« 2012年3月 | トップページ | 2012年5月 »

2012年4月の26件の記事

2012年4月30日 (月)

スカイツリー/東京タワー/フレッツテレビのFM電波の差

今日は、我が家のアンテナの建て替え工事をした。と言うのは、先日FM送信アンテナのスカイツリーへの移転に伴い、我が家の10素子のFMアンテナの方向を、今までの水戸局方P11106881 向から、スカイツリー方向へ変えたが(ここ)、その時に、アンテナ工事屋さんから「マストも屋根馬も支線も、錆びていて危ない」との指摘を受け、台風毎にヒヤヒヤするのもイヤなので、建て替えた。ついでに8年半前の地デジ放送開始以来使っていたUHFアンテナも新品に交換し、それに加えて先日の台風で飛ばされて、5素子が3素子になっていたFMアンテナも新しいものと交換した。FMアンテナは10素子で充分なのだが、FMチューナー(KENWOODのL-02T)が2台あるので、5素子も予備として設けた。

せっかくなので、データを採り、評価をしてみた。するとFM電波について、色々と分かってきた。
まず、アンテナ屋さんのマスプロのデジタルレベルチェッカーによる、信号レベルの測定値がこれ・・・。

<信号レベル>
         (スカイツリー)       (東京タワー)
       NHK FM   J-WAVE     TOKYO-FM
       (82.5MHz)   (81.3MHz)     (80.0MHz)
10素子   89.3dBμV  89.0dBμV    77.4dBμV
5素子    77.4dBμV  79.4dBμV    69.2dBμV
フレッツ   70.2dBμV  70.6dBμV    72.0dBμV
*スカイツリー:空中線電力 7Kw/ERP 57kW
*東京タワー:空中線電力10Kw/ERP 44kW
*「フレッツ・テレビ」:
FM電波をフレッツ光の光回線で送ってくるNTT東のサービス(月額700円)

Wikiによると、東京タワーは「空中線電力10Kw/ERP 44kW」だという。一方、スカイツリーは「空中線電力7Kw/ERP 57kW」だという。ERP(Effective Radiation Power :実効輻射電力)とは「アンテナからある方向に放射されるエネルギーを「半波長ダイポール・アンテナ」での送信電力に置き換えたもの」だそうで、スカイツリーの方が受信地点での電波の力が強い設定になっている。
データでも、東京タワーよりもスカイツリーの電波が12dBも強い。フレッツテレビの電波は変わらない。
なおフレッツテレビは、前にNTTが調べてくれたところによると(ここ)、終端装置の出力コネクタ端で、76.5dBuVあった。よって、今回調べたFMチューナー入力部は、同軸ケーブル20mやすき間ケーブルを経由しているので、6dBほど減衰しているのだろう。
111223fmdenpa それにしても、レベルが高い。総務省の放送エリア図(ここ)によると、当八王子は最低でも2mV/mの電界強度を確保する、とある。前にマスプロに問い合わせたら「10素子アンテナ(FM10)で計算すると、2mV/mであれば71.0dBμVのレベルが得られる」という。その最低線に対して、プラス18dB。強い事はありがたいのだが、幾ら我が家がちょっとした高台の上とはいえ、予想よりもずっと電波が強い。

120430masprofm<アンテナの特性>
一方、FMアンテナの特性表を見ると、マスプロのFM10とFM5の利得の差は、NHK(82.5MHz)で4dB、J-WAVE(81.3MHz)で3.5dB、TOKYO-FM(80.0MHz)で3dB程度である。しかし、実測値の差はNHKで12dB、J-WAVEで9dB、東京タワーからのTOKYO-FMでは8dB。それぞれ、8dB、6dB、5dBほど特性表から高い。これを見る限り、10素子のアンテナはそれなりに高性能であるという事らしい。

<ノイズ量(S/N比)>
      (スカイツリー)  (東京タワー)
       NHK FM     TOKYO-FM
       (82.5MHz)     (80.0MHz)
10素子    61.3dB      59.6dB
5素子     60.8dB      58.3dB
フレッツ    53.1dB      53.3dB

そして最も大切なノイズの量の評価である。評価方法は前に書いたように(ここ)、放送されている音楽の曲間の無音部分のノイズ量を、試験放送時の1KHzの基準トーン信号の90dBと比較している。
だいたいFM放送は、電波の強さなどどうでも良い。マルチパスが無くて、ノイズ量が少なければ、それで良い。そう考えて、上のリストを見ると、東京タワーよりもスカイツリーの方が、10素子で1.7dB、5素子で2.5dBほど良いことが分かる。これは電波が強いせいか??
Image07295そして、10素子と5素子のアンテナでは、1dB位の差しか無いことが分かる。
つまり、10素子のアンテナで89dBμVのレベルが得られた・・と喜んでも、ある程度のレベル以上からは良くならない、というFMの本来の特性があるため、あまり意味がない事が分かる。
(左の表で、dBf=dBμV+11.25
*0dBf=1fw(フェムトワット=1×10マイナス15乗ワット)なので
 75ohmの時の電圧値は(V^2)/75=1*10^(-15)より
 V=0.273μVとなり
 0.273μV(0dBf)=-11.3dBuVとなる)

しかし案の定、フレッツテレビの電波の質は良くない。スカイツリーに変わっても、まったく改善されなかった。幾ら光で送るとは言え、元の受信した信号の質が、あまり良くないのだろう。ノイズ量の7~8dBの差はあまりに大きい。良い音でFM放送を楽しみたい方は、自分でアンテナを建てるに限る。
かくして我が家では、幾らFMチューナーが2台あるからといって、結果としてわざわざ5素子のアンテナを建てる必要はなかった。つまり、10素子の入力を2分配するだけで充分だったようである。
もちろん電波の状態は日々刻々と変動している。上のデータもあくまでも一例である。しかし傾向は変わらない。絶対値は別にして、“傾向”だけは今日のデータから、色々と読み取れるような気がする。

結論として、自分の“マルチパスの無いFM電波”を追い求めた「趣味」も、2012年4月23日のNHK東京FMのスカイツリー移転を機にマルチパスが無くなり、我が家の受信局を、今までの水戸局(61.2dBμV)から、スカイツリー(89.4dBμV)に切り替える事ができた。上記のように、充分すぎるほどの信号である。
サテサテ、これからのNHK FMの番組が楽しみである。

(関連記事)
NHK東京FMのスカイツリー移転で電波状況が大幅改善
TOKYO FMのアンテナが東京タワー頂上に!~今一息 
フレッツ・テレビのFM受信は期待外れ・・? 
KENWOODのL-02Tを凌駕(?)~3万円弱のFPGAフルデジタルFMチューナーを入手

| コメント (2)

2012年4月29日 (日)

「政権の現実~足りないのは財源だけか」~素直になれる?

連休が始まって、天気も上々。それで人並みに「どこかに行こう」と思ったのが甘かった。
今日はカミさんのリクエストで、小金井の「江戸東京たてもの園」に車で行ってみたのだが、前の道路が大渋滞。カミさんが「戻ろう」というので、“敵前逃亡”してしまった。だいたい、幾らでも時間の融通が出来るシルバー族が、わざわざ連休に公園に行くことはないのだ。
まあ、江戸東京たてもの園は、昔凝って何度も行った我が家の行き付けの場所。でも当blogでは取り上げた事がないので、ここ6年ほどは行っていないようだ。近い内に、また・・

さて気を取り直して・・・・。先日の朝日新聞に「政権の現実~足りないのは財源だけか」という記事があった。曰く・・

政権の現実~足りないのは財源だけか
      編集委員 原 真人
 「年越し派遣村」村長だった湯浅誠氏が内閣府参与を辞め、それを機に書いたブログが社会運動仲間から批判を浴びているらしい。湯浅も官僚に取り込まれたのか、と。
 ブログには、外から貧困対策を求めていた時は「何とかなるはず」と思った財政問題が、「何ともならない」と知った2年間だったと率直につづっている。
 限られた財源の中で求める政策を実現するには、他の予算を削らざるをえない。下手をすると、弱い者同士でパイを奪い合うことになりかねない、と湯浅氏は知る。13日付の朝日新聞オピニオン面でも思いを語っている。
 社会運動家と言うと扇動的なイメージもあるが、湯浅氏は違う。冷静に論理的に相手を説得するタイプだ。派遣村で政府の対策を引き出した戦略家の一面もある。その氏が政府内に入れば、政策づくりは劇的に変わると多くの人は期待した。だが現実はそう単純ではなかった。
 財政の「現実」に直面し、期待を裏切った点では民主党政権も同じだ。
 民主党は「ムダづかい根絶などで16.8兆円の新政策の財源を生み出す」といって政権交代を実現した。だが、子ども手当や高速道路の無料化など主要公約の大半は失敗に終わった。財源が足りなかったせいもあるし、そもそも政策の方向性が間違っていたものもある。16.8兆円目標も、現実は毎年度3兆円ほどの恒久財源をひねり出すのが精いっぱい。財政は「何ともならなかった」のだ。
 それでも民主党政権は長らくマニフェストの旗をおろさず、政策のゆがみや予算の膨張を許した。最近は「見通しが甘かっだ」(安住淳財務相)などの陳謝発言もあるが国会対策の域を出ていない。
 財政事情を冷静にみれば、消費増税は避けられないと多くの国民は知っている。歴代政権が先送りしてきたその難題に初めて挑む野田佳彦首相の覚悟は、評価されていい。
 にもかかわらず政権や増税法案への支持が広がらない。マニフェスト至上主義から一足飛びに消費増税へと向かった政権の構えに、何か足りないものがなかっただろうか。
 湯浅氏はいま批判に向き合い、理解を求める苦難の日々だ。時に明け方まで議論しあうこともあるという。官僚に取り込まれたのかと迫る相手に「政策調整の現場は真っ当だった」「官僚たちも普通の人々だった」と正直な思いを説くことがどれほど大変か。
 いまさらと言われるかもしれないが、野田政権にもそんな苦難の行脚が必要ではないか。元支持者たちに「財政の現実を前にマニフェストは何ともならなかった」と率直にわびる。説得は難しいかもしれないが、そんな愚直な作業がまだ足りないのだと思う。」(2012/04/15付「朝日新聞」p6より)

この議論は、我々の琴線に触れる。人間、はたしてどこまで自分に素直になれるか・・・という話か・・・?
長い人生で、個人的にもビジネスでも、思い込んでいた事態が、その中に入ってみて、自分の見解の誤りに気付くことがある。その時に、どのような態度に出るか・・・。果たして素直に自分の誤りを謝罪することが出来るか・・?(これは夫婦げんかでも良くあること・・)

すべてに邪魔をするのが「メンツ」。夫としての面子、親父としての面子、上司としての面子・・・。たぶん人間は、自然体では自分に素直になろうとしているのだろう、と思う。しかし面子が・・・
特にビジネスの世界では、今まで言っていたこととの矛盾で、例え自分の誤りに気付いても、振り上げた拳は下ろさない場面が多い。つまり、だいたいの場合、誤りは認めずにそのまま突き進む。政治の世界も官僚の世界も、裁判の世界も、すべて男の世界はそうだ・・・(たぶん・・・)

4月から始まった中国のテレビドラマ「三国志」(ここ)を録画して見出した。全95話を平日連続して放送している。

自分の三国志の歴史は挫折の歴史。つまり吉川英治の「三国志」を、何度読み始めて挫折したことか・・・。とにかく登場人物が多いため、自分の頭では整理出来ない・・。でもテレビドラマでは、何とか付いて行ける・・・!?
三国志のキーワードは策略(?)。つまり、物語のあちこちに、“全ては人間の原理・道理で動く”ということが出てくる。その意味ではテーマは「人間」かも・・・・。そこが現代でも勉強になる。つまり「**の計」は、我々の日常生活にも応用が利く考え方。

三国志と同じように、世界は「道理」で動く(はず)。しかし現実は、人間、素直になる事が意外に難しい・・・。
でも唯一リタイアした後がチャンスかも・・・。つまり失うものがない、もう歴史の裁判にさらされる事が無い、と思うと素直になれるよね・・。誤りを認められるよね・・。(夫婦げんかは別だけど・・・!?)
せめて老後だけは素直な生き方をしたいものだと思うのだが・・・・。

| コメント (2)

2012年4月28日 (土)

怪談えほん「いるの いないの」

昨日、会社から帰ると、直ぐにカミさんに捕まった。座らされるや、カミさんが買ってきたばかりの絵本を開いて、読み聞かせる・・・。(何と、還暦をとっくに過ぎたオジサンに・・だぜ・・・!)怪談えほん「いるの いないの」という本。確かにゾッとはしたが・・・

絵本の帯にはこう書いてあった。(写真はクリックで拡大)
Img1 「おばあさんの住む古い家でしばらく暮らすことになった。
家の暗がりが気になって気になってしかたない。
京極夏彦と町田尚子が腹の底から「こわい」をひきずりだす。」

「「怪談」を通じて、想像力を養い、強い心を育んでほしい
幼いころから怪談に親しむことによって、子どもたちは豊かな想像力を養い、想定外の事態に直面しても平静さを保てる強い心を育み、さらには命の尊さや他者を傷つけることの怖ろしさといった、人として大切なことのイロハを自然に身につけてゆくのです。
私たちが人生で初めて出逢う書物である「絵本」を通じて、良質な本物の怪談の世界に触れてほしい――そんな願いから「怪談えほん」シリーズは生まれました。」

絵はキャンバスの素地が見えるようなちゃんとした絵画。それが15枚。
Img_00041 ・・・
「うえを みなければ こわくないよ」
「みなければ いなくなるの?」
「さあ みないから いるか いないか わからないよ」
・・・

誰かいる!でも怖くて見られない。見なければ、いない・・・?

実に単純な物語だが、でも何か奥深い・・・・。「鶴の恩返し」も“見たわね~~”だったが、この怪談は、相手が何者か分からない点に怖さがある・・・

小学校に上がる前、当時住んでいた小さな家の、狭い廊下の隅に便所があった。その戸の前に、小さな本棚があり、そこに何冊かの絵本が置いてあった。その絵本の中に、赤い目をしたネズミの絵があり、それが怖かった・・。だから、その絵本を見る時は、そのページを飛ばして読んだもの・・・
それこそ怖いものだ・・。何が? そんな幼児期の体験を、今でも覚えていることが・・・。

「三つ子の魂百まで」というように、感受性が強い時の刺激は、一生付いてまわる。その時に受けた良質の刺激は、この絵本の帯に書いてあるように、子どもの心に良い影響を与えるという。

ウチには、カミさんが好きなので、居間に何冊もの絵本が置いてあるが、「いい大人が絵本・・・?」なんて思わないで、こんな別世界に接するのも、老化防止には良いかもよ・・・?
Amazonを見たら、中身が少し覗けるようになっていた(ここ)。もし機会があったら、誰かにこのコワーイ絵本をプレゼントしたら、感謝される(否、怨まれる?)かもよ・・・
ホッホッホ・・・!!

●メモ:カウント~285万

| コメント (0)

2012年4月27日 (金)

「始める勇気~65歳から畑仕事はつらい」

先日の朝日新聞「これからの田舎暮らし」というコラムにこんな記事があった。

始める勇気~65歳から畑仕事はつらい
 定年になる前は、「定年になったら田舎暮らしをするつもりだ」といっていたのに、いざ定年になると、「あと二、三年は会社に残れるらしいから……」と前言を翻し、それから三年経つと、「娘が結婚するまでは、なんとか仕事を探して働かないと……」といってまた決断を先に延ばす。
 そうやっているうちにどんどん時が過ぎ、結局はなにもしないまま終わる人が多い。
 もちろんそういう人の大半(というかほとんどすべて)はもともとそれほど強い意志をもっていない人なので、どちらかというと口先だけで終わるほうが本人のためである。
 が、なかには本当に真剣に考えていて、長い時間をかけて計画を実行しようとする人もいる。それはそれでよいのだが、もし本当に実行するつもりなら、あまり決断に時間をかけ過ぎないほうがよい。
 ついこのあいだ、以前からときどき私の店にやってきては田舎暮らしの相談をもちかけてくる人が、ひさしぶりに訪ねてきた。
 彼は四十歳を過ぎる頃から将来の計画を立て、五十歳になったとき、目をつけていた田舎に住めそうな家と小さな畑がついた土地を買った。それからは、休みのたびにそこを訪れ、地元の人たちにも知り合いができたという。あとは定年になったら引っ越すばかり、というのが、数年前に来たときの話だった。
 「どうですか、引っ越しはされましたか」そう私か聞くと、彼は浮かない顔をして、「それが、まだ……」と口ごもる。
 「結局、定年後も嘱託として会社に残ることにしたのですが、娘がなかなか嫁に行かなくて……」と、例の、典型的な先延ばしの理由を語りはじめるのだった。
 「あ、こりゃダメだ」口には出さなかったが、私はそう嘆息した。
 「あと四、五年のうちには行きたいですね」と彼はいうのだが、それではもう六十五歳を過ぎてしまう。せっかく家も土地もあるのに、その歳から慣れない畑仕事をはじめるのはつらいだろう。だいいちいまどきの娘さんは、結婚するかどうかさえわからないのだから。
 田舎暮らしをしたい、という人に対して、私は、「慎重に考えたほうがいいですよ」と、ブレーキをかけるが、どうしても、という人がいたら、「人生に必要なものは勇気ですからね」といって背中を押す。(エッセイスト)」(2012/04/25付「朝日新聞」夕刊p9より)

「定年になったら**をするぞ・・」という話は良く聞く。でも現実は、なかなか実現しないもの・・・。
田舎に引っ込むのも、生まれ故郷に戻るのならいざ知らず、ずぶの素人が土地カンもない田舎に住み始めるのは、かなりの勇気と決意が要る。だからこの記事のように人は躊躇する。まさに「言うは易く行うは難かたし」である。

先日、元部下だったTさんが、体調を崩して会社を辞め、田舎に戻った、という話を聞いた。“その道(=仲間の事情)”に詳しい人に聞いてみたら、Tさんは、子どもが独立したのを機に、奥さんの実家の山形県に引っ越して農業をやる・・との事。横浜のマンションも売り払い、しかも同居していた彼の母親も一緒だという。そんな選択肢もあるのだ・・・。

定年を機に、“断捨離”ではないが、生活規模を縮小する意味で転居する人も多いと聞く。大きな家を処分して都会のマンションに移ったり・・・。でも大きな環境変化はリスクも伴う。上の記事ではないが、年を取って、慣れない環境でうまく行かなくなった時のリスク・・・。
我が家も、子どもが家を出て夫婦二人になった現在は、確かに家がデカ過ぎる。それは分かるが、かと言って引っ越す勇気がない。しかし元気な世の女性と同じで、ウチのカミさんは違う。
大きな声では言えないが、実は我が家では毎日のように、カミさんからせっつかれている。「早く駅前のマンションに移ろうよ~~」って。でも自分はなかなかその気になれない。
何よりも自分はこの家に愛着があるし・・。まあいずれ、自分ががんの宣告でもされたら、もう後が無いので決断することになるのかな・・ナンテ思うエムズくんなのである。(この記事がカミさんに読まれたら、また一悶着あるな・・・・・。たぶん・・・。きっと・・・)

| コメント (0)

2012年4月26日 (木)

「不可能の反対語は可能ではない。挑戦だ」

今日の昼食に、会社近くのそば屋に行ったが、テレビの「小沢氏に無罪判決」なんていうニュースを眺めながら、朝日新聞を読んでいたら、「天声人語」で「不可能の反対語は可能ではない。挑戦だ」という言葉を見付けた。確かに、なかなか名言だ・・。
曰く・・・

「郷土愛にあふれ、とにかく大きいものが好きなテキサス州の人々は、米国ジョークに欠かせぬ存在だという。米50州の中で面積も人口も2番目とあって、1番へのこだわりは大抵でないらしい。
ここ2年、ワールドシリーズに進んだレンジャーズへの期待を思う。悲願まであと一球と迫りながら、カージナルスに逆転優勝を許した去年の悔しさ、いかばかりか。三度目の正直を託された助っ人が、ほかならぬダルビッシュ有投手である。
大リーグの新天地で4度目となる登板は、強豪ヤンキースをホームに迎え、黒田博樹投手との日本人対決に。その大舞台で10三振を奪い、名うての打線を沈黙させた。胸のすく3勝目だった。
打者を追い込むと、観衆が立ち上がって三振を求める。それに応えるたびに、場内を「YU~」の響きが包んだ。生まれたての「テキサス自慢」を祝福するように。札幌ドームとは違う控えめなガッツポーズに、覚悟と、喜びが詰まっていた。
6年総額6千万ドル(約50億円)で契約した25歳に、ファンの視線は温かくも甘くない。背負うものの重さは本人にしか分かるまい。多くを語らずマウンドに向かう背番号11を、今はただ見守りたい。
黒人初の大リーガー、ジャッキー・ロビンソンに名言がある。「不可能の反対語は可能ではない。挑戦だ」。厚い人種差別の壁を、バット一本で打ち砕いた選手である。幸い、しなる右腕を阻む壁はない。挑んでこそ見えてくる地平へと、行けるところまで、行くだけだ。」(2012/04/26付「朝日新聞」「天声人語」より)

何度も書いているが、自分にとって野球は門外漢。まして大リーグなど・・・。それでも、何か気になるダルビッシュ・・・・。
昨日、最近話題から遠退いた大リーグ松井の「松井、レイズとマイナー契約へ」というニュースが流れた。あれだけの実績を誇った松井も、昨年の不調で今年は大変・・・。
それに故障の松坂投手の登板のニュースも流れる。

しかし大リーグに、長期契約して行った選手のプレッシャーは大変なものだろう。その期間、期待された成績を残すのは当然。それが契約。もし不成績だと、それこそ居場所が無く、毎日が地獄では??
ふと、昔の「トルネード投法」を引っさげてメジャーの話題をさらった野茂を思い出した。あれが1995年というから、もう17年も前のこと。時代は進む・・・
まあここまで盛り上がるかどうか分からないが、それにしても昨今のダルビッシュの話題は、なぜか“爽やかさ”を感じる。これは、最近、あまりに明るい話題が無い反動か・・・??
それと、“厚い人種差別の壁を、バット一本で打ち砕いた黒人初の大リーガー、ジャッキー・ロビンソンの名言”だという「不可能の反対語は可能ではない。挑戦だ」。
4月にスタートした会社や学校の“新人くん”へ贈る言葉として、なかなか宜しいのでは??

| コメント (0)

2012年4月24日 (火)

NHK東京FMのスカイツリー移転で電波状況が大幅改善

いよいよ昨日(2012/04/23)から、NHK東京FM(82.5MHz)の送信所(送信アンテナ)が、東京タワーから東京スカイツリーに移った。何度も書いているように、我が東京西部(八王子)での東京タワーからの電波は、新宿副都心の高層ビルのせいか(?)、マルチパスノイズで聞くに堪えない。よって自分は100Km先の水戸局を受信しているが、今回のスカイツリーへの移転で、このマルチパスノイズがどの位改善されるか、まさに待ちに待った日だったのである。

(2012/04/25修正済)
・10素子のFMアンテナの方向を、今までの水戸方向からスカイツリー方向に変えた。それを踏まえての報告に変更。

<<結果>> ⇒ ◎・・・(於:八王子)
・スカイツリーからの電波は、東京タワーに比べて、レベルが3~4dB上がったようだ。
・マルチパスノイズが無くなった。
・電波が強くなった分、ノイズ量が圧倒的に少なくなった。S/NがCD並の64dBも取れた。

120425fm2

<上記の表の解説>~上の表はクリックで拡大します
(上の表は、10素子のFMアンテナが、水戸方面を向いたままでの相対比較である)
・送信アンテナが東京タワーからスカイツリーに移ったことで、電波が3~4dB強くなったようだ。
・それに伴い、ノイズレベルが3dBほど下がった。
・「フレッツテレビ」サービス(ここ)の信号は、変化がなかった。
(L-02Tのレベルメーターの値はアテにならない)

<下の表の解説>
(下の表は、10素子のFMアンテナをスカイツリーに変更した後のデータ、及び今まで聞いていた水戸局との比較である)
・当八王子で、アンテナ工事屋さんの測定器で「89dBが取れた」、とアンテナ屋さんもビックリ。
・絶対値として、ノイズレベルが25.4dBを記録。試験放送時の1KHzのトーン信号のレベルが90dBだったので、S/N比で、CD並の64dBを実現できた。
・今まで聞いていた水戸局に比べ、電波が強くなったためにS/Nが8dBも良くなった。
・アンテナが水戸局に向いていた時には、少し残っていたマルチパスノイズが、ほぼ完全に無くなった。
・アンテナを水戸方向からスカイツリー方向に変えたせいで、L-02Tのレベルメーターの値も2dBほど上がった。

<<マルチパス・音質比較>>
<東京タワーからのNHK FMの音>2012/04/18録音

東京タワーの音は、マルチパスでジュルジュル音だが、スカイツリーに移って、マルチパスノイズが消えた・・・!!(マルチパスのメーターは若干振れるが・・)
<スカイツリーからのNHK FMの音>~2012/04/25録音

今まで聞いていたマルチパスの“ない”水戸局の音。(マルチパスのメーターは、ほとんど振れない)
<水戸局からのNHK FMの音>2012/04/19録音

次に、フレッツテレビのFM電波が、スカイツリーへの移転で、どう変わるか? 結果、変わらなかった。

<フレッツテレビの音(東京タワー)>2012/04/20録音

<フレッツテレビの音(スカイツリー)>2012/04/24録音

受信機はKENWOODのL-02Tという高級チューナーだが、水戸局はマルチパスメーターがほとんど振れない。つまり実にキレイな電波。
しかし今度のスカイツリーからの電波は、若干振れる。フレッツテレビの信号と同じくらいか・・・。しかし、音としては気にならない。

<<ノイズ量測定の方法>>
電波の質(S/N)の評価として、自分は時報の前後や曲間の無音時間のノイズレベルを測定している。つまり、「mp3DirectCut」で無音部分を切り出し、「MP3Gain」でレベルを読む。ちなみに、NHK FMの試験放送時の1KHzのトーンを「MP3Gain」でレベルを読んだら90dBだった。よってこの90dBとノイズレベルとの差がS/N比となる。(写真はクリックで拡大)

120424noisecut_2 120424noiselebel

*ちなみに、試験放送のレベルに対し、毎時の時報のレベルは約-2dB。よって、時報のレベル(88dB)を基準にして評価しても良い。絶対値としてのS/Nは色々と定義が難しいが、あくまで相対値としてのノイズ量の評価である。
具体的には、時報を含む番組をmp3で録音し、時報の部分のレベルと無音部分のレベルを上記のように測定し、その差でS/Nを評価。また、録音した番組全体を、「MP3Gain」でデフォルトの89dBに正規化して評価すると分かり易い。

しかしここまでの道のりは遠かった。調べてみると、NHKでFM放送が開始されたのが1957年(昭和32年)12月24日。ステレオ放送は、東京では1965年(昭和35年)12月16日に開始。
アンテナは、1970年(昭和45年)10月3日に紀尾井町より東京タワーに移転。
一方、(自分が勝手に犯人だと決めている)新宿副都心に高層ビル群が建ち始まったのは、1971年の京王プラザホテル開業から。これ以降高層ビルの数は38を数えるという。
よって、東京西部での受信状況は年ごとに悪くなって行ったと思われる。それに対し、FM東京は、2006年10月1日に青梅局を、2010年1月12日に八王子局を開局し、着々と多摩地方で改善の手を打ってきた。よって今回もFM東京は東京タワーから移動しない。それに対して、いままで無策だったNHKは今回のスカイツリーで一挙に挽回!?
それにしても、FMの送信アンテナの高さで、東京タワーの204mがスカイツリーの550m(ここ)になった効果は圧倒的・・・・。

今までの、“何とかFM放送を良い音で聞こう・・”という自分の試行錯誤は、これで終了!? そして、さっそく、これから使う可能性が無くなったフレッツテレビの解約を申し込んだ。

最後に、スカイツリーからの音だが、昔のリニアPCMの衛星放送「ミュージックバード」を彷彿とさせる音に大満足。音にパワーが付いたというか、ノイズが無くなって音が安定したというか・・・。結局FM放送は、電波の状況が良いと、予想を超えた音の再生が期待出来る。(送信アンテナに近い人は羨ましい・・・)
それから、スカイツリーの開局に向けて、全ての送信機も新品になったはずなので、その影響も大きいかも知れない。
ともあれ、スカイツリー・バンザイ! 550mバンザイ・・・である。

(2012/06/05追加)
<アンテナの方向不良によるマルチパス発生の例>
・4/23朝は、上記に示すように10素子のアンテナの方向は水戸、つまりスカイツリーから北に40度に向いていた。その時、スカイツリーからの電界強度は充分だったが、方向が違っていたため、不要なマルチパスの影響を受けて、こんな音になっていた。(写真はクリックで拡大)

<2012/04/23 ANTが北40度ズレ>

1khz120423

<2012/06/04 ANTが正常にスカイツリー方向>

1khz120604

*波形と音から分かるように、アンテナの方向が正確でないと、他の方向から飛んでくる汚いマルチパスノイズの乗った電波を拾うことになり、音質が悪化することが分かる。つまり、電波の強さを気にするだけでなく、指向性の強いアンテナにより、きれいな電波だけを受信する努力が必要である。

(2013/02/12追)
時報の最後の“ポーン”の部分だけを、同様に「mp3DirectCut」で切り出して、「Audacity」のスペクトラム解析で比較してみた。時報の880Hzの単音が、電波の質で、このように汚くなる。(なお、15KHz以上の波形は録音機OLYMPUS VJ-10によるエラーなので無視)
(NHK・東京タワー)(フレッツテレビ)(NHK水戸局)~L-02T⇒VJ-10で録音
120424nhk1204180500 1204241204200459fletstvpon 1204241204190459mitopon

<NHK・スカイツリー>
(左) L-02T⇒NAC-HD1で録音(10素子FM ANT)
(中央)FPGAデジタルFMチューナー⇒NAC-HD1で録音(10素子FM ANT)
(右) FPGAデジタルFMチューナー⇒NAC-HD1で録音(5素子FM ANT)  
130211nhk2013_02_1802_00pmpon Fpga880hz10_2 Fpga880hz5
~FMアンテナで、5素子に比べ10素子は、指向性が鋭い分、マルチパスの無い、よりピュアな電波が受信出来ることが分かる。

(関連記事)
スカイツリー/東京タワー/フレッツテレビのFM電波の差
TOKYO FMのアンテナが東京タワー頂上に!~今一息
KENWOODのL-02Tを凌駕(?)~3万円弱のFPGAフルデジタルFMチューナーを入手

| コメント (24)

2012年4月22日 (日)

子どもの難読名が急増中

最近の子どもの名前のメチャクチャぶり(失礼!)にはビックリする。もちろんこれは自分のような、昔の価値観であるシルバー族の言い草だが・・・
先日、朝日新聞に「子どもの難読名が急増中」という記事があった。少々抜粋すると・・・

子どもの難読名が急増中
・・・・
 次の名前は、何と読むでしょうか? ①笑②勇敢③圭寅④夢大⑤明日⑥勝利生⑦燃志(いずれも男の子)⑧香魚⑨朱光⑩路衣奈⑨暖乃⑩美栞⑩夢紅⑩響(同女の子)。
 これらは『子供の名前が危ない』の著作がある、命名研究家の牧野恭仁雄(くにお)さん(68)が実際に受けた相談で、候補に挙がった名前だ。
 順に①えるく②かりぶ③けいん④さんた⑤ともろう⑥まりお⑦もやし⑧かな⑨すぴか⑩じいな⑨のんの⑨みかん⑩むく⑨りずむ、と読む。
・・・・
120422namae  「あまりにも奇抜な名を考える親は、名付けという行為で自分の力を実感しているようにも見える」と、牧野さん。名が表すのは、子どもの本質でも、その未来でもないという。「名前とは親を知る手がかりなんです」
    ◇      ◇
 奇抜な名付けは、なにも今に始まった話ではない。
 1924(大正13)年の東京朝日新聞夕刊に「珍名奇姓録」という記事が掲載されている。
 記事によると、十数年来、趣味で変わった姓名を収集していた検事がまとめた奇姓録を「無理やりに拝み倒して、ソッと借用した」ところ、兄が「高倉打出見れば白妙(しろたえ)」、妹「高倉富士の高根」の百人一首そっちのけの兄妹が出てきた、とある。
 他にも「岡崎鬼退治」「浦島亀太郎」「日本無比」「風呂太久蔵(ふろたくぞう)」「金殖(かねふやす)」「梶左・梶右」父子などと紹介が続き、「木暮!(すすむ)」に至っては「もう字の域を脱している」と解説、「一二三五六」は「どこまでが姓名か解しかねる」で、記事は締めくくられている。
・・・・・
「どの名前にも親の願いが込められている。でも、オンリーワンを意識して加えたアレンジが、上の世代からは『おや?』と思われてしまうのかもしれません」(藤森さん)。
『名前の日本史』の著書がある評論家の紀田順一郎さん(76)は言う。「誰でも読み応えのある、一生飽きない本を一冊持っている。それは自分自身の名前である」。あなたの名前には何か記されていますか?」(2012/04/15付「朝日新聞」b4より)

上の「生まれ年別人気の名前」を見ると、さすがにどれも良く聞く名前。ほとんどの名前から、知った人の顔を思い浮かべることが出来る。しかしそれは、自分の場合1970年代まで。80年代から90年代以降になると、もう付いて行けない。読み方すら分からない。もちろん顔も浮かばない。

自分の世代では、女子では○○子が当たり前。男子は○男(雄、夫)や一文字の名が多かった。言うまでもなく、名前は本人とは関係無い。本人は命名にタッチしていないので・・この記事のように、子の名前は親の願いの凝縮。その点では「金殖(かねふやす)」という名は正解かも!?

誰も、最初の子どもの名前は、色々と考えて“凝る”もの。しかし二人目は“だいたい”・・・・
その昔、自分が子どもの名を考えたころは、姓名判断がはやっていた。今はどうなのだろう?
自分は姓名判断は一切考えなかった。考慮したのは、誤読がないこと、電話で説明し易く、と考えたつもりだが、さてどうだったろう・・・
ふと、赤ん坊の時ではなく、充分に育った今(元服に際して?)改めて息子に名前を付けるとするとどうなるだろ・・・と想像すると楽しい。
先に日本人に帰化したドナルド・キーン氏は「鬼怒鳴門(きーん どなるど)」だそうだ。
さしずめ、我が家では「出界(でかい)」と「平曽魔我理(へそまがり)」かな・・・? 長男はとにかくデカイ。次男はヘソ曲がりなので・・・
既に“世の中から大幅に取り残されている”と思い知らされる、最近の子どもの名前である。

| コメント (1)

2012年4月21日 (土)

「荒城の月」の原曲集

なぜか「荒城の月」が気になる・・・。当サイトで「荒城の月」を取り上げるのは3度目。今日は、その原曲についての話である。
現在流布されている「荒城の月」が、原曲(明治34年)ではなく1917年(大正6年)の山田耕筰の編曲によるのもだと知ったのは、前に「「荒城の月」の研究?」(ここ)という記事を書いたとき。

先日、立川澄人の独唱を聴いた時、原曲で歌っていることに気付き、自分の持っている音源21種をチェックしてみた。すると、前に紹介した米良美一だけでなく、立川澄人や鮫島有美子、島田祐子も原曲で歌っていることが分かった。今日はその紹介である。
まあ、原曲が好きか、山田耕筰編曲版が好きか(?)なのだが、どうも腑に落ちない。つまり、クラシックの世界では、作曲家がその曲をどのような想いで作曲したのかを演奏家が追求する。つまり原曲を非常に尊重する。それなのに、なぜ滝廉太郎の荒城の月は、原曲よりも山田耕筰の編曲版が世の中に定着することになったのだろう・・・。

山田耕筰編曲の大きな違いは2つ。
1)「花の宴」の「え」のシャープ記号が省かれており、「え」が原曲より半音低い。
2)「千代の松が枝」の「ちよのまつがえ」が「ちーよのまつがえ」拍子を変えた。
立川澄人がその両方を歌っているので聞き比べてみよう。

<立川澄人の「荒城の月」~原曲>

<立川澄人の「荒城の月」~山田耕筰編曲>

「荒城の月」
1.春高楼の花の宴 巡る盃 影さして
    千代の松が枝 分け出でし 昔の光今いづこ
2.秋陣営の霜の色 鳴きゆく雁の数見せて
    植うる剣に照り沿ひし 昔の光今いづこ
3.今荒城の夜半の月 変わらぬ光誰がためぞ
    垣に残るはただ葛 松に歌ふはただ嵐
4.天上影は変はらねど 栄枯は移る世の姿
    映さんとてか今も尚 ああ荒城の夜半の月

これは好みだが、自分はどうも原曲の方が好きだ。「はなのえん」の「の」と「え」が原曲通り半音しか下がらない方が、何か哀愁を漂わせる気がする。

原曲を歌った他の歌手も聞いてみよう。
このうち、鮫島有美子と米良美一は、山田耕筰のピアノ伴奏を使用している。

<鮫島有美子の「荒城の月」>

<島田祐子の「荒城の月」>

そして前に紹介した米良美一。
<米良美一の「荒城の月」>

(2012/05/05追)
さだまさしが、ユニークな歌い方をしている。「はなの“え”ん」を原曲通り半音高く歌い、「千代の松が枝」は山田耕筰編曲の「ちーよのまつがえ」と歌っている。
<さだまさしの「荒城の月」>

ふと思い立って、昔の映画「わが愛の譜 滝廉太郎物語」を見てしまった。
つい「荒城の月」を気にする。すると、ドイツ留学の送別演奏会で「荒城の月」の独唱の場面があったが、伴奏こそ耕筰編曲版ではなかったが、旋律は耕筰編曲版だった。時代考証的にヘンだが、まあ重箱の隅を突っついても仕方がない。

この映画のラストは、ピアノ曲「憾(うらみ)」。前にも取り上げたが(ここ)、死の4ヶ月の遺作だというこの曲。映画では全曲の演奏は無かったが、この曲は無念の気持ちがひしひしと伝わってくる名曲だ。

最後に、「荒城の月」のちょっと変わった歌い方を聞いてみよう。藤原義江が昭和12年に録音したもの。誰の歌い方にもない“小節が回っている”ような歌い方で、面白い。

<藤原義江の「荒城の月」~昭和12年>

(関連記事)
「荒城の月」の研究?
東京レディース・シンガーズと池田直樹の「荒城の月」

| コメント (5)

2012年4月20日 (金)

「結果を出す」~一瞬の喜びのために

先日の日経新聞のスポーツ欄「クールダウン」というコラムに「一瞬の喜びのために」という記事があった。曰く・・・

一瞬の喜びのために
 「結果を出す」――。選手や指導者らに試合への意気込みを尋ねると、よくこう返ってくる。この言葉、軽い文脈の中で発せられることも多く、画一的な感じがしてなかなか胸に響いてこなかった。しかし先日、貴乃花親方が横綱時代を振り返ったとき、改めてその重みについて考えさせられた。「苦しみしかなかった。楽しいと思えたのは優勝できた一瞬、それだけだった」
 1992年バルセロナ五輪の柔道男子78キロ級金メダリスト、吉田秀彦氏からも同じような話を聞いたことがある。練習に明け暮れた現役時代は「何がつらいかって、全部がつらかった」。それでも「試合で勝つと、つらさが忘れられた。その一瞬の喜びを味わいたいから頑張ってきた。だから結果が必要なんです」と吉田氏は強調した。
 スポーツの勝者は一握り。その勝者とて歓喜にふけるのはつかの間で、すぐに新たな精進が始まる。そんな厳しい世界で戦い続ける選手たちが、積み重ねる苦労から真に解放されるためには「結果を出す」しかない。実は、選手の思いがいっぱい詰まった言葉なのだろう。(金)」(2012/04/17付「日経新聞」p33より)

先日、テレビで「2012年世界フィギュアスケート選手権」の模様を放送していたが、実はウチのカミさんは浅田真央の大大ファン。それなのに、「怖くて見られない・・」と実況のテレビを見ない。録画しておいて後で見たら?と言っても、怖くて見ない。でも結果は気にする。そしてジャンプに失敗して低い点だと、“可哀想・・”を連発する。
確かに「かわいそう・・・」。でも“本番の結果がすべて”のスポーツでは、過去の栄光も経緯も、何も関係無い。それが現実・・・

他の世界も同じだ。新しい期が始まって半月以上経った。どの会社でも新たな目標に向けてスタートしている。そして当然のごとく「結果」を求められる。結果が出なければ、どんな言い訳も許されない世界。それがビジネス。まさにスポーツの世界と同じ。

さて、当blogのコンセプトである“人生”においてはどうだろう?人生における“結果”とは、何をもって言うのだろう・・。
「終わりよければすべてよし」とは良く聞く言葉。では人生において、「終わり」とは何だろう? 死ぬ時?? すると、心安らかに死ねればその人の人生の“結果”はすべて良し?? どうも変だ・・。だいたい“心安らかな死”などあるのか?

人生において、「結果を出す」とは、子どもを育てて命をつなぐこと?? 確かにミクロ的、生物的にはそうかも知れない。・・が、それだけではないだろう・・・。
自分という存在によって、何かで世の中に貢献したこと? 凡人にとって、そんなの簡単にあるわけない・・・・
自分にとっては、たぶん死ぬまで解が見つからなだろうな・・・と思うこの頃である。(←多分、人生の結果を出さないまま死ぬと思うけど・・・・)

| コメント (0)

2012年4月19日 (木)

「そんなに疲れますか?」

当サイトが好きな日経新聞のコラム「大機小機」。先日「そんなに疲れますか」という記事があった。曰く・・

そんなに疲れますか
 よく利用するビルが、エレベーターを更新した。上層階で乗り込み1階に下りると「お疲れさまでした」の自動音声とともに扉が開く。退勤時間帯に限るようだが、ここまできたか、と思う。
 若い人からのメールは、大抵「お疲れさまです」で始まる。ビルの出入り口では警備員が……。朝っぱらから聞くと、「まだ疲れてませんが」とまぜっ返したくなる。昔からあるあいさつだが、こうも幅をきかせるとは、よほど疲れた人が多いのだろう。
 同じ疲れでも、スポーツでひと汗流した後の快い疲労感あるが、「失われた20年」の日本に蓄積したのは、努力してもなかなか成果が出ない「徒労感」に近い疲れではないか。昨年の名目国内総生産(GDP)は約470兆円で20年前とほぼ同額だ。
 深尾京司一橋大学教授の分析では、この20年の日本経済は、慢性的な需要不足と生産性の低迷に特徴づけられる。全要素生産性(TFP)の推移を追うと、製造業は1990年代以降、上昇ペースを落とし、非製造業は、ずっと低空飛行のままという。
 新興国の台頭もあり、日本経済に占める製造業のシェアは、縮小することはあっても拡大は期待できない。それだけに、経済の過半を占める非製造業の生産性の改善は、経済再生のカギになる。
 非製造業の多くの業種で、他の先進国と比べ、情報通信技術(ICT)への投資や、組織改編への支出や労働者をオフ・ザ・ジョブ・トレーニングするための支出などの無形資産投資が、見劣りするという。
 このあたりにも「疲れ」の原因が潜んでいるかもしれない。もっとスリムな組織にできないか。ICTでまだまだ日常の業務を効率化できるのではないか。ICTの使い方が下手なのではないか。
 何かあなたを疲れさせているのか――。各部門のセクショナリズムか。お役所化した煩雑な社内手続きか。大量の資料を準備して何も決まらない会議なのか。コンサルタント会社に勧められるまま導入したシステムの使い勝手の悪さなのか。
 「大胆な金融緩和」や「成長戦略」など大上段に構えるのもよいが、身の回りの「疲れ」の原因を見極め、除去や緩和に知恵を絞るのも、有効な経済活性化策だ。生理学では、疲労は、痛み、発熱とともに、身体が発する三大アラームとされる。(手毬)」(2012/04/17付「日経新聞」「大機小機」より)

テーマの「そんなに疲れますか?」・・・。我々シルバー世代にとっては、なかなか厳しい質問だ。(おっと、上の新聞のテーマは時事問題だが、今日は健康問題として取り上げた)
「日常、疲れやすいですか?」と聞かれて、自信を持って「いや若い時と同じ」と言える人がどれくらいいるだろう? シルバー世代を迎えると、疲れに対しても耐力(=体力)が無くなってくる。そして、シルバー族の体調の不良は、ほとんど加齢が原因だという。さもありなん・・・。

ともあれ、疲れはすべて気力から来ていると思う。自分の趣味に没頭している時は、疲れを知らない。しかし“嫌々(いやいや)”することには、すぐに疲れる。いや、“疲れた~”と称してその行為から逃れようとする。
よって、趣味のように“疲れない何か”を一つでも持っている人は羨ましい。それこそ、まさに生き甲斐なので・・・。でも現実は、単なる体力低下での慢性的な疲れ・・・!?

「お疲れさま」は無難な挨拶として良く使われる。
「お疲れさま」という言葉を聞くと、前に書いた“「子供が使ってはいけない敬語」~金田一秀穂氏の愉快な話”(ここ)を思い出す。
「最近、夜の11時頃にコンビニの前を通ると、塾を終わった子どもたちが帰って行く。たぶん中学受験で夜遅くまでやっているので大変だな、とは思うけれど、友達と別れるときに、彼らは「お疲れさま」と言って帰っていく。6年生ですよ? 疲れているのはとてもよくわかるけど、「お疲れさま」とは言ってほしくない。“疲れるなよ!おまえたち”と思うわけ。
子供が“お疲れさま”と言うのは、ちょっと嬉しくない。・・」

まあ、こんな笑い話はさておき、時代の流れか、物理的な“疲れの基準”はどんどんと“人に優しく”なってきているように思う。我々が若いときは、地方への出張というと、夜行寝台が普通だった。定時まで働いて、出張に出発。缶ビールを買って、寝台車に。明け方に目的の駅に着いて、会社の始業まで時間を潰す・・・。それが当たり前だった。でも今は、前日に飛行機で飛んで、ホテルに前泊。仕事が終わると、ゆっくりと泊まって、次の日の朝から帰路に着く。
時代の流れなのだろう・・・。利用者の激減によって、寝台列車そのものが無くなって久しい。
でも、スポーツのように、何かの達成感(勝った!とか)があると “疲れ”は吹き飛ぶもの。それは分かってはいるものの、自分のようにアンチスポーツ派にとっては、これも縁のない話・・!?

我々シルバー世代にとっては、これからは“疲れ”という言葉との戦いの時期なのかも知れない。だから、なるべく「疲れた~」と言わないようにしたいもの。それが例えやせ我慢であったとしても・・・・
“睡眠不良”も含め、「疲れ」という言葉が、妙に気になり出したこの頃である。

(関連記事)
「子供が使ってはいけない敬語」~金田一秀穂氏の愉快な話

| コメント (0)

2012年4月18日 (水)

映画「しいのみ学園」をDVD化した

当blogのココログにはアクセス解析という機能があり、日毎にどのページに多くアクセスされているかが分かる。先日、昔書いた「映画「しいのみ学園」の歌」(ここ)という記事へのアクセスが多いのに気が付いた。(この映画の筆者である曻地三郎博士は2012年には106歳になられる。そのお元気さ故、またどこかで話題になったのかも知れない)
この記事は、小学生時代に学校で見た映画「しいのみ学園」について書いたもの。前にも書いたが、この映画とその歌は、昭和30年代当時の多くの子どもの心に深く記憶されている。時折思い出していたので、自分も大人になってから一度見たいと思っていた。それが、ふとニフティサーブからの情報で、TSUTAYA新宿店にレンタルビデオがあることが分かり、自分のメモによると1997年4月27日に見ることができた、というわけ。

Img_29221 この映画は、1955年(昭和30年)の封切りだが、惜しいことにDVD化されていない。しかしシルバー族には思い出の映画。今自分が持っているこの映画のVHSテープも、いつ機械が壊れるか分からないので、今のうちにDVD化しておこうと思ってやってみた。個人で簡単にDVD化できるので、今は便利な時代だ。
改めてこの映画を見たが、弱者に対する思いやり、という視点で、子どもにも分かり易い映画である。もう小児麻痺(ポリオ)という病気も昔の病気。日本では既に1980年に根絶されたという。よって今の子どもには、この映画の時代的背景がピンと来ないかも知れない。

話は変わるが、先日犬を連れて散歩をしていたら、ウチの団地に大きなバスが入ってきた。カミさんが「島田療育園(島田療育センター)のバスでは?」と言う。まさにそのバスだった。中には脳性麻痺らしい子が乗っていた。「ウチの団地にもいるんだ」と言ったら、カミさんが「ある確率で生まれてくるのよ」・・・
確かに普通の生活が出来ない子どもはある確率で生まれてくる。その子どもたちに対する、普通の子どもの反応はどうなのだろう?
少なくても、昭和30年代に我々が映画「しいのみ学園」を見た時は、誰もが心を打たれ、誰もが“優しい心”を持ったもの。その点では、全国の子どもに大変な影響を与えた映画だと言える。
今はどうなのだろう? 弱者に優しく・・・。今の子どもたちにそんな影響を与える映画など、あるのだろうか?
今の子どもにこの映画を見せて何と言うか、反応を聞いてみたいものである。
シルバー世代の誰もが知っている「ぼくらはしいのみ・・・」の歌である。

★Youtubeでこの映画を見ることができる。(ここをクリック)

●このDVDをお貸しすることが出来ます。右の欄のメールでご連絡下さい。

(関連記事)
映画「しいのみ学園」の歌

| コメント (3)

2012年4月17日 (火)

「イタリアに出来るなら」

電車の中で読んだ日経新聞で、久しぶりに(?)面白い記事を見つけた。曰く・・

イタリアに出来るなら
    本社コラムニスト 土谷英夫
 4年ほど前に、この欄に「イタリア化する?日本と題して書いた。テレビのバラエティー番組は、イタリアと日本の国民性の違いを面自おかしく取り上げるが、両国には似ている点がけっこう多い。
 列島と半島の違いはあるものの、南北に細長く山が多くて四季がある風土。少子高齢化が進んだ人口構成もうり二つなのだ。
 両国ともにさえないのが政治と経済。首相がくるくる代わる。日本は第2の経済大国の座を中国に奪われ、イタリアも1人当たり国内総生産(GDP)で一時抜いていた英仏に水をあけられた。GDP比の公的債務残高は2.2倍の日本が主要国でワースト、1.3倍のイタリアが続く。
そのイタリアで“異変”が起きた。ユーロ危機渦中の昨年11月に就任したマリオ・モンティ首相が仕掛け人だ。経済学者で、大学学長やEU(欧州連合)委員などを歴任した「政治家ではない首相」が、選挙で選ばれた人が1人もいない専門家内閣を率いて懸案を次々片付けているのだ。
イタリア在住の塩野七生さんが、月刊文芸春秋の巻頭随筆で4回続けてモンティ改革を取り上げた。
辛口の作家らしく、最初は、有権者ではなく市場に選ばれた内閣で「(税金を)取れるところならばどこからでも取る、という会計士内閣」と酷評していた。
ところが3回目には「ここ3ヵ月間の成果は、一言で言えば、目ざましいにつきる」「多くの政策が、ハイ次、という感じで実現されている」と手放しに近い好評価に変わった。
欧州メディアが「スーパー・マリオ」と呼ぶモンティ首相が先月来日し、講演するのを聞いた。演説口調ではなく、かんで含めるように話す。年金改革でノルウェーやスウェーデンを見習った、と語り、「われわれは北欧的な地中海国家になる」と聴衆を笑わせた。
 この半年、消費税(付加価値税)などの増税、年金受給年齢の引き上げ、既得権益に切り込む競争促進策など、痛みを伴う政策を次々に実現した。仕上げが正社員の解雇条件を緩める労働市場改革で、内閣の命運をかけるという。
 イタリアの事情を長々と紹介したのは、ほかでもない。「決められない」日本の政治家も、少し見習っては、と思うからだ。
・・・・・(中略)・・・
 日本国憲法は、首相は国会議員、閣僚の過半数も国会議員と定めているので、残念ながら(?)イタリア式の非政治家内閣のピンチヒッターは期待できない。プロの政治家に心を入れ替えてもらうしかない。
同じ第2次大戦での敗戦国でも、ドイツはメルケル現首相が戦後8人目(旧西独時代から数えて)なのに、日本とイタリアは、新憲法下で30人を超える首相が生まれては、消えた。
 日伊に共通するのは二院制の設計ミスだ。日本では「強すぎる参議院」のせいで「ねじれ国会」が政権の命取りになりやすいが、イタリアでは日本以上に上、下両院の権能が等しく、どちらかで信任を失うとい政権は崩壊する。
モンティ政権は、選挙が怖い既成政党が政権担当に尻込みし、大総領が任命した非政治家内閣を両院が信任して、“ポテンヒット”のように生まれた。来春の選挙までの期間限定内閣だが、あまりの活躍ぶりに、焦った旧与野党が歩み寄り、議員定数の削減を含む議会の自己改革に乗り出した。
 日本の既成政党も「消費税の前に」もさることながら「消費税の次に」すべきことを、もっと論じではどうか。それは憲法改正も視野に入れた「決められる政治」への枠組みづくりだ。」(2012/04/16付「日経新聞」p5より)

何と“目から鱗”の議論ではないか・・・。EUで、ギリシャに続く危険な国はスペインとイタリア・・・と言われていたのに、この快走は何としたことか・・・。
これを可能にした原因は何だろう?この内閣は「来春の選挙までの期間限定内閣」だという。つまり最初からピンチヒッター。その打席の後(選挙)は気にしなくて良い。つまり怖いもの無し・・。よって何でも言えるし、何でも出来る・・・。

この記事でも指摘しているように、日本では憲法との関係で実現は不可能。でも想像するだけなら許されるだろう・・・・。では誰にする??・・・

人選が難航している次期東電会長の人事。AERAでは、とうとう「菅さんではどう?」という冗談のような記事も出ているという。
とにかく今の日本では人が居ない。イタリアと同じような経済学者では、小泉内閣の竹中さんのような例もあるが・・・。
そうだ、(もう死んじゃったけど)昔の土光さんなんてどう??・・・

今日の夕方のニュースは、石原都知事が「都の予算で沖縄の尖閣諸島を買う」と言ったとかで大騒ぎ中・・・。あ~ぁあ!
政治改革で、イタリアにも負けた惨めな日本の政治ではある。

| コメント (0)

2012年4月16日 (月)

「好きなお酒ベスト20」

今日は珍しく、会社のキックオフが終わった後、景気付けに(?)会議室で一杯・・・。缶ビールを2本も飲んでしまった・・・。
それとは関係無いが、先日の朝日新聞に「好きなアルコール飲料」のベスト20が載っていた。まあ軽い話のタネに・・・。

<好きなアルコール飲料ベスト20>
①ビール   1202
②赤ワイン  821
③白ワイン  622
④梅酒    616
⑤日本酒   489
⑥芋焼酎   413
⑦チューハイ 409
⑧シャンパン 406
⑨黒ビール  372
⑩吟醸酒   363
⑪発泡酒   357
⑫純米酒   355
⑬麦焼酎   336
⑭地ビール  214
⑮スコッチウイスキー 184
⑯国産ウィスキー   177
⑰バーボン  151
⑱スコッチウイスキー(ブレンド)140
⑲にごり酒  125
⑳ブランデー・紹興酒 116
(2012/04/14付「朝日新聞」b2頁より)

120416sake20 だってさ・・・。
これを見ると、ビールは別格としても、ワインが好まれているようだ。しかしスーパーに行くと、あまりに安いワインがあり、キケンを感じる。
それに梅酒が日本酒や焼酎を上回っているとは意外・・・。一時期、焼酎がはやったが、今はどうなのだろう? 昔若い頃、九州に出張になったとき、キープのボトルが一升瓶の焼酎だったのにはビックリしたもの。九州が日本酒でなくて焼酎というのは、気候の影響らしい。日本酒は寒くないとダメらしい・・・(写真はクリックで拡大)

120416sake ところで、日本人は酒に弱い人が多い。サッポロビールのサイトによると(ここ)、日本人で酒が全くダメなALDH2非活性型は6~7%、酒が弱いALDH2低活性型は37~38%だという。これは黄色人種特有の現象で、白人や黒人は酒に弱い人はいないのだそうだ。でも国別の分布を見ると日本の44%に比べて中国の41%も立派に酒に弱い国民。でも台湾などでの「カンペ―」は、酒に強いお国柄を連想させる。

自分は、酒が大好き・・という方ではない。まあそこそこ・・・。でも酒を飲めない人は、人生の楽しみが一つ無いわけで勿体ない。でも自分も最近は「とりあえずビール」も、少々苦手となり、仕方がなく(?)日本酒を飲んだりする。これもトシのせいか・・・
思い出すと、学生の頃、やっと二十歳を超えたとき、大人ぶってたまに友人と飲みに行ったもの。当時の行く場所はスナック。飲むのは安いウィスキー。ニッカやホワイト。オールドやジョニ赤、ジョニ黒は高嶺の花。でもウィスキーはその時だけ。いまだかつてウィスキーをうまいと思ったことがないので・・・・。
酒は百薬の長。人生を楽しめる手段として、酒とは細く長く付き合いたいものだ。

| コメント (1)

2012年4月15日 (日)

NHK東京FMが2012/4/23よりスカイツリーから放送開始

風鈴崋山さんから、「NHK東京FMのスカイツリーからの放送開始は4月23日から」という情報を頂いた。
前に何度か書いている通り、当八王子は東京タワーからのFM放送の電波はマルチパスノイズが多く、使い物にならない。よって自分は100K先の水戸局を受信している。それが4月下旬から、送信場所が東京タワーからスカイツリーに移ると知って(ここ)、心待ちにしていた。それが4月23日からスカイツリーに移ると、正式に発表されていた。曰く・・・

NHK-FM 東京スカイツリーから送信開始のお知らせ~2012/04/06付
NHK-FM(関東地方)は、リスナーのみなさんにより安定した放送をお届けするために、2012年4月23日(月)、東京タワーにある放送所を東京スカイツリーに移転し、送信を開始します。
なお、当日4月23日(月)には、移転を記念して、同じく東京スカイツリーから送信を始めるJ-WAVEと共同で、東京スカイツリーの“天望デッキ”から特別番組を生中継で行います。
※詳しくはこちら(
pdf)」(ここより)

120415fm 番組表を見ると、4月22日の夜は、FM放送は <放送設備の保守・点検のため放送休止>となっており、4月23日の午前5時からスカイツリーから送信スタート、となるらしい。これでFM電波が新宿の高層ビル群の上を通って、キレイな電波が届く事を期待したい。(写真はクリックで拡大)

それにしてもNHKは不親切だ。
上のNHK広報局からの(報道資料)の日付は4月5日とあるが、実はその直後の4月8日に、NHKにメールで「スカイツリーからの送信開始はいつですか?」と問い合わせた。そうしたら、翌4月9日に、NHKからメールで回答があり、

<NHKから2012年4月9日 12:21のメール>
「いつもNHKの番組やニュースをご視聴いただき、ありがとうございます。
お問い合わせの件についてご連絡いたします。

NHKのFMについては、
2012年4月下旬以降の放送開始を予定しています。具体的な日時は、
今後の試験電場による確認作業の進捗等を踏まえながら決定していく予定です。

今後とも、NHKをご支援いただきますようお願いいたします。
お便りありがとうございました。

NHKふれあいセンター(放送)」

だって・・・・。4月5日に報道発表していながら、4月9日でも良く調べもせず、型通りの“ご丁寧な”返事・・・・
つくづく“NHKもお役所”だということが分かった・・・

まあそれはそれとして、いよいよあと1週間。ワクワクしながら待つとしよう・・・。

(関連記事)
NHK東京FMのスカイツリー移転で電波状況が大幅改善
NHK東京FMがスカイツリーに引っ越すぞ! 
フレッツ・テレビのFM受信は期待外れ・・?

| コメント (4)

2012年4月13日 (金)

NHKラジオ深夜便で加賀乙彦氏の話を聞く

今日の会社の帰り、家の近くのバス停で、バスの窓からぼやっと暗い空を見ていたら、何と雪が・・! 前に座っていたおじさんも「オオッ」と身を乗り出す。風に舞ったまさに花吹雪・・・・。今年の桜もそろそろおわりだな・・・・

昨日の会社の帰りの電車の中で、NHKラジオ深夜便の「希望ある未来を望み見るために 作家 加賀乙彦」を聞いた(2012/04/09~10放送)。そしてその話につい引き込まれてしまった。
加賀乙彦氏は、東大医学部から精神科医として東京拘置所に勤務。死刑囚と無期刑囚との違いなどを研究。死刑囚は、留学したフランス先も含めて同じような精神状態に陥る事が分かり、論文にまとめたという。
しかし、唯一その原則に乗らない死刑囚がいた。それが正田昭だという。慶大出のインテリで、有名な(?)“バー・メッカ殺人事件”での死刑囚だという。

この番組では、殺人事件そのものは話に出なかったが、死刑囚・正田昭から教えられたことなどを話されていた。そして正田昭が40歳の時に死刑執行。執行された時、加賀さんは、何と勿体ない・・と思われたとか。ちなみに、お二人は同じ年齢だったという。
実は、自分は加賀乙彦氏の本は読んだことが無く、氏の名前くらいしか知らなかった。しかし、この話を聞いて、興味が湧き、Netで色々と調べてしまった。
正田昭の「バー・メッカ殺人事件」についてもNetに詳しく載っている(ここなど)。

そして加賀さんの話は、宗教の話に飛ぶ。加賀さんはキリスト教の洗礼を受けたというが、仏教やイスラム教にも詳しい。もちろん氏は精神医学者という科学者。その科学者が宗教の“祈り”について論じる話に、つい引き込まれた・・・。

今日は、この放送の内容について述べるつもりはない。ただ、久しりに、聞き応えのある話を聞いたな・・・、と思った。

家に帰って、カミさんに「加賀乙彦の本は読んだことがあるか?」と聞いたら、前に凝ったことがあると言っていた。そうか・・・・(負けた!?)
これを機に、せめて話に出た「宣告」でも読んでみるか・・・・。

情報を仕入れるほど、“サンデー毎日”に読むべき本が積み上がってくる。それにしても家で本を読まなくなった。通勤時間帯では限度がある。そろそろ家で読書・・という時間も取ることにしようかな・・・。また一冊、積ん読が増えてしまった。

●メモ:カウント~280万

| コメント (0)

2012年4月12日 (木)

「慢心の米国で 受験英語ですが パードン?」

先日の朝日新聞「ザ・コラム」に「慢心の米国で 受験英語ですが パードン?」という記事があった。愉快と言っては失礼だが・・・。曰く・・

慢心の米国で 受験英語ですが パードン?
       山中季広(東京・社会部長)
 先月末、3年ぶりにニューヨークから帰国した。時差に苦しみつつもホッと安堵したのは、英語から解放されたからだ。仕事はもちろん、歯科治療から速度違反まで何でも英語の日々は、正直しんどかった。
 何しろ私の英語は悲しいまでの共通一次イングリッシュである。共通一次というのはセンター試験の前身で、英語ではひたすら文法や読解だけが問われた。その結果、聞き取り不可、しゃべり不可、読解だけそこそこという大学生が量産された。
 そんな英語力のまま就職した私か、初めて米国を訪れたのは30歳の夏。道を尋ねられず、昼食の注文もできなかった。20年近く前のことだ。赤面の失敗を重ね、辛うじて取材だけはこなせるようになったものの、いまだに小中学生に話しかけて返ってくるのは「パードン?」である。
 長く悩んだ分、英語に苦労のないアメリカ人から「英語くらいできて当然だろ」という顔をされると無性に腹が立つ。
 たとえば国連本部内で、フランス人記者がフランス大使に向かってフランス語で質問すると、米記者から「英語で話して」と声が飛ぶ。「ここにいる全記者が英語での質疑を望んでいる」。そんな英語至上主義が年々あからさまになってきた。
・・・・・・・・・・・
 モルモン教団の運営するこの大学からは毎年大勢が布教のため日本へ送られる。教授も長野五輪の際に滞日したほか、日本からの留学生とも接して日本人の英語の癖に通じている。「目立つのは、自分は英語が話せないという思い込み。実は結構できるのに、会う人会う人みな英語に驚くほどのコンプレツクスをお持ちです。英語の公用語化を議論する前に、苦手意識をやわらげた方がよいと思います」
 言われるまでもなく、私たちの英語苦手意識はかなり根深い。しかも津々浦々まで浸透している。理由のひとつは、社会全体が英語力を問いすぎることではないだろうか。中1(今は小5!)から高校まで毎週のように試され、大学入試でも英語はまず避けて通れない。就職後も、TOEIC試験を無理強いされたり、ユニクロや楽天では英語が公用語とされたり、試練が続く。ここまで延々痛めつけられれば、老若男女あげて苦手意識に染まるのも当然だろう。
 さて、日本が行きすぎた英語劣等感の国だとしたら、最近の米国は、英語慢心の国と言うべきかもしれない。元ハーバード大学長で米財務長官も務めたローレンス・サマーズ氏(57)はその代表格だ。最近もこんな提唱をした。
 「英語はいまや世界言語となった。アジアでの商談もアフリカでの治療も中東での和平協議も、みな英語でこと足りる。米大学はこの先、もう手間のかかる外国語教育に励む必要がなくなるだろう」
 何という尊大な言語観だろう。英語を他の国々に押しつけて平然としている。軍事でも通貨でも凋落著しい米国なのに、こと英語に限ってはずいぶんな威張り方だ。ローマ帝国の最盛期でも、ここまで傲然(ごうぜん)とラテン語を誇った人物がいただろうか。
 こういう方には、ぜひどこかまったく英語の通じない国で、3年ほど七転八倒してみていただきたいものである。」(2012/04/08付「朝日新聞」p11より)

実は英語について、自分には論じる資格がまったくない。大きな声では言えないが、「パードンって何?」とNetで調べてしまった。すると「え?今何て言ったの?」だってさ・・・。(このひと言で自分の英語力がバレてしまうが・・・)

自分の人生で、ラッキーな事は何だった?と問われたら、迷うことなく自分は、「英語がしゃべれなくても何とか定年までサラリーマンが勤まったこと」と答えるだろう。当サイトに何度か書いている通り、自分の天敵は「英語」なのだ・・・。

今思うと、結果として自分は「英語」から逃げていた。それでも何とか乗り越えられてきたのは“ラッキーだった”と言うほか無い・・・。
「語学」は努力だと思う。学歴も何も関係無い。前に「「引きこもり留学」で英語の先生になった菊池健彦さん」(ここ)という記事を書いたが、要は努力あるのみ・・・

現役時代、高卒のKさんという人がいた。英語と全く関係のない仕事だったが、50歳前のある時に、海外の大プロジェクトの営業担当として、3年ほど東京に転勤になった。客先はすべて外人。単身赴任だった彼は、勉強の結果、一人で外人の前でプレゼンが出来るまでに英会話が上達したという。
準現役のとき、部下にTさんというやはり高卒の人がいた。この人も、英語には全く縁がなかったが、若い時にアメリカに3年ほどサービスマンとして駐在した。本人曰く「赤ん坊と同じ」ように現地で見よう見まねでぶっつけ本番で英語を話し、連れて行った子どもも含めて英会話が身に付いたという。その仕事を離れて英語と縁がなくなって20年近く経っても、TOEICは700点ほど。

要は努力。だが、自分はハッキリ言って努力がキライ・・・(トホホ・・・)
今の新入社員は「英語がキライです」ナンテ言おうものならそもそも入社出来ない。
つくづく自分は良い時代にサラリーマン時代を過ごせたと、ラッキーな人生に感謝・・・!?

最後に視点を変えてみよう。
歴史に“もし”は無いと言うが、もし江戸時代に、幕府が鎖国などせず、大英国帝国でなくて大徳川幕府帝国(?)が世界制覇をしていたら、今頃日本語が世界語になっていて、自分も海外旅行で何の苦労もなかっただろうに・・・(フン!アホらし・・・・)

| コメント (1)

2012年4月11日 (水)

「終末期医療―自らの死生観を語ろう」~尊厳死の宣言書

古い記事で恐縮だが、先日(2012/04/02)の朝日新聞の社説に「終末期医療―自らの死生観を語ろう」という記事があった。曰く・・・

終末期医療―自らの死生観を語ろう
 延命治療を受けたくないという自分の希望通りに、人生の最期を迎えるにはどうしたらよいだろうか――。
 人々の関心が高まるなかで、新しい動きが出ている。
 政治の世界では、尊厳死の法制化を考える超党派の国会議員が、法案を公表した。
 終末期の患者が、延命措置を望まない意思を文書などで明らかにしている場合に、医師が措置をしなくても法的な責任を問われないようにする。
 一度つけた人工呼吸器を外して警察の介入を招いた実例があり、医療現場から、こうした免責条件の明文化を求める声があがっていた。
 今回の法案では、延命措置を「始めないこと」に対象を限定しており、呼吸器外しのような「中止」は含んでいない。
 それでも、弁護士会や障害者団体などから、反対や懸念の声が上がっている。
 「終末期」や「延命措置」の定義があいまいで、適切な医療まで否定されないか。健康なときにつくった文書が、本当に直近の意思を表すのか……。
 こうした議論を表に出す「たたき台」として、今回の法案の意義は大きい。
 とはいえ、成立に向けた環境が整ったとはいえないだろう。
 治療をするか、やめるか。選択をする「時点」をとらえ、法律的な枠組みを決めようとすれば、明確さや厳格さが必要になる。「あうんの呼吸」で動いてきた医療現場が、かえって硬直化するという指摘もある。
 大切なのは、本人が満足する選択肢を、家族とともに実現する「過程」の充実である。
 それを支援する具体的な取り組みも出始めている。
 今年1月、日本老年医学会は胃に管で栄養を送る胃ろうや人工呼吸器の使用について「やらない、やめる」選択も考える必要があるとの意見を表明した。
 患者本人の意思を尊重し、認知症などで確認が難しい場合には、以前の言動を家族らからよく聞いて十分に話し合う。その歩みを支援するガイドラインの試案もまとめた。
 適切な決定プロセスを経た選択であれば、法的な責任を問われるべきではない、という考え方が背景にある。確かに、そんな社会の了解があってこそ、医師も安心し、患者も自らが望む医療が受けられるのだろう。
 それは専門家任せにしていては実現しない。考えを文書に残すだけでなく、一人ひとりが自分の死生観について、日頃から家族らと話し合っておくことが必要となろう。」(2012/04/02付「朝日新聞」社説より)

終末期医療や尊厳死については、当サイトでも何度か取り上げてきた。自分としては、ホントウは目を伏せておきたい事だが、我々も還暦を過ぎたら、そろそろ考えておきべきテーマなのかも知れない。
この社説を読んで、ハッと思ったことがある。健康なときにつくった文書が、本当に直近の意思を表すのか……。」という指摘・・・。
誰も、冷静な時には分別のある判断が出来る。しかしパニックに陥った時は、どんな判断を出すか分からない。そのどちらが“自分の意志”か・・・?
認知症などを患った時は、言うまでもなく健康な時の意志が有効だろう。しかし、末期ガンなどを宣告された時は、どうか・・・。幾ら健康な時に、格好良く言っていたことも、いざというときに変わることは充分に有り得る。よってこんな時は、直近の意志が尊重されるべきだろう。
つまり、自らの終末期医療や尊厳死については、常に見直して行く必要があるのだろう。

それに伴う日本尊厳死協会の「尊厳死の宣言書」。我々夫婦がサインして保管したのが、(ここ)の記事を書いた時だったので、2年前の2010年9月だった。つまりこのような宣誓書も、一度書いてお蔵入りさせるのではなく、やはり何かのキッカケで、そのままで良いのか見直すことが必要かも・・?

110411songenshi 何よりも大切なのは、この社説でも言っているように「考えを文書に残すだけでなく、一人ひとりが自分の死生観について、日頃から家族らと話し合っておくことが必要となろう。」だろう。
我が家の場合、このテーマは良く話題になるので良いが、もし尊厳死に興味がある方は、日本尊厳死協会の尊厳死の宣言書にじっくりと目を通してみる事も良いのでは?(尊厳死の宣言書のPDFを(ここ)に置きます。僭越ながら、もしこれに同感できる場合は、このPDFを印刷して署名しておく事も一つの方法かも・・・)

話が変わるが、今日会社で、春の健康診断の問診票が配られた。そして庶務のおばさんに「**さん、今年はちゃんと受けないとダメよ!」なーんて言われてしまった。これは最近ずっと、胃のレントゲンや、胸のレントゲンをサボっている事を知っているから・・・。
さーて、今年はどうしよう・・・・

(関連記事)
「尊厳死」法制化の動き 
田中奈保美:著「枯れるように死にたい―「老衰死」ができないわけ」を読む

| コメント (0)

2012年4月10日 (火)

「夜の行動によって睡眠の質はどう変わるか?」

さて今日は睡眠の話。我が家では相変わらず、睡眠についてカミさんと話すことが多い。朝起きると「どう?良く眠れた?」・・・。これが我が家の「おはよう」の代わりだ。
年を取ると睡眠時間が少なくて済むという。よって「HKラジオ深夜便」がはやっているわけだが、聞いている人はほとんどが年配者。
一方、誰でも若い時はぐっすりと良く眠れる。自分も独身の頃は、休日の午前中はほとんど寝ていた。それが寮の普通の光景だった。しかし自分も還暦を過ぎて、最近は“寝付かれない”“夜中に起きる”“朝寝坊ができない”・・と問題だらけ・・・。

先日の新聞に「目覚めスッキリ 快眠法を探る」という記事があった。どうやら結論は“寝る前に軽い体操や入浴”のようだ。曰く・・・
「夜中にラーメン」~最初に深い睡眠がない。胃もたれのため不快な目覚め。
「寝る直前までパソコンやテレビ」~40分ほど寝られず・・・。2時間後にようやく深い睡眠。
「寝る直前まで飲酒」~最初に深く眠れたが・・・。途中からは浅い眠りしかない。
「就寝1時間前に入浴」~最初にしっかり深く寝られた。途中にも深い眠りがあり、質の高い眠り。
「寝る前に軽いストレッチ」~すぐに心地よく寝られた。途中の深い眠りも十分ある。

120410suiminn 「・・・では睡眠の質を向上させるにはどうしたらいいのだろう。遠藤さんによると、人間はいったん上がった体温が下がる時に眠くなる。そのタイミングで寝れば、一気に深い睡眠に入れる。
ぬるめのお湯に ゆっくりつかる
 それには寝る1時間前の入浴が効果的だ。38~40度くらいのぬるめのお湯につかって体をゆっくり温める。記者も入浴してから布団に入ると、1分ほどで眠りにつけた。その後の睡眠も良好だ。人浴後、数時間たつと体温が下がってしまうので、タイミングもよく考えたい。
 寝る前のストレッチ体操も体温の上げ下げによい。ただ息が上がるような激しい運動をすると、体温が一気に上がって、なかなか下がらない。手や足のつま先を伸ばしたりする軽い体操で、体がじわりと熱くなる程度がよい。睡眠グラフを見ると眠りの周期がきれいに出て、良質な睡眠が取れたことが分かる。・・・・」(2012/04/07付「日経新聞」s3頁より)

先日の同期会で、前の席に座っていたOくんとIくんが、入眠剤の話で盛り上がっていた。「何飲んでいる?」「レンドルミン」「オレもレンドルミン!」・・・
それを聞いて、つい笑ってしまった。それで自分も「オレはレンドルミンを1/4錠・・」と言ったらバカにされてしまった・・・。
実は自分も最悪の場合、不眠症のベテランのカミさんから貰ったレンドルミンを飲むことがある。確かに、カミさんの言うように、眠れなくて悶々としているよりも、あっさりと睡眠導入剤を飲んで良く寝た方が体調が良い。しかし何か睡眠薬には抵抗がある。だからなるべく飲む量は少なく・・と思う。でも「1/4錠でも1錠でも変わらないよ」とカミさんは言う。

昨夜は夜中に目が覚めた時に、カミさんから教わった“時計を見ない”ことを実行。トイレに行っても時計はガマンして見ない。すると時間をあまり意識しないまま、何となく朝まで寝てしまった。
逆に一番困るのが、朝方目が覚めた時だ。前の日は4時に目が覚めてしまった。起きるまで1時間半・・。寝ないともったいない・・・と思いつつ、中途半端なまま、やっとウトウトしてきたら目覚ましが鳴った。
シルバー族で、朝までぐっすりと眠れる人は、いったいどの位いるのだろう?
この睡眠問題でも、自分が確実にシルバー族の一員になっているなと実感出来るこの頃である。

| コメント (1)

2012年4月 9日 (月)

「老後の整理術」~趣味やお金をどう考えるか?

雑誌「大法輪」に「老後の整理術」という記事があった。その中で「趣味やお金をどう考えるか」という考え方が気に入った。曰く・・

老後の整理術
聖路加国際病院精神腫瘍科医長   保坂隆
・・・・・
趣味やお金をどう考えるか
 「年金暮らしだから余裕がない」と生活を切りつめている人は多いはずだ。最近の日本の経済状況を考えると、老後の生活に不安を感じるのも無理はないだろう。だが、何か一つ、自分に贅沢を許すと、心がふっとやわらぐのではないだろうか。
 ひとりで老後を過ごしているある女性は、リビングルームのテーブルに、いつも花を飾っている。といっても、チューリップやスイトピーが二、三本程度。それでも、花があると部屋全体が明るくなり、心が浮き立つような気がしてくるそうだ。
 花を絶やすことがない生活など、贅沢に聞こえるが、こんなささやかな楽しみ方なら、それほどの負担にはならないのではないか。このように、ほんの小さなことでいいから、贅沢を味わう暮らしをぜひおすすめしたい。
 「人それぞれ」という言葉があてはまるのが、老後の経済事情といえるだろう。
 現在、家庭裁判所でいちばん多いのは遺産相続争いで、遺産総額が数百万円とか、小さな家一軒だけの小額遺産をめぐっての争いが本当に多いという。そんなことになるなら、「とにかく自分のお金は自分の人生で使いきろう」と考えたほうがいいだろう。
 老年期になるまでは、ほとんどの人が「子どものために」が最優先だったろう。自分のためにお金を使うことは後まわしにしてきたのではないだろうか。しかし老後になったら、自分の人生を楽しく豊かに過ごすために、お金を使えばいいのである。
 七〇歳を過ぎてから、グリーン車やビジネスクラスを利用する、ワンランク上の旅をするようにした人もいる。何も不安を感じることなく、快適な旅ができるという。
 食べることが好きな人なら、これまでは雑誌で見るだけだった老舗の鮨屋や天ぷら屋に足を運んでみるのもいい。
 「ある程度の葬式代ぐらい残しておかなければ」という人もいる。しかし、立派な葬式をするよりも、生きている間に楽しい日々を送るほうがずっと意味がある、という考え方も大切だと思う。」(雑誌「大法輪」2012年3月号p112より)

この論はなかなか“宜しい”のでは!?
確かに、子どもに「遺産(=不労所得)」を残しても仕方がない。子どもは子どもで自立して稼げばよい。お金は汗水流して稼ぐことに意味があるので・・・。よって、自分たちが稼いだお金は自分たちで使い切る・・・。なるほど・・・
でも事情は、家それぞれ・・・。大きな土地や家屋など、先代からの遺産相続がある家は、それを順に後世に相続して“家”を守る必要があるかも知れない。しかし普通のサラリーマン家庭は、四畳半一間からスタートする事が多い。(自分も、大学に入ったときの下宿は四畳半一間だった)よって、また四畳半一間(←これが老人施設だと寂しいけど・・・・)に老後の生活を縮小しながら消えて行くのも自然では・・・?

だいたい一般のサラリーマン家庭だと、子どもの方も“親からの遺産など、原理的にあるはずがない・・”と思うもの。そんなに給料が多いわけでもなく、その大半は自分たちの学費などで消えていることが分かっているから・・・・
よって、リタイアサラリーマンの財産なんてわずかなもの・・・。でも上の記事のように、要は気持ちの持ちようであろう。ちょっとしたことで“贅沢をした”と思えることで、心は豊かになる・・・。然り・・・

先日、同期会の後、店を出てからMくんが、今、奥さんが立川で娘さんと会食中で、これから帰ってくるので、駅前に停めてある車で一緒に家に帰る・・・と言っていた。そう、これも生きた金の使い方。電車に乗って、隣の街で娘さんと一緒に食事・・・なんて、まさに贅沢の極み! カネもまさに遣いよう・・・。

人によってそれぞれの“生きた金の使い方”・・。ウチもそれを実行したいが、なかなかアイテムが見つからない。まあ小旅行では、ホテルは1ランク上を選ぶようにしているものの、海外旅行は段々面倒になってきたし・・・。
寿司屋? 前に銀座のランチ1万円の寿司屋に行ったが、よっぽど「スシロー」(ここ)の方が美味い!と思ったし・・・。つまり、金額=贅沢ではないのである。
贅沢の神髄は、たぶん日常で不要なものに金を遣うこと・・・。
一番手っ取り早いのは、趣味に金を遣う・・・・

それにしても、こんな話題をもとに、「よし!贅沢をするぞ!」・・・なんて思っても、それほど出来ないのが小市民の悲しい習性・・・
話は変わるが、今更ながら“年金”は助かる。いくらお金を遣ってしまっても、毎月入ってくる年金で、何とか“食べる”だけは出来る(だろう)・・・。よって、飢え死にだけは避けられる。つまり“自分のお金は、ゼロになるまで遣える・・・”。そう思える“ゆとり”こそ、まさに最大の贅沢かもね・・・。

| コメント (1)

2012年4月 8日 (日)

「60歳までにしておきたいこと」

先日の日経新聞に「60歳までにしておきたいこと」というアンケート記事があった。我々シルバー族にとっては、フーンという記事。曰く・・・

<<60歳までにしておきたいこと>>
<お金>
①貯金 1160ポイント コツコツしておけば,精神的に楽だったと思う (67歳、男性)
②年金で暮らせるよう生活費を見直し 1070 年金をもっともらえると思っていた(65歳、男性)
③退職後の働き方を考え、スキルアップ 930 生涯働き続けられる資格が必要だった(65歳、女性)
④掛け金を払い、一定年齢で受け取る個人年金に加入 930 年金の支給年齢が上かってくることを考えておくべきだった(60歳、女性)
⑤老後のレジャー資金を積み立てておく 720 老後は暇はあっても金がない。レジャー資金の捻出に苦労している(67歳、女性)
<健康>
①腹八分目。大食い・大酒をしない 1780 これができたら、今のように太らなかったかも……(67歳、女性)
②肌の手入れ 1220 シミが目立つので、もっと気を使えば良かった(68歳、男性)
③野菜中心の粗食を心がける 1110 脂ぎった食生活だったので、健康を損なった(62歳、男性)
④日ごろから良く歩く 1070 年と共に足が弱ってきた(63歳、男性)
⑤早寝、早起き 1030 ダラダラと夜更かししなければ、朝にもっと仕事や勉強ができたのに(62歳、女性)
<人間関係>
①仕事以外の特技を持つ 1590 退職後に時間を持て余している(66歳、女性)
②夫婦関係を大切にする 970 亡き夫ともっと会話がしたかった(64歳、女性)
③ボランティアや町内会など地域活動に参加する 760 地域とのふれあいが少ないのが寂しい(67歳、男性)
④人付き合いで無理をしない(本当に大切な人と楽しく過ごす)  740 仕事上の付き合いが辞めた後も続き,苦労している (64歳、女性)
⑤子どもとのコミュニケーション 680 仕事優先で子どもに寂しい思いをさせてしまった(62歳、男性)

<<しておいてよかった>>
<お金>

①持ち家を確保。退職までにローンを完済 35%
②貯金 20%
③病気・ケガに備えて保険に入る 16%
④年金で暮らせるよう生活資金を見直す 15%
⑤個人年金に加入 14%
<健康>
①旅行に出かける 1240 日常生活から離れることが、明日への活力になる(64歳、女性)
②早寝・早起き 1180 1日が充実する(64歳、女性)
③人間ドックなど定期検診 1030 生活習慣病など早期に気付き、対策を実施(63歳、男性)
<人間関係>
①夫婦関係を大切にする 1300 最期の絆は夫婦(61歳、男性)
②共通の趣味を持つ友人をつくる 790 利害関係のない付き合いは大事(61歳、女性)
③人付き合いで無理をしない 740 マイペースで、負担に感じない程度に付き合う(64歳、女性)

<<50代以下に聞く、「60歳までにしておきたいこと」>>
<人間関係>

①夫婦関係を大切にする~熟年離婚をしないため(48歳、男性)
②人付き合いで無理をしない~年を取ってまで人間関係で悩みたくない(49歳、女性)
③子どもとのコミュニケーション~本当に大切な人を大切にする(31歳、女性)
<健康>
①よく笑い、くよくよ悩まない~ストレスをためず、日々和やかな生活を送りたい(35歳、男性)
②日ごろからよく歩く~足が衰えると、活動が制限されるから(31歳、女性)
③早寝・早起き
<お金>
①貯金~年金だけでは不安(37歳、女性)
②持ち家を確保。退職までにローンを完済~収入が無くなっても、雨風をしのげる家だけは必要(36歳、男性)
③病気・ケガに備えて保険に入る
(2012/03/31付「日経新聞」s1頁より)

この新聞の記事には色々と解説があるが、それはそれとして、この結果を俯瞰してみよう。まず項目だが、「お金」「健康」「人間関係」について調査している。人生を振り返ったとき、重要なアイテムはやはりこれか・・・。
これらの重要性は、当然人生の時期によって変わる。「お金」は、人生を通じて重要。でもリタイアして年金生活になると、出入りの金額の単位はそこそこ小さくなる。よって、それほど気にしなくなる。もっとも、幾ら気にしても変わらないのがその原因かも・・?
一方「人間関係」は、現役時代はすべてを左右する。気にくわない上司とぶつかれば、家族共々遠いところに左遷されることなど、良くある話・・。しかしその縛りも、現役をリタイアすると同時に雲散霧消。これは助かる・・・
それと同時に、一気に“勢力を伸ばす”のが健康問題。リタイア後の仲間との話は、まさに健康と介護の話ばかり・・・・!?

実は昨夜、毎年恒例の70年入社の同期会があった。今年は18人が集まったが、やはり話題は健康の話が多い。中でも毎年必ず出席していたAくんの出欠コメントが「体調不良につき残念ながら欠席します」。一月以上前のこの欠席連絡は良くないな・・と周囲の人と話していたら、Yくんが状況を知っていて、1月にしびれから脳腫瘍が見付かり、現在手術後の抗がん剤治療中だという。ほんの二ヶ月前に元気な姿を見ているだけに、大ショック。しかし、わざわざ大分から出席したMくんは、ステージ3の前立腺がんの手術をして元気に復活したというので、Aくんも同様に早期の復活を祈るしかない。
でも、皆トシ相応に色々な体の不調を抱えている。だから自分は皆に健康の秘訣を教えてあげた!「健康の秘訣は“調べない”こと。調べなければ病気の名前が付かず、つまり病気にならない・・!!」

さっきのアンケート記事の話に戻るが、これらの結果を眺めてみると、シルバー族にとっては、あまり参考にはならない。つまり、もう手遅れだから・・・。でも、むしろシルバー族予備軍の人にとっては、少しは参考になるかも知れない。
「後悔先に立たず」。諸先輩の感想を聞きながら、若い人には後悔のない人生を送って欲しいもの。(Yくんから昨夜、「長すぎる」とまたまた言われてしまったが、なかなか短くならない相変わらずの記事ではある)

| コメント (0)

2012年4月 6日 (金)

手仕事屋きち兵衛の「ごめんなさいそしてありがとう」

今日は、なぜか“優しい”歌を聞きたくなった。“優しい”というときち兵衛さんだ。そしてこんな歌を見付けた。「ごめんなさいそしてありがとう」という歌・・・

<手仕事屋きち兵衛の「ごめんなさいそしてありがとう」>

「ごめんなさいそしてありがとう」
   作詞:海川光恵・手仕事屋きち兵衛
   作曲:手仕事屋きち兵衛
空を見上げて 星を見つめる
この数え切れない 無数の星の中
にじんで光る あのふたつ星
あの星に二人の 夢を重ねている
やさしく光る あのふたつ星に
何も言えなくて 今はごめんなさいと
そして ありがとう

私の星を 探し続けて
歩き続けて来た そんな気がしている
静かに光る 確かな星を
今私はそっと 胸に抱きしめてる
そばに居たのに 遠回りしたり
わがままばかりで 今はごめんなさいと
そして ありがとう

私もいつか あの星のように
なってみたいけど 今はごめんなさいと
そして ありがとう

この歌詞も優しい・・・。この歌は、作詞が“海川光恵・手仕事屋きち兵衛”となっている。海川光恵さんの詩に、きち兵衛さんが補作したのだろう。経緯は分からない・・・。
この歌を聞きながら、どんな光景を思い浮かべる?詩のセンスのない自分はあえて論じない・・・。ただ「ごめんなさい」という言葉も、「ありがとう」という言葉も、心地よい響きなのは確か・・・。

それと、何となく漠然とした詩は、聞いている方がその光景について色々と想像を巡らす。それに対して、具体的な詩は、情景がはっきりと浮かぶ。フランク永井の「妻を恋うる唄」(ここ)は具体的な例??
先日、この「妻を恋うる唄」を聞きながら、この歌をアップしようかな・・と思って見たら、既に2年前に取り上げていた。何をアップしたかを忘れている・・。自分も段々と老化??

最近、少し体調が良いと、妙に「ありがたい」と感じる。感謝の気持ちが湧いてくる。もっとも、体調が良いと言っても、良く眠れたとか、食べるものがウマイとか、そんな他愛のない話。そんな事でも、若い頃は感謝することは無かった。これもトシのせいか・・??
反面、ちょっと引っかかる事もある。先日取り上げたNHKのラジオドラマの中で(ここ)、手遅れの病状を医師が告げる時、「自覚はありませんでしたか?」「無かったです」「朝日を見て意味もなく涙が出たり、動物が必要以上に可愛く見えたり・・」「無いです。・・」という会話があった。
人間が手遅れの病状になるとき、人間も動物であるが故に、そんな感情に陥るのだろうか・・・? ナンテ、どうも気になる。だから、ちょっとキレイだな・・・と感じたりすると、ヤバイのかな・・なんて思ったりして・・・

まあやはり、かなりヒマだな・・・・。それは否定しない・・けど。息抜きに(?)ほとんど何も考えずに、パソコンを叩くとこのような記事になるのであ~る。
まあ、こんな優しい歌でも聞きながら、優しい春を堪能しようよ・・・。

←BACK                       NEXT→

| コメント (0)

2012年4月 5日 (木)

老い支度と物忘れ

今年は、東京の桜もまだ満開にはなっていない。最近、駅から会社までの道のりを少し遠回りして、玉川上水のほとりを歩いている。玉川上水の両岸に桜の木があるからだ。今朝は七分咲きから三分咲きといったところ。ほどなく満開になるだろう。
これが満開になって散ると、まさに玉川上水が花筏になるのだ。いや、水面が桜の花で覆われるので、筏ではない??

さて本題。だいぶん前の話だが、自室で新聞の夕刊を読んでいたら「ご飯~~~」という声。仕方なく降りて夕食。カミさんか「この新聞は何?ビリビリ破って・・・!」「blogネタさ・・」
夕食後、ふと物忘れ?についての記事があったのを思い出し、確か夕刊だったっけ・・と探す。しかし出てこない。新聞の気になる記事は、その場で切り取らないと、永久に出てこない。これは鉄則。確か日経だっけ・・・。確か夕刊だよな・・・。しかし見つからない・・・。
ふと、さっき切り抜いたのは、その記事では?と自室にとって返す。あった。何のことはない。Blogネタと思って切り抜いた事を忘れて、もう一度探していたのだ。あるわけがない・・。既に切り取っていたのだから・・・・・
そのたくさんの時間を掛けた記事がこれ・・・。曰く・・・

シングルの老い支度 岸本葉子
先々役に立たなくても、今できることをしよう
 引き出しを開けたら、四つ折りの小さな紙。注文した商品の引換票だ。「今日取りにいくのに要るんだった」。机の上に出しておく。
 パソコンをしばらく続け、さて行くかと立ち上がれば、引換票が消えている。あの後動かした覚えはまったくない。
 持っていくのを忘れぬよう、下駄箱の上に鍵と並べて置いたのか。手回しよく財布に入れたのか。無意識に引き出しに戻したか、何かに気をとられ、あらぬところにしまい込んだ可能性も。冷蔵庫や電子レンジの中まで探したが、見つからず。
 引換票なしで店に向かいつつ、事態を深刻に受け止めている。短期の記憶を、こうも保持できないとは。認知機能の衰えが、私はかなり早いのか。今している老い支度は、「判断のできる自分」が前提だ。その前提から崩れてしまうかも。
 老後を最初に意識したのは、三十歳の頃だった。周囲の同世代には、結婚、出産した人も現れる。私はひとり。将来頼れる者はおらず、自分で備えをする他ない。
 高齢でひとり暮らしだと、部屋を借りるのが難しくなると聞き、とりあえず住まいを購入した。三十代後半のこと。
 顧みて思う。あれは「三十代での想像」に基づく備えだったと。
 購入を決めたポイントは、いくつかある。一階で専用庭付き。年とってから土にふれるのは癒されそう。窓が大きい。部屋の中で日なたぼっこができる。家で過ごす時間が、老後はもっと長くなろう。天井が高いのは、閉塞感がなくていい。
 それが五十で早くも、草むしりがつらくなり、業者に任せる始末。窓からの寒さがこたえ、高い天井は暖房効率が悪いだけでなく、電球を替えるにも、脚立の最上段に乗らねばならない。これって、いつまで続けられる?
 同様のことは、今している老い支度についても言えそうだ。あくまでも「五十での想像」に基づく備えだと心しておかなければ。現実に年をとってみて、はじめてわかることもあろう。
 想像力には限界がある。限界を承知の上で、今の自分にできることをするのが、だいじなのだ。支度が先々役に立たなかったとき、過去の自分を恨まずに「あのときはあのときで、せいいっぱいした」と振り返れる。その充足感が、老後を支えると信じよう。 店への道々、そこまで私に考えさせた引換票。帰ってもう一度探したら、何のことはない、机の向こう側へ落ちていた。(エッセイスト)」(2012/03/28付「日経新聞」夕刊p9より)

我々シルバー突入世代にとっては、老い支度、死に支度はこれからの大きなテーマ。でもなかなか進まない。臭い物には蓋・・・なので・・・
でもこの筆者はエライ。30代で既に自分の老後を考えて対策を打っている。それに引き替え、自分は・・・・
昔、家を建てた時、気にくわなかったのが洋間の居間。自分は日本間でコタツに入るのが好き。寒い日にはコタツにクビまで入り、蓑虫のごとくクビ先だけ出す・・・。洋間ではそれが出来ないではないか・・・。そして編み出したのが、居間の一部を一段下げ、その部分を和室風に使うこと。よって我が家では、洋間の30cmほど下げたエリアにコタツを置いて生活している。洋間の中に、擬似和室空間・・・

しかし、“その時”グッドアイデア・・と考えたその30cmの段差は、腰痛を発症したときに壁となった。つまり、いくら30cmでも腰痛の体でその段差を越えるのがなかなか大変。これは夫婦そろって腰痛のときにお互いが体験してしまった。
居間を筆頭に、我が家は老後の対策などまったくしていない。カミさんは「どうせ駅前のマンションに引っ越すから・・」と気楽だが、さーて・・・

先の筆者ではないが、他愛のないことにゾッとする年代になってきた。先ほどの新聞の切り抜きなど、まだ良い方・・・。自分も色々と自信喪失の気配・・・
大きな声では言えないが、最近は目の衰えにビビっている。しばらく机の上の書類やパソコンを見ていると、遠くの景色がボケる・・・。老化現象で、目の適応力がどんどん落ちているようだ。

自分もそろそろ「臭い物には蓋」の蓋を取って、中を取り出す時期が来ているのかも知れない・・・。つまり、「加齢」という言葉を受け入れるべき年代に差し掛かって来たのかも知れない・・・。
先ほどの物忘れもそうだが、「加齢」という言葉が妙に身に迫るこの頃である。

| コメント (0)

2012年4月 4日 (水)

読むに易しく行うに難しい「雨ニモマケズ」

今更だが、「雨ニモマケズ」について、こんな一文を見付けた。
「『雨ニモマケズ』-その素朴な祈り 野乃宮紀子(近代文学研究家)
・・・・確かに「雨ニモマケズ」は素朴で、文学的作品の持つ装飾的な味わいは乏しい。全体的にセピア色の佗しさが感じられ、豊潤さ、繊細な香りといったものはない。
 雨風雪夏、東西南北といった対句や対偶の素朴な語彙の使い方には、詩人としての性が無意識のうちにリズムを整えさせたように思われる。
 しかし、私どもはこの詩が書かれた状況と祈りの深さに想い至るべきである。芸術作品としてではなく、間近に迫った死を前にしたときのやむにやまれぬ思い、本然が詩の形で迸(ほとばし)りでた、と解するのが自然なのである。
 実際「雨ニモマケズ」は、読むには易しいが、行うには難しい内容を含んでいる。
 私どもは〈慾〉を捨てられるだろうか。〈決シテ瞋ラ〉ずにいられるだろうか。〈イツモシヅカニワラッテヰ〉られるだろうか。〈ジブンヲカンジョウニイレズニ〉いられるだろうか。いずれも、この生では到底出来そうにない。
 このように、「雨ニモマケズ」は、読むに易しく行うに難しい内容――遠く嶮しい祈り――を備えている。迫り来る死を前にして、賢治は、終生この願いを持ちながらも、ついに至り得なかった心情を吐露しているのである。・・・・」(雑誌「大法輪」2012年4月号p91より)

このような、いわゆる自己犠牲的な姿勢は心を打つ。誰も、それを生きる理想と位置付ける。しかし宮沢賢治がそれを実践していた、などとは誰も思っていない。それほど困難な姿勢だと分かっているから・・・・。しかし、少なくても賢治はそれを理想として生きていたのだ、とは思う。そして共感する。そして自分も・・と思う!??(でも凡人には遠い世界・・・・)

賢治も金子みすゞ(ここ)も、昨年の震災以来、世の中で多く騒がれている。それは、皆が心の拠り所を求めた結果だろうか?
白ける話で恐縮だが、それにしても、自分が辟易している言葉がある。「絆」という言葉と、「元気を貰う」という言い方である。「絆」という言葉も、自分からみると、随分安っぽくなったものだと思う。かけがえのない言葉も、あまりに頻繁に使われると、妙に安っぽくなり、あまり聞きたくない言葉に変わる。「元気を貰う」という言い方も同じ。この言い方も好きでなくなった。

まだこの「雨ニモマケズ」は、そこまでの地位の低下はないものの、キケン・・
大切な言葉ほど、そっと静かに、大切に取って置きたいものである。

★メモ~カテゴリ変更。「音楽(日本の歌の全リスト)」から「音楽(日本の歌手の全リスト)」を分離独立。「本・新聞から(2010年~)」から「新聞より・時事(2010年~)」を分離独立。

| コメント (1)

2012年4月 3日 (火)

「日本昔話ベスト20」

今日の“春の嵐”はスゴかった。夜7時のNHKニュースでは、当八王子で、夕6時半の瞬間最大風速が38.9mだって・・・。都心よりも10mも強い!何で?田舎だから??
各会社も早々に退社としたため、夕刻早い時間帯が通勤ラッシュ。自分も4時過ぎに“帰って良い”となったが、これは遅い方・・・。あと1駅、というのに電車がストップしてしまい、30分ほど待たされた。でもまあまあの時間に帰れたのは幸い・・・
しかし今回の天気“予報”は当たった。台風が近付いてくるのなら分かるが、あんな普通の低気圧が、たった一日で、こんな悪さをするとは・・。数十年に一度の現象と言うが、我が家の「天気“予想”」という悪口も、そろそろ止めようかな・・・・

さて、今日は軽い話・・・
先日の朝日新聞の「beランキング」という記事に、日本昔話のベスト20が載っていた。曰く・・・

<伝えたい日本の昔話・ベスト20>
鶴の恩返し(鶴女房)  1573票
部屋をのぞかれ正体を知られた鶴は去ってしまう。「ちょっぴり悲しく切なくて頭に描く映像も美しい) (奈良、45歳女性)
浦島太郎 1422票
亀に連れられ竜宮城へ。「なぜ玉手箱を開けたら老人になったのか、いろいろ考えられ大人になっても面白い」(東京、22歳女性)
桃太郎 1320票
「郷土のヒーロー、正義のヒーロー」(岡山、48歳男性)。川上から流れてくる桃の「どんぶらこ」の響きが好きという意見も
花咲かじい 1225票
ここ掘れワンワン」で大判小判がざくざく。「正直で優しい気持ちの人が一番得をすると教えられた」 (神奈川、22歳女性)
一寸法師 906票
「子どものころみんなに比べて小さかったので一寸法師は憧れだった」(大阪、41歳男性)。おわんの船に乗り大冒険
猿カニ合戦 889票
栗、臼、蜂、牛ふんが子ガニを援護。「みんなで協力することを伝えたい」(京都、47歳男性)
わらしべ長者 735票
「現代のキャリア転職にも通じる」(愛知、64歳男性)。ビジネスや投資の教訓にする人も
舌切りスズメ 718票
スズメにまつわる大きなつづらと小さなつづら。「善は必ず勝者になる」 (京都、81歳男性)
かちかち山 693票
「祖母が話してくれた時の語り口が面白くて、何度もせがんだ覚えがある」(茨城、37歳女性)
こぶとりじい 587票
「自分さえ良ければいいという欲深い現代人に対する戒めのような内容」(香川、38歳男性)
おむすびころりん 564票
うば捨て山     377票
十二支の由来   259票
雪女         232票
ぶんぶく茶釜   161票
三年寝太郎    141票
三枚のお札    116票
貧乏神と福の神  103票
ものぐさ太郎     95票
ネズミのもちつき  94票
(2012/03/31付「朝日新聞」b2より)

Mukashibanashi この中で、物語の内容を知っているものが幾つ位あるだろう? 自分の場合、名前だけは知っているが、物語を言えるものは意外と少ない。それに聞いたことのない名前も、たくさんある。
今の子どもたちは、こんな昔話を知っているのだろうか?誰が語って聞かせるのだろう・・・? テレビ?それとも幼稚園??
まあ“日本文化の継承”の議論をしても仕方がない。いつもの通り“せっかく日本人として生を受けたのだから、せめて死ぬまでに一度くらいは読んでおこう・・・”という視点で捉えよう。
Amazonで調べたら、文庫本で日本昔話があったので、いつ読むかは別にして、つい注文してしまった。(たった400円くらいの文庫本が、何で送料無料なのか良く分からないが・・・)
そんな事で、「せめて死ぬまでに一度くらいは読んでおこう」リストが増えて増えて・・・。よって自分は簡単には死ねないのであ~る。

| コメント (0)

2012年4月 2日 (月)

ブータンの幸せの指標(2/2)~「国民総幸福量」の質問事項

昨日の記事で、ブータンの「国民総幸福量」の調査の、具体的な質問事項のことを書いた(ここ)。
そこで引用されていた国民への質問事項について、もう少し詳しく知りたいと思って、上の記事のオリジナル「アエラ2011年12月5日号」を読んでみた。すると、他の質問項目も書いてあった。それによると、こんな質問もあるらしい。

ブータン「国民総幸福量」の指標(抜粋)
国民の生活実態を知るため、2年ごとに面談でサンプリング調査を行っている。全72項目
基本的な生活=全11項目
・祈っていますか?
・日常生活のなかで、カルマについて考えますか?
・どれくらいの頻度で嫉妬という感情を抱きますか?(同情、失意、寛容などの感情についても同様に質問)
・真剣に自殺を考えたことがありますか?
環境=全5項目
・住んでいる地域の川は汚染されていますか?
・家庭から出るごみはどのように処分していますか?
・家の周りに木を植えていますか?
健康=全7項目
・心身に長期的なトラブルはありますか?
・身長と体重は?
・エイズウイルスがどのように感染するか知っていますか?
・子どもはどれくらいの期間、母乳で育てられるべきですか?
・最も近いヘルスケアセンターまで歩いてどれくらいかかりますか?
教育=全4項目
・英語かゾンカ語が読めますか?
・自分はどれくらい郷土の伝説や民話を知っていると思いますか?
文化=全12項目
・母国語をきちんと話せますか?
・この1年で、どれくらいの頻度で伝統的なスポーツをしましたか?
・子どもにとって、貧しい人にも、豊かな人にも、身分の違う人にも公平であるべきだと学ぶことは大切だと思いますか?
・殺人を許せますか?(窃盗、嘘、姦通についても同様に質問)
生活水準=全8項目
・1年間の世帯収入はどれくらいですか?
・この1年で、お金がなくて食事を削ったり抜いたりしたことはありますか?
・持ち家ですか、賃貸ですか?
・この1年で、節約のために新品ではなく中古の服を買ったことはありますか?
・この1年で、地域の祭事への献金に苦労したことはありますか?
時間の使い方=全2項目
・労働時間は?
・睡眠時間は?
地域の活力=全16項目
・近所の人たちをどれくらい信頼していますか?
・この家族の一員じゃなければいいのに、と思いますか?
・家族はあなたにとって、心の安寧の源ですか?
・この1年で、犯罪の被害にあったことはありますか?
・暗くなってから家の近所を一人で歩いても安全だと思いますか?
・この1年で、地域内の対立は増えましたか?
よい統治=全7項目
・貧富の差を縮めるための政府の政策について評価してください。
・汚職撤廃のための政府の政策について評価してください。
・言論の自由を得ていると思いますか?
・差別や偏見を受けていないと感じますか?
・中央政府をどれくらい信用していますか?
(「アエラ2011年12月5日号」p69より)

昨日の記事でも書いたが、我々日本人からみると、これら質問の項目には違和感がある。チベット仏教の影響が色濃い。

Img_00051 このアエラの記事で、日本に滞在しているブータン人の感想が面白い。横浜国大に留学しているある学生は、日本人が信仰を持っていないこと、それに自殺者がいることにビックリしたという。(写真はクリックで拡大)
「・・・・ブータンでは05年の国勢調査で国民の97%が「幸せ」と答えたというデータがある。本当にそんなに幸せなんですか?
 「本当です。ブータン人はお金よりも家族を大切に考えます。だから家庭を犠牲にして働くのではなく、家族との時間を大切にする。それが最も幸せを感じられる時なのです。死ぬときにお金を持っていけますか。そばにいてくれるのは家族ですよ」(ワンチュクさん)」(同)

一方、こんな記述もあった。
「・・・ブータンは近年、都市と農村の格差拡大や公務員の汚職、伝統文化の衰退など多くの問題に直面している。日本ブータン友好協会の渡辺千衣子事務局長は、9割超の幸福率に懐疑的だ。
「数字が独り歩きしていると思う。調査は役人との面談で行われるため、幸せじゃないとは言いにくい。本当に幸せかどうかはもっと冷静に見るべき」・・・・・」
「・・・・歌舞伎と相撲が大好きというツェリンさんは、・・・最近、幸せについて妻とこう話す。
 「日本人もブータン人も相手が自分にないものを持っていると思うから幸せに見える。でも、本当は幸せの種ってどこにでも転がっていて、それに気付かないだけじゃないのかな」・・・」(「アエラ2011年12月5日号」p70より

日本で「幸せ」と答えている人の割合は知らない。
しかし日本でも、これらブータンでの質問事項を参考に、日本人の大多数の無宗教(多宗教)を前提に、日本人の価値観に合わせて質問事項を作り、(日本ではお役人はあまり権威がないので)会社の社長(上司)から面接によって回答を集めたら、意外と「幸せ」だと答える率が高くなるかも・・!?
例えば、「今勤めている会社に、満足していますか?」と社長から質問されたら、たぶん「満足しています」と答えるだろう・・・・

何度も書いているが、「幸せ」は思った勝ち。つまり、自分で「幸せだ」と思ったら、それで幸せだし、「不幸だ」と思ったら益々不幸になる・・・。何のことはない、当たり前の話。

よって“幸せになる”秘訣は、いとも簡単。加山雄三にならって「幸せだな~~」と毎日つぶやくこと・・・・!?

(関連記事)
ブータンの幸せの指標(1/2)

| コメント (0)

2012年4月 1日 (日)

ブータンの幸せの指標(1/2)

今日から4月。新しい2012年度のスタートである。昨日、東京の桜の開花がニュースで流れていたが、散歩の時にみた多摩川の桜は、まだまだつぼみが固かった。

雑誌「大法輪」にブータンの幸せの指標についての記事があった。曰く・・・

いま、仏教を学ぶことの意味(第8回) 東洋大学名誉教授 菅沼 晃
・・・・・
幸せの指標とは
経済発展による生活の向上よりも「幸せと感じる心」を重んじるという考え方については、「物質的に豊かな生活を知らないからだ」とか、「先進国の社会や生活を見たことがないからだ」などと言う人がいます。しかし、私たちが考える「豊かさ」とブータンの人々が感じている「豊かさ」とは、測る指標が違っていると見れば理解しやすいと思います。
 ブータンでは2年ごとに、国民の生活の実態を知るために面接で調査が行われるそうですが、2005年の調査では97パーセントが「幸せ」と答えたということです(『アエラ』「日本で暮らすブータン人も幸せか 幸せの「種」はどこにでもある」2011年12月5日号、以下、同誌による)。調査は全72項目あり、「基本的な生活」全11項目のなかには次のようなものがあります。
  *祈っていますか?
  *日常生活のなかで、カルマについて考えますか?
  *どれくらいの頻度で嫉妬という感情を抱きますか?(同情、失意、寛容などの感情についても同様に質問)
 *真剣に自殺を考えたことがありますか?
 これらの指標は、日本の国勢調査や新聞社などで行う世論調査とは全く違う、まず人間の心の奥底にある「幸福感」についてのものであることがわかります。「祈りの心をもつこと」「嫉妬、同情、失意、寛容などの心をどれだけ起こすか」という指標は、仏教の教えによるものであることは明白です。とくに、日常的に「カルマについて考えるか」という質問は、チベット系仏教の教えによるものと見てよいと思います。
 また、文化についての全21項目のなかには、
  *子供にとって、貧しい人にも、豊かな人にも、身分の違う人にも公平であるべきだと学ぶことは大切だと思いますか?
  *殺人を許せますか?(窃盗、嘘、姦通についても同様に質問)
という項目があります。さらに、「よい統治」7項目のなかには
  *貧富の差を縮めるための政府の政策について評価してください。
 などというものがあります。これらを見れば、ここでいう「幸福」が、ただ心のなかの満足感だけを意味しているのではないことがわかります。「貧富の差」「自殺の問題」などの問題は日本が直面している問題そのものです。このような調査の指標を見れば、「桃源郷のようなブータンの国策」などというものではなくて、仏教による人間や人間社会の本質に基づく、実に高度な国の実現を目指していることがわかります。
 私たちも、日本政府の「貧富の差を縮めるための政府の政策」を厳しく評価しなければならないのです。昨年生活保護を受けざるを得ない人々が205万を超えたと報じられましたが、このような国はどう考えても「清らかな仏国土」に近づいているとはいえません。・・・」(雑誌「大法輪」2012年4月号p35より)

ブータンの「国民総幸福量」の理念については、当サイトでも何度か取り上げてきた。しかし、実際の質問事項は目にしたことがなかった。
これらの質問項目の内容は、確かに我々日本人の感覚からすると少々違和感を覚える。「幸せ」はまさに主観であるが、やはり根ざしている文化の違いを意識せざるを得ない。

今朝の朝日新聞に、同じブータンについての記事があり、こんな一文があった。
「・・・・会う人には片っ端から、「幸せですか?」とお約束の質問をした。示し合わせたように同じ答えが返ってきた。「あなたが幸せならば」と。
 あまりの屈託のなさに、正直に「そんなに幸せじゃない」と答えると、「どうして?」と逆に聞き返された。
 「忙しいし、疲れてるし、孤独だし、離婚もしてるし、将来も不安だし……」。そんな愚痴を並べると、「あなたは素晴らしい仕事をしている。疲れたら休めばいい。ここじゃ多くの人が離婚してるよ。大丈夫、あなたはいい人だから誰か助けてくれる」と、励まされた。会う人会う人みんな素直で前向き。離婚率が高いのは、過去を振り返らない国民性らしい。・・・」(2012/04/01付「朝日新聞」b9 「はたらく気持ち “幸福大国”へ導かれて 田中和彦」より)

ここで徹底的に自分の価値観が壊れた・・・。“離婚こそ人生最大の不幸”と思っている自分。しかし幸福大国ブータンでは、離婚は不幸の指標にはなっていないらしい。
「幸福」とは何か? なかなか奥深い価値観ではある。

(関連記事)
ブータンの幸せの指標(2/2)~「国民総幸福量」の質問事項

| コメント (0)

« 2012年3月 | トップページ | 2012年5月 »