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2013年10月の27件の記事

2013年10月31日 (木)

軽い掃除機が便利(三菱TC-FXC5J)~掃除機ベスト10

先日の「日経新聞」「何でもランキング~掃除機 私が満足する1台」にベスト10が載っていた。案の定、先日我が家でも買った製品も載っていた。

<「掃除機 私が満足する1台」ベスト10>
①東芝VC-SG513(600)
②ダイソンDC62(480)
③エレクトロラックス エルゴラピード・リチウム(390)
④パナソニックMC-HS700G(360)
⑤シャープEC-VX500(330)
⑥日立「かるパック」CV-PY300(270)
⑦三菱「Be-K」TC-FXC8P(268)
⑧ダイソンDC48(263)
⑨三菱「風神」TC-ZXC30P(260)
⑩パナソニックMC-SR31G(240)

(2013/10/25付「日経新聞」s1より)

15年ほど前に買った日立の掃除機を買い換えようか、という話が出たのが昨年暮れ。やは131031soujiki り流行のサイクロンが良いのでは?と、たまたま行ったインテリア雑貨店で、店のオリジナル製品を買った。理由は8千円と安かったので・・・。まあ失敗しても、安いので良いかなと、衝動買い。
でも使ってみてビックリ。吸い込みは悪いし、ゴミが直ぐに溜まって頻繁に掃除をしないといけないし、その上、掃除の時にゴミが散らばって周囲が汚れる。結局半年ほどで、買い換える羽目になった。
そして今度は、こだわった。ポイントを絞った。焦点はただ一点。“軽いこと”。もちろん今までと同じ紙パック式。これが一番。ゴミがたくさん入るし、棄てるときにも周囲が汚れない。そして選んだのが三菱電機の「Be-K」というシリーズ。
131031tcfxc5j ここでもブラシの軽さにまでこだわった。例え200gでも、パイプの先端に付くブラシは軽いほど良い。それで高級な「自走式パワーブラシ」(TC-FXC8P)でもパワーブラシ(TC-FXC7P)でもない、軽い「TC-FXC5J」という製品(ここ)にした。カタログによると、ホース込みで3.7Kg。
これが正解。たった1万円ちょっとの掃除機だが、とにかく軽い。今までの日立の製品と、1Kg以上違う。これは大きい。階段を上がるのも楽・・・。もちろん吸い込みも充分。
カミさんが「今まで辛かった掃除も、楽しくなった」とのたまうほど・・・

平均的な特徴のない製品は、あまり魅力がない。家中を持ち歩く掃除機で、“軽い”というコンセプトを追求したこの製品は、少なくとも我が家では“買って良かった~”商品だった。

131031haman <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月30日 (水)

「人脈をつくるコツ~「マイ組織図」作成を」

先日の日経新聞で、こんな記事を見つけた。

人脈をつくるコツ 「マイ組織図」作成を
 仕事をスムーズに進める上で欠かせないのが周囲の協力です。人脈を広げたいと思うなら、まずは社内に目を向けてみましょう。人材育成研修会社レアリゼの真田茂人代表は「直属の上司と良好な人間関係を構築できていれば、自分や上司が他部署に移った時に、他部署に大きな影響力のある協力者ができる」と話します。
 さらに、誰を巻き込んで仕事をすればいいのかを明確にしておくとよいそうです。具体的な方法としては「マイ組織図」を作って重要な人をリストアップ。そのうえで、その人にどんな協力をしているか(貸方)、その人からどんな協力が得られるか(借方)という人間関係の「貸借対照表」を作成します。
 「貸方」を増やしていくことを意識して行動すれば、協力者も増え、人脈は広がっていくとのことです。」(
2013/10/28付「日経新聞」p33より)

そして本文は・・・
人脈がほしいなら、人間関係「貸借対照表」を作ろう
 周囲の協力を得ることは、仕事をスムーズに進める上で欠かせない。そこで必要となるスキルは「巻き込み力」だ。しかし、誰を巻き込んで仕事をすればいいのか、誰かを巻き込む必要はあるのか。そんな疑問を抱いたら、人間関係の棚卸しをしてみるといいだろう。そのうえで、自分は誰を巻き込むべきか、しっかり考えよう。

 自分を本当の意味で助けてくれるのは、身近にいる人だ。職場であれば、直属の上司や同僚、後輩などである。
 「社外の人脈を広げることも大事ですが、まずは社内。直属の上司と良好な人間関係を構築できていれば、自分や上司が他部署に移った時に、他部署に大きな影響力のある協力者ができます」(レアリゼ代表 真田茂人さん)
人間関係貸借対照表を作る
 真田さんが代表を務める人材育成研修会社のレアリゼでは、中堅社員向けの「巻き込み力強化研修」を実施している。「まずは周りの人間関係の整理から。その人たちを巻き込んだ時のメリットとデメリットを考えてもらいます」
 具体的な方法は、「My組織図」を作って、もっと巻き込みたい重要な人をリストアップ。そのうえで、その人たちに対する「人間関係貸借対照表」を作る。ここで大事なのは、どんな協力をしているかという「貸方」の部分。相手の能力で足りないところをフォローすることを意識して、「貸方」を増やしていくことがポイントだ。次に紹介する、ステップ1と2を活用し、社内の味方を増やして、巻き込み力を磨いていこう。
【STEP1】
 まず、上図のように自分の所属する部署の構成人物をすべて書き出し、次に他の部署で131030step1 自分と関係のある人を書き出し、左のような「My組織図」を作る。そのうえで、もっと関係を深めた方がいい重要人物をリストアップする。この例では、所属部署の直属上司に当たる中曽根課長、後輩の佐藤、3課の河田課長を重要人物としてピックアップ。
【STEP2】
 「My組織図」で重要人物をピックアップしたら、上表のような「人間関係貸借対照表」を作131030step2_2 る。誰にどんな協力をし、協力をしてもらっているかを、「貸方」と「借方」の欄に書く。その人を巻き込んだらどんなメリットがあり、巻き込まないとどんなデメリットがあるかまで考えて、「貸方」を増やしていく。そうすれば、その人は自分の協力者に近づくはずだ。
<この人に聞きました>
真田茂人さん
 人材育成研修会社レアリゼ代表。人材・組織開発のコンサルティングを展開。NPO法人日本サーバント・リーダーシップ協会の理事長で、サーバントリーダーシップの普及活動にも力を入れている。巻き込み力をテーマにした『成果を出したいのなら他人の「アタマ」と「力」を使いこなしなさい!! 』(すばる舎)など、著書多数。」(
2013/10/28「日経新聞」より)

サラリーマンだけでなく、組織人はいわゆる人脈の広さで社内の実力が大きく変わる。所詮自分ひとりの力など非力なもの。よってあることを成し遂げようとした場合、いかに周囲の協力が得られるかで、自分の実力が決まる。つまり、あることを頼まれたとしたとき、OKと即答で出来るかどうかが実力・・・。
それは、あることを成し遂げようとしたとき、頭の中で、それを遂行するための道筋が描かれることができるかどうか・・・だ。もちろん人脈も含めて。それはまさに“組織を動かす”という事であり、それがその人の実力になる。
それには、まず組織の誰に何を頼んで、何を指示すれば良いかが瞬時に頭に浮かぶ必要がある。それが分かるためには、組織それぞれのミッション(責任範囲)がキチッと自分の頭に入っている事が前提。その上で、何は誰が責任者で、誰なら動かせる・・・というストーリー(手順)が瞬時に分かれば、どんなに困難な課題も、解決への道が見えてくる。
そこで登場するのが、人脈。つまり自分のために骨を折ってくれる人や組織がどれだけあるか・・・。例えば自分のいた工場を例に取ると、原理的に、あることを頼んだ外部の人に取っては、それがどのような形で実現しても、その頼んだ人に感謝する。それを工場内で一人で成し遂げようが、数十人の協力で成し遂げようが、「あの人に頼んだから出来た」という評価だけが残る。つまり、いかに周囲の協力が得られるかで、頼まれたことの返事が決まる。つまり「分かった。俺に任せろ」と言えるか、「それは・・・」と躊躇するか・・・。つまり、人脈の広さが、自分が処理できる仕事の範囲を決める。

しかし人脈は、自分で作ろうと思って作れるものではない。それはお互いの信頼関係そのものであり、それは深く人間性、好き嫌いが関係してくるから・・・

現役時代、自分のスタンスはこれだった。「外部からSOSが来たら、必ず受けろ。相手が困っているときに助ければ、自分が困ったときには必ず助けてくれる」「組織のミッション(責任範囲)を明確に理解せよ。それが分かっていれば、誰に何を頼むかが分かり、組織を動かす事が出来る」・・・

誰も、組織内での人間関係には苦労するもの。それは好き嫌いが原点だから。しかしキライだからと言って、付き合わない訳には行かない。それは“立場(組織長など)”と付き合っているので、キライな人間とも、そこそこオトナの対応をするしかない。そして、付き合わなくて良い立場になったら、バイバイすればよい。そして好きな気が合う相手とは、がっちりと永遠のタッグを組む。全てはギブ&テイクの世界。
所詮、人間関係は“好き嫌い”。これだけは現役をリタイアした後も、逆転はない。しかし、これは人間の性(さが)であるのでどうしようもない。これが自分の結論である!?

131030kodoku <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月29日 (火)

「命の値段」英国の仕組み

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(ザ・コラム)医療費抑制 「命の値段」英国の仕組み
 人の生命には値段がつけられない。命は地球より重い、というではないか。しかし、英国には値段があるようだ。1年あたり、だいたい2万~3万ポンド(314万~471万円)である。
 あなたが英国人で重い病気にかかったとする。Aという薬を使えば、これまでの実績からいって数年間は延命できそうだ。1年の延命にかかる費用が2万ポンド未満であれば、その治療を受けられる可能性が高い。しかし、5万ポンドであれば望み薄だ。
 治療のたびに自己負担のある日本と違い、英国は国民保健サービス(NHS)で誰でも無料で医者にかかれる。しかし、費用に見合うだけの効果がなければ、簡単には高い薬を出してもらえない。
   *
 数年前、乳がんにかかり、望んだ薬を拒否された女性の手記がある。NHSへの非難がつづられている。
 「NHSはこの薬を認めないことで、人々が死んでいく間にお金を節約できるのです」「がんに関する限り、NHSは東ヨーロッパの官僚主義と同じです」(Barbara Clark「The Fight of My Life」)
 薬を手に入れるためには家を売るしかない。彼女は当局への異議申し立てを始めた。運動は政治家を動かし、最後は治療が認められた。しかし、高すぎるという理由で拒否される薬は今もある。
 乳がんの早期発見や治療の情報を提供している慈善団体「ブレークスルー・ブレストキャンサー」は、二つの抗がん剤をNHSで使えるようにしてほしいと求めている。政策担当のサリー・グリーンブルックさんは言う。「この薬で完治はしません。でも、これがあれば家族や友人と、数カ月の間、比較的いい状態で過ごせるんです」
 政府は臨時のがん基金をつくって、高額治療への支援をしている。しかし、これも2016年までの時限措置である。
 英国らしい、合理的だが冷たい仕組み?でも、医療費を抑えようと、多くの国が、この制度から学ぼうとしている。費用対効果分析を担当する国立医療技術評価機構(NICE)の幹部、カリプソ・チョルキドウさんは言う。
 「海外の省庁から要望が来るんです。『あなたたちのやっていることに興味がある。招待するから教えてほしい』と。とくに中国は強い関心があるようです」。NICEは、他国に助言するための部署を設けた。
 英連邦のオーストラリアではすでに同じような制度がある。韓国も独自の費用対効果分析を進めている。
 英国の制度では、1年の延命という効果は、さらに細かく分析されている。寝たきりだったり苦しみがひどかったりすれば「生活の質が低い」「治療の効果が小さい」とされ、1年分とは見なされない。マイナス要素が強くなるにつれ、0.8年分、0.7年分……となり、その分、認められる治療費も下がる。
 まるで命に値札をつけているようだ。そう聞くと、チョルキドウさんは言った。
 「値札ではありません。医療サービスの生産性を表示しているんです。教育でも投資でも、生産性を示す数字はあるでしょう。もちろん、一般の経済活動にくらべれば表示するのは簡単ではありませんが」
 分析を一歩進め、幅広い社会の便益や費用を計算に入れることも検討されている。病気が治って仕事に戻ったことの便益をどう考えるか。家族の介護負担はどうか。しかし、識者たちはこの議論が進むことに、ある危惧を持つ。
 「病人が2人いて、1人は平均的な収入、もう1人は10倍の収入があるとする。前者には薬が使えないが、後者には使えるということにならないか?」(サウサンプトン大のジェームズ・ラフトリー教授)
   *
 英国のこの制度、ちょっと寒々とする。やさしい感じはしない。でも、目をそむければいいとも思わない。限られる医療費を効率的に使おうとする意思が、そこにはあるからだ。
 コレステロール抑制では、通常使われるのは月約1ポンド(157円)の薬だ。効果が少し上がるだけの高い薬は認めない。疾患のない普通の若者がインフルエンザになってもタミフルを出さない。休養すれば治るからだ。
 日本の医療費は、国内総生産(GDP)比で英国と同じ9%台。米仏独よりかなり低い。日本人の生活習慣が良いこともあるだろうが、とりあえず結果は悪くない。
 しかし、これからはどうか。医療費は毎年1兆円を上回るペースで増えている。理由は高齢化だけではない。医療の高度化もそれに劣らず影響している。いいことのようだが、そこに薬漬けのようなムダはないか。不当に製薬会社や機器メーカーをもうけさせてはいないか。
 医療費抑制はかけ声だけでは実現しない。どうやって、どんな理由で抑えるか、道具が必要だ。
 やさしさを取り繕うのではすまない。私たちはそんなところに来ている。(有田哲文編集委員)」(
2013年10月27日付「朝日新聞」p11より)

この記事を読んで、先ず浮かぶ言葉が「ゆりかごから墓場まで」である。WIKIにはこうある。
「社会保障制度の充実を形容する言葉で、第二次世界大戦後にイギリス労働党の掲げたスローガンである。これが日本を含めた各国の社会福祉政策の指針となった。英国の社会福祉サービスは、国民全員が無料で医療サービスを受けられる国民保健サービス(NHS)と国民全員が加入する国民保険(NIS)を基幹とすることが特色である。
しかしながらこの政策は膨大な財政支出をもたらし、「英国病」に由来する税収の伸び悩みによりNHSの財政圧迫は深刻な問題となった。このため「小さな政府」を目指すイギリス保守党のマーガレット・サッチャー政権下で同方針の転換が図られ、大胆な福祉支出の削減が行われた。これによりNHSは機能不全に陥り(医療崩壊)、医療従事者が大量に国外に流出、数ヶ月もの診療待ちが常態化する事態となった。さらに、保守党の新自由主義政策によってロンドンを除くイギリス経済は沈滞を続け、財政赤字も解消されなかった。このため、労働党が政権を奪還した後のイギリス政府は「第三の道」路線へ進み、経済再建とNHSの立て直しに取り組んだ。」

この背景として、まず英国の「この政策は膨大な財政支出をもたらし・・・」という現実を見なければならない。
それにしても、この記事を読んで、「トリアージ(識別救急)」という言葉を思い出した。 「トリアージ」について、WIKIにはこうある。
「災害医療において、負傷者等の患者が同時発生的に多数発生した場合に医療体制・設備を考慮しつつ傷病者の重症度と緊急度によって分別し、治療や搬送先の順位を決定すること。助かる見込みのない患者あるいは軽傷の患者よりも処置を施すことで命を救える患者に対する処置を優先するというもので、日本では阪神・淡路大震災以後知られるようになった。・・・」

「ゆりかごから墓場まで」の英国のそれは、日常的にこの「トリアージ」を実施しているようにも見える。ある機械的なロジックにより、「あなたの病気は、***なので治療する価値がない」と一方的に判断され、命が国によって決められていく。何ともクール・・・。無料であるが為に、国にジャッジされてしまう・・・。
その対局にあるのが米国かも知れない。オバマケア(米医療保険改革法)すら、未だに共和党の反対で大騒ぎ・・・。個人主義、または自己責任であり、まあ“自由”と言えば聞こえはよいが・・・

日本に目を向けると、1970年~1982年頃まで実施されたという「70歳以上の老人医療費無料化制度」が、長続きしなかったのも、「タダならどんな軽い病気も、先ず病院に行って・・・」という当然の流れを無視したせい??
それに比べると現在の日本の医療制度は、自己負担によるブレーキもかかるが、それもほどほど・・・。極端な米英に比べると、結構バランスが良いのかも知れないね。

131029watasiga <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月28日 (月)

「サウジ女性、運転の夢捨てず・・・」

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
サウジ女性、運転の夢捨てず 一斉抗議行動は断念
 女性の運転が禁じられている中東サウジアラビアで、女性活動家たちが運転解禁を求めて26日に呼びかけていた「一斉運転」による抗議行動を断念した。内務省が摘発を通告したためだが、解禁を求める運動は続ける構えだ。AFP通信などが報じた。
 呼びかけていたのは、2011年に自ら運転する動画をインターネットに掲載して逮捕された技師マナル・シャリフさん(34)ら。9月にネットで始めた政府への嘆願書への署名は1万6千人を超え、女性が自らハンドルを握る様子を収めた動画が次々とアップされた。
 保守的な宗教者らからは批判が相次いだ。有力者の一人、ルハイダン師は9月末、地元メディアに、女性の運転は「卵巣に影響を与え、骨盤を押し上げることが研究で証明されている」と発言。今月22日には、宗教者約200人が西部ジッダで運転反対を訴えた。
 内務省は24日、「断固として法を執行する」と強く警告。女性活動家の一人はAFP通信に、一斉運転を断念して「無期限の運動に切り替える」と語った。それでも一部の女性は運転に踏み切ったという。逮捕者は報告されていない。
 サウジでは女性の運転を禁じる法律はないが、当局が厳しく取り締まりをしており、女性には免許も交付されていない。」(ドバイ=村山祐介)」(
2013年10月27日付「朝日新聞」p8より)

何と、世界に「女性の車の運転が禁じられている国」があろうとは、思ってもいなかった。まあ、新興国の中には、まだ女性の運転が一般的になっていない国があることは予想していた。しかし、かの黒いベールの国が、ここまで徹底しているとは・・・
もちろんイスラム教から来ているのだろうが、数多いイスラム教の国の中で、なぜサウジアラビアだけが運転禁止なのかが分からない・・・

ところで先日、こんなニュースが流れた。
男女平等指数、日本3年連続低下の105位 世界経済フォーラム
世界経済フォーラム(WEF)は25日、世界各国の男女平等の度合いを指数化した2013年版「ジェンダー・ギャップ指数」を発表した。日本の順位は調査対象136カ国のうち105位で前年より4つ下がった。識字率や高校までの教育水準では世界1位だが、女性の就労者や政治家が少ないことが全体の評価を下げている。
 順位の低下は3年連続で、同指数の発表が始まった06年以降の最低を更新した。経済協力開発機構(OECD)加盟国で日本より順位が低いのは111位の韓国だけだった。
 WEFは女性の地位を経済、教育、政治、健康の4分野で分析している。日本は経済で104位、政治では118位にとどまった。教育は識字率の高さなどを、大学や専門学校への進学率の低さが相殺し91位だった。
 1位は5年連続でアイスランドで、2位以下はフィンランド、ノルウェー、スウェーデンと北欧勢が続く。上位10カ国のうち7カ国を欧州が占める。アジアで最高は5位のフィリピン。同国は大学や専門学校に進学する人に占める女性の比率が世界で最も高く、政治への参加も世界で10位と高く評価された。(ブリュッセル=原克彦)」(
2013/10/25付「日経新聞」より)

このレポートのオリジナル(ここ)を見ると、サウジアラビアは127位。
日本は105位なので、たいして変わらない・・・。
この現実をどう見る? サウジを笑っていられるか? 日本人どの・・・!?

131028kare <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月27日 (日)

田中修著「植物はすごい」中央公論新社

「人の褌(ふんどし)で相撲をとる」という諺があるが、実は今日、「Uさんの読書ノート」というカテゴリを追加した。このカテゴリは、まさに自分の読書ではなく、Uさんが送ってくれる「読書ノート(?)」の感想と紹介のコーナーである。

今朝の新聞も、読書コーナーがにぎやか。いずれ自分もこれを参考に本を読むぞ!と夢見たもの・・・。でも、自分はつくづく読書家ではないと思う。いつも「今は時間が無いから読書出来ないが、いずれ時間が取れたら思う存分に読書をするぞ!」と言うのだが、昨年来、今までよりずっと時間が取れたにもかかわらず、読書はさっぱりで、TVばかり見ている。つまり自分は読書家ではないのだ・・・。
それが、前にも書いたが(ここ)、現役時代の大先輩のUさんから、読んだ本の感想(?)の定期便が届くようになり、居ながらにして“読んだ気分”を満喫している。まあ自分のような、サボり屋には、有り難い定期便。
もちろんどんな本を読むかは、人の好み。つまり人に本を薦めると言うことは、自分の思想を相手に押し付けることになりかねないので注意が必要だが、自分のように無思想、いや本の世界が狭い人間に取ってみると、自分の知らない世界を教えてくれる良いキッカケとなるので有り難い。まあ、自分にフィットしない分野は、読み飛ばせば良い。(失礼!)

そんなワケで、幸いなことにUさんの許可も頂いたので、Uさんから送って頂いた「読書ノート」(自分は勝手にこう命名した)の内、自分なりに気になったものを紹介していこうという話である。

Uさんの読書ノートは、筆者の紹介、本の内容のエッセンス、そしてコメントと感想の3部構成。それぞれがWordのかなり長文なので、片手間では読めない。じっくりと時間の取れる方はぜひ御一読を・・・

今日は「「植物はすごい」田中修著 中央公論新社」を紹介しよう。Uさんのメールにはこうある。
「今回の紹介は「植物は、すごい」です。各位の中で、花や植物の写真を送ってくれる人々が居ます。そしてその花に鳥や虫が止まっている写真も有ります。また、猫の額のような狭い庭にも植物が芽を出します。成長し、葉を茂らせ、花を咲かせ、実がなります。
そして、幹を守る為、葉を枯らせ紅葉し落葉になります。若い時は、そんなことは当然のことで何ら興味を覚えませんでした。この年になると、それが愛おしく思えるようになります。そして、身を削って子孫を残すために、鳥や虫にその実を食べさせます。我々人間に、食物を供給し、酸素を作りだし、癒しを与えてくれます。そんな植物をもっと知ろうと言う事から本書を手に取りました。」

「「植物はすごい」田中修著 中央公論新社」のUさんの“読書ノート”のPDFはここ

自分はこの本をまだ読んでいないが、実は前にNHK「ラジオ深夜便」で氏の放送を聞き、当サイトに取り上げたことがある(ここ)。その記事の中に、氏の放送のmp3をアップしているので、もし興味を持たれた方は、その放送もお聞き下さい。

ともあれ、「植物はすごい」のである。

(関連記事)
NHKラジオ「植物って、すごい!」が面白かった 

131027runba <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月26日 (土)

SONYのHDDオーディオプレーヤー「HAP-Z1ES」の残念な仕様

今日は2013年10月26日。SONYのHDDオーディオプレーヤー「HAP-Z1ES」の発売日である。自分は、この製品ほど発売日を意識していたものはかつて無い。いつもは、世で話題になった後に、知ることが多いので・・・。

今までこの製品について、「SONYのHDDオーディオプレーヤー「HAP-Z1ES」の発売が楽しみ」(ここ)と、「SONYのHDDオーディオプレーヤー「HAP-Z1ES」は多分買わないな・・・」(ここ)という記事を書いた。そして、今回のタイトルは「・・・残念な仕様」。
価格コムのこの製品の「クチコミ掲示板」(ここ)を注視している。先日の書き込みに「驚きの高音質で、音の帯域, ダイナミックレンジ共に余裕で鳴っているのがよくわかり、この安定感, 充実感はハイエンド品ならではだと思いました。」というのがあり、嬉しくなった。つまり自分にとって「買うための理由」が見つかるかと思ったので・・・。しかし、SONYの「ヘルプガイド~ハードディスクオーディオプレーヤーHAP-Z1ES」(ここ)を読んで、残念至極。

この製品には取扱説明書が付属していない。(HAP-S1も同じだが) つまり使い方がいたって簡単。つまりこの製品は、「ハードディスクオーディオプレーヤーはDSDなどの高音質のハイレゾ音源や、MP3やFLACフォーマットなどのさまざまな音楽ファイルを、コンピューターからコピーしてお楽しみいただける音楽プレーヤーです。」なのだ。
自分が愛用している「HDDオーディオレコーダーNAC-HD1」(ここ)とは完全に製品コンセプトが違う。“プレーヤー”と“レコーダー”の違である。それを自分は勝手な期待から、“NAC-HD1の後継機”という目で見ていたのが誤りだった。
あくまでも「HAP-Z1ES」は、moraやe-onkyoというハイレゾ配信サイトから購入したハイレゾ音源を再生するための機械、または自分でハイレゾWAVなどを持っている人向けの製品らしい。つまり、特に配信音源を最大限に良い音で再生することに特化しているので、たぶん配信ハイレゾ音源では素晴らしい音を再生するのだろう。それは疑わない。

しかし、自分のようにNAC-HD1が生活の中心になっている人間にとっては、「音源は、新たに購入した音源だけ」という機械は、何とももったいないのである。
もう一つ、CD音源もコピーできるが、パソコンでWAVにリッピングして「HAP-Z1ES」のHDDに転送したCD音源を聞くことと、NAC-HD1にリッピングして聞くことにどれだけの差があるのか・・・。
この製品の目玉である「DSDリマスタリングエンジンは、入力した全ての楽曲ファイルを5.6MHzのDSDに変換した後で再生するもの」であり、それが「ソニーでは、DSDリマスタリングエンジン処理を行なったほうが高音質と位置づけるが、「そのままの音で聞きたい」という意見もあるため、'13年内に提供予定のファームウェアではDSDリマスタリングOFF設定も可能にする予定。 」ここ)だとすると、パソコンでリッピングする手間分だけ、NAC-HD1より不利。それにWAVファイルは音楽情報がないのでNetから取得するが、「音楽ファイルによってはGracenoteサーバーから情報が正しく取得できない場合があります。」と断りがある通り、アルバムモードではほとんど間違いは無いものの、単独の曲では結構間違い登録が多い。しかしこの製品は日本語の文字登録があるかどうか分からないので、修正が可能かどうか分からない。
するとCD音源の再生についてのメリットは、DSDマスタリングの効果と、失われた情報を補完するというDSEE機能の効果がどうか・・・だけになる。
シャッフルについては、アーティストのシャッフルは出来ないように見える。そしてこれも目玉である「おまかせチャンネル」も「DSD(DSF、DSDIFF)フォーマットの音楽ファイルはおまかせチャンネルには登録されません。」、それに機能的にメリットがある「ボリュームノーマライズ機能」も「DSDファイルは音楽ファイルの解析に対応していないため、音量調節できません。」とのこと。

一方、廉価版のHAP-S1についても、「ヘルプガイド~ハードディスクオーディオプレーヤーHAP-S1」(ここ)も読んで見ると、機能的にはハイレゾについては同じで、ただパワーアンプが付いている。それに入力端子として光や同軸、RCA端子があるが、どれもパワーアンプ用の入力端子であり、「外部入力から入力された音声信号を、ハードディスクオーディオプレーヤーのハードディスクに取り込むことはできません。」とある通り、この製品は“プレヤー”なのである。

かくして、自分の“NAC-HD1のハイレゾ版、上位機種”を勝手に期待していた夢は破れた・・・。
世の中、あまり思い通りには行かないのもである。当分現NAC-HD1を使い続けよう。

★(2014/08/13追)
本記事は撤回!→「HAP-Z1ES」を買ってしまったのだ!! そして、それが素晴らしいのだ!(
ここ

(関連記事)
NAC-HD1からWAV/FLACとして読み出す方法
SONYの「HDDオーディオプレーヤーHAP-Z1ES」が素晴らしい
SONYのHDDオーディオプレーヤーNAC-HD1のアナログ音源の、HAP-Z1ESへの乗り換え 

SONYのHDDオーディオプレーヤー「HAP-Z1ES」の発売が楽しみ 
SONYのHDDオーディオプレーヤー「HAP-Z1ES」は多分買わないな・・・ 
SONYのHDDオーディオレコーダー(NAC-HD1)に惚れた話 

Img_31591 <付録~我が家のメイ子が「ごはん!!」という看板を付けて部屋に入ってきた・・・>

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2013年10月25日 (金)

平岡養一・田中園子の「お江戸日本橋」と「ドナウ河の漣」

昔、子供の頃にラジオから流れていた平岡養一の木琴による「お江戸日本橋」の思い出である。
前に「平岡養一の木琴~「お江戸日本橋」と「山寺の和尚さん」」(ここ)という記事と、「平岡養一の木琴による通崎睦美の「お江戸日本橋」と「チャルダッシュ」」(ここ)という記事を書いた。

Img_31572 しかし、今まで手に入れた音源は、いわゆる自分の言う“オリジナル”ではなかった。
それが先日、やっと“田中園子のピアノ伴奏によるオリジナル”の演奏のLPを手に入れた。しかし、いかにも盤質が悪く、聞くに堪えない音だ。でもこれがオリジナルである。

<平岡養一・田中園子の「お江戸日本橋」>

キチンと木琴の音を聴くには、やはり伴奏はシンプルなピアノがよい。演奏がシンプルであるだけに、LPの解説によると平岡養一のレパートリーは1万曲にも達していたという。
今回手に入れた、平岡養一・田中園子の2枚のLPで、「ドナウ河の漣」も木琴の音が冴え、好きになった。

<平岡養一・田中園子の「ドナウ河の漣」>

今まで、神谷百子や高橋美智子のマリンバ(ここ)(ここ)、そして、通崎睦美の木琴を聞いてきた(ここ)。
テクニック的には、若い女性陣の方がスゴイと思う。でもさすがに平岡養一の演奏は、落ち着いていて風格がある。まさに「お江戸日本橋」がよく似合う。

当サイトでも、「禁じられた遊び」のように、子供の頃に聞いた音源に色々とこだわってきた。でも今回の平岡養一探しも、オリジナルの音源に行き当たったので、今回でオシマイ。
そのうちまた、子供の頃に聞いた音を思い出したら、その音源探しを続けることにしよう・・・。

131025shimon <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月24日 (木)

太平洋上「キリバス」の“日本沈没”

昨日の日経新聞「春秋」の記事。
「人口10万人強、陸地面積700平方キロあまり。赤道直下の太平洋に浮かぶキリバスは、世界で200ほどある国々のなかでも小粒の部類だろう。排他的経済水域(EEZ)なら世界で指折りの広さを誇るのだけれど。そして陸地の大半は、海抜3メートル以下の高さしかない。
この島国を6年前に離れてニュージーランドで暮らしてきた男性が、難民として認めてほしいと裁判に訴え、大きな話題となっている。地球温暖化がもたらした海面の上昇で母国に住めなくなった。難民認定を申請した理由として、そう主張しているからだ。認められれば、世界初の公式な「温暖化難民」になるとされる。
現状、国土の大半が海面下に沈んでしまったわけではない。とはいっても、飲み水や農業用水に塩水が混じるなど国民生活への影響がもう出ている。「母国では生きていけない。何より子どもたちに未来がない」。訴えは切実だ。一審では「条約・法律上の難民の定義に当てはまらない」との理由で敗れ、先週、上訴した。
アノテ・トン大統領はじめキリバス政府は、国土の大半が沈没するとの最悪のシナリオを前提に据えて、秩序だった国民の海外移住を進める考えだそうだ。「環境難民」ではなく、役に立つ移住者として世界の国々に受け入れてもらえるように、教育と職業訓練に力を入れているのだ。SFめいた現実が、今、ここにある。」(
2013/10/23付「日経新聞」「春秋」より)

これは面白い(失礼!)と思って、Netで検索してみると、こんな記事が見つかった。

世界の雑記帳:温暖化で水没の危機迫るキリバスの家族、NZに「環境亡命」申請
 太平洋に浮かぶ島々からなるキリバス共和国出身の家族が16日、地球温暖化による海面上昇を理由に、「環境亡命」を求めてニュージーランドの裁判所に訴えを起こした。
 キリバスは海面上昇による水没の危機にさらされている国の1つで、海面からの高さの平均はわずか2メートルほどしかなく、そこに約10万人が暮らしている。
 キリバス人のIoane Teitiotaさん(37)は、生命の危機や迫害の恐れがあるといった要件を満たしていないとして亡命申請を却下されたことを不服として、オークランドの高等裁判所に訴えを起こした。
 Teitiotaさんは2007年にニュージーランドへ移り、3人の子供をもうけた。Teitiotaさんは、キリバスには安心して住める場所はないと訴える。
 Teitiotaさんの弁護士は、難民の扱いを定めたニュージーランドの法律は第2次大戦末期につくられたものであり、深刻な環境破壊から逃れてくる人々など今日の事情を反映していないと批判している。
 これに対してニュージーランドの入管当局は、Teitiotaさんの訴えが深刻なものであると認める一方、他のキリバス人が海面上昇の危機回避に努める中、Teitiotaさんの申請だけを認めるわけにはいかないと述べた。[ウェリントン 16日 ロイター]」(
2013年10月16日付「毎日新聞」より)

この記事を読んで、だいたいキリバスの場所が分からないので調べてみると、太平洋上の131024worldmap_kiribati 赤道直下。ニュージーランドからもだいぶ遠い。広さは対馬列島と同じ位だとか・・・
そして上の記事によると、キリバスの海抜は平均で2mであり、陸の大半は3m以下だという。これでは、海面が上昇すると逃げ場がない。山でもあれば、そちらに逃げられるが、そうも行かないらしい。
だから「国土の大半が沈没するとの最悪のシナリオを前提に据えて、秩序だった国民の海外移住を進める考えだそうだ。「環境難民」ではなく、役に立つ移住者として世界の国々に受け入れてもらえるように、教育と職業訓練に力を入れている」という。
方向は間違っていないように思うが、それにしてもこの国のリーダーは大変だ。自国民を減少させるために、策を練る。自国民を他国に移住させるために策を練る・・・。

こんな話を聞くと、誰もが昔の小松左京のSF「日本沈没」を思い出す。それが平均海抜2mという国にとってみると、それは現実の世界・・・。

ちなみに日本の平均標高は、一番高いのは長野県で1132m。一番低いのは千葉県で45m、2位は沖縄県で82m、3位は茨城県の100mと続き、全国平均は382mだそうだ。
そして、当八王子は(ここ)によると193.1mだそうだ。これは高尾山のような山も含んでの標高なので、まあ自分のところはそんなに高くは無いが、それでも水没の危険は無いだろう。
それにしても、日本の毎日のニュースで流れる話題と、キリバスのいわゆる“日本沈没”の事態の深刻さの違いは大きい。それに比べると、原発の汚染水流出事故を横目にアベノミクスで浮かれている日本は、まだまだ平穏だ。

●メモ:カウント~495万

131024kyuusyu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月23日 (水)

旅行代金を振り込んだ4日後に倒産されてしまった話

今日は、自分に対する、自戒というより自嘲の記事である。旅行会社に、まんまと4万円強の旅行代金を取られてしまった・・・。
昨夜、寝ようとして居間に降りるとFAXの受信ランプが点滅している。紙に出すとこんな文字・・・
「お客様各位
現在株式会社***は営業停止状態です。
皆様には大変ご迷惑をおかけいたしまして申し訳ありません。
二重払いになりますが、事前または出発当日空港カウンターにて再度予約後お買い求めをお願い申し上げます。
尚、今後のご返済等に関して「弁済制度」を利用される方は下記にご連絡をお願い申し上げます。
ご予約済みで旅行契約をされまだ航空券確認番号が未着のお客さまで弁済制度を利用される方は「全国旅行業協会・・・」までお問い合わせ下さい。・・・・・・」

つまり倒産したので、あとは知らないよ・・・だって。

話は今月の4日にさかのぼる。カミさんが大阪に旅行に行きたいと言い出して、ツアーを探した。それで、Netで「格安」「国内ツアー」で検索すると、ある検索サイトが見つかった。「国内の格安旅行・格安ツアーを200社の旅行会社からまとめて検索&価格比較できます。」というので、検索してみると、安い~~!!
そこを叩くとある旅行会社のサイトに飛んでいった。直接電話でも頼めるらしいので、もう夜の時間外だったが、電話するとHさんという男の人が出た。すると親切に教えてくれて、今日は時間外なので明日連絡するとのこと。そして5日の(土)に同じHさんに電話で申し込んだ。
Hさんは実に親切で、大阪の繁華街のホテルが希望なら**ホテルが良い、と推薦してくれて、「やはりプロに聞くのが早いな」と満足・・・。でも(月)に振り込みが必要で、航空券はチケットレスでまたFAXで送るとか・・・。ほどなく「予約確認書 兼 御請求書」のFAXが届いた。そしてそこに「10/7(月)15時までにお支払い下さい」と銀行の口座名があった。
何せ、飛行機で東京~大阪往復とホテルで一人2万円ちょっと。1カ月以上先の日程なので、飛行機代も安いのだろうと、振り込み手続き完了。
切符は?というと「航空券類の納品は、遅くとも出発前日までに本書面と同じ交付方法で納品致します」とあるので、航空券はチケットレスなので、番号さえ分かれば良いな・・・と、まだ時間があるので、この件は忘れていた。それで昨夜のFAXになったワケ・・・

ビックリしてNetで調べると、この会社はすでに10月11日に倒産していた。先の協会のHPの書類を読むと「株式会社**は、当協会に弁済業務保証金分担金60万円を納付しておりますので、旅行業法(第22条の9)の規定によりましてお客さまへの弁済限度額が300万円となります。現時点では全額保証になるか否かは未定でございます。
3ページ記載の「認証申出の手続きにおける提出書類」の必要書類①~⑥を準備頂き、速やかに提出下さるようお願い申し上げます。・・・」
だって・・・
その書類は堅い様式。印鑑はすべて印鑑登録したものを押して、印鑑証明書を付けるのだそうで、書くのも大変そう・・・

カミさんは出すだけは出したいと言う。それでその道のプロの弁護士に聞いてみた。「総額300万と言っているが、書類を出すと少しは戻るのか?」「返済はゼロ。例え4万円が40万円だとしても、出すのはムダ」と一刀両断。「相手は計画倒産。4日前なら倒産が分かっていた。取れるだけ取って倒産している。こういう人は、一段落したら、また別の会社を興して倒産させる・・・」とのこと。
我、破れたり・・・! 4万円は勉強代だと思って忘れることにした。チョンチョン・・・

思うに、不審な点はあった。1カ月も先の旅行なのに、(土)の申し込みで、(月)が銀行への振り込み期限。あまりに早い。これが現金でなく、カードだったら実害は避けられたかも・・・。今、良く見たら、「代表取締役 H」とある。何~んだ、自分は当の倒産社長から直々の案内をされていたのだ。つまり、倒産が分かっていた社長当人からの御案内なので、それは親切なはず・・・

まさにド素人がカモにされた・・・。バッカみたい・・・。
でも、もしこのFAXが来なかったら、旅行当日まで倒産を知らなくて、“チケットが来ない”と待っていたはず・・・。おお怖い・・・
あとは再発防止しかないが、反省は“タダほど高いものはない”か???
取りあえず、自戒と自嘲を込めて、この日記に記しておく。ハハハ・・・・

131023bikkuri <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月22日 (火)

「仕事楽しむ仕掛けを」~堀場製作所最高顧問 堀場雅夫氏の話

今朝の「日経新聞」で、こんな記事が目に止まった。
「(世界経営者会議特集)仕事楽しむ仕掛けを
       堀場製作所最高顧問 堀場雅夫氏
 経営者の仕事として一番重要なことは社員がどんな考えを持って働いているかを明らかにすることだ。企業は資本・経営・労働の3つで構成される。役割は分担され、報酬や利益131022masao_horiba も分配される。もし社員が仕事を「つまらない」「給料を得る手段」とだけ考えていたら残念だ。社員自ら、仕事を「おもしろい」と取り組めれば、新たな発想も続々と出てくる。
 仕事には当然、苦しい面も多く私も「嫌だな」と思うことは多くあった。経営者が社員と協力して仕事を楽しめる仕掛けを作ることが必要だ。それがあれば、日本はまた大きな力を持つと強く思っている。
 1971年に株式上場した際、社是制定をアドバイスされて「おもしろおかしく」を提案した。131022omosiro 「おもしろおかしく仕事をすれば必ず良い物が生まれて、顧客満足にもつながる」という信念があったからだ。役員陣からは「理知的でない」と猛反発され、私が会長に就く時にようやく認められた。今日になってようやく社是が実を結んできた。
 こうした考えは自身の体験がきっかけだ。戦後、堀場無線研究所を設立して、独力でやりたかった研究を始めた。優秀な人材が集まって事業も順調に進んだ頃、社員に博士号取得を奨励した。「何番目に取った」とお互いに競い合って社内が盛り上がった。私も仕事外の時間に学び医学博士号を取得した。
 その取り組みを通じて、人間という存在の素晴らしさを知った。人間の持つ全ての機能は、たとえ最新の科学技術と比べても桁違いに優れている。その人間は、20~60代まで最も長い時間を仕事に費やす。ならば経営者は仕事を通じて、社員に「人間に生まれて良かった」と感じてもらわねばならない。
 小さな企業でも、家族や取引先などを含めれば関係者は何万人に上る。経営者はその全員に対して影響力がある。経営者としての最大の仕事は、「働く社員が、生きがいを持って人生を送れるかどうか」。それができれば、自然に企業は発展し、顧客満足度向上や社会や国家の発展にもつながっていく。
*ほりば・まさお 45年京都帝国大学(現京都大学)在学中に堀場無線研究所を創業。53年堀場製作所を設立。「おもしろおかしく」をモットーに、同社を世界的な計測・分析機器メーカーに育てる。78年会長、05年から現職。88歳」(
2013/10/22付「日経新聞」p15より)

先日、「日経スペシャル 私の履歴書~堀場雅夫」(BSジャパン2013年7~8月放送)(ここ)を見たこともあり、これらの言葉のひと言ひとことがよく分かった。つまり、先の番組のエッセンスがこの一文に表れているようだ。

普通のサラリーマンが、40年近くを過ごす会社。そこでの生活が、「おもしろおかしく」過ごせたら、どんなに楽しいだろう。そして、どんなに幸せか・・・
これを読んで、「そんなたわごとを!」と多くの人は感じる。でも社員はどう受け止めているかは別にして、この会社の経営者がそう思っていることは事実らしい。

現役をとうに退いた自分が振り返るに、「おもしろおかしく」過ごせるかどうかは、多分に自分自身にかかっているように思う。つまり、外から「おもしろおかしく」仕事をしろと言われるのではなく、自分の仕事を、自分が自分自身の行動を通して「おもしろおかしく」するものであり、またそれは出来るものではないか・・・。
これは待ち受け人間には出来ない。自分自身が、与えられたミッションを良く理解し、それを実現するためにはどう行動するかにかかっている。つまり能動的に自身が動けるかどうか・・・。もし能動的に動ければ、それは「やらされている」仕事から「自分の考えでやる」仕事に変身し、「おもしろおかしく」仕事をする事が出来る。この「受動的に」か「能動的に」かの違いが大きい。「やらされている」仕事は楽しかろうはずが無く、ストレスで体も壊す。逆に「自分の意志でやっている」仕事は、趣味と同じで、自己実現で楽しく、そして疲れも忘れるもの・・・

こんな経営者は、そうそういない。でも自分自身の心の持ちようで、また「能動的に」というキーワードにより、幾らでもストレスに負けない「おもしろおかしく」仕事をすることは出来るのではないか・・・と思うが、どうだろう?

131022saikoro <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月20日 (日)

「謝りたい人はいますか?」

先日の朝日新聞にこんな記事があった。

謝りたい人はいますか?
 謝るようなことはやらないにこしたことはありませんが、そうもいかないのが人間関係。「謝りたい人がいる」というbeモニターは、半数を超えました。設問にはなかったものの、「謝ってほしい人がいる」と答えた人も多数。この記事が、謝罪をためらっている人の背中を押すきっかけになれば幸いです。
雨のち謝罪時々晴れ
 謝りたい気持ちを長年かかえている人は多いようだ。きっかけになる出来事があった時期について、7割以上の人が「11年以上前」と答えた。
131020ayamaru  静岡県の男性(77)は、60年前のことを思い出す。家が貧しく高校進学をあきらめていた男性に、中学校の校長が進学を勧め、高校の学費も援助してくれた。
 だが男性は、途中でふてくされ、大学受験にも失敗。「恥ずかしく、面と向かうことができないまま、先生は他界。感謝とおわびを言えなかったことが、今も心に澱(おり)のように残っています」
 回答で目立ったのは、親不孝をわびるもの。自由回答に「孝行のしたい時に親はなし」と書いた人も少なくなかった。ただ、「親不孝」の内容は、「旅行に連れていかなかった」「恩返しできなかった」など、謝罪というより、感謝の気持ちを伝えられなかった後悔に近いものが多い。
 自分が親になって親不孝に気づいたという大阪府の男性(59)。母に謝ったところ、「親にとって親不孝な子などいない、と諭されました」。
 謝罪をちゅうちょさせるのは、今さら迷惑だろうとの思いや、勇気のなさ。では、相手はどう思っているか。昔のことを謝られた経験を尋ねたところ、2割近くが「ある」と回答し、グラフィックのように、どちらかといえば好意的に受け止めている。
 「高校時代に私を避けるように遠ざかっていた友が、社会人になって突然電話をくれ、謝ってくれた。今では一緒に旅行する仲」(長野、59歳女性)のように、よりよい関係が築けたという人たちもいた。
 ただ、「いじめられた心の傷は消えなかった」「忘れていたことを思い出して、嫌な気持ちになった」という人も。「許してほしいという気持ちで謝ってはいけないと思う。許す、許さないは謝られる側が考えること」(大阪、49歳女性)という心構えを忘れてはいけないだろう。
 謝罪の相手は、直接傷つけた人とは限らない。
 愛知県の女性(51)は20代のころ、アメリカのホームステイ先で、ホストファミリーに「家族で戦争に行った人はいますか」と聞かれた。祖父が爆撃でけがをしたと話すと、「申し訳なかった。いつか日本人と親交を持ったら、謝ろうと思っていた」と打ち明けられ、その誠実な姿勢に感動した。
 謝罪の言葉の底にある真心だけは、通じるものと信じたい。」(中林加南子)
関係深めるチャンス
 人はなぜ謝罪しそびれるのか。目白大学の渋谷昌三教授(社会心理学)は「謝らなければ今の関係は保てるが、謝ると関係が大きく変化する。変化への不安があるからです」と話す。変化がよい結果をもたらすか、裏目に出るか分からないから踏み出せない。
 そんなとき、付箋(ふせん)に「何を謝るのか」「なぜ」「どうやって」「謝るとどうなるか」など、思いつくことを1枚に一つずつ書き、眺めてみると、謝罪への道筋が見えてくることもあるという。
 「謝罪は自己満足に過ぎない」といって謝らない人もいるが、「自分が傷つきたくないという気持ちの表れ。重荷は一時的におろすことができても、なくなったわけではない」と渋谷さんは忠告する。
 「イチかバチかやってみるのも手。謝らなければならないことがあるのは、その人との関係を深めるチャンスがあるということです」。よい結果が出ると考えることで、謝罪しやすくなるのだそうだ。」(
2013/10/05付「朝日新聞」b10より)

誰でも自分の過去について思い出したくないことはあるもの・・・。しかし数十年も経って、過去の出来事に対して、誰かに謝るか?というと、おいそれとは出来ないもの・・・。
ふと自分を顧みる。誰かに何かを謝りたいか?と思うと、あまり心当たりがない。これは良いことなのだろうか? 謙虚さの不足? まあ、誰も自分に対して謝って欲しいと思わなければ、それはそれで平和なのだが、どうも自分の場合、そうではないかも知れない。つまり、相手は自分に謝って欲しいと思うことが無数にあるのだが、こっちが謝らなくては・・・と思わないので、ここに不適合が生じる。でも知らぬが仏という言葉もある・・・

一方、自分が“しでかした”過去の出来事を、消してしまいたい、と思うことも無数にある。
ときおり自分の心に頭をもたげてくる過去の自分の失態・・・。これは思い出すのがイヤだ。1966年のある日の出来事。これは未だに日時を鮮明に覚えている。もちろんこれ以上は書けないが、自分の人生の大いなる失態だった・・・。
それ以外にも、苦い思い出は色々ある。たくさん思い出すと言うことは、結局それらを未だに乗り越えられていないのであり、だから苦く思い出す。でも考えようによっては、それらの苦い思い出、それこそが自分の人生の糧になっていたのかも知れない。
自分も還暦をとうに過ぎ、段々と高齢者の仲間に入って行く。そろそろ自分の過去にケジメを付ける時期なのかも知れない。さて、どうやってケジメを付けようか・・・(「謝って欲しい」と誰かから言われないことを祈りながら・・・。合掌・・・)

131020pcdata <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月19日 (土)

千円でパソコンをTV電話化した話(Skype)

スカイプという名を“正式に”聞いたのはほんの10日ほど前(ウワサには知っていたが)。カミさんが“ウチでもスカイプを・・・”と言い出した。スカイプはNetのテレビ電話である。目的はこれから生まれる孫の顔見たい?? 「スカイプなんでたいしたことないよ・・・」と言ってはみたものの、研究・・・。
そもそもウチのPCにはカメラが無い。カメラ付きのPCを買う? 飛んでもない・・・!

ちょうど、先日手に入れたSONYのタブレット(SGPT111JP/S)があるので(当時買おうと思っていたSONYのハイレゾプレヤーHAP-Z1ESのリモコン用に先行して中古で買ったもの)、それを使おうかとまず考えた。それにはマイクもカメラも付いているので・・・
それでSONYのサイトの説明に従い、Skypeをインストール。もちろん対向試験は出来ない。
話はそれるが、タブレットには取説がない。自分は持っていないが、スマホも取説が無いという。自分で色々試しながら使い方を覚えろ、と言う。しかし自分は困った・・・。最初、そもそも電源スイッチが見つからない・・・。まあNet情報をもとに、何とか一通りは動かしたものの、あまり自分にはフィットしない事が分かった。

そんなワケで、1台では対向試験が出来ない。居間にあるDELLのデスクトップに付けるカメラを価格コムで探すと、何と千円強で売っている(ここ)。売れ筋1位の「ロジクール HD Webcam C270」というのが、千円チョット。千円なら、まあ試して使わなくなってもあきらめがつくか・・・と一番安かったAmazonに注文。それが昨夜届いた。それで昨日の夕食後に取り付けてみたワケ・・・。

まずAmazonから届いたいつもの立派な箱。開けると大きな化粧箱にWEBカメラが鎮座。たったこれだけの小さな製品に、化粧箱があまりに立派。でも取説や箱の“対応OS”を見てビックリ。自分のWin XPが対応するとは書いていない。ナヌ?間違えたか?? でもまさか・・・と思ってロジクールのサイトを見たら、対応OSにXPもあったので一安心。もうXPは相手にされていないのか??
PCのUSBにカメラをつなぐと直ぐに認識。ロジクールのサイトからドライバーをインストール。
131019skype 続いて、Skypeをインストール。推奨を「次に」を押していった。最後にアカウント名とパスワードを登録して完了。
すると、あまりに素直にインストールしたせいか、PCの環境が大きく変わってしまっていた。まずIEを立ち上げると、いつものgoogleでなく、変なサイトが出てくる。慌てて元のgoogleに戻した。そして画面の右下に、何やら変な横文字の窓が開く。その名前で検索すると、これは迷惑サイトだそうで、コントロールパネルでこのプログラムを削除。そしてもう一つ、日本語変換がヘンなのに変わっている。これもNetで検索すると、中国の変換ソフトで、何かのプログラムを入れると勝手に入ってくるものらしく、同じくコントロールパネルから削除した。webカメラのコントロールパネル画面も目障りなので消した。

まあバタバタしたが、何とか環境を元に戻して、PCとタブレットのスカイプを立ち上げる。タブレットでPCのアカウントを入れると、直ぐにPCで登録した名前が表示された。そこを叩くと、直ぐにPCに呼び出しがかかり「ビデオ通話」を叩くと、通話が開通した。でもタブレット側に相手の画面が出るが、PC側にタブレットの画面が出ない。これはタブレットの初期が、映像を送らない設定になっており、カメラの×マークを叩いいて映像を送るモードに変えるとPC側にも絵が出た。
何だ、こんなものか・・・と意外と簡単。しかし問題は、表示される画面。はっきり言って、タブレットのカメラはあまりく暗く、相当の照明が必要。それに比べて、千円強で買ったロジクールのカメラは、さすがに売れているだけあって、鮮明。夜の部屋の明かりでも充分なカラー映像が出る。その感度にビックリ。送料込み、たった千円でこれだけの絵が出るとは・・・

デスクトップパソコンの場合、ウチと同じように、部屋の壁側に据え付ける例が多い。すると夜の光(照明)は、パソコンに向かっている体の後側から照らされることになる。つまりカメ131019camera_2 ラ側から見ると、背景が部屋の照明で明るく、壁に向かっている自分の顔は、影になって暗い。するとカメラからの出力は、背景が明るいので映るが、顔は照明不足で真っ暗、の可能性が高い。タブレットの絵は、まさにこれ。つまり普通のカメラの映像。
それに比べて、ロジクールのWEBカメラは、絶対感度が高い上に、逆光補正機能やγ(ガンマ)補正などの補正で、明るい所も暗い所も鮮明。これはSONYのタブレットが悪いと言うより、ロジクールが優秀過ぎるのだろう。

結論として、夜の部屋の照明では、先のタブレットのカメラは感度不足で良い絵が出ない。それと、たまにタブレット側からの映像の送りが出来ないことがあり、またプログラムがたまに“反応無し”になる。我が家のタブレットのSkypeはどうも調子が悪い。
結局自分とタブレットは、あまり相性が良くないようだ。これはもちろん、自分がタブレットを使いこなせていないだけなのだが・・・

かくして、意外と簡単に無料のTV電話が開通した。これはもちろん通常の電話連絡にも使える。しかし問題は、どれだけTV電話を使うか・・・だ。
自分が入社した頃(1970年)、ちょうど大阪万博が開かれており、会社では当時最先端だった試作のTV電話を出品していた。まあ自分にとって、TV電話はその時から縁があるワケだが、残念ながら欲しいと思ったことは一度もない。相手の顔を見ながら話をしたいか?いや顔は見たくないし、自分の顔も見せたくない・・・。今使っているコードレス電話機であれば、トイレの中でも話が出来る。それをわざわざ自分のひどい顔を相手に見せる必要はない。
Netでみると、これを使っている人は、海外に赴任した孫の顔を見たり話をするのに使っているようだ。たぶんSkypeを使っている人の目的は、ほとんどこれではないか? 日々成長する孫の姿は、祖父母からは、見るに値する。しかしそれ以外の用途では、あまり使われていないのでは・・・??? そんな感想をもった今回のTV電話“スカイプ”ではあった。

131019umareta <付録>「ボケて(bokete)」より                            

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2013年10月17日 (木)

ネッケ作曲「クシコス・ポスト(クシコスの郵便馬車)」

よく知っている曲だが、自分は音源を持っていないもの。そんな代表が、前に紹介した「組曲道化師」(ここ)だったが、もうひとつあった・・・。
先日、FM放送で「体育の日」にちなんだ特集があり、「クシコスの郵便馬車」を聞いた。この曲は音源を持っていない。つまりラジオなどで、今まで聞いたことが無かった。よって先日聞いたのは、自分の60年に亘る音楽人生で、初めて・・・!
でも旋律はしっかりと頭の中にある。なぜなら、これは「運動会」のバック音楽として頭に擦り込まれていたので・・・。

<ネッケ作曲「クシコス・ポスト」
(チャールズ・グローヴズ 指揮 フィルハーモニア管弦楽団)

自分はこの曲は「クシコスの郵便馬車」だとばかり思っていたが、改めてwikiを読んでみると、「『クシコスの郵便馬車』という邦題で呼ばれることもあるが、原題の"Csikos Post"はハンガリー語で、"csikós"(チコーシュ)は「馬」を、"post"(ポシュット)は「郵便」をそれぞれ意味し、"Csikos Post"全体では「郵便馬車」という意味である。このため、邦題のひとつである『クシコスの郵便馬車』は、"Csikos"を地名と誤解したために誤って付けられたとする説があり、現在はクシコス・ポストと呼ばれることが一般化している。」とのこと。
そして作曲者の「ヘルマン・ネッケ(Hermann Necke, 1850年11月8日 - 1912年2月15日)は、ロマン主義時代のドイツの作曲家」とのこと。
年代的には、チャイコフスキーやグリーグの少し後の時代らしい(ここ)。

この曲についてNetで探していたら、素晴らしいサイトを見付けた。「趣味道楽DTM」というサイトで、(ここ)にパソコンで作った「クシコス・ポスト」がある。素晴らしい音で、個人がパソコンで、ここまで完成したオーケストラが再現(演奏)できるとはビックリ。いやはや感心してしまった・・・
このサイトの解説によると「DTMとは「デスクトップ・ミュージック」の略で、パソコンを使って楽曲を作成する事」ここより)だそうで、楽譜を一音一音インプットしているらしい。それにしても、このDTMの「クシコス・ポスト」は、小太鼓がにぎやかで、シンバルが心地よい。木琴も素晴らしく際立つ。上のホンモノの演奏よりもずっと聴き応えがある。
それでつい、他の作品も(ここ)でじっくりと聞いてしまったが、特に「白鳥の湖」が良かった・・・。
それにしても、こんな趣味もあるのだ。その完成度にビックリ。自分もそのうち・・・と思っても、音楽とコンピュータの知識が相当に必要なようで、まあ自分には無理だな・・・

ともあれ、聞いていて心がウキウキする、運動会の音楽ではある。(「趣味道楽DTM」サイトの「クシコス・ポスト」(ここ)はぜひ聞いてみて! その完成度にビックリするから・・・)

131017mate <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月16日 (水)

赤ちゃんの名前:「白鳥(スワン)ちゃん」「愛(ラブ)ちゃん」「結(リボン)ちゃん」・・・

今日は赤ちゃんの名前の話。
「“白鳥”と書いてスワンちゃんだって!」とカミさんに言ったら、それが意外に受けて、「それ以外は?」と聞く。「それ以外は覚えていない」というと「調べて」という。それで執念でパソコン内の録音ファイルを探し出した。

通勤途中で録音を聞いているNHKラジオ第2の「カルチャラジオ歴史再発見」。2013年7月~9月は「漢字と日本語の文化史 講師:笹原宏之(早稲田大学社会科学総合学術院教授)」(ここ)だった。その第12回「名前の漢字に流行を見る」(2013/09/18放送)で紹介されたのが、タイトルのような赤ちゃんの名前・・・。これらは冗談ではない。れっきとしたNHKラジオで、早大の教授が紹介したのだからウソではない。

<NHKラジオ第2「カルチャラジオ・漢字と日本語の文化史・名前の漢字に流行を見る」笹原宏之より>

その中で紹介された「ヘエー」と思った名前は・・・
「今までの表音文字、表意文字の他に、“イメージ文字”で赤ちゃんの名前を決めている例がある。
「イチゴと書いて、苺(もも)ちゃん」「苺絵夢(ポエム)ちゃん」「花音(カノン)ちゃん」「心(ここ)(こ)ちゃん」「本気(まじ)ちゃん」「愛(ラブ)ちゃん」「走(ラン)ちゃん」「詩(ポエム)ちゃん」「結(リボン)ちゃん」「白鳥(スワン)ちゃん」「泡姫(アリエル)ちゃん」「月(ムーン)くん」「月(ライト)くん」「月(ルナ)ちゃん」「美月(ルナ)ちゃん」「月菜(ルナ)ちゃん」「音符(リズム)ちゃん」「音色(リズム)ちゃん」「奏夢(リズム)ちゃん」・・・
・・・昔から律動と書いて「リズム」と読ませる例はあったが・・・。また「一二三(ひふみ)」という名前は昔からあったが、「ワルツちゃん」と読ませたり「ドレミちゃん」と読ませたり、逆に「三二一」と書いて「ミニーちゃん」と読ませている・・・」

どれも自分の世代から見ると、“驚愕”いや“絶句”! マンガから子どもの名を取るなど、到底信じられな~~い。
もう30数年前の話になるが、自分が子どもの名前を考えたとき、姓名判断とか画数とかの流行はあったが、自分はそれらを無視。子どもが困らないように・・・と付けたつもり。つまり「一つの読み方しかない」「電話で文字を伝えることが出来る」「発音的にカ行やタ行などのようにハッキリと・・・」などだが、まあそれが良かったのかどうかは分からない。

話は変わるが、人はいつ生まれるのだろう? いつから人間なのだろう? 生まれた時から人なのか、胎児の時から既に人なのか・・・
民法では「胎児は相続に関しては既に生まれたものとみなす」とされているという。

最近、人の年齢について「数え年」が正解なのでは?と思うようになった。いや違うな。人間は受精した瞬間から始まるのでは?と思うようになった。
昔は、子どもが生まれるまで、男女が分からなかった。それが今はエコーにより、生まれる4か月も前に男女が分かる。よって生まれるだいぶん前に名前も決まり、母親はお腹の子どもに「**ちゃん」と呼びかけている。つまりこれは、もう人間がそこに存在しているのである。
それにしても、エコーでは、かなり鮮明な顔が映る。鼻が高いとか、脳みそが詰まっているとか、背骨や心臓の状態とか、皆分かってしまう。大変な時代だ。

赤ちゃんへの最初のプレゼントである名前。若い親は、自分たちの何かを子どもに伝えようとする。それがマンガの主人公であっても・・・。しかし、時間は悠久なのである。子どもはその名を、死ぬまで使い続ける。
そんなことを考えると、上の名前など、自分にはとうてい受け入れられない。真の意味で、子ども自身のことを考えて名前を付けて欲しいもの・・・。

131016kawaisa <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月15日 (火)

「おわびはチャンスだ」

先日の日経新聞にこんな記事があった。
おわびはチャンスだ
4つのスキル実践を 距離縮める契機に

 今年春に新入社員が入社してから、半年がすぎた。仕事に慣れ始めたという人も多いだろうが、自分の力でいろんなことができるようになればなるほど思ってもみなかった失敗やトラブルが起こることも考えられる。仕事で大きな失敗をしたときなどに、まず取引先や上司にどのようにおわびをすればよいのだろうか。専門家のアドバイスをまとめてみた。

 仕事上の失敗で取引先の担当者が怒って電話をかけてきた――。こんな事態を招いた131015owabi2 ら、慌てふためいてしまう新入社員もいるだろう。「謝罪の技術」などの著書がある目白大学の渋谷昌三教授はおわびに向けた基本スキルとして「LEAD法」と呼ばれる手法の実践を提唱する。LEAD法は米経営学者のシュトルツ氏が提案するもので、傾聴(L=リッスン)、探求(E=エクスプロール)、分析(A=アナライズ)、実行(D=ドゥ)という4つの頭文字を取った解決策だ。
相手の主張をじっくり聴く
 最初の傾聴とは、相手の主張をじっくり聴き、現状を冷静に把握することだ。相づちを打ったり聞き返したりすることで相手が言いたいことを最大限に引き出す。やりとりを続けるうちに、徐々に怒りが収まる「浄化作用」も期待できる。「反論するのはもってのほか」と渋谷氏は指摘する。
 2つ目の探求は、どこに問題があったかを掘り下げること。その際、相手の話を聴きながら紙に書き留めると「相手が言いたいことを客観化しやすくなる」と渋谷氏は話す。問題点を客観化できれば、ただ話を聞くよりも失敗の原因などをより深く探求することにもつながる。
 3つ目の分析は、掘り下げた問題点を基に、どのように対処すればよいかをじっくり検討することだ。
責任を負う姿勢示す
 最後の実行とは、検討した対応策を実行することだが、その際に気をつけるべきポイント131015owabi1 がある。まず、「私は~と考えています」というように、きちんと責任を負う姿勢で話をすることが求められる。「~とみられます」などのえん曲な表現は無責任な印象を与えてしまう。「~するようにします」などの未来形で解決策をきちんと示すのも重要だ。
 おわびの対象が自分の会社の上司の場合には、相手を巻き込む言い方が有効だと渋谷氏はアドバイスする。「お力を貸してください」「アドバイスをください」などは好意的に受け止められやすい言葉という。
怒りには性格が表れる
 また、おわびをするときは何かと緊張するが、渋谷氏は「相手との距離を縮められる絶好のチャンス」と語る。怒る側にもその人の本当の性格が表れやすいし、おわびする側も人間性が問われる。
 おわびをきっかけに打ち解けることができれば、人とのきずなを強めることにもなるというのが渋谷氏の見方だ。」(
2013/10/08付「日経新聞」p27より)

この手の話は、とうに還暦を過ぎた自分には、もうあまり縁のない話。しかし現役の若いサラリーマンにとっては重要なことかも知れない。

自分が現役だった頃、信頼するIさんという営業マンがいた。自分はそのIさんの言うことは全部聞いた。逆にIさんは、自分の言うことを良く聞いてくれた。いわゆる信頼関係というヤツだ。そのIさんが良く言っていたことを思い出した。
「トラブル(システムの故障)は客と仲良くする良いチャンス。顧客といかに仲良くなるかが、営業マンの実力。しかし平時はなかなか仲良くなるチャンスは無い。よって、自分はトラブルが発生したときは、とにかくすぐに客先の所に駆け付ける。そして客の話を聞いて、その場から工場やサービスに電話して檄を飛ばす。場合によっては、工場を叱り飛ばす。すると、客の目線で物事を解決しようと努力している姿に、客先は自分を信頼してくれる。名前を覚えてくれる。そして事態が収拾したあとは、その客とツーカーの仲になれる・・・」というもの。

自分は工場で、叱られていた立場なので、そんな経験はないが、そんな話を聞いて、なるほどね・・・と思ったもの。
「おわびはチャンス」なのかも知れない。

1131015mondai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月14日 (月)

小泉純一郎元首相の「原発ゼロ」発言

ずっと気になっている記事がある。先日の朝日新聞の「天声人語」である。

「一線を退いても、有名政治家の発言はなにかと思惑がらみで受け取られがちだ。首相経験者ともなれば、いろいろ詮索(せんさく)されるのは仕方がない。しかし、今回はまず、その中身にきちんと耳を傾けてみたい▼小泉純一郎元首相の「原発ゼロ」発言である。1日の名古屋での講演でも訴えた。将来のゼロはいいが今はだめだという議論に対し、「早く方針を出した方が企業も国民もゼロに向かって準備もできる、努力もできる、研究もできる」と▼首相時代はきれいで安いエネルギーだと信じていたが、東日本大震災で疑問を抱いたという。確かに直後の11年5月には、原発の安全性を信じたのは「過ち」だったと語っている。確信を深めたのは、この8月のフィンランド視察だったようだ▼「オンカロ」という施設を見た。原発ゴミの高レベル放射性廃棄物を地下に埋めて最終処分する場だ。「トイレなきマンション」にトイレができるか、世界初の試みである。しかし、ここに埋めても放射能がほぼ消えるまで10万年かかる▼施設がそれだけの長期間もつのか。そもそも数万年後に人類はどうなっているのか。今と同じ言葉や文字を使っている保証はなにもない。彼らに危険物だということをどう伝えるのか。ほとんどSFの世界の話である。小泉氏は考え込んだだろう▼講演では経済界の原発推進論に反論した。「ゼロは無責任というが、処分場のあてもないのに進める方がよほど無責任だ」。筋が通っている。正気に返るべきなのだ。」(2013/10/03付「朝日新聞」「天声人語」より)

民主党の首相経験者の発言はもとより、国策として原発推進をしていた自民党の首相経験者の「原発ゼロ」発言をどう捉えよう?
実は、自分は“原発ゼロ”主義者ではない。理由は簡単。現役時代、扱い機器を原発に入れたことがある。そんな経験から、原発を否定する事は、かつて糧を得ていた関係から、何か申し訳なくて・・・

自分も前にフィンランドの放射性廃棄物の最終処分の番組を見たことがある。「BS世界のドキュメンタリー」~「地下深く 永遠(とわ)に~100,000年後の安全~」(ここ)という番組だ。
NHKのこの番組の紹介ページにはこうある。
「BS世界のドキュメンタリー~地下深く 永遠(とわ)に~100,000年後の安全~
各国が頭を痛める原子力発電所の廃棄物問題。北欧のフィンランドが世界に先駆け、核のゴミの最終処分場の建設に乗り出している。「オンカロ」(フィンランド語で「隠し場所」)と呼ばれる処分場は、太古の岩盤層を深さ500mまで掘り下げた先に作られ、施設が国内で排出される核廃棄物で満パンになる約100年後に、入口を完全封鎖されるという。
核廃棄物の最終処分が難しい理由は、実はその先である。廃棄物が出す放射線が、生物にとって安全なレベルに下がるまで、欧州の基準では少なくとも10万年かかるとしている。つまりオンカロは、人類の歴史にも匹敵する膨大な歳月の間、安全性の確保が求められるのだ。革命や戦争が起きたり、気候や地殻の大変動に見舞われたりしたとしても・・・
最も危惧されているのは、今の人類が姿を消したあとの未来の知的生物が処分場に侵入し、放射線が漏れ出してしまうシナリオだという。そうならないよう、近づくと危険だという警告を伝えた方がいいのか?しかし、どうやって?あるいは何もせず、記憶から消し去ってしまう方がいいのか?原子力というパンドラの箱を開けた人類が直面する難問を描く。
2010年 国際環境映画祭(パリ)グランプリ受賞作品
原題:Into Eternity
制作:Magic Hour Films (デンマーク 2010年)」(
ここ)より」

最後の「原子力というパンドラの箱を開けた人類が直面する難問」という言葉が重い。
改めて、Youtubeにアップされていたこの番組を見た。

この番組の、Youtubeは(1/4はここ)(2/4はここ)(3/4はここ)(4/4はここ

日本の54基と違って、たった4基の稼働で、これだけの対策をしているフィンランド。一方、福島第一原発の“予定外の原発全体”という膨大な放射性廃棄物を抱え込んでしまった日本。それを今後どうするかの議論も無いまま、そしてドイツの原発ゼロ化の方針転換も見ぬ振りをして突き進む日本。
それにしても、事なかれ主義の日本人と、決断をするドイツ人の違い・・・。その違いは、恥ずかしいほど・・・

同じくYoutubeには、同じような番組が多くアップされている。ついでに見たのが六ケ所の再処理工場の現場レポートだ。これも末恐ろしい・・・

「10万年隔離は可能?核のごみ処理の現場で」(1/2はここ)(2/2はここ

この番組でも言っていたが、10万年前というとネアンデルタール人の時代だ。そのくらいのスケール。今21世紀だが、10万年後は1000世紀の時代・・・
まさにSFの世界。しかし現代の我々は、その恩恵だけを受けて、その責任(負担)を1000世紀先までの人類に押し付けている。あまりに身勝手な現代人・・・。

自分も“現役時代に原発の仕事をしたから・・・”という理由だけで、今まで原発推進派のような立場を取っていたが、もう過去のことは忘れて、真摯に原発について考えてみようか・・・
「ゼロは無責任というが、処分場のあてもないのに進める方がよほど無責任だ」という議論について・・・

131014maniau <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月13日 (日)

ニンジン・リンゴジュースで高血圧を治した話

これは我が家のカミさんの体験談である。高血圧の薬を飲めと医師に言われたが、毎日「ニンジン・リンゴジュース」を飲むことで、医師に薬を飲まなくても良い、と言わせた話・・・。
高血圧は遺伝性だという。ウチのカミさんは、母親も祖母も皆高血圧。いつか自分も高血圧の薬を飲まないといけないか・・・と覚悟はしていたものの、毎日飲む薬は抵抗感がある。何とか飲まないで済む方法は無いか・・・と見付けたのが「ニンジン・リンゴジュース」

石原結實氏の本が売れている。カミさんが何冊も買って読んでいる。今ここに、カミさんから借りた「体を温めると病気は治る」「体の老廃物・毒素を出すと病気は必ず治る」「病気が逃げ出す生き方」「老化は体の乾燥が原因だった」という本がある。
どの本にも書いてあるのが「ニンジン・リンゴジュース」。その中で、安保徹・石原結實著「病気が逃げ出す生き方」にはこうある。

ニンジン・リンゴジュースは百薬の長―石原
 根菜類といえばニンジンも忘れてはなりません。私は朝食にニンジン・リンゴジュースを二杯だけ飲むのをお勧めします。というのも、現代人は、タンパク質や脂肪は十分であるし、炭水化物も足りているのに、それを体内でうまく利用するために必要なビタミンやミネラルが不足しているからです。これこそが、ガンやその他の心筋梗塞、糖尿病など様々な病気にかかってしまう一つの要因です。
 ニンジンの学名「Daucus carota L.」の「Daucus」は、ギリシヤ語の「daukos」に由来しています。これは温めるという意味です。ビタミンやミネラルだけでなく、種々のファイトケミカル(植物性化学物質)も含まれていて、しかも陽性食品ですから、食べると本当に体が温まります。
 1982年にアメリカの科学アカデミーから、ガンの化学的予防法が提唱された時にも、「ビタミンA、C、Eを毎日摂取すれば、ガンは確実に防ぐことができる。そして、それらを全部含んでいるのが、ニンジンだ」と発表されました。この発表は当時の日本でも紹介され、ニンジンジュースが発売されブームになりました。
 リンゴに関しては、ビタミンや、糖分、有機酸や、ミネラル、食物繊維のペクチンや、腸内の善玉菌を増やすオリゴ糖など様々な成分が含まれています。昔は病気の見舞いには必ずリンゴを持っていったものだし、子どもが熱を出して食欲がない時に親がリンゴをすりおろして食べさせたりしたものです。そして、リンゴをたくさん食べるところでは、高血圧の人が少ないこともわかっています。これはリンゴに多く含まれるカリウムが体から余分な塩分を追い出すためでしょう。日本の東北地方は寒い地域ですから、塩分の摂取が多く、高血圧の人も多くなってしまうのは当然です。しかし、青森県のリンゴ村は高血圧の人が少ない。これはリンゴをたくさん食べるからではないでしょうか。それに、漢方でも、リンゴは、「補心益気、生津止渇、健胃和脾」と言われています。つまり、「元気がつき、唾液を出して渇きを止められ、胃腸の働きをよくする」という作用があるということです。
131013ninjin  この二つがあわさったニンジン・リンゴジュースは、まさに百薬の長ですね。
 私か30年ほど前に研修のため訪れたスイスのビルヒャー・ベンナー病院でも、1897年の創立時代から、朝食にニンジン・リンゴジュースを出すという自然療法を行っていて、多くの難病患者を治していました。当時の院長リーヒティ・ブラシュ博士に、なぜそんなにニンジン・リンゴジュースが効くのか尋ねたところ、返ってきた答えが「人間に必要なビタミンやミネラルは、すべてニンジンに含まれているから」ということでした。
 他にも、メキシコにある、ガン患者を自然療法で治しているゲルソン病院や、イギリスのブリストル癌ヘルプセンターでも、ニンジン・リンゴジュースを使っていました。
 朝食は固形物をとらずに、このニンジン・リンゴジュースを1~2杯飲むだけの半断食生活を送るのが、栄養過剰気味の現代人にはちょうどいいですね。断食効果と、ニンジン・リンゴジュースの効果の両方を得られるわけですから。実施している人からは「体重が20キロも減った」「高血圧がなおった」「喘息が改善された」「リウマチの痛みが軽くなった」などの様々な手紙を何百枚もいただいています。騙されたと思ってやってみるといいでしょう。」(「
安保徹・石原結實著「病気が逃げ出す生き方」p177~180より)

また、「体の老廃物・毒素を出すと病気は必ず治る」には、こんな記事が・・・。
「ニンジン・リンゴジュースの作り方
 1回分の量としては、
 ニンジン 2本(約400グラム)→240CC
 リンゴ  1個(約300グラム)→240CC
                計480CC(コップ2.5杯分)
 家庭用のジューサーでジュースにし、作りたてをゆっくり噛むようにして飲む。
 このジュースについて、よく受ける質問にお答えしておこう。
Q/ニンジンやリンゴの種類は何でもよいのですか?
A/何でも結構です。ジュースにして形がなくなるのですから、リンゴなども見てくれが悪いために少々安く売られているものを買ってきて使うとよいでしょう。

Q/市販の100%ジュースでもよいですか?
A/人間に限らず、すべての動物は、食べる物の生命をいただいて自分の生命を永らえる、という食物連鎖の鉄則の中で生きています。よって、健康増進や病気治療の目的でジュースを飲まれるときは、生の(生命のある)ニンジンとリンゴから作ったジュースを飲むのがベストです。

Q/夏場は水を加えて冷たくして飲んでよいですか?
A/とくに冷え性でない人は、水を入れて飲んでもよいでしょう。ただし、冷蔵庫で冷やしておいたニンジンとリンゴを使って搾りたてのものを飲むと、水など入れなくても適度な冷たさでおいしく飲めますよ。

Q/季節によって材料が高値になることがありますが、代わりの方法はありますか?
A/夏はリンゴを手に入れるのが難しい時期です。このときは、ニンジンだけをジューサーにかけてジュースを作り、リンゴは缶入りの100%ジュースで代用してもよいでしょう。

Q/ジュースは作り置きしてもよいですか?・
A/朝作って夜飲むとか、逆に夜作って朝飲む、というくらいの作り置きならよいでしょう。そのときは、一緒にレモンを少々搾って入れておくと酸化が防げるので鮮度が保てます。

Q/水で薄めて飲むのと、量を少なくするのと、どちらがよいですか?
A/量を少なくするほうがよいでしょう。「水」はこれまで説明してきた「水毒」の一因となる恐れがありますので。

Q/ニンジン嫌いなので、リンゴを増やしてもよいですか?・
A/人間は体に必要な成分が入ってきたときに「おいしい」と感じます。よって、おいしい昧こそ、自分の体に必要な栄養素を含んでいるのです。
 リンゴを増やしたニンジン・リンゴジュースがおいしいと感じるのなら、それがあなた自身の体に一番適切なジュースと考えてよいのです。」(
石原結實著「体の老廃物・毒素を出すと病気は必ず治る」P92~94より)

ウチの場合、医者から血圧が高いので薬を飲むように言われ、「何とか自分で治すので、待ってくれ」と言って、このニンジン・リンゴジュースを始めた。
そして、血圧のグラフを作って、毎日血圧を測り、プロットした。そして数ヶ月。グラフの値は徐々に下がって、そのグラフを医者に見せたところ、「薬は要らない」と言われた。
カミさんは、本人に言わせると、そんな事を続けるのが好きだそうで、今も一日おき位に飲んでいる。自分は、休みの日だけ、小さなコップ一杯を、鼻をつまんで飲んでいる。野菜嫌いの自分は、ニンジンジュースを飲むなど、信じられない。でもこの家で生きて行くためには、このくらいのジュースを飲むのは仕方がないのだ・・・。
しかし女性はスゴイ。“続ける”事が出来るのだ。男など、血圧が普通の値になったら、もう止めた・・・と思うが、女性はしぶとく続けられるのだ・・・。

石原さんのどの本にも書いてあるニンジン・リンゴジュース。こんな、いわゆる民間療法は、あまり信じたくもないが、現に目の前で高血圧が消えてしまい、医者を相手に勝って(?)しまうと、信じざるを得ない。
もう数年前の話だが、それ以降、各種健診でも、カミさんは高血圧と言われたことはない。
これを始めたときの、血圧の推移のグラフを探したのだが、出て来ない。本当はそのグラフを示せれば、リアリティがあるのだが残念。
薬は基本的には毒。そして高血圧の患者は、医院にとっては“お得意様”。それに、毎日飲み続けるのは大変。
こんな自然食の摂取で、薬を飲まなくて済むのなら、それのが良いのかも・・・ね。

131013tunakan <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月12日 (土)

若山彰の「老いらくの恋」

聞いていて、何とも恥ずかしくなる歌・・・というものはあるものだ。まるで渡辺淳一の小説の歌版??
先日、若山彰の「老いらくの恋」を聞いた。歌詞が何とも・・・

<若山彰の「老いらくの恋」>

「老いらくの恋」
  作詞:星野哲郎
  作曲:中川博之

あの娘は父の 面影を
俺に求めて 慕うのだろか
そのしなやかな 白い手に
としがいもなく みだれる心
ああ 老いらくの恋 いま花盛り
ああ 老いらくの恋 いま花盛り

毛皮を買って 指輪もよ
小猫みたいに 甘える声よ
しなだれかかる 黒髪の
香りのなかへ 年齢(よわい)をすてて
ああ 老いらくの恋 いま花盛り
ああ 老いらくの恋 いま花盛り

今夜はなにも しないでと
すねたふりする 可愛いあの娘
苺のような 唇に
くずれて落ちる 理性の砦
ああ 老いらくの恋 いま花盛り
ああ 老いらくの恋 いま花盛り

この歌についての情報はNet上にもほとんど無い。ただCDのライナーノーツに、星野哲郎氏が「若山さんと私とのつきあいは、昭和二十八年の私の作詞家としてのデビュー盤以来で、実に三十八年のおつきあいとなります。従って作品の数も極めて多いのですが、ヨーロッパで賞をとった「老いらくの恋」(中川博之曲)くらいしか貢献していないのが残念です・・・」と書いているのが、唯一の手がかり。
このヨーロッパの賞というのも、何かは分からない。

ともあれ、何とも若々しい(?)歌詞だ。
同じような年代になって、別にこの主人公を羨んでいるわけでもないが、でも、恋心は若さの秘訣?
チャンスがあれば、自分も??
ま、無理だな・・

131012koshino <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月11日 (金)

初めてホスピスに見舞いに行った話

昨日、初めてホスピスに同僚の見舞いに行ってきた。行くまではホスピスとは知らなかったが・・・

同僚(64)にガンが見つかった時のことは前に書いた(ここ)。
毎年受けている会社の検診で、肺のレントゲンに異常が見つかった時点で、既に骨に転移。K大病院の治験に協力(?)する形で治療スタート。その後、2年弱は元気に出社していた。たまに「どうだ?」と声を掛けると「良くも悪くもなっていない」という返事。「それはよかった」と・・・
そして7月頃、何度目かの入院をしてからは、そのままホスピスのある現在の病院に転院し、出社出来なくなった。

昨日、初めて訪ねた病院は住宅街の閑静な場所にあった。病院らしくない小さな入り口。入るとピアノのある広いホール、その奥に受付があった。
131011hospice1 言われるままに廊下を歩いて病室に。病院にしては、雰囲気が全く違う。それでここはホスピスだと理解した。それぞれの階には広いホールの談話室。そして豪華なソファー。廊下にも豪華なソファーが並ぶ。廊下の左右にある治療室は、廊下には面してなくて、いったんドアを開けて入ると、そこに診察室が並んでいるような構造。つまり廊下からは診察室が見えない。
個室に入ると、広い。あとで病院のHPを見たら、34㎡だという。大きな窓に、電動ベッドとソファー、机などの設備。

131011hospice2 131011hospice3 131011hospice4

何とか同僚は訪ねた我々を認識してくれたが、奥さんの話によると、モルヒネの影響で、時々記憶が飛ぶという。しかし、このような時の会話は難しい。たまたま奥さんが居てくれたので、会社にまだある私物を送ってくれとか、そんな話・・・。「本人は、来月にでも歩いて会社に整理に行くと行っているんですよ・・・」とも。

部屋を出た後、立ち話で奥さんに聞くと、数か月前に、脳に移転したガンのガンマーナイフ治療で、48箇所のピンポイント治療では良かったが、2分間の全体照射をしてから、ガックリと体力が衰え、一人では外出できなくなった、とのこと。2分間でもダメージが大きかったと・・・。
一緒に行った誰かが「泊まり込みですか?」と奥さんに聞くと、「今は状態が安定しているので、夕食後の7時過ぎには家に帰って、また翌朝来る」とのこと。「大変ですね」と言った返事の「妻ですから」という言葉が印象的だった。

8月中旬にこの病院に入院したときは、一般病棟だった。しかし現在はホスピス病棟。病院の人に聞くと、ホスピス病棟の部屋は、半分が有料で一日2万円強。あとの半分は無料だが、控え室や部屋の設備が違うという。
そして、この病院の場合、入居資格は予後6ヶ月以内のガン患者で、入院希望者はまずホスピス外来を受診し、入院の許可がおりたら入院が出来るという。“待ち”については、ホスピス外来の受診ができるのは、申し込みから2か月先。もし入院可能になっても、無料の部屋がそれから3ヶ月待ち、有料の部屋だと3週間待ちだという。

結果として初めてホスピスに行ったわけだが、自分はここをどう受け止めよう??
ホスピスは緩和ケア専門なので、ガン末期の苦しみからは救ってくれるだろう。設備も豪華で、まるでホテルのような環境・・・。しかしそれで、心の痛みがどの位救われるのだろう・・・
自分は、何があってもやはり自宅、自室が良い。自室での看取りは難しいのは良く分かるが、福島の避難者の声を聞いても、誰でも自宅が一番ホッとする場所・・・。
そして自分が一番気にしている死の恐怖については、このような所に来た後は、モルヒネなどの薬の影響で、意識が朦朧となるので、それほど心配ないか?? それより問題は、宣告される時だな・・・
ともあれ、同僚の見舞いで、初めてホスピスの雰囲気を知った。同僚のことについては書かない。何とも言葉が無いので・・・

(2013/12/16追)
この同僚が2013/12/14逝去。骨への転移が確認されてから、2年5ヶ月。そのうち、2年間は出勤していた。そして、このホスピスに入院して4ヶ月だった。ご冥福を祈る。

●メモ:カウント~490万

131011gosyujin <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月10日 (木)

広澤虎造の浪曲

先日、NHKラジオ深夜便で放送された「蘇れ、浪曲師・広沢虎造 虎造節保存会・名誉会長 山田二郎」(2013/09/19~20放送)を聞いた。

今の若い人は、浪曲または浪花節(なにわぶし)という言葉自体を知らないのではないか?
「旅ゆけば、駿河の国に茶の香り」や「あんた江戸っ子だってね? 神田の生まれよ!」「馬鹿は死ななきゃなおらない」「ちょうど時間となりました・・・」といったセリフは、我々の時代の人は誰でも知っていた・・・。少し聞いてみよう。

<広澤虎造の浪曲>

「虎造の次郎長伝」
旅ゆけば、駿河の道に茶の香り、ここは名におう東海道、名所古跡の多いところ、中に知られる羽衣の、松とならんでその名を残す、海道一の親分は、清水港の次郎長と、・・・    広沢虎造「清水次郎長伝」

「石松三十石船」
虎造の十八番の一つ「石松三十石舟」の中で石松が、たまたま舟に乗り合わせて石松の名と噂を懸命に思い出そうとしている旅人に「あんた江戸っ子だってね、食いねぇ、寿司を食いねぇ」と勧める有名な台詞は虎造の創作である。その後、実はその江戸っ子はその人が石松である事に気づいており、「馬鹿は死ななきゃ直らねぇ!」と石松をからかう。・・・

「広澤虎造(本名・山田信一)は明治三十二年(1899)、東京は芝で生まれた。十九歳で大阪に行き二代広澤虎吉の弟子となり、大正九年(1920)、二代目広澤虎造を襲名、真打となる。二年後上京し、それまでの「低調子」を「高調子」に改め、木村重松と鼈甲斎虎丸それぞれの良さを取り入れ、独自の「虎造節」を完成させた。神田伯山の十八番の「清水次郎長伝」を研究して、「虎造の次郎長伝」を作り上げた。「旅行けば駿河の道に茶の香り_。」自作のこの「マクラ」は知られ渡った、いわば流行言葉になった。」ここより)

浪曲は、明治初期に始まって戦前に全盛を迎え、戦後は娯楽の多様化で急速に衰退したという。しかし戦後の民放ラジオでは、美空ひばりよりも広澤虎造の方が人気が高かったという。しかし今は・・・

ほぼ忘れられた文化のような浪曲だが、wikiによると東京と大阪に今でも定席があるという。
もちろん自分は浪曲が好きなわけでも、聞いたことがあるわけでもない。でも何か懐かしい・・・。消えゆく文化。この所の秋の風情と相まって、寂しさを感じながら聞いた番組であった。

131010tamago <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月 8日 (火)

「ヘイトスピーチ戒めた判決」

今朝の各紙は、昨日のヘイトスピーチの判決の話題を取り上げていた。
「日経新聞」の「春秋」では・・・
「どのような主張があっても、特定の国籍や民族への差別、憎しみをあおるような行為は人種差別にあたる。街頭デモなどで問題になっているヘイトスピーチ(憎悪表現)について、損害賠償を命じる初めての判決があった。
131008hatespeech1  京都市内にある朝鮮学校が、2009年から翌年にかけて、学校の周辺で「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の街頭宣伝活動を受け授業を妨害されたとして、裁判に訴えた。学校側は、在特会側がヘイトスピーチを繰り返したと指摘していた。
 これについて京都地裁は、在特会側の一連の行為が「人種差別撤廃条約で禁止した人種差別に当たり、違法だ」と認定し、学校周辺での街宣を禁じる判決を言い渡した。こうした裁判では異例となる約1200万円の高額な損害賠償の支払いも命じた。
 判決によると、在特会側は朝鮮学校を「日本からたたき出せ」「ぶっ壊せ」などと拡声器で繰り返したという。こうした行為は社会一般の感覚からみても、妥当なものとはいえまい。
 裁判では、学校に対する計3回の街宣が問題になった。このため判決は「児童を怖がらせ、授業を困難にした」点を重く見た。
131008hatespeech2  ヘイトスピーチはいま、東京や大阪など街中のデモで繰り返されている。今回の判決がこうした動きにどのような影響を与えるかはわからないが、侮蔑的、差別的な言動を厳に戒めた判決の意味を社会全体で受け止めるべきだ。
 対立をあおるような手法が、広く共感を得ることはないだろう。むしろ、憎悪が憎悪を呼ぶ悪循環に陥りかねない。相手の立場をも理解したうえで、批判すべきは冷静に批判する。民主主義の基本をいま一度、確認したい。
 ヘイトスピーチをただちに処罰できるよう、法律で規制すべきだとする指摘もある。しかしこれは、まさに表現の自由との関係で議論のあるところだ。差別や偏見を許さず社会の力でなくしていくべきであろう。」
(2013/10/8付「日経新聞」「春秋」より)(写真は2013/10/08付「朝日新聞」p2より)

ときたまテレビで流される東京・新大久保のヘイトスピーチの姿は、まさに目を覆う状況。これがあの温和な日本人かと慄然とする。その状況にやっと鉄拳が下った。
この裁判は京都だが、東京、大阪で行われているヘイトスピーチ全てにあてはまる。

“表現の自由”から、取締が難しいらしいが、wikiにはこんな一文もある。
「2013年2月9日に新大久保で行われたデモを見た有田芳生が、これに対して2月26日にTwitterで「異常なデモ、国会でも問題にしたい」とツイートした。また有田芳生は参議院質疑において、『在特会』などがデモの前後、「お散歩」と称して大久保界隈の韓流タウンを練り歩いているが、その道中に「韓流ショップに入っては眼前にいるコリアンの人たちに対して直接『殺すぞ!』『お前ら殺すぞ!』と罵声を浴びせて脅した」「全国から韓流ショップへ買い物に来た人たちから『私物検査だ』と言っては買い物袋を取り上げ、中身を道路上にぶちまけた。警察官はそれを見ているじゃないですか」と発言し、警察官が目前で行われている犯罪行為を無視していると主張した。」ここより)
言論の自由はそれとして、問題は、違法行為に対して警察がどう動いているか・・・だ。
上記のような事実が実際にあるとすれば、それは警察が動くべき事。もし警察が黙認しているとすると、まさに天下の法治国家が泣く・・・

先の、「安田好弘弁護士のドキュメンタリー「死刑弁護人」を見て」(ここ)でも書いたが、安田弁護士が最初に取り組んだのが、東京・山谷で暴力団ではなく無実の労働者を取り締まる警察の姿だったという。
まさか、新大久保の状況がこれとダブることは無いと思うが、中国や韓国に比べて、日本は“激しさ”が無い平穏な国民性だとばかり思っていたが、これらヘイトスピーチは違うらしい。
何とか品位のある国民性を保って欲しいものだが・・・。

131008okasinoie <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月 7日 (月)

「介護を成長産業に」の陰で

今朝の朝日新聞に有料老人ホームの記事があった。

「介護を成長産業に」の陰で
運営転々、サービス低下
 「(運営方針は)『ワタミの介護』の設定にさせていただく。私どもでダメならば、撤退します」
 神奈川県内の有料老人ホーム「ネクステージあざみ野(現レストヴィラあざみ野)」。施設の運営を従来の会社から引き継ぐことになった「ワタミの介護」が2007年5月、入居者の家族らを集めた会議で、清水邦晃社長が運営方針の変更を迫った。
131007watami  「ツカツカと入ってきて椅子にも座らず、書類を机にドンと置いて。あれじゃ脅し」。当時90歳を超えていた母親を施設に入れていた女性(71)は振り返る。
 この会議の半月ほど前、清水社長は工事関係者を引き連れて現れ、「施設を改装します」といきなり告げた。看護師の常駐をなくすなどの運営方針の変更も一方的に通告した。入居者の家族らが猛反発し、清水社長との話し合いは進まないまま。「撤退する」という発言が飛び出したのは3回目の会議だった。
 「運営会社が変わるのはワタミで4社目。ワタミは大手だから『もう倒産はないよね』と期待していました。でもここまでひどいことになるとは」と元家族会の一人は言う。
 04年の開設当初は、高級さに加え、医師が常駐することが「売り」だった。だが入居者が集まらず、半年後に米国の不動産ファンドに売られ、06年春には別の事業会社に売られた。その後4社目の名乗りを上げたのが居酒屋チェーン店から介護ビジネスへ参入したワタミだった。
 最初の買収で米国の不動産ファンドが経営権を握ったときに、医師の常駐がなくなり看護師だけに。それでも不安だったのに、ワタミは看護師の常駐まで廃止するという。家族会は神奈川県に指導を要請し、何とかワタミに看護師の常駐を認めさせたが、その他は「ワタミ流」をのまざるを得なかった。
 毎月の管理費に含まれていた光熱費と水道代計4200円が新たに取られることになった。一方、「コスト削減」でカラオケ機材や各部屋に引かれた有線放送は廃止された。
 介護体制も、スタッフ1人に対して入居者2人の体制が2.5人に変わった。「責任をもって介護ができない」と、なじみのベテラン職員たちが辞めていった。そんな中、08年に母親が肺炎で亡くなった。
 「母は胃ろうをしていたから、義歯を入れないことや体位の入れ替えは一定時間あけるように医師から指示され、施設側にもそれを求めていた」。ところが、介護の際に施設のスタッフの間で「連絡ミス」があったため、肺炎を起こしたと女性は訴える。「経験の浅い職員に入れ替わる一方、入居募集に力を入れたために入居者は増え、明らかに人手は足りていなかった」
 ワタミ側は「ミス」を認めていない。だが、施設と入居者のトラブルを調べる神奈川県の国民健康保険団体連合会(国保連)は、ワタミ側への聞き取り調査で医師の指示が十分に伝わっていなかった「連絡ミス」があったと結論づけた。
 「いつか問題が起きるのではと心配していたが、まさか自分の母親がそうなるなんて……」。女性は今でも悔しい思いが消えない。
 ワタミ側に改めて見解を聞いたところ、朝日新聞に対して「人員不足や効率優先でサービスが低下している認識はない」(広報グループ)との回答を寄せた。

一方的に退去迫られ
 「介護を成長産業に」の陰で、入居者が苦しんでいる例はこれだけではない。
 入居が長く、一時金の取り崩し(償却)が終わりかけ「もうからない客」になった「償却切れ老人」が、退去を迫られる例もある。
 「もう入ってもらう部屋はない。受け入れは無理です」。受話器の向こうで施設長の乾いた声が響いた。父親(当時77)が入居していた50代の女性は一方的に通告され、途方に暮れた。
131007nyuukyo  「日本ケアリンク」(東京)が運営する老人ホーム「せらび新横浜」に入っていた父親は昨年6月、外出先で転んで入院。四肢まひが残り、医師から要介護度が「1」から「5」になる見通しを知らされた。退院が決まり、施設に「戻ります」と連絡した際の、思いもよらぬ返事だった。
 入居契約には施設側が退去要請できる条項もあるが、父は該当しなかった。
 「父のような入居者はなるべく追い出して、新しい入居者を入れたかったのだと思う」。いまも女性はそう疑っている。入居時に納めた一時金1440万円は、すでに3年半が過ぎて償却が進み、約300万円を残すだけだった。「あと1年半、つまり入居して5年がたてば、家賃は入らなくなる。施設にとっては『資産価値』がなくなったんでしょう」
 通常、施設は入居者から「前払い家賃」として一時金を預かる。それをおおむね5年かけて償却し、家賃収入として懐に入れる。だからそれ以上、入居が続くと、収入は月々の利用料しかなくなる。
 女性が施設側に抗議し、別の施設を探していた昨年10月、父親は肺炎をこじらせて亡くなった。日本ケアリンクは取材に対し「弁護士を通じて協議中でコメントできない」とした。
 この問題を調べた神奈川県国保連も「施設側が介護サービス提供を拒否できる正当な理由はない」と断じた。介護トラブルを扱う法律事務所「おかげさま」代表の外岡潤弁護士は「入所の際の契約書に、医療行為はできないとする条項を入れて、それを大義名分にして追い出しを迫る実態もある。契約時に細かく確認することが必要だ」と話す。(横枕嘉泰、松田史朗)」
(2013/10/07付「朝日新聞」p4より)

将来日本の“ほぼ唯一(?)”の成長産業の「介護事業」。そこにはやはり陰の部分が多くあるようだ。
今日の朝日新聞の記事は3つの例が載っていたが、上はそのうちの2つ。
ワタミの話は、施設の買収に伴う変更。買収側からすれば、チェーンとしてワタミ標準にしたいのだろう。しかし契約者は、「医師の常駐」のような条件に惹かれて入居している。それなのに、経営側の問題で転売され、入居者の条件が変わっていく。これは仕方がないのだろうか? しかしそれでは入居者にとって契約の意味が無くなってしまう。利用料金もどんどん上がり、人生のお金の計画も崩れてしまう。

次の退去の例も、ひどい話だ。この例だと、入居金1440万円が3年半後に300万円になるということは、それまでの間、月に27万円を払っていたことになる。これとは別に払う死ぬまで続く利用料金のなかに、当然毎月の家賃も入っているだろうに・・・。
それに、入院中でも利用料を払っている限りは、追い出されることなど無いはずだが、それは利用者の見方であって、施設側は色々な理屈で“賞味期限切れ”と追い出しにかかるとは・・・。そこが毎日の生活の場だけに、何とも言いようがない。

2年ほど前に「有料老人ホームを探した話」(ここ)という記事を書いた。
その時に自分が選んだのは、「入居金ゼロ」の施設だった。入居金ゼロであれば、取り返しがつく。つまり、初度費が無いので、その施設がいやだったら直ぐに出れば良い。それで失うものはない。元の家に戻ったとしても、現状復帰しただけなのだ。何よりも、「入居金を払ってしまったから・・・」と我慢する必要がないのが一番。

最近、朝日新聞のワタミに対する風当たりが強い。何かあるのかも知れない。自分も当時ワタミは、何か“食事が良いような感じ”がして検討対象であった。それが、だいぶん経ってからも「その後どうですか?」とフォローの電話が来る。別な所に入っているのが分かっているのに・・・。入居者集めに苦労しているのかも知れない。
ともあれ、老人ホーム探しは、良く勉強して探さないと、後で痛い目に遭う。まあ、探すチャンスが無い方がラッキーではあるのだが・・・

131007anohito <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月 5日 (土)

安田好弘弁護士のドキュメンタリー「死刑弁護人」を見て

自分が毎年楽しみにしているNHK BSの番組「ザ・ベストテレビ2013」。今年もドキュメンタリー番組の各受賞作を一挙に放送していた。
今年の受賞作品の中で、「平成24年度 日本民間放送連盟賞 番組部門 テレビ報道番組 最優秀「死刑弁護人」(東海テレビ)」(2013/09/30放送)が一番見応えがあった。これは安田好弘弁護士のドキュメンタリーである。死刑廃止論者の安田弁護士は、引き受け手のない大事件の弁護人を次々に依頼され、結果として数多くの死刑被告の弁護をやってきた。オウム真理教事件の教祖麻原彰晃の弁護人や、和歌山カレー事件の林真須美被告、そして光市母子殺害事件の弁護など・・・

番組で気になった言葉をメモしてみると・・・
安田が今弁護している事件は刑事と民事、合わせて55件。そのうちの8件が死刑事件です。
「マスコミは好きですか?」「きらいですね。マスコミは人を痛めつけていることが多い。特に弱い人を痛めつけている。だから強者なんです。・・・マスコミに対して話をすることは、それはベースとして悪い人をバッシングするための話題を提供するだけになる・・・」

弁護士として最初に取り組んだのが東京・山谷という町の事件。日雇いの労働者と仕事の斡旋をしてピンハネをする暴力団との小競り合い。それを、警察は暴力団ではなく、労働者を摘発する。
「理不尽だと思いますよね。何もやっていないのに逮捕される。暴力団に殴られて被害者なのに、交番に届けに行くと逆に逮捕されて帰ってこられなくなる。これは完全な理不尽ですよね・・・」

光市母子殺害事件。最高裁で死刑判決が出そうになったため、前の弁護人が安田弁護士に助けを求めた。安田は傷害致死を主張。21人の弁護団は、死刑制度廃止のためにこの事件を利用しているのではないかと言われる。そして安田は「我々は事実を証明しようとしている。真実を探求し、正当な量刑の適用を、法律の適用を求めている」と言う。
「真実を出すことによって初めて本当の反省と宿罪が生まれてくるだろうと思う。そうすることによってようやくこの事件の真相が何であったのか、なぜこんな事件が起こったのか、どうすればこれからこんな不幸なことを避けることが出来るのか、そして被害者の許しを乞うていくことが出来るのかは、事実を究明し尽くさなければ、およそ出来ないこと」

オウム真理教事件では、なり手のない麻原彰晃の弁護を、弁護士会からの依頼で引き受ける。そして麻原の裁判が始まって2年半。1998年12月、安田が逮捕される。顧問をつとめる不動産会社に、資産隠しを指示したとして強制執行妨害の容疑。この逮捕後、裁判所は麻原の国選弁護人から安田を解任。事務所への家宅捜索では、容疑と関係のない資料まで全部見ていった。
安田事件の弁護人は言う。「この事件は、弁護士が依頼者からの相談でアドバイスをした内容、そのものが共謀となった特異な事件」「これは安田さんがはめられた。オウム事件で安田さんが真相解明のために切り込んでいく。100回の公判を前にした象徴的なでっち上げ」
この裁判で、禁固以上の刑が確定すると弁護士資格が剥奪される。刑事弁護の危機だと、全国1400人の大弁護団が結成される。そして10カ月後に保釈。裁判では無罪だったが、2100人の弁護士が弁護人となった東京高裁で、罰金50万円。これは「検察のメンツを立てつつ、私の弁護士資格を奪わない罰金刑で一件落着にするという壮大な妥協」。
安田事件の弁護人は言う。「社会全体を敵に回すような事件を、誰かが弁護士として受けなければならない。それが目の前に来てしまうと安田さんはそれを断れない人。最後は安田さんに頼んでしまう、という雰囲気がある。それが本当に良いのか? 何万人も日本全国に弁護士がいるのに、なぜ安田さんのところに集中するのかということは、まわりにいるそれぞれの弁護士が自分の問題として捉えなければいけないと思う」
そして安田弁護士が言う。「私は一方で被告人だが、一方では弁護人。私の責任は自分に対する攻撃に対して勝つことではなく、私の依頼者に対する攻撃、言われ無き非難に対して勝つこと」
そして事務所に泊まり込み、鎌倉の自宅に帰るのは月に一日の生活が続く。「後悔していますよね。子どもともっと接触すれば良かったと。もう相手にされていませんもの・・・」

そして番組後、制作者代表の東海テレビのカメラマンは言う。「この番組は、これだけ弁護士がいるのに、なぜ有名な事件の弁護が安田弁護士に集中しているのか、という疑問からスタートした。安田さんは自分から積極的に弁護しようとはしない。ただ依頼されると必ず被疑者に接見に行く。接見でその人がなぜその事件を起こさなければならなかったかを聞けば聞くほど、何とかしてあげたい、と思うようになる。それで受けてしまう。本来は、死刑事件の弁護は手弁当。だから受けたくない弁護士はたくさんいる。それの方が問題だが、弁護を受けるのは当たり前だと安田弁護士は言っている」

ゲストの森達也氏が言っていた。「この作品はアンチテーゼ。何に対してのアンチテーゼかというと、テレビだけでなく新聞も雑誌も含めた全メディアに対して。他のメディアは被害者側、遺族側からとるが、彼らは反対側の加害者側、弁護側からとる。すると全く違った光景が現れる。本来は、メディアは色々な角度からそれを提供しなければいけない。ホットになるほど、メディアは被害者側に集中してしまう」「アフリカのサバンナで、ライオンと、餌食になるトムソンガゼルがいたとして、トムソンガゼル側からのドキュメンタリーだけを見ているとライオンは悪魔。飛んでもない危険な存在。しかしライオン側からのドキュメンタリーを見ると、彼らも子育てをして必死に生きている。それを、両方を見ることをメディアは放棄してしまっている。トムソンガゼルばかり出している。なぜかというと僕らがそれを求めているから」
同じくゲストの吉永みち子さんは言う。「視聴者はそれで真実から置いていかれる。常に冷静になることが出来なくて、感情で反応していくことが当たり前になっていく。だからこのような作品を作り続けていく姿勢が大事だと思う。自分たちが冷静に物事を考える、客観的に物事を判断する材料が与えられないことは私たちの不幸でもある」
(2013/09/30放送 NHK「ザ・ベストテレビ2013」「死刑弁護人」(ここ)より)

光市母子殺害事件については当blogでも何度か話題にした。(ここなど)
しかし正直、何でこんな凶悪犯の弁護をするのかと疑問があった。今回の作品で、その弁護士の声を聞いた。
和歌山カレー事件の林真須美被告。あの繰り返して放送されたふてぶてしい映像。庭からホースで報道陣に水をかける場面は、皆の目に焼き付いている。しかし言われてみれば、まさに自分は感情で見ている。まるで自分が正義の騎士のような視点で・・・。こんな凶悪犯は絶対に死刑だ・・・と。しかしこの作品で安田弁護士が指摘する事実には、なぜかそれに同調してしまう自分がいる。つまり、自分が得ている“マスコミによる事実”はその全体ではないのである。しかし吉永さんが指摘しているように、両サイドからみる機会は我々には与えられていない。それは森さんが言うように、我々がそれを求めているから・・・。
これは厳しい指摘。マスコミは、我々視聴者の代弁者??

当サイトに何度も書いてきた「ある事実を両側面から見る大切さ」。それをこの作品は良く表している。そして、この作品がボツにならず、賞を受けたことに、自分はかすかな光明を見いだす。

wikiで改めてこの「死刑弁護人」を見ると、この作品は、2011年10月9日深夜24時45分(10日)から東海テレビ放送で放送されたテレビ番組で、芸術選奨文部科学大臣賞(放送部門)を受賞したとのこと。そしてこの作品は映画となって2012年6月30日に劇場公開されたという(ここ)。
その映画の予告編がこれ・・・

この作品はぜひたくさんの人に見て欲しいもの・・・。しかし、映画はあるものの、上映の機会は非常に少ない。そしてNHKのこの番組の再放送は期待出来ない。自分は数年来の「ザ・ベストテレビ」のファンだが、今まで再放送の実績はない。民放の作品、という事情があるのかも知れない。
それにしても東海テレビは優秀だ。自分がこの番組のファンになるキッカケとなった「ザ・ベストテレビ2008」でみた「光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~」も東海テレビの作品。
東海テレビのようなところがあるので、日本のマスコミにも、ちょこっとだけ期待したいが・・・。自分の価値観に多大な影響を与える作品であった。

★もしこの作品をご覧になりたい方が居られましたら、ブルーレイをお貸しすることが出来ます。当blogのメールまでご連絡を・・・。

131005wagahai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月 4日 (金)

「集団的自衛権の行使容認 米国には必要性ない―北沢俊美元防衛相に聞く」

先日「集団的自衛権に対する各界有識者の意見~色々ある・・・」(ここ)という記事を書いたが、カウカウさんから、北沢元防衛大臣の集団的自衛権に対する話の記事を紹介頂いた(ここ)。改めて、紹介された毎日新聞の記事を読むと、実に分かり易い。

「特集ワイド:集団的自衛権の行使容認 米国には必要性ない−−北沢俊美元防衛相に聞く
9条の線引きあればこそ安心感 首相の狙い分からん
 安倍晋三首相は憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認について、有識者会議が年内にまとめる結論を受けて最終判断する見通しだ。海外での自衛隊の武力行使に道を開く大転換を防衛省トップ経験者はどう見るのか。史上2位(防衛庁時代を含む)、連続在任期間717日にわたって大臣を務めた民主党の北沢俊美参院議員(75)に聞いた。(吉井理記)

―集団的自衛権の行使、容認すべきでしょうか。
北沢 私は自衛隊も日米安保も絶対に必要だと思うけれど、これには反対です。そもそも131004kitazawa 憲法9条は専守防衛に徹し、個別的自衛権に限定しているのは明らか。日本の戦後政治、安全保障の歴史が培った解釈であり、国是と言っていい。だからこそ周辺国の信頼を得て経済的発展も成し遂げ、今の国際的地位がある。これを変えて集団的自衛権行使を認め、海外・他国へも軍事力を展開させるような印象を与えるのは日本にとって不利益でしかない。信頼ガタ落ちですよ。
―行使できないと「日米同盟の信頼関係が損なわれる」と言われています。
 北沢 あのですね。米国は行使容認の必要性は感じていませんよ。防衛相在任中に当時のゲーツ米国防長官と8回会談したほか、米政府やシンクタンクの多くの要人に会ったけれど、公式・非公式問わず「日本政府は集団的自衛権行使を容認すべし」との意見は全く聞かなかった。2005年まで国務副長官だったアーミテージさんだけは「容認すべきだ」と言っていたけど。
―意外ですが。
 北沢 民主党政権になる前から、日米間ではすでに安保条約以外にガイドライン(日米防衛協力指針)もあるし、物品役務相互提供協定も結んでいる。有事の際の役割分担を含め、集団的自衛権を改めて持ち出さなくても困らないよう、きちんとすき間は埋められているんです。日米間で言えば海外での武力の共同行使をどうするかという課題が残っているだけ。
 その武力行使にしても、米国は日本がアジア諸国から危険視されず信頼される国であってほしいと考えていることは間違いない。主要同盟国がそれなりの地位にいてくれないと当然困るんです。「特に中国、韓国とは仲良くしてほしい」という忠告は米国に行けば必ず言われます。だから現状では米国は行使容認の必要性は感じていない。あれば必ず言ってきますよ。
―安倍首相の私的有識者会議「安保法制懇」は集団的自衛権を行使すべき事例として(1)公海上で自衛隊艦船のそばにいる米国艦船の防護(2)米国に向かう可能性のある弾道ミサイルの迎撃−−を挙げ、加えて憲法解釈の見直しによる、国連平和維持活動(PKO)131004jieitai などで攻撃を受けた他国軍の警護、PKOなどでの他国軍への後方支援活動の拡大も提言しています。(1)、(2)は必要との声もありそうですが?
 北沢 違う。実に滑稽(こっけい)な話だ。(1)は日本有事なら個別的自衛権の範囲。日本への攻撃意図が明確でなくても、例えば給油や物資補給などで日米の艦船がすぐそばにいれば武器使用規定を定めた自衛隊法95条で対応できる。(2)はアジアから米国への弾道ミサイルを迎撃するなら日本のイージス艦は太平洋のど真ん中に配置しなければならず、物理的に無理。そもそも大気圏外を通るミサイル迎撃はイージス艦にはできません。米国は能力のない日本に守ってもらおうなんて期待していない。
―となると行使容認の本当の狙いは何でしょう。
 北沢 いやあ、さっぱり分からんね。安倍さんもタカ派でやってきているのだろうけれど、周りから「集団的自衛権が使えないと普通の国じゃない」とか言われて飛びついたんじゃない? 9条改正も難しい、96条改正も不評、じゃあ解釈改憲だと。何がしたいのか見えないんだよ。
―9条改正といえば、2月の党会合で「防衛相をやって一番心強かったのは憲法9条。最近ますます重みを感じている」と発言しました。
 北沢 在任中の10年、尖閣問題で日中間の緊張が高まりました。日本の国土をしっかり守るのは当然だから、自衛隊を尖閣諸島を含む日本の南西方面を重視する体制にするため、防衛大綱を作り直して護衛艦も潜水艦も増やすことにしたし、南西諸島への陸自配備も検討したんです。防衛費の削減にも強く反対しました。それでもね、9条があるからこそ専守防衛のラインを越えることはしない。できない。線引きがあるという安心感がある。重ねて言いますが、だからこそ周辺国の信頼を得られた。
 それを国防軍だ、集団的自衛権行使容認だと言う。自民党が営々と築いた原則を簡単に変えるのは戦後日本への冒とくとすら思う。謙虚な気持ちのない人がトップにいるのは危険だよ。どうしても9条改正が必要というなら戦争放棄と戦力不保持を定めた第1、2項は変えず、第3項を設けて専守防衛のための必要最小限の防衛力として自衛隊の存在を明記するのはいい。
 自衛隊って「右寄り」のイメージがあるでしょ? 私もそうでしたよ。でも制服、背広組を問わず幹部と交流して違うと分かった。バランス感覚に富んだ現実的な人ばかりですよ。(08年、懸賞論文で政府見解と異なる歴史認識を公にし空幕長を更迭された)田母神俊雄氏のような人もいましたが、例外ですから。
―防衛省出身の政府高官は集団的自衛権に基づく「地球の裏側」への自衛隊派遣の可能性に言及しました。安倍首相も「地理的概念にとらわれない」と言っています。
 北沢 (高官の認識は)原則論から言えば実にまともな意見だよ。歯止めもなくあいまいな解釈改憲で集団的自衛権行使を認めればそういう事態は否定できない。だからこそ危険なんです。「そんなことはない」と火消しに走る自民党は無責任ですよ。
―党の安保総合調査会長も務めていますが、集団的自衛権への考え方は集約できていない。自民党に対抗する野党第1党としてどう動く?
 北沢 昔の自民党は戦争を知る人が多く、危険な政策には手を染めなかった。私も政治家人生の半分は自民党。幼いながら戦争の記憶もある。今はそういう人がいない。その役割を期待された民主党も惨敗してこの体たらくだよ。党内で意見をまとめたいが、安保問題の立場の相違が大きい。野党ならではの求心力と信頼感のある政治家が必要だが難しいなあ。私の議員生活もあと3年。次はない。その間に今の流れに対抗できる土台作りだけでもしたい。もっとも安倍政権が集団的自衛権で何をやるのか、まだ具体像が見えない。それが示されれば国民は正しい判断を下すはずです。
 ■人物略歴
 ◇きたざわ・としみ
 1938年長野市生まれ。長野県議を経て92年参院選で自民党から初当選。新進党などを経て98年民主党へ。2009年9月〜11年9月まで防衛相。連続在任期間は三木武夫内閣の坂田道太防衛庁長官の746日に次ぐ。」
 (2013/9/30付「毎日新聞」夕刊ここより)

在位歴代2位の元防衛大臣が言うこの言葉は重たい。防衛のプロであるだけに、地に足の付いた論で、読んでいて実に分かり易い。
やはりそうか・・・。「米国は行使容認の必要性は感じていませんよ」「特に中国、韓国とは仲良くしてほしい」が米国の本音。
もし仮に、安倍首相が言うように「行使できないと日米同盟の信頼関係が損なわれる」とするなら、国民の反対に遭いながらも“日米同盟の信頼関係”のために頑張っている安倍首相に、何でオバマ政権がこれほど冷たいのかが理解できない。つまり米国の本音は、安倍首相の方向とは別な所にあり、安倍首相は、単にそれを利用しているだけのように見える。
まあ、このように元防衛大臣の理解も得られない状況では、「私を右翼の軍国主義者とお呼びになりたいのであれば、どうぞそうお呼びいただきたい」と開き直ったとしても、どこまで国民の共感を得られるのか、何とも困ったものだ。

131004inu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月 3日 (木)

「おやより さきに しんでは いかん」

今朝の日経新聞の「春秋」の記事。
「A・ガードナーという英国のコラムニストが書いている。「人間というものは、いくつかの習慣に上着とズボンを着せたような存在である」(行方昭夫訳)。そう、人生のほとんどは「いつものように」過ぎていく。しかし、そこに割り込んでくる何事かも、またある。
父の会社で働き、父の運転する車でともに外回りをし、会社に戻る道々遮断機が下りた踏切で電車が通り過ぎるのを待つ。そこまではいつもとなにも変わらぬ日常だっただろう。だが、そこで村田奈津恵さん(40)は線路に横たわる男性(74)を見つけ、車を飛び降りて踏切内にはいり、男性を救って自らは命を落とした。
「助けなきゃ」。父が止めるのを振り切った奈津恵さんの、それが最後の言葉だという。たしかに人間は習慣が衣服を着たようなものかもしれない。が、それだけではない。前触れもなしに人生に割り込んでくるできごとにどう向き合うか。咄嗟(とっさ)だからこそ、人の一番奥に潜むものがのぞく。そんなことを考えさせられる。
糸井重里さんに「ひとつ やくそく」という詩がある。「おやより さきに しんでは いかん/おやより さきに しんでは いかん/ほかには なんにも いらないけれど/それだけ ひとつ やくそくだ」。子を思う親の真情はいくつになっても変わらない。目の前で娘を失った父の無念もまた、思わざるを得ない。」
(2013/10/03付「日経新聞」「春秋」より)

数日前に書いた記事「家族の責任、どこまで 徘徊中、線路に…遺族に賠償命令」(ここ)がまさに起こってしまった・・・。
この事故の話題ほど、自分にとって「知りたくない」「聞きたくない」そして、「あってはいけない」事件。あまりに切ない話であり、ここで論ずる元気も出ない。

しかし、この「春秋」の記事で引用されている糸井重里さんの詩、「ひとつ やくそく」が心に沁みる。
子が先に死ぬ。これほどの親不孝はない・・・。確かにそうだ。
wikiの「地蔵菩薩」の項に、
「幼い子供が親より先に世を去ると、親を悲しませ親孝行の功徳も積んでいないことから、三途の川を渡れず、賽の河原で鬼のいじめに遭いながら石の塔婆作りを永遠に続けなければならないとされ、賽の河原に率先して足を運んでは鬼から子供達を守ってやり、仏法や経文を聞かせて徳を与え、成仏への道を開いていく逸話は有名である。」
という記述がある。
幼い子どもだけではない。どんなに歳を取っていても、子の死は、どれだけ親を悲しませるか・・・。しかし普通、自死を除けば、死は選べない。生きたくても死が訪れることはある。

つくずく思う。日常の当たり前の事がどれほど幸せなことか・・・。つまり、「両親を先に送る」という不幸さえ、どれほど子どもたちにとっては親孝行なことか・・・

131003syukudai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年10月 2日 (水)

「胃ろう、回復見込めない人に6割」

今日は久しぶりに、老人ホームにいる叔父に電話してみた。83歳の叔父は、自分が子どもの頃、長男の親父の家から大学に通い、自分たち家族と一緒に住んでいたので、他の叔父よりも自分にとっては近しい。
いつものことだが、自分の体調について話してくれる。4つの大きな病気のうち、最大が5年前に発病した潰瘍性大腸炎で、その合併症の関節炎。そして脊柱管閉塞症で腰などが痛いという。でもステロイドがようやくゼロになったのでヤレヤレとか。
やはり足が悪く、車椅子になると最後なので、何とか杖で歩いているとのこと。でも外出は一人では無理で、5階の自室から食事のために1階まで階段で1往復するのがやっととか。でもリハビリのつもりで頑張っている、とのこと。
叔父の兄弟で残っているのは、91歳の兄と88歳になる姉の二人だけ。皆高齢で、熱海のホームの兄は段々話が通じなくなり、88歳のホームに入っている姉も、数年前から相手の認識が出来なくなっており、胃ろうを続けている。しかし内臓に悪い所がないため、小康状態とか。

胃ろうについては、先日こんな記事があった。
胃ろう、回復見込めない人に6割 研究機関、情報分析 本来は一時的な栄養補給手段
 口から食べられなくなったお年寄りらの胃に直接栄養を送る胃ろう。本来、回復する見込みのある人への一時的な栄養補給手段だが、実際には約6割で回復の可能性がない人につけられていることが、医療経済研究機構の調査でわかった。
 厚生労働省の補助金を受けて、昨年12月~今年1月、全国約800の病院、約1360の介護施設から回答を得て分析した。胃ろうにした1467人の患者情報が集まった。約2千人の家族から回答があった。
 胃ろうをつけた時点で将来、口から食べるよう回復する可能性があったのは24%で、可能性なしは59%を占めた。つけた後にはのみ込みの訓練が必要だが、訓練を受けた患者は全体の49%にとどまった。
 胃ろうにした時に困ったことを家族に聞くと、「本人の気持ちがわからなかった」が55%、「時間的余裕がなかった」が31%。胃ろうにしてよかったことは、「生きていてうれしい」が63%、良くないことは「本人が幸せかわからない」が59%だった。
 胃ろうなどの人工栄養について、日本老年医学会が昨年、苦痛が増えるなど患者の人生に有益でないと判断される場合には、差し控えや中止も選択肢とする指針をまとめている。
 調査を担当した飯島節・国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局長は「後先考えずに胃ろうにするのは問題だ。回復の見込みがある場合につけ、適切なリハビリをするという正しい使い方をしてほしい」と話す。(辻外記子) 」(
2013/09/13付「朝日新聞」p7より)

胃ろうは、とにかく一体付けたら外せない。しかし昔と違って、胃ろうに対する見方は変わっており、胃ろう造設の賛成は3割とか。(日経ディカル・ここより)

段々と、自身の死に方についても、意志を持っている人が増えている。
それにしても、叔父の電話での最後の言葉が気になった。「死んでも連絡しないからね。家族葬にするから・・・」
自身の葬式についての言葉だ。親戚もみな歳を取り、従来のような大がかりな葬儀をしても、皆が困る、と察してのことだろう。
秋の風が身に浸みるこの頃である。

131002adomo <付録>「ジワジワ来る○○」より

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2013年10月 1日 (火)

SONYのHDDオーディオプレーヤー「HAP-Z1ES」は多分買わないな・・・

数日前に、「SONYのHDDオーディオプレーヤー「HAP-Z1ES」の発売が楽しみ」(ここ)という記事を書いたばかりだが、“買う前提”で色々と情報を集めていたが、今のところ“買わない”気分になってきた。買う意欲が急速にしぼんでしまった。“買わない”よりも“買えない”・・・!?
理由は単純。あまりに燃費が悪すぎる・・・。
つまり、音源の入手が非常に限られており、まともに行くと、自分の場合、費用の点で“聞く音源がほとんど無い”という状況になることが分かったから・・・。

この製品のコンセプトについてだが、「HAP-Z1ES」はハイレゾを狙った製品。それなのに「MP3音源も良い音で・・・」というコンセプトは理解出来ない。これを買うハイレゾを狙う人の頭には、MP3のような圧縮音源は存在しない。MP3の音を良くして聞くくらいなら、オリジナルのCDを聞くので・・・。
それに「CD音源も良い音で・・・」は、そもそも16bit/44Kで失われた情報を、後で幾ら補完しても、原理的に限界があるし、オリジナル・ハイレゾの音源にはかなわない。つまりは、「HAP-Z1ES」の本来の性能を“満喫”するには、“最初からハイレゾで”録音した音源を入手するしかない。
しかし考えてみると、世の中にハイレゾで録音した音源がどれだけあるのか? アップコンバートでは無い、最初からハイレゾ規格で録音した音源が・・・。もし昔の音源を論ずるなら、16bit/44Kのデジタル録音の音源は、最初からそれしか情報が無いので(それ以上の情報は16bit/44Kの時点で既に失われてしまっているので)、むしろ往年のアナログ録音のテープをハイレゾ規格で改めて音源化した方がマシだと思う・・・。e-onkyoでは既に売っているが・・・。
それとも、そもそもCDが発売された当初からオリジナル録音はハイレゾ録音であり、最初から全てのCDはダウンコンバートされていたら、事情は大きく違う。CD音源のオリジナルのハイレゾ音源を聞けることになる。このあたりの情報は無いので、CD発売当初のデジタル録音のフォーマットがどうであったかは分からない。

話を戻すと、「HAP-Z1ES」の音源だが、世に(アップコンバートではない)SACDがあるので、そのデータをHDDにリッピングして入れて聞けば良いのだが、SACDのリッピングは認められていない。CDが認められていて、なぜSACDがダメなのかは分からないが、SACD規格を作ったときの、メーカーの著作権保護の優先=利便性無視の戦略があるのだろう。かつて、フィリップスが、その普及のために基本特許を無償公開したコンパクトカセットとは正反対の戦略・・・。昔の「一太郎」も普及のためにコピーを許した時期があった・・・
つまりSACDは、その普及によほどの自信があったのだろう。しかし、その利便性により人類の文化として根付いたCDとは違って、SACDの価値、つまり費用対効果は、メーカーの思惑とは大きく異なり、普及に苦しんでいるらしい。
すると、音源の入手は、e-onkyoなどからハイレゾ音源を買うしかないが、アルバム1枚が3000円ほどする。アメリカは1000円台で買えるというのに・・・
つまり、せっかくこの製品を買っても、SACDのような今まで持っていた財産が利用できないので(もっとも自分は1枚も持っていないが・・・)、全ての音源を一から買い直さなくはならない。プリンターのインクと同じく、音源を売るものSONYの戦略なのは分かるが・・・。
しかしその戦略が生きるのは、それだけのお金を出す価値を利用者が認めた場合だけである。果たして、ハイレゾはそれだけの感動を与えられるのかどうか・・・。この製品が、音源を含めた価格見合の感動を与えられるのかどうか・・・

繰り返すが、自分は、どうもSACDは、リッピング不可のように、利用者の利便性を無視したメーカー戦略により、あまり普及しないまま終わるとように思う。
そしてダウンロード音源が生き残るかというと、それは価格次第。アルバム1枚が3000円レベルだと、少なくてもこの製品のために新たに買うことは厳しい。何せ前モデル(?)の「NAC-HD1」の謳い文句の380時間分の音源を買うとすると、100万円!!
つまり音源の入手に非常にお金がかかるので、良い音を期待して「HAP-Z1ES」を買ったとしても、あくまでも自分のケースだが、それは車で言うと、高価なスーパーカーを買うようなもので、あまりに悪い燃費のために飾っておく、という事になりかねない。それでも買うか??? たぶん自分は買わないな・・・。
せめてSACDのリッピングが自宅のPCで手軽に出来て、CDと同じくレンタルSACDからも(法的に個人で楽しむ範囲で)SDSデータを抽出出来るようになれば話は別だが・・・

それに比べて、自分が愛用している同じくHDDオーディオレコーダーの“名機!!”「NAC-HD1」は、非常に多機能で利便性が高い。CDからのリッピング機能はもとより、アナログ入力やタイマー機能まで付いており、自分が不満なのは、①音量がCDのままでバラバラなので、ボリュームノーマライズ機能が欲しい。アルバムゲインとトラックゲインで・・・ ②フォルダの階層が3つしかないので、せめて4~5つは欲しい。 ③曲名の順番が、録音のまま(CDの順)だけなので、ABC順にも選択できると有り難い。 ④アナログ入力のレベル調整ボリュームが欲しい・・・。くらいで、「NAC-HD1」は非常に完成度の高い製品。
だから製造打ち切り後、もう4年も経つのに、オークションでは中古品が、当時の売価(7万円ほど)を上回る8~10万円で取引されている。

ということで、一時は“買うぞ”と盛り上がったのだが、音源の入手を考えて、たぶん自分は買わないな・・・と思うようになった。(もちろん、後でまた買う気になるかも知れないけど・・・)
たぶんこれを買う人は、幾ら金がかかっても、ハイレゾ音源をどんどん買うぞ・・・、と言う人に限られると思う。
SONYは“これからはハイレゾの世界に!!”と、先日発表したらしいが、既に“SACDのリッピング不可”を決めた時点で、ハイレゾが一部マニアだけのもので、一般の文化として根付く事は期待していなかったのかも知れない。これからSONYがハイレゾに力を入れたとしても、音源の供給をどう考えるのかで、SONYのこの戦略がどれだけ成功するかが決まるような気がする。

それよりも自由度の高い「NAC-HD1」の上位機種の企画の方が、どれほど皆が欲しているか・・・
せっかく買おうと盛り上がった「HAP-Z1ES」だったが、音源の入手で自分に迷いが生じ、残念である。

★HAP-Z1ESを買ってしまったので、この記事は撤回。それが素晴らしいのだ・・・(下記)

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131001singo <付録>「ジワジワ来る○○」より

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