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2013年3月の26件の記事

2013年3月30日 (土)

「成年後見訴訟」への哀れな政府の対応

先日の日経新聞「春秋」にこんな記事があった。
「ばくちに負けない方法の第一は、やらないことである。もう一つ、やり続けるという方法がある。続けている限り負けは確定しないから、という理屈だが、ほとんどすべての場合、なけなしの財産をどんどん減らすばかりだ。そんな愚を思い起こすのは不謹慎だろうか。
認知症や知的障害のある人が財産管理などのため成年後見人をつけると、自動的に選挙権を失う。その決まりは憲法に違反すると言った東京地裁の判決に対し、政府が控訴した。負けは覚悟のうえで判決の確定を先延ばしにするのが目的のようである。なぜか。判決が確定してしまうと選挙事務が混乱するからだという。
神話の中で女神が掲げて以来、天秤は長らく正義のシンボルになってきた。が、政府の天秤ばかりは目盛りが狂ってやしないか。一方に事務作業を載せ、一方に選挙権を載せると、事務の側に傾くというのだから。結果が、法を正して事務に支障がなくなるまでは本来なら投票できる人の選挙権を奪うというむちゃになる。
発想が逆である。国民の選挙権を守る。そのためにしなければならないことに今すぐとりかかる。できない、と言うなら、できるように考え、動くのが政治ではないかと申し上げるしかない。民主主義の根っこにある選挙権を質に入れてずるずる勝負をするようでは、信頼というなけなしの財産はあっという間に底をつく。」(
2013/3/29付「日経新聞」春秋より)

先日の朝日新聞にも、こんな記事もあった。
「・・・・原告の名児耶匠(なごやたくみ)さん(50)の代理人で「後見選挙権訴訟弁護団」事務局長を務める関哉直人弁護士は「控訴せずに法改正を早く進めてほしい。裁判が続けば確定までさらに2~3年かかり、今夏の参院選で投票できなくなる」と話す。
 だが、実務を担う官僚の壁が立ちはだかる。
 公選法を所管する総務省には、控訴せず違憲判決が確定して選挙事務が混乱することへの懸念が根強い。判決が確定しても制度改正までに「空白期間」が生じる可能性が高く、被後見人の選挙権をどう扱うかを各地の選挙管理委員会が判断できなくなる。同省幹部は「地方選挙は次々と行われており、現場が混乱する」と主張している。
 谷垣禎一法相も19日の記者会見で「上級審で判例が統一されれば混乱が生じない」と、控訴を否定しなかった。札幌、さいたま、京都の各地裁で同様の訴訟が続き、東京と異なる判決が出る可能性もあるからだ。」
(2013/03/23付「朝日新聞」p4より)

この記事を読んで、“官僚の壁”について強い違和感を覚えたが、今回の政府の対応には、各紙は社説などで一斉に反論している。
東京新聞は「国民の基本的人権より役人の選挙事務が大切だ。成年後見人がついた人に選挙権を認めた東京地裁判決に対し、控訴した国の理屈とはそういうことだろう。」と指摘し、朝日も「おりしも一票の格差をめぐって厳しい判決があいついだ。成年後見訴訟とあわせ見えてくるのは、民主政治とそれを支える選挙の重要性を、正しく理解しようとしない政治の姿だ。」と指摘している。

こんな報道を読むまでもなく、政治の国民無視・私利私欲の動きに、国民は無力感を感じるだけ・・・。
よく新聞記事で「こんな事をやっていると、○○の信頼を失ってしまう・・・」という表現を見る。国会の信頼、司法の信頼、政府の信頼・・・。今まで、あらゆる事の“信頼が失われる”と書かれてきた。
でもそんな指摘を何度書いても、政治家や官僚を含む“国家公務員どの”は誰も屁とも思わない。
イタリアの政権発足の混乱を見ても、日本だけとは言わないが、政治とはかくも難しいことか?
それにしても、国民に対する日本の官僚・政治家の心は、ゾッとするほど冷え切っているようで、何とも言葉がない・・・。

130330asituita <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月29日 (金)

我が家がスカイツリーへの移転で地デジ難視聴地域に!?⇒ブースターの飽和

まったく予想だにしていなかった事態・・・!? 我が家(八王子)の地デジが、送信アンテナの東京タワーからスカイツリーへの移転にともなって、どうも難視聴地域になったようなのである・・・。しかしこの事態が理解出来ない・・・。
昨夜、夜10時過ぎにテレビを見ていたら、画面にモザイク・・・。ナヌ?スカイツリーの影響か?とNetで確認すると、やはり試験電波発射中だった。あわててテレビの受信レベルを確認すると、取説に書いてある“目安のレベル”が22のところ、全ての局で17~19しかない。MXを含めて8局全局同じ。そして試験放送が終わると、やおら全局が29~30に戻る・・・
つまり東京タワーからの電波は充分なのに、スカイツリーからの電波の質(C/N)が悪い。なぜなのか?? それに、試験中にTV神奈川や放送大学などが映らなくなるのも不思議・・・。そもそも送信所が違うのに・・・。スカイツリーからの電波で妨害される?? なぜなのか??
つまり、頭の中は?????

FM電波の受信では、前に散々書いたように、色々と研究(?)してきた(ここ)。しかし地デジの電波については、まったく心配していなかった。そもそも2003年10月に始まった地デジの試験放送でも、当八王子は受信可能エリアには入っていなかったが、我が家は充分に受信できたほど場所的に恵まれていた。もちろんFM電波の受信もスカイツリーに移って、バッチリ。よって、まさか地デジの電波が受信最低レベルを下回ってしまうとは、全くの予想外。

整理するとこんな状態(自分用のメモ)~目安のレベルは「22」
<東京タワー>
在京全7局   レベル 29~30
TOKYO MX(20CH) レベル 18~19(廃止に向け徐々に減力中で、現在の出力は1/30)⇒
2013/05/15正午で停止
<スカイツリー>
試験電波 在京全7局   レベル 18~19(モザイク状)
TOKYO MX(16CH) レベル 29~30(試験の時は18に落ちた!?)
(なお、TOKYO MXは、既に2012年10月1日からスカイツリーから16CHで本放送中であり、従来の東京タワーからの20CHは2013年3月16日に5回目の減力で放送出力は1/30になり、受信可能なのは都心部のみとのこと
ここ))

さっそく、「東京スカイツリー移行推進センター」のコールセンターに電話した。すると住所を130329sky1_2 登録して、順番に工事屋さんが来て、無料で映るようにしてくれるのだという。
まあそれはそれで良いのだが・・・(写真はクリックで拡大)
(2013/04/24追・改)
(写真の表の差し替え。ブースターのボリュームを最大から最小(-10dB)に下げたら、全局OKとなった)

それにしても分からん・・・。なぜ試験電波だけが弱い??
受信地点から東京タワーまたはスカイツリーまでの方向と距離を調べるサイトがあり(ここ)、計算してみた。すると、東京タワーからスカイツリーに変わることによって、我が家から距離で35Kmから41Kmに6Km遠くなり、方向は北に9度変わることが分かった。しかしたったの9度だ。それでこんなにもレベルが下がるとは・・・
130329skytree まさかスカイツリーになって、サービスエリアが小さくなることはあるまいが・・・と思って総務省のサイトを調べてみても(ここ)、東京西部のエリアは東京タワーとまったく同じ。よって送信電力も減ってはいないはず・・・。すると、間に何かが入った??
それで、近くにビルがあるので、その影響かとも思って地図で調べてみたが、方向的にはかえってそのビルからは離れて、直線上に無い。その遙か向こうに何があるかは分からない・・・。

まあ、そのうちに電話が掛かってきて、日程調整の上、工事屋さんが来てくれるのだろうが、対策は? 信じられないが、電波が弱いとすると、ブースターのレベルを強引に上げる?? アンテナの方向を変える?
もしかすると、近くのサテライト局にアンテナの方向を変えるかも?でもそっちの方向には山があるし・・・

とにかく工事屋さんがきたら、何でこんなにもレベルが下がるのか、理由を聞いてみよう。
1)既にスカイツリーから本放送をしているTOKYO MX(16CH)の電波が、東京タワーと同じレベルで、ちゃんと届いている。それなのになぜ他の局の試験電波のレベルが低い? 試験放送のレベルは、減力中で1/30になっている東京タワーからのTOKYO MX(20CH)と同じレベル。
2)そのスカイツリーから放送しているTOKYO MX(16CH)の電波が、試験放送中になぜ18に下がる? スカイツリーからのTOKYO MX(16CH)の電波をその時に止めたのなら分かる。
3)試験放送中に、TVKもチバも放送大学も映らなかった。これはなぜだ?

ともあれ、盲信は禁物だった・・・。原因は工事に来た人に聞くしかないが、スカイツリーから電波が出ていない状況で、どのような工事をして正常とするのだろう?
でも何か自分は、こんな話になると、何かワクワクして夢中になってしまう・・・。ま、好きなんだな~・・・。結果は、追而・・・

(2013/04/05追)
ブンさんから「ブースターの飽和が原因だろう」というコメントを頂いた(ここ)。なるほど。試130329cn 験電波発射中にTVKなど他の局がダメになるのも、それが原因だとすると理解出来る。スカイツリーのMXが正常に受信出来ているので、飽和など、全く思っていなかった・・・。試験電波は10KWで、MXは3KWなので飽和せず、現象が出なかった訳だ。

(2013/04/21追)
詳細は(ここ)に書いたが、対策工事の結論は、「地デジの電波は40~75dBμVが最適だが、我が家の電波は82.5~84.8dBμVと高かったため、ブースターのボリュームを最小にして、70.2~70.3 dBμVに下げた。」
東京タワーから放送されている放送大学が一番分かり易い。スカイツリーからの試験放送時、ウチの場合、放送大学のレベルが急減して映らなくなるが、ブースターのボリュームを、目盛で最大の10から3以下に下げると、急激にレベルが上がって映るようになる。つまり、やはりブースターの過信号入力によるアンプ回路の飽和が原因だったようだ。

●(2013/12/21追)解決
今更ながらで言いにくいが、全ての原因は“ブースターに入れるアンテナからの信号が大きすぎた”ため、だった。よって、アンテナから来たケーブルに、10dBのアッテネータ(減衰器)を入れてからブースターの入力につないだら、ボリュームがリニアに可変するようになり(ブースターがまともに動くようになり)、全ては解決した。
我が家のアンテナ入力は充分に強く、そのままだとブースターは不要で、2分配して1台のテレビはそれで見ている。しかしもう1分配側を各部屋に分配すると、当然弱くなってブロックノイズが出る。よってブースターが必要になるわけだが、テレビの前にブースターを入れるのなら何でも良いが、各部屋への分配器の前に入れる場合は、30dBのブースターにつないでも、そのまま30dB上がるわけではなく、あくまでもブースターの許容入力レベル以内の入力にしないと、信号が飽和して30dB増幅しない。
つまり、今まではアンテナからの入力レベルがブースターの許容入力レベルを超えていたため、入力回路が飽和し、ボリュームが最小近くでは何とか歪まない信号が出たが、少しでもボリュームを上げると、出力が歪んでテレビの受信レベルがさがっていた。
それを今回、10dBのアッテネータを入れてブースターの入力を、許容入力以下にしたため、ブースターがちゃんと30dBの増幅を行い、各部屋のレベルがあがったというわけ。
反省として、測定に来て貰ったときに、ブースターの前のアンテナレベルそのものを測っていたら、ブースターの入力許容レベルを超えていることが分かったかも・・・

(関連記事)
スカイツリー・地デジの受信不良対策工事~ブースターの調整で完了  

130329bigpicture <付録>「スミソニアンマガジン2012写真コンテスト」の写真集は(ここ
boston.com/bigpicture 2013年3月22日より
~リンク先をクリックして、当サイト推薦の素晴らしい写真をぜひご覧下さい!

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2013年3月28日 (木)

衆院選「一票の格差」の違憲判決

昨年(2012年)12月の衆院選の「一票の格差」についての高裁の判決が出そろった。自分が唯一興味のあった「無効」判決は2件だった。少ないと思うが、まあ“出ただけマシ”と言うべきか・・・
いつものように、各紙の記事や社説を読み比べてみた。どの新聞も「・・・べきだ」論で、面白くない。朝日新聞の社説が一番過激かな??

一票の格差 異様な政治が裁かれた
 あらためて、この国の政治の異様をおもう。
 違憲の選挙で議席をえた国会議員が法律や予算をつくり、違憲の議会が選んだ内閣とともに国のあゆむ方向を決める。これを異様といわず何といおう。
130328kakusa  一票の格差をめぐる高裁判決がそろった。最高裁から「いまの議員定数配分は法の下の平等に反する状態にある」と指摘されながら、1年9カ月後に同じ配分のまま行われた昨年の衆院選に関する一連の裁判だ。
 この期間では国会が対応できなかったのもやむを得ないとして、なお「違憲状態」にとどまるとした判決が2件あった。
 いかにも手ぬるい。立法府の明らかなサボタージュを、司法が追認してどうするのか。
 残る14件は、是正のための時間はあったと述べ、一歩進んで「違憲」の結論を導いた。うち2件は、論理の積み上げがやや乱暴なのは気になるが、はじめて「違憲・無効」に踏みこみ、選挙のやり直しを求めた。
 決着は今秋にも予想される最高裁判決を待つことになる。
 憲法がかかげる「正当に選挙された国会における代表者」とは何か。国民主権とは、民主主義とは、法の支配とは。
 裁判をとおして根源的な問いが突きつけられているというのに、政治の側の認識の浅さ、危機感の薄さは驚くばかりだ。
 あいもかわらず、どんな仕組みにすれば自党に有利か、政局の主導権をにぎれるかといった観点からの発言がなされ、「裁判所はやりすぎだ」と見当違いの批判をくり出す。
 「国権の最高機関」であるためには、民意をただしく反映した選挙が実施されなければならない。この当たり前のことが、なぜわからないのか。
 0増5減に基づく新区割り法を、まず成立させる。そのうえで、これは緊急避難策でしかないとの認識にたち、最高裁が違憲の源とした「1人別枠制」を完全に排する抜本改正をする。
 それが政治の当然の務めなのに、自分らに都合のいい制度を続けるために、憲法を変えてしまおうという動きがある。
 自民党の憲法改正草案には、「各選挙区は、人口を基本とし、行政区画、地勢等を総合的に勘案して定める」とある。
 考慮する要素を増やすことで国会の裁量の幅をひろげ、司法によるチェックが働きにくいようにしよう――。そんな思惑がすけて見える条文だ。
 政治は、選挙制度は、だれのためにあるか。もちろん国民・有権者のためにある。この原点をとり違えてはならない。」(
2013/03/28付「朝日新聞」社説より)

だいたい自分は、「・・・べきだ」論で国会が動くとは思っていない。そんな事で政治家が動くのなら、とっくに自浄されている。それが出来ないのだから強権発動以外には無い、と思っている。裁判所が「選挙無効」判決をしても、どうせまた政治は無視をするだろう。

では強権発動はどうしたら良いのか?
先日の新聞に「一人一票実現国民会議」なるものの「意見広告」があり、どうもそれが“現実的”らしい・・・。
「(1)最高裁判所が、「憲法は、人口比例選挙を要求している」と明言する違憲判決を下したとしよう。それにも拘わらず、国会議員が人口比例選挙の立法をしない場合、この『国会議員の立法不作為』は、「違法」である。有権者は、これを理由として、国家賠償訴訟を提起できる。
(2)ところで、平成17年最高裁大法廷判決は、在外邦人選挙権訴訟で、選挙権を行使できなかった在外邦人に1人当たり5000円の慰謝料を認めている。
この先例からみて、有権者は、次回選挙で、人口比例選挙の投票を行えない時は、1人当りの慰謝料(5000円)の損害を被るといえよう。
(3)有権者は、1億400万人強である。2000万人が原告となれば、1人当りの慰謝料・5000円として、総額1000億円請求の大訴訟となる。
(4)国が、敗訴して、賠償金を支払った場合、国は、故意に『立法不作為』をした各国会議員個人に対して、求償権を持つ(国賠法1条2項)。」(
2013/03/27付「朝日新聞」p11より)

そうなのだ。国会議員の個人一人ひとりに、損害賠償が請求されない限り、日本の政治家は、皆知らん顔・・・。それが現実!?

しかし先進国を謳っている割に、国際的にもなんともみっともない。こんな事を論じられるほど、日本国民の代表は厚顔無恥で私利私欲の塊なのだろうか?何とも残念なニッポン国ではある。

(関連記事)
最高裁の参院選“違憲状態”判決 

●メモ:カウント~410万

130328timeha <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月27日 (水)

「時計を見るのを止めた!?」~急がない誓い

昨夜、少々ショッキングな話が入り、心を入れ替えた。(たぶん・・・)
昨夜、カミさんのある友人から電話があり、いつものような長電話をしていた。その後に、カミさんが来て言うには、「○○さんが事故にあって、顔面がマヒしたんだって・・・!」。
聞くと、一月ほど前、その友人が田舎に帰ろうと、息子さんと駅で歩いている時に、おしゃべりをしながら歩いて来た女性の二人連れとすれ違った際、足が引っかかったらしく、転倒して顔面を打ったとか。荷物も散乱して、周りの人が拾ってくれたほど。その時、二人連れの女性も当惑していたとか・・・。
そのまま田舎に帰ったが、顔の腫れがひどく、目も充血してひどかったとか。3日後に帰京してから病院に行った所、脳と目は何とか大丈夫らしいが、顔の三叉神経が切れたらしく(?)、頬と唇の感覚がないという。ちょうど歯医者で麻酔を打ったときのように、唇も半分知覚がないので食べる時に困る・・・と。驚いたことに、三叉神経は一度切れると治らないようで、医師はどうしようもないらしい。
電話で本人は明るい声を出していたというが、これからのQOL(生活の質)の低下は甚だしく、聞いている方が、愕然とする。

この話を聞いて、カミさんが言うには、「いつ何時、何が起きるか分からない・・・」。
自分も知っている彼女に起こったこのショッキングな話は、自分の生活においても大きな教訓を与える。つまり自分の(誰の)身にも、これと同じような事が、いつ起きてもおかしくないのである・・・。交通事故と同じで、全ては偶然・・・
自分の場合を考えてみた。例えば、会社から帰る時、就業のベルが鳴るや、脱兎のごとく会社を出ている。目的は、つながりの良い電車に間に合うこと・・・。つまり、○分後に発車する電車に乗れると、後が実にスムーズに家に帰れるのだ。早歩きで駅に着くと、息はハーハー、心臓はドキドキ・・・。でもその電車に乗れると、次の乗換駅でも乗り継ぎの電車に乗るべく、人の流れを縫うように、次のホームへ。その電車が着いた駅でも、同じように次の乗り継ぎの電車に乗るべく、人をかき分け、エスカレータを早歩きで登って、やっと目的の電車に乗る。すると20分ほど早く家に着くのだ。なぜなら、乗り換え時間のロスがほとんどゼロなので・・・。

帰り道での、毎日のこの流れ。自分は、一日に一度位は早歩きで心臓に負荷を掛けた方が良いのでは?ナンテ思っていたが、カミさんに言わせると「それが何なの? 数十分家に帰るのが早いのが何なの? そんなに慌てていて、階段を落ちたり、人とぶつかって転んだりして、取り返しが付かないケガでもしたら、それこそバカバカしい・・・。もう体は若くは無いのに・・・」
そう言われてみて、スゴ~く反省・・・。この20分の短縮の為に、毎日気が焦っていたことは事実。危ない歩き方をしていたのも事実・・・。よくまあ今まで事故に遭っていなかったもの・・・。

こんな事もあった。カミさんが繰り返して言う、我が家で大事件!? だいぶん前の話だが、親戚の葬儀に行くために、新幹線の予約を取っていた。東京駅でカミさんと待ち合わせ、一緒に新幹線のホームに行こうとしてはぐれた。自分が“ホームはこっちだろう・・・”と、標識を見ながら歩いて行ったのだが、ふと後ろを見るとカミさんの姿がない。人混みの中で、自分のスピードに付いて行けなかったのだ。携帯で連絡は付くが、何処にいるのか分からない。場所の説明が出来ない。幾ら待っても姿が見えない。時間はどんどん過ぎていく。やっと巡り会った時には、新幹線の発車直前。階段を走って登って、何とか新幹線のドアにたどり着いたが、遅れて走ってきたカミさんは、階段を上ったところで、転び、後で調べたら手の指を捻挫したらしい。確かに、やっと通夜には間に合った。しかし何と危険な場面だったか・・・。指定券を取っていたので、3時間座るためにも、何としてでも乗らなくては・・・と焦った。でも所詮お金と時間の問題だ。もし乗り遅れても、次の電車で行けば良いこと。通夜に遅れても、まったく取り返しが付かない、という事態では無いだろう。それによって被る身体の危険に比べれば、幾らでも取り返しが付いたのだ・・・。

場違いだが、ふとこんな事も思い出した、昔、弟と車に乗った。運転をしていた弟は、首都高で、中央道への道に行き損ねた。すると、弟は堂々と直進した。「一回りすれば、(首都高環状線は)また元に戻るから・・・」。自分だったら、急ハンドルでも、気が付いた瞬間に、ハンドルを切っていたかも・・・。結果、事故を起こしたかも知れないが・・・。そんなスタンスの弟は、長い間、無事故無違反を続けているとか・・・

おっと話がそれた。まあそんなワケで、昨夜自分はこう決心した。会社の帰りは、もう腕時計は見ない。そして、走らない。急がない。自然体で歩いて、その時に来た電車に乗る。もう何時に着こうが気にしない・・・と。

自分ももう高齢者の一員。この“誓い”を自分自身に言い聞かせるために、ここにメモしておく。
それにしても、カミさんの友人は、何とか治る手立ては無いものだろうか・・・。何とも心が痛い・・・。

<付録>「ボケて(bokete)」より130327saisoku

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2013年3月26日 (火)

「共通番号制度」をどう思う?

さて「共通番号制度」=「マイナンバー法」の議論が盛り上がってきた・・・。

共通番号、期待と課題
 国民全員に番号をふる「共通番号制度」を導入する法案の審議が22日、衆院で始まった。導入されれば、各組織でばらばらに管理していた所得や年金などの個人情報を政府がまとめて把握できるようになるが、情報漏れの防止策など課題も多い。
 「より公平な社会保障や税制の基盤で、国民の利便性向上や行政の効率化のために早期に導入する必要がある」。22日の衆院本会議の質疑で、安倍晋三首相はこう訴えた。
 共通番号制度は、まず国民全員に番号をふる。さらに、政府と自治体をまたぐ巨大なシステムもつくり、各組織がばらばらに管理していた所得や世帯の構成などの個人情報を、まとめて見られるようにする。
 政府などが所得を正確に把握できるようになるため、所得に応じて社会保障の給付額を変える制度を導入しやすくなり、脱税の防止にもつながる。一般の利用者にとっては、市町村の窓口で手当を申請する際、住民票や所得証明書などを提出する必要がなくなり、手間が省ける利点がある。
 共通番号法案は、民主党政権だった昨年2月にも国会に提出されていたが、解散総選挙をめぐる民主と自民の対立で審議に入れず、廃案になっていた。自民公の3党は、法案の中身で大筋合意しており、今国会で成立する可能性は高い。
 だが、導入には課題が山積している。最も重要なのは、所得や住所などの個人情報が漏れるのをどう防ぐかだ。番号を悪用し、本人になりすまして年金を横取りするといった不正も起きるおそれがある。
 同じような共通番号をつかっている米国では、こうした不正で1年間で1千万人が計約500億ドル(約5兆円)の被害を受けているという。日本維新の会の中丸啓氏は「諸外国の問題を踏まえ、どのような対策を講じるのか」と迫ったが、安倍首相は「制度面とシステム面の両面で対策をとる」と答えるにとどめた。
 システムの開発費だけで2千億~3千億円かかり、さらに毎年200億~300億円の運営費も必要になる。政府は「行政の効率化でもとが取れる」としているが、どれぐらい節約できるかは明らかにしていない。
 うまく活用できなければ、約400億円もかけてつくったのにさほど利用されていない「住民基本台帳ネットワーク」の失敗を繰り返すことになる。(大日向寛文) 」(
2013/03/23付「朝日新聞」p4より)

「共通番号制度」をどう思う?
自分は、これは時代の流れなので、多分そうなって行くと思う。そして一番懸念される情報漏洩・・・。
原発事故でも分かったように、“絶対”は有り得ない。よって、必ず情報漏洩は起きる。それを前提に、どのような制度を作るのか・・・
マイナンバー法案の罰則がどうなっているのか調べてみた。(ここより)

個人番号を利用する者に関する罰則(第62条~第64条、第66条)
○正当な理由なく、特定個人情報ファイルを提供(個人番号利用事務等に従事する者等)
⇒4年以下の懲役若しくは200万円以下の罰金又は併科
○不正な利益を図る目的で、個人番号を提供又は盗用(個人番号利用事務等に従事する者等)
⇒3年以下の懲役若しくは150万円以下の罰金又は併科
○情報提供ネットワークシステムに関する秘密の漏えい又は盗用(情報提供ネットワークシステムの事務に従事する者)
⇒3年以下の懲役若しくは150万円以下の罰金又は併科
○特定個人情報が記録された文書等を収集(国の機関等の職員)
⇒2年以下の懲役又は100万円以下の罰金

やっぱりこんなものか・・・。
人間はやる気になれば、何でも出来る。つまり、何をしても、誰かがその気になれば、必ず情報は漏れる。よって、漏らした人には、厳罰を持って対処する以外手が無いのでは・・・?
つまり、上の法案の「罰金」の項はすべて無くして、情報を漏らした人は、取り返しが付かないことを“しでかした”ので、それ相応の厳罰、つまり全員懲戒免職の上で、必ず実刑にして最低数年は刑務所に入って貰う・・・。
昔、ヨッパライ運転を厳罰にして事故が減ったように、厳罰だと分かっていれば、人間、少しはブレーキがかかるもの・・・。それしか方法は無いように思うが・・・

それと「マイポータル制度」がどれだけの抑制効果になるか?(ここ)には「自分の「番号(マイナンバー)」に関する個人情報について、誰がどのようなやりとりをしたか、自分自身で確認できるようなしくみ(マイ・ポータル(仮称))を設けます。」とあるが・・・

もし色々な心配をして、この法案を先送りしたとしても、世の中の“電脳”に記録されている個人データはあちこちで無限大に膨張して行くものであり、それらは何れ合体してしまうだろう。幾ら合体を邪魔したとしても、それは時間の問題・・・
そして、それらのデータは、秘密裏にあらゆる所で利用され、個人を監視し、モンスター化していく・・・。これは自明の理。非常に怖ろしいことだが、自分たちのあらゆるデータは、世の中にコンピュータが出現して以来、“既に”にたくさん記録されてしまっているし、今更それらを消すわけにも行かず・・・

ま、自分など、何の隠し立てもない実に善良な国民なので(!?)、情報が漏れても、それほど困らないと思うけど・・・。もちろん脱税するほどの収入も無いし・・・。
でも誰かがどこかから、自分たちの裸を、浴室に空いた穴から覗いている光景を想像するとゾッとするね。ウーン・・・

130326hanpa <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月25日 (月)

「なぜ、マスコミは“いけにえ”を求めるのか?」~パソコン遠隔操作事件

先日、カミさんが駅前のホームレスさんから買った雑誌「ビッグイシュー」(211号~2013.3.15)に、こんな記事があった。

なぜ、マスコミは“いけにえ”を求めるのか?
  いとう・さとる(作家・音楽評論家)
 あきれかえってものが言えない。2月10日他人のパソコンを遠隔操作して犯罪予告をした事件の容疑者が逮捕されたのだが、テレビは、逮捕前からこの容疑者の行動を追っており、自慢げにその私生活をさらしまくった。
 その内容は、よく通っていた猫カフェから、立ち寄った寿司屋まで、あちこち「盗撮」して映像にし、容疑者所有の車のナンバーをぼかさず映した局もあったほど詳細なものだった。「オタク」と呼んでマイナスイメージを強調しようという局もあったし、逮捕前から追いかけていることを誇り「家から出入りする様子などをとらえています」などと得意げにキャスターが語った局もあった。前科についても、こと細かに説明されている。NHKも含め、全国ネット局はほとんどこのような扱いだ。
 よく考えてほしい。逮捕された時点ではまだ、有罪かどうか確定していないのだ(推定無罪!)。さらに、本人は否認して取り調べの録画を要求しているし、弁護士は証拠とされた防犯カメラの映像に疑義を抱いている(この2点はほとんどテレビで報道されていない上。実名報道をしていいかさえ検討されるべきケースなのに、容疑者を「真犯人」として報道するのは、完全なルール違反だ。
 この事件では、すでに4人もの誤認逮捕者が出ており、その人たちの名誉回復もじゅうぶん行われていない状態でのこの騒ぎだ。マスメディアはまったく反省を知らない組織だと定義したくなる。さらに、テレビ局が事前に情報を得ていなければ、逮捕前からカメラで容疑者を追跡することなどできるはずがない。特別なルートがあったら、どこかの局のスクープになるはずだが、今回は、ほぼ全局足並みを揃えている。とすると。警察側が情報をリークしたという事態もありえないことではない。
 これでは、有罪確定前に容疑者を真犯人に仕立て上げ、社会的に制裁をしていることになる。いつからテレビやマスコミは検察官と裁判官を兼ねるようになったのか。今度も誤認逮捕たった場合、どうやってつぐなうつもりなのだろうか。
 容疑者の弁護人は2月19日の記者会見で、今回の捜査にも強引で証拠不足な点があることを明快に指摘した後、次のように結んだ(一部筆者要約)。「どうかマスコミのみなさん、みなさんも何度も過ちを犯してきたわけです、足利事件を含めて。これからも今までのように警察情報を垂れ流ししたら、みなさん自身の犯罪です。どうか自分の胸に手を当てて、自分はいったいどういうことでペンを握っているのか、考えてもらいたい」(伊藤悟)」(雑誌「ビッグイシュー」2013/03/15付より)

情けないことに、自分もその“マスコミ垂れ流し情報”に浸っていた一人・・・。
前にも、痴漢報道について、マスコミの無法ぶりについて書いた。(ここ
にもかかわらず、いとも簡単に、無批判に「へえ~。送検されたのか・・・」で終わっている自分・・・。
改めて、Netで調べてみた。まず事実の確認。弁護士の記者会見を見るのが一番確実だ。(ここ

弁護士は、パソコン遠隔操作事件の被疑者がC#というプログラミング言語を使っていない、ということを明快に説明していた。警察は裏で勉強していたのだろう、と指摘していると言うが、自分のパソコンにも会社のパソコンにもC#の開発環境は無かったという。自分は詳しくないが、プログラムに詳しい人がこの記者会見を聞いて、どう判断するか知りたいところ・・・
結局、パソコンを調べれば出てくると警察が判断した証拠は、何も出なかったらしい。でもいったん振り上げた拳は、何とやらで・・・

前の痴漢事件と同じく、「週刊現代」がそのことを記事にしていると知り、Netで読んでみた。「週刊現代」2013年3月9日号より(ここ
この記事のタイトルが「ネコ男の逮捕 PCなりすまし事件冤罪だったら刑事も記者も全員クビです 魚住昭×青木理 お前ら、犬か?警察のリークをたれ流す記者たちへ」と、何とも凄まじい。
「そうやってメディアをコントロールすることはできたけど、警察には誤算があった。それは、容疑者が自白せず、しかも担当弁護士が取り調べの「可視化」を要求したことです。
 容疑者が要求しているんだから、可視化を拒否する正当な理由はない。けれど警察としては可視化を認めてしまえば、ますます自白を引き出せなくなる。それを恐れているんでしょう。」

この可視化。被疑者側が要求しているのに、警察側が拒否、とは、とても見せられない取り調べなのか・・・??

そして「週刊現代」 2013年03月16日号には「PCなりすましネコ男事件警察はなぜ取り調べ可視化に応じないのか 実は捜査はヤバイことになっているまた冤罪を作るのか」(ここ)という記事が載ったそうだ。

この事件について、マスコミの報道を鵜呑みにしている自分を反省すると同時に、警察の権威主義とマスコミの“軽さ”に、何ともため息が出る。
引き続き、この事件の展開に注視して行きたい。
(真犯人がまた、「彼は犯人ではないよ!」なんて暴露をしたら、またまた面白いのだが・・・・。もっとも暴露の相手は反骨精神旺盛な??「週刊現代」にしないと、その事実さえ、“消されて”しまうかも・・・)

13032520nenn <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月24日 (日)

秋田の無投票知事~選挙って何だろう

今朝の朝日新聞の社説にこんな記事があった。
無投票知事―選挙って何だろう
 秋田県知事選で、現職の無投票当選が決まった。
 1月には山形の知事も無投票で再選された。平成に入ってからそれまで、無投票の知事選は2例のみ。まさに異例である。
 対立候補が出なければ有権者は選択の機会を奪われ、民主主義が機能しなくなる。ふつうの社説なら、こう警鐘を鳴らすところだろう。
 だが、ここでは別の観点から選挙とは何かを考えたい。
 秋田での無投票の直接の理由は、自民、公明、社民の各党が支持する佐竹敬久知事に対し、民主党が対立候補の擁立に失敗し、共産党も見送ったためだ。
 ただ佐竹氏は、有権者にも対立を望まない空気があったとみる。再選後、こう語っている。
 政治家は、選挙で無理やり対立の構図をつくり、現実味の乏しい公約を掲げがちだ。それでは政治や行政は停滞し、世の中は変わらないと、有権者は気がついてきた――。
 実際、秋田では、非自民勢力が推す前知事の後半、県議会自民党は知事の提案を次々に拒否。子育て教育税の導入も地域振興局再編も実現せず、県政の停滞が続いた。
 その末に、敵をつくらないのが持ち味の佐竹知事が誕生。1期目に住宅リフォームの助成など共産党の提案も採り入れ、同党の擁立見送りにつながった。
 再び知事の発言に戻る。
 高度成長期には、年々増える予算で「何かをやる」ために選挙で激しく争った。いまは「何かをやめる」選択にならざるをえない――。
 少子高齢化と財政難の時代、選挙は意義を問われている。
 できることは限られているのに、選挙で争うために、相手との違いを際立たせる。何かをやめるという難しい合意形成はさらに困難になり、「動かない政治」に有権者の不信が募る。
 国政でも、そんな悪循環が繰り返されてきた。
 選挙は大切だが、それだけで民主主義が機能するとは限らない。選挙の限界をどう補うか。問われているのはそこである。
 その点で、無投票当選の知事たちの動向に注目したい。
 有権者から信任を得る機会を逃したのだから、民意をくむ工夫を凝らさなければなるまい。情報公開を進め、公約の実施状況を明らかにし、対話の場を設けることが不可欠だ。責任転嫁する相手はおらず、議会を説得する努力や技量も問われる。
 本来、すべての政治家が心すべきことが再認識されるとすれば、無投票当選もあながち捨てたものではない。」
(2013/03/24付「朝日新聞」社説より)

普通の社説は、何かを主張するのに、この社説は“考えよう”というスタンスで面白い。
無投票当選をどう考えるか・・・。有権者にとっては清き一票を投じる機会が失われる。つまり、この社説が指摘しているように、有権者の信任を得ていない知事、ということになる。これはある意味、怖いこと。昔の松下電器の山下社長のように、「失敗したら私を選んだ人(=松下幸之助)にも責任がある」という、言い訳を言うことも出来ず・・・。

無投票当選は、昔の市町村議会で良く話を聞いた。事前に調整して、無投票を画策し、それ以外の候補者が出ると、あの手この手でその人を立候補しないように仕向ける。表面上は「無駄な費用の削減」とか言って・・・
よって無投票当選は、有権者をないがしろにした悪い印象しかない。しかし、・・・である。

地方自治体の長は、国会のような政党のぶつかり合いが本当に必要なのか、疑問。5年前に野党だった民主党が、日銀総裁候補をことごとく蹴ったのは、政治の停滞の好例。
しかしこの秋田が「・・・県政の停滞が続いた。 その末に、敵をつくらないのが持ち味の佐竹知事が誕生。・・・」とすると、今回の無投票当選は、県民の全員一致の推挙、とも見える。
国の政治もこんな形がもし出来れば、実に望ましいこと・・・。
しかし現実は、何の実績もないアベノミクスとやらに浮かれて、円安株高とか・・・。まさにバブルそのもの・・・。
国会議員も秋田を見習って、「政治家は、選挙で無理やり対立の構図をつくり、・・・」という従来型政治は卒業して、国民全員から推挙された無投票当選の政権、なんていうのが出来ると良いのだが・・・
おっと、初夢とは季節が違った・・・

130324pinchi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月23日 (土)

なかなか難しい“春巻き”の揚げかた

春巻きは自分の好きな食べ物のひとつ。今までも長い間、カミさんの春巻き料理を食べてきた。それが最近、カミさんが“上手く出来ない・・・”と言い出した。つまり揚げる時に爆発してしまうのだ。それで今日また、カラッと揚げることにチャレンジ・・・

結果は、惨敗・・・。この前に揚げた時も、中身が爆発し、上手く出来なかった。ちなみに、自分は揚げることだけを担当・・・。
今日は、予めNetで揚げ方を研究。どうも最初は低温で、色が付いてきたら、高温に上げて焼き色を付けるのがコツみたい・・・。それでマニュアル通り、100度程度の低温で、フライパンに10個の春巻きを入れる。油の温度は温度計でキチッと管理。春巻きはモヤシと竹子のものと、チーズとかに棒とほうれん草のものの2種類。低温でじっくりと・・・。でもほどなく、チーズの方が内臓破裂の兆候・・・。頑張って、もういいかな・・・という頃合いに、温度を上げる。すると、何とフライパンの中は戦争状態に陥った。
モヤシの方が2個、内臓破裂。そしてチーズの方の一つが、何とビッグバン。春巻きは二つに割れて、内臓が全部出てしまった・・・。あわてて、外に取り出す。モヤシの方も悲惨・・・
結局、爆発しなかったのは、モヤシの4つだけで、他は全滅・・・・

初めに食べ始めた自分に、カミさんが「味はどう?」「何か焦げ臭い・・・」
ウーン、なかなか春巻きも奥が深い。Netで見てマネをしても、それだけでは無さそう・・・

食べながら、カミさんに詰問!!「だいたい、今まで上手く出来ていたのに、何で急に出来なくなった?」「それが分からない・・・。このままでは、“また春巻きを失敗するのでは・・・”というトラウマになってしまうので、何としででもリベンジして、成功させなければ・・・」とカミさんは言う・・・。カミさんが、なぜ急に出来なくなったかは不明だが、結局、マニュアル無しの、フィーリングで料理していたので、元に戻らなくなった??
ともあれ、我が家の春巻きへのチャレンジは続きそうである。

それはそれとして、料理大キライ人間の自分が何でこんな記事を書いている???
これは自分が、カミさんの周到な戦略にはまっているとしか思えない。
どの家庭でも同じだか、家の中ではカミさんの命令に従わないと男は惨め・・・。よって自分も結構素直に従っている・・・(つもり)。
振り返ってみると、休日の昼食は、毎度のように自分もキッチンに“命令されて”入っていることに気付く・・・。そして炒め物や揚げ物は何となく自分がやって(やらされて)いるような・・・・
特にフライパンのエイヤッというひっくり返しは、楽しみにさえなってきた・・・!!??
テキはこんな事から、自分をキッチンに入ることに慣れさせようとしているな・・・。

昼食の時に、会社の近くで良く行く食べ物屋。主人が大きなフライパンでササッと料理するのをじっと見ている自分・・・。もちろん火の強さが比べものにならないが、なるほど・・・と見守っている自分。ん??まずいな・・・。これではテキの思うつぼではないか・・・

ふと気が付く。「グルメ・食べ物」というカテゴリを作ったものの、前の記事は何と2年前。初めて焼き餃子を作った(作らされた)時の記事だった。それ以来、食べ物については書いていなかったようだ。
これから、段々と料理についての記事が多くなるのではないか、と“懸念する”自分ではある。

130323salad <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月21日 (木)

「詩人・茨木のり子の遺した愛のかたみ」

今朝の通勤電車の中で、NHKラジオ深夜便・明日へのことば「 詩人・茨木のり子の遺(ノコ)した愛のかたみ 出版社・社長 田中和雄」(2013/03/17放送)(の録音)を聞いた。
NHKラジオ深夜便では、各界の色々な人の人生が語られる。どれも自分が知らない人ばかり・・・。よって、あまり自分にフィットしない場合もある。しかし、今朝の詩人・茨木のり子さんの話は、繰り返して2度3度と聞いてしまった。最近には珍しく・・・
(この番組(約43分間)の全部をお聞きになる方は(ここ)をクリックして、しばらく待つ・・・)

この茨木のり子さん(1926年(大正15年)6月12日-2006年2月17日)という方は、「わたしが130321ibaraginoriko 一番きれいだったとき」という詩が高校の教科書に載るほど、有名な方らしい。この番組は、詩の朗読と人生の紹介だった・・・。
23歳で勤務医と見合い結婚したが(1949年(昭和24年)秋に結婚)、それは双方一目惚れだったとか・・・。そして結婚生活25年、48歳で夫をガンで亡くし、それからの31年間は、夫を偲びつつの単身生活だったという・・・。(夫の三浦安信氏が肝臓癌で亡くなったのは、1975年(昭和50年)5月、56歳の時だったという。三浦氏は大阪帝大医学部卒、新潟大医学部助手、結核療養所・保生園を経て北里研究所付属病院に勤務。1961年、結婚12年目にくも膜下出血で長期入院。職場に復帰するもやや鬱的になる)
そして死後、夫のイニシャルである「Y」という箱から発見されたという詩も含めて、アンソロジー(詩撰)「わたくしたちの成就」という詩集が命日の(2013年)2月17日に出版されたという。この番組で紹介され詩で、印象に残った詩は、この2つ・・・。先のアンソロジーの題は、この詩から採ったという・・・。

「急がなくてはなりません」
  茨木のり子
静かに
急がなくてはなりません
感情を整えて
あなたのもとへ
急がなくてはなりません
あなたのかたわらで眠ること
ふたたび目覚めない眠りを眠ること
それがわたくしたちの成就です
辿る目的地のある ありがたさ
ゆっくりと
急いでいます

そして、73歳の時の作品だという詩・・・
「倚(よ)りかからず」
   茨木のり子
もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない 
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ

これは番組で朗読はされなかったが、教科書に載っている有名な詩だという。茨木さんは15歳で開戦を、19歳で終戦を迎えた。
「わたしが一番きれいだったとき」
   茨木のり子
わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがらと崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
誰もやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆(みな)発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
                  ね

この番組を聞いて、ついこの人の詩集を読んでみようかと、Amazonにアクセスしたら、案の130321ibaragimiura 定売り切れで、本屋にも無かった・・・。
まあ「わたくしたちの成就」という詩集と「清冽~詩人茨木のり子の肖像」という本。ゆっくりと待って、ゆっくりと読んでみよう。25年間の結婚生活と、31年間の夫・三浦安信さんを偲んでの単身生活がどんなものであったか、も含めて・・・
しかし「わたくしたちの成就」という言葉の、何という重みか・・・。
なお、茨木のり子の死が甥により発見されたのは、死の2日後の2月19日。くも膜下出血および脳動脈瘤の破裂によりベッドの中で亡くなっていたという。

(2013/03/30追)
先のNHKラジオ深夜便で言っていた「天声人語」は下記。
「ここ数日、一冊の本を前に、ぼうぜんとしている。ただ、圧倒されているのだ。茨木のり子さんが七年ぶりに出した詩集『倚りかからず』(筑摩書房)である▼もはや/できあいの思想には倚りかかりたくない/もはや/できあいの宗教には倚りかかりたくない/もはや/できあいの学問には倚りかかりたくない/もはや/いかなる権威にも倚りかかりたくはない/ながく生きて/心底学んだのはそれぐらい/じぶんの耳目/じぶんの二本足のみで立っていて/なに不都合のことやある/倚りかかるとすれば/それは/椅子の背もたれだけ▼これか、本のタイトルにもなっている「倚りかからず」である。精神の背骨が、ぴんと伸びている。日本語が、みごとに結晶化している。むずかしいことばは、一つもない。だから、よくわかる。わかるから、圧倒される▼茨木さんは、いま七十三歳。自分がかりにそこまで生きられたとして、「倚りかからない」ことを心底学べるだろうか。「なに不都合のことやある」と言い切れるか。「できあいの」思想や宗教や学問の背もたれに、相変わらず倚りかかっているのではなかろうか。どうしても、そんな思いにさせられる▼実は、勇を鼓して茨木さんを訪ね、話をうかがった。「外国の詩人が、詩とは思想を果物のように食べさせるものだ、と言いました。詩には、思索の美しさ、ものを考えることの美しさがあると思います。でも、日本の詩歌の歴史には、それが欠落していたと思うんです。それを埋めたいという感じが、生意気なんですが、ずっとありました」▼穏やかな口調だけれど、語る内容は激しい。詩集に盛られた作品は十五編。決して叫ぶことなどなく、とても静かに、読む者の心をつかみ、えぐる。6Bか4Bの鉛筆で、茨木さんは詩を書く。柔らかな鉛筆から、とびきり硬質の結晶が生まれる」(朝日新聞「天声人語」1999年10月16日)

130321otonahitori <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月20日 (水)

「思い切ってお金を使おう」

先日の日経新聞に、我々シニア族にとって嬉しくなるような(?)話が載っていた。曰く・・・

思い切ってお金を使おう
 日本では人口の高齢化が急速に進んでいる。65歳以上の人口の割合は24%に達している。高齢者が元気に活動すれば、経済の活性化にもつながる。団塊の世代を中心としたシニアの消費は今や100兆円を超え国内消費の約4割を占めるという。また、この消費支出も増加傾向で、その伸び率は全世代平均を上回っている。団塊の世代が景気を支える原動力の一つになっている。
 この世代が一斉に退職する時期に来ている。新しい仕事を見つけたり、社会貢献をしたりする人も多い。ただ、残りの人生は長い。仕事でためた財産を次の世代に残そうとするより、健康維持やスポーツ、趣味などに費やし、心の満足を得るために使うべきだ。海外旅行や温泉めぐり、サッカーや野球などの観戦、歌舞伎やコンサートの鑑賞など何でも構わない。
 自分が心から楽しめることに思い切ってお金を使うことは、経済活性化と同時に心を豊かにしてくれる。せっかくこの世に生まれてきて、今まで働いてきたのだ。残りの人生を有意義に過ごさないのはもったいない。若者に負けないように活発に活動しよう。(京都府立医科大学学長 吉川敏一)」(
2013/03/08付「日経新聞」夕刊より)

我々シニア世代も、収入の中心が年金になってくると、どうしても支出を意識してしまう。
10年以上前、大名リストラで会社を辞めた友人が言っていた。幾ら多額の割増退職金を貰っても、収入ゼロで支出だけ・・・、という生活は“恐怖・・・”だと。
幸い自分も、年齢的に国の年金が入るようになってきた。よって命のある限り収入はある。その点は安心。しかし、その額はあくまでも有限。その中で、どのように遣うか・・・。

最近、強く思い始めた事がある。それは、自分たちの体力は時間と共に衰えて行く・・・ということ。つまり、例えお金があっても、段々とお金を遣う体力が無くなって行く・・・、と言う現実。
海外旅行などが良い例。時間と金があっても、段々とおっくうになってくる。つまり、お金を使うのにも体力は必要・・・ということ。
よって、どこかに行く気になったら、それはどんどんと実行に移して行かなければいけない。墓場にお金は持っていけないのだ・・・。そうだ!そうだ!!

最後の(?)海外旅行先に、と決めている○○○に、いつ行こうか、とカミさんと話す最近・・・。
それと同時に、日常の小金を遣うのにも、何やら言い訳を考えている最近の自分ではある。

130320image <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月19日 (火)

シューベルトの「ハンガリー風ディヴェルティメント」

最近、シューベルトを聴いている。振り返ってみると、シューベルトのCDはほとんど持っていない。「アルペジオーネソナタ」&「ます」の一つだけ。それにしても室内楽系はあまり聞かない自分だが、唯一シューベルトだけは別。学生時代から新入社員時代の頃、「ます」「死と乙女」から、「4つの即興曲」「さすらい人幻想曲」などのピアノ曲、そして「冬の旅」などのリートも、LPで良く聞いたものだった・・・。
それが、先日ふと9番の「ザ・グレイト」の交響曲の旋律が頭に浮かび、CDは持っていないので、昔のLPを探して聞いてみた。ベームの1968年に買ったLPは、当時、まさに新録音だった。
でもスゴイと思うのは、数十年聞いていない旋律がしっかりと頭に残っている。LPレコードも、カビも生えずにちゃんと再生できる・・・。
もちろんノイズは多い。でも音楽が始まってしまうとそれほど気にならない??

mp3のシューベルトのフォルダを見ていたら、「ハンガリー風ディヴェルティメント」の音源があった。前にNHKテレビで放送されたものをmp3にしておいたもの。

<シューベルトの「ハンガリー風ディヴェルティメント」#3から>
   pf連弾:武田美和子・中井恒仁 

この旋律を知ったのは、1998年4月の雑誌「レコード芸術」の付録に付いていたサンプルCDで・・・。それが先のNHKの番組で、結構長い曲であることを知った。
そして、この記事を書くにあたって、Netで色々と調べてみたら、原曲は結構長い曲。そしてこの第3楽章も、15分以上。上の演奏は、その一部らしい。
CDは・・・と探すと、少なくてもAmazonには無い。楽天で探すと色々出てくるが・・・
Youtubeはさすがに、色々な演奏がアップされている。音は割れているが、演奏会の模様が、面白い。まさに1ピアノ、4手である(ここ)。

CDからの音源もあったので、じっくりと全曲を聴いてみた(ここ)。なかなかどうして、1~3楽章とも、良い曲ではないか・・・。
それなのに、何でメジャーなCDが無い??

最近クラシックの“新曲”を開拓することは、ほとんど無い。もっともここで言う新曲とは、自分がここ10数年で新しく聞き出した曲・・・という意味。
自分の聞くクラシックは、ほとんどが学生時代から聞いている曲ばかり・・・。でもこのシューベルトの「ハンガリー風ディヴェルティメント」は、自分にとってまさに新曲なのである。

まだまだクラシックの世界広い・・・。この曲のように、たまには自分にフィットする音楽が探し出されるかも・・・。
それと同時に、学生時代から購入したLPはいっさい処分していないので、自分もそろそろ老後(!?)で時間が自由になったら、昔のLPを聞く時間を持つのも、またオツかも・・・ね。

130319sirokuma <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月18日 (月)

障害者の法定雇用率アップについて

先日の日経新聞にこんな記事があった。

障害者 環境整え戦力に
4月から企業に義務付けられる障害者の雇用率(法定雇用率)が引き上げられ、大企業に比べ取り組みが遅れがちな中小企業も対応を迫られる。
・・・・・・
 法定雇用率は現在従業員56人以上の企業に1.8%が課されているが、4月以降は50人以上、2.0%になる。人材や資金が十分でない中小にとっては義務を果たしながら、障害者をいかに戦力にしていくかが一段と重要な課題になる。・・・・・
昨年38万人 全体の1.69% 企業の障害者雇用 中小、対策遅れ
 2012年(6月1日時点)の企業の障害者雇用数は11年比4.4%増の38万2千人、雇用率は130318syougaisyakoyou 0.04ポイント増の1.69%といずれも過去最高だったが、法定の1.8%には届いていない。従業員1千人以上の企業が1.90%なのに対し56~99人は1.44%だった。
 人材サービスのインテリジェンスの井上雅博ゼネラルマネジャーは、中小の取り組みが遅れている理由を「障害者が経営が安定している大企業を希望しがちな一方、中小には受け入れ負担が大きい」と説明する。
 だが15年度からは障害者の雇用数が法定雇用率に満たない場合に納付金を課される企業の範囲が、現在の従業員200人超から100人超に広がる。「多様性(ダイバーシティ)の尊重」という考え方が浸透し始め、中小の社会的責任は今後も重くなるとみられる。
・・・・・
15年、納付金対象も拡大
 企業の障害者雇用 障害者雇用促進法は企業などに一定の割合以上で障害者を雇用するよう義務付けている。現在は従業員56人以上の企業に1.8%以上を求めているが、4月からは2.0%以上に引き上げられる。対象も従業員50人以上の企業に広がる。
 従業員200人超の企業は障害者の雇用数が義務より少なければ、不足1人あたり原則月5万円の納付金を国に納める必要がある。2015年4月からは納付金制度の対象が100人超の企業に拡大する。納付金は障害者雇用に積極的な企業への補助金などに使う。」(
2013/03/04付「日経新聞」より)

今日見ておきたいのは、このグラフ。1000人以上の大企業の雇用率が順調に増えているのとは対照的に、100人未満の企業が漸減している。そして100~299人の企業は相変わらず低迷・・・。

障害者の法定雇用率については、前にも取り上げた(ここ)。
この記事で書いたように、2008年の500人以上の大企業で、ユニクロは障害者雇用率でトップだった。それで自分は、“弱者には優しい”イメージを持ったが、先日の東洋経済の記事で、ユニクロが楽天と並ぶ離職率トップの企業であることを知った(ここ)。新入社員3年間離職率で5割、5年間では8割の人が辞める、との話もある。

企業は色々な顔を持つもの・・・
ともあれ、日本の企業を先頭に、日本は弱者に優しい国になることを祈りたい。

(関連記事)
障害者の法定雇用率が2013年4月から1.8%⇒2%に

130318kawaii <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月17日 (日)

「ラジオ、デジタル化断念 総務省 電波の割当先見直し」

NHK FMがデジタル化されないかな~と夢見て、今まで関連ニュースを追い掛けてきた当サイトだが、いよいよ結論が出たみたい・・・。
前にも書いたが(ここ)、以前のデジタルラジオの報道は日経新聞のみだった。しかしこのところ、各紙が報道している。つまり、デジタルラジオの情報がメジャーになってきたということなのだろう。
その日経に、“まとめ”とも言うべき?、こんな記事が載った

ラジオ、デジタル化断念 総務省 電波の割当先見直し
 総務省と放送業界はラジオ放送の全面的なデジタル化を断念した。ラジオ局の設備投資負担が大きいと判断した。テレビのアナログ放送からデジタル放送への移行で空いた周波数帯の割当先が宙に浮く形になる。総務省はAM放送をしているラジオ局にFM放送も認める方向で検討に入った。
 放送局でつくる日本民間放送連盟は21日に理事会を開き、ラジオ業界全体でデジタル放送に一斉参入するという従来の方針を転換する。今後は希望する局が単独で参入できるよう、総務省に働きかける。
 現行の地上波ラジオ放送はアナログ方式のみ。デジタル化すれば音質が良くなり画像や文字情報などを合わせて送ることも可能になる。利用者の減少に悩むラジオを復活させる起爆剤と期待されていた。
 アナログに追加する形でデジタル放送を始める方向でラジオ業界全体がまとまっていたが、この2~3年で状況が一変した。2008年のリーマン・ショック後の広告収入の減少などで業績が悪化し、送信機などデジタル化に必要な設備投資をためらう局が相次いだ。いまでは明確に参入を希望している局は少ない。
130317digitalradio  総務省は電波の割り当て計画を見直す。テレビ放送の地デジへの移行で使わなくなった90メガ(メガは100万)~108メガヘルツの周波数帯を全てラジオのデジタル放送に使う方針だった。参入者の減少によりデジタルラジオだけで全域を埋めるのは困難になったため、新たな使い道を探す。早期に用途を決め、電波利用料を得られるようにする。
 FMによるAMの補完放送に割り当てる案が最有力だ。AMは災害時の情報源として頼りにされるが、送信所に広大な面積が必要なため海辺や川辺といった低地に多く浸水で放送が途絶える懸念がある。送信所を高台に設けやすく雑音も少ないFMで同じ内容を流し、避難場所や生活支援などの情報を安定的に放送できる体制をつくる。
 現行のFMには76メガ~90メガヘルツの周波数帯が割り当てられ、帯域のほぼ全体が使用中だ。AM局がFM放送を始めるには新たな帯域が必要だった。
 総務省はデジタル放送やFMによる補完放送をめぐるラジオ各局の意向をこれから調査する。省内に立ち上げた有識者会合などでの議論を経て、年内をめどに帯域の使い道を決める方針だ。」(
2013/03/16付「日経新聞」p5(ここ)より)

PCM放送のミュージックバードが終了した現在、有料も含めて、デジタルPCM放送は、もう無い。今後も期待出来ない。つまりは、現在のスカイツリーからのFM放送で満足するしかない・・・。まあ自分的には電波状況も良く、満足だが・・・
そんなワケで、当サイトで追い掛けてきた、次世代ラジオの話題は今日でオワリかも・・・。

(関連記事)
AMラジオのデジタル化~FMサイマル放送へ? 

130317hachimitu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月16日 (土)

結構親切な日本人~カミさんの変形性膝関節症

昨夜は所用で、カミさんと一緒に都内に出かけた。前にも少し書いたが(ここ)、カミさんの膝(ひざ)が痛くなって2カ月弱。とにかく病気は大変。家庭内の話題の半分以上がその話題。もちろん朝一番の声は「ひざの調子はいかがですか??」

先日レントゲン検査の結果、中年女性に良くある「両側変形性膝関節症」だと分かり、O脚修正用の足の裏に付けるインソールを作ったり、整形外科に電気治療をするために通い出したり・・・。
とにかく日常歩くのが困難。毎日行かなければ・・・と、カミさんが拘っている犬の散歩も・・・。
それでとうとう、歩くときに頼る杖が要るということになり、先日近所の介護用品屋に行ってみた。目当てはウォーキングキャリー。でも置いてあるのは4輪のいわゆるシルバーカー。まさか、まだやっと還暦なのに、これはダメ。隅の方に置いてあったのが、いわゆる片手押しカート。結局、これを買うことにしてNetで色々調べた。要求仕様は、普通の買い物用カートよりも車輪が大きいこと。前方の車輪の方向が変わること。左右どちらでも使えること・・・。それを満たすある製品を通販で申し込んだが、やはり昨日家を出るまでには着かなかった。

仕方なく、杖を持って家を出る。新宿駅で待ち合わせて、山手線に乗ったのだが、時間帯がちょうどラッシュのピークだった。しかし・・・である。シルバーシートでもないのに、若いサラリーマンが、杖を見て席を譲ってくれた。帰りの電車でも、シルバーシートの前に立つや、中年女性が直ぐに席を譲ってくれた。バスでも男性サラリーマンが・・・。
つまり、杖の威力は絶大。日本人は、弱者には非常に親切な民族だということを今更ながら知った、というワケ・・・。

そして頼んであったカートが今日着いたので、早速夕方試運転。結果、カミさんは大満足。歩く時に、何かに頼れるのは助かる・・・と。その写真がこれ・・・。杖をついた姿と、今日買った片手押しカートの姿の違い・・・

P10104221 P10104311 P10104231

杖の姿は、やはり何か哀れ・・・。でもカート姿は、普通の買い物姿。今日は、朝の散歩では杖で、夕方の実験ではカートだったが、ちょうど会った人が、杖のときは「どうしたんですか?」と言われ、カートのときは「(自分が連れている犬に)メイちゃんに会えて良かったね」・・・。つまり、カートだと誰も違和感を持たないことが分かった。

この膝関節症は、治るのにどの位かかるのか分からない。しかし足は日常生活でホントウに困る。カミさんは、自分と違って“続けられるの”ので、体操をしたり、自分でマッサージ用のオイルを作ったり、それは大変な努力をしているが、さてさて・・・。

でも、ひょんなことで、日本人の親切さを実感した。逆に電車に乗る時には、カートではダメで、杖を持って乗らないと・・・・、も悟った。
何とか早く治ることを祈る。そうでないと、今後の予定の何もかも(旅行や・・・)が狂ってしまう・・・。

(2013/03/27追)
今日は発症ちょうど2カ月目なのでメモしておく。ここ数日、非常に良くなってきている。本人曰く、体操と自家製アロマオイルを塗っているから・・・。しかしこの記事を書いてからまだ2週間。確かに病名が付いてから、“電気”をしに病院には行っている。片手用カートを買ったりもしたが、ここ数日はカート無しで、犬の散歩をかねてスーパーに買い物にも行っている。何より、歩く格好にあまり違和感が難じられなくなったのは良い。そのうち、再発した時にこの記事を確認することになるだろうが、普通に歩くことがどれほど素晴らしいことか、カミさんは再認識・・・。

(2013/04/25追)
今日はカミさんが一人で、新橋~東京ビッグサイトに行ってきたという。一人で都内に遊びに行く元気が出て来たということ。足が良くなった証拠で、結構結構。発症後3ヶ月、整形外科の“電気”と体操のお陰か? もう少し・・・

130316ryokou <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月14日 (木)

無くならないかな~「ホワイトデー」

今日は3月14日、世ではホワイトデーだという。
実は、バレンタインデーとホワイトデーは、自分のキライな風習なのである。高齢者の仲間入りをしてなお、こんな事が話題に上がるだけ楽しいではないか・・・という見方もあるが、自分は大キライ。理由は単純。お返しするときに「ドキドキ」するから・・・(さすがに今日は、それほどでもなかったが・・・)

元来無骨者の自分は、自慢ではないが独身時代から女性に贈り物など、したことがない。(結婚した後のカミさんは別にして・・・。いや、カミさんも含めてだな・・・!?)
それなのに、菓子業界に踊らされて、バレンタインデーにチョコレートが来る。別に自分だけに来るわけではない。つまり義理チョコが会社の机の上に“一方的に”置いてあるので、始末が悪い。いらない、と自分一人だけ断るのも角が立つし・・・。それで仕方がなく、義理チョコを貰う・・・。
今年も会社で同じフロアの二人の女性が、全員の机の上に小さなチョコレートを置いた。
それをカミさんに“報告”すると、ちょっとでも貰ったら、ホワイトデーにお返しをするのが礼儀で当然だ、とカミさんは言う。
そして“贈り物大好き人間”のカミさんが、自分が持って行く“お返し”を、“勝手に”用意する。そしてホワイトデー前日になると、「会社の女性に渡せ」と“可愛い”プレゼントを渡される。
仕方が無く、カバンに入れて会社に持って行くのだが、いつ渡そうか・・・、どんな顔をして渡そうか・・・、と「ドキドキ」しながらタイミングを図るのがイヤ。特に現役時代は、今以上にそれを意識しており、その時のトラウマからか、これは毎年繰り返される“苦痛の行事”なのである。
別に、会社のおばさんに気がある訳ではない。(まあ若い女性も居るにはいるけど)
でも他の人に知られずに渡すのがイヤなのだ。堂々と渡すのも恥ずかしいし・・・!?
カミさんに言わせると、そんなの意識過剰、ほんのシャレなのに・・・と言うのだが・・・

それにしても、全員に配られた義理チョコには、世の中ではどれだけの人がお返しをしているのだろうか・・・。本来、放って置いても良いのでは・・・・!?

そして今日の昼休みに、ソーットおばさんに年甲斐もなくプレゼントを持って行った。すると机の足下でモゾモゾしている・・・。何と、足下の大きな紙袋にたくさんのプレゼントが・・・。暗かったが、たぶん間違いない!
“海老で鯛を釣る”とまでは言わないが、数十人の男性からどっと・・・??
ウーン、これではこの風習は無くならないな・・・。
菓子業界は、そこまで考えて仕掛けているのかも・・・。そして、それをうまく利用しているのが(充分に元が取れる)、数が少ない女性社員かも・・・

まあ確かに、カミさんが言うように、今年が最後のホワイトデーかも知れないし・・・。
でも改めて思う。将来、自分が老人ホームに入っても、到底女性を口説くことは出来ないだろうな・・・と。
何とも高齢者にとっては人騒がせな風習ではある。
(誰か“バレンタインやめろ!”署名運動でも始めないかな・・・。サインぐらいなら自分もするけど・・・)

130314shitunaiken <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月12日 (火)

「生まれ変わっても“また”夫婦になりたい?」→男性50%、女性38%

先日の日経新聞に夫婦についてのこんな記事があった。曰く・・・

生まれ変わっても夫婦に 男性で過半数 女性は38%のみ 民間、40~60代を調査
 「生まれ変わっても今の相手と夫婦になりたい」。40~60代男性の半数がこう思うのに対し、同年代の女性は4割弱だったことが4日、博報堂のアンケート調査で分かった。調査は昨年12月、インターネット上で行い、40~60代の男女各1350人から回答を得た。
 その結果、また夫婦になりたいとした既婚者は、男性が50.2%、女性は38.4%だった。60代と僅差だった50代が男女とも(48.3%と36.0%)数値が最も低く、「全く思わない」と答えた割合も男性7%、女性16.9%と最も多かった。同社は「子供が自立し、改めて夫婦2人になり不満が出るのではないか」としている。」(2013/03/04付「日経新聞」夕刊より)

なぜこう女性は強いのだろう・・・。
ふと、前にも同じようなアンケートを取り上げたことがあったな・・・、と探してみたらあった。前に「「配偶者介護したい」男性55%、女性36%」(ここ)という記事を書いていた。

これも同じ傾向。男性が女性を大切に思っているのとは逆に、女性は男性のことをそれほど思っていない・・・。
これは一体どう言うことか・・・。

話は飛ぶが、何とも女性の発想は、ロジカルでない。例えば、痛みの治療・・・。カミさんがこの2カ月弱、1月末から左足のひざ痛で大騒ぎなのだが、まともに治療も受けず、自己流であれこれやっている。歩くのも大変なら、何でキチンと医者の治療を受けないのか・・・と思うのだが、医者から一度病名を付けて貰っただけで、治療に通おうとしない。医者から、通ってもダメ、と宣告されたのなら仕方がないが・・・
そして探し物。先日もカミさんが「メガネが無くなった」「手帳が無くなった」と大騒ぎをして家中を手当たり次第に探している。冷静な自分は「いつから無くなったのか、探し回る前に座って考えろ」と言う。
そうして、ロジカルにプロセスを考えただけで、探し物は直ぐに出てくる・・・。

そんな時に、自分は必ず聞く。「どうだ、オレと結婚して良かったか?」「ウン、良かった」・・・
つまり我が家では、先のアンケート結果など、無縁なのである。たぶん・・・。恐らく・・・。あまり自信は無いけど・・・。“前向き”に想像するに・・・

(2013/03/13追)
カミさんの膝痛。医院に来る補装具屋さんに頼んであったO脚治しのためのインソールが出来あがったので、今日取りに行ったが、同時に医師の診察を受けたときに聞くと、両側変形性膝関節症だそうで、中年女性に非常に多く、痛み止めの注射などは一過性なので、体操などで治さないとダメみたい・・・。メールで教えて貰った体操をさっそく始めたが、だいぶんかかりそう・・・。手と違って、足は始末が悪い・・・。(いったん治ると、“痛かったのはどっちの足だっけ?”となるので、備忘録としてメモしておく)

130311saru <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月11日 (月)

東京フィルの「オリンピックマーチ」と五輪招致支持率

今日は東日本大震災からちょうど2年。会社では、14時46分前に「皆さん、黙祷を」というアナウンスが流れた。
ま、元気を出してマーチでも・・・

先日のNHK FMで、古関裕而作曲のオーケストラ版の「オリンピックマーチ」を聞いた。これは、東京オリンピックの1964年元日に、NHKラジオで放送された立体放送番組「オリンピックの年あけわたる」で演奏されたオーケストラ版のアーカイブ音源だそうで、森正指揮/東京フィルによる、極めて珍しいもの・・・。東京フィルの2年前の東日本大震災復興支援のチャリティーコンサートでは演奏されたらしいが、レコード化はされていない。

<森正/東京フィルの「オリンピックマーチ」>

ところで、2020年の東京五輪招致に関する“国内支持率”が何とも面白い。
先日の朝日新聞にこんな記事が・・・。
「東京五輪」に期待していますか?
 2020年夏季五輪招致をめざす東京都の招致委員会は1月、開催計画をまとめた立候補ファイルを公表しました。9月の開催都市の決定に向けて、招致活動が本格化しています。beモニターのみなさんの期待はいかに?
 20年夏季五輪の開催地は、今年9月にブエノスアイレス(アルゼンチン)で開かれる国際オリンピック委員会(IOC)の総会で決まる。16年大会に続いて立候補した東京は、昨年5月に開かれたIOCの理事会で一次選考を突破。しかし最終選考に残るマドリード(スペイン)とイスタンブール(トルコ)に、「国内支持率」で水を空けられているとされる。16年大会の落選も、国内支持率の低さが減点材料となった。
 本欄では11年8月、今回と同じテーマをbeモニターのみなさんに尋ねた。折しも、当時の石原慎太郎知事が20年大会招致への立候補を表明した翌月だ。結果は「期待する」が21%、「期待しない」が79%だった。だが、招致委員会が今年1月に発表した数字は、招致に「賛成」73%、「反対」12%だった。
130311gorin  昨夏のロンドン五輪の余韻もあるだろうが、筆者は支持率の高さに驚いた。そこでもう一度、本欄で問いかけてみたところ――。
 結果は「期待する」が37%、「期待しない」が63%。前回と比べると、確かに「期待する」が16ポイント上昇した。質問の仕方や調査方法に違いがあるにしても、招致委の「賛成73%」とはほど遠い。
・・・・・
 16年大会の招致活動のさなかに招致委員会が発表した国内支持率は70%だったが、IOCの調査結果は56%と、かけ離れていた。5日、IOCの発表した支持率は都内、全国とも約7割。前回の二の舞いとはならなかったようだ。(山田優)」(2013/03/09付「朝日新聞」b10より

一都民として、都知事が我々の納めた税金の使い道について、あんなにも権限があるのかと、今更ながら驚く。
沖縄や福島の知事のように、都民の代表=都民の総意として動くのが知事、と思っていたが、飛んでもない誤解。都民が利用しようがない南海の孤島を都税で購入して、中国との緊張状態をつくることを都民は望んでいたか?? 少なくても、都民の過半数はオリンピック招致に賛成しているか? 
お手盛りの統計で、勝手に動く都の政治。何とも分からない・・・。ま、都民が選んだ知事なので、仕方がないのかも知れないが・・・

それにしても、都の発表「賛成」73%に対して、朝日新聞のbeモニター3070人の結果は、「期待する」が37%とは・・・。
世論調査が好きなマスコミ各社。都民の公正な五輪招致賛成/反対の世論調査をしてくれないかな・・・
賛成、反対両方の立場のマスコミによる調査で、それぞれがせめて過半数を超えていれば、自分も黙っているけど・・・。おっと、招致反対のマスコミはあるのかな? マスコミ各社が賛成の立場であれば、当然世論調査も賛成が5割を越える結果になるだろうな・・・。空しい話だ・・・。
とにかく今日は、大震災で犠牲になった人たちの冥福を祈ろう。

(関連記事)
東京オリンピックの思い出

130311daremo <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月10日 (日)

「円安だけでは遠い観光立国 日本社会、真の開国を」

先日の日経新聞「けいざい解読」にこんな記事があった。

円安だけでは遠い観光立国 日本社会、真の開国を
 日本経済の再生に向け、課題の一つになっている観光立国。足元では円安効果で韓国や東南アジアからの旅行客が増える一方、尖閣騒動のあおりで中国人客が減り、打撃を受けた観光地もある。だが為替相場や日中関係に一喜一憂する前にやるべきことがある。
 「訪日外国人1000万人を至上命題として集中的に取り組みたい」。太田昭宏国土交通相は1月末、観光立国推進本部でこう宣言した。続いてあいさつした鶴保庸介副大臣も「1000万人の目標達成に向け、施策を進めたい」。
 この2カ月前。韓国の仁川国際空港で1人の中国人女性が祝福を受けていた。2012年のちょうど1000万人目の観光客だ。これに対し日本政府観光局によると、昨年の訪日客は836万人にとどまった。
 韓国はアジア通貨危機の混乱のさなかに登場した金大中政権が1998年に文化観光省(現文化体育観光省)をつくり、国を挙げて観光立国に取り組み始めた。その結果、旅行客が増えると国が豊かになることを、07年ごろから実感できるようになったという。
130310houmonsya  力の入れ方の違いは明らかだ。韓国観光公社は20カ所以上に海外拠点があり、職員は約570人。東京支社の権炳典(クォン・ビョンジョン)部長は「海外での宣伝活動は民間では難しい」と話す。日本政府観光局は職員が約130人で、海外の拠点数は13だ。
 入国管理制度も異なる。韓国はタイやマレーシアの観光客に滞在期間を区切ってビザを免除し、マルチビザ(数次査証)の発給にも積極的。日本はずっと厳格だ。
 厳しい財政事情のもと、青天井で観光予算を増やせるわけではない。ビザの問題も慎重な対応が必要だ。ただ攻めに徹する韓国の姿勢は知っておいた方がいい。
 しかもライバルは韓国だけではない。万里の長城など多くの世界遺産があり、6000万人近い観光客が来る中国は別格として、タイやマレーシアを訪れる人も日本より多い。欧米人のビーチリゾートとして定着している強みはあるが、理由はそれだけではない。
 例えばタイ。「バンコクなどの大都市だけでなく、地方のホテルや商店でも英語が使える」(日本政府観光局)。日本とは教育制度の違いもある。国際交流基金の調べによると、高校から日本語や中国語、ドイツ語なども第2外国語として学ばせているという。
 観光立国はたんに旅館や商店を潤わすためのものではない。国がどこまで国際化するかの戦略だ。89年に中国から留学し、ラオックスの社長を務める羅怡文氏は「日本は食べ物がおいしく、安全で人も親切。観光資源は十分にある。ただ社会がグローバル化していない」と指摘する。
 つまり観光立国は1省で実現できる課題ではない。1月末に「1000万人達成を」と気勢を上げたのは国土交通省の会合だ。本気で観光で国を栄えさせたいのなら、法務、外務、文部科学、経済産業などの各省庁が力を合わせ、国を変える意気込みが必要だろう。(編集委員 吉田忠則)」(2013/03/03付「日経新聞」p3より)

今まであまり意識していなかったが、このグラフを見ると、そこまで観光国としての日本は人気がないのか・・・と、ガッカリする。確かに京都の寺社の入場料は高かったけど・・・。

中国は確かに国も大きく、歴史もあり、色々な観光地がある。しかし日本の6倍以上とは・・・。
そして日本は、マレーシア、香港、タイの半分以下・・・。せめて韓国よりは日本の方が、観光資源が多いと思いたいが・・・。それが、インドと同じくらいとは・・・ね。

一方、ベトナムがこの表に無いな・・・。そしてマカオ!?? 恥ずかしながら、地図で改めて調べてしまった。香港の近くなんだ・・・。マカオ=ギャンブルという印象しか自分にはないが、日本より多い観光客を呼んでいるとは、ね・・・。

「厚労省によると、生活に制限のない「健康寿命」は女性が73.6歳、男性は70.4歳。平均寿命との差である「不健康な期間」は女性が12.8年、男性は9.2年になる。」(ここより)

もしこれが現実ならば、自分が自由に動けるのは、平均で言うと、あと4年余しかない!??
これはショックだよね! 焦るな・・・。
色々と行きたい所へは、足腰の動くウチに行っておかなくては・・・

130310safari <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月 9日 (土)

「死亡診断 警察への過剰報告やめよ」+警察の検挙率

先日の朝日新聞でこんな記事を見つけた。曰く・・・

「(私の視点)死亡診断 警察への過剰報告やめよ
    医療法人社団いつき会理事長・医師 佐藤一樹
 厚生労働省は「死亡診断書記入マニュアル」と「リスクマネージメントマニュアル作成指針」を作成し、死因が分からなかったり、医療事故により患者が死亡したりした場合は、医師がそれを警察に届け出るよう指導している。しかし、私は、この「マニュアル」と「指針」が、医療の根幹である患者側と医師の信頼関係を破壊していると考えている。
 どのような死であっても、正面から向き合って原因を追究し、その結果を家族に真摯(しんし)に説明することは医に携わる者の倫理である。
 ところが、「マニュアル」と「指針」は、医師法20条(死亡前24時間以内に診察していない場合、死後の無診察での死亡診断書発行を禁止)、および同21条(医師は、死体を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない)の拡大解釈を導き、結果として、「死因究明すべき死」が「犯罪捜査すべき死」にすり替わってしまった。法の趣旨を誤解した医師が、在宅で家族に静かにみとられた死を警察に届け、警察官が捜査を開始するという事態が、全国で起きてしまったのだ。
 このうち20条については、国会で「誤解が広まっている」と指摘されたのを受け、昨年8月、死体を改めて診察した際に異状があると認められる場合以外は、警察への届け出義務は生じないということを周知させる通達が、厚労省医事課長名で出された。
 しかし、21条の誤解を解く通達はいまだにない。21条が届け出義務の要件としているのは、死体の「検案」、すなわち「死体の外表検査」で異状を認めたとき、と法医学辞典に記されているし、最高裁判決にも明記されている。にもかかわらず「マニュアル」および「指針」は、医療事故については、すみやかに警察に届け出るよう指導している。少なくとも、指導しているように読める。
 とはいえ、変化のきざしがないわけではない。昨年10月、厚労省が内部に設けた「医療事故あり方検討部会」において、医事課長が「『指針』は21条を解釈したものではない。医師が死体の外表を検査し、異状なしと判断したなら、警察への届け出の必要はない」と明言したのである。
 医療の第一義的な目標は、患者一人ひとりと信頼関係を構築することである。警察をはじめとする外部機関と患者側との信頼の確保ではない。「医療崩壊」とも呼ばれる危機的状況を打開するためにも、厚労省は21条の正しい解釈について通達を出し、「マニュアル」と「指針」の改訂に早急に乗り出すべきである。 」(2013/03/02付「朝日新聞」p17より)

先日TVで、映画「お日柄もよくご愁傷さま」を見た。松村達雄分するお祖父さんが、朝起きると亡くなっていた、という場面があった。「○○先生を呼んで・・・」と、多分家庭医であろう医師が駆け付け、心筋梗塞だろうということで、そのまま通夜に・・・

一方、だいぶん昔の話だが、親戚の伯父が、朝起きたら風呂に入ったまま亡くなっていた、ということがあった。その時は、不審死ということで、警察の検死を受けるため、しばらく遺体が戻って来なかったという。

結局、在宅での看取りでは、家庭の状況を熟知している家庭医の存在が大きいように思う。家庭の状況を良く知っている医師が居れば、それなりの診断をしてくれるし、もしそのような医師が居ないと、不審死になってしまう。
我が家の場合も、よく行く医院はあるのだが、果たして家庭医と言えるのかどうか分からない。結局の所、救急車でどこかの病院に行くのだろうと思う。
でもせめて自分は、警察とは無関係の所で死にたいもの。それには、まず孤独死を避けるため、カミさんには長生きをして貰わないと・・・。

(2013/03/10追)
今朝この記事を読んだカミさんからクレーム。カミさんの考え方と真逆(まぎゃく)だという。
それでなくても、検挙率低下に歯止めが掛からない現在の日本の警察。そこにはたくさんの事件が見逃されている。そして検察の検死についても、もし自分が朝起きたら死んでいた、としたら、カミさんとしてはどうしてもその死因を知りたい、という。例え安らかな死であっても、自分に責任があったのかどうかを知っておきたい。そのためには司法解剖も致し方ない・・と。まあ、色々ある・・・。
ところで、ふと警察の検挙率はどうのようになっているのかな・・・と、調べてみた。すると、「平成24年130309h11101 版 犯罪白書」(ここ)によると、まず認知件数だが、一般刑法犯が69%、自動車運転過失致死傷等が31%という内訳であり、一般刑法犯69%のうち、53%が窃盗犯だという。よって検挙率の平均は、検挙率100%で計上している自動車運転過失致死傷等や、半数を占める窃盗に大きく左右されるため、事件内容毎に見て行かないと実態がつかめない。
そして、H23年度の検挙率は、窃盗:27.0%、殺人:97.9%、強盗:64.9%、障害:73.0%、暴行:74.1%、脅迫:78.8%、詐欺:64.1%、恐喝:63.3%、横領:93.2%、強姦:83.8%、強制わいせつ:51.7%、放火:81.0%、公務執行妨害:94.5%、住宅侵入:38.0%、器物損壊:7.4% だそうだ。(写真はクリックで拡大)
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130309attack <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月 8日 (金)

沖縄が琉球王国に戻ったら??

今朝(2013/03/08)の朝日新聞「天声人語」は、こんな記事だった。曰く・・・

「イソップに「ロバと蛙(かえる)」の寓話(ぐうわ)がある。ロバが沼で足を滑らせ、倒れて起き上がれなくなった。泣きわめく声を聞いて沼に住む蛙が言うには、「ちょっと倒れただけでそんなに泣くのなら、俺たちほど長いことここで暮らしたら、一体どうしただろうな」▼古い寸話を、沖縄県の仲井真知事の一昨日の発言に重ねてみた。「オスプレイの訓練の実態が、(本土の人たちに)少しはおわかりいただけるのではないか、という気がします。街の真ん中の普天間基地を中心にして毎日のように動き回っとるんですよ、と」▼米軍機オスプレイが本土で初の低空飛行訓練を行った。それを受けての発言である。控えめな言葉の内に「沖縄のマグマ」が沸々とたぎる。世界一危険と言われる普天間などの基地と隣り合わせに、人々は暮らしてきた▼低空を飛ばれた四国で、各県知事が「不安」を語ったのは当然だろう。そうした不安は沖縄では日常だ。かねて沖縄の人は「小指の痛みは全身の痛み」と訴えてきた。しかし本土の側の無関心は変わらなかった▼この1月、オスプレイの配備に反対する沖縄の首長らが東京を行進した。そのとき、「いやなら日本から出て行け」と言う者が沿道にいたそうだ。沖縄の女性のやりきれぬ投書を、東京新聞で読んだ▼沖縄はかつて対米戦の「捨て石」となり、戦後は不沈空母さながらの「要石(かなめいし)」となって翻弄(ほんろう)されてきた。島の歴史と現在への想像力を持ってほしい。仲井真知事の言葉は、静かに叫んでいる。」(2013/03/08付「朝日新聞」「天声人語」より)

この記事の「この1月、オスプレイの配備に反対する沖縄の首長らが東京を行進した。そのとき、「いやなら日本から出て行け」と言う者が沿道にいたそうだ。沖縄の女性のやりきれぬ投書を、東京新聞で読んだ」という件(くだり)だが、こんな捉え方はどうだろう。

「日本から出て行け」ではなくて、「日本から出て行く」・・・。つまり「琉球王国」を再建したら一体どうなるのだろう・・・(王は居ないので、単なる「琉球国」かな??)

沖縄に関する知識に欠ける自分は、まあこんなことしか想像できないけど・・・
まず駐留米軍の問題。駐留の根拠が無くなるので、まずは全面的に撤退して貰う。でも全部居なくなると中国からの脅威にさらされるので、その心配をするのなら、少しだけ駐留を許す?? ま、それは琉球国民が考えること・・・
お金の問題は大丈夫? 駐留米軍のためにどの位のお金が沖縄に入っているのか分からないが、前に“無くても大丈夫”というような沖縄の発言を聞いた。
全ての事項を独立国として、国民の総意で、各国と取り引きする・・・。大きな領海をどう活用するか? 日本の自衛隊の駐留をもし許すのなら、駐留費として幾ら日本に払わせるのか? 中国からの防衛に、どことどのような条約を結ぶのか? 
琉球王国が国連に加盟し、仲井真“首相”が日本や米国と対等に渡り合う・・・、ナンテ、何か楽しくないか・・・?
もしそれをされて、日本が困ることがあれば、それは「無理難題を沖縄に押し付けている」ことに他ならない・・・。

沖縄が自分たちの意志通りに島を動かせれば、生活は元の素朴に戻り、最近首位から陥落して話題になっている平均寿命も、元に戻るかも・・・

それにしても、「しかし本土の側の無関心は変わらなかった」という一文が胸に突き刺さる。
誰がどこで困ろうが、自分に影響がなければ知らんふり・・・。それが多くの日本人の実態ではなかろうか? 自戒を込めてそう思う。

130308gunjihi 話は飛ぶが、2013/03/06付「朝日新聞」p2によると、日本の軍事費は世界第6位だって・・・。“防衛しかしていない”日本なので、“戦争をする国”の米中英仏とは違って、軍事費は節約しているとばかり思っていたが、それは自分の大いなる勘違い・・・。嗚呼・・・

(関連記事)
「沖縄独立」ヤマト(日本)よ聞け~本土に不信、学会発足

130308dorobo <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月 7日 (木)

違憲判決と「ハーバード大学図書館 20の名言」

「一票の格差」について、昨日(2013/03/06)の東京高裁に続いて今日の札幌高裁も違憲判決。しかし、案の定、選挙の無効については“事情判決”で、認めなかった。予想通りの判決。しかし怠慢と保身の塊である政治家たちの動きはまったく期待出来ない。たぶんこの不毛の流れ、つまり、違憲判決→でも選挙は有効→高をくくった国会の怠慢→選挙→違憲判決→でも選挙は有効・・・・・という回転は止まらないのだろう。もはや論じること自体に無力感が漂うこの繰り返し・・・。
せめて一つ位は、期限を切った無効判決が出ることを期待したいが、どうだろう・・・。
そして日本は、96条改定という隠れ蓑から戦争への道に驀進・・・!?? 困ったものだ。

気を取り直して、別の話題に頭を切り換えよう・・・!!
先日、カミさんが良く見ているblogにこんな記事があった・・・、と見せてくれたものがこれ(ここ)。
この手は自分も好きなので、メモしておく。

「ハーバード大学図書館 20の名言(20の教訓)」
1.今居眠りすれば、あなたは夢をみる。今学習すれば、あなたは夢が叶う。
 ・Sleep now and a dream will come out; Study now and a dream will come true.
2.あなたが無駄にした今日はどれだけの人が願っても叶わなかった未来である。
 ・Today you wasted is tomorrow loser wanted.
3.勉強に励む苦しさは今だけであり、勉強しなかった苦しさは一生続く。
 ・The earliest moment is when you think it's too late.
4.学習は時間がないからできないものではなく、努力が欠くからできないものである。
 ・Better do it today than tomorrow.
5.時間は絶えず去りつつある。
 ・The pain of study is temporary; the pain of not study is lifelong
6.勉強する時間が足りないことは決してない。努力が足りないだけである。
 ・You never lack time to study; you just lack the efforts.
7.幸福には順位はないが、成功には順位がある。 
 ・There might not be a ranking of happiness but there is surely a ranking of success.
8.学習は人生の全てではないが、人生の一部として続くものである。
 ・Studying is just one little part of your life; loosing it leads to loosing the whole life.
9.学習する事が人生の全てとは言わないが、学習すらできぬ者に何ができるだろうか。
 ・Enjoy the pain if it's inevitable.
10.人より早く起き、人より努力して、初めて成功の味を真に噛みしめる事ができる。
 ・Waking up earlier and working out harder is the way to success.
11.怠惰な人が成功する事は決してない、真に成功を収める者は徹底した自己管理と忍耐力が必須である。
 ・Nobody succeeds easily without complete self-control and strong perseverance.
12.時間が過ぎるのはとてもはやい。
 ・Time passes by.
13.今の涎は将来の涙となる。(注:ぜん【涎】よだれ。)
 ・Today's slaver will drain into tomorrow's tear.
14.犬の様に学び、紳士の様に遊べ。
 ・Study like a Dog; Play like a gentleman.  
15.今日歩けば、明日は走るしかない。
 ・Stop walking today and you'll have to run tomorrow.
16.一番現実的な人は、自分の未来に投資する。 ‎
 ・A true realist is one who invests in future.
17.教育の優劣が収入の優劣 ‎。
 ・Education equals to income.
18.過ぎ去った今日は二度と帰ってこない。
 ・Today never comes back.
‎19.今この瞬間も相手は読書をして力を身につけている。
 ・Even at this very moment your competitors keep reading.  ‎
20.努力無しに結果無し。
 ・No pain, No gain.

なおこれは、どうも中国(の留学生?)の間で流行っている“お話”で、実際のハーバード大学図書館とは関係が無いらしい。でも中国の留学生が、米国の大学で一生懸命に勉強している姿を想像しながら読むと、“さもありなん”とも思う・・・。

それにしても若い人は、自分の将来(の人生)に対して、無限の可能性がある代わりに、無限の努力が求められる。それはそれで大変・・・。
期待できない保身の日本の政治家たちに、今更これらを読んで欲しいとも思わないが、でも、せめて若い人に少しは将来を期待したいな・・・、と思うシニア世代ではある。

130307yakutatazu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月 6日 (水)

PCオーディオ~ハイレゾ音源をどう捉える?

会社に、一人だけオーディオ好きの男がいる。その男が、盛んに自分に「PCオーディオ」を勧める。いわゆるハイレゾ音源である。(ハイレゾ=High Resolution(高解像度の音)=CDは16bit/44.1kHzだが、ハイレゾ音源は、24bit/96kHzや24bit/192kHzなどがある)
パソコンとD/Aコンバータだけあれば聞けるハイレゾ音源。先日の日曜日に、少しだけチャレンジしてみた。USB入力のD/Aコンバータはあるので、投資は500円のパソコンと結ぶUSBケーブルだけ。(相変わらず、500円のケーブルを無料で宅急便で届けてくるAmazonの仕組みが分からん・・・)

先ずは「e-onkyo music」につないでハイレゾ音源を探す・・・。カルロス・クライバーの「運命」第1楽章が400円だという。WAVEで、192KHz。「Windows Media Player」では96KHzまでしか再生できないため、定番だという「foobar2000」をインストールした。このような無料サイトは「ダウンロード」という大きなアイコンは広告アイコンのため、どこからダウンロードするか注意が必要。
ついでに、「Windows Media Player」もバージョンを11にアップした。
それで、「運命」を購入。音源はクレジットカード払いなので、簡単に購入できる。

さて「foobar2000」で聞いた音・・・。なるほど、確かにCDとは少し違う。生々しいという表現はありふれているが、高音の解像度が上がっているようにも聞こえる。もちろん自分の思い込みだが・・・。
この音を主観ではなく、何か客観データで評価できないものか・・・?
それで、CD音源と二つの周波数特性を比べてみた。いつものように、mp3に落として、フリーソフト「Audacity」でスペクトラム解析。(そもそもmp3に変換しているので、何の評価か?という見方もあるが、まあ相対値として・・・)(写真はクリックで拡大)

(ハイレゾ24bit、192KHz)の波形
130306wave1 130306wave2

(CD 24bit、44.1KHz)の波形
130306cd1 130306cd2
(二つの波形図をクリックで表示して、「Alt+Tab」で切り替えてみると良く分かる)

ここで分かったことは、CDの音源は、明らかに高域が持ち上がっている、ということ。オリジナルの音源が同じだとすると、どんな周波数でPCM化するかだけの問題なので、周波数成分が変わるわけ無いと思うのだが・・・。
Netで調べてみると、このカルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルの「運命」は、1974年のアナログ録音だという。よって、デジタル音源のアップコンバートと違って、ハイレゾにすると差が出るはず・・・!?
結果、どうもこれはドイツ・グラモフォンの「OIBP(オリジナル・イメージ・ビット・プロセッシング)」というリマスターに原因があるようだ。元々の音源は、このように高域が上がっていなかったらしい。
130306highreso つまり、今回購入したWAVE盤が正しいようだ。しかしこの容量の差・・・。今回購入のハイレゾWAVE盤が504M、CDのWAVEが76M、MP3では8.6Mだ。
当たり前の事だが、“何が良い音か”は主観。自分にとって聞き易い音が良い音。よって、取りあえず今回の自分なりの軍配は、ハイレゾ・・・。

自分の好きな歌謡曲のハイレゾ音源は無いか、と探してみた。すると石川さゆりと森昌子が見付かった。石川さゆりのテイチク盤「津軽海峡・冬景色」は優秀録音で好きだが(ここ)、e-onkyoにあったのは古いコロムビア盤。よって、試しに森昌子の「愛傷歌」を買ってみた。この音源はDRM(著作権保護管理)付きなので少々やっかい。再生ソフトとしては、「Windows Media Player」でしか再生できない。もちろんMP3化することも音量を変えることも出来ない。
この音源もCDのWAVE音源と比べてみた。こちらの音源は「16bit/44.1kHzのデジタルデータを配信用チューンナップを施した後、24bit/96kHzにアップコンバートしたオリジナル音源」だそうで、結局CD音源との違いは分からなかった。

ついでだが、このアップコンバートという技術が感覚的によく分からない。何で音が良くなるのか? アナログ音源なら、サンプリングする周波数が上がることで、元のアナログの音に近くなる。しかし、元々がCDの44.1KHzなので、幾ら96Kに上げても、その間の情報は存在しない訳で、結局は近似値でしかない。これは“良い音”と思わせるテクニックの一つなのかも・・・。

まあ試してみた結果は、
1)少なくてもアナログ音源であれば、ハイレゾ音源は良い音に聞こえるようだ。
2)元々のCD音源からアップコンバートした音源は、自分の「良くなるはずが無い」という思い込みもあり、違いが良く分からなかった。
3)ダウンロードによる音源の購入は、実に手軽で便利だが、パッケージソフトのダウンロード購入と同じく、形が無い分、何か不安・・・。

自分の趣味=歌謡曲を良い音で・・・、というには、音源があまりに少な過ぎる。よって、確かに手軽ではあるが、自分がPCオーディオにのめり込むことは無さそうである。

130306ote <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月 5日 (火)

「変えられるもの、変えられないもの」~「ビッグイシュー」の記事より

今朝は初めて「ビッグイシュー」を買ってしまった。「ビッグイシュー」は、前にも書いたが(ここ)ホームレス支援の雑誌。駅前でホームレスの人が売っている。
よくカミさんが買ってくるが、自分で買ったのは初めて・・・。ま、どうってことないけど・・・。

先日カミさんが買ってきた「ビッグイシュー」の「私の分岐点」にこんな記事があった。
変えられるもの、変えられないもの。どうにもならない時は、それを受け入れ楽しむ
       写真家 桃井和馬
 僕のターニングポイントは、21歳の時、帆船で世界の海を旅したことだと思います。ロンドンから西インド諸島のバハマまで、世界各国の若者たちとの航海。乗員30人中、日本人は2人だけ。船の中はまさに“ミニ地球”という感じでした。
 昔の帆船ですからとにかく揺れがひどい。激しい船酔いで死ぬかと思いました。最初は恐怖心もあるから余計、船酔いしやすいんですね。苦しくて気が狂いそうになったけど、船の上だから、怨嗟の声を発してもどうにもならない。不思議なことに、その状況を受け入れ、自然に身を任せてみたら、船酔い地獄から抜け出すことができたんです。
 世の中には変えられるものと、どうあがいても変えられないものがある、それを見極めることの重要性を学びました。どうにもならない時は、その状況をどう受け入れ、楽しむかを考えるほうがいい。帆船での体験は、その後、写真家として世界をめぐる際にも核となっています。
 “変えられるものなのか、変えられないものなのか”を識別することは、文明社会であるほど難しい。大自然を身体で感じて生きている人ほど、それを敏感に識別できるように思います。たとえばアフリカの奥地では夜、真っ暗になりますが、泣く子どもはいません。絶対的な闇は、どうすることもできないけれど、朝がくることを身体で知っているから全く怖くないし、明るくする必要も感じない。絶対的な力を身近に感じているからこそ、人間の力で変えられるものと、変えられないものを識別し、受け入れることができるんですね。
 人間がどうしても変えられないもの、あらがえないものに死があります。私は5年前、妻をくも膜下出血で亡くしました。彼女は41歳、本当に突然の死でした。私は激しく打ちのめされました。四国遍路を歩いたり、同じ苦しみを味わった人に話を聞いてもらうなどするうちに、少しずつ、穏やかな気持ちを取り戻していきましたが、それには数年を要しました。
 ある時、フィリピン人の友人に「紛争地で人々の死を目撃してきた君は、これから当事者の苦しみに本当の意味で寄り添えるようになる」と言われたんです。きつい言葉ですが、その通りでした。神は人間が乗り越えられない試練を与えることはない――苦難を乗り越えた後、その苦しみの大きさだけ、他人の痛みを理解できるようになるのだということを身をもって知りました。
・・・
 数年前、撮影で出かけたパタゴニア(チリ)で、斜めに大きく曲がりながら、たった一本で立っている木に出合いました。常に強風が吹き続ける風の大地で、周囲にあった木はすべて倒され、吹き飛ばされてしまった。でも一本だけ残ったその木は、強風にあらがわず、流されず、立ち続けたんですね。僕はこの木のように生き抜きたいと思う。逆風で飛ばされそうになっても、あらがわず、流されず受け入れる、そして抵抗すべき時は、ヘラヘラ笑いながら喧嘩を売っていきたいんです(笑)。「神よ、私に変えねばならないものを変える勇気を、変えることのできないものを受け入れる冷静さを、そして、それらを識別する知恵を与えてください(※)」(飯島裕子)」(「ビックイシュー」208号 2013年2月1日号より)

最後の「神よ、私に・・・」については、前に当blogでも取り上げた「平安の祈り」(ここ)。

この、「変えられるもの、変えられないもの。どうにもならない時は、それを受け入れ楽しむ」というスタンスは、たぶん誰でも頭では分かっていること。
しかし、我々が現実にそれらに遭遇したとき、果たしてそのように悟った気持ちになれるものかどうか・・・。

それと、「神は人間が乗り越えられない試練を与えることはない」という言葉をどう捉える?
そう言えば最近、カミさんがそれと同じようなことを言う・・・。何について言ったか忘れたが、でもそう考えると、何か気が楽になる。

平均寿命まで、あと十数年・・・。この歳になると、もう病気以外の試練は、そうそう無いだろう・・・と信じたいもの。
我々もいつまで生きるか知らないが、せめてそれまでは、肩を怒らせないで過ごしたいもの・・・。

120305bigissue話がそれるが、明日3月6日から、一票の格差についての高裁判決が続く。さてさてこの一票の格差問題。政府・国会は「変えられないもの」と高をくくって無為無策を続けているが、司法が「変えられるもの」と判断するかどうか・・・。
まあ結果は分かっているが、じっくりと見届けましょう。

それと皆さん、出来れば駅で見かけたら「ビックイシュー」@300円也を買いましょうね。売り場は上の写真をクリック・・・。

130305maigo <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月 4日 (月)

「婚外子の相続 違憲の判断をするとき」~国会の無為無策への司法の判決は?

先日の朝日新聞の社説にこんな記事があった。

婚外子の相続 違憲の判断をするとき
 最高裁もついに腹を固めた。そんなふうに見て間違いないのではないか。
 夫以外の男性、または妻以外の女性との間にうまれた子(婚外子)が相続できる財産は、正式な結婚をしている男女の間の子の半分とする――。
 この民法の定めが、法の下の平等を保障する憲法に反するか否かが争われている裁判の審理が、大法廷に回付された。
 すべての裁判官が参加し、判例を変更するときに必要な手続きだ。これまでの合憲判断が見直される可能性が高い。
 「半分」の取りきめは、法律婚を尊重し保護する合理的な措置として認められてきた。
 だが夫婦や家族のあり方も、人びとの意識も多様になり、ひとつの「あるべき姿」を唱えていればすむ時代ではない。
 本人には何の責任もない出生の経緯を理由に、婚外子を差別し続けることが許されるのか。
 憲法違反の結論が導きだされて当然といえよう。
 一方で、判例変更が新たな問題を引きおこす可能性もある。
 今回の裁判の対象は2001年の相続だ。「遅くともその時点では違憲だった」とされた場合、ではいつから違憲だったのか。それ以降の婚外子が絡んだ相続の扱いはどうなるのか。やり直しを求める動きが各地で起きる事態にもなりかねない。
 もちろん、混乱が予想されるからといって違憲判断から逃げるのは本末転倒だ。平等原則をしっかり踏まえ、かつ世の中のトラブルを少しでも抑えられるような考えを示せるか、審理のゆくえに注目したい。
 あらためて思うのは、政治の側の問題意識の低さである。
 法制審議会は96年、「相続は同等とする」という答申を出した。しかしその中に、夫婦が望めばそれぞれの姓を名のれる別姓制度の創設が盛りこまれたこともあって保守層が反発し、歴代政権は改正法案を国会に提出することすらしなかった。
 法律であれば、いつから「同等」とするのか基準を明示し、経過規定を設けるなどして、さまざまな不都合を避ける工夫が可能だった。この問題をめぐって最高裁が出した合憲の判決や決定の中で、立法による解決をうながす意見を表明した裁判官もたくさんいた。なのに、国会は動かなかった。
 この大法廷回付は、国連の勧告も無視し続けた、先見性を欠く立法府に対し、司法が「もはや放っておけない」と判断したと位置づけることができる。
 民法の問題にとどまらない、深い病根を見る思いがする。」(2013年3月3日付「朝日新聞」社説より)

130304kakusa_2 ここに取り上げたのは、あまりの無為無策の立法、行政府に対し、とうとう司法府が“御輿 を上げた”、という指摘。
前に何度も取り上げた国会の「一票の格差」問題(ここ)。いよいよ3月6日から続々と判決が続く。そして7月には最高裁の判決が出る見込みとか・・・。
痴漢冤罪事件をみても(ここ)、そう期待できる日本の司法ではないが、でも我々に残された最後の手段は司法しかない。
記事の「婚外子の相続」という題とは話が違うが、これからの司法の判断、行動を見守って行きたい。

あまりに話がそれたので、少しだけ子どもの相続についての話。
ふと妊娠中の子ども(胎児)は、法的にどんな存在なのかを調べてみた。すると、民法に、こんな規定があるという。
「(相続に関する胎児の権利能力)
886条 1項 胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。
     2項 前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。」

つまり子どもは、(乱暴な言い方をすれば)“いのち”が誕生(妊娠)したときから人間なのだ。
そんな視点で考えると、「数え年」という概念も、何となく分かる。少し考え方は違うが、お腹にいるときから数える年齢も有り得ると・・・。
Netで見ると(ここ)、生まれたときは、“いのちのスタート”から(280-14)=266日=約9カ月経っていることになるらしい。
つまり“いのちの誕生から数える年齢”というものがあるとすると、生まれた時には既に誕生9カ月目。つまり出産から3カ月目で1歳、として数える“いのちの年齢”という概念はいかが??

話を戻して・・・、3月6日からの「一票の格差判決」を楽しみに待とう・・・!?

130304itaino <付録>「ボケて(bokete)」より

●メモ:カウント~400万

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2013年3月 2日 (土)

「免疫力って何?」

先日の日経新聞に、免疫についての話が載っていた。曰く・・・

免疫力って何? ~ストレスで低下、腸内環境も影響
 免疫力が高いと病気にかかりにくくなるといわれる。ひと口に免疫といっても、関わる細胞やその働きはさまざまだ。そもそも、免疫力とは何なのか。測る手法を開発した研究者がいると聞き、実際に受けてみた。専門家に免疫力を高めるために気をつけたいことなどをアドバイスしてもらった。

 あなたの免疫力を測定――。東京医科歯科大学の廣川勝昱・名誉教授が開発した判定法を、30代前半、女性の記者も受けてみた。
 「免疫力年齢は33~36歳。年齢相応で、ひとまずは安心できる」。廣川名誉教授は記者の検査結果を見てこう語った。普段は健康にあまり気を使っていないため、「おおむね問題なし」の結果に少しホッとした。ただ、こう付け加えた。「安全圏だけど、余力を付けられるようにもう少し高めておこう」
病原体の動き監視
 免疫とは、体内に侵入した細菌やウイルスを撃退したり、がん細胞が増殖したりしないよう守る仕組みだ。この仕組みに関係する免疫細胞には、ウイルスに感染した細胞を殺すT細胞やがん細胞を退治するナチュラルキラー(NK)細胞など様々な種類がある。これらが血液に乗って体中を巡りながら病原体の動きをパトロールする。最近は動脈硬化の発生にも関わることがわかってきた。
 免疫力は血液中の様々な免疫細胞の数や比率、増殖能力などからわかるという。これらの能力が衰えると、様々な病気にかかりやすくなる。健康な人から高齢者まで幅広く調べ、これらの指標から免疫力を数値化した。採った血液を調べて比べると、およその「免疫年齢」がわかる仕組みだ。
130302menekiryoku  免疫細胞の働きは年を取るにつれて衰える。だが、廣川名誉教授のこれまでの研究で、80歳以上まで長生きした人は中年並みの免疫力を保っていることがわかってきた。
 では、免疫力の維持には何が効くのだろうか。バランスのよい食事や適度な運動、規則正しい生活習慣などは当たり前だ。このほか最近の研究で、腸内環境も関係することがわかってきた。東京大学の一戸猛志准教授らは、マウスを使った実験で、腸内細菌が大幅に減るとインフルエンザウイルスに感染しやすくなることを突き止めた。人間でもヨーグルトを食べ続けると、インフルに感染しにくくなるという研究結果がある。
 「最も影響が大きいのはストレス」(廣川名誉教授)だ。人間の体はストレスを受けると、ある種のホルモンを出して耐えようとする。ところが、このホルモンは免疫の働きを低下させる。健康によいことでも、ストレスをためると逆効果になる。
 それを端的に示すフィンランドの調査がある。血圧やコレステロール値が高かった40代の男性約1200人を半分に分け、1974年から15年間追跡した。片方は最初の5年間はまじめに健康管理し、喫煙や飲酒、塩分、糖分の摂取を控え、定期的に健康診断を受けた。もう一方は何もしないまま過ごした。
 まじめに健康管理したグループの方が血圧などは改善したものの、なぜか15年間の死亡者総数では多かった。「健康的とはいえ、窮屈な生活がストレスになり、免疫力を下げた可能性がある」と順天堂大学の奥村康・名誉教授はみる。最初の5年間とはいえ、ストレスによるダメージは大きいようだ。

笑ってうまく発散
 「体を少し動かす程度でも、免疫は活性化される。ちんたらと感じるくらいのお手軽な運動がおすすめ」と奥村名誉教授はいう。実は、過酷なトレーニングをこなすアスリートたちは風邪をひきやすいという。激しい運動は体にとってストレスになるからだと考えられている。
 ストレスを解消するには、趣味を楽しむなど人それぞれに方法があるだろう。てっとり早いのが笑うこと。米国の研究によると、喜劇を見て声を出して笑うと免疫力が高まったという。日本でもよく笑う人は免疫細胞の働きが高いという報告がある。詳しい仕組みなどは不明だが、日々笑っても損はなさそうだ。
 日々のストレスを避けられたらよいが、そんな生活を送るのは難しい。責任感が強く自分自身を追い込むまじめなよい人は長生きできない傾向にあるという。免疫力を保つには、能天気で少しずぶといくらいがよさそうだ。(鴻知佳子)」(2013/02/17付「日経新聞」p15より)

話が最初から“ぶっ飛んで”恐縮だが、「能天気」という言葉が“正式に”あることを知った。
広辞苑にはこうある。「のう‐てんき【能天気・能転気】(「脳天気」とも書く)軽薄で向うみずなさま。なまいきなさま。また、物事を深く考えないさま。」
今まで自分は、隠語だろうから・・・と、「ノー天気」と書いてきたのに・・・

そう、人生は能天気が良い。サラリーマンの現役生は、能天気では色々と物議を醸すことがあるが、リタイア後は、能天気が良い。
よく、“自分は楽天家だ”などと言う人がいる。そんな人を見ると、実に羨ましい。自分はそうでないので・・・!? これも辞書を引くと、「楽天家」の反対語(対義語)は「厭世家」と言うらしい。
よって、自分は厭世家か?と思うと、どうもピンと来ない。
つまりは自分も能天気族の端くれかも??

先日、ホームに入っている83歳の叔父に電話をしたら、持病で手足の節々が痛み、それを押さえるためにステロイドをするが、免疫が落ちるので大変だ。と言っていた。
免疫=病気への攻撃力。「笑い」→「免疫力強化」→「元気で長生き」・・・??

先日発表になった2010年の都道府県別の平均寿命では、男女とも長野県がトップとか・・・。
最近、カミさんと毎朝、NHKの朝ドラ「おひさま」を見ているが、安曇野の良い風景・・・。こんなところに住むと、長生きが出来るのかも・・・
まあ単なる長生きが必ずしも良いこととは思えないが、最近少しだけ目標が出来たので、ちょっと長生きしたいな・・・と思うこの頃である。

130302jii <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年3月 1日 (金)

「福島第一原発4号機~東京を救ったのは、東電の工事の不手際だった」

今日はもう3月。あの大震災からもうすぐ丸2年になる。
先日、カミさんとの雑談で、もし工事ミスが無かったら、東京も避難対象地域になっていたかも・・・と言ったら、その話を知らなかった。それで昔の記事を検索してみたら、まだNet上に残っていたので、備忘録として記しておく。

東京を救ったのは、東電の工事の不手際だった
 東京を救ったのが菅首相の判断だったのかどうか、WEBRONZAでの議論が注目されている。福島原発事故を振り返ってみれば、運命の分かれ目は4号機の使用済み燃料プールだった。原子炉内部材の取り換え工事中だった4号機では、すべての核燃料がプールに入っていた。この燃料が溶けなかったから、日本は「最悪のシナリオ」を免れた。なぜ溶けなかったのか。それは、ふだんなら水のない原子炉上部が水で満たされ、偶然、それがプールに流れ込んだからだ。3月7日までに水を抜く予定だったのが、不手際のために工事が遅れ、水がそのままになっていた。東京を救ったのは、これだった。この東電の不手際がなければ、菅首相が東電撤退を一喝しても東京を救えなかったかもしれない。
 4号機の使用済み燃料プールの危険性は、いち早く米国が指摘していた。米原子力規制委員会(NRC)のヤツコ委員長は3月16日に米国の下院公聴会で「4号機の核燃料プールでは水がなくなっている」と証言した。水がなくなっていれば、燃料の温度はどんどん高くなり、やがて溶け出して放射性物質が出てくる。原子炉の中の核燃料は圧力容器と格納容器に二重に閉じ込められているが、プールの中の核燃料は無防備だ。そのまま大気中に広がっていく。そう判断したから、米国は80キロ圏内からの避難を求めたのだった。
 当時、日本の専門家の間でも燃料プールに対する危機感は高まっていた。東電は15日に前日の水温が85度だったと発表し、これを元に「あと数日で水は完全に蒸発する」といった計算結果がインターネット上に公開されもした。
 放水準備のために16日に原発上空を飛んだヘリコプターから「4号機プールの水面が見えた」という報告があったものの、「見間違いではないか」と不安は消えなかった。約58メートルの高所までアームが伸びるコンクリートポンプ車が22日に導入されたあと、プールの水を採取して分析。「放射能濃度が低いとわかって、心の底から安心した」と、分析に当たった日本原子力研究開発機構の幹部はいう。逆にいえば、その時まで当事者もプールの状況について確信が持てないでいたわけだ。
130301200kken  もし、4号機プールの水がなくなって放射性物質の放出が始まったら、どうなっていたか。福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)が2月28日に発表した報告書によると、「50キロ圏内は速やかに避難。汚染レベルが高くて移転を求めるべき地域が110キロまでの範囲の中に生じる。移転希望の受け入れは200キロ圏が対象になる」と政権内部で考えられていた。
 では、なぜ4号機プールは無事だったのか。民間事故調の報告書には「プール側の水の蒸発による水位の低下に伴い、ゲートを介してウェル側の水がプールへ流れ込んだためだと推定されている」と書いてあるだけだ。ウェルというのは、原子炉真上の部分を指す。
1303011f4jiko  より詳しい状況が3月8日付け朝日新聞朝刊で明らかにされた。震災直前、4号機ではシュラウドと呼ばれる炉内の大型部材の取り替え工事が行われていた。そのため、原子炉上部のふだんは水がないウェルとその隣のDSピットと呼ばれる部分が大量の水で満たされていた。シュラウドを切断してDSピットに移動するという作業全体を水中で行うためだ。本来なら3月7日までに作業を終える予定だったが、工具を炉内に導く補助器具の寸法違いが判明。この器具の改造に時間がかかり、3月11日時点で水が張られたままの状態になっていた。燃料プールとの間には仕切り壁があったが、4号機で起きた爆発のため、もしくは何等かの他の原因で壁がずれて隙間ができ、ウェル側から約1000トンの水がプールに流れ込んだと見られる。
 4号機の爆発の原因ははっきりしないが、3号機で発生した水素が入り込んできて爆発したという見方が有力だ。4号機の爆発は15日早朝。16日にヘリコプターから水を確認し、17日にヘリから計30トンの海水を投下(このときの目標は3号機の燃料プールだった)。その後、消防車や高所コンクリートポンプ車による外部からの放水が始まり、3号機と4号機のプールにあった燃料は守られた。
 これで当時謎だった二つのことに合点がいく。米国が結果的に間違った見通しを示したのは、1000トンもの水が4号機原子炉上部にあるとは知らなかったからだ。東電の工事の不手際など、知る由もなかっただろう。もう一つは、自衛隊のヘリコプター放水作戦の本当の狙いだ。わずか30トンの水を投下したところで単なるパフォーマンスに過ぎないと考えていたが、もっとも重要な任務は上から4号機プールを見ることだったのだろう。その点では、4号機で爆発が起きて上から覗き込める状態になっていたことも幸いした。この爆発が仕切り壁も壊したとすると、爆発の貢献は大きいといわざるをえない。
 もし、計画通りに3月7日に作業が終わり、ウェルの水が抜かれていたら、と思うとゾッとする。民間事故調の調査に「この国にはやっぱり神様がついていると心から思った」と話した官邸の中枢スタッフがいたが、その気持ちがよくわかる。
 東京を救ったのは神様だった、というのは何とも情けないが、その現実と怖さから私たちは目を背けてはならないと思う。(高橋真理子)」
2012年04月09日付「朝日新聞」WEBRONZA+(ここ)より)

上記にある朝日新聞の記事。ほとんど内容は同じだが・・・
4号機、工事ミスに救われた 震災時の福島第一原発
 東京電力福島第一原発の事故で日米両政府が最悪の事態の引き金になると心配した4号機の使用済み核燃料の過熱・崩壊は、震災直前の工事の不手際と、意図しない仕切り壁のずれという二つの偶然もあって救われていたことが分かった。
 4号機は一昨年11月から定期点検に入り、シュラウドと呼ばれる炉内の大型構造物の取り換え工事をしていた。1978年の営業運転開始以来初めての大工事だった。
 工事は、原子炉真上の原子炉ウェルと呼ばれる部分と、放射能をおびた機器を水中に仮置きするDSピットに計1440立方メートルの水を張り、進められた。ふだんは水がない部分だ。
 無用の被曝を避けるため、シュラウドは水の中で切断し、DSピットまで水中を移動。その後、次の作業のため、3月7日までにDSピット側に仕切りを立て、原子炉ウェルの水を抜く計画だった。
 ところが、シュラウドを切断する工具を炉内に入れようとしたところ、工具を炉内に導く補助器具の寸法違いが判明。この器具の改造で工事が遅れ、震災のあった3月11日時点で水を張ったままにしていた。
 4号機の使用済み核燃料プールは津波で電源が失われ、冷やせない事態に陥った。プールの水は燃料の崩壊熱で蒸発していた。
 水が減って核燃料が露出し過熱すると、大量の放射線と放射性物質を放出。人は近づけなくなり、福島第一原発だけでなく、福島第二など近くの原発も次々と放棄。首都圏の住民も避難対象となる最悪の事態につながると恐れられていた。
 しかし、実際には、燃料プールと隣の原子炉ウェルとの仕切り壁がずれて隙間ができ、ウェル側からプールに約1千トンの水が流れ込んだとみられることが後に分かった。さらに、3月20日からは外部からの放水でプールに水が入り、燃料はほぼ無事だった。
 東電は、この水の流れ込みがなく、放水もなかった場合、3月下旬に燃料の外気露出が始まると計算していた。(奥山俊宏) 」(2012年3月8日付「朝日新聞」(
ここ)より)

もう1年近く前の記事だが、今更ながら、首都圏が避難対象になっていたら・・・と思うとゾッとする。
神の国ニッポン! バンザイ!??・・・

130301kotatu <付録>「ボケて(bokete)」より

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