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2013年3月 1日 (金)

「福島第一原発4号機~東京を救ったのは、東電の工事の不手際だった」

今日はもう3月。あの大震災からもうすぐ丸2年になる。
先日、カミさんとの雑談で、もし工事ミスが無かったら、東京も避難対象地域になっていたかも・・・と言ったら、その話を知らなかった。それで昔の記事を検索してみたら、まだNet上に残っていたので、備忘録として記しておく。

東京を救ったのは、東電の工事の不手際だった
 東京を救ったのが菅首相の判断だったのかどうか、WEBRONZAでの議論が注目されている。福島原発事故を振り返ってみれば、運命の分かれ目は4号機の使用済み燃料プールだった。原子炉内部材の取り換え工事中だった4号機では、すべての核燃料がプールに入っていた。この燃料が溶けなかったから、日本は「最悪のシナリオ」を免れた。なぜ溶けなかったのか。それは、ふだんなら水のない原子炉上部が水で満たされ、偶然、それがプールに流れ込んだからだ。3月7日までに水を抜く予定だったのが、不手際のために工事が遅れ、水がそのままになっていた。東京を救ったのは、これだった。この東電の不手際がなければ、菅首相が東電撤退を一喝しても東京を救えなかったかもしれない。
 4号機の使用済み燃料プールの危険性は、いち早く米国が指摘していた。米原子力規制委員会(NRC)のヤツコ委員長は3月16日に米国の下院公聴会で「4号機の核燃料プールでは水がなくなっている」と証言した。水がなくなっていれば、燃料の温度はどんどん高くなり、やがて溶け出して放射性物質が出てくる。原子炉の中の核燃料は圧力容器と格納容器に二重に閉じ込められているが、プールの中の核燃料は無防備だ。そのまま大気中に広がっていく。そう判断したから、米国は80キロ圏内からの避難を求めたのだった。
 当時、日本の専門家の間でも燃料プールに対する危機感は高まっていた。東電は15日に前日の水温が85度だったと発表し、これを元に「あと数日で水は完全に蒸発する」といった計算結果がインターネット上に公開されもした。
 放水準備のために16日に原発上空を飛んだヘリコプターから「4号機プールの水面が見えた」という報告があったものの、「見間違いではないか」と不安は消えなかった。約58メートルの高所までアームが伸びるコンクリートポンプ車が22日に導入されたあと、プールの水を採取して分析。「放射能濃度が低いとわかって、心の底から安心した」と、分析に当たった日本原子力研究開発機構の幹部はいう。逆にいえば、その時まで当事者もプールの状況について確信が持てないでいたわけだ。
130301200kken  もし、4号機プールの水がなくなって放射性物質の放出が始まったら、どうなっていたか。福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)が2月28日に発表した報告書によると、「50キロ圏内は速やかに避難。汚染レベルが高くて移転を求めるべき地域が110キロまでの範囲の中に生じる。移転希望の受け入れは200キロ圏が対象になる」と政権内部で考えられていた。
 では、なぜ4号機プールは無事だったのか。民間事故調の報告書には「プール側の水の蒸発による水位の低下に伴い、ゲートを介してウェル側の水がプールへ流れ込んだためだと推定されている」と書いてあるだけだ。ウェルというのは、原子炉真上の部分を指す。
1303011f4jiko  より詳しい状況が3月8日付け朝日新聞朝刊で明らかにされた。震災直前、4号機ではシュラウドと呼ばれる炉内の大型部材の取り替え工事が行われていた。そのため、原子炉上部のふだんは水がないウェルとその隣のDSピットと呼ばれる部分が大量の水で満たされていた。シュラウドを切断してDSピットに移動するという作業全体を水中で行うためだ。本来なら3月7日までに作業を終える予定だったが、工具を炉内に導く補助器具の寸法違いが判明。この器具の改造に時間がかかり、3月11日時点で水が張られたままの状態になっていた。燃料プールとの間には仕切り壁があったが、4号機で起きた爆発のため、もしくは何等かの他の原因で壁がずれて隙間ができ、ウェル側から約1000トンの水がプールに流れ込んだと見られる。
 4号機の爆発の原因ははっきりしないが、3号機で発生した水素が入り込んできて爆発したという見方が有力だ。4号機の爆発は15日早朝。16日にヘリコプターから水を確認し、17日にヘリから計30トンの海水を投下(このときの目標は3号機の燃料プールだった)。その後、消防車や高所コンクリートポンプ車による外部からの放水が始まり、3号機と4号機のプールにあった燃料は守られた。
 これで当時謎だった二つのことに合点がいく。米国が結果的に間違った見通しを示したのは、1000トンもの水が4号機原子炉上部にあるとは知らなかったからだ。東電の工事の不手際など、知る由もなかっただろう。もう一つは、自衛隊のヘリコプター放水作戦の本当の狙いだ。わずか30トンの水を投下したところで単なるパフォーマンスに過ぎないと考えていたが、もっとも重要な任務は上から4号機プールを見ることだったのだろう。その点では、4号機で爆発が起きて上から覗き込める状態になっていたことも幸いした。この爆発が仕切り壁も壊したとすると、爆発の貢献は大きいといわざるをえない。
 もし、計画通りに3月7日に作業が終わり、ウェルの水が抜かれていたら、と思うとゾッとする。民間事故調の調査に「この国にはやっぱり神様がついていると心から思った」と話した官邸の中枢スタッフがいたが、その気持ちがよくわかる。
 東京を救ったのは神様だった、というのは何とも情けないが、その現実と怖さから私たちは目を背けてはならないと思う。(高橋真理子)」
2012年04月09日付「朝日新聞」WEBRONZA+(ここ)より)

上記にある朝日新聞の記事。ほとんど内容は同じだが・・・
4号機、工事ミスに救われた 震災時の福島第一原発
 東京電力福島第一原発の事故で日米両政府が最悪の事態の引き金になると心配した4号機の使用済み核燃料の過熱・崩壊は、震災直前の工事の不手際と、意図しない仕切り壁のずれという二つの偶然もあって救われていたことが分かった。
 4号機は一昨年11月から定期点検に入り、シュラウドと呼ばれる炉内の大型構造物の取り換え工事をしていた。1978年の営業運転開始以来初めての大工事だった。
 工事は、原子炉真上の原子炉ウェルと呼ばれる部分と、放射能をおびた機器を水中に仮置きするDSピットに計1440立方メートルの水を張り、進められた。ふだんは水がない部分だ。
 無用の被曝を避けるため、シュラウドは水の中で切断し、DSピットまで水中を移動。その後、次の作業のため、3月7日までにDSピット側に仕切りを立て、原子炉ウェルの水を抜く計画だった。
 ところが、シュラウドを切断する工具を炉内に入れようとしたところ、工具を炉内に導く補助器具の寸法違いが判明。この器具の改造で工事が遅れ、震災のあった3月11日時点で水を張ったままにしていた。
 4号機の使用済み核燃料プールは津波で電源が失われ、冷やせない事態に陥った。プールの水は燃料の崩壊熱で蒸発していた。
 水が減って核燃料が露出し過熱すると、大量の放射線と放射性物質を放出。人は近づけなくなり、福島第一原発だけでなく、福島第二など近くの原発も次々と放棄。首都圏の住民も避難対象となる最悪の事態につながると恐れられていた。
 しかし、実際には、燃料プールと隣の原子炉ウェルとの仕切り壁がずれて隙間ができ、ウェル側からプールに約1千トンの水が流れ込んだとみられることが後に分かった。さらに、3月20日からは外部からの放水でプールに水が入り、燃料はほぼ無事だった。
 東電は、この水の流れ込みがなく、放水もなかった場合、3月下旬に燃料の外気露出が始まると計算していた。(奥山俊宏) 」(2012年3月8日付「朝日新聞」(
ここ)より)

もう1年近く前の記事だが、今更ながら、首都圏が避難対象になっていたら・・・と思うとゾッとする。
神の国ニッポン! バンザイ!??・・・

130301kotatu <付録>「ボケて(bokete)」より


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コメント

この記事だけでも、原発が恐ろしい存在であることが分かります。
最近、隕石の落下で被害がありましたが、あれがどこかの原発を直撃していたらどうなったかを考えてしまいます。

投稿: 通行人 | 2013年3月 3日 (日) 10:54

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