« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »

2012年12月の26件の記事

2012年12月30日 (日)

「政治部記者が選ぶ2012年の10大ニュース」

さて明日は大晦日。このトシになると、年末だからといっても、どうってこと無いのだが・・・。
でも世の中、年末なので、各紙は1年を振り返っての記事が多い。まあ、少し振り返ってみるか・・・(新聞の記事を横取りして・・・)
日経新聞では「政治部記者が選ぶ10大ニュース」という記事があった。それによると・・・

<政治部記者が選ぶ10大ニュース>
①衆院選で自民圧勝(12月)
②野田首相、党首討論で解散表明(11月)
③消費増税法が成立(8月)
④政府、尖閣諸島を国有化(9月)
⑤自民総裁選、安倍氏が逆転で再登板(9月)
⑥消費増税巡り3党合意。民主分裂(6~7月)
⑦北朝鮮がミサイル発射(12月)
⑧韓国大統領が竹島上陸(8月)
⑨政府、大飯原発再稼働を決定(6月)
⑩維新など第三極が合従連衡(11月)
(2012/12/30付「日経新聞」p4より)

もちろん“10大ニュース”なんて、切り口で色々・・・・。昔の現役時代は、課長が好きで、課の10大ニュースや、工場での10大ニュースも募集していたっけ・・・。
新婚時代は、我が家でも「今年の我が家の10大ニュース」なんて、やっていたが、アッと言う間に消滅・・・。まあそんなもの・・・

12123010dainews 日経ならではの“政治”という切り口で見ると、まあこんなものか・・・
まあ上から順に見て行こう。
年末の衆院選。それにしても、今年は「近いうち」という言葉には聞き飽きた。(昨年は“絆”という言葉に聞き飽きたが・・・) まるで解散ゴッコ・・・。解散になれば、政権が転がり込む・・という情勢で、自民は“早く~~!”。民主は“解散ハンタ~イ!!” それで、まあ落選議員のグチの見苦しいこと・・・・。“早く解散したので落選した!!!”んだって・・・。
消費税増税は、まあ野田さんが頑張った。地味だったが、前の二人に比べると、よっぽど良かったのでは??
今年は領土問題でも大騒ぎ。冷たく見ると、誰かが火を点けなければ、両国とも“大人の対応”が出来たのかも知れないのに・・・・
民主の分裂と、先日の未来の分裂は、まさにバッカみたい・・・。誰もが予想していたことだが・・・。まあ政治をもてあそんでいる・・・
維新の第三極は、結局失速・・・・!? 橋下さん、最後で舵の切り方を間違えた??
北朝鮮のミサイル騒ぎは、“国のスタンドプレー”をじっくりと見させてもらった。それより、前に発射失敗したときの責任者は無事かな??
それにしても、安倍さんの再登板には、誰もがビックリしたのでは?? これから、どうなるのかね・・・

さて政治以外でも、今年を振り返ると色々あるが、個人的には“マアマア”か? 息子の結婚によって、初めて娘が出来たのは、近年最高の成果だったが、別の息子の手術などがあって、ヒヤヒヤもした。
でも親戚含め、それほど変化が無かったので、まあまあ良い年だった・・? ヤレヤレである・・・

さて明日の大晦日は、ベートーヴェンの全交響曲連続演奏会に行くので、blogは休み・・・・
皆さん、良いお年をお迎え下さ~い・・・・

121230daikon <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2012年12月29日 (土)

松井秀喜の引退に思う

昨日(2012/12/28)、元ヤンキースの松井秀喜選手が引退の記者会見を開いた。予測されたこととは言え、時間の流れを感じさせる。
マスコミも色々と報道するだろうな・・と思いつつ、新聞で、自分が取り上げたい記事を探した。その中で、少し印象に残った記事がこれ・・・。曰く・・

桜のように 見事に散った
 その一言にすべての思いがこもっていた。引退会見で松井は言った。「命がけのプレーもひとつの終わりを迎えたと思う」
 彼は真っ白い灰になるまで、燃え尽きたのだと思う。
121229matsui  松井の口癖があった。「自分にコントロール出来ることと、出来ないことを分けて、出来ないことに関心を持たないことですよ」。ニューヨークに渡った1年目。不振にあえいだ春先、地元メディアにバッシングされた。「記者が書くことは僕には制御できない。だから何を書かれても関心がないんです」。心配する僕を、逆になだめるように言った。
 裏を返せば、自分にコントロールできることはすべてやる。そのことが、彼の背骨を貫いて常にあった。
 命がけのプレーのひとつの到達点が、2009年ワールドシリーズでのMVPだった。
 チーム事情が異なるが、イチローが個人記録を積み重ねて誰も行けない所まで行き着いたのとは違うベクトルで、松井は頂上に登った。「チーム」を第一に考える彼らしい高みだった。
 ここ数年は故障に悩まされた。自分らしいプレーができなくなっていた。でも「必要としてくれるチームがあれば」とオファーを待った。それも、かなわなくなった。日本でのプレーは選択肢になかった。「あるべき姿の松井秀喜」に、もう戻れないことは自らが最も知っている。
 尊敬する長嶋茂雄・元巨人監督は桜の花をこよなく愛する。「見事に散るからですよ」。長嶋監督は話していた。松井の会見。桜のような見事な散り際だった。(編集委員 西村欣也)」(2012/12/29付「朝日新聞」p24より)

“桜のような見事な散り際”という表現は、どうも自分にはピンと来ないが・・・・
松井については、当blogでも何度か書いてきた。一番最初が、当blogを始めたその月、つまり2006年6月の“松井秀喜の「運命論」”(ここ)だった。
このときも、既に松井の運命論について共感していた。まさに今日の記事での「自分にコントロール出来ることと、出来ないことを分けて、出来ないことに関心を持たないことですよ」というスタンスについてである。

このことは、我々の日常生活のあらゆる場面に言える。つまり、我々が遭遇するあらゆる逆境に対して言える。
ある意味、これは開き直り。でも我々一般ピープルは、幾ら自分にコントロールできないことでも、そのまま正面から受け、そして苦しむ・・・。病気、災害、倒産、・・・・
まさに松井のこの姿勢こそが、哲学者・松井を産む。

そして元監督は言う。
「元ヤンキース監督のジョー・トーリ氏
 ヒデキはスーパースターとしてヤンキースに来て、すぐに人気者になった。それは彼の才能だけではなく、利己的でない姿勢で試合に臨んでいたからだ。ヒデキは成功者だ。私は彼の監督だったことを誇りに思う」(時事)」(同)

野球選手は全員、契約による個人事業主。つまりは自分の成果のみが実績。よってチームプレーとの間合いが難しい。しかし松井選手は、チームプレーだけを考える・・・。

ほどなく松井は国内で顔を見せるだろう。楽しみである。そして数年後の姿だが、自分は“巨人の松井監督”よりも、「哲学者・松井秀喜」と紹介されることを期待したいな・・・。(まあムリだと思うけど・・・・)

ともあれ、20年間お疲れさまでした。

121229tora <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (1)

2012年12月28日 (金)

「原発に活断層ドミノ」~「変動地形学」でクロ判定

色々な報道や情報から、自分なりの真実を読み解くのは、やはり非常に難しいこと。
最近の原子力規制委員会の活断層論議も、どう捉えて良いのか、なかなか難しい。
新聞は、法人としてのある意志を持っている。日経新聞は、経済界の代表と揶揄されている、とも聞く。すると、原発については、再稼働推進の視点か?
まあ、そんな姿勢もあるのかな・・と思いつつ、今日のこんな記事を読んだ。

「(真相深層)原発に活断層ドミノ 「変動地形学」でクロ判定
    地下掘らず、地表から推定
 原子力規制委員会の評価会合が、日本原子力発電敦賀原子力発電所(福井県)に続き東北電力東通原発(青森県)でも活断層の「クロ判定」を下した。電力会社が問題ないと主張し続けたにもかかわらず、規制委が現地調査をすれば活断層が見つかるという異常事態。その理論的な裏付けとなっているのが、判定に新たに持ち込まれた「変動地形学」だ。
全国で2000以上
 「変動地形の立場から断層が動いたと思われる地形が多数、見つかった」(熊木洋太専修大学教授)。「変動地形学の人なら誰もが気になる活断層地形が2カ所ある」(金田平太郎千葉大学准教授)。東通原発の評価会合では「変動地形」という言葉が飛び交った。
 地層のずれである活断層は主に地下に隠れており、断層面が地表にまで到達し露出するケースはまれだ。伝統的な地質学の手法では、あたりを付けて地中深く溝を掘ったり掘削したりと、苦労して活断層を見つける。
 これに対し変動地形学の手法では地下の断層の活動によって造られた地面の起伏(変動地形)やゆがみに注目する。航空写真や地表の調査などから地下の活断層を見付け出す。産業技術総合研究所活断層評価研究チームの吉岡敏和チーム長は「いずれも大地の成り立ちを探る学問だが、地質学が地下をみるのに対し、変動地形学は地表をみるため新しい時代の情報を得やすい」と解説する。
 1995年の阪神大震災以降、活断層と地震との関連が注目されるようになり、変動地形学を活用して日本列島で活断層を洗い出す作業が本格化した。これまで見つかった活断層の数は全国で2千を超すといわれる。
 活断層探しで重宝されるようになった変動地形学だが、電力業界と原子力規制当局はその流れに乗らなかった。地表面を扱うため、穴を掘って地下深くを調べる地質学的な手法と比べるとデータを得やすい。その分、活断層が見つかりやすく、リスクを小さく見積もりたい人にとっては厄介な存在となった。
 旧原子力安全・保安院は原発の耐震指針を2006年に改定したが、新指針を定める審議会のメンバーに変動地形学の専門家は一人もいなかった。電力会社も独自の調査を変動地形学者に依頼することを避けた。
「拙速」と批判
 今年9月の規制委発足とともに状況は一変した。変動地形学の専門家が積極登用された。敦賀原発でも東通原発でも調査団5人のうち2~3人が変動地形学の専門家。その結果、今の「活断層ドミノ」が起きた。
 電力会社側は変動地形学を軸にした評価を「拙速だ」と批判する。「変動地形学的見地からの可能性だけの立論による結論は理解に苦しむところであります」。活断層ではないとの主張が無視された格好となった日本原電は納得せず、11日に公開質問状を規制委に持ち込んだ。規制委を訪れた増田博副社長は「変動地形学だけで話をされていた」とかみついた。
 航空写真や地形から地下の活断層を推定する手法は、土壌の試料を分析して活断層を断定するような自然科学的な厳密さには欠ける。10日の評価会合でも、ある専門家は「変位があるようにもみえ、ないようにもみえる。判断が難しい場合は活断層と考えるべきだろう」。変動地形学は活断層そのものというよりは「可能性」をあぶり出す。
 東京電力福島第1原子力発電所の事故以降、日本人の原発に対する安全性への考え方は一変した。規制委の田中俊一委員長は「(活断層の可能性が)クロか濃いグレーなら止めてもらうことをお願いする」と言い切る。活断層の可能性が浮上した原発は、改修などをしない限り再稼働は認めない方針を示している。
 「活断層ではないという証拠を示さないと、活断層である可能性を否定することにはならない」。26日の評価会合で規制委の島崎邦彦委員長代理は、今なお活断層ではないと譲らない東北電力の主張を一蹴した。
 敷地内にあるすべての地層のずれについて、活断層ではないと証明することは極めて困難な作業だ。電力会社にとっては厳しい情勢が続く。(科学技術部 古谷茂久)」(2012/12/28付「日経新聞」p2より)

これらの議論を見ていると、医療過誤裁判での証人を連想する。検察・弁護のそれぞれが立てた証人は、同じ医師でありながら、ある事案を検証した結論は逆・・・。
今回も電力会社側の言い分と、委員会の言い分が対立、とも見えるが、どうもそれは基準の見直し(「5万年に1度」を「12~13万年に1度」に変更)が原因らしい。
それにしても、話は過激に見える。敦賀原発、東通原発に続いて、大飯原発も活断層があるために、廃炉の可能性がある・・・との報道が続いている。よって、日経のタイトル「活断層ドミノ」という言葉にしても、少し過激??

活断層の可能性がある原発から調べ始めたとしても、3カ所の原発の敷地は、国土全体か121228katudansou ら見たら、微々たるもの。よって、この“3カ所で100%”の確率は、どう考えたら良いのだろう? もちろん電力会社は、建てる前に事前調査は確実にしたのだろうし・・・。それを新しい基準で調べたら、活断層が見付かった・・・。 ということは、我々の周辺にも、活断層はうじゃうじゃあるのかな・・・
それに、上の記事で、「ある専門家は「変位があるようにもみえ、ないようにもみえる。判断が難しい場合は活断層と考えるべきだろう」。変動地形学は活断層そのものというよりは「可能性」をあぶり出す。」
「活断層ではないという証拠を示さないと、活断層である可能性を否定することにはならない」
との文言が気になる。可能性の議論なのか??

八っつぁん「おい、熊さん。あんたが原子力規制委員会の委員だったら、どうする?」
熊さん「そりゃ、10万年に1度の可能性だって、可能性があるのなら全部廃炉さ・・・。だって、廃炉にしておけば、絶対に原発事故は起こらないし、自分たちが責任を取らされることも無い。それに先日の原発事故時の放射性物質の拡散予測でも、委員会は訂正を繰り返したので評判を落とした。その汚名挽回の為にも、委員会の存在感を世にPRしなくては・・・。もちろん3.11を予測できなかった学会の地位復活もあるので、頑張るぞ!!・・・」
八っつぁん「確かに、5人で2日間の調査、2時間の審議で、数十年間で数千億円かけてきた原発の廃炉や、電力会社そのものをつぶすかどうかの決定権が、結果として自分たちにあるのだと思うと、武者震いするよね・・・」
熊さん「でも、先の震災をみても、日本の原発は地震に強いことが証明されたし、福島第一原発も、津波でやられさえしなければ、こんな事にはならなかった。しかし今回の5万年に1度、という基準を、後から12万年に1度、という基準に変えて、前の基準で建てられたものを、基準違反だとして廃炉にさせるのは、どうなんだろう?」
八っつぁん「原発に関しては、法律は関係無いのさ。菅元首相の浜岡原発停止を見ても分かるだろう? でも“建築基準法が改正されたら古い建物は取り壊せ”という今回の議論はどうもね・・・」
熊さん「まあ日本は法治国家なので、今はドタバタしているけど、そのうちキチンと法の議論がなされていくと思うよ・・・。たぶん・・・」

●メモ:カウント~370万

121228ryoudo <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2012年12月26日 (水)

デラ・セダカの「星空のエンジェル・クィーン」

当サイトの中で、結構息の長い記事に、「喜多郎の「1000年女王」のCD」(ここ)という記事がある。
シンセサイザーの喜多郎の、唯一国内発売されていない「1000年女王」のCD入手に関する記事である。自分と同じように、この音楽が好きな人は結構多いらしく、ロシアから送られてくるCDを買っている。
先日、その記事を読まれた「BLUES」さんからコメントを頂き(ここ)、デラ・セダカの「星空のエンジェル・クィーン」という曲があることを知った。

1212261000nenn 調べてみると、デラ・セダカは「カレンダー・ガール」のニール・セダカ(ここ)の娘だという。そのデラ・セダカが、1982年の映画版「1000年女王」の主題歌「星空のエンジェル・クィーン」を歌ったのだという。

自分も昔、テレビで映画版の「1000年女王」を見たので(たぶん録画もした)、この歌もその時に聞いたと思う。しかしあまり気にしていなかった。が、今回改めて聞いてみて、なかなかの曲だな・・・と気付いた。

<デラ・セダカの「星空のエンジェル・クィーン」>

とにかく、バックが喜多郎なのだ。それに歌が、結構喜多郎の音楽に溶け込んでいる・・・。

久しぶりに、オリジナルの喜多郎の「1000年女王」のCDを聞いてみたが、これらの音楽は、やはり自分の原点・・・(前にも書いたように、自分は初期の喜多郎だけが好き・・・)

最近は、カンテレの音楽といい(ここ)、この歌といい、コメントをくださる方からの情報で、自分の音楽の世界が広がって行くようで、有り難いことである。
とにかく音楽の世界は広い・・・・

(関連記事)
喜多郎の「1000年女王」のCD 

121226yuruse <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2012年12月25日 (火)

NHKの「さかのぼり日本史」と「100分de名著」

NHKのEテレで放送中の「さかのぼり日本史」(ここ)を良く見る。
NHKの歴史ものは、松平定知アナの名司会で有名だった「その時歴史が動いた」をずっと見ていたが、2009年に終わってしまった。続編の「歴史秘話ヒストリア」はそれなりに見ている。
いつだったかNHK教育で「さかのぼり日本史」という番組を見付け、それ以来録画してほぼ欠かさずに見ている。これはひと月を一テーマとして25分番組が4回。よって、いつもまとめて4回分を見る。この番組も石澤典夫アナがなかなか良い。毎回その道のプロをゲストに迎え、解説してくれる。
しかしつくづく、自分は歴史がダメだなと思う。高校時代、歴史の授業は苦痛そのもの・・・。
しかしこのトシになり、なぜかしら歴史物の番組が好き。
ふと思う。日本史はたくさんの番組がある。しかし世界史については番組がない。世界史を体系的に教えてくれる番組が放送されると良いのだが・・・・。何も、池上さんを講師に・・・なんていう贅沢は言わないので・・・

次いで、同じNHK Eテレの「100分de名著」(ここ)も最近見ている。カフカから見出したが、なかなか難しい。特に11月のアインシュタインの相対性理論は、分かったようで分からなかった。まあ相対性の“原理”は分かったけど??
しかしこの番組の司会の伊集院光と島津有理子アナが、自分と同じように分からないので(失礼)、心強い!?

前に「あらすじで読む日本の名著」という本が流行ったことがある。たしか高校の先生方が、原書は無理としてもあらすじだけは知っておいて・・・と教え子向けに書いたものが本になった、と聞く。
これも有りだと思う。幾多ある古典名著も、何も知らないで原書にチャレンジするのはなかなか勇気が要る。でも、あらすじだけでも知って、興味を持ったら原書に挑戦・・という段取りも有りでは??

そんな意味でTVの教養番組は、最初から原書に取り組むのに比べると、それほど抵抗感がないので、手始めには良い。特に自分のように「歴史大キライ」人間にとっての、入門としては・・・
つくづく思う。強制されて勉強していた高校時代に比べ、自分から進んで(?)見る歴史・教養番組は、結構面白いもの・・・・

<付録>前に「BSジャパンで池上彰の「やさしい経済学」が始まるぞ・・」という記事を書いた。(ここ
もう1年も前に録画した番組だが、結局放って置いて、今頃それを連日見ている。これがな121225keizai かなか面白い。
その番組が、昨年に続いてこの年末年始にまた再放送されるという(ここ)。この番組も「池上彰の現代史講義~歴史を知ればニュースがわかる~」と同様に、当サイトのお薦め番組。
ぜひ録画しておいて、ゆっくりと見ることをお薦めする。世の中の動きが良く分かるようになる。(←もっとも自分はまだ全部見ていないけど・・・)

<BSジャパン~池上彰の「やさしい経済学」(再放送)>
2012年12月30日(日)13:00 第1回金は天下の回り物―経済とは何だろう
2012年12月30日(日)15:00 第2回お金はなぜお金なのか―貨幣の誕生
2012年12月31日(月)09:00 第3回「見えざる手」が経済を動かす―アダム・スミス
2012年12月31日(月)11:00 第4回資本主義は失業者を生み出す―マルクス
2013年1月1日(火)09:00 第5回公共事業で景気回復―ケインズ
2013年1月1日(火)11:00 第6回「お金の量」が問題だ―フリードマン
2013年1月1日(火)13:00 第7回貿易が富を増やす―比較優位
2013年1月2日(水)09:00 第8回インフレとデフレ―合成の誤謬
2013年1月2日(水)11:00 第9回政府か日銀か―財政政策と金融政策
2013年1月3日(木)09:00 第10回バブルヘGO!―なぜバブルが生まれ、はじけたか?
2013年1月3日(木)11:00 第11回日本に残るか海外に出るか―円高と産業空洞化
2013年1月3日(木)13:00 第12回君は年金をもらえるか―消費税をどうする?
2013年1月4日(金)09:00 第13回リーマン・ショックとは何だったのか?
2013年1月4日(金)11:00 第14回日本はどうして豊かになれたのか?戦後日本経済史

P10101661 <付録>今夜、イルミネーションがきれいだと聞いて、国立に降りてみた。でも、まあこんなもの・・・・

| コメント (2)

2012年12月24日 (月)

2012年衆院選、比例区復活当選者125人による格差拡大~3.1倍?

先日の日経新聞に、先の衆院選の比例区で復活当選した人による、格差拡大についての記事があった。曰く・・・

「<数字で読む政治>
  125人 衆院選、比例で復活当選
   都道府県別、もう一つの格差

 先の衆院選では小選挙区で負けたものの重複立候補した比例代表で当選した人が125人を数えた。いわゆる「比例復活当選」で、接戦だった選挙区ほど復活の可能性が大きくなる。激戦区を多く抱える県は比例復活が増え、結果として県内から多くの衆院議員を国政に送り出せるようになっている。
121224kakusa_2  今回、この傾向が顕著だったのが山梨だ。3つの小選挙区すべてで比例復活当選が出て、特に3区は2人が比例で復活、候補者4人のうち3人が当選した。県内の比例復活は計4人になり、小選挙区の当選者3人と合わせて県内の衆院議員は7人になった。
 岩手と長野も小選挙区数の2倍の衆院議員を確保した。岩手は全4区で比例復活が出て当選者は計8人。長野は1区と3区でそれぞれ2人ずつ、計5人が比例で復活し、県内の衆院議員は10人に膨らんだ。
 比例で2人が復活し、一つの選挙区から計3人の当選者を出したところは全国に10ある。山梨3、長野1、3のほか、宮城1、栃木2、千葉1、9、13、神奈川9、愛知12の各区だ。いずれも自民、民主両党と日本維新の会など第三極が三つどもえで戦った選挙区で、当選者も自民、民主、第三極で分け合っている。
 比例復活が1人もいないのは青森など9県ある。富山、石川、福井の北陸3県、鳥取、島根の山陰両県などいわゆる保守王国と呼ばれるところだ。自民候補が圧勝し、他の候補の惜敗率が低くなって比例で復活できなかった。
 沖縄は九州ブロックで最も多い3人が復活当選し、衆院議員は計7人。1人しか復活しなかった熊本より衆院議員の数で1人上回る結果になった。重複立候補がもたらす県別の当選者数のゆがみは「もう一つの1票の格差」といえるかもしれない。」(2012/12/23付「日経新聞」p4よる)

前にも「最高裁の参院選“違憲状態”判決」(ここ)などで、1票の格差について書いた。
Netでみると「一人一票実現国民会議」(ここ)なるサイトもある。

今回の衆院選も、ニュースによると「区割りを見直す時間はなく、衆院選は違憲状態のまま行われ、最大格差も2.43倍に拡大した。」とある。
しかしここで指摘されている「復活当選者を含む格差」については、どこも論じられていないようだ。先の「一人一票実現国民会議」も、小選挙区について論じているだけのようだ。
しかし考えてみると、国会議員は国民の間接の代表であるので、議員1人当たりの国民数は同数が理想。

それで「復活当選者を含む格差」について、試算してみた。総務省のHPには、まだ今回の衆院選時の有権者数のリストが載っていない。仕方がないので、「平成21年8月30日執行 衆議院議員総選挙」(ここ)の「2. 投票結果(2) 都道府県別有権者数、投票者数(比例代表)」(ここ)を使って試算してみた。
試算結果のExcelは(ここ)に置くが、復活当選者を含むと、最大格差は“3.14”倍と出た。つまり“山梨県の1票に対し、福岡県は0.32票”という結果・・・。

これは、あくまで選挙区毎の試算ではなく、県単位での試算なので、小選挙区毎に計算したら、もっと大きな格差が出るのかも知れない。

国民の目から見ると、自分たち(の地域)で何票の国会投票権(何人の国会議員)を持っているかが問題。小選挙区も比例区も関係無いのである。しかし、先の記事が指摘しているように、惜敗率で比例区議員が決まるため、格差はどんどん広がっていく。
なぜその視点での議論がないのであろう?

では、どうすれば良い? 結局、中選挙区制にして、上位何人・・・という決め方にするしかないのでは??
何とも片手落ちに見える、一票の格差の議論ではある。

(関連記事)
“仕事は「次の次」の内閣で” 
最高裁の参院選“違憲状態”判決  

121224santa_2 今日はクリスマスイブ・・・。まあ関係無いけど・・・
<付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2012年12月23日 (日)

障害者の法定雇用率が2013年4月から1.8%⇒2%に

昨夜カミさんに電話があった。知人の女性が心筋梗塞で急逝されたとの連絡。それで今夜はお通夜に・・・。
聞くと、子どもが3人おり、下の2人に知的障害があるとのことで、残された家族は今後大変だろうと・・・・
障害者を持った家族は色々と大変。特に障害者を持った母親は、生まれたときから心労が絶えない。その心労で倒れたのかどうかは分からないが、そんな子どもを残して、あまりに早い62歳、さぞ心残りだっただろう・・・・。
しかし障害者と言えども、ちゃんと働いて自活できていれば、まだ救われる。

先日の朝日新聞に、障害者の法定雇用率が来年度から上がる話題が載っていた。曰く・・・

「<ニュースがわからん!>「障害者の法定雇用率が上がるの?」
   ~春以降、従業員のうち2%以上雇う必要がある
アウルさん 来年、障害者の雇用率が上がるって聞いたけれど、何のこと?
A 従業員がある人数以上いる企業や団体は一定割合以上、障害者を雇わなければいけない。その割合を法定雇用率という。民間企業の場合、今は1.8%。それが来年4月から2.0%になる。率が上がることで、対象となる企業も、これまでの従業員56人以上から50人以上に広がるんだ。
121223syougaisyakoyou_2  ア 雇わなかったら?
A 達成できないと足りない1人につき月5万円を国に納めないといけない。
ア 率はどう決めるの?
A 働く人全員の中で、働く意欲がある障害者がどれぐらいいるか、という割合を根拠にしている。短時間労働は0.5人とみなすなどして計算すると、2011年度だと働く人は3668.6万人、障害者で働きたい人は76.0万人と推計され、2.0%になる。
ア 障害者の全体数は?
A 内閣府の12年版障害者白書は身体366万人、知的55万人、精神323万人と推計している。ただし今は身体・知的障害者の雇用だけ義務になっている。
ア 精神障害はなぜ入っていないの?
A 制度ができた1976年に雇う義務があるのは身体障害だけだった。97年の法改正で知的障害に広がったが、そううつ病や統合失調症などの精神障害は入らないままになってきた。
ア 見直さないの?
A 含むかどうか、厚生労働省の審議会で話し合っている。今年度中に結論が出る予定だ。
ア 精神障害で働く意欲のある人も多いでしょ。
A 精神障害で保健福祉手帳をもっている人は11年度末で64万人いる。雇用を考える場合、この人たちが基本になると思われるが、実際に働く意思のある人の推計はまだ出ていない。
ア 義務化は進みそう?
A 企業は雇用が大事だとわかっているけれど、急に負担が増えることを警戒している。時期や支援策なども考えないといけないね。(石山英明)」(2012/12/22付「朝日新聞」p2より)

この改訂については厚労省のHPにも詳しい(ここ)。
しかし、その割合が、労働者に占める障害者の割合から来ているとは知らなかった・・・。

世の企業や公共団体が、この数字をどの位守っているのだろうか。とNetで探すと、こんな記事が見付かった。
障害者雇用率1.69% 過去最高を更新 
 厚生労働省は、障害者雇用が義務付けられている従業員56人以上の企業で、障害者の割合を示す雇用率が今年6月1日時点で前年比0.04ポイント増の1.69%と、過去最高を更新したと発表した。
 企業に義務付けている法定雇用率(1.8%)を達成したのは46.8%で、1.5ポイント増えた。法定雇用率は来年4月に改定され、民間企業は2.0%に引き上げられる。
 規模別では、1千人以上の大企業の雇用率は1.90%。一方、56人以上100人未満は1.39%、100人以上300人未満は1.44%にとどまった。
 厚労省は「自社のイメージを向上させたり社会的責任を果たしたりするため、大企業で障害者雇用を積極的に進めている傾向が顕著だ」と分析している。」(2012/11/30付「産経新聞」
より)

そして、大企業で障害者雇用率が高い企業として有名なのは、(2008年度、500人以上)
①8.06% ユニクロ
②5.67% エームサービス(給食事業)
③2.86% すかいらーく

上の企業は別として、普通の大企業では、特に知的障害者は入るのが難しいらしい。ちゃんとした入社試験を経て入るので、それなりの学力が無いと無理・・・。決して甘くはない・・
それにしても、このような法律で、障害者の就業が促進されて行くのは望ましいこと・・・。
ある比率で、どの家も障害者が生まれる可能性はあるのだから、決して他人事ではないのである。

P10101321_2 <付録>~今日誕生日。ウチのメイ子も10歳になりました~!!

| コメント (0)

2012年12月22日 (土)

「わびとさび~その違いわかりますか?」

自分も日本人を60年以上やっているが、日本語として当たり前の言葉が、意外と自分に馴染んでいないことに気付く。そんな一つが“わび”と“さび”・・・。
先日の新聞にこんな記事があった。

わびとさび~その違いわかりますか ~質素ゆえの趣を古さゆえの静
 日本独特の美意識、わびとさび。先日、外国人にその違いを聞かれて、答えに窮してしまった。現代では「わびさび」とセットで語られることが多いが、本来は別の概念であったとか。
 わび(侘び)とは、質素ゆえにかえって趣のあること。もともとは貧しい状態、物が不足することから起こる寂しさを表す言葉だった。これが中世以降、禅宗などの影響もあって、肯定的にとらえられるように。やがて華美を排した閑寂なさまを積極的に楽しむ境地として使われるようになる。とりわけ茶の湯の世界は、この美的感覚を重視。簡素な茶室や茶わん、掛け軸が好まれるようになった。
 一方のさび(寂)は、時の経過によって古びたために生じる枯れた渋みのこと。転じて、人気(ひとけ)のない静謐(せいひつ)な状態をいうようにも。さびの象徴例としてよく挙げられるのが、コケむした石だ。風雨にさらされ年月を経た石は、緑のコケをまとうようになる。昔の日本人は、これを石の内部からにじみ出てくるものと見立て、そこにさびの本質があるとしたのである。さびは松尾芭蕉以降の俳句の世界で、中心的な理念となっていく。
 粗末で寂しいわび。古びて静かなさび。どちらも飾りけのないものに風情を見いだす、実に高度な美学である。(ライター松田亜希子)」(2012/12/15付「日経新聞」Ps3より)

わびとさび・・・。こんな言葉を聞くと、やはり直ぐに思い浮かべるのが、利休の茶室・・・
質素な茶室と、苔むした庭の石・・・・

考えてみると、シルバー族の我々の周囲には、“わび”の世界が何と多いことか。建てて数十年経った我が家は、もはや“さび”の風情だし・・・・。
風呂に入るときに鏡に映る我が肉体は、これまた質素な“わび”の風情から、こけが生えそうな“さび”の雰囲気に・・・。
寝るときに気になる、足の乾燥した肌も、コケはまだ生えないとしても、わびの肌!??

考えてみると、シルバー族にとってはイヤな言葉なのかも・・・

まあこれも諸行無常。すべては移り変わって行く・・・。
あと1週間で今年も終わるとは・・・・。何とも月日が経つのは早いね・・・・

121222danjiki <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (1)

2012年12月21日 (金)

カンテレによる「コネヴィストの教会の鐘」

当サイトのコンセプトは“ヘエー・・”。音楽も“ヘエー”なのである。
最近、分からない音楽を探す・・・というのが趣味になってきた!??
先日、「NHK FM 青春アドベンチャー「アンデルセンの雪の女王」のバック音楽」(ここ)という記事を書いた。チターに似た、不思議な音色の音楽。その曲名が分からない・・と。
そうしたら、「大手街」さんから、フィンランドの民族楽器「カンテレ」に音が似ている、との情報を頂いた(ここ)。それで「カンテレ」をキーワードに、早速調べてみた。

Amazonで、「カンテレ」で検索すると、色々なCDが表示される(ここ)。その中で、リトバ・コイスティネンという人の演奏で「白夜の響き~神秘の楽器カンテレ」というCDの試聴が出来た。一曲ずつ聞いていったら、最後の「コネヴィスタ修道院の鐘の音(伝承曲)」という曲が似ている。というより、この曲だ。しかし録音は違う・・・・

同じAmazonのカンテレのCDで順番に見て行くと、「はざた雅子」さんという演奏家が居られることを知った。この方の「カンテレ」というCDが1999年に発売されている。そしてこのCDの中に「コネヴィストの教会の鐘」という曲が含まれている。この曲を断片でも良いから聞きたい・・・・と想ったら、Youtubeでその断片を聴けた。しかし音場が微妙に違う・・・・。それに、先のFMドラマの放送は1992年。年が合わない・・・

次の「北斗のささやき~カンテレへの誘い」というアルバムに「コネヴィスタ教会の鐘」という曲があった。
タイトルが「コネヴィスタ修道院の鐘の音」と「コネヴィストの教会の鐘」、そして「コネヴィスタ教会の鐘」・・・・
外国語の日本語表記なので、色々と違って来る・・・。今度は「コネヴィスタ教会の鐘 CD」121221kantele で検索してみた。するとAmazonで「白夜のささやき~さわやかクラシックーpartIII」というCDが見付かり、このアルバムの試聴で「コネヴィスタ教会の鐘の音」という曲が、まさに先日のNHK FM 青春アドベンチャー「アンデルセンの雪の女王」のバック音楽と同じだと思った。
とうとう見付けた!!しかしこのCDは廃盤で、5000円もする。さてそれでは得意のヤフオクでこのCDが出ているか??
案の定、出ていた。300円~400円位。でも再度Amazonで検索すると、2000年盤でなく1996年盤だと中古が送料込みで600円ほどで手に入る。結局Amazonの中古を頼んでしまった。

さて、そんな経緯で手に入った音源がこれ・・・・。それにしても、このCDのジャケットの写真が、何とも北欧風・・・

<フィンランド民謡「コネヴィスタ教会の鐘の音」>
(カンテレ)マルッティ・ポケラ、エーヴァ=レーナ・サリオラ、マッティ・コンティオ

到底分からないと思ったドラマのバックミュージックが、「カンテレ」という楽器だと「大手街」さんから教えて頂いたことで、何とか見付けることが出来た。
Netは素晴らしい・・・・

実は同時に「日本カンテレ友の会」(ここ)というサイトを見付けたので、ここにも問い合わせた。
そうしたら、実に丁寧な返事を頂いた。
「あの曲は、お察しの通り、「Bells of Konevista monastery、コネビッツアの鐘の音」で、フィンランドのカンテレの巨匠である、マルッティ・ポケラが2台のカンテレのためにアレンジした名曲です。
日本では、はざた雅子さんが、オカリナの名演奏家宗次郎さんと共演したことでも知られています。
前述の はざた雅子さんは、フィンランドのシベリウス音楽院でカンテレを学び、10年間、カエンピーカというグループで、フィンランドで演奏活動をしていました。現在は、東京でたくさんのお弟子さんをお持ちで、カンテレの普及と演奏活動に携われています。
フィンランドのカンテレの伝統をしっかりと学んで、テクニックも表現力も日本では一番と、フィンランドの演奏家たちや大使館の方々からも認められている方です。
また、札幌のカンテレ指導者である 佐藤美津子さんも、ご自分で一人で弾けるようにアレンジして弾かれています。

コネビッツアの鐘の音は、フィンランドのカンテレの名演奏家、リトヴァ・コイスティネンの演奏もまた有名ですここ)。

カンテレは、フィンランドの民族楽器で、とても伝統のある楽器です。
フィンランドには優れた演奏家がたくさんいます。
もしも、カンテレにご興味がありましたら、ぜひとも、本場の演奏をお聴きになられてカンテレの本来の音色や、その魅力を味わっていただきたいと思っています。
Eva Alkuka、Ida Elina、Timo Väänanen、Arja Kasitinen、Eija Kankaaranta、Minna Raskinen、Olga Shiskina
 などが、トップのカンテレ演奏家として活動しています。・・・」

頂いたメールで、今回手に入れたCDの演奏が、作曲者マルッティ・ポケラ自身の演奏であることも知った・・・・。そしてYoutubeで“カンテレ”なる楽器の演奏風景を垣間見ることも出来た。「カンテレ」とは、何とも不思議な楽器だ・・・・
前のFMドラマの話に戻るが、選曲の伊藤守恵さんという方は、どこからこの音源を探してくるのか・・・。プロとは言え、凄い・・・・

ひょんなことで、フィンランドを音で旅してしまった。(大きな声では言えないが、実は自分はフィンランドとスウェーデンの位置をよく間違える。でもやっと今回で覚えた・・・)
まあ今回も“音探し”で楽しめた。何よりも「カンテレ」を教えて頂いた「大手街」さんに感謝・・・。このキーワード無くしては、見付からなかった・・・
そんなワケで、“知らない音楽探し”を自分の趣味の一つにしようかな・・・と思うこの頃である。

(関連記事)
NHK FM 青春アドベンチャー「アンデルセンの雪の女王」のバック音楽

121221pan <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (1)

2012年12月20日 (木)

「俺についてこい」待望論

今朝の「日経新聞」スポーツ欄のコラム「チェンジアップ」にこんな記事があった。曰く・・・

「チェンジアップ~「俺についてこい」待望論  豊田泰光
 混迷のなかにある日本で求められているのは「俺の言う通りやってりゃ間違いないんだよ」と言ってくれるくらいの強烈な指導者ではないか。
 人それぞれ、自分で道を選ぶに越したことはないが、本当に苦しいとき「とにかく俺についてこい」と言ってほしくなることがある。それもまた人間の心理。先日の選挙ではそんなリーダーの出現が待たれたが期待薄で、体調も崩して投票に行けなかった。
 野球の監督にも「俺についてこい」式の人はいなくなった。それはいいことでもあるが、こういうご時世になると、弱小西鉄ライオンズを強豪に仕立てた三原脩さんのようなリーダーが恋しくなる。「俺についてこい」と本人は口にしなかった。しかし、我ら選手が「この人についていけば勝てる」と思っていたのは確かだ。
 本当は強打したいのだが、バントもありかな、と迷っているときにこちらの気持ちをくんで「打て」と決めてくれる。それが三原さんだった。普段は野放しにしていながら、肝心なところで決めてくれる。そんなことが重なり、この人についていけば間違いない、と思うようになった。
 極端なことを言えば、野球の勝ち方は誰でも知っている。理屈に大差はない。問題は人をその気にさせられるかどぅかだ。「所得倍増」や「列島改造」の政治家も一歩間違えばただの食わせ者となるところだったが、人をその気にさせる力があったのだろう。
 リーダーの力を思い知ったのは実は三原さんを失ってからだった。三原さんが大洋(現DeNA)に去ってから、魔法が解けたように西鉄は勝てなくなった。そして大洋はまさかの日本一に輝いた。
 結局監督の力だったのだろうか。「君たちは自分の実力と思っていたかもしれないが、それはうぬぼれだったのではないかな」。三原さんにそう言われているような気がした。
 絶対の指導者についていきたい、誰かにこうしろと決めてほしいという誘惑は思った以上に甘美なものだ。その分、失ったときの揺り戻しも大きい。リーダー頼みには正負の両面がある。(野球評論家)」(2012/12/20付「日経新聞」p37より)

米・オバマ大統領が再選され、日本では安倍総理の再登板が決まり、そして昨日は韓国でも、初の女性大統領の誕生が決まった。
このところ、各国のリーダーが決まっている。さてそれで、世の中が変わっていくのかどうか・・・・

話は飛ぶが、今月の日経新聞の「私の履歴書」は、森喜朗元総理。これがなかなか面白い。自分はこの人のことをほとんど知らないが、この連載を読んでいると、二世議員でない人が首相まで上り詰めていく過程が分かって面白い。氏の父親は、長い間地元の町長だったとのことで、氏が政治と無関係の世界で育ったわけでは無いらしいが、あまた居る二世議員のように、恵まれた選挙環境、というワケではなかったようだ。でも、少なくても大きな顔(&体)は政治家のボスの風格・・・??
それと、小泉郵政解散のときの、解散回避の説得に失敗したあと、テレビでビール片手に「缶ビールしか出なかった・・・。このオレに!だぜ・・」と言っていたパフォーマンスが懐かしい。なかなかの“役者ぶり”だったので・・・。
まあ、この森元総理が「俺についてこい」タイプだったかどうかは知らないが、我々一般ピープルから見ると、小泉元総理などに比べると、何をしたのか、少し印象が薄い・・・。
まあ、「私の履歴書」もあと10日間、つまりまだ1/3あるので、これからの記事で実績を検証しようか・・・

さて、今回の安部新総理。公約を読む限り、逆にあまり「俺についてこい」と暴走しなければ良いが・・・。
国民は、強いリーダーを待望する反面、方向によっては国を危うくさせる可能性もあり、なかなか誰に期待するかが難しい最近の状況である。

121220boss <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2012年12月18日 (火)

フクちゃんと米長邦雄氏の訃報

今日は、どうしたことか、フクちゃんと米長邦雄氏が亡くなったという話を聞いた。さてどちらから先に書こう・・・。ま、当然フクちゃんだな・・・

会社で、カバンの中の携帯のメール着信のアラームが鳴った。見るとカミさんから、フクちゃん(本名:福)が、今朝けいれんを起こして亡くなったという。フクちゃんとは、ウチの愛犬メイ子の、一緒に生まれた3匹姉妹のうちの一匹。
前に、愛犬について書いたことがある(ここ)。それによると(←だいたい自分は覚えていないのだ・・)、母親のベベちゃんが2007年に亡くなり、2011年4月に妹のシュクちゃんが雷に驚いて、誰も居なかった家で、風呂でおぼれて死んだ。そして今朝、姉妹のフクちゃんが、10歳の誕生日を前に、亡くなってしまった。そして3匹姉妹だったのが、ウチのメイ子ひとりになってしまった。
会社から帰って聞くと、昨日はちゃんとエサも食べたし、普通だったらしい。そして昨夜1時半ごろ様子がおかしくなり、午前2時に動物病院に連れて行って診てもらったが、血圧がどんどん下がり、亡くなったという。せめて、家族に見守られて、そして獣医さんに診て貰いながら亡くなったのは、良かった。家に1人にしておいて、帰ってみたら死んでいた・・・に比べると、よっぽど良い。
しかし午前2時に、電話に出てくれて、もちろん診療時間外だというのに、診てくれる獣医さんが世の中には居るのだ・・・。(ちなみにこの獣医さんは、多摩大橋・八王子側にある「かじはら動物病院」(ここ)とか・・・)
今日は、ウチのカミさんも、葬式?に行って、泣いたという。そして思うことはただ一つ。ウチのメイ子が死んだらどうしよう・・・・・・!

話は飛ぶが、日本将棋連盟会長の米長邦雄さんが、今朝(2012/12/18)前立腺がんのため亡くなったという。69歳。今年の正月に、コンピュータとの将棋を指して、まだまだ元気だったのに・・・
毎日新聞のサイト(ここ)によると、氏はblogに遺言ともおぼしき言葉を残していたという。
「・・・最近、自分はいつ、どのような形で人生を投了することになるのか考えるようになりました。一日でも長く、大いに笑い、健康な日々を過ごしたいと願ってはいるのですが、いつかは必ずその日がやってくることも覚悟しておかねばならない。・・・」(最後の時(2012.11.25)ここより)
「・・・人生は必ずいつか終わるもの。どのような形で投了するのか、あるいは投了させられるのか。最近はそんなことを考えるのが多いのも又事実です。痛みもなく苦しみもなく、寿命を全うできれば、これが一番幸せではないかと思い至るようになりました。
 悟りを開いた高僧になった訳ではありませんが、「人生すべて感謝である」これが今の心境です。私はガンを患っていますが、これもことの成りゆきで、人生はなるようにしかならないのだと達観しております。
 しかし、人生の達人にお会いして、それではまだだめだと教えられました。この世には無駄なことは何もなく、ガンになったことすら感謝すべきであると諭され、はっと氣づかされました。
 私自身の人生を振り返ってみると、60才までの勝負師人生、その後の経営者としての人生に分けられるような氣がします。60才までのことは大方の人が知っていることでしょうから、60過ぎからの会長職としての仕事の成果、内容、等々を書き綴ってゆきたいと思います。・・・」(
最後の時(2)(2012.12.2)ここより)

人生、なかなか思い通りには行かない・・・・。
しかし、家族にも、自身にも、死は必ず訪れる。そして悲嘆に暮れる・・・
でも、ブッダは言う・・・
 「いったん生を受けたものは死ななければならない。
 陶工の手から生まれた土の器が壊れるように。
 果実が熟して、樹から落ちるように。
 人の命は定めようがない。
 長く生きるか、短命に終るか、誰も知る由がない。
 そして若くあろうが老いていようが
 賢い人であろうが愚かな人であろうが
 誰もみな最後は死に至る。だからいくら嘆き悲しんでも死者は生き返らない。死者にわたしたちの手が及ぶことはない。したがって、いつまでも泣くは無益である。それどころか、かえって我が身をやつれさせることになる。
 悲嘆はまた、愛執と憂いという煩悩である。
 その煩悩の矢を自分の手で抜き去れ。
 すなわち、悲嘆を超え、心の安らぎに達せよ。」
 (「ブッダのことば」~スッタニパータ、中村元訳)

言葉ではそうは言うが・・・・

そろそろ年末。またひとつ歳を取る。先ほどのブッダの言葉ではないが、(自分も愛犬も含めて)いつ身近な家族に死が訪れるか分からない。でもその用意など、考えたくもない・・・!?
でも高齢者の仲間入りもした自分。そして愛犬メイ子もちょうど10歳。お互い、まだまだ“初老”なのだが、少なくても他人事でなくなってきた。
でも「メイ子!」と呼ぶと、さっさと自分の家にこもってしまうので、今日も元気。(←ウチのメイ子は体調が悪いと、自分から擦り寄ってくるので・・)
あいつぐ姉妹の訃報を前に、「メイ子が死んだらどうしよう・・・」とカミさんも自分も、猛烈な不安・・・。今備えることは?? かじはら先生にお歳暮でも贈っておこうか??

(関連記事)
「“かわいい”と思う犬」ベスト10~ウチの愛犬 

121218pet <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (1)

2012年12月17日 (月)

「リセット」を考えたけれど

だいぶん前の朝日新聞にこんな記事が・・・・

「<はたらく気持ち>「リセット」を考えたけれど
    田中和彦(人材コンサルタント)
 証券会社の営業職Sさん(24)は、電車に揺られながら「やっぱり、リセットすべきなのかな」と考えていた。入社2年目研修のため、勤務先の北関東の支店から東京の本社に向かっていた。風邪らしき悪寒に襲われながら彼女の頭に浮かんだ「リセット」には、二つの意味があった。一つは会社を辞めること。もう一つは、付き合っている彼との関係を見直すことだ。
 直前まで上司から「お前には研修に出る資格なんてねえぞ。売るもの売ってから行け!」と罵倒されていた。過去にパワハラで何度も人事から警告を受けている上司だが、そんなことはお構いなしに、激しい言葉を投げてくる。
 ノルマのない1年目はまだ見習い的な立場だった。個人目標が設定された今年4月以降、月間のノルマを達成したのは、支店への飛び込み客をお情けで譲ってもらえたときの1回だけ。「なぜ、こんな大変な業界で働いてるんだろう」と自問する。しかし「給与も高く安定した金融業界なら、彼を養っていける」と選んだのは自分自身だった。
 Sさんが地元京都の私大に進学してすぐに付き合い始めた彼は当時4年生。すでに大学院に進むことが決まっていた。穏やかさだけが取りえの典型的な理系の草食男子。3年前のSさんの就活時に「このまま大学に残って勉強したい」と打ち明けられた。「じゃあ、私が稼ぐか」と今の会社に入社した。
 勤務地は関西だろうと高をくくっていたが、配属されたのは行ったこともない北関東の中規模都市。遠距離恋愛が始まり、携帯は通話し放題のプランに変えた。なのに、最近では長く話すことも減ってきた。彼の話題は浮世離れしていて、株価をにらみ、客とお金の話ばかりする自分とは世界が違う。仕事の悩みを相談しても反応が薄い。「本当に彼のこと好きなのかな」。そんな思いが募っていった。
 2泊3日の研修で、久しぶりに多くの同期と再会した。厳しい環境下で誰もがもがき苦しんでいた。自分だけじゃなかった。社内講師の「一度逃げたら、後々、逃げの人生になってしまうぞ」という言葉も妙に心に刺さった。
 研修明けの週末、風邪で寝込んでいると、心配した彼が夜行バスでやってきた。京都のスーパーで買ってきた鍋の具材を持って。「ネギむき出しでバスに乗ったわけ?」とあきれたが、彼は黙々と鍋を作ってくれた。
 「味薄い。へたくそ!」。そんな悪態をつきながら、あふれる涙を悟られまいとティッシュで鼻をかんだ。「もう少し頑張ってみるか」。リセットボタンから指が離れた。」(2012/11/24付「朝日新聞」b9より)

何かホロリとくる話ではある。
しかし、「一度逃げたら、後々、逃げの人生になってしまうぞ」という言葉は重い。でも人間は弱いので直ぐに逃げたくなる。これは誰もが経験すること・・・・
もちろん自分にも経験がある。今更、思い出したくもないが、“あの時”に“逃げて”いたら、その後の自分の人生はどれほど(悪い方向に)変わったか・・・と思うと、空恐ろしい・・・。もちろんその事を詳しく書くつもりもない。

話は変わるが、引き籠もりの話題でよく話が出るのが、「自分は悪くない」という本人の視点。常に誰かが悪い・・・という責任回避のスタンス。それは(生き延びなければならない)生物として、仕方が無い原理かも知れない。しかし、社会的には簡単に抹殺される。そして親の庇護が無くなったとき、危機が訪れる・・・

上の記事の例は、まだ若い人のちょっとしたエピソードだが、我々人生のベテランたちは、転職がいかに大変か・・・、自分が社会でどれだけ価値があるか・・・を良く知っている。
よって人生の岐路では、後悔しないように、よくよく考えよう。そしてその結果責任は、自分自身で・・・。何せ「一度逃げたら、後々、逃げの人生になってしまう」のであるから。
(まさに蛇足だが、今回の衆院選。国民は、今までの政治にリセットをかけた結果か? それとも逃げた結果か??)

P10101171 <付録>昨日取り付けた庭の小鳥のえさ棚。結構にぎやからしい。今日カミさんが撮ったメジロ。「ここは自分の領地だぞ~~」と歌っていたとか・・・

| コメント (0)

2012年12月16日 (日)

NHKラジオ深夜便で語る鷲津名都江(小鳩くるみ)さんの話

同じ歳…ということもあり、自分は元童謡歌手の小鳩くるみ(鷲津名都江)さんのファンである。(←たぶん・・・)
その鷲津さんが、昨夜(2012/12/16 AM0~1時台)のNHKラジオ深夜便~〔オトナの生き方〕マザーグースに魅せられて 目白大学外国語学部教授 鷲津名都江」で自分の半生を語っておられた。
小鳩くるみさんの歌は、前に「月の沙漠」(ここ)と「花嫁人形」(ここ)を取り上げた。もう5年も前になるが、その時に小鳩くるみさんが自分とは同じ歳であり、ロンドン大学大学院修士課程(MA)の学位を持ったマザーグース(イギリスで成立し伝承されてきた童歌)の研究では日本の第一人者の学者であって、現在は目白大学 外国語学部 英米語学科 教授であることを知った。
歌手で学者になった例としては、元ザ・フォーク・クルセダーズの北山修さんが、九州大学名誉教授の精神科医であることは有名だが、小鳩くるみという4歳の時にデビューした歌手が、どのようにして学者の道に入ったか、知りたかった。もちろんNet上にも情報は無い・・・。

NHKラジオ深夜便は、録音しておいて通勤途上で聞いているが、そんなワケで、この番組は楽しみに待っていた!! そして聞いた感想は・・・・?
案の定、まさに“素直な歌声”そのもののような自然体での話、そして人生の道・・・・。

<鷲津名都江(小鳩くるみ)さんの話>

 

この番組を全部お聞きになる方は、(AM0時台の39分)は(ここ)、(AM1時台の29分)は(ここ)をクリックしてしばらく待つ・・。

この番組で鷲津さんは、自分で追い掛けるというより、周囲の人たちが自分の進むべき道を案内してくれた、と話されていた。38歳でイギリスに留学。そして学者の道に・・・。年齢からは、とても早いとは言えない・・・
しかし、子ども相手の優しい顔とは別の、自分の道は自分で・・という“自分”を持っていた・・・・

歌手活動でマネージャーをしてくれていた母親は、91歳でご健在。そして結婚21年目というので、121216kobatokurumi 43歳の時に“話していて疲れない男性”と結婚されたとか・・・。
そして今年歌手生活60周年とのことで、記念のCDボックスが発売になったとか・・・(ここ

相変わらず素直な透き通った声・・・。自分と同じトシなので、もう(65歳の)“高齢者”の仲間入り(失礼!)なのだが、この若さは何なのだろう。
ともあれ、前の記事でも書いたが(ここ)、自分と小鳩くるみさんとは、(お互い)26歳の時にLPを買って以来の“付き合い”!!
その素直さと若さを、少しでも真似たいな・・・と思いながら聞いたラジオ深夜便での話であった。

(関連記事)
「小鳩くるみ」が歌う童謡 
小鳩くるみの「花嫁人形」 

P10101151 <付録>~今日、カミさんの“指示”により庭に取り付けた小鳥用のエサ台。さっそく鳥がオレンジを突っついていた。
(メモ)今日は、衆院選の投票日。何と都議補欠選も含めて5つの投票だった。午前中に近くの小学校に行くと、何と列・・・。100人以上か・・・。こんな事は初めて。投票率が急に上がったとも思えないので、5つの投票に時間が掛かっている???
さて今晩の開票結果はいかに???

| コメント (0)

2012年12月14日 (金)

NHK FM 青春アドベンチャー「アンデルセンの雪の女王」のバック音楽

ラジオで聞いていて、ちょっと気になった音楽を“探す”のは、なかなか楽しいもの。音楽の訪ね人探し・・である。
先日、NHK FMで放送していた「青春アドベンチャー“アンデルセンの雪の女王”」を聞いた。この中で、第1回と第4回に出て来た、雪の女王を暗示する音楽が気になった。少し聞いてみよう。

<NHK FM青春アドベンチャー「アンデルセンの雪の女王」④①より>

この分散和音が何とも心地よい。楽器は何だろう?ギターではないし、チター??・・・当然、このドラマのために作曲されたものだと思っていた。しかし、NHKのサイトを見ると「選曲:伊藤守恵」となっている。選曲ということは、どこかにCDがあるかも・・・??
早速、メールでNHKに問い合わせてみた。帰ってきた返事は「データがない」。ちゃんとした音楽番組なら放送した曲名のデータはあるのだろうが、ドラマのバック音楽ではムリだろうな・・・と、納得。

ふと、Netで何か情報が無いかな・・・とネットサーフィンしていたら、2010年1月付のこんな情報が・・・。「青春アドベンチャーの選曲を多く担当されていたフリーのラジオディレクター、選曲家の伊藤守恵さんが年明け早々に膵臓がんでお亡くなりになりました。享年51」(ここ

2010年1月というと、何と3年も前。そういえばこの番組は再放送だった・・と気が付いた。(ここ)によると、この番組は「初回放送:1992年12月7日~11日」とある。もう20年も前の番組だったのだ。しかも、選曲者も既に居ない・・・
しかし唯一の情報は、このNHKのサイト(ここ)に「・・・岸田今日子さんの絶妙の語り口と、北欧の民族音楽とで優しくそして温かく紡いだ・・・」という記述がある。
つまり、どうもこの音楽は、北欧の民族音楽らしいことは分かった。

もし選曲者が生きて居られれば、若しかすると古い資料を調べれば、分かったかも知れないが、もはや知る術はない・・・。
でも、ちょっと気になった音楽を、こうしてピンで止めておくのも、音の備忘録で面白いかもね・・・・。曲名は分からないけど・・・

(2012/12/21追)
おかげさまで、音源が見付かりました。「白夜のささやき」というアルバムに入っている「「コネヴィストの教会の鐘」という曲でした(ここ)。

(関連記事)
カンテレによる「コネヴィストの教会の鐘」 

121214doroboneko <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (1)

2012年12月13日 (木)

日ハムの大谷を口説いた資料「夢への道しるべ」

自分は、プロ野球については門外漢だが、ニュースに出てくる話題はいちおう読んでいる。先日の、日本ハム球団が大谷選手の大リーグ行きを翻意させたという資料「夢への道しるべ」。まあ大体内容は想像つくとしても、少し覗いてみたい気もしていたが、それが日本ハムの公式サイトで公開になったと聞いた。

日ハム、大谷口説いた資料「夢への道しるべ」を公式サイトに掲載
 北海道日本ハムは13日、入団表明したドラフト1位指名の花巻東高・大谷翔平投手との交渉の際に提示した球団資料を公式サイトに掲載した。資料は「大谷翔平君 夢への道しるべ ~日本スポーツにおける若年期海外進出の考察~」と題され、個人情報など一部を除く26ページを公開している。
121213ohtani  同資料では、日本人メジャーリーガーの実績や韓国人選手のメジャー挑戦などを解説している。早期渡米については韓国野球での前例を紹介。日韓メジャー選手のキャリアを比較すると、日本野球での実績が「MLBトップの実力」「長期活躍」に影響しているとまとめた。また、参考として日本サッカーの海外移籍組のキャリアなども掲載している。
 日本ハムは、ファンや報道関係者から資料内容についての問い合わせが多かったことから、ほぼ全文を開示した。」
ここより)

日本ハムの公式HPは(ここ
「大谷翔平君 夢への道しるべ」のPDFは(ここ

一通り読んでみたが、案の定“日本ハム臭さ”は全く無い。実にアカデミックに分析している。日本から大リーグに挑戦した選手の分析は予想通りだが、韓国から大リーグを目指した選手たちのデータが同列に評価されていたのにはビックリ。なるほど、大リーグから見れば、日本選手も韓国選手も同じ。確かに韓国選手の実情を評価する事によって、データの母数は増える。
この資料作りに日本ハムがどの位の時間を掛けたか知らないが、分かるのは、10月25日がドラフト会議で、11月10日付の資料なので、2週間! 資料を見る限り、これはプロの仕事。それが最終ページを見て納得した。そこにはこの資料作成への協力者名が並んでいた。なるほど・・・(ここによると、「日本ハムは9月中旬ごろから資料作成に動いた。元高校教諭でアマスポーツ界に顔が広い大渕隆スカウトディレクターが野球界だけでなく、各競技団体に話を聞いて回った。」とのこと・・・)
この資料は今後、大リーグだけでなく、日本から海外を目指すアスリートたちの大きな指針となるだろう。

PowerPointで作られたこの資料は、まさに我々がビジネスで現役時代にさんざん作ったプレゼン資料と同じ。目的は、相手を説得すること・・・。相手が、大谷選手であろうと、システムを買ってくれる会社・組織、または電化製品を買ってくれる個人の客でも、それはまったく同じ。
つまり、いかにして相手を買う気にさせるか? 自分たちの言いたいことを、いかに納得させることが出来るか?
それは世界に通用する(誰が書いても同じ)データに基づき、理詰めの論理展開となる。
その意味では、今回の大谷翻意の原動力は、日本ハムというより日本プロ野球機構の実力そのものだったのだろう。

今回の大谷選手の日ハム入りは、ある意味当然の結果。何となく・・・(失礼!)言っていた高校生の“願望”が、これだけのデータで、(あくまでも大谷選手の夢を実現させる前提で)論破されたワケなので、これらの現実を知って、それでもなお米大リーグを目指すとなると、竹槍戦法での討ち死にを覚悟?とも見られてしまう。もちろんそれも人生の道なのだが・・・。結果として、日本ハムの熱意がこの資料に表れ、本人を翻意させたわけだ。説得される側としても、これほど有り難いことはない・・・・。

誰でも永い人生で、何度かの岐路にぶつかる。学校の選択、就職先の選択、結婚相手の選択・・・等々。それら全てに、こんな資料で分析して論理的に岐路を決めることができれば、たぶん後悔は少なくなるだろう。まあ、かえって面白くないかも知れないが・・・・。

ともあれ、日本ハムは“毎年、その時のベストの選手を指名する”との方針とのことで、昨年2011年も今年巨人に入団した菅野選手(東海大)を指名した。そのスタンスにブレはない。
今回の大人の対応で感心した日本ハム。来年の日本ハム、及び大谷選手の動向を注目していこうと思う。(←プロ野球に素人の自分は、たぶんこのことを忘れてしまうと思うけど・・・)

121213ningen <付録>「ボケて(bokete)」より

(メモ)会社から帰ると、玄関にカミさんが待ち構えていて、「ふたご座流星群を見に行く」という。仕方なく、愛犬メイ子に防寒服を着せて、自分のコートの懐に入れ、出かける。といっても、近くの小山に・・・。確かに空は広く見渡せるが、遠く水平線方向は街の明かりが煌々と・・・。ポツンと飛行機の明かりが音もなく動いている。「どっちに見える?」「分からない・・・」。ま、いい加減なもの・・・。結局、一つ見えたような気がしたが・・・。
Netによると今晩がピークで、1時間に20~30個の流星が見えると言うが、寒さに負けた・・。

●メモ:カウント~365万

| コメント (1)

2012年12月12日 (水)

「コップの中の嵐」?~パナソニックの「このままでは」

日経に連載されている「迫真」。今朝のパナソニックの記事を読んで、唸ってしまった。曰く・・・

パナソニックを変える(2) 「このままでは」
 6万2690人――。
 大手企業の社員数ではない。過去2年半にパナソニックを去った社員の数だ。来年3月末までにあと8000人減る予定。年中行事のようなリストラでコストを切り詰めてきたが、長年のけん引役だったテレビに代わる成長事業が見えない32万人の巨大企業に市場は容赦はない。
 「一体、株主を何だと思っているのか」。今年7月後半。ある投資銀行幹部はパナソニックの社長に就任して日が浅い津賀一宏(56)に、初対面の場で強烈なパンチを浴びせた。
 その時点で時価総額は1兆3千億円。4年前の4分の1以下だ。「全く反論の余地はなかった」という津賀は、技術畑の出身で長らく研究所で会社人生を送ってきた。投資家という「社外の目」が予想以上に厳しいことを初めて肌で感じた瞬間だ。だが、日を追うごとに現実の厳しさを知ることになる。
 「このままでは自主経営が許されない非常事態がおきる」。4~9月期の決算発表を1カ月後に控えた10月3日。大阪府門真市にある本社1階の講堂で津賀はいら立っていた。怒りの矛先はそこに集まった幹部クラスの社員。「こののんびりムードは何なんだ」。2007年3月末に1兆5千億円あった余裕資金は5年間で2兆5千億円も減り、今や1兆円の借金を抱える。それなのに危機感が一向に伝わってこない。
 そして10月31日。パナソニックは今期の最終赤字が7650億円になるとの見通しを発表。ムーディーズ・ジャパンは11月20日、パナソニックの格付けを2段階下げた。もう1段下がれば「投機的」水準だ。
 すでに投機的と格付けされ、銀行から協調融資を受けるシャープより危機レベルは低いといえるが「最悪の場合、資金調達は銀行融資以外になくなる」(津賀)。戦後の混乱期にしか経験したことのない事態だ。
 ある40歳代の社員はこう語る。「社員に危機感がないって冗談じゃない。経営陣は改革、改革って毎日言うけど、そのたびに組織が変わる。もう改革という言葉に我々は疲れたんだ」
 相談役の中村邦夫(73)が社長時代、「聖域無き構造改革」を掲げてから12年余り。津賀は肥大化した本社を戦略立案に特化したスリムな組織に変えようとしている。しかし改革が半ば常態化してしまった社内で、真に必要な改革はできるのか。津賀の苦悶(くもん)が続いている。(敬称略)」(2012/12/12付「日経新聞」p2より)

別にどうって言う事のない記事なのだが、自分がドキッとしたのは、最後の方の「・・・経営陣は改革、改革って毎日言うけど、そのたびに組織が変わる。もう改革という言葉に我々は疲れたんだ」という件(くだり)。この言葉以上は、何を差しているのかは分からないが・・・

自分も10年以上前、現役のときに同じような環境にいた。よって、その頃のことを思い出しながら読んだ。
一般論だが、業績が落ち込むと、トップに対して挽回策を報告して、それを実行しなければいけない。もし自分たちで“改革”が出来なければ、トップダウンで改革の指示が降りてくる。それが普通の会社の動き。だから、現状に精通していないトップに、自分たちの現場をかき回されたくない時は、自発的に改革して行くしかない。
その時に、一番分かり易いのが組織変更。例えばメーカーでは、色々な製品群に対して、設計、製造、品証などの部門を、それぞれまとめる。例えば、色々な製品でも同じ製造部に包括されていれば、製品群毎での仕事量の不均衡に対して、やりくりが出来る。それに対して、製品部制というのがある。ある製品に対して、設計から製造、品証まで一気通貫でひとつのグループにまとめる。こっちの方が製品の製造に対して、クイックに動ける・・・・、という。
実はこれらは、数年ごとに行ったり来たり。それぞれメリットとデメリットがあるので、言い訳はどうにでもなる。よって、よく“改革”と称して組織変更をする。
すると、トップに対して、“何かしている”とPRが出来る・・・・。

でもここで一番大切なことは、組織の外部、例えば顧客から見て、何も変わっていない、ということ。自己満足に過ぎないということ・・・・。いわゆる“コップの中の嵐”・・・
でも当事者はたいそうなことをした気になる・・・(もちろん、上のパナソニックの例に当てはまるかどうかは分からない)

これは持論だが、やはり自分たちの仕事を“愛している”当事者たちが、自分たちの仕事を続けるため(自分たちをクビにさせないため)、自分たちで知恵を絞るしか方法はない。これは自分の卒サラリーマン生活での結論。
結局、トップに物申させてしまう(指示させてしまう)、自分たちが悪い。物言いが付いてしまう業績しか出せなかった自分たちが悪い。よって、トップに何も言わせない業績を自分たちで作るしかない。組織変更で、何か手を打ったつもりでいても、化けの皮はあっと言う間に剥がれる・・・。そんなもの・・・

前にパナソニックの大きなグループ会社を強引に子会社にしたことがあった。その時、その子会社の社内は大混乱をして、外注から見ても「大丈夫かな?」と心配の声が大きかったとか・・・。形を幾ら変えても、中身(社員の心)が変わらなければ、成果は出ないが、もう落ち着いたのかどうか・・・。
一方、電気メーカーでガタガタしていない代表が三菱電機。地道ながら、キチンと業績をあげている。結局はトップ次第・・・。
パナソニック、シャープを筆頭に、危機に瀕しているメーカーが多いが、上の記事ではないが、「こののんびりムードは何なんだ」という言葉に代表される“他人事”から目が覚めて、真の改革の元、復活してくれると良いのだが・・・。

121212nekotoinu <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2012年12月11日 (火)

童謡「落葉の踊り」

もう本格的な冬。朝は氷点下。散歩している小山のいつもの道も、一面落ち葉で覆われている。体の小さい愛犬メイ子は歩きにくそう・・・・

こんな歌をご存じだろうか?
自分は結構童謡や唱歌が好きで、CDやFM放送から色々な音源を集めている。しかしこの「落ち葉の踊り」という歌は、昔から知ってはいるが、放送では出会ったことがない。そしてCDで手に入るものは、たぶん鮫島有美子だけだろう。

<鮫島有美子の「落葉の踊り」>

「落葉の踊り」
  作詞:鹿島鳴秋
  作曲:弘田龍太郎

机の上にわすられた
赤い人形眼をあけば
冬の日ざしのさびしさに
庭の落葉が舞い踊る

机の上に迷い来た
庭の落葉の踊り子は
ねんねの唄もうたえねば
赤い人形見るばかり

Netで探ってもほとんど情報が無いが、この歌は、『少女号』大正9年(1920年)12月号に掲載されたという。
自分で探せた唯一の“文献”は、鮫島有美子のCD「ゆりかごの歌」のライナーノーツ。その記載にはこうある。
「鹿島嶋秋(1891-1954)は、大正7年7月に「赤い鳥」が創刊されて芸術的な香りの高い童謡を目ざす運動が本格化する以前から、明治時代の唱歌のスタイルを踏襲した童謡を子供雑誌に寄稿していた。やがて弘田龍太郎に作曲されるようになり、「浜千鳥」「金魚の昼寝」「お山のお猿」などが広く愛唱されるようになつた。
 「落葉の踊り」は大正9年10月に作曲された。原曲はホ短調、曲のはじめに“速く且つ軽快に”と書かれている。とはいえ“冬の日ざしのさみしさに”の部分は、その前後に対して音価が2倍のゆるやかな旋律に転じ、同じ作曲者の「叱られて」を思い起こさせる。」(鮫島有美子「ゆりかごの歌」ライナーノーツより)
(音価=音楽において、ある音(または休止)に与えられた楽譜上の時間の長さをいう。~Wikiより)

さてこの歌、聞いてみると、実に “起承転結”がよく出来ている・・・!?
歌詞も分かり易い。でも「ねんねの唄もうたえねば」の意味は? “うたえねば”は、“歌えないので”という意味かな??

ともあれ、この歌も、大正・昭和初期時代の童謡がたくさん作られていた時代の作品らしい。
しかし、なぜこの名曲が、あまり歌われていないのだろ? 誰か歌った音源は??・・・と探って行くと、近藤圭子の歌が見付かった。「海ほうずきの歌」で有名な近藤圭子は、戦後の童謡歌手のひとり。

<近藤圭子の「落葉の踊り」>

なぜかもの悲しい季節の到来である。

121211otoshi <付録>~「週刊現代」(2012/11/24号より)

| コメント (3)

2012年12月10日 (月)

「真珠湾攻撃、遅れた最後通告~大使館怠り説を覆す?外務省の故意か」

太平洋戦争の宣戦布告遅延について、wikiにはこうある。
「アメリカ東部時間午後2時20分(ハワイ時間午前8時50分)野村吉三郎駐アメリカ大使と来栖三郎特命全権大使が、コーデル・ハル国務長官に日米交渉打ち切りの最後通牒を手交した。
この文書は、本来なら攻撃開始の30分前にアメリカ政府へ手交する予定であったのだが、駐ワシントンD.C.日本大使館の井口貞夫元事官や奥村勝蔵一等書記官(2人ともその後外務事務次官を務めた)らが翻訳およびタイピングの準備に手間取り、結果的にアメリカ政府に手渡したのが攻撃開始の約1時間後となってしまった。その為に、「真珠湾攻撃は日本軍の騙し打ちである」とのアメリカのプロパガンダに使われることとなった。」

この話はもはや定説になっているが、この説がくつがえるかも知れない・・・という。先日の日経新聞に、実は遅らせたのは外務省の故意で、その事実を隠していたという・・・。なかなか興味深い話なので、長いが読んでみよう。

大使館怠り説 覆す?新事実
 
 真珠湾攻撃-間に合わなかった最後通告
   通信記録を九大教授が発見
    修正指示は半日後 外務省の故意か

 1941年12月8日の日米開戦をめぐる新事実が明らかになった。最後通告の手直しが遅れ、米国に「だまし討ち」と非難された問題で、修正を指示する日本から大使館への電報が半日以上を経て発信されていたことを示す傍受記録が米国で見つかった。これまで不明だった発信時刻が判明。「在ワシントン大使館の職務怠慢による遅れ」とする通説に一石を投じそうだ。

 米メリーランド州にある米国立公文書記録管理局で9月末、記録を発見したのは九州大学の三輪宗弘教授。外務省が東京中央電信局からワシントンの大使館に向けた電報の発信時刻や、米海軍がそれを傍受した時刻などを記録した資料だ。
 開戦直前に外務省が大使館に送った公電は901号に始まり、911号まである。中核となる電報は902号で、米政府が戦争回避のための条件を日本に突きつけた文書、いわゆるハル・ノートに対し、これ以上の交渉を打ち切るとした覚書がその中身である。それ以外の電報は、誤字訂正や暗号解読機の破壊を命じた訓電などだ。
誤字など175カ所
 902号電報は長文のため14部に分かれ、第1部から第13部までほぼ予定通りの時刻に121210saigotuukoku 発信された。しかし、12月7日午前1時(日本時間)までに発信するはずの14部は15時間以上遅延した。
 しかも902号電報には多くの誤字脱字があり、外務省は175カ所に及ぶ誤字などの訂正を903号、906号の2通に分けて大使館に送信した。
 外務省は戦後に、この2通の原本を紛失したとして、発信時刻に関して謎が残ったままだったが、三輪教授が今回の調査で2通の発信時刻を突き止めた。前に送った電報に誤りなどがあれば直ちに訂正電報を打つのが通例だが、調査結果によって、2通の発信時刻は前の電報(902号第13部)から十数時間後と大幅に時間がたっていることがわかった。
 当時は文書の清書にタイプライターを使っていた。ワープロと違って、字句の修正や挿入、削除があると最初から打ち直さなければならない。つまり訂正電報が届かない限り、大使館は通告文書を清書できないが、この2通の遅れが、最終的に米政府に通告文書を手交する時刻が遅れる大きな要因となった。
 なぜ2通は遅れたのか。訂正電報2通の発見は、通告遅延の真相解明に大きな意味を持つが、三輪教授は「発信の大幅遅れは、陸軍参謀本部のみならず外務省も関与していたことを示す証拠」と語り、外務省が故意に電報を遅延させた可能性が高いという。
 元外務官僚で退官後に東海大学などで近現代史を教えた井口武夫氏は、こうした問題を長年にわたり追究、戦後の極東軍事裁判での証言、関係者の手記などを基に902号第14部の遅延は陸軍参謀本部が関与、これに外務省が協力した結果と推定している。今回、見つかった新資料はそれを補完するものとなる。
 米国の通信会社が、日本からの暗号化したこれら電報を大使館に届けたのは7日午前9時前後(米国東部時間)とみられ、大使館が暗号を解読してタイプで清書、コーデル・ハル国務長官の手に渡ったのは真珠湾攻撃が始まった後の7日午後2時20分(同)だった。
 遅くとも真珠湾攻撃の30分前と設定していた最後通告が攻撃の後になったのは、大使館の怠慢によるとされてきた。米国で客死した大佐の葬儀に大使が参列しミサが長引いたほか、届かない公電を待ちくたびれて帰宅、翌朝になって出勤したため、米政府に手交する通告文書作成が遅延したというものだ。
 が、井口氏はそれを否定。「真実を歪曲(わいきょく)した開戦物語が一人歩きして国民に誤った印象を与えている」と指摘する。
奇襲成功“支援”
 近年の研究によって様々な事実も明らかになっている。開戦直前の緊迫した状況だったにもかかわらず、大使館宛てのこれらの訓電の「至急」の指定が取り消され、「大至急」を「至急」に引き下げたものがあった。
 また、大佐の葬儀も、遅延には無関係だったことが長崎純心大学の塩崎弘明教授の研究によって明らかになった。
 さらに今回とは別に、三輪教授は国立公文書館で「A級裁判参考資料 真珠湾攻撃と日米交渉打切り通告との関係」を発見している。通告文の遅れを在米大使館に責任転嫁するとした弁護方針を記した資料だ。目的は東郷茂徳外相が重い罰を科されないようにするためとされる。
 今回の資料発見について、塩崎教授は「真珠湾の奇襲を成功させるため意図的に電報を遅らせたことがこれで明らかになった。打電時間についての新資料自体は細かなことだが、正確な歴史認識を得るためには、こうした史実を丁寧に掘り起こしていく必要がある」と語る。
 また、東京大学の渡辺昭夫名誉教授は「通告の前に攻撃が始まったという問題の本質は(新資料によっても)変わらないと思うが、隠されていた事実を明らかにし、政策決定における問題を追究するのは学問的に意味がある」と評している。(編集委員 松岡資明、西部支社 郷原信之)」(2012/12/08付「日経新聞」p44より)

我々一般ピープルはこう思う。通告が1時間遅れたのなら、あと1時間早く電報が届いていれば間に合ったのでは??と。
しかし外務省と陸軍が、意図的に電報を遅らせたのだとすれば、通告が開戦後になってしまう可能性をどう見ていたのか?? 奇襲を成功させるため、最後通告が遅れても仕方が無いと判断していたのだろうか??
普通考えると、本国と在米大使館との信頼関係が無かった、とも見える。もし両者に信頼関係があれば、余裕をもって打電しておき、大使館に米側への最後通告を持って行く時刻を指定しておけば済む話。
もし米軍が傍受しているかも知れない・・・と予想していたのなら、13部を先に打電したことが解せない。結果として、米側には奇襲作戦の情報は筒抜けで、大統領はそれを認識していたのだから・・・・

しかし戦後処理の過程で、「外務省は戦後に、この2通の原本を紛失したとして、発信時刻に関して謎が残ったままだったが」とか「通告文の遅れを在米大使館に責任転嫁するとした弁護方針を記した資料だ。目的は東郷茂徳外相が重い罰を科されないようにするためとされる。」という件(くだり)は、いつの時代でも繰り返される権力者(役所)の論理。

そして先のwikiの「井口貞夫元事官や奥村勝蔵一等書記官(2人ともその後外務事務次官を務めた)」という記述は、二人が遅れの責任を問われるどころか、甘んじて責任の転嫁を受け入れたことに対する論功行賞そのもの??

大将を助けるために、部下は犠牲になる。まあ戦(いくさ)とはそんなもの。しかし戦争が終わった後の、これら歴史的事実の歪曲は、国民はどう捉えたら良いのか・・・。先の記事では、戦後の裁判でこの“物語”が作られたらしいが、戦争中は“宣戦布告の通告遅れ”という情報は、どのように国民に流布されていたのだろう。アメリカでは大問題化していたが(プロパガンダ)、日本では無視?? しかし、怖いことだ・・・・。まあ大本営・・・だけど・・

何事も真実を知るためには反面調査が有用。しかしアメリカ国立公文書記録管理局の史料の発掘には、大変な苦労が伴うという。
でも今回の発見が、なぜ新聞の“文化”欄か?? トップニュースで報じてこそ、世間の見方が変わるのに・・・。それとも、“そっとしておきたい”というエネルギーが、今もあるのかな??

121210youdou <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (1)

2012年12月 9日 (日)

「喧嘩をしましたか?」

もうだいぶ前になるが、朝日新聞に「喧嘩をしましたか?」というこんな一文があった。曰く・・・

<経済気象台>喧嘩をしましたか?
 「喧嘩(けんか)をしましたか。喧嘩をしないと仲良しにはなれませんよ」
 これは毛沢東氏が田中角栄氏に語った言葉と伝えられる。日本を代表して「日中復交」を企て、中国に乗り込んだ田中氏ではあったが、個々の交渉があまりに難航するのでいささか悲観的になりかけた時、表敬に訪れた毛氏によって発せられた言葉だ。
 田中氏はこの言葉に励まされ、難航した交渉を乗り切ることになる。文字の国、中国のことであるから、これに類した言葉はどこかにあるのかも知れないけれども、これほど率直な表現は毛氏その人のものであろう。
 毀誉褒貶(きよほうへん)いろいろとある毛氏ではあるが、この一事をもってしても、やはりたいした人物であった、と言わざるを得ない。
 私はこの言葉が好きでよく若いカップルの門出に際して贈ることにしている。獅子とウサギは喧嘩はしない。喧嘩が成り立つためには相互に人格が独立して存在することを認めることが必要である。
 ひるがえって、わが国の現状をみるに、あまりに「喧嘩」がなさすぎるように感じられる。この狭い国で顔を突き合わせて生きていると、喧嘩なんてもってのほかで村八分にならないためにも「まあまあ」ですまし、腹がふくれるのを我慢することが一番であると、長い間、我々は自得し実践してきた。
 ただ、この論理は世界では通用しないようだ。数千年来、陸地続きでせめぎ合った人たちにしてみれば「まあまあ」なんて言っておれば、国の滅亡は必至で、お互いに「喧嘩」の論理には通暁している。我々日本国民もまた、この辺りでもう少し「喧嘩」の仕方を考え直してもよいのではないかと思われる。(可軒) 」(2012/11/16付「朝日新聞」p11より)

改めてこの文を読むと、何に対しの「喧嘩」を言っているのか、良く分からない。少々きな臭い感じも・・・・
ともあれ、この文に出てくる「喧嘩をしましたか」という毛沢東の言葉は有名である。当blogでも、5年前に「田中角栄の凄さ~NHK「その時歴史が動いた~日中国交正常化」(ここ)という記事で取り上げた。

しかし、「獅子とウサギは喧嘩はしない。喧嘩が成り立つためには相互に人格が独立して存在することを認めることが必要である」という話はホントウかも知れない。
しかし喧嘩には、色々な種類がある。先の毛沢東の言葉のように、ある信頼関係、前提があって、“お互い安心して”喧嘩をする場合もあるし、またその喧嘩で、全てが終わる場合もある。よって喧嘩はよほど考えながらしなくては・・・!?

今TBSのテレビドラマ「大奥」を見ている(ここ)。前回(第9回)で、家光の影となった稲葉正勝の妻・雪のセリフが気になった。正勝は登城したまま、病没、という事で門外不出の家光の影となるのだが、雪は「あの朝、ささいな事で機嫌を損ね、謝らないまま、まさかあれが永久の別れになろうとは・・。もし影になると言ってくれれば、反対などせず、明るく別れることが出来たのに・・」と言っていた。
世の中で良く聞く話だが、親子でも喧嘩したまま子どもが交通事故で急逝されてしまうと、その後悔は永遠に続いてしまう。挽回のチャンスが無いので・・・

サラリーマンの妻が、朝、亭主を会社に送るとき、その前に幾ら喧嘩をしていても、明るく送り出すのは常識。それをしないと、亭主は心ここにあらずで、仕事でミスを犯し、最悪の場合、上の空の運転で交通事故まで引き起こすかも・・・。
挽回が出来れば何をしても大丈夫。しかし、TBSドラマのように何があるか分からない。とすると、喧嘩早めに終息しておくに越したことはない。

話はまたまた飛ぶが、自分の場合、喧嘩と聞くと、つい子どもの頃の兄弟げんかを思い出す。前にも書いたが、小学生時代、3つ上の兄とのケンカは近所でも有名だった。「武蔵野道場」との名を頂戴した。近所の子どもたちが、垣根のすき間から見物・・・・。もちろんいつも自分が負けていたが、「大きくなったらコロス!!」と何度思ったことか・・・。まあ未だに実行できていないけど・・・
これも“相互に人格が独立して存在”していた証左なのだろう。それに引き替え、5つ年下の弟とは、まるでケンカの記憶がない・・・・!?

そう言えば、五木寛之の「青春の門」でも、主人公の父親は、炭鉱の落盤事故で、残された人を死ぬ覚悟で救いに行く際、ケンカ相手だったヤクザ「塙組」の親分に家族の後を託していた。これも、その存在を認めている相手だからこそ、託せる・・・?

ともあれ、ケンカは人と人との間に決して埋まらない溝を作る事もあるし、また無二の親友になるキッカケともなる。なかなか難しい“喧嘩論議”ではある。

121209esa <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

2012年12月 7日 (金)

「メール冤罪事件 実相見ない家裁は猛省を」

先日の朝日新聞に、先のメール冤罪事件でこんな記事が載っていた。曰く・・・

<私の視点>メール冤罪事件 実相見ない家裁は猛省を
    宗内敦(都留文化大名誉教授〈教育臨床心理学〉)
 他人のパソコンに侵入して所有者になりすまし、そこから殺人・爆破の予告などのメールを発信する事件で、4人もの無実の人が逮捕された。しかも逮捕された人のなかには、当初は容疑を否認していたのに、引き続く勾留の中で自白までさせられた人もいる。慄然(りつぜん)とする事件である。
 だが、ここで私が最も驚いたのは、犯人として送致されてきた未成年の大学生に、有罪を意味する「保護観察」処分を下し、少年の人格と人権を著しく侵害した家庭裁判所のあり様である。自白に誘導するための脅しや強要を常とする警察などの捜査機関の態様は、今に始まったことではない。しかし犯罪少年の保護・育成を標榜する家庭裁判所が、無実の少年の人権を守れず、「保護観察」処分を下したことはまことに残念だ。
 家裁の使命は、明日を担う少年たちの人格のよりよき発展を期して、彼らが犯した罪を憎まず、罰をも許して、教育・保護に徹するところにある。それゆえ誰が見ても許されない大罪を犯した者さえ、世間や被害者側の感情を抑えて、教育の可能性にかけて刑罰を避け、「保護処分」に徹することが許されてきた。
 その家裁が今回、本来もっとも守られるべき冤罪少年の人権と人格を守れなかったのはなぜか。家裁が常日頃から真に少年の人格と向き合い、刑罰か保護か、葛藤の末に処分を決定していたなら、当初無実を主張していた少年の冤罪を晴らす道筋を見いだすことも決して難しくはなかっただろう。
 私は元家裁調査官でありながら、時に極端な保護主義に走り、社会感情、とりわけ被害者感情をまったく斟酌(しんしゃく)しないかのごとき家裁の決定を幾度も批判してきた。「少年保護」の錦の御旗に隠れ、少年の「事件と人格」の実相により深く迫ることなく、安易に保護処分に傾く体質が垣間見えたからである。
 皮肉なことに、今回の冤罪少年に対する安易な処分もまた、その延長線上にあると言って過言ではない。実相に迫ろうとしない姿勢が、錦の御旗に基づく「保護観察」なる「有罪決定」を招き、結局、その人格と人権を救済・保護するどころか、蹂躙(じゅうりん)してしまったのである。これは昨今、世間を震撼させた、いじめ事件の被害者が自死に追い込まれる過程に責任を持たなかった学校や教師の姿と、悲しくも重なって見える。
 教育とは何か。保護とは何か。学校・教師はいざ知らず、少年の人権と人格を保護し育成する最後のとりでである家裁には、その専門性とあり様に基づき、深甚なる内省と反省を促したい。」(2012/11/23付「朝日新聞」p15より)

この記事を読みながら、前に読んだ新聞の記事を思い出した。裁判所の関係者が、今の安易な裁判を嘆いていた記事。その切り抜きがどこかにあるかと探したが見付からない。

書いていたことは、検察が送ってくる事案は、公判に耐えられる事件ばかり。よって有罪率は99.9%。裁判所は、そんな現状から、検察調書に寄りかかり、求刑に対して機械的に(?)8掛けで判決している・・・という話。
さもありなん、と読んだ。つまりこの冤罪事件も、まさに該当!!

自分は死刑制度存続派。でも、こんな事件を知ると、もし冤罪事件だったら死刑は取り返しが付かなくなる・・・という死刑廃止論者の意見も、一理あるような気がする。
裁判は、結局は裁判官が“認定”するかどうか・・・。それは「事実」とは異なり、一方的に「判断」すること。
またまた、映画「それでもボクはやってない」(ここ)を思い出す。
事件の真実を知っているのは、犯人だけ。そして冤罪の被告人は、自分は無実だという真実を知っている・・・
先に痴漢事件で逮捕が“報道”されたNHKのアナウンサー。いつもあのアナの顔が頭に浮かぶのだが、このアナも、「それでもボクはやってない」のだと、視聴者も救われるのだが・・・

121207onnna <付録>~「週刊現代」(2012/11/24号より)

| コメント (0)

2012年12月 6日 (木)

「国民皆保険、当たり前でない」

だいぶん前だが、朝日新聞に国民皆保険についての記事があった。曰く・・・

現場から考える社会保障~国民皆保険、当たり前でない
    中村秀一(医療介護福祉政策研究フォーラム理事長)
 先般のロンドン・オリンピックの開会式をテレビ中継で見ていたところ、アリーナではイギリスの歴史をたどっていた。産業革命だ……とみているうちに場面の転回があり、乳母のような格好をした女性たちがダンスを始めた。大きな文字でNHSとある。第2次大戦後生まれたイギリスの医療制度(国営医療サービス)のことだ。進む開会式をよそに、私はすっかり考え込んでしまった。東京でオリンピックが開催されるとして、医療が取り上げられるだろうか?
 NHSに相当するのが、わが国では国民皆保険だろう。1961年にすべての国民が医療保険制度でカバーされることとなった。現在、皆保険を否定する政党は皆無だし、ほとんどの有識者にも支持されており、皆保険を維持することは国民的コンセンサスと言ってよい。この制度によって、医師にかかりやすくなった。わが国民1人あたりの年間受診回数は13.1回で、ドイツの8.4回、フランスの6.7回、イギリスの5回、米国の3.9回、スウェーデンの2.9回に比べて断然に多い。わが国では医療をけなす言葉として「3時間まって3分診療」があるが、実は3時間まてば医師に診てもらえるということは、国際的にみれば褒め言葉だ。
 米国では公的な医療保険制度が整備されていない。数千万人が無保険者で、経済的理由で医療をうけられないことが問題になっている。スウェーデンでは医療費は無料に近いが、1週間以内に医師に診てもらえるようにすることが医療政策の目標になっている。患者がどの医療機関にも飛び込める「フリーアクセス」も、わが国では当たり前と考えられているが国際的には少数派だ。筆者がスウェーデンに駐在していた時、日本人駐在員の不満は、病院には直接行けないこと、診療所は予約制で、看護師が間に入り医師にすぐには取り次いでくれないことだった。 
 また、わが国ではほとんどすべての医療が医療保険の対象になっている。67年に人工透析が保険の対象とされた。68年に215人であった透析の患者は、今日では30万人を超えている。25年を超えて透析をしている患者が1万人以上いる。これらの人々のまさに命綱となっているのが医療保険だ。
 保険証をもっていけばどの医療機関にでもかかれ、たいていの医療が保険で提供されるということは国際的に高く評価されているが、わが国民には空気のように当たり前で「ありがたみ」が理解されていない。
 わが国の医療を作ってきたのが、皆保険である。しかし、良いことばかり、というわけにはいかない。
 保険財源が確保されたため、病院が多く作られ、病床数も大幅に増えた。国際比較すると、日本は人口当たりの医師数、看護師数が少なく、ベッド数が非常に多い。1ベッド当たりの医療スタッフが極めて少ない状態だ。わが国の医療は、病院スタッフの献身的な努力でかろうじて運営されている。近年短縮される傾向にあるが、入院期間が長いのもわが国の特徴だ。早く治すという医療が実現されていないのだ。
 医師が自由に開業できる制度であったため、似たような病院が多く、相互の役割分担や連携もとれていない。医師の地域偏在や診療科間のアンバランスが生じているが、この調整は至難の業だ。小さな病院を統合して医療機能を高める改革も必要だが、住民も地元に病院の確保を望むため、なかなか進まない。現状維持に傾きがちな医療界も改革の足かせになってきた。レセプト(医療機関から保険者に提出される医療費の請求書)の電子化は、数年前から本格化し、現在やっと請求件数の9割を超えるようになったが、旧厚生省が電子化を提唱してから30年近くかかった。医療界との調整に手間取ったためだ。医療がますます高度化し、医療安全の確保、質の向上が求められている今日、医療提供体制の改革が焦眉(しょうび)の急であるが、この分野の政策の立ち遅れが目立つ。
 私事で恐縮だが、私が医者になっていれば7代目という医者の家系だ。祖父は信州の田舎の開業医であり、皆保険がスタートした前年に亡くなった。医院には朝から患者が多く、診察を終えた祖父が夕食をとるのは夜遅くであった。高齢になっても自転車で往診をしていた。小学校の校医でもあり、地域医療を実践していた。盆、暮れに祖父の家に帰省すると、いつも金だらいに鯉(こい)が泳いでいた。皆保険以前のことであり、薬代の払えない人は、鯉や野菜を持って御礼にきていたのだ。
 皆保険で医療は安くて当たり前だという錯覚を生んでしまった。医療は受けやすくなったあまり、その大切さへの実感が失われ、感謝の念が後退したことも大きな問題だ。医療保険の目的は患者支援だ。医療保険を収入源とする医療界は、患者本位という原点を忘れないでほしい。
 私たち自身に「皆保険は自分たちの財産であり、大事に使う」という自覚がなければ、皆保険はいずれ崩壊してしまう。そこを改めて強調したい。
(なかむら・しゅういち 1948年生まれ。厚生労働省社会・援護局長などをへて内閣官房社会保障改革担当室長。医療介護福祉政策研究フォーラム理事長)(2012/11/16付「朝日新聞」p19より)

まさに、“当たり前のこと”の有り難さ・・だ。
しかし、この記事を読んでビックリしたのが、スウェーデンの医療。一番進んでいると想像していたのに、「1週間以内に医師に診てもらえるようにすることが医療政策の目標」とは・・・・。
1週間も医者に診て貰えなければ、治ってしまう? いや死んでしまう!!
今の日本の感覚からすると、信じられない・・・。特に脳梗塞など、発症後何時間以内に治療を開始するかで、予後が大きく変わってしまうのに・・・

しかし、治療を受けるのが当たり前の日本において、それに甘えて治療費を払わない人も居るらしい。前にある大病院の救命救急センターで、担ぎ込まれた患者について、ちゃんと金を払ってもらえるか・・という電話を、救命センターの医師自らがしていたという話を聞いた。
命が危ない人に、病院は何はともあれ、処置をする。しかし患者はのど元過ぎれば・・・で、金のことになると・・・・
病院も大変である。
しかし、最先端の医療が、粛々と行われて行く日本は素晴らしい。先日の息子の手術ではないが、患者が考えるまでもなく、教授自らが「手術を強く勧める」と迫って(?)来る。
この“日常的な風景”をどう見るか・・・。どう評価するか・・・

全ての制度は、国それぞれの歴史や文化、国民性に根ざしている。今回の衆院選ではないが、今の日本に閉塞感はあるものの、まだまだ良い国なのかも知れない。
今朝の新聞各紙によると、12月16日の衆院選の序盤情勢調査で、自民党が過半数を超える勢いとか・・・。まあ、これ以上悪くならない政治になるとよいが・・・

(2012/12/07追)
アメリカ在住の「名前?忘れた」さんから、コメントでアメリカの医療の現状を教えて頂きました(ここ)。

121206tsuuen <付録>~「週刊現代」(2012/11/24号より)

| コメント (2)

2012年12月 5日 (水)

メディアの自浄作用~「マニフェスト 政権の罪、メディアの罪」

いよいよ衆院選が始まった。さてさて、どうしよう・・・・
先日の朝日新聞に、メディアの罪についての記事があった。編集委員が書いているのだから、新聞社としての反省と捉えたい・・・・が。曰く・・・

<波聞風問>マニフェスト 政権の罪、メディアの罪
      原真人(編集委員)
 3年前の総選挙で初めて手にした民主党マニフェスト冊子は輝いて見えた。カラーグラフや写真がふんだんに使われ、とにかく見やすかった。予算配分額が細かに盛り込まれた工程表も画期的で、メディア発表会も手厚かった。記者が殺到しても、広い会場は余裕があって、冊子もたっぷり用意されていた。
 それに比べて当時の自民党の公約発表はお粗末だった。定員50人ほどの狭い会場にすし詰めにされた200人以上の記者は、定刻から2時間以上、待たされた。党の会議がもめて決定が遅れたのだ。人いきれがする会見室に、ようやく公約集が届いたと思ったら、今度は「部数が足りません」。
 あまりの手際の違いに両党の勢いの差を感じたものだ。とはいえ、政権交代をそうやって演出したピカピカ表紙の民主党マニフェストも、中身をくわしく見れば欠陥だらけだとすぐにわかった。
 たとえば高速道路無料化。無理に進めれば、渋滞がひどくなり、公共交通への影響が予想された。農家への戸別所得補償は強い農家を育てるためならいざ知らず、実態は、ほとんどの農家が補償対象となるバラマキ政策だった。
 子ども手当は子育て世代への支援という趣旨はいいのだが、財源を有効に使うなら、現金支給より、保育所や託児所を増やす現物支給を手厚くすべきだった。それに、これら公約を実現するにはどうみても財源が足りなかった。
 政権交代の前からこうした問題が指摘されていたのに、軌道修正はずいぶん遅れた。その結果、政策効果の薄い予算がふくらみ、時間が浪費され、長期的政策の方向がゆがんだ。民主党は新公約を掲げるに際し、失敗を総括し、深く反省してほしい。
 そして新聞やテレビなどマスメディアも、みずからの罪を反省すべきだ。マニフェスト政策の評価方法を誤り、欠陥公約集であったにもかかわらず、むしろ民主党政権に公約の実行を促す役割を演じてしまった。
 公約について朝日新聞などの採点はいつも、こんな具合だった。戸別所得補償制度→「導入したから○」、高速無料化→「一部区間しか実施しなかったので△」……。
 これでは公約の是非がどうであれ達成度を引き上げよ、と言っているのと同じだ。欠陥公約を評価するなら、「強行してしまったから×」「思いとどまったので○」のほうが、ずっとよかった。
 12月の総選挙でも各党が掲げる選挙公約は玉石混交だ。実行してはいけない政策も混じっている。私たちメディアには、その真贋(しんがん)を見極める眼力が必要になる。そして、まっとうな評価にもとづく公約報道のあり方を真剣に考えないといけない。」(2012/11/25付「朝日新聞」p6より)

この記事の前半は、言い尽くされている指摘だが、後半の議論が面白い。「欠陥公約を評価するなら、「強行してしまったから×」「思いとどまったので○」のほうが、ずっとよかった。」とは、なかなかに言い当てている。
日本人はムードに弱い。そのムードを駆り立てるのがマスコミ。「約束した事は守れ!」とはやすと、「そうだそうだ・・・」になってしまう。しかし今回の各党の主張を聞いても、この施策は**党が良いが、あの施策は**党が良い・・・・・
つまり、打ち出した施策が全て「そうだ」と言えるような政党など無いのである。でもどこかを選択せねばならない・・・・

先日どこかで、逆説的なこんな記事を読んだ。どうせ価値のない一票。それを死票とさせないためには、“これだけは実施して欲しくない”という候補を落選させるため、一票を投じるのだそうだ。つまりは、落選させたい候補の対抗馬に一票を投じる・・・。なるほど・・・・

まあ、マニフェストなど“その時のスタンス”。政府の時代に即した動きはある程度仕方が無いのかも知れない。“朝令朝改”も困るが「過ちて改めざる 是を過ちと謂う」(「論語」衛霊公29から)という格言もあるほどなので・・・
でも白紙委任だけはしたくないな・・・と思う今回の選挙戦ではある。

121205tamaniha <付録>~「週刊現代」(2012/11/24号より)

| コメント (0)

2012年12月 4日 (火)

日経の「総合企業ランキング2012」ベスト300社

今年もまた日経が上場企業の総合ランキング(NICES)を発表した。
NICESとは“企業のステークホルダー(利害関係者)に着目し、「投資家」「消費者・取引先」「従業員」「社会」の基本的な指標と企業の革新性や将来性をみる「潜在力」を組み合わせた5つの指標から企業を総合評価する。”ものだという。
それによると・・・

<総合企業ランキング2012 ベスト20社>(全300社はここ
①(1)NITドコモ  883
②(6)セブン&アイHD 877
③(7)コマツ   868
④(2)武田薬品工業 859
④(3)キヤノン  859
⑥(35)東レ   855
⑦(4)花王    843
⑧ユニ・チャ-厶 833
⑧(35)NTT    833
⑩(11)ダイキン工業 830
⑪(33)日産自動車  826
⑫(5)資生堂     824
⑬(28)トヨタ自動車 823
⑭(8)ホンダ     816
⑮(12)KDDI     804
⑯(13)日立製作所  800
⑰(22)ベネッセHD  797
⑱(27)アステラス製薬 794
⑲(17)三菱商事   785
⑳(14)キリンHD   782

そして、我々に最も重要な「従業員(有給休暇、育児・介護休業、女性活用、定着率、多様な人材の活用の5指標)」の指標では、・・・

<従業員>
①(2)資生堂 200
②(17) 東レ 181
③(17) J・フロントリテイリング 175
④(5) NTTドコモ 174
⑤(29) マツダ 170
⑥(3) 高島屋 168
⑦(33) 曙ブレ-キ工業 167
⑦(-) 東京急行電鉄 167
⑨(29) パソナグル-プ 165
⑨(72) コマツ 165
⑪(1) ダイキン工業 164
⑪(-) 東芝 164
⑬(4) 三越伊勢丹ホ-ルディングス 162
⑬(23) 日産自動車 162
⑬(-) NTT 162
⑯(-) リケン 161
⑯(-) イオン 161
⑯(23) ベネッセホ-ルディングス 161
⑲(8) 旭硝子 160
⑳(98) NTN 158
⑳(17) 丸井グル-プ 158
⑳(37) NTTデ-タ 158

まあこれらのデ-タをどう読むかは、読み手の問題になるが、日経ではこう分析している。
「ドコモは2年連続の1位となった。米アップルのスマ-トフォン(高機能携帯電話)iPhone(アイフォ-ン)の人気に押されているが、それでも国内の携帯電話市場で5割近いシェアを持つ。認知度が高く「消費者・取引先」で高得点となったほか、外国人の採用や定年退職121204nikkeiranking_2 者の継続雇用にも積極的で「従業員」でも上位だった。
 2位のセブン&アイと3位のコマツは「潜在力」で高評価となった。セブン&アイはプライベ-トブランド(PB=自主企画)の食品や日用品を拡充して客層を広げ、コンビニの成長モデルを新たな段階に引き上げた。
 コマツは中国需要の急減が逆風だが、鉱山機械が好調な中南米や豪州で補い、13年3月期も営業増益を維持する見通しだ。製品の競争力も評価されている。4位のキヤノンも製品競争力が高い。世界的なブランド力も評価されている。
 上位で前回より順位を大きく上げたのが6位の東レだ。機能性を高めた繊維がカジュアル衣料向けに伸び、世界シェア首位の炭素繊維も航空機向けの需要を開拓した。
 尖閣諸島を巡る日中対立の深刻化後も中国で哺乳瓶の販売が好調なピジョンは「投資家」で1位となった。ユニ・チャ-ムが総合8位となるなど内需の事業基盤を生かしながら海外で成長する企業は総じて評価が高い。
 自動車大手では日産自動車が11位、トヨタ自動車が13位に順位を上げた。東日本大震災やタイの洪水に伴う一時的な減産の影響が解消した。トヨタは好調な北米販売を支えに、今期の純利益が前期比2.8倍に回復する見通しだ。」(2012/11/30付「日経新聞」より)

こんなランキングを見ると、つい現役時代の業界の会社名に目が行く。そして色々と報道されている各社の状況を踏まえ・・・、納得。
でもまあこんなランキングはホンの参考。取り上げる項目、切り口で、幾らでも変わってしまう。まあ日経というブランドを信じて、眺めているわけ・・・・
既に卒業した自分としては、あまりコメントしても仕方が無いが、若い人は何を指標に会社を選ぶのだろう・・・と、いつになっても気になる会社名ではある。(本文全部のPDFはここ

(関連記事)
日経の「良い会社」ランキングベスト250社 

121204referee <付録>~「週刊現代」(2012/11/24号より)

| コメント (0)

2012年12月 3日 (月)

笹子トンネルの天井崩落事故に思う

昨日は、中央道・笹子トンネルの吊り天井崩落事故で、テレビのニュースに釘付けになってしまった。まったく予想だにしなかった事故。でも起きるときは起きる・・・。
旧道路公団は、現役時代、一番のお得意様だったこともあり、今回の事故も他人事ではなく聞いた。
それにしても、もしトンネル内が渋滞していたら、もし満員の観光バスが事故に遭っていたら・・と想像すると、怖い・・・。
原因の真因究明はこれからだが、やはり保守のやり方の問題になるのだろう。しかし、先の原発事故ではないが、点検で、大がかりな保守工事(天井構造の取り替え)などの必要性が表面化したとき、会社は本当に実施するのだろうか? 事故の可能性を指摘されたとしても、トップは「自分の時代にさえ発生しなければ、次に先送りしたい」のが本音では??

話は飛ぶが、最近の若者は、車離れが激しいらしい。あまり関係はないが、先日の日経新聞「春秋」にこんな記事があった。
「男性のしぐさで、かっこいいと感じるものは何ですか。女性にこう尋ねると、定番の答えの一つが「車庫入れする姿」だそうだ。狭い窓から外をうかがい、勘と経験でハンドルをさばき、狭いすき間にぎりぎりで止める。車体を自由自在に操る姿が魅力的に映るらしい。
車庫入れでうっとりしてもらえるのも長くないかもしれない。運転席から振り向くと、背後の様子が地面も含め見える。そんな装置を慶大が開発した。車の尻にカメラを付け、後部席にスクリーン用の特殊シートをかぶせ、外の風景をそこに映すのだ。運転手の目には車が透明になったように映る。後退時の安全性は増す。
この技術、3つの点で日本ならではのものだと感じる。第1に事故やけがを減らしたいという優しさ。第2に人口密度が高く、土地が狭い街で使いやすい車を目指す発想。第3に日本のオタク文化から着想を得たこと。海外でも人気の高いSF漫画「攻殻機動隊」に登場する、人の姿を消す未来技術をヒントにしたそうだ。
かつて、車は地位の象徴であり酔いしれる対象だった。今、優れた日用品として進化を始めたと、デザイナーの原研哉氏は著書「日本のデザイン」で語る。今回の「透視」技術はトヨタ自動車の依頼で生まれた。高級感の欧州、大型車の米国、安さのアジア。どことも違う一段上の日用品という道を日本車は切り開けるか。」(2012/12/2付「日経新聞」「春秋」より)

車はどんどん進化していく。しかし道路や橋の老朽化は、段々と無視できない状況に・・・。
しかし採算優先の民間会社では、“金を生まない”保守業務にまでは、金が回らない・・・・

テレビで被害者が言っていたが「もう怖くてトンネルに入れない・・・」。これはホントウだ。いつ崩落してくるか分からない・・と思ったら、ハラハラしながらトンネルを走ることになる。それにトンネル内で渋滞でもしていようものなら、閉所恐怖症で発作が起きる??

こんなニュースを聞きながら、1979年に発生した東名高速・日本坂トンネル火災事故を思121203jetfan い出した。防災設備も機能せず、鎮火まで65時間かかったという。そのとき、話題になったのが、トンネル内の煙をいかに排除するか・・・。結論はジェットファンで、トンネル内の空気をパイプのごとく一方に押し出すのが最も効果的・・・

よって今回の対策も、天井板を全部外して、換気はジェットファンでトンネル内の空気を一方向へ流せば(今の横流換気方式を縦流換気方式に改造)、もう落ちてくる物が無いので、皆が安心してトンネルを通れるようになるのでは??
色々と現役時代を思い出し、複雑な思いで聞いている今回の笹子トンネル事故ではある。

121203kiro <付録>~「週刊現代」(2012/11/24号より)

| コメント (2)

2012年12月 2日 (日)

バラクーダの「日本全国酒飲み音頭」と「帰ってきた酒飲み音頭」

とうとう12月。サラリーマンは忘年会のシーズン。最近の忘年会はちゃんとやっているのかな??
別に忘年会を応援するわけではないが、今日は気楽な歌を・・・・

自分の好きなコミックソングで、「日本全国酒飲み音頭」というのがある。ちょっと聞いてみよう。

<バラクーダの「日本全国酒飲み音頭」>

「日本全国酒飲み音頭」
   作詞:岡本圭司
   作曲:ベートーベン鈴木

(セリフ)皆さん、本日はお忙しい中を、多数ご参加下さいまして、誠に有り難うございます。
それでは皆様方のご健康を祝して、乾杯したいと思います。ご一緒にどうぞ。セーノ、乾杯!

酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
1月は正月で酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
2月は豆まきで酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
3月はひな祭りで酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
4月は花見で酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
5月は子供の日で酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
6月は田植えで酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
7月は七夕で酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
8月は暑いから酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
9月は台風で酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
10月は運動会で酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
11月は何でもないけど酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
12月はドサクサで酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ

(セリフ)それでは続いて日本全国飲み歩いて行こう!
まずは北海道から~

北海道は毛ガニで酒が飲めんでないかい 酒が飲める飲めんでないかい酒が飲めんでないかい
秋田はきりたんぽで酒が飲めるぞェ 酒が飲める飲めるぞォ 酒が飲めるぞォ
山形はサクランボで酒が飲めんだのォ 酒が飲める飲めんだのォ 酒が飲めんだのォ
茨城は納豆で酒が飲めっぺよ 酒が飲めっぺ酒が飲めっぺ 酒が飲めっぺよ
静岡はお茶と一緒に酒が飲めるズラ 酒が飲める飲めるズラ 酒が飲めるズラ
京都は舞子はんと酒が飲めるドス 酒が飲める飲めるドス 酒が飲めるドス
富山は越中フンドシで酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
岡山は吉備団子で酒が飲めるゾナ 酒が飲める飲めるゾナ 酒が飲めるゾナ
愛媛は伊予柑で酒が飲めるデノ 酒が飲める飲めるデノ 酒が飲めるデノ
長崎はカステラで酒が飲めるバッテン 酒が飲める飲めるバッテン 酒が飲めるバッテン
鹿児島は西郷隆盛と酒が飲めるトヨ 酒が飲める飲めるトヨ 酒が飲めるトネ
沖縄は行った事ないけど酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
日本全国どこへ行っても酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ

いゃァ~、飲んだ飲んだ! よ~し!もう1軒行こう!

121202sakenomi この歌は、1979年12月1日発売というから、もう33年も前の歌。当時オリコン11位というからだいぶん流行ったらしい。しかし、今の若い人は知っているのかな??

wikiによると、歌っている1974年結成のバラクーダというグループは、1986年に一旦解散したが、1995年に再結成されて、2003年10月に飲酒運転撲滅キャンペーンソングとして発売されたのが、次に紹介する「帰ってきた酒飲み音頭」だそうだ。

<バラクーダ&ベートーベン鈴木の「帰ってきた酒飲み音頭」>

「帰ってきた酒飲み音頭」
 作詞・作曲:岡本圭司・森浩美・ベートーベン鈴木

(セリフ)帰ってまいりました 元祖酒飲み音頭
今宵もパーッとまいりましょう
それではみなさん ご一緒に、せーの、カンパーイ!

酒が飲める酒が飲める 酒が飲めるぞ 酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
1月は正月で 酒が飲めるぞ
2月は豆まきで 酒が飲めるぞ
3月はひな祭りで 酒が飲めるぞ
4月は花見で 酒が飲めるぞ
5月は子供の日で 酒が飲めるぞ
6月はジューンブライド 酒が飲めるぞ
7月は七夕で 酒が飲めるぞ
8月はお盆で 酒が飲めるぞ
9月は敬老の日で 酒が飲めるぞ
10月は運動会で 酒が飲めるぞ
11月は七五三で 酒が飲めるぞ
12月はクリスマスで 酒が飲めるぞ

(セリフ)ま、いいことばっかりじゃないけど、
みなさん、お酒、飲んじゃいましょう

リストラだって倒産だって 酒は飲めるぞ
ローンがたくさん有っても 酒は飲めるぞ
教育費がかかっても 酒は飲めるぞ
保険料が上がっても 酒は飲めるぞ
娘がシカトしても 酒は飲めるぞ
女房が逃げても 酒は飲めるぞ
足腰が弱っても 酒は飲めるぞ
ズルをやってバレても 酒は飲めるぞ

(セリフ)どうせ飲むならご同輩、かわい子ちゃんと
飲みたいですねー、エヘッ

受付のメグミちゃんと 酒が飲みたい
秘書課のケイコちゃんと 酒が飲みたい
ナースのサチコちゃんと 酒が飲みたい
スッチーのチグサちゃんと 酒が飲みたい
デパーガーのヒロミちゃんと 酒が飲みたい
コンパニャーのエミコちゃんと 酒が飲みたい
キャバクラのユリコちゃんと 酒が飲みたい
若妻のミカコちゃんと 酒が飲みたい

(セリフ)そりゃァね おじさんは多少臭いし
セコいかもしんないよ、でも、お金持ってるよ!
だからおじさんと一緒に飲まない?嫌なの?あッそう。
じゃァおじさん、酒、やめちゃおうかなァ~

酒をやめる酒をやめる 酒をやめるぞ
酒をやめるやめるぞ 酒をやめるぞ
小遣いを減らされて 酒をやめるぞ
ゴルフ帰り運転だ 酒をやめるぞ
無礼講で無礼しちゃって 酒をやめるぞ
黄疸が出たから 酒をやめるぞ
今日からキッパリと 酒をやめるかな?
だけどやっぱ飲むだろう 多分飲んじゃうだろう
酒が飲める酒が飲める 酒が飲めるぞ
酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
金が有っても無くても 酒が飲めるぞ
酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
泣いても笑っても 酒が飲めるぞ
一生死ぬまで 酒が飲めるぞ
一生死ぬまで 酒が飲めるぞ

121202kaettekita いわゆる宴会ソングなるジャンルだそうだ。内容的には・・・、マ、考えないことにしよう。

いっとき、カラオケブームがあったが、最近はどうなのだろう。前にはカミさんに付き合ってカラオケ屋に行ったこともあったが、最近はそんな話が出ないところをみると、もう廃れたかな??

でも、歌が苦手な人にとっては、カラオケなどは迷惑千万。自分の若いときなど、カラオケが無かったが、「おい!**くん、一曲やれ!」と言われるのが苦痛だった。自分は、決して歌が苦手だというワケではないが・・・。でも宴会で歌うのは困った・・・
もしその時代に、こんな歌を知っていたら、何とか誤魔化せたかも・・・・

これらは有名な宴会の定番ソングだが、歌詞的にはあまり時代感がないので、若しかすると今でも通用するかも・・・
世のお父さん方、もしカラオケで困ったら、この歌を思いだして皆でワイワイやったら、何とかごまかせるかも・・・・よ。

121202mousei <付録>~「週刊現代」(2012/11/24号より)

| コメント (0)

2012年12月 1日 (土)

「長生きへの処方箋」

いつものように、日経新聞「大機小機」からの話題。こんな保険は如何??曰く・・・

長生きへの処方箋
 50歳を過ぎると老後の生活設計を真面目に考えるようになる。50歳すぎの日本人男性の平均余命はざっと30年である。では、老後に備えるには30年の生活を支えるだけの資金計画があればよいのかというと、そうではない。自分の余命と日本人の平均余命は全く別物だからである。
 生涯60年のケースもあれば、平均余命を超えて長生きする可能性だって十分にある。よほど余裕をもった資金計画でなければ、不安なく老後を迎えることは考えにくい。
 そこで、長生きに対応できるように個人の資産を増やしていくことが必要になる。ただ、世は超低金利の時代で安全運用では資産は増えない。だからと言って、50歳を過ぎて、ハイリスク・ハイリターンの投資に走るのは危険すぎる。おのずと節約重視の資産増大策を取らざるを得ない。
 老後の不安があれば高齢者はお金を使えない。個人資産の多くを保有する50歳以上の世代が消費を抑えていては景気がよくなるはずもない。
 対策として、老後設計を念頭に置いた「長生きするほど得をする保険」も考えられる。保険料100万円の一括払い、30年満期で中途解約禁止、満期に生存している人だけで保険料元本と運用益を山分けするといった保険商品だ。原型を考案した17世紀のイタリア人の名前をとって「トンチン保険」などと呼ばれる。
 100万円の保険料を1.5%複利で運用すれば、30年で約2倍になる。元本と運用益を生存者だけが受け取る仕組みにすれば、満期保険金はさらに2倍になる計算だ。雑な計算だが50歳すぎで100万円払って「トンチン保険」を買い、満期まで生きれば約400万円がもらえることになる。80歳すぎでまとまった金額が受け取れるのならば、長生きに対して心理的に楽になれる。
 途中解約禁止でないと成立しないなどの問題のほか、「亡くなる人が多いほど生存者が得をする反道徳的商品」との批判もあり、日本では売られていない。ただ少子高齢化社会において若い世代に頼るのではなく、同世代の相互扶助制度として評価することもできるはずだ。
 「トンチン保険」は議論を始めるにあたっての一例だ。常識にとらわれず。長寿社会に対応した処方箋を金融の面からも考えるべき時代が来ている。(腹鼓)」(2012/11/20付「日経新聞」p17「大機小機」より)

この議論はなかなか面白い。“同世代の相互扶助制度”という視点が面白い。
121201syotokutosyouhi 話は飛ぶが、先日の新聞に、「年齢別の1人あたり平均労働所得と平均消費」「ライフサイクル不足と余剰」というグラフがあり、興味深く眺めた。(2012/11/09付「日経新聞」「経済教室」より)
子どもの時には親に、そして老後は国に(?)養って貰う人生!? それは現役時代の“余剰”だけではまかなえない老後の姿を示しているようで、何とも居心地が悪い。(写真はクリックで拡大)

それでも、夕食の時に良く言う。「こんな美味いものを食えるのだから、人生簡単には死ねない」。そして自室で素晴らしい録音(音楽)を聞くと、「こんな音楽が聴けるのだから、人生長生きしなくてはもったいない」と思い、旅行に行くと「こんな素晴らしい景色を見られるのだから、死ぬのは惜しい」と思う。別に病になっているわけではないのだが、全てが無になる「そのとき」はなるべく遠くに押しやりたいもの。

121201enmei 人生を楽しんでこその人生。それは決して金が絶対ではない。でもあるに越したことはない。だから上の記事のような、ババ抜きゲームの生存競争??
ちょっと味気ないかな・・・・

でも、つくづく“楽しめない人生は人生ではない”と思う。つまり、ベッドにくくられた生き地獄はゴメン・・・。自分の意志ではどうにもならないと分かってはいても、そう思うこの頃である。ぜひ終末期医療が「死に逝く人」の視点でありますように・・・(写真は2012/11/11付「朝日新聞」より)

121201ryouri <付録>「ボケて(bokete)」より

| コメント (0)

« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »