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2013年2月16日 (土)

「集団的自衛権」についての新聞各紙の社説での主張

なるべく政治的なことは書かないようにしているのだが、今朝の日経新聞の社説「集団的自衛権の行使に道を開くときだ」は、自分にとって少々ショッキングだったので、つい書いてしまう・・・。まず読んでみよう。

<2013年2月16日付「日経新聞」社説>
「集団的自衛権の行使に道を開くときだ

 アジアの安全保障の情勢は厳しさを増している。日本はどうやって国益を守り、アジアの安定に貢献していくか。その処方箋を考えるとき、避けて通れないのが、集団的自衛権の議論である。
 第1次安倍内閣が設けた「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が、このほど活動を再開した。集団的自衛権の行使に向けた具体策の検討を進め、安倍晋三首相に提言するという。
 集団的自衛権とは、日本の同盟国などが攻撃されたとき、たとえ日本が直接攻撃されていなくても自国への武力行使とみなし、反撃する権利である。
 日本はそうした権利を保有しているが、憲法解釈上、行使できないという立場をとっている。日米の安全保障協力や自衛隊の国際貢献にとって、この解釈が大きな制約になってきた。
 日本の周辺では、さまざまな安全保障上の火種がくすぶっている。北朝鮮は核とミサイルの開発を加速し、挑発を強めている。尖閣諸島への中国の攻勢も止まる気配がない。
 これらの危機に対応するため、日本は米国や他の友好国との安保協力を強めなければならない。集団的自衛権についても、行使に道を開くときだ。
 議論の出発点になるのが、懇談会が2008年にまとめた報告書だ。この中で、弾道ミサイルが米国に向かうかもしれない場合や、公海上で共同行動している米艦船が攻撃された際には、日本としても集団的自衛権を行使し、対応すべきだと主張した。
 妥当な提言といえよう。日本は防衛を米国に大きく頼っている。一緒に行動している米軍が攻撃されているのに、「憲法上の制約」を理由に自衛隊が傍観したら、どうなるか。日米同盟が破綻するだけでなく、日本は人道的にも国際社会から非難を浴びるにちがいない。
 米国に向かいかねないミサイルを発見しながら、日本が何もしなかった場合も同様だろう。
 ほかにも検討すべき事例はありそうだ。懇談会では今後、大規模テロやサイバー攻撃などについても取り上げていく方向という。
 むろん、きちんとした歯止めが必要なことは言うまでもない。集団的自衛権の適用範囲や行使に際しての手続き、国会の関与などについて、法律で明確に定めなければならない。」
ここより)

広辞苑を引くまでもなく、「しゃ‐せつ【社説】新聞・雑誌などに、その社の主張として掲げる論説。」である。つまり、日経新聞は、法人として、「弾道ミサイルが米国に向かうかもしれない場合や、公海上で共同行動している米艦船が攻撃された際には、日本としても集団的自衛権を行使し、対応すべきだと主張した。妥当な提言といえよう。」というスタンス・・・。

自分のスタンスは、実に単純。人が殺し合う戦争は、何があってもしてはいけない。ただそれだけ。
半藤さんの本を読むまでもなく、先の大戦のように日本人はマスコミの扇動によって熱狂する民族。だからマスコミの戦争に対するスタンスは怖い・・・。
この日経のスタンスは、自分にとってちょっと予想外だったので、他の新聞のスタンスも気になり、調べてみた。まず朝日新聞・・・、

<2013年2月9日付「朝日新聞」社説>
「集団的自衛権 首相は何をしたいのか

 集団的自衛権の行使に道を開くため、安倍政権が、有識者による懇談会で検討を始めた。
 それによって日米同盟を強化するのだと安倍首相は言う。
 では、日米同盟をどう変えたいのか。平和憲法の原則をなし崩しにすることはないか。議論の出発にあたり、首相はまずそのことを明確にすべきだ。
 同盟国である米国が攻撃されたら、それを日本に対する攻撃とみなし、米国を守るために自衛隊が戦う。集団的自衛権の行使を日本に当てはめれば、こういうことだ。
 日本は戦後、憲法の制約のもと、自衛のための必要最小限の武力行使しか許されないとの立場をとってきた。
 日本が直接攻撃されていないのに米国を守るのはこの一線を越え、憲法違反だというのがこれまでの政府の解釈である。
 この解釈を改め、いくつかのケースでは米国を守れるようにしよう。さもないと日米の信頼関係が壊れると首相は唱える。
 尖閣諸島をめぐって日中間の緊張が続き、北朝鮮がミサイル発射や核実験を繰り返すなか、それへの牽制の意味もあるのだろう。
 首相がしばしば挙げるのが次のようなケースだ。
 ▽自衛艦の近くにいる米艦が攻撃を受けた▽米国に向かうかもしれないミサイルを日本のレーダーが捕捉した――。
 だが、政府の見解では、日米の艦船が並走しているようなときに攻撃を受ければ、自衛艦がみずからを守る名目で、これに反撃できる。
 さらに、現在のミサイル防衛には、米本土に向かうミサイルを撃ち落とす能力はない。
 一方で、日米の防衛体制はすでに深く結びついている。例えば、現代戦のゆくえを決するのは、潜水艦の位置や、ミサイル発射の兆候や軌道などの情報だが、日米は多くの情報を共有している。
 これ以上、いったい何をしたいというのか。
 東アジア情勢は大きく動いている。日米協力のあり方も、状況にあわせて変える必要はあるだろう。だからといって、なぜ集団的自衛権なのか。
 自民党は、その行使を幅広く認める国家安全保障基本法の制定をめざしている。
 これによって、憲法が求める「必要最小限の自衛」という原則や、それを具体化するために積み上げてきた数々の歯止めを一気に取り払おうとしているのではないか。
 だとすれば、かえって国益を損なうだけである。」(
ここより)

そして読売新聞は、
<2013年2月9日付「読売新聞」社説>
「集団的自衛権 安全保障法制を総点検したい

 安全保障政策の立案では、「現行の憲法や法律で何ができるか」にとらわれるだけでなく、「何をすべきか」を優先する発想が肝要だ。
 政府の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が、集団的自衛権の行使容認を提言する報告書を安倍首相に提出した。
 第1次安倍内閣が設置した懇談会は、首相退陣後の2008年6月に報告書をまとめたが、具体化されなかった。安倍首相にとっては今回が「再チャレンジ」だ。
 日本の安全確保に画期的な意義を持つ報告書であり、本格的な法整備につなげてもらいたい。
 報告書は、共同訓練中の米軍艦船が攻撃された際や、米国へ弾道ミサイルが発射された際、日本が集団的自衛権を行使し、反撃・迎撃を可能にするよう求めた。
 国際平和活動では、近くの他国軍が攻撃された際の「駆けつけ警護」を自衛隊が行えるようにする。「武力行使と一体化」する他国軍への後方支援は憲法違反とする政府解釈も見直すとしている。
 「集団的自衛権を持つが、行使できない」との奇妙な政府の憲法解釈を理由に、日本が米艦防護やミサイル迎撃を見送れば、日米同盟は崩壊する。国際平和活動で自衛隊だけが過剰に法的制約を受ける現状も早急に改善すべきだ。
 報告書は、基本方針の閣議決定、関連法整備などの歯止め措置も提案している。国内外の理解が得られる内容と言える。
 無論、衆参ねじれ国会の下、関連法整備は簡単ではない。公明党や内閣法制局も憲法解釈の見直しには慎重だ。報告書の具体化が夏の参院選後になるのはやむを得ないが、まず政府・与党内でしっかり議論しておくことが大切だ。
 安倍首相は、報告書で結論が出た4類型以外に、法整備が必要となる安全保障の課題についても検討するよう懇談会に要請した。報告書策定から5年近く経過し、より悪化した日本の安全保障環境に対応するには、適切な判断だ。
 尖閣諸島周辺では中国軍の挑発・示威活動が続いている。自衛隊に「領域警備」の新任務を付与し、武器使用のあり方を含め、警察権と自衛権の法律の隙間を埋める作業は優先度が高い。
 集団的自衛権の問題でも、防護対象を、近くにいる米軍艦船だけでなく、離れた海域で活動する艦船や、米軍の航空機などに拡大することも検討していい。
 安全保障基本法や自衛隊の海外派遣に関する恒久法の整備に向けて、安保課題を総点検したい。」(
ここより)

<2013年2月10日付「産経新聞」主張>
「安保懇談会 「国の守り」の総点検急げ

 第1次安倍晋三内閣で設置された「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(座長・柳井俊二元駐米大使)が再招集され、安倍首相は「日米安保体制の最も効果的な運用を含め何をなすべきか議論してほしい」と要請した。
 尖閣諸島に対する中国の力ずくの攻勢は、度重なる領海・領空侵犯に加え、海上自衛隊護衛艦への射撃管制用レーダー照射で深刻の度を増した。
 首相が日米共同の抑止力強化を重視するのは当然といえる。課題は多いが、可能なことから早急に実現することが必要だ。
 とりわけ核心的な課題は「保有するが行使できない」とされてきた集団的自衛権の行使容認だ。
 懇談会が平成20年にまとめた報告書は集団的自衛権の行使を容認すべき4類型を例示した。中でも「公海上での自衛隊艦船による米艦船防護」や「米国に向かう弾道ミサイルの迎撃」は、首相も「もし日本が助けなければ同盟はその瞬間に終わる」と重視する。
 懇談会が新たな報告書をまとめるのは今夏の参院選前となる。集団的自衛権の行使容認の関連法となる国家安全保障基本法を早急に成立させるのは簡単ではない。
 懇談会や政府内の議論を加速する一方、行使容認に慎重な公明党を説得し、憲法解釈の変更にいかに踏み切るかが問われる。
 首相が「国民の生命と財産、領土・領海・領空を守る上でどう対応していくかをもう一度議論してもらう」と安保政策の総点検を求めていることにも注目したい。
 政府が直ちに取り組むべき課題は、ほかにもある。
 国連海洋法条約が「領海内の無害でない活動に対して必要な措置をとれる」と規定しているのに、日本が国内法で領海警備法を制定していないことはその一例だ。中国公船による主権侵害を排除できない状況が続き、個別的自衛権が不十分な点を示している。
 レーダー照射問題では、海自護衛艦が現行の自衛隊法では十分な対抗措置をとれない課題も浮かび上がった。警告を無視する領空侵犯機に対し、実効性ある措置をとれない状態も放置されている。
 自衛隊の武器使用範囲を定める交戦規定(ROE)も早急な見直しが必要だ。オバマ米大統領との首脳会談で、首相は同盟強化へ向けて日本がとるべき具体的な筋道を明確に示す必要がある。」(
ここより)

毎日新聞は昨年末に、こんな社説を・・・
<2012年12月09日「毎日新聞」社説>
「集団的自衛権 憲法の歯止めが必要だ

 自民党が衆院選の政権公約で、集団的自衛権の行使を可能とし、これを盛り込んだ「国家安全保障基本法」を制定すると主張している。日本維新の会も同様の公約を掲げた。
 これに対し、共産、社民両党は反対を明確にし、公明党も慎重姿勢である。民主党公約には言及がない。
 政府は従来、憲法9条が許容する自衛権行使は日本を防衛する必要最小限度にとどめるべきもので、集団的自衛権行使はその範囲を超え、憲法上許されないとしてきた。自民党の主張は、改憲しなくても集団的自衛権を行使できるよう、憲法解釈を変更しようというものだ。
 日米同盟は日本の安全保障政策の基盤であり、東アジアの安保環境は厳しさを増している。今後、日米の共同対処が求められる場面も想定されよう。日米同盟の効果的な運営に集団的自衛権行使が必要だとする政治的要請が強くなっている。具体的には、共同行動している米艦防護、米国に向かうミサイルの迎撃が議論となることが多い。これらは集団的自衛権行使の限定されたケースにとどまっているとも言える。
 しかし、自民党の憲法解釈によると、集団的自衛権の行使について憲法上の制約はない。歯止めを設けるとすれば、法律(国家安全保障基本法)によるとの考えのようだ。
 これでは、憲法が他国の領土における武力行使も容認していることになってしまうのではないか。北大西洋条約機構(NATO)加盟の英国は集団的自衛権の行使としてアフガニスタン戦争に参加したが、憲法上は日本も参戦が可能となる。
 現憲法が他国の領土、領海での戦争参加を認めているとは到底考えられない。集団的自衛権行使を容認するよう憲法解釈を変更するとしても憲法による歯止めは必須である。
 集団的自衛権をめぐる議論の中には、現憲法の下でも、「日本の実体的権利が侵害されている」と認定される場合には、その行使が容認される余地が生まれるとの解釈もある。その場合は「日本の防衛との緊密性、一体性」が要件となる。たとえば、いわゆる「周辺事態」において共同行動している米艦防護はこれにあたろう。この議論では、「緊密性、一体性」なしには集団的自衛権は行使できない。これは憲法上の制約である。
 現在の政府の憲法解釈は長年の論議の積み重ねの結果であり、法体系の根幹である憲法の解釈変更には慎重な検討が必要だ。日米同盟の重要性や安保環境の変化といった「政治論」だけで「憲法論」を乗り越えるという手法には違和感が残る。」(
ここより)

長大な引用で恐縮である。しかし各紙の主張は、比較しながら一字一句をじっくりと読む必要がある。しかし自分はここで、それらにコメントする気はない。要は、各紙がそのようなスタンスである、という事実の認識。

半世紀も前の学生の頃、「朝日ジャーナル」が流行(はや)っていた。そこで、今でも覚えている指摘があった。デモと学生のぶつかり合い。学生が警官に警棒でたたかれている写真を新聞に載せるか、それとも学生が警官に向かって投石している姿の写真を載せるかで、読者の心情をコントロール出来てしまう・・・というもの。

各新聞やTVの報道も、盲目的にそれらを鵜呑みにするのではなく、自分の目、自分の価値観で、それらを聞く姿勢が益々必要になってきたな、と思うこの頃である。
(まあ自分はトシなので徴兵されることはないと思うが、子や孫の代が、冗談ではなく、心配になってきた・・・)

130216boston <付録>「写真で見る2012年:パートI」の写真集は(ここ
boston.com/bigpicture 2012年12月17日より
~リンク先をクリックして、当サイト推薦の素晴らしい写真をぜひご覧下さい!


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コメント

 今回の社説比較、とても参考になりました。エムズの片割れさんの指摘に同感です。先の大戦のように、日本人はマスコミの扇動によって熱狂する民族です。最近2回の衆議院議員の選挙結果も悲しいほど同じです。1党絶対多数を許し健全野党を育てようとしない日本人。熱しやすく冷めやすい日本人の民族性。戦後60年以上たっているのに、歴史から日本人の多くは学習していないのではないか、と思うのは少数派なんですね。
 憲法改正のための条件を、衆参議員数の各々の3分の2から、過半数に改正しようとしている政権党の動きも民族性を考えたら心配です。
 中国の挑戦的な行為には、国防力を強化して対抗する、戦争するつもりなのでしょうか。

【エムズの片割れより】
本当に、今までは冗談で終わっていた戦争が、最近の動きをみると、笑ってもいられないリアルさを感じます。
何党が政治をしても結構ですが、戦争だけは始めないように動いて貰わないと・・・
憲法やその解釈を安易に変えて行くと、結果として戦争に突入することも有り得る・・・。ノー天気な日本国民は、戦争がホントウに始まってから「そんなつもりはなかった」と言うのでしょうか・・・

投稿: かうかう | 2013年2月17日 (日) 00:25

各新聞社の姿勢はおおまかには理解しているつもり(購読紙もそういう意味で鵜飲みにはしないつもり)ですが、各紙の比較、ありがとうございます。

マイナンバー法も、また、国会に上程されるとか。安倍政権は参議院選挙までは選挙のためにと配慮するでしょうが、その後が怖いです。その参議院議員選挙も国民性からいって
結果が不安です。

「戦争を知らない子供たち」の世代の私ですが、私が思春期の頃、マスコミもまだ、戦争に対する抑止力としてのスタンスを取っていたと思います。

【エムズの片割れより】
ホントウに参院選後が怖いですね。何で戦争(が出来る状態の実現)に突き進むのですかね。戦争特需に期待せざるを得ないほど、産業界は不景気なのでしょうか?
日本人は真に他人事でなく、リアルな戦争の可能性を良く自覚して投票しないと、少数政治家の意のままになって、後の祭りになりますよね。

投稿: たかちゃん | 2013年2月17日 (日) 11:13

今日浜松市で不発弾の処理がありました。新幹線も遅れたようです。戦争を知っている人たちは「まだ戦争が終わっていないねぇ」と話していました。爆弾が雨の様に降り注ぐ光景が目に浮かびます。
敗戦直後に疎開先から帰ってきたら、隣の焼け跡に爆弾か焼夷弾がころがっていて、よくわからないまま、その上に乗ったり腰かけたりして遊んでいました。あれは不発弾だったのでしょうか。半年以上ころがっていたと思います。焼死んだ馬の骨もありました。戦争で幸福になった人はいません。不幸は国民全部です。それなのに戦争好きな人間がいるのですね。愚かな事です。若者が戦地に駆り出される事を考えてみて欲しいです。

【エムズの片割れより】
いやはや怖いお話で・・・。不発弾とは、知らぬが仏??
でも最近の政治は、遠い“戦争”という言葉が、いつの間にか身近になったようで、不気味です。

投稿: 白萩 | 2013年2月18日 (月) 19:51

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