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2013年5月 3日 (金)

「憲法 超・口語訳~名古屋の大学生 ネットで反響」

今日は憲法記念日。昨日の「朝日新聞」夕刊に、「憲法 超・口語訳~名古屋の大学生 ネットで反響 続く転載・手直し」という記事があった。
なかなかユニークな動きなので、記事を読んでみよう。

憲法 超・口語訳~名古屋の大学生 ネットで反響 続く転載・手直し

 俺達はちゃんとみんなで選んだトップを通じて、俺達のガキのそのまたガキのために、ご近所さんと仲良くして、みんなが好きなことできるようにするよ。……それがこの憲法だ。
 超・口語訳された日本国憲法の前文だ。「訳者」は名古屋市の愛知大法学部4年生、塚田薫さん(24)。ネットの2ちゃんねるに書き込んで1年ほどになるが、今も転載が繰り返され、手直しが続く。出版の話も持ち上がっている。
 きっかけは友達との飲み会。「憲法ってのを勉強してる」と即興で説明したらウケた。数日後、2ちゃんにハンドルネームでスレッドを立て、訳を書き込み始めた。
 1条 この国の主権は国民のものだよ。というわけで一番偉いのは俺達ってこと。天皇は、日本のシンボルで、これはなんというか、国民がまとまってるってことを示すためのアイコンっていうか、そういうこと。
 夜中だというのに、他からも書き込みが相次いだ。「がんばれ103条まであるぞ」「すんげーいいやつに諭されてる感じ」
 反響に緊張した。「俺はぺーぺーの学生だから、間違いを指摘してくれると助かる」と呼びかけた。
 気を使ったのは、やっぱりここだ。
 9条 俺達は筋と話し合いで成り立ってる国と国の間の平和な状態こそ大事だと思う。だから、もし外国となにかトラブルがおこったとしても、国として武器をもって相手を脅かしたり、直接殴ったり、殺したりは、永遠に絶対しないよ。戦争放棄だ。
 9条2項はみんなの助言を受け、こうなった。
 で、1項で決めた戦争放棄という目的のために軍隊を持たないし、交戦権も認めないよ。大事だから念を押しとくね。
 ツッコミも来た。「俺達? お前と一緒にすんな」
 多くの条文で主語を「俺達」にしたのは、わけがある。「憲法は国民が国家を縛るための法だからね」。立憲主義ってやつだ。
 塚田さんはゼミでも憲法を選んだ。様々な法の中でも正義や自由といった理想を直接語っている、と思ったからだ。「憲法の自由な姿勢って、ロックンロールだと思う。忌野清志郎も言ってたかな」。偶然だけどきょう2日は、清志郎の命日だ。
 第10章(最高法規)までたどり着いて考えた。「ここでもまた基本的人権の重大さを語ってる。憲法が最高法規なのは人権を保障するものだからってのが、読み取れるね」
 一方で人権は無制限ではない。生命、自由、幸福追求権を定めた13条では「公共の福祉に反しない限り」とクギをさす。理想だけじゃなくバランスも結構とれている、と思った。その部分はこう訳した。
 でもみんな権利があるからといって横着はすんなよ。お前に権利があるように、人様にも権利があるんだからな。
 口語訳は、自分の解釈を入れないのが難しかった。憲法ってあえて解釈の幅を持たせ、時代や社会の変化に対応させようとしたんじゃないか。だとするとまだ改正の必要はないな、と塚田さんは考える。
 スレッドの書き込みは絶えない。「この憲法全然守られてない」「アメリカの押しつけだろ」……。塚田さんは、ツイッター(@TsukadaKaoru)でもみんなの意見を聞きたいという。
 昨年発表された自民党改憲草案の訳も始めたところだ。政治の場では改憲か護憲か議論が熱い。
 ――よおく考えて、決めようぜ。(石橋英昭)
    ◇
【日本国憲法、原文は】
・第一条
 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
・第九条
(1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
・第三十条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。
     ◇
〈憲法ゼミを指導する長峯信彦・愛知大教授の話〉
 専門家から見れば、緩いし、未熟な点は否めない。憲法解釈を巡る論争ももっと踏まえてほしい。ただ、現憲法の条文が読みにくいのも事実。これを読んだ人が本物と照らし合わせてみようと考え、いま一度、憲法に関心を持つきっかけになるのではないか。
     ◇
【塚田さんが「意訳」してみた日本国憲法前文】
 俺達はちゃんとみんなで選んだトップを通じて、俺達のガキのそのまたガキのために、ご近所さんと仲良くして、みんなが好きなことをできるようにするよ。また戦争みたいなひどいことを起こさないって決めて、国の基本は国民にあることを声を大にして言うぜ。それがこの憲法だ。
 そもそも政治っていうのは、俺ら国民が政治家を信頼して力を与えてるものであって、本質的に俺達のものであるんだ。あれだ、リンカーンの言った「民衆の、民衆による、民衆のための政治」ってやつ。この考え方は人類がみんな目標にするべき基本であって、この憲法はそれに従うよ。そんでそれに反するような法律とかは認めないぜ。
 俺らはやっぱ平和がいいと思うし、人間って本質的にはちゃんとうまくやっていけるようにできてると信じるから、同じように平和であってほしいと思う外国を信頼するぜ。その上で俺達はちゃんと生きていこうと決めたっちゃ。
 平和を守って、奴隷制度みたいな酷いこととか、下らない偏見とか差別をなくそうとしている世界の中でちゃんと活動したいと思うのね。名誉ある地位っていうかさ、かっこいいじゃん。
 その上で声を大にして言うよ。「全世界の人は、みんな、なににも怯えることなく、飢えることもなく、平和に生きる権利を持っている」ということだ。この理想は俺達の国だけじゃなくて他のあらゆる国にも通用するもので、一人前の国でいたいと思うなら、このことを守ることは各国の義務だよ。
※ リンカーンの言葉は原文にはなく、塚田さんのアイデア」(
2013/05/02付「朝日新聞」夕刊p11より)

言葉そのものは、今風の若者言葉なので、シルバー族の我々にはフィットしない。でもこの試みは面白いと思う。
超・口語訳は色々な例がある。直ぐに思い浮かぶのが、「般若心経」の現代語訳。これは本屋さんに行くと、無数の訳が出ている。つまり難解なので、注釈が必要になるわけ・・・。それに比べて、日本の憲法は現代語なので、良く読めば分かる。前に、憲法をじっくりと読もう・・・と、分かり易い憲法の本も流行ったことがある。しかし今はNetの時代。わざわざ本を買わない。そんな現状を踏まえての、Net上で練られているという現代語訳。実にNet時代ならではの動きだ。

Netで探ってみると、この訳は確かに色々のサイトに載っている。たまたま(ここ)にまとめたものが載っていたが、何が正解かは分からない。でもこんな訳が転載され、追記されながら若者の間で育ち、流れて行く。それは結構な話。言葉は色々だが、憲法の理念を皆でもう一度認識し、そしてそれらが、今の政権でどのように変えられようとしているのかへの理解が深まれば、それは良いこと・・・。
自民党改憲草案の訳も作業中らしい。各党の改憲案を現代文で分かり易く比較するのも意味のあることかもしれない。

そこには、多分「戦争をしようぜ」といった言葉も登場するだろう。
しかし恐ろしいのは、改憲論者は内々、「でも自分と自分の家族は絶対に戦場に行かせない」と思っているのではないか・・・ということ。
改憲論者は、まず「戦争が起こったら、自分と自分の家族は全員、最前線に駆けつける」と宣言してから論じて欲しいもの。どうも最近、死闘の最前線を、ただ頭の中だけで考えて敗北し、自分たちだけ生き残った大本営と、改憲を論じている人たちがダブって見えるこの頃である。
日本は戦争だけはしてはいけない。ただただそれだけを思うのだが、世論はどうなのだろう・・・。

130503hima <付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

本当に総理には兵隊になる息子がいないし、本人も兵隊になる年齢ではないし、戦犯だった叔父さんたちは死刑にならずに総理になったし、徴兵制を作っても何の心配もない。これが私の友人たち数人と話した改憲に対する感想です。
5歳の息子に銃を買い与えたために2歳の娘が撃ち殺された痛ましい事件がアメリカでありました。銃には銃でという思想は何処か間違っていると思うのですが、国家も同じではないでしょうか。理想論だと言われても人間としてまっとうであればいいと私は思っています。

【エムズの片割れより】
最近のマスコミで報道される世論調査の結果に、慄然としています。改憲論者だけでなく、改憲に賛成の日本の国民は、まさに他人事でなく、自分自身、及び子供たちを戦場に送る覚悟があるのでしょうか?

投稿: 白萩 | 2013年5月 3日 (金) 22:32

 「超口語訳憲法」とは! とても楽しくて有意義な試みですね。

 自民党が徴兵制を敷くかどうか、はよく知りませんが、自分から志願して自衛隊へ行く若者を、被災地では無く戦場へ送る、ということには、いつかなるでしょうね。
 アメリカの若者が戦場で精神を傷めてその後の人生を苦しむ姿を見聞きして、「自国の若者にこんな体験はさせられない」と思うのは、他国の犠牲に乗っかった利己主義の塊だと、言われればそうかもしれないけど、「テロとの戦い」とか言って、終わりの見えない戦争をあっさり始めてしまうようにはなりたくないです。
 災害救助隊として国民の信頼を集めつつある「自衛隊」を「軍隊」に変えて誰が喜ぶのか? 「憲法で戦争が出来ない国」の「自衛隊」として誇りを持てるあり方を探りたいです。

【エムズの片割れより】
まったくその通りですね。あの震災の時「今、頑張らなければいつ頑張るのか?」と言い残して、現地に向かった自衛隊員の話がありました。
自衛隊が今の状態ではダメ、という国民はどの位いるのでしょうか?

投稿: Tamakist | 2013年5月 4日 (土) 01:52

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