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2013年3月21日 (木)

「詩人・茨木のり子の遺した愛のかたみ」

今朝の通勤電車の中で、NHKラジオ深夜便・明日へのことば「 詩人・茨木のり子の遺(ノコ)した愛のかたみ 出版社・社長 田中和雄」(2013/03/17放送)(の録音)を聞いた。
NHKラジオ深夜便では、各界の色々な人の人生が語られる。どれも自分が知らない人ばかり・・・。よって、あまり自分にフィットしない場合もある。しかし、今朝の詩人・茨木のり子さんの話は、繰り返して2度3度と聞いてしまった。最近には珍しく・・・
(この番組(約43分間)の全部をお聞きになる方は(ここ)をクリックして、しばらく待つ・・・)

この茨木のり子さん(1926年(大正15年)6月12日-2006年2月17日)という方は、「わたしが130321ibaraginoriko 一番きれいだったとき」という詩が高校の教科書に載るほど、有名な方らしい。この番組は、詩の朗読と人生の紹介だった・・・。
23歳で勤務医と見合い結婚したが(1949年(昭和24年)秋に結婚)、それは双方一目惚れだったとか・・・。そして結婚生活25年、48歳で夫をガンで亡くし、それからの31年間は、夫を偲びつつの単身生活だったという・・・。(夫の三浦安信氏が肝臓癌で亡くなったのは、1975年(昭和50年)5月、56歳の時だったという。三浦氏は大阪帝大医学部卒、新潟大医学部助手、結核療養所・保生園を経て北里研究所付属病院に勤務。1961年、結婚12年目にくも膜下出血で長期入院。職場に復帰するもやや鬱的になる)
そして死後、夫のイニシャルである「Y」という箱から発見されたという詩も含めて、アンソロジー(詩撰)「わたくしたちの成就」という詩集が命日の(2013年)2月17日に出版されたという。この番組で紹介され詩で、印象に残った詩は、この2つ・・・。先のアンソロジーの題は、この詩から採ったという・・・。

「急がなくてはなりません」
  茨木のり子
静かに
急がなくてはなりません
感情を整えて
あなたのもとへ
急がなくてはなりません
あなたのかたわらで眠ること
ふたたび目覚めない眠りを眠ること
それがわたくしたちの成就です
辿る目的地のある ありがたさ
ゆっくりと
急いでいます

そして、73歳の時の作品だという詩・・・
「倚(よ)りかからず」
   茨木のり子
もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない 
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ

これは番組で朗読はされなかったが、教科書に載っている有名な詩だという。茨木さんは15歳で開戦を、19歳で終戦を迎えた。
「わたしが一番きれいだったとき」
   茨木のり子
わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがらと崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
誰もやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆(みな)発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
                  ね

この番組を聞いて、ついこの人の詩集を読んでみようかと、Amazonにアクセスしたら、案の130321ibaragimiura 定売り切れで、本屋にも無かった・・・。
まあ「わたくしたちの成就」という詩集と「清冽~詩人茨木のり子の肖像」という本。ゆっくりと待って、ゆっくりと読んでみよう。25年間の結婚生活と、31年間の夫・三浦安信さんを偲んでの単身生活がどんなものであったか、も含めて・・・
しかし「わたくしたちの成就」という言葉の、何という重みか・・・。
なお、茨木のり子の死が甥により発見されたのは、死の2日後の2月19日。くも膜下出血および脳動脈瘤の破裂によりベッドの中で亡くなっていたという。

(2013/03/30追)
先のNHKラジオ深夜便で言っていた「天声人語」は下記。
「ここ数日、一冊の本を前に、ぼうぜんとしている。ただ、圧倒されているのだ。茨木のり子さんが七年ぶりに出した詩集『倚りかからず』(筑摩書房)である▼もはや/できあいの思想には倚りかかりたくない/もはや/できあいの宗教には倚りかかりたくない/もはや/できあいの学問には倚りかかりたくない/もはや/いかなる権威にも倚りかかりたくはない/ながく生きて/心底学んだのはそれぐらい/じぶんの耳目/じぶんの二本足のみで立っていて/なに不都合のことやある/倚りかかるとすれば/それは/椅子の背もたれだけ▼これか、本のタイトルにもなっている「倚りかからず」である。精神の背骨が、ぴんと伸びている。日本語が、みごとに結晶化している。むずかしいことばは、一つもない。だから、よくわかる。わかるから、圧倒される▼茨木さんは、いま七十三歳。自分がかりにそこまで生きられたとして、「倚りかからない」ことを心底学べるだろうか。「なに不都合のことやある」と言い切れるか。「できあいの」思想や宗教や学問の背もたれに、相変わらず倚りかかっているのではなかろうか。どうしても、そんな思いにさせられる▼実は、勇を鼓して茨木さんを訪ね、話をうかがった。「外国の詩人が、詩とは思想を果物のように食べさせるものだ、と言いました。詩には、思索の美しさ、ものを考えることの美しさがあると思います。でも、日本の詩歌の歴史には、それが欠落していたと思うんです。それを埋めたいという感じが、生意気なんですが、ずっとありました」▼穏やかな口調だけれど、語る内容は激しい。詩集に盛られた作品は十五編。決して叫ぶことなどなく、とても静かに、読む者の心をつかみ、えぐる。6Bか4Bの鉛筆で、茨木さんは詩を書く。柔らかな鉛筆から、とびきり硬質の結晶が生まれる」(朝日新聞「天声人語」1999年10月16日)

130321otonahitori <付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

いつも、般若心経を聞かせていただいてます。
元気一杯で地域でも活動されていた方が急に逝かれることがあり、翻って、自分は駄目だ整理どきだ、と口にすると、家内に叱られました。
厚顔ですが、茨木のり子氏が亡くなられたことを知ったとき、思わず書いたものがあります。ご笑見くだされば幸です。

冬にまた詩人がみまかった
戦争の青春を代表して歌ったあなたは
同時代に死んでいった青年の眼差しのきれいさを詩に焼きつけ
後の時代の警鐘とされた
この間久しぶりの図書館で
あなたにお会いしました
改めて装丁された第二詩集は
あなたに叱られたようにさわやかで痛烈でしたよ
僕たちはあなたたち世代の犠牲があって青春を謳歌できたのです
僕たちの幸福は戦争でなくなられた先輩たちのおかげです
そうです 生きて僕たちを叱咤激励してくれた先輩たちも
生き残って申し訳ないという気持ちで頑張られたのです
誰も戦争で死んだものは 死に損だったって言ってなかったですよ
あなたもそのことを伝えておきたかったのですか
そのころ一番きれいだったあなたも

【エムズの片割れより】
ありがとうございます。こんな詩を書けることを羨ましく思います。何せ自分には詩心がないのもので・・・
茨木さんについては、我が家ではカミさんも名前は知っていても、詩は知らなかったと・・・。世の中は本当に広いですね・・・。よって、まだまだくたばってはいられませんよね。

投稿: 植松樹美 | 2013年3月22日 (金) 08:59

今の季節に・・・

<さくら>というこんな詩もあります。
ことしも生きて
さくらを見ています
ひとは生涯に
何回ぐらいさくらをみるのかしら
ものごころつくのが十歳ぐらいなら
どんなに多くても七十回ぐらい
三十回 四十回のひともざら
なんという少なさだろう
もっともっと多くみるような気がするのは
祖先の視覚も
まぎれこみ重なりあい霞だつせいでしょう
あでやかとも妖しとも不気味とも
捉えかねる花のいろ
さくらふぶきの下を ふららと歩けば
一瞬
名僧のごとくにわかるのです
死こそ常態
生はいとしき蜃気楼と

 茨木のり子詩集「食卓に珈琲の匂い流れ」
 六十代半ばにかかれたのものと思われます。

【エムズの片割れより】
ありがとうございます。
今の自分と同じような頃(年齢)の作品のようですね。
今日の桜は満開も近く・・・。今年は今までに無く早い桜ですが、季節と歳を一番実感させる花が桜ですね。

投稿: 風雅 | 2013年3月23日 (土) 18:10

茨木のり子さんは、多田智満子さんと共に大好きな詩人です。取り上げていただきありがとうございます。私の好きな詩は、
「水の星」

宇宙の漆黒の闇のなかを
ひっそりまわる水の星
まわりには仲間もなく親戚もなく
まるで孤独な星なんだ
生まれてこのかた
なにに一番驚いたかと言えば
水一滴もこぼさずに廻る地球を
外からパチりと写した一枚の写真
こういうところに棲んでいましたか
これを見なかった昔のひととは
線引きできるほどの意識の差が
出てくる筈なのに
みんなわりあいぼんやりとしている
太陽からの距離がほどほどで
それで水がたっぷりと渦まくのであるらしい
中は火の玉だっていうのに
ありえない不思議 蒼い星
すさまじい洪水の記憶が残り
ノアの箱船の伝説が生まれたのだろうけれど
善良な者たちだけが選ばれて積まれた船であったのに
子子孫孫のていたらくを見れば この言い伝えもいたって怪しい
軌道を逸れることもなく いまだ死の星にもならず
いのちの豊饒を抱えながら
どこかさびしげな 水の星
極小の一分子でもある人間が ゆえなくさびしいのもあたりまえで
あたりまえすぎることは言わないほうがいいのでしょう
【エムズの片割れより】
ありがとうございます。心にスッと入ってくる良い詩ですね。

投稿: 茂原のじーじ | 2013年3月30日 (土) 21:54

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