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2012年9月の25件の記事

2012年9月28日 (金)

「ジャポニウム」??~理化学研が113番目の新元素発見

今朝の日経新聞「春秋」は新元素発見の話題だった。
「「水兵リーベ僕の船……」と誰かが言う。えーと、このさきは何だっけと口ごもれば、すかさず隣の元秀才がビールをひと飲みして続ける。「あ、それは『七曲がりシップスクラークか』だったな」。昨夜あたり、会社帰りにこんな話で盛り上がった方々もいるだろう。
むかし習った元素周期表の、よく知られた語呂合わせだ。水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム……。多くの人が初めのほうは言えるに違いない。日本の理化学研究所チームが、実にその113番目の新元素の発見を確実にした。8年前に「113番」を捕まえ、国際学会に認めてもらうために実験を続けてきたという。
米国とロシアの共同チームも同じ元素を見つけたと主張しているが、日本に命名権が与えられる可能性が十分あるそうだ。かの周期表に載っている元素はすべて欧米の研究機関が名付け親。フランシウム(87番)もあればアメリシウム(95番)もある。そこに「ジャポニウム」などという新顔が食い込むとすれば頼もしい。
日本発の新元素は、明治時代にも周期表に載りかけた。小川正孝博士が43番と見なした「ニッポニウム」だ。のちに誤認とされたが、博士はじつは75番のレニウムを発見していたとの指摘もある。こんど、1世紀ぶりの雪辱なるかどうか。「水兵リーベ」のオヤジ談議も、理科大好き少年の心も沸かせる周期表のロマンだ。」(2012/9/28付「日経新聞」「春秋」より)

前にカミさんに「水兵のリーベは僕の~船・・・」って何だか知っているか?と聞いたら、化学大嫌い人間の文学部出のカミさんは、まったく聞いたことが無いという。だいたい世の中に物理とか化学とか、数学という学問があること自体を認めない人間なので、こんなことを知るはずもなく・・・・。

でも懐かしい。自分の高校(ここ)では、確かこう教えていた。
「すい(H)へ(He)の りー(Li)べ(Be)は ぼ(B)く(C)の~(N,O) ふ(F)ね(Ne) ソーダ(Na)マグネ(Mg)にアルミ(Al)くん、けい(Si)リン(P)いおう(S)えん(Cl)ある(Ar)か(K)かー(Ca)すぐ(Sc)てぃ(Ti)ぶ(V)くろ(Cr)もん(Mn)て(Fe)こ(Co)い(Ni)・・・」
(さっきまで、(Cl)から(Ca)が出て来なかったが、今思い出した!)
高校の時は、これをバッチリ覚えていて、実は自分が受けた大学の入試に出たのだ。周期律表の所々に穴が開いていて、その部分を埋める。全部書け、の方が良かったのに・・・と答案を埋めながら思ったもの・・・。まあこのお陰か、その大学に合格できたので、この表は何とも思い出がある。
Netで見ると、この表の覚え形も色々あるらしい。でも自分たちは、これで擦り込まれた・・・。

そういえば「めふれせかどけけじょじょ」というのもあった。これは国語の先生が教えてくれたもので、名詞、副詞、連体詞、接続詞、感動詞、動詞、形容詞、形容動詞、助詞、助動詞である。これは入試と関係無かった・・・。
しかし、あれから半世紀も経っているのに、まだ頭に残っている。「因と困の区別は分かるか?木を口に入れると困るだろう?」という国語の先生の駄洒落まで、まだ覚えている。

しかし、今はパソコン、スマホの時代。覚える必要性がほとんど無くなった。よって、何かあっても直ぐに携帯のメモに書いて、まるで覚えようとしない。誰でもそうだと思うが、漢字など、忘れたまま・・・・。
最近、眠れない夜のために、「これを読むと直ぐに眠れるよ」とカミさんに言われて、世界史の教科書を再度読みだした。高校の時の教科書だ。フト思いだして、昔書いた記事“「世界史の教科書を読んだ」と書けない事情・・・”(ここ)を開いてみた。すると、何と4年半も前の記事なのだ。つまりそのまま放ってあったのだ。
しかしこの教科書を読みながら(←否、眺めながら)ゾッとする。ここに細かく書いてあることを、世の高校生は全部暗記しないといけない・・・。そんなことは絶対にムリ・・・!!?
今更ながら、“高校を卒業できて良かったな~~~”と思うシルバー族ではある。

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2012年9月27日 (木)

森田童子の「君は変わっちゃったネ」

当blogに何度か、“憧れの君”のCDについて書いた。“憧れの君”とは、“廃盤だが何とか手に入れたいCD”のことである。そのひとつが、森田童子の7枚あるCDの数々・・・。
1年ほど前に、“森田童子の楽曲を全部手に入れるぞ!”と宣言(?)したが(ここ)、mp3でそれを達成してから、今度はCDのオリジナルの音源で全部をそろえたくなった。
120927douji そして、なかなか手に入らなかったアルバムが1975年初発売の「good Byeグットバイ」。もちろんとっくに廃盤のため、オークション以外では手に入らない。しかし、(ここ)に書いたように、CDの落札価格が高いため、仕方が無くLPを手に入れた。運良くLPの盤質が良かったので、それなりに音質には満足していた。しかし人間は贅沢なもので、どうも“CDではない”という“負い目(?)”が、たまに鎌首を持ち上げ、何か心の中で消化不良に・・・・・
それで(=そんな言い訳で)、先日、とうとうこの盤のCDをオークションで買ってしまった。もちろん落札価格は定価の2倍・・・。
もうこうなると、音質よりも“所有欲”の世界だな・・・・

今日は、そのCDから「君は変わっちゃったネ」を紹介しよう。

<森田童子の「君は変わっちゃったネ」>

「君は変わっちゃったネ」
   作詞・作曲:森田童子

久しぶりだネ あなたは 元気ですか
とても大人びて
そんなふうに淋しそうに
笑うあなたを 見ていると
言葉が とぎれて しまう
とても 長い時が 過ぎたのネ

久し振りだネ ぼくは 相変わらず
甘い夢を追っています そんなぼくを
あなたは 子供っぽく
見えるかしら
とても 長い時が 過ぎたのネ

久し振りだネ 本当に久しぶりだネ
淋しかったぼくは
いまでもやさしいあなたの
そばにいると 涙が
こぼれてしまう
とても 長い時が 過ぎたのネ

森田童子の歌を知っている人は少ないと思う。結局自分は、森田童子のほぼ全ての旋律が頭に入ってしまった。それは手仕事屋きち兵衛さんを知った時と同じように・・・・。

まあ、きち兵衛さんも同じだが、このようなメジャーに成り切らなかった(失礼!)歌手の楽曲は、ほぼ全ての曲をそろえることが可能。つまり、森田童子の場合、楽曲数で55ほど、音源では延べ60曲余なので手が届く・・・。

しかし不思議にこの歌手の旋律は、なぜか自分の心に響く・・・。そして、自分と同じように響く人が世の中には多いようで、オークションでは、森田童子のCDは常に高値の売買が続いている。中には中古のCDが1万円近い値で・・・
ある意味、この歌手の音源(CD)は自分の宝・・・。実は、あとひとつ「東京カテドラル聖マリア大聖堂録音盤」というライブ盤が手に入っていない・・・。今日手に入れたアルバムと同じように、LPでは手に入れたが、やはりCDが欲しい!? いやいや贅沢! ガマンガマン・・・(←いつまで我慢できるやら・・・)
“ある歌手を極める・・・”というのも、また“余裕のシルバー族”の楽しみの一つである。

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2012年9月26日 (水)

免許の更新に行った~高齢者講習会とは?

今日は天気も良かったので、運転免許の更新に、府中の試験場まで行ってきた。平日とあって、予想通り試験場はガラガラ。ほとんど人が居ないルートを、走るように回る・・。でも多分日曜日は、人でごった返すのだろう。

ちょうど昼食時に行ったためか、講習は少し待たされた。そこで少しショッキングなことを聞いた。
ここの試験場は69歳までで、更新時に70歳に到達する人はこの試験場ではなく、自動車学校に行って、高齢者講習を受けるのだという。
ちなみに、65歳以上の免許保持者は1300万人で、そのうち70歳以上は100万人。そしてこの高齢者講習で不適正になった人は、41人だという。講師も、適性検査を100万人もやって、不適正者がたった41人では、検査をする価値があるのかどうか・・・と、ふと漏らしていた。

HPで警視庁の高齢者講習のページを見た(ここ)。すると、講習会の内容は、座学(30分)、運転適性検査等(60分)、実車(60分)、討議(実車の反省検討)(30分)の計3時間だという。そして、その講習終了証明書を持って、免許の更新手続きをするのだそうだ。講師の話では、“70歳以上は、もうこの試験場には来ない”と言っていたが、これは自分の聞き間違いで(?)、単に事前に自動車教習所で講習を受けてから、従来通り試験場等で更新手続きをするのだそうだ。
なお、75歳以上の人は、講習予備検査と高齢者講習の両方が必要らしい。

それでは「高齢者講習」の目的は何か?・・・と検索してみると「国政モニター お答えします・高齢者の運転免許更新時の講習についてここ)」というページが見付かった。警察庁が公式に回答している。
それによると、「今回の改正は高齢者に自信を失わせ免許更新を断念させようとの意図が隠されているように思うのは老人の僻みか。」という質問に対し、警察庁は「高齢者講習の目的は、自動車等の運転や器材による検査を通じて、加齢に伴う身体機能の低下とその運転への影響を受講者一人ひとりに自覚していただき、個々の特性に応じた安全運転の方法を個別・具体的に指導することにより、高齢者による交通事故の防止を図ることにあります。」と回答している。

詳細はそのページを読んで頂くとして、やはりこの講習は“老化の現実”を自覚させることにあるらしい。まあ老化を感じていない元気な老人には、有用かも知れない。・・・が、自分のように、まだ65歳の高齢者になっていないにもかかわらず、最近身体の老化を強く感じている者には、免許返上のキッカケを与えることになるかも??まあそれが真の目的かもね!??

先日、朝日新聞の記事「免許返す高齢者 急増」について書いた(ここ)。言われるまでもなく、場合によって車は凶器と化す。自分の能力を自覚して、車を手放す時期は自分で決めなければいけない。幸い、都会では交通は何とかなる。いつかは分からないが、自分もその時は・・・・・・

それにしても、“高齢者”にカウントされる65歳という節目は大きい。自分も最近、“高齢者”という言葉が身に沁みる。
もうすぐ自分も高齢者!! ああ~~~~、とため息をついた一日であった。

(関連記事)
「免許返す高齢者 急増」

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2012年9月25日 (火)

滝本太郎弁護士の「なぜオウム真理教に入信したのか」

今朝の新聞各紙は、昨日(2012/09/24)の高橋容疑者の追起訴で、一連のオウム事件の捜査は全て集結した、と報じていた。捜査は95年から17年間に及んだという。

雑誌「大法輪」(2012年10月号)に「なぜオウム真理教に入信したのか」という、少々ショッキングな題名の特別寄稿が載っていた。曰く・・・

なぜオウム真理教に入信したのか
   日本脱カルト協会理事・事務局/弁護士 滝本太郎
 一
 立場上、伝統仏教の方々にはきついことを言わざるを得ず、ご容赦ください。それは、伝統仏教が宗教としてのエネルギーを回復して頂いてこそ仏教系の破壊的カルトの発生・拡大を防止できると思うからです。標題は「なぜオウム真理教に入信したのか」ですが、その要因の大きな一つが「日本の仏教に魅力がなかった」からです。日本仏教の問題点は、教祖麻原彰晃こと松本智津夫からも何度も何度も言及されていることだからです。
 これらのことは、平成元年十一月に坂本弁護士一家が行方不明になってからオウム真理教を研究し、平成七年三月の強制捜査まで「話し合い活動」をして三〇人余りが脱会し、脱会者の集まり「カナリヤの会」の窓口となり、今年に至っても出頭・自首あるいは逮捕された元信者らと会話をしてきて、実に強く感じてきたことです。出家者の中には、伝統仏教の「出家者」からさらに出家した者もいました。脱会してから伝統仏教を訪ねたが対応してくれず、あるいは期待外れで離れてきた者もいました。
・・・・・・・二・・・
・・・・・・・五
 六
 「日本のお寺は風景でしかなかった」という言葉を覚えておられると思います。脱会者のことごとくは、聞けばそのように言います。というか、私自身にとっても、せいぜい子どもの頃に甘茶をもらいに行っただけで「風景」でしたから話題にもなりません。カウンセリングの際に話したのは、自分が悩んで考えてきた「まともかどうかの判断基準」や弁護士として見てきた人間模様でした。
 もちろん今は、少なくない仏教者の方々が生きている社会とコミットしておられることを知っています。非行少年や登校拒否、引きこもりの人、自殺志願者との会話など実に多くの仏教者が努力しています。オウム真理教問題でも何人かの仏教者が努力されました。今、日本脱カルト協会でも、少なくない仏教者が努力して頂いています。
 ですがまだまだ一部であり、まして若者が仏教を「生きる道」のよすがとして求めてきた時に対応できている伝統仏教者がどの程度いるのか、実に不安です。個別分断された若者に対しホームページやブログ、ツイッター等を通じて大いに応えているのは、むしろ危うげな寺や教会の方が多い状態です。
 すなわち、伝統仏教は日本のカソリックと同様、実に「風景」なのです。大都市近辺ですと「檀家が増えると忙しくなるから」なぞと聞きますけれど、何をかいわんや、と思います。どうか悩む人たちとの対話、そして布教を志して下さい。宗教とは「死」と「死の認識」という根本的な恐怖からさえも「癒し」を図るものだったはずですから。まして日本での自殺者は年間三万人を超えています。
 これらをせずに、仏教者だと言わないで下さい、とまで思います。日本のお寺仏教は明らかに衰退の道を歩んでいると感じます。「風景」のままで存続できるはずもないし、その必要もないと思います。
 どうか、よろしくお願い申し上げます。」(雑誌「大法輪」2012年10月号p135より)

ドキッとするタイトルだが、オウムの経験者だからこそ、言葉が重い??
しかし「日本のお寺は風景でしかなかった」という言葉は、実によく言い当てている。自分としては、良い意味でお寺の“風景”は好きだが、ここで言う“心の拠り所・・・”という意味では、現代のお寺は“風景”で良いのだろうか?
それでは、なぜお寺は“風景”か・・・? 実は日本のお寺は、人気(ひとけ)を感じないのだ。だから人々を受け入れる雰囲気もなく、「風景」という言葉が似合ってしまう・・・。

6月に義姉の法事があったことは前に書いた(ここ)。そこで菩提寺の住職から聞いた言葉が、頭から離れない。つまり「葬式が少なくなって困った」と言っていたことが・・・・。
今のお寺は“死者の菩提を弔う”というより、まずお金・・・。その言葉は、単に儀式としての葬儀をしなくなった、というより、自分には「檀家で死者が少なかったので、お金が入らなくて困った・・・」と聞こえてしまう。我々の菩提寺への期待値は、「檀家の家々が、みな健やかで、死ぬ人も減って良かった、良かった・・・」という言葉ではないのか?

当サイトでも、今までに何度か、今のままでは大多数の日本のお寺は廃れる一方では??と書いてきた。そんな予感がどうしても払拭されない。
これからの時代、団塊の世代の高齢者化によって、死者の数は増える一方だ。しかしそれに比例して儀式としての葬儀が増えるとは、とうてい思えない。
現役の人の葬儀は、ある程度必要かも知れない。参列者と遺族の心のケジメのために・・・。しかし高齢者の葬儀は、どんな意味があるのか・・・が問われていく。
先の記事に対して、オウム真理教を論ずるつもりは毛頭ない。しかし「日本の仏教に魅力がなかった」という言葉は重い。
もし日本の仏教が、そしてお寺が、(もちろん他の宗教も同じだが)単なる風景ではなく、心の病める若者に活力に充ちた心の宿を与えられていたら、オウム事件はまた別の展開になっていたかも・・・
あれから17年。「二度とあんな事件は起こり得ない」と誰が断言できるだろう?

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2012年9月24日 (月)

「独居より疑似家族」

先日の朝日新聞に「世界の老後・居場所はどこに~独居より疑似家族」という記事があった。曰く・・・

世界の老後・居場所はどこに~独居より疑似家族
<フランス>
 「見て」。ロミ・ブルニちゃん(8)が、赤や紫のペンで花とチョウを描いた画用紙を差し出した。テレーズ・ブレーズモローさん(73)がほほえむ。
 パリ西郊にあるイブリーヌ県のブルニ家。2人は仲の良い孫とおばあちゃんのように見えるが、実は他人同士。ブレーズモローさんは、国の「受け入れ家庭制度」を利用した、7年前からの同居人だ。
一般家庭で受け入れ
 ブルニさん宅は夫妻と4人の子どもがおり、高齢者ら3人を受け入れる。同じ屋根の下に9人。いわば「疑似家族」だ。ムリエール・ブルニさん(45)は「お年寄りが自由に暮らせる空120924dokkyo 間をつくりたい」と受け入れ家庭になった。
 受け入れ家庭団体ファミダックによると、フランスには1万世帯の受け入れ家庭があり、1万5千人の高齢者、障害者が暮らす。
 この制度は1989年に法律ができ、順次始まった。核家族化などで在宅介護が難しくなったためだ。
 一人で暮らせない高齢者らを3人まで、県の審査をパスした家庭が受け入れる。介護、医療が必要な人もケアが可能なら受け入れる。入居者は平均で月1500~2千ユーロ程度(15万~20万円)を支払う。
 利用者の理由はさまざまだ。ブレーズモローさんは身の回りのことは一通りできるが、たびたび物忘れをするので、見守りが欠かせない。実の息子は、つきっきりではいられず、入居した。「(ブルニさん一家は)家族のよう。夜に部屋で一人でも、誰かがリビングにいると安心します」
 人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)はフランスは17%(10年)。自宅で独居の高齢者の割合は39%で、日本(11%)より高い。個人主義が強く、老後は子どもに頼らず暮らす人がほとんどだ。
待遇の改善が課題
 しかし、「あの夏以降、受け入れ家庭を希望する高齢者が増えた」と、ファミダックの代表は話す。
 03年夏の猛暑。フランスは最高気温が35度を超す日が2週間続き、約1万5千人が死亡した。独居の高齢者が死後数日経って発見される例が相次ぎ、孤立死を心配する人も増えた。イブリーヌ県の担当者は「施設に入りたくない高齢者も多い。受け入れ家庭を増やすのが課題」という。
 日本では、高齢者の居場所は「自宅」か「施設」だ。疑似家族は、第3の居場所ともいえる。日本福祉大学の篠田道子教授(社会福祉学)は「家庭的な雰囲気のなかで、主体的に生活できる」と話し、もう一つの選択肢として評価する。(及川綾子)

高齢化進む日本 孤立死深刻
 日本は世界一の高齢化先進国だ。高齢化率は欧米諸国の多くは10%台だが、23%(10年)に達する。高齢化のスピードも速い。
120924dokkyo1  これまでの日本では、家族が老後のセーフティーネットとして機能してきた。だが、核家族化や都市化で崩壊しつつある。地域など家族以外との関係も希薄だ。
 認知症の人の独居、死後何日も経過してから発見される「孤立死」が社会問題となっている。10年の高齢者の一人暮らしは480万世帯。30年には720万世帯まで増える見込みだ。
 東京大学高齢社会総合研究機構の秋山弘子特任教授は「これから日本では、80代、90代の一人暮らしが当たり前の姿になる。そんな超高齢社会にふさわしい社会の仕組みをどう作っていくのかが問われている」と話す。(立松真文)  」(2012/09/23付「朝日新聞」p2より

この記事は少々ショック・・・。というのは、フランスでは高齢者が他人の家にいわば“下宿”して老後の面倒を見て貰っているという・・・。日本ではまったく考えられないやり方だ。
この事例を、受け入れる家庭側と、受け入れて貰う老人側とに分けて考えてみたい。
自分の家に、月15万~20万で、はたして介護が必要な老人を受け入れられるだろうか・・・・? しかも最大3人まで。この場合、受け入れる側はこれをどう捉えるのだろう? 自宅を、ひとつの介護施設として捉えるしか無かろう。自分の肉親でさえ、自宅での介護が難しい日本の現状。それを、幾らお金が入るからといって、世話が出来るか?と考えると、相当にビジネスライクに捉えられる人でないと、難しいのではないか?? つまり、クールにビジネスとして捉える・・・。でも1人で月20万は安過ぎる・・・。もちろん我が家では無理だ・・・。

一方、受け入れて貰う側はどうか?? 独居は心配。でも施設には入りたくない。そんな人が、こんな形態を選ぶか?? 他人の家に入って、面倒を見て貰う?? その方が施設よりも良いか?? かえってその家族に気を遣う事はないか??
この事例、自分にはどうもピンと来ない・・・。

ではどうする??
こんな事を想像(妄想?)した。一種のババ抜き、では如何?? つまり、夫婦で居るなら二人で頑張る。もし片方が亡くなったら、連れ合いを亡くした人通しが、擬似夫婦となって男女ペアで暮らす。その際、子どもが反対するだろう面倒な籍は入れない。そうして、また片方が亡くなったら、また別の人を探して、また擬似夫婦になって暮らす・・・・。つまり、丈夫な女性は、生涯に何人もの擬似夫を送る。逆に短命の男は、さっさと最初に“上がり”になって、誰の面倒も見ないことになる・・・。

先日、“ドイツで独居の90歳の父親が、車で『彼女の所』に通っている”という料理研究家 門倉多仁亜さんの話を書いた。(ここ
この話を聞いて、素晴らしいと思った。一方日本では、連れ合いを亡くした男は、うつ病になる人が多いとも聞く。そう・・・、幾ら金があっても、突然男一人になると日常生活に手も足も出ないのだ。そこで、誰か別のパートナーを探す仕組みを、国が作る・・・という案は??
これは今度の衆院選で、どこかの政党がメダマ政策にしたら躍進するぞ!?(ホント??)
これらは、民間で勝手にやれ、では絶対に進まない。国が半ば強制的にパートナー探しを進めなければ・・・。クジで決めるとか・・・。乱暴???

よって、衆院選でこんな政策をマニュフェストで挙げる政党があったら、自分は絶対にその党に投票するな・・・。そして、自分が一人になる前に、こんな国の制度が出来て、自分は“その時”に、ウキウキと女性を選ぶんだ~~~
ん?何?カミさんより自分の方が先に逝くんだろうって?? そうなんだよな~~。この“夢の制度”が実現しても、自分が選ぶことは無いんだろうな・・・。残念! じゃあこんな制度は、どうでもいいか・・・!?
何とも、“妄想を呼ぶ”朝日新聞の記事ではある。
(ウチのカミさんがこれを読んだら、たぶんこう言うだろう。「笑止!」・・・トホホ・・・)

●メモ:カウント~335万

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2012年9月22日 (土)

古代のニキビ除去方?(卵の黒酢漬け)~槇佐知子氏の話

NHKラジオ深夜便で、「自然界は薬箱 古典医学研究家・作家 槇 佐知子」(2012/09/19放送)を聞いた。槇 佐知子氏は現在79歳。このほど、氏が40年をかけて現代語訳した日本最古・平安時代の医学全書「医心方」全30巻の刊行を完成させたという。
この本は、意識的に非常に難解な文字で書かれており、まずは難解な文字のルールをひもとくべく、自分用の辞書作りから始めたという。
120922ihoushin Wikiによると、「医心方」は唐の時代に存在した膨大な医学書を引用しているそうで、氏の話によると、そこには、玄宗皇帝や曹操などが登場し、あらゆる時代の医学が書かれているため、ワクワクしながら翻訳したという。
その中で、ニキビの除去法が面白い。卵を黒酢に漬けておいて、それをニキビに塗ると、キレイに取れるという。その部分を少し聞いてみよう。

<槇佐知子氏の話「平安時代のニキビ除去法」>

古代の医学は、いわばカット&トライ、つまり経験の積み重ねなので、こんな方法でうまく行った例もあったのだろう。しかし誰にでも効果がある、という訳でもない。うまく行ったらもうけもの、といった位置付けか・・・?

しかし、かつて誰もチャレンジした事がないこのような仕事を、自分の生涯をかけて遂行する姿は、素晴らしい。氏はもともと古文が好きで、ほぼ独学で学んだというが、幾ら好きでも、その境地まで達するには、膨大な勉強の時間を要した事だろう。
そしてそれらの努力は、本の刊行として結実した。「医心方」の刊行も、最初は日本の出版社では相手にされず、海外での刊行が出来て、やっと日本でも刊行の運びとなったとか。
何でも日本は見る目がない。いつも自己の評価ではなく、海外の評価で動く・・・

それにしても、氏はもともと大学の研究者でもなく、この成果はいわば趣味の世界の延長!?それがこれだけの成果に結びつくとは、世のシルバー族もウカウカしていられない。
要は、やる気であり、先日の記事ではないが、まさに「暦の上の年齢がどうした」(ここ)なのであろう。反省・・・(←直ぐに忘れると思うけど・・・)

*槇佐知子氏の爪の垢を煎じて飲みたい人は、(ここ)をクリックして番組全体(42分)を聞いてみて下さい。

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2012年9月21日 (金)

「グループシンクのわな」と「耐えた女川原発の教訓」

先日の日経新聞「大機小機」にこんな記事があった。この記事を読みながら、ふと福島原発の事故を連想した。“事故を未然に防ぐチャンスが幾度かあったのに、東電はそれを無にした・・・”という例の議論だ。曰く・・・

グループシンクのわな
 日本企業の失敗の本質を考える上で重要なのが、グループシンク(集団浅慮)という概念だ。グループシンクとは、1人で考えれば当然気づくが、集団だと見落とし、大きな過ちを犯してしまうという現象で、40年前に米国の社会心理学者ジャニスが唱えたものだ。
 グループシンクのわなに陥ると、自らが属する組織・集団は正しいという確信を持ち、過度に楽観的になる。自己のイメージを覆す情報は無視し、異論があっても認めない。その結果、ある経営目標の達成を目指す時に、リスクや代替手段の検討不足が生じ、手元資料を偏見に基づいて分析評価してしまう。
 集団で議論した結論は、危険なものはより危険な方向へ、保守的なものはより保守的な方向へとバイアスがかかる。その結果、事業のリスクとリターンのバランスが崩れ、経営目標を達成できる確率が低下してしまう。というわけだ。
 このような負の共同幻想を打ち破るにはどうすればよいか。最終的に求められるのは経営トップの素質だ。まずは、自らは批判的な評価者としての立場を取り、意思決定の場で、最初から自分の好みや希望を主張しないことが求められる。そして、過去の経営上の失敗事例を冷静に分析し、その情報を共有できる環境づくりが必要だろう。
 先日、ある大手商社の社史を見る機会があった。社史には、その時々の輝かしい功績を記すことが多いが、目にしたものはそれとは異なっていた。過去の大きな失敗について、その背景や意思決定プロセスなどを説明するのに多くのページを割いていたのだ。
 会社が陥った失敗の本質を経営トップ自らが認識し、社史に詳細に記載しておく。それは、まさくグループシンクのわなから逃れるための1つの方策になり得る。目の前の現実を否定し、自分の思い込みに固執するだけでは、将来の経営に黄言万がともりかねない。
 日本勢が優位に事業を進めてきた半導体や液晶パネルの分野では、韓国や台湾メーカーの台頭で、国内各社の経営環境は激変した。自らの技術力の高さを過度に評価し、リスクに対する認識が不足していなかったか、検証が必要だ。経営トップ自らが、危機意識を認識できる企業風土作りの先頭に立つことが重要といえるのではなかろうか。(五月)」(2012/09/11付「日経新聞」「大機小機」より)

東電が、福島原発の安全神話で、このグループシンクのわなに陥っていたかどうかは分からない。しかし自分は、前にも書いたように(ここ)東北電力女川原発との差をつい意識してしまう。

先日の日経新聞に、先の女川原発の記事と同じ8月10日のIAEA等の会見について、別の記事があった。曰く・・・
耐えた女川原発 教訓は
・・・・・
 「驚くほど損傷が少なかった」に集約される視察結果について、エプシュタインは「東北にとって、グッドニュースだ」と話す。彼の試算では「女川は計算上、壊れ始めるとされる値の3~4倍の強い地震に耐え抜いたことになる」。無事だった女川と、事故を起こした福島第1。命運を分けたものは何か。エプシュタインは技術的な要素に加え「電力会社の企業文化」をあげた。
 「東北電力は希望する施設にすべて立ち入らせてくれた。聞き取りにも十分に応じた」と明かす。丁寧な仕事ぶりが事故回避でプラスに働いたのではないか、と感じている。・・・」(2012/09/09付「日経新聞」p14より)

先の記事(ここ)で書いた「女川原発が福島第1に比べ高い場所に建設されたのは、東北電力副社長を務めた平井弥之助氏の進言とされる。津波の高さが約3メートル(後に9.1メートルに改定)と想定されていた時期に、平井氏は明治三陸津波や貞観地震の記録を踏まえ高い場所に建てるよう主張、反対を押し切って実現させた。」という記述と共に、今回の地震による原発の被害は、東電と東北電力の企業風土が強く影響しているように思う。

もし、今回の原発事故が、東電ではなく東北電力で起こっていたら、3月11日以降の事故の推移は、まったく別の展開になっていたように思えてならない。

(関連記事)
「女川原発の功績と教訓」

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2012年9月20日 (木)

手仕事屋きち兵衛の「さよなら恋歌(ワルツ)」~Yさんの退職

先日、NHKで放送された影響か、最近手仕事屋きち兵衛さんの記事へのアクセスが多い。そんなわけで、今日は久しぶりにきち兵衛さんの曲を……
今日紹介するのは、「風の誘い」というアルバムに収録されている「さなら恋歌(ワルツ)」という歌だ。実にきち兵衛さんらしい曲で、じっくりと聞いてしまう……

<手仕事屋きち兵衛の「さよなら恋歌(ワルツ)」>

「さよなら恋歌(ワルツ)」
  作詞・作曲:手仕事屋きち兵衛

掌をじっと見つめ 幸せが薄いと
あの人が言った通り あの人と別れた
恋に落ちて恋に燃えて 恋にまた泣かされて
こよい一人唄う さよならワルツ

中指が長い訳は 涙ふくからだよ
美しい指はだから 悲しみを連れてる
涙嫌いなのに いつか涙もろくなって
どこで覚えたのか さよならワルツ

あの頃は何もかもが 輝いていたのに
思い出になれば 何故かモノクロなひとこま
恋はいつも悲劇喜劇 そんな一人芝居
そして唄う歌が さよならワルツ

恋はいつも悲劇喜劇 そんな一人芝居
そして唄う歌が さよならワルツ
さよならワルツ

(最初に強く言っておくが、以下に書くことは、上の歌詞とは全く関係無い話なので、念のため……)
同僚がだんだんと定年で辞めていく・・・
今日付で、Yさんが定年で退職された。挨拶では、20年勤めたと言っていた。彼女とは、自分がこの会社に入社して、歓迎会を開いて貰った帰りに、皆と寄った喫茶店でTくんに紹介されたのが最初。よって彼女とは3年余の付き合いだった。
このトシになると、会社でも“おしゃべり友だち?”ができる。もちろん相手は女性…。彼女もそんな二人のうちの一人。よって、自分の“おしゃべり友だち”も、とうとうNさん一人になってしまった。

それにしても、自分もトシと共に(若くない(←失礼!))女性とは良く話すようになった。いわゆる思春期の中学・高校のときは、自分はいわゆる“女性恐怖症”で、それこそまったく話をしたことは無かった。中学2年の時、学級新聞のことで、どうしても女性委員と打合せが必要になり、ドキドキしながら、夢中で話し掛けたのが懐かしい・・・。そんな彼女も死んでしまったが・・・
大学に入って、サークルの女性先輩に鍛えられたせいか、社会人になっても、いわゆる“おばさん”とは良く話した。会社の管理職時代は、あらゆる情報源として非常に有用であり、それらの情報を部下の指導に活用したこともあった。
そんな仲間のおばさんたちも、時間と共にどんどん辞めて行く。まあ自然の流れで、仕方がないが・・・

今夜は、そのYさんの送別会。まあ酒を酌み交わしながら別れるのは通常のことだが、今日はYさんに、こんな歌でもプレゼントして、「お疲れさま」「お世話になりました」「“電撃結婚”おめでとう。お元気で」と言う事にしよう。

最後に「サントリーホールライブ」のアルバムに入っている同じ曲も聞いてみよう。こちらはギターの弾き語り盤である。

<手仕事屋きち兵衛の「サヨナラ恋歌(ワルツ)」>~サントリーホールライブより

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2012年9月19日 (水)

「暦の上の年齢がどうした」

だいぶん前だが、日経新聞のスポーツ欄に「暦の上の年齢がどうした」という威勢の良いタイトルのコラムがあった。曰く・・・

チェンジアップ 暦の上の年齢がどうした  豊田泰光
 引退すると決めたらシーズン中でも即発表する、というやり方がはやっているようだ。ソフトバンクの小久保裕紀が14日に今季限りの引退を発表、広島・石井琢朗も27日に今季で辞めると表明した。
 小久保は宣言後もプレーし、28日のオリックス戦で決勝点をたたき出した。よく気力が保てるものだ。私は引退を口にした人がプレーを続けるべきではないと思うが、まあこれは趣味の問題。
 昔だと引退間際の選手のファンはことしか来年かとはらはらしつつ、一挙手一投足に注視した。選手の背中から進退に関する気配をかぎ取ろうとした。あっさり引退を明かすのは推理小説の結末を明かすのに似た味気なさがある。
 一方、早めに引退を宣言すれば、ファンもそのつもりで残りの日々を過ごせる。そちらの方がファンサービスになるといわれればそうかもしれない。
 発表のタイミングはともかく、スターは引き際が大事だ。メジャーで現在無所属となっている松井秀喜が、これ以上苦労する姿は見たくない。しかし、これも私の世代の価値観で、今では一時代を築いた人が泥にまみれながら、納得いくまでプレーするというスタイルもあり、らしい。
 だれもが最後は寄る年波に勝てず、辞めていくのだが、年齢の受け止め方も人それぞれだから難しい。たまたま、松井の広報担当を務める広岡勲さんの著書「負けない心メジャーリーガー不屈の言葉」に名言が載っていた。
 「もし自分の年齢を知らなかったら、今の自分を何歳だと思うかね?」。59歳までプレーしたという伝説の黒人投手、サチェル・ペイジの言葉だ。おそらく年齢に関する質問に問い返したものだろう。 暦の上の年齢がどうした、というわけだ。34歳でバットを置いた私のように、くたびれ具合としては実年齢より年を取っていたケースもあれば、不惑を過ぎても30代の心身を保つ人もいるだろう。
 自分の年齢を知らないかのように生きたいのはやまやまだが、プロは「ファンの目に何歳にみえるか」も重要。そこに判断の難しさがある。(野球評論家)」(2012/08/30付「日経新聞」より)

先日、NHKラジオ深夜便「スポーツ名場面の裏側で~茨城・常総学院野球部元監督 木内幸男」(2012/09/14放送)を聞いた。
木内幸男氏は、ある意味高校の先輩であり、また自分が育った茨城の高校野球界の超有名人なので、この番組を興味深く聞いた。裏話はなかなか面白い…。
なかでも、1984年の甲子園では、木内監督率いる取手二高が、決勝で桑田真澄や清原和博を擁したPL学園を、延長10回の末破った武勇伝?や、2003年の決勝でのダルビッシュ攻略の秘訣は、なるほど……と、聞いていて楽しい。
しかし、子供たちをその気にさせる言葉は、実に的確であり、子どもたちの個性を引き出す力は、さすが・・・。
そんな木内監督も、現在81歳だが、何と昨年の2011年まで、現役で高校生相手の監督業を続けていたとか・・・。まさに「暦の上の年齢がどうした!!」を地で行く。

またまた話は飛ぶが、NHKの朝ドラ「梅ちゃん先生」のお父さんは、定年を前に大学病院の名誉教授を断って、千葉の病院に赴任した。
人間、引き際は難しい。自分自身の人生哲学的はもちろんだが、家の経済的側面、それに(梅ちゃん先生ではないが)家庭内など周囲の迷惑まで考慮しないといけない。
さてさて、我がサラリーマン人生だが、先日、幸いにももう1年延長することになった。
徐々にスローダウンしつつある我がサラリーマン人生ではあるが、「暦の上の年齢がどうした」と反撃できるような働きをしないといけないな……、と分かってはいるのだが・・・。現実は・・・???

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2012年9月17日 (月)

「子と同居で経済圧迫、介護に期待」

今日は敬老の日。今までほとんど気にしなかった“日”だが、今年は妙に気になる。というのは、こんな記事を読んだせい??
今朝の朝日新聞にこんな記事があった。
高齢者、初めて3千万人超す 「団塊の世代」65歳迎え
 17日は「敬老の日」。総務省が16日に発表した高齢者の人口推計によると、65歳以上は前年から102万人増えて3074万人(男性1315万人、女性1759万人)に達し、初めて3千万人を超えた。1947年以降に生まれた「団塊の世代」が65歳になり始めたためで、今後も増え続ける見通しという。 ……」(2012/09/17付「朝日新聞」から)

実は自分はもうすぐ65歳。こんな記事を読むと、“65歳から高齢者”であり、“敬老の日の対象者”と読める…。別に“敬老”なので結構ではないか…とも思うのだが、とうとう自分も「高齢者」に仲間入りして、敬老されてしまうのか…と思うと、何か寂しさが胸に迫る…。(←オーバー!?)
Img_00011 それと先日の日経新聞(2012/09/14付夕刊)に載っていた、100歳以上の高齢者の人口推移。女性の多いこと多いこと……。だから何だ…、という話でもないけど……

おっと、気を取り戻して……
日経新聞に「ゼミナール シニア消費の実態」という連載があり、面白く読んでいる。先日、こんな記事があった。曰く・・・(写真はクリックで拡大)

ゼミナール シニア消費の実態
子と同居で経済圧迫、介護に期待
 前回は60歳以上のシニア層を含む親世代とその子世代がちかくに住む「近居」が増え、親世代が孫のためにお金を使う新たな消費が生まれる可能性を探った。だが、「同居」となると事情は異なる。
Img_00031  三菱総合研究所が2012年6月に実施した20~69歳の3万人調査によると、子供を持つ60歳代の43%が同居する。同居する子供の年齢は23歳以上が96%だった。
子どもと同居する60歳代に自分の生活水準の実感を聞くと、最も多かったのは「中の下」 で37%に達した。一方、子供が別居する60歳代で最高は、これより1ランク高い「中の上」の40%。同居世帯では子どもが成人しても経済面で親に依存する例が目立ち、これが生活水準の低評価につながっていると思われる。
 調査では60歳代に同居する子供の状況を尋ねた。「就職しているが家にお金を入れていない」(32%)と「無職」(15%)の合計で半分に近い。
 子どもと同居するシニア層の親は経済面で圧迫を受けるリスクを抱えるが、利点もある。調査結果を精査すると、親世代は介護を受ける必要が生じた場合、息子や娘に面倒を見てもらいたいと考えている現状が浮かび上がった。同居する子供への生活支援は、将来の介護への期待を含む。
 2人以上の子供がいる場合、結婚する子もいれば未婚の子もいる。こうした子供たちの多くが親と同居する“新たな大家族”が増えるかもしれない。住宅関連の旭化成ホームズが12年8月に売り出した「2.5世帯住宅」はこうしたニーズに対応している。1年間で400棟の受注を目指しているようだ。(三菱総合研究所)」(2012/09/06付「日経新聞」p24より)

子どもが学校を卒業すると、ほとんどが家を出ると思っていたが、それは6割で、4割は親と同居しているという。そしてその半数は、親が子どもを未だに養っている・・・
これらの実態をどう見るか・・・。“最期の拠り所は親”というのは良い。人間誰でも逃げ場は必要。元気な親は、子どもにとって確かな拠り所・・・。しかし、働き盛りの子どもが、引退した親に養って貰う姿はどうだろう・・・・・・。同時に親の、子どもに対する“将来の自分の介護”への期待はどうだろう・・・

ギブ&テイクなので、それでも良いのでは・・・?という議論もある。しかし、最近話題が多い「胃ろう」問題では、子どもが親の年金で暮らしているために、親が痴呆で寝たきりだろうが何だろうが、とにかく“生きていてもらわなければ自分が困る”という実態もあるそうな・・・

カミさんの友だちからも、色々な家族の姿の話をよく聞く。何が正しいのかは分からない。それぞれの家庭が、色々な課題を抱えて生きている。
ふと我が家を振り返る。たまたまウチの場合は、二人の息子が家を出ているが、「便りがないのは良い便り」が我が家の合い言葉、なのかも・・・。

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2012年9月16日 (日)

「低い肥満人口率と米・茶」

だいぶん前の記事だが、日経夕刊の「あすへの話題」にこんな記事が載っていた。

低い肥満人口率と米・茶  東京大学教諭 鷲谷いづみ
 最近はあまりつかわれなくなった言葉に「夏痩せ」がある。かつて、冷房のない時代には、暑さで食欲を失い食が細くなって夏の間に痩せてしまう人が少なくなかったようだ。
 最近は、春夏秋冬の別なく、昔よりは「ふくよかな人」が増えているように思われる。しかし、国際比較では、日本は今でも太った人が少ない国だ。
 それを明瞭に示すのがOECDの肥満人口率のデータだ。肥満人口率は、体重指数(㎏で表した体重をmで表した身長の2乗で除した値)が30を超える人口の割合である。アメリカ合衆国の35.9%、英国の26.1%など、欧米や新世界の国々の値に比べると日本は一桁小さく、3.5%だ。
 肥満人口が世界的にみて圧倒的に小さいのは、これまでの米を中心にしたヘルシーな食生活のおかげといってもよいだろう。程よくスマートな体はエネルギー・資源の消費が少なくてすむので「経済的」だ。個人の健康にとってよいだけでなく、地球の健康にもよい。
 これまで日本が誇ってきた長寿は、その食生活による「スマートさ」によるところも大きいのだろう。昨今、いっそう進みつつある食の洋風化とファーストフードの普及は、日本人の体型と健康をどう変えていくのだろうか。
 肉、乳製品が中心の食生活は、肥満人口率を高めるが、それに加えて甘い飲料も大きな要因とされる。肥満人口率の高いニューヨーク市では、Lサイズ(470ml)以上の甘味飲料の発売を禁止する方針を打ち出したという。日本では、甘味を加えないお茶が日常の飲料である限り、この点は心配ないだろう。」2012/08/29「日経新聞」夕刊p1より)

「肥満」という言葉で連想するのが、海外旅行をしたときに目にする欧米人観光客のデカ120916himanritu さ。それが夫婦そろって、それこそ信じられないくらい太っている人がいるのである。それもあちこちに・・・
その点、中国や東南アジアに行った時は違う。現地の人で、太った人はまず居ない。日本も同じ。たまには見かけるものの、それほど多くはない。(写真はクリックで拡大)

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各国の肥満率を比べてみると、米国とサウジアラビアが目立つ。米国は分かるとして、サウジは石油のせいか・・・。逆に痩せの方は、インドが突出している。まあイメージは合うな・・・。

体型は、多分に遺伝に依ると思うのだが、どうだろう・・・。つまり、やせの人は数十年ぶりに会っても、痩せている。太っている人も同じ。従って、タマにあった時に、太っていた人が痩せていると、ビックリする。“これはガンだな・・”と心で思う。
ある友人の話。入社以来、ずっとかっぷくが良かったが、ある時、意を決して痩せようと決意し、毎朝4時頃に起きて、近くの公園を1時間以上ジョギング。その甲斐あって、十数キロ痩せたという。背広も着られなくなって、全て買い換えるほど・・・・。
そして、たまに会う人が、皆ギョッとするのを見て、必ず「大丈夫。ガンじゃないから」と言う事にしたとか・・・。それを聞いて相手の人はホットするとか・・・。
ま、分かるな・・・。

最近自分も体重を気にしている。40代まではほとんど変わらなかったが、50代になって太りだした。そして10年ほど前に過去最高を記録したが、最近その値に肉薄している。これは、すべて“エサ”のせい・・・。
人に言うと、今ぐらいがちょうど良いでは?と言われる。検診でも同じ。しかし・・・・・・
段々ヒマになって、色々な事が気になるシルバー世代ではある。

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2012年9月15日 (土)

「シルバー川柳」の20句(第1~11回)

先日、「シルバー川柳」なる存在を“発見”したが(ここ)、同じHPにあった、過去11回の入選作をじっくり読んでみた(ここ)。
そこから勝手に、自分で20句を選んでみたのがこれ・・・・・・

<「シルバー川柳」第1~11回で自分が推薦する20句>
■三回忌頃から光る未亡人 (大阪府 70 歳 女性)①

⇒そう。女性は強いのだ!連れ合い先に亡くなっても、男はうつ病になるが、女は必ず復活する・・・!!
■主治医には 内緒 鍼灸まむし酒 (東京都 63 歳 男性)①
⇒分かるな~。「溺れる者は藁をも掴む」・・・・・・
■わたしの手ひっぱらないであの世から (福岡県 71 歳 女性)②
⇒ま、女なんてそんなものさ・・・
■妻が書く老後の計画俺イナイ (宮崎県 42 歳 女性)②
⇒ま、女なんてそんなものさ・・・
■まだいけるもう一度だけ犬を飼う (東京都 65 歳 男性)③
⇒我が家でも、今10歳のメイ子が死んだらもう一度・・・、とは思うものの、カミさんが許してくれそうにない・・・
■歳とれどなぜ口だけは歳とらぬ (北海道 80 歳 男性)④
⇒ま、女なんてそんなものさ・・・(何?男も同じ!?)
■飲んだっけちり籠のぞき確認し (福岡県 68 歳 女性)④
⇒これは、冗談ではなく、現実である。
■診察券五枚で週休二日制 (大阪府 81 歳 男性)⑤
⇒ホホホ・・・
■年だもの最後だわねとまたハワイ (福岡県 54 歳 女性)⑤
⇒これは我が家も同じ。最期の海外旅行をハワイと決めてはいるが、さていつ行くのやら?
■医者と妻急にやさしくなる不安 (山口県 72 歳 男性)⑥
⇒これは“要注意”。「火のないところに煙は立たぬ」・・・
■口喧嘩たまに勝っても待つ試練 (東京都 67 歳 男性)⑥
⇒そう。カミさん相手では、負けるが勝ち・・・(と分かってはいるのだが・・・)
■腹立ちを仏に聞かすひとり言 (茨城県 84 歳 女性)⑥
⇒ま、そうなるだろうな。だからできるだけ最期は一緒に・・・
■その昔惚れた顔かと?目をこすり (北海道 76 歳 女性)⑦
⇒そ・・・。だから年取ってからのクラス会には行かない!?←何?カミさんのこと!?
■驚いた(惚)ホれると(惚)ボけるは同じ文字 (静岡県 82 歳 男性)⑦
⇒驚いた!本当に同じ文字なんだね~~
■バラに似て妻も花散りトゲ残し (大阪府 65歳 男性)⑨
⇒ま、女なんてそんなものさ・・・
■その昔恐竜見たかと問う曽孫 (千葉県 55歳 女性)⑨
⇒子どもから見ると、老人は“昔々”に生きていた・・・
■「アーンして」むかしラブラブいま介護 (愛知県/63 歳/男性)⑩
⇒あ~、ヤダ!
■つまづいた ふと見た床に 段差なし (滋賀県/55 歳/女性)⑩
⇒これが、自分も程なく現実に・・・
■誕生日ローソク吹いて立ちくらみ (大阪府/63 歳/男性)⑪
⇒「シルバー川柳」の単行本の表紙を飾った有名な(?)句。(ここ
■振り返り犬が気遣う散歩道 (北海道/44 歳/女性)⑪
⇒ウチの犬も同じように振り向くが、今は「ちゃんと付いて来ているか?」という監督の目。それが「気遣い」の目に変わるか??
(全国有料老人ホーム協会のHP(ここ)より)

いつも同じことを書くが、このセンス、何とか自分にも身に付かないものか・・・。

(関連記事)
「第12回シルバー川柳」入選20句

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2012年9月14日 (金)

「我が子を叱れますか」

先日の日経・夕刊「女と男のいい分・イーブン」というコラムに「我が子を叱れますか」という記事があった。曰く・・・

我が子を叱れますか
■婦唱夫随、つい忘れて 50代既婚頑固系(男性)
 高校生の娘は近ごろ、交流サイト(SNS)で友達とつながることに夢中である。夕食もそそくさと済ませて端末を取り出す娘に、嫁さんが早速、「お皿を洗ってよ」「画面ばかり見てないで」「宿題が先でしょ」と小言の連射をお見舞いする。娘が少しかわいそうな気がして「友達とつきあいがあるんだよな」とかばった瞬間、部屋の空気が凍りついた。
 「おこらすなママのいかりはパパにくる」(第一生命保険の第24回サラリーマン川柳入選作)。小言マシンガンはウィーンと標的を僕に移してきた。「どうして私が叱っていると、あなたはいつもそうなるの?」「一緒に叱ってくれないと私だけ悪者みたいじゃない」。もっともだ。しっかり教育しようとしているときに、横から正反対のことを言ってはいけない。
 男親はふだん、子どもをこまやかにしつけることが苦手で「まあ、いいじゃないか」と適当にすませることが多いのでは。結果、子どもたちは、女親の方を気にするようになっていく。
 「父に聞きその後必ず母に聞く」(第25回サラリーマン川柳入選作)。家庭内の政権交代が進むとすれば、その力学はわかる気がするなあ。

■私の気持ちも知らないで  アラフォー既婚(女性)
 今日も子どもを何度しかったことか。「服を脱ぎっぱなしにしない」「また出しっぱなし」――。昨日もその前日も、いや1年前だって同じことを言っていた。
 子育て本の「しからずにほめて伸ばす」という文言を念頭に、初めは子の自主性を重んじている。どうもだめだと悟ったときは笑顔で「脱いだ服は洗濯カゴに入れようね」などという。
 だが改めない。何度目かでつい「一体何回言わせるの」と雷を落としてしまう。
 ベネッセ教育情報サイトが昨年小学1年~中学3年までの子を持つ保護者に調査したところ、子にやってしまった言動で後悔していることがある人は84%。「言い方が良くなかった」「感情的になりすぎた」「しかりすぎた」が上位3つ。いずれも3人に2人が挙げた。
 そして4割弱は後悔したことについて自分の考えなどを子に説明している。こんな葛藤も知らず「ママはこわいねー」なんて夫にいわれれば、怒りの矛先が夫に移るのも当然だ。
 それでも後悔したときに相談したい相手は「パートナー」が7割を占めた。家庭内の政権交代なんていわず、機能するパートナーになる努力、よろしくね。」(2012/09/10付「日経新聞」夕刊より)

そうなのだ。世の中、「夫唱婦随」ではなく「婦唱夫随」なのだ。言葉に惑わされず、この真理を忘れてはいけない。
話は飛ぶが、ラジオ深夜便を聞いていると、様々な人の人生が聞ける。自分はひとつだけの人生しか経験していないが、ラジオ録音の聞き流しで、色々な人生経験を垣間見るのも、また楽しい。
各界の著名人が、その世界に入るキッカケを話すが、よく聞くのが、「先生に褒められたのがキッカケ」というのが多い。つまり子どもの時の、何気ない先生のひと言が、その子どもの人生を方向付けてしまう。何と怖ろしいことか・・・。
しかしこの話は前向きの話。逆に“叱る”という行為は、ある意味後ろ向きなだけに、褒める以上に難しい。

NHKの朝ドラ「梅ちゃん先生」を“何となく(惰性で?)”見ている。自分はこのドラマに出てくる父親の下村建造(高橋克美)が好きだ。いつもしかめっ面しているが、存在感がある。息子の竹夫は、結局父親に褒めて貰いたい一心で、悩む・・・。まあ、親子とはそんな存在。よって、叱り方は難しい。

またまた話がまた飛ぶが、ウチの下の息子はとっくにタバコを止めたが、上の息子がどうもタバコを吸っているらしい。昨日、カミさんが息子と会うというので言づてを頼んだ。ひと言「死ぬぞ!」…。
もう、ダイの大人なのだ。一人前のオトナに、叱る事はもうしない。でも「死ぬぞ!」とだけは言っておきたい・・・。結局、(タバコ嫌いな!)親心とは、そんなもの・・・

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2012年9月13日 (木)

日本テレビ「11PMのテーマ」

この音楽はご存じ?? まあ中年以上の方しか知らないだろうが・・・・。

<日本テレビ「11PMのテーマ」>

これは先日、FM放送で流れていたもの。我々にとっては、何とも懐かしいテーマ・・・。
12091311pm2 自分は別に「11PM」のファンではなかったし、いつも見ている訳でもなかった。でもこの番組名は、我々の世代には強烈に頭に焼き付いている。彼の大橋巨泉の名とともに・・・

このテーマを聞くと、まさに自分たちの働き盛り、若い頃を思い出す。イメージはまさに高度経済成長期からバブル期への時代・・・。今思うと良き時代だった。
Wikiによると「『11PM』(イレブン・ピーエム)は、日本テレビと読売テレビ(当時は「よみうりテレビ」表記)の交互製作で1965年11月8日から1990年3月30日まで約24年半にわたって放送されていた日本の深夜番組であり、日本初の深夜のワイドショー番組でもある。」とある。
この番組が終わったのが22年前。つまり我々オジサン世代より若い人は知らないのだ・・・・。

そして話は飛ぶが、現代は「イレブン」と言うと「セブン-イレブン」・・・。
あんまり関係無いけど、ついでにこのセブン-イレブンを調べてみると、日本でのスタートは1973年だという。テレビの「11PM」が終わった1990年には全国で4000店舗。そして現在は14000店舗だという。そして営業時間も、当初の7:00 AM~11:00 PMはどこかに吹っ飛び、24時間営業が当たり前の時代。確かに便利だが、未明の営業まで要るのかどうか・・・・・・

話を戻すと、音楽とは不思議なもので、こんな旋律が流れてくると、直ぐにある時代の光景が目に浮かぶ・・・。自分の場合は、夏の会社の寮の部屋が思い出される。暑い夜、やっと買った独身部屋のテレビからこの音楽・・・
ま、この番組はまさに“オジさん向け番組”だったが、そろそろオジーさんになる我々は、こんな歌でも聞きながら、若い頃を偲ぶとしよう・・・

(2012/09/14追)
AM PMとは・・・・?
「AMはラテン語のante(前) meridiem(正午) の略。PMはpost(後) meridiem(正午) の略。表記は7:00 AM~11:00 PM が正しい」(KeiichiKodaさんのコメント参照)

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2012年9月12日 (水)

「食生活改善、がんリスク小さく」

最近は、何となく老化を意識することが多くなり、自分もだいぶん気弱になって来ている…。
先日、こんな話を聞いた。近所のカミさんの友だちから聞いた話では、ご主人が急に真っ直ぐに歩けなくなり、ビックリして脳神経外科に行ったら、原因は何と肩こり!
自分も先日、風呂上がりに急に足に力が入らなくなってアレッと思ったことがあったが、これも原因は肩こりかも……? 言われてみると、確かに肩は凝っていた。
しかし、肩こりからこんなヘンな症状につながるとは、何とも分からない。でもまあ、重篤でなければ、老化として付き合って行くしかない・・・。

だいぶん前の記事だが、日経新聞「今どき健康学」に、がんのリスクについての記事があった。こっちの方がよっぽど怖い…。曰く……

食生活改善、がんリスク小さく
 いま日本人が最も恐れている病気はがんだろう。厚生労働省の2011年の人口動態統計によれば、日本人の死亡原因の第1位は悪性新生物、つまりがんだ。昨年だけで35万7千人あまりが亡くなっている。およそ3人に1人はがんで死んでいることになる。
がんは1981年に死亡原因のトップになり、年々その数が増加している。男性では肺がん、胃がん、大腸がん、肝がんの順で多い。女性では大腸がんが最も多く、肺がん、胃がん、乳がん、肝がんが続く。
 がんは老化とともに必然的に発生する病気だ。寿命が伸びるにつれて増えるのは仕方がない。しかし、がんの多くは生活習慣病の一種で未然に防げるとわかってきた。食生活やライフスタイルを改善することで、がんの発生を抑えられる。
 病気は遺伝と環境の2つの要因が複雑に絡まって起こるが、生活習慣病は特に環境要因の寄与が大きい。がんはその典型で、一説によると環境要因が9割以上を占めるという。
 といっても、難しく考える必要はない。大切なのは毎日の食事だ。がんを引き起こす環境要因のうち、30~35%は食事が関係しているとされる。食物の成分や食品添加物などのほか、調理によってできた発がん物質が口から取り込まれ、がんを誘発する。
 実は、がんの中で食事との関わりが最も大きいのは前立腺がんだ。08年に出た海外の文献によると、前立腺がんに寄与する食事の割合は75%だったという。以下、結腸・直腸がん(いわゆる大腸がん)が70%、膵臓(すいぞう)がん、胆のうがん、乳がんなどが50%、胃がんの35%と続く。
 近年、男女ともに増えている肺がんは食事が関係する割合は20%と低いが、たばこの影響が高くなる。たばこには50種類以上の発がん物質が含まれているといわれる。先に紹介した海外の文献によると、肺がんの発症に喫煙が寄与する割合は男性で84%、女性で77%とされている。食道がんや膵臓がんなど他のがんのリスクも高めることがわかってきた。
 食事とたばこはがんの2大原因といえるが、肥満も見逃せない。食生活やライフスタイルを正しくすれば、がんにかからず、たとえかかったとしてもその進行を遅らせられることを認識してほしい。(江戸川大学特任教授 中村雅美)」(2012/08/26付「日経新聞」p15より)

なるほど。がんは遺伝よりも環境の方が影響は大きく9割、その環境のうち3割は食事、つまり口に入る発がん物質が原因とか。しかし食事と関係する発生部所となると予想と違う。当然、胃がん、大腸がん・・・の順だろうと思っていたら、前立腺がんが一番で75%、胃がんは35%だという。

でもこのデータ、実際にはあまり意味が無いな。例えば集団食中毒でも、同じ物を食べて発症する人と、ケロッとしている人がいる。その時の、体の抵抗力で受けるダメージも違うらしい。
だから、がんだって同じなのだろう。ストレスでヘロヘロの状態では、発がん物質が入ってきたら過敏に反応するだろうし、元気な人は跳ね返す。
結局は、なるべくストレスを避け、キチンとした食生活をしていれば、それ以上はやりようが無い。それで、がんになれば天命と諦める・・・。ま、理屈的にはそうだ。
でも自分の場合は、 “その時”は当然大騒ぎ。“その時”が来たら、天命ナンテ言う言葉は忘れて、アメリカにまで聞こえる大声で怒鳴ってやる。「何でオレなんだ~」って。

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2012年9月11日 (火)

「第12回シルバー川柳」入選20句

今朝の日経新聞に、全国有料老人ホーム協会の「シルバー川柳入選20句」なる記事があった。
シルバー川柳入選20句
全国有料老人ホーム協会(東京・中央)は10日、敬老の日(17日)に向けて募集した「シルバー川柳」の入選作品20句を発表した。
「LED使い切るまで無い寿命」(京都府の78歳男性)、「三時間待って病名『加齢です』」 (新潟県の65歳女性)と高齢を自虐的にとらえて、笑いを誘う作品が目立つ。
 「女子会と言って出掛けるデイケアー(千葉県の74歳男性)、「ガガよりもハデだぞウチのレディーババ」(同県の31歳男性)と、老いても元気な女性の姿を詠んだ句も。夫は尻に敷かれているのか「指一本スマホとオレをつかう妻」(北海道の51歳女性)との作品もあった。
 主催者によると、超高齢化社会を背景に、古希を「ひよっこ扱い」する作品や、「ぴんぴんころり」「ぽっくり」などの表現で死と明るく向き合おうとする句も目を引いたという。
 応募は9353作品で、応募者の平均年齢は65歳。最年長は100歳、最年少は8歳だった。65歳以上の割合は60.2%だった。」(2012/09/11付「日経新聞」p42より)

実は、自分はこの手の川柳が好きで、今までも色々取り上げているが、「シルバー川柳」は初めて・・・。まあ、こんな川柳が気になるのも、自分にセンスが無いことの裏返しなのだが、これらの年配者の川柳も、なかなかの出来だ。
改めて“全国有料老人ホーム協会”のHPをみると、全20句が載っていた。

<「第12回シルバー川柳」入選20句>(順不同)  
■日帰りで行ってみたいな天国に (71歳/女性/宮城県/無職)
■延命は不要と書いて医者通い (70歳/男性/宮城県/無職)
■紙とペン探してる間に句を忘れ (73歳/男性/千葉県/無職)
■三時間待って病名「加齢です」 (65歳/女性/新潟県/無職)
■目覚ましのベルはまだかと起きて待つ (71歳/男性/神奈川県/経営コンサルタント)
■起きたけど寝るまでとくに用もなし (73歳/男性/埼玉県/無職)
■年重ねもう喰べられぬ豆の数 (88歳/女性/兵庫県/無職)
■躓(つまず)いて何もない道振り返り(44歳/男性/群馬県/会社員)
■二世帯を建てたが息子に嫁が来ぬ(64歳/男性/神奈川県/会社員)
■改札を通れずよく見りゃ診察券 (46歳/女性/千葉県/主婦)
■遺影用笑い過ぎだと却下され (50歳/女性/愛知県/パート)
■アイドルの 還暦を見て 老いを知る」(54歳/男性/福島県/無職)
■味のない煮ものも嫁のおもいやり (57歳/女性/茨城県/主婦)
■年金の扶養に入れたい犬と猫 (68歳/男性/福岡県/無職)
■ガガよりもハデだぞウチのレディーババ(31歳/男性/千葉県/無職)
■女子会と言って出掛けるデイケアー (74歳/男性/千葉県/無職)
■LED使い切るまで無い寿命 (78歳/男性/京都府/無職)
■おじいちゃん冥土の土産はどこで買う? (44歳/女性/島根県/自営業)
■忘れ物口で唱えて取りに行き (77歳/女性/福岡県/無職)
■指一本スマホとオレをつかう妻 (51歳/女性/北海道/パート)

(全国有料老人ホーム協会のHP(ここ)より)

「介護」という言葉と切り離せない「有料老人ホーム」。少し暗いイメージもあるが、それを笑い飛ばすこの元気…。何とも頼もしい。
自分もそのうち、こんなセンスのある老人になりたいものだが・・・
(何?もう自分も“老人”に達しているって!?)

(関連記事)
「シルバー川柳」の20句(第1~11回)

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2012年9月10日 (月)

1枚の写真が語るもの~ビルマの子どもの写真

ウチにはトイレが1階と2階にあるが、自分は主に2階を使っている。先日、洗面所に居ると、カミさんが1階のトイレに手招きする。そしてトイレの壁に飾った1枚の写真を指す……。(写真はクリックで拡大)

この写真は、駅前でホームレスの人が売っている雑誌「ビッグイシュー」(ここ)197号(2012/08/15版)に載っていた写真だという。
120910nanmin この写から何を感じ取るか・・・・。しかし、実に危うい場面だ。何と、この女の子は家の外に飛び出した床の木の端に座っている。どうやってそこまでたどり着いたのか?下まで何メートルあるのか……
ヤラセか?いや、彼女は一心不乱に勉強している。そこに偽りはない。
解説に「夜明け直後の難民キャンプ。声を出して学習に励む女の子(93年、ビルマとタイ国境)」とある。(日本ではミャンマーと呼んでいるが、この「ビッグイシュー」は英国がオリジナルなので、「ビルマ」と表記しているらしい)
こんな場所でしか勉強できない彼女の境遇とは、いったいどんなものなのだろう?
明け方に声を出せる場所は他に無いのか? 難民キャンプでは、外に出る自由が無いのか? いや、こんな場所以外では、誰かに見つかって教科書を取られてしまうのかも知れない? それで人に見つからないように、こんなところに隠れて勉強しているのかな・・・・・・
何とも色々な想像が湧いてしまう…。

しかし、この子どもの勉強に対する情熱は偉大だ。知りたいという欲求は尊い。こんな姿があれば、国は滅びない。
120910bigissueこの写真は1993年というから、もう19年も前だ。よってこの女の子も、もう大人になって現在は国で活躍しているだろう。

それに引き替え、恵まれすぎた先進国の子どもたち。何不自由なく勉強して暮らしている子どもたちは、この写真を見て何を感じるのだろう?
何とも、トイレで用を足すのも忘れて、つい見入ってしまう一枚の写真である。
(そういえば、ビッグイシューを買っていない・・・。今度こそ駅前で見かけたら、(少し抵抗はあるものの・・・)300円、買うことにしよう)

(関連記事)
ホームレス支援の雑誌「ビッグイシュー」

●メモ:カウント~330万

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2012年9月 9日 (日)

「免許返す高齢者 急増」

先日、免許更新のハガキが来た。5年に一度の更新だ。
しかし、その免許を返す日がそのうちに来る・・・??
まあこんな事を話題にするとは、何とも情けないのだが、何れは来る事態。それがいつかは別にして、その辺りの情報もいちおう頭に入れておこうか・・・。

先日の新聞に、免許証を返上する高齢者が多くなっている、という記事があった。曰く・・・

免許返す高齢者 急増~代わりの「身分証」、永久化で
 運転免許証を自主的に返納する高齢者が急増している。6月までの半年間で前年の返納数の8割を超えた。返納者への支援策の広がりに加え、身分証明書となる「運転経歴証明書」が生涯有効になったためとみられる。
 警察庁によると、今年1~6月の自主的な免許の返納は約5万9700件(暫定値)。2011年は約7万2700件で、上半期だけで11年の約82%に達している。過去10年では返納者の9割前後を65歳以上が占めており、今年も大半が高齢者とみられる。
120909menkyo  背景にあるとみられるのが、免許を返納した際に受け取れる経歴証明書が、今年(2012年)4月から生涯使えるようになった点だ。新しい経歴証明書の発行数は4~6月の3ヵ月間で約3万1千件(暫定値)と、過去最多だった11年の約2万9200件をすでに上回った。
 経歴証明書は、金融機関での口座開設や携帯電話を買う時に公的な身分証明書として使えるが、これまでは有効期間が発行後6ヵ月だった。再発行できず、「身分証明書がなくなる」という声も多かった。
 免許の返納制度は1998年、高齢者の交通事故を減らす目的で始まったが、当初は返納数が1万~2万件台と伸び悩んだ。経歴証明書の発行や、交通事業者や自治体によるバスやタクシーの割引サービスといった支援策が始まり、09年に初めて5万件を超えた。
 警察庁によると、65歳以上の免許保有者は01年に約765万人だったが、11年には約1319万人と増加。 65歳以上の高齢ドライバーによる事故も、01年の約7万7500件から11年は約10万3400件と増加傾向にある。
 高齢者が運転免許証を返納する際に、身分証とともに課題となるのが、マイカーに代わる「足」の確保だ。公共交通機関が少ない地方では「生活のために免許は手放せない」という声もある。
 65歳以上の高齢者が人口の3割を超す岩手県遠野市の佐々木静男さん(80)は、食材の買い出しや通院のため、隣接する花巻市内まで45分ほどの道のりを運転する。
 最寄り駅は5キロほど離れている。地元交通会社のバスが自宅近くを通るが、予約しないと乗れず、年金暮らしではタクシーも使えない。「地方では免許がないと、出かけたい時に出かけられない」
佐々木さんは「次も免許を更新しようと思う」と話す。
 こうした事情から、警察は高齢者の運転支援にも力を入れている。2001年に免許更新時の高齢者講習の対象を70歳以上に引き下げた。 09年からは記憶力や判断力の低下をチェックする認知機能検査を75歳以上に義務づけた。
 警察庁幹部は「高齢者から一律に免許を返してもらうのではなく、問題ない人には安全運転をサポートしていく」と話す。(樫本淳、柄谷雅紀)」(2012/08/26付「朝日新聞」p38より)

先日、NHKラジオ深夜便で「祖父から学んだドイツ流生活の極意~料理研究家 門倉多仁亜」(2012/08/09放送)を聞いた。門倉さんは母親がドイツ人であり、幼少の頃ドイツの祖父母と一緒に暮らしたこともあって、ドイツ人の暮らし方について、なかなか面白い話をされていた。
その中で、まだ健在な90歳になるドイツの祖父の話をしていた。祖母が亡くなってひとり暮らしの祖父は、車の運転だけは現役。その技量を維持するために、毎朝コーヒーショップに車で行っては、コーヒーを飲んで新聞を買って帰ってくるという。
そして、“元気の源”の“彼女”の所にも車で・・・。だから車の運転は90歳になっても生き甲斐につながっているのだそうだ。

ひるがえって、我々はどうか?運転の意味は??
休日のカミさんの買い物に、“喜んで”運転手として励んでいるのが実態だろう・・。
まだ運転に関しては現役のつもりなので、今は良いが、この運転の引き際が難しい。何を持って引退を決意するか・・・
カミさんは、老人は必ず衰えるので、免許証は返上すべき、と言う。確かに他のものと違って、車は他人に危害を与える可能性があるので、キケン。いつかは返上するしかない。
カミさんに「オレはいつまで運転できそう?」と聞いてみたら、「いつまでも・・」だって。気をよくして“続き”を聞いてみたら、「ダメと言ったら、それを理由に運転を止めて、自分が運転させられそうだから・・」。・・・なるほど。実に論理的だ。
ま、そのうち、自分の衰えを自覚したときは、返上するつもり。あと20年はムリかな……??

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2012年9月 8日 (土)

右足のかかとが痛くなった話(踵骨棘)

このblogは自身の備忘録も兼ねているため、こんな事もメモしておくのである。
“事件”は昨日の朝、起こった。朝会社に行こうと起きて、階段を降りるとき、右足の踵がズキンと痛い!なんだこりゃ!?つま先で歩けば、歩けるのでそのまま会社に・・・。
それが夕方になると、つま先でないと歩けなくなった。会社の帰りは大変。右足は踵をつけないのでまさにビッコ歩き。駅構内の階段や通路が、それは遠く感じた。

家に帰って靴下を脱いでも、足に異常は見えない。でも踵の内側や外側を押すと痛い。結局、貼り薬を踵に貼って寝た。でも何となくズキンと痛く・・・

今朝、どうせいつもの胃酸過多の薬をもらいに行く用があるので、医者に診て貰おうか、という話になり、行き付けの近くの医院に行った。「実は昨日の朝から、右足の踵が痛くて・・」。すると即「***だな」(**は聞き取れなかった)「どういう字を書くの?」・・・・(“かかと”に“ほね”に“とげ”か・・・・)「いちおう貼り薬を貼ったら、今日は少し良くなったようで」「ま、それしかないな。レントゲンを撮っても良いが・・・」・・・

家に帰って気が付いた。何と踵痛の薬が無い!話だけで終わってしまったのだ。これは作戦負け。「いつもの薬ね」で話が始まったが、最初に自分が「踵が痛いので来た!」と宣言すれば、医者ももう少し親身になってくれたのではないか・・・・
Netで見たら。これは「踵骨棘」という病気で「しょうこつきょく」と読むのだそうだ。踵の骨にトゲのような骨が出来、それ自体は痛まないが、周辺の組織が炎症を起こすと痛むそうだ。50肩と同じで、自然治癒を待つしかないようだが、Netでは、“3ヶ月~3年で自然治癒”とか“数日~1週間で痛みが取れる”とかあり、良く分からない。
しかし自分の50肩(60肩)は数年かかったので、それと同じでは困る・・・・

最近、老化によって色々な所が油切れを起こしているので、「またか・・・」と思ったが、これは老化が原因、とも言えないようだ。最近困っている「目のオートフォーカス機構の油切れ」、つまり新聞やパソコンを長い間見ていると、遠くを見た時にピントが合わない・・・、で自信を失っているが、どうも今回も良い話ではない。

最近、毎晩のように行っている夜の散歩。今日はパス、と言っていたら、カミさんが買い物があるので、一人で行ってくると言う。そうしたら、愛犬のメイ子が何を勘違いしたのか、自分も行く気になって、玄関で待っている。仕方なく、自分も付き合う事にしてさっき行ってきたが、つま先で歩けば、普通に歩けた。まあ、しばらくこの病気と付き合うしかないな・・・・・
そう言えば、目に良いかも・・と始めたブルベリーのサプリ(ここ)。案の定、何も変わらないので、3ヶ月で止めることにした。そうそう、うまい話は無いな・・・・

付録:カミさん談「あなたは、歯茎の骨といい、色々な所に骨が出っ張ってくるじゃないの。次は頭に2本生えてくるんじゃないの?」「オレは鬼か?」・・・・・

(2012/09/11追)
発症5日目にして全快。つまり、かかとが痛くなった時は、放っておけば1週間経たないうち治る・・ということ。

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2012年9月 7日 (金)

「トップの選び方」

先日、NHKのクローズアップ現代を見ていたら「社長がいない 求む!グローバル時代の経営者」(ここ)という番組をやっていた。
急速なグローバル化に対応する必要に対し、生え抜き社員の中では後継社長が見つからないという。ソフトバンクの後継社長育成の話題は良く聞くが、中小企業でも悩みが大きいらしい。
当blogごひいきの日経新聞「大機小機」に、トップの選び方についての記事があった。曰く・・・
トップの選び方
 世界経済の環境変化や劇的なデジタル革命の中で、日本を代表する電機産業大手が軒並み苦境にある半面、米国や韓国・台湾の企業が勝ち組となっている。急激な環境変化に適切に対応するには、反対はあろうとも、将来を見通す独自のビジョンと強力なリーダーシップを持って決断のできるトップが必要である。
 彼我の違いには企業トップの選び方の相違があるのではないか。米国では、企業のトップは株主の代表で構成される委員会が、広く外部にも実績ある有能な人材を求めて指名するが、日本では前社長が社内から、社内評価に配慮して選ぶことが一般的である。
 人は誰しも自分を指名してくれた人に恩義を感じるから、指名者の意向に反する決定はしづらい。米国の場合新しいトップの使命は株主に報いるための企業価値の向上であるから、前経営者の意向に従う必要はない。しかし、日本では新社長が前経営者の意向を無視した決定をすることは、それまでの方針が決定的な間違いであることが明らかにならない限り難しい。経営陣には前トップの意向を受けた人も多いからなおさらである。
 韓国や台湾では財閥系企業のオーナー経営者が社運を賭けて強力なリーダーシップを発揮し、新たな革新の波をとらえて成長している。役員会での満場一致を尊重する日本のサラリーマン経営者では、とてもついていけない決断のスピードである。多数の合議制では責任は分散されるし、同業他社の動向を見た横並びの決定が行われがちである。
 もっとも、日本の大手企業経営者の報酬は国際的には格段に低いから、社内の反発を抑えつつ独自のビジョン実現に命を懸けるほどの役割と責任を期待されていない、ともいえる。社内の融和を重視したこのような報酬体系も内向きの論理であり、劇的な環境変化への対応という企業の本質に根ざした経営システムとは言い難い。
 利益とはリスクヘの挑戦に成功した場合の対価である。もちろん成功するとは限らないが、挑戦しない限り利益はなく、長期的には生き残れない。バブル崩壊での傷に懲りた日本企業の経営者は、無意識のうちに、ビジョンの実現ではなく程々の成果を残せればよい、という、リスク回避行動に陥っているのではないか。(桃李)」(2012/08/30付「日経新聞」「大機小機」より)

この記事は、まさにその通りだと思う。
この所のニュースは、民主、自民の総裁選の話題ばかり。次期首相候補がらみなだけに、本業そっちのけで熱が入っている。いつもの通り、国民そっちのけで…
昨夜(2012/09/06)、夜のNHKニュースを見ていたら「経済界・労働界代表 国会改革求め緊急提言」というニュースがあった(ここ)。見ながら“現在の政治、政党に対して、とうとう経済・労働界がしびれを切らせたか”、と思って、大いに納得。曰く・・・
経済界・労働界代表 国会改革求め緊急提言
いわゆる「ねじれ国会」の下で与野党の対立が続き、赤字国債発行法案が成立する見通しが立たないなど、国民生活に悪影響を及ぼしかねない事態になっているとして、経済界と労働界の代表が、予算案と財源の裏付けとなる法案を同時に成立させる仕組みを作ることなど、国会改革を求める緊急の提言をまとめました。
この緊急提言は、経済同友会の長谷川代表幹事や日本商工会議所の岡村会頭、連合の古賀会長ら、経済界と労働界の代表がそろって記者会見して発表しました。
それによりますと、今の国会の情勢について、今年度の予算が成立したにもかかわらず、その財源を裏付ける赤字国債発行法案が成立する見通しが立たないといった状況について、「ねじれ国会の中で物事を決められない政治が繰り返されている」とし、国民生活に悪影響を及ぼしかねないことを懸念しています。
そのうえで、提言は、予算案と赤字国債発行法案を同時に成立させる仕組みを確立するよう求めています。
また、閣僚が国会の審議にとられる時間がほかの国と比べても長いとし、「重要な国際会議に出席できず、国益を損ねる事態になっている」として、政策に取り組む時間的な余裕を作るよう求めています。
これについて、経済同友会の長谷川代表幹事は「今後も政権交代が起こる可能性があることを考えれば、与野党が逆転した場合でも、効率的な国会運営を可能にする仕組み作りが国益の観点からも必要だ」と述べました。」(2012/09/06NHKニュースより)

経済界の代表が、今の政治に苦言を呈する場面は今までも多くあったが、とうとう一緒に記者会見まで行って苦言を呈するまでに・・・。つまり国際的に見ても、今の日本の政治は????ということ!?

普通はすべてトップで決まる。日産のゴーン社長を引き合いに出すまでもなく、組織はトップ次第・・・。そんな当たり前のことが、先の記事のように、日本の企業でも、そして国の政治でも、既に崩壊しているようだ。
ポピュリズムに踊る日本の国民性も確かに問題だが、幾ら総選挙があったとしても、我々一般ピープルにとっては選択肢のない選挙となりそう。今度の選挙は白紙で出そうかな・・・。いや、白紙委任をするつもりもなく・・・。選挙不参加は、いいようにやられてしまうし・・・。
将来を担う子どもたちに、何とも説明が付かない現在の日本の大人たちである。

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2012年9月 6日 (木)

介護の話~「入院2年、老親の2000万がなぜ底をついたか」

先日買った雑誌「PRESIDENT」に、急な親の介護で、2年で親の2000万円の財産を使い果たしてしまった。という怖い話が載っていた。この話は決して他人事ではないのである。つまり「知らない」と、こんなことも起こり得る、ということ。少し長いが、こんな記事を読んで、少し勉強(復習)しておこう・・・。

入院2年、老親の2000万がなぜ底をついたか
母がタクシーで徘徊 一回で3万円超請求
“その日”は必ず訪れる。しかし、親が元気なうちに介護のことを考えるのは億劫だ。考えたくないことは考えず、中途半端な情報でタカをくくってしまう。
 それだけに、いざその事態に陥ったときの動揺は大きい。
「トラブルで食ってる僕ですら、ひどいものでした」――警察・医師・法曹界に幅広いネットワークを持ち、危機管理のコンサルティングを専門とする平塚俊樹・武蔵野学院大学客員教授(44歳)は、8年前、父親(当時73歳)が認知症となった当時をそう振り返る。今でこそ介護関係者の相談にも乗っている平塚氏だが、かつてわが身に起こった“親の介護”という突発時に、ベターな方策を選び続けるのは難しかった。
 父親が居宅の近所を徘徊するようになった頃、平塚氏夫婦は実家から車で30分程度の場所に自宅を購入していた。
 「当時はまだGPSを使った本人の位置確認ができなかった。言葉は話せても自宅に帰れなくなる、警察に保護され迎えに行く、という日々が続き、介護認定を周囲から勧められたんですが……」
 母親(当時67歳)がかたくなに嫌がった。父を自宅に閉じ込め、区役所の担当者が来たら「出ていけ」と邪魔をする。離れて暮らす実姉が母親の肩を待ったために家族ぐるみの大ゲンカ。そこで、母親が不在の間に、近所の人々や医師の協力を得て介護認定「3」を取得。デイケアと訪問介護を半々で続けた。
 そんなある日の夜中の3時頃、平塚氏の携帯電話に救急隊員から「今すぐ来てください」と連絡が入った。
 徘徊した父親が階段から落ちて、頸椎を骨折したのだ。そのまま労災病院の個室に運び込まれた。しかし、そこで「うちは介護病院じゃありませんから、看護師一人付きっきりにするのは保険適用外」と言われ、費用は実に月80万~90万円。しかも、「今の保険制度では、面倒を見られるのは3ヵ月だけ。次の病院を探してくれ」といわれた。
 ソーシャルワーカーとともに「まるで就活みたいに」あちこちの病院に電話をかけまくり、面接を繰り返した。ようやく見つけた介護専門の病院も、入居すれば月額30万~40万円。やはりリミット3ヵ月を言い渡された。
 困ったことに、父親は転倒時に通帳、財布、キャッシュカードを紛失していた。「銀行に行ったら、『本人じゃないから通帳の再発行はできない。本人を連れてきてください』。でも、父は病院から出られない。途方に暮れていたところで、両親と20年以上付き合いのあった銀行支店の融資係長が声をかけてくれた」
 幸い、その融資係長が気を利かせて代理人契約を結んでもらい、ようやく父親名義の預貯金を使えるようになった。
 このころから、母親の様子もおかしくなってきた。父親の面倒を見る平塚氏の携帯電話に、毎日一50回以上電話をかけてくる。生肉を食べ、冷蔵庫の中をすべて腐らせた。タクシーで何度も徘徊し、請求額が毎回3万円超……平塚氏は、ついに当時の勤務先を辞めた。
「介護休暇なんてなかった。母親を保護した警察から突然連絡があっても、有給休暇では対応できない。当然、営業成績は下がります。嫁は嫁で私が両親に時間の大半を取られているのが気に入らずケンカの毎日。もう辞めるしかないですよ。デイケアの方から『実の息子が面倒を見るのは珍しい』と言われました。サラリーマンだと、妻に丸投げする人がほとんどで、多くの夫婦が離婚に至るそうです」
 その次に見つけた有料の住居型老人ホームも月50万円。ようやく事の重大さを悟った姉夫婦が奔走、月35万円の老人ホームを探し出した。
「姉と連絡を取って、母親を『旅行だ』と騙して連れていきました」
 しかし、健康保険だけで2人で月5万円、住民税が3ヵ月に一度、約5万円も支払わねばならず、そこに医者の治療代や生活費も加わった。一児を持つ平塚氏の妻の病気入院も重なった。
 「僕が約300万円持ち出しました。いまだに借金が残ってます」
 その後、姉が苦労のすえ嫁ぎ先の地元の特別養護老人ホームでようやく空きを見つけた。が、「地元住民である」ことを示さなければ特養には入れない。そこで、姉が嫁ぎ先の実家にいったん父親を住まわせ、そこから特養に通わせる“儀式”を経てようやくそこに落ち着いた。
 「母についても同様の儀式をやってから、同じ特養に入れた。向こうの実家には本当に迷惑をかけました」
 約2年間の回り道。その間に、両親の預貯金2000万円を使い果たした。
「1番のポイントは、特養への申し込みの早さ。あるデイケアに、『こういうのは進行が速いから』と言われました。最初から特養に入れる準備をしないと、僕のような目にあいます。それでも、僕の場合は知己の医者がいろいろやってくれたから何とか破産せずにすんだ。それができない人は、自宅に両親を閉じ込めて、彼らの年金で食っていますよ」
 では“そのとき”に備えて、今のうちに何をやっておくべきだろうか。
 「まず、両親が元気なうちに、公証役場で任意後見契約を結んでおくんです」
 任意後見制度は、判断能力の不十分な人に代わって財産などを動かせる成年後見制度の一つである。
・・・・・・
次に、親と同じ金融機関支店の取引口座を持ち、普段から代理人契約のことを話し合っておくことだという。
「いざとなったら躊躇せずに代理人契約を結び、親の口座を凍結し、自分たちで銀行口座を管理できるようにしておく」
 最後に、「親が60歳を過ぎたら掛かりつけの医師をつくり、半年に一回必ず受診させ、自分も医師との人間関係を密にする」。そうすれば、親が外出できなくなっても、医師は本人不在のまま介護認定の診断書を書いてくれるという。
“知っている人”を知っておく重要性
・・・・・・
「軽いうちは『在宅』。少し重くなったら、昔の高専賃である『サービス付き高齢者住宅』や『有料老人ホーム』。ただ、月に最低20万円はかかるから、ここにいる間に、『特別養護老人ホーム(特養)』や『介護老人保健施設(老健)』に移れるよう押さえておく」
 こうした情報に詳しいのは、ケアマネジャーだ。「プロのケアマネなら、こうしたケアを全部やってくれるし、平塚さんのようなケースはまず起こらない。そういう“知っている人”を知っておくことが非常に重要です」。
 長谷川氏は「ケアマネジャーと主治医選びで運命が決まる」と断じる。
 「まず、市町村の窓口で介護保険の申請と地域のケアマネ探しを行うのが基本中の基本。社会福祉協議会(社協)のケアマネがいいともいわれますが、単純にそうとは言い難い。一定の水準は保証されていますが、半分公務員のようなもの。土・日に連絡がつかない場合も多い。かといって、民間のケアマネは情熱ある人も評判の悪い人もいて玉石混交。それに、ほかにいい選択肢があっても、自社で患者を抱え込む傾向がある。一長一短です」
 主治医については、多くの人は大病院の医師に頼みたがるが、肩書や名前で選ぶのは危険だという。
・・・・・・
「知らない」がゆえの悲劇を避けるには、早いうちから、正しいことを知るための真剣な努力を続けることだろう。」(雑誌「PRESIDENT」2012.9.3号p34より)

(本文全部のPDFはここ

もしシルバー族で、親の介護について、ここに書かれていることにビックリする人が居たら、良い機会なので少し勉強しておかないと・・・・・・
誰も、親の介護のことなど考えたくない。まあ考えなくて済めば、それに越した事はないが、それほど世の中うまく行かない。
昨日のニュースでも「認知症の高齢者が今年の時点で300万人を超え、平成14年時点の149万人から10年間で2倍に増加していることが24日、厚生労働省の推計で分かった。65歳以上の10人に1人が認知症を患っている計算になる・・・」と言っていた。

我が家の場合は、どちらかというとラッキーだった。最初にカミさんが母親のために、介護についての勉強や手続きをした。その前知識があったので(“知っている人”を知っていたので)、独居の伯母を特養に入れる際も助かった。それに加えてそれ以外の“知っている人”の知恵も借りて、昨年は自分の親もホームに入れる事が出来た。
自分たちの場合は、兄弟や嫁が居たので助かったが、ここに書いてあるように、「サラリーマンだと、妻に丸投げする人がほとんどで、多くの夫婦が離婚に至るそうです」という言葉が重い・・・。

キーワードは、何でもそうだが「あらかじめ」なのだろう。今は両親が元気でも、「“その日”は必ず訪れる。」のである。よって、いつ“その日”が来ても、直ぐに動けるように、“あらかじめ”行動予定を立てておく事が理想。
我々の経験から、実は“その日”は簡単に来てしまう。プロセスは実に単純。「転ぶ」⇒「腰や足の骨折」⇒「入院」⇒「(一人でベッドに括り付けられるため)認知症を発症」⇒「退院後行く場所が無い」・・・・・・
昨年、伯母に続いて今度は自分のお袋がこのセオリー通りに推移してしまった。老人の骨折は、防止がムリなのである。普通に歩いていても転べば骨折。転ぶな、と注意していても、それはムリ・・・。
つまりどの家でも「“その日”は必ず訪れる。」のである。

ま、こんな風に親の事を考えながらも、実はそれはつまり自分のことになるのである。
そろそろ自分も高齢者の仲間入り。あらかじめ自分自身の“転んで⇒骨折入院⇒認知症⇒どこに行く??”の予定表でも作っておくかな・・・・・・(トホホ・・・)

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2012年9月 4日 (火)

「知らぬは損 お金の時効」

先日の日経新聞にお金の時効の話が載っていた。あまり関係は無いが、いちおう頭に入れておこうか・・・・。曰く・・・(写真はクリックで拡大)

知らぬは損 お金の時効~素早く対応 証拠は保存
 知らないと怖いのが、お金を巡る様々な時効や期限だ。放っておくとせっかくの権利が消えてしまうことも少なくない。貸し借りや売買、相続問題など、様々な分野ごとの知識を身に付けておこう。
・・・
120904jikou  お金を巡る時効や期限の主なものは表A。他人に何かを請求できる権利を債権といい、民法では債権の消滅時効を原則10年、商法では商行為に基づく債権は原則5年とし、さらにいくつかの債権は特別の期間を決めている。個人のお金の貸し借りの時効は10年で・・・。
一部返済で望み
 しかし「時効完成後でも一部でも返してもらえれば、原則的に時効にかかわらず全額請求できる」(芝総合法律事務所の高木侑子弁護士)。
 民事の時効は債務の承認、裁判上の請求、差し押さえなどがあれば中断する。時効完成後も債務を一部でも返すのは原則、債務の承認にあたり、時効を主張できなくなるとされているからだ。もっとも男女間の場合「貸し借りではなく贈与とみなされることも多い」 (小野総合法律事務所の庄司克也弁護士。このため「一部でも返済があったときに、書類のほかメールや電話の録音などで『返したのは貸したお金の一部』などと借り主が債務の存在を認めた証拠を残すことが大事」(高木弁護士)という。
 表Aのように商売上の特定の品物の売掛金の時効は2年、飲食店のツケなどは1年と短い。「中小企業では売掛金の管理が十分でないことも多い」(鳥飼総合法律事務所の鳥飼重和弁護士。ただ時効が過ぎても客が「今後返します」などと認めれば時効は原則的に主張できなくなるのは、個人間と同じだ。
・・・・・・
借り物には無効
 では、例えば友人から時計などを借りた場合、20年が過ぎれば自分のものになるか。「借りたことによる占有は『所有の意思』にあたらないので取得時効にならない」(鳥飼事務所の竹内亮弁護士)
・・・・・・
 最後は相続。一定の相続人が法律上最低限もらえる取り分である「遺留分」が遺言で侵害されている場合「遺留分減殺請求」ができる。請求期限は「遺留分侵害を知ってから1年」(竹内弁護士)だ。
・・・・・・
 時効や期限の知識があっても「裁判は煩わしい」と諦める人も多い。請求額が60万円以下なら、弁護士などの代理人を立てずに自分でできる「少額訴訟」という制度(図B)も知っておこう。・・・・・・

少額訴訟なら審理1回で判決
 少額訴訟の手数料は訴えの額による。訴えられる上限金額(60万円)の場合、6千円。このほか数千円の郵便代がかかる。弁護士などに代理人を頼むこともできるが、法律知識120904jikou1 がない人でも自分で手続き可能だ。実際、少額訴訟の多くは本人が自分で行っている。訴状を出してから数カ月以内には審理が開かれ、原則1回で判決が出る。
 訴状を自分で書くのは無理と思いがちだが「貸金」「売買代金」「敷金返還」「給料支払い」などの案件なら、簡易裁判所にひな型の用紙がある。相談窓口で書き方を教えてくれる簡裁も多い。裁判所のウェブサイト「裁判手続きの案内」から、ひな型をダウンロードできる。」(2012/08/22付「日経新聞」より)

「金を貸せば友を失う」ということわざがあるように、普段の我々は、お金の借り貸しはほとんどしていない。あるとすれば家族間だ。マイホームなど多額の出費が伴う時は、家族間でお金を借りる事もある。でもまあ、そんなもの・・・・
そしてこれから出てくるのが、遺産相続という問題。もちろんマイナス遺産も含めて・・・。
これもウチはあまり縁がない。
ま、そんなわけで一般論的にはこの話題は、普通の人にはあまり関係無いのだが、素直に読むと面白い。
金の貸し借りは、10年で時効。でも一部でも返して貰っていれば、時効は無し…。飲食店のツケは1年・・・か。

他人はもちろんのこと、幾ら家族間でも、今日の“お金の時効の話”には、永久に縁がない事(貸し借り無し)を祈りたいものだ。

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2012年9月 3日 (月)

サラ・ブライトマンの「フィリオ・ペルドゥート」と映画「英国王のスピーチ」

繰り返し書くが、NHK FMは自分の知らない色々な音楽を教えてくれるのでありがたい。世の中の常識(超有名)な音楽も、その存在に気付くのは、どこかで聞く事が必要。もちろん誰かに教わる事もあるが、自分の場合はもっぱらFM放送から・・・・
先日、クラシカル・クロスオーバー集という番組があり、サラ・ブライトマンの「フィリオ・ペルドゥート」という曲を聞いた。
これはベートーベンの交響曲第7番 第2楽章の旋律を元にしているので、馴染みの曲。しかし、その交響曲が見事に化けて(?)いる。

<サラ・ブライトマンの「フィリオ・ペルドゥート」>

サラ・ブライトマンはイギリスのソプラノ歌手、女優であり、最も有名な「タイム・トゥ・セイ・グッバイ(Time To Say Goodbye)」は1996年の発売だという。つまり自分は15年も遅れている・・・・!?
120913brightman そこで、この曲が入っている「アヴェ・マリア~サラ・ブライトマン・クラシックス~」というアルバムと、一番売れているような「輝けるディーヴァ~ベスト・オブ・サラ・ブライトマン~」というアルバムをレンタルで聴いてみた。なるほど……

ところで「クロスオーバー」というのは、WIKIによると、“ジャンルの垣根を乗り越えて音楽性を融合させるスタイルを指す音楽用語”だそうで、クラシック音楽とポピュラー音楽がクロスオーバーした“クラシカル・クロスオーバー”は、このサラ・ブライトマンが老舗らしい・・・
自分は歌謡曲を他の歌手がカバーした歌も良く聞くが、クラシックをカバーした曲を聞くのもまた面白いもの。
ともあれ、今まで門外漢だったこんな新しい音楽をきくのも楽しい・・・。ぞっこん惚れ込む音楽に出会う事はもうほとんど無いが、1曲ずつでも自分のライブラリーが増えていくのは、自分の財産が増えていくのと同じ。まあ色々と聞きかじってみよう・・。

付録だが、ベートーベンの7番の2楽章と言えば、映画「英国王のスピーチ」(ここ)を思い出す。ラストシーン。ドイツへの宣戦布告を国民に伝えるスピーチで、バックに流れていたこの旋律は、身震いするほどの感動を覚えたもの。自信のない弱々しい音楽から、自信に満ちた音楽へ・・・・。まさに国王による宣戦布告を告げる音楽だった。
YouTubeにその場面があったので、聞いてみよう。日本語訳のスーパーがないけど、分かる??

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2012年9月 2日 (日)

「葬儀に明朗会計の波~定額プラン・低コストが人気」

新聞を読んでいても、葬儀の記事はつい読んでしまう。先日はこんな記事があった。曰く・・・(写真はクリックで拡大)

葬儀に明朗会計の波~定額プラン・低コストが人気
わかりにくいと何かと評判の悪かった葬儀費用の「見える化」が進んでいる。内容をわかりやすく明示した定額プランの人気を背景に、新規参入組が活気づく一方で、既存業者側は葬儀の質で勝負する。さて、葬儀費用の相場とは?

 南関東に住む60歳代の女性は、夫の葬儀の請求書を見てあぜんとした。「費用はトータルで約170万円」。業者にそう聞いて依頼したが、請求額は260万円。食事や返礼品に80万円かかったと説明された。
120902sougi  これは今年7月、国民生活センターに寄せられた相談だが、背景には業界特有の費用区分がある。
 ①祭壇やひつぎ、人件費など、葬儀そのものにかかる料金 ②会館使用料や搬送車両費③会葬者らの飲食代 ④お布施などの宗教費用――の4種類だ。業者は①を「葬儀一式費用」などと説明することが多く、②~④を加えた総額はその2倍前後になるのが一般的だ。
120902sougi1  こうした慣例に一石を投じたのが、イオンの葬儀紹介業への参入だ。ギフト売り場で客が葬儀費用に不満を漏らすのを聞き、2009年、価格と内容を明示したプランを提供し始めた。
 現在は約460社の葬儀業者と提携し、参加人数の多少で祭壇などに差をつけた六つの「フリープラン」(29万8千~148万円)を提供し、ホームページ上で公開している。
 プランに含まれているのは①だけだが、②~④については、個別のニーズに応じる形で目安を伝え、支払総額の見当がつくようにした。これまでに約4万3千件の問い合わせがあり、取扱件数は毎月、前年同月比で倍増のペースだという。
高額に疑問
 葬儀費用は下落が続いている。日本消費者協会の2010年の調査によると、一葬儀費用の総額は平均199.9万円。前回調査の07年(231.0万円)や前々回の03年(236.6万円)から大きく減った。
 「高い費用に疑問を持つ消費者が増えている」。葬儀会社ユニクエスト・オンライン(大阪市)の田中智也社長はそう語る。
 06年に起業。通夜・告別式なしの火葬式(17万8千円)や、通夜・告別式をする家族葬(49万8千円)など、葬儀内容をシンプルにして価格を抑えた3プランを発売。いずれも食事はなしで会館使用料などを含み、追加負担が一切ないのが特徴だ。価格には含まれないお布施も定額を明示している。
 今では年間の取扱件数は約1万件に達し、取扱金額は約40億円にのぼる。
 田中社長は「価格を精査し、葬儀の相場を浸透させたい」と意気込む。
老舗は「質」で勝負
 一方、老舗の葬儀業者は、低価格路線からは距離を置く。
 公益社を傘下に持ち、首都圏や近畿で48施設を展開する燦(さん)ホールディングス(大阪市)は、首都圏などで積極的に出店を進める。1932年創業の業界最大手で、年間約1万件を取り扱い、11年度の売り上げは182億円。
 料金プランという形では明示していないが、公益社のホームページ上には、過去の事例として、80万~320万円かかったケースが紹介されている(お布施など④を除く)。
 強調するのは葬儀の「質」だ。厚生労働省が技能を認定する「葬祭ディレクター」の有資格者は、業界最多クラスの211人。遺体を防腐処置し、生前の面影に近づける技術「エンバーミング」も01年に導入し、11年度は約4千件で実施した。遺族をサポートする会を03年に立ち上げ、葬儀後の心のケアにも取り組む。 鈴江敏一常務は「葬儀には故人の尊厳を守って送り、遺族の悲しみをいやす役割がある。そうした点を大切に顧客拡大を図りたい」と話す。(木村和規)」(2012/08/25付「朝日新聞」p9より)

人口ピラミッドから言って、これから段々と増えるであろう葬儀。それらについてどう考えるかは、身近に迫ってきた(?)シルバー族全員の課題。
しかし、とにかく葬儀は高い。特に家族が突然に亡くなったりすると、混乱の中であれよあれよと進んでしまう。そして残されるのが多額の請求書・・・・。
よって若い人ならともかく、還暦を過ぎた我々は、親はもちろんのこと、自分たち夫婦の事も、いつその時が来ても良いように、あらかじめ考えておくべきことなのだろう。

先日、NHKスペシャル「最期の笑顔~納棺師が描いた 東日本大震災~」を見た(ここ)。
傷んだ遺体を、生前の写真をもとに復元する納棺師の話である。カミさんのいわゆる“女子会”でもこの話がよく出るようだ。ある友人の話によると、亡くなったお婆さんに化粧等を施した貰った結果、生前よりも美人に蘇ったという。その結果、家族がその姿に大変に感動して、復元を頼んで本当に良かったという。
家族にとって、亡くなった時の顔は永く心に残るもの。その姿がキレイであればあるほど、美しく心に残る。つまりは、遺族はなるべくキレイな姿で旅立たせてあげたいもの。
そんな話題を元に、カミさんは強く言う。「自分の時は絶対に顔を復元して!苦しい顔のままでは絶対にイヤ」と・・・・

たぶん自分が先に逝くだろうから、このことはそのうちに次世代に伝えるしかあるまい。
段々とこんな話題が会話に出てくる世代に突入・・・なのである。

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2012年9月 1日 (土)

「女川原発の功績と教訓」

少し前だが、女川原発についてこんな記事があった。曰く・・・

 「女川原発の功績と教訓   編集委員 滝 順一
「あれほどの地震にもかかわらず構造物への影響が少ないのに驚いた」
 国際原子力機関(IAEA)のスジット・サマダー耐震安全センター長は10日、都内での記者会見で、東北電力の女川原子力発電所(宮城県女川町、石巻市)について、こう述べた。
 IAEAは19人の専門家からなる調査団を7月下旬から約2週間、女川原発に派遣した。昨年3月11日の大地震で生じた損傷を調べ、世界の原発の耐震安全に役立てる目的だ。
120901onagawa  女川には東京電力の福島第1原発とほぼ同型の3基の沸騰水型軽水炉がある。福島と並ぶ激しい揺れ(最大加速度567.5ガル)によって発電所に電気を送る5回線の送電線のうち4つが使えなくなった。残った1回線で所内の電力を維持、原子炉の自動停止後およそ10時間で3つとも冷温停止させるのに成功した。
 振動で電源盤がショートし火災が起きた。また発電タービンが傷ついたが、深刻な損害はなかった。耐震面で「十分な余裕があった」(サマダー氏)とIAEA調査団は結論づけた。
 海波はどうだったか。震災後広く知られるようになったが、女川原発の敷地は海抜14.8メートルと高かった。地震で地盤が1メートル沈み込んだが、高さ13メートルの津波をかろうじて防げた。
 取水口にある潮位計の配管を海水が逆流し、建屋にまで流れ込む想定外の事態はあった。しかし非常用ディーゼル発電機は無事で、万一の外部電源喪失に備えてスタンバイしていた。
 明かりがともった発電所は周辺住民の避難所になった。11日夜から発電所は津波で家を失った人たちの受け入れを始め、最も多い時には364人の人々が所内に難を逃れた。
 女川原発が福島第1に比べ高い場所に建設されたのは、東北電力副社長を務めた平井弥之助氏の進言とされる。津波の高さが約3メートル(後に9.1メートルに改定)と想定されていた時期に、平井氏は明治三陸津波や貞観地震の記録を踏まえ高い場所に建てるよう主張、反対を押し切って実現させた。
 自然災害への畏れを忘れない平井氏の設計思想は他でも貫かれた。新潟火力発電所(新潟市)の建設では、軟弱地盤に当時としては最大級のケーソン(箱形構造物)を埋め、その上に建物を置いた。同火力はマグニチュード7.5の新潟地震(1964年)を持ちこたえた。
 平井氏の後輩で、その仕事ぶりに詳しい大島達治さんの話では「地震で新潟火力が燃えているとの報道に接した松永安左エ門は『平井がつくった発電所が壊れるわけがない』と言いきった」そうだ。
 松永は戦前の東邦電力の社長。戦後は官の介入を嫌って民による電力供給体制の元をつくった。平井氏は松永の下で働いた時期があり信頼が厚かったとされる。平井氏が東北電力を辞めると、松永は自らが設立した電力中央研究所に迎えた。女川原発の設計時点で平井氏はすでに電中研の技術研究所長。社外の有識者として古巣にもの申した。
 原発を守った平井氏の設計思想と、丹念に耐震を施した今の東北電力の技術者の功績は世界に誇っていい。女川原発は震災後、防潮堤をさらに3メートル積み増す工事を終え、もう一段の耐震補強も計画している。
 しかし大震災を乗り切ったとは言え、女川原発が今後も運転を続ける十分な資格を持つかといえば、そこには難しい要素もある。女川にも弱みがある。
 牡鹿半島のほぼ中央にある原発まで3つの道路が通ずるが、地震の時は土砂崩れなどで寸断された。原発が仮に非常事態に陥った際、住民を逃がし、必要な人員や資材を送り込む輸送路が脆弱と言わざるを得ない。資材や人員を収容する敷地内のスペースにもそれほど余裕がない。
 震災直後、東北電力は避難住民のための食糧を運び込み、妊婦や病気の住民を送り出すのに空路、ヘリコプターに頼った。
 非常時のロジスティックス(後方支援)の問題は、女川に限らず、山がちな海岸線に建てられた日本の多くの原発に共通する弱点だ。福島第1は輸送路や敷地の広さではむしろ恵まれていたとすら言える。
 その福島もロジスティックスに苦しんだ。東電が公開したビデオ映像には、福島第2原発の増田尚宏所長が「給油が拒否された」「水がない」と窮状を訴える声が記録されている。
 事故収束に東電が調達した資材は小名浜港(福島県いわき市)やJビレッジ(福島県楢葉町)に積み上がった。そこから先へ運ぶ運送業者がおらず、東電自身がやるか、自衛隊などの力を借りるしかなかった。
 米国など海外の例に習えば、非常時の原発への物資輸送などに軍隊か、軍に準ずる組織があたれる体制が要るだろう。
 この点は政府などの事故調査委員会も共通して示唆する。IAEAの深層防護の考え方によれば、防護の第1~3層は炉心溶融などの過酷事故を避ける多重の安全対策で、そこは国内でも考慮されてきた。
 不十分だったのは、過酷事故発生後に放射性物質の放出を抑える対策(第4層)と、放出された放射能の影響を最小限にとどめる住民避難などの対策(第5層)だ。ここをやり抜く覚悟がなくては国内での原発維持は難しい。」(2012/08/20付「日経新聞」より)

どうも自分は思い込みが強いようで、先の東日本大震災で東北電力・女川原発が津波の影響をほとんど受けなかったのも、“たまたま”高台に設置されていたので助かった・・のだとばかり思っていた。しかしこの記事を読んで、それが偶然ではなく必然だった事を知った。

福島第一原発でも先の所長、吉田氏が現場指揮官としてクローズアップされた。イラ菅でさえ一目置いたという。この女川もそうだが。リーダーの個人名が出てくる場合、組織は強い。昔の松下幸之助や本田宗一郎、カルロス・ゴーンなどを挙げるまでもなく・・・・
東北電力には、その信念の人がいた、という。しかし東電ではそのような話を耳にしない・・・
つまり東電は、良く言えば組織全体での判断。結果、それは全員無責任体制につながる。個人に責任が帰着しないため、“みんなで渡れば怖くない・・・”式になってしまう。

日本の組織は、官民に限らず、過去の否定を極度に嫌う。特に自分を引き立ててくれた諸先輩を否定する事は出来ない。よって、過去のジャッジの追認に終始する。今回の原発事故でも、それが改善の機会を失わせたことは周知の事実。

米国でも大統領選が公式にスタートしたが、日本でも民主、自民ともに次期総裁選の話題が多くなってきた。特に自民党では、次期首相を期待して、色々な人の名前が新聞を賑わしている。
今の日本社会では、過去のしがらみを断ち切れる度量のあるリーダーが必要とされているが、さてそんな人は居るのだろうか。
女川原発の誕生秘話(?)を聞いて、“やっぱりな~”と思うこの頃である。

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