変えた天才、アップル・コンピューターの創始者である男の物語である。実家のガレージから始めたアップル社は4年で上場し成功する。しかし開発にのめり込み、首になる。しかし、再度乞われて復帰し、CEOに返り咲く。そして、iphone やipod を世に出す。56才で、すい臓がんで亡くなる。彼は、天才ではあるが、わがままで傲慢、自分の考えは絶対変えない、昔からの友人でさえ追い落とす非情な反逆児である。
彼ほどの有思想家は居ないと思った。若い時大学を中退し、インドで禅の修行やドラッグを経験し、「人類を前進させるような事を実現したい」という思いから、アップル社を設立した。彼は、技術やビジネスに卓越していただけではない。ITデジタル革命を創りだしたのである。無から有を創ったのである。
しかし、映画を観ながら『彼と一緒に仕事は出来ない。無理だ』と思ったのも事実である。」

このUさんのコメントも難しい・・・
気を取り直して!! 自分なりに印象に残った言葉は、
「自分をごまかし続けて一生を過ごしてしまう人を「幸福な人」と言う。」
「「じゃあ、どうすればいいんだ?」と人は言う。自分で自分を変えるしかない。「変わった」自分は、今までとは「違った」世界を見る。自分が変われば、世界全体が違って見える。人生は四苦八苦だ。でも、それが生きていると言う事なのである。幸い、いずれ、生きていなくても済むようになっている。ソクラテスが言っているように「それほど、長くない辛抱」なのである。」
・・・

改めてWIKIで養老孟司の項を読んでみると、氏は元々解剖学者でありながら膨大な執筆活動もしている。自分は「バカの壁」くらいしか知らなかったが、氏には昆虫採集の趣味があり、そして中島みゆきのファンであり、マンガやテレビゲームも好きらしい。何とも、“大哲学者”にしては多彩・・・

それにしても「一気に読んでしまった」Uさんとは違って、その要約である先のPDFすら、読んでいて「まだ最後のページが遠い・・・」と悪戦苦闘。つまり頭に残らない・・・。これは“著者にフィットする”とかの問題ではなく、そもそもこの本を読むにあたって、ベース知識が足りないため、付いて行けないようだ・・・。
せっかく“はうろ”さんから推薦されて買ってはみた「無思想の発見」という本だが、この要約を読んだだけで“めげた!”。 まだホンモノの本の1ページも読んでいないが、このまま当分の間“積ん読になるな・・・”と予感する本なのである。(何のこっちゃ!?この記事は“惨敗”の記事!?? でもそのうち頑張って読むから! たぶん・・・。恐らく・・・)

131113lion <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月12日 (火)

「ドミニカ移民 小泉談話の持つ力」

先日の朝日新聞のこんな記事に目が止まった。
「(ザ・コラム)ドミニカ移民 小泉談話の持つ力 大久保真紀
 カリブ海にあるドミニカ共和国を先日、訪ねた。日本人移住者による物故者慰霊祭を取材するためだ。新大陸を発見したコロンブスが最初の航海で足を踏み入れ、初めて町が築かれた地。彼の遺体が首都サントドミンゴに葬られている。
 1956年から59年にかけて、日本から249家族1319人が移り住んだ。18ヘクタールの優良農地を無償譲渡するという日本政府の募集に大規模農業を夢見た人たちが、田畑や財産を処分し、鹿児島、福島、高知、山口県などから新天地に向かった。待っていたのは、石ころの山、塩の砂漠、乾燥した荒れ地だった。
 土地はもらえず、生活は苦難を極めた。隣国のハイチに不法入国すれば強制的に日本に帰されると思って越境して殺された若者。自分が死ねば妻子を帰してもらえると思って首をつった人など自殺者は10人を超えた。その後、大半が日本に帰国したりブラジルなどに転住したりした。残った47家族がいま、約1千人の日系人社会を築く。
    *
 私が彼らの存在を知ったのは16年前。募集要項の履行を訴えるため移住者16人が集団帰国したときだった。「日本政府のドミニカ移民政策は詐欺同然だ」と口々に語られる話のあまりのひどさに愕然(がくぜん)とした。
 その中に、嶽釜徹(たけがまとおる)さん(75)がいた。嶽釜さんは18歳のとき、鹿児島県の農業高校の教頭だった父に連れられ移住、ハイチとの国境地帯で農奴同然の生活を強いられた。「おやじは政府にだまされたかもしれないが、俺はおやじにだまされた」。父に食ってかかる毎日だった。
 「話が違う」と先頭に立ち、現地の日本大使館に通い続けた父が逝ったのは87年。「移住問題の解決を頼む」という遺志を継ぎ、何度も来日して政府と交渉を続けた。
 無視する政府に対し、移住者たちは2000年、損害賠償を求めて提訴した。原告は計177人。金を出し合い、代表者として嶽釜さんを法廷に送った。裁判の弁論など訪日は計67回。家族で自動車修理工場を営みながら、私費もかなり投入した。
 06年6月の東京地裁判決は、国の責任を全面的に認める一方で、20年の除斥期間の経過によって請求権は消滅したとして棄却した。「祖国とは何なのか。自国民をだまし、苦しめ、殺すのが祖国なのか」と悔し涙を見せる嶽釜さんの姿は痛々しかった。
 だが、政治が動く。判決内容を聞いた当時の小泉純一郎首相(71)は「実質敗訴だな」と漏らし、国の謝罪を閣議決定、最高200万円の見舞金の支給を決めた。「政府として率直に反省し、お詫(わ)び申し上げます」。素直に非を認めた、極めて珍しい首相談話が出た。原告は控訴を取り下げた。
 その裏に、裁判を傍聴し、移住者を支援した元厚生労働相で自民党参院議員の尾辻秀久さん(73)の存在がある。尾辻さんはこの問題に興味をもち、外務省の役人を呼んで説明を求めた。が、「ホームページを見て下さい」。その態度にあきれ、自ら調べるようになり、現地にも足を運んだ。
 首相だった小泉さんとは怒鳴り合いのケンカをしたこともある仲だったが、首相談話を出す際、「謝るならきちんと謝って下さい」と言うと、小泉さんは「そうだな」と応じたという。文面は当初の「遺憾」から、率直な謝罪に変わった。「普通の総理ならああは書かない」と尾辻さんは言う。
 首相談話は書状として、移住50周年記念式典で移住者一人ひとりに手渡された。
    *
 今回、ドミニカを訪問して「政治の力」を改めて痛感した。以前は移住問題を訴える人たちを歯牙(しが)にもかけなかった現地の大使館や国際協力機構(JICA)事務所の対応が百八十度転換していたのだ。慰霊祭に参列した大使に直接取材を申し込むと、二つ返事でOKが出た。佐藤宗一大使(64)は1時間も時間をとり、移住者問題について「総理談話はバイブル」と語った。植松聡領事(59)も「移住者が訴訟によって勝ち取ったもの。大使館もJICAもいろんな問題があったが、小泉談話を受けて、できることからやっていこうと歩み寄っている。やっと本音で話せるようになった」と話した。その成果として、高齢の移住者世帯に年22万円の保護謝金(特別困窮世帯には55万円)の支給や、助成事業としての医療保険への加入も始まっている。
 政治家が方向性を打ち出さない限り、官僚は動かない。それが日本の現実なのだ。原発ゼロ発言で時の人となった小泉さんに、あの時の首相談話について取材したいと申し込んだが、なぜか断られた。
 滞在中、嶽釜さんと移住地を訪ね歩いた。首都から西に約250キロのドベルヘは照りつける太陽の下、塩が一面に噴き出た大地が広がっていた。地面に生えた草を口に含むと、塩辛かった。そこから20キロほど北東に行ったネイバは、一面石ころだらけ。57年たったいまもだれも耕作していない。「約束の優良農地をもらえるまで交渉を続けていく」と嶽釜さんがつぶやく。
 想像を絶する移住者たちの絶望、その後の努力と苦労……。その地に立ち、私は流れる涙を止めることができなかった。(編集委員)」(
2013/11/10付「朝日新聞」p11より)

こんな事があったとは知らなかったが、何とも痛ましい・・・。直ぐに思い出したのが、先日見た映画「かぞくのくに」。この映画では、北朝鮮への帰国だったが、どちらも「国にだまされた・・・」。そして相手国に渡ったが最後、帰れない・・・。
それにしても、「18ヘクタールの優良農地を無償譲渡するという日本政府の募集」で、国が国民をだましてまで、行う背景は何だったのだろう? それとも国はだますつもりは無かったのか? するとドミニカがだました? 

WIKI(ここ)にその経緯が詳しい。
それによると、ドミニカ、日本双方の政府によるだまし討ちだったことが分かる。
「その原因は、日本とドミニカ共和国の両政府によって締結された条約において、日本からの移住者には耕作権だけしか与えないことが決められており、日本政府が発表した募集要項にはそのことが一切記載されていなかったうえ、当時の駐ドミニカ大使も、現地の水問題と塩害が多発している事実を把握していたことを隠していたことにあるとされている。一方のドミニカ政府も、日系移民をハイチからの侵入者を防止する為の国境警備に使い、同時に荒地の開発にも利用することを意図しており、日本政府もその事実を把握していたとの記録が残っている。」(ここより)

これも当時は“秘密”事項・・・。この例は、時間と共に事実が暴露されたが、今回の秘密保護法が成立したら、こんな事実も闇の中・・・?
ともあれ、戦後はこんな事もあったのかと、恥ずかしながら勉強になった。

「ドミニカ共和国へ移住した女性の間では、当時自分たちの置かれた悲惨な状況を、浦島太郎のメロディに乗せた

むかし むかし 母ちゃんは
ぶらじる丸に乗せられて
ドミニカ移住をしてきたら
難儀、苦労が待っていた

オヤジ殿が 移住など
考え付いたばっかりに
若き時代は夢の間に
今は白髪のお婆さん

といった替え歌が歌われていた。」

131112jyoukyou <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月11日 (月)

「安い年金、高齢就業促す」

少し前だが、「日経新聞」にこんな記事があった。
「若者と高齢者(7) 安い年金、高齢就業促す 一橋大学教授 川口大司
 人は年齢を重ねるにつれて体力が衰え、働くことが難しくなってきます。そのため、十分な貯蓄があったり、年金を受給できるようになったりして経済的な準備が整ってくると、人々は仕事から引退します。その結果、どこの国でも高齢者の就業率は徐々に落ちていく傾向があります。
131111syuugyouritu  そのなかにあって、日本は高齢者の就業率が国際的にみて高いことが知られています。経済協力開発機構(OECD)によると、2011年時点での65~69歳の男性就業率は、各国で異なり、日本の46.2%は、フランスの6.2%やドイツの12.9%、英国の23.3%、米国の34.8%を大きく上回っています。
 日本の高齢者の就業率が高い理由として、年金の支払水準が他の先進国に比べて低水準にとどまっていることが挙げられます。経済的な理由から働き続けなければならない高齢者が多いのです。
 年金受給者の年金額が、現役世代の平均的な所得の何割かを示す指標に「年金代替率」があります。11年のOECDの計算によると、日本の年金代替率は41.4%にとどまっています(年金所得への課税や保険料支払いを考慮済み)。
 図に示すように、年金代替率が高いと、65~69歳男性就業率は低くなる傾向があります。日本の場合、年金代替率の低さが、高い就業率につながっているといえそうです。実際に内閣府の「2006年国民生活白書」によると、65~69歳男性就業者のうち、60%は経済上の理由を就業理由としてあげています。
 仮に賃金が同じならば、経済的に余裕がある人が働かなくなる傾向は、性別や年齢階層を問わずに観察されます。高齢者についても、そのパターンが当てはまるというわけです。」(
2013/10/25付「日経新聞」p29より)

この中で、「日本は高齢者の就業率が国際的にみて高いことが知られています。」という現実。そして、その原因が「日本の年金代替率は41.4%にとどまっています」にあるという。
このことをどう捉えたら良いのか・・・

このグラフがなかなか面白い。右上に位置するアイスランドは、現役世代の110%もの年金を貰いながら、就業率は6割に達する。ギリシャは、同じく現役の110%の年金を貰い、就業率は20%弱。まあこれは分かる。年金が充分なので働かない・・・
ドイツ、フランスはお国柄か? 年金も現役の6割だが1割しか働かない。

日本の年金は、世界的にもマアマアかな・・・と思っていたが、このグラフを見ると、そうではないらしい。金が無いので働かざるを得ない・・・が現実とすると少々寂しい・・・。

ここに何度も書いているが、この所「自分の居場所」ということを意識している。誰も、“心の安定”には「居場所が絶対に必要」というのが、最近の持論である。
それでは、居場所とは何か? 家庭での自室かも知れないし、行き付けの居酒屋、またはコーヒーショップの特定の椅子かも知れない。
しかし自分の場合の「居場所」は、社会的な居場所、つまり「会社の机」のような気がする。まだまだサラリーマンとの決別が出来ていない証拠である。
ある人に言わせると、それは大きな勘違いで、その人の友人の元サラリーマンは、それぞれ皆別の世界を見付けて、大忙しだとか・・・。だから自分にも早期退職を勧める。しかしまだ自分は会社の机にしがみついている・・・。
さてさて、社会的な居場所が男にとってどれだけ大切か・・・と思い込んでいる自分だが、これが真実なのかどうか・・・。
いずれにせよ、“いつまで経っても、乳離れしない子ども”と言われる前に、充実の第二の人生なるものを見付けねば・・・。でも、かえってそれがストレスになってしまうと、主客転倒だが・・・。

131111demo <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月 9日 (土)

「秘密保護法案」反対に、どう行動したら良いのか・・・

昨日の「朝日新聞」1面では、7日の「特定秘密保護法案」衆議院本会議審議入りを受け、「天声人語」や論説主幹の記事で、法案反対を表明していた。

「(天声人語)権力への健全な疑いを
ものを考える場合の出発点が正反対だと、話し合ってもかみ合いにくい。憲法改正論議がそうだろう。憲法とは、国民が権力を縛るものなのか、権力が国民を縛るものなのか。世界の常識は前者だが、後者のように考える人もいて、もみ合いが続く▼特定秘密保護法案をめぐる議論もよく似ている。政府の情報は国民の共有財産なのか、お上の専有物なのか。それによって、基本的にはオープンにするのか、あからさまに言わないまでも隠せるものは隠しておこうとするのかがわかれる▼安全保障にかんする情報と国民の権利の関係について、いま「ツワネ原則」が注目されつつある。国連や70カ国以上の専門家500人が話し合ってまとめ、今年6月に南アフリカの都市ツワネで示された。内容は法案とずいぶんちがう▼国会図書館の最近の報告をもとに少し紹介する。公的機関の情報はだれもが知る権利を持つ。ツワネ原則はまずそう宣言する。権利を制限するなら、それが正当であることを政府が証明しなければならない。はじめに権利ありき、の発想だ▼むろん軍事など必要なものは秘密にできるが、期間を限らなければならない。内部告発をした人の保護も盛り込まれている。政府の秘密保全に幾重にも縛りをかけておく。原則を貫いているのは、権力というものへの健全な疑いだろう▼こうした世界の潮流から、秘密保護法案は遠い。憲法論議も同じだが、そもそもの考え方の違いを確認するところからやり直した方がいい。」(
2013/11/08付「朝日新聞」「天声人語」より)

社会に不安、廃案にせよ 特定秘密保護法案
     論説主幹・大野博人

 特定秘密保護法案は、廃案にするべきだ。
 政府は、安全保障の観点から必要な仕組みだと主張する。日本の安全のためであり、人々が安心できる社会のためというわけだ。
 だが、そうだろうか。この法案が通れば、むしろ社会に安心より不安の影を広げることになるだろう。
 最大の問題は「秘密についての秘密」だ。この法案によると、政府がいったいどんな情報を秘密にしているのかも秘密になる。
 「特定」とうたいながら、法案は秘密にする情報をきちんと「特定」していない。あいまいだ。しかも、時を経ても明らかにならない恐れが強い。
 情報を持っている人と知ろうとする人にとって、どこからが秘密でどこからがそうではないのか、わかりにくい。やりとりをすれば法に触れるかもしれないという不安。情報交換で成り立つビジネスや研究、市民活動などが、どこからか監視されているのではという不安。
 「秘密についての秘密」という仕掛けがあれば、秘密の領域はどんどん自己増殖し、社会に不安が広がる。
 ネット時代、強者が入手しようと思えばできる情報量は途方もない規模になっている。その一端は、米政府による盗聴問題でかいま見えた。他国の要人の携帯電話を盗聴していただけではなく、欧州では市民のメールや電話を1カ月に数千万規模で傍受したといわれる。日本も監視対象だったとされる。
 それは、強国とそうではない国、政治権力者と市民との間の情報格差が幾何級数的に広がる時代になったことを示唆する。法案はそうした格差の拡大に拍車をかけるばかりだろう。しかも対抗するために欠かせない情報公開の仕組みは、まったく不完全なままだ。
 かつて情報統制が行きわたった独裁政権の東欧やアジアの国を取材するたびに感じたことがある。こうした国々の国民は、政権に抵抗しようとすると弾圧されていただけではない。日々の暮らしも、何が問題にされるかわからない不安と、だれが味方で敵かわからないという相互不信でよどんでいた。
 日本にそんな空気を入り込ませないためにも、この法案は通すべきではない。」(
2013/11/08付「朝日新聞」p1より)

当サイトでは、政治的な話題はなるべく避けている“つもり”だが、この法案だけは、将来を担う子供たちのために、何とか阻止したいと思う。

ところで、この法案では、永久に秘密にされる事が危惧されているが、米国ではどうなのだろう・・・。
東京新聞の社説で、こんな記事が見つかった。
「◆米国は機密自動解除も
 秘密保護法案の問題点は、特段の秘匿を要する「特定秘密」の指定段階にもある。行政機関の「長」が担うが、その妥当性は誰もチェックできない。
 有識者会議を設け、秘密指定の際に統一基準を示すという。でも、基準を示すだけで、個別案件の審査はしない。監視役が不在なのは何ら変わりがない。
 永久に秘密にしうるのも問題だ。30年を超えるときは、理由を示して、内閣の承認を得る。だが、承認さえあれば、秘密はずっと秘密であり続ける。
 米国ではさまざまな機会で、機密解除の定めがある。1966年には情報公開を促す「情報自由法」ができた。機密解除は10年未満に設定され、上限の25年に達すると、自動的にオープンになる。50年、75年のケースもあるが、基本的にずっと秘密にしておく方が困難だ。
 大統領でも「大統領記録法」で、個人的なメールや資料、メモ類が記録され、その後は公文書管理下に置かれる。
 機密指定の段階で、行政機関の「長」は常に「説明しなさい」と命令される状態に置かれる。機密指定が疑わしいと、行政内部で異議申し立てが奨励される。外部機関に通報する権利もある。」(2013/10/23付
「東京新聞」社説(ここ)より)

大統領のちょっとしたつぶやきも、将来全て公開されると聞いたことがあるが、米国にはこんな仕組みがあるのだ・・・。どんなことでも、将来必ず公開されると分かっていれば、ブレーキが効く・・・。なるほど・・・。
それにしても、現政権のやりたい放題は、「ねじれ解消」という独裁体制にも似た議席数による。つまりはそれを選んだ国民の責任・・・。しかし、前にも書いたが、先の選挙では、国民は景気浮揚策は支持したとしても、決して「白紙委任状」を渡したわけではない。ヒトラーのような独裁をお願いしたわけではない。しかし、「国民から信任されたので、自分の思った通りに、何をやっても良い」と勘違いしている首相がいるらしい。もちろん野党がふがいないことが原因のひとつなのではあるが・・・

さて、こんな国会の動きに対して、我々一般国民はどのように反対の声を上げたら良いのだろう? “我々が選んだ”国会議員の暴走を阻止するには、どうしたら良いのだろう? 黙っていれば、“国会議員は国民の代弁者”との理屈で、どんどん進んでしまう・・・。

ふと、4年前の“漢方薬の保険適用外事件”を思い出した。例の民主党政権の事業仕分けで、漢方薬の保険適用を外すという議論が発生したときの話だ。(ここ)にも書いたが、「東洋医学会」はホームページで電子署名活動を開始し、厚生労働省に27万人分の署名を提出したという。
今回はどうか・・・。国の政策への反対運動は、たぶん「デモ」という事になるのだろうが、大きな声では言えないが、実は自分はデモというものに参加した経験がない・・・。
よって、誰か電子署名活動でも始めてくれれば、幾らでも署名するのだが・・・

これからの若い世代に、こんな前時代的な法律を強いてはいけない。よって、将来に禍根を残さないために、我々は今、どう動けばよいのか・・・。この法律を阻止することが、将来を担う子供たちのために、今の政権を選んだ我々大人たちの責任ではないのだろうか。

131109kann <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月 8日 (金)

島倉千代子が亡くなった~「からたち日記」

今日はこんなニュースでビックリ・・・
島倉千代子さん死去 75歳 30年連続「紅白」出場 
 「東京だョおっ母さん」「人生いろいろ」などのヒット曲で知られる、歌手の島倉千代子(しまくら・ちよこ)さんが肝臓がんのため亡くなったことが8日、分かった。75歳だった。東京都出身。
 3月30日の誕生日にイベントを行い、元気な姿を見せていたが、帰らぬ人となった。
 島倉さんは1938年(昭13)生まれ。53年、日本音楽高等学校へ入学後、歌謡コンクールに積極的に出場し、翌年コロムビア全国歌謡コンクールで優勝。同社と専属契約を結び、55年にデビュー。デビュー曲「この世の花」が同名の映画の主題歌となり、大ヒットとなり、一躍人気歌手となった。
 57年、「東京だョおっ母さん」がさらに大ヒット。映画化もされ、自ら主演で銀幕に登場した。この年初めてNHK紅白歌合戦に初出場した。
 のちにプロ野球阪神の藤本勝巳選手と結婚。30年連続紅白出場など歌手として充実した日々を送ったが、私生活では離婚や借金の保証人になり、多額の負債を抱えて苦労した。
 80年代に「人生いろいろ」が大ヒットし、ものまねタレントがこれをアレンジし、若者にも人気を博した。
 93年に初期の乳がんが見つかり治療。99年には紫綬褒章を受章した。」(
ここより)

75歳とは若い・・・。そして惜しい・・・。こんな礼儀正しい歌手はいなかったという。そしてもちろんこんな歌手生活が長い歌手も、そうそういなかった・・・。

前に取り上げた「哀愁のからまつ林」(ここ)の時も書いたが、自分が島倉千代子を“意131108karatatinikki 識”したのは、小学校3~4年生の頃か・・・? 当時住んでいた埼玉・与野の家を思い出す。お袋と庭にいたとき、家の中のラジオから流れてきた、少し枯れたような歌・・・。それが島倉千代子だった。枯れた、と書いたが、自分は当時、子供心に歌のおばさんの松田トシなどに比べ、彼女の独特の節回しをこう感じたのだ・・・。当時の代表曲を聞いてみよう。

<島倉千代子の「からたち日記」~昭和33年盤>

「からたち日記」
  作詞:西沢爽
  作曲:遠藤実

こころで好きと 叫んでも
口では言えず たゞあの人と
小さな傘を かたむけた
あゝ あの日は雨
雨の小径に 白い仄かな
からたち からたち からたちの花

(セリフ)
 幸せになろうね あの人は言いました
 わたしは小さく うなずいただけで
 胸がいっぱいでした

くちづけすらの 想い出も
のこしてくれず 去りゆく影よ
単衣(ひとえ)の袖を かみしめた
あゝ あの夜は霧
霧の小径に 泣いて散る散る
からたち からたち からたちの花

(セリフ)
 このまま別れてしまってもいいの
 でもあの人は さみしそうに目をふせて
 それから 思いきるように
 霧の中へ消えてゆきました さよなら初恋
 からたちの花が散る夜でした

からたちの実が みのっても
別れた人は もう帰らない
乙女の胸の 奥ふかく
あゝ 過ぎゆく風
風の小径に いまは遥かな
からたち からたち からたちの花

(セリフ)
 いつか秋になり からたちには
 黄色の実がたくさんみのりました
 今日もまた 私はひとりこの道を歩くのです
 きっとあの人が帰ってきそうな
 そんな気がして

自分が“音楽”を意識していなかった(自分が音楽を聞き出したのは小学校5年生のとき)子ども時代から“意識していた”島倉千代子の声・・・。その死は、まさに時代の変遷を意識させてしまう・・・。新たな命が生まれ、そして自分たちは老いていく・・・。それが自然の流れではあるが・・・。
島倉千代子の多難だった人生。冥福を祈ろう。合掌・・・

(2013/11/14追)
今朝のNHKラジオ深夜便で「〔にっぽんの歌こころの歌〕島倉千代子さんを偲んで「のど自慢の仲間たち」ゲスト:歌手 島倉千代子(平成17年11月24日放送) 」という8年前のインタビュー番組の再放送をしていた。
幼い頃からデビューした若い頃までの話。44分の番組の全部をお聞きになる方は(ここ)をクリックしてしばらく待つ・・・。

(関連記事)
島倉千代子の「哀愁のからまつ林」

131108tengoku <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月 7日 (木)

「日本の未来について話そう」マッキンゼー&カンパニー責任編集~Uさんの読書ノート

現役時代の大先輩であるUさんが送ってくれる「本の紹介」メール。今回は、“日本”への提言である。
Uさんのメールにこうある。
「今回の本の紹介は「日本の未来について語ろう」 日本再生への提言 マキンゼー・アンド・カンパニー編集 である。日本の再生について、世界のオピニオン・リーダー65人が執筆 している。その内、マキンゼー社日本支社長エアン・ショー氏の論文のみ要約した。
又、文化の継承と発展というチャプターで、「秋田犬の系譜」という題でマーサ・シェリル氏(小説家)が紹介している、秋田犬の純粋種の繁殖に寄与した日本人夫婦の話がある。彼が死ぬ前に言った言葉として「犬種は何とか残せたが、秋田犬の『気性』は残せなかった」と言って居る。
それを、日本人と置き換えると、考え深いものがある。」

Uさんの読書ノート~「日本の未来について話そう」マッキンゼー・アンド・カンパニー責任編集のPDFはここ

そしてUさんの「コメントと感想」に、こうある。
「本書の帯に「復興への希望や、目指すべき未来への道筋など、愛情に満ちた筆で描かれた日本再生への提言」、―世界をリードする65人が執筆―とある。
本書は、日本の長期的難題を克服する為に、世界を代表するビジネスリーダー、エキスパート、思想家の人々に「日本の未来について話そう」という趣旨で、社会、文化、経済、政治などの様々な側面から、日本の強みと弱みについての検証を行っている。但し、本書の意図は、纏まった政策提言ではなく、むしろ日本の将来を考える為の議論を喚起し深めて行く上でのヒントを述べているに過ぎない。マッキンゼー社としては纏まった提言は、「有償」でなくてはならないからであろう。
小生は、以前から、時間的余裕があり、それぞれ長い経験を有する我々が、忙しい現役世代の人々に、日本の将来に対して何等かの「示唆」を残す義務があると思っていた。「本の紹介」もその一環であると思っていただければ幸いである。その示唆について真正面から取り組んでいる本書は、是非とも読まなければならない本であると思った次第である。
本書を読み終ってまず、最初に感じたことは、そんなに目新しい事を言っているわけではなく、国内外の知識人が常に言っていた事である。しかし、それを実行に移すこと、それを実行するリーダーが居なかっただけである。本書から唯一要約したエアン・ショー氏の論文は、これからの日本の進むべき道筋は全て網羅している。彼の主張の最大の趣旨は、日本がこのまま変化しないと、衰退に向かうという「危機感」と、危機感を持った強力な「リーダー」が各分野に居ない。という事である。それが一番問題であると主張している。世界と繋がりを持つリーダー、多種多様な人材を引っ張っていく事が出来るリーダー、特に、日本の産業の2/3を占めているサービス業(航空、金融サービス、会計、保険、法律、観光など)の効率を上げる事が出来るリーダー、そして、リーダーを育成する教育システムの改革が期待されている。つまり、これからの日本にとって最も重要な事は、リーダシップを持った人材の出現である。これは、国家的事業の一環として取り組むべきテーマである。多少の変人であっても構わない。「事業は人なり」である。」

本文の中で、気になった言葉・・・
「リスクを回避する事が当たり前になっている日本及び日本企業には、チャレンジに本気に挑むためのリーダーが不足している。」
「リスクへの挑戦は、奨励されるものであり、失敗したからと言って、昇進の機会を奪ってはいけない。」
「地図は結局地図でしかない。「旅」を進めて行くものは日本と日本国民なのである。」

先の英国病を追いかけているような、疲れた日本。しかし、この書の目線は暖かい。まだまだ日本には復活の可能性があると言っているようだ。
それでいて、言っている事の歯切れはよい。読んでいて、“確かに、そうすれば日本は良くなる”と信じてしまう。しかしこれらを実現するのは現役世代。(まあ自分は逃げているのかも知れないが・・・)
上に挙げたように、Uさんは「小生は、以前から、時間的余裕があり、それぞれ長い経験を有する我々が、忙しい現役世代の人々に、日本の将来に対して何等かの「示唆」を残す義務があると思っていた。「本の紹介」もその一環であると思っていただければ幸いである。」と言っている。
確かに、埋もれている有用な財産(この本など)を、少しでも現役世代の目に触れるようにすることも、我々シニア族の役目なのかも知れない。(ふと、今日の記事は自分の言葉がほとんど無いことに気付いた・・・)

131107seno <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月 6日 (水)

森田童子の「さよならぼくのともだち」~東京カテドラル聖マリア大聖堂録音盤

森田童子のアルバム「東京カテドラル聖マリア大聖堂録音盤」は、彼女のCDの中でも未だに特に人気があり、オークション市場で中古が9千円もしている。
自分も、CDがあまりに高価なので以前LPレコードを手に入れたが、いつかCDを手に入れたい・・・と思っていた。それがひょんな事から手に入ったので、その中から「さよならぼくのともだち」を紹介する。

<森田童子の「さよならぼくのともだち」>

「さよならぼくのともだち」
   作詞・作曲:森田童子

長い髪をかきあげて ひげをはやした やさしい君は
ひとりぼっちで ひとごみを 歩いていたネ
さよなら ぼくの ともだち

夏休みのキャンパス通り コーヒーショップのウィンドの向こう
君はやさしい まなざしで ぼくを呼んでいたネ
さよなら ぼくの ともだち

息がつまる夏の部屋で 窓もドアも閉めきって
君は汗をかいて ねむっていたネ
さよなら ぼくの ともだち

行ったこともないメキシコの話を 君はクスリが回ってくると
いつもぼくにくり返し 話してくれたネ
さよなら ぼくの ともだち

仲間がパクられた日曜の朝 雨の中をゆがんで走る
やさしい君はそれから 変わってしまったネ
さよなら ぼくの ともだち

ひげをはやした無口な君が 帰ってこなくなった部屋に
君のハブラシとコートが 残っているヨ
さよなら ぼくの ともだち

弱虫でやさしい静かな君を ぼくはとっても好きだった
君はぼくのいいともだちだった
さよなら ぼくの ともだち
さよなら ぼくの ともだち

この歌も、1970~80年代の退廃的な世相を表している。「君はクスリが回ってくると」とか131106moritasayonara 「仲間がパクられた」とか、およそ現在の我々シニア族には遠い世界の言葉だが、当時は我々自身がその世界にいたのだ。何とも懐かしい(?)世界??

話は変わるが、昨夜遅く、成田空港から京成線に乗って帰ろうとしたら、大きなリュックサックを持った青年(兵庫の大学生?)に話しかけられた。「東京は皆分からないが、三鷹まで行きたいのだが、どう行ったらよいか・・・」と聞いてきた。持っている友人から貰ったというメモを見ると、なかなか難しい経路が書いてある。それで、一緒の方向なので・・・と、三鷹まで一緒した。この青年がなかなかの好青年で、オーストラリアからの帰りで、オーストラリアで知り合った人から誘われて、その人の所にこれから行き、そこを拠点に東京見物をするという。
電車の中で、カミさんと意気投合して、海外旅行での言葉のことなどを話していた。しかし大きなリュックを背負って、電車の中でも立っている。さすが若者は体力がある。
そして、三鷹に着くと、お礼を言って握手をしてから降りて行った。

何とも清々しい気分・・・。この歌で描かれた青年の世界が「陰」とすると、昨夜の青年の世界は「陽」か?
まだまだ今の青年の世界も、棄てたものではないな・・・と感じた。
それにしても、未だに自分の心を捉える35年前の森田童子の世界である。

●メモ:カウント~500万

131106tama <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月 4日 (月)

安田祥子の「里ごころ」

この頃、安田祥子の透き通った声に凝っている・・・。
自分は童謡のファンだが、たまに知らない曲を発見すると嬉しくなる。先日も「里ごころ」という歌を聞いて、さっそくCDを買ってしまった。歌うは安田祥子である。

<安田祥子の「里ごころ」>

「里ごころ」
  作詞:北原白秋
  作曲:中山晋平

笛や太鼓に さそわれて
山の祭に 来て見たが
日暮はいやいや 里恋し
風吹きゃ木の葉の 音ばかり

母さま恋しと 泣いたれば
どうでもねんねよ お泊りよ
しくしくお背戸に 出て見れば
空には寒い 茜雲

雁、雁、棹(さお)になれ
さきになれ
お迎えたのむと 言うておくれ

たぶん自分の童謡人生で、初めて聞いた歌。Netで調べてみるとこんな記述を見付けた。
「さて、地元新聞「北信ローカル」に連載されました宮澤重雄先生著『甦る中山晋平メロディー』の中から、今回は「里ごころ」を紹介します。
大正ロマンのあふれた唄で、詩は大正10年(1921)、曲は大正11年(1922)と、関東大震災の直前に作られました。北原白秋・中山晋平のコンビによる傑作童謡の一つですが、同じ詩に弘田龍太郎が作曲したものもあります。
この作品には隠れたファンが多く、童謡レコードが出ていないこともあって幻の名曲童謡と言われています。
昭和52年(1977)にダークダックスが歌いポリドールから発売された『甦る大正ロマン』のLPレコードの中に、また平成2年(1990)に発売された由紀さおり・安田祥子のコンサートのライブCDの中に収録したものがあります。
2分の2拍子の静かな美しい陰旋法(日本音階)のメロディーは、聴く人々を魅了せずにはおかないでしょう。まさに、『幻の名曲童謡』といえましょう。
皆さんの中にも恐らく詩の内容にあるような経験をなさった方も多いかと思います。私にもそんな幼い頃の思い出がありますから。
3番の“おむかいたのむと”は、同じ北原白秋の「アメフリ」の“じゃのめでおむかいうれしいな”の“い”と同じで、東京地方の言葉づかいの一つです。歌集や音楽教科書等では“おむかえ”に直してあるものもあります。」(
ここより)

おっと、ここまで書いてAmazonで検索したら、この「里ごころ」は鮫島有美子の「五木の子守唄」というアルバムに入っているではないか・・・。このCDは自分も持っているはず・・・と思ったら、案の定、あった・・・。
自分の趣味は「音楽を聞くこと」ではなく「音楽を集めること」だと、今日知った・・・。トホホ・・・

131104penki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月 3日 (日)

「安倍主導人事、聖域踏み込む」

今朝の日経新聞にこんな記事があった。
安倍主導人事、聖域踏み込む 日銀・法制局・NHK…「任用」続々 慣例破り個人関係重視
 安倍晋三首相がこれまでの永田町や霞が関の慣例にとらわれない人事を相次ぎ打ち出している。「通貨の番人」として金融政策で独立性を持つ日銀や「法の番人」といわれる内閣法制局などのトップに意中の人物を送り込み、自らの主張に沿った政策を実現する環境を着々と築く。個人的な関係を重視する姿勢も目立ってきた。=文中敬称略(坂口幸裕)

 政府が10月25日に衆参両院の議院運営委員会理事会に提示したNHK経営委員の5人(新任4人、再任1人)の人事案。候補の顔ぶれは安倍カラーが鮮明だった。
家庭教師を起用
 新任の候補のうち、安倍は作家の百田尚樹とは昨年9月に雑誌の対談を通じて親交を深めた。哲学者の長谷川三千子は保守派の論客として知られ、古くから交流がある。日本たばこ産業顧問の本田勝彦は首相が小学3、4年当時の家庭教師だった。
131103abejinji  視野に入るのは来年1月24日に任期を終えるNHK会長の松本正之(元JR東海副会長)の後任人事。経営委員12人のうち9人以上の賛成が必要で、6月に選んだ5人(新任3人、再任2人)を加え第2次安倍内閣で任命された経営委員は10人に増える。世論形成に影響の大きいNHKにも官邸支配が着々と進む。
 「国際金融マフィアとなりうる人材、大胆な金融緩和を説明する能力が大切だ」。安倍が国会答弁で次期日銀総裁の条件を示したのは、白川方明の後任選びが大詰めを迎えた今年2月8日だった。
 安倍が新総裁に白羽の矢を立てた元財務官の黒田東彦は財務省OBとしては15年ぶりの起用だったものの、事務次官を経験していない。森永貞一郎、澄田智、松下康雄ら、日銀総裁ポストを10年に1度の大物次官が就く至高の天下り先とみなす財務省の人事秩序は崩れた。
 政策に加えて個人的な関係も重んじるのが安倍人事の特色だ。安倍と黒田は10年前にともに小泉内閣を支えた旧知の仲。当時、安倍は官房副長官、黒田は内閣官房参与だった。首相周辺は「デフレ脱却を目指す政策的な一致だけでなく、信頼できる人を総裁に選んだのだろう」と話す。
 今年8月には前フランス大使の小松一郎が外務省出身者として初めて内閣法制局長官に就任した。歴代長官は内閣法制次長から昇格する人事が繰り返され、その内閣法制次長のポストは法務、財務、総務、経済産業の4省出身者が独占する慣例だった。
 小松は異例の外務省出身。条約課長や国際法局長を歴任し、国際公法には精通するが、法制局で勤務した経験はない。ここでも過去のつながりが安倍を動かした。
首相が一本釣り
 安倍と小松の接点は2006年発足の第1次安倍内閣にさかのぼる。安倍が強い意欲を示す集団的自衛権の行使をめぐる「安全保障と法的基盤の再構築に関する懇談会」の実務に携わった。小松は過去の法制局長官が抵抗を続けた集団的自衛権の憲法解釈見直しに前向きとされ「首相の一本釣り」(閣僚)。政府関係者によると「首相は昨年12月の第2次安倍内閣発足前から法制局長官を交代させる人事案を温めてきた」という。
 内閣発足直後、官邸で外交政策を担当する官房副長官補(次官級)に、昨年9月に外務省国際法局長に就いたばかりだった兼原信克を抜てきしたのも異例だ。安倍の地元の山口県出身で、安倍や副総理・財務相の麻生太郎に近い。前任の梅本和義はわずか1カ月での交代となった。
 民主党政権の人事は一掃した。日本郵政が昨年12月の衆院選直後に駆け込みで社長に就けた財務省出身の坂篤郎を事実上、更迭。3月には環太平洋経済連携協定(TPP)政府代表だった大島正太郎を退任させた。
 官房長官の菅義偉は官邸主導の人事を「自らが信頼し評価している方にお願いするのは当然だ」と誇示している。」(
2013/11/03付「日経新聞」p4より)

安倍首相お得意の「お友達内閣」の流れは、今も健在らしい。これらの動きをどう見る??

先日、WOWOWで映画「かぞくのくに」を見た。北朝鮮への帰国事業で北朝鮮に渡った息子が脳腫瘍の治療のために一時帰国する。しかし息子の言葉は極端に少なく、自分の言葉を発しない。北朝鮮では、何も考えない、それが生きる知恵だと・・・

中国などを含むこれら独裁政権下では、情報が管理され、世論が政権によってコントロールされる。国民の自由な発言など、望むべくも無く・・・。日本とは違って、怖い国だ・・・。そう思ってきた。しかしこれら安倍内閣の動きを見ると、日本も他人事ではないな・・・と思う。
特にNHK人事は心配。他の人事がどちらかというとプロ相手の人事であるのに対し、NHK人事は、世論の動向をも左右する。NHKのトップ人事がNHKの報道スタンスにどの程度の影響を与えるのかは分からないが、ふと中国のマスコミでの情報管理を思い出した。
しかしマスコミのスタンスは色々。先日、秋の園遊会で、山田太郎議員が天皇に手紙を渡した件で、料理を作りながらテレビを見ていたカミさんが言っていた。「民放はこの報道に大騒ぎをしていたが、NHKはまったく無視していた」とのこと。
ある事件も、それを報道するかどうか、またどんなスタンスで報道するかで、国民の見る目は大きく変わってしまう。そこに政治の意図が入り込むとすると、何とも背筋が寒い。

またまた話は飛ぶが、現役時代、ある官庁の天下りさんと机を並べたことがある。その人は、官庁では局長が替わると配下の課長などは総入れ替えになる、と言っていた。「局長は自分の実績を残す必要があり、そのために、与えられた人事権で自分の仕事がやりやすいような体制にするのは当然・・・」と事も無げに・・・

前にこんな記事もあった。
「――投開票日の21日昼。麻生太郎副総理は首相にこう語りかけた。「あなたは歴史上にない独裁者になりますよ」首相が「独裁者、ですか」と応じると、麻生氏は「謙虚さが大事だ」と忠告。首相は「そうですよね」とうなずいた――」(2013/07/23付「朝日新聞」p2より)

“独裁者”と“強力なリーダーシップ”との大きな違い・・・・。国民がマスコミに扇動されることなく、自分の目で政治を見守っていく必要がある・・・と痛感した今日の記事である。

131103news <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月 2日 (土)

上質なWOWOWのドラマが楽しみ

WOWOWで放送されているテレビドラマが上質である。今、我が家ではすっかりその虜(とりこ)になっている。
WOWOWから電話があったのは、今年(2013年)の3月だった。「キャンペーンで、4月末まで1ヶ月半無料で見られるので、入ってくれ。4月末が近付いてきたら、解約してOK。費用は掛からない」という。普通、このような勧誘の電話は直ぐに切るのだが、何となく聞いてしまった。思い出すと、WOWOWには2005年に半年ほど入ったことがあり、録画しても見る時間が無いので止めたが、その時に登録した電話番号を元に電話をしているのだという。
まあタダだから、と思って了解し、約束通り4月末で解約した。
でも余韻が残った・・・。「ハリー・ポッター」などの映画の画面が素晴らしく良いのだ。原理的には、NHKなどと変わらないはずだが、カミさんが「絵がキレイ・・・」という。それに有料TVだけに、コンサートやオペラや、映画もたくさんある。それで、つい「また入るか・・・。月2450円なので、“これは・・・”という映画を1本見付けて見れば、夫婦で映画館に行くのも2千円なので、元が取れる・・・なんて、せこい理由を付けて入り直したのが6月。それ以来、すっかりWOWOWのファンになってしまい、毎月末にくる次月の番組表が楽しみになっている。

前にWOWOWに聞いたが、申し込み月は無料で、次の月の解約はOK。そしてその次の月の新規契約もOKだという。つまり、1月最初に契約すると、1月は無料で、2月になって解約すると、2月末で解約。3月になってまた契約すると3月は無料で、4月末で解約。これを繰り返すと、手間は大変だが、半分の費用で、WOWOWを見られることになる。WOWOWに「契約、解約を繰り返すと、半額になってしまう」と聞いたら「OK。番組を見て、急に契約したい、というお客さんもいるので・・・」との返答。なるほど・・・

先日「遠い日のゆくえ」という2時間ドラマを見た。最初は少々イヤだったが、終わってみるとなかなかのもの・・・。調べてみるとこの作品は2011年3月に放送されたものだった。
“連続ドラマW”も含めて、“ドラマW”も過去の作品は多く、再放送されている。もちろん自分は初めてなので、ドラマというドラマは録画している。

なぜWOWOWのドラマは上質か?
WIKIには「特徴としては、ほぼ全ての作品が原作付きである。芥川賞や直木賞を受賞した人気作家の過去の未映像化作品が多く選択され、著者で作品を選ぶような傾向が強い。芥川賞や直木賞の受賞作、「このミステリーがすごい!」上位ランクイン作など、話題の作品の映像化にも積極である。
有料放送であるため、視聴率やスポンサーの意向などに左右されずに制作することが可能であることから、演出には映画監督を中心に起用しており、いくつかの作品は多くの賞で表彰されている。中でも宮部みゆきが直木賞を受賞した「理由」の映像化は、劇場公開もされ、『キネマ旬報』の年間ベストテンにもランクインした。
また、後日劇場公開がされた作品があるためか、allcinema ONLINEなどのデータベースサイトではテレビ映画と位置づけされる場合がある。」
とある。

“テレビ人間”を自称する自分・・・。当分、WOWOWのドラマが楽しめそうである。

131102ookami <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年11月 1日 (金)

「三木谷氏推すTOEFL、公務員試験に」

今朝の日経新聞にちょっと気になる記事があった。
三木谷氏推すTOEFL、公務員試験に(真相深層)~楽天の成功体験が後押し
 政府は2015年度の国家公務員試験・総合職試験から、米国発の英語能力テスト「TOEFL」を使う方針を決めた。6月にまとめた成長戦略に盛り込んだグローバル人材育成の切り札。背後には、英語を社内公用語にしてグローバル戦略を加速する楽天の三木谷浩史社長の存在があった。
高校入試にも
 国家公務員・総合職は各省幹部候補。人事院は11月にも、TOEFLを含む外部の英語試験の使い方を発表する。政府の産業競争力会議の議員である三木谷氏が「大学入試や公務員試験にTOEFLを」と主張、人事院がのんだ。
 「大学生もTOEFLを勉強せざるを得なくなる。そして大学入試にTOEFLが採用され、高校生からTOEFLの勉強をするようになり、英語のレベルが一気に高まる」。同じ産業競争力会議のメンバーである竹中平蔵慶大教授は三木谷氏の狙いを代弁する。
 三木谷氏も「高校生がそのままTOEFLのテストを使って海外の大学に留学できる」と説いた。楽天が英語を公用語にしたことで社員の英語力が飛躍的に向上。海外企業を相次いで買収し、外国人の優秀なエンジニアも集まるようになった。こんな楽天の成功体験を日本中に広げれば、日本経済の競争力が一気に強くなる――。三木谷氏にはこんな思いがあるようだ。
 TOEFLは「読む」「聴く」「話す」「書く」の4技能を測る。内容は学術的で大学生にさえ難易度は極めて高い。文部科学省によると一般入試でTOEFLなど外部試験を使っている大学は34校と全体の4.6%どまり。三木谷氏が投じた一石は、着実に未開の市場に広がり始めた。
131101toefl  文科省は14年度にも始める中学3年生と高校3年生向け英語能力テストの開発で「TOEFL等の実施団体との連携」を明確にした。このテストは5~6年後の大学入試センター試験廃止後の新テストのひな型とされる。大阪府も府立高の入試での採用を決めた。
 公文教育研究会はTOEFLをつくるNPO、ETSと連携し、中高生向け「TOEFLジュニア」を日本で販売。活用する高校は「年初の二十数校から50校超に増えた」(公文子会社の中江信一郎社長)。来春には小中学生向けの「TOEFLプライマリー」も売り出す。TOEFLを使い、東大と米ハーバード大のダブル合格をめざす学習塾も現れた。
 成長戦略を議論した5月29日の競争力会議。三木谷氏は報告書案に「TOEFL等と“等”という言葉が入っている。TOEFLに統一すべきだ」とぶった。
 「等」の一文字でくくられた他の陣営には不満も見え隠れする。英国際文化交流機関ブリティッシュ・カウンシルのIELTS(アイエルツ)は全世界の受験者数が年間200万人超とTOEFLを上回り「英語テストでは世界一」とはジェフ・ストリーター駐日代表。中高生の受験者が年60万人を超えるGTECのベネッセも「留学を考えていない高校生へのTOEFL活用はあり得ない」(藤井雅徳グローバル事業推進ユニット長)とけん制する。
大学は強く抵抗
 最も抵抗しているのは現場を預かる大学関係者だ。鳥飼玖美子立教大特任教授は「TOEFLはあくまで北米の大学・大学院に留学するための試験。日本の入試に使えというのはグローバル化の意味をはき違えている」と批判する。
 三木谷氏はなぜTOEFLにこだわるのか。
 著書「競争力」の中で「ETSに(受験料を)ひとり3000円でやらせてくれと交渉している」と述べている。「楽天のビジネスのため?」と疑ってみたが、ETSは書面で「(楽天との)事業の予定はない」「受験料値下げは時期尚早」と回答。楽天からは回答をもらえなかった。
 TOEFLという手段が広がっても、中高の授業・教科書の改善、英語教員の能力向上が伴わないと「生徒が振り回されるだけ」(語学教材会社アルクの飛田豊彦執行役員)。英語教育の改革か破壊か――。三木谷氏に翻弄されたTOEFL狂騒曲はしばらく続く。(経済部次長 瀬能繁)」(
2013/11/1付「日経新聞」p2より)

さてさてこの論議、どうでしょう・・・

話は飛ぶが、今朝のNHKのTVニュースで、米大リーグ・レッドソックス上原投手の“息子”のヒーローインタビューの模様が映っていた。
「今度は「グッド」上原長男・一真くんにも大歓声
・・・壇上に上がった上原の長男・一真くん(7)が、地元ファンの心をつかんだ。
 父親の投球について聞かれると、英語で「グッド」と評価してスタンドは大爆笑。次に今夜はどう祝うのかと聞かれると「クレイジー」と返し、大声援を受けた。・・・」
ここより)

7歳か・・・。通訳も介さずに堂々とインタビューを受ける子ども・・・
それに引き替え、お父さんは通訳頼み・・・。まさに、子どもの言葉に対する順応性は計り知れない・・・

さて本題だが、三木谷氏のTOEFL論をどう捉えるか? 確かに日本人の英語力の無さは残念。隣の韓国の英語熱などと比べるまでもなく・・・
これは、かつて日本が植民地になったことがなく、また国内で生活する限りは英語力が必要無い、という事情も原因とか・・・
でも、少なくともこれからのビジネスマンは英語力は必須だと思う。何度か書いたが、現役時代に米国に出張したとき、つくづく「英会話が出来れば世界は膨大に広いのに・・・」と感じたもの。もちろんリタイア後の海外旅行も含めて・・・

自分は語学に失敗した。カミさんが「英語は、アナタが人生でまだ終えていない宿題。今からでも勉強したら?」というが、絶対にやりたくない。
息子どもも、語学の教育は失敗した、仕方がないので、来週生まれる予定の初孫にでも期待をしようかな・・・

131101heisa <付録>「ボケて(bokete)」より

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