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2012年3月13日 (火)

ロンドン五輪の男子マラソン代表選考に思う

今朝の日経新聞のスポーツ欄。ロンドン五輪の男子マラソンのメンバー選考についての記事があった。自分としてあまり興味を示さないスポーツの世界だが、なぜかこのマラソン代表の選考だけは興味があった。結果、妥当な選考だったが・・・。曰く・・・

選考レース 輝き放った異端
 川内と藤原というアウトローが出現していなかったら、今回の男子の選考レースは味気ないものになっていたのではないだろうか。2人がロンドンを巡るドラマで異彩を放ったのは、ともに我が道を行く競技者であるからだ。
 川内は実業団からの誘いを断り、公務員としてフルタイムで働きながら「市民ランナー」として競技を続ける道を選んだ。実業団選手のように月間1000キロも走り込まなくても十分だと言い、その半分の走量で昨年の世界選手権に出るまでになった。単身で練習しているがゆえ、レースを練習の場として自分を追い込む手法をとる。
 型にはめられることを拒んだという点では藤原も同じ。駅伝を義務付けられ、マラソンに特化した練習ができないことに疑問を抱き、2年前に実業団チームを飛び出してプロ宣言した。
 しかし、なかなか支援者は現れず、ようやく契約した企業からも報酬の未払いが続き、関係を断った。「無職ランナー」という呼称は実情をそのまま表している。貯金を取り崩しながら、ランニングフォームを重視した独自の理論で力をつけてきた。
 メーンロードを走ってこなかった川内。そこから自ら外れ、その拍子でドン底に落ちかかった藤原。恵まれない環境下で走る2人が日本のトップに食い込んでいるのだから考えさせられるものがある。
 ともに組織に寄りかからず、いわば「個」で勝負する潔さを示した。その姿勢は、裸で大自然と戦うマラソンというナチュラルな競技性とマッチして、見る者を引きつけた。
 マラソンはよく人生にたとえられる。2人に注目が集まるのはやはり己の生きざまを提示したからだろう。ともに自力で道を進むことに拘泥してきた。2人が示したものに、チクリと刺された感覚を覚える者もいるのではないだろうか。(編集委員吉田誠一)」(
2012/03/13付「日経新聞」p37より)

この二人のちょうど正反対にいるのが水泳の北島選手だろう。表に出て戦う北島選手の後方に、膨大なバックアップ体制があるという。金メダル一つにいったいどの位の人員とお金が掛かっているのやら・・・・。そんな事を思い浮かべながらこの記事を読むと、実に痛快だ。

川内選手が東京マラソンで敗れたとき、「五輪代表には選ばれないと思う」と発言したのが印象深い。これは“一人”だからこそ言えた言葉。つまり何事も自分自身で責任が取れるから言える。それに比べ、多くのバックアップ体制を持っている選手は、こうは言えない。バックの人に失礼だし、万が一のチャンスに備え、辞退宣言とも受け取られかねないこんな発言は到底出来ない。

しかし、このようないわゆる“手弁当”の選手たちの出現は、専門職業化したスポーツ選手にとって、良い刺激となるだろう。給料付の選手にとっては、メンツ丸つぶれ・・といった事態なので・・・!?

でも前に公務員のマラソン選手が出現したときは、皆がビックリしたもの。そんな片手間で、出来るのか?・・と。でも川内選手は五輪代表を競うまでに伸びた。これは大変なこと。
川内選手はまだ25歳だという。例え今回は敗れたとしても、まだまだ色々な舞台が待っている・・・
ふと、東京五輪の円谷選手(ここ)を思い出した。陸上自衛隊員だった円谷選手は、自衛隊を、そして国民を代表する、という重圧のために、自ら命を絶った。責任感とは、かくも重い・・・・
でも上の記事の藤原選手も川内選手も、その点では有利。責任を負うのは自分だけ。これをバネに、それぞれ立場は違うが、羽ばたいて欲しいもの。
まずは2012年8月12日の男子マラソンに注目しよう。そして、来年の東京マラソンでの川内選手の復活に・・・。
そう、カネが無くてもスポーツが成り立つ事を見届けるために・・・

●メモ:カウント~270万


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コメント

いやー、企業が擁しているマラソンランナーも瀬古なり宗監督のいるSBや旭化成も面目ないですよね。

かっては、小出義雄監督から離れた有森裕子や高橋尚子も成果を出せなかったマラソンレースを制した、二人の市民ランナーは驚き以外の何者でもないです。

東京オリンピックは私も高校2年でした。マラソンの目は当然アベベに行ってましたが円谷幸吉が自殺した時には大きなショックを受けました。
あの遺書の文は確か三島由紀夫が絶賛していましたと思います。

福岡国際マラソンに夢中だった私のマラソン好きがこの記事のお陰でまた少し盛り上がってきました。

【エムズの片割れより】
自分はスポーツはからきしNG。そう言えば、高校の同窓会で、同級だった女性が、東京マラソンを完走したと“威張って”いました。自分も威張りたいのですが、彼女の還暦をはるかに過ぎての頑張りには、足下にも及びません。

投稿: 小父さん | 2012年3月13日 (火) 23:18

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