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2012年4月 5日 (木)

老い支度と物忘れ

今年は、東京の桜もまだ満開にはなっていない。最近、駅から会社までの道のりを少し遠回りして、玉川上水のほとりを歩いている。玉川上水の両岸に桜の木があるからだ。今朝は七分咲きから三分咲きといったところ。ほどなく満開になるだろう。
これが満開になって散ると、まさに玉川上水が花筏になるのだ。いや、水面が桜の花で覆われるので、筏ではない??

さて本題。だいぶん前の話だが、自室で新聞の夕刊を読んでいたら「ご飯~~~」という声。仕方なく降りて夕食。カミさんか「この新聞は何?ビリビリ破って・・・!」「blogネタさ・・」
夕食後、ふと物忘れ?についての記事があったのを思い出し、確か夕刊だったっけ・・と探す。しかし出てこない。新聞の気になる記事は、その場で切り取らないと、永久に出てこない。これは鉄則。確か日経だっけ・・・。確か夕刊だよな・・・。しかし見つからない・・・。
ふと、さっき切り抜いたのは、その記事では?と自室にとって返す。あった。何のことはない。Blogネタと思って切り抜いた事を忘れて、もう一度探していたのだ。あるわけがない・・。既に切り取っていたのだから・・・・・
そのたくさんの時間を掛けた記事がこれ・・・。曰く・・・

シングルの老い支度 岸本葉子
先々役に立たなくても、今できることをしよう
 引き出しを開けたら、四つ折りの小さな紙。注文した商品の引換票だ。「今日取りにいくのに要るんだった」。机の上に出しておく。
 パソコンをしばらく続け、さて行くかと立ち上がれば、引換票が消えている。あの後動かした覚えはまったくない。
 持っていくのを忘れぬよう、下駄箱の上に鍵と並べて置いたのか。手回しよく財布に入れたのか。無意識に引き出しに戻したか、何かに気をとられ、あらぬところにしまい込んだ可能性も。冷蔵庫や電子レンジの中まで探したが、見つからず。
 引換票なしで店に向かいつつ、事態を深刻に受け止めている。短期の記憶を、こうも保持できないとは。認知機能の衰えが、私はかなり早いのか。今している老い支度は、「判断のできる自分」が前提だ。その前提から崩れてしまうかも。
 老後を最初に意識したのは、三十歳の頃だった。周囲の同世代には、結婚、出産した人も現れる。私はひとり。将来頼れる者はおらず、自分で備えをする他ない。
 高齢でひとり暮らしだと、部屋を借りるのが難しくなると聞き、とりあえず住まいを購入した。三十代後半のこと。
 顧みて思う。あれは「三十代での想像」に基づく備えだったと。
 購入を決めたポイントは、いくつかある。一階で専用庭付き。年とってから土にふれるのは癒されそう。窓が大きい。部屋の中で日なたぼっこができる。家で過ごす時間が、老後はもっと長くなろう。天井が高いのは、閉塞感がなくていい。
 それが五十で早くも、草むしりがつらくなり、業者に任せる始末。窓からの寒さがこたえ、高い天井は暖房効率が悪いだけでなく、電球を替えるにも、脚立の最上段に乗らねばならない。これって、いつまで続けられる?
 同様のことは、今している老い支度についても言えそうだ。あくまでも「五十での想像」に基づく備えだと心しておかなければ。現実に年をとってみて、はじめてわかることもあろう。
 想像力には限界がある。限界を承知の上で、今の自分にできることをするのが、だいじなのだ。支度が先々役に立たなかったとき、過去の自分を恨まずに「あのときはあのときで、せいいっぱいした」と振り返れる。その充足感が、老後を支えると信じよう。 店への道々、そこまで私に考えさせた引換票。帰ってもう一度探したら、何のことはない、机の向こう側へ落ちていた。(エッセイスト)」(2012/03/28付「日経新聞」夕刊p9より)

我々シルバー突入世代にとっては、老い支度、死に支度はこれからの大きなテーマ。でもなかなか進まない。臭い物には蓋・・・なので・・・
でもこの筆者はエライ。30代で既に自分の老後を考えて対策を打っている。それに引き替え、自分は・・・・
昔、家を建てた時、気にくわなかったのが洋間の居間。自分は日本間でコタツに入るのが好き。寒い日にはコタツにクビまで入り、蓑虫のごとくクビ先だけ出す・・・。洋間ではそれが出来ないではないか・・・。そして編み出したのが、居間の一部を一段下げ、その部分を和室風に使うこと。よって我が家では、洋間の30cmほど下げたエリアにコタツを置いて生活している。洋間の中に、擬似和室空間・・・

しかし、“その時”グッドアイデア・・と考えたその30cmの段差は、腰痛を発症したときに壁となった。つまり、いくら30cmでも腰痛の体でその段差を越えるのがなかなか大変。これは夫婦そろって腰痛のときにお互いが体験してしまった。
居間を筆頭に、我が家は老後の対策などまったくしていない。カミさんは「どうせ駅前のマンションに引っ越すから・・」と気楽だが、さーて・・・

先の筆者ではないが、他愛のないことにゾッとする年代になってきた。先ほどの新聞の切り抜きなど、まだ良い方・・・。自分も色々と自信喪失の気配・・・
大きな声では言えないが、最近は目の衰えにビビっている。しばらく机の上の書類やパソコンを見ていると、遠くの景色がボケる・・・。老化現象で、目の適応力がどんどん落ちているようだ。

自分もそろそろ「臭い物には蓋」の蓋を取って、中を取り出す時期が来ているのかも知れない・・・。つまり、「加齢」という言葉を受け入れるべき年代に差し掛かって来たのかも知れない・・・。
先ほどの物忘れもそうだが、「加齢」という言葉が妙に身に迫るこの頃である。


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