« 半藤一利氏の集団的自衛権への意見 | トップページ | 川田美智子の童謡「一番すきなころ」 »

2013年8月19日 (月)

「超高齢社会のがん~対決より病と共存を」

最近本屋に行くと、病気と闘わない、というようなタイトルの本が積んである。今までは、病気に負けない、というのが普通のスタンスだったが、世の中だいぶん変わってきたようだ。
先日の日経新聞にも、この話と同じような記事があった。

超高齢社会のがん 小林博さんに聞く
~対決より病と共存を 「謙虚な医学」への転換

人間にとって、がんは老化に伴う宿命的な病
 日本人の死因の1位を占めるがんは、今や年間約36万人の命を奪う国民病だ。半世紀にわたり研究者としてがんと向き合ってきた小林博さん(86)の目に、超高齢社会のがんはどう映るのだろうか。
 「つい最近まで、医学の世界では、がんは手術で取れるだけ取る、薬や放射線で徹底的に叩(たた)く、という考え方が主流でした。医師のこうした姿勢は、がんの病巣にだけ目が向いて、人間への配慮が二の次になる結果を招きかねません。抗がん剤治療でがんは小さくなったけれど、患者は副作用に苦しみ、体力を消耗して亡くなることが少なくなかった。濃厚な延命措置により最期のときを家族と過ごせないこともありました」
 どんながんも徹底的に叩きのめすべき、とする思想には疑問があるという。
 「がんは生き生きとした若々しい細胞で、最初から生体に逆らって生体を殺そうとして生まれてきたのではなく、老化したり傷ついたりした細胞を、助けたり修復したりするために正常細胞の中から出てきたのではないでしょうか。だから、がん細胞は一生懸命、弱った細胞の部分に置き換わって代役を果たそうとしますが、実際にはひたすら増殖を続け、やがて生体の命まで奪ってしまう」
 「こう考えると、がんは一種の『老化病』で、病というより生きるものの宿命と考える方が適切です。老いという避け得ない過程で発生する必然的な現象で、人間が老いる限り、がんも永遠の存在ということになる。だから、がんと全力で闘っても報われるとは限らず、がんとどう折り合いをつけるかが大きな問題となるのです」

長寿を達成した後の自然死に近いがんが増える
 一方、医療の進歩で長期生存する患者が増え、国内のがん患者の5年生存率の平均は50%を超えた。治療を続けながら働き、日常生活を送る人は珍しくない。がんは「死に至る病」から「長く付き合う慢性病」に変わりつつある。こうして「医療の現場でも社会の中でも、がんに対する新しい見方が生まれてきた」と小林さんは語る。
 「『あってはいけないもの』として徹底して叩くのではなく、『あっても仕方のないもの』と考えながら共存していこうという発想です。体の外から病原体が侵入して発症する感染症と違い、自らの細胞が変化して生じるがんは、いわば身内の病。だから免疫機能の監視の目を逃れて容易に増殖してしまいます。化学療法は、副作用を注意深く軽減しながら少量ずつ投与して治療効果を上げる方法も試みられています」
 背景にあるのは、叩くことだけに傾注したかつての「驕(おご)れる医学」から、生身の人間をいたわりながら治療する「謙虚な医学」への大きな転換。小林さんは、超高齢社会に突入した時代の変化も見つめる。
 「がん以外の原因で亡くなった高齢の患者を解剖すると、がんが見つかることがよくあります。今後は、今よりもっと高齢になってから発症する進行のゆっくりした『静かながん』が増えるでしょう。長寿を達成した後の自然死に近いがんで、大樹が静かに倒れるようなイメージです。こうした超高齢者のがんが、もはや攻撃的な治療の対象とならないのは明らかです」
 がん患者や家族の相談を数多く受けるうち、小林さんは、がんと向き合う患者の姿勢に「対決」と「対話」という対照的な2つのタイプがあることに気づく。
 「対決する人は、進行・末期がんと分かっても積極的な治療を諦めません。患者の家族が医師と一緒になって、つらい治療を受ける患者を『がんばれ』と励ましてきたのが、悲しいかな、従来のがん医療の実態でした」
 「一方、対話とは、勝つための闘いに執着せず、いかに犠牲を少なくして休戦に持ち込むかを探る姿勢です。緩和医療を受けてQOL(生命や生活の質)のいい状態を保ちながら、残された日々を過ごそうとします」
 近年、がん医療の現場では心のケアを充実させる取り組みも始まり、対話型を選択した患者・家族を支えている。
 「とはいえ、対決から対話への切り替えは容易でありません。この2つは大抵、混然一体となっているからです」

がん体験を通じ、よりよい生老病死を学ぶ
 がん体験を通じて人生を考える契機になった、と後に振り返る人が少なくない。小林さん自身、二十数年前にがんを経験し、多くのものを学んだという。
 「咳(せき)が止まらなくなり、呼吸器の専門医から肺がんの疑いがあると言われました。精密検査で確定診断され、『いよいよ自分にも来たか』と身構えました。幸い、手術を受けて事なきを得ましたが、がんを告知された時の張り詰めた気持ちは、人生の充実感に通じるものでした。死を意識したことで、それまでの人生を省み、1日1日を大切に生きようとも考えました」
 「研究を通じてがんとの付き合いが長かったので、がんに殉じるのは仕方ない。本望だとすら思います。もし私にお迎えが来たら、感謝の気持ちを身近な人に伝えたい。そして、生まれたとき『おめでとう』と祝福されたように、死ぬときも『いい人生だったね、おめでとう』と祝福されたならば、至福の大往生だ、と今では思っています」
 「いざがんを宣告されると冷静さを失ってしまうものです。そこで、健康なうちに『自分は不治のがんで、残された時間は短い』という状況を想像し、自らを追い込んでみてはどうでしょうか。いかによく生きるか、いかによく老いるか、そしていかによく死ぬかを考える機会となり、本当に大切なものは何かに気づく――。これが、私ががんから教えられたことでした」(編集委員 木村彰)
こばやし・ひろし 1927年札幌市生まれ。北海道大学名誉教授。北大医学部を卒業後、一貫してがんの社会病理学を研究。91年財団法人札幌がんセミナー理事長、2012年日本がん予防学会理事長に。患者・家族の相談活動を続ける。著書に「がんとの対話」「がんの予防」「がんに挑む がんに学ぶ」など。」(
2013/08/17付「日経新聞」夕刊p5より)

この“ガンは見付かっても全面戦争はしない”というスタンスは、だんだんと世の中に受け入れられているようだが、しかし・・・だ。
つまり、見つかったガンを放っておく、という選択が出来るほど人は強いか? 自分は強いか?・・・

上の記事にもあるように、「いざがんを宣告されると冷静さを失ってしまうもの・・・」
その時にオロオロした自分が想像出来る。

話は変わるが、先日Acrobatを新しいVerに入れ替えたことに端を発して、会社のパソコンがトラブって参った。何とかほぼ元に戻ったが、その時のドキドキたるや、まるで病院で検査結果を聞くときのドキドキに似ていた。
家のパソコンもそうだが、データのバックアップは取ってあるとしても、もしパソコンがトラブルで初期化せざるを得ないとすると、パソコンの設定は大変な作業。それをしたくないので、アプリの削除や、インストールでドキドキハラハラする。今回も、Acrobat6の削除が出来ず、microsoftの別のツールで何とか削除できた。つまり、今までとは違う動きなのである。
自分は、パソコンの「システムの復元」をよく利用して、便利に使っていたのだが、今回は違った。何とThunderbirdが動かなくなってしまった。仕方が無く、最新版をインストールしたが、今度は今まで便利に使っていたアドオンが、新しいバージョンに対応しておらす、動かない。
結局、パソコンひとつでも、「バージョンアップをしなければ良かった」「少々使い勝手は悪くても、あの状態で使っておけばよかった」と、なまじ“もっと使いやすく・・・”と、削除とインストールを繰り返した結果、訳が分からなくなってしまった。
健康問題も同じように思う。何か病気を宣告されたとき、治る病気なら良いが、もし治らない病気だと「あの時に・・・」という幾つもの後悔にさいなまれると思う。
「イザと言うときに弱い男」。どうもそれが自分みたい・・・。

世に、何があっても冷静さを保てる、つまりパニックにならない精神をもった人はどの位いるのだろう・・・。
先日のオーディオレコーダーのデータ消え事件(ここ)の時もそうだったが、今回のパソコンひとつでオタオタする自分・・・。そんな自分と、付き合いを止める訳に行かないので、さてさて今後どんな付き合い方をして行けば良いのか・・・?
将来必ず来るであろう“その時”に向かって、「健康なうちに『自分は不治のがんで、残された時間は短い』という状況を想像し・・・」の実戦方法をマジメに考え始めた公称“高齢者”ではある。


« 半藤一利氏の集団的自衛権への意見 | トップページ | 川田美智子の童謡「一番すきなころ」 »

コメント

こんばんは、その節はどうも、hauroです。

最近読んだ本の一節をご紹介します。

 日本近代文学とは遠く離れもせず、先人の仕事の上に自身の独創性を重ねた壮大な物語をいくつも書いた。
 しかし先生は六十八歳で小説を書くのをやめた。七十五歳で、もうどんな種類の原稿も書かなくなった。天才の脳は半世紀余にわたった生産的活動を停止し、静かに安んじた。
 「死は、本人にとってもっとも意外なかたちでやってくる」
 山田先生は『人間臨終図巻』にそう書いた。古今東西の著名人の死に際の様子を記しただけなのに、限りなくおもしろい。不思議な傑作である。
 先生の肝臓はいまだ頑丈だ。肺癌にもならなかった。しかるにパーキンソン病とは。病気もまた、本人にとってもっとも意外なかたちでやってくるのである。(『やむにやまれず』関川夏央)

ということで、《実戦方法をマジメに考え》てもムダと大観するが、よろしいのではないかと。

【エムズの片割れより】
確かに・・・。
「案ずるより産むが易し」??ちょっと違うか!?

投稿: はうろ | 2013年8月19日 (月) 23:15

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 半藤一利氏の集団的自衛権への意見 | トップページ | 川田美智子の童謡「一番すきなころ」 »