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2013年2月の26件の記事

2013年2月28日 (木)

森山良子と安田祥子の「中国地方の子守唄」

先日、本当に久しぶりに森山良子の「中国地方の子守唄」を聞いた。この歌声、この音源は自分が学生の頃によく聞いたもの。歌声も若い。調べてみると、この音源は1968年9月発売の「良子の子守唄」というアルバムに収録されていたらしい。つまり森山良子、20歳前の歌声である。この歌声からもう45年も経ってしまった・・・。

<森山良子の「中国地方の子守唄」>

「中国地方の子守唄」
   中国地方民謡
ねんねこ しゃっしゃりませ
寝た子の かわいさ
起きて 泣く子の
ねんころろ つらにくさ
ねんころろん ねんころろん

ねんねこ しゃっしゃりませ
きょうは 二十五日さ
あすは この子の
ねんころろ 宮詣り
ねんころろん ねんころろん

宮へ 詣った時
なんと言うて 拝むさ
一生 この子の
ねんころろん まめなように
ねんころろん ねんころろん

この歌は、岡山県の西南部に伝わる民謡だそうで、発祥の地「井原市」のホームページには、こうある。
「井原市高屋町は、「ねんねこしゃっしゃりま~せ♪」で始まる子守唄の発祥地です。。この唄が全国に知られるようになったのは、井原市出身の声楽家上野耐之氏が昭和の初め、恩師である山田耕作に故郷の母親が唄っていた子守唄を披露したのがきっかけです。感動した山田耕作が編曲して発表し、広く愛唱されるようになりました。」ここより)

その山田耕筰編のピアノ伴奏の歌曲は自分もたくさん持っているが、今日はそれとは別の、安田祥子の歌で聞いてみよう。声楽家・安田祥子の面目躍如たる歌唱である。

<安田祥子の「中国地方の子守唄」>

あまりに有名な歌だが、「ねんねんころりよ おころりよ」の「江戸子守唄」に比べてこの寂しげな旋律は、子守唄というには、あまりに哀しげ・・・。
しかし親の子に対する心配は尽きない。ここに歌われている「宮参り」。wikiにはこうある。
「初宮参り(はつみやまいり)とは、赤ちゃんが無事に生誕1か月目を迎えたことを産土神に感謝して報告する行事である。」

子が生まれるまで、そして子が一人前に成長するまで、そこには“祈り”しかない。つくづくそう思えるこの頃である。

130228akanbo <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年2月27日 (水)

「世界の年金制度ベスト18」~日本は下から2番目

先日の日経新聞に、年金制度についての世界ランキングがあり、日本の年金制度は世界的に低評価だという話が載っていた。曰く・・・

日本の年金制度、世界で評価低く 米社調査
 日本の年金制度への評価が世界各国と比べて低い。年金・人事コンサルティング世界大手の米マーサーグループが世界18カ国の年金制度を調査したところ、2012年度の日本の総合ランキングは17位と下から2番目だった。少子高齢化で現役世代の負担と、受給者世代への給付のバランスが崩れ、制度の持続可能性を厳しく採点された。
 評価基準は持続可能性のほか、公的年金が老後の生活に十分なだけ支払われているかという「十分性」、制度の統治がしっかりしているかという「健全性」の3つ。日本は持続可能性で17位、十分性で15位、健全性で14位だった。将来の年金給付に備えた十分な積立金があり、給付水準も高いデンマークが総合ランキングで首位だった。
 調査は2009年から始めて今回が4回目。西欧各国では高齢化にともない、公的年金の支給開始年齢を67~70歳に引き上げる動きが相次いでおり、日本でも65歳からの引き上げが検討課題になっている。」(2013/02/23付「日経新聞」p5より)

この評価も面白い。他の国はどうか・・・と、原本をNetで調べてみた。すると資料はどうもこれらしい・・・(こここれ)。それによると・・・、

<世界の年金制度ランキング>(100点満点)
①デンマーク 82.9
②オランダ   78.9
③オーストラリア 75.7
④スウェーデン   73.4
⑤スイス  73.3
⑥カナダ  69.2
⑦イギリス 64.8
⑧チリ    63.3
⑨アメリカ 59.0
⑩ポーランド 58.2
⑪ブラジル 56.7
⑫ドイツ   55.3
⑬シンガポール 54.8
⑭フランス 54.7
⑮中国   45.4
⑯韓国   44.7
⑰日本   44.4
⑱インド   42.4

このランキングを眺めていると、面白いと言うより、怖い・・・。
130227ranking1 日本の年金制度への評価は、欧米とは比較にならず、中国、韓国よりも下位で、やっとインドを抜いた程度とは・・・(写真はクリックで拡大)

それにしても、これほど日本の年金制度が破綻しているとは思わなかった。日本は良い国・・・とばかり思っていたが、こと福祉・年金について言えば、日本は“最後進国”だということ。

先日、NHKラジオ第2の“「美しい村に放射能が降った」菅野典雄(福島県飯舘村村長)”(2013/02/17放送)で、こんな言葉を聞いた。
「スペインの諺で、“多く持っていない人が貧しいのではなく、多く欲しがる人が貧しいのだ”というのがある」
「デンマークの諺で、“年寄りたちが犯した罪の罰を、子供たちが受ける”というのがある」

我々団塊の世代は、“逃げ勝ち”世代と言われる。「後の世代のために、年金を減らせ~~!」とも言いたくないので(ゴメン!)、せめて負担が大きい後の世代に、少しでも何かを残せると良いのだが・・・。

(関連記事)
「人を大切にする国 デンマーク」
「スウェーデン」高福祉国家の仕組み

130227tobiori <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年2月26日 (火)

「技術貿易、日本は黒字」~色々なグラフが物語るもの

先日の日経新聞の「アジア跳ぶ」という欄に、日本の技術貿易についての記事があった。曰く・・・(写真はクリックで拡大)

技術貿易、日本は黒字 10年で4倍、米に次ぐ
 日本の技術力が高いことは、知的財産権の使用料などの国際取引である「技術貿易収支」から見て取れる。自動車産業を稼ぎ頭に、米国に次ぐ黒字額を誇る。アジアを含む世界市場で存在感を保つには、技術で稼げる産業の裾野をさらに広げる必要がある。
130226gijyutuboueki_2  経済協力開発機構(OECD)によると、日本の2011年の技術貿易収支は246億9千万ドル(約2兆3200億円)の黒字。350億ドル超の黒字だった米国との差は大きいが、黒字額は10年前の約4倍に膨らんだ。
 総務省の「科学技術研究調査」によれば、11年度の日本の技術輸出額は2兆3852億円。最大の相手国は米国だが、アジアとの取引も活発だ。中国から3067億円(全体の12.9%)、タイから2093億円(同8.8%)を受け取った。
 産業別では、自動車を中心とする「輸送用機械器具製造業」が1兆2111億円を稼ぎ、輸出額の50.8%を占めた。「医薬品製造業」(12.1%)、「情報通信機械器具製造業」(11.4%)など自動車に続く分野の育成が課題だ。」(2013/02/17付「日経新聞」p3より)

このグラフ、なかなか元気の出る曲線ではないか? あの米国の7割、ドイツの3倍超という数字は、日本が健闘している、と言える。それにしても、日本が近年健闘しているとは言え、老大国イギリスにずっと負けていたとは意外。そしてベンツのドイツが低位置なのにも驚く。そして韓国は案の定、マイナス。結局、自国開発の技術よりも、他国の技術導入によって経済が成り立っている、ということか?

ついでにもう一つ、面白いグラフを見付けた。何と、日米の退社時間の統計である。出典は130226taisya 2013年2月19日付「日経新聞」の「経済教室~働き方を変える」(ここ)である。
よくもまあこんなグラフが出来たものだ・・・とビックリするが、これがなかなか面白い。アメリカでは、男女とも午後5時の定時で多くの人が退社しているのが分かる。そして、パートの多い(?)日本・妻も、5時か6時には退社。そして夫・日本は午後8時がピーク・・・。まあ、そんなものだろう・・・。
かつて“働き過ぎ”と言われていた日本人だが、今はどうなのだろう??

ついでにもう一つ。女性の就労率のグラフだ。こっちは2013年2月14日付「日経新聞」の「成130226jyoseisyuugyouritu 長は女性・若者から」という記事から。
前に「少子高齢化~女性労働力の活用」(ここ)という記事を書いた。これからの“高齢化社会日本”の挽回策は、女性労働力の活用だ、という記事。つまり自分は、日本の女性はあまり働いていないと思っていた、しかしこのグラフを見る限り、どうしてどうして、G7諸国とあまり差異は無いではないか・・・!?
確かに子育ての時期は低下しているが、子育てが一段落する45歳以上では、平均値。このグラフから、やはり対策のキーワードは「保育施設の充実」だという事が分かる。それにしても韓国の女性就労率が低いのはどのような文化の違いか??
スウェーデンの就労率が高いのは、前に「「スウェーデン」高福祉国家の仕組み」(ここ)で書いた通り、国としての仕組みがある。

ともあれ、新聞に出ている色々なグラフ。眺めているとなかなか面白い。

130226tomodachi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年2月25日 (月)

AMラジオのデジタル化~FMサイマル放送へ?

マッノさんから、コメントでデジタルラジオについての貴重な情報を頂いた(ここ)。
先日、読売新聞に3段見出しで載った記事である。曰く・・・

ラジオ デジタル化困難~全国規模AM難聴 FM化で解消
 難聴解消や高音質を目指して検討されてきたラジオのデジタル化が、民放局の足並みがそろわず、全国規模での実施が困難になったことが22日わかった。
 高層ビル化や電子機器の影響により、都市部での難聴問題を抱えるAM(中波)局が、負担の大きいデジタル化よりもFM放送の開始により問題を解消する案が浮上しているためで、すでに在京AM局のほか、地方でもFMの検討を始めた局が出てきている。総務省は同日、「放送ネットワークの強靱(きょうじん)化に関する検討会」を設置し、今後、具体案を話し合う見通しだ。
 ラジオ業界は、難聴対策に有効などとしてデジタルラジオの開始を検討してきたが、実施には新しい端末の普及に加え、総額1200億円の設備投資が必要。深刻なラジオ離れの影響で、苦しい経営が続く民放局の中には難色を示す局が多く、NHKも消極的だ。
 ただ、中波は、遮蔽物や電子機器の影響を受け、都市部では受信しづらいケースがあり、防災上の観点からAM局の難聴解消は必要だ。この点では、FM波の方が有利と言われている。また以前は、1局1波の保有しか認めていなかった総務省令が2011年、1局4波まで保有できるよう改正された。さらに老朽化した送信所を更新する場合、FMの方が安価という利点もあり、AM局が同内容のFM放送を並行して行う道筋が現実味を帯びている。
 総務省の検討会は、災害に強い中波ラジオを目指すもので、これらの動きを踏まえ、FM放送の活用などが提案されるとみられる。初会合は27日に行われ、期間は約半年をめどにする。
 一方、デジタルラジオに関しては、エフエム東京など積極的な民放局もあるため、一部の局の間で引き続き議論される。」(2013年2月23日付「読売新聞」p38より)

昔あったPCMデジタルラジオ「ミュージックバード」への望郷の念か、自分はデジタルラジオの動向がどうも気になる。もちろん目的は高音質。

しかしこの記事で、初めて“AM(中波)放送のFM放送とのサイマル放送の可能性”を知った。そして思わずひざを叩いた・・・。
中波放送のデジタル化の目的は「難聴解消や高音質」だという。自分は、中波のデジタル化は、地デジと同じように色々な情報を一緒に流すのも目的の一つ、と思っていた。でも、その多重化さえ諦めれば、確かにFM放送とのサイマル放送は「難聴解消や高音質」のベストの選択肢。

もしそうなったとき、アンテナはどうするんだろう? 東京地区は、当然スカイツリーから、と期待したいが・・・。
ところで、スカイツリーのFM放送アンテナは、どのような仕組みなのだろう? 現在のNHK東京FM(82.5MHz)とJ-WAVE(81.3MHz)とは、送信アンテナは別なのだろうか?
もし別ならば、増える局は別に設置する必要があるし、同じアンテナで済むならば(多分ムリだろうけど)、送信機だけの問題になる。これは投資額が少なくて済む。それでNHKラジオ第一と第二の音質が現在のFM放送と同じ高音質になる・・・。まるで夢のようだ・・・。

NHKラジオ深夜便などの、中波とFMとのサイマル放送を聞いていると、民放などの中波専門局が、なぜスタジオの設備を立派にしているのだろう・・・、と思っていた。つまり、中波だけの放送局なら、聞く人は所詮ノイズだらけ。幾らスタジオが高音質でも、それを体験出来るチャンスは全く無い。つまり局の設備は、まったくの過剰品質。それをradikoがスタートしたときに、皆が実感したものだ。(今はradikoがあるので、ノイズのないスタジオ音源のメリットは、ある程度享受出来ているが・・・)
つまり、放送がFM化することによって、初めて中波専門局は、自社のスタジオの高音質設備を活用出来る。悪口を言うと、開局以来半世紀、デジタル処理のスタジオの音源を、“SPレコード”に録音して、視聴者に届けていたようなもの・・・。その過剰設備がFM化でやっとその実力を発揮できるようになる、という意味合いも持っている。
まあFM東京が反対しているもの分かる。せっかくのFM専門局という看板が褪せてしまうので・・・。でもここは大局的に見て欲しいもの。

一方、どう考えても、デジタルラジオが普及するとは思えない。それでなくても聞く人が減っているラジオ。カーラジオを別にすると、音は最悪だが、中波は今やパソコンで聞くのが当たり前の時代。デジタルラジオも、PCM放送なら、自分のような高音質追求派は買うだろうが、一般の人がそのためだけのデジタルラジオを買うとは思えない。まあ、スマホの付属機能として付いていれば、やっと聞こうかな・・・という程度。しかしFMラジオなら車のカーステレオで幾らでも聞け、機械を普及させる必要は無い。

何とも、NHKラジオ第一やニッポン放送や文化放送が、高音質のFMステレオで流れてくる日が待ち遠しい。

(2013/02/28追)
朝日新聞の記事。AM局の移行先は、FM放送のV-Low帯(90-108MHz)だという。すると、既存のラジオ(76-80MHz)で、V-Low帯(90-108MHz)まで受信できるラジオのシェアはどの位あるのだろう? カーラジオでは??
その普及率によっては、デジタルラジオと同様に、金の掛かる送信設備とは別に受信できるFMラジオの普及がネックとなるかも・・・(少なくても、自分の持っている昔のバリコン式FMチューナーでは受信できない。残念!)

AM局、FM化検討 ラジオのデジタル化に
文化放送、TBSラジオ、ニッポン放送などのAMラジオ局が、FMラジオへの移行を検討していることが27日、わかった。高層ビルが電波を遮るなどして聞こえにくいことなどから、AMの経営環境は悪化している。聞きにくさの解消を低コストで実現し、生き残りを目指す。災害時に強いラジオを重要視する政府もFM化を後押しする方針だ。
 関係者によると、在京局のほか、関西や地方にも移行を検討しているAM局がある。早ければ数年後の移行を目指す。FMになれば周波数は変わるが、障害物の少ない高い場所から電波を送れるため、聞こえやすく音質も良い。当面はAMも残し、FMと同じ放送を流す見通し。AM局の半数は2020年度までに老朽化した送信所の更新時期を迎え、設備投資額を抑えられるFM移行を目指す局は増える可能性もある。
 FM移行に伴い活用を考えているのは、テレビのデジタル化で空いた「V-Low」と呼ばれる電波帯。これまでラジオ業界は、ここを使ったデジタル化を検討してきた。東日本大震災でラジオが見直され、多様な情報を届けられるデジタルラジオを立ち上げ、災害対策に役立てる構想だ。
 だが、最大1200億円ともいわれる設備投資が負担となって足並みがそろわず、日本民間放送連盟のラジオ委員会では28日にも、業界一丸となってのデジタル化を断念する提案が出る見通し。
 デジタル化が困難になり、政府も27日に放送ネットワークの「強靱化」を目指す検討会を立ち上げ、FM移行を支援して災害対策に役立てる方針。ただ、既存のFM局の反発や、独自にデジタル移行を目指すラジオ局もあり、今後の行方は不透明だ。
 ラジオ局が変革を急ぐ背景には、厳しさを増す経営環境がある。(佐藤美鈴、田玉恵美)」(
2013/02/28付「朝日新聞」p38より)

“元BCLファン”さんから頂いた総務省の検討会に関する情報(ここ)。
V-Low政策を見直しへ 総務省が検討会
 総務省は、アナログ放送終了後の空き帯域であるV-Low帯(90-108MHz)について、「放送ネットワークの強靭化に関する検討会(仮称)」(以下、検討会)を開催し、6月までに方向性をとりまとめる方針だ。現在、同帯域はマルチメディア放送に割り当てられているが、サービス実現のめどが立っていない。検討会では同帯域をAM局のFM移行に充てる案を検討するなど現政策を見直す。東北3県のアナログ放送が終了し完全デジタル化が完遂して1年。V-Low問題が決着に向け動き出す。
 検討会は、AMラジオの重要性と課題を踏まえたうえで、災害時の情報提供の手段を確保するために放送ネットワークの強靭(きょうじん)化策を検討することを目的としている。
 構成員は学識経験者、放送事業者、自治体関係者など10人ほど。送信設備の防災対策、ラジオの難聴対策、災害情報の高速化、臨時災害放送局の迅速な開設などを検討項目としている。会合は27日に第1回を実施。以後月1回のペースで開き、6月に中間とりまとめをする予定だ。
 検討会では、1-3ch(90-108MHz)を「AMからFMへの移転」に充て、マルチメディア放送を希望する社には、既にmmbiが「NOTTV」を展開し、インフラが整っているV-High帯(205-222MHz)に参入してもらう案が検討される見通しだ。前者はAMラジオの救済、後者は自己責任によるデジタル化という考え方である。
 AMラジオは、都市部や日本海側で難聴問題が生じ、送信所の建て替えで経営難に陥る局も多いと予想されたことから、打開策の一つとしてV-Lowマルチメディア放送への移行案が出ていた。しかし議論は決め手がないまま停滞が続いていた。今回、総務省は検討会の設置により、一気に決着させる考えのようだ。(つづき・詳細は映像新聞 2013年2月25日号1、3面)」(
ここより)

総務省の報道資料は下記。
「「放送ネットワークの強靱化に関する検討会」の開催
                      平成25年2月22日  総務省
 総務省は、今後とも放送が災害情報等を国民に適切に提供できるよう、放送ネットワークの強靱化策等について検討することを目的として「放送ネットワークの強靱化に関する検討会」を開催します。
1 背景・目的
 東日本大震災において、放送は災害情報の提供をはじめとして国民が安心・安全に生活する上で大きな役割を果たしました。特に、ラジオは災害時における有用性が強く認識されましたが、同時に、低地・水辺に立地する中波(AMラジオ)送信所の防災対策の必要性が明らかになりました。
 また、放送がその役割を発揮するためには国民にあまねく届くことが必要ですが、電子機器等の普及や建築構造の変化がAMラジオの新たな難聴要因になっています。施設の老朽化や広告市場の縮小等の環境変化も生じています。
 こうした状況を踏まえ、今後とも放送が災害情報等を国民に適切に提供できるよう、放送ネットワークの強靱化策等について検討することを目的として、「放送ネットワークの強靱化に関する検討会」を開催します。
2 主な検討事項
(1)送信設備の防災対策
(2)難聴対策
(3)災害情報の提供の高度化・迅速化
(4)その他関連する諸課題
3 構成員
 別紙のとおりです。
4 開催期間
 平成25年2月27日(水)に第1回会合を行い、おおむね半年を目途として開催する予定です。
」(ここより)

(2013/03/13追)
ニッポン放送、FM活用検討 AMの難聴対策
 AMラジオ局がFMラジオへの移行を検討していることについて、ニッポン放送の村山創太郎社長は12日の定例会見で、都心で広がるAMの聞きにくさを解消するためにFMの活用を検討していることを明らかにした。FM活用の考えを正式に表明した局は初めて。
 東京タワーなどに送信所を設置し、AMが届きにくい都心部で、放送をFMに切り替えて流すなどの方法を検討している。FM放送では周波数は変わるが、番組内容は変わらない。従来のAM放送も同時に続けていくという。一方で、ラジオ業界で検討されてきた一斉デジタル化への参加を断念する方針も明らかにした。
 村山社長は「難聴や都市雑音という近年の大きな課題を解消すべく、FM放送の活用をこれからの選択肢の中で最も比重を置いた形で検討していきたい」と話した。」(
2013/03/13付「朝日新聞」P37ここより)

(2013/03/15追)
「デジタルラジオ」FM東京、13年度開始 放送前倒し
 エフエム東京は14日、2013年度内に高音質が特徴のV-Lowマルチメディア放送(デジタルラジオ)の本放送を始める方針を明らかにした。日本民間放送連盟が加盟社全体として開始を目指していた14年度より1年前倒しする。音声以外にも画像や文字を流せる特長を生かして新たなビジネスチャンスを探る。
 一方でエフエム富士(甲府市)など参入を断念する局も出ており、デジタル放送を聴取できる地域や時期にばらつきが出そうだ。
 エフエム東京は28日から電通やホンダ、放送局など約60社を集めてデジタルラジオのビジネスモデルを検討する「マルチメディア放送ビジネスフォーラム」の活動を始める。車載端末や電子看板に広告や災害情報を流すといった事業を想定。昨年から福岡で実施している実証実験と合わせて検証を進め、14年3月までの本放送開始を目指して総務省に電波の割り当てを要請する。
 運営形態については関連業界から出資を募ってアンテナなどの設備運営を担う新会社を作る計画。放送局は放送エリアの人口に応じて設備のレンタル料を支払う仕組みで、参入時の初期費用を500万円以下に抑える。
 民放連によると参入を断念するのは民放連加盟99社のうちFMを中心とする10社程度になる見込み。ラジオ広告費が減少する中、新たな設備投資負担に耐えられないという理由が大半だ。
 民放連は14日にラジオ各社で構成する委員会を開き、デジタルラジオへの参入は各社の判断に任せることで一致した。各局の意向が割れていることから業界全体での参入は断念する。」(
2013/03/15付「日経新聞」P13より)

(2015/01/14追)
AMラジオ、FMでも 今秋(2015年)から冬、在京3社が補完放送
 TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送の在京AMラジオ3社は13日、FMでAMと同じ放送を流す「FM補完放送」を、今年の秋から冬にかけて始めることを明らかにした。東京スカイツリーの共同アンテナからFM波を流す。
 この日会見したニッポン放送の村山創太郎社長によると、(2015年)8月に工事を終え、9月に試験放送を実施。その後、本免許の交付を受け、本放送を開始する予定という。気候の影響で工事の時期がずれる可能性がある。3局はこれまで、放送開始時期を今春以降としていた。
 FM放送が始まると、鉄筋マンションなどAM波が届きにくい「難聴取地域」でも聞こえやすくなる。地震など大災害で放送設備が被害を受けた場合に備える「災害対策」の面もある。周波数はTBSが90.5、文化放送91.6、ニッポン放送93.0メガヘルツ。東京23区と埼玉県、千葉県、神奈川県の主要都市および周辺で聴くことができる。」(
2015/01/14付「朝日新聞」p29より

(関連記事)
関東広域・民放AMラジオ3社が、15年春よりスカイツリーからFM同時放送開始 
日経のデジタルラジオの記事2つ(設備投資)・・・
デジタルラジオ~民放とNHK、協議本格化
「デジタルラジオ、130社が名乗り 13年実用化へ」

130225usagi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年2月24日 (日)

“コウノトリ”~バンザイ!

まだ内緒話なのだが、実はどうも息子の所に子どもが出来たらしい・・・。これを世では孫という。ホホホ・・・。
何か、嬉しくて嬉しくて、カミさんはちゃんと診断がついてから・・・、と言うのだが、ついフライングで・・・

昨夕(2013/02/23)、息子のところから電話あり。いつもの(門外不出!の)冗談で「赤ん坊が出来たって?」と軽口を言いながら、居間に降りていったら、カミさんの「左足の膝の裏側のベーカー嚢腫が痛くて、ここ一月ほど歩くのが大変・・・」とヨメさんと話す声・・・。ナーンダ、と自室に戻る。(実は、ヨメさんからメールが来ても、電話が来ても、都度「赤ん坊が出来たって?」と聞くのは、最近の我が家の(人には言えない)習慣・・・だったのだ)
130224kounotori ・・・と、電話が終わったらしく、カミさんの呼ぶ声・・・。「赤ちゃんが出来たらしいって!」・・・
待ちに待った朗報に「直ぐにお袋に教えてあげよう」と、はしゃぐと、カミさんは「ちゃんと医者の診断があってからネ・・・!」とブレーキを掛ける。「先走ってしゃべって、もし違っていたらおヨメさんがかわいそう・・・」。ま、確かに、まだ素人判断なので、ちゃんと医者の診断結果が出てから、お袋に言うことに・・・。

早速Netで調べてみると、ウワサに聞いていた「妊娠検査薬」は99%の確率で妊娠が分かるという。後で改めてカミさんがメールで聞くと、やはりこの検査薬で陽性と出たとのこと。まず間違いなかろう。

昨年3月に九州で結婚式。4月に転勤があったため、ヨメさんの退職引き継ぎなどで、実際に東京で同居が始まったのは5月だった。よって半年少しでの懐妊は、極めて順調。しかし今まで、息子夫婦に対して子どもの話は、我々にとって言ってはいけないタブーの言葉だった。変なプレッシャーになっては・・・と。しかし老人ホームの91歳のお袋はあっけらかん。ヨメさんをホームに連れて行ったとき、お袋が赤ん坊を抱くマネをして「早くね!」と言ったのにはビックリ。まあ後で、「我々が言えないことをよくぞ言ってくれた!」と陰で感謝したもの・・・!? そして、その時のヨメさんの「早くできると良いんですけど・・・」という言葉には救われたとか・・・

ある友人が言っていた。「娘が、5年経っても出来ずに苦労した。まさに子どもは授かりもの・・・」。そう。我々には何の援助の手立てもない。子供をどうするかは、全て若夫婦の問題であって、外から口出しすべき問題ではない。我々は、ただ“待つ”だけ・・・。この問題は、それほどナイーブ・・・。

それにしても、このこみ上げる嬉しさは何だろう? このことを思うと、なぜ拭いても拭いても目頭に涙が浮かぶ??
孫を持つ誰もが言う。「孫は理屈抜きに可愛い」と。今の気持ちは、それとは別・・・。
冷静に自分を分析すると、この嬉しさは、動物的種の保存から来ているのではないか?とも思う。
実は今回の懐妊は、我が家にとっては大変な意味を持っている。世代がもう一つつながった、という意味で・・・。
自分は3人兄弟だが、子どもが居るのは自分のところだけ。その子どもに赤ちゃんが授かったということは、もう1世代“命が継がれる”ということ。だからこれは大事件なのである。別に秋篠宮のように、命の継承に責任を持っているワケではないけど・・・
考えようによっては、まさに我々の人生への最大のご褒美かも・・・。まさに「命」という、かけがえのないご褒美・・・。これほどの宝物が他にあろうか・・・。
そしてその「いのち」は、既に今でも生きて育ちつつあるのだ・・・!!

ふと思う。65歳まで生きてきて、今までの人生で嬉しかったことを思い出すに、会社でのことがまったく浮かばない。出世のことなど、当時は人生最大の喜びであったはず。それが今となっては何も頭に浮かばない。自分のこともそうだ。自分たちが結婚したことも、その後の何もかもが浮かばない・・・
つまり、サラリーマン生活でのことなど、人生では瞬間的な出来事。直ぐに忘れる出来事なのだ。
この歳になって、人生での出来事の大小がよくよく分かった。当時はそれで良かったとは思うものの、会社のことで頭が一杯であった頃が、今考えると何と小さなことだったか・・・

早速、子安神社(ここ)にお参りに行こう。ヨメさんが予約を取ったという、27日の正式診断が何とも待ち遠しい。その連絡を受けてから、皆に知らせよう・・・。
今までは、カミさんは女の子がいい、自分は男、と張り合ってきたが(人には言えないけど)、この際、どちらでも良い。後は安産祈願だけ・・・。他には何をすれば良いのか見当が付かぬが、何とも今年は良い年になりそうである。

130224tatu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年2月23日 (土)

NHK ETV特集「プレゼンが世界を変える」~「TED.com」の力

先日、「音で描く賢治の宇宙~冨田勲×初音ミク 異次元コラボ~」(ここ)を見たのがきっかけで、NHK EテレのETV特集に凝りだした。この番組はもちろん前から知ってはいたが、続けて見ることはなかった。少し難しいから? NHK総合ではないEテレだから・・・?

さっき、先日放送された「ETV特集 プレゼンが世界を変える」(2013/02/17放送)を見てうなってしまった。なるほど・・・。
NHKのサイトにはこんな解説がある。

プレゼンが世界を変える~TED 人の心を動かす技~
たった一人の10分ほどの語りが、いま、何億人もの心を動かしている。
アメリカに拠点を置く非営利団体TED(テッド)が主催するプレゼンテーションのイベントが、世界の注目を集めている。年に一度、世界から選ばれた最高のスピーカーが一堂に集い、最長18分の制限時間でこん身のプレゼンを行う。それが2000人の聴衆を感動させ、総立ちにさせ、さらにネットで動画配信されて世界を熱狂させているのだ。
TEDのプレゼンターは、目に見えないアイデアや概念、体験などを、聞き手の心にありありと浮かぶように伝える。人に伝わるプレゼン、そして人の心を動かすプレゼンはどのように生まれるのか?その裏には、プレゼンターたちの人生の物語が隠されていた― 番組は、TEDのイベントでもトップクラスの人気を誇るプレゼンターの素顔を追い、彼らのプレゼンの秘密に迫る。
一人は、スウェーデン出身の公衆衛生学の教授、ハンス・ロスリング。一見地味な風ぼうで、強いなまりのある英語で話す彼のプレゼンは、人口問題を統計で語るという、華やかさとはほど遠いもの。だが、そのプレゼンは鮮やかでユーモアと情熱にあふれており、聴衆から何度もスタンディングオベーションを受けてきた。世界から喝采を受けるロスリング教授のプレゼンづくりの裏側には、伝えることへの狂おしいまでの情熱、そして彼の家族の物語が秘められていた。
もう一人は、モデル・女優として活躍するアメリカ・ニューヨーク在住のエイミー・マリンズ。生まれつき脚の骨に欠損があった彼女は、1歳の時にひざ下を切断。義足で暮らしながら陸上競技に打ち込み、パラリンピックに出場するなどアスリートの道を歩んできた。ところが、TEDでのプレゼンがきっかけで、彼女の人生は大きく変化する。アスリートからモデルへ、そして女優へと活躍の場が広がり、ひいては彼女自身の人生観も大きく変わっていく。
「思いを伝える」という、人間の根幹ともいうべき行為の最も研ぎ澄まされた形である「プレゼン」。プレゼンの力は、どこから生まれ、どのように人を動かすのかを探っていく。 」(
NHKのここより)

「プレゼン」という言葉は、サラリーマンにとっては身近な存在。自分も何度その席に立ったことだろう。皆の前で、OHPやPPTを道具に、発表や報告をする。内容は予算大会の発表から、製品企画やQC活動まで・・・。ま、サラリーマンには付きもの。
そんな印象で見始めた番組だったが、TEDというアメリカのプレゼン活動に、今までの自分のプレゼン観など簡単に吹っ飛んでしまって、つい番組に引き込まれてしまった。Netを通して、世界に発信しているTEDという存在・・・

「プレゼンを通して世界を変える」がプレゼンターたちの最終目標。1500人が入るコンサートホールで、TEDが選んだ70人が、10分あまりのプレゼンに挑む。しかし彼らの報酬はゼロ。一方、TEDの聴衆のチケットは最低7500ドル(約70万円)。大企業のCEOや政治家、投資家など社会に影響力のある人ばかり。彼らの心を動かす事が出来れば、様々なチャンスが生まれる・・・。中にはこのプレゼンで、1億円の資金を得た人も・・・。

130223tedcom 英語大キライ人間の自分だが、恐る恐る「TED.COM」(ここ)と叩いてみた。すると何と日本語の字幕が付いているではないか・・・。これなら自分でもこれらのプレゼンを覗ける・・・

いやはや世界は広いものだ。たまにはこんなサイトでも覗いて、一人の熱意(パワー)が世界を動かして行く姿を見てみようではないか。

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2013年2月22日 (金)

「破綻行トップの死~スケープゴー卜の無念」

先日の「朝日新聞」「波聞風問(はもんふうもん)」で、こんな記事を目にした。曰く・・・

破綻行トップの死 スケープゴー卜の無念
     編集委員 原 真人

 日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)の窪田弘・元会長ほど不幸な役回りを引き受けた銀行トップはいない。過日無念のまま死去した氏に、申し訳ないと思った関係者はどれほど多かったろうか。かくいう私もその一人だ。1998年の日債銀破綻(はたん)を取材した新聞記者のはしくれとして。
 大蔵省(現財務省)出身の窪田さんは93年、日債銀頭取になる。バブル時代の経営陣がつくった不良債権で経営が悪化し、同行は事実上、大蔵省の管理下にあった。頭取はいわば、国が派遣した公的管財人のようなものだった。
 窪田さんは報酬まで返上して負の遺産の処理や大胆なリストラに本気で取り組んだ。その努力もむなしく、金融当局が不良債権処理ルールを突然変えたことで日債銀は破綻する。試合中のルール変更でいきなりレッドカードを突きつけられたのに等しかった。
 99年、東京地検は日債銀経営陣を粉飾の罪に問う。予想外のルール変更。トップは実質管財人。犯罪と呼ぶのは、あまりに酷だった。
 世論は銀行批判一色だった。検察もマスメディアも、危機でうずまく国民の不平や憎悪をそらそうと、責任をかぶせる「誰か」を探していたのではないか。窪田さんらはそのスケープゴートだった。
 12年続いた裁判は一昨年、全員の逆転無罪が確定する。
 この事件は何だったのか。金融関係者の一人は「社会的安定をもたらす効果はあったかもしれない」と言う。「国策捜査」が権威ある者を罪に問い、庶民は留飲を下げ、怒りが静まったというのだ。
 対照的なのが、米国の金融危機だ。大量の失業や破産で多くの人が苦しんでいるのに銀行は公的資金で救われ、巨額の報酬をむさぼってきたトップらはだれも牢獄に入らない。怒りをつのらせた人々はついにウォール街を占拠した。そのエネルギーが生んだ大衆運動は大統領選にも影響し、金融規制を強化させた。
 日本では一部の人が罪を背負うことで、なんとなく社会の平穏が保たれてきた。だがそれで危機の本質は結局つきつめられず、社会制度までふくめて真の原因をえぐり出そうと努めたこともなかった。
 窪田さんから昔いただいた自著エッセー集を読み返し、こんな一文を見つけた。戦前の歴史学者、朝河貫一の主張である。「国のためなら正義に反してもいいという思想は永久の国害を論ずる人さえ、非愛国者にしてしまう。そして識者は世の憎悪をおそれる結果、国の大事についても公言することができなくなる」
 危機や大事に際し、私たちメディアは真実を伝えてこられたのか。安易な道に逃げ込んでこなかったか。今も同じ過ちを繰り返してはいないか。窪田さんの「遺言」に接し、そう自問せざるをえない。」(2013/02/17付「朝日新聞」p7より)

正直言って、自分はこの窪田弘氏のことは知らない。いわゆる「日債銀事件」についても知らない。でもこの記事は、ある種の畏怖を持って読んだ。
「世論は銀行批判一色だった。検察もマスメディアも、危機でうずまく国民の不平や憎悪をそらそうと、責任をかぶせる「誰か」を探していたのではないか。窪田さんらはそのスケープゴートだった。・・・」

NHKが好きな経済ドラマでも、よくこんな場面がある。先日放送された“テレビ60年記念ドラマ「メイドインジャパン」”(ここ)も、そんな経済ドラマの一つだった。

しかしこの「日債銀事件」はドラマではない。本来は功成り名を遂げたであろう一人の元高級官僚が、たぶん“誰か”の意志で“いけにえ”にされ、被告として晩年の12年を過ごしたとなると、何とも心が痛む。いったい誰のための、何のための後半生だったのか・・・と。
しかしそれが、たった一人だったとしても、このような追悼の(?)記事が新聞に載ることは、良いことではないか・・・。それが生前、窪田弘氏がどのような評価に“戻って”いたのか、とは別に・・・。

日本だけでは無いのかも知れないが、この“世論”という軽薄なバケ物。その世論に対して、TVを初めとしたマスメディアが大きな影響力を持っていることは誰も疑わない。
一方、それに無警戒に踊る、いや踊らされる国民が怖い・・・。

最近、今の小選挙区制による振り子体制よりも、昔の55年体制の方が、バランスが取れていたように思えてきた。もちろんたくさん良い面もある日本人の国民性。せめて「品位」や「良識」の面で、他の国よりもマシならば良いのだけど・・・・・・ね。

130222kitty <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年2月21日 (木)

2013年の「サラリーマン川柳」入選作

今年も、第一生命の「第26回サラリ-マン川柳」の入選作100句が発表になった(ここ)。例によって、自分にフィットした句を並べてみる。投票はしないけど・・・。(番号は第一生命のリストの順番)

13) 風呂にいた ムカデ叩けば ツケマツゲ(おやじパニュパニュ)
この川柳とは関係無いけど、この世で自分の一番の天敵は、ムカデとゲジゲジ。それが我が家の風呂場から姿を消して久しい。結果として、推定進入路は、洗い場の排水溝ではなく、浴槽の排水溝だった。つまり、風呂を立てる直前に水を抜くことにして、浴槽の排水溝を開けっ放しにしなくなってから、風呂場にムシが入ってこなくなった。
ま、我が家ではツケマツゲは存在しないけど・・・

17) 家のこと 嫁のブログを 見てわかり(リラックス リラックス)
自分も反省するのだが、我が家を知っている人から見ると、当blogで、ウチの動きが一目瞭然らしい。かの故河野裕子さんの家でも、家族中で歌を詠むため、やはり家庭内の出来事は筒抜けだったとか・・・
ま、我が家を知っている人の確率は、読者の0.0001%位だろうから、気にしてないけど・・・

18) 軽く飲もう 上司の誘い 気が重い(気ままネコ)
自分のような“延長戦”のサラリーマンは、この悩みがないので、実にラッキー。時代が変わって、飲む機会が減ったとは言え(たぶん)、現役サラリーマンは人付き合いが大変ですね~~。ご愁傷さま。ヘヘヘ・・・

23) 孫の名が ふつうに読めて ホッとする(路散塵)
まだウチは関係無いけど、ホントウに今の子どもの名前は読めない。昔の、何でも○○子・・・の時代が懐かしい・・・。

24) 頼みごと 早いな君は できません(山車話(だしっぱなし))
最近はだいぶんマシになったけど、前はウチも困ったものだった。自分が会社で行けないので、家にいるカミさんに何かを頼むと、反射的に帰ってきた言葉が「できません」。これはもう、判断ではなくて反応ですな・・・。今は郵便局にもちゃんと行ってくれるので助かってま~す。(←ケアが大変!)

37) 部下にオイ 孫にホイホイ 妻にハイ(ほうせんか)
これは万人に通じる“真理”。異を唱える人は、たぶん存在しないだろう。

49) やな上司 退職したのに 再雇用?(美仁子)
これは腹にズシンと来る句。60歳の定年後も延長戦を続ける場合は、心して仕事をしないと・・・。まずは“わきまえ”・・・。自分の立場を常に意識して仕事をすれば、何とかなるのでは??

88) 新入りを 待って幹事を 九年間(裕ちゃん)
不景気になると、どこでもこんな風景・・・。自分もかつてはこんな環境にも居た。もう遠い昔だけど・・・。

92) みつめ合い 時も過ぎれば 睨み合い(団塊の落とし子)
これでは毎日が地獄。勝ち目がないのなら、最初から降参!降参・・・!!

97) 生命線 見せたら妻が 不機嫌に(疑問符)
ま、“カミさんの方が長生き”は、男のためにもハッピーだが、要はその時期(期間)だね。長い介護をさせた後での自由時間では、カミさんもボロボロ・・・。世の男性諸君、なるべく“良い頃合い”にオサラバせねば・・・ね。

これらのウィットのセンス。幾らねだっても、自分には永遠に手に入らない才能である。

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2013年2月20日 (水)

「平穏に最期を迎えるために」~長尾和宏医師の話

NHKラジオ深夜便で、「明日へのことば「平穏に最期を迎えるために」医師…長尾和宏」(2013/02/09放送)を聞いた。
当サイトで、何度か取り上げている「自然死」についての話である。

この先生は、尼崎のいわゆる町医者さんで、700人もの人を、在宅で看取ってきたとのこと。放送を聞きながら、いくつかのキーワードを拾ってみた。

・長尾さんのクリニックは、365日24時間の対応。10名の医師と25人の看護師などで、外来患者250人、在宅患者300人くらいを対応している。夜中の訪問は長尾医師が対応。
・在宅患者は、0歳から100歳までで、年寄りとは限らない。
・平穏死は現実にはほとんどかなわない。がんの末期であれば、腹水などの水がたまる。それを抜くと脱水になるので、点滴をする。そしてまた水がたまる・・・。吐血、輸血の繰り返しも同じ。苦しみながら最後は麻酔をかけて死んで行く。これは“死は敗北”という文化の現実。
・街に出て、延命治療をしなければそのような苦痛から解放されることが分かった。ガンの末期も、こんなに楽な最期だとは・・・と、皆がビックリする。
・ブドウ糖の点滴は、ガンに最初に取り込まれる。ガンにえさを与えることと同じ。
・苦しいと吐く。すると鼻から管を入れる。それが苦しいので患者は暴れる。すると今度は手を繋がれる。するともっと暴れるので、今度は眠らされる。結局、管だらけ・・・。
・自然死は、苦しまない。ほとんどの医者は、それを知らない。
・ガンでも老衰でも認知症でも、ある程度先が見えてきたら、せっかく体が省エネモードに入ってきているので、それを邪魔しないで、苦痛だけは取ってあげる。それが本当の医療ではないか。
・自然死は、それを見守ってくれる医師や看護師さんがいるかいないかが問題。家族も問題。いざというときに、家族が救急車を呼んでしまうと、それは延命治療をしてくれ、という意思表示になる。
・がん末期や老衰で死が近く、自分が自然死を望むなら、リビングウィルで紙で自分の意志(放っておいてくれ)を残してくことが大事。
・救急車で患者が運ばれてきたとき、患者本人の意志を尊重して延命治療をしなくても罪に問われないようにする尊厳死の法制化が、尊厳死議連で検討されている。
・欧米では、終末期に胃ろうをしても延命効果はない、ということが認められたので、末期の胃ろうはしていない。胃ろうは、いったん始めると、止めるのが難しい。
・自分の死について、あらかじめ具体的に考え、実行しておくことが大事。家族の同意や、自分の意志に添った医師も探しておく。

*この番組の全部(42分)をお聞きになる方は(ここ)をクリックしてしばらく待つ・・・(自分の将来のために(?)、録っておく)

Netで調べてみると、この先生は非常に有名な先生で、著書もたくさんあり、講演で全国を飛び回っている先生らしい。
ここで改めて考えたいのは、いわゆる自然死について発信されている先生方の本が売れているという事実。そして、自然死についての講演が盛況であるという事実。
これらは、現在の病院での看取りについて、皆がいかに疑問を持っているかの証。

当サイトでも、朝日先生をはじめ、色々な先生の論を書いてきた。今、下の(関連記事)を書くために、当サイトの「生と死を考える」というカテゴリ(ここ)を開けたら、同じような話の記事が多いこと、多いこと・・・。つまり自分にとって“自然死・平穏死”は、カミさん共々大賛成なので・・・。

しかし、この話に賛同したとしても、在宅で看取ってくれる町医者さんがはたして見付かるかどうか・・・。
電車の中でこの放送(の録音)を聞いて、家に帰ったときにカミさんにこの話をしたら、それが居られるという。今、友人のご主人が在宅でその先生のお世話になっているとのこと。少し遠いが、隣の市・・・。でも近くにも、在宅で看取ってくれる先生が居られるのだ・・・(感激!!)

これから何年後かは知らぬが、自分の死の時までに、在宅で看取りをしてくれるこれらの医師を探しておくことにしようかな・・・。なるべく年下で(!)、その先生のお世話になるのが先(!!)であること祈りながら・・・。

(関連記事)
朝日俊彦の「笑って死ぬために」(1)~死生観が変わった 
ピンピンコロリ~「緩和医療」大津秀一医師の話  
「緩和ケアってなあに?」
 
「終末期医療―自らの死生観を語ろう」~尊厳死の宣言書 
中村仁一(著)「大往生したけりゃ医療とかかわるな」を読んで 
田中奈保美:著「枯れるように死にたい―「老衰死」ができないわけ」を読む
「尊厳死」法制化の動き
“看取り”と向き合う~石飛幸三医師の話

130220karasu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年2月19日 (火)

「生まれ変わって怨みを晴らす女達の話」~経典「真理の言葉」より

雑誌「大法輪」(2013年2月号)に、あの有名な“怨み”についての解説があった。自分はこの言葉が好きだが、背景にあったこの物語は知らなかった・・・。

 「いま、仏教を学ぶことの意味~なぜ人を殺してはいけないのか
    東洋大学名誉教授 菅沼 晃
生まれ変わって怨みを晴らす女達の話
「相手の怨みに対して怨みの心をもって報いるならば、怨みはいつまでも止むことがない。怨みは怨みを離れることによって止む。これは永遠の真理である」(『真理の言葉』 五)
 これは、仏教徒なら誰でも知っている言葉ですが、イスラエルとパレスチナの抗争に当てはめれば、次のようになるでしょう。
「敵側の怨みにもとづく攻撃に対して、こちら側も怨みの心によって反撃を加えるならば、怨みによる暴力行為は果てしなく続くことになり、ついに停戦はできず、和平は実現しない。双方が歴史的な事情を知って、相手の立場をよく理解すれば怨念はひとりでに消える。これは、どのような紛争の解決にも通ずる、変わることのない法則である」
 『真理のことば』の注釈書には、この詩句が説かれた因縁が次のように記されています。昔、コーサラ国の都サーヴァッテイーに、子供の産めない女性があり、夫のために子供を産める若い女性を自分で家に連れてきました。しかし、夫が若い女性に執着して自分をのけ者にするのではないかと思い、若い女性が妊娠する度に食事に毒物を混ぜて流産させ、これをくり返すうちに、三度目にはついに胎児とともに若い女性をも殺してしまいました。死ぬ間際に、彼女は「あなたは私の三人の子供を殺したうえ、私まで殺した。次の世では人食い鬼に生まれ変わってあなたの子供を喰い殺してやる」と叫びました。
 この怨念がもととなって、二人の女性の間に、相手がニワトリに生まれ変われば自分はネコとなって喰い殺す、さらに次の世で相手が牝鹿に生まれれば自分は雄ヒョウとなる、相手が長者の娘に生まれて子供を産めば、自分は人食い鬼に生まれて彼女の子供を喰い殺すという、三世にわたる何ともすさまじい報復バトルが行われました。
 三人目の子供が人食い鬼に喰われそうになったとき、母親はブッダの滞在する精舎に駆け込み、ブッダに助けを求めました。ブッダは人食い鬼をも精舎に招き入れ、「お前たちはヘビとマングースのように、カラスとフクロウのように、永劫に憎みあうのか」と厳しく誡め、上記の詩句を説いたと伝えています。
 「カラスとフクロウのように」とは、夜は目が利かないカラスと昼間は目が見えないフクロウが互いに憎みあい、いがみ合った末に、カラスは巧妙な策略を使ってフクロウの巣に入り込み、火を付けてフクロウの群れを皆殺しにした、という話です(『雑宝蔵経』)。
 それにしても、三度も生まれ変わって互いに怨みを晴らそうとするどす黒い情念には驚くばかりですが、怨みの心は人間の情念の中で最も消し難く、鎮め難いものであることがわかります。
 また、互いに憎みあい報復をくり返すうちに、ついに一方が敵対する側の本拠にのり込み、火を放って敵を皆殺しにするという話しには、現代のテロ事件を連想させる不気味なほどの現実感があります。」雑誌「大法輪」(2013年2月号p144より)

こんな物語を読むと、2500年前のブッダの時代から、人の営みは何も変わっていないな、と思う。2500年前というと、日本では縄文時代。それ以来、文化はもとより何もかもが変わっている現代といえども、人間の本性は変わっていない・・・。怨み、などの感情が・・・。
つまり、人間も自然界における動物のひとつ、ということなのだろう。理屈では御しきれない、ただの動物・・・。

この怨みという感情。これを乗り越えるためには、何が必要なのだろう?
坐禅による修行?? それとも、勉強による鍛錬??
いや、それより、果たして乗り越えなければいけないのだろうか?
今日も裁判のニュースが流れていたが、被害者家族は最高刑を望む。それは当然・・・!?

最近、この「怨み」という暗黒の感情を乗り越える一つの道は、“齢(よわい)”かもしれないな・・・と思いだした。
人間、還暦くらいに達すると、人生における自分の可能性も能力も、だいたいが分かってしまう。つまり、自分はこの位の人間だ、ということが分かってしまう。すると自然に肩の力が抜けてくる・・・。背伸びはもうしない。すると、怨んだりすることが、おっくうになってくる。
肩の力が抜け、日常で「足るを知る」ことが少しでも分かってくると、誰に何を言われても、あまり怒らなくなる。あまり恨まなくなる。そして、心は自然体・・・
まあこれは、「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」という希望的スタンスだが、困難がやってきても、受け流すことを覚え、段々と力を抜いていく。そんなことがこれかっら必要かも知れないな、と思うこの頃である。

(関連記事)
「恨みを捨てれば敵は消滅する」~ブッダの教える発想の転換(1/5) 

130219tora <付録>「2012年ナショナルジオグラフィックフォトコンテスト受賞者」の写真集は(ここ
boston.com/bigpicture 2013年1月7日より
~リンク先をクリックして、当サイト推薦の素晴らしい写真をぜひご覧下さい!

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2013年2月17日 (日)

冨田勲の「イートハーヴ交響曲」から「雨にも負けず」

NHK「ETV特集~音で描く賢治の宇宙~冨田勲×初音ミク 異次元コラボ~」(2013/02/03放送)(ここ)で、宮沢賢治の「雨にも負けず」の合唱曲を聴いた。
この番組は、またまた新聞の番組欄で知って録画しておいたもの。その番組を見て、この素晴らしい音楽「イートハーヴ交響曲」を知った・・・
なかでも、宮沢賢治の詩に冨田勲が作曲した、合唱曲「雨にも負けず」が耳から離れない。一部分を聞いてみよう。

<冨田勲・作曲「雨にも負けず」>

「雨にも負けず」
  作詞:宮沢賢治
  作曲:冨田 勲
雨にもまけず
風にもまけず
雪にも夏の暑さにもまけぬ
丈夫な体をもち
慾はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず
野原の松の林の陰の
小さな茅葺きの小屋にいて
東に病気の子どもあれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろと言い
日どりの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼうと呼ばれ
ほめられもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしはなりたい 

この「雨にも負けず」は、「イーハトーヴ交響曲」の第6楽章である。冨田勲の「イートハーヴ130217tomita1 交響曲」については、自分はまったく知らなかったが、昨年(2012年)11月23日に東京オペラシティコンサートホールで初演された模様を、テレビの番組では伝えていた。
それによると、10年前、冨田さんの親戚(又従兄弟)にあたる元東北大学元総長の半導体の権威・西澤潤一氏が、「これ(雨にも負けず)に曲をつけ130217tomita0 てくれんか」と言ってこられたのが事の発端だったという。それが10年経って、今やっと実現した・・・。
しかし五七五などの定型詩と違い、語数が自由なこの詩に曲を付けるのは大変だったろうと思う。しかし素晴らしい合唱曲になっている。
(実は自分は、宮沢賢治の作品はほとんど読んだことが無く、「イーハトーヴ」という言葉も知らなかった。Wikiによると「イーハトーブとは宮沢賢治による造語で、賢治の心象世界中にある理想郷を指す言葉である。」とのこと)

番組をじっくりと見たが、このコンサートが既にCDとして発売されていることを知り、早速CDを注文してしまった。それが今日届いた。改めて全曲を通して聴いてみると、何という壮大な音楽か・・・。何という異次元の音楽か・・・。

自分が聞く日本の作曲家による交響曲は、それほど多くない。他には小川寛興作曲の交響曲「日本の城」(ここ)くらい・・・。
ピュアな交響曲とは違う、次元を超えたこの「イーハトーヴ交響曲」。歌うのはコンピュータ人間の「初音ミク」。これも名前やその存在は知っていたが、歌を聞くのは初めて・・・。シンセサイザー音楽の草分け、冨田勲氏らしい選びかた・・・。
しかし冨田勲氏も、齢(よわい)80にしてこの大事業。人間、その気になれば何でも可能?

背景はこのテレビ番組で良く分かった。先のNHKの番組と言い、今日送られてきたCDと言い、こう短時間のうちに何度も聞いた番組、音楽は自分にとって珍しい。
この「イーハトーヴ交響曲」のCDは、数ある自分のCDライブラリーにとって、大切な1枚となると同時に、合唱曲「雨にも負けず」は、これから多くの合唱団が歌う、合唱曲の古典になるだろう、と思いながら聞いている。
自分の知らない(古いCDの)音楽探しも良いが、こんな新しい音楽探しも、また楽しいものである。

130217neiki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年2月16日 (土)

「集団的自衛権」についての新聞各紙の社説での主張

なるべく政治的なことは書かないようにしているのだが、今朝の日経新聞の社説「集団的自衛権の行使に道を開くときだ」は、自分にとって少々ショッキングだったので、つい書いてしまう・・・。まず読んでみよう。

<2013年2月16日付「日経新聞」社説>
「集団的自衛権の行使に道を開くときだ

 アジアの安全保障の情勢は厳しさを増している。日本はどうやって国益を守り、アジアの安定に貢献していくか。その処方箋を考えるとき、避けて通れないのが、集団的自衛権の議論である。
 第1次安倍内閣が設けた「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が、このほど活動を再開した。集団的自衛権の行使に向けた具体策の検討を進め、安倍晋三首相に提言するという。
 集団的自衛権とは、日本の同盟国などが攻撃されたとき、たとえ日本が直接攻撃されていなくても自国への武力行使とみなし、反撃する権利である。
 日本はそうした権利を保有しているが、憲法解釈上、行使できないという立場をとっている。日米の安全保障協力や自衛隊の国際貢献にとって、この解釈が大きな制約になってきた。
 日本の周辺では、さまざまな安全保障上の火種がくすぶっている。北朝鮮は核とミサイルの開発を加速し、挑発を強めている。尖閣諸島への中国の攻勢も止まる気配がない。
 これらの危機に対応するため、日本は米国や他の友好国との安保協力を強めなければならない。集団的自衛権についても、行使に道を開くときだ。
 議論の出発点になるのが、懇談会が2008年にまとめた報告書だ。この中で、弾道ミサイルが米国に向かうかもしれない場合や、公海上で共同行動している米艦船が攻撃された際には、日本としても集団的自衛権を行使し、対応すべきだと主張した。
 妥当な提言といえよう。日本は防衛を米国に大きく頼っている。一緒に行動している米軍が攻撃されているのに、「憲法上の制約」を理由に自衛隊が傍観したら、どうなるか。日米同盟が破綻するだけでなく、日本は人道的にも国際社会から非難を浴びるにちがいない。
 米国に向かいかねないミサイルを発見しながら、日本が何もしなかった場合も同様だろう。
 ほかにも検討すべき事例はありそうだ。懇談会では今後、大規模テロやサイバー攻撃などについても取り上げていく方向という。
 むろん、きちんとした歯止めが必要なことは言うまでもない。集団的自衛権の適用範囲や行使に際しての手続き、国会の関与などについて、法律で明確に定めなければならない。」
ここより)

広辞苑を引くまでもなく、「しゃ‐せつ【社説】新聞・雑誌などに、その社の主張として掲げる論説。」である。つまり、日経新聞は、法人として、「弾道ミサイルが米国に向かうかもしれない場合や、公海上で共同行動している米艦船が攻撃された際には、日本としても集団的自衛権を行使し、対応すべきだと主張した。妥当な提言といえよう。」というスタンス・・・。

自分のスタンスは、実に単純。人が殺し合う戦争は、何があってもしてはいけない。ただそれだけ。
半藤さんの本を読むまでもなく、先の大戦のように日本人はマスコミの扇動によって熱狂する民族。だからマスコミの戦争に対するスタンスは怖い・・・。
この日経のスタンスは、自分にとってちょっと予想外だったので、他の新聞のスタンスも気になり、調べてみた。まず朝日新聞・・・、

<2013年2月9日付「朝日新聞」社説>
「集団的自衛権 首相は何をしたいのか

 集団的自衛権の行使に道を開くため、安倍政権が、有識者による懇談会で検討を始めた。
 それによって日米同盟を強化するのだと安倍首相は言う。
 では、日米同盟をどう変えたいのか。平和憲法の原則をなし崩しにすることはないか。議論の出発にあたり、首相はまずそのことを明確にすべきだ。
 同盟国である米国が攻撃されたら、それを日本に対する攻撃とみなし、米国を守るために自衛隊が戦う。集団的自衛権の行使を日本に当てはめれば、こういうことだ。
 日本は戦後、憲法の制約のもと、自衛のための必要最小限の武力行使しか許されないとの立場をとってきた。
 日本が直接攻撃されていないのに米国を守るのはこの一線を越え、憲法違反だというのがこれまでの政府の解釈である。
 この解釈を改め、いくつかのケースでは米国を守れるようにしよう。さもないと日米の信頼関係が壊れると首相は唱える。
 尖閣諸島をめぐって日中間の緊張が続き、北朝鮮がミサイル発射や核実験を繰り返すなか、それへの牽制の意味もあるのだろう。
 首相がしばしば挙げるのが次のようなケースだ。
 ▽自衛艦の近くにいる米艦が攻撃を受けた▽米国に向かうかもしれないミサイルを日本のレーダーが捕捉した――。
 だが、政府の見解では、日米の艦船が並走しているようなときに攻撃を受ければ、自衛艦がみずからを守る名目で、これに反撃できる。
 さらに、現在のミサイル防衛には、米本土に向かうミサイルを撃ち落とす能力はない。
 一方で、日米の防衛体制はすでに深く結びついている。例えば、現代戦のゆくえを決するのは、潜水艦の位置や、ミサイル発射の兆候や軌道などの情報だが、日米は多くの情報を共有している。
 これ以上、いったい何をしたいというのか。
 東アジア情勢は大きく動いている。日米協力のあり方も、状況にあわせて変える必要はあるだろう。だからといって、なぜ集団的自衛権なのか。
 自民党は、その行使を幅広く認める国家安全保障基本法の制定をめざしている。
 これによって、憲法が求める「必要最小限の自衛」という原則や、それを具体化するために積み上げてきた数々の歯止めを一気に取り払おうとしているのではないか。
 だとすれば、かえって国益を損なうだけである。」(
ここより)

そして読売新聞は、
<2013年2月9日付「読売新聞」社説>
「集団的自衛権 安全保障法制を総点検したい

 安全保障政策の立案では、「現行の憲法や法律で何ができるか」にとらわれるだけでなく、「何をすべきか」を優先する発想が肝要だ。
 政府の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が、集団的自衛権の行使容認を提言する報告書を安倍首相に提出した。
 第1次安倍内閣が設置した懇談会は、首相退陣後の2008年6月に報告書をまとめたが、具体化されなかった。安倍首相にとっては今回が「再チャレンジ」だ。
 日本の安全確保に画期的な意義を持つ報告書であり、本格的な法整備につなげてもらいたい。
 報告書は、共同訓練中の米軍艦船が攻撃された際や、米国へ弾道ミサイルが発射された際、日本が集団的自衛権を行使し、反撃・迎撃を可能にするよう求めた。
 国際平和活動では、近くの他国軍が攻撃された際の「駆けつけ警護」を自衛隊が行えるようにする。「武力行使と一体化」する他国軍への後方支援は憲法違反とする政府解釈も見直すとしている。
 「集団的自衛権を持つが、行使できない」との奇妙な政府の憲法解釈を理由に、日本が米艦防護やミサイル迎撃を見送れば、日米同盟は崩壊する。国際平和活動で自衛隊だけが過剰に法的制約を受ける現状も早急に改善すべきだ。
 報告書は、基本方針の閣議決定、関連法整備などの歯止め措置も提案している。国内外の理解が得られる内容と言える。
 無論、衆参ねじれ国会の下、関連法整備は簡単ではない。公明党や内閣法制局も憲法解釈の見直しには慎重だ。報告書の具体化が夏の参院選後になるのはやむを得ないが、まず政府・与党内でしっかり議論しておくことが大切だ。
 安倍首相は、報告書で結論が出た4類型以外に、法整備が必要となる安全保障の課題についても検討するよう懇談会に要請した。報告書策定から5年近く経過し、より悪化した日本の安全保障環境に対応するには、適切な判断だ。
 尖閣諸島周辺では中国軍の挑発・示威活動が続いている。自衛隊に「領域警備」の新任務を付与し、武器使用のあり方を含め、警察権と自衛権の法律の隙間を埋める作業は優先度が高い。
 集団的自衛権の問題でも、防護対象を、近くにいる米軍艦船だけでなく、離れた海域で活動する艦船や、米軍の航空機などに拡大することも検討していい。
 安全保障基本法や自衛隊の海外派遣に関する恒久法の整備に向けて、安保課題を総点検したい。」(
ここより)

<2013年2月10日付「産経新聞」主張>
「安保懇談会 「国の守り」の総点検急げ

 第1次安倍晋三内閣で設置された「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(座長・柳井俊二元駐米大使)が再招集され、安倍首相は「日米安保体制の最も効果的な運用を含め何をなすべきか議論してほしい」と要請した。
 尖閣諸島に対する中国の力ずくの攻勢は、度重なる領海・領空侵犯に加え、海上自衛隊護衛艦への射撃管制用レーダー照射で深刻の度を増した。
 首相が日米共同の抑止力強化を重視するのは当然といえる。課題は多いが、可能なことから早急に実現することが必要だ。
 とりわけ核心的な課題は「保有するが行使できない」とされてきた集団的自衛権の行使容認だ。
 懇談会が平成20年にまとめた報告書は集団的自衛権の行使を容認すべき4類型を例示した。中でも「公海上での自衛隊艦船による米艦船防護」や「米国に向かう弾道ミサイルの迎撃」は、首相も「もし日本が助けなければ同盟はその瞬間に終わる」と重視する。
 懇談会が新たな報告書をまとめるのは今夏の参院選前となる。集団的自衛権の行使容認の関連法となる国家安全保障基本法を早急に成立させるのは簡単ではない。
 懇談会や政府内の議論を加速する一方、行使容認に慎重な公明党を説得し、憲法解釈の変更にいかに踏み切るかが問われる。
 首相が「国民の生命と財産、領土・領海・領空を守る上でどう対応していくかをもう一度議論してもらう」と安保政策の総点検を求めていることにも注目したい。
 政府が直ちに取り組むべき課題は、ほかにもある。
 国連海洋法条約が「領海内の無害でない活動に対して必要な措置をとれる」と規定しているのに、日本が国内法で領海警備法を制定していないことはその一例だ。中国公船による主権侵害を排除できない状況が続き、個別的自衛権が不十分な点を示している。
 レーダー照射問題では、海自護衛艦が現行の自衛隊法では十分な対抗措置をとれない課題も浮かび上がった。警告を無視する領空侵犯機に対し、実効性ある措置をとれない状態も放置されている。
 自衛隊の武器使用範囲を定める交戦規定(ROE)も早急な見直しが必要だ。オバマ米大統領との首脳会談で、首相は同盟強化へ向けて日本がとるべき具体的な筋道を明確に示す必要がある。」(
ここより)

毎日新聞は昨年末に、こんな社説を・・・
<2012年12月09日「毎日新聞」社説>
「集団的自衛権 憲法の歯止めが必要だ

 自民党が衆院選の政権公約で、集団的自衛権の行使を可能とし、これを盛り込んだ「国家安全保障基本法」を制定すると主張している。日本維新の会も同様の公約を掲げた。
 これに対し、共産、社民両党は反対を明確にし、公明党も慎重姿勢である。民主党公約には言及がない。
 政府は従来、憲法9条が許容する自衛権行使は日本を防衛する必要最小限度にとどめるべきもので、集団的自衛権行使はその範囲を超え、憲法上許されないとしてきた。自民党の主張は、改憲しなくても集団的自衛権を行使できるよう、憲法解釈を変更しようというものだ。
 日米同盟は日本の安全保障政策の基盤であり、東アジアの安保環境は厳しさを増している。今後、日米の共同対処が求められる場面も想定されよう。日米同盟の効果的な運営に集団的自衛権行使が必要だとする政治的要請が強くなっている。具体的には、共同行動している米艦防護、米国に向かうミサイルの迎撃が議論となることが多い。これらは集団的自衛権行使の限定されたケースにとどまっているとも言える。
 しかし、自民党の憲法解釈によると、集団的自衛権の行使について憲法上の制約はない。歯止めを設けるとすれば、法律(国家安全保障基本法)によるとの考えのようだ。
 これでは、憲法が他国の領土における武力行使も容認していることになってしまうのではないか。北大西洋条約機構(NATO)加盟の英国は集団的自衛権の行使としてアフガニスタン戦争に参加したが、憲法上は日本も参戦が可能となる。
 現憲法が他国の領土、領海での戦争参加を認めているとは到底考えられない。集団的自衛権行使を容認するよう憲法解釈を変更するとしても憲法による歯止めは必須である。
 集団的自衛権をめぐる議論の中には、現憲法の下でも、「日本の実体的権利が侵害されている」と認定される場合には、その行使が容認される余地が生まれるとの解釈もある。その場合は「日本の防衛との緊密性、一体性」が要件となる。たとえば、いわゆる「周辺事態」において共同行動している米艦防護はこれにあたろう。この議論では、「緊密性、一体性」なしには集団的自衛権は行使できない。これは憲法上の制約である。
 現在の政府の憲法解釈は長年の論議の積み重ねの結果であり、法体系の根幹である憲法の解釈変更には慎重な検討が必要だ。日米同盟の重要性や安保環境の変化といった「政治論」だけで「憲法論」を乗り越えるという手法には違和感が残る。」(
ここより)

長大な引用で恐縮である。しかし各紙の主張は、比較しながら一字一句をじっくりと読む必要がある。しかし自分はここで、それらにコメントする気はない。要は、各紙がそのようなスタンスである、という事実の認識。

半世紀も前の学生の頃、「朝日ジャーナル」が流行(はや)っていた。そこで、今でも覚えている指摘があった。デモと学生のぶつかり合い。学生が警官に警棒でたたかれている写真を新聞に載せるか、それとも学生が警官に向かって投石している姿の写真を載せるかで、読者の心情をコントロール出来てしまう・・・というもの。

各新聞やTVの報道も、盲目的にそれらを鵜呑みにするのではなく、自分の目、自分の価値観で、それらを聞く姿勢が益々必要になってきたな、と思うこの頃である。
(まあ自分はトシなので徴兵されることはないと思うが、子や孫の代が、冗談ではなく、心配になってきた・・・)

130216boston <付録>「写真で見る2012年:パートI」の写真集は(ここ
boston.com/bigpicture 2012年12月17日より
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2013年2月15日 (金)

「ブランド死守したネスレ」~ブランドとは?

先日の日経新聞「経営の視点」というコラムにこんな記事があった。曰く・・・

ブランド死守したネスレ~原則貫くグローバル経営を
 サントリーホールディングス(HD)は中核会社のサントリー食品インターナショナルを、年内にも上場させる。狙いは世界市場で成長するための資金調達。そんなサントリーHDが、グローバル企業へ脱皮するための指標としているのがネスレだ。ネスレは世界140カ国以上で事業を展開し、年間売上高は7兆円を超える。歴史を感じさせるエピソードも多い。スイス本社の経営会議には、紀元1000年から2012年までの国別の国内総生産(GDP)の表が出てくる。
 ネスレの日本進出は今年でちょうど100年。インドや中国もほぼ1世紀だ。日本法人のネスレ日本(神戸市)には労働組合もあり、平均勤続年数は長い。雇用のあり方は日本企業的だが、ビジネスのやり方は日本離れしている。
 数年前、ネスレ日本はイオンと大げんかした。イオンがプライベートブランド(PB=自主企画)でネスレのチョコレート菓子「キットカット」に似た商品を発売し、大量に陳列した。しかもその横に本物のキットカットをわずかな量だけ並べていたのだ。
 ネスレ側はこの「仕打ち」に激怒。イオンは売上高の約10%を占める最大の販売先だったが、一切の販促費を止めた。イオンにおけるキットカットの販売は減少。ネスレ日本の売り上げも落ち込んだが、平然とこう言い放った。「キットカットは中身をPBと入れ替えたとしても必ず売れる」。その価値がわかっていないことへの抗議だった。「本物のブランドは味と品質に優れるだけでなく、消費者の感情に入り込んでいる」とネスレ日本の高岡浩三社長は話す。グローバル成長には世界共通のメガブランド商品が不可欠。それを育てるには時に販売減のリスクを冒してでも、ブランド価値を守るこだわりが必要というわけだ。
 日本企業の商品が味や品質で劣っているわけではない。だが毎年大量に商品を出し、短期間で店頭から消えていく。生産と販売はあってもいまだに商品を消費者に根付かせるマーケティング力が弱い。世界どころか、国内でもブランドは育ちにくいのが実情だ。
 ちなみにイオンとはその後、関係を修復した。イオンもこうした経験をへて「メーカーブランドの類似品だけではPBは成長しない」ことを理解した。PBの開発力が向上するきっかけになったという。
 ネスレ日本がブランドとともにこだわるのは利益率だ。同社では営業利益率が10%に達しない事業は撤退の対象となる。
 洋風だしの「マギーブイヨン」は黒字だが、利益率の目標は未達。洋風だしとしてはブランド力あるマギーをやめるのは消費者への不利益になる。そこでネスレ日本では今春から販売活動をすべて食品卸に移管することを検討している。営業費用を抑えて事業コストの圧縮につなげる考えで、やはり原則を貫く。
 ネスレの場合、自国市場の狭さが海外進出を促した。成長力は失っても日本は大きな市場。居心地の良いホームグラウンドを離れ、いかにアウェーでブランドを根付かせ、利益を上げるか。グローバル経営に挑む日本企業の課題だ。(編集委員 中村直文)」(2013/01/28付「日経新聞」p9より)

休日に、カミさんに付き合ってよくスーパーに行く。その時に、良く目にするのがPBだ。カミさんが言うには、「セブンの名の商品があっても良い。しかし、それ以外の商品を排除するのはどうか・・・」。つまりセブンブランド以外の商品を置いていない場合がある。すると客は、どうしてもそのPB商品を買わざるを得ない。これは良くない。強制の販売は良くない。
もしそれがイヤだと、客はそのスーパーに行くことを諦め、別のスーパーに変えなければいけない。これはメンドウ・・・

ブランドは強制で根付かせるものではなかろう。一般の商品と並べて置いて、それでも客に買わせる魅力が無ければ、生き残れない・・・

“ブランド”という言葉で思い出すのが、ロールスロイスのお話。
「ある富豪がロールスで砂漠を横断中に故障。無線でサービスセンターと連絡を取ったところヘリコプターで新車のロールスを空輸して故障したロールスを持ち帰り、富豪は無事帰宅出来たという伝説があります。
これには後日談もあり、富豪が代金を支払おうとロールスに連絡した所そのようなサービスは行っておりませんと言う回答に加え、「お客様、ロールスロイスは故障しません」と、返されたというお話です。」(
ここより)

この物語には、色々なバージョンがあるそうだ。修理部隊が颯爽と現れたり・・・。何がオリジナルかは知らない・・・
このようなお話を「都市伝説」というのだそうだ。Wikiによると「大辞林 第二版には「口承される噂話のうち、現代発祥のもので、根拠が曖昧・不明であるもの」と解説されている。」とのこと。
まあ、とてもホントウとは思えないお話だが、それでもなお、皆を「なるほど・・・」と思わせるブランドの魅力がこのお話にはある。つまり、「さもありなん」と思わせるブランド力があるわけだ。

こんなお話に比べ、同じ車でも、先日の韓国・現代自動車による燃費水増し事件は、お寒くなる話。

「・・・現代自は米環境保護局(EPA)の調査で、傘下の起亜自動車と合わせ、米国で近年販売していた主力の中型セダン「ソナタ」や「エラントラ」など全体で13車種、合計90万台について燃費性能を誇大表示していたことが発覚。燃料1ガロン(約3.785リットル)あたり最大6マイル(約9.6キロ)を水増しして表示していたのだ。対象となった13車種のうち6車種の最大燃費が、米国でエコカーの目安とされる1ガロン40マイルと水増し表示していた。・・・」(2012/12/25付「日経新聞」(ここ)より)

結局、実力が無い者が、背伸びをする・・・。そして破綻・・・

何? 我が家のブランド力?? あるわけないでしょ!? 学歴も、家督も資産も、何にもない。それなので、何と気楽な人生か・・・。ノーブランド! バンザイ!!

130215jyaki <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年2月14日 (木)

「いま毋に会えるなら」~親との付き合いに思う

昨日、カミさんが懇意にしていた近所のおばあさんが亡くなった。90歳を超えていたとはいえ、何とも心が痛む・・・
先日、カミさんが「どう思うか?」と読み上げた新聞の一文がある。曰く・・・

いま毋に会えるなら
 友人を見舞った病院のエレベーターで、年老いた母と息子らしい2人と乗り合わせた。入院姿の母親が「忙しいんでしょう」と50代ほどの息子に言うと、「忙しい!」と厳しい口調の一言。「同じだ」と、何ともやり切れなくなった。
昨年、母は92歳で亡くなった。約20年前に父が亡くなってから一人暮らしだった。阪神大震災での仮設住宅でも、再建した家でも自立して生活していた。
 私は盆と正月には神戸へ帰省し1、2泊した。母はうれしそうな顔をしてしゃべり通しだった。少しは黙ってテレビでも見てもらいたいと思っていた。近所の叔母は「あんたが帰っているときだけよ。あんなに元気なのは」と言っていた。数年前から耳が遠くなったが、帰省すると相変わらず近所の話をしたり、私の家族の様子を聞いたりした。私は聞いているふりをして、相づちをうっていた。
 昨年、入院した母を見舞うと、「百まで生きるから心配はいらんでぇ」といつもの調子で話していた。その2週間後に亡くなった。「廊下を人が通ると、あんたが来たんじゃないか、といつものぞいていたよ」と叔母に言われ、うなずくしかなかった。(会社員 男性63歳)」(2013/02/10付「朝日新聞」より)

この話は、母親対息子の姿である。なかなか付き合いが難しいという母親と息子の関係。それを如実に表しているこの一文・・・。
前に見た、あるテレビドラマの一シーンを思い出した。壇ふみが病牀の父親の看病でベッドの横についていると、(兄か弟か忘れたが)男が見舞いに来てひとこと、「痛いんか・・・」。
このひと言を聞いて、女性は怒る。男はなっていない・・・、と。

またまた話は飛ぶが、前に、すぎもとまさとが歌った「吾亦紅(われもこう)」(ここ)という歌があった。
死んだ母親を慕って歌うこの男の姿をどう見るか・・・だ。これは(女性が理解出来ない)“男の美学だ”という・・・
しかしそれは、現実的な女性の価値観から見ると、「何で死んだ後に謝る?」「なぜ生きている内に、してあげないのか?」・・・と映る。

実はウチのお袋から何度も言われていることがある。「何かをしてくれるのなら、今してちょうだい。死んだ後で何を思われても、嬉しくない」・・・
言われてみれば、そりゃそうだ。でも男は、立派な墓を作ったとか、立派な葬式や立派な法事を行ったとかに、価値を見出す?? でも死者にとっては、それらはもはや何の意味もない・・・。
「そんなことをする位なら、生きている内に顔を出せ」「生きている内に、優しいひと言でも言え」・・・。まっ・・・ネッ。
それは中には、忙しい中、来てくれただけで充分、という母親もいるだろう。でも果たして、上の投稿にあるような「忙しいんでしょう」「忙しい!」という会話が、病牀の親の心を癒すものかどうか・・・

そして、男女の価値観について思う。形に囚われる男の価値観。より現実的でリアルな女性の価値観・・・。
そんな価値観で考えて行くと、墓や墓参りはどれほどの意味があるのか・・・、とも思う。生きているうちの付き合いが全て・・・。死んだ後は、墓などの形に囚われない“故人を偲ぶ想い(心)”だけで充分な気もする。
「親孝行 したいときには親はなし」「石に布団は着せられず」・・・
まあ、親との付き合いは、生きている今のうちに“心して・・・”かもね。

130214sora <付録>「空」の写真集は(ここ
boston.com/bigpicture 2013年2月4日より
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2013年2月13日 (水)

「禁煙、まだ間に合う?~40歳前後までで平均余命正常化」

先日の日経新聞に、禁煙についての記事があった。曰く・・・

禁煙、まだ間に合う?~40歳前後までで平均余命正常化 米専門家ら調査
 米医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」電子版はこのほど、40歳前後までに禁煙に成功した人は、喫煙により縮んだ平均余命を非喫煙者並みに取り戻せるとする米国やカナダの専門家による研究結果を掲載した。
 喫煙者の平均余命は喫煙したことがない人に比べて10年以上短くなるが、34歳以下で禁煙に成功した人は喫煙を続ける人より平均余命が10年長くなり、まったくたばこを吸ったことがない人とほとんど同じ生存確率を示したという。
 禁煙に成功した年齢が35~44歳の場合でも喫煙を続ける人より平均余命が9年長くなる。45~54歳の場合でも6年、55~64歳でも4年、平均余命を取り戻せるという。
 しかし、肺がんなどのリスクは禁煙後も長期間続くことになるため、分析に当たった専門家は米紙に「40歳までなら吸っても大丈夫」などと安心すべきではないとくぎを刺している。
 調査は1997~2004年に保健関係の面談調査を受けた米国の25歳以上の男女約20万人の喫煙歴や死因を分析した。(ワシントン=共同)」(2013/01/28付「日経新聞」p38より)

この調査は、20万人の大調査なので、結構信頼できるかも・・・。
それにしても、だいぶん喫煙率が減ったとはいえ、まだまだ愛煙家は多い。自分の会社でも、喫煙場所は屋外の階段の踊り場。そこで社長も震えながらタバコを吸っている。なにもそこまでしなくても・・・と思うのだが、そこは別世界・・・。

自分も独身時代と新婚時代の少しの間、煙草を吸った。何年吸っていたか、今となっては覚えていない。でも上の記事で言う34歳前には止めたような記憶が・・・
しかし現在の自分のタバコ嫌いは凄まじい。今となっては、あのタバコの臭いは到底我慢出来ない。

昔、サラリーマン現役の担当者だったころ、専売公社(現JT)の工場に、仕事で行ったことがある。宮崎の都城と茨城の友部。工場内には、ワゴンに持ち帰り自由のたくさんのタバコが置いてあり、誰でも自由に吸えた。今はどうなっているか・・・
wikiによると、現在のJTの工場は12、それに引き替え、JT設立(1985年)以降に閉鎖された工場は27にのぼるという。まさに時代の変遷を物語る。
132213kituen しかし、新聞に載るJTの売上は伸びているらしい。今や海外売りの方が多く、積極的な海外戦略により、JTは売上で世界第3位だという。

ともあれ、日本ではもはや目のカタキにされているタバコ。それでも日本の男性の喫煙率は男性で3割、女性で1割とのこと。世界で見ると、男性はまだまだ禁煙後進国。
肩身の狭い愛煙家も、周囲に気を使いながら、吸うしかない・・・ね。お大事に!!

130213satetu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年2月12日 (火)

「中国の領海問題」~中国の国内事情

今日は、北朝鮮の3回目の核実験のニュースが流れた。
北朝鮮と同時に、相変わらず、中国問題の話題も多い。中国海軍艦船による「レーダー照射」問題や、PM2.5の大気汚染問題など・・・。
先日、NHKラジオ深夜便で「中国文化の懸け橋となって~麗澤大学教授…三潴正道」(2013/01/17放送)を聞いた。その中で、こんな話をしていた。
・領有権について、中国は日本に対しては大陸棚を主張している。しかしベトナムに対して130212ryoukai は、大陸棚ではベトナムに有利になるので、海の真ん中だと逆の主張をしている。それに対して中国の外務省関係のエライ人は、その時その時で、自分に有利な主張をするのは当然だ、とひるまなかった。
・尖閣諸島問題は、漁業の問題も関係している。中国では沿岸漁業が壊滅的。強力な網で根こそぎ魚を捕ってしまったので、渤海湾などではもう魚が捕れない。だから漁民は北朝鮮や韓国の領海に入って行って問題を起こす。排水汚染も深刻で海を汚している。それに沿海が、港の開発や工業団地の工事などが行われていて、魚が浅瀬で産卵できない。海運の発達130212south_china_sea の問題もある。それで中国600万の漁民が生きていくためには、尖閣や南シナ海に行って捕るしかない。これを地方の政府がコントロールしようとすると、民衆が暴発するので止められない。
・中国には、まあまあ、という文化がない。2010年にあった尖閣諸島中国漁船衝突事件でも、日本側が日中関係を考慮して中国人船長を処分保留で釈放すると、中国は謝罪と賠償を求め。つまり、中国では釈放するのは無罪の証拠、無罪なら賠償するのが当然・・・というカルチャー。

先日、こんな話を聞いた。病院で皆が列んで順番を待っていると、中国の人がやってきて、大声で“救急だ”“先にしろ”と騒いでいた、という。中国人のモラルは、日本人とは違うな・・と感じたとか。
日本の常識からすると、中国はモラルが低い・・・。しかしこれは、低いというより文化の違いなのかも知れない。中国では、電車に乗るときも、自分が乗るために、降りる人の事など構っていられない。だから降りる人のことなど無視して我先に乗ろうとする・・・。
まあ「郷に入いっては郷に従え」だが・・・。
でも下の写真を見ても、中国の大気汚染はひどい。まあ日本も昔を思い出すと、エラそうなことは言えないけどね・・・
せっかくの隣国。何とか仲良くできないものだろうか・・・ね。

130212tyuugoku <付録>「中国の空:汚染の毒性レベル」の写真集は(ここ
boston.com/bigpicture 2013年1月25日より
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2013年2月11日 (月)

TOKYO FMのアンテナが東京タワー頂上に!~今一息

TOKYO FMのアンテナが、今日(2013/02/11)AM4:55より、東京タワー頂上に変更になった(ここ)。従来の地上高180~220mから308~333mへ、100m以上高くなったのである。そして最大実効輻射電力も、従来の44.1KWから120KWに大幅にアップしたという(ここ)。

さて、どの位改善したか・・・? マルチパスがひどい当八王子での「TOKYO FM」の試聴レポートである。“百聞は一見にしかず”ではなくて、“百見は一聞にしかず”である。まず聞いてみよう。(FMチューナーはKENWOODのL-02T)

(TOKYO FM)
<従来アンテナ(2013/02/10 22時)の音>

マルチパスで、サ行の音が気になる。

<東京タワー頂上のアンテナ(2013/02/11 am5時)>

だいぶん改善されているが、まだ少しマルチパスノイズが残る。
スカイツリーのNHK FMではどうか・・・

<スカイツリーのNHK FMの音(2013/02/11 am11時>

さすがに、スカイツリーは、マルチパスノイズは気にならない。
比較の音源として、一番分かり易い時報の音で比べてみた。いつもの通り、フリーソフト「mp3DirectCut」で時報のポーンという880Hz部分を切り取り、「Audacity」でスペクトラムを比較してみた。(写真はクリックで拡大)

(旧アンテナ)    (新アンテナ)    (NHKスカイツリー)
130211am01ji 130211tokyofm2013_02_1810_00pmpon 130211nhk2013_02_1802_00pmpon_2

これを見れば一目瞭然。「TOKYO FM」はアンテナ高が高くなった分、電波の質が良くなり、130211nhk1204180500 だいぶん余計な周波数成分が減ったが、ピュアなスカイツリーのNHKには、遠く及ばないことが分かる。ちなみにNHK FMも、東京タワーの時は左の写真のようにマルチパスがひどかった・・・
*(旧アンテナ)及び(左)の写真は、L-02T ⇒ OLYMPUS VJ-10で録音。15KHz以上の波形はVJ-10によるエラーなので無視。(新アンテナ)及び(NHKスカイツリー)の写真は、L-02T ⇒ NAC-HD1で録音。
*またTOKYO FMの時報(880Hz)のレベルは、NHK FMの時報のレベルに比べて、4.5dB高かった。TOKYO FMの放送レベルは高いのだろうか?

しかし、電波が強くなったせいか(公式な測定器が無いので、強さの測定は出来ていない)、ノイズ量が極限まで少なくなった。
測定方法は、時報のポーンという880Hzの部分と、その直前の無音部分を「mp3DirectCut」130211sn1 で切り出して、「MP3Gain」で測定してその差を比較してみた。放送の音量は、何を基準に比較するかが難しいが、とりあえず時報のレベルとノイスレベルの差をS/N比と定義してみた。NHKは試験放送の1KHzが時報より1.8dBほど高いようだが、今回は無視した。
結果は、新しいアンテナになって、ノイズ量が激減した。S/Nが66dB(補正を入れると68dB?)とは、大満足の世界。ほぼ自分の機械の測定限界である。たぶん電界強度が相当強くなったのだと思う。
また、上記は自分の持っているL-02Tの予備機を使ったが、感度が約1dB良い現用機で、アンテナを10素子にしてみると、時報レベル93.2dBに対してノイズ量は25.3dBだった。何とS/Nは67.9dB!!デジタルFMチューナー(ここ)にも匹敵する限界の値である。やはり電波が非常に強力・・・

それにしても、新宿副都心の高層ビル群はなかなかやっかいらしい・・・。ビルによる電波の乱れは、その上を通すしかない・・・?
よって、この東京タワーの330mに対し、スカイツリーの550mは、やはり圧倒的な存在感。
ピンポイントでの評価ではあるが、当八王子(東京西部)における「TOKYO FM」の電波の質は、今回大分改善したものの、スカイツリーに比べると、もう一息・・・。しかし、他の地域では、電界強度が強くなったため、ノイズ量の低減など、大幅な音質の改善になったものと思われる。

(関連記事)
NHK東京FMのスカイツリー移転で電波状況が大幅改善 
スカイツリー/東京タワー/フレッツテレビのFM電波の差 
KENWOODのL-02Tを凌駕(?)~3万円弱のFPGAフルデジタルFMチューナーを入手 

130211nekonote <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年2月10日 (日)

都立・小平霊園を散歩

今日は、ひょんなことで、都立小平霊園に、愛犬メイ子を連れて行ってきた。公営の霊園に行ったのは初めて。
とにかく広々としている。墓と墓の間の通路も広い。お寺の墓地とはまったく違う。
門を入ると、右手に「合葬式墓地」との標識。行ってみると、大きな円墳が二つ。それぞれに石の墓誌があり、年度毎に氏名が刻まれていた。
円墳の中央には明かり取りだろうか、筒状の構造物。近寄って見ると、参拝者がお線香をあげてお参りしていた。持参の献花は溢れんばかり。(写真はクリックで拡大)

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帰りに、管理事務所に寄ってみた。すると親切に色々と教えてくれた。それによると、
・合葬式墓地1号基は、H10~14年に募集し、合葬式墓地2号基は(12,000体)H15~24年に募集して、昨年度で一杯になったとか。この墓地は、20年経つと骨壺から出して共同埋葬するので、H30年頃から、その年に空いた分をまた募集することになるだろう、とのこと。ここだけは、生前申し込みも可能だったらしい。
・その他、樹林墓地(10,700体)がH26年度から募集予定だという。これは遺骨を個別に30年間埋蔵した後、共同埋葬にする、という。
・この霊園は、5年間の管理料滞納で、戻されるという。ここには、約4万の一般墓地があるが、無縁墓地化や引き継ぐ人がいない事情で、共同埋葬に移る人がおり、毎年空いた部分を募集しているという。昔の墓地は広いので、2~3区画に分けて、1年に募集は80区画ほどだという。

帰りに、車で園内を少し走ってみたが、道も広々しており、ゆったりする気分。何よりも、宗教色が無いのが良い。管理料も安いし、実に合理的。しかし、遺骨を持っていることが条件で、抽選の倍率も数倍から十数倍とのことで、当選はなかなか大変らしい。

もう少しすると、団塊の世代が亡くなる時期を迎え、お墓探しも大変な時代を迎えるという。でもやはり、自分のお墓を持っていない人は、公営霊園が一番なのだろう。
少しでも合理的に、と考えると、合葬をどう捉えるか?、になる。合葬でも良い、と考えると、墓石も管理料も要らない埋葬場所が(抽選だが)手に入る。
我が家は、どうも今のお寺の檀家制度が納得出来ない。あまりに高価な費用故・・・
後の世代に、その負荷を背負わせるのも考えものだし・・・・
でもまあ、お骨あってのお墓問題・・・。この話は、備忘録として少しメモしておくだけで、オシマイ・・・。
上天気での愛犬の霊園の散歩道。足下は草でふかふか。何の気兼ねもなく、走り回っていたメイ子ではあった。

130210kawaii <付録>「ボケて(bokete)」より

●メモ:カウント~390万

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2013年2月 9日 (土)

「ロシア・ウラジオストクの日本愛」

たまには、こんな明るい(?)話題はいかが? 先日の朝日新聞に、こんな記事があった。(写真はクリックで拡大)

ロシア ウラジオから日本愛
 尖閣諸島や竹島、北方領土をめぐって周辺諸国との摩擦が続き、四面楚歌にも見える日130209vladivostok0 本。だが、日本海を隔ててすぐ隣に、掛け値無しで親日的な地域が存在することはあまり知られていない。朝日新聞が昨年、支局を開設したウラジオストクとその背後に広がるロシア極東地域だ。プーチン政権が極東開発を強力に進める中、日本の企業や自治体も熱い視線を送り始めている。
中古車人気「礼儀も伝わる」
 ウラジオストクの海沿いにある自動車学校「アニク」。ロシアは日本と逆の右側通行だが、教習車のほとんどが右ハンドルの日本車だ。ニコラエフ社長は「『いずれトヨタに乗るから日本車で講習を』との要望が強い」。ロシア極東部の沿海地方は、運転免許の技能試験130209vladivostok1 も右ハンドル車で受験できる珍しい地域という。街を走る車の9割は日本車だ。
 中古車販売場で知り合った40代の販売業者、サーシャさんは「日本車に乗れば道を譲りたくなる。車を通じて日本の礼儀も伝わる」と話した。
 トラック運転手だった22年前、初めて日本車に乗り、「別世界の乗り物だ」と感動した。1996年に船員手帳を取得して船員になり、日本で車を買い付けた。手帳があればビザなしで上陸でき、当時は無税で国内に持ち込めた。
 初めて行った境港(鳥取県)で5万円で買ったホンダ車を持ち帰ると25万円で売れた。走行距離が10万キロを超えても新品のロシア車より高性能で安い日本車は引く手あまただった。
 90年代、船員手帳が闇で売買され、多くの市民や業者が船員になりすまして日本で車を仕入れた。日本からロシアへの中古車輸出はピークの2008年に50万台を記録。
総輸出台数の半数近くを占めた。ウラジオストクは日本車の一大輸入拠点になった。
 最近は韓国車や欧米車も増えたが、市民には、ソ連崩壊後の経済混乱期に日本車ビジネスで救われた記憶が残る。サーシャさんは「私たちは日本車のおかげで生き延びることができた」と話した。
「高品質」缶飲料が大売れ
 「香りのスペシャル微糖」「さらっとしぼったオレンジ」。ウラジオストク市内で、日本製のコ130209vladivostok2 ーヒーやジュースが並ぶ自販機をよく見かける。
 地元企業が4年前に日本の中古機を10台置いたら大好評。今は87台に増えた。一本45~70ルーブル(約135~210円)で中国製より2~3倍高いが、「客は日本語を見れば高品質と信じて買う」とスビチェリク部長。月3万本以上売れるという。
 中古車ビジネスなどで日本を訪れた市民によって、食文化も伝わった。人口約60万人の市内に和食店が20~30店はある。
 日本食材専門店「ダンラン」には、スナック菓子や麺類などがずらりと並ぶ。
経営するのは極東屈指の日本食品輸入会社「エラン」。リンゴは1キロ750ルーブル(約2250円)で中国や米国産に比べ6~7倍高いが、甘くて大きな日本産は人気だ。
 同社の売り上げは過去5年で3倍に増えた。アベチシャン社長は「福島原発事故後も市民は日本製品を買い続けた。日本人はより安全な商品を供給するはずだと信じた」。
 ロシア科学アカデミー極東支部が10年に沿海地方などで行った意識調査では、日本に「最も愛着を感じる」と答えた人が40%で首位。中国16%、韓国15%とアジアでは日本の好感度が突出した。同支部は「日本の経済的成功と日本人の高い生活水準が影響している。領土問題など政治的要因の影響は少ない」と分析する。」(2013/01/31付「朝日新聞」p13より)


日本に住んでいると当たり前のことだが、海外から見ると日本製品に対する“安心感”は格別なものらしい。
彼の中国でも、ミルクなどの食や化粧品など、子どもの健康や安心にかかわるものは、売れ行きが落ちていないというので、中国もまあ現金なもの・・・。

言うまでもなく日本製品の高品質は文化。日本人は高品質のものしか買わないから、売るためには必然的に高品質にならざるを得ない。まあ日本から見れば当然のことだが・・・
中東だったか、SONYの靴が売られていたという話を聞いた。アジア諸国での、HONDAマークだけを付けた非日本製バイクが走る姿は日常的。

NHK BSプレミアムに「イッピン」という番組がある(毎週(火)17:30~)。最近では、「福島・川俣のシルク」「長野の木曽漆器」「新潟・燕のスプーンとフォーク」「埼玉・川口のフライパン」「今治タオル」「愛知・三河木綿」などの番組を見たが、どれも大変な技術。
安かろう悪かろう、とは一線を画し、独自の高品質を追っている。

世界の国々の中でも、引っ込み思案な日本人。もう少し誇りを持って、背筋を伸ばしても良いのかもね。

130209puzzle <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年2月 7日 (木)

定期健診をどう受ける?

だいぶん前になるが、朝日新聞「天声人語」に、健康診断についてのこんな記事があった。

「旅行会社に勤めるS氏(38)は定期健診で糖尿病の疑いを指摘された。精密検査で治療不要と分かったが、彼は以後、受診そのものをやめてしまう。「結果が出るまで、同僚と飲みに行っても楽しくないし、仕事にも集中できない。あんなストレスはこりごりです」と。
『健康診断の「正しい」読み方』(吉田和弘著、平凡社)にある話だ。健診で何か見つかり、働き盛りに「病身」のレッテルを貼られるのも怖かったという。だが、できる人こそ丈夫で長持ちしてほしいのが会社の本音である。
コンビニ大手のローソンが、健診を受けない社員と上司のボーナスを減らす新制度を、春から採り入れるそうだ。労使合意の「罰金制」により、社員3500人の完全受診を目ざす。
受診の催促(年3回)を無視し続けると、翌年度のボーナスが本来の支給額から15%カットされる。上司も管理責任を問われて10%減、勧められた再検査をサボっても削られるという。
予防医療を担う職場健診は、年1回以上が労使に義務づけられている。ただ、多忙などを理由に受けない人もいて、ローソンの昨年度の受診率は84%だった。ちなみに、朝日新聞の東京本社は昨秋が93%。日頃の不摂生を案じての高率にも思える。
健診を受けると健康になる、なんてことはない。エックス線撮影の被曝など心身の負担も伴うけれど、その功は罪に勝ろう。毎年の義務、というより権利を捨てては、望んでも受診しにくい人に申し訳ない。S氏、お元気だろうか。 」(2013/01/24付「朝日新聞」[天声人語]より)

自分のサラリーマン生活は、メーカーの工場生活がほとんどだったので、健診の“全員受診”は当然、と思っていた。法律で義務付けられている、という意識もなく・・・
しかし引退直前に営業の多い本社に移って、その、良く言えば自由さ、悪く言えばルーズさにビックリしたもの。
そんなことを念頭にこの記事を読むと、ローソンのような、拠点が多い会社の受診は、さぞ大変なのだろうと思う。
しかし、罰金となると、話は重い。個人の健康診断を、罰金でプレッシャーをかけるとは・・・。でも法律を守る、社員の健康を早期発見によって早期治療、と考えると分からなくもない。
S氏の精密検査の結果が出るまで不安、という気持ちも分かる。自分など、何かで指摘されようものなら、居ても立っても居られなくなり、直ぐに病院に飛んでいったもの。でも健診そのものを止めてしまう、というのも乱暴な話・・・。
でも自分も同じようなものかも・・・

さて、いよいよ自分も4月から国民健保に移る(ここ)。
今までは、会社で健診を受けていたので、通知が一方的に来るためあまり気に止めていなかった。しかし、今後は自分からアクションを起こさねば・・・。
ちょっと市のHPを覗いたら、市でも定期健診はあるようだ。当市の場合は、問診、血圧測定、尿、血液検査などで、胸部X線検査は65歳以上が対象とのこと。胃のバリウム検査は無いようだ。

ふと、前に健診についての記事を書いたな・・・と思い出して読み返したら、「肺がんX線検診 死亡率低下せず」(ここ)と、「胃がん・肺がん検診~有効性示すデータ、日本だけ」(ここ)という記事を書いていた。
だから・・・というワケでもないが、自分の場合、レントゲン検査を拒否してからだいぶん経つ。今後は行き付けの近くの医院で受診できるので便利ではあるが、まあ当分は同じようなスタンスで行こうかな・・・。

(関連記事)
「肺がんX線検診 死亡率低下せず」 
胃がん・肺がん検診~有効性示すデータ、日本だけ 

130207nature <付録>「2012年の最高の自然の写真」の写真集は(ここ
boston.com/bigpicture 2012年12月20日より
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2013年2月 6日 (水)

JR東の「雪“予想”」での運休対応に思う

昨夜までの大雪予報に、関東は大騒ぎ。でも今日の雪は予報が外れ、結果的に“大山鳴動して鼠一匹”。それにしても、相変わらずのJR東のお役所体質。いとも簡単な「運休」の決定・・・。ちょうど入試シーズンでもあるのに、なんともはや・・・。

昨日のFNNのニュースにこうある。
広範囲で大雪に警戒 JR東日本、運休や本数減らして運行へ
JR東日本では、雪の影響を見越して、運休や本数を減らして運行することを決めている
午前中の運休が決まっているのは、湘南新宿ライン、中央線特急のスーパーあずさ号、あずさ号、かいじ号など特急20本が運休予定になっている。
青梅線では、始発から午前10時まで、本数を普段の半分にして運行する予定。
6日の始発から、運行本数を普段の70%に減らす路線は、東海道線、横須賀線、総武快速線、中央線(快速)、中央・総武線(各駅停車)、山手線、京浜東北・根岸線、埼京線、宇都宮線(東北線)、高崎線、常磐線(快速)、武蔵野線、南武線、横浜線、京葉線、常磐線(列車・各駅停車)、川越線(大宮 - 川越)となっている。」(
2013/02/06 FNNニュース(ここ)より)

朝日新聞では、
大雪警戒 間引き運転
・・・ JR東日本は、雪に備えて首都圏の各路線で6日午前中に間引き運転を行う。湘南新宿ラインの運転を取りやめ、山手線や京浜東北線、中央線などで運転本数を7割程度に抑える。
 山手線は8時台に内回り、外回りで計49本運行しているが、34本程度に減らす。中央線の快速も8時台に通勤特快などを運休し、新宿発の上りでは約30本から21本程度にする。湘南新宿ラインは午前中は全て運休する。同社は「遅れが出た場合にダイヤの乱れを最小限にとどめるため」と説明している。 ・・・」(2013/02/06付「朝日新聞」p38より)

そして“結果”を報じる「朝日新聞」夕刊では、
首都圏で雪 ラッシュ時に間引き運転、大混雑の駅も
関東は6日未明から断続的に雪が降った。一方で、大雪の可能性もあった首都圏はそれほど降らず、雪と雨が入りまじる状態が続いた。JR東日本は雪を警戒し、朝のラッシュ時に運転本数を減らして対応。ターミナル駅は早めに出勤・登校した人らで大混雑した。・・・
・・・都心は雪がちらつく程度だった。
首都圏のJR各路線では始発から間引き運転を実施し、特急約90本を運休。運転本数を7割程度に抑えたところ駅構内が大混雑し、電車の遅れや一時運転見合わせが相次いだ。・・・」(
2013/02/06付「朝日新聞」夕刊p11、ここより)

3年ほど前に、台風の予報で、私鉄が動いているにもかかわらず、JRが全面ストップする事態を嘆いた記事を書いた(ここ)。

客先目線からほど遠いJR東の体質は、その時と同じ。もちろんあの3.11で、JRの駅を閉め、乗客を寒空に放り出したのと同じ。
一般乗客として素朴に感じるのは、私鉄が平常運転しているのに、何でJRだけが運転しないの??
それに対し、“同社は「遅れが出た場合にダイヤの乱れを最小限にとどめるため」と説明し130206shinagawaeki ている。”そうだ。ダイヤの乱れを最小限・・・と言っても、最初から乱れた7割のダイヤにしておいて、当然、駅や電車が混雑すると、今度は運休や駅(赤羽駅、品川駅等)の入場規制・・・。そして益々大混乱・・・。何ともワケが分からない。

JRは、対策本部を設けて徹夜で、対応をしているのだという。それなのに、何で天気“予想”だけで前日に運休を“決めて”しまうのだろう。
そんな対応を見ていると、私鉄の「電車を動かそう」という当然のスタンスに比べて、JR東は「台風や降雪、強風など、何かの理由があったら、出来るだけ運休したい」というスタンスなのだろうかと、勘繰らざるを得ない。

P10103421 法的に独立性の高い日銀でさえ、アベノミクスで切り込んでいく新政権。
到底公共機関とは言えないJRのこんな体質にも、同じように切り込んでくれないものか・・・
それとも、女子柔道のように、どこかに告発文を届けないとダメ? それは、どこに告発する??(左の写真は、この記事とは関係無いけど、雪の庭のエサ台)

(関連記事)
JR東の“お役所体質”~台風での運休に思う・・・ 

130206aniki <付録>「ボケて(bokete)」より

(追:2013/02/07)
今朝の朝日新聞「ニュースQ3」に、同じような趣旨のこんな記事があった。自分のような素人が唯一出来る抗議の手段として、この記事をNet上に留めておきたい。
大雪警戒、JR東だけ間引き運転 かえって大混乱
 首都圏に雪が降るという予報が出た6日午前、JR東日本は大規模な間引き運転をした。積雪は予報ほどではなく、駅や電車は大混雑した。一方、私鉄に大きな混乱はなかった。明暗を分けたのは――。
「駅間での停車 避けたかった」
 JR東の雪対策の狙いは何だったのか。
 JR東は5日午後、社内に対策本部を設置すると、6日午前中の間引き運転を発表した。山手線や京浜東北線や中央線の快速といった21路線で運転本数を5~7割に抑えるという内容。特急も90本以上が運休した。高崎線など4路線を経由する湘南新宿ラインは「影響が波及しやすい」として午前中は全て休んだ。
 ところが、数が少なくなった電車に乗客が殺到、駅や車内が混雑し、人身事故もあって最大60分遅れた。
 埼京線の武蔵浦和駅から山手線の新大久保駅に向かった食品会社員の男性(53)は、池袋駅で山手線に乗り換えるのをあきらめ、東京メトロ副都心線に乗った。普段の倍の1時間10分ほど電車に乗ることに。「JR東は運転本数ばかり考えて、乗客の数は考えていないのでは」と憤る。
 運転を間引いた理由を、JR東の広報部は「トラブルが起きた場合、本数が少ないほうが駅間で電車が止まってしまう危険性が低い」と説明する。1998年1月にも首都圏で大雪が降り、多数の電車が駅間で立ち往生した。駅間で止まると乗客の避難や誘導に時間がかかり、乗客が体調を崩す原因になりかねず、大雪や台風が直撃しそうな場合は間引き運転を検討することになったという。
天候を再確認 私鉄平常運転
 私鉄の対策はどうだったのか。
 私鉄各社は平常通りのダイヤで臨んだ。
 東急電鉄は、乗客の乗り降りに時間がいつもよりかかったが、各路線の遅れは10分程度だった。広報担当者は、間引き運転をしなかった理由について、「5日夜から警戒したが、天候の状況から必要ないと判断した」。JRよりも区間や駅間の距離が比較的短いため、トラブルが起きても対応しやすいことも、遅れが少ない理由に挙げる。
 東京メトロも大きなトラブルはなかったが、JRと相互直通運転を行っている千代田線と東西線は最大で20分遅れた。
「過剰な防衛」 厳しい指摘も
 JR東の対策は正解だったのか。
 私鉄各社からも「JRは路線も長く路線網も複雑。私鉄各社と単純に比べるのは気の毒だ」と同情の声があがる。だが、鉄道に詳しい明治学院大学の原武史教授(日本政治思想史)は手厳しい。6日午後、ツイッターで「災害に対する過剰な防衛本能が、無用な混乱をかえって拡大させている」と指摘した。
 朝日新聞の取材に、私鉄各社でも相互乗り入れが広がっていることを挙げ、「私鉄だって路線網やダイヤは複雑なはずだ。JR東は過去にも間引き運転で大混乱した経験があるのに、『路線が多い、複雑だ』という説明を繰り返すばかり。これでは乗客は納得できない。
 気象情報や各駅の社員からの情報で間引き運転は必要ないと判断したという京急電鉄の担当者は、「出来る限り輸送を確保するのが鉄道会社の使命。間引き運転は最終手段だ」。(中田絢子)」(2013/02/07「朝日新聞」p37より)

自分が乗る中央快速線では、平常時も「次の駅に、遅れた前の電車が止まっているため、発車できません」と、電車が駅間で止まらないように運行している。それが出来るのに、何で台風や降雪で、運行の間引きをしなければならないのだろう・・・

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2013年2月 5日 (火)

「国別お金持ち数 ベスト30」~日本の富裕層数は世界2位

先日の日経新聞に「国・地域別ミリオネア数」という記事が載っていた。ミリオネア数とは、100万ドル以上の純資産を持つ富裕層の概数だそうだ。それによると、何と日本は米国に次いで第2位。つまり世界で2番目にお金持ちが多い国、という事らしい。(写真はクリックで拡大)

<国別お金持ち数 ベスト30>
   
(国・地域別ミリオネア数)
①米国  1,102万人(3.55%)
②日本   358(2.83%)
③フランス 228(3.63%)
④英国   158(2.5%)
⑤ドイツ  146(1.8%)
⑥イタリア 117(1.9%)
⑦中国   96.4(0.07%)
⑧オーストラリア 90.5(4.1%)
⑨カナダ  84.2(2.5%)
⑩スイス  56.2(7.3%)
⑪スウェーデン 34.3(3.7%)
⑫オランダ  32.3(1.9%)
⑬スペイン  31.3(0.7%)
⑭ベルギー  26.9(2.5%)
⑮ノルウェー 22.9(4.7%)
⑯ブラジル  22.7(0.12%)
⑰韓国    20.8(0.43%)
⑱インド   15.8(0.013%)
⑲シンガポール 15.6(3.1%)
⑳メキシコ   14.1(0.12%)
21)オーストリア 13.7(1.6%)
22)デンマーク  11.7(2.1%)
23)インドネシア 10.4(0.043%)
24)ロシア    9.7(0.068%)
25)香港     9.2(1.3%)
26)トルコ    8.4(0.11%)
27)ギリシャ   7.0(0.61%)
28)イスラエル  6.9(0.93%)
29)アイルランド 5.9(1.3%)
30)ポルトガル  5.5(0.51%)
・・・・・
 マレーシア  3.6(0.13%)
 フィリピン   2.5(0.027%)
 タイ       2.0(0.029%)
 ベトナム   -
アジア太平洋   688.9万人
欧州         926.3
北米        1,186.8
ラテンアメリカ    52.7
アフリカ        9.5
世界        2,864.0
(注)国・地域別ミリオネア数は100万ドル以上の純資産を持つ富裕層の概数。クレディスイス調査。時価総額は2012年末、各国の証券取引所ごとに集計。

(2013/01/29付「日経新聞」p11より)

130205nekkeifuyuusou1 このリストを眺めてみると、まず日本の第2位にビックリ。フランスの3位も思ったより高位。それに引き替え、大英帝国イギリスの4位、経済大国ドイツの5位は予想よりも低い。彼のドイツがフランスの6割に甘んじているとは・・・。イタリアの6位、中国の7位は健闘している。そして10位スイス、11位スウェーデン、12位オランダは、国が小さい割に健闘している。韓国は日本の1/20。これからの国らしい。
そして、人口比率で並べてみると、
①スイス(7.3%) ②ノルウェー(4.7%) ③オーストラリア(4.1%) ④スウェーデン(3.7%) ⑤フランス(3.63%) ⑥米国(3.55%) ⑦シンガポール(3.1%) ⑧日本(2.83%) ⑨英国(2.5%) ⑩カナダ(2.5%) ⑪ベルギー(2.5%) ⑫デンマーク(2.1%) ⑬イタリア(1.9%) ⑭オランダ(1.9%) ⑮ドイツ(1.8%) ⑯オーストリア(1.6%) ⑰香港(1.3%) ⑱アイルランド(1.3%) ⑲イスラエル(0.93%) ⑳スペイン(0.7%) 21)ギリシャ(0.61%) 22)ポルトガル(0.51%) 23)韓国(0.43%)
24)ブラジル(0.12%) 25)メキシコ(0.12%) 26)トルコ(0.11%) 27)中国(0.07%) 28)ロシア7(0.068%) 29)インドネシア(0.043%) 30)インド(0.013%)

1位がスイスで、日本は8位。つまり、日本人のお金持ちは3%だって・・・! でも、こっちの順位の方がピンと来るな・・・。でもやはりドイツが低い・・・。それに韓国も、景気が良い割に23位とは・・・。そしてやはり人口の多いインドは低い。

この統計では、富裕層とは資産100万ドル、つまり最近の円安で9200万円(2013/02/05現在)の資産を持っている人だという。普通のサラリーマンでは全く縁のない世界。

130205nikkeifuyuusou2 一方、昨日(2013/02/04)の「日経新聞(p6)」に「日米仏の富裕層増税、格差是正・税収増の効果は」 という記事があり、同じような世界の富裕層の統計地図があった。この記事での富裕層の定義は、「仏系コンサルティング会社のキャップジェミニなどによると、11年時点で100万ドル以上の投資可能資産(自宅などを除く)を保有する個人は日米で人口の約1%、仏は0.6%を占める。」とある。

<100万ドル以上の投資可能資産(自宅などを除く)を保有する個人>
①米国 306万人
②日本 182
③ドイツ 95
④中国  56
⑤英国  44
⑥フランス 40
⑦カナダ 28
⑧スイス 25
⑨豪州  18
⑩イタリア 16
⑪ブラジル 16
⑫韓国  14

話は飛ぶが、先日、Netの東洋経済で「「生涯給料」トップ1000社」という記事を見つけた(ここ)。
130205syougaikyuuryou それによると、社員の平均年収が1000万円以上で生涯給料が4~5億円の企業がズラリ。相変わらず放送と商社が列んでいる。銀行が無いな・・・。ちなみにNHK(10,540人)の2011年の平均年収は、1185万円だそうだ。
自分とは関係無いけど、まあそんな世界もあるのだ。こんな人だと、貯金が1億円も夢ではない??
また話は飛ぶが、先祖代々の遺産がない人は、現役リタイア時点で、どの位の資産が必要なのだろう。もちろんこれには生活水準の問題があるが、Netでみると、色々な試算サイトがある。(一度やってみたが、あまりの“現実”との格差に愕然。見ない方が良い!!)
でも歳を取ると、それほどお金を遣えないのも事実。よって体が動くウチに、旅行などでお金は遣うものの、それでもなお、老後はお金を気にせずに生活できるとラッキーなのだが・・・ね。まあ虫の良い話だが、今までの生活水準を落とさずに・・・。なぜなら、倹約、倹約と言い出すと、日常がギクシャクするし、生活の潤いが無くなっていくので・・・。
それでぶっちゃけた話、我が家では、会社勤めが終わった時点で、老後生活費を試算することにしている。まあこれも、我が家の家訓“臭い物には蓋”・・・なのである。(これも、言い方を変えると、家庭内平和のための“生活の知恵”??)

130205dakar <付録>「ダカールラリー2013」の写真集は(ここ
boston.com/bigpicture 2013年1月16日より
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2013年2月 4日 (月)

上田益のレクイエム「あの日の悲しみを忘れない」とポール・モーリアの「カルテット・フォー・神戸」

先日、NHK FMの「ロマンチックコンサート~阪神・淡路大震災に寄せて」という番組(2013/01/12放送)で不思議な音楽を聞いた。先の神戸、東日本大震災への鎮魂曲である。

<上田益:作曲「あの日の悲しみを忘れない」~プラハ・フィル>

調べてみると、この曲は、作曲家・上田益(すすむ)氏が阪神大震災追悼のために書いた「レクイエム~あの日を、あなたを忘れない~」の第7曲「Non oblivisco dolorem iste diei/あの日の悲しみを忘れない」で、この部分の作詞は同じ上田益氏。歌詞はラテン語とのこと。
CDは2012年に、東日本大震災被災地への思いを込めて、上田益氏の指揮で、プラハ・フィルハーモニー管弦楽団/キューン合唱団及び日本のソリストによって、プラハで初録音されたという。
モーツァルトやヴェルディのレクイエムは良く聞くが、日本人作曲によるレクイエムは、一部とはいえ初めて聞いた・・・。しかし繰り返して聞くと、何と心に沁みる音楽だろう。

東日本大震災からもうすぐ2年。当時の光景は、誰の目にもまだ焼き付いている。
そして、想定外の原発事故。それにより、自分の家に帰れない多くの人々を思うと、経済大国日本を振りかざしたい自分も、心が萎える・・・。
言うまでもなく、一番安息が得られる場所は自宅。それを奪われた人々の心労は、想像に難くない。
震災や津波で亡くなった方、そして原発事故で未だに家に帰れない人たちに比べると、あらゆることが何とちっぽけな事か・・・

ふと当時書いた、大震災を海外のメディアが写した記事を開いてみた(ここ)。これらの写真を見ながら、今この音楽を聞いている・・・。何とも心が締め付けられる。まだ終わっていない現実・・・。そんなことを思い出しつつ、この鎮魂歌を聞いた。

130204koube_3 次いで放送されたのが、「カルテット・フォー・神戸」という曲。この曲は、ポール・モーリアが被災地、神戸の人々のために作曲したもので、演奏は、ポール・モーリア、レイモン・ルフェーヴル、フランシス・レイ、フランク・プゥルセルによる四重奏だという。

<ポール・モーリア「カルテット・フォー・神戸」>

大自然の前に、ちっぽけな人間の存在を思い知らされるひとときである。

(関連記事)
米メディアが伝える東日本大震災の写真 

130204jiritu <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年2月 3日 (日)

「死が恐ろしかったらどうしたらよいか」~この美しい目の前の世界

雑誌「大法輪」の2013年1月号の特集は「死から学ぶ生きる力」だった。その中にこんな一文があった。

死が恐ろしかったらどうしたらよいか
二つの詩をご紹介しましょう。

 「どう生きるか」
 生まれて死ぬ一度の人生を
 どう生きるか
 それが仏法の根本問題です
 長生きすることが幸せでしょうか
 そうでもありませんね
 短命で死ぬのが不幸でしょうか
 そうでもありませんね
 問題はどう生きるかなのです

 「人生に定年はない」
 人生に定年はありません
 老後も余生もないのです
 死を迎えるその一瞬までは人生の現役です
 人生の現役とは自らの人生を
 悔いなく生ききる人のことです
 そこには「老い」や「死」への恐れはなく
 「尊く美しい老い」と
 「安らかな死」があるばかりです

 もうおわかりですね。死を迎える一瞬までは「現役」と受けとめて、悔いなく生ききれば死への恐れはありません。

<死を恐れなかった少年の臨終>
 小児ガンで病と闘っていた小学三年生のS君がお母さんに告げました。
 「お母さん、ボク死ぬんだよね。ボク死ぬの怖い。けど頑張るよ。もし死ぬ時が近くなったら、ボクよいしょよいしょって言うからさ、家族みんなで、ボクの手を握ってよいしょよいしょって一緒に言ってね……」
 その日がやって来ました。
 家族が見守る中、苦しげに息をしながらもS君が声を出しています。
 「よいしょ、よいしょ、……」
 家族も共に連呼します。
 やがてS君の声は絶えて、安らかな死を迎えたのでした。小さな命の旅立ち、けれどそこには死の恐れはなく、みごとな臨終でした。」(雑誌「大法輪」2013年1月号p81より)

怖い死の世界に、「よいしょ、よいしょ」と掛け声をかけながら死んで行く子ども・・・。何とも言葉が無い・・・
誰でも一度は死ぬ。そんな当たり前のことから、極力目をそらせて生きている自分。上のS君とは大違い。大のオトナなのに・・・

なぜ死を見据えるのか。それはせっかくの残りの人生を、惰性で生きないための自分への戒め・・・。
それでは、「どう生きるか」・・・。そして「悔いなく生ききる」とは??
頭の中だけでぐるぐる考えていても、解があるわけではない。誰も、そんなことを思い巡らせているうちに人生が終わってしまうのだろう・・・。

最近良く思う。目の前に広がっている世界が何と“カラーで”美しいことか。駅で乗り換えるときの、前を歩いているアンチャンのマフラーの赤がキレイ・・・。目の前の世界が、何と“無限の解像度を持った”実にカラフルで美しい世界なのか・・・。
つまり、昔の白黒のテレビを思い出しつつ、 “見える”という当たり前のことでさえ、よくよく有り難いことなのだと思う。
もちろん、耳に聞こえる音も、そのハイファイたるや・・・。そして味覚も触覚も・・・
おっと般若心経の話になってきた・・・!?(ここ

たぶん自分も、良く言われるように、いつか死を意識したとき、自分に感じられる世界の美しさにおののくのだろう。
その当たり前の“目の前の世界”、そして特に事件があるわけでもない平和な“日常の生活”、それらを有り難いと思わなければ、それこそバチが当たるかも・・・、と思うこの頃である。

130203nekotomaguro <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年2月 2日 (土)

カバレフスキーの組曲「道化師」

自分の、なかなか音源が手に入らなかった音楽のひとつに、カバレフスキーの組曲「道化師」があった。それが、先日NHK FMで放送されたとき、エアチェックが出来た。
この曲は、たぶん自分が子どもの頃から知っている曲。しかしその音源は手に入らなかった。つまり、ほとんど放送されていなかったのである。それと、あえてCDを買うまで気が向かなかったこともあるが・・・・
そんなことで、そのうちに手に入れたいな・・・、聞きたいな・・・、と思っているウチに、何と半世紀が経ってしまった、というワケ。
我が人生で初めて手に入れた(!!!)音源がこれ・・・。

<カバレフスキーの組曲「道化師」より「プロローグ」「ギャロップ」
     ~ワシーリ・シナイスキー指揮/BBCフィル>

調べてみると、やはりこの曲はメジャーな指揮者の録音がない・・・。ポピュラーな音楽をたくさん録音していたカラヤンも、この曲は録音していない。その中で、このBBCフィルの録音は2002年だというので、結構新しい。

改めてこの音楽を聞いてみると、心がスッと子どもの頃に還る。中学時代の勉強部屋が目に浮かぶ。そして、こんな曲を聞くと、ウキウキしてくる。それもそうだ。小学校の運動会の定番らしいので、走り出したくなる・・・・!?

改めて、ちゃんとCDを買おうかな・・という気になった。それで調べてみると、定番は、1958年録音の、コンドラシン指揮:RCAビクター響の盤だという。優秀録音だと謳っているので、手に入れてみた。もちろん中古で・・・。しかし聞いてみてガッカリ。
つまり、ステレオ初期の録音だけに、ステレオをあまりに意識し過ぎた録音に聞こえる。
まるで、ストコフスキーや、スタンリー・ブラックの指揮のよう・・・。確かに、昭和33年の録音にしては、驚異的な音ではあるが・・・。チョコッと聞いてみよう・・・・。

<カバレフスキーの組曲「道化師」より「エピローグ」
   ~コンドラシン指揮/RCAビクター響>

この演奏に比べて、先のBBCフィルの演奏は落ち着いて聞けるな・・・。

いつも言うことだが、だんだんと“想っている”音楽が少なくなってきた。「極める」ことは楽しくない!? 「??」の世界があってこその生き甲斐!?
当サイトでも都度書いているが、今までの人生で「??」だった音楽探しをしてきた。「禁じられた遊び」(ここ)のテーマや、映画「それから」のサントラ盤(ここ)、モラヴェッツの「月光」(ここ)も手に入ってしまった・・・。
また“想う”音楽を探すとしよう。

130202nezumi <付録>「ボケて(bokete)」より

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2013年2月 1日 (金)

「師の威厳~体罰では保てず」

自分が良く読む日経新聞スポーツ欄のコラム「チェンジアップ」。先日、こんな記事があった。

師の威厳 体罰では保てず  豊田泰光
 時津風親方となっていた元横綱双葉山の部屋を見学したことがあった。双葉山がけいこ場に現れただけで、若いお相撲さんたちの間にビリビリとした空気が漂った。
 スポーツ界の体罰漬けの実態が暴かれているが、偉い指導者は手を出す前に、その存在によって弟子を畏怖させ、言うことを聞かすのだ。
 双葉山と同じ雰囲気を感じたのが、巨人の川上哲治さんだった。少年時代からあこがれていた人に、初めてあいさつしたときの威圧感は忘れられない。
 日米野球などでともにプレーしたときがまた怖かった。一塁の川上さんは私の遊撃からの送球が少しでもそれると捕ってくれない。
 普通の一塁手なら捕れる球が悪送球になる。すでに大ベテランとなっていた川上さんの動きが悪すぎるのでは、と思ったが問答無用だ。ベンチでも「川上さんが捕れないところに投げる方が悪い」ということになっていた。
 それでもついて行きたい、と私に思わせたのはやはり、川上さんの威厳と実力だろう。往年のスターの顔に泥を塗らないよう、私は必死に送球を磨き、捕りやすいところに投げた。遊撃手として独り立ちできたのはあの怖い師匠のおかげだ。
 ちなみに指導者としての川上さんは選手を飲みに連れ出して、子分にするという手法はとらなかったようだ。
 飲んでおごって、人についてこさせようとするのは能力のない管理職がやることで、それは痛みによって選手を縛るのに通じるところがある。
 世の中には酒の席に無駄金を使っている管理職が、まだまだいるのではないか。ちょっとおごってもらったくらいで「一生ついていきます」などという部下は必ず裏切る。
 そもそも、うまい酒とさかなを味わい、気のおけない会話を楽しむこと以外、飲み会に何の目的があろう。
 暴力による恐怖や酒席をベースとするような指導者と選手、上司と部下の関係は長続きしない。選手は力を伸ばしてもらい、それにより指導者はチームを勝たせる、といった実利のみで結ばれる師弟もあり、それはそれでまだ健全といえる。(野球評論家)」(2013/01/31付「日経新聞」p37より)

この論で、後半部分が耳に突き刺さるサラリーマンが多いだろう。
「飲みに連れ出して、子分にする」という言葉や、「飲んでおごって、人についてこさせようとするのは能力のない管理職がやること・・・」、「ちょっとおごってもらったくらいで「一生ついていきます」などという部下は必ず裏切る」という言葉に至っては、それこそドキッとする!?

振り返ってみると、自分のサラリーマン人生の中で、酒は楽しむと言うより、付き合いの道具。上司との酒は、およそ美味くなく、決して酔わない。ほとんどがそんな酒だった。よって、唯一楽しい酒が同期会・・・。

サラリーマンには転勤、転属が付きもの。およそ知らない人の組織にパラシュートで上司として降り立ったとき、やはり頼れるのは酒・・・。酔ったフリをして部下の本音を探る。部下は、酔ったフリをして上司に言いたいことを言う。それが潤滑剤となって日本の社会が動いていたのも事実。
自分はそんな体験は無いが、他の例では実際に自分も見た。ある設計課長が製造部長として赴任したとき、その人は相当な自腹を切って部下と飲み歩いた。それでコミュニケーションの緒を作った、という。その話を聞いて、到底自分には出来ないと思った。これも人それぞれの方法・・・。よって、こう正論を言われると言葉に詰まる・・・。

自分もラインから外れると同時に、飲む機会はめっきり減った。つまりこれは、会社での立場の変化により、付き合いの義務感が薄くなったのが原因かも? よって今の姿が自分の真の姿かも・・・ね。
ともあれ、自分の残った人生。「うまい酒とさかなを味わい、気のおけない会話を楽しむこと以外、飲み会に何の目的があろう。」というスタンスで行きたいものだ。

ところで、最近のマスコミでは運動部の監督の暴力事件のニュースが多い。その中で、「びんた(binta)」と言う言葉を初めて聞いた。自分の頭の中は「ぴんた(pinta)」なのだ。
さっき、広辞苑を引いてみると“びん‐た(binta)=他人の頬を手のひらで打つこと。「―を食う」「往復―」”は載っているが、“ぴんた(pinta)”は載っていなかった。たぶんどちらも通じるだろうが、公式には“びんた(bina)”だったのだ・・・。(子どもの頃、親父に何度ピンタされたことか・・・)

まあ今回は、日本の今までの悪い習慣が表に出たもの。もうbintaの時代ではないのに・・・。これを機に、日本全体がイジメや体罰から目が覚めると良いのだが・・・

130201matte <付録>「ボケて(bokete)」より

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