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2012年5月17日 (木)

「告知すると約束したけど」

先日の朝日新聞の「ひととき」欄に「告知すると約束したけど」という投稿があった。
何とも難しいテーマだ。曰く・・・

告知すると約束したけど
 私ども夫婦は元気な時、もしどちらか一方が不治の病にかかって主治医から「予後宣告」を受けたら、どうしてほしいかを話し合った。
 私は「知らせないでほしい」、主人は「知らせてほしい。残された時間をそれなりに充実させ、やり残したことをやり、会っておきたい人に会って旅立ちたい」と言って、お互いの気持ちを約束した。
 いま、現実にその時が来てしまったけれど、私は主人に告知できない。
 彼は悪性の脳腫瘍に侵され、手術の結果、予後1年と宣告された。歩行困難、言語障害と、重い負荷をかけられた体の機能は日に日に落ちていき、思考力も衰えていく。「やり残したことをやる」のも「会いたい人に会う」のも、元気で何でもできる状態の時のことで、今の彼には望めない。
 それでも約束を果たすべきか? 告知によって生きる意欲をなくし、自暴自棄になってしまうのではないか? 自分で納得のいく人生の幕引きをしたいのでは? 周りが知っていて、自分は何も知らないなんて!
 もうそんなに時間がないのに、無表情でベッドに横たわる彼の姿を見ながら、私はまだ迷っている。(主婦 70歳)」(2012/05/16付「朝日新聞」p33より)

実はまったく同じ話を我が家でもしている。ウチの場合は、自分は「知らせないでほしい」。カミさんは「知らせて欲しい」。
しかし、この投稿の筆者と同じように、いざとなった時、果たして約束通りに知らせることができるのかどうか・・・。たぶん、その時の状況によって変わってくるだろう。つまり、この主婦が指摘しているように、「知らせて欲しい」には目的がある。その目的が果たされる状況なら、たぶん躊躇無く知らせる。しかし、目的が果たせない状況とすると、自分もこの主婦のように躊躇してしまうと思う。
カミさんにこの話をしたら、先の投稿は、状況が分からないが、既に手遅れ。告知の時機を逸してしまっている、と言う。もしそのような状況になったときは、本人が手遅れにならない前に、つまり「やり残したことをやる」ことが出来る段階で、告知しなければいけない、という。
ウチのカミさんからは、「自分の命なのだから、必ず知らせろ」と言われているだけに、そんな時は、どのような段階で言うべきか、難しい?? いや、簡単・・・。つまり自分は何でも直ぐに言ってしまうので、「隠そうか・・」という“迷う段階”が無いのだ。

今日の夕飯のとき、NHKクローズアップ現代で「人生の最期 どう迎える?~岐路に立つ延命医療~」という番組をやっていた。胃ろうでながらえている人の家族が、本当にこれで良かったのか・・と悩んでいる・・・。
人生の最期をどう迎えるか。先の告知と違って、これについては、我が家でははっきりしている。胃ろうなど論外。尊厳死の宣誓書にもサイン済(ここ)。

話は飛ぶが、一昨日の夜中、カミさんが水様便で眠れなかったという。当然次の日はグロッキー。同じものを食べていて、自分は大丈夫・・。先日、自分も同様な状況になったが(ここ)、食中毒にしては少し変だ。やはりウィルス性の風邪の一種かも・・・
でも昨日、グロッキーのカミさんを前に、自分の人生で一番のリスクは、自分の健康問題ではなく、“カミさんの健康”こそが自分にとっての最大のリスクであることが、身に沁みて分かった。
つまり、コンビニに行っても、たった一食なのに自分で食べたいものを選ぶのに、とんでもない時間がかかる。つまりコンビニでは、自分が食べたいと思うものが売っていないのである・・。それに台所の後片付けが“怖い”・・・・

家庭で、当たり前の事が機能しなくなった時、あっと言う間に家庭(否、我が家)は崩壊する!? 原因は(台所の後片付けから逃げている!!)自分の甘え・・・。それは分かっているが、これはもう理屈ではない・・。仕方がないので、食事の後片付けから逃げるために、生涯現役を貫く??
まだ早いが(?)、そのうちに、自分が先に告知されたら、“カミさんが先にいなくなる”という最大のリスクを回避出来た・・とホッとすると思うが、どうだろう・・・。いやそんなハズはないな・・。自分の場合は「怖いので知らせるな」と言ってあるので・・・。でも、今は医者が勝手に言ってしまうかも・・・。これも“予定通り”には行かないのだろうな・・・
「60を越えたら、誰でも(いつ告知のときが来ても)おかしくない」がカミさんの持論。
あまり考えたくないテーマだが、かと言って誰も逃げられるワケもなく・・・・。ウーン・・・


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コメント

 新聞記事の妻は「約束する」ということの重さを適当に“いなし”て生きてきたのだな、と思いました。自分が「知りたくない派」だから、それを延長して夫のことばを適当に扱っている。夫婦はそれぞれだから、その「約束」をした会話の成り立ちからいろいろだろうけど‥。
 
 守られない約束などしても意味がない。私の立場はここだ。
 
【エムズの片割れより】
おっと、なかなか手厳しい・・・・
でも言われてみると、この場合は、確かに奥さんの自らの「知らせないでほしい」スタンスが出ているのかも・・・
「知らせる」派は、「知らせない」ことの実行は簡単だが、「知らせない」派が知らせるのは、何かに背を押して貰う必要があるかも・・・

投稿: tamakist | 2012年5月18日 (金) 11:59

台所の片づけは(主婦なのに)いまだに逃げ腰でやっています。約束したら、書面でもいいから通知する義務があると思います。本人がこんな約束するんじゃなかった、そう思えるだけでも関係性のたまものだ、と、そう思いますが、どうでしょうね。

【エムズの片割れより】
前のtamakistさんが指摘している通り、「知らせる」と約束したのなら、かなりの覚悟を持って事に当たる“責任”がありますよね。
我が家でも、自分が「知らせる」責任を負っているので、何かあったら常にそのことを念頭に動きたいと、自分で再認識しました。

投稿: kmetko | 2012年5月18日 (金) 12:26

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