« radikaによるパソコンでのラジオ予約録音 | トップページ | 息子の手術 »

2012年11月29日 (木)

“仕事は「次の次」の内閣で”~一票の格差

先日の朝日新聞「社説余滴」に、こんな記事があった。

仕事は「次の次」の内閣で
    渡辺雅昭(司法社説担当)
 極論、と承知で書く。
 次の政権は、選挙制度改革と、必要やむをえない仕事だけして、すみやかに衆院を解散すべきである。いわば選挙管理内閣に徹するのだ。
 課題山積のいま、また政治空白をつくってどうするのかと思う人も多いだろう。
 だが忘れてならないのは、どの政党が勝つにせよ、選挙の後にできるのは、民意を正しく反映していない国会であり、内閣だということだ。 一票の格差について最高裁が「憲法違反の状態にある」と警告して1年8ヵ月。ついにそれは正されなかった。
 かけ込みで「0増5減」は成立した。しかし区割り作業が間に合わず、選挙は元の定数配分のまま実施される。
 司法を、そしてなにより、主権者である国民を、これほど愚弄した話はない。
 0増5減にしてからが、人口の多い県に割りあてられる議員の数が、人口の少ないところの議員数を下回る「逆転現象」をかかえるなど、ご都合主義の産物でしかない。
 なすべきことは簡単だ。都道府県にまず1議席を与える1人別枠方式をやめ、小選挙区の全議席を人口に比例して配分し直す。そのうえで選挙をやってはじめて、国会も、内閣も、正統性を取りもどすことができる。
 課題山積だからこそ、ゆがんだ土俵の上になりたつ国会や内閣に、この国の未来を左右する重要なことを決められては困るのである。
 新しい議員たちが、中選挙区制への復帰をふくめ、制度の抜本改革を論じるのを否定するつもりはない。だがそれを口実に、国会に居座るのを認めるわけにいかない。
 政治が道をあやまり、国民が苦境におちいっても、そのような議員を選んだ国民自身の責任だと言われる。
 それが民主主義であり、だからこそしっかり考えて一票を行使せよ、という戒めはわかる。ただし、選挙が正しく適切な方法でおこなわれることが、その前提である。
 立法府がゆがみを放置しつづけたとき、国民はどうやって主権者としての責任を引きうければいいのか。
 こんな状況では、政治の指導力も、信頼の回復も、望むべくもない。理をわきまえ、腹をくくって出直してこそ、政権の基盤は強くなるし、めざす政策も推進できる。
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動する――。私たちの憲法は、この一文から始まっている。 」(2012/11/22付「朝日新聞」p18より)

にわかに新党が結成され、選挙ゲームが大賑わいだが・・・。でも衆議院および参議院の一票の格差違憲問題は、どうも気になる。国会に“自律”が望めないからである。

両院の定数については、「公職選挙法」に、
「第四条  衆議院議員の定数は、四百八十人とし、そのうち、三百人を小選挙区選出議員、百八十人を比例代表選出議員とする。
2  参議院議員の定数は二百四十二人とし、そのうち、九十六人を比例代表選出議員、百四十六人を選挙区選出議員とする。」

と規定されている。
そして、選挙の区割り及び議員数は、
「第十三条  衆議院(小選挙区選出)議員の選挙区は、別表第一で定め、各選挙区において選挙すべき議員の数は、一人とする。
2  衆議院(比例代表選出)議員の選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数は、別表第二で定める。」

「第十四条  参議院(選挙区選出)議員の選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数は、別表第三で定める。」
となっており、別表における「衆議院議員選挙区画定審議会設置法」によって「第三条・・・その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が二以上とならないようにすることを基本とし、・・・」が根拠で、格差は2倍以内・・となっているらしい。

他の国はどうなっているのだろう? Wikiの「一票の格差」によると、まず「何の差を基準として格差を判定するか?」という項目があり、日本やアメリカなど多くの国が採用している“人口”の他、イギリスの“有権者数”、ドイツの“投票者数”の考え方もあるという。
一方、是正については、「イギリスでは、裁判官などからなる・・ “境界委員会”が、10年程度に1度、有権者数に応じて選挙区の区割りを見直し、選挙区の分割や合併などの再編成が行われる。」
フランスでは「原則1.50倍以内で調整することになっている。」
ドイツでは「総選挙があるたびに、1年以内に一票の格差を是正する。全人口を選挙区数で割り、1議席あたりの人口の平均値を求め、原則としてこの+25%から-25%に収まるように区割りがなされる。」
イタリアでは「1.22倍以内で調整。」だという。
それぞれの国情によって、色々ある。

日本の場合は、少なくても衆院においては2009年の衆院選で、2.30倍で“違憲状態”と最高裁にジャッジされている。にも拘わらず、“そのままの状態”でなぜ今回の選挙に突入するのだろう。
誰が考えても、今度は「違憲」の判決が出ると想像がつく。国会は「0増5減」で、「少しは努力しているので、目こぼしして!」と最高裁に甘えているのでは??

ニュースでは、やれ国防軍だ、候補者はじゃんけんで決める・・だ、はたまた卒原発の新党だとか、色々と騒々しいが、選挙結果とは別に、今回の選挙結果について最高裁がどうジャッジするのかも、目が離せない。

(関連記事)
最高裁の参院選“違憲状態”判決

●メモ:カウント~360万

121129benz <付録>~「ボケて(bokete)」より


« radikaによるパソコンでのラジオ予約録音 | トップページ | 息子の手術 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« radikaによるパソコンでのラジオ予約録音 | トップページ | 息子の手術 »