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2013年4月12日 (金)

「自動車は道具か文化か」

先日の日経新聞「経営の視点」に、車についてのこんな記事があった。

自動車は道具か文化か 遊び心がブランド力磨く
 ホンダが自動車レースの最高峰、フォーミュラーワン(F1)への再参入を検討している。日本のレースファンにとっては久々の明るい話題だ。2009年にトヨタ自動車が撤退してから日本メーカーはF1から姿を消しており、ファンは長らく寂しい思いをしてきただろう。
 バブル景気がはじけ日本メーカーがレースから遠ざかっていた1990年代の後半、ジュネーブ国際自動車ショーで独BMWの幹部にこう尋ねたことがある。
 「日本メーカーがレースから撤退するのは資金面の問題もあるが、これからはスピードや馬力ではなく環境性能を競う時代になる、という読みもある。欧州メーカーはなぜレースを続けるのか」
 彼はけげんな顔をしてこう言った。
 「我々が作っているのはスコップではなくバイオリンだ。バイオリンはコンサートで演奏するためにある。コンサートをやらないというなら、君たちが作るのはスコップだね」
 自動車は道具ではなく文化であり、文化発揚の場がレース。「レースなくして自動車なし」というのが彼の主張だった。メルセデスやBMW、フェラーリ、ポルシェがまとう文化の香りは世界の富裕層を魅了する。燃費や耐久性など実用性能で勝る日本車が越えられない壁がそこにある。
 時計にもアパレルにも同じことがいえる。値引きしなくても(むしろ、値引きしないほうが)売れる「スーパーブランド」が日本製品にはほとんど存在しない。「安くて良いモノ」に対する信奉が作り手の頭から抜けないのだ。
 ホンダがF1で勝ち続けたバブル景気のころ、メード・イン・ジャパンも一瞬だけ「文化」の領域に足を踏み入れた。しかしバブル崩壊とともに足を引っ込め、大衆路線に逆戻りした。
 欧州だけではない。日本の電機メーカーを苦しめた米アップルの創業者、スティーブ・ジョブズ氏はコンピューターやエレクトロニクスだけでなくビートルズやボブ・ディランをこよなく愛し、禅に傾倒する「文化の人」でもあった。
 「私はテクノロジーとアートの交差点に立っている」と自己分析するジョブズ氏は「美しさ」を追求するあまり、自社のエンジニアに無理難題を言って苦しめた。だがそれを乗り越えて生み出された製品には利便性を超える価値があった。
 日本の製品に文化やアートが足りない理由の一つに、高校生の段階から理系と文系をはっきりと分けてしまう教育制度がある。
 自動車、電機メーカーに進む理系の学生は歴史や文化を十分に学ばないままエンジニアになってしまう。車の燃費を改善したりテレビの解像度を上げたりするのは得意だがアートと言われたらお手上げである。
 一昔前にはオーケストラを指揮するソニーの大賀典雄元社長など、文化の香りがする経営者が少なくなかった。
 日産自動車のカルロス・ゴーン社長とトヨタ自動車の豊田章男社長のドライビングの腕前はかなりのものと聞く。「最速社長」の名を懸けてレース場で対決してみてはどうだろう。経営者にもそのくらいの遊び心があっていい。(編集委員 大西康之)」(2013/4/8付「日経新聞」p9より)

読んでいて、何か楽しくなる記事である。“道具”は「100円ショップ」やホームセンターを連想する。そして“文化”は、デパートや老舗旅館、高級レストランを連想する。
キーワードは何だろう?「感動」という言葉ではないか?

確かに良い製品とは、単なる「安くて良いモノ」だけではない。機能以上に文化の香りがする憧れの存在・・・。それがワクワク感を生む。それに対しては“お金”という概念が欠如してしまう。それが製品の魅力であり価値。
車の世界では、イタリアなどのブランドが憧れ。化粧品ではフランス?
もちろんあらゆる世界に憧れのブランドは存在する。でもそのうち日本には幾つある・・・??

「新製品」という言葉を思い浮かべたとき、よく「愛情」という言葉が引き合いに出される。開発設計者が、単に業務命令で上司からスペックを提示されて淡々と設計する製品ではなく、設計者自らが楽しんで、喜んで、愛情を持って技術を育て、設計し、生み出す製品群。それこそが命を持った製品・・・。
上の記事のように、“音楽家”大賀社長の作るステレオ装置や、“レース好き”の豊田社長の作る車の方が、何か製品に対する愛情を感じられて、安心して買える・・・。

一方、ブランドは思い込みの世界でもある。最近、自分が若い頃に回帰しているオーディオの世界もその部類だろう。10万円のスピーカーと100万円のスピーカーに、どれだけの差があるか・・・。でも、「さすが・・・」とその価値を認める人に取っては、100万円でも安い・・・。これも道具ではない文化と感動の世界・・・。言葉の世界ではない。

ひるがえって、ふと思う。自分の生きてきた人生は、果たして食う(金を稼ぐ)ためだけの“道具の人生”では無かったよね・・・と。ゴージャスな文化と感動に満ちた、優雅な人生だったよね・・・と!? それが・・・、実は全く自信が無いのであ~る・・・。

130412senpuuki <付録>「ボケて(bokete)」より


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