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2012年5月の26件の記事

2012年5月31日 (木)

藤沢周平の肉声

先日のNHK第2で、「カルチャーラジオ NHKラジオアーカイブス『藤沢周平』」という番組を聞いた(2012年5月8・15日AM10~)。昔のインタビュー番組を振り返っているが、藤沢周平の肉声は非常に珍しい、と言っていた。放送されていた番組は、1986年と1990年の二つの番組。

今、自分が一番読みたくて読んでいない作家が藤沢周平。老後は、悠々と藤沢周平の全作品を読みたいと思っているが、どうだろう・・・
でもそれにしては、作品数が多い。WIKIには77作品が載っている。よって全部読む、というわけには行かないな・・・。
自分が藤沢周平を“意識”し出したのは、NHKでドラマ「蝉しぐれ」を見てから。そもそも時代小説というのはあまり読んでいなかった。まあ、昭和の時代に、山岡荘八の「徳川家康」を夢中になって読んだことはあったが・・・・
でも藤沢作品は、何か郷愁があって、シルバー族には合っている。だから色々と読みたいのだが、「忙しい」という言い訳で、読めないでいる。何とも情けない・・・

昔、子どもの頃、“積ん読”が趣味だった親父の本箱に、たくさんの時代小説が並んでいた。それを横目に、チャンバラ小説のどこが面白いのか・・と思っていたものだ。しかし年をとって同じような年代に差し掛かり、にぎやかな現代小説よりも時代小説の方が好ましいと思うようになるとは、やはり自分もトシ?・・・と感じる。
言い訳の「時間が無い」の思考をストップさせるには、どのような手があるか・・・・。家での生活、自分の時間の遣い方について、ふと疑問が起きるこの頃なのである。

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2012年5月30日 (水)

OECDの幸福度の指標~日本21位に低下

そろそろ幸福度のランキングは卒業しようと思うのだが・・・・。
先日のニュースで、OECDが幸福度のランキングを発表し、日本は36カ国中21位だという・・・。あまりに低いので、他の国はどうなっているのか、調べてみた。

幸福度の指標 日本は21位に~36カ国中「生活の満足度」など評価低く
 経済協力開発機構(OECD)は22日、国民生活の幸福度を評価した「より良い暮らし指標(ベター・ライフ・インデックス=BLI)」の最新版を発表した。日本は36カ国中21位(2011年は19位)。「安全」や「教育」で最高水準だったが、「仕事と生活の調和」や「生活の満足度」などの評価が低かった。
120530oecd  BLIは国内総生産(GDP)に代わる国民の豊かさを測る指標として、昨年から発表。今年は加盟34カ国に非加盟のロシアとブラジルも加えて指標を算出した。トップは昨年に続きオーストラリアで、ノルウェー、米国が続いた。
 日本は11の評価分野のうち「安全」が調査対象国でトップ。犯罪に巻き込まれる人の少なさなどが評価された。2位の「教育」は学歴や読解力の評価が最高水準だった。
 評価が34位に沈んだ「仕事と生活の調和」は、週に50時間以上働く人が29.5%に上ったことや、1日のうち余暇や睡眠、食事に充てる時間の割合が60%とOECD各国平均(64%)を下回ったことが響いた。「生活の満足度」は、国民が10段階で採点した平均値が6.1点と各国平均(6.7点)より低かった。」(2012/05/23付「日経新聞」p5より)

<OECDの「幸福度指標」ランキング~2012年>
①オーストラリア
②ノルウェー
③米国
④スウェーデン
⑤デンマーク
⑥カナダ
⑦スイス
⑧オランダ
⑨ニュージーランド
⑩ルクセンブルグ
⑪フィンランド
⑫英国
⑬アイスランド
⑭ベルギー
⑮アイルランド
⑯オーストリア
⑰ドイツ
⑱フランス
⑲スペイン
⑳スロベニア
21)日本
22)イタリア
23)チェコ
24)韓国
25)イスラエル
26)スロバキア
27)ポーランド
28)ギリシャ
29)ポルトガル
30)ハンガリー
31)エストニア
32)ロシア
33)ブラジル
34)チリ
35)メキシコ
36)トルコ

何度も書いているように、幸福度なんて人それぞれの心の問題なので、他人にどうのこうのと評価されるものではない。しかし最近、色々な指標で勝手に「幸福なはず・・」と押し付けてくる。これも同じ。(まあこれも、当サイトのように反応する方が悪いのだが・・・)
でも日本の21位はガッカリ。でも日本人は、そんなに不幸だと思っていない(よね)。

まあ韓国よりも上なのでホッとする(?)のと、ドイツ、フランスが日本よりチョットしか上でないので、許す気(?)にもなる。

でも業の深い人間は、「**が実現すればもう言うことはない」ナンテ思っていても、ついそれが実現してしまうと、直ぐに「○○が実現すればもう言うことはない」と次の目標を作ってしまい、止まるところを知らぬ。よっていつまで経っても“足ること”を知らないで、もがく・・・。それが不幸を呼ぶ。

先日、上高地を散策しながらカミさんと話した。「こんな所を二本の足で歩いていること自体が、幸せなこと・・・」
幸せとは、周囲から評価されることではなく、自分の心の内にある。よって、前にも書いた通り、加山雄三もどきに「幸せだな~」とつぶやくに限る、と思うのである。
つまり、こんな数字のデータから人の幸せを“評論”されたくない。よって、当サイトの“反応”もこれまで。(・・・と思うのだけど、自信は無い・・・)

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2012年5月29日 (火)

森昌子の「池上線」

当サイトでは“凝っている曲”というのがある。ベートーベンの「運命」(ここ)を筆頭に、同じくベートーベンの「月光」、それに「荒城の月」、そして今回の「池上線」である。これらは、視点を変えて何度も出てくる・・・
自分がこの「池上線」に凝り出したのは、チェウニの歌を聞いてから。もちろん以前から西島三重子のオリジナルは知っていたが、チェウニの歌に、はまった・・・・。
この歌は、多くの歌手がカバーしている。チェウニの他に高山厳、水森かおり、森昌子、山本あき、狩人、祝友子、ザン、マルシアなどなど・・・・
その中で、チェウニを別格にすると、自分は森昌子の歌が好きだ。少し聞いてみよう。

<森昌子の「池上線」>

「池上線」
  作詞:佐藤順英
  作曲:西島三重子

1)古い電車のドアのそば
 二人は黙って立っていた
 話す言葉を捜しながら
 すきま風に震えて
 いくつ駅を過ぎたのか
 忘れてあなたに聞いたのに
 じっと私を見つめながら
 ごめんねなんて言ったわ
 泣いてはダメだと胸にきかせて
 白いハンカチを握りしめたの
 池上線が走る町に
 あなたは二度と来ないのね
 池上線に揺られながら
 今日も帰る私なの

2)終電時刻を確かめて
 あなたは私と駅を出た
 角のフルーツショップだけが
 灯りともす夜更けに
 商店街を通り抜け
 踏切り渡ったときだわね
 待っていますとつぶやいたら
 突然抱いてくれたわ
 あとからあとから涙あふれて
 うしろ姿さえ見えなかったの
 池上線が走る町に
 あなたは二度と来ないのね
 池上線に揺られながら
 今日も帰る私なの

それにしても、森昌子は歌が上手・・・・
カバーは、歌い手はもちろんだが、編曲が命だと思う。編曲によって、新たな命がよみがえる。
前にNHKラジオ深夜便で編曲家・若草恵さんのインタビュー番組があった。それによると、編曲家に与えられるのは、原則として旋律と歌詞だけ。作曲家と打合せはするものの、原則は何をしても自由だという。
幾多の「池上線」のカバーを聞いてみると、編曲の違いによって、自分の好き嫌いが大きく変化する。チェウニのように、ぞっこん惚れて何度も聞く編曲もあれば(ここ)、二度と聞かない編曲もある。
その中で、この森昌子の編曲と歌は、自分が好きな方の部類・・・

好きな歌を色々な歌手のカバーで聞く。これも自分にとっては珠玉の時間なのである。

●メモ:カウント~295万

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2012年5月28日 (月)

「いつか住みたい都道府県ベスト20」

先日の新聞に「いつか住みたい都道府県」というアンケート記事があった。曰く・・・

いつか住みたい都道府県
 日本には気候や風土、文化など、それぞれに異なる顔を持った47の都道府県があります。人それぞれに、かつて旅行や仕事で訪れて触れた人の温かさや、かけがえのないふるさとなど、様々な思い入れがあるでしょう。そんな中で、いつか住んでみたいと思う都道府県を尋ね、その背景を探りました。・・・」(2012/05/19付「朝日新聞」b2頁より)

<いつか住みたい都道府県ベスト20>
①沖縄県  1012票
②北海道  753票
③京都府  479票
④東京都  310票
⑤長野県  296票
⑥神奈川県 248票
⑦静岡県  244票
⑧奈良県  151票
⑨長崎県  148票
⑩宮崎県  143票
⑪兵庫県  141票
⑫福岡県  130票
⑬鹿児島県 127票
⑭岡山県  118票
⑮高知県  100票
⑯愛媛県  99票
⑰広島県  93票
⑱熊本県  80票
⑲和歌山県 70票
⑳大阪府  69票

Img_00032 どの県も「まあそうだろうな・・」というイメージがある。しかし得票が特異。トップ3が断トツなのだ。4位以下が300票なのに対し、1位の沖縄はその3倍以上、2位の北海道は2.5倍、3位の京都府は1.5倍なのだ。そしてトップ3に続く第2グループは、4位の東京、5位の長野、6位の神奈川、7位の静岡と続き、その下のグループとは100票近い差がある。つまり、ここまでが人気の県、という事になる。

この20県の中で、一番ピンと来ないのが兵庫(失礼!)。他の県は、県の名前を聞いただけで、直ぐに思い浮かぶ名所や特徴がある。しかし自分の場合、兵庫、と聞いて返す言葉が思い付かない・・・。まさか電車事故・・というワケにも行かず・・・

でも、自分の生まれた埼玉など、もっと特徴がない。埼玉と聞いて何を思い出す?埼玉アリーナ?? それに自分が育った茨城も水戸納豆と梅と霞ヶ浦くらいか・・・。筑波山と言っても、全国区では知られていないし・・・・。「ガマの油」も同様・・・・

シルバー族になって、居を移す人もいる。都会生活から田舎の農耕生活に、または逆に、田舎から便利な都会に・・・・
しかし、これには勇気が要る。生活基盤の転換なので多大なリスクを伴う・・・。でもどちらかと言うと、男性よりも女性の方がカラッとやってのけるような気がする。

先日、上高地を散策しながらカミさんと話した。「こんな所を二本の足で歩いていること自体、有り難いこと・・・」
そう。別に“住ま”なくても色々な県を体験するチャンスは幾らでもある。住んでみたい・・などという大それたことを考える前に、先ずは色々な所に行ってみる、というのが現実的では??
ふと、先日のバスツアーに味を占め、せっかくこの世に生を受けた自分の人生・・・。(海外は面倒なので)改めて国内の色々な所に行ってみようかな・・・と思うこの頃ではある。

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2012年5月27日 (日)

大満足だった新穂高・乗鞍・上高地の温泉小旅行

昨日と一昨日、カミさんと温泉の小旅行に行ってきた。
旅行で、「良かった」と「良くなかった」の評価は、お天気を含めた“絶対値”としてあるような気がする。それに、「*万円にしては良かった」「*万円も払ったのに・・・」という相対評価が加わる。今回の小旅行は、「良かった~~~」。

昨年のプライベートなドタバタや、今年も色々と行事があり、久しぶりに夫婦で温泉にでも・・・という話が持ち上がった。そしてカミさんが新聞で見付けて来たのが、クラブツーリズムという会社の「北アルプス3景と小京都で豪華リゾートに宿泊 上高地・乗鞍スカイライン・新穂高ロープウェイ」(ここ)というバスツアー。それに「ご夫婦参加限定旅」とのこと。費用は2万円。
先日の高速道でのバス事故のこともあり、あまりに安いので、心配していたが、何の何の・・・・。選んだ理由はただ一つ。「八王子発」があるから。どこに行くかはあまり気にしなかった・・・・(写真はクリックで拡大)

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2012年5月25日、8時20分京王八王子発。これは有り難い。東村山から走ってきたバスも、最後の八王子から我々を含めて7~8組は乗った。全部で20組40人のフルだという。全員が初老夫婦で、若い人はいない。
天気は、ずっと良い予報だったのが、前日あたりから雨マーク。中央道を走るに連れ、雨が・・・・。まずは車中で釜飯の弁当。お茶がP11107811_2 付いていないという。2万円ならでは・・と。でも結構ウマイ・・・・。
新穂高温泉駅から13時発の新穂高ロープウェイに乗る。雨の中、乗客は我々のツアーのみ。眼下のバス駐車場の寂しいこと・・・。上がるに連れて、雪・・・・。フイに窓ガラスが一面に曇った状態に・・・。雲に突入したのだ。

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ロープウェイを2つ乗り継いで上に行くと、気温6度。展望台に行くが、何も見えず・・・。少し外に出ると、道の両側は雪・・・。

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もう破れかぶれ。台風でも来て、吹雪になれ~~~
下におりた時に、売店のおばさんと話したら、良く見えるのは年の1/3程度とか。下は晴れていても、上に行くとガスで見えなかったり・・・。もちろんその逆も・・・
お天気だけは、仕方がない。運だと思って退却するしかない・・・・。しかしこのロープウェイの料金は、普通だと往復3千円弱・・・。団体客は相当に安い??
ロープウェイの待ち時間に、カミさんが前の人と話をしていた。「女性団体客がいないので、静かで助かる・・・」。なるほど、夫婦限定はそんなメリットがあるのだ。

4時半にホテル着。「ホテルアソシア高山」という五つ星ホテル(ここ)。予想よりも豪華・・・。部屋に入ってビックリ。広~~い。11階なので眺望も良い。スリッパや浴衣なでは無い、とのことだったが、何の何の、全てがそろっていて、普通の宿泊と同じ。夕食前に風呂に行ったが、これまたビックリ。露天風呂の種類が、5つもある。広い樽風呂から、滝に打たれるような行者風呂まで、こんな大規模な露天風呂は初めて・・・。それで、寝る前に2度目の風呂に行ってしまった・・・・。今まで絶対に2度風呂に行くことが無かったのに・・・

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そして夕食もビックリ。結婚披露宴会場の広間に、8人毎の円卓に自由に座る。部屋の案内板を見ると、埼玉からと我々の多摩からの2つのツアーが一緒らしい。「飛騨牛会席」と謳っているように、焼き肉がうまい・・・。いやはやビックリ・・・・。ホントウに2万円か??
それと、このホテルの部屋作りは優秀。音が聞こえない。安普請では隣の部屋の音が聞こえたりするが、ここではドアのチャイムの音も、廊下では聞こえない。さすが、五つ星!?
相変わらず室内は乾燥しているので、いつものように部屋の風呂にお湯を張ったまま、浴室のドアを開けて放って寝た。

天気予報では、2日目(2012年5月26日)は晴れの予報。朝起きたらマアマア。朝食はバイキング。朝のロビーには、タイと中国の人のツアーも。
8時半出発。飛騨高山の朝市へ。宮川朝市というのだそうだ。川縁に店と露店が並ぶ。結構な賑わい。そして古い町並みへ。病院もその通りにあるが、皆古い伝統の玄関の造り・・・

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ここも散策は自由行動。約束の時間までにバスに戻る。それからまたバスで、今度は乗鞍スカイラインで畳平に。バスはぐんぐん山道を登って行く。雪の山並みが見えてくる。少し尖った山が槍ヶ岳だという。頂上に着いたら、気温は0度。さすがにセーターを着る。天気は、青空とまではいかないが、山はきれいに見える。バスの運転手さんが「花見で言ったら、今日は満開。こんなに山が良く見えるのは、年間70日位しかない。夏は霞がかかったようになるし・・・」と言っていた。昨日の雨を挽回したのかも・・・。そしてまた自由行動。
広いバス駐車場には、我々の1台だけ。ここまで車で来られるのは、観光バスと役所の見回りの車だけだという。自家用車では来られない。その意味では貴重。
近くの山に登ると、15分位だというので、途中まで登ってみた。風が冷たい。ヤッケ無しではつらい・・・。看板を見ると「乗鞍岳畳平2702m日本自動車道最高地」とある。自分は、足で登ったことがないので、たぶん人生で最高地点に来ているのかも・・と思った。

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そして下山。添乗員さんが「お猿さんがいるかも・・」と言っていたら、道路際にお猿さんが何匹も・・・。子どもを抱いたお母さんザルも・・・・。雷鳥は見えなかったが・・・
P11109401 昼食はまた弁当。今度はお茶が付いている。この弁当もまあまあ。そして一路上高地へ。
上高地では、下車が3つの選択肢があるという。大正池ホテル前で降り、1時間半ほどかけてバス駐車場まで歩くか、途中の帝国ホテルまえで降りて歩くか、最後のバスターミナルまでバスに乗ったままで行くか・・・
我々は、せっかくなので大正池から歩くことにした。集合は2時間後。遊歩道はしっかりと整備されていて、歩きやすい。焼岳やウエストレリーフを見ながら、河童橋まで歩き、バスターミナルまで。

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最後にアクシデント。バスを探しても無い・・・。土曜日とあって、2時間もバスがターミナルに入れずに渋滞したという。よって添乗員さんの所に集合して、やっと入ってきたバスに乗り、10分遅れで出発。八王子着7時半・・・

1日目の天気が良く無かったが、その分2日目で挽回してまあまあ。
結論として、たった2万円でこんな温泉旅行が出来るとは目から鱗・・・。何が良かったかって・・・。カミさんが言うには、集合写真のような強制がなく、場所場所でも自由行動。定番の買い物も、トイレ休憩をかねての店が、2日各一カ所で、二つとも規模が大きく、旅行会社の強制買い物、という感じがしなかった。何よりも一番良かったのがホテルで、温泉が抜群。添乗員さんの介添えも、押し付けが無く、実にさわやか・・・・。それと、夫婦限定は、先のロープウェイの待合で、おばさんが言っていたように、女性グループがいなかったので、実に静かで上品な旅が出来た。逆に上高地での散策では、すれ違う女性グループが、それはそれはにぎやかなこと・・・・。

我々は「クラブツーリズム」というのは初めて。帰ってからHPを見たら、結構大きな会社のようだ。同じコースも、関東各県から出発しているコースがたくさんある(ここ)。今の顧客ニーズは、自宅の側から出発するコースか?それにしても、なぜ2万円で出来るのか不思議・・・。3~4万円でも満足なコース。考えてみると、ホテルは人件費などの固定費がかかるので、部屋を埋めなければ金にならない。料理でも、料理人はいるので、やはり回転が大事。そう考えると、次々に固定客を運んでくれるツアーは有り難いのかも・・・。露天風呂だって、3人入るのも30人入るのも固定費は変わらない・・・・

海外旅行は段々と面倒になってきた。このような温泉宿の小旅行は、体の負担も少なく、何よりも安いので、例え天気が最悪でも、温泉とおいしい料理だけで満足。(欲を言えば、バスにトイレが付いていれば、例え旅費が高くても、より安心なのだが・・・)
よって、「やみつきになりそう・・」が結論。どうもこの会社のツアーのリピータになりそうな予感がする。

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2012年5月24日 (木)

今朝の電車の中の風景~頼りになる日本のお母さん

今朝、電車で新聞を読んでいたら、向かいの席の子どもが泣き出した。前に人が立っているのでよく見えないが、毎朝大きなランドセルを背負った男の子が、二人並んで座っている席。今年私立の付属小学校に入学したのだろう一人が、前の駅で乗ってきて、自分と同じ駅で、お母さんに連れられた一人がその隣に座る。この4月以降のことだ。
前に立っていた中年男性が「どうしたの?」を話し掛けている(聞こえないが、たぶん・・)。しばらくして、次の駅に止まった。するとその駅で乗り込んできた若いお母さんとおぼしき女性ビジネスウーマンが、電車に乗ってその泣き声を聞くや、脱兎のごとく声を掛けていた男性をかき分けて子どもの所に寄る・・・・。(ホントウに“貴方たちではダメ!”とばかりに・・・)
よく見えなかったが、まもなく泣き声が止んだ。何だろうと思っていたら、次の駅で二人して降りていった。忘れ物をした?通学が怖くなった?とも思ったが、もう5月末。体調不良かも・・・。隣の席の相棒は、何をするワケでもなく、ただ呆然・・・・
それはそうだ。小学校1年生で、女の子ならともかく、男の子だと手助け出来るワケもなく・・・・(そのくせ、駅に着くとホームでふざけて走り回っているが・・)

付属の小学校にやっと入れた・・・と、毎朝6時半発の電車で30分の電車通学。中学生なら分かるが、小学校1年生からの電車通学はどうなんだろう? 幾ら学校がエスカレーターとは言え、あまり賛成は出来ない・・・。小学校は地元で良いのでは?
そう言えば、ウチの息子も中学の時、電車の中で気持ちが悪くなって吐いたことがあったという。やはり女性の人が介抱してくれたと、後で聞いた。

駅で降りた女性は、たぶん母親に連絡して、子どもを引き渡すまで一緒にいるのだろう。会社に遅れるかも知れないのに・・・
外国から来た人が、通勤電車の中の日本人を見て「何であんなにいつも不機嫌なの?」と感想を漏らすとか・・・。確かに電車の中は、皆知らんフリ。でも、いざとなったら、日本のお母さんは頼りがいのある、強い存在なのだ。ただし、それは相手が小学生だからかも・・・
何? もし泣いた子どもが自分の座席の隣だったら、どうしたかって? 当然、介抱したさ・・・。たぶん・・・・。恐らく・・・。自信無いけど・・・

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2012年5月23日 (水)

台所のTVで居間のタイムシフト録画を再生

カミさんに頼まれたことで、ほとんどはイヤイヤするのだが、時たま積極的に動くことがある。今回の台所のTV更新と、居間の録画機タイムシフトマシンの導入は、まさにカミさんのひと言で、自分が“過激に”動いた例・・・。

いつだったか、カミさんが「昔のテレビ番組を、後から見られるんだって?」と言う。東芝のブルーレイレコーダーのタイムシフトマシンのことだ。「買うか?」と聞くと「もったいないから要らない」という。
少し経って、「ビエラでは、台所から録画した番組が見られるんだって?」という。「買うか?」と聞くと「「もったいないから要らない」という。
その後もたまに同じような会話があった。ふと価格Comで見たら、最初に話があった時に比べ、東芝のレコーダーが1万円も高くなっている。これらは、時季があるのだ。
どうもこの手の話は、つい夢中になってしまう。日曜日にたまたま電気屋に寄った時に、レグザブルーレイのカタログを貰ってから、何かやる気になった。居間のDVDレコーダーも6年。まだまだ使えるが、そろそろ最新式に取り替えても良いかな・・・なんて言い訳をして・・・

どうせ買うなら容量の大きい方を・・ということで、東芝のレグザブルーレイDBR-M190と台所用の液晶TV、REGZA 19RE2を手配した。DBR-M190は5TBのHDD搭載。台所用のTVは一番小さいので19型。今までは、なるべく小さいものということで13型だったので、結構でかい。
しかし、TVの安いのにはビックリ。2万数千円で最新型が買える・・・・・
まずは自室でセッティングと画質などのチェック。「6チャンネル分を15日間分」を一時保管できるといううたい文句だが、画質は我慢の限度を超えている。三菱電機のTVでは、低画質モードでも充分に良い絵なのに・・・。仕方なく高画質モードで録画することにした。これだと一時保管は6日間だが、チャンネル数を5つにして、録画時間帯を午前中と夜だけにしたら、18日間分が保管できる。つまり、過去18日間の番組が後から自由に見られる。新聞の講評欄に良い番組だったと載っていたり、人から良かったと聞くと、今までは再放送を待つしか無かったが、これからは18日前であれば、全てを録画しているので、後から見ることができる・・・・・

そして台所用のTVからも、居間のレコーダーに録画してあった番組を見られるようにする。TVとレコーダーそれぞれをLANケーブルでNTTの光ルーターにつなぐ。なるほど、TVのレグザリンクのボタンを押すと、居間のレコーダーに録画してある番組リストがズラリと出てくる。それで再生可能。しかも、タイムシフトの過去番組も、日にちとチャンネルを指定すると、リストが出て来て再生可能。でも探すのが結構大変・・・・。
唯一の欠点が、居間のレコーダーの電源が入っていないと、台所で見られないこと。いちいち電源を入れに行くのは面倒なので、東芝DVDインフォメーションセンターに「取説に、外部機器から電源を入れる方法が書いてあるが、このTVでは出来ないのか?」と電話で聞いてみた。すると電話口の女性が全くの素人・・。少し聞くと「お待ち下さい」と長時間引っ込む。そして別のことを聞くと、また「お待ち下さい」・・・。こまったもの・・・。
結局、レコーダーの電源ONの手間の問題はあるが、台所仕事をしながら、いつでも居間と同じ環境でTVを見ることが出来るようになった。

最後に残った“課題”が「停電対策」。このタイムシフトマシンは、指定した時間帯は全番組を録画する。つまりHDDが動きっぱなし。よってPCと同じで、絶対に電源を止められない。しかし、ウチのカミさんが良くやるのが、食洗機とアイロンを同時に使って居間のブレーカーを飛ばすこと。これだけは、注意していても必ずやらかす。せっかくのレコーダーを壊さないために、無停電電源(USP)の安いのを買おうかとも思ったが、昨年の計画停電を思い出し、まあ壊れる確率はそう高くないだろうと思ったり・・・・。結局、食洗機の電源を別系統から引くことにして、7mの電源延長ケーブルを手配することにした。Amazonで手配すると、送料無料で直ぐに送ってくれるので助かる・・・。
しかし昨夜、「何度でもブレーカーを飛ばすだろう」と言うと、「そんなこと当たり前でしょう。今頃気付くなんて・・・」と自分のミスを、今後も当然やらかす前提で話すカミさんは大物・・・

かくして、ここ数日で、カミさん用の自由自在TVが実現できた。やれやれ・・・なのだが、実はカミさんに「使い方を教える」と言っても、乗ってこないのっだ・・・・。「後で・・・」と。
結局このようなことは、自分の自己満足以外の何物でもない・・と思うのである。
つまり、金を遣い、頭を使い、体力を使い、「よし、これで台所から何でも見られるぞ」と得意になっても、それをどう使うかは所詮カミさん・・・。
あまり乗ってこないカミさんに、ちゃんと利用するように、教育が最大の課題だと今頃気が付く自分なのである。
さて、また今から使い方を習う気になったかどうか、聞きにいってくるかな・・・・(トホホ・・・)

(追)
タイムシフトマシンDBR-M190は非常に便利で重宝しているが、使ってみて重欠点が二つあると思った。
一つは、ディスクを入れても録画されている番組の表示が出ない。レグザリンクというボタンがあるが、どこから探って行っても、メディアに録画されている一覧表が出ない。仕方なくサポートセンターに電話するとリモコンの上向きの「<<」ボタンを押すのだという。なるほどリモコンにも書いてある。もちろん取説にも書いてあるのだろう。しかし、他社の製品は、このような一番使う機能は、いちいち取説を見なくても、メディアを入れただけで、一覧表が出る。使用者は、メディアの番組を見るために入れるので・・・・
もう一つは、1.3倍の早送り再生の時の画質。画面が飛ぶ。三菱や日立、Panaの製品も持っているが、早送りしてもスムーズに動き、画面が飛ぶことはない。老舗の東芝にしては、何とも残念な性能ではある。

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2012年5月22日 (火)

「団塊、嫌われぬ老後を~後輩犠牲の高福祉では」

自分たちにとって都合の悪い話、耳の痛い話は、当blogで取り上げない・・という考え方もあるが、この記事がどうも気になって仕方がない。棄てられないこの新聞の切り抜きが、「オレも・・・」と拙宅で“存在感”を示す。仕方がない。長文だけど取り上げてやるよ・・・・(写真はクリックで拡大)

団塊、嫌われぬ老後を~後輩犠牲の高福祉では
    本社コラムニスト 平田育夫
  「いい思いをしてきた戦後のベビーブーム世代が、実に多くの問題を若い世代に押しつけている」
 これは日本の話ではなく英国会議員のD・ウィレッツ氏が英国社会について書いた本、その名も「ザ・ピンチ」の一節である。
 高齢化する先進国に共通の悩みが、社会保障などの世代間格差なのだろう。
 日本のベビーブーム世代の代表は1947~49年生まれの「団塊の世代」。その先頭が今年65歳になっている。670万人のこの塊は、若い世代に迷惑をかけず老後を送れるだろうか。

Img_00051  「恵まれすぎ」などという若者らの声に釈然としない団塊世代も多いだろう。本当はどうなのか。
 年金、医療と介護で生涯に国から受け取る給付と保険料の支払額を比べよう。鈴木亘学習院大学教授(41)の推計(図)では、ほぼ50歳より上は受取額が支払額より多く、その下は支払額が受取額を上回る。団塊世代は2000万円前後の受け取り超過となる。
 この社会保障の格差が不当かどうかは、世代ごとの幸福度や社会への貢献も併せて考えねばなるまい。
 80歳代以上には戦場に行った人、空襲や原爆にあった人も多い。70歳代も戦後の食糧難に苦しんだ。今年79歳の男性が14歳の時の平均身長は、団塊世代である64歳の14歳時より11センチも低かった(文科省統計)。
 貧しさに耐え高度成長の礎を築いたのも70歳代以上が中心。その果実をいただいたのが団塊世代だ。
 団塊世代の大学卒業は70年代初め。その70年代に経済安定のため様々なシステムが導入されたとエコノミストの原田泰氏は「1970年体制の終焉(しゅうえん)」で説く。
 73年の石油危機後、資本自由化は止まり企業が保護された。金融の護送船団体制が本格的に確立し、銀行は人気就職先になる。
 安定した経済の下で職探しも楽で、昨今のように50社以上も回る学生はまれだった。総務省によると70年当時、15~24歳の失業率は2%で、最近の9.2%よりずっと低かった。
 病気や事業の失敗などでつらい思いをされた方もいる。それでも団塊世代は経済の面で相対的に恵まれていたとはいえるだろう。

 では社会への貢献はどうか。課長か部長の頃にバブルの恩恵に浴したが、その崩壊後は役員や幹部社員として事業の改革より人員削減などに傾きがちで、若者の就職難にもつながった。政界にも団塊世代はいたが経済の構造改革や社会保障の見直しには不熱心。
 こうして20年間の経済停滞や財政悪化に直接、間接に手を貸してきた。
 社会から得たものは多く与えたものの少ない世代。老いて厚い社会保障を受けるとなれば、若者の不満も分からなくはない。
 この世代の名前が由来する堺屋太一氏(76)の36年前の小説「団塊の世代」は、2000年時点での年金や医療保険の破綻を予想。若い官僚にこう言わせた。
  「(団塊世代は)まだまだ日本に力があった頃を無為無策に過ごして来た」
  「福祉だとかレジャーだとかで民族のバイタリティーをことごとくその日の消費に使ってしまった」
 滴察は当たったように思える。団塊世代は社会に何を還元できるのか。
 消費社会研究家の三浦展氏(53)は7年前の著書「団塊世代を総括する」でこの世代に起業を勧めた。成功すれば税収や雇用が増える。一定の所得がある人には国が年金を減らせる。
 ライフネット生命保険を6年前に設立した出口治明社長(64)の例もあるが、還暦過ぎのだれもができる芸当ではない。やはり社会保障改革や消費税増税に協力することが、立つ鳥跡を濁さない現実的な道か。
 冒頭に紹介した英国議員の書も、ベビーブーム世代に社会保障を含めた自制を説いている。

 社会保障の削減にあたり特定の世代を狙い撃ちすると制度をゆがめるので、基本は全世代が対象になる。それでも団塊世代の大群が本格的な受給者になる前に改革をすれば、後輩の負担を軽くできる。
 例えば公的年金の給付額を、少子化や寿命の延びに見合って年0.9%程度ずつ削る仕組みをデフレ下でも発動する。現役世代の賃金は減ったのだから文句は言えない。
 また基礎年金の支給開始年齢を66歳とし、団塊世代の最後である49年4月2日以降生まれの男性(現行制度は65歳開始)から実施する。暴論というなかれ、米国は29年前、ドイツも5年前に67歳への段階的引き上げを決めている。
 医療分野では70~74歳の自己負担1割について、団塊世代がこの年齢に達するまでに「一定以上の所得がある人は3割を負担する」仕組みに変える・・・・・・。
 病気や事業の失敗などで困っている高齢者には配慮が必要だが、介護を含め、支出を抑える手は多い。
 消費税増税も危うい情勢だが、政府は社会保障の抜本改革を先送りした。もし社会保障の膨張で財政破綻が迫れば、物価は急騰し年金や貯蓄に頼る人々を直撃する。70年代に消費者物価が2.46倍になったのを団塊世代は経験済みだ。
 だから改革は団塊世代にとって自分の問題でもある。数の力に頼み沈黙を決め込むのは、結局だれのためにもならない。この世代の一員として、そう思う。」(2012/05/14付「日経新聞」p5より)

「まったく痛いところを突きやがって・・・!」と思ったが、最後に「この世代の一員として、そう思う。」という言葉があるので、同じ穴の狢(むじな)。許してやるか・・・

まさに団塊の世代の中心、47年生まれの自分たちは、この指摘の通りだった。行け行けドンドン・・・
オイルショックの時の給料の上がり方は、まさに異常。会社が潰れる・・・ナンテ言うことは、夢にも思わなかった。ひたすら拡大の一途。今考えると、そっちの方が異常だったのだ!?

団塊世代が「逃げ得」と言われて久しい。しかし、自ら返上しようとは思わないのは、まさに上の記事の「沈黙を決め込む」ことに他ならない。それは分かっている。しかしな・・・・・・
今日は、書けば書くほど墓穴を掘るので、この辺で止めておく。
当記事を読んだ団塊の世代の各位が、それぞれの立場で“反省?”して“行動”することにしようぜ・・・・(まあ今晩、孫に小遣いを1000円あげるとか・・・)

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2012年5月21日 (月)

近くのソバ屋のおじいさん

今朝は日本中、金環日食の“お祭り”の日。東京地方は曇の予報に比べれば、薄日。ラッキー・・・・。金環食ピークの朝7時半の時刻には、自分はいつもの通り駅前のコーヒーショップ。
見ると、駅前広場には減光メガネをかざして太陽を見る人がたくさん・・・。自分がコーヒーショップに入った日蝕ピークの20分前頃は、何とか直射日光も当たっている。もちろん何の用意もしていない自分は、それとは無関係・・・
コーヒーショップの中からボヤーと外を眺めていると、7時半前後で確かに急速に辺りが暗くなるのは分かった。窓際のスタンド席の、机の上のダウンライトの光が急に明るくなった。つまり、まるで暗雲立ち込めたように周囲が暗くなった。直射日光は見えなかったので、“その瞬間”は曇ったのかも・・・

さて、今日は他愛もない話。
会社の近くに、たぶん70代くらいだろう夫婦でやっている古いソバ屋がある。2週間に1度くらい自分も昼食にソバを食べに行く。そのソバ屋は、調理はおばあさんがやっていて、おじいさんは注文取り。なぜかというと、おじいさんは脳梗塞をやったらしく、まるでロレツが回らない。何を言っているのか、なかなか理解が出来ない。そんなことで、おばあさんが調理をしている。
でもそのおじいさん、客に気楽に声を掛ける。声を掛けられた客は、その言葉を聞き取ろうと一生懸命。そして困った顔をしながらも相槌を打つ。もちろん若い女性客もだ・・・。

前に、駅で電車に乗って、ふとホームを見たら、ちょうど同じ電車から降りたソバ屋のおじいさんがこっちを向いて手を振っている。思わずドアのガラス越しに、自分も手を振ってしまった。しかしこの光景は信じられない・・・。注文取り以外に話もしたことがないおじいさんが、自分に向かって手を振っている・・・・
そうか、おじいさんはたまにしか行かない自分を覚えていたんだ・・・

しばらくして、やはり駅に続く道を歩いていたら、前から来た人が急に立ち止まって、頭を下げる。ギョッとして見ると、やはりそのおじいさん。思わず自分も頭を下げた・・・。
会社関係以外の人から道端で挨拶されるのは実に珍しい・・・

そんなことがあってから、何かそのソバ屋に行きづらく・・・
先日久しぶりに行ったら、そのおじいさんから、また親しげに声を掛けられた。もちろん滑舌は最悪。でも自分なりに「駅で良く会いますね」と言ったと理解して「そうですね」と相槌を打った。それに、自分はそのそば屋に行くと、直ぐに新聞を探すので、「新聞が好きですね」という言葉も分かった。
ところがだ、先日また声を掛けられたのだが、「ん?」と聞き返しても、何を言っているのか分からない。よって、相槌を打つわけにも行かず「分からない」と言ってしまった!!するとおじいさんは、そそくさと調理場に行ってしまった。
ただそれだけのこと・・・・。

半年ほど前だったか、数ヶ月間、店が休んだことがあった。その時は、さすがに心配した。あのおじいさんの具合が悪くなったのかと・・・。そのまま閉店だとばかり思っていたら、散歩で近くを通ったときにまたやっていることを知って嬉しかった。
素知らぬ顔で入ったら、やはりおじいさんが入院していたらしい話をしていた。
しかし、くったくのないこのおじいさんが自分は好き。脳梗塞(かどうか分からないが)を隠そうともせず、堂々と調理場のおばあさんに向かって「たふかほは~~~(たぬきソバ~)」と大きな声で言っている。たまにおばあさんが出て来て「たぬきソバですよね」と確認に来るのがまた楽しい。

人間、生き甲斐が必要。昔ソバの名人でも、今は注文取りとお茶入れ。でもこのおじいさんは頑張っている。70歳なんて何のその・・・・(正確なトシは知らないが・・・)
自分がもし同じようになったら、このように堂々と他人の前に出て行けるだろうか? 引き籠もりにならないだろうか? いやはや尊敬してしまうな・・・。
今度またソバ屋に行って話し掛けられたら、たとえ何を話しているか分からなくても「そうですね~」と言うつもりだ。

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2012年5月19日 (土)

「言葉に出すことが大事」

先日の日経新聞にこんなコラムがあった。曰く・・・

言葉に出すことが大事
     日立製作所会長 川村 隆
 昔は「不言実行」が尊ばれた。大切なことは人に言わなくとも、自分ひとりでひっそりと、しかしきちんと実行するものだ、とされた。昔の男性は、もともと口が重いことを美徳としていた。
 連合艦隊司令長官の山本五十六も口が重い人で、きちんと説明して部下を納得させることをあまりしなかったという。真珠湾攻撃もミッドウェイ海戦も、意義や影響につきあらかじめ語られたならば結果も少しは違ったものになっていたかもしれない。
 軍隊でも会社でも、トップリーダーは部下にやらせようとすることの社会的意義や影響などを言葉に出して説明し、納得の上で実行させるのが肝要である。そうしないと部下から最大限の力を引き出せない。
これは男性が女性に向う時でも全く同じである。女性の決まり文句は「好きなら好きと面と向かってはっきり言ってほしい」ということ。何となく自分を好いてくれているらしい、素振りや目つきがそんな感じというだけではだめで、やはり言葉に出すことが大事らしい。
 会社では、従来の文書類に加え、メールが完全に定着して強力な武器になっており、社内外とも連絡はずいぶん迅速かつ多面的になった。階層を飛び越え、内外を飛び越えて、多様な情報や連絡が飛び交う情報爆発の時代になった。ただ、大切な意思決定やその伝達は、やはり今でも人間が顔と顔を突き合わせて、よし、これで行くぞ、いいな? とやっている。顔を見て、言葉に出して確認をするのである。
 人類が300万年も続けている言葉の使用は、5000年の歴史の文字使用より安心ができ、ましてここ20年のメールよりもはるかに心に届くのである。」(2012/05/14付「日経新聞」夕刊p1より)

ビジネスの世界では、「有言実行」が全て。でもその他の世界では、確かに「不言実行」が美徳・・・。でも現代ではもはや死語??
「不言実行」と聞いて、子どもの頃の通知表を思い出した。確か書かれていた・・・。フト探してみたら、あった。中学1年の時の通信簿の「行動の記録」に「不言実行型。今後もしっかり・・・。期待しています。」というコメントが書かれていた。
このとき、「不言実行」という言葉を知らず、これはどういうことだと母親に聞いた記憶がある。
しかし、大人しかった子ども時代とは裏腹に、大人になってからは不言実行など無縁・・・!? かと言って、「有言実行」の難しさは言うまでもない。そもそも予算がその筆頭。どの会社でも予算を与えられ、それに向かって走る。これこそ有言実行の世界。

社業では、メールの時代になって、随分と便利になった。エビデンスという意味では、「言った」「言わない」が無くなり、揉める事が少なくなった。しかし対人関係がドライになった面もある。よく“隣に座っている人にまで、メールを出す”と新聞などで揶揄されたこともある。それに、感情が入り込むと、メールはトラブルの原因となる。つまり言葉足らずで、表現しきれないとき、無用ないざこざを発生させる。

人間、思っている事を言葉だけで表現する事など、原理的に無理ではないかと自分は思う。だから単なる連絡ならいざ知らず、大事なことは面と向かって話をする事が絶対に必要。会って話をするという事は、言葉だけでなく全身で物事を表現することができる。もちろん、誤解も直ぐに正せる。

メールの時代になって、我々シルバー族が、若い人を本当に羨ましい・・と思う事がある。それは一目惚れの彼女に、自分の意志を伝える手段についてだ。今の若い人はメールでいとも簡単に直接アクセスでき、意志を伝える事ができる。しかし昔は自分の意志を伝える何の手段もない。ドラマでは、下駄箱にそうっと手紙を置いておく・・・なんていう場面もあったが、自分の周囲ではそんな話は聞いた事がなかった。つまり自分など、「不言不実行」で、何十人を“黙って見送った”ことか・・・・

人間、お互いを理解し合う事が、何よりも大事。しかしそれが何よりも難しいことを、トシと共に実感するこの頃である。

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2012年5月18日 (金)

STAXの高級ヘッドホンSR-009が素晴らしい

STAX(スタックス)の最高級ヘッドホン(イヤースピーカー)SR-009。自分の印象は、「素晴らしい」と言うより、「スゴい・・・!」

STAXの本社で、最高級ヘッドホンSR-009を“聴かされ”てから(ここ)、たった1週間で、まったく買う予定がなかったそれを手に入れているとは・・・。全くの予想外。でもさすが・・・・。その音は、期待に違(たが)わず・・・・

先日、ドライバー(ヘッドホンアンプ)SRM-007tAに続いて、とうとうこのヘッドホンを注文してしまったのだが(ここ)、一昨日、在庫があったヘッドホンが先に着いた。
箱を開くと、何と桐の箱が出て来た。超高級品は桐の箱に入れるという話はあるが、電子機器のヘッドホンが桐の箱に入っているとは・・・。それだけで、これは“ただ者ではない”、ということが分かる・・・。
さっそく、自分が持っていたイヤホン型イヤースピーカーセット(SRS-005S)のドライバーSRM-252Sにつなぐ。なるほど・・・。自分の持っているイヤホンタイプSR003とは“ケタが違う”音・・・。
でも・・・・。何かガッカリ・・・。試聴した、あの時の音とは違うのだ・・・。やはり廉価版のアンプでは本来の音が出ないのかな・・・と、注文してある高級ヘッドホンアンプの到着を待った。
そして、昨日アンプSRM-007tAが届いて、つないだ・・・。
そう、この音・・・。まさにこの音だ。

何と表現したら良いのだろう。最初に感じたのが、ベースのボーンという低音。これが実に心地よい。もちろん高音はキラキラと輝いている。音の粒が飛んでいる・・・という感じ。何よりも、大きな音を出しても、その大音量に気が付かない。つまり、ウルサイとは全く思わないのだ。音が自然で、刺激的な要素がないためか、大きな音でも“豊かに”聞ける・・・??
ビックリしたのは、FM放送の音が素晴らしいこと。CDと遜色がない音が聞ける・・・・。
なるほど、これが天下のKENWOOD L-02の実力なのかも知れない。今までその実力を出し切れていなかった?? NHK FMの送信アンテナがスカイツリーに移って、電波が強くなったため、ノイズが全く無くなり、ゆとりを持って聞けるようになったが、そのこともあって、SR-009を通して聴くFM放送の音が予想外に素晴らしいのだ・・・。

とにかく、これはすごい・・・・
カミさんを呼んで聴かせた。「スゴイだろう~~」「ス・ゴ・イ・だろ~」・・・
カミさん曰く「音が大きすぎる!」「自分の好きなサザンをやれ」・・と言っても、自分は持っていないし・・・
「そんなに重く無いじゃない・・」「耳によくフィットして心地よいね」「アナタは禿げているので、頭の汗が直接ヘッドバンドに付いて、汚れてダメになるのでは?交換してくれるのかな?」「アンプにホコリが付くので、天井のあるラックを買ったら?」・・・

とんでも無い所に話が飛ぶが、6年前、「インプラント~一番“価値のあった”買い物」(ここ)という記事を書いた。
自分が奥歯3本にインプラントを入れたのが2003年なので、もう9年にもなる。もちろんノントラブル。90万円かかったが、未だに人生でもっとも安い買い物だったと思っている。
実は今回、このヘッドホンを買って、その時のことを思い出した。
つまり、このヘッドホンとアンプは、40数万円という値段こそしたが、少しオーバーだがこれからの自分の生涯で、“最愛の伴侶”となるような気がする・・・。
一番心配していた重量も、カミさんが言うように、今のところそれほど気にならない。いや、それを気にする前に、その音にひれ伏してしまう。素晴らしい音に、重いというネガティブさが吹っ飛んだ感じ・・・
実は昨夜も、午前1時頃目を覚ました。そして、のそのそと、ヘッドホンを耳に・・・。そしてウーンと唸る・・・。負けた・・・・。
今回買った真空管アンプもヘッドホンも、エージングを経ると、もっと音がこなれて良くなるらしい。NetではSTAXは最低200時間のエージングが必要とも・・・。しかしまさか、自分が今頃真空管アンプを買うとは・・・・

自分はあと何年生きるのか・・・。80歳まであと15年ほど。それまでこの音で音楽が聴けると思うと、つい嬉しくなってしまう。素晴らしいものは、金銭感覚をマヒさせる。
このSR-009に合わせた最高級アンプの開発のウワサ(期待?)もチラホラ・・・・? 将来、それが実現した時は、もしかすると値段関係無しに買っちゃうかも・・・

それにしても、たかだかヘッドホン。それが、これだけの感激・感動を自分に与えてくれるとは予想外・・。それを考えると、40数万円なんて、安いもの・・・。STAXはメンテナンスも定評があるので心配ない。なによりも、このヘッドホンは、持ち主登録制。つまり、このことからも、“STAXが将来的に相当な決意で1台1台のSR-009を保守してくれる”という意志を感じる。安心この上ない。
最後に残念なことを2つ。ドライバーSRM-007tAに入力切り替えが付いているのは便利だが、電源を投入すると、CH1が常に選択されてしう。つまり、CH3のXLR入力でつないだ場合など、電源投入後に必ずCH3を選択するという、二度手間が必要。ラッチングリレーや不揮発性メモリの利用で、電源断時のCHを覚えておいてくれると便利なのだが・・・。それとSR-009の左右の判別が結構面倒。SR-003だと、右CHに赤い札が付いているので、暗い中でも左右が直ぐに判別できる。SR-009はヘッドホン下の「L・R」またはケーブルの模様を見ないと分からないので不便・・・
でも、右耳が難聴の自分でもこれだけ感激するのだから、健常者はどれほどに聞こえるのか・・・
まあ今回、自分の“宝物”が一つ増えた・・・。良い買い物をした。

(2012/12/02追)
大切な人は、居なくなって初めて、そのことに気付くという。
先日、ちょっとしたトラブルで、STAXに修理をお願いしたが、このヘッドホンが留守をした数日間が、どれだけ長く感じられたか・・・・。
とうとう、「恋人はいつ戻ってきますか?」とSTAXに電話してしまった!!前に使っていたboseのイヤホンもSR-003も「あの音じゃない~!!」と代替にはならず、音楽を聴かない数日間・・・。戻った日にはカミさんから「恋人は戻ったの?」と聞かれるありさま。我ながら、少しキケンだな・・・と思った。

<付録1~開発者の対談>
Youtubeに、この機種の開発についての対談が載っていた。ご参考に・・・

Youtubeのオリジナルは(ここ)。

<付録2~スタックス研究>
120518stax 少し古いが、「ヘッドホンブック2011」に「スタックス研究」という記事があった。スタックスは1938年創業で、当初の社名は昭和光音工業株式会社といっていたそうで、当初はNHKにコンデンサースピーカーやマイクなどを納入しており、その時のブランドが「スタックス」で、1963年にスタックス工業株式会社に変更したとか。その歴史についても書いてあるので、参考にPDFを(ここ)に置きます。

(参考記事)
STAXのコンデンサー型イヤホン(SR-003)を使ってみて・・ 
STAXのヘッドホン試聴室に行った~SR-009に魅了される 
STAXの最高級ヘッドホンSR-009を注文 

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2012年5月17日 (木)

「告知すると約束したけど」

先日の朝日新聞の「ひととき」欄に「告知すると約束したけど」という投稿があった。
何とも難しいテーマだ。曰く・・・

告知すると約束したけど
 私ども夫婦は元気な時、もしどちらか一方が不治の病にかかって主治医から「予後宣告」を受けたら、どうしてほしいかを話し合った。
 私は「知らせないでほしい」、主人は「知らせてほしい。残された時間をそれなりに充実させ、やり残したことをやり、会っておきたい人に会って旅立ちたい」と言って、お互いの気持ちを約束した。
 いま、現実にその時が来てしまったけれど、私は主人に告知できない。
 彼は悪性の脳腫瘍に侵され、手術の結果、予後1年と宣告された。歩行困難、言語障害と、重い負荷をかけられた体の機能は日に日に落ちていき、思考力も衰えていく。「やり残したことをやる」のも「会いたい人に会う」のも、元気で何でもできる状態の時のことで、今の彼には望めない。
 それでも約束を果たすべきか? 告知によって生きる意欲をなくし、自暴自棄になってしまうのではないか? 自分で納得のいく人生の幕引きをしたいのでは? 周りが知っていて、自分は何も知らないなんて!
 もうそんなに時間がないのに、無表情でベッドに横たわる彼の姿を見ながら、私はまだ迷っている。(主婦 70歳)」(2012/05/16付「朝日新聞」p33より)

実はまったく同じ話を我が家でもしている。ウチの場合は、自分は「知らせないでほしい」。カミさんは「知らせて欲しい」。
しかし、この投稿の筆者と同じように、いざとなった時、果たして約束通りに知らせることができるのかどうか・・・。たぶん、その時の状況によって変わってくるだろう。つまり、この主婦が指摘しているように、「知らせて欲しい」には目的がある。その目的が果たされる状況なら、たぶん躊躇無く知らせる。しかし、目的が果たせない状況とすると、自分もこの主婦のように躊躇してしまうと思う。
カミさんにこの話をしたら、先の投稿は、状況が分からないが、既に手遅れ。告知の時機を逸してしまっている、と言う。もしそのような状況になったときは、本人が手遅れにならない前に、つまり「やり残したことをやる」ことが出来る段階で、告知しなければいけない、という。
ウチのカミさんからは、「自分の命なのだから、必ず知らせろ」と言われているだけに、そんな時は、どのような段階で言うべきか、難しい?? いや、簡単・・・。つまり自分は何でも直ぐに言ってしまうので、「隠そうか・・」という“迷う段階”が無いのだ。

今日の夕飯のとき、NHKクローズアップ現代で「人生の最期 どう迎える?~岐路に立つ延命医療~」という番組をやっていた。胃ろうでながらえている人の家族が、本当にこれで良かったのか・・と悩んでいる・・・。
人生の最期をどう迎えるか。先の告知と違って、これについては、我が家でははっきりしている。胃ろうなど論外。尊厳死の宣誓書にもサイン済(ここ)。

話は飛ぶが、一昨日の夜中、カミさんが水様便で眠れなかったという。当然次の日はグロッキー。同じものを食べていて、自分は大丈夫・・。先日、自分も同様な状況になったが(ここ)、食中毒にしては少し変だ。やはりウィルス性の風邪の一種かも・・・
でも昨日、グロッキーのカミさんを前に、自分の人生で一番のリスクは、自分の健康問題ではなく、“カミさんの健康”こそが自分にとっての最大のリスクであることが、身に沁みて分かった。
つまり、コンビニに行っても、たった一食なのに自分で食べたいものを選ぶのに、とんでもない時間がかかる。つまりコンビニでは、自分が食べたいと思うものが売っていないのである・・。それに台所の後片付けが“怖い”・・・・

家庭で、当たり前の事が機能しなくなった時、あっと言う間に家庭(否、我が家)は崩壊する!? 原因は(台所の後片付けから逃げている!!)自分の甘え・・・。それは分かっているが、これはもう理屈ではない・・。仕方がないので、食事の後片付けから逃げるために、生涯現役を貫く??
まだ早いが(?)、そのうちに、自分が先に告知されたら、“カミさんが先にいなくなる”という最大のリスクを回避出来た・・とホッとすると思うが、どうだろう・・・。いやそんなハズはないな・・。自分の場合は「怖いので知らせるな」と言ってあるので・・・。でも、今は医者が勝手に言ってしまうかも・・・。これも“予定通り”には行かないのだろうな・・・
「60を越えたら、誰でも(いつ告知のときが来ても)おかしくない」がカミさんの持論。
あまり考えたくないテーマだが、かと言って誰も逃げられるワケもなく・・・・。ウーン・・・

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2012年5月16日 (水)

「冷や飯を食う」~川淵三郎氏の例

先日の朝日新聞「耕論」に「冷や飯を食う」という記事があった。その中に、サッカーの川淵三郎氏の話があった。曰く・・・

サッカーに賭ける転機に
     日本サッカー協会名誉会長 川淵三郎さん
 今でも24年前の、あの時のことを忘れません。サラリーマン人生で、ある意味、絶頂期にいた頃でした。突然、思いも寄らない人事を告げられました。
 当時51歳の私は、古河電工名古屋支店銅製品販売部門の部長でした。仕事は順調で取扱量は社内でもトップクラス。次は、前任者と同様に東京に戻って本社の部長だと信じていました。
 ところが、受けた辞令は100%子会社の部長。その頃はサッカーから離れ、将来は本社の重役に、と夢を思い描いていました。同期入社の約90人の中でも順当にポストを歩んでいたから、まさかの左遷です。
 異動は、支店長から自宅への電話で告げられました。頭の中は真っ白、声も出ません。ロスタイムで追いつかれ、ワールドカップ出場を逃した日本代表の「ドーハの悲劇」を現地で目の当たりにした時と同じぐらいのショックでしたね。
 「これからの人生、どうしようか」と落ち込みました。世間から見れば左遷ではない人事も、本人の感情は違うものです。私のことを古河電工の出世頭と見てくれていた取引先の役員からも「何か悪いことでもしたんですか」と、同情の言葉をかけてもらいました。
 退職という選択肢も頭の中をよぎりました。しかし、独り立ちして食べていけるのかと考え、やはり難しいと思い直しました。サラリーマンは、言わば「まな板の上の鯉」です。組織に左遷はつきもの。同期入社の中で将来の役員間違いなしと見られていた東京大卒の人間も、関連会社に出向していました。会社員人生、すべて思い通りにはいかない、必ず挫折が待ちかまえているんだと思います。
 幸いにも、私には立ち直るきっかけがあった。当時の日本サッカーリーグから、リーグの運営責任者への誘いを受けたのです。人気が低迷していたサッカーを、プロ化で押し上げようという機運が高まっていました。
 子会社への出向を受け入れ、会社勤めとの二足のわらじを3年続け、91年、Jリーグのチェアマン就任を機に退社しました。最初はプロ化できるなんて確たる見通しがあったわけではありませんが、あの左遷があったからこそ、サッカー界の改革に賭けようと決意できました。
 そうは言っても、今も心に引っかかりがあります。あのとき、本社の人事責任者は直接、私に告げなかった。大事な人事は一対一のサシで話をするべきです。そうでないと、しこりが残る。左遷は、異動を言い渡す方の力量も問われるのです。
 会社員生活は30年に及びました。不遇をかこった時に、仕事以外に何か打ち込めるもの、没頭できるものを持っておくことも大事でしょう。私にとって、サッカーが人生のよりどころになりました。(聞き手・角津栄一)
*川淵三郎さん:36年生まれ。東京五輪サッカー日本代表、ロス五輪代表監督。 91年にJリーグ初代チェアマン。日本サッカー協会会長も6年務める。」(2012/05/13付「朝日新聞」p19より)

先日「新渡戸稲造の人生訓」(ここ)という記事を書いたが、それと同じような話。
人間、挫折は付きもの。しかし復活劇はある・・という話。
WIKIをみると「1988年6月、古河産業へ出向、取締役伸銅品部長」とあった。そして、こんな記述も・・・・
「1988年、森健兒から日本サッカーリーグ(JSL)総務主事の後任を頼まれ引き受けるが、森は「川淵さんはおそらく古河電工の役員として東京に戻れると思っていたんでしょう。ところが東京に戻ることになったものの、本体の古河電工ではなく系列の古河産業に出向だったんです。もしこれが本体の役員だったら彼はそっちに行ってサッカーに関わっていなかったと思いますよ。権力志向の強い人だから。これからどうなるかわからないサッカーより彼はそっちを選んだでしょう」と話している。『「ダイヤモンド・サッカー」の時代』のインタビューでも、川淵はほぼ同内容の話をしている。「サラリーマンとして先が見えた以上、このままでは生きていく上で夢がない。では自分の目指すことのできる夢って何だろうと考えたときに、それはサッカーしかないと思ったんです。それで総務主事の話を引き受けることにした」。

この話は、何が真実か分からない。つまり、見る視点でいかようにも捉えられる。氏の言うように左遷かも知れないし、会社組織からすると順当な人事かも知れない。“権力志向の強い人”が本当だとすると、保守的な会社はこのような人材は扱いが難しいため、登用を避けるかも・・・。特に、本人が本社役員を期待していればいるほど、なかなか期待通りには動かないもの。人事とはそういうもの。そして、その内示を面と向かって言うのは、余程の覚悟が要るので、安易に電話で・・・!?(普通は有り得ない内示方法なので、周囲は相当に氏が怖かったのでは・・・?)

しかし、その後はまさに“水を得た魚”のような活躍が始まる。まさに適材適所を地で行っている話だ。

この話を聞いて、自分なりに理解したポイントは、「個性派は古い伝統のある会社ほど、評価が得られにくい」「出る杭は打たれる」「仕事以外に没頭できるものを持っておくことは大事」・・・
氏も同様とのことだが、業務に打ち込めば打ち込むほど、他の世界(氏の場合サッカー)との距離が広がる。しかし、逆境で別の世界に転じた場合、その別の世界で生き延びられるだけ深さがあるかどうか・・・。
普通のサラリーマンは、今までの仕事から干された時、転身などなかなか出来ないもの。別の世界・・と言っても、その世界は極めて浅いもの。そもそも忙しいので、なかなかそんな世界の準備は難しい。しかしそう言っていては、“逃げている(言い訳している)”としか見られないのが事実だが・・・・。
もう自分など、もうリタイア組なので関係無いが、現役世代には、この話を糧にして欲しいものだ。つまり、いつ逆境に陥るか・・・・。それは誰も分からない。それは仕事上かも知れないし、私的なことかも知れない。その時に、前向きに生きる別の選択肢を持っているかどうか・・・。それが人間としての強さ・・。
それは、日ごろの準備無くしては有り得ないだろう。

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2012年5月15日 (火)

STAXの最高級ヘッドホンSR-009を注文

とうとう、STAX(スタックス)のコンデンサー型最高級ヘッドホン(イヤースピーカー)「SR-009」(定価39万円弱)を注文してしまった。
先日、STAXの試聴室でSR-009の音を聴き(ここ)、強烈な印象を受けた。前に、新宿のヨドバシで聴いた時は、「マ、そんなものか・・・」と“流して”いたのだが、先日来、なぜかあの音が忘れられない・・・

それで昨夕、フト思い立ち、会社の帰りに再度新宿ヨドバシに試聴に寄ってきた。目的は2つ。STAXの最高級2モデルの聞き比べと、AKG、ゼンハイザー、SONYなどの“売れ筋”商品の試聴。
ヨドバシのSTAX試聴コーナーに置いてあるのは、このSR-009とSR-007A(定価21万円)、それにSR-507(定価7万円強)の3つ。SR-009とSR-507はヘッドホンアンプ(ドライバー)SRM-727Aに、SR-007AはSRM-007tAにつないであった。CDプレヤーにはジャズのCDが入っていた。
3つのモデルを、何度も取っ替え引っ替え聞き比べた。前は、それほどの差は感じられなかったが、今回は明らかに違う・・・。

先ず手に取る。気になるのは重さ。007A(本体365g)に比べてSR-009(454g)は90g重いが、それほど差があるとは感じられなかった。SR-507は533gとあって、そんなに重いのか・・と思ったが、これはケーブル込みの重量であり、他のものと掲示が違っており、ちぐはぐ。本体は388g。でもなぜかずっしりと重く感じられた。
次に頭にかける・・・。009のフィット感は何とも言えない。しかし開放感はない。別世界に“閉じ込められた”感じ。007Aは若干劣るが、何よりもゴムバンド式のヘッドバンドなので、自分はNG。・・・というのは、前にSONYのMDR-DS8000を使っていたが、同じ構造であり、ヘッドバンドが上にゴムで引っ張られて、つらくて・・、苦しくて・・・。それでヘッドバンドを伸びきりの状態にして、針金で上の金属バンドにくくりつけて使っていた。よって、自分にとっては例え音が良くても、007Aは構造的に購入対象から除外。SR-507は耳に付けても、フィットせず、何となく耳元が固い・・・。まあ値段相応か・・・

Sr009 そして音だが、SR-009は、ジャズのシンバルの音が、まるでシンバルから“音の粒”がほとばしる感じ・・・。低音も豊か・・・。愛用のイヤホン型SR-003とは雲泥の差。さすがだ・・・
SR-007Aは、009に比べて明らかに劣る。シンバルはシンバルだが、ただ鳴っているだけ。印象が薄い。そしてSR-507は、極端な言い方だが、シンバルなのにトタンの屋根を叩いている???
つまり今回は、それほどの違いを感じた。前に聞いた時は、あまり違いは感じなかったのだが・・。その原因は、「こんな高い物を買う人がいるのかね?」と他人事で聴いたのと、「自分が買うかも・・」という気持ちで聴いたのとの違い??(本来だったら、聞き慣れた自分のCDを持って行くべきだった・・・)
それから、何よりも009を見ていると“他人とは思えない”コンタクトを感じる・・・・(コイツが、オレのところに来たいと訴えている・・・!?)

帰りがけに、ズラリと並んでいる他社の試聴コーナーを少し覗いたが、どれも“おもちゃ”に見える。耳に掛けただけで、音を聴くまでもなく、こりゃダメだ・・。音を聴くと、乱暴な言い方だがシンバルがドラム缶を叩いているように聞こえる・・・(←これ、相当にえこひいいき・・)。まあ2万円と30万円の違いなので仕方がない。
今自分が持っているSONY製のヘッドホンの後継機種も頭にかけてみたが、確かに200gと軽いものの、これもオモチャに見える。結局、チェックするつもりで各社ヘッドホンのリストを持って行ったが、見る気もせずそのまま帰って来てしまった。

帰りの電車の中で、色々と言い訳が頭を巡る。「ゴルフが趣味のヤツは、年に100万円くらい金を遣っているぞ・・」「車だって、自分はプリウスを買ってない・・・」「いつ不治の病に冒されるか分からない・・・」「たまには贅沢したって・・・」・・・

家に帰ると、そうカミさんも怒っていないように見えたので、「ええい!買ってしまおう!」と決断。
価格COMでみると、最低価格が長期間動いていない。・・・と、「登録会員様価格対象商品」と書いてあるショップを見付け、会員登録してみた。すると何と価格COMの最低価格から10%も安い値段で買えることが分かり、そこに注文してしまった。
同じショップで買ったドライバーSRM-007tAは、価格COMの最低価格より2%弱しか安くなかったのに・・・

ともあれ、50年前の学生時代から始まったSTAX製品との付き合い。1969年に買った当時一番安かったイヤースピーカーSR-3(定価7200円)とアダプタSRD-5(4000円)が、今や30数万円のイヤースピーカーと10数万円のアンプに化けた・・・。でもこれで“極めた”な・・・
たぶん予想通り、重くて肩が凝ったり、頭が痛くなったりするだろう・・・。でもその時はベッドに横になって聴くさ・・・・。そんなことを凌駕する不思議な魅力があるSR-009・・・。
普通の人から見たら、バッカみたいな買い物。でも趣味の世界なんて、そんなものさ・・・。
自分の人生も、還暦をとうに過ぎてもうこの先長くはない。これで良いのだ!(←カミさんは、自分は長生きすると言っているけど・・・)
色気(=女っ気)のない自分が、唯一ワクワクする音の世界ではある。

(2013/12/20追)
gkrsnamaさんからのコメントで、現在8ヶ月待ち、とのことで、原因をSTAXさんに聞いてみたらこんな回答を頂いた。

・大変に好評で生産能力を超えるご注文を頂いている。
・生産開始頃より若干生産量は増えているが、1年半前までは約2-3カ月の待ちだったが、今年(2013年)になって徐々に増え続けて、現在では、今(2013年12月)ご注文いただいても来年9月頃になってしまう予定になっている。
・この状態を解消できるように少しでも生産を増やせるよう努力しているので、徐々にお待ちいただく時間は短くなっていく。
・SR-009はドイツで非常に高い評価を受けましたので、より受注数が増えてしまった。
・日本の場合、消費税UP前の駆け込みで購入される方も多いと思われ、海外では円安の影響もあるかと思う。

ともあれ、中国の会社に買収され、“その後”を心配していたが、販売増による業績改善で事業(会社)が安定すれば、ユーザーにとっても嬉しいことだ。

(関連記事)
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STAXのヘッドホン試聴室に行った~SR-009に魅了される
STAXのコンデンサー型イヤホン(SR-003)を使ってみて・・

●メモ:カウント~290万

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2012年5月14日 (月)

円 広志と森昌子の「越冬つばめ」

何度も書いているが、当blogのコンセプトは、“ヘエー”。自分がFM放送を良く聞くのは、「ヘエー、そうなんだ~・・・」と、色々と教えてくれるから・・。
先日、いつものNHKラジオ深夜便の録音を聞いていたら、森昌子の「越冬つばめ」の作曲者は、何と「夢想花」で知られる歌手・円広志(まどかひろし)だと言っていた。あの「とんでとんでとんでとんで・・・・」という歌である。作曲家・篠原義彦は本名。作曲者本人の歌を聞いてみよう。

<円 広志の「越冬つばめ」>

「越冬つばめ」
  作詞:石原信一
  作曲:篠原義彦

娘盛りを 無駄にするなと
時雨の宿で 背を向ける人
報われないと 知りつつ抱かれ
飛び立つ鳥を 見送る私
季節そむいた 冬のつばめよ
吹雪に打たれりゃ 寒かろに
ヒュルリ ヒュルリララ
ついておいでと 啼いてます
ヒュルリ ヒュルリララ
ききわけのない 女です

絵に描いたような 幸せなんて
爪の先ほども 望んでません
からめた小指 互いに噛めば
あなたと痛み 分けあえますか
燃えて燃え尽き 冬のつばめよ
なきがらになるなら それもいい
ヒュルリ ヒュルリララ
忘れてしまえと 啼いてます
ヒュルリ ヒュルリララ
古い恋ですか 女です

ヒュルリ ヒュルリララ
ついておいでと 啼いてます
ヒュルリ ヒュルリララ
ききわけのない 女です

オリジナルの森昌子の歌も聞いてみよう。

<森昌子の「越冬つばめ」>

自分は円広志の歌はほとんど知らない。「とんでとんで・・」という歌を少し知っているくらい。オドロキなのは、別に演歌歌手でもない円広志が、ド演歌の名曲「越冬つばめ」を作曲したということ・・・。
「越冬つばめ」は1983年8月リリースであり、円広志もその直ぐ後に自分の歌を録音したという。このような定番の名曲について、“ヘエー”と思うのは実に楽しい。

森昌子は昔からずっと自分が好きだった歌手。それだけに1986年(昭和61年)に森進一との結婚で引退した時は、山口百恵の時と同じくらい残念だった。
それだけに、引退して16年後、2001年の紅白歌合戦での復活は嬉しかった。そして期待通り、2006年に歌手としての復活宣言。しかしその後の歌手としての活動は、なかなか思うように行かなかったようだ。
自分が期待していた、昔のオリジナル曲の最録音CDも発表されていない。テレビで見ると、随分元の声が復活はしているのだが、昔の大歌手の声が頭に残っているだけに、100%満足、というまでには至っていない。
今の歌手では、自分がここまでじっくりと聞く歌手はいない。皆、還暦の歌手ばかり。それでも良いではないか・・・・。何度聞いても、昔の名曲は不滅なのである。

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2012年5月13日 (日)

「リーダーシップの3要件」

ニュースでは、ギリシャで政権樹立が出来ず、どうも再選挙が濃厚らしい。そしてユーロ圏離脱?・・・。一方、ロシアでは7日、プーチン大統領が再スタート。
当blogお気に入りの日経新聞「大機小機」欄に、こんな記事が・・・

リーダーシップの3要件
 デジタル化という第3次産業革命を背景に世界中で大変化が起きている最中、今年は主要国で選挙が相次ぐ。米国経済はデフレを回避したが本格回復はなお不透明である。ユーロについては、今度はスペインの銀行不良債権問題が表面化し、なお収束の道が見えない。アラブの春によって旧政権が崩壊した国でも、新たな体制は混沌としているし、中国も政権移行を前に内部の混乱が表面化している。
 日本でも消費税を巡る与党内部での対立があり、原発や沖縄問題でも先が見えない。経済界でもデジタル化の最先端とされていたトップ企業の苦境が伝えられるなど、明るいニュースが少ない。
 このような時こそ世界的にリーダーが求められているが、リーダーシップを発揮する人は次の3つの要件を同時に満たす必要がある。
 第1に、将来の明確なビジョン、つまり「どこに行くのか」を分かりやすく示すこと。第2に、そこへの移行過程についての基本的な詳細、つまり「どのようにしてそこに行き着くか」を熟知しており、それらを示すこと。第3に、国民の積極的関与がなければ進むべき未来への移行過程は動かないので、そのアイデアを明確に説明して「売り込む」能力を持っていること。この3つの要件は同等に重要であるが、真のリーダーは、この3つの要件を同時に満たさなければならない。
 このような資質を持っていた人物として、歴史上には多くの例がある。近代日本の礎を築いた坂本龍馬をはじめ、1980年代のレーガン米元大統領やサッチャー英元首相は、減税や規制緩和を進めて、社会主義の崩壊や、全世界の新興国における現在の発展を導いた。
 日本は少子高齢化のなか、どこに行くのか。過去20年間、デフレに陥らず3%程度の成長が実現できていれば、日本の国内総生産(GDP)は900兆円近くになり、財政危機もなかったはずである。どのようにして成長を実現し、国民が誇れる国を創るのか。国を率いるリーダーの役割である。
 リーダーシップの本質はビジネスの世界でも変わるところはない。アップルの故スティーブ・ジョブズ氏はその典型である。技術の行く先と行き方を示し、これまでになかった物を創り、顧客に語りかけ感動させる。日本にもこのようなリーダーが多いことを信じたい。(桃李)」(2012/05/03付「日経新聞」「大機小機」より)

さっき、NHKスペシャル「追跡!世界のキティ旋風のナゾ」(2012/05/12放送)を見た。
自分は良く知らないが、サンリオのハローキティは世界109カ国で販売しており、“カップヌードルや味の素を上回る驚異の数字”だそうだ。そのハローキティを32年間育ててきたのは、現在取締役の山口裕子氏だという。国際販売戦略とは別の、デザイナーとしてのリーダーシップのたまもの。

時期的に、新聞では会社決算の話題が続いている。決算発表がそろった電機業界では、日立、三菱などの好業績に対し、SONY、シャープの赤字転落の話題。SONYは、3年前に構造改革に着手して復活した日立に比べ、3年遅れているとのこと。

どの世界も、リーダー次第。そのリーダーには3つの要件があるという。明確なビジョンの提示と、そこに周囲を巻き込んで引っ張って行くパワー。なるほど・・・・
でも最近、そのようなリーダーの才覚は、元々天性として備わったものであり(=オーラ)、努力で身に付く物ではないのでは・・・、と思うようになってきた。
世界的にリーダー不足が言われているが、そうは言っても、あまり常識外れのリーダーも困る・・・。
一例として、どの世界でも、天性の才覚を持ったリーダーを“発掘する仕組み”を考えたらどうだろう。政治の世界のように、二世議員が国のリーダー“たり得ない”とすると、雑草から育って国のリーダーになれる仕組みを・・。(待てよ?松下政経塾もその一つかな・・・?とすると、これは場違いな議論かも・・・・)

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2012年5月12日 (土)

「新渡戸稲造の人生訓」

先日の日経新聞夕刊「あすへの話題」に、旧5千円札の新渡戸稲造の話が載っていた。曰く・・

新渡戸稲造の人生訓
       三井住友信託銀行相談役 高橋 温
新渡戸稲造(にとべいなぞう)博士は岩手県人の誇りである。欧米に日本の精神文化を知らしめた「武士道」ほか多数の著作、青雲の志を顕(あらわ)した「われ太平洋の橋とならん」の言葉、国際連盟事務次長としての国際平和への貢献など、その輝かしい経歴は広く知られている。
 その博士は、人の幸、不幸はその人の心の内にある、と終生言い続けた。博士も順風満帆な人生ではなかったのである。
 札幌農学校教授に任命された翌明治25年に長男を得るが、わずか8日間の命という 悲運に見舞われた。アメリカ人の万里夫人の一時帰国なども重なり、研究家内川永一朗氏によれば、「教室の黒板に字も書けないほどの重い神経症にかかり」、明治30年、職を辞して群馬県伊香保、アメリカ、モントレーで約5年間の療養生活を送った。
しかし、ここからが「転んでもただでは起きぬ」博士の真骨頂である。療養中に日本初の農学博士授与につながる「農業本論」、そして「武士道」を出版。更に後、大正3年に第一高等学校校長を辞して帰郷中、宮古でバスの転落事故に遭遇、重傷を負うが、この入院中にも「一日一言」の想をものしている。
 博士が、たいていの人は必ず逆境に陥る、しかも不意に起こる、と言ったのは自らの体験に他ならない。その人生訓は、私なりの理解として、次のように要約できる。
 境遇の順逆は心がけ一つでいかようにでもなる。逆境にあっても心がけ一つで一条の光明が発見できる。人生の進歩は境遇に対峙して初めて起こるものである。
 東日本大震災は、私たち一人ひとりに様々な境遇をもたらしたが、今年生誕150年を迎え、わが国の歴史に残る巨人の洞察に、今なお学ぶべきことは多い。」(2012/05/08付「日経新聞」夕刊p1より)

お札でお馴染みの新渡戸稲造・・。と言っても自分はほとんど知らない人・・・
120512mitobe しかしこの記事の話は、なぜか身近に感じる。新渡戸稲造は1862年生まれというから、上の子どもを亡くしたのが明治25年(1892年)なので30歳のとき。“重い神経症”で療養生活に入ったのが、明治30年というから35歳の時だ。それから71歳で亡くなるまでの業績は記事にある通り。

「博士は、人の幸、不幸はその人の心の内にある、と終生言い続けた」と言う。そして「たいていの人は必ず逆境に陥る、しかも不意に起こる」とも・・。

子どもの死などは、まさに突然・・・。でもその時に、それをどう捉えるかは“人の心の内にある”という・・・・
つまり、当blogがよく「言った者勝ち」と書いているが(ここ)、それと同じか・・・?

稲造が罹ったという神経症が現代で言う何の病気かは、情報が無い。しかし子どもを亡く120512inazonitobe1890 して、奥さんがアメリカに帰ってしまった、という状況を考えると、今で言ううつ病か??
うつ病は、世の中で多い病気の割に、治癒率があまり良くないとも聞く。
しかし、そんな人にとっても、こんな話題はありがたい。新渡戸稲造ともあろう人でも、若い時に5年もの“戦線離脱”をしたことがあったのだ。

長い人生で、5年などあっと言う間。そう捉えて、逆境の時も、その時が静かに通り過ぎるのを待つ・・・、ということも大切かもね。(身近な病人を思い浮かべ、ついそう思う。しかし、後年復活しないと、笑い話にもならないけど・・・)

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2012年5月10日 (木)

STAXのヘッドホン試聴室に行った~SR-009に魅了される

昨日(2012/05/09)、埼玉県入間のSTAX(スタックス)本社の試聴室に行ってきた。
NHK東京FMの電波の質が、スカイツリーへの送信アンテナ移転で解決し、一気に手持ちぶさたになってしまった。(何か、常時“凝る”テーマが欲しいのである?)
自分の聞くスタイルは、CDよりも、むしろFMから流れる知らない音楽の発掘?(別に色々なジャンルの音楽を積極的に聴く方でも無いのだが・・・)
我が家では、前にも書いたが(ここ)、FMの放送をSONYのNAC-HD1というHDDのPCMレコーダーで録音している。再生は、光のD/Aコンバーターから、STAXのドライバー「SRM-252S」(「SR-005S」のセット)にコンデンサー型イヤースピーカー「SR-003」をつないで聴いている。

さて次に何を探索しようか・・・。FMチューナー(L-02T)も優秀だし、再生のNAC-HD1の光出力も音質では定評のあるところで、自分も不満はない。そして(半世紀前の学生の頃から使っていた)STAXの、先日買ったコンデンサーイヤホンSR-003にも(何より軽いので)惚れた・・・、となると、後はイヤホンを駆動するドライバーしか残されていない・・。というワケで、最近、STAXのドライバーに興味を持ってきた。
本来は、音質にはヘッドホンそのものが一番重要なのだが、重くてうっとうしいヘッドホンタイプは自分は苦手。しかし、STAXに“夢のような”イヤホン型のコンデンサーイヤスピーカーがあると知って飛び付いた。よって自分の場合、このイヤホン型のSR-003使用が大前提になる。
今使っているドライバーはSTAXの最廉価版のドライバーSRM-252Sで、単品売りはしていないものの、逆算すると定価27,300円。一方STAXでは、最高級の15万円のものまで色々なラインアップがある。
最初に不安になったのが、定価15,750円のイヤホン型SR-003を高価なドライバーにつないで、果たして音が良くなるかどうか・・・。多分無理をして小さく作っているイヤホン型なので、この音質改善には限度があるのでは・・?ということ。

素直にSTAXに聞いてみた。すると、いくらイヤホン型でも、ドライバーによって、それなりの音質の改善は見込めるとのこと。それでは・・・と検討が始まった。では真空管式にするか、半導体式にするか・・・。真空管式はオーディオの世界では未だに寿命を長らえているが、どうだろう・・・・
色々とSTAXには教えて貰ったが、やはり「百聞は一見に如しかず」ではなく「“一”聞は“百”見に如しかず」なので、ぜひSTAXの試聴室で現物を聞いてみて欲しい、と強く勧められた。
前に、新宿のヨドバシでSTAX製品の聞き比べをしてみたが、正直なかなか分からなかった。やはり店頭の雑踏の中では、STAXの繊細な音の聞き比べは無理?? それに引き替え、専用の試聴室なら、自分の聞き慣れたCDでゆっくりと比較が出来る。何よりも、静寂な環境で聞けるのは有り難い。それに、所詮音質など、好みの問題。幾ら他人が良い音だと言っても、自分の好みに合わなければ、金を出しても意味がない。よって、遠くは、山口県の人も深夜バスで試聴に来たこともあると言っていた。

それで昨日、たまたま武蔵野線で外出する用事があったので、帰りに途中下車して、STAXの試聴室に行ってきた。前段が長くなったが、そこで見聞きしたことを次に整理してみた。

★ドライバーのラインアップが3万円から15万円まで色々あるが、何が違うのか?仕様では、周波数特性だけが違うようだが・・・?
⇒コンデンサー型は電気部品のコンデンサーと同じ性質の特性を持っているので、専用のアンプは高域ほど高いドライブ能力が要求される。性能を向上させて行くと消費電力も増え、形状も大きくなってしまうので、価格とのバランスで数種類のドライバーユニットを用意している。
高級品ほど周波数特性が伸びているのは、高域が伸びるほど可聴範囲での振幅特性(変調度)が良くなり、余裕を持って高音を再生出来る。しかし、そのためには沢山の電気を使い、部品もセットも重くなる。廉価版のSRM-252Sは、安くするために、周波数特性もギリギリで設計している。

★真空管式と半導体式の音質上の差は?
⇒真空管式の一般的な感じ方は、比較的豊かな中低域と中高域の「響き感」が特長。しかしこれらの特長が聴きかたによっては「個性(色付け)」のように感じる場合もある。
半導体式のSRM-727Aは全体域にわたってくせが少ない印象でオールジャンルに適している。しかし誇張されたところが無いので、聴きかたによっては冷たい印象にもなるかもしれない。高い電圧を使う、という意味で、コンデンサー型と真空管式は相性が良い。

★真空管式のSRM-006tSとSRM-007tAの違いは?
⇒両モデルは、奥行きが違うだけで、表面と裏面のデザインは同じ。しかし、内容(設計)的には全く別物。SRM-007tシリーズは初代SRM-006tをベースにセレクトした真空管をパラにして低インピーダンス化やドライブ能力を向上させており、高品質部品の使用と相まって価格的には大きな差が発生している。真空管は一本一本特性を測って、セット毎に特性を合わせて使っている。よって、真空管の交換時には、調整が必要。

★真空管は消耗品だが、将来の部品の供給に心配はないか?
⇒STAXが使っている真空管はロシア製。たぶんSTAXがそのメーカーの最大のユーザ。真空管はSTAX内でも豊富に在庫しているし、コンスタントに使っているので、需要と供給の関係で、簡単に製造中止になる事は無い。真空管は、長期間保管していても、真空が保たれている限り、問題は無い。

★真空管が寿命だと判断する基準は?
⇒音のバランスが崩れたり、ノイズが乗ったり、という現象が出るだろう。普通に使う限りは、真空管の寿命は相当長い。

STAXの試聴室に入り、ズラリと並んだドライバーを、持参したCDとSR-003で聞き比べた。結P11107461果、廉価版のSRM-252Sに比べると、他のどのモデルも、音が良いのは分かるが、自分の駄耳ではそれほどの差は感じられない。でも一機種、際だって自分にフィットするモデルが見つかった。でも困った・・・。それが結構高いのだ・・・。(好みの問題なので、あえてモデル名は記さない)
約1時間だったが、メーカーの試聴室で、店頭の機器と違って“性能バッチリ”の全機種を、取っ替え引っ替え自由に試聴出来る贅沢さは格別。一人で自由にさせてくれるのも有り難い。もちろん監視カメラも付いていない(笑)。でも、もしイヤスピーカーとドライバーのすべてを聞くなら、1時間では足りない。(写真はクリックで拡大。STAXの掲載許諾済み)

帰りがけに、STAXさんが「話のタネに、これを聞いてから帰って・・・」と、ガラスケースの中かP11107421 らヘッドホンを一つ出してつないでくれた。それを耳にして、その音に愕然・・・。
今まで聞いていた1万3千円のイヤホン型と、あまりの音の違いに・・・・。自分の口から出た言葉が「別世界・・・。格が違う・・・」。これは他モデルとの比較ではなく、絶対値としての感動。最高級のSR-009というモデル(定価38万円)だという。
聞くと、このSR-009が発売されたのが、昨年の震災の直後(2011年4月発売)。発売時期は悪かったが、予想以上の売れ行きとか・・・。このモデルは、完全手作り品とのこと。・・・だとすると、STAXの試聴室にあるセットは、たぶん最高にチューニングしたベストのものなのかも・・・・。

試聴の帰りは、川に沿った道を駅までブラブラ・・・・
今日の一番の失敗は、目的外の「SR-009」の音を聞いてしまったこと。あの音が、耳にまだ残っている・・・。あんな重たいヘッドホンなど、自分は一番キライなはずなのに・・・。
今回悟ったことは、電気屋さんの店頭での試聴は限界があるということ。やはり行くのは面倒ではあるが、STAXの試聴室で聞き比べるのが一番。しかし注意しなければいけないのは、「SR-009」は決して聞いてはいけない・・・。

あれ以来、「SR-009」のカタログを前に、ため息をつく毎日である。人生、いつまで生きるか分からない。ちょっと位、贅沢をしても良いのかな・・・・。でも相当に重い。音は良いが、肩が凝るとか・・・・。
調べると、発売直後の2011年6月にヤフオクに出品していた人がいた。コメントには「音は最高ですが個人的に重量が気になるので手放します。」・・・やっぱり・・・・
SR-009の本体にケーブル1mの重量が頭にかかるとすると、約500g。今持っているSONYのヘッドホン(MDR-DS8000、350g)に、単一のアルカリ乾電池をくくりつけて、実験を始めた。それでも470g。これで、肩が凝るようだと、自分の場合、音質どころではない。
前にも書いたが、イヤホン型のSR-003は、何よりも軽いので助かる。最高級のイヤホン型が発売されると良いのだが・・・

うーん。でもSTAXに、してやられたかも・・・。「SR-009」の音を聞かなければ良かった・・・・。何度も言うが、今回はドライバーの選定が目的だったのに・・

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2012年5月 9日 (水)

子ども用「小公女」を読む

子ども用の本で「小公女」を読んだ。
・・・・というのは、子どもの頃、親父にうるさく読むことを強制されていた類の本だったので・・。つまり「あれは何だったか・・」の解明・・・・。
人間、強制されると面白くない。強制されると、それを拒否する習性がある。よって、子どもの頃に読むことを強制された本は、一部を除いて内容もほとんど覚えていない。

自分がシルバー世代に入り、「あれは何だったのだろう・・・」と、今更だが“疑問”を解きたくなった。半年ほど前、駅で人と待ち合わせたときの時間潰しで、本屋に立ち寄ったとき、その事を思い出して本を探してみた。
題名は「小公子」「クオレ」「十五少年漂流記」「ああ無情」・・・

「レ・ミゼラブル」は高校の時に河出書房新社の全集を買って読んだ。「十五少年漂流記」も何となくスジは分かる。しかし「小公子」「クオレ」は全く覚えていない。
それで本屋で探したのだが無い・・・・、と「小公女」があった。
まあ「小公女」も「小公子」と同じようなものだろう・・・と買ってきたというわけ・・。(少々乱暴か??)

それをフト思い立って連休で読んでみた。もちろん直ぐに読める・・・
Amazonの解説に「女学校の寄宿舎に入った7歳の愛くるしいサアラは幸福だった。それが、父のクルウ大尉の突然の死から悲しい出来事ばかり続いて起る。だが彼女はどんなに辛く悲しい目にあっても勇気を失ったり、友人達への愛情を忘れたりはしなかった。逆境にもめげず明るく強く生きる夢みがちな少女サアラ・クルウの生活を、深い愛情をもって描き、全世界の少女に贈る名著である。」とある。

この作品は、英国のバーネット作で1888年の発表だという。
Amazonの解説には「1849年、イギリスのマンチェスターで生まれた。4歳のとき、父をなくし、のちにアメリカに渡る。10代のころから小説を書いて身を立てようとする。1873年、医師スワン・バーネットと結婚。生涯、旅行にあけくれながら50冊以上もの作品を残す。代表的作品は『小公子』(1886)『小公女』(1888)『秘密の花園』(1911)など。1924年になくなる。」とある。

作者の体験が色濃く作品に出ているのだろうが、イギリスの植民地インドを背景に、その時代の一端が表されている。
しかしこの作品が表現しているものは何だろう? 少女のけなげさ? 素直さ? いや、逆境にあっても失わない誇り?

“積ん読”が趣味だった親父。子どもを殴って躾けるのが趣味だった親父。そんな親父が亡くなってもう16年になる。
「小公子」と「小公女」はもちろん違うが、そんな“類”の本を一冊読んで、親父が何の思いで、自分たちに買って与えたか、少し分かったような気がした。(自分の子ども時代は、まさにヘソが曲がっていたし・・・・)
でもやはり本命の「小公子」を読まねば・・と思って中古を注文してしまった。そのうち「クオレ」も読んでみよう。
相変わらず、過去を“検証”するシルバー族ではある。

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2012年5月 8日 (火)

イタリアの労働環境~女性悩ます「白紙の辞表」

フランスの大統領選挙で、政権交代が実現したのに引き続き、ギリシャの総選挙でも連立与党が敗れ、ユーロ圏の先々がまたもや不透明になってきた。
当blogでも、前に「イタリアに出来るなら」(ここ)という記事を書いたが、先日の朝日新聞の「ザ・コラム」にイタリア女性の仕事の実態が紹介されていた。例のごとく文章が長いので恐縮だが、なかなか勉強になるので読んでみよう。曰く・・・

イタリアの労働環境 女性悩ます「白紙の辞表」
       有田哲文(編集委員)
 伊達(だて)男のイメージが強いイタリアで、女性の働く環境がひどい状態にあることは案外知られていない。
 メルセデスさん(28)は、北部の都市モデナにあるバール(喫茶店兼軽食堂)で働いていた。見習だったが、昨年11月に、3年契約の採用が決まった。店主から何枚かの書類にサインを求められた。お客にコーヒーをつくつていたために、よく読まずに署名したのが失敗だった。あとで気づくと、おかしな書類が1枚入っていた。日付だけが空白のままの辞表だった。
 悪名高い「白紙の辞表」だ。雇い主に不都合なことが起きたときに、勝手に日付を入れて辞めさせる。「不都合なこと」とは、つまり、妊娠。男性が書かされることもあるが、狙われるのは圧倒的に女性だ。
 採用の日に辞表だなんて――。気が動転したメルセデスさんに、店主は言った。「気にしないで。普通のことだから。悪いようにはしないから」
 しかし、まもなく、その辞表は使われた。妊娠ではなく、交通事故にあった直後だった。けがで長く休まれると困ると考えた店主が日付を入れたと聞かされた。「言葉を失いました。信じていたのに」という彼女はいまも、仕事を探す身だ。

 イタリア国家統計局によると、働いた経験を持つ女性の8.7%が、妊娠を理由に解雇ないし辞職を強いられたという。白紙の辞表もかなり使われたと見られている。違法だが、証拠があがりにくいこともあり、あとを絶たない。
 イタリアは、日本に負けず劣らずの少子高齢化の国だ。本来なら、女性の社会参加で働く人の数を増やそう、そして同時に子どもを産み育てやすいような環境をつくろう、という議論が盛り上がってしかるべきだが、起きているのは逆のことだ。女性の就業率は46%にとどまり、欧州でも最低レベルだ。
 なぜか。女性の労働環境に詳しいトリノ大学経済学部のダニエラ・デルボッカ教授にたずねると、「女性は家にいて、家族の世話をするもの」という考え方がイタリア社会に根強いことが、大きく影響しているという。「いまは男性より女性のほうが教育水準が高いのに。人材をむだにしている」
 大家族を切り盛りする陽気なイタリア女性というイメージは、そうした社会通念と裏腹なのかもしれない。
 そんな風潮に甘えて、国も保育所を増やすなどの子育て支援をほとんどしてこなかった。
 実は5年ほど前に、この手の辞表をやめさせるために解雇の手続きを厳しくする法律ができた。このまま姿を消していくかと思われたが、1年ももたなかった。返り咲いたばかりのベルルスコーニ首相(当時)率いる政権が「企業にわずらわしい手続きを強いる」と法律を廃止してしまったのだ。プレーボーイとして知られた彼は、後に買春スキャンダルにまみれ、行きづまる。

 昨年秋に経済危機が起きてから、イタリアを何度か訪れた。そこで感じたのは、政治がぴたりと止まっている、ということだ。打つべき手は分かっているのに、政権がリーダーシップを発揮できない。
 危機で退いたベルルスコーニ氏に代わって政権に就いたモンティ首相はいま、その穴を埋めようともがき始めた。
 こんどこそ、白紙の辞表の悪習も一掃されるのだろうか。
 モンティ氏を応援している、というセレナさん(34)にローマで会った。
 彼女も、かつて白紙の辞表を書くよう求められたことがある。契約社員から正社員になる条件だったが、拒んだら契約を打ち切られた。再就職を目指して別の企業の面接を受けたら「子どもを産む予定はあるか」と聞かれ、将来はありうると答えたら採用されなかった。
 セレナさんは結局、友人の男性と小さな会社をおこした。経営者になった彼女の口から出たのは、意外な言葉だ。「たしかに、あんなことはひきょうです。でも、今になって、なぜ雇い主が辞表を書かせようとしたのか、よく分かるんです」
 イタリアでは、厳しい規制のために従業員に問題があっても解雇はきわめて難しい。だが、それでは経営が成り立たない。いざとなればどんな理由でも使える「白紙の辞表」は、硬直した制度の抜け道になっていた。
 労働市場改革に取り組むモンティ政権が、この悪循環を断ち切ることができるのか。そして、女性が働く環境を整えられるのか。
 男女がどこまで平等に社会に参加しているか。世界の経営者や識者らでつくる世界経済フォーラムが「男女格差指数」として毎年、国を順位付けしている。昨年は135力国中、イタリアが74位。日本はその下の98位だった。」(2012/04/29付「朝日新聞」p8より)

この最後の2行が、何とも重たい。“「男女格差指数」・・・昨年は135力国中、イタリアが74位。日本はその下の98位だった。”
つまり、こんなイタリアを嘆いたとしても、日本はもっと下位だと言うのである。

女性の労働力をどう活かすか・・。その考え方は、同じヨーロッパでも、国によって大きく違うらしい。前に何度も書いているように、北欧は女性も男性と同等の労働力。しかも、解雇の制限も緩い。その代わり、再教育の仕組みが整っている。
北欧のように、資源は人、と捉えている国は、かえって分かり易い。皆でたんと働いて、皆でハッピーになる・・・。なるほど・・・

それにしても、“「女性は家にいて、家族の世話をするもの」という考え方がイタリア社会に根強い”という指摘は、あらゆる国、あらゆる人種に言えることかも知れない。アフリカの奥深い集落でも、男は狩りに、女は家を守って子育て・・・
よって前にも書いた、女性も必要不可欠な労働力、と位置付ける北欧・デンマークの例(ここ)は、国を挙げて、従来の掟を修正したのかも知れない・・・

日本の場合は、今日の国会の一体改革の議論を見ても、何とも動く様子がない。よって、北欧のように、ダイナミックに国が変わる、ということなど想像も出来ないが、「人の振り見て我が振り直せ」とも言う。このイタリアの現状を参考に、GNP第3位にして男女格差98位の“大国”日本でも、何か動けることがないか、考えるキッカケにならないだろうか・・・

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2012年5月 7日 (月)

2012年の「サラリーマン川柳」ベスト10

前に、第一生命の「第25回サラリーマン川柳」について入選の100作品が選ばれた、という記事を書いたが(ここ)、投票による “ベスト10”が、先日発表になった(ここ)。
それによると、ベスト10は下記の通りだという。

<第25回サラリーマン川柳ベスト10>
順位       作品          (雅号)
1位 「宝くじ 当たれば辞める」が 合言葉 (事務員A) 6,022票
2位 女子会と 聴いて覗けば 六十代 (ビート留守) 5,713票
3位 妻が言う 「承知しました」 間いてみたい (大魔神) 4,092票
4位 スマートフォン 妻と同じで 操れず (妻-とフォン) 3,696票
5位 EXCELを エクザイルと 読む部長 (怪傑もぐり33世) 3,603票
6位 何気ない 暮らしが何より 宝物 (考えボーイ) 3,352票
7位 胃カメラじゃ 決して見えない 腹黒さ (レントゲン) 3,084票
8位 立ち上がり 目的忘れ また座る (健忘術数) 3,079票
9位 定年後 田舎に帰れば 青年部 (フミヤフレンドリークラブ) 2,978票
10位 最近は 忘れるよりも 覚えない (てくてく) 2,741票

一方、入選作が発表になった時に、自分が選らんが作品が下記。(番号は第一生命の作品番号)
14) 「内定です」 返った言葉が 「マジッスカ!」 (絵文字)
17)定年後 田舎に帰れば 青年部(フミヤ フレンドリー クラブ)
22)おとうさん 胃酸でるけど 遺産なし(サイタ)
28)何気ない 暮らしが何より 宝物(考えボーイ)
32)最近は 忘れるよりも 覚えない(てくてく)

38)士気がない 当たり前でしょ 指揮がない(ソフトモヒカン)
54)叱れない 自分に似すぎた 我が息子(可児 助太郎)
72)散歩して わかったポチの 顔広い(後輩)
88)多過ぎる 「でかした」よりも 「しでかした」(猪突猛進)
98)立ち上がり 目的忘れ また座る(健忘術数)

太文字が“当たった”作品。つまり自分のセンス(感受性)と、世の中のセンスとの“答え合わせ”で「正解」だったもの。それが、何と4勝6敗・・・。
そう言えば、昨年2011年も4勝6敗だったっけ・・(ここ)。

まあ自分のセンスなんて、こんなものだけど、下の二つは、身に沁みる・・・・・
6位 何気ない 暮らしが何より 宝物 
8位 立ち上がり 目的忘れ また座る

さっき、カミさんが下で呼ぶので行ってみたら、「直ぐに来ないから・・・言う事を忘れた・・」って。そうだよね。何を言うかは、メモしておかないと、直ぐに忘れてしまうよ・・・

ウィットのある生活・・・。
シルバー世代にとって、それは若さを保つ秘訣かもね・・・(ウィットかビョーキかは、ビミョーだけど・・)

(関連記事)
2012年の「サラリーマン川柳」入選作

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2012年5月 6日 (日)

「お墓がない!」~檀家制度は続く?

少し前のニュースだが、天皇が従来の土葬ではなく火葬をご希望で、両陛下の合葬も望まれている、と報道されていた。その実現に向けて検討が始まるという。
これもかなり前の記事だが、朝日新聞「オトナになった女たちへ」というコラムに、「お墓がない!」という記事があった。曰く・・・

お墓がない!
    太田光代
 唐突なことを言うようだが、お墓がない。そんな映画のタイトルを聞いたことがあるが、これは映画ではなく、現実に今、私におきている切実な問題なのだ。
 入院生活を送っていた夫の父が亡くなって、通夜、葬儀と慌ただしい日々を送ったが、一段落ついて、嫁の私にも父のことを懐かしみ、四十九日の法要までに心の整理をする時間が訪れるのかと思ったのも束(つか)の間、父の遺骨はどこに行くのかという疑問が頭をよぎった。父は太田家の三男で、十一人兄妹の末っ子である。昔ながらのしきたりで長男を本家とすると、三男の父は分家であるから、墓は自分で建てなくてはならない。こんな時にとは思ったが、夫の母に率直に聞いてみた。「お父さんのお墓は、どこですか?」。すると、「ないわよ。持ってないから、建てないといけないんじゃない?」。
 私の実の母は、随分前に墓を買っていた。子供心に、死んでもいないのに、お墓を買うなんて、と思った記憶がある。現在は私を育ててくれた優しい父が安らかに眠っているが、お墓の場所が遠すぎて一度も行ったことがない。けれど、景色が良いからと母が気に入って購入した墓地である。いずれ母もそこに入って、すてきな場所で、夫婦水入らずのときを過ごすのだろう。
 さて、太田家の墓の話に戻るが、夫は一人っ子。長男であるから、これから建てる父の墓は、夫や私の墓でもある。天寿を全うする順番は、年齢で考えると夫の母、男女の平均寿命差を考えて夫、最後が私である。お墓は守る人の近所が一番と口をそろえて皆様おっしゃる。
 全国的に墓地不足が深刻化しているという。都立霊園は年に一度抽選を行っているが、相当な倍率である。民間霊園も近くに少ない。遺骨はお墓が決まるまでの間、条件を満たせば都立の納骨堂で一時的に預かってくれるというが……。皆様、直面すると深刻な問題です。慌てることになる前に、一度シミュレーションすることをお勧めします。(プロダクション社長)」(2012/04/15付「朝日新聞」p30より)

「生老病死」。誰も何時かは死ぬ。その時に必要になるのが墓・・・。代々続いている家の長子なら、たぶん親の墓があるだろうから心配ないが、次男以下のいわゆる分家は、上の記事のように、墓をどうするかが課題となる。

墓や菩提寺について、当blogでも何度か書いてきた。その視点は、あまりに庶民離れしたお寺さんの金銭感覚・・・・。
昨年、義姉が亡くなったが、その時に菩提寺から請求された金額が、通夜・葬儀・戒名料で100万円、納骨時のお布施が11万4千円だったという(ここ)。
何よりビックリしたのは、お通夜に坊さんに喪主が挨拶に行ったときに、最初に差し出されたのが、上記111万4千円の銀行振込用紙だった、という話。お寺さんにとっては、お通夜で亡くなった人を弔うことよりも、戒名料が何よりも大切な話なのだろう、と感じた

来月は義姉の1回忌の法要。お寺さんとその日取りを決めたら、1回忌の御布施10万円を要求してきたという。おまけに「来年の3回忌までは、御布施10万円でお願いします」と書いてあったとか・・・。何とも・・・・・

ふと思った。代々受け継いできたお墓も、長男に子どもが無かったらどうなるのだろう?
ある大先輩に聞いたら、長子が途絶えたら、その墓は途絶えてしまうのだそうだ。次男以下のいわゆる分家は、当然別に墓を建てる。よって子どもが無い家が代々受け継いできたお墓を守るためには、あらかじめ養子を迎えて、お墓だけでなく、代々の家の資産も次の世代に繋げていくしか方法が無いらしい。そう言えば、子どもの居ない家に、結婚と同時に若夫婦で養子に入った友人もいたっけ。
しかし菩提寺からすると、檀家の継続こそが大切なので、事情により檀家の名義を縁者に移す事はたやすいらしい。
でもその時の問題は、途絶えそうなお墓を“誰”に移すかだ。お墓の“場所”の問題もあるが、何より毎年の墓の維持費と、戒名料・法事などのお寺に払うお金が大問題。都会の一等地にあるお墓は、その維持にもそれなりの金がかかる。

資産家でもない普通のサラリーマンが、非常にお金がかかる“都会の一等地のお墓”を受け継いだ場合も悩ましい。普通のサラリーマン家庭の場合、不動産などの受け継ぐ資産はほとんど無い場合が多い。よって、ただお墓をのみ譲られた時、そのお墓の維持で日常の生活が脅かされる、なんて言う事態も想定されてしまう・・・
ふと、年金で連鎖倒産している神戸のタクシー会社の例を思い出した(ここ)。生活を豊かにするための年金問題で、会社が潰れる・・・。何のための年金か・・・

お墓は公営の霊園が一番。しかし墓を先祖から受け継ぐ場合には、公営墓地の選択肢はない。その問題の全ては、現在の檀家制度にあるのだろう。前にも書いたが、受け継ぐ世代は何の選択肢もなく、ただただ祖先と同じ檀家制度に組み入れられてしまう。今までの相場で、事ある毎に菩提寺から「幾ら払え・・・」と指示が来る・・。“お布施”という言葉と、そんな現実との乖離に、つい笑ってしまう。
でも、もうそんな時代ではない。
葬儀以外では会う機会もなく、ほとんど顔も知らない菩提寺との縁・・・。お金だけでつながっている現在の檀家制度は、そろそろ終了させないといけない制度かも・・・と感じるこの頃ではある。

(関連記事)
「戒名料」に思う・・・日本のお寺は必ず廃れる!?

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2012年5月 5日 (土)

アントニオ古賀の「禁じられた遊び」

当blogでは、何曲か、「こだわっている曲」「探していた曲」について書いた。映画「それから」のテーマ(ここ)、韓国ドラマ「砂時計」の主題歌(ここ)、NHK「家族の肖像」のテーマ(ここ)、上海交響楽団の「荒城の月」(ここ)、平岡養一の木琴(ここ)、歌では伊藤久男の「あゝ逢い見ての」(ここ)もそうだった。
そんな一つに、映画「禁じられた遊び」のテーマがあった。子どもの時に持っていたドーナツ盤。そのナルシソ・イエペスの演奏を探していた。それをやっと見付けたのが、(ここ)だった。
その後、ビセンテ・ゴメスの演奏も手に入れた。どれも昔のドーナッツ盤なので音は悪い。

今朝(2012/05/05)のNHKラジオ深夜便で、アントニオ古賀のギター演奏の特集があった。その中で放送された「禁じられた遊び」。それは、まさに自分の好きだったイエペスのサントラ盤と、ビセンテ・ゴメスの演奏をミックスしたような演奏・・・・。

<アントニオ古賀の「禁じられた遊び」>

調べてみると、この演奏はアントニオ古賀自身の編曲らしい。始まりはゴメス風、中間部分にイエペス風の演奏が入り、終わりは「アルハンブラの思い出」風のトレモロの演奏。
何よりも、昔の巨匠の演奏と違い、音が良い。

つまり、自分の「禁じられた遊び探し」も、ここで決着、といった演奏を見付けたわけ・・・
この録音は、決して新しい演奏ではないが、自分は今まで聞く機会が無かった。
毎回書いているが、スカイツリーへの送信アンテナの移転で、格段に音が良くなったNHK FM。これからも色々な音楽が放送されるので、今まで以上に楽しみである。

(関連記事)
ナルシソ・イエペスの「禁じられた遊び」
半世紀ぶりに巡り会えた「禁じられた遊び」のテーマ

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2012年5月 3日 (木)

国連会合「幸福度」の指標論議~日本、生活満足度の順位で44位

先日の朝日新聞に、国連レベルの幸福度順位が載っていた。もうそろそろこのテーマから卒業したいのだが・・・。とりあえず読んでみるか・・・。曰く・・

国連会合「幸福度」の指標論議
      満足度、北欧とアフリカで格差
 国内総生産(GDP)に代わる豊かさの物差し「幸福度」について、国連ハイレベル会合がニューヨークで開かれ、世界共通の指標作りについて論議された。そこで生活への満足度による国別ランキングが示され、北欧諸国とアフリカの途上国との間に大きな格差があることがわかった。
 米コロンビア大のサックス教授は、幸福度の目安として、米ギャラップ社の調査をもとに生活や人生への満足度を10段階で示した国別の順位を発表した=表。
 各国約1千人を対象にした2005年~11年の調査データを平均化した。デンマークやフィンランドなどトップ4力国が平均7.6なのに対し、トーゴやベナンなど最下位4力国が3.4と大きな開きがある現状を報告した。
 その一方、生活への満足度の高い先進国の生活様式が環境に負荷を与えているという報告もあった。生活の維持に必要な耕作地や海などを面積で表す「エコロジカル・フットプリント」を提唱するグループは、「世界が米国と同じ生活をすれば地球が5個必要になる」と指摘。途上国支援の専門家は、限られた資源を公平に分配する仕組みづくりの必要性を訴えた。
 会合は「国民総幸福(GNH)」の指標を政策に導入するブータンが主催、政府やNGOなどの代表らが意見交換した。今後提言をまとめ、6月にブラジルである「国連持続可能な開発会議」(リオ+20)での基本合意を目指す。
 会合では、共通の指標に必要な項目として「精神的健康」「安定した家族関係」「職の確保」などのほか、「政治的な自由」「腐敗のない公平さ」も挙げられた。リオ+20では、GDPの限界を認識するとともに新しい指標の開発へ着手することへの合意を目指しており、日本などが幸福度を提案している。(ニューヨーク=行方史郎)

●生活満足度の順位
1 デンマーク
2 フィンランド
3 ノルウェー
4 オランダ
5 カナダ
6 スイス
7 スウェーデン
8 ニュージーランド
9 オーストラリア
10 アイルランド
11 米国
12 コスタリカ
17 アラブ首長国連邦
18 英国
23 フランス
25 ブラジル
28 イタリア
30 ドイツ
44 日本
56 韓国
76 ロシア
94 インド
112 中国
155 ベナン
156 トーゴ

* 「世界幸福リポート」(ジェフリー・サックス米コロンビア大学地球研究所長ら編集)から。 2005年~11年に実施されたギャラップ社調査をもとに計算。ブータンは対象国に人っていないが、他の調査との比較で、ギリシャ(42位)にほぼ匹敵すると推測している。」(2012/04/25付「朝日新聞」夕刊p7より)

この動きをみても、「幸福度」の議論が世界的に広がっていることが分かる。つまり、世界的に、GDPに代表される物質的なものだけでは幸福観に限界がある、という認識の始まりなのかも・・・・

順位は、トップを行く北欧にオセアニアが続いている。それにしても、日本の44位は、先進各国に比べ予想以上に下位だ。最近発展めざましい韓国の56位も予想外。
まあ“幸福”なんて、非常に主観的なものであり、評価も難しいが、でも国民が「そう思っている」ということなので、そう無視も出来ない。
1位のデンマークについては、前に「人を大切にする国 デンマーク」(ここ)という記事を書いた。その時に知ったのが、デンマークは「ひとりぼっちにさせない国」だということ。
今の日本には、デンマークのように人を資源として捉えて、人を再生(再教育)する仕組みがあると思えない。ただ切り棄てるだけ。
人は、仕事をしないで、ただ生活費(生活保護)を貰えれば良い、とは思っていない。自分自身を精一杯に活かしながら仕事が出来れば(いわゆる自己実現)、それに越した事はない。しかし日本は、そこまでのケアが行き届いていない。
そんな、国によっての“人の活かし方の違い”が、国民の満足度の違いに現れているような気がする。
国民全体が、生き生きと目を輝かして精一杯仕事をする国。そんな国に、日本はなれないものか・・・

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2012年5月 2日 (水)

温水洗浄便座の反撃

今日もバカバカしい話。ウチの温水洗浄便座からコケにされた・・・という話。

1階のトイレの便座の下に、水たまりが出来るようになったのは、いつ頃からだったか・・・。気付くと、ホースの下に水たまり・・・。パイプの継ぎ目などからの漏水も見付からない。おかしい・・・。しばらくおとなしくしていても、そのうちにまた発生する・・・。そして、先日、水がポタポタ落ちている現場を“目撃”してしまった。
原理的に、便座の本体からではない。温水便座からの漏水しか考えられない。
調べてみると、この便座は使い始めて丸8年。寿命というには少し早いが・・
修理をするか? いや、どうせ通販なら安いので、新しいのに交換してしまおうか・・・・

では何を買う? トイレのドアを開けると、便座の蓋が自動的に開く機能は気に入っている。便座のトビラを開けて、“いらっしゃいませ・・・”と、歓迎してくれるのは、頭(ず)が低くて、はばはだ宜しい。すると同じPana製が無難か・・・。次に、蓄湯式か瞬間式かの判断・・・。瞬間式は、通常は電源OFFで、人を感知して瞬間に電源が入る。よって、確かに節電にはなる。我が家でも、使う頻度が少ない2階のトイレは、高価な瞬間式にしている。でも、便座に座った瞬間は冷たい。そして急激に暖かくなる。トイレに入って、いっとき間を置いて座れば問題ないのだが、便座の急激な温度変化がどうも気に障る。
そして値段だが、瞬間式は蓄湯式に比べて1万3千円も高い。一方、瞬間式の節電効果は、年間電気代で2300円ほど。計算すると、5.4年経つまでは、製品価格が安い蓄湯式が有利。それを過ぎると、トータルコストは瞬間式の方が安くなる。
よって、今回は“状態が安定している”安い普通の蓄湯式にした。

例によって、価格コムから一番安い所に発注。それが今日着いて、取り付けをした。ここからが本題・・・。
古い便座を取り外して、水が垂れるので庭に運ぶ。中の温水を抜こうと、栓を探す・・・。と、何と水が漏れていたのは、便座の水抜き栓かららしい事が分かった。そうか、水抜き栓のゴムパッキンが劣化して、水が漏れていたのだ・・・。新しい便座はもう封を開いてしまったが、古い便座を元に戻して、明日にでもパッキンだけ買ってきて、取り替えよう。せっかく買った新しい便座は、仕方がないので取っておこう・・・。と、新品を元の箱に戻した。

古い便座を元の通りに戻して、改めて電源プラグを差す。・・・・ん??何かヘン・・・
ランプがズラリと点ったまま。リモコンを押しても反応しない。リモコンの電池もOK。リモコンを本体に近づけてもダメ。本当は、1分ほどで自動的に待機状態になるはずのに・・・
仕方がないので、取説を探して読む。しかし方法はない。壊れた???
確認のため、メーカーのサービスに電話。すると「プラグを外して5分ほど待ってからまた入れてくれ。リセットされるので、それでもダメならサービスマンを呼んでくれ」・・・
そして何と、電話している最中に、便座の蓋が、開いたり閉じたり、それこそバタンバタンと勝手に動き出した・・・。狂ってしまった・・・・
そして5分置いても同じ・・・・・・。結局、本当に壊れてしまったらしい。
かくして、箱に戻した新品を改めて開き、古い便座と交換した。

結局、今日のドタバタは何を意味しているのか・・・・。古い便座に、「どうせオイラはお払い箱でしょう?」とへそを曲げられてしまったことに他ならない。

当blogでも6年前の記事(ここ)以来、何度も書いてきた。ウチの機械には意志(魂)があると・・・・
今日もそれを地で行かれてしまった。

今日の反省点。
1)古い機械を取り外す時、「お疲れさまでした」と言わなかったこと。
2)古い機械の故障の原因が水抜き栓だと分かったとき、「もう一度頑張ってくれるか?」と頼まなかったこと。
3)“ベテランが新人に席を譲る”という暗黙知を、自分が忘れていたこと。
つまりは、自分のエチケットの不足で、古い機械の機嫌を損ねてしまった。

何よりも、水漏れが発生した時、便座全体を外して、キチンと調べれば良かったのに、早々に新品を手配してしまったのが失敗の(ご機嫌を損じた)原因。確かに今回の自分の仕打ちを思い返すと、「どうせ私はお払い箱でしょう!?」とへそを曲げられてしまっても仕方がない。

本来なら数十円で済むところを、2万数千円もかかってしまった。
今更ながら、エチケットの重要性を認識した。
(バッカみたいな話だが、“機械の意志(魂)”を信じない人は、読み飛ばして貰ってOKで~す)

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2012年5月 1日 (火)

「一を聴いて十を知る」

先日の日経新聞夕刊のコラム「あすへの話題」で「一を聴いて十を知る」という記事があった。曰く・・・

一を聞いて十を知る
     東京大学名誉教授 和田昭允
天才は一を聴いて十を知る、といわれる。でも、何もないところから残りの九が出る道理はない。ではどこから湧き出すのか?
 天才だろうと凡人だろうと、頭の中には綺麗に整理され、キチンと説明できる形式知がある。加えてそれの何千倍(多分)にもなる暗黙知が、直感や勘の働きで取り込まれたまま、整理されずにフラフラ漂っている。ただし両方の知とも、大きな個人差があるのは残念ながら認めざるを得ない。
 それはさておき、聴いた“一”がその状態に入ってくる。すると天才の頭では、それが親分になり、フラフラ知識どもが集まってきて、大きく纏まった知識“十”の完成になるのだ。その辺を例え話で説明する。
 綺麗な雪の結晶を思い浮かべてください。わが国には“雪は天からの手紙である”の名言で有名な“雪の博士”、北海道大学の故中谷宇吉郎教授の世界的研究がある。それによると温度零下の高空の過飽和水蒸気が、空中の極微粒子を核にして凝集し、精緻な六角形の美術品を創るという。まるで暗黙知みたいにハッキリしない水蒸気が集まって、六角結晶―まさしく形式知!―が姿を現すのだ。
 一を聴いて十を知るには多くの暗黙知が頭の中をフラついていること、そして、聴いた“一”の中に、その風来坊たちを糾合する“核”を見いだす鋭い勘が不可欠だ。
 それが天才なのだ、と言われればそれまでだが、私はそうは思わない。凡人でも心がけ次第で必ずそのようになれる。
 人から教わった形式知だけで頭がパンクしそうになっていてはダメだ。暗黙知や雑学が、肩身の狭い思いで頭の隅に縮こまっていては、新しい発想は絶対に生まれないのである。教育はそこを悟らせて欲しい。」(2012/04/19付「日経新聞」夕刊p1より)

「博学」という言葉がある。何とも“好まし字面”だが、これは何を意味するのか・・・?
本屋や図書館に行くと、自分は“圧倒”される。何に圧倒されるかというと、その本一冊ずつが持っている「それぞれの世界の数」に圧倒される・・・。つまり、本の数だけ世界がある・・・。本だけではない。すべての物事、全ての人に“世界”がある・・・
その膨大な世界に比べ、自分の知っている世界がどれだけちっぽけなものか・・・。気が付けば付くほど、自分が生きてきた世界の矮小さに気付く。

人とのつながりが大切だという。それが、この世界観のことを言っているのかも知れない。人はそれぞれの人生で経験してきた独自の世界を持つ。その人それぞれの世界は、その人とのつながりで幾らでも自分の物に出来る・・・。そのつながりは、自分の努力次第で、あらゆる方向に広がる可能性がある。
一番良い例が結婚。性が違うと言うことは、住んできた世界が異質という意味で、とてつもなく違うこと。それを結婚という手段で、自分の世界に変えることが出来る。つまり、家族関係も含めて、結婚する事によって広い別の世界が広がる・・・。(多分・・・)

でもすべては「興味」なのだろうと思う。興味があれば、別の世界を知ろうとして、世界は広がる。興味がなければ知っている世界はそのまま・・・
世界が広いのが良いかどうかは分からない。しかしせっかくこの世に生を受けたのだから、色々な世界を知ってから、つまり“この世”を充分に味わってからあの世に行きたいものだ。しかし、果たしてその時間があるのかどうか・・・・
せめて死ぬまでに、「一を聴いて“三”を知る・・・」位までは“暗黙知”を自分のものにしたいな・・・、と思うこの頃ではある。

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