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2013年4月15日 (月)

手仕事屋きち兵衛の「娘色、涙色」

今日はなぜかまた、きち兵衛さん・・・。特に理由はない。
きち兵衛さんの歌は、ひょんな事から全てのCDを持っているが、自分にフィットした順にここで紹介してきた。でもフィットした歌の残りが、段々少なくなってきた・・・。

今日は「娘色、涙色」という歌。何とも不思議な題だ。この歌は「詩紬」というアルバムと「原風景」というアルバムに収められている。せっかくなので、両方とも聞いてみよう。

<手仕事屋きち兵衛の「娘色、涙色」(詩紬)>

<手仕事屋きち兵衛の「娘色、涙色」(原風景)>

「娘色、涙色」
  作詞・作曲:手仕事屋きち兵衛

遠い遠い国から 落ちて来る
青い青い哀しみ 誰れ泣かす
あの娘の胸を濡らす あの娘のほほを濡らす
泣いてる 泣いてる あの娘 涙色
泣いてる 泣いてる あの娘 涙色

おいでおいで涙を持っておいで
みんなみんな一人で歩いてく
哀しみを歌にして 寂しさを恋にして
光ってる 光ってる 娘色 涙色
光ってる 光ってる 娘色 涙色

どこにどこに在るのか 幸福は
誰れが誰れが連れてく あの娘
微笑みが戻る時 暖い愛を知る
消えてゆく 消えてゆく 想い出の涙色
消えてゆく 消えてゆく 想い出の涙色
消えてゆく 消えてゆく 娘色 涙色

自分は、歌の詩をあまり意識しないのだが、良く聞くとこの歌は何とも不思議な詩だ。“娘色”という言葉も“涙色”という言葉も、実に詩的な言葉・・・。でも歌われている世界は、何という純な心だろう・・・。

この歌とは関係無いが、今日の夕刊に、三国連太郎の死去と、布施明の結婚の記事が載っていた。三国連太郎は、自分が好きな俳優だった。その重い存在感は、まさに巨匠とも言うべき領域の俳優だった。90歳・・・。歳に不足は無いものの、実に残念だ。
一方、布施明が50歳の人と結婚!? 布施明は自分と同じ歳のハズ・・・。つまり65歳での結婚か・・・

別に羨ましくは無いけど、まあせめて、この歌のような純な心を持ち続けて欲しいもの・・・

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130415omutu <付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

三国連太郎の若い時は本当に美しい青年だったと昔の映画を観た人は口をそろえて言いますね。昭和29年の夏、浜名湖のほとりの弁天島で、一人でテントを張って一か月近く住んでおられました。友人の家の近くだったので、友人と一緒に写った写真を見た事があります。変わった人だと思った記憶があります。友人の家は旅館をしていたのでその当時の青春スター(久保あきらさんたち)が遊びに来ていました。皆さん黄泉の国に逝ってしまわれました。私たちは中学3年生でした。楽しい青春の始まりでした。テント暮らしの三国さんを見て置けば良かったと思っています。

【エムズの片割れより】
自分は俳優さんのホンモノと会ったことはありません。画面を通してしか知りませんが、残る大俳優は仲代達矢くらいか・・・??
仕方のない事とは言え、段々と寂しくなりますね。

投稿: 白萩 | 2013年4月16日 (火) 00:14

久しぶりに書かせていただきます。

エムズの片割れさま
きち兵衛さんの「娘色、涙色」載せてくださってありがとうございます。
先日、ひょんなことでカラオケと言うものに行きました。大塚博堂さんの曲はいくつもありました。残念ながら、きち兵衛さんの曲はありませんでした。(呟きです。)

白萩さま
白萩さまは、浜松の方ですか?
私は浜松なので、興味深く読みました。
そんなことがあったのですね。

【エムズの片割れより】
先日、久しぶりにホテル玉之湯のHPを覗いてみたら、最近はきち兵衛さんの玉之湯への出演は、月1回なんですね。
きち兵衛さんもそろそろお歳で、セーブ??

投稿: ジャン | 2013年4月21日 (日) 21:14

歌とは関係のない事で申し訳ありません。生まれも育ちも浜松です。ジャンさんの前の投稿から近辺に住んでおられる方だとは思っておりました。音楽の街に住んで居りますが音楽は殆ど聴くばかりで理解できておりません。
エムズ様 浜松駅のすぐ近くに楽器博物館があります。珍しい楽器も見られます。機会がありましたらお出かけ下さい。

【エムズの片割れより】
コメント欄でのコミュニケーション。楽しい話ですね・・・。どうぞ“ジャンジャン”やって下さい。
浜松と聞くと、うなぎと、パイと、ヤマハと、それに前に小椋佳が居た所・・・。
機会があれば、自分も浜松にも行ってみます。自分は結局何の楽器もダメだったけど・・・

投稿: 白萩 | 2013年4月21日 (日) 22:10

エムズさま、白萩さま、コメントありがとうございます。

浜松は東海道の要所だから、徳川家康が18年も居城としていたのでしょう。
とはいえ、第二次大戦の空襲や、戦後60年以上の経過により、古いものはほとんど残っていないような町です。市では「やらまいか(やろうじゃないか)精神」を売りにしていますが、私は「こわさまいか(壊そうじゃないか)」というような町だと思います。古き良きものは次々と壊されていきます。
まあ、それがある意味で工業が発展してきた原動力の町なのかもしれません。

でも、見どころは結構ありますよ。
音楽には関係ないけれど、一つ上げれば、浜松自衛隊の航空基地に広報館があります。多くの飛行機を展示しています。入場無料。東南アジアで一番大きな展示施設らしいです。男の人は一度行くと嵌りますよ。意外と女性も嵌まるんです。
そのほか、浜名湖はきれいですよ。まだまだいろいろお勧めはあります。

エムズさま、浜松近辺も一度いらしてください。

【エムズの片割れより】
静岡県というと、子供の頃伯母が居た焼津には良く行きました。清水も昔叔父が住んでいて行ったことがある。でも浜松は降りたことが無いな・・・。
自分も飛行機は大好きなので、チャンスがあれば・・・

投稿: ジャン | 2013年4月23日 (火) 21:50

私が一番驚いたのは、戦後すぐ我が家より歩いて10分のところに街の自転車屋よりちょっと広いだけのホンダモーターがありました。それから10年も経たないうちに本田技研と名を変えて郊外に大きな工場が出来たことです。世界のホンダになっていきました。昭和26年に浜松博覧会があり、その時小屋掛けの舞台で踊っている人をテレビで写している静岡大学の学生たちがいました。あそこにひょっとしてテレビを発明した高柳健次郎がいたかもしれないと思うと、何気ないところで歴史の変わり目を子供の私が見ていたという事です。縁籍をたどるとかなり日本に影響を与えた人たちがおります。面白い街なのですが、あまりに当たり前でつまらない所だと思って暮らしておりました。
うなぎパイ工場を見学すると1人3個タダで貰えます。5人なら15枚もらえますよ。うふふ・・いかがでしょうか。

【エムズの片割れより】
なるほど浜松はホンダの発祥地ですね。会社関係では浜松ホトニクスがありますよね。
昔から、技術開発の気風がある所のようですね。なおうなぎパイは大好き・・・。一人3つか・・・

投稿: 白萩 | 2013年4月23日 (火) 23:21

浜松に話ですが、街中から「うなぎパイファクトリー」に行く手前に、「スズキ歴史館」があります。結構面白いですよ。スズキも元は、トヨタと同じ織機メーカーです。お勧めコースです。そして、車の製造工程がよく分かります。入場無料、要予約です。嬉しいことに中で、スズキのミニカーをget出来ます。そのコーナーを見逃してスルーすると貰えませんが・・・。
浜松は、ホンダ・スズキ・ヤマハはじめ、白萩さんの御存知の戦後には、オートバイメーカーが雨後の竹の子のごとく30位あったそうです。
浜松ホトニクスも凄い会社ですね。アメリカのNASAとか、医療用光学機械とか、カミオカンデを小柴先生と作ったのもホトニクスです。テレビの発明者高柳健次郎先生の教え子の堀内平八郎氏や晝馬輝夫氏たちが始めた会社です。
楽器関係ではヤマハ、カワイはじめ色々なピアノの会社や楽器会社があります。名前も挙げられないくらいです。だから、ピアノの修理会社も沢山あります。
他にも、(以前住んでいた近くに、)パイプオルガンやチェンバロを作っている小さな三創工芸(現・三創楽器製作所)もあります。
小学校で使うピアニカなどを作っているスズキ楽器もあります。
また。今年、アメリカのグラミー賞受賞した電子楽器メーカー「ローランド」の創業者・梯郁太郎氏。このローランドも浜松にあります。ここも見学に行って、いろいろ見せていただいたことがあります。興味深い所ですよ。音楽CD録音設備も凄かった記憶です。浜名湖畔にあり景色のいいところです。
寺社仏閣その他結構ありますよ。ではまた。

【エムズの片割れより】
そこまで案内されると、この連休にでも行ってみたくなりますね・・・。

投稿: ジャン | 2013年4月26日 (金) 12:43

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