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2012年9月24日 (月)

「独居より疑似家族」

先日の朝日新聞に「世界の老後・居場所はどこに~独居より疑似家族」という記事があった。曰く・・・

世界の老後・居場所はどこに~独居より疑似家族
<フランス>
 「見て」。ロミ・ブルニちゃん(8)が、赤や紫のペンで花とチョウを描いた画用紙を差し出した。テレーズ・ブレーズモローさん(73)がほほえむ。
 パリ西郊にあるイブリーヌ県のブルニ家。2人は仲の良い孫とおばあちゃんのように見えるが、実は他人同士。ブレーズモローさんは、国の「受け入れ家庭制度」を利用した、7年前からの同居人だ。
一般家庭で受け入れ
 ブルニさん宅は夫妻と4人の子どもがおり、高齢者ら3人を受け入れる。同じ屋根の下に9人。いわば「疑似家族」だ。ムリエール・ブルニさん(45)は「お年寄りが自由に暮らせる空120924dokkyo 間をつくりたい」と受け入れ家庭になった。
 受け入れ家庭団体ファミダックによると、フランスには1万世帯の受け入れ家庭があり、1万5千人の高齢者、障害者が暮らす。
 この制度は1989年に法律ができ、順次始まった。核家族化などで在宅介護が難しくなったためだ。
 一人で暮らせない高齢者らを3人まで、県の審査をパスした家庭が受け入れる。介護、医療が必要な人もケアが可能なら受け入れる。入居者は平均で月1500~2千ユーロ程度(15万~20万円)を支払う。
 利用者の理由はさまざまだ。ブレーズモローさんは身の回りのことは一通りできるが、たびたび物忘れをするので、見守りが欠かせない。実の息子は、つきっきりではいられず、入居した。「(ブルニさん一家は)家族のよう。夜に部屋で一人でも、誰かがリビングにいると安心します」
 人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)はフランスは17%(10年)。自宅で独居の高齢者の割合は39%で、日本(11%)より高い。個人主義が強く、老後は子どもに頼らず暮らす人がほとんどだ。
待遇の改善が課題
 しかし、「あの夏以降、受け入れ家庭を希望する高齢者が増えた」と、ファミダックの代表は話す。
 03年夏の猛暑。フランスは最高気温が35度を超す日が2週間続き、約1万5千人が死亡した。独居の高齢者が死後数日経って発見される例が相次ぎ、孤立死を心配する人も増えた。イブリーヌ県の担当者は「施設に入りたくない高齢者も多い。受け入れ家庭を増やすのが課題」という。
 日本では、高齢者の居場所は「自宅」か「施設」だ。疑似家族は、第3の居場所ともいえる。日本福祉大学の篠田道子教授(社会福祉学)は「家庭的な雰囲気のなかで、主体的に生活できる」と話し、もう一つの選択肢として評価する。(及川綾子)

高齢化進む日本 孤立死深刻
 日本は世界一の高齢化先進国だ。高齢化率は欧米諸国の多くは10%台だが、23%(10年)に達する。高齢化のスピードも速い。
120924dokkyo1  これまでの日本では、家族が老後のセーフティーネットとして機能してきた。だが、核家族化や都市化で崩壊しつつある。地域など家族以外との関係も希薄だ。
 認知症の人の独居、死後何日も経過してから発見される「孤立死」が社会問題となっている。10年の高齢者の一人暮らしは480万世帯。30年には720万世帯まで増える見込みだ。
 東京大学高齢社会総合研究機構の秋山弘子特任教授は「これから日本では、80代、90代の一人暮らしが当たり前の姿になる。そんな超高齢社会にふさわしい社会の仕組みをどう作っていくのかが問われている」と話す。(立松真文)  」(2012/09/23付「朝日新聞」p2より

この記事は少々ショック・・・。というのは、フランスでは高齢者が他人の家にいわば“下宿”して老後の面倒を見て貰っているという・・・。日本ではまったく考えられないやり方だ。
この事例を、受け入れる家庭側と、受け入れて貰う老人側とに分けて考えてみたい。
自分の家に、月15万~20万で、はたして介護が必要な老人を受け入れられるだろうか・・・・? しかも最大3人まで。この場合、受け入れる側はこれをどう捉えるのだろう? 自宅を、ひとつの介護施設として捉えるしか無かろう。自分の肉親でさえ、自宅での介護が難しい日本の現状。それを、幾らお金が入るからといって、世話が出来るか?と考えると、相当にビジネスライクに捉えられる人でないと、難しいのではないか?? つまり、クールにビジネスとして捉える・・・。でも1人で月20万は安過ぎる・・・。もちろん我が家では無理だ・・・。

一方、受け入れて貰う側はどうか?? 独居は心配。でも施設には入りたくない。そんな人が、こんな形態を選ぶか?? 他人の家に入って、面倒を見て貰う?? その方が施設よりも良いか?? かえってその家族に気を遣う事はないか??
この事例、自分にはどうもピンと来ない・・・。

ではどうする??
こんな事を想像(妄想?)した。一種のババ抜き、では如何?? つまり、夫婦で居るなら二人で頑張る。もし片方が亡くなったら、連れ合いを亡くした人通しが、擬似夫婦となって男女ペアで暮らす。その際、子どもが反対するだろう面倒な籍は入れない。そうして、また片方が亡くなったら、また別の人を探して、また擬似夫婦になって暮らす・・・・。つまり、丈夫な女性は、生涯に何人もの擬似夫を送る。逆に短命の男は、さっさと最初に“上がり”になって、誰の面倒も見ないことになる・・・。

先日、“ドイツで独居の90歳の父親が、車で『彼女の所』に通っている”という料理研究家 門倉多仁亜さんの話を書いた。(ここ
この話を聞いて、素晴らしいと思った。一方日本では、連れ合いを亡くした男は、うつ病になる人が多いとも聞く。そう・・・、幾ら金があっても、突然男一人になると日常生活に手も足も出ないのだ。そこで、誰か別のパートナーを探す仕組みを、国が作る・・・という案は??
これは今度の衆院選で、どこかの政党がメダマ政策にしたら躍進するぞ!?(ホント??)
これらは、民間で勝手にやれ、では絶対に進まない。国が半ば強制的にパートナー探しを進めなければ・・・。クジで決めるとか・・・。乱暴???

よって、衆院選でこんな政策をマニュフェストで挙げる政党があったら、自分は絶対にその党に投票するな・・・。そして、自分が一人になる前に、こんな国の制度が出来て、自分は“その時”に、ウキウキと女性を選ぶんだ~~~
ん?何?カミさんより自分の方が先に逝くんだろうって?? そうなんだよな~~。この“夢の制度”が実現しても、自分が選ぶことは無いんだろうな・・・。残念! じゃあこんな制度は、どうでもいいか・・・!?
何とも、“妄想を呼ぶ”朝日新聞の記事ではある。
(ウチのカミさんがこれを読んだら、たぶんこう言うだろう。「笑止!」・・・トホホ・・・)

●メモ:カウント~335万


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コメント

ご冗談ではありませんか。エムズ様。やっと手のかからない夫が居なくなったと思ったら、次から次へと手のかかる男にまとわりつかれたら女は楽になるときがないではありませんか。若くて元気な時ならともかく、家事などもうしたくありません。若くて優しい男性でもお断りします。気が疲れて早死にしてしまいます。最近、夫に先立たれた奥さんに「お淋しいでしょうね」と言うと「せいせいしました」という人が増えました。たまに会うだけならいいのですが、一緒に住むのは真っ平御免です。友人の知り合いが3億円入ると言ったら若い女が飛びついてきたそうです。3億円が入らないとわかったら、あっという間に出て行ったそうです。男性諸氏お気を付けくださいませ。

【エムズの片割れより】
ハハハ・・・・。そりゃそうだ。
“コワーイ”白萩さんが読むかも・・・?という視点を忘れていました。男の美学(?)もすっ飛んだ!?
女性が一人になると、皆生き生きする・・・。一方、男は一人になると、少数の例外を除いて(?)皆ボロボロ・・。これらは真実!
老後の男は哀れだが、うちのカミさんに言わせると、努力不足で自業自得・・・!?
ウーン。世の男性諸君、どうする!??

投稿: 白萩 | 2012年9月24日 (月) 23:06

はじめまして!

最近 昭和のことを探していたら
たまたま このブログを知りました。

私は昭和50年うまれです(・∀・)ノ

もし、よろしければ昭和27年頃からの物価や時代背景を 教えていただけませんか?

めったに正しい言葉を使うことがなく 気分を害されたら すみません。

【エムズの片割れより】
カテゴリ「思い出」(下記)に、昭和22年~の各年の思い出の記事があります。当サイトではそんなものしか・・・
http://emuzu-2.cocolog-nifty.com/blog/cat7432596/index.html

投稿: はるか | 2012年9月25日 (火) 05:49

エムズの片割れ様 あなた様のサイトに接触するのが、もう日課となりました。自分には五歳上の姉がおり、認知障害が昂進し、六年ほど同居、世話をさせてもらいました。姉は母代わりだったのです。小学校教員でした。オルガンが素晴しく上手く、宗谷管内の音楽指導者でもありました。七十歳のとき、自転車で転倒し、大腿部骨折となり、半年入院しましたが、入院中に発症しました。昭和20年代の代用教員当時の記憶は鮮明なのに、つい半時間前の出来事の記憶が揮発してしまうのです。禿の僕を見て、禿で有名だった漁師の祖父だと思っているのです。身内でも女性の世話を男がするのは恥ずかしいものです。洗濯はいいのですが、それを干すところを目撃されるのが恥ずかしいのです。そんな姉が、ふっと、「中央幼年学校に合格した夜は、村長が祝いに来てくれた、私はアコーデオンで山形屋旅館のお婆さんが、東京で覚えてきた、…メサレタアルイイノチハエアル…を弾いた」と、顔を輝かして言うのです。恐ろしいことに、弟はヒトウ(比島ヒリッピンのこと)で戦死しておるのです。姉の金と僕の金を施設に寄付し、死ぬまで面倒をみていただくこととし、僕は姉を棄てました。別れの日、姉は全てを認知しておりました。こうして棄てられるんだわ。自分も人生の地平線を意識し始めた年の頃でありました。隊ではロシア語の傍受の任務についておりました。祖母はウクライナ女でした。

投稿: 永遠旅行者 | 2012年10月 2日 (火) 05:18

鮎川信夫が鎮魂しょうとしています。

次兄は十年も前交通事故で植物人間状態になり、この正月亡くなりましたが、弟の自分は一度も見舞いにさえ行くことがありませんでした。

投稿: 植松樹美 | 2012年10月 6日 (土) 11:50

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