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2012年11月15日 (木)

「なぜコマツ堅調、シャープ苦境~盟主の存在、過当競争を抑止」

世の中、衆院の解散・総選挙で騒々しいが、ま、気を取り直して・・・
先日の日経新聞に、コマツとシャープの違いについて論じた記事があった。曰く・・・

なぜコマツ堅調、シャープ苦境~盟主の存在、過当競争を抑止
 国内外で主要企業の業績発表が佳境に入った。中国情勢や世界経済の減速など先読みしにくい要素が多く、今後の予想をどう組み立てるかアタマを悩ませる経営者も多いだろう。だが、長い目で見れば、業績が底堅く、多少の変動はあっても「あの企業なら大丈夫」と安心感のある企業と、足元フラフラでどこへ向かうのか心配でしょうがない企業がある。この2つのカテゴリーを分けるものは何か、1つの仮説を提示してみよう。
「安定感がある」派の代表は今の日本でいえばコマツである。さすがの同社もバブル気味に膨れあがった中国特需が大きくしぼみ、今期は減収最終減益の見込み。それでも営業利益は2000億円を超える水準で、利益率も高い。
建機市場は信頼が重要
 一方で「フラフラ」派は結構な数に上るが、何かと注目されるシャープを代表選手として取り上げてみよう。シャープは1日の決算発表で、2013年3月期の連結最終損益が4500億円の赤字になりそうだと明らかにした。主力のテレビ事業が不振で、2期連続で過去最大の赤字を更新する。資金繰りの不安はとりあえず解消されたとはいえ、業績は超低空飛行を続けている。
 なぜコマツは収益が安定し、シャープはそうではないのか。そこには無数の要因があって、その中には経営者の手腕や擦り合わせ型の建設機械とモジュラー型の薄型テレビといった製品構造の違いもあるだろう。
 だが、ここで注目したいのはチャンピオン企業の存在だ。
 建機の世界には米キャタピラーという巨人がいて、長らく世界市場を仕切ってきた。コマツは果敢に挑戦してきたが、巨人の牙城はなかなか崩せず、今でも会社の規模ではキャタピラーが一回り大きい。
 だが、「それはそれで隠れたメリットがあった」とコマツの首脳は言う。ひとつはいったん築いた信用や市場シェアは競争にさらされにくいという建機ビジネスの特徴だ。
 どの建機を選ぶかは、単に「価格が安い」というだけでなく、「保守サービスがしっかりしている」「ディーラーとの間で信頼関係がある」といった長年の付き合いがモノをいう。これがコマツによるキャタピラー攻略を阻んだ要因だが、コマツが今度は中韓メーカーなどから追われる立場になったときに、「長年の付き合い」が市場を守る防波堤として機能する。
いたずらにシェア追わず
 もうひとつはやはり米国企業の経営規律だ。シェアをいたずらに追い求めず、利益をしっかり確保するのが米国流。ゆえに米国企業が主導権を握る市場では価格競争が起こりにくく、市場全体が安定する。今のデフレの時代でも、「建機の世界では今でも毎年数%の値上げを実施している」と関係者はいうが、これも「キャタピラーの傘」の下にいたおかげである。
 逆に米国企業が駆逐された市場では何が起こるか。米国のテレビメーカーは日本勢が追い落としたが、それと同じ現象が攻守ところを変えて日本と韓国・台湾勢の間で起きている。業界全体として価格を維持しようという機運は乏しく、泥沼の安値競争のなかで弱い順に脱落していく。そのプロセスの中に今のシャープの大赤字がある。
 似たようなことは、半導体メモリーのDRAM市場でも起こった。ここもインテルやテキサス・インスツルメンツ撤退後は米国勢の存在感が小さくなり、力任せの価格競争が進んだ。韓国サムスン電子の攻勢の前に、独キマンダに続いて今年初めにはエルピーダメモリも法的整理に追い込まれた。
 一方、同じ電機市場でも「強いアメリカ」が健在の市場は底堅い。ゼネラル・エレクトリック(GE)が強い発電設備や、IBMが主導権を握る企業向けのITサービス市場は収益が安定し、大きなブレはない。
 これは偶然ではない。米国企業が利益重視の原則に沿って事業を選別した結果、変動の激しいボラタイルな市場から撤退し、安定感のある市場への「選択と集中」が進んだのだ。
 先行き不透明な中で、どの事業をやめてどこに集中すべきか悩む経営者も多いだろう。その際の手がかりの一つが「強い米国企業」の存在である。現に数年前までは散々の決算だった日立製作所は事業ポートフォリオをGEモデルに近づけることで、復活した。「米国はお手本」というのは経営の世界では今も一面の真実である。(編集委員 西條都夫)」(2012/11/4付「日経新聞」p12より)

この指摘は示唆に富む。
よく“ビジネスモデル”という言葉が使われるが、さすがに米国のビジネスモデルは奥が深い。良く言われるのが彼(か)のアップル・ジョブズ氏が切り拓いた世界。普通はあるビジネスの世界で、どう業績を挙げるかに腐心するが、ジョブズ氏はそのビジネスの世界そのものを作ってから商売をしている。これらは決して凡人の為せる業(わざ)ではなく、天才の域の話なので我々が論じても仕方が無い・・・
それに、もう昔の話になったが、日産に乗り込んできて復活劇を演じたゴーン社長の話も永く語り継がれるだろう。それらを見て「車というひとつのアイテムなら楽だが、ウチは扱う製品がゴマンとある・・・」とは、世の多くの会社経営者の、逃げの弁。

今月(2012年11月)の日経新聞「私の履歴書~立石義雄氏」を愛読中だが、さすがに創業者は志が高い。どうも気になった一文があるので、書いてしまおう。今月の立石義雄氏の「私の履歴書」第1回の書き出しが「人の幸せを我が喜びとする」という言葉であった。その第1回の記事によると、オムロンの創業者・立石一真氏の同じく「私の履歴書(1974年5月)」の書き出しは、「最もよく人を幸せにする人が最もよく幸せになる――これが七十余年に及ぶ人生を振り返って得た結論であり、同時に私の信条信念でもある」だったという。なかなか良い文ではないか・・・

結局、これらの人の目線は業績を挙げる事ではなく、それはあくまでも結果・・・。
まあ“企業の社会貢献”とは良く言われる言葉だが、これがなかなか難しい。建前では誰でも言う。「当社は社会貢献をして、結果として利潤を得ている」・・。まあ言葉だけだな・・・
パナソニックが、そしてシャープが「業績は悪いが、これだけの社会貢献をしている・・」などと、言えるわけも無く・・・・

どの企業にもある事業設計図、つまりビジネスモデル。さて今度の衆院選、国のビジネスモデルは、各党がどのように描くのか・・・。
まあ期待していないけど、まあ“お祭り”としては面白いよね。

(関連記事)
立石義雄氏の「私の履歴書」~「英語が危ない」直談判


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