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2013年5月の26件の記事

2013年5月30日 (木)

「牧伸二さんの死 弱音を吐ける社会こそ」~精神腫瘍科について

先日の朝日新聞に、こんな記事があった。

「(記者有論)牧伸二さんの死 弱音を吐ける社会こそ
      磯村健太郎
 ウクレレ漫談の牧伸二さんが亡くなった。自死と見られている。11日付本欄に「生き抜いてこそ、芸人だ」と題した編集委員の記事が載った。「どんな逆境でも生き抜く。転んでもタダでは起きない。自分をさらけ出し、自分の恥をネタにしてまでも笑いをとる。そんなしたたかで、ふてぶてしいばかりの芸人に、大ベテランの牧さんもなれなかったのだろうか」とある。
 追悼の思いを記したのだろう。ただ、私は違和感を覚えた。これまで自死問題を取材し、こころ面や文化面に記事を書いてきた経験から、別の視点を示したい。
 この問題にかかわる団体や医療機関の多くはいま、「一人で悩みを抱え込まないで」「がんばれないときは弱音を吐こう」とのメッセージを盛んに発している。
 例えば「自死・自殺に向き合う僧侶の会」という超宗派のグループがある。お坊さんとの往復書簡を通じ、生きる手がかりを見つけてもらおうとする活動だ。目標に掲げるのは「安心して悩むことのできる社会」。がんばれないときまで、がんばろうとしなくてもいい、という。「死にたいほどのつらさ」を丸ごと受け入れ、ひたすら寄り添う試みなのである。
 埼玉医科大学国際医療センターには全国でも珍しい遺族外来(正式には精神腫瘍〈しゅよう〉科)がある。大切な人を亡くした人は、精神的に不安定になりがちだ。担当の大西秀樹教授は、男性の相談者が少ないことを気にかけている。「男性が援助を求めにくい風潮は根強い。もっと社会的なサポートを活用してくれるようになればいいのですが」と話す。
 会社員の場合、職場のうつも深刻だ。周囲の理解を得られるかどうか不安で、上司への相談をためらっているうちに症状が重くなるケースがある。「弱いやつだ」と見なされ、配置転換されるのを恐れる人もいるだろう。
 自死は長く「個人的な問題」とされてきた。2006年にようやく成立した自殺対策基本法は、死の背景に様々な社会的要因があることを認めたが、その認識はまだ浸透していない。NPO法人「ライフリンク」は現代日本の自死の多くは「社会的に追い詰められた末の死」、しかし適切な対策があれば「避けることのできる死」と見ている。
 芸人であれ会社員であれ、本当につらいときは弱音を吐ける。そんな柔らかい雰囲気を醸成することこそ、この国には必要だと考える。(いそむらけんたろう オピニオン編集部)」(
2013/05/29付「朝日新聞」p14より)

この記事を読んで、自分も“頑張らない”筆者の姿勢に賛成。
ここに出てくる「埼玉医科大学国際医療センター 精神腫瘍科」とは何だろう?とHPを見た(ここ)。
そこにはこのようなことが書いてあった。
理念
がん患者さんやそのご家族がよりよい日常を送れるように精神・心理学的側面から支援する。科の構成員はそれぞれの専門性を生かした支援を通じて臨床・研究面での進歩および日常の充実を得る。   
# がん患者さんへ
がんになる。
とても辛いことです。
自分はどうなるのだろう。家族は、子どもたちは…。不安で押しつぶされそうになるかもしれません。
どうして私に…。怒りが出ても、不思議ではありません。
がんという病気は、身体ばかりではなく心にも大きな影響を及ぼすのです。
がんの疑いが生じたとき、がんと診断されたとき、化学療法、放射線療法、手術といった治療が行われるときなど、がんの診断•治療のあらゆる場面で、心のケアが必要となります。私たちは、精神的、心理的な側面から皆様の援助を行います。ぜひご相談ください。

# がん患者さんのご家族へ(家族外来)
大切な人ががんと診断され、ショックを受けない人はいません。
さまざまな不安を抱えながら、一方で患者さんを励まし、支えなければならないご家族は、本人も気がつかないうちに、心身に大きなダメージを受けているかもしれません。
精神腫瘍科では、ご家族の診療を行っております。
多くのご家族が外来を受診されています。
苦しいとき、1人で悩まずご相談ください。

# ご遺族の方々へ(遺族外来)
精神腫瘍科では医師、臨床心理士が、がんでご家族を失った方々に専門的な診療およびカウンセリングを行っております。 」(
埼玉医科大学国際医療センター 精神腫瘍科HP(ここ)より)

まるでシャレのような「精神腫瘍科」という名前。しかし大真面目なのだ。精神の腫瘍・・・。まさに鬱などはこれではないか?
もう少し調べたら、「精神腫瘍科」は、がん研究センター東病院、聖路加国際病院、埼玉県立がんセンター、福山市民病院、がん研有明病院など、がんの有名病院にはかなり設置されているようだ。

言うまでもなく、人間にとって一番の精神的ダメージは、家族の死。しかし誰もこれからは逃れられない。つまり誰でもいつかは経験すること。しかし、その心のケアというと、ほとんど話題になっていない。
死まで行かなくても、自身も含めた家族へのがんの告知という精神的ダメージも、およそ他人事ではない。

一昨日、夜中の1時に下痢で目が覚めた。原因は分からない。吐き気がないので食中毒では無いだろう。夕食後のシャーベットがいけなかったか・・・? こんな良くある症状でも、自分の精神は内向きになり、不安定になる。それがもし不治の病とすると、自分の精神の落ち込みは想像を絶すると思う。そんなとき、このような診療科があると、どれだけ救われるか・・・

自分の精神の強さに全く自信が無い自分は、つい自宅からこの病院への道順を確認してしまった。いつか来るだろうその時に備えて・・・!?
頑張らない生活、バンザイ!(←ただし“還暦以上”の年齢制限有り!?)

130530rate <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月29日 (水)

ペギー葉山の「越後の子守歌」

先日、NHKラジオ深夜便の子守唄特集で、ペギー葉山の「越後の子守歌」を聞いた。初めて聞く歌である。

<ペギー葉山の「越後の子守歌」>

「越後の子守歌」
   日本民謡
お山で恋しい 波の音
寝ていりや遠くで 波の音
ゆったり ゆったり ゆったりこ

守っこというもの つらいもの
おかかにやしかられ 子にゃ泣かれ
泣くな 泣くな 泣くなよ

ねんねが ねエッたか ねエッたかや
ねんねが ねったら なにくりょぞ
ねんねん ねんねん ねんねんよ

ピーヒョロとんびの 笛もろて
朝から晩まで 吹きなされ
ピーヒョロ ピーヒョロ ピーヒョロロ
ねんねんよ

この歌は、新潟県の旧頚城(くびき)郡の海岸地方の子守唄だそうだ。
世界中に、無数の子守唄がある。日本でも地域ごとに無数の子守唄・・・。
それを我々は聞きながら育ったはず(?)だが、残念ながら良く覚えていない。

ふと、自分のお袋の顔を思い出しながら、こんな歌を聞いてみる。自分も子どもの頃、歌ってもらっていたのかな・・・と。でも、何かイメージが合わない。どうもお袋は子守唄というイメージではない・・・。でもま、お袋も若い頃はあったのだ・・・。

たまたまバスで一緒に乗り合わせるヤンママと子供たち。その男の子たちの騒がしいこと・・・
どうも子守唄は、騒がしい男の子よりも、おとなしい女の子のためにあった歌のような気がする・・・。
古き良き日本の風景である。

130529tetsudou <付録>「鉄道で」の写真集は(ここ
boston.com/bigpicture 2013年5月6日より

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2013年5月28日 (火)

国産腕時計の隆盛と衰退

だいぶん前だが、昼休みに近くの食堂で読売新聞を見ていたら「機械式腕時計 一生モノ」という記事があった。
最近、スイス製の機械式腕時計が売れているそうで、この記事でも、意を決して100万円の腕時計を買った人の話が載っていた。
そう言えば、先日の朝日新聞にも腕時計の記事があった。これも大分前の話だが・・・。

「(ニュースQ3)国産腕時計100年…海外ブランドとどう戦う? 
 腕時計の国内生産が始まって100年。いまやスマホも時計代わりになり、安い輸入品が「100均」に並ぶ。ブランド力ではスイス勢の背中は遠い。国産時計は、どこに向かうのか。
本場のスイス、崩せない牙城
 500円玉よりひと回り大きい直径29・6ミリ、厚さ11ミリ。セイコーの源流の「精工舎」が1913(大正2)年につくった国産1号の「ローレル」だ。
 セイコーミュージアム(東京・墨田)が4月に始めた「腕時計100年」展の目玉は、今も時を刻む。
 懐中時計の職人が、海外にならって腕時計に仕立てた。手巻き式で、誤差は日に20~30秒。価格は16円前後。小学校教員の初任給のおよそ2倍だったという。
 地下鉄などの公共交通が整うにつれ、時間をいつでも確かめられる腕時計は、モダンガールやモダンボーイの必需品となった。
 関東大震災で資料が失われ、ローレルの誕生月すらはっきりしないが、セイコーミュージアム館長の鈴木旻(あきら)さん(70)は「満足な工作機械もない時代。信じられない出来栄えだ」と話す。とはいえ、時計といえばスイス。高度成長期にメード・イン・ジャパンが世界に広がっても、牙城は崩せなかった。
クオーツ躍進、円高で生産減
 流れを変えたのは、水晶に電流を流し、その振動をもとに時を刻むクオーツだ。諏訪精工130527udedokei 舎(現セイコーエプソン)が69年、「クオーツアストロン」を完成。小型化の技だった。
 直径3センチの本体に、水晶と76個のトランジスタを埋め込んだ。誤差は、日に0.2秒ほど。国内のライバルも追随し、世界を席巻した。70年に1100万個だった輸出は、85年に1億2500万個になった。
 長野県の諏訪商工会議所職員(58)は「工場で働く人が増え、街はわいた。田んぼは家になり、小学校が新設された」と振り返る。スイスの業界には大打撃。「オメガ」は従業員の3分の2を整理したという。
 85年のプラザ合意で輸出に痛い円高が始まる。生産拠点は海外へ。リストラの嵐が日本に吹く。「高ければ高いほど」のバブル期も人気はスイス製だった。
 時計産業で働く人はいま1万人足らず。85年の5分の1に満たない。国内生産(11年)は350万個だ。
スマホも強敵、高額品に活路
 国産の灯は守れるか。「正確さだけでない機能や高級感でブランド力を高めたい」(セイコーホールディングス広報)。折しもアベノミクスで富裕層が潤い高額品が売れている。「グランドセイコー」も「ザ・シチズン」も価格帯は数十万円。普及品と一線を画すブランドに育てる考えだ。
 日本橋高島屋の営業計画担当、水島敏夫さん(48)によると、「国産は30万円前後が売れ筋。スイス製は100万円超がどんどん売れる」。シチズンは昨春、スイスのメーカー「プロサーホールディング」を約60億円で買収した。戸倉敏夫社長は「いい案件があれば、積極的に高級ブランドを買う」という。
 新たな敵もいる。スマートフォンなどIT機器だ。ソニー子会社が売る「スマートウオッチ MN2」はタッチパネルを備える。メールやツイッターの確認、スマホの遠隔操作にゲーム。米アップルや韓国サムスン電子も同じような製品開発を急ぐ。(内山修)」(
2013/04/23付「朝日新聞」p37より)

このグラフが何とも凄まじい。国産腕時計の生産量は、もはや最盛期の2.8%だという。

自分にとって、時計は正確が第一。よって我が家はほとんどが電波時計。これは安心・・・
腕時計も、1997年にSEIKOが最初に発売した電波修正腕時計を買ったもの・・・。当時は電波受信のため、ケースがプラスチックだった。そしてデジタル表示だったので、自分は好きにはなれず、結局腕にはめなかった。それに太陽電池だったため、電池切れで良く止まり、結局使わなかった。
自分が日常使っているのは、単なるクォーツ。同じくSEIKOのSPIRITという廉価な腕時計だが、これが“異常に”正確。半年に1回、合っているかな?と気にする位。デザイン的にも、オーソドックスなグランドセイコーと同じ。だから一生モノとしてグランドセイコーの電波時計が欲しいかな?とも思うのだが、どうも必要性を感じない。

しかし最近のモノの値段の崩壊はただ事ではない。機能に対する価格の異常は、腕時計がその代表ではないか??正確に時を刻む超小型の腕時計が100円ショップで買えるとは、何とも哀しい・・・。
でもこの事態は、時計の世界だけではない。テレビをはじめ、あらゆるモノがそんな流れ。それに、若者はそもそも腕時計を持たない。スマホで充分なのだ。しかもスマホは正確無比・・・

それぞれが持っている機能と、それに対する値段の異常・・・。いやになっちゃう時代になったものだ。

130527ikanakucha <付録>「ボケて(bokete)」より


2013年5月26日 (日)

2013年の「サラリーマン川柳」ベスト10

先日、今年の「サラリーマン川柳」のベスト10が発表になった。

「「いい夫婦 今じゃどうでも いい夫婦」 サラリーマン川柳1位 人気投票
 「いい夫婦 今じゃどうでも いい夫婦」。第一生命保険が23日に発表した「第26回サラリーマン川柳コンクール」の人気投票結果で「いい夫婦」と2度も盛り込みながら、夫婦のつながりの変化を皮肉った句が、最多の4563票を集めて1位に輝いた。
 第一生命は「結婚当初の良き時代を惜しむ心情が共感を得たのではないか」としている。2位と3位は、職場の人間ドラマを時代を映したユーモアたっぷりに詠み、人気を集めた。第一生命は2月に発表した優秀作品100句を対象にインターネットなどで人気投票を実施。約13万票を集計し、ベストテンが決まった。」(
2013/05/24付「日経新聞」p38より)

例によって、今年の入選作から自分が選んだ作品10点(ここ)が、今回発表になったベスト10(ここ)にどの位入っているかを見たら、何と④の1つしか無かった。相変わらず、自分のセンスは世の中のセンスとマッチしていないらしい。

<2013年「私が選ぶサラ川ベスト10」>
①(4,563票) いい夫婦 今じゃどうでも いい夫婦(マッチ売りの老女)
②(4,281票) 電話口「何様ですか?」と聞く新人(吟華)
③(3,966票) 「辞めてやる!」会社にいいね!と返される(元課長)
④(3,937票) 風呂にいた ムカデ叩けば ツケマツゲ(おやじパニュパニュ)
⑤(3,820票) ダルビッシュ 一球だけで 我が月給(ABNA48)
⑥(3,561票) スッピンで プールに入り 子が迷子(アジ)
⑦(3,128票) 人生に カーナビあれば 楽なのに(元サラ)
⑧(2,952票) すぐキレる 妻よ見習えLED(忍耐夫)
⑨(2,656票) ワイルドな 妻を持つ俺 女々しくて(あんこもち)
⑩(2,632票) 何かをね 忘れたことは 覚えてる(万華鏡)

ついでに、自分が選んだ残りの9作品が、11位~100位のなかで(ここ)、どの位の位置にあるかを見たら、下記の通りだった。
(15) やな上司 退職したのに 再雇用?(美仁子)
(20) 孫の名が ふつうに読めて ホッとする(路散塵)
(32) 部下にオイ 孫にホイホイ 妻にハイ(ほうせんか)
(41) 家のこと 嫁のブログを 見てわかり(リラックス リラックス)
(42) 生命線 見せたら妻が 不機嫌に(疑問符)
(57) みつめ合い 時も過ぎれば 睨み合い(団塊の落とし子)
(73) 軽く飲もう 上司の誘い 気が重い(気ままネコ)
(74) 頼みごと 早いな君は できません(山車話(だしっぱなし))
(93) 新入りを 待って幹事を 九年間(裕ちゃん)

今年の自分の“当選率”は最悪だが、まあそれはそれとして、何でも笑い飛ばす余裕が、人生には必要。
自分にその余裕があるかどうかは疑問だが、他人のウィットやセンスをじっくりと味わって、ウサを晴らすことにでもしようか・・・。

(関連記事~
2013年の「サラリーマン川柳」入選作

130526yoga <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月25日 (土)

「エベレスト最高齢登頂 三浦さん、夢追い「若返る」 どん底から体を改造」

この5月23日に80歳で、3度目のエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎さん。今日夕方のニュースで、ヘリでの下山を決めたようで、ホッとした。何としてでも、元気に帰国してもらわねば・・・
三浦さんの今回のチャレンジの背景の記事が、昨日の「日経新聞」にあった。

エベレスト最高齢登頂 三浦さん、夢追い「若返る」 どん底から体を改造
 冒険家の三浦雄一郎さんによる5年ぶり3度目のエベレスト登頂。これまでの76歳を4歳更新する80歳の史上最高齢登頂記録となった。
 昭和7年生まれ。還暦の祝いの席で三浦さんは「3度目の20歳のつもり」とあいさつした。一発、エベレストでも登ってやろうと思っていたのだが、やがて打ち消す要因が身を包み、夢は遠ざかった。それから20年、昨年10月12日に80歳の誕生日を迎えたとき「4度目の20歳のつもりで成し遂げたい」と3度目のエベレスト挑戦の抱負を語った。決意を新たにしてというところなのだろう。
130524miura  三浦さんは60代に入り、自分の晩年を考えてみると、次第にキラキラしたものが薄れ、夢が消えていく寂しさを感じたという。サラリーマンも同じではないか。60歳を過ぎて暴飲暴食のツケが回ってきた。プロスキーヤーと呼ばれるのがうっとうしくなり、冒険家という肩書が恥ずかしくなった。完全な生活習慣病で入院を余儀なくされ、「このままでは長生きはできませんぞ」と医者から警告された。
 父敬三は白寿(99歳)の記念にモンブランの氷河を滑走するトレーニングに励んでいた。次男の豪太は、モーグルの五輪選手で世界を飛び回る。この2人に挟まれ、自分だけがおなかをさすり肩で息をする惨めな肥満老人だった。
 「おれは世界じゅうを駆け巡った冒険家のはずだろう」
130524miura1  このままでは70歳は迎えられない。死を見据えた上に、ここからが三浦さんらしいムチャクチャなところだが、「そうだ、エベレストに登ろう」と思いつく。37歳の時にエベレストからスキーで世界の意表を突く大滑降を成功させたが、8000メートル上まで行き頂上はすぐそこだった。その6日後に、植村直己氏らがエベレスト日本人初登頂を成し遂げたのである。
 「自分の最後の最高の夢はエベレストの頂上」と夢を明確にした65歳、まずは自宅近くの藻岩山(531メートル)から登り始めた。ところが息が続かず登れなかった。三浦さんは「ものは考えようで500メートルの山も登れない僕が、このどん底から変身しながら、5年後にエベレストの頂上に立ったらこんなおもしろい話はないじゃないか」と山の人生を再スタートさせたのである。
 冒険に「年齢」という新しいキーワードを持ち込んだ。70歳から5年刻みで準備し、世界の最高峰に挑んできた。衰えやすい年代でも高い目標を持ち、積極的にトレーニングすることによって一部の体力が落ちないどころか、その数値を「若返らせる」ことを証明してみせた。
 「ドキドキワクワクする目標を持てば人は何歳でも変わることができる」。三浦さんが身をもって示した。この分ならまだ夢の続きはありそうだ。(編集委員 工藤憲雄)」(
2013/05/24付「日経新聞」p37より)

この話は、三浦さんが成し遂げた“65歳からの復活”と同じ年代をこれから迎える我が身としては、少々耳が痛い。同じような“65歳以降の生活”をマネできるかというと、とてもとても・・・

またウォール・ストリート・ジャーナルにはこんな記事も・・・
「・・・・・ ネパールの山岳当局者はエベレストのベースキャンプで、三浦さんが山頂に到着したこと130525miura と、最高齢で登頂に成功したことを確認した。
 これまで最高齢記録を保持していたのはネパール人のミン・バハドゥール・シェルチャンさんだった。シェルチャンさんは現在81歳で、三浦さんのすぐ後に登頂を目指す。
 シェルチャンさんは数日前に消化器の異常に苦しんだものの、来週の登頂を目指して準備を進めている。22日のベースキャンプからの電話で、体調が良好だと述べ、「挑戦する準備が整っている」と話した。
 この2人の高齢登山家はこれまでにも頂上を目指して対決している。
 三浦さんは70歳のときにエベレスト登頂の最高齢記録保持者となったが、08年にも再度登頂して記録を75歳に伸ばそうとした。しかし、当時76歳だったシェルチャンさんが三浦さん登頂の前日に登頂したために記録更新はならなかった。
 三浦さんの娘の恵美里さんは22日、父がライバルとの競争をそれほど気にしていないと述べ、自分自身のために挑戦していると話していた。・・・・・」
ここより)

ネパール人が、最高齢記録をいつ破ろうが、三浦さんの我々シニア層に与えた“衝撃”は、いささかも揺るがない。高齢者の入口に立って、甘い生活を続ける自分にとっては、まさに奇跡の所行。

そう言えば、今年の正月、NHKラジオ深夜便で「明日へのことば「今年にかける、80歳でのエベレスト挑戦」三浦雄一郎さん(冒険家・プロスキーヤー)」(2013/01/03~04放送)を放送していた。
この話を聞くだけでも、これから目標の無い(!?)老後を迎えようとしている我々ミニ老人にとっては、元気が出る話だ。
(この放送を聞かれる方は、前半の41分の話は(ここ)、後半41分の話は(ここ)をクリックして、しばらく待つ・・・・)

改めて、三浦さんの話を聞きながら、目標を持つことの大切さを認識し、そして三浦さんが無事帰国されることを祈ることにしよう。

130525kawaza <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月24日 (金)

地デジ放送の送信所移転、5月31日スカイツリーに

関東以外では関係の無い話だが、関東では地デジ・アンテナのスカイツリーへの移転で、大騒ぎをしている。でもやっと移転日が決まったらしい。

「地デジ放送の送信所移転、予定通り 31日スカイツリーに
 関東の地上デジタル放送の送信所が(2013年5月)31日に東京タワーから東京スカイツリーに移ることに決まった。同日の移転を求めていたNHKと在京民放5局に対し、総務省が許可する意向を伝えた。一時は夏休み後の9月に延期する案も浮上したが、試験放送による受信障害の発生が減ってきたため予定通りに移転させる。新藤義孝総務相が24日に表明する。
 これまでに発生した受信障害は11万5千件。このうち95%は既に工事が完了した。総務省は残りの受信障害への対策を進めることを条件に移転を認める。各局は今も試験放送を繰り返しているが、31日午前9時に東京タワーからの放送波を止め、スカイツリーから送信を開始する方針だ。」(
2013/05/24付「日経新聞」p13より)

スカイツリーへの送信所移転、31日に 総務相が容認表明
 新藤義孝総務相は24日の閣議後の記者会見で、東京タワーから東京スカイツリーへの地上デジタル放送の送信所移転について、「放送事業者が予定していた31日午前9時の移転を容認する」と表明した。NHKと在京民放5局による今後の試験放送で受信障害が急増しないことや、各局が移転後も受信対策に万全を期すことを条件に認めた。
 スカイツリーから電波を受信するのは関東1都6県の約1500万世帯。送信地点が地上約600メートルに上がるため、山間部やワンセグ放送の視聴環境が改善する。」(
2013/5/24「日経新聞web」より)

ともあれ、これにより、今まで地デジの電波が弱くて障害が出ていた地域は格段に状態が良くなる。ワンセグの受信も安定するだろう。しかし、スカイツリーからの電波が、あまりにモンスター的なので、地域放送局の弱い電波をかろうじて受信していた家は、それが犠牲になる可能性も考えられる。
ここ)でも書いたように、ブースターのゲインをスカイツリーからの強力な電波に合わせると、地方局の弱小電波が受信出来なくなってしまう・・・。

総務省のスカイツリーのサービスエリア(ここ)は、東京タワーに比べて若干広がったとはいえ、大きくは変わっていない。それでもこれだけの騒ぎ・・・

一方、スカイツリーでの今回の電波障害の対策費は約100億円だという。
スカイツリーの建設費は400億円というから、この100億円は大きな数字。それに予期していなかったお金。それをNHKと民放5社が負担するというから、これはツライ・・・
ともあれスカイツリーは開業後1年目にして、やっと本来の電波塔の姿になるので、御同慶の至り・・・。

ちょうど1周年になる5月22日現在で、スカイツリーの展望台には638万人が上ったという。つまり1日1万7千人・・・。ま、ほとぼりが冷めた頃、一度我々も登ってみたいもの・・・。

130524tornadoes <付録>「竜巻、米国で大混乱」の写真集は(ここ
boston.com/bigpicture 2013年5月22日より
~リンク先をクリックして、当サイト推薦の素晴らしい写真をぜひご覧下さい!

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2013年5月23日 (木)

健保~「需要増に応じ負担見直せ」!?

このところ、健保の財政について気になっている。先日、「麻生氏の「通院なし70歳以上に10万円」案は理にかなっている」?」(ここ)という記事で、「それぞれの年代の“金額×人口”の絶対額のグラフの方が分かり易かったかも知れない」と書いたら、先日の日経新聞で、それと似たグラフを見付けた。
我々シルバー族には耳の痛い話だが、この話に少し耳を傾けてみよう。

経済教室 需要増に応じ負担見直せ
    小塩隆士(一橋大学教授)
・・・・
 日本の医療は世界に誇るべき「国民皆保険」の仕組みだが、高齢化の進展の下で、現行制度のまま持続できるか、極めて不透明な状況になっている。
 からだの具合が悪くなって医療機関の世話になる確率は、高齢になるほど高くなる。そのため、医療保険は保険料負担と給付を通じて現役層から高齢層に所得を移転する。現役層は、自分の疾病リスクをカバーする以上の保険料を支払うことになり、保険料は税としての側面を強く持つことになる。組合健康保険や協会けんぽなど現役層の医療保険の収支構造を見ても、保険料収入の4割以上が高齢者医療のために拠出されている。このような現役層の負担への依存が過度に高まると、経済のゆがみが大きくなり、医療費の財源調達が難しくなる。この構造は、年金や介護などと基本的に同じである。
 ところが、医療経済学の分野では、高齢化を医療費増大の要因と考えることに否定的な見方もある。例えば「生涯にかかる医療費のかなりの部分は、死亡直前に使われる。しかし、人間は一度しか死なない。だから、高齢化で平均寿命が延びても、医療費を支払うタイミングがずれるだけで、1人当たりの医療費は大きく変化しない」という説がある。また、医療費増大の大部分は医療技術の高度化で説明でき、高齢化の寄与は限定的だという主張も根強い。
 医療費全体の動向を説明する上でこうした見方がどこまで妥当かは、実際に統計を見て判断するしかない。厚生労働省「国民医療費」(2010年度)によると、介護保険が導入された2000年度から10年間で、国民医療費は30.1兆円から37.4兆円へと7.3兆円増えている。ここで各年齢階級の1人当たり医療費が2000年度で固定されていたと仮定すると、10年度は2000年度から4.5兆円増の34.6兆円になっていたはずだと試算される。つまり、この10年間の国民医療費の増加のうち6割強は高齢化で説明できることになる。
 医療費増大に関するこうした要因分解の手法は、対象期間の選び方で結果が左右される。経済がここ数年のようなデフレ局面にあれば、医療単価があまり上昇しないので、高齢化要因による寄与率は高めになりやすい。しかし、そうした点を考慮しても、右の試算結果は、高齢化が医療費を増大する重要な要因であることを十分示唆している。
 将来についてはどうか。医療費全体の規模の増大そのものは、実は大きな問題ではない。医療サービスの充実をどこまで望むかという国民の判断も重要だし、医療サービスの拡大は経済成長に寄与するかもしれない。ここで注目したいのは、医療費の年齢別構成の変化である。
 そこで、各年齢階級の1人当たり医療費を10年度の値で固定し、高齢化による人口構成の変化だけで、高齢者向けの医療費の比重が今後どう変化するかを試算してみる。将来人口は、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(12年1月推計)の数値を用いる。
130523kenpo  試算結果を図に示した。後期高齢者(75歳以上)の医療費が国民医療費全体に占める比率は、10年度の33.3%から50年度には54.7%へと上昇し、半分を超える。高齢者の範囲を65歳以上に広げると、比率は同期間に55.4%から73.9%へと上昇する。
 以上は、大まかな試算にすぎない。しかし、医療費のほぼ4分の3が年金受給者向けになる将来が視野に入って来たという状況を、私たちはもっと認識しておいたほうがよい。医療費の年齢構成がここまで高齢層に偏ると、現役層が支払った保険料や税で高齢層の医療給付の大半を調達する、という現行制度の維持はますます難しくなる。ここに介護保険も加わるので、状況はさらに深刻となる。
 こう考えると、医療保険改革は高齢者医療の見直しに触れざるを得ない。その改革の方向はいたって単純かつ明快である。つまり、高齢者向けの医療給付のうち、高齢者の負担分を全体としてできるだけ増やし、給付と負担の不均衡の是正を目指すべきだ、ということになる。後期高齢者医療制度の創設は、いろいろ問題点はあるものの、この方向に向かう第一歩だった。

 ここまで給付の年齢構成が変化すると「国民皆保険」の意味も次第に変質してくる。そもそも、現行の医療保険でも保険給付の4割は公費(税)に依存している。それでも現行制度が国民皆保険だという説明を私たちが受け入れているのは、なぜか。現役層が加入し保険料を支払う医療保険(健保・共済・国保)が制度の中核にあって、公費(税)投入はあくまでも保険料収入では不足する分を埋め合わせるためのものであり、高齢者医療は現役層の医療保険に付随物として上乗せされている、というイメージが私たちの頭の中にあるからだろう。
 そのイメージはすでに実態からかけ離れつつある。今では医療費の半分以上が年金受給層に向かっている。現役層が支払う保険料は税としての性格をかなり持っている。医療保険の非保険的な性格は今後さらに高まる。それでも国民皆保険という全員加入型の仕組みを維持しようとするのなら、医療保険を支える「主役」を現役層から高齢層に移すべきである。人口構成の高齢化が進み、高齢層の厚みが大幅に増すわけだから、これは自然な方向である。
 もちろん、疾病リスクの性格上、現役層が高齢層を支援するという医療保険の財政構造そのものを大きく変えることはできない。しかし、医療保険の持続性を高めるためには、少なくとも高齢層に現役層と同じような仕組みを適用し、勤労所得であれ、年金所得であれ、所得に余裕のある人には年齢と関係なく多くの負担を求め、そうでない人は負担を少なめにする仕組みを目指すべきである。
 その仕組みへの移行は、それほど難しくない。厚生労働省「所得再分配調査」(08年)によると、雇用者所得や財産所得などに年金所得を加えた総所得(税・保険料控除前)の平均年額は、世帯主の年齢が65~69歳の世帯で458万円、70~74歳では429万円である。子育て費用がかかる30~34歳の世帯の477万円に準ずる水準になっている。
 高齢層は現役層より所得格差が大きいが、だからこそ負担を所得に連動させる必要がある。高齢者だから一律に支援の対象とする、という仕組みは理念的にも実態的にも是認しにくくなっている。医療を成長産業とするためにも、負担のあり方の見直しを避けて通ることはできない。(おしお・たかし 60年生まれ。東京大教養卒、大阪大博士。専門は公共経済学)」(
2013/05/17付「日経新聞」p25より)

前回(ここ)の医療費のグラフも凄まじいが、このグラフも凄まじい。75歳以上の人の医療費が全体の半分を占めるようになる、という予測。

「生涯にかかる医療費のかなりの部分は、死亡直前に使われる。しかし、人間は一度しか死なない。だから、高齢化で平均寿命が延びても、医療費を支払うタイミングがずれるだけで、1人当たりの医療費は大きく変化しない」という説は初めて聞いた。
なるほど・・・、と思う。

しかし最近、カミさんが膝関節症で整形外科に通っているが、朝の患者の混み方は尋常ではないという。しかし昼前になるとスッと人がいなくなる・・・。つまり老化であちこちが痛いシルバー族は、先を競って朝一番に医院に行くことが日常化しているらしい。
確かに、各地の診療所の朝は、シルバー族が溢れていることは事実。つまり、死の直前でなくても、やはり高齢者は日常的に金が掛かっているように感じる。

医療費問題について考えるとき、不幸にも事故で若くして死ぬ人を除くと、ほとんどの人が「老病死」について、同じような道をたどる。つまりは、誰も同じ。・・・という事は、健康保険ではなく「健康税」として、全て税金化することも現実解かも知れない。

こんなグラフを見て、自分もなるべく医療費を使わないようにしないといけないな・・・と思いつつ、自分も例外ではなく、慢性**で毎月医者に通っているシルバー族の一人なのである。体は、なかなか理屈通りには行かない・・・。ああ高齢者・・・!!

(関連記事)
「麻生氏の「通院なし70歳以上に10万円」案は理にかなっている」? 

130523warikan <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月22日 (水)

城山三郎の「男子の本懐」を読む

会社に常駐している外注さんで、Sさんという男がいる。自分とは若い頃からの付き合い。
先日、Sさんの机の上に文庫本が積んであった。見ると皆城山三郎の小説。「Sさんは城山三郎が好きなのか?」と聞くと、「ぜひ読んでみろ」と『男子の本懐』を貸してくれた。
Sさんは事情により、5月いっぱいで居なくなる。その整理で、机の上に置いてあったらしい。よって、今月中に返さねば・・・

考えてみると、他人から小説を借りるのは、学生時代以来かも知れない。必要な本は買っていた。図書館で小説を借りたのも、数十年ぶりに読もうと思ったが手に入らなかった石川達三の「青春の蹉跌」くらいしか覚えていない。
Sさんが貸してくれるという話に乗ったのは、実は別の魂胆があった。つまり自分で買うと、なかなか読まないの。しかし今回は、5月いっぱい、という期限付きなのである。つまりリミットが決まっているので読書が進むかな・・・と思って。その魂胆は当たり、余裕を持って読み終わり、今日その本を返した。

実は城山三郎は「そうか、もう君はいないのか」(ここ)しか読んでいない。たぶん・・・
色々な小説の題は知っているが、読んだのは今回が初めて。

「男子の本懐」は、浜口雄幸首相と井上準之助蔵相の生涯を描いた1979年の作品。読んでみて、小説というよりドキュメンタリー。全て実在の人物が描かれているため、発言も出典がある。事実に基づいたこのような伝記は、史料を調べるのが大変だろう・・・と思っていたら、本の最後に出典がズラリと並んでいた。これだけの文献から二人の人物の生き様を描いた苦労は大変なもの・・・

世の中では、電子書籍がはやりだしたらしい。ダウンロードした小説を、スマホや電子ブックリーダー等で読む・・・。しかし、久しぶりに小説を読んで、自分は絶対に電子書籍は買わないな、と思った。なぜなら、本を読むとき、もう半分読んだ・・・、あと1/5で終わる・・・、という本の厚さに対する読み終わった達成感は格別。アナログの時計と同じで、あとどの位・・・という読んだ分量が、電子書籍では分からない。

そろそろ自分も人生の林住期。小説を読むには格好の時期。これを機に、たまっている読みたい小説を、読書時間を決めて、順に読んで行かなければ・・・と思っているこの頃。(この記事も自分へのプレッシャーのつもりで書いているのである・・・)

130522akikan <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月21日 (火)

「沖縄独立論」育てる本土の病巣

先日、沖縄独立について書いた(ここ)。しかしこの事は、きな臭いので触れないでおこう、と思ったら、先日の朝日新聞にまた記事があり、つい読んでしまった。

「(政治断簡)「沖縄独立論」育てる本土の病巣
     論説委員・松下秀雄
 日本からの独立は、酒の勢いを借りて語る話だと聞いていた。
 なのに、学問として独立について研究するという。ただごとではないと思い、沖縄に通った。
 沖縄が日本に復帰して41年を迎えた5月15日。「琉球民族独立総合研究学会」が発足した。
 もちろん、独立は県民の多数意見ではない。でも、どこか似た気分の広がりを感じる。
 「主権回復の日」にも感じた。政府式典に抗議する沖縄大会では「沖縄に返せ」が繰り返し流れ、約1万人がともに歌った。
 復帰運動の際の「沖縄を返せ」は、日本に返せ、と米国に迫る歌だ。それを1文字変えると意味が反転する。沖縄を沖縄の人の手に返せ、と日本に迫る歌になる。
 かつての琉球王国とはいえ、沖縄の人々は米軍施政下で「祖国」日本への復帰を願ったはずだ。
 どうして、こうなったのか。
    *
 学会の設立趣意書は本土による「琉球差別」と「植民地支配」をあげている。
 差別? 植民地? 大仰な言葉に面食らう。設立委員の松島泰勝・龍谷大教授は「無意識のうちの差別を自覚してほしい」と話す。
 考えているうちに、腹に落ちてきた。たとえば、在日米軍基地の集中はやっぱり差別だ。
 なぜ、74%が沖縄にあるのか。
 「沖縄の位置のため」というのは後づけの説明だ。先に主権を回復した本土で反基地感情が高まり、沖縄に集められた。復帰後もそれが続き、本土は引き取らない。だから沖縄に集中している事実から、私たちは無意識のうちに目を背けていなかったか?
 鳩山政権の時に普天間飛行場の移設先を探しても、引き受け手は現れなかった。
 沖縄からみれば、そんな現実は歴史と重なる。戦争で本土防衛の捨て石とされた沖縄は、いまも本土を守るために犠牲を払う。「やはり捨て石?」と疑う声を聞く。
 そのうえ、抗議の声を上げれば罵声を浴びる。1月、オスプレイ配備撤回を訴えるため上京した沖縄の首長らに、日の丸を持つ人たちが浴びせた言葉はひどかった。
 「売国奴」「シナの手先」「日本から出ていけ」
   *
 沖縄独立論を育てているのは本土の側。日本の民主主義とナショナリズムだ。
 民主主義の政治は、最後は多数決で決める。だが少数派にしわ寄せを続けたら、いつか堪忍袋の緒を切らす。多数派の無神経なふるまいは、国を解体しかねない。
 健全なナショナリズムは、見知らぬ人と人とをも「国民」として結びつける。沖縄にある無人の領土には敏感でも、沖縄に暮らす人々をののしり、国民を分断するナショナリズムは病んでいる。
 私たちは沖縄の姿を通じ、日本を診るべきだ。そして、病を癒やす道を探らなければならない。」(
2013/05/19付「朝日新聞」p4より)

自分は素直に、この論に同調する。自分の心に、「自分に迷惑が掛からなければ、どうでも良い」という感情は無いか? 「米軍が沖縄にいても、自分にはカンケイ無い」という感情は無いか? と問うたとき、否定する自信は無い。
結局沖縄問題は、我々ほとんどの国民が「自分の問題として捉えていない」ということが全てのような気がする。先の大震災でも、ガレキ処理で被災地が困った時、日本全体で受け入れるべき、と唱えた人がどれだけ居たか・・・。そして、放射線が残るガレキを受け入れた自治体がどれだけあったか・・・

これは人の根源的な原理の話かも知れない。基地でもガレキでも、誰も「かわいそうだな・・・」とは思うものの、“他人事”のかわいそう・・・であって、それが自分の住んでいる場所に移ってくる話だと、問答無用で「断固拒否!」。
しかし、もし自分が被災者だったら「放射能があろうが無かろうが、ガレキは日本全体で受け入れるべき」と主張する。
まあ人間なんてそんなもの・・・。

それにしても、先の論で指摘されているように、「自分の所でなければ、どこでも良い」という人が多数を占める“多数決原理”では、沖縄問題は絶対に解決しない。米軍の沖縄駐留に反対するのは、スケープゴート(いけにえ)の沖縄だけなので・・・。それは自分以外ならどこでも同じ。もし基地が北海道に集中していたら、沖縄も含めて北海道以外は、皆知らんフリ・・・かも??
とすると、やはり解は独立論しかないのかも・・・!?

何?自分? さっき夕食の後、犬と一緒にカミさんとスーパーまで散歩に行ったが、その帰り、上空を横田基地からの米軍輸送機が4機、轟音を残して隊を組んで飛んでいった。まあ自分も、沖縄と同じように、飛行機の爆音で日常多大な迷惑はかかっているのだが、沖縄ほどではないか??

130521big <付録>「ナショナルジオグラフィックトラベラー誌:2013フォトコンテスト」の写真集は(ここ
boston.com/bigpicture 2013年5月15日より(この写真は台湾)
~リンク先をクリックして、当サイト推薦の素晴らしい写真をぜひご覧下さい!

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2013年5月20日 (月)

森田童子の「今日は奇蹟の朝です」

さっき夕食の後、カミさんが「一番幸せを感じる時は?」と聞くので、「ベッドに入って、暗い中、30万円のヘッドホンで好きな音楽を聞くとき」と答えた。
昨夜、そのようなベッドの中で大発見した歌がある。森田童子の「今日は奇蹟の朝です」という歌。

最近、また森田童子を良く聞いている。全てのCDは愛するSONYのHDDジュークボックスのNAC-HD1に入れてあるので、 昨夜も森田童子のフォルダを順に聞いていった。するとこんな音楽が聞こえた・・・。あまり聞いたことが無いな・・・と思いつつ、何度も聞いてしまった・・・

<森田童子の「今日は奇蹟の朝です」>

「今日は奇蹟の朝です」

   作詞・作曲:森田童子

不幸な時代に僕たちは目覚めた
八月の海はどこまでも青い
今日は気持ちのいい朝です

砂浜に人は黒い影を落とす
まぶしい陽射しに目眩する
今日は気持ちのいい朝です

白い雲が流れる
もうすぐ夕立
僕たちは奇跡を待っています
今日は奇跡の朝です

八月の海は悲しみいっぱいに
いま聖母マリアが浮上する
いま聖母マリアが浮上する
いま聖母マリアが浮上する

このロック調のバックが好き。この音楽を聞きながら、ピンク・フロイドや、井上陽水の「傘がない」(ここ)、りりィの「心が痛い」(ここ)、中島みゆきの「うらみ・ます」(ここ)のラストを思い浮かべた。
それにしても、この「今日は奇蹟の朝です」は昨夜初めて聞いた歌ではない。前から聞いていたはずの歌。しかし「こんな歌をなぜ今まで良く聞かなかった?」と自問する・・・。
これは、自分が集めた音源に、まだまだ未開発の部分があるということ?  それとも、聞く時の自分の体調によって、受け取る感性が異なる??
ともあれ大発見!

130520mothersky この歌は森田童子「マザー・スカイ」という1976年のアルバムに入っていた歌。森田童子はほぼ全曲持っているが、改めて全曲をじっくりと聞いてみることにしよう。前に良く聞いていた頃から少し時間が経ったので、また大発見があるかも・・・

130520nekokann <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月19日 (日)

家でラジオ体操を始めた~「1日40分動けば達者に」

昨日から家の中でカミさんとラジオ体操を始めた。今日の記事は、自分にプレッシャーをかけるために、わざわざ記しておくものである。

今朝の朝日新聞1面に、こんな囲み記事があった。
1日40分動けば達者に 65歳以上 がんや認知症リスク2割減
 1日に40分ほど体を動かす高齢者は10~15分程度の人より、がんや生活習慣病や関節痛、認知症になるリスクが平均21%低いことが、厚生労働省研究班の研究でわかった。結果から厚労省は、65歳以上の高齢者について「1日合計40分体を動かすこと」とする健康づくりの活動基準をまとめた。高齢者向けの基準は初めて。18~64歳向けの基準も作った。
 研究班(主任研究者=国立健康・栄養研究所健康増進研究部の宮地元彦部長)が国内外の論文を分析し、リスク低下を確かめた。活動量が増えると、がんのもとになる細胞ができにくくなるほか、血の流れが良くなることが理由らしい。
 無理をして体を壊さないよう注意が必要だが、散歩やストレッチ、皿洗いなどどんな動きでも効果があるという。
 また年齢に関係なく、活動時間が1日につき10分増えると、がんや認知症などになるリスクが平均3.2%減ることもわかった。
 厚労省は18~64歳についての基準も作り、目標は、歩行と同じかそれ以上の強さの活動である自転車走行や掃除などを毎日計1時間とした。歩行だけなら8千歩程度に相当する。さらにラジオ体操や水泳といった息が弾み、汗をかく程度の運動を週に1時間勧める。
 若いうちから活動量を増やせば、年齢とともになりやすくなる生活習慣病や認知症などのリスクを減らすことにつながる。宮地さんは「いきなり40分とか1時間でなくてもよい。10分でも効果はあるので、できることから始めてほしい」と話す。(辻外記子)
■健康でいるための活動目標
・65歳以上 散歩、ストレッチなどどんな活動でも、毎日合計40分程度
・18~64歳 歩く、自転車に乗る、掃除などを毎日計1時間/汗をかく程度の運動を1週間に1時間
※健診結果が基準値の人の場合。厚労省の健康づくりのための身体活動基準から」(
2013/05/19付「朝日新聞」p1より)

この記事を読んだから今回のラジオ体操を始めたのではない。スタートは昨日から。つまりこの記事より一日早いのだ。ま、自慢出来る話でもないが・・・

先日、カミさんと「ラジオ体操をやろう」、という話になった。ラジオ体操の音源をどう手に入れる? パソコンでNHKラジオ第2を録音しておいて、それをCDに焼いて、ラジカセから音を出せば良いかな?と思って、PCに録音はした。
でも初日の昨日の朝は、Youtubeにあるのでは?と思って探し、パソコンからの音で体操してみた。NHKテレビの録画で、もう1000万回も再生されているが、CMがあったり音飛びがしたりで、あまり良く無い。でもま、画面でやり方を指示してくれるので便利。

思えば、朝のラジオ体操は、現役時代、会社で毎朝やっていた。始業の前の5分間だ。それが2000年を最後に、都内に転勤してからしなくなった。よって、実に13年ぶりのラジオ体操だった。もちろん体に染みついている運動。しかし、特に両脚の後ろ側が、筋肉が張って痛いこと・・・。如何に日頃体を動かしていないか・・・
そして今朝の二日目。“案の定”、忘れた・・・。ま、こんなもの・・・。

夕方、カミさんが「今日はラジオ体操、やっていないじゃないの・・・」と言いだした。昨日と同じくパソコンの音でやった。でも、何もCMの入るパソコンでやることはないのだ。TVに録画しておけば良い。というワケで、明日の朝にテレビでNHKのテレビ体操を予約した。これからはそれを再生しながらやればよい・・・。のだが、さてさて平日はどうする? 朝は余裕が無いか・・・?
でも最近、朝の寝覚めが悪いが、5分早起きしてラジオ体操をすればスッキリと会社に行けるかも・・・。それとも、朝から体操でヘトヘト??

そういえば、既にラジオ体操でも体が付いて行っていない。久しぶりのラジオ体操で、途中から両手の重いこと・・・。手がこんなにも重かったっけ・・・と。
ま、“無理をしない”が我が家の家訓。よって、当分は休日の朝だけ頑張ってみることにした。

昨年春、横浜で行われた会社の同窓会に出て来た当時92歳の大先輩が、当時75歳の元部下が「これから朝は7時半には起きようと思っている」という話に、「毎朝6時に起きて、ラジオ体操をしろ」と言っていたことを思い出す。
自分も“サンデー毎日”になったら、日常生活をどうするかは大問題。ま、こんな事を試しながら、何日続くか分からないが、少しずつ体を慣らして行こう・・・

130519masuosan <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月18日 (土)

高野フルーツパーラーの菓物を食う

昭和30年台、自分の子どもの頃の憧れの食べ物は、バナナとビフテキだった。こんな事を思うと、なぜか当時住んでいた、近くの大宮駅前を思い出す。友だちと、ピーターパンだったかダンボだったか、デズニーのアニメ映画を見た帰り、大宮駅前でバスを待ちながら、友だちと「大きくなったらビフテキとバナナを食べるんだ」という話をしたことを、未だに覚えている。
当時のバナナとビフテキは、高嶺の花!憧れの的・・・!

映画で、病院への見舞いの場面が出てくると、上流社会の見舞いの品は、決まってマスクメロンや果物セット。昔からデパートでも贈答用の果物を売っている。これがまた高価・・・。
そして極めつきが、新宿・高野フルーツパーラーの果物。
これらを、いつも横目で見ながら、誰が買うのだろう、と冷ややかに見ていた。自分にはまったく縁の無い世界・・・。どこかの上流社会の人が買うのだろうが、どんな味がするのだろう・・・。もっとも自分は興味がないけど・・・と。

それが、先日、ひょんな事から何と高野フルーツパーラー(ここ)の果物セットをカミさんが貰った。P10106991 中には彼のマスクメロンとオレンジなど・・・。
およそ他人事だった高野フルーツパーラーが、いつものしっかりした木くずの緩衝材とともに大きな箱の中で鎮座している。これがウワサのタカノか・・・!

恐る恐る、二人でマスクメロンに包丁を・・・。たぶん1個数千円のメロン。充分に熟れていて、甘い・・・。これが天下のマスクメロンか・・・。
そして別の日、オレンジをかじった。これも砂糖をまぶしたような甘さ・・・。
しかし、どちらもあっと言う間の出来事。まさにペロッ! 一瞬で果物は無くなってしまう・・・。よって、絶対に自分の金では買わない。これほど勿体なく、贅沢な“ペロッ”は無い・・・。

でも思った。贈答品は、日頃自力では買えない贅沢品が一番・・・。
それにしても、思わぬ所で、天下の(?)タカノフルーツパーラーを食べてしまった・・・。そしてしっかりと、それがどんな物であるかを、味わってしまった。
何でも同じだが、「さすがタカノ!」と絶賛するにせよ、「あの値段でこれだけ?」とけなすにせよ、それがどんな物かが分からないと、論評する資格は無い。ゼロと1では雲泥の差なのである。でも今回、一生に一度しかないであろう(?)、高価な果物の味を確認した。つまり、デパートなどの高価な贈答用果物がどんな物であるかが分かった。(ほとんど米国からの輸入らしいが・・・)

何?感想?? 何度も言うが、これらの贅沢品は、やはり自分では絶対に買わないもの・・・。
でも、果物に限らず、せっかくこの世に生を受けたのだから、“世の中で一番”という物を、それぞれ一度位は経験してから、あの世に行きたいもの・・・。一番ウマイ肉、一番ウマイ寿司、一番評判の高い旅館、一番人気のある観光スポット、・・・・等々。

とにかく、ごちそうさまでした・・・。

130518yasero <付録>「ボケて(bokete)」より
  「燃やせるゴミ」・・・

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2013年5月17日 (金)

「沖縄独立」ヤマト(日本)よ聞け~本土に不信、学会発足

先日、「沖縄が琉球王国に戻ったら??」(ここ)という記事を書いたが、先日の朝日新聞で、それと同じような動きがあることを知った。

沖縄独立」ヤマトよ聞け 本土に不信、学会発足 きょう復帰41年
 沖縄は15日、1972年の本土復帰から41年を迎える。この日に合わせ、地元出身の学者らが、沖縄独立の可能性をさぐる「琉球民族独立総合研究学会」を発足させる。独立志向はあくまで少数派だが、その根底にある思いには共感が広がっている。基地の多くを沖縄に置いたままにしている本土への不信感だ。
 学会を立ち上げるのは、松島泰勝・龍谷大教授(経済学)や大学院生ら沖縄県出身の5人。英国からの独立を議論しているスコットランドの運動や、「基地なき島」の経済などについて研究する。
 松島さんが学会設立を決意したきっかけは、2010年の全国知事会のニュースだった。「基地負担を大幅に減らして欲しい」という仲井真弘多・沖縄県知事の呼びかけに、共鳴する声はほとんどなかった。「基地問題の打開には、独立という選択肢の議論が必要だ」と松島さんは語る。
 その源流にあるのは、米軍統治下の1970年ごろに語られ始めた「反復帰論」。祖国・日本に復帰さえすれば平和な暮らしが待っているというのは幻想、とした主張だ。反復帰論を唱えたジャーナリストの新川明さん(81)=沖縄県西原町=は「当時は復帰への期待が大きく、反復帰論は相手にされなかった」と振り返る。しかし、復帰から41年。日本の面積の0・6%しかない沖縄に、国内の米軍基地の約74%が集中する。新川さんは、「復帰後も日本に裏切られ続け、独立論への共感さえある」と話し、独立学会にエールを送る。
 学会設立の動きに対し、沖縄2区選出の衆院議員、照屋寛徳氏(67)=社民党=は4月、自身のブログに「沖縄、ついにヤマトから独立へ」と刺激的な見出しで書き込んだ。「独立を口にするのは悲しいが、それくらいの気概は持ちたい。独立論は、国民が国家に大事にされていないことへの異議申し立てだ」と話す。
 照屋氏は、沖縄の基地問題に同情する本土の人から「独立した方がいいのでは」という声も聞くという。だが、「本土で独立論を言う人には、『では基地を引き受ける覚悟を持っていますか』と聞きたい」。(木村司)」(
2013/05/15付「朝日新聞」p38より)

改めてこの記事にある照屋寛徳氏のblogを読んでみた。(ここ
とうとう、沖縄選出の国会議員まで言い出した・・・、という事実は重たい。
もちろん地元の新聞にも記事がある。
沖縄タイムス(ここ)や琉球新報(ここ)は、何となく前向きの論調。
しかし産経新聞には、それとはちょっと違う「県民の7、8割は今のまま日本の統治下にあるのがいいと思っている」という論調(ここ)。まあ色々ある・・・。

それと、時事通信によると、中国でも大きな話題になっているという(ここ)。
中国が“独自の視点”でこの動きを前向きに評価しているとすると、少しきな臭いにおいがして怖い・・・。
当blogでのこの話題は、この位で止めておいた方がよさそうだ。改憲の動きと同じく、冗談が怖い話題になりつつあるので・・・

(関連記事)
沖縄が琉球王国に戻ったら??

130517iruka <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月15日 (水)

「麻生氏の「通院なし70歳以上に10万円」案は理にかなっている」?

「週刊ポスト」の今週号にこんな記事が・・・(写真はクリックで拡大)

麻生氏の「通院なし70歳以上に10万円」案は理にかなっている
 麻生太郎・副総理兼財務相は、4月24日に開かれた参院議員のパーティーで、「70歳以上で、年に1回も通院しなかった人には10万円あげる」と、大胆な提案をした。膨らむ医療費を削減するためのアイディアだが、麻生氏は、以前にもこんな発言をしている。
「努力して健康を保った人には何かしてくれるとか、インセンティブ(動機づけ)がないといけない。予防するとごそっと減る」
 この「ごそっと減る」には2つの意味がある。もちろん前述の問題にあった高齢者の患者数そのもの。そしてもう一つは、増大を続ける「医療費」の問題だ。
130515iryouhi  厚生労働省の資料によれば、平成22年度の「国民医療費」の総額は37.4兆円。これは昭和60年度と比較すると2倍以上となっている。このうち75歳以上の後期高齢者の医療費に絞れば、昭和60年度は4兆円だったものが、平成22年度には12.7兆円。なんと3倍に膨れあがり、全体の34%を占めているのだ。
 特筆すべきは、そうした医療費における1人あたりの自己負担額及び保険料である。再び麻生氏の弁。
「生まれつき体が弱いとか、ケガをしたとかは別の話だ。食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んで、糖尿病になって病院に入っているやつの医療費はおれたちが払っている。公平ではない。無性に腹が立つ」
 実際に、増大する高齢者医療を支えるために、若い世代が、医療費に対して倍以上の負担を強いられているのだ。
 現在、医療費における患者負担は、義務教育就学後~69歳は3割、70歳以上は1割(住民税課税所得が145万円以上の者は3割)となっている。このうち70~74歳については、今年4月1日から2割負担となる予定だったが、今月6日、来年度以降に先送りされることが決まった。
「参院選を睨み、政府が票田である高齢者の反発を避けたのではないかといわれています。負担増によって受診を控えてしまい、病状の悪化が懸念されるという反対意見がありましたからね。ただその一方で、今後団塊の世代が次々に70歳代に突入すると、負担がさらに増大するのは目に見えています」(全国紙記者)
 その意味でも、今回の麻生プランは理にかなっている。病気でもないのに病院に来れば、当然医療費が発生する。だからインセンティブを出し、高齢者が不要不急の通院を減らせば、医療費は減り、さらに空いた時間で本当に必要な人が医療サービスを受けられる、という話なのだ。・・・」(
週刊ポスト2013年5月24日号(ここ)より)

ここで麻生案を論じるつもりはない。今更ながら認識したのが、この年齢別分布のグラフが示す医療費の過激さ・・・。60歳を境に、我々シニア世代が膨大な医療費を遣っているという現実。まあこのグラフには、人口分布が考慮されていないので、それぞれの年代の“金額×人口”の絶対額のグラフの方が分かり易かったかも知れないが・・・。
130515iryouhi1 ついでに、このデータから平均値を出してみた。20歳までの就業前の世代の使った医療費は、支払った保険料の4.29倍、20~64歳の現役世代は0.65倍、89歳までの平均寿命までの世代は4.95倍、90歳以降の延長戦世代は9.06倍と出た。
これをどう見るか・・・。現役時代は医療費をずっと倹約していたのだから、老後にその分を使っても良いのだ・・・とも思える。しかし、この使い方は半端ではない。総支払額と総医療費の比はどうなっているのだろう。

現役時代に払っていた失業保険料。60歳以上も働き続けて、ハローワークに行かないで済んだ人は、「高年齢雇用継続給付」という“ご褒美”が貰える。長い間払った保険料に対し、失業保険やハローワークを使わなかった事へのご褒美なのだろう。
先の話も、これと同じように思える。
どうせ自分が払うモノではない、と我々シニア族が安易に医者に行っているとすれば、健康な人は何か言いたくなるもの・・・(確かに午前中の医院は、シルバー族で溢れているが・・・)

仏教で言う「生老病死」。まさに我々はこれから「老病死」の段階に入る。
皆が理想と考える“医療費を遣わないで「老病死」を迎える”ことは出来ないものだろうか??

130515jikka <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月14日 (火)

「憲法をどう論じようか」~各党の政策は“定食”

先日の朝日新聞にこんな記事があった。定食に託した比喩が、実に的を射ている。

「(終わりと始まり)憲法をどう論じようか~揶揄せず原則に返ろう
                   池澤夏樹

 選挙を前にした各党の政策は言わば定食のようなもので、有権者は料理の一つ一つを選ぶことはできない。
 この前の選挙で自民党はともかく主食がたっぷりというメニューを用意した。みんなおなかが空(す)いていたらしく、この経済優先の政策は票を集めた(タニタの社員食堂に比べるとずいぶんメタボっぽい)。
 この定食にはずいぶん味の濃いおかずがついていた。隣国軽視であり、原発の運転再開と憲法改正への道筋である。夏の参院選ではこのあたりが問題になるのか、あるいは山盛りのどんぶり飯がまだうまそうに見えるのか。
 日本は今、ゆるやかな衰退期にある。少子化と高齢化はその指標だ。
 衰退に対して、事態の一つずつに対策を考えて現実的に応じればいいのだが、それでは間に合わないと苛(いら)立つ人たちが増えている。思い切った変革を訴え、たとえば憲法改正を提言する。

 「日本を孤立と軽蔑の対象に貶(おとし)め、絶対平和という非現実的な共同幻想を押し付けた元凶である占領憲法を大幅に改正し、国家、民族を真の自立に導き、国家を蘇生させる」と言うのは「日本維新の会」の綱領。
 これこそいわゆる自虐史観ではないのか? 日本は本当にこの世界で孤立と軽蔑の対象になっているか? それが日本国憲法のせいなのか?
 しかし反論は慎重でなければならない。戦前の叛乱(はんらん)将校の蹶起(けっき)文のよう、などと揶揄(やゆ)して済ませてはいけない。彼ら青年将校の赤心は……とイメージがついてきてしまう。
 政治とは政策であると同時にイメージ操作である。今の時代、その傾向はいよいよ強い。かつてゲッベルスが見抜いたとおり、活字よりは音声、理屈よりは印象、思考よりは気分が優先される(だから石原慎太郎氏は敢(あ)えて暴走老人を演じるのだ)。旧来のやりかたで、一国の運営は論を尽くしてなどと言っていたら、あっという間に空気が変わってしまう。昔ながらの護憲論は負け犬の遠吠(とおぼ)えになりかねない。
 憲法というのは国家の横暴から国民を守るものである、と原則論をもう一度説かなければならないようだ。
 占領軍による押し付けと言うけれど、合衆国憲法を押し付けられたわけではない。欧米が時間をかけて培ってきた民主主義・人権思想・平和思想の最先端が敗戦を機に日本に応用された。そのおかげでこの六十年の間、日本国は戦闘行為によって自国民も他国民も殺さずに済んだ。特別高等警察による拷問や虐殺はなかった。
 必要ならば何度でも説明する。
 「我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。」
 自民党の「日本国憲法改正草案」の「前文」の一部である。

 これ、文章としておかしくない?
 「……重要な地位を占めており」までは現状分析だが、その後の部分、「……に貢献する」のところは意思の表明である。この二つを一つのセンテンスに押し込めるというのは、高校生程度の日本語作文能力がある者ならばしない過ちだ。
 意味論で言えば、「先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて」と、「大戦」と「災害」を同列に置くのは歴然たる責任回避。災害は否応(いやおう)なく到来するものであるが、戦争は主権国家がその意思をもって引き起こすのだ。
 安倍首相は、未(いま)だ確定した侵略の定義はないと言うが、それは暴論。他国の領土に軍を送ることが侵略である。日本は朝鮮を植民地とし、満州に傀儡(かいらい)政権を立て、中国を侵略した。これを事実として共有しなければ、東アジアに安定した国際関係は成り立たない。
 すなわち改憲派の言い分は突っ込みどころ満載で、おいおいそこからまた教えるのかよ、とぼやきたくなる。だが、いかに愚直に見えようとも今は着実に論を積むしかないのだ。
 「政府は、国民みなが信じて託した一人一人の大事な気持ちによって運営される。政府がいろいろなことをできるのは国民が政府を支えるからである。政府の権力は私たちの代表を通じて行使されるし、その結果得られる幸福はみなが受け取る。
 これは政治というものについての世界の人々の基本的な考えであり、私たちの憲法もこの考えを土台にして作られている。」
 現行の「日本国憲法」の「前文」をぼくの文体で訳し直したものだ(『憲法なんて知らないよ』)。この論旨は今でも新鮮だと思う。
 自民党の草案には民主国家として克服したはずの問題がゾンビーのようにうごめいている。ゾンビーと名付ければ退治もできる。これをぼくなりのイメージ戦略としてみようか。(作家) 」(
2013/05/07付「朝日新聞」夕刊p3より)

最近のニュースを見ていると、ホントウに日本はこの先どうなって行くのだろう・・・と、心底心配になる。たった一度の衆院選で、こんなにも世の中が変わってしまうものか・・・。
彼の米国でさえ、今の日本の動きを懸念している。

130514gendai 先日の週刊現代と週刊ポストに、秋の参院選の当選予想に従った勢力分布予想が載っていた。週刊現代によると、自民126(52%)、維新17(7%)、民主54(22%)、みんな17(7%)、公明12(5%)・・・だという。一方、週刊ポストでは自民117(48%)、維新8(3%)、民主67(28%)、みんな14(6%)、公明20(8%)・・・だという。
130514post つまり自民だけで単独過半数の可能性も・・・。そして維新、公明を合わせると145~155議席で60~64%。96条改定を目指す2/3の161にぐっと近付く、という予想。
衆院では、既に自民295、公明31の326議席で、2/3の320議席を越えているので、安倍政権による憲法改定も、あながち夢の世界ではない。まあ週刊誌なので、このデータの捉え方は色々あるが・・・

それにしても、“主食”の経済で人気を得たスキに、“おかす”で国民を戦場に・・・。
「ウソだろう・・・」、と思いたいが、新聞の世論調査では国民投票で可決される可能性がゼロとは言えないようだ。
日本の国民は、ホントウに戦争をする気があるのか・・・。この議論を他人任せに放って置いて、いざ召集令状が来てから「オレは関係無い」とうそぶくほど、国民はバカではないと思うが・・・
何とも物騒な世の中になったものだが、政治が信頼出来ない今、何とか日本国民の見識を信じたいもの・・・。
(参考)
■各紙世論調査での憲法96条改正に関する賛否
                        賛成  反対
朝日新聞(2013年5月2日付朝刊)  38% 54%
毎日新聞(2013年5月3日付朝刊)  42% 46%
読売新聞(2013年5月13日付朝刊) 35% 51%
産経新聞(2013年4月23日付朝刊) 42% 45%

●メモ:カウント~430万

130514sobaya <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月13日 (月)

手仕事屋きち兵衛の「五月は君の季節」

さて季節は5月。一番過ごしやすい季節なのだが、地方によっては一日の温度差が20度もあったり、北海道では雪が降ったりで、この所、何とも落ち着かない天気である。
手仕事屋きち兵衛さんが、松本・浅間温泉・ホテル玉之湯で毎月第2金曜日に行っている車座コンサート。3年ほど前に行った時、きち兵衛さんが、なるべくその季節にあった歌を歌っている、と言っていた。そんなワケで今日は5月にちなんだ歌を・・・。「風景色」というアルバムから「五月は君の季節」。

<手仕事屋きち兵衛の「五月は君の季節」(「風景色」より)>

  「五月は君の季節」
    作詞・作曲:手仕事屋きち兵衛

  綺麗な手の指を反らせて髮をかき上げ
  耳のあたり とても白い ドキリ見つけてときめく
  光を集めた横顔に見とれている
  こんな季節 とても似合う きっと君が連れて来た
  僕の前に ふわりスカート咲かせ花になる
  風に乗り 回り出す 靴も脱ぎ捨てて
  惜しみなく 素肌ごと 君はもう夏めいて

  季節が巡れば また甦り動き出す
  淡い緑 風と光 君に命を吹き込む
  思い出すあの日 初めて君を見つけた
  あの日もただ こんな風に君に見とれていたっけ
  白いえりに 細い髪がサラサラ流れてる
  ほのめいて 色めいて 景色に溶けてゆく
  しなやかに 揺らめいて 君は女神になる

  若葉の頃には いつも君は輝き出す
  何もかもが 君の中に 流れ込んでるみたいだ
  季節の息吹を 独り占めしてるあなたを
  僕がもしも 絵描きだったら きっと描き続けてく
  陽差し浴びて 肌も透けて甘く香り出す
  ほのめいて 色めいて 景色に溶けてゆく
  眩しくて 魅せられて 僕は動けない
  今は五月 君の季節 今は君の季節 今は 君の季節

この歌は、前にホテル玉之湯のきち兵衛さんの車座コンサートを聞きに行った際、一緒に行った息子がこの歌を大いに気に入り、図々しくもコンサートが終わった後に、きち兵衛さんに曲名をたずねていたっけ・・・。

きち兵衛さんの歌には、「わすれ雪」のような静かな歌と、このようなジャズっぽいリズミカルな歌がある。自分はどちらかと言うと静かな歌が好き・・・。そんなワケで、この歌は出番(紹介)が遅かったということ。

この詩を読んで、何を連想する? 涼やかな若い女性像・・・。
この歌は女性賛歌??
130513gosui1 ふと、また島村信之氏の絵を思い出した。この歌に、こんな絵はいかが?
「午睡Ⅰ」(2003)という作品。

最後に、同じ「五月は君の季節」をサントリーホールライブ盤で聞いてみよう。

<手仕事屋きち兵衛の「五月は君の季節」(ライブ盤より)>

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130513okan <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月12日 (日)

「つっぱり日よけスクリーン」の設置と「パン工房ゼルコバ」

今日は、およそ関係のない今日の出来事を二つ。毎度書いているが、当blogは自分用の備忘録なので、スミマセン・・・

先週、居間の前に設置してあった日よけ用のブラインドが“崩れた”。2階の庭に突き出たバルコニーを利用した突っ張り型の可動日よけである。設置してから何年経ったか忘れるほど・・・。見るとサビが多く、カミさんがよく使っているというので、新しいものに取り替えることにした。前は、近所の設置例を見ながら、ホームセンターで買った。今回は、運ぶのが大変なので、通販で探すことにした。すると、あった・・・。
だいたい正式な名称が分からなかったが、これは「つっぱり日よけスクリーン」というのだそうだ。今まで設置していたのが、横幅2mだったが、今回は3mものにした。居間の間口は1.8mだが、夕方の西日の時など、横から日差しが入ってくるので、今回は広いものにした。
製品は色々ある。しかし迷い無く居間まで使っていたものと同じ形名のものにした。

・・・というのも、先日わざわざ変えて失敗したの例があるので・・・。先日、やはりAmazonで、散歩の時にメガネに取り付けるサングラス(クリップオングラス スモーク)を買ったが、いつも車の運転の時に使うメガネ取り付けサングラスと、同じものを買おうとして、一回り小さいメガネのフレームと同じ大きさのものを買った。そうしたら、グラス部分が小さいので、下方から光が入ってきてまぶしく、結局買い換えた。同じ物が欲しい時は、問題が無い限り、まったく同じ物を買うに限る。ちょっと“冒険”すると、思わぬ不都合が見つかることがあるので・・・

そんなワケで幅だけ違う同じ物を注文(ここ)・・・。前に「1400円で扇風機を買った話」(ここ)という記事を書いた。通販で買う製品の、あまりの安さにビックリ!!と言う話だが、今回も同じ。
スクリーンが2m×3mもある正味12キロもある製品が、送料無料でたった7000円なのだ。
届いた製品の箱は、長さが3m弱ある。自家用車でも運べそうにないものが、送料無料・・・。Amazonの輸送の実態はナゾ・・・。
ともあれ、今日設置した日よけはこんな具合・・・(写真はクリックで拡大)

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まあ、今回は横幅が広いので、西日でも大丈夫だろう。しかし、巻き上げるのが、今までより重い。

今日のイベントは、それより前、朝一番で立川のパン屋に行った。カミさんから、“朝一番に行くぞ”と、予約されていたもの。何だか、前にTVでやっていた店で、10時開店だというので、10時前に着くが、何と車と待っている人の長蛇の列・・・。店は道路から見えない、普通の家の奥まった所にある。何と70番目だという。列んでいる人の話し声を聞くと、やはりTVで見て来たという。地元の人が「今日は何でこんなに混んでいるの?」「TVで紹介されたので・・・」「今日は帰ろうか・・・」
40~50分ほど待ってやっと買える。カミさんは、「黙っていたけど、ここのパンは堅いパン」。つまり自分は堅いパンは嫌いなので、付き合わせるために黙っていた??
列は、ほとんど夫婦連れか女性。だいたい男は、たかだかパンの為に、わざわざ30分近く車で来て、しかも列んで買うことは無いのでは?? まあこんな具合・・・

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店の名前は「パン工房ゼルコバ」(ここ)。西立川にある。車で行くと分かり易い。無農薬の野菜を作っている農家の娘さんが開いている天然酵母のパン屋さんだそうだ。自分が食べたいと思うパンはない。しかし堅いパンが好きなカミさんは、「ハードなパンが良心的な値段で売られていてとても気に入りました」とさ・・・
まあ長蛇の列ではあったが、車の整理の人もテキパキしていて、気持ちは良かった。週4日営業で、10~16時開店だが、昼過ぎには売り切れてしまうらしい。
家に帰って、カミさんが見たというTVの番組を見た。(ウチはタイムシフトレコーダーがあるので、昔の番組が見られる) 2013/05/07のテレビ朝日の「スーパーJチャンネル」という番組で紹介されていた。
しかし、TVで紹介されると、直ぐに店は大混雑。TVの影響はあまりにも大きい。これを何と見るか・・・。ミーハーは悪か??いや、自分こそミーハー。TVで紹介されるほどに何かがあるのなら、わざわざ買いに行っても意味がある??
到底一人では行くはずもない今日の店だったが、初老の夫婦が多かった事を見ると、皆、サンデー毎日になると、こんな風景が当たり前になるのかな・・・と思いつつ列んだ一日だった。

130512sute <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月11日 (土)

「一票の格差 議員ごとの持ち票制で解消」

先日の朝日新聞に、国会の一票の格差について、面白い提案が載っていた。

「(私の視点)一票の格差 議員ごとの持ち票制で解
      団体職員 高野克則
 この3月、昨年末の衆院選について、二つの高裁が選挙無効の判断を示した。格差是正への国会の取り組みの遅れに業を煮やし、ついに伝家の宝刀を抜いたといったところであろうか。
 「一票の格差」の是正を巡り、これまで国会の動きが鈍かったのは分からないでもない。是正には選挙区の区割り見直しが必要で、見直し対象となる選挙区の現職にとっては死活問題である。身内の議員にすればドライになり切れない面があろう。
 確かに区割りを頻繁に変更するのは弊害が大きい。支持議員が区割り変更で別の選挙区に移れば、それまで培ってきた有権者と議員のつながりが断ち切られ、市民の参政意識の低下につながりかねない。選挙区割りは行政区を基本とした地域的なまとまりを大事にし、一度決めたら、あまり動かさないほうがいい。
 そこで、選挙区の区割りを変更せず、「一票の格差」を解消するアイデアを提案したい。一言でいえば、議会における議員の「一票の格差」を認めるのである。
 選挙区ごとに有権者数は正確に分かっている。各議員は自分の出身選挙区の有権者数を「持ち点」とし、議会で議決する際には議員ごとの「持ち点」を集計して多数決をするのである。こうすれば、選挙の際に「一票の格差」は小数点のレベルでも生じない。
 議決の際の集計が煩雑になるという指摘もあるだろうが、そこは各議員に「持ち点」の情報を埋め込んだカードを付与し、議決の際にひな壇上のカード読み取り機で集計するようにすればいい。
 これだと、同じ議員バッジをつけている議員の間で「一票の格差」は生じるが、有権者のそれに比べれば、本質的な話ではない。株式会社の総会の議決権が、株主数単位でなく保有株式数単位で付与されるのは資本主義のルールだ。これにならい、国会の議決権が議員数単位でなく出身選挙区の有権者数単位で付与されるなら、有権者の平等に、より配慮した間接民主主義だと言えないだろうか。
 市民の参政意識が高まる効果にも期待したい。たとえば国会のテレビ中継で「賛成有権者数○○○○人、反対有権者数△△△△人。よって本法案は可決されました」といった議長の声が、お茶の間に届くようになったらどうだろう。有権者一人ひとりの一票が国会の場に漏れなく反映されていると、国民が実感するようになるはずである。 (たかのかつのり 団体職員)」(
2013/05/09付「朝日新聞」p17より)

これは“妙案”である。と言うより、究極の“名案”である。
この案は「各議員は自分の出身選挙区の有権者数を「持ち点」とし」とあるが、当選者1名の小選挙区ではそれで良いが、死票の少ない究極の方法は、やはり中選挙区ではないか?
そして、当選者の投票率に合わせて、有権者数を割り振る・・・。
もし2名の中選挙区で、当選者の得票率が30%と20%だとしたら、10万人を6万人分の代表と4万人分の代表とする。もちろん比例区は無し。こうして、今と同じように人口比格差を2倍以下に抑えれば、一票の格差は限りなくゼロに近付く。そして各議員は、自分が何人分の有権者の代表かを、常に意識することになる。
しかし結果として、国会での全ての投票が記名投票になってしまう。でも、これはこれで良いこと。自分の投票に責任を持つ、という点で、投票の説明責任が生じるのは良いことでは?

昔、会社で市議会議員選挙の活動をしたことがある。今は流行(はや)らないが、昔は地元のそれぞれの会社が候補者を立て、得票数を競ったもの。その時を思い出すと、目標は“当選”ではなく、“トップ当選”だった。もちろん会社間の競争の側面はあるが、何票取っての当選、という数字が、その後の市議会での発言権、力の源だと聞いた。今考えると、得票数は、何人から支持された代表か、という意味で重いのは当然だった。
そんな気持ちで今の選挙制度を見ると、選挙区で落選した候補者が比例区で復活当選しているという現在は、一度、国民からNGを突きつけられた人が何で復活する??という奇妙な制度に見える。

まあこの提案は、ホントウに実現するとは思えないが、自分は○○人の代表、という数字を念頭に活動する国会議員の姿・・・。こんなことを想像すると、実に楽しいではないか・・・!?

130511sinnyu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月 9日 (木)

「実燃費はカタログの4割落ち、エコカーの実状」

昨日の東洋経済の燃費の記事が面白い。と言っても、日本自動車工業会が公表したパンフレット「気になる乗用車の燃費~カタログとあなたのクルマの燃費の違いは?~」ここ)の紹介なのだが、その要点が書かれていた。

実燃費はカタログの4割落ち、エコカーの実状
 「リッター30キロ」といううたい文句の低燃費に惹かれて買ったのに、実際の燃費は大幅に悪くてがっかり――。自動車の売れ筋が、低燃費を看板に掲げるハイブリッド車(HV)や軽自動車に集中する中、こんな感想を抱いている人も少なくないだろう。
 自動車の業界団体、日本自動車工業会は5月8日、自動車のカタログ燃費と実燃費が大きく乖離している実態や、その要因を紹介する一般向けのパンフレットを公表した。
 それによると、全車を平均した実燃費は、カタログ値に対して約3割低い(2010年までの燃費計測基準10.15モードの場合。2011年以降の基準JC08モードでは2割低い)という。この乖離は、加減速等の自動車の使い方による影響が約5割、カタログ燃費計測で考慮されない電装品(エアコンやランプ、ワイパー等)による影響が約3割、外気温や道路状況など走行環境による影響が約2割を占めると紹介している。
電装品は燃費計測で考慮されない
 また、実燃費との乖離率は、低燃費車ほど大きくなる傾向があり、カタログ燃費が燃料1リットル当たり30キロメートルを超えるクルマの実燃費は、カタログ値の6割以下、20キロでも7割程度(10.15モード)という。
 低燃費車で乖離率が広がる理由は、燃費計測で考慮されない電装品の影響が大きいという。電装品による燃料消費は大型車でも小型車でもほとんど変わらないため、実際の燃料消費では、低燃費車ほど電装品の割合が増える。結果的にカタログ値との乖離が目立ってくるというワケだ。
 今回、カタログ燃費に疑問を投げ掛けるようなパンフレットを、当の業界団体が作ったのは、低燃費車の販売拡大にともなって、ユーザーからのクレームも増えているためだ。
■「カタログ」低燃費競争の加速で乖離を無視できず
 自動車の使い方は千差万別であり、カタログ値と実燃費を一致させることは不可能だが、現実とあまりにも乖離が目立てば燃費表示の意味をなさない。そうした批判は常にあり、それゆえ、10.15モードをJC08モードに改良したばかりだが、「カタログ」低燃費競争の加速で早くも乖離は無視できないものになった。
 もっとも、業界団体としては、低燃費車ほど実燃費との乖離が大きいことなど、今回の内容を積極的に販売現場で告知するつもりはないという。今回作成したパンフレットは、販売店など関係カ所に紙で5万部を配布するほかは、ホームページからのダウンロード(
http://www.jama.or.jp/user/jitsunenpi/)で対応するのみ。
 今の日本の自動車市場では、「低燃費」はマーケティング上の最大の武器。クラス低燃費を争って0.1キロメートル単位の燃費改善が行われているところだ。乖離批判には対応せねばならないが、営業上、声高には言えない――今回の対応はそんな業界事情も反映している。(丸山 尚文)」(「
東洋経済オンライン」2013/05/08(ここ)より)

改めて、2013年5月8日に「日本自動車工業会」が公表したパンフレット「気になる乗用車の燃費~カタログとあなたのクルマの燃費の違いは?~」ここ)を読んでみた。これがなかなか優れ物で、良く分かる。実際のデータやグラフで説明している所にリアリティがある。下記はその抜粋である。(写真はクリックで拡大)

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燃費は、プロの専門ドライバーが、細心の注意を払って運転しているので、“事実”ではあるが、素人にその実現は到底ムリ・・・、というのが自分の思い込みだった。それが、この資料の「実走行燃費」のグラフによると、カタログ燃費14Kの車で、10キロ以下の例が多い中、燃費17キロや18キロを出している強者(つわもの)がいる。これはビックリ。つまり、JC08モードよりもずっと走行条件が良かったのだろうが、カタログ値が“越えられない壁”では無いと言うことを示している。

我が家でも、現役時代に車通勤をしていたときは車が2台あり、燃費が気になったもの。しかし今は、税金の支払以外はカミさん専用なので、それほど走らず、あまり気にならない。
そう言えば、燃費という言葉を聞くと、パソコンのプリンターを連想する。本体は安いが、インクが高い。これは、インクで儲けるビジネスモデルとして有名だが、車はそれとは違う。でも、少々高くても燃費が良い車の方が、ガソリン代等の維持費を考えると結局安く付くのかな・・・とつい考えてしまう。でも、走行距離が少ないスーパー買い出しなどがほとんどの我が家では、あまり燃費に目くじらを立てる必要は無いかも・・・。まあ遠距離ドライブが趣味の人は別だが・・・

それにしても燃費改善の技術の進歩は、目を見張る。昔、チェイサーを買った時、初めてガソリンを入れたときに“実測の燃費が4キロ!”と知って青くなった頃が懐かしい。まあ何歳まで現役で運転できるか分からないが、我々シニア族は、あまり燃費にこだわらず、“王者の運転”を心がけたいもの。

130509hosyuu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月 8日 (水)

長岡秀星のイラストの思い出

昔、1980年代に、NHK特集「シルクロード」が流行った(ここ)。喜多郎の音楽が評判になり、そのレコードジャケットを飾ったのが、長岡秀星のイラストだった。

その絵の斬新さと緻密さにビックリしたもの。当時、NHKテレビでも、喜多郎と秀星についての番組が何本かあった。つまり、この二人は、日本ではNHKが売り出したようなもの・・・??(写真はクリックで拡大)

先日、ふと秀星の画集を見てみたくなり、ヤフオクでチェックしてみた。もう30年も前に発行Syusei07 された「長岡秀星の世界」という画集だが、結構高値で取り引きされていた。結局落札は出来なかったが・・・。
それで、先日近くの図書館にあることが分かり、借りてきた。
ウワサに聞いていた、1981年と18985年に出版された画集である。だいぶSyusei00 ん年季の入った画集だったが、開けてみると心は昔に戻ったよう・・・。
緻密な宇宙船の絵。未来都市の絵。そして不思議な造形・・・
長岡秀星の絵は、大きく宇宙をテーマにした絵と、メカニックをテーマにした絵が多い。

Syusei01 Syusei02 Syusei03 Syusei04 Syusei05 Syusei06

米国に住んでいる長岡氏が、最近どうしているかは知らない。
でも、昔聞いた音楽(当時の録音)を巡ったり、昔読んだ本や絵を巡ったり、昔行った観光地をもう一度巡ったり・・・。
こんなことをしていると、まさに人生のクローズの方向に向かっているな・・・と思うこの頃・・・。でも、今やっと昔見たかった画集を目にするのは、心がその頃に戻って、結構楽しいもの。
でも最近は、本などは極力買うことを避けようと思っている。そろそろ人生のクローズに向かって、持っている物を減らさないと・・・。

130508fami <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月 7日 (火)

「人質司法、冤罪の温床 身柄拘束、罪を認めるまで」

先日の朝日新聞に、冤罪の温床になっているという、罪を認めるまで身柄を拘束するという日本の制度についての記事があった。痴漢事件と言い、どうも自分は「冤罪」という言葉に反応してしまう・・・。

「(変わる刑事司法:下)人質司法、冤罪の温床 身柄拘束、罪を認めるまで
日本の身柄拘束の現状
 昨年、コンピューターウイルスで遠隔操作されたパソコンから犯罪予告が書き込まれた事件では、4都府県警が4人を誤認逮捕し、うち2人は「自白」までさせられていた。否認を貫いた大阪府の男性を弁護した土橋央征(おうせい)弁護士は先月、東京都内の集会で「長期の身柄拘束」を問題にした。
 男性は昨年8月の逮捕後、「犯人はお前しかいない」と連日迫られた。犯行時間帯のアリバイがあったのに、次第に「私がやったんですかね」と自ら尋ねるようになった。「追い込まれるまで、それほど時間はかからなかった」。土橋弁護士は振り返る。
 いったん逮捕されると、罪を認めるまで外に出られない――。こうした「人質司法」は冤罪(えんざい)の温床だと、批判されてきた。刑事司法の改革案を議論する法制審議会の特別部会は、住居や会える人を制限したうえで、拘束せずに取り調べる仕組みを検討している。
 ■裁判官の判断で韓国は減少傾向
 先進地として視察したのは韓国だ。軍事独裁の時代、多くの政治犯が拷問を受けた反省がある。2007年以降は裁判官が必ず容疑者と面談。身柄拘束が不要と判断すれば、捜査機関は従わざるを得ない。
 特に経済犯罪や窃盗などの財産犯は、自宅から取り調べに通う例が多いという。日本弁護士連合会の報告書によると、身柄を拘束されたまま起訴された人の割合は09年時点で、日本が約80%だったのに対し、韓国は約14%だった。
 大韓弁護士協会で司法人権小委員長を務める李光洙(イグァンス)弁護士は「拘束が長引けば、家族や職場への影響を心配し、うその自白をしてでも早く裁判を終わらせようとしがちだ。拘束せずに心理的負担を減らせば真実に近づけるし、社会復帰もしやすい」と評価する。
 影の部分もある。
 昨年4月、ソウル市で40代の女性が男に刺殺された。女性は事件前、「別れ話を切り出したら監禁され、性暴力を受けた」と警察に駆け込んだ。警察は男の身柄拘束を求めたが、裁判所は認めなかった。
 研修施設で教える李完揆(イワンギュ)・部長検事は「容疑者が別の事件を起こしたり、被害者や目撃者に報復したりする例がある。証拠集めが終わる起訴段階までは拘束を認めるべきだ」と訴える。
 ■検察の意識改革、求められる日本
 日本の裁判所にも、変化はうかがえる。あるベテラン裁判官は「どんな刑が予想されるかを前提に考えるようになった」と語る。罰金刑が多い初犯の痴漢などでは、拘束しない例も増えたが、支障は感じないという。しかし、起訴後まで拘束が続く例はまだ多い。
 大阪地検特捜部が手がけた郵便不正事件。有印公文書偽造などの罪に問われた自称障害者団体の元幹部(故人)は控訴審で、取り調べ検事からこう言われたと訴えた。「否認すれば(拘束は)長くなるぞ。10日で済むか、20日で済むか、何カ月、何年になるかはお前の態度次第だ」
 大阪高裁は昨年3月、こうした訴えを「排斥できない」と指摘し、逆転無罪とした。元幹部の弁護人は言う。「人質司法は続いている。制度に加え、捜査側の意識改革なしに、刑事司法は根本的には変わらない」 (中野晃=ソウル、久保田一道、岡本玄)」(2013/04/23付「朝日新聞」より)

つくづく“国家権力は怖い”と思う。警察・検察に“見込まれたら”最後、牢屋にぶち込まれる。それが、残念ながら現代日本の現実らしい。そして、警察・検察の“見立て”通りに自白を強要され、慣れない素人は先の記事のように「私がやったんですかね・・・?」と“自白”する。そして一件落着・・・。そしてマスコミで騒がれる事件ほど、権力側のメンツがかかっているから、なお怖ろしい。
自白しても裁判所で言えば何とかなる・・・という素人のかすかな望みも、自白した調書優先(追認)の日本の裁判では、「反省が足りない」と言われてチョン・・・。

要は、“逮捕されないこと”に尽きるのだが、こと痴漢事件だけは素人がいつ巻き込まれるか分からない。自分の話は、どうもそっちの方に行ってしまうが、どんなに混んだ満員電車でも、自分の目の前の人は必ず男性に・・・。これがトラブルに巻き込まれないためのせめてもの知恵であろう。そして、急がずゆっくりと歩くこと・・・。

130507kinosei <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月 6日 (月)

オランダの安楽死について思う

だいぶ前の記事だが、先日の朝日新聞に、少々ショッキングな記事があった。オランダで実施されている安楽死についての記事である。曰く・・・

「(世界の老後 最期は)オランダ 安楽死、自分貫きたくて
 「気が強くて、厳しい人でした」。オランダ・アムステルダムの自宅で、母アネカ・デネレさんの写真を手に次女ビレミンさん(54)はしみじみと語った。2010年3月、安楽死する母をみとった。89歳だった。
 独立心が強く、夫が亡くなってから十数年、一人暮らしを続けた。いったん「やる」と決めれば、絶対やり遂げる。そんな母が、亡くなる2年前、安楽死できる「薬」を集めるよう娘たちに指示した。突然だった。
 持病こそなかったが、75歳ごろから耳が遠くなり、視力も衰えてきた。家中、手探りで物を捜しながら「どうして見えないのか」といらだった。人生の一番の喜びだった読書もできなくなっていた。「もうこれ以上、このような形で暮らし続けたくない」
 その言葉にショックを受けたが、気が強い母には、「そのうちに」とお茶を濁すしかなかった。1年以上たち、「認めるわけにはいかない」とはっきりと告げると、アネカさんは激高した。
 家庭医との面談が始まった。アネカさんは「非常に苦痛を感じる。この人生はもう完了した。この先も治る見通しはない」と訴えた。
 目や耳が悪くなったという理由だけで安楽死を認めてもいいのか――。医師の間でも意見は割れたが、最終的に家庭医が引き受けた。
130506ankrakusi  安楽死予定日の1週間前まで英語のレッスンを受けた。 最後の3日間。海外で暮らす娘たちも訪れ、親子4人ですごした。厳しかった母が、ほっとした表情を見せ、初めてリラックスしていた。おしゃべりしたり、散歩したり。
 「母とこれほど楽しいときを過ごしたことはない」
 娘それぞれに「遺品」が手渡された。ビレミンさんには婚約指輪だった。死ぬ前に聞いておきたかったこともすべて聞けた。「安楽死だからできた特別なこと」だった。
 その日。時間きっかりに家庭医が訪ねてきた。夫の書斎があった思い出の部屋にベッドを運び、医師から渡された薬を飲んだ。娘たちが見守る中、徐々にしゃべるのが遅くなった。
 「横になったら?」と声をかけると、「私はまだまだ逝かないわよ!」。母らしい最期の言葉だった。20分もかからず終わった。
 ビレミンさんは、母には死んでほしくないと思っていた。だが、安楽死に至るまでに過ごした時間の中で、かたくなだった母から、思うように生きられないつらさを聞かされるうち、その思いも理解できるようになった。死期が分かっているからこそ、向き合う機会も出来たと思う。
 慎重に実施する必要があるとは思うが、今、「安楽死には大賛成」と話す。
 ■11年は3千件超、死亡者の3%弱
 オランダの安楽死の報告数は、安楽死法が施行された02年は1882件だったが、11年には3695件に増えた。全死亡数の3%弱を占める。
 国民の支持も高まった。
 1970年代から安楽死の合法化を推進してきたオランダ自発的生命の終結協会(NVVE)によると、70年代の世論調査では支持は75%程度だったが、近年は約95%に達した。同協会のデヨング事務局長は、宗教離れと個人主義の台頭を指摘する。
 「教会に行く人は減り、命は神から授かったものという意識は薄れてきた。一方で、全てのことに自分で選べる選択肢があるべきだ、という考え方が強まっている」
 安楽死を求める声も広がっている。「目が見えなくなった」「人生に疲れた」などを理由とする安楽死の要求が相次ぐ。
 ただ、痛みに苦しむ末期がん患者などと違い、こうした要求に対しては、実施を拒む医師も多い。
 これに対し、同協会は昨年、「生命の終焉(しゅうえん)クリニック」を始めた。安楽死を家庭医に拒否された人のもとに、医師らのチームを派遣。法的に問題がないか調べ、要件を満たせば安楽死を代わりに実施したり、拒否した医師に働きかけたりする。開始10カ月で約600の要請があり、81人が安楽死したという。
 ■「生活改善が先」反対論も根強く
 一方で根強い反対も残る。
 キリスト教系団体、オランダ患者協会の政策担当エリーゼ・ファンフックさんは、「順番が逆。まずは、よい緩和ケア、QOL(生活の質)の改善を徹底的に模索してから、安楽死の議論が出るべきだ」と強調する。
 緊縮財政が続く中、福祉予算のカットも相次ぐ。「QOLの低下した人が『自分の人生に疲れた』と言って死んでいく。それこそ社会の破産だ」と警鐘を鳴らす。
 91年に安楽死を繰り返し求める女性の自殺を助けて自殺幇助(ほうじょ)罪に問われたバウドワイン・シャボット元精神科医は、「大切なのは高齢者に尊厳ある死について選択肢を与えること」と話す。現在は、自ら食事や水を断つなどの「自己安楽死」を提唱している。
 ただ、シャボットさんは、安楽死法を他国へ導入することには慎重だ。
 「この法律は国民の30年以上にわたる徹底した話し合いの結晶。安易に採り入れられる制度ではない」
 実際、ベルギーやスイスなどで一部認められている以外、世界的には広がっていない。日本でも裁判で安楽死が容認される要件が示されたことはあるが、法制化に向けた動きはない。 (中村靖三郎)
 ◆キーワード
 <オランダの安楽死法> 世界に先駆け、安楽死を明文で合法化する法律を制定し、2002年から施行。「苦痛が耐えがたく、改善の見込みがない」「自発的で、熟慮されている」などの要件を満たし、医師が決められた手続きに従えば、安楽死させても刑事責任を問われない。対象は、医師が致死薬を注射する「積極的安楽死」と、患者に薬を与えて自分で飲ませる「自殺幇助(ほうじょ)」。延命治療の中止などは、通常の医療行為とみなされている。
 1970年代から数々の安楽死事件をめぐる裁判があり、ルール化が進んだ。」(
2013/04/18付「朝日新聞」p34より)

自分も、いわゆる高齢者の仲間入りをすると、どうも生と死について考えざるを得なくなる。そんな中で、実際に行われているというオランダの安楽死の例は少々ショッキング・・・。

改めてwikiで世界の安楽死について調べてみると、世界の6カ国州で積極的安楽死を認めているという。つまり
・スイス- 1942年
・アメリカ(オレゴン州):1994年「尊厳死法 (Death with Dignity Act)」成立
・オランダ:2001年「安楽死法」可決。
・ベルギー:2002年「安楽死法」可決。
・ルクセンブルク:2008年「安楽死法」可決。
・アメリカ(ワシントン州):2009年

日本においては、安楽死は法的に認められていない。つまり、自殺幇助罪または殺人罪に問われるという。
「東海大学安楽死事件」の判決では、積極的安楽死の4要件として、
1.患者に耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいること
2.患者は死が避けられず、その死期が迫っていること
3.患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くしほかに代替手段がないこと
4.生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること
が示されたという。

結局、医師は殺人罪に問われる可能性があるため、安楽死という言葉は医療の現場からは消えた。そして、残されたのは、患者と家族・・・。
詰まるところ、命は誰のものか・・・ということに行き着く。
安楽死のwikiの記事によると、東海大学安楽死事件判決の問題点として「判決は、患者の自己決定権を前面に掲げながら、患者の治療拒否権をきわめて限定的にしか(具体的には死期が迫ったときにしか)認めていない。これは、今日西欧諸国で一般に認められている、治療における患者の自己決定権の水準を満たさない。」とある。

ここで恐ろしい言葉がある。「患者の治療拒否権を認めていない。」とは、医師が「まだ死期が迫っていない」と判断すれば、患者は治療を拒否出来ない。幾ら苦しくても、瀕死の患者に医者が「もっと我慢しろ!」と、強いることになる。
何とも“珍妙”と言うか、“恐ろしい”この状態が、今の日本の現実らしい。

家族の“その時”はいつ巡ってくるか、誰も分からない。でもその時のために、日頃から家族間で良く話し合っておいて、その時に家族が、医師に対して患者の思いを実現させる楯となる必要がある。
何?我が家?とっくに話し合っているさ・・・。もう耳にタコができるくらい言われている。「私は痛いのは絶対にイヤだが、その処置で早く死んでも良い・・・」と。まるで自分が先に逝くみたいに・・・。どう考えても、自分の方が先なのに・・・ね。

130506byouin <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月 4日 (土)

法政大ギタークラブOB会の記念演奏会に行く

1年ほど前に「H大学ギタークラブOB会のミニコンサートに行く」(ここ)という記事を書いたが、同じくTさんの紹介で、今日は国立オリンピック記念青少年総合センターの小ホールで行われた「法政大学ギタークラブ創立60周年記念 第8回H.G.C.OB(法政大学ギタークラブOB会)演奏会」にカミさんと行ってきた。今日はそのメモ・・・(写真はクリックで拡大)

まず満員の観客にビックリ。15分前位に会場に入ったのだが、2つ列んだ席が取れるのは前の数列だけ・・・。仕方なく4列目に・・・
演奏が始まって第1部だけで1時間。なかなか中身が濃い、というよりチョッと時間が長P10106851 い・・・。前に聞いたミニコンサートが、マイクを使わないほぼ生演奏だったのに比べ、今日の小ホールでの演奏は、マイクが多用されている。よって、音のバランスが今ひとつ。ギターの独奏者毎のレベルが違うせいか、旋律が聞きにくい曲も・・・。そして、時折ワーンというハウリングは残念だっP10106781_2 た・・・。
ギターは音量が小さいので、ホールではアンプが必要になるのだろうが、せっかくのギターの生の音のしっとり感が無くなるのは残念・・・。

第2部「OBプロによるソロ・ギターの世界」から、演奏にスゴミが加わる。特にパーカッションはさすが・・・。曲そのものは前衛的で良く分からない。しかし迫力はある・・・。このクラブはプロの音楽家も輩出しているようだ。

第3部の「ギターとラテン・リズムの饗宴」は、出演者がいつも演奏している慣れた曲らしく、第1部と比べてバランスが良く、演奏者が音楽に乗ってきたように感じた。中でも2曲目の「夜明け」が良かった。この第3部でもパーカッションは格別・・・。

最後にゲストとして岩崎宏美に似た女性歌手・ゆっこさんが登場・・・。紹介によると、パーカッション殿の奥さまらしい。これが圧巻。ドレスからして、素人ではないな・・・と思ったが、最初の「メ・ボイ」という歌を聞いて引き込まれた。もちろP10106921 ん初めて聞く歌。でも心に訴える力は半端ではない。聴衆皆がそう思ったらしく、曲の間にも拍手・・・。
そして歌が終わると大きな拍手。隣を見るとカミさんが赤い目をしている。「どうした?」と聞くと「泣いた」という。この歌を聞いて泣けたというのだ。何を歌っているのか、意味も分からない。でも人を泣かせる力がこの歌にはある・・・。これはすごいこと・・・
そして、「どんな歌手か知らないが、演奏会があったら聞きに行きたいね・・・」とカミさんが言うので、家に帰ってから“ゆっこ”さんという歌手をNetで調べてみた。でも分からない・・・。司会者の紹介だけが情報である。しかしこの演奏会に大きな花を添えた出演ではあった。

(2013/05/05追)
アンディーのママさんから、ゆっこさんのメ・ボイがYouTubeにある、との情報を頂いた。そう、この歌・・・。この演奏は第7回法政大学ギタークラブOB会演奏会の模様だという。
司会者の紹介は、「ゆっこさんは、東京・池上の出身。“石橋楽器Rock-Runnning24”で特別賞受賞。ジョージ川口、北村英治ら一流演奏家と共演(?)、ブラジル音楽に魅せられ、91年からブラジルに武者修行。Anjela Soales、小野リサのレコーディングに参加。陽気で暖かくって元気が出ちゃう、をモットーにブラジル、ラテンポピュラー音楽歌手として各地にツアーを展開。ちなみに、今ソロを演奏して頂いたパーカッションの吉田豊氏はご主人様です。最初に歌って頂くのは、キューバ生まれでアメリカンのラテンポップシンガーのグロリア・エステファンが2000年に出した曲で、題名はメ・ボイ。愛の別れを切々と歌った美しいバラードです。」(~聞き取れない言葉があり、正確ではない)~ゆっこさんのプロフィールなどは(ここ

<ゆっこさんの「メ・ボイ~私は去って行く」>

ともあれ、10分が2回の休憩を挟んで、ちょうど3時間の演奏会だったが、正直、少し中身が濃かった(長かった)。
しかし今日の演奏会は、客席から声が掛かると、演奏者が手を振る“和やかさ”が神髄。その意味では、出演者も聴衆も一緒に楽しめた演奏会であった。
Tさん、チケットサンキュー。何の行事もなかったこの連休で、唯一の“お出かけ”ではあった。
(プログラム)

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(関連記事)
「H大学ギタークラブOB会のミニコンサートに行く 

130504poki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月 3日 (金)

「憲法 超・口語訳~名古屋の大学生 ネットで反響」

今日は憲法記念日。昨日の「朝日新聞」夕刊に、「憲法 超・口語訳~名古屋の大学生 ネットで反響 続く転載・手直し」という記事があった。
なかなかユニークな動きなので、記事を読んでみよう。

憲法 超・口語訳~名古屋の大学生 ネットで反響 続く転載・手直し

 俺達はちゃんとみんなで選んだトップを通じて、俺達のガキのそのまたガキのために、ご近所さんと仲良くして、みんなが好きなことできるようにするよ。……それがこの憲法だ。
 超・口語訳された日本国憲法の前文だ。「訳者」は名古屋市の愛知大法学部4年生、塚田薫さん(24)。ネットの2ちゃんねるに書き込んで1年ほどになるが、今も転載が繰り返され、手直しが続く。出版の話も持ち上がっている。
 きっかけは友達との飲み会。「憲法ってのを勉強してる」と即興で説明したらウケた。数日後、2ちゃんにハンドルネームでスレッドを立て、訳を書き込み始めた。
 1条 この国の主権は国民のものだよ。というわけで一番偉いのは俺達ってこと。天皇は、日本のシンボルで、これはなんというか、国民がまとまってるってことを示すためのアイコンっていうか、そういうこと。
 夜中だというのに、他からも書き込みが相次いだ。「がんばれ103条まであるぞ」「すんげーいいやつに諭されてる感じ」
 反響に緊張した。「俺はぺーぺーの学生だから、間違いを指摘してくれると助かる」と呼びかけた。
 気を使ったのは、やっぱりここだ。
 9条 俺達は筋と話し合いで成り立ってる国と国の間の平和な状態こそ大事だと思う。だから、もし外国となにかトラブルがおこったとしても、国として武器をもって相手を脅かしたり、直接殴ったり、殺したりは、永遠に絶対しないよ。戦争放棄だ。
 9条2項はみんなの助言を受け、こうなった。
 で、1項で決めた戦争放棄という目的のために軍隊を持たないし、交戦権も認めないよ。大事だから念を押しとくね。
 ツッコミも来た。「俺達? お前と一緒にすんな」
 多くの条文で主語を「俺達」にしたのは、わけがある。「憲法は国民が国家を縛るための法だからね」。立憲主義ってやつだ。
 塚田さんはゼミでも憲法を選んだ。様々な法の中でも正義や自由といった理想を直接語っている、と思ったからだ。「憲法の自由な姿勢って、ロックンロールだと思う。忌野清志郎も言ってたかな」。偶然だけどきょう2日は、清志郎の命日だ。
 第10章(最高法規)までたどり着いて考えた。「ここでもまた基本的人権の重大さを語ってる。憲法が最高法規なのは人権を保障するものだからってのが、読み取れるね」
 一方で人権は無制限ではない。生命、自由、幸福追求権を定めた13条では「公共の福祉に反しない限り」とクギをさす。理想だけじゃなくバランスも結構とれている、と思った。その部分はこう訳した。
 でもみんな権利があるからといって横着はすんなよ。お前に権利があるように、人様にも権利があるんだからな。
 口語訳は、自分の解釈を入れないのが難しかった。憲法ってあえて解釈の幅を持たせ、時代や社会の変化に対応させようとしたんじゃないか。だとするとまだ改正の必要はないな、と塚田さんは考える。
 スレッドの書き込みは絶えない。「この憲法全然守られてない」「アメリカの押しつけだろ」……。塚田さんは、ツイッター(@TsukadaKaoru)でもみんなの意見を聞きたいという。
 昨年発表された自民党改憲草案の訳も始めたところだ。政治の場では改憲か護憲か議論が熱い。
 ――よおく考えて、決めようぜ。(石橋英昭)
    ◇
【日本国憲法、原文は】
・第一条
 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
・第九条
(1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
・第三十条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。
     ◇
〈憲法ゼミを指導する長峯信彦・愛知大教授の話〉
 専門家から見れば、緩いし、未熟な点は否めない。憲法解釈を巡る論争ももっと踏まえてほしい。ただ、現憲法の条文が読みにくいのも事実。これを読んだ人が本物と照らし合わせてみようと考え、いま一度、憲法に関心を持つきっかけになるのではないか。
     ◇
【塚田さんが「意訳」してみた日本国憲法前文】
 俺達はちゃんとみんなで選んだトップを通じて、俺達のガキのそのまたガキのために、ご近所さんと仲良くして、みんなが好きなことをできるようにするよ。また戦争みたいなひどいことを起こさないって決めて、国の基本は国民にあることを声を大にして言うぜ。それがこの憲法だ。
 そもそも政治っていうのは、俺ら国民が政治家を信頼して力を与えてるものであって、本質的に俺達のものであるんだ。あれだ、リンカーンの言った「民衆の、民衆による、民衆のための政治」ってやつ。この考え方は人類がみんな目標にするべき基本であって、この憲法はそれに従うよ。そんでそれに反するような法律とかは認めないぜ。
 俺らはやっぱ平和がいいと思うし、人間って本質的にはちゃんとうまくやっていけるようにできてると信じるから、同じように平和であってほしいと思う外国を信頼するぜ。その上で俺達はちゃんと生きていこうと決めたっちゃ。
 平和を守って、奴隷制度みたいな酷いこととか、下らない偏見とか差別をなくそうとしている世界の中でちゃんと活動したいと思うのね。名誉ある地位っていうかさ、かっこいいじゃん。
 その上で声を大にして言うよ。「全世界の人は、みんな、なににも怯えることなく、飢えることもなく、平和に生きる権利を持っている」ということだ。この理想は俺達の国だけじゃなくて他のあらゆる国にも通用するもので、一人前の国でいたいと思うなら、このことを守ることは各国の義務だよ。
※ リンカーンの言葉は原文にはなく、塚田さんのアイデア」(
2013/05/02付「朝日新聞」夕刊p11より)

言葉そのものは、今風の若者言葉なので、シルバー族の我々にはフィットしない。でもこの試みは面白いと思う。
超・口語訳は色々な例がある。直ぐに思い浮かぶのが、「般若心経」の現代語訳。これは本屋さんに行くと、無数の訳が出ている。つまり難解なので、注釈が必要になるわけ・・・。それに比べて、日本の憲法は現代語なので、良く読めば分かる。前に、憲法をじっくりと読もう・・・と、分かり易い憲法の本も流行ったことがある。しかし今はNetの時代。わざわざ本を買わない。そんな現状を踏まえての、Net上で練られているという現代語訳。実にNet時代ならではの動きだ。

Netで探ってみると、この訳は確かに色々のサイトに載っている。たまたま(ここ)にまとめたものが載っていたが、何が正解かは分からない。でもこんな訳が転載され、追記されながら若者の間で育ち、流れて行く。それは結構な話。言葉は色々だが、憲法の理念を皆でもう一度認識し、そしてそれらが、今の政権でどのように変えられようとしているのかへの理解が深まれば、それは良いこと・・・。
自民党改憲草案の訳も作業中らしい。各党の改憲案を現代文で分かり易く比較するのも意味のあることかもしれない。

そこには、多分「戦争をしようぜ」といった言葉も登場するだろう。
しかし恐ろしいのは、改憲論者は内々、「でも自分と自分の家族は絶対に戦場に行かせない」と思っているのではないか・・・ということ。
改憲論者は、まず「戦争が起こったら、自分と自分の家族は全員、最前線に駆けつける」と宣言してから論じて欲しいもの。どうも最近、死闘の最前線を、ただ頭の中だけで考えて敗北し、自分たちだけ生き残った大本営と、改憲を論じている人たちがダブって見えるこの頃である。
日本は戦争だけはしてはいけない。ただただそれだけを思うのだが、世論はどうなのだろう・・・。

130503hima <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月 2日 (木)

「日本国憲法、今も最先端 米法学者ら、188カ国を分析」

明日の憲法記念日を前に、新聞・テレビのニュースでは改憲についての色々な世論調査結果が報道されている。
先日、家のポストに「9条が危ない「平和憲法を守れ」の声をもっともっと大きく」というチラシが入っていた。ポストに勝手に入るチラシは、読まないで雑紙箱に直行なのが普通だが、ちょっと読んでみた。発行元は「9条の会」。チラシに連絡先の電話番号も書いてあるので、真面目みたい・・・。
そこに、「日本国憲法は世界の宝!海外で最高の評価」という記事があり、2012年5月3日付「朝日新聞」の記事が引用されていた。日本の憲法に対する米学者の評価だというので興味が湧き、1年前の記事だが、オリジナルの記事を読んでみた。

日本国憲法、今も最先端 米法学者ら、188カ国を分析
世界に民主化を説く米国の憲法は、急速に時代遅れになっている。一方、日本の憲法は今でも先進モデル――。米国の法学者たちが世界の国々の憲法をデータ化して分析した結果だ。日本の憲法は3日、「65歳」になるが、世界の最新版と比べても遜色がない。
■最古の米国、時代遅れに
 分析したのは、ワシントン大学(米ミズーリ州)のデービッド・ロー教授と、バージニア大学のミラ・バースティーグ准教授。対象は成文化された世界のすべての憲法188カ国分。
 第2次大戦後の1946年から2006年まで、各国憲法の改正や独立国の新憲法をチェックし、国民の権利とその保障の仕組みを項目ごとにデータ化。国際的な変化が年代別に分かるようにした。
 それを見れば、時代とともに新しい人権の概念が生まれ、明文化された流れが読める。たとえば、女性の権利をうたった憲法は1946年は世界の35%だけだったのが06年は91%に、移動の自由も50%から88%に達した。最近では、お年寄りの権利も上昇中だ。
 国別に見ると、国際情勢の断面が浮かぶ。独立後間もない18世紀に定めた世界最古の成文憲法を抱える米国は、長らく民主憲法の代表モデルとされてきた。だが、この研究の結果、特に1980年代以降、世界の流れから取り残される「孤立」傾向が確認された。
 女性の権利や移動の自由のほか、教育や労働組合の権利など、今では世界の7割以上が盛る基本的な権利がいまだに明文化されていない。一方で、武装する権利という世界の2%しかない「絶滅」寸前の条文を大切に守り続けている。
 米連邦最高裁判所のギンズバーグ判事は、民衆革命を昨年春に遂げたエジプトを訪ねた際、地元テレビでこう語った。「今から憲法を創設する時、私なら米国の憲法は参考にしない」。憲法の番人である最高裁判事自らが時代遅れを認めた発言として注目された。
 米国に代わって最先端の規範として頻繁に引用されるのは、82年に権利章典を定めたカナダや、ドイツ、南アフリカ、インド。政治や人権の変化に伴い改廃を加えてきた国々だ。憲法の世界でも、米国の一極支配から、多極化へ移っている現実がうかがえる。
■不朽の先進性、実践次第
 一方、日本。すぐに思い浮かぶ特徴は戦力の不保持と戦争の放棄をうたった9条だが、シカゴ大学のトム・ギンズバーグ教授によると、一部でも似た条文をもった国は、ドイツのほか、コスタリカ、クウェート、アゼルバイジャン、バングラデシュ、ハンガリーなどけっこう例がある。
 世界から見ると、日本の最大の特徴は、改正されず手つかずで生き続けた長さだ。同教授によると、現存する憲法の中では「最高齢」だ。歴史的に見ても、19~20世紀前半のイタリアとウルグアイに次いで史上3番目だという。
130502kenpou  だからといって内容が古びているわけではない。むしろ逆で、世界でいま主流になった人権の上位19項目までをすべて満たす先進ぶり。人気項目を網羅的に備えた標準モデルとしては、カナダさえも上回る。バースティーグ氏は「65年も前に画期的な人権の先取りをした、とてもユニークな憲法といえる」と話す。
 ただ、憲法がその内容を現実の政治にどれほど反映しているかは別の問題だ。同氏らの分析では、皮肉なことに、独裁で知られるアフリカなどの一部の国々も、国際人権規約などと同様の文言を盛り込んでいるケースが増えている。
 「同じ条文であっても、どう実践するかは国ごとに違う。世界の憲法は時代とともに均一化の方向に動いているが、人権と民主化のばらつきは今も大きい」。確かに日本でも、女性の権利は65年前から保障されてはいても、実際の社会進出はほかの先進国と比べて鈍い。逆に9条をめぐっては、いわゆる「解釈改憲」を重ねることで、自衛隊の創設拡大や海外派遣などの政策を積み上げてきた。
 日本では、米国の「押しつけ」憲法を捨てて、自主憲法をつくるべきだという議論もある。それについてロー氏は「奇妙なことだ」と語る。「日本の憲法が変わらずにきた最大の理由は、国民の自主的な支持が強固だったから。経済発展と平和の維持に貢献してきた成功モデル。それをあえて変更する政争の道を選ばなかったのは、日本人の賢明さではないでしょうか」(ワシントン=立野純二)」(2012年5月3日付「朝日新聞」より)

この評価は、日本人の“思い込み”の評価ではないので、客観的に読むことが出来る。

それにしても、さっきのNHKニュース(2013/05/02 午後7時のニュース)での憲法に関する世論調査の結果には、少々驚いた。「今の憲法を改正する必要があると思うか尋ねたところ、「改正する必要があると思う」が42%、「改正する必要はないと思う」は16%、「どちらともいえない」が39%でした。」(ここより)
130502asahi1 一方、今朝の朝日新聞の郵送世論調査では「今の憲法を「変える必要がある」という改憲派は54%で、「変える必要はない」という護憲派の37%より多かった。」という。
実は、どうせ国民投票になっても、改憲は否決されるだろう、と思っていた。130502asahi2 しかし、この調査結果を見ると、どうもそうでは無いらしい。

話は戻るが、“9条の会”と聞いて、前に記事を書いたことがあった・・・と思い出した。もう6年も前になるが「「日本国憲法」を読んだ」(ここ)という記事で、「**市民九条の会」のチラシについて書いていた。
今日の世論調査の結果を見ると、このチラシのように、今の改憲の議論について、国民の認識をもっと深める活動が必要なのかも知れない。
今朝の朝日新聞の記事で、浦部法穂・神戸大名誉教授は「9条を変えることに賛成という人は「自衛隊が自分を守ってくれる」というひとごととして捉える意識が強く、自分が戦地に行く、銃弾の矢面に立つという感覚がないからだろう。」とコメントしていたが、この見方が正しいような気がするのだが・・・。

(関連記事)
「日本国憲法」を読んだ

130502furimukazuni <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年5月 1日 (水)

平岡養一の木琴による通崎睦美の「お江戸日本橋」と「チャルダッシュ」

今日は木琴の響きを聞いてみよう。
連休を利用して、昔の東芝TVのHDDをチェックしていたが、中に通崎睦美の木琴のコンサートの番組が録画されていた。この中では、やはりショパンのノクターンが好きだが、これについては、前に(ここ)で紹介した。
130501tsuuzakimutsumi このノクターンの演奏を再度しみじみ聞いて、CDは出ていないかと探したらあった。通崎睦美の「1935」というアルバム。このCDは、かの平岡養一から譲り受けた木琴での演奏だという。その中に「お江戸日本橋」と「ノクターン」を見付けたので早速買ってしまった。まさに平岡養一の音である。このアルバムから2曲紹介しよう。

<通崎睦美(木琴)の「お江戸日本橋」>

<通崎睦美(木琴)のモンティ「チャールダーシュ」>

平岡養一(1907(明治40年)~1981(昭和56年))については、前に(ここ)で紹介した。自分が子どもの頃、ラジオから流れてきた平岡養一の木琴による「お江戸日本橋」が頭から離れない。前の記事でも書いたが、田中園子のピアノ伴奏の演奏を手に入れたいと思っていた。それでこのCDに、平岡養一の後継者である通崎睦美での新録音を期待したのだが、やはりオーケストラの伴奏だった。ただこの演奏について、CDのライナーノーツにはこうある。
お江戸日本橋:平岡がニューヨークで喰うや喰わずの生活をして、ようやく認められたのはNBCラジオでの仕事だった。その人生の転機となったオーディションで「なにか日本風の曲を」というリクエストに応えて演奏したのが、この「お江戸日本橋」だった、という。以来、この曲は平岡のトレードマークのような曲になった。彼は山田耕筰のピアノとヴァイオリンのためのヴァージョンに基づいて演奏したが、これはそのピアノの部分をオーケストラに置き換えたもの。」

最新の録音で、オリジナルではないものの、その雰囲気は分かる。
同じライナーノーツに、平岡養一がこの木琴について語っていたという記事が載っていた。
「僕の現在愛用している楽器は1935年(昭和10年)紐育(ニュー・ヨーク)在住中シカゴのJ.C.ディーガン会社(当時米国第1の木琴及びヴァイブラフォンの製作者)に特別註文し、自分でシカゴ迄鍵盤の木を選びに行って買い求めたものです。購入当時は4オクターブ、49鍵の楽器でしたが1962年に紐育に行った帰路又、ディーガンに立寄って最低音のC(中央C)から下のFまで半音3本を入れて計7本の木を出来るだけ吟味して材質音質を合わせて作らせて日本に持帰り、約6ヶ月寝かせて気候温度に馴らした上で浜松の日本楽器で共鳴管、鍵盤を乗せる木枠、それから脚等を作って貰って現在の4オクターブ半の楽器に改造した訳です。低音に半オクターブ増えた為演奏可能以前より遙に満足できる効果で演奏出来る様になった曲の数は非常なもので僕のレパトァールは少くとも楽器改造以前の3割以上増えています。」(原文のまま)
 これは、1977年、音楽生活50周年を記念して全国約100ヶ所で開催された[平岡養一木琴人生]のパンフレットに記された「僕の楽器について」の一部である。」(通崎睦美「1935」ライナーノーツより)

人は亡くなっても楽器は残る。しかしこの“平岡養一の木琴”という楽器は世界でただ一つ。それを遺族の「使い続けて欲しい」という希望で通崎さんに譲られたという。
しかし、このような木を素材とした生きている楽器は、保守が難しい。平岡養一が40年使い、それから30年間眠っていた楽器。それをよみがえらせるのは大変・・・。しかし、通崎さんの力でここにその音がある。あの子どもの頃にNHKラジオから流れてきた、あの音である・・・。

田中園子のピアノによる、あの「お江戸日本橋」は、昔LPがあったらしい。それを手に入れたら、また紹介するとしよう。
相変わらず、子どもの頃に聞いた音を追い掛けている“エムズくん”ではある。

(関連記事)
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ショパンのノクターンNo20「遺作」 

130501sanzu <付録>「ボケて(bokete)」より

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