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2012年7月の28件の記事

2012年7月31日 (火)

2011年のシェア(市場占有率)(2/3)~自動車/住建/生活・食品・医療/サ-ビス/機械

先日(2012/07/30)の日経産業新聞に、毎年恒例の2011年のシェア(市場占有率)の記事が載っていた。今日は「その2」である。(出典:2012/07/30「日経産業新聞」P12~P15)

<自動車>~単位:%、( )は対前年比%
・乗用車(除軽) ①トヨタ45.0(-4.5) ②日産16.4(1.3) ③ホンダ15.9(-0.7) ④マツダ5.5(0.1) ⑤スズキ3.2(1.2)
・軽自動車 ①ダイハツ35.8(0.9) ②スズキ31.3(-1.2) ③日産9.6(1.1) ④ホンダ8.2(-1.1) ⑤三菱6.1(-0.2)
・輸入自動車 ①フォルクスワーゲン19.4(-2.5) ②日産19.3(6.7) ③BMW 13.1(-2.1) ④ベンツ12.7(-1.8) ⑤アウディ8.1(0.2)
・普通トラック ①日野38.3(4.5) ②いすゞ28.7(-5.3) ③三菱ふそう17.4(0.2) ④UDトラック(旧日産ディ-ゼル)15.6(0.6)
・二輪車 ①ホンダ51.4(2.5) ②ヤマハ23.6(-0.9) ③スズキ17.9(-0.9) ④川崎2.9(-0.1) ⑤ハ-レ-2.7(0.2)
・カ-ナビ(除純正) ①Pana.41.5(23.1) ②パイオニア31.5(9.6) ③富士通テン13.5(-3.2) ④アルパイン4.4(-1.1) ⑤JVCケンウッド2.0(0.2)

自動車は、タイから逆輸入するマーチが好調だった日産がホンダを抜いて2位に。普通トラックは、日野が排ガス問題を起こしたいすゞを抜いて1位に。

<住建>
・マンション ①三菱地所6.2(-0.2) ②野村不動産5.8(-0.1) ②三井不動産5.8(-0.1) ④大京5.0(-1.3) ④住友不動産3.5(-2.1)
・戸建て住宅 ①積水ハウス4.1(0.3) ②積水化学2.5(0.2) ③タマホ-ム2.4(0.3) ④大和ハウス2.4(0.1)  ⑤旭化成ホームズ2.3(0.2)

<生活・食品・医療>
・化粧品 ①資生堂23.2(-0.5) ②カネボウ16.7(0.2) ③コ-セ-9.9(-0.4) ④ポ-ラ8.6(0.0) ④花王6.4(0.1)
・台所用洗剤 ①花王36.7(0.2) ②P&G 30.0(-0.1) ③ライオン24.9(0.0)
・衣料用合成洗剤 ①花王41.1(0.1) ②ライオン31.8(-1.0) ③P&G26.4(0.5)
・シャンプー・リンス ①花王24.2(-1.1) ②P&G 19.9(0.1) ③資生堂16.5(-2.8) ④ユニリーバ16.3(-1.1)
・歯磨き ①ライオン30.3(-2.0) ②花王21.2(-0.1) ③サンスター18.8(1.2) ④アース10.6(1.1) ④小林製薬5.3(0.3)
・婦人服 ①ワ-ルド3.6(0.3) ②オンワ-トHD3.4(0.0) ③TSIHD3.4(-) ④イトキン1.7(-0.1) ⑤クロスプラス1.4(0.0)
・紳士服 ①オンワ-ドHD2.8(-0.1) ②三陽商会1.7(-0.1) ③レナウン1.6(-0.1) ④ワ-ルド1.4(0.1) ⑤ファイブフォックス1.1(-0.1)
・婦人下着 ①ワコ-ル34.0(2.0) ②トリンプ・インタ-ナショナル12.9(0.0) ③グンゼ3.7(0.0) ④シャルレ3.8(-0.1) ⑤セシ-ル3.2(0.4)
・ビ-ル系飲料 ①アサヒ37.9(0.4) ②キリン36.2(-0.5) ③サントリ-13.3(0.4) ④サッポロ11.6(-0.4) ⑤オリオンビール0.9(0.0)
・第三のビール①キリン37.0(-1.5) ②アサヒ25.7(1.2) ③サントリ-23.4(1.5) ④サッポロ12.9(-1.3) ⑤オリオンビール0.9(0.1)
・ウイスキー①サントリー55.6(-3.6) ②アサヒビール23.7(0.4) ③キリンビール8.5(0.2
・清涼飲料 ①コカコ-ラ28.4(-0.3) ②サントリ-21.9(0.3) ③伊藤園11.2(0.2) ④アサヒ飲料9.9(0.8) ⑤キリンビバレッジ9.7(-0.2)
・即席めん ①日清39.6(-0.4) ②東洋水産21.3(0.2) ③サンヨ-14.5(-0.5) ④明星8.3(0.0) ⑤エ-スコック7.7(-0.3)
・ハム・ソーセージ ①日本ハム21.2(0.0) ②伊藤ハム19.8(0.0) ③丸大17.1(0.1) ④プリマハム10.5(0.9) ⑤米久8.0(-0.2)
・冷凍食品①ニチレイ20.8(0.4) ②マルハニチロHD13.8(0.0) ③テーブルマーク13.0(-0.4) ④味の素冷凍11.9(-0.1) ⑤日本水産9.2(0.1)
・アイスクリーム ①ロッテ17.2(0.0) ②森永12.4(-0.3) ③グリコ12.2(0.0) ④明治10.7(-0.1) ⑤ハーゲンダッツ8.6(-0.1)
・ミネラルウォーター①サントリー25.1(-0.4) ②コカコーラ18.1(-1.5) ③キリンビバレッジ12.7(-1.0) ④アサヒ飲料7.4(2.0) ⑤大塚食品2.7(-1.5)
・医療用医薬品 ①武田7.6(-0.1) ②アステラ7.0(0.0) ③第一三共5.3(-0.3) ④田辺三菱4.4(-0.1) ⑤エーザイ4.2(0.0)
・総合感冒薬 ①大正29.7(0.1) ②第一三共19.0(0.1) ③武田11.3(0.5) ④全薬7.1(-0.1) ⑤エスエス6.2(-0.2)
・育毛剤・発毛剤 ①大正50.2(3.7) ②花王17.8(0.6) ③資生堂7.0(-0.1) ④第一三共6.8(-0.5) ⑤バスクリン2.8(-)
・ドリンク剤・ミニドリンク剤①大正39.8(-0.3) ②佐藤製薬11.5(-0.4) ③大鵬薬品8.8(0.3) ④武田6.7(-0.4) ⑤エスエス4.4(-1.0)
・後発医薬品①沢井製薬7.5(-0.1) ②日医工6.7(0.2) ③大洋薬品6.0(-0.1) ④東和薬品5.4(-0.1) ⑤ニプロファーマ4.7(0.2)

このジャンルはシェアの変動が少ない・・。マンションでは、三菱地所レジデンスが初の首位。前回1位の大京は4位。感冒薬は「パブロン」を持つ大正がトップ。

<サ-ビス>
・海外旅行 ①JTB 23.1(0.5) ②HIS 14.9(2.0) ③阪急交通10.6(1.1) ④近畿ツ-6.2(0.1) ⑤日本旅行6.0(0.4)
・国内旅行 ①JTB 23.2(-0.6) ②楽天トラベル7.3(1.2) ③日本旅行6.0(-0.1)  ④近畿ツ-5.8(-0.3) ⑤ANAセールス4.7(0.1)
・ホテル ①プリンスホテル9.2(0.5) ②東急Gr5.3(0.8) ③阪急阪神第一Gr 4.3(0.1) ④ホテルオークラ4.0(0.5)  ⑤ニューオータニ3.8(0.7)
・国内航空 ①全日空49.3(2.8) ②JAL 36.6(-4.0) ③スカイマ-ク7.6(2.3) ④エア・ドゥ2.3(0.2) ⑤スカイネット1.4(0.1)
・クレジットカ-ド ①三菱UFJニコス14.7(-0.5) ②三井住友カ-ド11.9(0.2) ③セゾン10.6(-2.4) ④イオンクレジット8.6(0.4) ⑤セディナ6.9(-0.4)
・電子マネー ①スイカ25.5(3.1) ②ナナコ25.4(0.3) ③ワオン24.2(0.5) ④楽天エディ15.8(-2.0) ⑤パスモ8.0(-1.0)
・人材派遣 ①リクル-ト6.4(0.6) ②テンプHD4.5(0.5) ③パソナ3.5(0.2) ④アデコ3.1(0.4) ⑤マンパワーGr 1.8(0.2)
・リース①三井住友ファイナンス10.7(1.1) ②三菱UFJファイナンス10.1(0.5) ③東京センチュリーリース10.0(0.1) ④オリックス9.3(1.1) ⑤日立キャピタル8.6(-0.7)
・ゴルフクラブ ①ダンロップスポーツ22.3(0.5) ②ブリヂストン14.4(0.0) ③テーラーメイド13.3(-0.3) ④キャロウェイ11.1(-0.6) ⑤ミズノ6.7(0.5)

電子マネーは僅差でスイカがトップ。

<機械>
・産業用ロボット ①安川20.2(-1.2) ②Pana  10.4(-3.1) ③川崎重工9.5(-0.5) ④ファナック8.2(2.7) ⑤不二越6.0(1.4)
・船舶 ①ユニバーサル13.3(-1.4) ②今治12.3(-1.7)  ③三菱重工9.0(1.0) ④幸陽船渠8.4(1.1) ⑤大島造船所8.1(1.0)
・フォークリフト ①豊田自動織機42.7(-0.3) ②三菱重工20.5(0.3) ③コマツ15.7(-0.7) ④TCM 9.0(0.6) ⑤日産6.8(0.0)
・腕時計 ①カシオ38.8(-0.3) ②シチズン34.9(0.9) ③セイコ-23.1(-1.3) ④オリエント2.0(-0.1) ⑤リコ-1.2(-0.2)
・太陽電池①シャープ32.3(-3.9) ②京セラ26.0(0.5) ③Pana23.0(-) ④三菱電機9.8(0.2) ⑤サンテックパワ(中)ー5.0(0.0)
(出典:2012/07/30「日経産業新聞」P12~P15)

*このオリジナルの新聞記事のPDFは(ここ=3MB)。

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2012年7月30日 (月)

2011年のシェア(市場占有率)(1/3)~エレクトロニクス/情報・通信・メディア

今日の日経産業新聞に、毎年自分が楽しみにしている日経恒例のシェア(市場占有率)の記事が載っていた。今年も2011年のシェアについて見ていこう。(出典:2012/7/30「日経産業新聞」P12~P15)

<エレクトロニクス>~単位:%、( )は対前年比%
・薄型テレビ①シャ-プ35.0(1.3) ②Pana23.5(1.3) ③東芝21.9(-1.1) ④ソニ-10.6(-0.9) ⑤日立4.5(-1.3)
・ブルーレイ・ディスク録再機①Pana37.6(0.8) ②シャ-プ23.4(-7.3) ③東芝20.0(8.0) ④ソニ-16.0(-2.0) ⑤三菱3.0(1.0)
・携帯音楽プレヤ-①ソニ-54.1(9.7) ②アップル38.6(-9.6) ③トランセンド1.9(-0.3) ④日立1.5(-) ⑤グリーンハウス1.9(0.1)
・ビデオカメラ①ソニ-31.0(0.9) ②JVCケンウッド29.5(5.4) ③Pana 25.5(4.5) ④キャノン14.0(-0.4)
・デジタルカメラ①キャノン18.3(-3.6) ②ソニ-16.3(1.6) ③ニコン14.3(0.5) ④オリンパス12.6(6.6) ⑤Pana 12.5(-2.7)
・デジタル一眼レフカメラ①ニコン25.4(-3.8) ②キャノン24.9(-7.2) ③オリンパス16.9(5.3) ④ソニ-15.5(2.2) ⑤Pana13.0(2.3)
・複写機・複合機①リコ-28.1(0.5) ②キャノン27.6(0.1) ③富士ゼロックス22.9(-0.3) ④シャ-プ10.3(0.1) ⑤コニカミノルタ8.7(-0.1)
・ルームエアコン①Pana26.7(2.0) ②ダイキン19.1(0.8) ③三菱12.2(-1.7) ④日立11.0(-0.8) ⑤東芝10.4(-0.2)
・洗濯機①東芝25.3(-0.8) ②Pana24.0(1.0) ③日立23.9(0.4) ④三洋13.0(-2.0) ⑤シャ-プ12.7(0.3)
・冷蔵庫①Pana24.3(0.3) ②シャ-プ17.8(0.5) ③日立15.8(-0.4) ④三菱14.8(1.2) ⑤東芝11.8(-1.6)
・掃除機①Pana26.7(1.6) ②日立21.2(2.2) ③東芝20.9(-0.1) ④三洋14.0(-1.5) ⑤シャープ12.8(3.0)
・IHクッキングヒータ①Pana52.0(0.5) ②日立25.1(0.8) ③三菱18.1(1.0) ④東芝4.8(-0.2)
(出典:2012/07/30「日経産業新聞」P12~P15)

薄型TVでは、2009年に東芝がSONYを抜き3位、2011年はPanaをも抜いて2位に浮上したが、2011年はPanaに抜かれて3位に。しかしブルーレイ・ディスク録再機では、東芝は8%シェアアップしてソニーを抜いて3位になった。
携帯音楽プレヤーでは、常勝アップルをSONYがとうとう抜いた。
デジタルカメラでは群雄割拠!?順位の入れ替わりが激しい

<情報・通信・メディア>
・携帯電話①ドコモ46.9(-1.6) ②KDDI 27.4(-0.2) ③ソフトバンク22.6(1.3) ④イ-・モバイル3.1(0.5)
・携帯電話端末①富士通17.9(0.6) ②アップル17.0(8.4) ③シャ-プ16.8(-6.0) ④Pana9.5(-2.2) ⑤ソニー8.9(1.5)
・パソコン①NECレノボ24.4(-) ②富士通17.5(-0.8) ③東芝12.1(1.4) ④デル9.1(-0.3) ⑤日本HP 9.0(-0.3)
・メモリ-カ-ド①東芝23.6(13.3) ②Pana 17.5(-1.1) ③サンディスク14.2(-6.2) ④ソニ-11.3(3.2) トラセンド6.9(-)
・インクジェットプリンタ-①エプソン46.2(3.5) ②キャノン37.2(-6.1) ③ブラザ- 9.0(2.4) ④日本HP 6.9(0.3) ⑤リコー0.6(-0.1)
・プロバイダー①OCN 19.9(-1.3) ②Yahoo!BB 11.1(-0.7) ③ぷらら8.2(-0.7) ④au one net(KDDI)7.6(-0.2) ⑤BIGLOBE 7.5(-0.4)
・光ファイバ-通信回線①NTT東42.0(0.0) ②NTT西32.4(0.1) ③KDDI 10.2(0.8) ④ケイ・オプティコム5.8(0.0) ⑤UCOM2.3(-0.2)
・ポ-タル・検索サイト①ヤフ-69.6(-0.1) ②グ-グル11.6(0.2) ③マイクロソフト3.7(0.2) ④NTTレゾナント 2.6(0.0) ⑤NECビッグローブ2.5(0.4)
・動画サイト①ユ-チュ-ブ54.6(-2.8) ②ニコニコ動画27.3(-0.3) ③FC2動画5.9(3.1) ④Gyao!など(ヤフー)4.0(0.3) ⑤Woopie2.2(0.8)
・家庭用ゲ-ム機①任天堂59.1(9.4) ②ソニ-39.8(-8.3) ③マイクロソフト1.1(-1.1)
・家庭用ゲ-ムソフト①任天堂20.8(0.6) ②バンダイナムコゲ-ムス16.3(4.7) ③カプコン9.4(-2.1) ④スクウェア9.2(-0.9) ⑤コナミ6.8(-1.7)
・出版①リクル-ト15.0(.1.4) ②集英社6.0(0.6) ③講談社5.1(0.0) ④小学館5.1(0.5) ⑤角川4.0(0.2)
・音楽ソフト①ソニ-ミュ-ジック16.5(-1.0) ②エイベックス13.3(-0.6) ③ユニバ-サル11.6(0.0) ④キング6.8(2.4)⑤ジェイ・ストーム6.0(-0.5)
・DVDソフト①ソニー・ミュージック7.4(-1.3) ②エイベックス6.9(-2.4) ③ジェイ・ストーム6.2(2.6) ④ワ-ナ-5.4(1.5)⑤フジテレビ3.8(-2.0)
・映画①東宝32.6(-3.2) ②ディズニー10.7(-3.2) ③ワーナー9.9(-1.0) ④東映9.2(2.7) ⑤パラマウント7.1(4.0)
・広告①電通25.2(1.3) ②博報堂10.0(0.4) ③ADK5.3(0.1) ④大広2.1(0.0) ⑤東急1.5(-0.1)
・サ-バ- ①富士通27.7(3.3) ②日本IBM 19.9(0.3) ③HP16.0(-0.4) ④NEC15.4(-1.2) ⑤日立9.2(-0.1)
(出典:2012/07/30「日経産業新聞」P12~P15)

携帯電話端末は富士通が初のトップになったが、アップルが突如2位に。2011年10月からKDDIでもiPoneを取り扱うことになったため激増。シャープ、Panaはスマホの苦戦で激減。
メモリカードは、東芝が倍増で1位に躍進。インクジェットプリンターはエプソンが完勝。

*このオリジナルの新聞記事のPDFは(ここ=3MB)。

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2012年7月29日 (日)

「シニアよ大志を抱け」

先日の日経新聞「大機小機」に「シニアよ大志を抱け」という記事があった。曰く・・・

シニアよ大志を抱け
 自由業や第1次産業に従事していれば60歳代はまだ働き盛りであるが、勤め人の場合はお役御免となる。しかしこの年齢の大方はまだまだ元気である。晴れて引退して一時は趣味や娯楽に興じても、いずれ有り余る体力と気力を持て余すことになる。そうなると「きょうよう」と「きょういく」が大事、すなわち「今日用事がある」「今日行く所がある」が大事ということになりかねない。
 今の60歳代は団塊かその上の世代であり、高度成長期以降の日本経済を支えてきたという自負を持つ半面、自分の子育てに十分な時間を割けなかつたケースも多い。
 あるいは、資産を形成する機会にも比較的恵まれ、年金の受給年齢になって、年金を受け取ることは当然という思いの半面、自分は今の若者に比べ恵まれているという、後ろめたさも感じているのではないだろうか。
 そうした複雑な思いを胸に、60歳代のシニアの多くは、社会との関わり方を模索している。自らの世界にこもるのではなく、まだ社会でやれる、やり残しがあるという思いで、機会があればこれまでと違う分野で、社会にもう一度貢献したいとの思いを持っている。
 実際、地域のボランティア活動や非営利組織(NPO)活動に従事している人も多い。しかし多くのシニアは、どうしたらそうした活動に参加できるのか、つてもなく、きっかけもつかめないのが実情である。
 今の現役世代は多忙を極め、多くの若者は豊かな社会の富を受け継ぐどころか、負の遺産を負うことになりかねない。今の日本の社会を立て直すには、現役の力だけでなく、シニアの活躍が必要である。シニアがボランティアベースで引き続き社会に貢献することが、日本社会の行き詰まりを打破し、日本社会に本来備わっている美徳を引き出すことにもつながるのではないだろうか。
 現役時代の仕事の枠を超えて知識や技能を社会に伝える。高齢化が急速に進むまちで、まちの機能やインフラの再編に知恵や調整力を生かす。場合によっては資金面でもまちづくりに貢献する。日本の若者だけでなく日本に来るアジアの若者に日本社会へのオリエンテーションをするなど、シニアの活躍が期待される場は多い。シニアが活躍する社会でこそ日本の次のステージがみえてくるのではないか。(追分)」(2012/07/20付「日経新聞」「大機小機」より)

この記事をどう読む?? 我々シニア世代には耳の痛い言葉・・・。
同期会の名簿を数えてみた。そろそろ65歳を迎え、まだ働いているのは3割程度。皆、“その後”の生活をどう過ごしているのか・・・
家族の介護に忙殺されている人もいるし、体力があるウチに・・と海外旅行三昧の人、腰痛など、病気で苦労している人、様々・・・
しかしエネルギーを持て余している人も、たぶん中にはいるだろう。それらの人たちが、ボランティアで大活躍・・・という話はまだ聞かない。

ふと、メールで紀行記を送ってくれる高校時代の同級生を思い出した。自分でお金を貯めては、一人で海外に行く(ここ)。
先日も、6月に行った上海、蘇州の旅行記がメールで送られてきた。Word版43ページの力作。彼は毎回、行く度にこのような旅行記を書いている。その内容が緻密。
どこにでも一人で行き、得意な英語、中国語、スペイン語などを駆使して、アバンチュールを楽しんでいる。
この人の例に比べ、自分などはまったくの “引っ込み思案”・・・・。ひとり旅行なんて、とてもとても・・・・。

チャンスがあれば、社会で活躍したい・・とは、多分みなが思っていること。しかし先の記事のように、そのキッカケを自ら探すのは結構大変なのである。つまり頭では分かっていても、体が付いていかない・・・・
何、自分? もちろんその“引っ込み思案”の代表格さ・・・・。でも家に居ても誰かにいじめられる可能性大なので、弱ったな・・・・・

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2012年7月28日 (土)

陸上自衛隊中央音楽隊の「スポーツ・ショー行進曲」

今朝の開会式からいよいよロンドン・オリンピックが開会した。それにちなんで、FM放送でマーチの特集があった。そこで聞いたのが、この「スポーツ・ショー行進曲」の全曲。
wikiによると、この曲はNHKのスポーツ番組のうち、大相撲とサッカーを除いた全スポーツ番組のオープニングテーマとして使われているという。作曲は彼の古関裕而。東京オリンピックマーチと同じである。

<陸上自衛隊中央音楽隊の「スポーツ・ショー行進曲」>

耳にタコができるくらい馴染みの旋律だが、それは最初の17秒、または25秒間だけ。全曲を聞いたのは、自分も初めてであった。
でもマーチは心が明るくなって良い。自分は子どもの時から好きだ。人生で初めて買ったレコードがマーチのソノシートだったことは前にも書いた(ここ)。それ以来の音楽人生なのだが、何度も書いているように、NHKのFM放送は自分に新しいCDを買うチャンスを与えてくれる。
今日の「スポーツ・ショー行進曲」も同じ。そう言えば、日本のマーチのCDは持っていなかった・・・と、また新しいCDを注文してしまった。
実は、前にも東京オリンピックの記事を書いたが(ここ)、同じ古関裕而の「オリンピック・マーチ」は大好き。よってちゃんとしたCDも持っていたいな・・・というわけ。

それにしても、今回のロンドン・オリンピックの開会式は、昔の大会に比べて様変わりした。ファンファーレも印象にない。あったのかな・・・。まあポール・マッカートニーが最後を絞める演出なので、スポーツの開会式としては、ちょっと・・・。自分は東京オリンピックの方が好きだな・・・

ともあれ、色々な競技が始まった。今、目の前のテレビに映っている女子サッカーの対スウェーデン戦も、90分を過ぎて、まだ両チーム点が入らない。あ・・・、とうとう引き分けた・・・・。延長は無いんだ・・・
でも、東京オリンピックで盛り上がった昔の女子バレーに比べると、サッカーは入る点が少ないので、どうも盛り上がりが難しい・・
まあ、こんなマーチでも聞きながら、暑いなか、日本を応援して楽しむとしよう。

(関連記事)
東京オリンピックの思い出

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<付録>~NHK「ザ・ベストテレビ 2012」
昨年も書いたが(ここ)、自分が毎年楽しみにしている「ザ・ベストテレビ 2012」が今年も放送される。
この番組は、「この1年の主なテレビコンクール最高賞に輝く名作ドキュメンタリー番組6本を、NHKと民放の垣根を越えて2日にわたり全編放送する」もの。
今回は5年目だが、自分は2年目から毎年見ている。毎回、さすがに賞を取るだけのことはある・・・と、感心しながら見ている。
今年の放送番組は下記の通り。もし良かったら、録画を・・・!?

<第1部>(BSプレミアム:2012年8月3日(金)午後3:00~午後6:00)
▽3:00放送文化基金賞『幾歳経るとも要心あれ~2011.03.11東日本大震災~』(IBC岩手放送)
▽4:05「地方の時代」映像祭『果てなき苦闘 巨大津波医師たちの記録』(NHK)
▽5:05日本民間放送連盟賞テレビ報道『年金不信』(朝日放送)
▽優秀賞・選奨受賞作品ダイジェスト

<第2部>(BSプレミアム:2012年8月4日(土)午後2:00~午後6:00)
▽2:00日本放送文化大賞『サヨばあちゃんの無人駅』(静岡放送) 
▽2:53文化庁芸術祭賞『ETV特集 ネットワークでつくる放射能汚染地図~福島原発事故から2ヶ月』(NHK) 
▽4:27ATP賞テレビグランプリ『ハイビジョン特集 北海道 豆と開拓者たちの物語』(NHK) 
▽優秀賞・選奨受賞作品のダイジェスト
 

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2012年7月27日 (金)

「敗戦の非を認めぬ監督」

ロンドン・オリンピックで、女子サッカーに続いて男子サッカーも第一戦で勝った。テレビのニュースでインタビューの場面を見ていても、男女とも“勝つぞ!”という執念が伝わって来るのが頼もしい。
先日の日経新聞の「フットボールの源泉」というコラムにこんな記事があった。曰く・・・

敗戦の非を認めぬ監督
 たった1ヵ月の滞在で決めつけてはいけないのかもしれないが、ウクライナ人はそう簡単に謝らない。
 欧州選手権の取材中、ドネツク空港でこんなことかあった。乗客を航空機に運ぶバスが途中で立ち往生した。どこを目指すべきかが分からなかったらしく、結局、ターミナルに引き返した。
 キエフ行きの飛行機は実は隣のゲートにつながっていた。普通なら航空会社の者がわびるところだろう。しかし、係の女性は頭を下げるどころか、この失態にひるみもせず、照れ笑いもしなかった。無表情のまま「こちらです」と促した。
 ソ連の崩壊に伴う独立からまだ20年余り。人々が自分の非を簡単に認めないのは、旧体制下の社会の影響なのだろうか。ウクライナの1次リーグ敗退が決まった直後のブロヒン監督の態度も、そのなごりの一部なのかもしれない。
 監督は敗退した責任については一切、言及しなかった。それどころか、地元記者による「きょうの試合の最後の30分は走れていない選手がいた」などの指摘でキレた。
「選手経験のある私に敬意を示したらどうなんだ。あなたはプレーしたことがあるのか?」「男だったら表に出ろ。一対一で相手をするから」。この恫喝(どうかつ)するような態度は醜くもあり、西欧のメディアに批判もされた。
 日本人監督だったら、こんな問答に至る前に「期待に応えられず、申し訳ありません」と口にしていたのではないだろうか。ウクライナに限らず欧米ではよくあることだが、非を認めたら、立場はどんどん悪くなり、再起不能に追い込まれる危険がある。日本の指導者や選手が敗戦後に責任を口にし、安易に頭を下げてしまうのは、それでも、しばらくすれば許される社会だからなのかもしれない。(吉田誠一)」(2012/07/17付「日経新聞」p32より)

スポーツは結果が全て。先の大リーグ松井の戦力外通告も、冷徹な結果に対するジャッジ。
一方、この記事を読むと、この監督は怖さを恫喝する事によって逃げていることが、良く分かる。
人間に限らず、動物は怖い物に対しては、過激に反応する。ウチの愛犬・メイ子も、散歩ですれ違うイヌたちに吠える。ケンカを売る。つまりは怖いのである。

さて今回のオリンピック。多くの期待を受けながら、なかなか結果を出せない人も多く出るだろう。
でも先の松井の宣告を受けた時の言葉、「・・・プレーする機会を与えてくれたことに感謝していたし、期待通り結果を残せなかったことを残念がっていた」(ここ)のように、日本人は例え負けてもオトナのコメントをするのだろう。
おっと、オリンピックはこれから開会式・・・。敗戦の弁よりも勝利の言葉の話をするべきだった・・・。

●メモ:カウント~315万

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2012年7月26日 (木)

「かわいい」とは何だ?

先日の日経新聞の「女と男のいい分イーブン」というコラムにこんな記事があった。曰く・・・

「“かわいい”とは何だ
大人の男に使うとは・・・ <50代既婚頑固系>
 「見て、あのおじさん、かわいい!」。こっそり指さして、同僚女性がささやくのを聞き一瞬、耳を疑った。「かっこいい」の間違いだろうと。だが違った。目をやればベンチに座り、つぶらな瞳で一心に読書する小太りの中年サラリーマン。お世辞にもかっこいいとはいえなかったからだ。
 「かわいい」という言葉は子どもや女性につけるものと思っていたが、近ごろの女性は大人の男も対象に入れている。それも若い女性に限った話ではない。職場の新人男性をつかまえて「あの子、かわいいわね」というのなら、まだわかる。だが、中高年男性にも「かわいくない?」と相づちを求められると、「どういう感性だ」と思ってしまう。しぐさがどことなく愛らしい。欲がなくシャイ。何人かの女性に真意をただすと、そんな雰囲気を漂わす中高年の男が「かわいいの範ちゅう」とか。
 先日、就活中の娘のエントリーシートを見て「話し言葉になっているぞ」と注意したら「かわいくない?」ときた。確かに言葉は生き物で、時代とともに変わる。だが「かわいい」ばかりでは、表現が貧しくないか。もっと言葉を選びなさい、女性陣!

大事にしたい思い 世界に <50代独身姉御系>
 ホテルの披露宴の打ち合わせで「かわいい料理に」と要望する新婦が多いそうだ。それを聞いた新婦の父親も「もっとかわいくしてやって」。今や「かわいい」は、おじさんも使う言葉になっている。
 「かわいい」が多用されるようになったのは、決して最近のことではない。さかのぼることうん十年前、私が“花の女子大生”だったころ、ショッピングに行くと、女友達がとがった感じの服やアクセサリーを指して、盛んに「これ、かわいい」と言っていた。
 その後「かわいい」は進化した。対象は食べ物、建物、そして人に広がった。とらえどころのない言葉かもしれないけれど、ただ通底するものはあるように思う。「愛すべきもの」なんて大げさではないけれど、ほんわかと「大事にしたいなあ」という思い……。
 自分に向けられることに抵抗を感じるのはわからないでもないけれど、自分たちも使うでしょう。それに「かわいい」はアニメなどを通じて、今や世界に通じる感覚ともいわれる。
 「かわいい」以外にどんな言い方をしてほしいの。素敵?かっこいい?照れるところはやっぱり……。」(2012/07/23「日経新聞」夕刊p7より)

現代、あらゆる所に「かわいい」がはびこっている。特に若い女性の世界は、「かわいい」が全てを支配しているように見える。

でも、果たして“若い”女性だけか? 否、“ベテラン”の女性も含めて「かわいい」がキーワードだそうだ・・・。男には良く分からない世界・・・・

犬を連れて散歩していると、すれ違う人に、何度も「かわいい・・・」と言われる。相手の人は、飼い主のことは見ないで、ただ犬をのみ見て、「かわいい」という。(飼い主(←自分)の姿を見ると、その言葉が(ウッと言って)出なくなるのかも知れない・・・)
カミさんに「なぜメイ子が褒められる?なぜだ?」と聞くと、「小さい」という意味での「可愛い」なのだという。つまり小さければ何でも可愛い・・・!?

その議論と、上の議論はかみ合わない・・・・
でも世の中、やっぱり「かわいい・・・」が支配している。

大きな声では言えないが、何を隠そう、実は我が家も「かわいい」が支配しているのだ。旅行に行って、土産を買うのも「かわいい」・・。家の中も「かわいい」で飾られている・・・。でも還暦が近い女性が「かわいい」を連発するのも、どんなもの? (まあ(どうでも)いいけど・・・)

今日のニュースによると、日本人の平均寿命が短くなったそうだ。特に女性は27年ぶりに1位から転落とか・・・
「厚労省が26日、発表した2011年の日本人の平均寿命は、男性が前年より0.11年短い79.44歳、女性が0.40年短い85.90歳と、男女とも短くなった。女性は85年以来、守り続けた長寿世界一の座から転落し、香港(86.7歳)に明け渡した。厚労省は、東日本大震災による死者の増加が主な要因で、そこに20代後半の女性の自殺率増加や肺炎など呼吸器系疾患による死者増も加わったと分析している。」(ここより)

ま、女性はいつまでも若く、生き生きしていて欲しいもの。その観点では、“熟女”になっても「かわいい」を追いかける若さ(!?)は、おおいに結構かも・・・・!?

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2012年7月25日 (水)

「いびつなWBC ただそう」

昨日の昼、会社の近くのそば屋に入って、ふとテレビを見たら、何とイチローがヤンキースに移籍だという。記者会見の場にスーツ姿のイチローの姿。こんなことが突然あるのだ・・・。
大リーグと言えば、先日の日経新聞「選球眼」というコラムに、こんな記事が・・・・

いびつなWBC ただそう 島田 健
日本プロ野球選手会が来年3月開催予定の第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に参加しない方針を決めたのは、英断だと思っている。
 2006年の第1回大会の概要が発表されたとき、ロゴを含めたユニホームを作成してくれて、各国・地域代表は選手を派遣するだけでいいというので驚いたが、その心はユニホームなどのグッズの権利まで全て、運営会社のWBCが一手に握るというものだった。
 大会のスポンサーに日本企業がなっても、その収入はすべてWBCに入る。
 一部の関係者は参加に反対したが「形はともかく世界一決定戦という試みには賛成」という王・ソフトバンク監督(当時)などの意見が大勢を占めて参加が決まった。不合理なところはこれから改善していけばいい、と甘く考えていた。
 WBCは米大リーグ機構(MLB)とMLB選手会が設立したもの。目的は米国内で頭打ちになった収入を、世界をマーケットとすることによって伸ばすことにある。そんな営利企業に対して条件の改善を求めても簡単には改まらない。日本への利益配分は優勝しても13%だった。
 「世界一」にしても春季キャンプ中に開催すること自体ふさわしくないが、米国チームなどは代表辞退が相次いで最強とはいえない布陣、週手たちも完全に調整のひとこまと捉えている。投手の球数制限などそれを表すものだろ
 世界一という題目に名誉を感じて日本や韓国はベストメンバーで戦ってきたが、米国での関心の低さは驚くほど。シアトルから来日した熱烈なマリナーズファンの米国人男性は「WBCなんて聞いたことがない」と語っていた。
 極端にいえば名前に踊らされてMLBの収入増に貢献してきた格好の日本選手。これからでも遅くはない。選手会には徹底抗戦してほしいと願っているが、どうなるか。(編集委員)」(2012/07/23付「日経新聞」p35より)

ワールド・ベースボール・クラシックでの不公平については、今まで何度となく報道もされてきた。前回大会でも、対戦組み合わせを一方的に決められてしまうため、同じ韓国と何度も対戦することになったり・・・。
しかしこの大会を、MLBとMLB選手会が設立した興行主による単なるイベント、と捉えると、全てのことが氷解する。決してこの大会は、世界が認めるオリンピックの代替大会では無いのである。よってそれに対しては、参加するかどうかを自主的に判断するしか無く、今回の決定は妥当なのだろう。

それにしても日本は、自主の判断は苦手で、世界大会のような名目が好き・・・。つまり自分たちの価値判断ではなく、外からの評価に一喜一憂する。それに踊る・・・。
つまり、世界遺産に登録されるとともに観光客が激増したり、高尾山のように、ミシュランに載るや、急に長蛇の列・・・・・。
日本人は、なぜこうも自分たちの価値観に自信を持たないのか・・・。海外に評価されると、なぜこうもたやすく自分たちの評価を変えるのか・・・・
そんな意味で、今回の選手会がWBCに不参加を決めたのは、“良くやった!”と、溜飲が下がる思い・・・。

何だって? 自分がWBCに詳しいのかって? いや、自分は典型的ミーハー。世の“一般ピープル”と同じく、勝ったと言えばワイワイするだけの立場・・・。ついでに言うと、この世界遺産の議論も、夕飯の時にカミさんが言っていた言葉のぽったくり・・・。(←カミさんに「また私の言った言葉を自分の考えのように使って・・」と文句が出そうなので、事前に白状・・・)

(2012/07/26追)
今朝のニュースでこんな報道があった。
「米大リーグのレイズが、松井秀喜外野手(38)に戦力外通告を行った。今後は10日以内に球団がトレードか自由契約にするかを決める。松井はチームを離れ、本拠地タンパへ向かった。松井は4月30日(同5月1日)にレ軍とマイナー契約、29日(同30日)にメジャーに昇格し本塁打デビューを飾ったが、その後は不振が続いていた。レ軍では34試合に出場、95打数14安打で打率・147、2本塁打、7打点だった。」(ここより)
イチローのパワーダウンとともに、最近の不振を伝えられていた松井も、とうとう・・・。今後松井はどうするのだろう。

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2012年7月24日 (火)

誰が犠牲になるか?~原発事故~「全面撤退?」の現場

今朝の日経新聞「春秋」にはドキッとさせられた。曰く・・・
「宗教学者の山折哲雄さんが日曜の本紙に連載中の「危機と日本人」に、頬をひっぱたかれたような気がしたことがある。その痛みが、きのう発表された福島第1原発事故についての政府事故調査委員会の最終報告を見てよみがえった。大切な話がやはり落ちている――。
政府に加え国会、東京電力、それに民間組織。それぞれの調査のなかで焦点になってきたのが「全面撤退か部分撤退か」だった。原発に危険が迫り東電が作業員の撤収を官邸に申し出る。それが最小限の要員を残した「部分撤退」を意味していたのか、事故現場をまるまる放棄する「全面撤退」のつもりだったのか、である。
東電は「部分」の意図だったと繰り返し、官邸は「全面」と受け止めたと言い張った。水掛け論のなかで「犠牲という問題が正面からとりあげられていない」と山折さんは指摘した(6月24日付)。現場に残る人は犠牲になるかもしれない。そうした危機的な論点は最後まで隠されたままだった、と山折さんは厳しかった。
出そろった4つの報告を並べても、例えば、ぎりぎりの場面で誰が他人に犠牲になれと強いることができるのか、東電社長なのか、首相なのか、そもそも強制はできるのか、答えは見つからない。突きつめて考えた跡もない。そして山折さんの矛先はメディアの報道にも向かっていた。頬の痛みがよみがえった理由である。」(2012/07/24付「日経新聞」「春秋」より)

先日のNHKスペシャル「メルトダウン 連鎖の真相」(2012/07/21放送)で、現場に残っていた東電の社員が、悲痛な当時の体験談を語っていた。「腹に鉛が入ったような感じ・・・」
ここで重要なのは、それを見ている自分が、まるで“他人事”だという点だ。
この記事で指摘しているように、誰が現場で死を覚悟して作業をするか・・・。先のチェルノブイリ事故でも、何の情報も与えられなかった現地の消防の人達が、知らないうちに被爆し、たくさん亡くなった。今回は、被爆の怖ろしさを皆が知っている・・・

今回の事故は、真っ先に米国が自国民へ避難指示を出したように、日本としては国の存亡まで考えざるを得ない事態だった。それを“救う人”は誰か・・・。否、“救える人”は誰か・・・

昨年3月15日未明、菅直人首相(当時)が東電に乗り込んで発言した中に、「60になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」という記録が残っている。
“俺”が現地に行って、どれだけの役に立つのか・・・。まさに戦時の竹槍戦法・・・

昔、「アルマゲドン」という映画を見た。大きな小惑星が地球に向かっている・・・。衝突を避けるために、小惑星に行って穴を掘り、内部で核爆弾を爆発させて軌道を変えなければいけない。これを実行するために石油採掘のスペシャリスト達が召集され、小惑星への着陸を試みる・・・
この映画では、“人類のために命を投げ打つ”と本人たちが覚悟して、そして志願して行った。

前にも書いたが、昔現役の時、東電柏崎に入れたシステムで品質事故を起こした。その時に東電に言われた言葉が今も頭に残る(ここ)。
「我々は、(原子力という)社会的使命をもって仕事をしている・・・・」
我々メーカーの、原子力に対する認識の甘さを指摘されたのだ。

相変わらず事故報告書では「全面撤退」が話題になっている。少なくても吉田所長以下の現場では、心の底では誰もが「逃げたい」と思っていても、一線で戦っている東電の担当者は、逃げる人はいなかっただろうと、昔の事を思い出しながら、そう思う。たぶん“志願”も必要無いほど・・・

ふと、菅直人首相の先の竹やり戦法の言葉を思い出し、現場の原子力に対する認識をあまりに軽視しての独善的な発言に、今更ながら、吉田所長以下の心中を察する。(もっとも責任は、説明不十分だった社長にあることは明白だが・・・)

(2012/07/25追)
今朝の日経新聞に、吉田前所長の記事があった。
事故直後、死を覚悟~福島第1前所長 吉田氏、ビデオで心境
 東京電力福島第1原発事故で収束作業の陣頭指揮を執り、食道がん療養のため昨年120717yoshida 12月に退任した吉田昌郎前所長(57、写真)が、復興をテーマに福島市で来月開かれるシンポジウムに、ビデオ出演することが24日分かった。
 事故直後の現場指揮官としての心情を一般に向けて詳しく語るのは初めて。約30分のビデオ映像で「原子炉の冷却作業をする人間は撤退できない」と死を覚悟していたことなどを明かしている。
 昨年3月に原子炉建屋の水素爆発が起きた後、部下たちが「現場に飛び込んで行ってくれた」。吉田氏は部下の後ろ姿に手を合わせて感謝していたという。
 政府事故調などで東電の全面撤退問題が議論になっているが「現場で原子炉を冷却する作業をしている人間はもう撤退できないと思っていた。本店にも撤退ということは一言も言ってない」と言い切った。3号機の水素爆発時は「これからもう破滅的に何かが起こっていくんじゃないか」と恐怖を感じたという。
 シンポは長野県小布施町の出版社「文屋」主催で8月11日に開かれる。吉田氏が療養中のため今月10日に東京都内でビデオを収録。原発事故処理を指揮する東電幹部のメンタルケアをし、吉田氏と親交のある人材コンサルタント、薮原秀樹氏と対談する形で行われた。」(2012/07/25付「日経新聞」p38より)

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2012年7月23日 (月)

「酒気帯び運転 厳罰化でこぼれ落ちたもの」

先日の朝日新聞「ザ・コラム」に、「酒気帯び運転 厳罰化でこぼれ落ちたもの」という記事があり、考えさせられた。曰く・・・

酒気帯び運転 厳罰化でこぼれ落ちたもの
            山中季広 社会部長
 労働法に詳しい弁護士から「日本で今もっとも気の毒な先生が信州にいます」と聞いた。軽い酒気帯びで懲戒免職とされた女性教諭が、復職を求めて提訴し、嘆願署名が4万人を超えたというのだ。
 長野県内の中学で17年あまり英語を教えてきた坪井香陽さん(42)。免職に至る経緯を当人に尋ねた。
 3年前の金曜の夜、自宅そばの居酒屋で焼酎の水割りを5、6杯飲んだ。妹の大病を思いわずらった時期で、幼なじみが「飲んで元気を」と誘ってくれた。車なら数分で行ける店だったが、行きも帰りも20分ほど歩いた。
 午前0時前に帰宅し、すぐ眠りについた。翌朝6時半に目覚めて、財布がないことに気付く。カード類以外に現金も1万7千円は入っていたはず。慌ててカード会社に電話して紛失届を済ませ、車で捜しに出た。昨夜の道を行き来したが見つからない。遺失物届を出そうと交番に寄った。
 財布の中身などを説明中、警官から予期せぬ言葉を浴びた。「お酒のにおいがしますね」。その場で呼気検査を求められた。応じると意外にもアルコール分0.3ミリグラムが検出された。「目の前が真っ暗になりました。朝もすっきり目覚め、二日酔いの症状は全然ありませんでしたから」
 校長に伝えると、すぐ自宅謹慎を命じられた。県教委から懲戒免職を告げられたのは3カ月後。退職金も支給されなかった。生活のため学習塾で教え始めたが、人生の急転がいまだ素直にのみこめない。
 「たしかに自分は愚かなことをしました。でも普通に生きている誰にでも起こりうることじゃないでしょうか。職を奪われるほどのことなのでしょうか。私と同じ目に遭った先生が全国に何人もいると知り、提訴に踏み切りました」

 この件をどう見るか。飲んだ翌朝早くに運転したのは、うかつと言えばうかつだっただろう。二日酔いを見逃さなかった警官も、職務熱心とほめるべきなのかもしれない。だが、はたしてこれは教諭を即座に失職させるほどの重罪なのだろうか。
 調べてみると、免職とされた教諭が教委を訴えた例は想像以上に多かった。うち秋田や横浜、佐賀、熊本などの例では教委側が敗訴している。それらの判決を地裁分と高裁分で計8件通読して気付いたのは、教委がどこもよく似た自縄自縛に陥っていたことである。
 きっかけは2006年夏、福岡市職員が起こした飲酒事故だった。焼酎やブランデーを飲んで追突し、前の車を海中に転落させた。犠牲になったのは1歳から4歳の幼児3人。飲酒運転根絶を求める声が高まった。各地の教委が「酒気帯びは即免職」とするルールを相次いで採り入れた。従来は「免職または停職」という選択ができたのに、よほどの事情がないと停職処分は採ることができなくなった。
 もうひとり、酒気帯びで免職になった先生に会った。神奈川県座間市に住む元県立高校教諭(62)。この人のケースも考えさせられる。
 飲んだのは4年前、同僚との忘年会だった。帰り道、小田急線駅前の駐輪場からバイクを押して自宅へ向け歩き出した。乗れば飲酒運転になるとわかっていたが、バイクは押すと重い。あたりは朝晩見慣れた住宅街で、次の角を曲がれば自宅もすぐだ。ふと気がゆるんでエンジンをかけ、座席にまたがった。50メートルほど行ったところで後ろから声がした。「停止して下さい」。警官だった。
 定年まで残り2年と3カ月だった。悩んだ末に提訴した。一審は「教員生活33年の実績を考慮せず、一律に免職としたのは重すぎる」。二審も「県教委の処分はあまりに機械的」と判示し、勝訴が確定した。

 日本の飲酒ルールはこのところ、とても厳しくなった。福岡の事故の悲惨さを思えば、進んで当然の厳罰化である。民間も例外ではなく、私の勤める新聞社でも若手記者が解雇されている。当時社内に賛否の意見があったことを思い、今月初め当人に取材をお願いしたが、残念ながら応じてもらえなかった。
 さて今回、職種ごとの懲戒基準を比べてみると、目立って厳しかったのが公立学校の教諭だった。警官や医師、国家公務員では、酒気帯びでも、事故さえ起こしていなければ停職で済まされる余地が大きい。
 何であれ、にわかに正義が高く掲げられると、大勢が厳格化の方向になだれを打って打ちすぎて、現場が自縄自縛に陥ることがこの国にはままある。「生徒の範たる教育公務員ゆえ高い飲酒倫理を」という理念はわかるが、一律に免職とするのはやはり硬直しすぎだろう。
 同じ酒気帯びでも、招いた結果に応じて責任を問うすべはないものか。初犯かどうか、事故を伴ったか、物損か人身か、当夜の酒か前夜の酒か、教員としての勤務実績はどうか。個別の事情ごとに処分を選ぶ仕組みがあれば、教委側の敗訴がこれほど続くこともなかったはずである。 」(2012/07/22付「朝日新聞」p8より)

この議論をどう読むか・・・。ルールはルールだから、血も涙もなく、問答無用で・・・。
殺人事件でも許される“情状酌量”は、教育の現場では一切必要ないのか・・・。

長い人生、一瞬“魔が差す”という事は有り得る。「魔が差す」を広辞苑で引くとこうある。
「魔が差す=悪魔が心に入りこんだように、ふとふだんでは考えられないような悪念を起す。」

これは誰もが経験する。しかし人によって、そしてケースによって大きく違って来るのは、“運が悪かった”か、“運が良かったか”・・・
そもそもスピード違反もそうだし、この酒気帯び運転も・・・。それが世の実態・・・。

しかしここまで人生を左右する事態となると、運が悪かった、だけで終える事は出来ない。そこにはやはり人間的な情状酌量のチャンスが与えられるべきだろう。

もう30年以上前の話だが、ある都市銀行で、3回遅刻したら地下室行き、つまり一線から外される、という銀行のルールがあると聞いた。長い人生、3回の遅刻で人生の落伍者になってしまう・・・。銀行はそんな所か・・とビックリしたもの。
それが今、教育現場にまで適用されているらしい。
何事も、厳罰で締め付けるのは、たやすい。子供を叱る時も同じ。厳罰を持って叱れば、叱る方は楽・・・。でもそれは教育ではない。
“人間を作る”教育現場で、“人間を壊す”ルールが鎮座している。何ともお手軽な手法で・・・。
大津市のいじめ事件に対する教育委員会のお手軽な対応も、同じ穴の狢(むじな)に見えるこの頃である。

(追)なお、自分の場合は、車通勤を30年間続けたが、飲んだ時は必ず車を置いて帰った。それは、飲酒運転でのリスクと、車で帰った時のメリットの差を判断すれば自ずと結論は出る。しかし、次の日の朝、となると、酒が抜けていたかどうかは自信がない。
でも思い返すに、飲んだ時はカミさんが必ず迎えに来てくれた。それで自分は、飲酒運転をしなくて済んだのかも知れない。その時々、車を置いて帰れないような色々な事情も有り得る。でも、カミさんとうまく付き合えれば、夜迎えに来て貰って、次の日の朝、送ってもらえれば、飲酒運転の必要性そのものが無くなる。飲酒運転の必要性を無くす・・・。これが秘訣かもね・・・

*上の話と関係無いが、今日会社からの帰り道、歩道橋の階段を降りながら、空を見たら、1段踏み外して転けた・・・。“運良く”捻挫までは行かなかったが、運が良かったのか、悪かったのか、なかなか判断は難しい・・・。(←特に老人は、階段を降りる時は、“絶対に”下を見て降りましょう!)

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2012年7月22日 (日)

デジタルラジオ~民放とNHK、協議本格化

先日の新聞に、デジタルラジオについての記事があった。(今日の記事は、自分用の備忘録・・・)

デジタルラジオ ~民放とNHK、協議本格化~設備投資の負担配分で溝
 民放ラジオ各局とNHKは、音声に加えて文字や画像を送信できるデジタルラジオ放送の開始を目指して協議を本格化させる。テレビ放送のデジタル化で空いた周波数帯を利用するもので、高音質な音楽も楽しめる。最大1000億円とされる設備投資を民放各局とNHKでどう負担するかが今後の課題になる。
 民放ラジオ局が加盟する日本民間放送連盟の井上弘会長は19日の定例記者会見で「デジタルラジオを実施すればどのようなモデルになるのか考えていく」と表明した。実現に向け「NHKとも定期的に意見交換したい」と述べ、関係者の合意形成が不可欠との考え方を強調した。
 17日に開かれた民放ラジオ主要局とNHK幹部による協議では、NHK側もデジタルラジオに前向きな姿勢を示した。ただ、設備投資についてNHKは「実際に使用する部分しか負担しない」と主張。民放各局も380億円の投資負担が上限としており隔たりがある。
 2000年度に2505億円だったラジオ局の広告収入は11年度は5割減の1247億円。高音質の音声に加え、文字データや画像を対応端末に送信できるデジタルラジオは広告価値を高める効果が期待できる。」(2012/07/20付「日経新聞」p11より)

Netでラジオを配信する時も、自分は非常に興味を持ったが、結果的には失望。つまり、自分の興味は、いかに高音質で放送されるか・・・。しかしネットラジオは、音質的には全くの期待外れだった。まあ伝送スピードもあるので、仕方がない。
それに引き替え、今回のデジタルラジオは、どのような位置付けとなるのだろう。

ふと、そう言えば前にも書いたことがあるな・・と思って、当サイトで「デジタルラジオ」で検索してみると、2011年2月7日付で「デジタルラジオ、130社が名乗り 13年実用化へ」(ここ)という記事があった。
1年半前の記事で、“13年実用化へ・・”だ。それが来年の13年を前に、未だにこんな議論。つまり、何も進んでいないという話。
これはラジオをデジタル化しても、ビジネス的にそうメリットがない、という事なのだろう。数字的にメリットがあれば、否が応でも進む。しかし放送側として、費用対効果としてメリットが見込めなければ、当然進まない。

各個人は、スマホであらゆる情報が手に入るようになった。それなのに、新たにデジタルラジオを買うだろうか?それともスマホに受信機能も入る??

自分は、当然高音質の放送を期待する。それだけがデジタルラジオへの期待値。でもたぶんそうはならない気がする。今のテレビもそうだが、デジタルになると昔のアナログ衛星放送のリニアPCMと違って、必ず圧縮が伴う。それは音質の低下につながる。でもそれを気にするのは、あまりに少数派。
よって、純粋に経済効果を考えると、“まあいつになってもスタートしないな・・・”と思ってしまう。
自分は、当面は今まで通りアナログFM放送を聞いていく。変に信号を圧縮するなら、この方が素直に聞ける。まあデジタルラジオがどんな信号で送られるのか、スタートの時期と共に圧縮形式も一応気にしておくこととしよう。

(関連記事)
デジタルラジオ、130社が名乗り 13年実用化へ

<付録>
これは本家・エムズさん(ここ)が、最近凝っている“アロマパウダーのケースの飾り”の写P10001501 真である。缶の上の絵柄を本家・エムズさん(←カミさん)が切り抜き・デザインし、自分がラミネートして、缶に貼り付ける・・・・。
これ以上、熱中しないことを祈る・・・。毎度付き合わされるので・・・・・。(写真はクリックで拡大)

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2012年7月21日 (土)

1997年発売のクラシックCDより(3)

今日は、前回(ここ)に続き、1997年発売の雑誌「レコード芸術」の付録のサンプルCDより、少し毛色の変わった楽曲を聴いてみよう。

<作者不詳(伝承曲):「諸人こぞりて」>
 ヒリアー指揮:シアター・オヴ・ヴォイシズ

我々には、いわゆるクリスマス曲だが、何かホンモノの歌を聞くと、姿勢が正される。

<フォスター(ドヴォルザーク編曲)「故郷の人々」~バリトン,合唱,管弦楽のための
 ウッドリー(Bs-Br) リッチマン指揮

何よりも、ドヴォルザーク編曲、というのが気になった。言うまでもなく、ドヴォルザークは新大陸・アメリカに渡って「新世界交響曲」を作曲した、アメリカには縁の深い作曲家。

<シューベルト(リスト編曲)「魔王」> 
  ヘルマン・プライ(Br)岩城宏之:指揮:オーケストラ・アンサンブル金沢

これも、リスト編曲、というのが気になった。リストが管弦楽曲をピアノに編曲したのは良く聞くが、これはピアノ伴奏曲をオーケストラに編曲している。

<ワーグナー「ジークフリートの葬送行進曲」>
  フルトヴェングラー指揮:ウィーン・フィル

これは疑似ステレオである。ホンモノのクラシックファンなら、いくらフルトヴェングラーでも、疑似ステレオなど歯牙にもかけない。でも自分は、モノラルで聞くよりステレオで聞く方がフィットする。
フルヴェンの交響曲の疑似ステレオは良く聞いたが、オーケストラ曲の疑似ステは珍しかったので挙げた。

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2012年7月20日 (金)

お江戸の“時間”・・・「お江戸と今」

先日の日経新聞の「プロムナード」というコラムに、江戸時代の時の流れについての話があった。曰く・・・

「お江戸と今  畠中 恵
 小説で江戸ものなどを書いていると、いにしえの時と、今の違いを大きく感じる時がある。
 私が今でも、不思議に感じているのは、時刻の違いだ。
 昔は、不定時法だった。つまり、今のように、一時間が一定の長さではなかったのだ。昼間は、夜が明けてから、日が暮れるまでの時間を、六等分する。夜も暮れてから明けるまでの間を、六等分する。つまり、一時間の長さが、季節によって変わっていくわけだ。
 時をもっと細かく区切ったり、数字や、酉(とり)の刻、亥(い)の刻などと呼んだりもする。今でも丑(うし)の刻参りという言葉が、馴染み深いものとして残っている。
 それにしても、一時間が延びたり、逆に短くなったりして、毎日の暮らしに、支障はなかったのだろうか。夏は、寝る時間が随分と短かった筈だ。暗い時間が短ければ、それを等分した一刻は、当然短くなる。
 対して冬は、七時を幾分過ぎてから日が出て、五時頃には早々に暮れてくる。その差は四時間ほどもある。
 今、夏だから夜の時間を四時開削りまーす、と言ったら大変な事になるだろう。
 まず、直ぐに困るだろうと思うのは、テレビ番組だ。季節の移ろいに従って、一時の長さが変わった場合、例えば連続テレビドラマの、実際の放送時間が、季節によって、長くなったり短くなったりする訳だ。
 別の季節に、再放送をするのは大変だろうな、などと思う。番組変更があって、放送日が伸びると、番組の放送時聞か合わないという、困ったことになる。
 もっと深刻な問題も、あれこれ考えられる。
 工場で物を作る場合、一つの品物を組み立てるのに必要な時間、これは季節にかかわらず変わらない。となると不定時法の場合、夏と冬では、生産性が違ってきてしまうわけだ。外科手術も困る。必要な時間を示すのが、難しいだろう。
 現在だと大いに困ると思われるのに、昔はどうして不定時法でやっていたのか。大きな理由として、日が暮れたら現代のように、簡単に明るくは出来なかった。随分とお金がかかったのだ。
 家々では照明器具として行燈(あんどん)を使ったが、余り明るくないそれを点けるのにも、結構金子がかかった。蝋燭は高級品だ。よって江戸のお店勤めの者達は、夜明け前に起きだし、支度をして、明け六つ、つまりお日様が出ると共に店を開けた。江戸の商店街は、今とは比べものにならないくらい、開店が早かったのだ。
 もっとも、暮れると共に店の大戸を下ろす店も多かった。今よりもぐっと、夜、終わるのも早かったのだ。
 もし今、不定時法だったら、テストは夏に受けたい。お説教は冬の昼間に限る。遊びに行くのなら、夏がゆっくり出来ていいと思う。あれこれ勝手な考えは浮かぶ。
 それにしても、江戸の時は鐘の音が知らせるものだが、皆、ちゃんと聞き漏らさず数を数え、時刻を承知していたんだろうか。
 腕時計もない上、そもそも毎日、時間は伸び縮みしていく。正直に言えば、適当に考えなきゃ、やってられなかったのではないか。秒や分など、意味を成さない時の流れが、江戸にはあったはずだ。
 のんびり、まったり。ちょっと羨ましい。(作家)」(2012/07/13付「日経新聞」p7より)

現代のように、照明が当たり前の世界から見ると、江戸時代の時刻制度は不可思議に感じるが、電灯が無い世界、と仮定すると、人の活動は日が在るうちに限られるのは理解できる。夜は寝るしかないのだ。すると、日の在るうちの真ん中が昼・・という定義は何か理解できる気がする。
しかし江戸時代は、何よりも時間の流れがゆったりしていたのだろう。秒刻みで動く必要も無く、時間に追われることもなく、“だいたい”なので平和・・・
時間に正確な日本人は、世界的に見ても少数派らしい。つまり、時間に対する感覚は民族によって大分違い、イスラムの世界ではもっと大雑把だとも聞く。すべてはアッラーの思し召し・・・。それも文化。

話変わって、この文を別の視点から眺めてみよう。現代の時間感覚から見ると、江戸時代の時間感覚は問題だらけなのは良く分かる。しかしこの文で面白いのは、他愛ない想像が次から次に出てくること。作家という商売はこれでなくては勤まらないのだろう。小説家は、頭に浮かぶシーンをどんどん文章にしていかないと小説にならない。それでこんな話題も、つい筆が走ってしまうのか・・・? 想像が想像を呼ぶ世界・・・

小中学校は、明日から夏休みらしい。夏真っ盛り・・・・
ところで、今頃の夏至の頃の昼は、一刻(いっとき)が約2時間40分だという。冬至の頃の約1時間50分に比べると、5割近く長い。
我々現役リタイア族も、夏休みの子供たちと同じく、昼を有意義に過ごしたいものだが、でもこんなに暑くては、なかなか・・・・
今日は暑さが一服しているが、もう秋が恋しいシルバー族ではある。

<付録>
関係無いけど、我が家の玄関と、玄関の飾り棚・・・。今、カミさんは“花の乾燥”に忙しい・・。(写真はクリックで拡大)

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2012年7月19日 (木)

昔の機器の電解コンデンサを取り替えて失敗した話

今日は失敗談の話である。つまり、世の中、そうそううまくは動かない・・・という話。

アナログプレヤーが廃れて久しい。しかし、未だにCD化されていなくて、LPレコードしか音源が無いものもある。自分が愛してやまない「モラヴェッツの月光」(ここ)や、「フルトヴェングラーの運命の疑似ステレオ盤」(ここ)などもその部類・・・。
ウチのプレヤーのカートリッジはMCタイプ。よってプリアンプにつなぐには増幅してあげる必要がある。昔、テクニクスの「SU-300MC」という、当時1万円ほどしたMCプリアンプを買い、それを使っていた。しかし如何せんLPレコードなど聴かない。2年ほど前、CDが手に入らない森田童子のLPを買ってから、LPの音源のデジタル化を少しした(ここ)。
その後、MP3ではなくてSONYのNAC-HD1を使ってPCM録音を集めているが(ここ)、この運命もNAC-HD1に取り込もうとして、ふと考えた。
数十年(?)放って置いたMCプリアンプは、2年ほど前に使った時、しばらく電源を入れておかないと、動かなかった。つまり電解コンデンサがへたっている。でもまあ動くようになったので、放って置いたが、せっかくなので電解コンを新品に取り替えてみる気になった。
それで秋月電子に部品を発注。送料込みで1000円程度で送られてきた。それで今日、電解コンを取り替えてみた。
それと、実はこのプリアンプは単1電池が6個必要。よって、いざ使おうとすると、単1電池が無い・・・。意外と単1は日常生活で使わないのだ。それで今日、ジョイフル本田に行った時に模型コーナーに寄って、単3電池を8個直列につなぐアダプターを買ってきた。それで、±4.5Vを外部から供給できるようにした。これで単3電池で動く・・・
それで久しぶりに“工作”した結果がこれ・・・。電解コンの交換前と交換後の写真だ。(写真はクリックで拡大)

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さて、プレヤーにつないで音を出す。何かおとなしい音・・・。特性は当然改善されているはずなのに・・・・。特に高域の改善を期待していたが・・・・・
比較のために、CDと前の状態でのLPの録音がある「森田童子:さよならぼくのともだち:東京カテドラル教会聖マリア大聖堂録音盤」をサンプルとして周波数特性を調べてみた。そして「Audacity」というフリーソフトで解析した結果がこれ・・・。
左から「CD音源」「前のMCプリアンプ」「今回電解コンを交換したMCプリアンプ」

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画面を切り替えて見るとよく分かるのだが、何と“改悪”になってしまったのだ・・。9KHzで見ると、CDに対して、前の状態は3dBほど落ちている。しかし今回電解コンを取り替えた結果は、9KHzで、何と6dBも落ちてしまった。

前に、KENWOODのFMチューナー、L-02Tのオーバーホールをメーカーに頼んだ時(2台のうちの予備機)、自分が「電解コンを全部取り替えてくれ」と言ったのに対し、サービスマンは、「壊れているなら別だが、せっかく動いているのに、下手に部品を取り替えると、かえって音が悪くなる可能性がある」と言って、取り替えてくれなかった。
その前の時は(現用機の時)、部品ひとつ取り替える毎に、音質を確かめながら交換していると聞いた・・・(ここ)。
つまり、「容量抜けした電解コンを交換して、状態が悪くなるはずがない」という理屈は通らなかった・・・。つまり、原理的には最初の状態に戻すだけなので、悪くなるはずがない・・という自分の思い込みは、通らなかった。理由は不明・・・・・

オーディオ機器はナイーブ。単に設計図通りに部品を交換したから良い、というものではないようだ。今回もオーディオ用の電解コンを使ったので、悪くなるはずが無い、という自分の思い込みは見事に打ち砕かれた。仕方がないので、昔の電解コンに戻そうかな・・・・
世の中、何でも思い通りには動かないものである。

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2012年7月18日 (水)

トヨタ出身・NHK 金田前専務理事の話~NHKとトヨタの企業風土・・

先日の朝日新聞に金田新・前NHK専務理事の記事があった。曰く・・・

NHK 自らの使命議論を トヨタ出身・金田新・前NHK専務理事
 NHKが不祥事にあえいでいた2006年、トヨタ自動車の経営手法を改革に取り入れたいとの求めに応じトヨタ専務からNHKへ転身した金田新・前専務理事(64)が先月、古巣に戻った。逆境のただ中に身を投じて5年7カ月。海外経験も豊富な氏の目に、この国の公共放送はどう映ったのか。
評論家多く 会議だらけ
 制作現場は、「カイゼン」で有名なトヨタによく似ているという。設計図通りに番組ができることはなく、現場に委ねる度合いが大きい。実際、NHKには「番組の品質保証のために命をかける連中がいた」。
 一方で、強い現場が林立して党派性を帯び、「NHKのために」との発想が薄いのが気になった。生産するのが社会的価値で、今月いくらもうかったのかわからない特殊性ゆえか「中間管理職が、自らトップになったつもりで意見具申をしない。評論する人間は大勢いるんですが。トヨタでは『会社はこうすべきだ』と言わない部長は怒られます」。
 煮詰まっていない議論が理事会に上がってくるため、とにかく会議だらけ。「参加者より、見ているだけで何もしないギャラリーの方が多いほど。これはゴルフなのかと」
 指揮命令系統の弱さには驚いたというが、それゆえに、番組の多様性が担保されるという見方もできるのでは? 「いや、僕は創造性を管理する高度な経営がNHKにはあっていいと思うんですよ」・・・・・」(2012/07/11付「朝日新聞」p16より)

この記事を読んで、別にNHKを論じるつもりはない。ただ「トヨタでは『会社はこうすべきだ』と言わない部長は怒られます」という文に反応しただけ。

良く言われるように、会社は課長級が動かしている。課長はまさに前線の特攻隊長。それが元気なウチは安心。しかし課長級がマンネリ化してくると、会社は危ない。
課長は、会社側の管理職として両足を会社に突っ込んでいる。その反面、何人もの部下を抱え、その人事権を持ちラインを動かす。つまり部下の面倒を見なければいけない。まさに企業の中心。
それに引き替え、部長級以上は気楽なもの!? 現場から離れ、いわゆる管理と称してただ御神輿に乗っかっているだけで勤まる可能性も・・!?
しかしトヨタの場合は、そんな甘い話は無いと言っている。部長級は、自部門だけでなく、会社全体を視野に、大きなビジョンを語れないと生きて行けないようだ。
しかしこの話は、自動車という単一の製品を作るという特殊な企業風土(?)だから可能なことかも知れない。普通のメーカーは多種多様な製品を作っており、隣の部隊の製品は、技術的にも話に入り込めないのが普通。
でもそれは、実は言い訳・・・。

若いサラリーマンは、いつ何時隣の部隊の隊長になるかも知れない、という気概で、自部門の殻に閉じこもることなく、常に周囲で行われているビジネスの情報収集、勉強に励んで欲しいもの。
自分自身、現役当時は御輿に乗って、NHKと同じようにただ連日の会議に出ているだけで仕事をしていた、と錯覚していたかも・・・。そもそも会議は報告の会議ばかりで、決める会議はほとんど無かったように思う。まあそんな事もあり、今更ながら、自分自身、あれ以上出世しなかったのも当然だったな、と思うこの頃である。
自戒を込めて読んだ一文ではあった。

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2012年7月17日 (火)

「常に観察すべき五つの真理」(6/6)~まとめ

前回(ここ)に引き続き、日本テーラワーダ仏教教会から出ている「常に観察すべき五つの真理」という冊子を読んで行こう。

常に観察すべき五つの真理
     アルボムッレ・スマナサーラ長老
・・・・・
        *       *       *
 これで、観察すべき五つの項目の説明は終わりました。この五つの項目を暗記して、常に念頭において生きてみてください。これが人間の生き方の基盤になるものです。これは超越した仏陀の智慧で語っていることですから、実践してみればその結果はすばらしく、この上ない結果が体験できるでしょう。
 私たち凡人の能力では、いくら踏ん張っても「どのように生きるべきか」という問題にたいする答えを見出すことはできません。ちっぽけな脳細胞でなんとか考えるだけで、それまた個人的な捏造した知識ですから、いくら考えても偏見にしかならないのです。偏見をなくそうと考えると、それもまた偏見になります。偏見で偏見をなくそうとするのだから話しにならないのです。
 歴史上、世界には多くの哲学者や思想家たちが現れましたが、「人間はどのように生きればよいか」という問題にたいする答えは、お釈迦様以外だれも見出せていません。なぜ見出せないかといいますと、それは人間が考える方向で出てくるものではないからです。「神を信仰しましょう」とか「神の定めを守りましょう」、それはややこしいから「ただ神を畏れて生きましょう」などと言う人もいますが、そういうのは単なる信仰にすぎず、真の生き方ではないのです。
 俗世間の知識では「生きるとは何か」「なぜ生きるのか」「どのように生きればよいのか」ということを発見することはできません。俗世間のレベルで考えますと、金持ちになることや出世して会社の社長になること、長生きすることなど、そういうものなら簡単にモットーになるでしょうが、「私は死ぬものであると観察することが生きるモットーになる」ということは、とうてい理解できないと思います。
 したがって、お釈迦様が説いたこの教えを理解するのはとてもむずかしいことです。お釈迦様はシンプルに語っていますが、これは人間の知識レベルを遥かに超えた真理の教えなのです。」(日本テーラワーダ仏教教会「常に観察すべき五つの真理」より)

以上5回に亘って読んできたことをまとめると、
1.私の本質は老いることであり、私は老いを乗り越えていません。
2.私の本質は病むことであり、私は病いを乗り越えていません。
3.私の本質は死ぬことであり、私は死を乗り越えていません。
4.私の好きなもの、愛着しているものすべては、私から別れ、離れていってしまいます。
5.私は業そのものであり、私が相続しているものは業であり、私を生んだのは業であり、私の血縁・親類者といえば業であり、私の拠り所になるのは業であります。私が何か行為をするならば、善であれ悪であれ、私はその結果を相続します。(意訳)(
ここ~より)

実は、この冊子のPDFが日本テーラワーダ仏教協会のサイトにあったのだ(ここ)。それによると、これは「常に観察すべき項目の経典」という経典の解説だそうだ。
ふと思い立って、この「日本テーラワーダ仏教教会」のホームページをあちこち覗いてみた(ここ)。
それによると、この協会は、「日本テーラワーダ仏教協会(宗教法人 東京都渋谷区)はお釈迦さまの直接の教えである「テーラワーダ仏教」(上座仏教。パーリ語で「長老の教え」の意)を学び、伝えるために設立されました。スリランカやミャンマーなどから派遣された長老)方のご指導のもと、一人ひとりの「こころの成長」につとめ、多くの方々にお釈迦さまの教えを知っていただくことを目的に、東京幡ヶ谷のゴータミー精舎を中心に日本各地で活動しています。」とある。

このHPには、色々な説法の音源ファイルや冊子のPDFなどが数多く掲載されている。日頃あまり接することのない上座仏教の世界。この充実したサイトを読むだけで、かなりの知識が得られる。
そのうちに、ゆっくりと研究してみたいサイトである。
それにしてもお釈迦さまの世界は奥深い・・・・。

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2012年7月16日 (月)

ピアノの超絶技巧録音~シフラとホロヴィッツ

今日は、ピアノの超絶技巧録音の紹介である。先日、NHK FMでこんな曲を放送していた。シフラとホロヴィッツの録音。
まずジョルジュ・シフラの1954年録音による「熊蜂の飛行」から・・・。

<リムスキー・コルサコフ作曲、シフラ編曲「熊蜂の飛行」:ジョルジュ・シフラ(pf)>

この録音は、決して早送り再生をしているわけではない。この曲は、ものすごく速い指使いで有名な曲だが、それにしてもシフラが自分の編曲で演奏しているこの録音のスピードは凄まじい。
自分なりにテンポを取っていると、少しヘンな場所もあるが、よくまあこれだけ手が動くもの。それにピアノという楽器も良く追従している。

次に彼のウラディーミル・ホロヴィッツの演奏。

<スーザ作曲、ホロヴィッツ編曲「星条旗よ永遠なれ」:ホロヴィッツ(pf)>

この録音は1950年というから、ホロヴィッツ43歳の時の演奏。自身の編曲によるせいか、のびのびとした演奏。ちょっとテンポが崩れる所もあるが、それにしてもなかなかの演奏。
ホロヴィッツはイメージとして、枯れた晩年の姿が目に焼き付いているが、こんな若い演奏もあるのだ・・・。

先日、NHKスペシャルで「ミラクルボディー 内村航平」という番組があった。鉄棒の一瞬の着地の姿をハイスピードカメラで撮って分析していた。
もちろんシフラの時代では無理だが、リストの再来と呼ばれているシフラのこの指使いを、ハイスピードカメラで捉えたら、どんな指の動きになっているのか、興味津々である。

もちろん楽器は早く弾ければ良いというものではないが、技巧のひとつの指標としてよく「熊蜂の飛行」は利用される。
そういえば、映画「シャイン」でも、精神的におかしくなった主人公が、ある酒場でピアノに向かってこの曲を演奏して、周囲がビックリする場面があったっけ。

シフラの歴史的な(?)この演奏。古い録音で映像が無いのが残念だが、こんな曲を楽しむのもまた楽しいのでは・・・・

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2012年7月14日 (土)

“みんなの財布を握る”市長の責任範囲は?

先日の朝日新聞「カオスの深淵」に、こんな記事が載っていた。さてさてこの記事をどう読む?? 曰く・・・

みんなの財布 握る責任
 6月の東京・国立市議会で、税の無駄づかいをめぐる議論があった。
 議員「今回の再稼働に際して多大の税金が投入された。これは市民の血税の浪費だったと私は認識しているが、市長もそれでよろしいか」
 佐藤一夫市長「そのようなことかなあという認識はしております」
 「再稼働」とは、住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)への接続再開を指す。なぜ「浪費」なのか。
 国立市は住基ネットからの離脱を続けてきた。 2002年、当時の上原公子市長は、個人情報保護に責任が持てないとの理由で切断に踏み切る。翌年、離脱継続を公約に掲げて再選を果たし、07年に後をついだ前市長も公約に基づいて継続した。
 ところが11年の市長選では「即時接続」を訴えた佐藤氏が前市長を破り、今年2月、再稼働。その作業に、業者への委託料や人件費など3400万円余がかかった。
 これは上原氏らが離脱していなければ必要なかったお金ではないか、というのが今回の議論だ。この費用を上原氏らに請求すべきだとの主張も、市議の中にはある。
 民主的に選ばれた政治家がみずからの政策を遂行する。当然、税金の出し入れの問題をともなうが、当否や責任については次の選挙で審判を受ける。民主主義のサイクルである。では、政治家個人の責任をそれ以上どこまで追及できるのか。そんな問いをこの議論は投げかける。
 上原元市長は別の件でも税金を市に返せと訴えられている。
 市長時代、景観保護のため、建物の高さを制限する条例をつくった。これに対し高層マンションの建築主が条例は無効だとして、4億円の損害賠償を求めて訴えた。東京高裁は無効確認は退けたものの、「市の営業妨害」もあったとして2500万円の賠償などを命じ、市が払った。
 ところがその後、賠償金は市ではなく、上原氏個人が支払うべきだとの訴訟が起こされ、東京地裁はこれを認めた。佐藤市政に代わってから、市はこの判決を受け入れたため、いま、支払いを拒む上原氏と市との間で係争が続いている。
 首長の政策、とりわけ税金の使い方が厳しく監視されるべきなのは当然だ。住民が法的手続きでチェックする例も少なくない。ただ、不正腐敗の類いは別にして、政策遂行の結果についての責任をどこまで個人に負わせるのかがここでも問われる。
 上原氏は語る。「後から裁判で責任を取れといわれるなら、政策について『チェンジ』を唱える政治家はいなくなる。政治は『継続性』だけでいいというなら、政治家を選挙で選ぶ必要もなくなる」(根本清樹)」(2012/07/04付「朝日新聞」p2より)

実は先日、この記事について色々と書いたのだが、全部消してしまった。・・というのは、読んだ時に書いた文が、何とも感情的になったもので・・・・

ちょっと離れた所から読んでみよう。すると、それぞれの立場で、色々な価値観があることが分かる。
あえて内容については論じないが(つい感情的になるので)、それにしても、判決まで出ていると言うから、国立市の例はなかなかのもの。

ふと「勝てば官軍負ければ賊軍」という言葉を思い出し、広辞苑で引いてみた。すると・・・
“「勝てば官軍負ければ賊軍」=戦いは、道理に合わなくても勝てば正義で、道理に合っていても負ければ不正なものとされること。略して「勝てば官軍」とも。”

韓国などでも、大統領を辞めると同時に刑事被告人に落ちる話をよく聞く。しかし良識の日本(!?)では、そうそう道理に反したことは無かろうと思うのだが・・・・

どんな組織でも、上の立場に立つ人は権力を持つ。企業などは別だが、少なくても政治の世界では、我々“民”が選挙を通して選んだ人・・・。しかし選ばれた政治家が、その権力の使い方次第では、辞めたあとで、私有財産まで失う可能性・・??? しかも私的流用などではなく、政策で・・・・。
これを是とするのか非とするのか・・・。
“民主主義とは何ぞや・・”と、つい考えてしまった話であった。

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2012年7月13日 (金)

「あの世で父を殴りたいです」

いつもユニークな切り口で回答する朝日新聞の人生相談「悩みのるつぼ」。先日こんな相談が・・・・・。

<悩みのるつぼ>より~「あの世で父を殴りたいです」
<相談> ~相談者:主婦 90代  
あの世で父を殴りたいです
 私は90歳あまりですが、主人もまだ元気です。この世もしばらく続くと思いますが、あの世でもし父と会えるなら、大げんかがしたいのです。横面を張り倒し蹴っ飛ばしてやりたい。
 長女の姉は父に似て美しく、私は色白ですが、丸々太っておたふくづらでした。父は私の顔をけなし、姉をほめ、修学旅行の大勢で写った豆粒ほどの顔を見て、鼻の低いのがわからなくてよかったねと言いました。
 私が一番傷ついた言葉は、夫とけんかして離婚したいと帰宅したときの言葉。たった一人の男の機嫌もとりきらないのか。女郎は一晩5人も10人も手玉にとって、お前は女郎以下だとどなられたことです。親に口ごたえできない時代でした。経済力のない私は家に帰るより仕方ありません。結婚時は「死んでも家の敷居をまたぐことは許さん」と両親に言われたのに、病気したとかケガしたとか言って手伝いを頼む。いやでも家の敷居をまたぐじゃないか、そうしなければ手伝いはできん。
 この年になるといろいろな悔しさが思い出され、夜も眠れません。6人きょうだいで一人生き残り、今年は誰の何回忌とか、私一人でしています。もし死んで父にあったなら、大げんかしたいという思いだけは持っています。一回たたき返したい。男だから力では負けるけれど、蹴っとばしてやりたい。こんな感情おかしいでしょうか。

<回答> ~回答者:経済学者 金子勝
生きる希望を与えられている面も
 あなたは父親に器量が悪いと言われ続け、二度と敷居をまたぐなと言われたのに病気やケガのたびに呼び出され、結局、最後まで生き残り親きょうだいの法事をしてやっています。
 怒って当然です。
 ただ一般に、人は年をとるにつれて枯れていき、人を許すようになるものです。ところが、あなたは逆に90歳になってから、あの世で会ったら父親の横面を張り倒してやりたいと、悔しさで夜も眠れないと言います。
 復讐(ふくしゅう)の気持ちは、どんな苦境でも生き抜く力を与える感情です。もしかしたら、その感情はあなたの生命力の証しなのかもしれません。
 有名な復讐劇に巌窟王(『モンテ・クリスト伯』)があります。船乗りのエドモン・ダンテスは、無実のまま14年間も投獄され、獄中で知り合ったファリア司祭に学問を教わり、秘宝のありかを教えられます。
 ダンテスはそれを元手にモンテ・クリスト伯爵となり、自分を陥れた人々につぎつぎと仕返ししていきます。恋人メルセデスを奪ったモルセール伯爵(漁師フェルナン)を死に追いやり、彼を陥れたヴィルフォール検事総長(検事補)の気を狂わせ、そしてダングラール男爵(会計係)を破産に追い込みます。
 しかし、この物語は最後で救われます。彼の釈放を嘆願してくれた船主のモレルを助け、その息子マクシミリアンと仇(かたき)のヴィルフォール検事の娘が恋に落ちると、その2人を結びつけてあげます。
 そして、最後に手紙を残して去っていきます。その中で、モンテ・クリスト伯は「マクシミリアンさん、生きることのいかに楽しいかを知るためには、一度死を思ってみることが必要です」と書きます。そして「待て、しかして希望せよ!」という言葉を贈ります。
 あなたは親きょうだいをすべて失い、その法事をしてあげています。その中で、自分を邪険にした父親への怒り(復讐)の気持ちを持ち続けることで、実は生きる希望を与えられているのです。
 ずっと先に、あの世でお父様とお会いしたら、お父様のことですから、きっと「ありがとう」とは言わないでしょう。でも、「ご苦労だったな」くらいの一言はかけてくれるに違いありません。そしてモンテ・クリスト伯がしたように、結局は復讐を思い止まるのではないでしょうか。
 待て、しかして希望せよ。もっと長生きしてください。 」(2012/07/07付「朝日新聞」b10より)

これを読んで、心当たりのある方が居られるかも・・・・
自分の場合、本人が今更言うのも何だが、反抗心旺盛だった子供時代の自分の、親父に対する憎しみ・復讐心は、それはそれはすごかった・・・。子供のころによく思った。「少なくとも親父の正反対の人間になろう」。それほど自分にとって親父は「尊敬」にほど遠い存在だった。

でも今は、「あの世で父を殴りたいです」とは思っていない。
結婚して子どもが生まれた頃、あるピンチに陥り、田舎の親父にだいぶん助けられた事があった。「戦争の時を思えば、すべてはたいしたことではない」とも言われた。
それ以来、親父に対する気持ちが変わった。長い人生、そんなもの・・・・。復讐なんて、まあそんなもの・・・。

それにしても、この相談者は元気だ。回答者ではないが、90歳にしてこのエネルギー・・・・
自分もトシと共に“怒り”の気持ちが衰えて行くのを感じる。仏教ではないが、仏の心は老いの心(静かな)かも知れない。
それに対して、この女性は羨ましい。あの世での“目的”がある。つまり死ぬことは、この女性にとって敗北ではなく、新たなスタート、チャレンジなのである。
なるほど・・・。自分も先に亡くなった誰かを殴り飛ばす目的を持ったなら、仮に医者から死の宣告を受けたとしても、それは新たなるスタートで「ヨーシ、いよいよ死んだらヤツを見付けて殴り飛ばしてやるんだ~・・・」とワクワクする??
何かヘンだけど・・・

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2012年7月12日 (木)

NHK「100分 de 名著」の「パンセ」

NHKの「100分 de 名著」という番組を録画しておいて、たまにまとめて見ている。先月(2012年6月)はパスカルの「パンセ」(ここ)。
パスカルという名は、高校の時の物理に出てくる。パスカルの原理=「密閉容器中の流体は、その容器の形に関係なく、ある一点に受けた単位面積当りの圧力をそのままの強さで、流体の他のすべての部分に伝える。」という、例のヤツである。
そう言えば、天気予報の気圧で、何とかヘクトパスカルというのも良く聞く・・・。

そのパスカルが書いた「パンセ」について、NHKの「100分 de 名著」という番組で紹介していた。この番組は、自分のキライなバラエティーっぽいのだが、まあ許すとしよう。
この番組は確か小旅行で、広島のホテルに泊まった時に、たまたまブッダの「真理のことば」を見たのがキッカケ。名前だけしか知らない非常に難解な“いわゆる名著”を、素人にも分かり易く解説している。
先日のパスカルの「パンセ」第1回で次のような言葉が出て来た。この言葉はなかなか意味深だ・・・。
「私たちがどんな状態にいても、自然は私たちを不幸にするものである。
 私たちの願望が、幸福な状態というものを、私たちの心に描き出してみせるからだ。
」(「パンセ」断章109より)

つまり、「私たちが幸せに着いたと思うと、私たちの願望は既にそこから離れた少し先に、よりパーフェクトな幸せを作り出してしまうので、私たちはいつでも不幸である」という事だという。

これは、我々の日常生活の色々な場面に通じる・・・。
そうだ、いつもカミさんが言っている*****というカミさんの願望に通じる・・・と思って、昨夜その言葉を“引っさげて”居間に降りていってカミさんに言ってみた。すると「イマイチだね・・」という。なかなか自分の思う通りに相手の心を動かす事は出来ない・・・
この言葉は確かに目新しい考え方ではない。仏教で言うところの「足るを知る」(ここ)と同じ。
洋の東西を問わず、人間の原理は同じようだ。

こんな番組を見るのも、最近良く書く「せっかくこの世に生を受けたのだから、せめて***位は見てから死にたいもの・・」というスタンスの一環かも知れないな・・・。つまり、こんな番組を見ただけで、自分も名著をチョコッと覗いた気分になる・・・。実にお手軽・・。
そういえば、昔、「あらすじで読む日本の名著」という本が流行った。自分も、題名しか知らない名著の、サワリだけでもチョコッと覗いて見たい・・・ということで読んだもの。

自分もこれから、たぶんリタイア後の膨大な時間が生じるはずである。その時間を遣って、どんな本でも読めるではないか・・・と、一方の自分が言う。でも目がかすんで・・・・と、もう一方の自分が言い訳を言う。
相変わらず直ぐに“逃げ”を考える軟弱な自分ではある。

●メモ:カウント~310万

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2012年7月10日 (火)

「急激に老いゆく韓国」

先日の日経新聞に、日本としても他山の石とするべき(?)話題が載っていた。周知のように、隣国・韓国も、少子高齢化で日本と同じような悩みを抱えているが、その実態と対策について、当の韓国経済紙では、こんな論調らしい。曰く・・・

急激に老いゆく韓国~若い移民受入を  韓国・毎日経済新聞より
統計庁の推定によると韓国の人口は今月23日に5千万人を超える。「地球村」では25番目だ。人口は国力の最も基本的な尺度となる。1960年の2500万人から半世紀で2倍に増えて、世界15位の経済大国になることができた。
 だが将来には懸念がつきまとう。世界で最も速く老いゆく国と数えられるからだ。国連は2050年の世界の全人口の年齢中央値は38歳で現在の29歳より9歳高くなると展望する。同じ期間に韓国は38歳から56歳へ18歳も上昇する。
 韓国で女性1人が一生に産む子供の数の平均は1.2人にすぎない。英国は出生率が5人から2人に下がるまで130年間かかったが、韓国は20年間だった。韓国の人口は30年に5216万人に達するが、低成長シナリオなら60年には3400万人となる。来世紀初めには1千万人を切り韓民族は消滅の危機を迎える。
 人口が急減すれば経済は際限ない不況の沼に陥る。財政が破綻し国防もままならず、国家存立の基盤が崩れる。人口が20%増えた過去15年間に世帯数は81%増え、すでに4世帯のうち1世帯は独り暮らしだ。60年には生産年齢人口10人が老人8人と子供2人の責任を負うことになる。
 手遅れとなる前に発想を大転換し、根本的な改革に着手しなければならない。未来に向けた戦略には次の5つの要件が欠かせない。まず人口を維持する水準まで出生率を引き上げる総合対策を立てるべきだ。重い養育費と教育費の負担をどう分担するか、新たな仕組みが必要となる。
 2番目に必要なのは、外国の若い人材を積極的に受け入れる開放的な文化と移民政策だ。日本のように外国人受け入れに消極的になれば、経済はもちろん国家と民族は衰退するしかない。3番目は財政の健全性だ。財源も無いのに福祉支出を増やせば、将来は借金で身動きが取れなくなる。
 4番目は教育。生涯学習の体制を構築し高度な知識産業を導く人材を育てるべきだ。5番目として、高い成長が見込める新たな分野への投資が求められる。(20日付)」(2012/06/22付「日経新聞」p6より)

もはや日本の経済界を脅かす存在となった隣国・韓国。人口でいうと日本の4割程度の規模だが、教育熱を初めとした“先鋭化(!?)”は、まるで“若い頃の日本”を見ているよう・・・

先日、日立の川村会長の「外から眺め、眺められ」という話を書いた。(ここ
何事も、井の中の蛙になりがちで、内側からはなかなか実態が見えないもの。その点、英語熱が盛んで、“成功するには渡米!”とばかりに英語教育と海外進出が盛んな韓国は、見えるはずの(?)自国の少子高齢化に対して、どんな手を打っているのか・・・・。日本では、その韓国の取り組みについて、あまり話題が無い。
しかしこの韓国紙の記事を読む限り、なかなか妙手は無さそう・・・

そう言えば、“外から見る”という点では、中国の華僑が良い例では?? 膨大な優秀な中国人が、海外から自国を見詰めている。(それで中国がどう変わったかは、よく知らないが・・)
世界で活躍する大量の中国華僑や、米国で活躍している韓国のエリートなどの視点で日本を眺めると、先の政治ゴッコも含めて、何か日本の動きは子供じみて見えるのでは??・・と心配するこの頃である。
大丈夫かな?日本!?

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2012年7月 9日 (月)

「現状維持の壁」

先日の日経新聞「大機小機」に、こんな耳の痛い記事が載っていた。曰く・・・

現状維持の壁
 日本を代表する電機産業界の苦境が伝えられている。飛躍的な技術進歩のために、昨日の成功モデルは一挙に崩れ去る。しかし、成功している限りは、そのビジネスモデルの変更は不可能に近い。特にその成果が自らの退任後にしか得られない現在の経営者にとっては、当面の収益を犠牲にする決断は難しい。それゆえ、企業発展の第一の要因は無私の精神を持った経営者の存在である。
 だがそのような経営者にとってさえ、現状の変更は常に大きな壁にぶつかるし、組織が大きいほどその壁も厚く強固である。役員、従業員やOB、取引先に至るまで、現状から利益を得ているグループがあり、表に出ない現状維持の理由は無数にある。過去に成功した伝統ある大企業ほど、そのレガシーコストゆえに現状の変更は難しい。
 よって、やるべきことは分かっていても、破綻かそれに近い状態にならない限り抜本改革はできない。日本航空や日産自動車の急回復も、やるべきと分かっていたことを実行した結果である。
 アップルでさえ、苦境に陥ってスティーブ・ジョブズ氏がトップに復帰して初めて、多数の製品を捨てて特徴ある製品に集中する決断をした。サムスン電子もアジア通貨危機の際に公的資金を受け破綻寸前まで追い込まれたが、大規模な経営改革で成長を加速させた。見方を変えれば、日本の産業界も今ほど追い詰められれば、事業モデルの大転換を進めざるを得ず、再び成長する契機をつかむことになろう。
 問題は、企業とは違って、行動の結果がその存亡に反映されない組織の行動である。政党にも現状維持の壁はあるが、政治の失敗は次の選挙で国民の審判を受ける。最大の例外は金融政策である。独立性を持つ日銀は、その使命たる物価安定が実現しなくても誰の審判も受けない。
 過去20年間デフレに陥らず2%ほど高い成長が実現していれば、現在の国内総生産(GDP)は900兆円となり、財政危機も増税もなかったはずである。米国や欧州連合(EU)では大規模な緩和策で金融危機に対処している。いかに現状維持の壁が厚いとはいえ、日本が破綻するまで待つわけにはいかない。金融政策は「正しく使えば健全な経済を維持できるが、使い方を誤れば経済を弱体化させる強力な手段」なのである。(桃李)」(2012/06/30付「日経新聞」「大機小機」より)

この一文は示唆に富む。“わかっちゃいるけど、やめられない”のである。
しかしこの議論、決して企業だけの話では無い。「現状維持の壁」はあらゆる世界に存在する。
先日公表された、国会の事故調査委員会による福島第1原発事故の調査報告も、同じようなもの。今までの、経緯(認可や説明・・)の否定につながる行動はできない・・・・。それは過去の自分を否定することになるので・・・

上の記事が指摘するように「やるべきことは分かっていても、破綻かそれに近い状態にならない限り抜本改革はできない。」のは確か・・。
世間が、株主が。そして何よりも社員が会社の危機を認識した時、経営者はやっと人減らしを含めた抜本対策を打てる。よって、赤字転落の報告と共に説明される改革案は過激なものが多い。そして会社は、その機に乗じて有象無象あらゆる不良資産を落とす。それが世の常・・・・

先日、日立製作所会長 川村隆氏の「楽な道はどこへ?」というコラムを紹介した(ここ)。
小難しいことを言っても、所詮“現状維持”は“楽だから・・・”が根源のような気がするがどうだろう? つまり、これは全てに通じる世の真理では・・・? 自分への戒めを込めて・・・・!?

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2012年7月 8日 (日)

1996年発売のクラシックCDより(2)

今日は、前回(ここ)に続き、1996年発売の雑誌「レコード芸術」の付録のサンプルCDより、少し毛色の変わった楽曲を聴いてみよう。

<ハーモニカ(森本恵夫)によるモーツァルトの子守歌>

森本恵夫のハーモニカは、前にチゴイネルワイゼンを取り上げたことがある(ここ)。たかだかハーモニカと言う無かれ。ものすごいテクニックで感嘆したもの。今日の子守歌は、超絶技巧ではないが、何か懐かしい音色だ。

<イスラエル民謡(浦壁信二編):マイムマイム>

この旋律を聞くと、誰もが子どもの頃の甘い記憶を思い出す!?
フォークダンスの曲は、前に「コロブチカ」(ここ)と、「オクラホマミキサー」(ここ)を取り上げたことがあるが、懐かしい旋律である。

<ブラームス:ピアノ協奏曲No1(4手ピアノ版)~3楽章>
       pf:アバーソルド、ネイウィーム

ブラームスのピアノ協奏曲を、2台のピアノで演奏した珍しいもの。

<バッハ:トッカータとフーガ ニ短調(弦楽合奏版)>
    チェロ・アンサンブル・サイトウ

これも珍しい演奏。まあやはり違和感はあるけど・・・

ともあれ、レコ芸のサンプルCDは、書き物と違って、実際に音が出るので、CDを買う際に非常に参考になる。それに、クラシックの世界は、新しい歌が出来ては消えて行くポピュラー音楽の世界とは違って、10年昔など、全然平気なのだ。

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2012年7月 7日 (土)

「夢についての夢」

先日の日経新聞にこんなコラムがあった。曰く・・・

夢についての夢  栗田有起
 10歳くらいのころ、死というものが恐ろしくて、眠れなくなることかあった。もしも、寝ているあいだに死んでしまったら、どうしよう。そう考えると不安でたまらなかった。
 死の恐怖を克服したのは、夢がきっかけだった。
 夢のなかで私は、宇宙人に遭遇する。宇宙人は、これから地球に侵略する、と告げる。ただし、それを回避する方法がひとつある。それは、私がいけにえとしてその身を捧げることである。あなたひとりが死ねば、地上の生物すべてが助かる。
 さあ、どうする。宇宙人がいう。
 夢のなかの私はじつに立派で、そういうことなら、喜んでこの命を投げだそう。即座に決意する。笑顔で「行ってきます」と手を振りながら、私は地球をあとにする。みんなの役に立てたという満足感で、胸をいっぱいにしながら。
 目覚めたときも、その満足感は全身を満たしていた。もちろんそれは夢とわかっていたけれど、そこで感じた勇気と自信は、体のどこかに根づいた気がした。もう、だいじょうぶだと思った。以来、死の恐怖にとりつかれることは、二度となかった。
 それからしばらく、眠るのが楽しくて仕方なくなった。なぜだか、夢のなかで、自由に振るまうことができるようになったからだ。
 空を飛びたいと思えば、飛べる。どこまで高く飛んでも、怖いけど、平気である。私は、自分が夢をみていることが、わかっていた。
 あるとき、夢のなかで、はっとひらめいた。そうだ、これは夢なんだから、現実の世界ではできないことをやってしまおう。気にくわない同級生を、とっちめてやるのだ。さっそく私は同級生を探しはじめた。
 すると、その場にいたひとびと、全員がこちらをじっと見つめるではないか。
「そんなことを、してはいけない」
 みんながそう警告するのである。私の夢なのに、他人がいる。
 目が覚めてからも、その驚きは消えなかった。そして、もう二度と、夢をコントロールするのは止めようと決めた。自分の夢なのだけれど、勝手に動かしたら、誰かに迷惑がかかるかもしれない。そう思えて、神妙な気持ちになったからだった。いまでも、そのときのことを思い出して、不思議な気持ちになる。
 夢をみるのは、現実の体験の一部に思える。だから、軽々しくあつかえない。一時期、夢日記や、夢占いに凝ったけれども、止めてしまった。
 夢という働きを、なにか現実の生活に役立てられないか、そういった損得勘定は、夢にたいして、なんだか失礼に思われたからだ。
 粘菌研究で知られる学者、南方熊楠は夢にも興味を持ち、多くの記録を残したという。なかには、近しいひとの死にまつわる予知夢をみた記述もあるらしい。
 夢とは一体なんなのか。生きものはなぜ夢をみるのか。
 たとえば、死のなんたるかは、死者でなければ知りえないのと同様に、夢についても、夢のなかでしか、その本質をとらえることはできないのではないか。そんな気がする。
 そのメカニズムはいつか科学的に解明されるかもしれない。それはそれとして、私は私なりに、夢というものの正体の一片でもつかみたいと思う。
 夢に助けられた人間のひとりとして、それが私の夢である。(作家)」(2012/06/30付「日経新聞」夕刊p4「プロムナード」から)

夢は得体の知れないもの・・・。たぶん人間の潜在意識が夢となって現れるのだろうが・・・
先日、悪夢を見て、強引に目を覚ました。病院で、医師から何かの宣告を受ける場面・・・。それを聞きたくないために、「これは夢だな・・・」と分かっていたので、「それじゃあ、起きちゃおう・・・・」とばかりに起きた。
それでホッとする。宣告を受ける前に逃げちゃった・・・・
こんな事がこの所続いている。自分に都合が悪い夢になると、どこかで「どうせ夢だろう・・」と強引に目を覚ます・・。よって睡眠の質が益々悪くなる。
こんな悪夢もあり、日に日に睡眠が浅くなって行くのを感じる。ひどい時には2時間おきに目を覚ます。肉体的に疲れていないせい、とも言われるが・・・。

「夢」について、改めて広辞苑を引いてみた。
「ゆめ【夢】(イメ(寝目)の転) 
①睡眠中にもつ幻覚。ふつう目覚めた後に意識される。多く視覚的な性質を帯びるが、聴覚・味覚・運動感覚に関係するものもある。古今和歌集恋「思ひつつ寝ぬればや人の見えつらむ―と知りせばさめざらましを」。「―を見る」
②はかない、頼みがたいもののたとえ。夢幻。古今和歌集哀傷「寝ても見ゆ寝でも見えけりおほかたはうつせみの世ぞ―にはありける」。「―の世」「太平の―」
③空想的な願望。心のまよい。迷夢。「いたずらに―を追う」
④将来実現したい願い。理想。「海外雄飛が彼の―だ」「―を描く」

夢という言葉にも色々な意味がある。ロマンチックな響きや、未来を暗示する響きも・・・。でも寝ているときに見る夢だけは、悪夢ではなく、“ステキな彼女と・・・”なんていう、「続き!」を期待したいような夢を、“自分の意志”で見たいもの・・・。
悪夢を良く見る“人間のひとりとして、それが私の夢である。”

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2012年7月 6日 (金)

「天声人語」の自問自答!?

昨日の朝日新聞の「天声人語」は、歴史に残る(?)記事である。テーマが“自身”なのだから面白い。曰く・・・

「ばからしい」と書きかけて「空しい」にしたことがある。書き写しを思ってのことだ。流し読みならまだしも、「ばか」と書いてもらうのは心苦しい。多くの方に筆写していただくお陰で、生来がさつな言葉遣いがいくらかマシになった気がする▼毎度の手前みそながら、昨年春に売り出された「天声人語書き写しノート」が累計100万冊に達したという。うれしい前に恐れ多い。人様に写させるレベルかと、自問の日々である▼北九州市立高校では、現代社会などの勉強に使っているそうだ。新聞を読む習慣がなく、小欄とは初対面の生徒さんも多い。慣れないコラム文の書き写しは苦痛だろうが、今春の卒業生は銘々3冊を「完写」してくれた▼集中力がついた、縦書きの字がきれいになった、社会への関心が高まったと、うれしい感想も届いた。「毎日よく続きますね」という問いは、皆さんにそのままお返ししよう。書くのも写すのも、一つ仕上げたら一つ腕が上がる▼よくある質問に「黒い逆三角形は何?」がある。段落を示す記号である。誰が決めたか逆三角が小欄の習いだが、ただの印だからたまにはルール違反を許してもらおう。ご愛読、ご愛写への深謝を込めて(ハートマーク)heart冒頭の空白を含め603字。短いとはいえ、写される文の大先輩、般若心経(はんにゃしんぎょう)の倍はある。写経なみの御利益は請け負えないが、末永く続けていただけば某(なにがし)かの貢献、例えるなら小さなハートマークほどの「お返し」はできるかと思う。ご精進ください。 」(2012年7月5日(木)付「朝日新聞」「天声人語」より)

良く言われることだが、新聞は新書1冊分に相当するという。誰かが朝日新聞の場合、約40万文字と計算した。「天声人語」は、そのうちのたった600文字。つまりたったの0.15%。しかし、ニュース記事が日々消えていくのに比べ、このコラムほど、後世に残る文章はない。
自分が高校の頃、「入試に出る可能性があるので、毎日、天声人語を読みなさい」と現国の先生に言われたことを思い出す。今、入試にどのくらい採用されているかは知らないが、もし有名大学で採用されると、過去問として永久に残る・・・!? もちろんまとめて本として出版されてもいる。
その珍重されている流れではごく自然だが、「天声人語」の書き写しが盛んだという。
いつも思う。天声人語に限らず、新聞のコラムの短文での完成度の高さは、さすがプロ・・・。我々素人は足下にも及ばない。しかし、その一字一句が多くの生徒に書き写されるとすると、筆者も、上の記事のように一字一句を意識せざるを得ないのだろう。

そんな新聞だが、若い人の間では読む習慣が無くなっているらしい。自分がいつ頃から新聞を読み始めたかは忘れたが、たぶん中学か、遅くても高校の時には読んでいた。一緒に住んだことのあるお祖母ちゃんが、自分の子供たちの家を回っては「どの家に行っても、朝日新聞だ」と言っていたことを思い出す。そして自分の場合は、大学の下宿でも一人で朝日新聞を取っていた。もちろん就職後の独身寮でも・・・。
結婚してからは、読売、毎日などに浮気したこともあるが、結局はまた朝日。

ついでに、我が家は朝日と日経を読んでいるが、別に経済のニュースを読まなくても、日経も面白い。休日、ゆっくり2紙を読み終わると、もう昼になっている。そして、2紙を読み終わると、目のボケが・・・・
おっと話がずれた・・・。
現役をリタイアしても、この2紙は日々の読み物として末永く読み続けたいと思う。
フト笑ってしまう昨日の「天声人語」ではある。

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2012年7月 5日 (木)

NHKスペシャル「産みたいのに 産めない~卵子老化の衝撃~」を見て

先日見たNHKスペシャル「産みたいのに 産めない~卵子老化の衝撃~」(2012年6月23日(土)放送)が興味深かった。不妊に悩む夫婦は6組に1組。卵子の老化によって不妊が増えているという。

番組のホームページにはこのような解説がある。
「いま、全国の不妊治療クリニックに、30代、40代の女性たちが次々と訪れ、衝撃を受けている。健康なのに、妊娠の可能性が低いと告げられるのだ。原因は「卵子の老化」。
女性の卵子は年齢とともに年を重ね、35歳の女性が出産できる可能性は20歳代の半分になる。
しかし、多くの女性はこの事実を治療に来て初めて知るという。晩婚化が進む現代、不妊は先進国共通の課題だ。しかし、日本は特異な状況にある。
不妊の検査や治療を受けたことのある夫婦は、6組に1組。不妊治療専門のクリニックが世界一多く、体外受精の実施数も世界一になっている。
女性の社会進出を進める一方で、いつ産むのかという視点を見過ごしてきた日本のひずみが現れている。
「卵子の老化」による不妊をさらに深刻化させる一因は、男性側にもある。実は、不妊の原因の半分は男性側にあるが、夫が不妊の検査に行きたがらず、ようやく治療が始まった時には、妻の卵子が老化しているというケースが後を絶たない。
専門家は「早くに気付いて治療すれば、自然妊娠が見込めるケースも多い」と指摘する。
番組では、全国の医療機関と不妊治療経験者を対象に、大規模なアンケート調査を実施。
“不妊大国”ニッポンの姿を明らかにする。そして、これまで個人の問題ととらえられてきた不妊が、実は、社会で向き合わなければ解決できない実態を浮き彫りにする。」(
NHKのここより)

放送後の、担当ディレクターのコメントも載っている。
「「若い人たちに、自分と同じ思いをして欲しくない」。取材に応じて頂いた方々が口をそろえておっしゃっていた言葉です。親にも、兄弟にも、友人にも打ち明けられない不妊治療。涙ながらにお話頂いた苦しみの声が、どうすれば多くの人の心に届くのか。悩み抜いた日々でした。
また、アンケートで寄せて頂いた8000人を超える人々の声。一枚一枚に、壮絶な叫びが込められていました。番組スタッフで何度も読み返すうちに、不妊が急増する社会の背景、さらに夫の無関心によって広がる不妊の実態が浮かび上がってきました。
卵子が、老化する。その事実を直視する番組は、ともすると多くの人を傷つけかねません。2月に同じテーマで放送した「クローズアップ現代」のときもそうでしたが、編集室では何度も議論を繰り返しました。
「卵子の老化」を知らないことで、広がってしまう不妊。一方で、知っていたとしても簡単には妊娠・出産することができない、私たちの社会。「産みたいのに産めない」。そんな叫びを一つでも減らすことができるよう、卵子の老化について多くの人々が考える契機になれば幸いです。またご協力頂いたたくさんの方々に、この場を借りてお礼申しあげます。
ディレクター 丸岡裕幸」(
NHKのこより)

前に同じような番組を見たな・・と思ったら、「クローズアップ現代」だった。その時も「卵子の老化」という指摘に、ビックリしたもの・・・
今回の番組はその集大成。不妊家庭の悩みと同時に、各国の不妊対策への取り組みも紹介していた。それによると、フランスでは35歳を越えると妊娠が難しくなることは常識。そして不妊治療は全額が健康保険で、無料で治療が受けられるが、年齢制限があり42歳まで。そして、不妊治療をおこなうためには、男女が一緒に検査を受けることが条件になっているという。日本と違って、時期を限って手厚くサポート。フランスでは「すべてのことには適した時がある」と言われており、「日本の人たちは不妊についての正しい知識がないために出産の時期が遅れ、結果的に子どもを持てなくなっている」と指摘する。
ラストの、山口大学が行っている治療が圧巻。無精子症の人の精巣を切り開き、わずかな精子を顕微鏡で探して培養・・・。
番組のどのシーンにも、自分たちが無知のために追い込まれた現実に、せめて同じようにならないように、との切実なメッセージが読み取れた。

それにしても「女性の卵子は年齢とともに年を重ね、35歳の女性が出産できる可能性は20歳代の半分になる。」という指摘はショッキング。それでなくても、初婚年齢はどんどん上がっているのに・・・

ともあれ、「35歳以降の卵子の老化」というひと言が警鐘となり、“結婚しない症候群”の若い人の背中を押すことを祈りたいものだ。日本の少子高齢化対策のためにも・・・

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◎この番組の再放送は、2012年7月8日(日)(7日(土)深夜) 午前2:05~午前2:55(50分)ここ)~予告動画あり
取材日誌も詳しい(ここ)。ここを見ると、NHKの本番組に対する熱意が伝わってくる。

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2012年7月 4日 (水)

映画「それから」のサントラCDを手に入れた

恋い焦がれた憧れの君は、遠くから黙って見ていた方が良いのか・・、それとも執念で手に入れた方が良いのか・・・・。結論は、やはり手に入れた方が良い。

今日、恋い焦がれていた映画「それから」のサントラCDを手に入れた。これほど1枚のCDに固執するのは、バカバカしいかも知れない。(おっと1枚ではなかった。モラヴェッツの「月光」のLPと、この「それから」のサントラ盤CDの2枚だな・・・)
このサントラ盤について書くのは、何と4度目である。(これで終わりだが・・・・)
最初に書いたのが「欲しいもの~「それから」のサントラ盤」という記事で、書いたのが2006年8月29日だった。それから数曲入ったCDを手に入れたり、LPを手に入れたりした。そしてやっと今日、念願のCDを手に入れた。

先週末、ベッドに入っていつものようにヘッドホンを付けてHDDレコーダからランダムに音楽を再生。すると「それから」のテーマが出て来た。その時、虫の知らせで、何となくこのCDが手に入るような気がした。それで次の日に、調べてみると、このCDが出品されており、手に入りそう・・・。そしてそれが今日送られてきた。
1991年発売のCDなので、21年も前のCDだ。しかし送られてきたCDはピッカピカの新品同様・・・・。このCDには、大袈裟だが運命を感じる。自分の所に来るべくして来た・・・・!?(写真はクリックで拡大)

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それにしても、聖書の言葉ではないが「求めよ、さらば与えられん」である。CDの内容は、LPレコードを手に入れた時点で知っていた。前に手に入れたLPレコードは、かなり程度が良く、音質はそれなりに満足していたが、しかしCDはノイズが全く無いだけに安心して聴いていられる。
前に挙げた音源だが、もう一度(3度目)、聴いてみよう。

<映画「それから」のテーマ 2つ>

この映画は、サントラの素晴らしさはもちろんだが、しっとりとした藤田美和子、松田優作の演技も好き。もちろんVHSテープやDVDも買ってある。しかし映画の音はモノラル・・・

しかし自分は「虫の知らせ」を信じる。前に上海交響楽団の「荒城の月」のCDを手に入れた時も「虫の知らせ」だった(ここ)。
でもこれで“憧れの君”は居なくなってしまった。それはそれなりに寂しい・・・!?
でもこれに味を占めて、次の“憧れの君”を探すことになると思う。次の憧れの君は・・・・!?

(関連記事)
欲しいもの~「それから」のサントラ盤
映画「それから」のテーマ
森田芳光監督が亡くなった~「それから」と「失楽園」のテーマ

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2012年7月 3日 (火)

「両国相撲村 風前の灯」

先日の日経新聞に、相撲の本場・両国について書いた記事があった。曰く・・・

両国相撲村 風前の灯  中島隆信
 最近、相撲部屋の閉鎖が相次いでいる。昨年は桐山部屋と高島部屋が、そして今年もすでに田子ノ浦、大島、花龍の3部屋が閉鎖され、部屋数は現在47である。
 2004年のピーク時には55もあったことを考えれば、かなり減少したように見えるが、それでもまだ多すぎる。日本相撲協会によると、6月現在、部屋あたりの力士数と関取数はそれぞれ13.7人と1.5人である。
 相撲部屋は経営の安定化と稽古量の確保のため、力士は20人程度が必要といわれる。また、「部屋にとって不可欠」(春日野親方=元関脇栃乃和歌)な関取も最低2人は欲しいところだ。横綱白鵬の最近の衰えの原因に稽古不足を指摘する声が多いが、その背景として所属する宮城野部屋には彼以外に8人の幕下以下の力士しか在籍していないことが挙げられよう。
 相撲部屋には栄枯盛衰がある。大正時代に番付の片側をほぼ独占していた出羽海部屋、双葉山らを輩出した立浪部屋、そして大鵬が所属した二所ノ関部屋は現在どれも関取ゼロである。一方、春日野部屋のように絶えず幕内力士がいる部屋もある。しかし、そうした伝統も部屋の存続が前提であって、閉鎖されてしまったら元も子もない。
 かつて両国は相撲村と呼ばれるほど多くの部屋が軒を連ねていた。私の生まれた1960年は29の部屋のうち過半数の15が墨田区両国にあったが、今では47部屋のうち6を残すのみである。地価高騰により、師匠の個人財産である相撲部屋の継承が困難になったためである。
 国技館近くの相撲部屋と年寄名跡(年寄株)をセットにして師匠から譲り受けようとすれば、億単位のカネが必要だろう。現役時代に相当稼いだ力士でなければ難しい額だ。そこで、師匠は後継者には年寄株だけを買い取らせ、部屋はマンションに建て替えて1階はちゃんこ店として息子に経営させるなどする。一方、年寄株を手に入れた後継者は、地価の安い東京の郊外に新たに部屋を建設する。こうして文化的価値の高い部屋が両国から消えていく。
 企業経営にたとえるなら、支店の新設や統廃合は極めて重要な案件にもかかわらず、支店長が建物や土地を勝手に処分しているといったところだろう。それなのに大相撲の伝統を守るべき相撲協会は、相撲部屋は師匠の所有物であるとして、個人的な都合で手放すことを放置してきた。いまや相撲村としての両国の情緒は、風前の灯(ともしび)となっている。
 長野の善光寺や鎌倉の鶴岡八幡宮が多くの参拝客でにぎわうのは、寺社を中心とした巧みな街づくりによるところが大きい。大相撲という伝統文化の価値を高めるには、両国の下町情緒は欠かせない。その重要な役割を相撲部屋が担っていることを協会は忘れてはならない。(慶応大教授)」(2012/06/26付「日経新聞」p37より)

実は自分が結婚するまでの間、本籍はまさにこの両国にあった。実家の本籍である。聞く所によると、親父が子どもの頃、関東大震災(大正12年)までここに住んでいたという。
それで、前に一度だけ、その本籍の住所を訪ねたことがある(ここ)。それは、まさに6年前の今日(7月3日)だった。

もちろんその住所には見知らぬ(当然だが・・)ビルが建っていた。そして本籍の住所の数軒隣に、まさに“春日野部屋”があったのだ。
もちろん自分が生まれるずっと前のことだが、でもここが我が家のルーツ・・・。昔、自分の祖父母が住んでいた場所・・・、と思うと、何か感激?したもの・・・。
関東大震災で移転を余儀なくされ、田舎に引っ越した後、この土地がどのような遍歴を経たかは知らない。
でも不思議なことに、子供の頃、祖父母から両国でのお相撲さんの事を聞いた記憶がないな・・・。

前に一度だけ、両国の国技館に、喜多郎のコンサートで行ったことがある。およそコンサートをするような場所では無かったが、仕方なく桟敷席に座って喜多郎を聞いたもの。
自分の人生ではまるで関係のない両国ではあるが、でも何となく他人事ではない両国なのである。
そうか・・・。両国の相撲部屋は衰退か・・・・
話は変わるが、そういえば、まだ両国(隅田川)の花火は見たことがない。一度行ってみようかな・・・。そろそろ夏。花火の季節が近い。

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2012年7月 2日 (月)

日経・夕刊の「あすへの話題」~日立・川村会長の話

今日の日経夕刊に、「あすへの話題」の執筆者が7月から替わる、と載っていた。残念!日立製作所会長・川村隆氏のコラムを毎回楽しみに読んでいたのに・・・・・。
愛読していた川村氏の筆はこんな具合・・・

外から眺め、眺められ 日立製作所会長 川村 隆
 誰にとっても、自分を100%客観的に見るのは難しい。どうしても贔屓目(ひいきめ)に見てしまう部分が出る。
 客観的な目は色々あるが、代表格は例えばカメラである。自分の顔や容姿、ゴルフやスキーのフォームを写真で見て、あっと驚いたり、文句を言ったりする人は多い。自分はこんな年寄り顔じゃないとか、こんなヘッピリ腰のスキーヤーじゃないなどと言う。しかし、必ずカメラの方が正しい。
 会社も同じで、中にいる人はなかなか自分の会社を客観視できないことも多い。ウチの会社の評価は低すぎるとか、株価がこんなに低いのはおかしい、などと言う。
 外から眺める方が、むしろ全体が分かることが多い。私は、グループ会社に出ていた時の方が、客観的に親会社の分析ができた。海外に出ている日本人の方が日本を客観的に分析でき、あるべき姿を指摘できるのと同じである。外から眺めた経験は、親会社に戻って改革を実施する際に、大いに役に立った。
 会社の評価の際、カメラの役割をするものの一つは、年金資金などの運用をする機関投資家の目である。贔屓目無しの客観評価には、評価された会社の社内から「実態を知らない連中がこんな厳しい評価をするなんて」と恨み節が出るが、大抵は機関投資家が正しく、自分達が甘いのだ。
公募増資の際、「カメラの目」の投資家に株式を買ってもらうには、本当に苦労した。私がそれまで売ってきた製品とは違って、株式には性能保証も株価保証も配当保証も付いていない。私と会社の将来を信用して無保証製品たる株式を買ってください、と「カメラの目」を持った人々に言って信用してもらうのは、本当に大変だった。」(2012/06/11付「日経新聞」夕刊より)

氏は、いったん子会社に転出した後、日立本体に戻ってV字回復を果たした立役者として有名。よってこのような話にも実感がこもる。
しかしこの論は、誰でも経験する納得のできる話だ。
自分も、現役時代は引っ込み思案の性格から、何度となく工場外に転出することを打診されたが、聞く耳を持たなかった。海外出張も同じ。
しかし、50歳を超えてから、とうとう断り切れなくて米国に出張“させられ”た。初めてパスポートを手に・・・。その時に見聞きしたこと、それすべてが衝撃だった。自分の住んでいる世界の、何と矮小なことか・・・・。それ以来皆に言ってきたことは、「英会話は必須。英語が話せるかどうかで、自分の住む世界の広さが決まる・・・」。
結局、それに反応して、英会話に目覚めた人は、自分、息子どもを含めて誰も居なかったけど・・・。

楽な道はどこへ? 日立製作所会長 川村 隆
 ヒトとそのイトコのチンパンジーとで、たった数百万年の間の進化に、これほどの差がついてしまったのはなぜだろう?
 恐らくヒトは辛く厳しい道をも選ぶことができ、後者は楽な道のみを選んだせいではないだろうか? 後者の祖先は、戦いにも強く、ヒトの祖先を森からサバンナへと追い出した。ヒトは、食糧も少なく外敵も多いサバンナでの辛く厳しい日々を、頭脳を発達させ、群れの行動を進化させて生き延びてきた。一方、チンパンジーは快適な森でのその日暮らしにすっかり満足し、太古の生態をほぼ留めて今日に至っている。ヒトは未来を考え、辛く厳しい道を自分の意思で選ぶことができるという点で他の動物に勝り、種としての衰退を免れている。
 国や企業が衰退する原因にはいろいろある。割合多いのは自己満足に陥る例であろう。幾つかの成功を重ねた後、自己満足状態に陥り、過去の継続・現状維持・組織防衛が本務だと思い込み、世の中の変化に対応できずに没落する。
 自己満足状態の会社では、過去の成功商品に固執し、世界中の潜在顧客・新需要を開拓しようとせず、新商品の開発も遅く、発生リスクヘの対応も鈍く、商品信頼性の維持も怠りがちだ。辛い厳しい仕事を避けて通りがちになるのである。
 国や企業の存立が危うくなるのは、国民や企業人が楽をして厳しい道の選択を避けたり後回しにしたりする時なのだ。日立の創業者も個人としての「誠」、集団として力を発揮するための「和」に加え、現状に甘んぜずに厳しい道を選んで未来を開ころと「開拓者精神」なる一言葉を我々に残した。米国建国時の「フロンティア精神」と同じだ。今の日本や企業に最適の言葉と思う。」(2012/06/25「日経新聞)夕刊より」

言うまでもないが、企業は“顧客”に“何か”を売って商売をしている。大事なのは顧客。それは、誰も頭では、そして言葉では分かっているものの、なかなか体では分かっていない。
そして直ぐに言い訳に走る・・・。「こんな良い製品を作ったのに、お客に見る目がないので買わない・・・。バカな客だ・・・・」と。
しかし、その結果、自己満足の言葉とともに、業績は落ちて、会社は潰れる・・・・
真に“顧客目線で考える”というスタンスがどれほど難しいことか・・・。還暦をとうに過ぎた自分でさえ、そして年を取るほど、それがビジネスの最初であって最後であると思う。

もう現役を卒業し、半ば「休め!」状態の自分なのに、この川村氏の言葉、視線に、ハッとする自分がまだ居る・・・。

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