« 「ヘイトスピーチ戒めた判決」 | トップページ | 初めてホスピスに見舞いに行った話 »

2013年10月10日 (木)

広澤虎造の浪曲

先日、NHKラジオ深夜便で放送された「蘇れ、浪曲師・広沢虎造 虎造節保存会・名誉会長 山田二郎」(2013/09/19~20放送)を聞いた。

今の若い人は、浪曲または浪花節(なにわぶし)という言葉自体を知らないのではないか?
「旅ゆけば、駿河の国に茶の香り」や「あんた江戸っ子だってね? 神田の生まれよ!」「馬鹿は死ななきゃなおらない」「ちょうど時間となりました・・・」といったセリフは、我々の時代の人は誰でも知っていた・・・。少し聞いてみよう。

<広澤虎造の浪曲>

「虎造の次郎長伝」
旅ゆけば、駿河の道に茶の香り、ここは名におう東海道、名所古跡の多いところ、中に知られる羽衣の、松とならんでその名を残す、海道一の親分は、清水港の次郎長と、・・・    広沢虎造「清水次郎長伝」

「石松三十石船」
虎造の十八番の一つ「石松三十石舟」の中で石松が、たまたま舟に乗り合わせて石松の名と噂を懸命に思い出そうとしている旅人に「あんた江戸っ子だってね、食いねぇ、寿司を食いねぇ」と勧める有名な台詞は虎造の創作である。その後、実はその江戸っ子はその人が石松である事に気づいており、「馬鹿は死ななきゃ直らねぇ!」と石松をからかう。・・・

「広澤虎造(本名・山田信一)は明治三十二年(1899)、東京は芝で生まれた。十九歳で大阪に行き二代広澤虎吉の弟子となり、大正九年(1920)、二代目広澤虎造を襲名、真打となる。二年後上京し、それまでの「低調子」を「高調子」に改め、木村重松と鼈甲斎虎丸それぞれの良さを取り入れ、独自の「虎造節」を完成させた。神田伯山の十八番の「清水次郎長伝」を研究して、「虎造の次郎長伝」を作り上げた。「旅行けば駿河の道に茶の香り_。」自作のこの「マクラ」は知られ渡った、いわば流行言葉になった。」ここより)

浪曲は、明治初期に始まって戦前に全盛を迎え、戦後は娯楽の多様化で急速に衰退したという。しかし戦後の民放ラジオでは、美空ひばりよりも広澤虎造の方が人気が高かったという。しかし今は・・・

ほぼ忘れられた文化のような浪曲だが、wikiによると東京と大阪に今でも定席があるという。
もちろん自分は浪曲が好きなわけでも、聞いたことがあるわけでもない。でも何か懐かしい・・・。消えゆく文化。この所の秋の風情と相まって、寂しさを感じながら聞いた番組であった。

131010tamago <付録>「ボケて(bokete)」より


« 「ヘイトスピーチ戒めた判決」 | トップページ | 初めてホスピスに見舞いに行った話 »

コメント

こんばんは。

佐野洋子さんの「神も仏もありませぬ」の中に、広沢虎造「清水次郎長伝」に言及した一節がありまして、読者をして実に上手に懐かしみを思い起こさせるばかりか、今の歌い手がすっかり忘れた、ある発声の凄さを彼の声に見出し、読者を感銘させる名文でした。ご参考まで。

【エムズの片割れより】
そうですか・・・

投稿: はうろ | 2013年10月10日 (木) 23:53

昔、防空壕の中で焼け残っていたレコードが虎造のこのレコードでした。その頃はラジオでも浪曲をよく放送していましたからとても懐かしいです。次郎長の子分は遠州地方からも何人か出ていましたから小さい頃から聞き覚えていました。森の石松を拾って育てた旅館に戦時中疎開しようと下見にいったら空襲にあったので、疎開はやめました。小政の生家は我が家の近くにあったようです。今住んで居るところには小松の七五郎、大瀬半五郎などがいたようで、少し前まで七五郎最中を売っていた御菓子屋がありました。侠客の生き方が良いのか悪いのかわかりませんが、面白おかしく脚色して皆を楽しませてくれたのは事実です。時々アニメのチビマルコが徳三じいさんとお風呂でこの浪曲を唸っています。子供の頃を思い出しています。

【エムズの片割れより】
そうなんですね。静岡の地元なんですね。こんな昔の浪曲も地元だと、まだまだ現役?
でも生家などがあると、身近に感じますよね。当方は新撰組です・・・!?

投稿: 白萩 | 2013年10月11日 (金) 16:10

こんにちは

広沢虎造のLPレコード二枚持ってますよ、清水次郎長伝。
40年位前に秋葉原の石丸電気で買ったものです、一枚1000円です。確か般若心経の読経のLPレコードと一緒に買ったものです、懐かしいです。
でも、空襲は知りません。。。念のために

【エムズの片割れより】
そうですか。自分は浪曲のレコードを買うほど熱心ではありませんが、これも日本の文化。一度は通して聞いてみるのも経験かも・・・

投稿: 空 | 2013年10月11日 (金) 16:20

今ではすっかり忘れていましたが、廣澤虎造の浪曲は父が好きで、子供のころは本当によく聞いていました。
やはり虎造さんの浪曲は別格ですね。
森の石松の森町、小松の七五郎の小松、悪役都鳥の都田etc、皆近回りにある地名です。
子供心に聞いていたときは森町くらいしか分からなかったけれど、10歳くらいになってから初めて近くにある身近な地名に気づきました。

この浪曲で思い出しましたが、「遠州森町よい茶の出処、娘やりたやお茶摘みに~~~」というフレーズがありましたよね。
丁度、10月10日発売の森町の秋摘み新茶を注文して届いて、飲んでいるところです。
森町のお茶、美味しいですよ。

【エムズの片割れより】
何とも“地元ならでは”のコメントで・・・
やはり地元では、身近な存在なのですね。

投稿: ジャン | 2013年10月17日 (木) 00:14

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「ヘイトスピーチ戒めた判決」 | トップページ | 初めてホスピスに見舞いに行った話 »