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2012年2月10日 (金)

「TPP農業再生の条件」

今朝の日経新聞の1面に「TPP農業再生の条件」という記事があった。TPPの、とりわけ農業問題は実に面白いのでつい読んでしまう。何が面白いかって??“立場”によって、主張に開きがあるので面白いのだ。
今日のこの記事は、ある意味“日経新聞としての主張なのかも知れないな・・・”と思って読んだ。曰く・・・

TPP農業再生の条件(上)  脱「コメ神話」から未来像
 日米両国政府は日本の環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加を巡る事前協議に入った。TPP参加は日本の成長戦略の柱となる。農業関係者には反対論が根強いが、自由化をバネに農業を成長産業に変える視点が求められる。
・・・・・・・
 農林水産省は「コメが完全自由化されれば、国内消費量800万トンの9割が輸入米に置き換わる」と主張する。だからTPPには反対との理屈が透けて見える。だがこれには2つのまやかしがある。一つは意欲のある国内コメ農家を考慮せず、外国産の実力を過大評価している点だ。
 もちろん外食チェーンを中心に需要はある。大手コメ卸には「輸入米を使ってみたい」との問い合わせがある。日本はコメに高い関税をかける見返りとして、年間10万トンを限度に海外産の主食用コメを入札方式で輸入している。今年の外食向け卸価格は国産が60Kg約1万5000円だが、外国産はおよそ1万3000円だ。
 だが現状の海外産に日本の市場を席巻する力はない。大手コンビニエンスストアのローソンは「外国産米を使う検討はしていない」と明言する。消費者の国産米への信頼は根強い。しかも日本人が好む短粒種は米国の全生産量の1%。国内コメ卸は世界の市場で流通する規模は10万トン程度とみる。300万トン程度とされる外食や総菜の需要の一部を満たすにすぎない。
生産額の2割
 もう一つのまやかしが「コメ=日本農業」との論法だ。「コメ自由化で日本の農業は壊滅する」。昨年10月、TPPに反対する農協などが都内で開いた決起集会では、与野党政治家らが気勢を上げた。農業の自由化を巡る議論はコメ問題で足踏みしてしまう。
 実は日本の農業生産額の8割が畜産や野菜、果実。コメは2割にすぎない。それでもコメが常にクローズアップされるのは、コメ農家の数が生産額に比べて極めて多いためだ。コメ農家の数は全体の半分弱の116万戸。しかも、このうち94万戸が農業以外の所得の方が多い「兼業農家」だ。
 民主党政権が打ち出した戸別所得補償は、規模にかかわらず補助金を支払う。4割が耕作面積が平均(2ヘクタール)以下の農家に回る。手厚い保護で温存された農家が自由化に反対し、数の力で政治に圧力をかける。政治はコメ農家の票を失うことを恐れ、コメを「聖域」扱いし続ける。
 キャノングローバル戦略研究所の山下一仁・研究主幹(56)は「兼業のコメ農家を守る農政が、日本の農業の競争力強化の足を引っ張ってきた」と指摘する。
 攻め込まれるだけではない。日本産のコメを台湾に輸出するデビッド・リン氏(62)は「日本のコメはもっと輸出できる」と話す。今の輸出は高級品を中心に年間100トン。若い農家の意欲を引き出すなどで価格を引き下げれば、東南アジアや米国にも輸出できるとみる。「コメ不可侵の神話」の前で立ちすくむのではなく、自由化を視野に入れて農業全体の将来像を描く必要がある。」(2012/02/10付「日経新聞」p1より)

言うまでもなく、ここでTPP農業問題の是非を議論するつもりは毛頭ない。ただ、日本を代表する経済マスコミが、「まやかし」という刺激的な言葉を使って農水省の議論を喝破している点に興味を持つ。
何でもそうだが、人々の主張は、どの視点、どの立場で発言するかで大きく変わる。

話は飛ぶが、罪を犯した人は、その罪を逃れようと自分の無実を主張しているうちに、心の底から自分はしていない、と思うようになるそうだ。つまり、最初は自分でウソをついていると自覚していても、それを繰り返すうちに、自分は本当はやっていないのだ・・・と、心の底から思うようになってしまう・・・・

この議論も同じだ。日経の議論も含め、同じ目線の人たちだけで議論していても堂々巡りで前進は望めない。視点の違う人との議論からこそ、今後どうすべきか、が明確になってくる。
このTPPの農業問題も、先の日経の主張に、農水省がどう反論するのか楽しみである。そしてその議論をぜひ聞きたいものだ。すると、この日経の主張する事実とはまた別の事実が浮かび上がってくるだろう。だからTPPは議論にメリハリがあって(賛成・反対が明確に分かれていて)面白いのだ・・・。


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コメント

TVなどでTPPの討論があると、賛成か反対かという以前の問題が常に欠落しています。
それは輸入米が如何に不味いかと言うことです。
日本の米を食い続けてきた我々が、あの寒い夏を思い出せば簡単に言えることではないでしょうか。
あの寒かった夏の後輸入米しか食うことができず、次の秋の収穫が待ち遠しかったのは忘れません。
安けりゃ良いというものじゃありません。
私は安全でうまい米を食いたいだけなのです。

【エムズの片割れより】
その通りですね。自分も安い定食屋のご飯のマズイのに閉口したことがあります。輸入米ですね。逆に刺身定食のご飯の美味いのに感心したことも・・
結局、安ければ客が全て喜ぶという幻想に気付くかどうか・・・。

投稿: 通行人 | 2012年2月12日 (日) 10:57

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