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2012年11月 1日 (木)

「お経はなぜ音読みで読むの?」

我が家では、般若心経が好きで、自分もカミさんもよく唱える。般若心経をカミさんと競って暗唱したのはいつ頃だったのだろう・・・とサイト内を検索したら(このblogは自分の日記・・・)、どうも2004年の頃らしい。
それから「音を写したのなら、サンスクリット語でも、中国語や韓国語でも同じかな?」との疑問から、色々な言語で般若心経を聞いてみた事があった(ここ)。
まあ結果は、期待外れだったけど・・・・
それともう一つの疑問が、「お経はなぜ音読みで読むのか?」ということ。その疑問に対する解が見つかった。曰く・・・

お経はなぜ聞いていても分からない音読みで読むの?
 スリランカ、タイ、ミャンマーなどの南方上座仏教の国々では、仏教の聖典語であるパーリ語で経典が唱えられています。ですから、一般の人は聞いていてもやはり分かりません。しかし、それはお釈迦様の使われていた言葉ですから、それだけでありがたいのです。
 そしてインドから中央アジアを経て中国・朝鮮・日本に主に大乗仏教が伝わりました。中国では漢訳されると原典が顧みられることなく、漢訳経典によって仏教が理解されました。
 当時の中国で国立の翻経院にて翻訳された漢訳経典は音感も良く内容も秀逸なので、誰もが唱えて心地よく、聞く人も法味を味わうことができます。
 その経典を私たちがたとえ訓読みしたとしても、お経の真意を理解することは難しいでしょう。読経後に、懇(ねんご)ろに解説してもらうのが本来であろうかと思います。
 お経は、そもそも仏滅後になされた仏典結集(けつじゅう)において、アーナンダ尊者が誦出(じゅしゅつ)した教法(経)を仏弟子たちがともに唱えて内容が確定されました。そして、後世に伝えていくためにもお経は唱えて記憶され口伝(くでん)によって継承されました。
 お経はもとより唱えることで成立し、伝承されたのでした。それによって私たちも教えにまみえることができ、多くの人々に幸せをもたらしています。つまりお経は、後世に伝承するその文言通りにお唱えすることに功徳があるのだと言えましょう。」(雑誌「大法輪」2012年11月号p80より)

なるほど・・・。お経は、それを聞いて分かろうとか、理解しようとはすることは、最初から無理だったのだ・・・。
だから、葬儀や法事で、お経を聞きながら、これは何だろう?と耳を傾けても一度たりとも分かった事はない。もっとも心経(ここ)の他には、「観音経(ここ)」と「阿弥陀経(ここ)」くらいしか、聞き覚えのあるお経は無いのだが・・・

和讃というのがある。広辞苑を引くと「わ‐さん【和讃】仏・菩薩、教法、先徳などを和語で讃嘆した歌。讃歎さんだんに起り、平安時代から江戸時代にかけて行われ、七五調風に句を重ね、親鸞は4句1章とした。源信の「極楽六時讃」「来迎讃」、親鸞の「三帖和讃」などが有名。」とある。
いちおう日本語なのだが、これがまた難解。これも僧侶によって詠まれるのだが、これもお経と同じく、後でゆっくりと理解するしかなかろう。

方丈記の、「淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。」でもないが、世の中にあるあらゆる文書は、あっと言う間に消えて行く。しかしお経は数千年に亘って消えない。考えてみると、キリスト教の聖書も含めて、これほど長期間に亘って原型を保って現代に生きる文書は、宗教聖典以外には無いのかも・・・
これら深遠なる聖典を少しでも垣間見ようと、かつては頑張ったものだが、最近は自分もさぼっているな~・・・

今日(2012/11/01)は、初めての「古典の日」だという。もちろん経典は古典とは違うが、せっかくの人生、もう一度、脈々と生き続けるお経の視点を通して、自分の人生を“哲学的に”眺めてみようか・・・


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コメント

著名な仏教学者である中村氏は、耳で聞いて意味の分かる簡単な日常語で経典を日本語に訳したら、重みがない、ありがたさが感じられない、と批判されたそうです。

でも、凡人でも聞いて意味の分かる言葉で教えを説いたのが釈迦であり、釈迦の死の直後に経典を編纂した弟子達も、聞いて意味の分かる言葉で、しかも記憶しやすいように短い詩に区切ったようです。

それを後世の人達が、重みとか、ありがたい感じにこだわって、難解で神秘的なものにしたようです。

なお、記憶しやすいように短い詩にしたために、意味不明な部分も生じたようで、それがいろいろな解釈、宗派を生む原因にもなったようです。

中村氏が訳した日本語の経典も、やはり別に解説がないと、なかなか意味が分からない部分があります。

【エムズの片割れより】
キリスト教の聖書は、分かる言葉で書いてあるのでは?その聖典と、仏教の聖典とでは、そもそも作られたコンセプトが違うのでしょうか?
でも現代語で「唱える」と想像すると、それは普通の歌になってしまいますね。

投稿: たかはし | 2012年11月 3日 (土) 10:06

インドは地方ごとに言語が違っていたそうで、今でもインドのお札には15種類の文字が書かれているとか。

釈迦の死の直後に弟子達が集まって編纂した経典は果たして何語だったのか。

インドにはサンスクリットという共通語がありますが、釈迦の当時にもそれがあったらしいのですが、当時のサンスクリットは特権階級のインテリしか知らず、民衆に教えを説くには、やはりその地方の民衆が日常使った言語を使っただろうと考えられています。

現代に伝わった経典に使われている言語で最も古いのはパーリ語と言われています。

今でもパーリ語の経典を使う宗派があります。その宗派では、釈迦の死の直後に編纂されたのがパーリ語の経典で、だからそのときから変わっていないから、我々が本当の釈迦の教え、初期仏教と自負しています。

でも、学者の間では、パーリ語は釈迦が活動していた地域より西のインドの言語で、だから翻訳されたものだろうとされています。

パーリ語の経典が伝わった地域では、パーリ語は釈尊が話した言語だからと、そのまま使って、その解説書は自国の言語で書いたようです。

でも、あるとき、その自国の言語で書いた解説書までパーリ語に逆翻訳して、それ以後、パーリ語の経典、パーリ語の解説書を基本に、それを変えることなく伝承し、それを学び、自国の言葉で解説する、ということで今日に至るようです。

パーリ語が母国語だった人にとっては、それを唱えることは、聞いて意味の分かる通常の歌と同じ感じだと思います。

そのパーリ語が伝わった外国において、釈尊が使った言葉だからと、そのまま使うことにしたので、一般人には聞いても意味が分からない、ということになったと思います。

その後パーリ語の経典は、サンスクリットに翻訳され、それが中国に伝わり、中国で翻訳された中国語の経典が日本に伝わり、日本人は、それをありがたがって、そのまま使った。中国語の発音に近い読み方をした。だから一般人は聞いても意味が分からない、ということですよね。

なお、中国人は、自国語にプライドが強いので、中国語に翻訳後は、元となったサンスクリットの経典を大事に扱わなかったそうです。

ただ、中国語に訳された経典の中にも、大事な言葉は、サンスクリットの音をそのままに、中国語の音を当てるだけにして、中国語に意訳しなかった単語もありますね。

「般若(パンニャー)」とか、般若心経の最後の「ギャーテー‥」とか。それらは仏教を知らない中国人には聞いても意味の分からない言葉だそうです。

投稿: たかはし | 2012年11月 5日 (月) 20:09

古代の人は、言葉、というものを、何か不思議な、力を宿したもの、言葉そのものに力がある、という考えを持っていたようですね。

今でも、呪文とか真言とか、同じ感覚だと思います。

悟った人、釈迦が真理を語る、語られたその言葉は、聞いて意味の分かる通常の言葉であっても、その言葉に、ありがたみを当時の人は感じたと思えます。

それが当時の経典だと思います。

それが言語の違う地域に伝わったとき、その地域の人は、その外国の言葉そのものに、ありがたみを感じて大事にした、とそういうことだと思います。

その外国の言葉は、釈尊が、仏が発した言葉だから、その言葉、その音に意味がある、という感覚ですね。

でも、釈迦なら、大事なことはその意味であり、言葉の音ではない、と言うと私は思っています。

投稿: たかはし | 2012年11月 5日 (月) 20:25

パーリ語の経典の中でも現存最古と言われているスッタニパータという経典を中村氏が訳したものの中に次の言葉があります。

『329 みごとに説かれたことばは、聞いてそれを理解すれば、精となる。聞きかつ知ったことは、精神の安定を修すると、精になる。人が性急であってふらついているならば、かれには知慧も学識も増大することがない。』

投稿: たかはし | 2012年11月 5日 (月) 20:41

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