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2013年6月の27件の記事

2013年6月30日 (日)

義姉の三回忌~日本人形「南風」

今日は、義姉の三回忌に行ってきた。義姉が亡くなって(ここ)、ちょうど2年になる。
法事の後、上野で会食。そして終わりの挨拶の時、遺品である義姉が作った日本人形が配られた。

義姉は、日本工芸会東日本支部 伝統工芸新作展で賞を取ったり、何度も入賞したりしていた。これから教える側、選ぶ側、と嘱望されていた2年前にガンで短い命を終えた。さぞ残念だったろう。
そして残された人形の数々。それを夫である兄の発案で、兄弟に分けるという。ランダムに分Img_30891 けたので、義姉の弟や自分にもどんな作品なのか分からなかった。
家に帰って箱を開けると、厳重な梱包。2002年「南風」と表題がある。Netで確認すると「日本工芸会東日本支部 第四十二回 伝統工芸新作展 入選作品」だという。(写真はクリックで拡大)

作品は出展のために、1年かけて作ったのだろう、実に精巧。そして気品に満ちた表情・・・。人形は顔が命だというが、この表情は何を言おうとしているのだろう??

Img_31001 Img_30961 Img_30911

法事、または今回の三回忌などは、故人の冥福を祈り供養することであり、故人の死後の幸福を祈ること。
しかし一番の供養とは、「故人を思い出すこと」ではないか・・・

しかし本当の肉親でもないかぎり、故人を思い出すチャンスは意外と少ないもの・・・。でも、今回故人の魂が入った作品を貰うことで、義姉の存在が非常に近くなった気がする。

前に「お人形が怖い・・・・人形供養」(ここ)という記事を書いた。人形というのは、魂が宿っているようで、なかなか扱いが難しい。よって正直、人形を貰うのは、少し重荷・・・。
今日もそうだ。義姉が1年かけて作った作品なので、どんなものにせよ、慎重に扱わないといけないし・・・
それが、お人形の桐の蓋を開けて心配が吹き飛んだ。顔の清楚な表情。明るい色調。まさに「南風」だ。

棚に置いてみたが、倒れるのでは?と、危なっかしい。それに裸で置いておくとホコリも付くだろう。それで早速ガラスケースを買って、居間の一番良い場所に飾ることにした。
Netでケースを見ると色々売っている。それを買おうかとも思ったが、カミさんが、「ちゃちなケースでは、せっかくのお人形さんが安っぽく見えてしまうし、お姉さんに対しても失礼」と言うので、専門店に実物を持っていって、プロにケースを選んで貰うことにした。

どんな芸術作品も、作者の肉体は滅ぶが、作品は残る。しかし残るためには、それだけの価値が必要。今回の作品は伝統工芸展の入選作だけあって、価値は言うまでもない・・・
今日の法要は、お坊さんが読経してくれる有り難さよりも、この人形を見詰め、義姉の作品に賭けた熱意を兄弟たちが偲ぶことこそ、真の供養ではないか・・・と思った。
そんな意味で、今日の兄貴の「遺品であるお人形を通して、故人を皆で偲ぼう」という思惑は当たった。
同じように、自分が後世に残せるものは・・・・・? 無い。

●メモ:カウント~450万

130630damasetemo <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月29日 (土)

戦争を知る世代からの意思表明~「日本国憲法を改悪する人に、私の一票は預けません」

今朝の朝日新聞に、下記のような「意見広告」が載っていた。

「(意見広告)日本国憲法を改悪する人に、私の一票は預けません
戦争を知る世代からの意思表明
 私たちは、戦争を知る世代です。私たちは、戦争中、学業も捨てさせられ勤労動員で働かされ、或いは、親兄弟と別れ学童疎開に行かされた世代です。もう少し幼かった人も空腹、飢え、空襲の恐ろしさははっきり記憶に残っています。家族の戦死は名誉と称えられ悲し130629kenpoukaiaku んで泣くことさえも非国民といわれました。惨憺たる生活を耐えたのは聖戦と信じたからですが、その戦争がアジアの人々を苦しめた侵略戦争と知った時は衝撃でした。
 私たちは焼け跡の中で、日本国憲法を得た喜びを忘れられません。もう戦争をしないのだ、理不尽に命を奪われることはないのです。そして他国の人を不幸にすることもないのです。なんという素睛らしいことでしょう。そして、日本国憲法で、主権在民、人権、新しい民主主義の国の在り方を知りました。ことに女性にとって、両性の平等は感激でした。初めて女性が一人の人間として認められ、生き方が変わったのです。この憲法のもとで、憲法に守られながら、私たちは歩んできました。
 それから67年。日本国憲法に何か不都合なことがあったでしょうか。私たちは日本国憲法を世界に誇るものと思っております。この憲法を変え、戦前に逆流し、戦争のできる国になるのはごめんです。国防軍はいりません。
 私たちは次の世代に、平和ですべての人が大事にされる国を残したいと思っております。子孫に恥じない選択をしたいと思います。憲法を護り、活かす議員を選びます。」(
2013/06/29付「朝日新聞」p12全面広告より)

戦争を知る世代なので、70歳代以上の視点か・・・。
しかし言っていることは、何のイデオロギーとも関係無く、ただ“戦争はしてはいけない”というメッセ-ジだけ。
そう、自分も単純に“戦争はしてはいけない”と思うので、この意見には共感を覚える。

左下の絵は、賛同人3,472人の人文字。そして、広告主は「戦争を知る世代からの改憲反対意見広告の会」だという。
今更ながら、「それから67年。日本国憲法に何か不都合なことがあったでしょうか。」という文言が心に響く。その通りだ。

同じ今日の朝日新聞にこんな寄稿があった。

「(寄稿 2013参院選)批判の声はどこに行ったか 作家・橋本治
・・・安倍政権の不思議さは、安倍政権よりも、これを支持する国民の方にあるのだと思う。
 安倍政権が高い支持率を得ている理由はいたって分かりやすくて、この内閣がその目標を「景気回復」の一点に絞っているからだ。おそらく国民は、その点で「内閣支持」を表明している。しかし、当の安倍内閣の目標は「景気回復」だけではない。「景気回復」と「憲法改正」の二つがセットになって目標となっているはずだ。
 それでは国民は、憲法改正をどのように考えているのだろうか? 考えられる意見は、「改正した方がいい」「絶対反対」と「よく分からない」の三つだろうが、そこに至る前に「なんでそれを考えなければいけないのだろう?」という気分が大きく立ちふさがっているような気がする。憲法改正に関する考え方で一番大きいのは、「問われれば考えてもみるが、今なぜそれを考えなければいけないのかがよく分からない」なのではないかと思う。
 安倍晋三自民党総裁は、12年の総選挙以前から憲法改正――とくに憲法9条の改正を訴えている。しかし、内閣総理大臣就任後の各種世論調査では、憲法改正を「是」とする人の割合は、内閣支持の割合よりも低い。問われれば、「憲法改正反対」であるような人たちも、もしかしたら「安倍内閣支持」なのかもしれない。 ・・・・」(
2013/06/29付「朝日新聞」p17より)

そうなのだ。一般国民は、“今改憲しなければならない理由”が分からない。なぜ今、戦争に備えなければいけない時なのか、分からない。

結局は、国民自身がしっかりするしかない。「景気回復」というカードの裏に書いてある「戦争をしょうぜ」という文言を良く認識して投票するしか方法はない。何せ、国民が持っている手段は一票のみ。つまりは、「景気回復」という言葉に乗ってうっかり投票し、後から「裏に“戦争しようぜ”と書いてあったことなど知らなかった」、では、もう遅いのである。我々の孫が、徴兵されて戦場に送られ、死んでしまう可能性があるのである。
そのためには、このような意見広告で国民に気付かせ、認識を深めていくほかないのかも知れない。国民が、今までの能天気は許されないフェイズに入ってきたと思うこの頃である。

130629yonaka <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月28日 (金)

「大学の「准教授」って「助教授」とは違うの?」

先日の朝日新聞に、こんな記事があった。

「(ニュースがわからん!)大学の「准教授」って「助教授」とは違うの? 
  ◇教授の補助役ではない実態に合わせ、6年前にできたよ

ホー先生 フジテレビ系の人気ドラマ「ガリレオ」の主人公は、大学の「准教授」。だが、以前は「助教授」だったこともあったぞ。何が違うんじゃ?
A 准教授は約6年前にできた新しい肩書なんだ。それまでの大学教員の肩書は、主に教授、助教授、助手だった。それが、学校教育法が改正され、2007年に助教授が廃止になり、准教授が生まれたんだ。
130628jyokyou 名前が変わっただけなのか?
A 改正前の学校教育法は、助教授の主な仕事を「教授の職務を助ける」としていた。でも実際は、教授から独立して学生を指導したり、自分で研究したりするようになっていて、助教授の「助」が必ずしも実態を表さなくなってきた。そこで「教授に準じる資質や能力を持つ立場と、位置づけを見直したんだ。
 そういう訳か。
A 助教授を英語に翻訳する場合は「assistant professor」。これだと海外では教授の「アシスタント的な立場」と受け取られてしまう。准教授は「associate professor」で、教授に次ぐ立場とはっきりさせられる。
 では、助教授によく似た「助教」とは?
A 法改正で、従来の「助手」を、新「助手」と「助教」に分けた。もともとの助手は、教授らを手伝う研究者も事務職員も含めていた。それを、教育と研究を主な仕事にする人を「助教」、研究や授業の補助が中心の人を「助手」という位置づけにしたんだ。
 「特任教授」というのも聞くが。
A 「特任」は法律で決まった用語ではない。大体は、特定の研究プロジェクトや講座単位で雇われる非正規教員を指す。任期が決まっていて、大学によって「特定教授」「特命教授」などの呼び方があるよ。
 ホホウ、実に面白い。(渡辺志帆)
(2013/06/18付「朝日新聞」p2より)

この記事のタイトルがなかなかよろしい。「ニュースがわからん!」ということは、この事を知らなくても、まあ許せる・・・、ということ??

半年ほど前、息子がある大学病院で手術を受けた。その時の執刀医が「助教」とあった。「助教授」では無いのである。調べてみると、昔の助手に相当するという。
そんな事があって自分はその時に知った・・・。まさに今頃?? でも縁が無いと知らないで済んでしまうもの・・・

どうも自分のような昔人は、教授、助教授、講師、助手の順、つまり今の制度では、教授、准教授、助教の順で、手術が上手、と思いたがる。
しかし、実際は若手パリパリの助教が一番上手い、とも聞く。特に外科手術では、細かな作業が必要。それは慣れた繊細な指先の動き、つまりは、老眼鏡をかけた年寄りの教授よりも、若手の方が上手、というわけ・・・!?

自分もいつお世話になるか分からないが、肩書きだけで判断することは避けよう。

130628kubiwa <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月26日 (水)

「黄身が濃い卵、殻が赤い卵は栄養価が高い・・・は誤解」~意外と知らない卵の秘密

先日の日経新聞に、鶏卵についての記事があった。卵についての雑学、一読いかが?

「黄身が濃い卵、殻が赤い卵 栄養価が高いは誤解
飼料米を配合したエサを食べると、黄身が白っぽい卵になる
 目玉焼き、だし巻き卵、オムレツ、卵かけご飯……。卵を使った料理は挙げるとキリがないほど。スーパーでは特売の目玉となり、冷蔵庫では常備アイテムだ。毎日のように食べているが、実は知らないことも多い。
エサ次第で白い黄身も
 まず色について。卵といえば、白い白身に黄色い黄身。そんなの当たり前では、と言われそうだがそうではない。黄身が白い卵もあるのだ。
 「黄身の色はエサに左右されます。トウモロコシを与えれば黄色くなりますが、コメを食べさせると白くなります」
 農産物の生産・流通を手掛ける国立ファーム(東京都国立市)では、黄身が白い卵、「ホワイトたまご」を販売している。よく見るとほんのり黄色っぽくはあるが、一般的な卵と並べると白さが際立つ。
 ホワイトたまごを使うとオムレツは白くなり、ケーキも白く仕上がる。ゆで卵にすると、卵白も卵黄も区別がつかない。
 この卵、「国産米の消費増に貢献したい」との思いから始めたものの、販売は苦戦している。「まず割った瞬間の見た目で敬遠されがち。味が薄いのでは、と思われるようです」と商品部の松尾一俊部長。黄身の色が濃いほどおいしい、というイメージが最大の壁となっている。
黄身の色と味は無関係 濃い黄色はエサに由来
 実は、黄身の色の濃さと味とは本来関係がない。「黄身の黄色はトウモロコシに含まれるカロテノイド色素由来のもの」(JA全農たまご営業企画課の牧野拓一課長)だからだ。多くの養鶏場では色を濃くするためにパプリカやマリーゴールドなどをエサに加えている。
 コメ中心に育てた場合でも、色素を加えれば黄身は黄色くなる。極端な話、色は何色にでもコントロール可能なのだ。もちろん、食品添加物などの規制があるため、実際には販売できる色は限られている。
赤玉と白玉、同じエサなら同じ成分に
 殻の色はどうだろう。大きく分けて赤玉と白玉があるが、店頭では赤玉の方が高いように思える。赤玉の方がおいしいのだろうか。全農たまごの牧野さんに聞いた。
 「殻の色は鶏の種類によって違います。例外もありますが、一般的には赤い羽の鶏は赤玉、白い羽の鶏は白玉を産みます。赤玉と白玉では、味や栄養価の違いはほとんどありません。同じエサで育てれば、成分はほぼ同じになります」
 ではなぜ店頭では、赤玉を高く売っているのか?
 「赤玉を産む鶏は地鶏の印象が強く、消費者に好まれる傾向があります。卵の業界では赤玉を産む鶏にいいエサを与えて高めに売ることが多かったので、赤玉=高級とのイメージが定着したのかもしれません」
 赤玉を産む鶏は白玉を産む鶏に比べて体が大きめで、エサをたくさん食べる。これも赤玉の価格が高いことにつながり、高級イメージを増幅させている。
 ちなみに鶏が1日に食べるエサの量は、現在では110グラム程度だという。毎日55グラムの卵を産む場合、1個の卵に2倍のエサが必要ということになる。
採卵鶏の先祖、大半は外国生まれ
 農水省によると、卵の自給率(重量ベース)は2011年で95%。「国内で生まれた鶏が産んだ卵だから」(食料安全保障課)だ。しかし、エサを考慮すると一気に11%に下がる。さらには親鶏やその親鶏にまでさかのぼると、ほとんどが輸入だという。
 卵を産む鶏(採卵鶏)の親鶏は、種鶏(しゅけい)という。種鶏の親が原種鶏、その親は原々種鶏だ。
 鶏の改良を行っている独立行政法人、家畜改良センター岡崎牧場(愛知県岡崎市)によると、種鶏、原種鶏は大半がひなの状態で輸入される。
 農水省動物検疫所がまとめた「初生ひな輸入状況」を見ると、2012年の卵用鶏の輸入量は約26万7千羽。原種鶏と種鶏がほとんどで、カナダ、米国、フランス、ドイツの4カ国で占めている。日本国内で日々卵を産んでいる約1億4千万羽の採卵鶏は、そのほとんどが海外生まれの鶏の子孫ということになる。
産卵は午前中に集中 数日産んで、1日休む
 ところで、1羽の鶏はどのくらいの頻度で卵を産むのだろう。
 JA全農たまごの岩本容輔さんによると、「おおむね25~27時間に1個といわれています」とのこと。産む時間も決まっており、「明るくなってから2~6時間後」だとか。この周期だとだんだん時間が遅くなってきそうだがそんなことはなく、明るくなってから8~10時間を超えるといったん産まなくなり、次の日にまた朝早くから産み始めるという。
 卵のサイズは、産み始めてからの日数と関係してくる。鶏が卵を産み始めるのは産まれてから約4カ月後。一般的に、体の小さい若い鶏は小さな卵を産み、日数がたって体重が増えてくると大きな卵を産む。
 自然な状態では5年ほど産卵するといわれているが、商品として販売するのは1年半程度。その後は食肉用などになる。・・・・
メキシコ、日本、中国が卵消費の「御三家」
 日本人は世界でも有数の卵好きだ。1人当たりの年間消費量は324個(2010年、国際鶏130626tamago1 卵委員会のデータを基に鶏鳴新聞社が集計)と、日本はメキシコに次いで世界2位で、中国が続く。多くの人が、毎日ほぼ1個の卵を食べていることになる。
 日本人が卵を食べるようになったのは江戸時代から。食生活の欧米化が進み、冷蔵庫が普及し始めた高度成長期以降、爆発的に消費が伸びた。130626tamago2 和食にも洋食にも合う卵は日本人の心をつかんだようだ。ただその足元を見ると、エサも親鶏も輸入頼み。海外の事情に振り回されるリスクを常にはらんでいる。(電子報道部 河尻定)」(
2013/6/11付「日経新聞」p10より)

もう6年も前になるが「賞味期限切れ~いつまで食べられる?」という記事を書いたことがある(ここ)。
それによると、生卵の生で食べられる期間は、冬期だと何と43日もあるという。加熱すれば、それがもっと伸びる・・・。
これは食品の中では、驚異の長さだ。これも鶏の生命誕生と何か関係があるのだろうか?

ウチはそうたくさん食べる方ではないが、栄養の宝庫の卵。大事にせねば・・・。もっとも自分の場合、生卵をご飯に掛ける食べ方は相変わらず出来ない・・・。すき焼きで、生卵に付けて食べることが、やっと出来るようになったが・・・
今日は雑学の勉強で・し・た。

(関連記事)
賞味期限切れ~いつまで食べられる? 

130626kitanodaichi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月25日 (火)

森田童子の「友よ泣かないのか」

最近、また森田童子に凝っている。音源は全曲集めたが、それをまた、順番に聞いている。そんな中で、改めて聞き惚れた曲が、「友よ泣かないのか」という歌である。

<森田童子の「友よ泣かないのか」>

「友よ泣かないのか」
  作詞・作曲:森田童子

友よ
ぼくたちは 輝く陽射しを
目ざすべきでは なかったのか
風よ 泣かないのか
時よ 泣かないのか
友よ 泣かないのか
新しい 朝のために

友よ
君も一緒に だめになるなら
ぼくも だめになっていいと思ったのです
夜よ 泣かないのか
故郷よ 泣かないのか
友よ 泣かないのか
新しい 朝のために

友よ
ぼくたちの限りなく 悲しみに
近い朝明けの空は
終わりに 泣かないのか
荒野よ 泣かないのか
友よ 泣かないのか
新しい 朝のために

友よ
ぼくたちは 輝く陽射しを
めざすべきでは なかったのか
風よ 泣かないのか
故郷よ 泣かないのか
友よ 泣かないのか
新しい 朝のために

この歌も、やはり厭世的な世界観。歌詞についてのコメントはない。自分はこの切ない旋律が好き・・・。
この歌は、「森田童子 東京カテドラル聖マリア大聖堂録音盤」という1978年11月発売のアルバムに入っている。
その他、1989年の「グッドバイ・オリジナルサウンドトラック」というアルバムに入っている。それがスタジオ録音であることを祈ってCDを手に入れてみたが・・・。

<森田童子の「友よ泣かないのか」~“グッドバイ”サントラ>

音源はライブと同じ。やっぱり・・・。残念・・・。
森田童子が引退したのが1983年なので、1989年の映画で、スタジオでの再録の可能性はほとんどゼロ。それは分かってはいたが・・・
比べてみると、サントラ盤にかぶっていた拍手の音が消えている。ライブ録音が、マルチチャンネルの録音機であれば、別のチャンネルで録音している拍手などを消すのは簡単・・・
でも、あくまでサントラ。純粋音楽は聴けない。

とにかく残念なのは、この歌手が活躍していた1980年代、自分が森田童子を全く知らなかったこと・・・。確かに当時は、仕事と子育てで(?)忙しく、音楽どころではなかったが・・・。
毎度書いているが、この刹那的な透き通った声に、自分はぞっこん惚れてしまった。いや、石川鷹彦などのアレンジが好きなのかも知れない。

今更CDの再発は望むべくも無いが、そもそも発売されたアルバムの数も少ない。しかし、引退後30年も経っているのに、ヤフオクでは、森田童子のCDは非常に高価。つまり未だに森田童子の根強いファンがいるということ。
Youtubeでも、昔の放送の音源などがアップされている。先日聞いたFM愛知の音源(ここ)では、森田童子は「自分は音符が書けない」と言っていた。
美空ひばりが楽譜を読めなかった、という話は有名だが、感性はそれとは無関係。

こんな音楽を未だに聞いているのは、そのほとんどが、自分のようなシルバー族に近い年齢の人ではないかと思っている。
この刹那的な時代を知る人は、段々と姿を消していく。今の若者は、こんな音楽をどのように聞くのだろう? 何れ、息子に聞かせて感想を聞いてみようか・・・。

130625miyage <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月24日 (月)

「徹底比較 スマホ用イヤホン、高い方がいい?」

どうも自分はこんな記事に目が行ってしまう。根が好きなので・・・
先日の日経電子版にこんな記事があった。

「高い=迫力大」にあらず 高級vs安価、イヤホン対決
 最も身近な音楽再生機器でもあるスマートフォン(スマホ)の普及で、ヘッドホン・イヤホンの市場が急拡大している。数年前まで年間1500万本程度だった国内市場は、すでに2000万本近い規模にまで成長。特に「実勢価格1万円前後の商品の人気が急上昇中」(メーカー関係者)で、海外メーカーの新規参入も相次ぐ。しかし、ヘッドホン・イヤホンの価格帯は数千円から数万円と幅が広い。本当に価格が高いほど迫力のある音を楽しめるのか。真相に迫った。
 家電量販店の1階、一番目立つ場所が“定位置”となって久しいスマホ。その横で日に日に売り場面積を拡大しているのがヘッドホンとイヤホンだ。特に、市場全体の5割程度を占めるイヤホン(耳に入れて使う「インイヤー」タイプ)の伸びが急激で、米国メーカーを中心に新規参入も相次いでいる。

 人気の中心はiPhone用のイヤホン。「Made for iPod/iPhone/iPad」のマークが付いた商品がそれで、1万円台など「価格が高めの製品でも反響が大きい」(メーカー関係者)。iPodを使っていたユーザーがiPhoneに移行している影響もあり、「iPhoneユーザーは音質に対する意識が高い印象がある」(同)という。
 「Made for iPod/iPhone/iPad」マークを付けて売れるのは、アップルの許諾を得た製品のみ。許諾にはアップル指定のマイクとリモコン機能が必要になる。ただ、実は違いはこれだけで、各社は通常の製品にリモコンを付け、型番を変えて売っているにすぎない。
 iPhone用のほうが価格は高い場合が多いので、リモコンなどが不要なら通常版を選ぶべきだ。「スマホ用」「Android(アンドロイド)用」をうたうイヤホンにも同じことがいえる。
 イヤホン選びで何よりも大事なのは音質。今では1万円を超えるものも珍しくないが、高級イヤホンには本当に価格相応の魅力があるのか――。
安めのイヤホンが実は大迫力
 今回は、業界大手であるオーディオテクニカソニーの代表的なラインアップについて、イヤホンの性能が端的に表れる「周波数特性」のチェックを実施した。低音から高音までがほぼ均一に含まれたテスト用のノイズ信号(ピンクノイズ)がどう再生されるかを分析。公共施設や音楽ホールの音響設計、各種分析を手がける森本浪花音響計画(東京都新宿区)に協力を依頼した。
 イヤホン市場ではここ数年、メーカー各社の「低音志向」が顕著になっている。「1万5000円を超える最新の高級モデルともなれば、さぞかし迫力のある音が出るのだろう」――。そう期待して始めたテストはしかし、全く異なる結果に終わった。
130624earphone1 下に示した試験結果のグラフはいずれも、横軸が音の高さ(左に行くほど低音、右に行くほど高音)、縦軸が音量を示している。グラフを見てまず気づくのは、「必ずしも価格が高いほうが低音が出るとか、高音が出るとかいった傾向はない」(森本浪花音響計画・副社長の浪花克治氏)ということだ。
 例えばオーディオテクニカの製品では、価格帯でいうと下から2番目の「ATH-CKS77X」(実勢価格6980円)で最もよく低音が出た。ソニーに関しても、低音・高音が最もよく出ていたのは最高級モデルではなく、2番目に高価な「XBA-30」(実勢価格1万3800円)だった。
高級モデルの価値は「全体のバランス」
 では、高級モデルの価値はどこにあるのか。これは、「人が感じる音の良さは低音や高音の出方だけでなく、明瞭さや空間の再現力など全体のバランスで決まる」(浪花氏)という点に尽きる。
 例えば前述のオーディオテクニカのATH-CKS77Xは、低音がよく出ていたとはいえ、実際に聞くと低音が少々強すぎる印象もあった。「ドラムセットの音などが他の商品とは異なって聞こえる」(浪花氏)ほどだった。2社の高級モデルに関しては、少なくともこうした印象はなく、低音から高音までがバランスよく聞き取れる感覚は確かにあった。
 ただ、今回の周波数特性の分析結果を見る限りでは、2社の高級モデルは1万円以上の価格差を乗り越えてでも誰もが買うべきものとは断言しにくい。例えば、単純にスマホに標準で付属するものよりも低音にパワーがあるイヤホンが欲しいのであれば、オーディオテクニカの安価なモデル「ATH-CKS55X」(実勢価格4980円)でも十分に満足できるはずだ。
 最後に注意点として、最近の「カナル(耳栓)型」と呼ばれるイヤホンの多くは、耳にきちんと押し込んだ密閉状態を想定して音づくりがなされている。そのため、耳にフィットしない状態で使っては本来の性能を全く発揮できない。
 「なまじ高額なものを買うより、自分の耳にしっかりフィットするものを選んだほうがよい」(浪花氏)というのが専門家の意見だ。
iPhone 5付属のイヤホンは高音が強め
 最後にスマホに標準で付属のイヤホン、そして流行のBluetooth(ブルートゥース)ヘッドホ130624earphone ンの実力も検証した。
 iPhone 5のイヤホンは高音が強めで、これは好みが分かれそう。Bluetoothは有線接続のときに比べて特に中・高音域で音質が変化したが、差は小さかった。
(日経トレンディ 有我武紘)[日経トレンディ2013年6月号の記事を基に再構成]」(
2013/6/20付日経(ここ)より)

イヤホンは、モデルによって本当に音が違う。100円ショップのイヤホンなどでは、とても音楽を聞く気になれない。
量販店に行くと、膨大な種類のイヤホンが並んでいる。その中から、どのような基準で選ぶのか・・・

今の自分は、自宅ではSTAXのヘッドホン・オンリーだが、前は、とにかく軽いもの・・・ということで、BOSEを使っていた。その前はシュアーのカナル型。
特にシュアーを買った時には、最初スカスカの音でビックリ。原因は耳の奥深くまでイヤホンをねじ込まなかったせい。まあ使い方を知らなかったわけだ。カナル型は、遮音性では良いが、少々うっとうしいかも・・・

この日経の評価は、周波数特性に限ったもの。このグラフを見ても、メーカー間での音の違いが良く分かる。テクニカもSONYも、どのモデルも同じような同じような傾向の特性であり、それがメーカー色になっているのだろう。
音楽を聞くことを、場の擬似移動を捉えると、原理的には、何でも周波数特性はフラット・平坦なものが良いはず。つまり、コンサートホールの音を、平坦な特性のマイクで拾い、それを平坦な特性のメディア(CD等)で運び、聞く方も、平坦なアンプ、平坦な特性のイヤホンで聴いてこそ、コンサートホールの音が再現されるはず。まあポピュラー音楽は、音を電気的に加工して“作って”いるので、そうは言えないが・・・
しかし、アンプ・伝送系はフラットが実現出来るが、マイクとイヤホン(スピーカー)という“音と電気信号との変換”における特性のフラット化は、非常に難しい。つまり、それぞれ周波数特性的に、大変なデコボコがある。それが音を変えてしまう。まあそれが“味”と言ってしまえば、その通りだが・・・。

音はもちろん“周波数特性がフラットだから音が良い”という事ではない。実はその他の特性は、なかなか測定器では測れないことが多い。つまりは、聞いてみて判断するしかない。(レスポンス特性など・・・)
結局は、人それぞれの好みの問題になるわけだが、どう比べる? うるさい量販店の店頭で試聴して判断できるとは思えない。結局、友人が使っているイヤホンを聞かせてもらったりして、自分の好みのイヤホンを探すしか無いのかも・・・。

でもプロがキチンと測定したという、この周波数特性のグラフ・・・。あまりの特性のばたつきに、戸惑ったりもするが、つい見入ってしまった曲線ではある。

130624kanikann <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月23日 (日)

目のゴロゴロ感~結膜炎!?

今日は自分用のメモ。何度も書いているが、当blogは自分用の備忘録なので、こんなこともメモしておくのだ・・・。

右目の右側のゴロゴロに気付いたのが、昨日K駅で電車を待っている時なので、午後3時半頃。目にゴミが入ったようでもない。でもゴロゴロして気になる。
夜、観察と実験。鏡で見ると、右目の眼球の右側に、目尻に向かう太い血管が1本見える。その途中に黒い点がある。他に異常は無い。
引き続き実験・・・。眼球を左に寄せると、あまり異常は感じない。しかし右の方を見るとゴロゴロと違和感。原因はどうもこの“点”にあるらしい。点がまぶたの裏に隠れると違和感。
カミさんに見て貰うと、やはりこの点が原因では?という。目にゴミが入って刺さっている?? でも全体的に痛くはないし、大きなゴミが入った記憶もない。カミさんは、とにかく眼科に行け・・・と言う。
電気スタンドの真下で、光の反射を利用して白目の凹凸を観察してみると、その1本の血管全体が少し表面から浮き出ていているように見える。しかし目そのものに、異常は感じられない。手持ちの目薬を付けてみたが、変化無し。しかし、眼球を右にするとやはりゴロゴロと気になる・・・。
つまり、右目の白目に浮き出た血管が、白目の表面に突起を作ることになり、それがまぶたに隠れるとゴロゴロ感が出るらしいことが分かった。

今日になっても状況変わらず。仕方がないので、明日眼科に行ってみるか・・・と思いながら、“結膜、血管、ゴロゴロ”をキーワードにNetで検索してみる。するとあるサイトで、充血=結膜(白目の表面を覆っている半透明の粘膜)や強膜(白目の深いところ)にある血管が拡張して太くなることで、白目が赤く見えることです。出血では白目がべったりと赤く染まって見えるのに対して、充血では目が血走ったように赤くなります。充血を起こす病気で一番多いのは結膜炎(結膜が炎症を起こした状態)です。」(ここ)という記述を見付けた。
そして、結膜炎の症状には、“結膜の充血、目のかゆみ、目の痛み、目やに、ごろごろとした異物感”があるという。充血は、白目が全体的に赤くなる、と思っていたが、1本の血管でも太くなることが充血の一つだとすると、解せる・・・。
これだ!! それで、自分で勝手に「結膜炎」では?と病名を付けた。

早速、散歩がてら近くのドラッグストアに行く。目薬がズラリを列んでおり、どれを選んだらよいか迷う。それで係のお姉さんを呼んで貰い、相談。結局、抗菌目薬の、“1回使い切り”タイプを選んだ。それは使用期限がキー。どうせ治ったら使わなくなって、目薬は残る。それを保管しておいて、次に“ものもらい”にでもなった時に使いたいが、使用期限が短いと困る。普通の目薬は、使用期限は長いが、それは保管の期限であり、一度開けたら半年位で使い切って欲しいという。それが使い切りタイプだと、箱に書いてある2年ほど後の使用期限まで(開けていないので)使えるという。
ドラッグストアの前でまず一滴。1日5~6回というので、3時間おきだ。少し経って目を見ると、血管が細くなった感じ・・・。カミさんにいうと、そんなに早く効くわけない、という・・・
でもやはり右を見るとゴロゴロ感・・・。夕6時頃に2回目の点眼。
すると、どうだろう。6時半頃、何とゴロゴロ感が消えている。血管はやはり細くなっている感じ。何と2回の点眼、約4時間で治った!?

もちろん、しばらくは目薬をさすが、どうやら自分の「結膜炎」という自己判断は当たっていたみたい・・・。なぜなら、結果として抗菌目薬でゴロゴロ感が無くなったから・・・
どうやら、目をこすったことで、目に細菌が入り、充血(血管1本だけだが)して、血管が浮き上がり、その出っ張った血管が、まぶたの裏で刺激になってゴロゴロ感を産んでいたようだ。これも、原理的にそうだろう・・・という自己診断だが・・・。

まあ結果オーライだが、それにしても眼球に対するまぶたの感度は相当なもの・・・。これも目にゴミが入った時のための、自己防御反応なのだろう。
たった2回の点眼、たった4時間の間の反応だったが、昨日のゴロゴロ発症からちょうど24時間でケリ・・・。
それにしても、これだけでも気が重くなるもの。今日は(日)で病院が休みだが、明日はどの眼科に行こうか・・・。もしゴミが刺さっていたら、取る時に目を動かすな、と言われても自信がないな・・・とか。
またいつか、目がゴロゴロしたら、自分のサイトで「目」「ゴロゴロ」で検索し、何年何月にそんなことがあったな・・・、と思い出して、また結膜炎を疑って抗菌目薬をさすのさ・・・。オシマイ・・・。

130623ooyasan <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月22日 (土)

オリンピック「鉄棒」金メダリスト 森末慎二の話

NHKラジオ深夜便「スポーツ名場面の裏側で~オリンピック鉄棒 金メダリスト 森末慎二」(2013/06/14放送)を聞いた。
その話の中で、壮絶なプレッシャーとの戦いが、強く印象に残った。

言うまでもなく、森末慎二は、1984年のロサンゼルスオリンピック体操の鉄棒において、3回の演技すべてで10点満点を出し、パーフェクトで金メダルを獲得した。
その時のプレッシャーとの戦いについて、話をしていた。

<オリンピック鉄棒 金メダリスト 森末慎二の話>

*この放送の全部(42分)をお聞きになる方は、(ここ)をクリックしてしばらく待つ・・・

学校の試験でも良く言われる。「99点は楽だが、100点を取るのは難しい」。それなのに、五輪という大舞台で、3回の演技全てで10点満点とは、その精神力、とても人間業とは思えない・・・。
森末さんがこの話でも述べているように、その時のプレッシャーは、壮絶と言うしかない。プレッシャーのため、体温が39℃にもなり、3日間も体が食事を受け付けなかったという。それでもなおかつ、10点満点パーフェクトの演技をするこの強靱な精神力・・・。
でも、思った。こんな大選手でも、大舞台の時には、緊張でこれだけ体が反応してしまうのだ。だから、我々素人が、緊張の場面で体がどうにかなっちゃうのは、仕方がないよな・・・、と。

この話の中で印象に残った言葉が、「普段通りに・・・、と思ったら、火事場のバカ力が出ているので、必ず失敗する・・・」という部分。緊張の中でも、冷静に自己の心を見詰める別の自分がいる。そこが素人と違う所か・・・。

もし緊張の場面に遭遇したら、こんな話を思い出して、“自分が緊張するのは当然だ!”と開き直ってみたらいかが??

最後に、Youtubeで見付けた、上の話に出てくる1984年のロサンゼルスオリンピック、種目別鉄棒決勝の森末の演技である。

130622sanbon <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月21日 (金)

「役に立つ」か・・・

今日は軽い読みもの・・・。だいぶ前の朝日新聞夕刊の記事・・・

役に立つ 三崎亜記
 ネットの中で出回る、「戦争捕虜に課せられた拷問」という話をご存じだろうか? 拷問というからには、苦痛を与えたり、精神的な圧迫を加えたりするのかと思ってしまうが、その「拷問」は一風変わっている。
 まず、捕虜に地面に穴を掘らせる。翌日には、その穴をそっくり埋め戻させ、更にその翌日には、また同じ場所に穴を掘らせる……。それを毎日繰り返させると、最後には捕虜は、精神の均衡を失ってしまう、という内容だ。
 実際に行われていた拷問なのか、真偽のほどは定かではないが、何の役にも立たない行為の単純な繰り返しを強要されたとしたら、確かにそれは、「拷問」と言うに等しい精神的苦痛を伴うだろう。
 どんな仕事をするにも「やりがい」というものは必要だ。自分のやったことが、何らかの形で誰かの「役に立つ」ことが示されなければ、やりがいを持続させることは難しい。
 ところが最近は、「ブラック企業」、「サービス残業」、「過労死」など、まるで働くことが一種の「拷問」ででもあるかのような状況ばかりがクローズアップされている。働くことで自分が「役に立っている」ということが実感できなければ、仕事は意味のない「穴掘り」と化してしまう。
 私の「小説を書く」という仕事においても、それは同じだ。
 もちろん編集者は「面白いですよ!」と言ってくれるし、通帳には発行した分だけの印税が振り込まれている。読者からの感想の手紙が届くこともある。誰かの「役に立っている」からこそ、私は生活できているのだ。
 とは言うものの、毎日のように立ち寄る書店においてすら、見知らぬ誰かが私の本を手に取り、買い求めている場面というのに遭遇したことがない。電車の中で、文庫本を読んでいる人を見かけるたびにこっそり覗(のぞ)き込んでしまうが、私の小説を読んでいる人物には、ついぞお目にかかったことがない。
 なので、自分の文章が、実際に誰かの人生の「役に立っている」かどうかを実感することは難しい。
 そんなわけで、毎日机に向かいながらも、同じ場所に穴を掘っては埋め戻しているような、堂々巡りのようなやりがいのなさを感じてしまうこともある。
 小説が「役に立つ」かどうか? それを突き付けられたのが、二年前の三月十一日だ。
 地震、津波、原発の恐怖という圧倒的な「リアル」を前に、小説という「空想の産物」が、果たしてどれだけ人の役に立つのだろうと、自問しなかった小説家はいないだろう。
 あの震災で、我々は人間の無力さを嫌というほど思い知らされた。だが同時に、無力だからこそ、見知らぬ誰かとつながり合い、支え合うことの大切さを改めて実感できたのも確かだ。ちっぽけな我々は、先の見えない明日を目指して、「穴を掘り続ける」しかないのだろう。いつかきっと、見知らぬ誰かの「役に立つ」その日を信じて……。
 先日、古道具屋で食器を買い求めた。自転車で持ち帰るので、厳重に包んでもらった。家に帰って包みを解いていて、見覚えのある文章が目に飛び込んできた。二週間前の、このコラムが載った新聞紙だ。割れずに持ち帰ることができたお皿を手に、私は思わず、こう呟(つぶや)いたわけだ。「ああ、役に立っている」(作家)」(
2013/05/22付「日経新聞」夕刊p7より)

「役に立つ」か・・・。そう問われると、公私ともに、何とも自信がない・・・。現役時代はこんなでは無かったのだが・・・。やはり60歳の定年という事実は重たい。世の中は、どんどん“役立たず”の立場に追い込んで行く・・・。ま、ほとんど自分の被害妄想だけど・・・ね。

それにしても、老いても死ぬまで、何かの役に立っている・・・という人生は、理想ではあるが、なかなか難しい。
でも、ある年齢になって、“社会的に役に立つ”というのは難しいとしても、“家庭的に役に立っている”という状態は可能かも知れない。
・・・ナンテ書くと、ウチのカミさんが喜んで、すぐに実践を!!と言い出すので、この辺でサッサとペンを置こう。オワリ・・・。

130621ayasi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月20日 (木)

日テレのドラマ「雲の階段」が終わった

昨日(2013/06/19)、日本テレビ系で放送されていた「雲の階段」(ここ)が終わった。ストーリーの全てが“精算”される、凝縮した最終回であった。

wikiによるあらすじは、「過疎の島・美琴島には診療所があったが、深刻な医師不足に陥っていた。診療所の事務員・三郎は無免許ではあるものの、診療所の医師に代わって医療130620kumonokaidan 行為を行う。そんな彼を唯一暖かく見守るのは、看護師・明子。ある日、島に急患が搬送されてきた。その患者は、東京都の大病院院長令嬢・亜希子。子宮外妊娠していた。折からの暴風雨で、院長は不在。ドクターヘリもたどり着かない状況のため、三郎はやむなく明子を助手にして執刀。程なくして、亜希子は回復。こうして、二人の「アキコ」は三郎をめぐって複雑な三角関係に陥り、長い愛の闘いが始まった…」
その後、主人公の三郎は明子を棄てて上京。亜希子と結婚して大病院の副院長におさまる。しかし無資格医であることが知れて、逮捕される。執行猶予で出所した三郎は明子を頼って美琴島に戻ろうとするが、この事件のために全てを失った院長に刺され、死ぬ・・・??

このドラマは、ラストが問題だった。本の原作や、韓国でドラマ化されたものを含め、それぞれラストが違うらしい。このTVドラマはどうなるか・・・。
結局三郎は、三郎のために破滅させられた院長に刺されて、死ぬ? 明子はけなげに美琴島で三郎を待ち、妻だった亜希子は「犯罪者を夫にはできない」と三郎と離婚し、過疎地の病院作りに去る。
自分にとっては面白かったドラマだったが、一番違和感を覚えたのは、亜希子の母である理事長。医師の使命などどこ吹く風で、病院の権威、病院の利益一辺倒だったスタンスが、副院長・三郎の無資格医がバレると困る、と追い詰められてからの変容ぶりが極端。緊急外来の設立を許可し、最終回では、病院を守ろうとした夫の病院長をなじり、理事長として院長を解雇し、離婚。病院は売却し、自分は過疎の医療のために小さな病院を開いて人生を再スタートする・・・、と娘と共に去っていく。この変身ぶりの理由が良く分からなかった。何をキッカケに、急にこんな善意の人に変わった??

最後のシーンで、島に帰ろうとした三郎に、破滅した院長が“メス”で刺す。ベンチに座った三郎の下は、血の海に・・・。最後に、南国の島で、“日本から来た先生(三郎)”が治療しているシーン。
Net上でもこのラストは色々と物議を醸しているようだ。
南の島のシーンは、三郎が死んで行く時に見た夢? それとも、刺された傷が治って、無資格医でも医師が続けられる、法の緩い外国に行って活躍?
この辺りは、視聴者の想像に任せるらしい。

ともあれ、このドラマのテーマは、扱いが難しい無資格医・・・。原作は渡辺淳一の1982年の作品だというので、結構古い。まあ渡辺淳一だけに、医学的な検証はされているのだろうが、ずぶの素人が、孤島で本だけを頼りに、実地で外科手術をこなして腕の良い外科医になっていく過程が、ちょっと無理筋?・・・。幾ら手先が器用でも、本の知識と、一人の医師の指導だけで、こんなにも上達出来るのか・・・? まあドラマだが、それで患者がもし死亡したら、まさに殺人になってしまうのに・・・。ちょっときわどいテーマ設定ではある。

確かに、過疎の孤島では、医師が定着しない。しかも医療分野は、“何でも屋”でなくてはならない。よって、医師が来ない、という過疎の課題は分かる。しかし、その無資格医が、堂々と東京の大病院で副院長を張る、という設定から、いつバレるか、というスリルにつながって行くのは、まさにドラマ。
誰でも思い付くのは、無資格なのは、Netで検索すればすぐにバレるはず・・・。まあドラマなので仕方がないが・・・

結局、医師法違反で、懲役1年、執行猶予3年の判決だったが、たぶんそれからも、目の前に死にそうな患者が現れたら、三郎は放っては置けずに、また手を下すであろう。その意味では、ラストに出て来た、南の国の孤島で、お助けマンとしての医師活動は正解かも・・・
それより、まだ35歳と若いのだから、これから医学部に入って、ちゃんとした医師の資格を取れば良いのに・・・。

話は飛ぶが、昔、43歳で医学部に合格し、会社を辞めていった人がいた。その人は、潰瘍性大腸炎だった。難病で、定期的に入院していた。自分が病気になったので、それがキッカケで医師を目指したのだろう。Netでみると、やはりその人は、現在ある国立病院で、消化器科の医師をしていた。
つまり、志さえあれば表の道を歩くことも、不可能ではない。もちろん正規の大病院では、前科者の採用は難しいので、過疎の病院になるだろうが・・・。もっとも医学部を出るのは、金が無いので無理だな・・・

まあそんな想像は別にして、ドラマの中盤、中傷のいやらしさが出て来て、作品の品が損なわれるのでは?と心配になったが、それも無難にこなして、ラストに向けた緊張感が何とも楽しめたドラマだった。

*蛇足だが、今はNetで、このドラマを全編無料で見られるのですね(ここ)。詳しくは分からないが、見逃してもPCで自由に見られるのは便利な時代になったもの・・・

130620yuukibutu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月19日 (水)

就業力が育つ大学ベスト40

学歴は、やはり人生に多大な影響を与えるもの。しかし、自分もここまで歳を経て振り返ってみるに、人は“出身大学での差”は無い、と言い切れる。つまり、“**大学出だから優秀・・・”ということは無いのである。

先日の日経新聞に、「就業力が育つ大学」のベスト40が載っていた。
ここで言う「就業力」とは何か・・・?
就業力 文部科学省が2010年度に「大学生の就業力育成支援事業」の中で使い始めた。「学生が卒業後に自らの資質を向上させ、社会的・職業的自立を図るために必要な能力」などと位置付けられている。」そうだ。

<就業力が育つ大学ランキング>
順位  大 学   総合計

1 東京外国語大学  1489
2 横浜国立大学    1462
3 一橋大学      1445
4 名古屋工業大学  1440
5 愛知淑徳大学   1431
6 束京女子大学   1424
7 筑波大学      1382
8 束京大学      1377
9 上智大学      1373
10 龍谷大学     1370
11 立教大学     1366
12 北海道大学    1363
13 日本女子大学  1357
14 岡山大学     1354
15 新潟大学     1351
15 山口大学     1351
17 成蹊大学     1350
18 岩手大学     1345
19 信州大学     1343
20 法政大学     1342
21 北九州市立大学 1341
22 跡見学園女子大学 1339
23 茨城大学     1334
24 千葉大学     1322
25 明治学院大学  1321
26 国学院大学    1318
27 青山学院大学  1317
27 関西学院大学  1317
27 立命館大学   1317
30 弘前大学     1316
31 成城大学     1314
32 明治大学     1313
33 大阪大学     1312
34 甲南大学     1311
35 慶応義塾大学  1307
35 中央大学     1307
37 早稲田大学   1306
38 創価大学     1305
39 同志社大学   1304
40 昭和女子大学  1301

「就業力」育て 総合ランキング上位は
 東京外語大、授業に高い満足度 横浜国大、学年垣根越え交流
 就職・転職支援の日経HRは大学生を対象に学業や課外活動など4分野から成る「学生生活充実度調査」を実施した。学生時代に身につけた主体性や協調性は、社会人に必要な能力として企業が注目する。調査結果から就職後に成長する能力などを指す「就業力」を育てる大学をランキングにした。就職面の強さを重視して大学を選ぶ受験生の参考になりそうだ。

130619daigaku  総合首位に立ったのは東京外国語大学。授業に関して88%が「面白い」「理解している」と回答するなど、学業分野の評価が高い。ある学生は「目標がある人には何でも学べる入り口が開かれている」と指摘した。交友関係分野では100%が「学内に2人以上の友人がいる」「学外に年齢の異なる友人がいる」と答えた。海外からの留学生が多く、国際色豊かなキャンパスライフがうかがえる。
 2位には横浜国立大学がつけた。交友関係分野で100%が「先輩・後輩との付き合いがある」、94%が「学生生活は楽しい」と回答した。主要な施設が横浜市のキャンパスに集中しており、研究分野や学年の垣根を越えて交流できる環境が整っている。
 3位一橋大学は回答者の全員が研究室に参加しており、「ゼミの一橋」の面目躍如となった。商学部の学生は「小規模なので教授の目が行き届いている」と評価する。大学の就職支援について91%が「役立つ」と回答。学園祭や合宿の参加経験が100%となるなど、課外活動も活発だ。
 4位には首都圏以外ではトップの名古屋工業大学が入った。100%が「入学時に望んだ勉強ができている」と回答。89%が大学での学業や経験が仕事に「役立つ」と答えるなど、工業系大学の強みを発揮した。卒業後は愛知県内の製造業に進む学生が多い。
 5位愛知淑徳大学が私立大で最も上位にランクインした。授業について「理解している」が95%、「面白い」が86%に達した。学部や学科を越えて授業が受けられることが、学業分野の高い満足度につながっている。
 6位東京女子大学で、女子大で最上位だった。専門分野だけでなく幅広い教養を身につけるリベラルアーツ教育を実践しており、91%が「入学時に望んだ勉強ができている」と答えた。図書館を「よく利用する」は68%で成蹊大学に次ぎ2番目に高かった。
 7位筑波大学は学業分野で「ゼミに入っている」が94%、課外活動分野で「サークル・部活に所属している」が81%だった。社会・国際学群の学生は「充実した施設で少人数教育を受けられる文武両道の総合大学」と評した。
 8位東京大学が登場。イベントの参加経験を聞いたところ、サークルや部活などの合宿が91%、学園祭が83%に上った。「彼氏・彼女がいる」と答えた学生は全体平均の38%を上回る50%に達し、学業だけでない学生生活が垣間見える。
 9位には上智大学が入った。国際性に富んだ学風を反映して「留学経験がある」は32%で、全体では4位だった。経済学部の学生は「留学生が多く、普通に生活するだけでもグローバルな人間になれる」と答えた。
 10位は関西勢で唯一ベスト10入りした龍谷大学。「学内に2人以上の友人がいる」が100%、「先輩・後輩との付き合いがある」が95%と交友が盛んだ。
 総合ランキングで10位に入らなかったものの、分野別で上位につけた大学もある。総合で59位だった同志社女子大学は学業分野では3位に入った。現代社会学部の学生は「幅広く教養科目の知識を身につけられる」と回答した。
 大学の就職支援などを聞いた就業観分野では、山口大学が首位。地域に根差した就職支援組織が充実している。2位には女性のキャリア教育に定評がある跡見学園女子大学が入った。3位の金城学院大学はインターンシップを経験した学生が56%と多かった。
 課外活動分野では岡山大学が3位。ボランティア活動に参加経験がある学生は67%おり、全大学でトップだった。交友関係分野は弘前大学が4位。学生からは「比較的小さな規模なので顔見知りが多い」といった声が上がる。

*調査概要 日経HRが2012年11月19日から、同社で企画・管理する就職情報サイト「日経就職ナビ2014」の登録会員(大学3年、院1年)にインターネットで実施。13年4月30日までに回収した。有効回答数は470大学・4463人(4年制大学のみ)。
*ランキングスコアの算出方法 「学業」「課外活動」「交友関係」「就業観」の4分野で構成するアンケートを実施。各分野の質問に対する肯定的な回答を大学ごとに集計・得点化するなどしてランキング化した。
*ランキング対象 回答者数が15人以上あった77大学のうち上位65大学までの総合ランキングを作成。17日発売のムック「親と子のかしこい大学選び」(日経HR)では、65大学全体の総合ランキングや調査結果の詳細などをまとめています。」(
2013/06/17付「日経新聞」p23より)

大学の偏差値ランキングは良く見る。しかし、学力の偏差値順位とは見方が違う、“就職後に成長する能力などを指す「就業力」を育てる大学”のランキングとは、何とも楽しい。何よりも、旧帝大で入っていない大学が、過半数の4つもある。北から東北大、名古屋大、京都大、九州大が入っていない。これは愉快・・・
もっとも、回答者数が少なくて、ランキング対象から外れている可能性もあるが・・・

それにしてもこのランキング。“社会でこれから活躍するだろう学生”ランキングとも見えるし、学生時代がいかに有意義か、のランキングとも読める。でもこれは重要なこと。せっかくの貴重な4年間に何が身に付くかは重要・・・。

カミさんがなぜかバカにする(!)自分の母校・・・。「**大学出身でも、こんなことも知らないの?・・・」と。決して自分の母校を卑下しているわけではないが、まあ自分も”大人”だ。こんな記事でも読んでウサを晴らすことにしようか・・・。
(自分の母校はこのランキングに載っているが、カミさんのは載っていないのだ。ヘヘヘ・・・)

130619yuuryou <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月18日 (火)

「森永ミルクキャラメル」が100歳に

先日の朝日新聞に、長寿製品についての記事があった。

売れて100歳 極意あり
 森永ミルクキャラメル、10日に仲間入り
 「森永ミルクキャラメル」が10日に発売100年を迎える。「ライオンこどもハミガキ」もこの冬で発売100年。新商品が出ては消えるご時世に、世紀をまたいで愛される「100歳商品」。その名も味わいも人々の五感にしみこんだ現役選手だ。
進化すれど小細工は禁物
 ばら売りで1913年6月10日に世に出た森永製菓のミルクキャラメル。翌年に黄色い紙箱をまとい、「風味絶佳(ぜっか)」「滋養豊富」のうたい文句をつけた。やさしい甘さも、装いもいまに続く。
 つぶを包むワックス紙に、はがしやすいようアルミ箔(はく)を使ったり、お年寄りの入れ歯にくっつきにくくしたり、と進化している。でも、商品の安定感を傷つけることは御法度だ。森永製菓史料室の野秋誠治さんは「もはやメーカーの手を離れた存在。小細工はできません」と言う。
 森永は、キャラメルという菓子を日本に広めたメーカーだ。同じ13年12月に「ライオンこどもハミガキ」を出したライオンも、チューブ入りの練り歯磨きを日本で初めて売った。共通するのは、新しい市場をひらいたことだ。
130618100sai  100歳商品の先輩を見ても分かる。アサヒ飲料の「三ツ矢サイダー」(1884年発売)、森下仁丹の「仁丹」(1905年)、マルハニチロ食品の缶詰「あけぼのさけ」(10年)。いずれも日本ではなじみの乏しい風味や食感だった。
 「ロングセラーの発想力」(ダイヤモンド社)の著書がある明治大の斎藤孝教授は「森永ミルクキャラメルなら、やさしい甘さ、三ツ矢サイダーならすっきり感。商品名だけで味が浮かぶ。五感との結びつきはもう簡単に解けない。それが100年も続くひけつでは」とみる。
 もっとも、長寿商品は昨今は生まれにくい。大手コンビニの担当者によると、菓子だけでも毎年2千点もの新商品が出て、生き残るのは10品ほどという。売れ筋にならないと、すぐさま棚から外されていく。
 大手の小売店では、利幅の厚いプライベートブランド(PB)がはやる。そうして「息の長い商品を作りにくくなった」(大手菓子メーカーの開発担当者)。
 ただ、「後輩」たちも努力を怠らない。「カルピス」は7月7日で94歳。毎年の「誕生日」には、社長自らスーパーに立って、試飲を勧めている。
 即席麺の元祖である日清食品の「チキンラーメン」も、ビールに「辛口」の概念をもちこんだアサヒビールの「スーパードライ」もすでにロングセラーとはいえ、生まれはそれぞれ58年と87年。目指す100歳商品から見れば、まだまだ青い。(米谷陽一)」(
2013/06/01付「朝日新聞」夕刊p1より)

これらの写真はどれも懐かしい。
キャラメルと言えば、小学生低学年だった頃、森永ミルクキャラメルの工場に見学に行った記憶がある(たぶん・・・)。昭和30年代初め、埼玉に住んでいた頃の記憶である。しかし森永に、かつて埼玉に工場があったという記録は見付からない。自分の遠い記憶なので、違っているかも・・・??
記憶と言えば、小学校5年生の時に銚子旅行があり、ヒゲタ醤油の見学をした。子供の頃の記憶はスゴイもので、土産にもらった小さい醤油のビンを、誇らしげにお袋にあげた記憶が未だに残っている。その時に覚えたヒゲタ醤油だが、我が家の食卓の上は、なぜかキッコーマン・・・

そんなヒゲタ醤油も400年だという。長寿命の会社はたくさんある。しかし長寿の製品となると、数は少ない。
普通の製品の命は短い。家電品など、1年ごとに新製品に置き換わる。そしてサービスも7~8年でオワリ。つまり10年で製品寿命は尽きてしまうのが普通。
そんな世の中、100年もの製品寿命を保っているのは大変なもの。まさに「もはやメーカーの手を離れた存在」であり、ひとつの文化になっている。つまり、その製品に携わっている人は、仕事と言えども、文化の担い手・・・??

そんなことを思うと、大きな建設に携わった人は羨ましい。橋でもダムでも建物でも、“自分の作品”が、リタイア後でも残っている。
人生、自分の作品が世に残る、ということは、自分が生きた証、ともなる。羨ましい限りだ。
そんな事を思いつつ、自分の人生と100歳製品の絵とを比べて見る自分である。

130618arerugi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月17日 (月)

川重解任劇 株主不在「内輪もめ」

先日の、川重の三井造船との経営統合破談のニュースは、非常に違和感を持った。“オレに挨拶がなかったから・・・”というニュアンスに聞こえたので・・・。「経営統合より、こうした方が、川重の将来にとって、よりベターだ」といった、社員や株主の立場での議論の末ならまだしも、あまりに子供じみている、と感じた。実態はどうあれ、記者会見だけでも、体裁を整えることが出来なかったのか・・・。
案の定、先日の日経新聞に自分と同じような感覚の記事が載っていた。

川重解任劇にみる破談の構造
   株主不在「内輪もめ」 トップの決断軽く

 川崎重工業が「35分の解任劇」で三井造船との経営統合を白紙撤回した。台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業によるシャープへの出資、日本ペイントに対するシンガポール塗料大手ウットラムグループへのTOB(株式公開買い付け)など、トップ同士がいったん合意したM&Aや資本提携の「破談」が続いている。背景にはガバナンス(企業統治)を巡る構造問題がある。
 「取締役会を軽視した行動が許せなかった」。川重の村山滋社長は13日の記者会見で長谷川聡前社長を解任した理由を説明した。前社長らが独断で三井造船との経営統合交渉を進めたことに不信感を募らせたという。
 一方、この日の会見で株主価値に関する言及はほとんどなかった。株主利益を守るのが取締役の第一の責務であることを考えれば、三井造船との経営統合が川重の株主利益をどう損なうのか、論理的な説明があってしかるべきだ。
 株主は経営統合を推し進めた長谷川氏の言い分も聞きたかったはず。株主利益をそっちのけにして「許せなかった」で済ませたのでは「内輪もめ」の印象をぬぐえない。・・・」(
2013/06/16付「日経新聞」p7より)

社長など、その立場にある人が、営々と築き上げてきた会社の歴史を塗り替える方向転換をすることは良くある。そこに、“根回し”という課題が浮かぶ。
今回の川重の例では、根回し不足で、決裂・・・。まさに日本的な構図・・・。日本の社会では、根回しは必要悪なのである。
たぶん裏には、反対者が多く、根回しが不可能だった事情もあったのだろう。だから強行突破!で、決裂・・・

結局は、社長の周囲のコンセンサス(賛同)を得るための努力不足、力量不足があったのだろう。本当にそれがベターなら、相手が先輩であれ、取締役であれ、はてまた社員、株主、市場であれ、説得出来るもの。それが出来なかったのは、経営統合がベターでなかった可能性もある。
それが、話が実に素直に、「取締役会を軽視した行動が許せなかった」から始まったので、泥まみれの話になってしまった。

経営は理屈通りに行かないことは周知のこと。そこには当然好き嫌いの感情も入る。「あいつのアイデアは全てキライ・・・」「あいつの提案なら、前向きに聞いてやろう・・・」等々。
今回のように、会長が先導して自分が任命した(?)社長を切ることも、良くある。先日も、某電気メーカーが、取締役会で「社長は私です。会長は黙っていて下さい」とやったあげく、会長から社長をクビにされた、というウワサの会社もある。
まあどんな大会社の幹部とて、感情の塊の人間であることに代わりはない。

先日、NHKテレビで、「幸田家の人びと~江戸・平成 四代の物語~」という番組を見た。その中に幸田露伴の「五重塔」の朗読が出て来た。五重塔の棟梁に誰がなるかを、二人で決めろ、と寺の上人に言われて、兄弟子にも当たる源太と、のっそり十兵衞が話合う場面である。源太は何とか二人で建てようとするが、どんな条件にも、十兵衞は「厭でござりまする」。つまり、一人で建てさせろ、と言うのである。結局は十兵衞が一人で建てるのであるが、これは良く分かる。
車のデザインと似ている。車のデザインは、会議で多数決で決めるのではなく、ある一人のデザイナーが全部を決める、と聞いたことがある。一人でやらないとまとまりが付かないようだ。それと同じ。自分がやりたいことを、トップが二人では、自由に出来ない。やるのなら、自分の考え方で自由にやりたい・・・。

会長、社長の場合はどうか。社長は、せっかく社長になったのだから自由にやりたい。しかし会長の方はそうは思っていない。自分が社長にしてやったのだから、当然自分の意のままに動くはず、と期待する。それがもし反逆されると、まさに飼い犬に手を噛まれた状態になり、憎さ百倍になる。そして政変に・・・
ま、そうだろうな・・・。自分も同じような経験があるので、否定は出来ないな・・・

大人げない大企業トップのクーデターに、少々ビックリしたニュースであった。

130617puru <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月16日 (日)

ピンク・マルティーニの「菊千代と申します」

先日、“由紀さおり&ピンク・マルティーニ ジャパンツアー2012”(2012/10/31オーチャードホール)をテレビで見ていたら、不思議な音楽を聞いた。「菊千代と申します」という歌なのである。何と日本の芸者の歌を、アメリカの楽団・歌手が直立不動で歌っている。どう歌って良いものやら、迷いながら??

<ピンク・マルティーニの「菊千代と申します」>

「菊千代と申します」
  作詞:山上路夫
  作曲:鈴木庸一

菊千代と申します
白いうなじに揺れていた
ナイトクラブの青い火を
抱いて踊ればやさしい肩が
なぜか悲しく なぜか悲しく
震えてた 震えてた

このままでいつまでも
二人過ごした赤坂の
君とホテルの恋いの夜
燃えたあなたのいとしい頬が
いつかさびしく いつかさびしく
揺れていた 揺れていた

菊千代と申します
みんな忘れてお仕事
たった一夜で消えた人
甘くせつない移り香だけど
そっと残して そっと残して
霧の中 霧の中

菊千代と申します

Netで調べてみると、この歌は和田弘とマヒナスターズが昭和38年に歌ったもので、リーダ130616pink ーのトーマスが2000年に米国の中古レコード店で見付けたレコードに入っていた、この「菊千代と申します」が気に入り、2003年8月に和田弘のスチールギターも入れて、日本でレコーディングされたものだという。
その経緯は、後に由紀さおりの中古レコードを聞いてコラボを実現し、「1969」というアルバムを作ったことと似ている。しかしこれは、由紀さおりのレコードを発見する前のことだ。

自分も歌謡曲歴・半世紀を誇るが、自分の音源集にもマヒナの「菊千代と申します」は無い。この歌は、ラジオでもほとんど放送されなかったのではないか? そんな意味では、まさに半世紀を超えて甦った歌なのである。
もちろんこの歌、マヒナのオリジナルは聞いたことがないが、何とも風情が感じられる歌だ。しかしやはり日本で大ヒットする歌とは思えない。それだけに、ただただ日本人の誰もがビックリする歌を発掘したトーマスさんの感性に感心・・・。
でもピンク・マルティーニのこんな発掘活動は、各国の文化財発掘、という意味で?好ましいことではあるまいか。

最後にもう一つ。この歌のインストルメンタル盤を聞いてみよう。2003年の録音の時に、和田弘のスチールギターも入ったようだが、これはその音源のリミックス盤のように思える。

<ピンク・マルティーニ(+和田弘)の「菊千代と申します」inst>

130616konoko <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月15日 (土)

「がん治療の不信と向き合う」~柳原和子さんが残した言葉

今日は、長いのではなはだ恐縮だが、非常に示唆に富む話なので、じっくりと読んでみたい。先日の朝日新聞に載っていた記事である。

「(インタビュー)がん治療の不信と向き合う
    編集者・ライター、工藤玲子さん
まっとうな懐疑心 自立と依存の間で納得目指し生きる
 「がん治療は有害無益」。そんな内容の本がベストセラーになっている。広がる医療不信にどう向き合うか。がんを患いながら医療への問題提起を続け、2008年に亡くなった作家の柳原和子さんの言葉は、それを考える上での示唆に富んでいる。柳原さんの闘病を間近で献身的に支え続けた工藤玲子さんに、柳原さんの思いを聞いた。

 ――柳原さんは患者の立場から、医療がはらむ問題を指摘してきました。医療不信についてもたびたび発言していますね。
 「柳原さんには、がんの告知を受ける前から不信感がありました。母親が卵巣がんで亡くなった際、医療ミスが疑われ、主治医の心ない言葉を耳にしたことなどがきっかけです。当時『お母ちゃんと同じ年齢で同じがんになって、すべてを記録する』と誓った。その通り、47歳で卵巣がんになってしまったのです」
 「でも、決して現代医療を否定したわけではない。海外を含め最新の治療情報にアンテナを張り、専門医を訪ね歩き、徹底的に議論した。亡くなる直前にも『再発後、私が4年以上も生きられたのは現代医学の勝利』と話していました」
130615kudou  ――では、がん治療の何を問題視していたのでしょうか。
 「現代医療は一人ひとりの人間を匿名化し、治療データを蓄積して発展します。実際の治療でも、症状や病気の進行段階で仕分けされ、標準治療という流れ作業に乗せられる。有効な手法かもしれませんが、患者の個別性が見落とされがちです」
 「柳原さんが警戒したのは、『病や死と向き合う私』というかけがえのない物語を、『現代医療にとってのがん患者』という大きな物語に絡め取られてしまうことです。自覚症状がないのに告知され患者というレッテルを貼られ、苦しい治療を受け、検査結果に一喜一憂し、時には余命まで宣告される。医療者の側は善意でも、最後の日々が『納得できる生』とほど遠くなりかねない」
 ――柳原さんは「がん治療で殺されない七つの秘訣(ひけつ)」などの著書があり、医療不信の流れをつくった一人とされる近藤誠医師とも親交があったそうですね。
 「何度も対談したし、柳原さんご自身の治療について意見も聞きました。医療依存を戒め、患者の自立を促す点では共通していた。でも、相いれない面も大きかったです」
 「近藤先生の考えは『がんの治療は積極的に行うべきではない。手術や抗がん剤治療は多くの場合、無意味だったり、苦しみをもたらし余命を縮めたりする。基本的に放置するのが一番』ということです。柳原さんの批判は『それは患者にとって救いにはならない』ということでした。告知され、死ぬかもしれないという状況で何もしないことに、多くの患者は耐えられない。『何をしても無駄』と話す医師と、『効果があると信じているからやる』と語る医師のどちらをとるのか。柳原さん自身は近藤先生の意見を、現代医療に依存し過ぎないためのセカンドオピニオンとして受け止めていました」

 ――近藤氏の主張は、1996年の著書「患者よ、がんと闘うな」からほぼ変わっていません。なぜ今、再び読まれているのでしょうか。
 「原発事故の影響が大きいと思います。放射能による健康被害について、専門家の間でも意見が分かれた。データを根拠にしようとしても、過去のデータの蓄積自体が不足していて判断できない。素朴な専門家信仰が崩れ、自分自身でリスクを判断せざるを得なくなった」
 「がんも原因ははっきり分からないし、治療法も進歩の途中にある。医師たちは一見、確信に基づき治療しているように見えるが、実は手探りで歩んでいる。医療には限界があり、全面的に頼れるものではない、という考え方が受容されやすくなった。近藤氏の主張は、健康な人々が医療に対しまっとうな懐疑心を持つきっかけになっていると思います」
 ――柳原さんは著書「がん患者学」の中で、現代医療以外の代替療法を取り入れ、長期生存している患者たちを取材しています。自身でも食事療法や気功などの代替療法を実践しました。現代医療よりも代替療法を信頼していたのでは?
 「代替療法の『人が本来持つ治癒力を引き出す』という精神論にひかれていました。現代医療だけに頼っていると、がんに対して自分でできることが何もなくなってしまう。柳原さんが最初に入院した時、多くの患者仲間たちの話を聞いて気づいたのが『退院後、治ったと思って安心し、温泉三昧(ざんまい)、おいしいものを食べていた患者は再発する』ということでした。それは偏見かもしれませんが、人は最終的には自分なりの納得や確信に基づいて動くしかない。『自分は治療が終わっても治ったと安心しない。がんに対してできることをやる』と誓ったそうです」
 「柳原さんは、日常生活の中で代替療法を実践することは、現代医療から自立するための杖になりうると考えた。がんを治すためというより、生きる力を養う『養生』と捉えていました。代替療法でがんを治すという治療家には懐疑的でした」

 ――現代医学による治療を受け入れつつも、頼り切らずに自立する。普通の患者には難しそうです。
 「極論を言えば、現代医療で治る患者は依存してもいいと思います。治った患者さんに医療不信などない。『よくやってくれた』と思う人が大半です。でも医者から『治らない』と見放されたら、そこからどう生きればいいのか。柳原さんは現代医療の根底にある『治れば勝ち、治らなければ負け』という価値観からの脱却を目指していました。治らなくても、自分が自分に対して勝利者になる生き方を模索する機会として、がんを考える。そこで『自立』というテーマが前面に出てくる」
 ――柳原さんは、それを実践できたのですか。
 「再発後、ほとんどの医師が絶望を口にする中で『2、3年はだいじょうぶ』と力強く話す医師がいました。その人が行ったラジオ波で腫瘍(しゅよう)を焼く治療で、肝臓に転移したがんが何度も消えました。旅行や仕事などやりたいことをして、がんから解放される猶予をもらえた。治療が順調だった約1年間、柳原さんの日々は充実していた」
 「再発がんについては治療データが乏しく、『分からない』という点では患者も医師も対等です。対話を重ねて治療法を決め、最終的には信頼して任せる。患者と医師の理想的な関係にたどり着いたとも言えますが、自らの目標とは異なり、医師に依存していたようにも見えました」
 「それで終われればよかったのですが、その医師も弱音を吐くほど、手に負えなくなる時が来ました。柳原さんも覚悟はしていたはずですが、現実を突きつけられた時の敗北感と絶望は大きかった。ある時、すべての治療から撤退し、家に閉じこもってしまいました。死を受け入れるための格闘の日々。少し元気な時期もあったのですが、黄疸(おうだん)が出たことで緩和ケア病棟に入院しました」
 ――「治らなければ負け」を完全には乗り越えられなかった、と。
 「亡くなる数日前、お姉さんに『こんなもんかな』とつぶやいたそうです。人生、理想通りとはいかなかったけど、やれることはやった。まあ、いいか、という感じだったのでは。聖人君子のようには振る舞えなかったけど、病を抱えつつも自分の人生を生き切ったと思います」
 「柳原さんには人を丸ごと大きく巻き込んでしまう不思議な吸引力があり、最期までお付き合いしました。泣いたり、わめいたり、はしゃいだり、喜んだり、引きこもったり。人間は強くないし、病を抱えるとさらに弱さが出てしまう。でも、それでいいんだよ、と、柳原さんに教えてもらった気がします」(聞き手・太田啓之)
*くどうれいこ 69年生まれ。料理、健康、医学、子育てをテーマにした本や記事を手がける。編著に「柳原和子 もうひとつの『遺言』。
130616yanagihara *故柳原和子さん 50年生まれ。86年、「カンボジアの24色のクレヨン」でデビュー。97年、卵巣がんの告知を受け、8カ月入院。その経験や患者、医療関係者への取材をもとに00年「がん患者学」を出版。患者の側に立ち、現代のがん医療を批判した同書は多くの支持を得た。03年にがん再発、余命半年の告知を受ける。05年、その後の闘病や思索をつづった「百万回の永訣(えいけつ)」を著す。08年3月死去。」
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「完治しなくても美しいグレーを」
 NPO法人キャンサーネットジャパン事務局長 柳澤昭浩さん
 医師の説明や治療方針に患者が納得できないとき、「医療不信」は生まれます。高い技術や丁寧な説明を患者は求めますが、医師らは忙しく、コミュニケーションが十分に取れないことも多いのです。それに患者と医師では、元々持っている情報に差がありすぎます。医師の言うことを患者が理解できない、正しい情報でも感情的に受け入れられない、といったこともある。さらに、以前に比べて今は、あやしいものも含めて様々な情報が入り乱れ、患者が見聞きするようになっています。
 3割以下の自己負担ですむ国民皆保険は、平等に医療を受けられる素晴らしい制度ですが、質が高い医療も低い医療も同じ値段でなされていて、いわば医師のモラルに任されています。一方、公的医療保険のコストには、不安も解消してくれるサービスなど患者の個別性を重視してケアする分まで含まれているわけではありません。しかし患者はその認識が低いため、医師への要求水準が膨らむのです。そうしたことも、不信が募る構造を生み出しています。
 その結果、極端なことが起きます。治療をしてもしなくても同じだから何もしない、もしくは薬を個人輸入するなどして最後まで闘う。こうした白か黒かという選択を、患者がとるのです。
 人は、際立ったことに飛びつきやすい。分かりやすいですから。でも医療には確立されてないことが多く、個人差も大きい。治るか治らないかに、希望と絶望の分かれ道があるわけではないと思います。
 特にがん治療では完治をゴールにすると、達成しえないことがあります。「積極的な治療は困難です」と、医師が「よかれ」と思って伝えても「見捨てられた」と感じる患者もいる。完治以外の、自分らしい生活を送るという目標にシフトできたら、と思います。
 私は抗がん剤を扱う会社に勤めていましたが、患者向けの情報が十分でなく、患者の利益にならないことも多くあると感じていました。基本的に医療は、科学的根拠に基づくもの。でも、患者はエモーション(感情)ベースで考えがちです。その真ん中にいて、わかりやすい言葉で伝えるのが今の仕事です。科学と感情のはざま、微妙に合意できる位置にくるようサポートするのです。よりハッピーで、あなたの状況に合った方法を選びましょう、と。白か黒かではなく、美しいグレーを目指して。(聞き手・辻外記子)
*やなぎさわあきひろ 65年生まれ。製薬会社に18年間勤務後、07年から現職。がんになっても生きがいが持てる社会を目指す。」
(2013/06/12付「朝日新聞」p17より)

今日も買い物のついでに本屋に寄ったら、近藤誠氏の「医者に殺されない47の心得」や、中村仁一氏の「大往生したけりゃ医療とかかわるな」(ここ)や「どうせ死ぬなら「がん」がいい」が山積みされていた。常識とは逆のことを言うのが新刊書の定番だが、これらも非常に刺激的な題なので、人を引き付けるのだろう。

その近藤氏の考え方について、故柳原和子さんが論じている。
柳原和子さんのがんとの闘病については、何度かNHKのテレビで見たことがある。
それにしても、がんに罹ったとき、“『何をしても無駄』と話す医師と、『効果があると信じているからやる』と語る医師のどちらをとるのか。”という指摘は、何とも重たい・・・。

慶大の近藤誠医師については、まさに15年ほど前、慶大病院の地下の売店で「患者よ、がんと闘うな」を買ったときから知っているが、論としては分かるものの、自分が当事者だった場合はどうか・・・

近藤氏は、wikiによると、1973年に慶大医学部を主席で卒業。「1983年に、臨床同期で最も早く慶應義塾大学医学部専任講師に就任。しかし、1988年に慶應義塾大学専任講師の肩書きで論文「乳ガンは切らずに治る」を『文藝春秋』を発表して以降、昇格を絶たれる。」とある。
医療の標準を否定すれば、現場から白い目で見られて排除されることは常識。それなのに、来年(2014年)3月に定年を迎えるということなので、逆によく定年まで勤められた・・・。そして、定年後のための「近藤誠がん研究所・セカンドオピニオン外来」を、今年既に開設したという(ここ)。

自分や家族ががんの当事者になったら、たぶん自分も色々な本を読んで七転八倒すると思うが、上の記事の最後の題、「完治しなくても美しいグレーを」という言葉がなぜかフィットした今日なのである。

130616jyugyou <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月14日 (金)

「世界一危険な国はベネズエラ」~日本は“安全な国”の27位

今日は軽い話。だいぶん前の記事だが、朝日新聞に世界の危険な国、安全な国のランキングが載っていた。

世界一危険な国はベネズエラ
 ギャラップ社、134カ国・地域調査紙面で読む 世界で最も危険を感じる国はベネズエラ――。米ギャラップ社が市民の体感治安を調べたところ、こんな結果が明らかになった。
130614kikennakuni  134カ国・地域で昨年末までに実施された調査で、「夜道を一人で安心して歩けますか」との問いに対し、ベネズエラでは74%が「いいえ」と答え、アフガニスタンなどの紛争地域を抑えてトップとなった。NGO「ベネズエラ暴力監視団」は昨年末、同国で人口10万人あたり73人が殺害されていると発表しており、誘拐や強盗などの犯罪も頻発している。
 マドゥロ大統領は、警察駐在所の設置や国軍の展開を相次いで打ち出すなど、治安対策のアピールに必死だ。
 一方、最も安全と感じる国はカタール。日本は27位だった。(リマ=岩田誠司) 」(
2013/05/22付「朝日新聞」p12より)

<最も危険な国・地域>
①ベネズエラ
②南アフリカ
③チャド
④ボツワナ
⑤ガボン

<最も安全な国・地域>
①カタール
②グルジア
③インドネシア
④ミャンマー
⑤香港
・・・
(27)日本
・・・
(34)米国

だそうだ。
予想外・・・。日本は世界で最高に安全な国だと思っていたが、27位とは・・・
それにしてもミャンマーが4位とはオドロキ。彼の軍事政権だったビルマだぞ・・・。それにインドネシアが3位とは・・・

自分の思い込み・常識に、決定的に自信を失ったこのリストではある。

130614yosode <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月13日 (木)

「改憲は戦後の知恵壊す」

今日(2013/06/13)の東京市場は、3日連続の暴落で、4月4日以来の12,400円まで下げた130613kabuka という。20日ほど前16,000円近くまで行ったのに、17%もの下落だ。そんな影響か、最近は首相の改憲議論が少しおとなしいようだが・・・
最近、気になった改憲についての記事二つ。

「(天声人語)自民重鎮の憲法観
 なるほどと思った。先日の本紙「声」欄(東京本社版など)だ。一度だけ魔法が使えるとしたら何をしたいか。小学生同士で話していたら、ある子が言った。「魔法使いにさせて下さいといって魔法使いになる」▼それがかなえば魔法は使い放題、なんでもできる。一同、「すごい」と盛り上がった。これは憲法96条の改正と同じでは、というのが投稿した方の見立てだ。改憲の発議の要件をまず緩めるという主張の危うさを鋭く突いている▼試合に勝てないから、ゲームのルールを自分に有利なように変えるようなもの。何に使うかわからないが、とにかく拳銃をくれ、と言うようなもの。96条の改正を先行させようという発想は、様々に批判される。要は虫がよすぎませんか、と▼この件で自民党元幹事長、古賀誠氏の発言が話題になっている。共産党の機関紙「しんぶん赤旗」日曜版(2日付)のインタビューに答え、96条改正について「私は認めることはできません。絶対にやるべきではない」と言い切った▼議員を退いた身とはいえ、自民党の重鎮が宿敵というべき共産党の求めに応じるとは驚きだ。古賀氏は幼いころ、父を戦争で失った。「戦争を知る世代の政治家の責任だと思ったから」だと話している▼やはり戦争を知るOB、野中広務・元幹事長も「要件から変えるのは姑息(こそく)なやり方だ」と批判している。魔法を使おうなどと夢を見ず、穏健な保守の構えを貫く。よき伝統を引き継ぐ後輩は今の自民党にはいないのか。」(
2013/06/04付「朝日新聞」「天声人語」より)

改憲は戦後の知恵壊す~「96条の会」結成
     東京大・東北大名誉教授 樋口陽一

 改憲発議要件を国会議員の3分の2から過半数に改めようとする安倍政権の憲法96条改正への反対を掲げ、アカデミズムを代表する学者らが「96条の会」を結成した。代表は東大・東北大名誉教授の樋口陽一(78)。憲法学の長老を駆り立てたものは何か、尋ねた。

 安倍晋三首相が、政権に就く前の昨年9月に講演でこう話したと報道されました。
 「たった3分の1を超える反対で(改憲を)発議できないのはおかしい。そういう横柄な議員には選挙で退場してもらいたい」
 憲法96条が国会に厳しい発議要件を課すのは、様々な意見をぶつけ合い、論点が煮詰まる過程を国民に示した上で、国民投票で誤りない判断をしてもらうためです。そもそも国会とは議論を尽くす所です。
 だがそうした議会観に立たないことを「横柄」発言は映し出しています。
 96条という外堀を埋めた後、憲法前文や各条文という内堀、立憲主義という本丸を崩してゆく。そんな危うい筋道が見えます。自民党が昨年発表した憲法改正草案のことです。
 自立した一人一人が契約を結び、国家権力を作る。それが日本国憲法が描く公共社会の像です。その権力が暴走しないよう、憲法で縛る。土台は「個人」を守ることにあります。
 これが、13条の「すべて国民は、個人として尊重される」という宣言であり、前文に書かれた「人類普遍の原理」の意味でした。
 ところが自民草案は13条の「個人」を「人」に置き換えます。前文すべてを差し替え、固有の文化、伝統といった言葉を使いつつ「和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する」と述べます。
 自己決定をする個人の間で結ばれた関係ではなく、家族や郷土や社会全体の中の「人」だからこそ和が成り立つ。欧米諸国が共有する価値観、社会観とは反対方向に、自民草案は踏みだそうとしています。
 その半面、国家はこれまでの役割から撤退しようとしている。現行憲法で人権を調整・制限するものとして使われている「公共の福祉」という語が、自民草案では一つも出てきません。
 公共の福祉の論理は、特に財産権との関係で、社会保障や福祉国家と表裏一体と考えられてきました。これからの福祉は国家が税金で担うのではなく、家族や「世間」が引き受けるべきだというのでしょうか。
 天皇を元首とし、自衛隊は国防軍に改める。こうした重要な変更も盛り込まれています。
 3・11後の混迷の中、誰に命じられたわけでもなく人々は被災地に駆けつけ、連帯した。「原発をやめよう」という市民の動きの広がりは、日本社会に新風を吹き込んだ。まさに自立した個人の発見でした。
 象徴としての天皇は被災者を励まし、ねぎらい、存在の確かさを示した。自衛隊員の誠実な救援が、住民の信頼に応えた。
 個人、象徴天皇、9条下の自衛隊。どれもが、戦後社会が苦労して築いてきた安定の知恵です。なぜ、壊そうとするのか。
 思い起こすのは半世紀余り前のこと。改憲をめざす岸信介首相に対峙(たいじ)して、東大で民法の権威だった我妻栄先生や憲法の宮沢俊義、清宮四郎両先生ら知識人が結集し、憲法問題研究会を立ち上げました。
 当時に比べ学者も政治家同様、小粒になりました。けれども社会が危険な方向に向かうとき、沈黙してはいけない。専門知を持つ市民としての義務感です。(聞き手・石橋英昭)
*樋口陽一 1934年生まれ。専門は比較憲法学。新刊に『いま、「憲法改正」をどう考えるか』。」(
2013/06/11付「朝日新聞」夕刊p3より)

一人の国の指導者が、憲法まで変えて自分の保身や権力を維持するのは、良く聞く話。でも、まさか日本でそれと同じようなことが起こるとは、誰も予想していなかったのでは?
でも、まかり間違えると・・・!?

戦後60年。国民が営々として築き、育ててきた平和憲法を、それほどカリスマ性があるとは思えないたった一人の首相の価値観で変えられてしまうとしたら、これほど怖ろしい事は無い。
つまり、誰もが願っている景気、経済問題で国民の目を眩(くら)ませ、そのスキに国防軍を・・・、というのでは、うかうか株高に浮かれてもいられない。
そんな意味では、国民に水を掛ける株価暴落。国民が、バブルのお祭りからハッと目を覚ますためには、良い事かもね・・・

130613neru <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月12日 (水)

女性が男性と同じ就業率になったら、日本のGDPは8%上ぶれ

先日の日経新聞にこんな記事があった。

インド女性市場 6億人の目覚め
・・・・・
インドの女性、社会進出はまだ過渡期~GDP27%押し上げ効果
 女性層の社会進出が注目されるようになったインドだが、現在はまだ過渡期だ。コンサルティング会社のブーズアンドカンパニーによると、女性が男性並みに就業するようになった130612jyosei_2 場合、2020年までにインドの国内総生産(GDP)を27%押し上げる効果がある。日本などを上回る数字で、現状の男女格差、潜在的な成長力が非常に大きいことが分かる。
 インドでは伝統的な身分制度「カースト」や宗教にかかわらず、男性への絶対的服従を求める女性観は全土に広がる。大半のインド女性にとっては、キャリアを積むチャンスや経済的余裕、家庭内で購入を決める発言権はまだ小さいとみられる。
 それでも女性の社会進出は徐々に拡大。また昨年12月にはニューデリーで医師志望の女子学生(当時23)の暴行・殺害事件が起こり、根強い女性蔑視を批判・反省する契機になった。
 事件後、インド政府は男女同権の教育を徹底することを決めたほか、女性個人や女性経営者への融資を目的とした「女性銀行」の立ち上げなどの準備に着手。少しでも格差を是正できれば、社会・経済への波及効果は大きいとみている。」(
2013/06/04付「日経新聞」p9より)

実はこの記事を、前に書いた記事「少子高齢化~女性労働力の活用」(ここ)を思い出しながら読んだ。この議論は専業主婦など、女性の不就業者の比率を表している。
前の記事では「日本の男女雇用格差を解消できれば、日本の就業者数は820万も増加し、日本のGDP水準は15%も押し上げられ、これは日本の自動車産業のおよそ2倍の規模になる」とある。

つまり日本は、専業主婦が多いため(?)、女性労働力を活用していない代表的な先進国であり、その活用次第ではGDPが大幅に上がる可能性がある・・・、と思っていたのだが、様子は少し違うらしい。つまり日本は思ったより不就業の女性が多くないようである。
それぞれの記事は、基準が違うので比較が難しいが、上の記事のグラフによると、「女性が男性並みに就業するようになった場合」日本はGDPが8%程度増えるらしい。それに比べてエジプトの34%、インドの27%の大きいこと・・・。
そして彼の米国や、共稼ぎが普通の中国が5%だというのである。よって日本の8%はそれほど突出していないのである。この原因は何か? 特に中国との差が少ない理由が分からない・・・。

統計というものは色々あり、前提で数字は大きく変わる。でも自分の思い込みが少し修正された。
でもこれは、それだけ日本のこれからの少子高齢化への解が見付からない、ということ・・・。
つまり、働く女性のための幼児の収容施設が増え、女性力活用、という解が見付かったとし、その効果は限定的、ということ。
また、エジプトやインドのような長い間の文化に根ざした差別の問題は、そう簡単には解決しない。日本の場合はどうか? 女性の就業率の少なさに、文化的な側面は無いか?

それにしても、前の記事の「65年に9.1人で1人のお年寄りを支える「胴上げ型」だった日本社会は、いまや2.4人で1人の「騎馬戦型」。2050年には1.2人で1人を支える「肩車型」になる」という指摘は、今更ながら重い課題である。
ま、我々シルバー族の場合は、あと何年生きるか知らないが、少なくても肩車型になる前に死んでしまうから、いっか・・・!?(←おっと、不適切発言だった??)

(関連記事)
少子高齢化~女性労働力の活用 

130612kebyou <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月11日 (火)

「インド式九九」と、日本の「到達度テスト」

先日の朝日新聞に、インドの教育事情についてのこんな記事があった。

「(日曜に想う)身捨つるほどの理系はありや
      特別編集委員・山中季広
 〈ダメだ、やっぱり自分には理系の才がない〉
 そう悟ったのは高1の1学期。数学の抜き打ち試験で37点をくらった。
 三十何年もたって点数をウジウジと引きずるところが情けないが、あの日を境に私の人生が文系へと急旋回したのだからまあしかたないか。
 語るも悔しい数学の思い出を、先週初めて訪れたインドで開陳してまわる羽目になった。会う人会う人みな学校時代の数学の点数を濃く引きずっている。「日本で数学が37点でした」と水を向けると、たちまち胸を開き、数学へのうらみを語り出すのだった。
 女児3人の母ジャクジートさん(32)の場合、「ほかの学科はいい。数学だけがんばれ」と言われて育った。「インドでは文系科目が得意でもダメ。進学も就職も数学しだい。数学は恐怖科目と呼んでいました」。娘たちには早めに九九を教え込むという。
 旅行会社で働く男性ハルミットさん(24)も「恨み骨髄」だった。「最難関のインド工科大を卒業して米マイクロソフトに採用されるのが最高の勝ち組。小3から高1まで数学塾に通ったけれど、私にはかなわぬ夢でした」

 インドの数学嫌いを訪ねてまわる旅ではなかった。そもそもの狙いは九九の取材だった。90以上の段まで覚えるという例のインド式九九である。インドの学生が欧米のIT業界から引く手あまたなのは、英語が話せて計算が速いからだと思い込んでいた。
 予測はあっさり外れた。
 あちこちの学校にあたっても、90以上の段まで覚えさせる実践校が見つからない。「19の段まで教える」という学校を訪ねたが、授業で生徒が詠唱したのは10の段までだった。
 聞いてみると、高齢者世代はたしかに40の段まで唱えたという。しかも4分の3×2とか9分の1×10という分数まで暗唱した。ところが、いま働き盛りの世代は20の段まで。分数の暗唱は廃止された。いまの高校生の大半は10の段までの九九しか覚えない。
 もうひとつ予想外だったことがある。数学に強いはずのインドが、国際的な学力比較では、世界最下位級という判定を受けていたのだ。日本でもおなじみの経済協力開発機構(OECD)主催のPISA調査である。
 インドは2009年の調査に試験参加し、しかも2州のみの挑戦だった。参加74カ国・地域中、2州は数学部門で72位と73位とされた(日本は9位)。科学部門でも72位と74位だった(日本は5位)。インド政府は顔色を失い、以後はPISA参加をやめてしまう。

 世界に聞こえた理系大国のこれが実情なのだろうか。就学率や識字率の低さなど教育格差は依然きびしい。それを別にしても、インド式教育が何か壁にぶつかっているのは明らかだった。
 学校だけでなく、塾や学生寮、家庭の居間まで訪ねてようやく見えてきたものがある。子どもの浴びるプレッシャーの深刻さだ。数学は投げ出すな、文系より理系だ、工学部を狙え、エンジニアになれ。親や教師が力をこめるほど、幸せや成功の幅が狭くなる。
 インドでは高1と高3の学年末に統一試験が課される。その点数が人生を左右してしまう。インパクトたるや日本のセンター試験の比ではない。私の滞在中、たまたま高3の結果が発表されたが、直後から自殺者が続出した。ある男子は「ツケは命で支払う」と遺書を残して列車に飛び込んだ。娘の成績を悲嘆し農薬を飲んだ母親もいた。
 英誌エコノミストの予測によると、2050年時点のG7(7大経済国)に日本の姿はない。インドこそ米国や中国を追う大国になる。
 古来、哲学や数学の花を咲かせてきた知恵の国インドである。世界中の学生が理系か文系か思い詰めることのないよう、理・文を超えた何か第3の学問体系を創造できないものか。できれば、数学嫌いも数学好きもひとしく魅了する知的な大国であってほしい。」(
2013/06/09付「朝日新聞」p2より)

まず、インド式九九というものがあることを初めて知った。我々が小学校の時に覚えたの130611indosiki99 は、9×9までの、“9の段”の九九らしい。それをインドでは、20×20、または99×99の段まで覚えたのだという。
計算は、9×9までの九九で充分だった。逆に、それを覚えなければ計算できなかった。それをなぜ10の段以上を覚える必要があるのか、良く分からない。確かに覚えておけば便利だろうが、覚えるのが大変だろう。そして、もし間違って覚えたら・・・。(写真はクリックで拡大)

インドは、英語圏ということもあり、ITでは進んでいると思っていた。ソフトの製造も、昔の中国から、今ではインドが最先端の製造工場だと思っていた。しかし、その実、色々な事情があるらしい。

「進学も就職も数学しだい」だというインド。日本はどうか?今の時代は知らないが、昔は、数学が出来るかどうかで理系、文系が分かれたもの。つまり、数学が出来る人は理系、出来ない人は文系だった。英語など、その他の科目は理系だから・・・といって許してはくれなかった。
しかし、インドでは数学が全てとは・・・。

そして「インドでは高1と高3の学年末に統一試験が課される。その点数が人生を左右してしまう。」という。韓国が昔の科挙の流れで、試験地獄が深刻、と思っていたが、インドはその上を行っているらしい。日本のセンター試験は、それほどの力はない。

一方、先日「文部科学省は5日、大学入試センター試験を5年後をメドに廃止し、高校在学130611toutatudo_2 中に複数回受けられる全国統一試験「到達度テスト」(仮称)を創設して大学入試に活用する検討を始めた。」というニュースが流れた。
「1979年に始まった共通1次試験以降、1回の共通テストが合否を左右していた大学入試が抜本的に変わることになる。」という。
これは良いことかも知れない。

人生は一つではない。色々な人生の生き方があるはず。よって、一度の試験で人生が決まってしまうという乱暴な選別制度は極力避け、数回のチャレンジで、自分の真の実力が評価される制度は、良いかも知れない。
人生は挽回が出来るもの。そういう社会が良いと思うのだが、どうだろう・・・。

130611miki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月10日 (月)

小林旭の「月の沙漠」

小林旭は、俳優か?歌手か?・・・自分は俳優だとばかり思っていた。歌手は、俳優家業の付録だと・・・。それにしては、この歌はなかなか・・・
先日、NHK FMのラジオ深夜便「歌謡歌手で聴く童謡・叙情歌集」(2013/05/28放送)で、小林旭が歌った童謡「月の沙漠」を聞いた。

<小林旭の「月の沙漠」>

「月の沙漠」
 作詞:加藤まさを
 作曲:佐々木すぐる

月の沙漠を、はるばると
旅の駱駝がゆきました。
金と銀との鞍おいて、
二ッならんでゆきました。

金の鞍には銀の甕、
銀の鞍には金の甕。
二ッの甕は、それぞれに
紐で結んでありました。

さきの鞍には王子様
あとの鞍にはお姫様。
乗つた二人はおそろひの
白い上着を着てました。

曠い沙漠をひとすぢに、
二人はどこへゆくのでせう。
朧にけぶる月の夜を、
對の駱駝はとぼとぼと。

砂丘を越えてゆきました。
黙つて、越えてゆきました。
(「少女倶楽部」大正12年3月発行)

この歌を初めて聞いた時、良い印象ではなかった。何かよたった感じで・・・。しかし何度か聞いてみると、不思議な味わいがあるのだ・・・

「月の沙漠」は昔、小鳩くるみの歌で紹介した(ここ)。
その歌との違いは大変なもの。童謡を童謡歌手小鳩くるみが歌うのを正統派とすると、小林旭の歌い方は、粋(いき)というか、何というか・・・。**組のイメージが漂う小林旭のこの歌は、どう表現したら良いのだろう。
しかし、このコブシが回って、ぶっきらぼうで、投げやりにも聞こえる「月の沙漠」が、なぜか自分の心を揺らす・・・。それにこのアレンジが素晴らしい。イントロを聴いていると、どんな歌が出てくるのだろうとワクワクしてしまう。

そう。誰にでも子供時代はあった。あの小林旭も母親の乳房にすがった子ども時代はあったのだ。そう考えると、この歌唱は、どんなに怖い男でも、幼い時代はあったのだな・・・と。
そんな雰囲気が漂う涙を誘う(?)小林旭のオトコの「月の沙漠」ではある。

(関連記事)
「小鳩くるみ」が歌う童謡~「月の沙漠」 

130610toruko <付録>「トルコで抗議」の写真集は(ここ
boston.com/bigpicture 2013年6月3日より
~リンク先をクリックして、当サイト推薦の素晴らしい写真をぜひご覧下さい!

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2013年6月 9日 (日)

「認知症高齢者462万人」~95歳以上の女性、9割が認知症

先日の読売新聞にこんな記事があった。
認知症高齢者462万人 新推計で160万人増 予備軍も400万人
 全国の認知症高齢者数は、2012年時点で推計約462万人に上り、昨年の国の推計より約160万人多いことが、厚生労働省研究班の大規模研究で分かった。
 認知症を発症する前段階とみられる軽度認知障害(MCI)の高齢者も、推計約400万人だった。正確な診断に基づく全国の認知症高齢者と、その“予備軍”の実態が明らかになったのは初めてで、国の早急な対策が求められる。
 研究は09~12年度に、愛知県大府市、茨城県つくば市など全国10市町で実施された。65歳以上の住民計約9000人を対象に、調査員が訪問するなどして生活状況を聞き取り、認知機能検査や脳の画像検査を行って、専門医が国際基準に従い診断。認知症の人の割合(有病率)を調べた。
130609ninchi  その結果、65歳以上の人の有病率は15%。全国の高齢者数約3080万人と照らし合わせると、認知症高齢者数は約462万人に上った。介護保険のデータを基にした昨年の国の推計より大幅に多くなったのは、介護保険サービスを受けていない軽度の人や、病院に入院している重度の人なども含んでいるためだ。
 有病率を年代別で見ると、65~69歳では2.9%だが、85~89歳では40%を超えるなど年齢が上がるほど高くなった。男女別では、女性の方が高かった。地域差はほとんどなかった。
 原因となる疾患別の内訳では、アルツハイマー型認知症が67.6%と最も多く、脳梗塞などが原因となる脳血管性が19.5%、幻視などを伴うレビー小体型が4.3%などだった。
130609ninchi1  重症度別では、軽度が36.6%、中等度が22.9%、重度が35.5%。また、介護保険を利用していない人は34.2%で、その4分の3が軽度だった。
 軽度の人は、まだ介護が必要でない場合が多いが、症状は進行するため、2~3年後には介護が必要になることが多い。社会との交流や知的活動を積極的に行うことで、症状の進行を緩やかにできる場合があることが知られている。
 厚労省は今年度から、新たな認知症5か年計画をスタートさせている。研究班代表の朝田隆・筑波大教授は「今回、介護サービスを使っていない人にも軽度の認知症の人が多いことが分かった。認知症の施策には、社会参加できる場づくりや将来への不安に対する心のケアなどをもっと盛り込む必要がある」と話している。」(
2013/06/01付「読売新聞」p1より)

このグラフが凄まじい。95歳以上では、女性の9割、男性の5割が認知症を患っているという。何とも歳を取るということは大変なこと・・・

先日、高校の同級生のご主人が亡くなった、というメールが飛び込んだ。ある意味、ショック。つまり、我々の世代も、とうとう連れ合いを亡くす、というフェーズに入ったのか・・・と。このメールのご主人は74歳だという。
そんな話を会社で、ある先輩と話していたら、先日高校時代の親友が亡くなってショックだった、と言っていた。会社関係の人は年齢が離れていたりして、あまり感情は無いが、同じ年齢の友人本人の死は、非常にショックだとか・・・。この先輩は、70歳・・・

我々も既に高齢者・・・。これから加齢に伴って、何が起こるか分からない。もちろん認知症も・・・。しかもそれらを避けることには、限界がある。幾ら努力をしたとしても・・・
つまり、これらの現実(報道)は、「ふーん」と聞き流すしかないのだろう。でもま、“気”だけは、いつまでも若くありたいと思うのだが・・・ね。

130609banken <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月 7日 (金)

「気持ちが悪い日本語 ベスト20」

先日の朝日新聞に「気持ちが悪い日本語」という記事があった。

<気持ちが悪い日本語 ベスト20>
1000円からお預かりします(845票)
コンビニやファミリーレストランの会計のときによく言われる表現。「から」と「預かる」両方とも言い方として奇妙に感じる。
全然似合いますよ(840票)
「全然」の肯定形で、かなり一般化した言い方。服装を気にする相手にこう言うのなら、「まったく問題なく」の意味がこもる。
ギターの音が耳ざわりがいい(796票)
漢字だと本来は「耳障り」。何かに振れた感触を表す「触り」の言い方も生じ、「耳に触れる感覚」のように使われる。
来年もよろしくお願いしておきます(726票)
年末のあいさつなどで使われることも。何か起きる前に、事態を見込んであらかじめ支援をお願いするという厚かましさが出る。
わたし的にはOKです(707票)
「的」に「としては」の意味を込め、頻繁に使われる表現。「気持ち的には若い」などの「的」と同じで便利な言葉でもある。
受付でいただいてください(663票)
パーティーで司会者が客に言う「いただいて」。「もらう」の謙譲語で「お受け取りください」が適切。
以上でよろしかったでしょうか(658票)
ファミリーレストランなどで注文時に多用される表現。過去形を使うことに違和感。
コーヒーで大丈夫ですか(656票)
 「コーヒーでいいですか」という単なる確認の場面で「大丈夫」を使うと、相手が返事に困ることも。
やばいよ、この昧(623票)
若い世代が、そもそもマイナス評価を表す「やばい」を肯定的な意味で使って刺激的な表現にする。
わからないじまいです(609票)
「食わず嫌い」「負けず嫌い」の「ず」と同じで「ない」には置き換えることができない
役所のほうに勤めています(580票)
それは間違つてるっぽい(576票)
普通に頭に来たんだけど(568票)
昔そこで遊んだときがある(555票)
おビールをお持ちしました(551票)
今日ひまだったりする? (511票)
わけわかんないしー(505票)
うたわさせていただきます(498票)
おめでとうございました(485票)
二個上の先輩がいました(479票)
21)この店の安さは半端ない
22)ご負担をいただく形になっております

23)患者さまはこちらへどうぞ
24)お土産をいただきましてすみません
25)お名前をいただけますか

「(beランキング)気持ちが悪い日本語
お釣りあると「~から預かる」?
 【中島鉄郎】読者の方から、「リストの言葉の一覧を読んでいて気分が悪くなりました」(東京、55歳女性)とのご意見もいただきました。すいま……いえ、すみません。ただ、刻々と変化している言葉は生き物。時には「誤」が「正」になるケースもあり、一筋縄ではいかないことがよくわかりました。

130606nihongo  選択肢のリストは、「明鏡国語辞典」の編者で、新潟産業大学長の北原保雄さん(76)の「問題な日本語」シリーズ(大修館書店)から選んだ。
 1位の「1000円からお預かりします」は、レジで勘定をするときによく聞く言葉遣いだ。
 北原さんは「まずは1000円から、仮にお預かりします」というようなニュアンスを込めて使われ始めた表現ではないかとみる。
 実際のレジでは、客の出した紙幣をすぐにレジに入れずに一回「預かって」、お釣りを出して渡す場合もある。「そういうとき、『1000円(を)お預かりします』なら表現として問題はない。ただ、お釣りのない場合、『1000円ちょうど(を)お預かりします』と言うのはおかしい」
 「レジを打つ立場になって、この表現はありだ、と考えが変わった」という兵庫県の女性(36)がいた。「お釣りのある会計で、千円札を出されると『1000円から』と言いたくなる。なぜなのか。推理した結果、その『から』には『お釣りがありますよ、まだ帰らないで』という意味が含まれているためだと思う」
不要を意味する「それ大丈夫です」
 2位の「全然~肯定形」も日常的によく使われている。
 北原さんは「『全然』は規則的に否定表現と呼応する、との考えが強すぎるのでは」と言う。
 「場合によって、例えば、否定的な状況や懸念をくつがえすような『まったく問題なく』というような気持ちで言う『全然~肯定形』はおかしくない。夏目漱石や芥川龍之介の作品にも使われています。明治時代には、全然おかしくなかったんですね」。服装を気にする相手への「全然似合いますよ」は誤りとは言えないのだ。
 語感に対する好みは個人差が激しい。「気持ち悪い」と感じる表現はランキング外にも多く、さまざまな感想をいただいた。
 「水道業者が何でも語尾に『です』をつける。『なるほどです』『~と思いますです』。仕事は出来ても、その人のランクが私の中では落ちた」(東京、50歳女性)、「私は学食のおばちゃんですが、不要なものを『それ大丈夫です』っていう学生が多い」(東京、52歳女性)、「『地味においしい』。なぜその修飾語なのか、理解できない」(東京、48歳男性)、「『こちらハンバーグになります』。じゃあ俺は間違ってカレーライスを頼んだのか、と言いたくなる」(千葉、65歳男性)。
 一方、同じ選択肢で「私も使う」「どこが悪いの?」という表現を選んでもらった結果、(1)台風が上陸する可能性がある(2)理由は特にないです(3)違和感を感じる(4)すいませんでした(5)ネコに餌をあげて、の順に多かった。
 (1)は本来、実現する見込みを表す「可能性」よりも、「おそれ」のほうがぴったり来るが、今では違和感がない。(2)の「ないです」も「ありません」が適切だが、「形容詞+です」は会話の中では自然な表現。(3)は、「『ノーベル賞を受賞する』と同じケースで、重言でも問題にならない」(北原さん)。(4)は「み」が「い」に転じたくだけた言い方で、(5)の「あげる」は「やる」の美化語となっており、動物だけでなく花や草木にも使われている。
 北原さんが最後に、最近気になる言葉として挙げたのが10位の「わからないじまい」。「ない」は「ず」の口語形だが、「食わず嫌い」の「ず」と同様、「ない」には置き換えられない。ところがネットにはさらに「わからないじまい」の進化形「わかりじまい」も出てきた。「意味は同じで、『ない』も『ず』もとっているのです」。「結局、わかりじまいだった」と言われたら、さすがにそれは気持ち悪い。
     ◇
 調査の方法 朝日新聞デジタルの会員に登録していただいた方を対象に、ウェブサイトで5月上旬にアンケートを実施した。回答者は1301人。」(
2013/06/01付「朝日新聞」b2より)

実は自分も、このblogを書いていると、言葉には注意が行く。明らかな間違いは、Wordが指摘してくれる。しかし、これら現代っぽい言葉に、Wordは追いつけない。
確かに言葉は生き物で進化する。でも、言葉は人と人との伝達の道具でもある。だから双方で通じるなら、何でも有りである。一方、全員が分からなければ、一般用語としてはNG??

先日、NHK第2の「NHKカルチャーラジオ 人間を考える~心をはぐくむ~ 金田一秀穂氏講演」(2013/05/19放送)を聞いた。
それによると、我々人類=ホモサピエンスは、この5万年でアフリカから世界に広がったが、他の原人たちが滅んだのと対照的にホモサピエンスが驚異的な発展・繁栄を享受できたのは、言語(会話)を取得できたことが理由だと言っていた。それまでの人類は、経験は自分だけのもの。それが言葉を得ることによって、他人の経験を自分の経験(知識)にする事ができた。「あそこに美味い食い物がある・・・」とか。そして5000年前に出来た文字で、無数の人の体験(知識)を自分のものにする事が出来たのだとか・・・

言うまでもなく、意志や知識の伝達の道具の言葉は、相手に伝わることが第一。よって上のベスト20のような独りよがりな、あまりに現代っぽい言葉は、自分のような田舎のじいちゃんには通じないので(!)、それはやはり言葉として失格なのであ~る。自分的には・・・!?

●メモ:カウント~440万

130607yabai <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月 6日 (木)

知的障がい者の映画「くちづけ」は画期的な社会的メッセージ

知的障がい者たちの自立支援のためのグループホームを描いた、映画「くちづけ」(ここ)を見てきた。
このような映画が、一流のスタッフによって作られ、メジャーな映画館で上映され、そして多くの“健常者”が見て涙するとしたら、アベノミクスとかのお祭りで浮かれている日本も、まだまだ捨てたものではないな・・・と思った。(写真はクリックで拡大)

ストーリーをNetから引くと
130606kuchiduke 「あらすじ:知的障害を持つ娘のマコ(貫地谷しほり)を、男手ひとつで育てる愛情いっぽん(竹中直人)は、かつては人気漫画家だったが休業し、すでに30年がたっている。知的障害者のためのグループホーム「ひまわり荘」で住み込みで働き始めたいっぽんと、そこで出会ったうーやん(宅間孝行)に心を開くようになったマコ。しかしそんなある日、いっぽんに病気が見つかる。」
この物語は、劇団のために書き下ろした作品がベースとなっているだけあって、「ひまわり荘」という知的障がい者のグループホームの中だけで展開されて行く。しかし凝縮された展開・・・。そしてこの映画は、2週間という短期間で撮影されたという。

130606kuchiduke1 ネタバレになるので、映画の内容は書かないが、スタートは左の赤い新聞記事から始まる。マコが死んだ・・・。そしてドラマは半年前から、そこに至る「ひまわり荘」の出来事を追っていく。

映画が終わって、隣のカミさんを見ると、目が真っ赤。さんざん泣いたという。切なくて・・・。聞くと、館内のあちこちで泣き声が聞こえたという。そして映画が終わった女子トイレは、泣き顔の修正で大変な混みようだったとか・・・!?
しかしこの映画は、通俗的な“お涙ちょうだい”の映画とは違う。観客は意図的な映画のストーリー展開によって泣くのではない。人の根源的な切なさに涙するのである・・・

カミさんが、「この映画はたぶん実話が元になっているはず」と言う。買ったパンフレットにそのことが書いてあった。

<原作・脚本:宅間孝行>
――『くちづけ』の物語の発想はどこから生まれたものですか?

 もとは劇団〈東京セレソンデラックス〉のために書いた戯曲です。きっかけは、ずいぶん昔130606kuchiduke2 に読んだ数十行の短い新聞記事で、・・(略)・・・それを読んで、50年近く見守って来たにも関わらず最後に悲劇的なことになってしまうとはなんて切ないことか、そのときの当事者の気持ちはいかばかりかと心の片隅に引っかかっていたんです。ただ、そのときはまだその事件を作品にしようとは思って130606kuchiduke3 いませんでした。その後、知的障がいの方と触れ合う機会がありまして。僕の劇団の公演に、お父さんがグループホームを経営していて、アルバイトとしてその手伝いをしている女性が出演したんです。彼女からグループホームで生活している人たちは僕たちとまったく違うところがないと聞いて驚きを覚えました。
彼らは普通に働き、恋の話もする。ただ、例えば、数字の識別ができなくて電話をかけることができない人がいると。僕らだってこれはできるけれどあれは苦手ってことがあって、そういうことと同じなのかなと思いました。誰もが各々いいところも悪いところも持った同じ人間だというのに、へんに分けて考え過ぎているのではないだろうかって。そのとき昔読んだ新聞記事を思い出して、芝居として1本書いてみる気になったんです。
――書く上で気をつけたことはどこですか?
 グループホームの住人たちの姿を特別視することなく、いいところも悪いところも描くことです。彼らを天使に例えることもありますが、決してそれだけではないんですよね。暴れるし、薬を飲んでないと情緒不安定になったりする。頼さんが痴漢騒動を起こしたり島チンが勝手によそのクリスマスツリーをもってきたりする場面がありますが、彼らと向き合っている人たちは、そういう問題に24時間、365日ずっと直面しているんです。そういうことをありのまま、事実として客観的に描きました。・・・・

そして監督が言う。
<監督:堤 幸彦>
――『くちづけ』を監督することになったいきさつを教えてください。

 2010年に宅間孝行さんの舞台を見て、この社会的なメッセージをもった作品は、映画あるいはテレビドラマにしたほうがいいと宅間さんに話した記憶があります。そのときは私か監督をするという意味ではなく、広い意味での話でしたが、まわりまわって光栄にも私かやることになりました。監督するに当たりグループホームへ取材に行ったとき「親なき後」という言葉を聞きました。障がいのある子供をもった親はどう生きていいのかということは大変な問題です。障がい者といっても千差万別で、一言ではくくれませんが、当事者の思いや現実の過酷さが舞台『くちづけ』にはっきりと出ていたので、これは逃げずにやらなくてはいけないと、天命のようなものを感じて臨みました。・・・

そう。この映画の第一の特長は、「社会的なメッセージをもった作品」なのである。
当サイトで前に書いた記事ともリンクしている。例えば、知的障がい者が警察で尋問を受けると、怖くてやっていないことでも、やったと言うこと(ここ)、刑務所に入っている人の1/5が知的障がい者だということ(ここ)、ホームレスの3割は知的障がい者だということ(ここ)などが、セリフとして語られていた。よって、この映画の父親は、愛する娘を、自分がいなくなった後、刑務所や路上での生活など、冗談じゃない!と悩む・・・。
少しオーバー気味の竹中直人のこれらのセリフの場面は、鬼気迫るものがある。竹中直人自身がそれを訴えているように・・・。しかし現実問題として、一人では生きられない障がい者たちが、親が亡くなった後、ひとり残されてしまうのも、事実・・・。それを社会はどうするのか・・・。重いテーマを我々に突きつける。
そして兄に知的障害者を持つ妹(智ちゃん)が、結婚を破棄されてしまう場面も含めて、知的障害者の存在が社会の無理解によって家族に与える苦悩も、この映画は我々に突きつける。

前に石井筆子の映画「筆子 その愛」を見た(ここ)。市民会館の会議室で・・・。その映画と通じるものを感じたが、この映画の山田火砂子監督は、やはり知的障がいを持った娘さんがいる。つまり、この手の映画・ドラマは、いわゆる障害者の関係者でないと、意識がそっちに向かない。およそ他人事になってしまう。
この映画では、『はるかの同級生 南』さんの存在がそれを暗示する。彼女は「キモイ」という外野的な視点でグループホームの人たちを見ている。彼女のセリフが、まさに世の健常者からの視点・現実を如実に表現していた。(ちなみに“はるか”は、NHK朝ドラ「あまちゃん」のユイちゃんである)

繰り返すが、この手の作品のテーマは、いわゆる関係者以外ではおよそ他人事。それが、これらメジャーな映画として一般公開され、多くの人が見るということは画期的なこと。
これからこの映画がどれだけの評価を得られるか知らないが、この映画を通して、“人としての優しさ”を確認したいもの。
セリフでも、「知的障がい者はピュア」というのがあったが、我々は、彼らの“幼い純真な心”+“邪悪な心”を持っただけではないのかと思わされる映画であった。
ぜひ多くの人に見て欲しい映画である。

130606aisatu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月 5日 (水)

国家公安委員長、直線道路で20キロ超過「取り締まり疑問」

昨日の「日経新聞」の夕刊で、久しぶりに清々しい(?)記事を読んだ。

国家公安委員長、直線道路で20キロ超過「取り締まり疑問」
 古屋圭司国家公安委員長は4日の閣議後記者会見で、警察による交通違反の取り締まりに言及し「歩行者が出てくる危険性のない道路で、制限速度の20キロ超過を取り締まるのは疑問」という趣旨の発言をした。
 古屋委員長は「取り締まりのための取り締まりになってしまっている傾向がある」と指摘。「片側2車線で真っすぐの道、歩行者が出てくる危険性もない(道で)、制限速度が時速50キロ。流れに逆らわなければ70キロぐらい出る」と持論を展開し、「(20キロ超過での取り締まりは)ちょっとどうかなといつも疑問に思っていた」と述べた。
 地元の支援者から、取り締まりのあり方に対する不満の声が上がっているとしたうえで「事故が本当に起きる地点で取り締まりをやっているのか。違反した側も納得できるような取り締まりが必要だ」と強調。
 3日の全国の警察本部長らを集めた会議で、取り締まりの実態調査をするよう求めたことを明らかにした。
 道交法は、一般道で時速20キロ以上25キロ未満の速度を超過した場合、違反点数は2点、反則金は普通車であれば1万5千円と定めている。」(
2013/06/04付「日経新聞」夕刊より)

その報道を受けて、今朝の「日経新聞」の「春秋」にはこんな記事。
「「ネズミ捕り」という俗語はいつごろから世に広まったのだろう。思わぬ場所に待ち構えている、警察のスピード違反取り締まりチームである。たしかに違反は違反だが、なにもあんなところで……。腹の虫の治まらないドライバーの鬱憤が、この言葉にこもっている。▼プロの人々ももちろん敏感だ。タクシー無線が「○○付近、ただいま工事中」と連呼していたら、たぶんネズミ捕りのお知らせである。この手の隠語はいろいろあって、網を張る警察との知恵比べの一端が知れる。かくもネズミ捕りが嫌われるのは「取り締まりのための取り締まり」の気配を誰もが感じるからでもあろう。▼国家公安委員長といえば警察の元締みたいな存在だが、その職にある古屋圭司大臣がそういう摘発手法に疑問を呈した。「歩行者が出てくる危険性もない道で制限速度50キロ。流れに逆らわなければ70キロぐらい出る」。だから20キロ超過を取り締まるのは「ちょっとどうか」。異論噴出は必至だが共感する人も多いに違いない。▼交通事故の悲劇を思えば、あまり批判ばかりもしにくい違反取り締まりだ。それだけに大臣の今回の指摘を、警察組織はきちんと受け止めたらいい。そういえば、ネズミ捕りだ工事中だと世間は妙な言葉でそれを忌避するが、警察は警察でゲッカンがとても大事らしい。○○取り締まり強化月間――署をあげて摘発を競う。」(2013/06/05付「日経新聞」「春秋」より)

交通違反の取り締まりほど、“一般市民”が警察に“敵意”を示す事柄はない。良く言う人は皆無ではないか?
原因はまさに“○○取り締まり強化月間――署をあげて摘発を競う”「取り締まりのための取り締まり」であること・・・。
摘発されても、「確かに危ないから仕方がないな・・・」と思えれば納得も行く。しかし、「完全に車輪が止まっていないから」とか、「停止線で止まらなかった」と一旦停止違反で摘発されても、停止線では見えなくて安全を確認できないのだから、あまりに理不尽。

古屋圭司国家公安委員長は、市民の目線でよくぞ言ってくれた、と拍手喝采をする人が多いのではないか?

話は飛ぶが、先日小さなこんな記事を読んだ。
違法に職務質問 5万円賠償命令~「警官証言信用できぬ」
 秋葉原を歩行中に警視庁の警察官に違法な職務質問をされ、顔写真を撮影されたなどとして、都内の会社員男性(44)が都などを相手に、損害賠償や指紋、写真のデータ消去などを求めた訴訟の判決が28日、東京地裁であった。都築政則裁判長は「違法な職務質問があった」と認め、5万円の支払いを都に命じた。
 判決によると、男性は2010年3月、秋葉原を1人で歩いているところを警察官2人に職務質問され、所持品検査を受けた。かばんから小型ナイフ付きの万能工具が見つかり、万世橋署で顔写真を撮影され、指紋をとられた。
 都側は「男性は警察官と目が合った後、視線をそらした」として、警察官職務執行法上の職務質問の要件である「異常な挙動」があったと主張した。判決は、当日、傘をさしていたとする男性の証言などから「男性が視線をそらしたとする警察官の証言は信用できない」などとし、それをきっかけとする所持品検査も違法とした。」(
2013/05/29付「朝日新聞」p35より)

警察官とうっかり目が合って視線をそらしたら、警察に連れて行かれて、もしバックの筆箱にカッターナイフでも入っていたら、軽犯罪法違反で逮捕される可能性も・・・

このようなトラブルに巻き込まれないためには、予防保全、再発防止が肝要。
痴漢冤罪事件に巻き込まれないためには、満員電車でも女子高生に近付かないことを当サイトでは提唱しているが(?)、それと合わせて、「歩いていて、警官の姿を見かけても、絶対に警官を見ない」、そして「ドライブ中にパトカーや白バイを見かけても近付かない」ことも提唱したいところ・・・。
古屋圭司国家公安委員長の今回の指摘で、警察官が“(交通違反における)市民の敵”から、“市民の友だち”に変わることを期待したいところだが、どうだろう・・・

130605fugu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月 4日 (火)

東北・震災地の幽霊

幽霊の話、といっても、これは真面目な話・・・。先日の日経新聞にこんな話が載っていた。

「(あすへの話題)幽霊 
    国際日本文化研究センター所長 小松和彦
 東北の被災地を訪れた研究者たちから、彼の地ではたくさんの幽霊が出没しているという話を聞く。宗教人類学者の佐々木宏幹さんの新刊『生活仏教の民俗誌』でも、震災と幽霊の問題が取り上げられ、身内を失った方々の身辺で起きている幽霊出没の話が紹介されている。幽霊ばなしというと、合理性・科学性が過度に重視される現代では、研究テーマにすることさえはばかられる状況にあった。だが、佐々木さんも指摘するように、亡くなった者と残された者との関係を物語る貴重な証言だと思われる。
 幽霊は、この世に未練を残した者の霊がさ迷い出て来ることである。ここで重要なのは「この世に未練を残している」と考えるのは残された者、ということだ。亡くなった者への哀悼の念や生き残った者の後ろめたさなどのさまざまな思いが、ときには幽霊を呼び招くことになるのである。したがって、幽霊の出没をなくすためには、生き残った人々の傷ついている心をいやさねばならない。その伝統的な方法が死者を成仏させるという仏教的な慰霊行為の実践であり、現代的な方法がカウンセリングなのだ。
 しかしながら、傷ついた心はそうした方法で簡単にいやされない。長い時間をかけての地域の復興・生活の立て直しがなされ、天災ならばその体験に学んだ予防や避難の方法が考え出され、人災ならば原因を突き止め再発を防ぐ方策がとられるようになるのも助けとなるはずである。それらが果たされるにつれ、痛ましい記憶が薄れ、幽霊の出没もしだいになくなっていくのであろう。私たちは、もっと幽霊ばなしに耳を傾け、そこに託されているメッセージをしっかりと読み解くべきなのではないか。」(
2013/05/28付「日経新聞」夕刊p1より)

亡くなった人が霊となって、身近に居る、ということはハッピーか?それともアンハッピーか?
自分は、人が亡くなると、それは見えない霊となって身近に存在していると思っている(多分・・・)。それは有り難いことだろうか・・・?
歓迎しない話としては菅原道真の怨霊の例があるが、普通は親族が亡くなると、幽霊でも出て来て欲しい・・・と思うもの。
しかしこれがなかなか出てこないのである。
十数年前に亡くなった親父。どうも親族が亡くなると、神さまの代わりに、我々の願いごとを叶えてくれるような、我々を守ってくれるような気がするのだが、これがなかなかうまく行かない。ウチの親父の場合、ほとんど夢でも出て来ない。だから、自分たちを守ってくれているのかどうか・・・??

でも先の記事によると、その原因は自分の方にあるらしい。つまり、親父に対してあまりうしろめたさがなかったせいで(?)、自分の意識の中にあまり親父が存在しないのだという・・・。だから出て来ない・・・??
まあ良かった、ということか・・・!?

ともあれ、津波などで、理不尽に親族を亡くした人たちの心の傷は、そう簡単には癒されない。でも、よく言われるように、それを癒せるのは、ただ時間だけ・・・。じっくりと待つしかあるまい。親しい幽霊と遊びながら・・・

130604furituke <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月 3日 (月)

「親族の関係壊す生活保護法案」

先日の朝日新聞の「声」の欄に、こんな記事があった。

「(声)親族の関係壊す生活保護法案
    無職(神奈川県茅ケ崎市 69)
 閣議決定された生活保護法改正案では、扶養義務者が扶養の義務を果たしていないときは、あらかじめ扶養義務者に省令で定める事項を書面で通知しなければならないとある。文面通りなら、親子兄弟に限らず、家庭裁判所の審判を得れば、おじ、おば、甥(おい)姪(めい)らの親族に対し扶養義務を果たすよう求められる。もし十分に扶養していないと認められれば、改正案29条に基づき、親族に書面調査が行われる。その範囲は年金や金融機関などの資産状況だけでなく、勤務先の雇用主にまで及ぶ。
 ほとんど交流のなかった親族が生活保護を申請した時、突然、自分の勤務先に書面調査が入る可能性がある。法案では調査を受ける指定機関などには回答義務があり、「君は扶養義務を果たしていないのかね」と上司に言われかねない。
 今でも、親族には扶養義務の簡単な照会が行われるが、高額所得者や有資産者を除き、扶養の強制はない。しかし改正法案が通れば、この書面調査で、もともと疎遠だった親族との関係が破綻(はたん)し、大きな禍根を残す恐れがある。高額所得の一部の芸能人だけでなく、我々庶民にとっても看過できない問題だ。」(
2013/05/29付「朝日新聞」p14より)

この指摘を「生活保護法等改正案」についての、ある資料(ここ)で確認してみよう。

「(1)生活保護法の改正
○調査先への回答義務
観点:現行法29条には回答義務が明記されておらず、本人同意書を求められることがあ
るなど権限に限界があり、実施機関の調査権限の強化が必要

(内容)
・報告を求められた者への回答義務の設定(明文化することにより、本人同意書も不要。
個人情報保護法とも抵触せず、個人情報保護を理由に回答を拒否できない)
・正当な理由なく回答を拒否する者への過料を科す
・資産及び収入の状況のみならず、必要な事項に関する調査権を設定

(調査の嘱託及び報告の請求)
第29条保護の実施機関及び福祉事務所長は、保護の決定又は実施のために必要があるときは、要保護者又はその扶養義務者の資産及び収入の状況等必要な事項につき、官公署に調査を嘱託し、又は銀行、信託会社、要保護者若しくはその扶養義務者の雇主その他の関係人に、報告を求めることができる。
2 前項の報告を求められた者は、正当な事由がある場合を除き、速やかに回答しなければならない。」

改めて、「扶養義務者」を確認してみよう。

【民法 第877条】
130603fuyougimu1 直系血族及び兄弟姉妹は,互いに扶養をする義務がある。
2 家庭裁判所は,特別の事情があるときは,前項に規定する場合のほか,3親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
3 前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは,家庭裁判所は,その審判を取り消すことができる。

そして、「三省堂 大辞林」によると、
【直系血族】世代が上下に直線的に連なる血縁者。自己の祖父母・父母・子・孫など。民法上、扶養義務・相続・近親婚の禁止などについて規定がある。

なるほど・・・。この投書の通りだ。

普通の我々の生活で、扶養を“義務だから”と捉えている人はほとんどいないのではないか? 赤ちゃんに母親がミルクを与えるとき、誰が「義務だから」と思うだろう? 扶養は、“自然な愛情”という感情から生まれるもの。
それが“法による義務”に変わったとき、それは苦痛に変わる。そして、当事者の人間関係は、破綻に突き進む・・・

我々の普通の生活では、3等親だから付き合う、という概念もない。幾ら親戚であっても、人と人との付き合いは、それぞれが長い歴史による関係によって決まっていくもの。決して法で付き合いを強制されるものではない。
それが今度は、誰かが生活保護を申請すると、全く知らない(付き合ったことがない)人の扶養を、国が求めてくる可能性もあるらしい。

もし自分が生活保護を申請すると、親戚のあの人にも、この人にも、「あなたは財産があるのだから扶養しなさい」という通知が行く可能性があるとすると、果たしてそれを覚悟してでも申請するか?? 恥をさらして・・・!?
そして、その通知を受け取った人が、自分たちの生活でフーフー言っているにもかかわらず、「分かりました。扶養します」と、どれだけの人が言うか? 多分、皆無では? つまり効果は無いだろうと思う。すると、この法改定の真の目的は、申請者を減らすこと、なのだろう。
つまり、この法改正で、餓死者が激増するだろう。その責任は??

ニュースで聞くと、安倍首相が第5回アフリカ開発会議で、「治安悪化が深刻なサハラ砂漠南部のサヘル地域に対し、今後5年間に保健分野などの人道支援や失業対策で総額1000億円を援助」すると演説したそうだ。

何も、援助するなとは言わない。しかし、こんな非人間的な手段で、生活保護費を倹約し、その倹約したお金がそこに回っていると想像すると(お金には名前がないので)、やりきれない思いがする。
いったいこの日本という国は、どうしちゃったのだろう。
ああ、弱者に厳しい日本はどこに行く・・・!?

130603neko <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年6月 2日 (日)

上天気の黒部ダム・立山に行く

一昨日(2013/05/31)から、1泊2日で、黒部ダムと立山に行ってきたので、今日はそのメモ・・・
昨年、新穂高・乗鞍・上高地にバスで行ったが(ここ)、これに味を占めての、同じ会社の黒部ダムと立山のバスツアー。
このような小旅行の場合、とにかく気になるのが天気。こればかりはお金では買えず、運・・・。カミさんが半月前から天気を気にしていたが、ずっと曇の予報。それが前日になってから、晴との予報。当日はまさに快晴。ラッキーこの上ない。
午前8時に京王八王子から出発。中央道から長野道・安曇野ICで降りて、スイス村とかいう所で小休止。雪の残った北アルプスがキレイ。
まず着いたのが扇沢駅。ここから関電トロリーバスで、黒部ダムに向かう。トンネルの中を走るバスは意外とスピードを出す。黒部ダムは今年で50周年だという。(写真はクリックで拡大)

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自分にとって黒部ダムは2度目。前にユースホステルの記事で書いたが(ここ)、昭和47年5月に黒部ダムを越えて福井の友人のところに行ったことがある。1972年なので40年ぶり。その時の、天気は覚えていないが、ダムの景色はしっかりと覚えている。
黒部ダム駅は結構広い。そして、外に出たら快晴。青い空と湖。まさに絶景。まるで絵に描いたような山並み・・・

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黒部湖駅から黒部平駅までは黒部ケーブルカー。真っ暗なトンネルの中を5分。
各駅には、ライブカメラの画像と温度などが表示されており、これらの画像はNetでも配信されている。
黒部平駅に着くと、階段を上って屋上に。これまた絶景。雪であまりに明るく、写真がうまく撮れない。これから乗る立山ロープウェイが遠く見え、素晴らしい景色。

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黒部平から大観望まではロープウェイ。登るにつれ、黒部湖がクッキリと見える。そして大観望からの絶景。

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そして、大観望から今日の目的地、室堂までは、またトロリーバス。これもトンネルの中。そして午後2時半頃にホテル立山に着く。
部屋に入って、荷物を解いた時のビックリがこれ。えびせんの袋がパンパン。このホテルの ある室堂は高度2450m。空気は地上の75%だという。なるほど・・・。この現象はお腹のガスも同じで、腹が張ることもあるとか・・・
午後5時からホテルの人の案内で、“雪の大谷ウォーク”。と言っても、ホテルのそばの道だけど・・・。
今年は、4月16日の開通時、18mの積雪があり、それから1ヶ月半経ったが、まだ15mの積雪があるという。過去最高は23m。ホテルの宿泊者全員が参加した(たぶん)、散歩だった・・・

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そして7時前の夕焼け。少し雲があり残念だったが、日が雲海と山に隠れる瞬間を皆で見た。

夜は、星空鑑賞会。皆で屋上に出て、ホテルの人のレーザー光による星座の説明があった。それにしても、プレゼン用のレーザーが、暗い空にクッキリと光の棒を作る。そして山の上には明かり。山頂の社務所の光だという。
目が慣れるにつれ、おびただしい星。何よりも星が大きい。空に一番近いホテルを謳うだけあって、星が手でつかめそう!?? 流れ星も見えた・・・

かくして1日目が終了・・・。何?ホテルはどうだったかって??2450mのホテルの食事やお風呂に、多くを望んではいけない。あるだけで有り難い。それに部屋の窓からの眺望が、目の前が雪の絶壁で、何も見えなくても、安いツアーなので文句を言ってはいけない・・・

2日目(2013/06/01)は、薄曇りの天気。カミさんたちは雷鳥見物。ホテルの人の案内で、雪道を歩く。見付けた写真の雷鳥はオスの幼鳥とか・・・。そして室堂のライブカメラの場所は建物の上の方。

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帰りは、立山高原バスで、美女平まで高度差で1500mほど下りる。バスの両側に開ける光景も素晴らしい。天気が曇っていたのは残念だが・・・。
美女平から立山駅までは、またケーブルカー。そして、バスに戻って帰路についた。

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それにしても、いわゆる雪の大谷が麓まで続いているのにはビックリ。ホテルのスライド説明会で、言っていたが、何ヶ月もかけて、ふもとから掘り進んで4月16日のホテルのオープンに間に合わせるのだとか。そして、雪の平原から道路の位置を測るのは、三菱電機製のGPSを利用しており、誤差は3cmしかないとか・・・。ホテルの駐車場には、ブルトーザーや40mも雪を吹き飛ばす重機などがあった。
この費用は、どの位かかるのか・・・。たった数軒のホテルのために、掘る??するとホテル大が大変な金額になるはず・・・。それにしては安い・・・。
それとも除雪費用は、有料道路の料金に入れる?? この辺の仕組みは分からない。

帰りは、立山駅から立山IC、北陸道、上信越道、関越を通って、家に着いたのが夜10時だった。事故もなく、お疲れさま・・・
今回の小旅行は、カミさんのリクエストだったが、黒部ダム、雪の大谷、星空、雷鳥と、4つのテーマが全て満点だったのでラッキーな小旅行ではあった。

130602sakago <付録>「ボケて(bokete)」より

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