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2012年12月 9日 (日)

「喧嘩をしましたか?」

もうだいぶ前になるが、朝日新聞に「喧嘩をしましたか?」というこんな一文があった。曰く・・・

<経済気象台>喧嘩をしましたか?
 「喧嘩(けんか)をしましたか。喧嘩をしないと仲良しにはなれませんよ」
 これは毛沢東氏が田中角栄氏に語った言葉と伝えられる。日本を代表して「日中復交」を企て、中国に乗り込んだ田中氏ではあったが、個々の交渉があまりに難航するのでいささか悲観的になりかけた時、表敬に訪れた毛氏によって発せられた言葉だ。
 田中氏はこの言葉に励まされ、難航した交渉を乗り切ることになる。文字の国、中国のことであるから、これに類した言葉はどこかにあるのかも知れないけれども、これほど率直な表現は毛氏その人のものであろう。
 毀誉褒貶(きよほうへん)いろいろとある毛氏ではあるが、この一事をもってしても、やはりたいした人物であった、と言わざるを得ない。
 私はこの言葉が好きでよく若いカップルの門出に際して贈ることにしている。獅子とウサギは喧嘩はしない。喧嘩が成り立つためには相互に人格が独立して存在することを認めることが必要である。
 ひるがえって、わが国の現状をみるに、あまりに「喧嘩」がなさすぎるように感じられる。この狭い国で顔を突き合わせて生きていると、喧嘩なんてもってのほかで村八分にならないためにも「まあまあ」ですまし、腹がふくれるのを我慢することが一番であると、長い間、我々は自得し実践してきた。
 ただ、この論理は世界では通用しないようだ。数千年来、陸地続きでせめぎ合った人たちにしてみれば「まあまあ」なんて言っておれば、国の滅亡は必至で、お互いに「喧嘩」の論理には通暁している。我々日本国民もまた、この辺りでもう少し「喧嘩」の仕方を考え直してもよいのではないかと思われる。(可軒) 」(2012/11/16付「朝日新聞」p11より)

改めてこの文を読むと、何に対しの「喧嘩」を言っているのか、良く分からない。少々きな臭い感じも・・・・
ともあれ、この文に出てくる「喧嘩をしましたか」という毛沢東の言葉は有名である。当blogでも、5年前に「田中角栄の凄さ~NHK「その時歴史が動いた~日中国交正常化」(ここ)という記事で取り上げた。

しかし、「獅子とウサギは喧嘩はしない。喧嘩が成り立つためには相互に人格が独立して存在することを認めることが必要である」という話はホントウかも知れない。
しかし喧嘩には、色々な種類がある。先の毛沢東の言葉のように、ある信頼関係、前提があって、“お互い安心して”喧嘩をする場合もあるし、またその喧嘩で、全てが終わる場合もある。よって喧嘩はよほど考えながらしなくては・・・!?

今TBSのテレビドラマ「大奥」を見ている(ここ)。前回(第9回)で、家光の影となった稲葉正勝の妻・雪のセリフが気になった。正勝は登城したまま、病没、という事で門外不出の家光の影となるのだが、雪は「あの朝、ささいな事で機嫌を損ね、謝らないまま、まさかあれが永久の別れになろうとは・・。もし影になると言ってくれれば、反対などせず、明るく別れることが出来たのに・・」と言っていた。
世の中で良く聞く話だが、親子でも喧嘩したまま子どもが交通事故で急逝されてしまうと、その後悔は永遠に続いてしまう。挽回のチャンスが無いので・・・

サラリーマンの妻が、朝、亭主を会社に送るとき、その前に幾ら喧嘩をしていても、明るく送り出すのは常識。それをしないと、亭主は心ここにあらずで、仕事でミスを犯し、最悪の場合、上の空の運転で交通事故まで引き起こすかも・・・。
挽回が出来れば何をしても大丈夫。しかし、TBSドラマのように何があるか分からない。とすると、喧嘩早めに終息しておくに越したことはない。

話はまたまた飛ぶが、自分の場合、喧嘩と聞くと、つい子どもの頃の兄弟げんかを思い出す。前にも書いたが、小学生時代、3つ上の兄とのケンカは近所でも有名だった。「武蔵野道場」との名を頂戴した。近所の子どもたちが、垣根のすき間から見物・・・・。もちろんいつも自分が負けていたが、「大きくなったらコロス!!」と何度思ったことか・・・。まあ未だに実行できていないけど・・・
これも“相互に人格が独立して存在”していた証左なのだろう。それに引き替え、5つ年下の弟とは、まるでケンカの記憶がない・・・・!?

そう言えば、五木寛之の「青春の門」でも、主人公の父親は、炭鉱の落盤事故で、残された人を死ぬ覚悟で救いに行く際、ケンカ相手だったヤクザ「塙組」の親分に家族の後を託していた。これも、その存在を認めている相手だからこそ、託せる・・・?

ともあれ、ケンカは人と人との間に決して埋まらない溝を作る事もあるし、また無二の親友になるキッカケともなる。なかなか難しい“喧嘩論議”ではある。

121209esa <付録>「ボケて(bokete)」より


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