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2012年2月の24件の記事

2012年2月29日 (水)

「国会のビジネスモデル一新を」

P11101931 今朝は一面の雪化粧。昨夜の天気予報が、いやに自信ありげに「雪だ~」と言っていた。しかし気温がそれほど低くなかったので、また空振りでは?と思ったものの・・・。
雪がやむのを待たずに雪かき。ちょっと測ったら当八王子P11101832 で18.5センチ。よって最終的には20センチ近く積もったのでは? しかし体力が無い・・。雪かきでフーフー・・・(写真はクリックで拡大)

さて、いつも自分の溜飲を下げてくれるので(?)、読むのが楽しみな日経新聞の「大機小機」・・・・。先日のテーマは、国会のビジネスモデルという新たな概念!? 曰く・・・

国会のビジネスモデル一新を
 国会は何のためにあるのか。テレビ中継で審議を見た人の多くは、そんな疑問を抱くのではないか。
 クイズまがいの質問で失言を引き出そうとする野党議員。基本的な知識を欠き、まともに答弁できない閣僚。あまりの幼稚さに情けなくなる。議会は法律を作るのが仕事のはずだが、先の臨時国会の法案成立率は過去最低だった。
 そもそも政府・与党の政策を野党がたたくだけという形の審議は時代に合わなくなっている。財政悪化や高齢化の加速を考えれば、どんな政策も痛みを伴わざるを得ない。難点を追及して事足れりの国会論議では、つらくても必要な法案は一切通らなくなる。
 野党は必ず対案を出し、政府案と比べたプラス、マイナスを論じ合う。目の前の痛みだけでなく、何もしなかった場合の将来の痛みも合わせて論じるようにする。国会のビジネスモデルをそんなふうに一新しない限り、必要な機能は果たせなくなるだろう。
 心配なのは、政治の現実と日本が直面する「不都合な真実」とのギャップの広がりである。専門家の間では「消費税率を10%に引き上げた程度では公的債務を適切な水準まで引き下げられない」という見方が定説になっている。
 植田和男東大教授の試算では、仮に消費税を2030年までに25%に引き上げても、国内総生産(GDP)に対する政府の純債務残高の比率は30年ごろまで急上昇を続け、その後も大きく下がらない。大幅増税に加え、社会保障費を抑制してはじめて持続可能な水準まで下げられる。
 ところが、政治の世界では消費税率の10%への引き上げですら実現するか怪しくなっている。社会保障費の増加抑制にも尻込みしている。
 今の政治モデルが続けば、行き着く先は2つしかない。ギリシヤのように市場の圧力で必要以上に大きな増税や歳出カットを迫られるか。あるいは、高インフレによって国の実質債務が圧縮されるか。両方起きる可能性もある。
 いずれも国民には大きな負担になるが、政治家は責任回避ができる道でもある。前者なら「市場が悪い」と言ってすませる。後者のインフレは実質的には増税と同じことだが、「増税はしなかった」と言い逃れすることが可能だ。
 もちろん、そうなれば、だれも政治を信用しなくなる。議会制民主主義存続のためにも政治のモデルを今から変えなければならない。(冬至)」(2012/02/25付「日経新聞」「大機小機」より)

今日の夜7時のNHKニュースでも、党首討論の模様が報道されていた。いつも思うのだが、長時間の党首討論のなかで、短時間のニュースの時間に流す“場面”は、どのような基準で選んでいるのだろう。何の報道でもそうだが、切り取る場面次第で、それを受け取る方は、プロパガンダとまでは言わないまでも、“誘導”されてしまう。まあそれは受け取る側の問題になるのだろうが・・・。
それにしても、今夜のNHKニュース、相変わらず解散総選挙一辺倒の野党の論戦が寂しい。議員定数削減の話も同様。党利だけ・・・・。まだ野田首相の方が、何か真摯に聞こえる・・・。
それぞれの党首、上の提言に対してどう思うのか、聞いてみたいもの・・・・。

一方、アメリが大統領選も大騒ぎ中。現職の州知事が、長期に亘っての選挙戦。その間の知事業務はどうしているんだろう・・・。ナンテ、どうでも良い事だが・・・
雪の夜、何となくテレビ漬けの一日ではある。

*なおメイ子の写真は、雪の中は一瞬だけで、直ぐに“救った”ので、決して幼児虐待ではない。念のため・・・

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2012年2月28日 (火)

「ハイブリッドに死角~車もガラパゴス化の懸念 」

昨日(2012/02/27)の、エルピーダメモリ倒産の報道にはビックリ。D-RAM世界第3位でもこうだ・・。
今朝の日経新聞のエルピ-ダ倒産記事の解説に、こんな言葉があった。
「・・・・今日本の官民に求められているのは技術の「棚卸し」だ。どの技術や事業が戦略性が高いのか、あるいは競争優位を獲得しやすいのかを、過去のしがらみにとらわれず再検討する必要がある。・・」(2012/02/28付「日経新聞」p1より)

そんな視点で、次の記事をどう読むか・・・
何とも怖ろしいタイトルであるが、2012/02/26付「日経新聞」「ニッポンの企業力 第4部 サバイバル(2)」の記事である。曰く・・・

ハイブリッドに死角~車もガラパゴス化の懸念
 エコカー補助金の復活も追い風に販売好調なハイブリッド車(HV)。1月は国内新車販売に占める比率が2割を超えた。だが、ハイブリッド車は世界で本当に売れている技術なのか。

米中で低い存在感
 約1800万台と世界最大の自動車市場、中国では昨年1年のハイブリッド車の販売台数は約3千台にとどまった。2番目に大きい米国でも約30万台と全体の2%程度だ。
 みずほコーポレート銀行は2020年に中国市場の3分の1がエコカーになると予測する。だが、最も普及する技術はハイブリッド車でも電気自動車(EV)でもない。ガソリンエンジンの小型化で燃費を改善する「ダウンサイジング」と呼ばれる簡素な技術が主役になるという。
 「TSI入ってるよ」。中国のある自動車メーカー幹部はボンネットを開け、エンジンなどを見せてくれた。TSIとはドイツのフォルクスワーゲン(VW)が開発したダウンサイジング技術。数年前から外部販売を始め、中国メーカーにも急速に広がっている。
 背景にあるのは環境規制の強化だ。中国で15年に導入される燃費規制では従来より2割以上の燃費向上が求められる。当初、中国では日本のハイブリッド車技術の導入も検討された。だが、仕組みが複雑すぎるうえ、技術流出を恐れる日本勢も慎重になり、結局は立ち消えとなった。
 そこに売り込みをかけたのがVW。従来のエンジンを小型化し、ターボチャージャーという馬力を増す装置を組み合わせてハイブリッド車並みの走りと燃費が実現できる仕組み。コストも格段に安くてすむ。
 15年は日米欧でも燃費規制が強化され、技術が世界で一変する年だ。日本のメーカーは得意の環境技術を世界に広める好機と考えてきたが、風向きは少し変わる気配だ。欧州ではBMWやフィアット、米国ではゼネラル・モーターズなどもダウンサイジング技術にカジを切りつつあるという。
 技術で先行しながら市場は奪われる。そんな苦い経験を日本企業は携帯電話で味わった。だが、やり方を誤れば今度は「最後の砦」となった自動車でもガラパゴス化の懸念はある。問われるのはデファクト(事実上の標準)をどう握るか。
 「ライバルはトヨタ自動車ではない。VWだ」。そう話すのは現代自動車の会長、鄭夢九(73)だ。鄭はここ数年、トヨタと別の道を目指している。例えば研究開発は売上高の2%強とトヨタやホンダ(4~6%)の半分にとどめ、資金はむしろ工場の自動化投資やマーケティング、デザインなどに振り向ける。
 鄭は「市場が急拡大する今は人材や先端技術をゆったり育てている場合ではない。成長市場でとにかく量を売る時」と考える。
 日本を代表するトヨタの乗用車「カムリ」。昨年は前年比で6%販売が減り、逆に現代の「ソナタ」は15%増えた。新興国での販売台数比率はトヨタが37%、現代は52%。成長市場でデファクトを握るとの意志が徹底している。
 東大・ものづくり経営研究センター特任准教授の朴英元(41)は「日本はR&D(研究・開発)、韓国はR&BDに力を入れている」と話す。BDとはビジネス・デベロップメント。日本は長期での技術的進歩を求め、韓国はビジネスでの成功を現実的に追う。

現代の半分の利益
 円高も響き日本勢の稼ぐ力は見劣りする。11年度でみると日本勢首位の日産自動車ですら、予想純利益は2900億円と現代の半分。市場の中心が新興国に変わり、低価格車の大量生産を競う時代に移行。世界の市場変化に敏感に反応するはずの「カンバン方式」も壁にぶつかった。
 トヨタは新興国市場向けの低価格車「エティオス」の生産をインドで始めた。韓国勢がライバルの日本車に照準を合わせて繰り返してきた「リバースエンジニアリング」と呼ばれる開発手法を日本車で初めて取り入れたという。
 ライバルの技術や品質を研究し、自社製品に取り込む手法で、トヨタが目標にしたのは現代、タタ自動車以上の低価格と品質だ。先端技術だけでは勝てない時代を迎え、日本勢の車づくりも根本から再構築を迫られている。(敬称略)」(
2012/02/26付「日経新聞」p1より)

自分の大いなる勘違い・・・・。将来の電気自動車はあらゆる業種が参入してくる市場であることは分かっていた。しかし、バッテリーの容量を気にせずにエンドレスに走れるのはハイブリッド車。これが世界の潮流だと勘違いしていたのは自分だけだろうか?
しかしこの記事を読む限り、ハイブリッド車はデファクトスタンダードにはなり得ないらしい・・・・。

音楽や絵は、言葉を必要としないので、万国共通。先日、NHKで「歴史秘話ヒストリア」「いつだって負けずギライ~葛飾北斎 横町のオヤジは世界一~」という番組を放送していた。江戸の長屋で書かれた絵が、パリで西欧画家たちに大きな影響を与えていた・・・という話。
車も言葉を必要としない点は同じ。一定の運転方法が出来さえすれば、どの国でも、どんな民族が運転しても、同じように走る。だから受け入れられさえすれば、マーケットはまさに全世界だ。
それなのに、日本のハイブリッド車がガラパゴス化するとは、何とも寂しい話。
VWの「従来のエンジンを小型化し、ターボチャージャーという馬力を増す装置を組み合わせてハイブリッド車並みの走りと燃費が実現できる仕組み。コストも格段に安くてすむ。」がホントウだとすると、世界のトヨタの戦略違い!?それとも技術力の差が出た??
ともあれ、あれだけの技術が日本国内でしか売れないとすると残念。

戦略とは、かくも難しいものなのである。

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2012年2月27日 (月)

“漢方”は日本の文化~NHK「夜なのに朝イチ~漢方スペシャル」より

NHK「夜なのに朝イチ~“漢方スペシャル”」を見た(2012/02/25放送)。漢方薬については、我が家はかなりお世話になっており、ピンチの所を救ってもらったりもした。当サイトにも色々書いている。(ここ等)
少しは漢方の“通”のつもりで見た番組だったが、ヘエーという事が色々あった。今日はそれのメモ・・・

この番組については、NHKのサイトに詳しい(ここ)。このくらい詳しくメモしてくれていると、録画をしていなくても、後から調べられるので非常に助かる。

まず、
「<漢方薬を処方していますか?>
・はい・・・・・・・・ 86.3パーセント
・いいえ・・・・・・・ 
3.7パーセント
・過去に使用・・・10パーセント
※ 「漢方使用実態及び漢方に対する意識調査」(日経メティカル開発 2010年3月)」

という調査にはどうも納得がいかない。漢方専門の診療所がある一方で、絶対に漢方薬を使わない医師も多い。9割近くの医師が漢方薬を使用しているという結果は、どうも・・・
でも、漢方薬の使用が増えているのは確かなのだろう。もう10数年も前だが、慶応大病院に行ったときに、確か地下だったか、漢方と書いた部屋があり、“ヘエー、大学病院でも漢方をやっているのか・・・”と思ったもの。
この番組にも、慶應義塾大学医学部漢方医学センターの先生が登場していた。その他、この番組に出ていた大学病院は下記だが、色々な大学病院で漢方治療が行われているらしい。下記が紹介されていた。
東京女子医科大学 東洋医学研究所ここ
北里大学東洋医学総合研究所ここ
島根大学医学部付属病院ここ

そして「漢方」とは日本固有の医学だという。今まで自分は、漢方とは中国の医学をそのまま日本に持ってきたもので、本家は昔も今も、てっきり中国だとばかり思っていた。しかし、1400年前に中国から伝わった医学を日本で独自に体系化したものが漢方医学で、漢方という名も、江戸時代に西欧医学を蘭方と呼んだのに対応して漢方という名が付いたという。中国では中医、韓国では韓医と呼ばれている。お腹を押して診察する腹診も日本で進化したもので、中国では今は行われていないという。
しかし生薬は、さすがに本場中国では3000種あるというが、日本で使われているものは300種だという。

漢方治療をする医師は、全員医師免許を持っている事は当然だが、街の漢方薬局と健康保険内での治療の値段の差は大きい。保険診療は数千円だが、街の漢方薬局は数万円がザラ。それでも自分は10数年前に街の漢方薬局に助けられた事があり、その時は有り難かった。当時は、自分も「医者からは、漢方薬は貰えない」と信じていたので・・・。時代が変わったのか・・?

それと、日本の漢方薬の飲みやすさ。番組でも紹介していたが、上海のセレブ医院では、患者は大量の薬草を持ち帰っていた。それを自宅で煎じて飲むのだそうだ。それに対して、日本の(たぶん)ツムラの工場を紹介していた。薬草を煎じた液を大きな釜で粉末にして、しかもそれを飲みやすく味付けをしているという。
今までもらっていた漢方薬は、ツムラの**番という調合済の漢方薬の名が付いているもので、それが当然と思って飲んでいたが、中国の病院から薬草をもらって帰る人を見ていると、日本のツムラのパッケージ化された薬(漢方製剤)を飲めるありがたさを感じる。実に日本的だ。

それと、番組で「“なんとなく不調”に強い漢方~男性が主に飲んだ漢方薬・・・桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)」が紹介されていたのには笑った。前に自分も「我が家の秘薬~桂枝加竜骨牡蛎湯」(ここ)という記事を書いたことがあったので・・・・。

また、島根大学医学部精神医学講座堀口教授が注目する、認知症にも効くという「抑肝散(ヨクカンサン)」(これ)が紹介されていた。そのうち自分も使おうかな・・・!?

それにしても、番組のバラエティーさには参った。バラエティー番組は民放の十八番(おはこ)とばかり思っていたが、どうしてどうしてNHKも何と騒がしい・・・。内容はともあれ、タレントが大挙出場した騒がしい番組作りには閉口した・・・・。
ともあれ、“なんとなく不調”で困ったときにも、何か手はあるものだ・・・

(関連記事)
我が家の秘薬~桂枝加竜骨牡蛎湯
不思議な漢方医

●メモ:カウント~265万

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2012年2月26日 (日)

苦笑するしかない日本の「三権分立」

今朝の日経新聞のコラム「春秋」には苦笑するしかなかった。笑い飛ばすしか・・。曰く・・・

「都内の自宅近くの公立図書館で「三権分立」をキーワードに蔵書を検索してみた。一覧表になって出てきた19点のうち、子ども向けが13もあった。三権分立は日本という国の仕組みの「いろはのい」だから。そう考えれば納得もできる。
 試みにそのうちの1冊を開いてみる。権力を握った人が勝手な政治をしないよう権力を立法、行政、司法の三つに分けていること、三権がお互いチェックし合っていること、などの説明がある。大人ならばそんな理屈は先刻ご承知、ならいいのだが、当の政治家がそうでないと承知した。甚だ情けない気分である。
 1票の格差が最大2.3倍だった2009年の衆院選は憲法違反状態にあった、と最高裁が断じたのは昨年3月だ。それをほったらかしている。国勢調査の結果が出たら1年以内に、格差を正すため審議会が衆院選の選挙区を見直して首相に勧告する、と決めた法律もある。その期限も結局きのう切れてしまった。
 憲法が定める「法の下の平等」も三権分立と同じように日本という国の「いろはのい」だろう。国会は最高裁の判決を無視する。法律は守られない。かくして「平等」はどこかに吹き飛んでしまう。この国の「いろはのい」など政治が好き勝手に変えてよろしい、なんて子ども向けに書くわけにはいかない。」(2012/02/26付「日経新聞」「春秋」より)

“最近の日本の政治は、一体どうなっているのか・・”という話題は多い。マスコミだけでなく、飲み会でも良く出る話題。先日の先輩たちとの飲み会でも、最初に出た話題がそれ・・・
先日盛り上がった防衛大臣への国会でのトンチ(クイズ)教室もその一つ。クイズを出される方も方だが、国会を揚げ足取りの場と心得て、出す方も出す方・・・
まだ55年体制の時の方が政治に緊張感があった!?

最近、TBSのドラマ「運命の人」に凝っている。1971年のいわゆる「西山事件(別名、沖縄密約事件、外務省機密漏洩事件)」にほぼ添ったストーリー展開だという。モデルの登場人物を見ても、大物が多かった。佐藤栄作はもとより、田中角栄、中曽根、後藤田・・・
佐藤首相の退陣表明記者会見(1972年6月)は、たまたま自分も中継のテレビを見ていて、その光景は未だに覚えている。冗談だろうと思っていたら、本当に記者団が一斉に席を蹴り、佐藤首相が無人の会見会場でテレビに向かって演説していた。
そういえば、その佐藤元首相がノーベル平和賞を受賞された時は、国民がビックリしたもの。ふと、このときの経緯をWikiで調べてみた。すると、こんな記述があった。
「平和賞受賞は、上記の通り非核三原則の制定などが評価されてのものであった。この受賞には国連大使だった加瀬俊一のロビー活動が寄与したといわれており、佐藤も日記の中で加瀬への謝意を表している。しかし、平和賞を選考するノルウェーのノーベル平和賞委員会は、2001年に刊行した記念誌『ノーベル賞 平和への100年』の中で、「佐藤氏はベトナム戦争で、米政策を全面的に支持し、日本は米軍の補給基地として重要な役割を果たした。後に公開された米公文書によると、佐藤氏は日本の非核政策をナンセンスだと言っていた」と記し、受賞理由と実際の政治姿勢とのギャップを指摘した。この記念誌はノルウェーの歴史家3名による共同執筆で、同年8月の出版記念会見の際にその一人のオイビン・ステネルセンは「佐藤氏を選んだことはノーベル賞委員会が犯した最大の誤り」と見解を述べて当時の選考を強く批判し、「佐藤氏は原則的に核武装に反対でなかった」と語ったという。」(Wiki「佐藤栄作」項より)
同じノーベル平和賞でも、その5年後に受賞したマザー・テレサとは雲泥の差・・。おっと、オバマ大統領も受けているんだった。実績は・・・

だいぶん話がそれた。しかし法律を作る組織である国会が、法律を守らない、という事が許されて良いものか・・・。さっきの平和賞ではないが、もう誰も信じられなくなる・・・。
日本の現状は、有言不実行の国会、年金問題など問題だらけの行政、一方司法の世界は、今朝の朝日新聞の社説で「日弁連会長選―利益団体でいいのか」と指摘されている通り、ぱっとしない。裁判所だけはマシ・・?
ただただ前進を望む。今の日本には、笑っている余裕は無いのである。

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2012年2月25日 (土)

ミス・コロムビアと美空ひばりの「悲しき子守唄」

前に、せっかくこの世に生を受けたのだから、名前だけしか知らないオペラを、死ぬまでに1度くらい見ておかなければ・・、という記事を書いた(ここ)。
映画や小説も同じだ。名前だけ知っている有名な作品を、機会があったら1度くらい中身を覗かねば・・・。その一環と言うわけではないが、今日は先日NHKで放送された(2012/2/5放送)映画「愛染かつら」総集編を見てしまった。1938年(昭和13年)封切りの監督:野村浩将、主演:田中絹代、上原謙の作品である。
昔から、霧島昇が歌う主題歌「旅の夜風」は知っていた。しかし映画「愛染かつら」を見ようとは思わなかった。でも、せっかく録画をしてあるので、一応見ておこうかな・・・と。
この総集編は、前編から完結編まで4本製作された映画からの抜粋。確かに見ていると、ストーリーが飛ぶところがある。でも結構面白かった。まあスジが単純な事もあるが、古い映画にしては結構テンポが速かった。しかしラストで、主人公の高石かつ枝が歌手としてデビューする展開は意外・・・
そのデビューの場面で高石かつ枝が歌った歌に、つい聴き惚れてしまった。映画では「母の愛」という曲名だったが、レコード発売は「悲しき子守唄」。もちろん知っていた歌ではあるが・・・
120225kanashiki 映画を見終わった後でNetで調べてみた。Wikiの「旅の夜風」の項目に、「なお、高石かつ枝が歌手になってステージで歌った「悲しき子守唄」は、田中絹代は歌わず、ミス・コロムビアのレコードをかけていたため、口だけ動かすという形になっている。」とある。
なるほど・・・。どうも田中絹代の声ではないと思って聞いていたが・・・

<ミス・コロムビア(松原操)の「悲しき子守唄」>

「悲しき子守唄」
  作詞:西条八十
  作曲:竹岡信幸

可愛いおまえが あればこそ
つらい浮世も なんのその
世間の口も なんのその
母は楽しく 生きるのよ

可愛いお目目よ 丸い手よ
見れば撫でれば 悲しみも
忘れていつか 夢の国
母は涙で 笑うのよ

つらい運命の 親子でも
吾が子は吾が子 母は母
神様だけが 知っている
たまに逢う日の 子守唄

また、同じくWikiに「「北上夜曲」のメロディは、「悲しき子守唄」にヒントを得て作られたと言われている。」という記述があった。
北上夜曲に限らず、このような叙情歌は3拍子が多い。先日FMで放送していたが、三橋三智也の「北上川エレジー」も似ている。
もう70年以上前の歌だが、この歌は3拍子叙情歌の元祖のような気がする心に滲みる歌ではある。

最後に、大御所、美空ひばりのステレオ録音でも聞いてみよう。

<美空ひばりの「悲しき子守唄」>

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2012年2月24日 (金)

未だに見る“試験”の悪夢・・・

今日はホントウにつまらない話・・・
今朝、悪夢で「こんな夢を見るのなら、睡眠不足の方がマシ・・」とばかりに、意志の力で、強引に目を覚ましてしまった。時刻は4時半・・・。平日はいつも5時半に起きるが、結局それからは眠れなかったので睡眠不足・・・。
還暦をとうに過ぎて、これから試験を受ける事など無いのに、自分はよく試験の夢を見る。それと引っ越しの夢。どちらもメインテーマは「焦り」・・・。
今朝の夢も、5時間で5科目の試験なのに、4時間経ってまだ1科目しか答案を書けていない。時間が無い! どうしよう・・・という夢。
舞台は高校。特に数学の問題が、(他の科目に比べて自分は得意だったはずなのに)問題の意味そのものが分からない・・・。数学は基礎からの積み重ねが必要だが、何の基礎勉強もしていなくて、いきなりの高等応用問題。出来るワケがない・・・・という夢。
「時間が無い。どうしよう!」「難しくて、まるっきり歯が立たない。どうしよう!」「これでは卒業出来ない。どうしよう!」・・・と、フト“これは夢だ”と夢見心地に気が付いた。それで「エエイッ!起きてしまえ!」と、やっと夢から覚めた・・というワケ。

今朝は試験の夢だったが、引っ越しの夢も良く見る。引っ越しの朝になっても、箱詰めが出来ていない。ああもうトラックが来る。段ボール箱も無いのに、家の荷物をどうしよう・・! キーワードは「どうしよう!」だな・・・

先日、朝日だか日経だか忘れたが、ある医師が書いているコラムで、自分と同様に、未だに試験の夢を見る、という記事があった。そのコラムにも「それぞれの試験をクリアして、ちゃんと医者にもなれているのに、なぜ今頃試験の夢を見るのか分からない・・」といった話。
これを読んだとき、他にも自分と同じような人が居るんだな・・と面白く思った。

たぶんこの現象は、トラウマ・・!? 確かに高校時代は、こんな夢を見るのは当然の状態だった。自分の行った高校は、いわゆる受験校。つまり、自分のように実際には力がない高校生を、全力疾走させて現役で大学に合格させる。そんなシステムの高校だった。
中でも、苦手の英語の授業は怖かった・・・。特にH先生を思い出す。年配のおっかないベテラン先生で、当時は進学指導部長・・・。でも教室から逃げる勇気は無かった・・・。でもあれから50年近くも経っているのに、未だに・・・。思春期に受けたプレッシャーが未だに生きているのだろうか?それがトラウマに???

しかし根本にある、この“焦り”はいったい何だろう? 日々充実していない証拠か・・?
他人から見ると“つまらない話・・”。特にカミさんは「今朝の夢だけど・・」と言ったとたんに耳をふさぐ。「バカバカしい・・」と。でも当人にとっては“深刻な”夢の話なのである。(ここまで書いて、確かに自分でもバカバカしいと思った。でもね~~)

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2012年2月22日 (水)

家庭用耐火金庫を買った話

家庭用の“金庫”を買ってしまった。これも考え物ではあるが・・・・。
カミさんとの雑談で、なぜか我が家の重要書類の保管の話になり、金庫を買おうかという話になった。
自分の動機は、重要書類の散逸防止。何かあったときに、土地の権利書や預金通帳、印鑑、証券などの重要書類が一箇所に集中していれば、後処理をする人にとっては便利。
そう言えば、十数年前に亡くなった親父が、「重要書類はここに置いてある」と言って、タンスの片隅に小さな黒いバックを置いていた。親父が脳卒中で突然亡くなった後、兄貴がそれを開いて処理をした。何をしたのかは分からないが、少なくとも重要書類の在りかが分からない、という話は無かった。それと同じ発想。
一方、カミさんの動機は、火災からの保護。自分は、重要物の集中が目的だったので、いわゆる保護箱で良いではないかと思ったが、カミさんは耐火が前提だという。それで今回は耐火の金庫とした。

家庭内で、重要書類をどこに保管するか、という課題に対し、普通はドロボウ防止を考えて“隠す”。しかしそれは自分が突然死したときに、残された遺族からも“隠す”ことを意味する。最近、政府が金融機関の休眠預金の活用を検討しているが、これとて他人事ではない。我が家とて、休眠口座作りにいつ協力するか分からないのである。よって、少なくても残された家族に財産内容を伝えることは必要。遺書を書く目的も、一つはここにある。

よって今回の目的を、①保管場所の明確化 ②防火・防災 ③ドロボウからの防止 と大きく考えたとき、ドロボウさん防止は初めから諦めることにした。つまり、人間が金庫を盗もうと考えたとき、それを防止する手立ては無い。幾ら重くしても、持って行くときは持って行く。よってドロボウ防止は最初から諦め、保管場所と防火のみを目的とした。

次の検討課題が、解錠方式。昔からのダイアル式は、右にクルクル数度回したり、左に回したり、素人には結構難しい。鍵式は、その鍵をどこに保管するかが煩わしい。書類をどこに保管するか・・のために金庫を考えているので、同様に鍵をどこに保管するかで悩むのなら、金庫を買う意味は無い。それらに比べ、暗証番号のテンキー式は慣れている。
よって、今回はテンキー式の金庫に絞った。
次に大きさだが、やはりA4の書類が入ることは条件。
よって、今回の自分の要求仕様は、①耐火式 ②テンキー方式(鍵なし) ③A4サイズの書類が入る事、となった。

自分流の製品探しは、“売れているのはどれ?”がスタート。価格コムで見ると(ここ)、セントリーというメーカーの「SB0507」という製品が1位だという。価格も2万円ほど・・。1万円以下だとオモチャだし、3万円だとちょっとツライ。2万円位がちょうど良い・・

セントリー(SENTRY)の「SB0507」はアメリカの製品。日本の“セントリー日本”という会社が売っている。テンキー方式で、1時間の耐火仕様、かつA4サイズが入る。まあ買うならこれかな・・・と、先日ホームセンターに行ったときにホンモノを見た。ホームセンターでも売れ行き1位と書いてあった。A4書類もすぽっと入る。大きさも手頃。重量は40キロで結構重い。結局それほど迷わずこれにした。
そして価格。ホームセンターでは2万6千円弱だった。持ち帰り可能、とある。通販では最近の円高のせいか、2万円を切る。よって通販で買うことにした。
次に設置方法。40キロをどう見るか。自分で2階に持って上がれるか? 46インチ液晶テレビ2台分。一升瓶7本分?石油の18リットル容器で2つ以上の重さ。それに、二人で運ぶには小さすぎる・・。
ふと、石油を買いに行った時に、両手に赤い石油タンクを持ってヨタヨタと歩いた事を思い出した。小さくてあれより重い。持てるわけがない。よって自分は、最初から運搬はギブアップ。こんなことで、ぎっくり腰になってはバカバカしい。
すると、一番安い価格のまま、送料だけでなく「設置料込み」があった(ここ)。(設置を別に頼むと1万円くらいかかるらしい)
つまり、ホームセンターの持ち帰り価格2万6千円に対し、通販だと設置込みで2万円弱。探せばあるものである。
発注してから2~3日後に配達される。それで今日着いたのがこれ・・・。普通の宅配業者ではなく、家具組み立て・設置業者が2人で持って来た。宅配業者と違い、やはり運ぶ事を考えての2名体制。でも一人で難なく運んでいた。(写真はクリックで拡大)

P11101681 P11101721 P11101691

5桁の暗証番号は、元々付いている工場暗唱番号の他に2つ設定出来るので、都合3つのうちの一つを入れると開く。金庫と一緒に渡された封筒には、「開封された形跡がないかどうかをご確認下さい。」との注意書き。中に解錠の番号が書いてあるので、開封された形跡があれば当然、返品・・・。
そして一番心配だった、電池が切れたときの対処は、元々電池ケースが外側に付いているので安心。(取扱説明書はここ

どこに設置するのかが問題だが、ウチの場合***に設置した。ドロボウさんは気にしないものの・・・。かと言って、あまり隅っこに置いて、使いづらいのも問題なので・・・。
今日の設置で、やはり一番の問題は、玄関からの運搬だと思った。40キロはとても重い。やはりどんなに力に自信がある人でも、素人は止めた方がよい。たぶん、後で必ず体にダメージが出る。

かくして、これからは番号だけ家族に知らせておけば、何があっても安心・・。
段々と“整理”を始めたシルバー族ではある。

●追:結果として小さかった。大事だと思った物は何でも入れてしまったため、予想よりも中はギューギュー。予め、何を入れるかを決め、それに合わせて大きさを決めた方が良いかも知れない。なお追加の棚は必須。

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2012年2月21日 (火)

「キレたらおしまい」の哲学

先日の朝日新聞「はたらく気持ち」という記事に、こんな話があった。軽い話だが、さもありなんと思った。曰く・・・

「“キレたらおしまい”の哲学 田中和彦
 東京都内のタクシー運転手Nさん(60)は、30枚の千円札と2枚の5千円札を必ずそろえてから車に乗る。これくらい自前で準備しておけば、続けて1万円札を出されてもなんとか対処できるからだ。
 先日も同僚が、朝から立て続けの万札攻撃に出くわし、釣りに困った話を聞いた。
 駅から若い女性客を乗せ、ワンメーター先のビルの玄関に車をつけた後のことだという。「細かいお金はお持ちじゃないですか?」と尋ねても、「早くして!」と取り付く島もない。「すみません。朝から大きなお札が続いて・・・」とわび、クレジットカードや電子マネーでも大丈夫だと伝えたが、「早く! 遅刻しちゃうよ」。
 「じゃあ、コンビニで両替してきますから」と言った途端、いかにも最近の若者らしい口調で、「ありえない!」。ついにキレた同僚は、「もういいよ」と自腹を決め込んだ。すると、その女性は平然と降りながら、「それでもプロなわけ?」という捨てゼリフを残したというのだ。
 以前なら、「万札でお釣りありますか?」と、客の方があらかじめ確認して乗ってくれたが、最近の若者にそんなマナーは期待できない。
 怒り冷めやらぬ同僚を、「この仕事はキレたらおしまい」といさめたNさん。運転手に転身して10年、がつては医薬品の営業マンだった。
 相手のわがままをひたすら聞くのが仕事だった。プライドを捨て、どんな状況にも絶対に耐えてみせると事前に腹をくくれば、意外にキレないで済むことは、この時の経験で学んだ。
 そのかいあって、運転手になってからもキレたことはない。ただ1度だけ、キレる寸前まで行ったことはある。
 深夜に銀座でクラブのママとその常連客らしき男性を乗せた時のことだ。まず女性から行き先を告げられ、走っていると、「いつもと道順が違う」と責められた。
 ひたすら謝ったが、ののしりは30分もやまず、たまりかねたNさんが「今回は、料金は頂きません」と言うと、「お金の問題じゃないのよ」と、火に油を注ぐ結果になった。女性が降りるまで攻撃は続き、「ありがとうございました」の声が震えた。
 そのまま残った男性客を運んでいると、「運転手さん、よく耐えたね。あんたすごいよ」と声をかけられた。「今日は客が俺一人。閑古鳥が鳴いて、八つ当たりだよ」と。その男性は何も言えずにすまなかったと、チップを弾んでくれた。
 「キレたらおしまい」の哲学が、さらに強固になる経験だったのは言うまでもない。」(
2012/02/18付「朝日新聞」b9より)

客商売では、相手を怒らせたら負け。でも考えようによっては、それは一瞬の出来事。幾ら失敗しても、二度と会う事はないかも・・・。それに比べて多くの会社や組織では、周囲の人間関係は長く続く。それだけに、“「キレたらおしまい」の哲学”の重要度は増す。

我々の身近でも、友人と一度ケンカをしたら、次に会ったときに何か気まずく、なかなか元に戻らないことは良く経験すること。それが“キレる”という過激な現象だったら尚更・・・・。たぶん二度と元には戻らない。

若い人は良くキレるという。しかし年配者はそうそうキレない。それが年の功・・・。もし年配者でキレる人が居たら、それこそ周囲から、その人間性をも疑われてしまう。そして、一気にその人への評価が変わってしまう。感情の爆発は、それほど人展関係を冷やす危険性をはらむ。
逆に、上の記事に「運転手さん、よく耐えたね。あんたすごいよ」とあるように、我慢ができる人間への評価は高い。人間的な深みを感じるから・・・。

こんな記事を読みながら、この話は、どんな場面でも、そしてどんな年齢の人でも、常に心しておかなければいけない事だな、と思った。
感情のコントロール・・・。“人間”、つまり人の間で生きて行くための、重たい課題である。

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2012年2月20日 (月)

光市母子殺害事件、最高裁の上告棄却(死刑)判決に思う

今日の午後3時、最高裁は光市母子殺害事件の裁判で、元少年の上告を棄却する判決を言い渡し、元少年の死刑が確定した。
最高裁が無期の高裁判決を差し戻して、高裁が出した死刑判決だったので、先の死刑判決が覆ることは無いだろう、との思いが強かったが、つい午後3時にNetで探ってしまった。NHK NEWS WEBを見ていたら、15:03に速報「光市母子殺害事件 死刑確定へ 元少年の上告を棄却(15:03)」というテロップが流れ、「らじる☆らじる」のラジオ第一では、15:04に放送中のニュースに割り込んで、上告棄却のニュースが流れた。加えて、これから更生する可能性が無くなったことから実名報道に切り替える、と言っていた。なお、Yahooの速報は15:08だった。

自分がこの事件を最初に強く受け止めたのが、2008年4月22日の死刑判決の時だった(ここ)。
その後、NHKの「ザ・ベストテレビ2008」で見た東海テレビの「光と影 ~光市母子殺害事件 弁護団の300日~」(これ)や、門田隆将著「なぜ君は絶望と闘えたのか」を読んで(ここ)、死刑制度や弁護士の役割などについて、色々と考えてしまった。
また現役弁護士さんとも議論してしまった。

自分はこの事件に対して、死刑は当然、と考える。それに今回の最高裁判決は、かつて最高裁が無期の高裁判決を破棄して差し戻した経緯から、高裁の死刑判決が覆るはずはないと思い込んでいた。しかし結果は、4人の裁判官の内、3人の多数意見だという。つまり高裁の死刑判決が覆る可能性もゼロではなかったのだ・・・。
毎日新聞によると、
「◇裁判官1人、差し戻し求める異例の反対意見
 第1小法廷の横田尤孝裁判官は広島高検検事長として事件に関与したとして審理を回避したため、裁判官4人のうち3人の多数意見。宮川光治裁判官(弁護士出身)は再度の審理差し戻しを求める反対意見を述べた。死刑判断に反対意見が付くのは、無人電車が暴走・脱線し6人が死亡した「三鷹事件」の大法廷判決(55年6月)以来とみられる。
 宮川裁判官は「精神的成熟度が18歳を相当程度下回っている場合は死刑回避の事情があるとみるのが相当で、審理を尽くす必要がある」と主張。これに対し金築裁判長は補足意見で「精神的成熟度を判断する客観的基準があるだろうか」と疑問を呈した。【石川淳一】
 ▽最高検の岩橋義明公判部長の話 少年時の犯行とはいえ社会に大きな衝撃を与えた凶悪な事件であり、死刑判決が是認された最高裁判決は妥当なものと考える。
 ▽元少年の弁護団の声明 反対意見があるにもかかわらず死刑を言い渡すのは、死刑は全員一致でなければならないとする最高裁の不文律を変更するもので強く非難されなければならない。誤った判決を正すため今後とも最善を尽くす。・・・」(
ここより)

この記事を読んで、いかに自分が感情で判断しているかが露呈してしまった・・・。
死刑は、確かに冤罪の時は取り返しが付かない。でも、複数人殺さなければ死刑にならない、というのは何か解せない。永山基準などで4人殺さなければ死刑にならない、というのもヘン・・・。もし自分の家族が理不尽にも殺されたら、それが例え一人であっても、自分は犯人に死刑を望むような気がする。でもこれはまさに感情の問題・・・。
法廷は、法廷に出て来た証拠だけを相手に、法に対してどうかを判断する所だという。そこに感情は不要。でも自分は未熟ゆえ、感情に左右されてしまう。(裁判員に選ばれなく良かった・・・)

まったく視点を変えてみる。仏教ではこう教える。
「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息(や)むことがない。怨みをすててこそ息(や)む。これは永遠の真理である。」 (「ダンマパダ」-5 中村元訳)(ここ
この議論は、あまりに理想の議論。到底素人の自分には付いて行けない・・・

それにしても、被害者の夫であり父親である本村さんにとって、この13年は長かっただろうと思う。今日の判決で心機一転、新たな人生を生きてほしいと思うが、それは他人の余計なお世話・・・・。
しかし今日の判決は、本村さんが(NHKの7時のニュースで放送されていた)記者会見で言っていたこの言葉が全て・・・。
「死刑判決に勝者はなく、犯罪が起こった時点で、皆、敗者です。自分の人生を絶たれてしまうような被害者がいなくなることを切に願います」(ここより)。
何よりも、事件を発生させないようにするために、世の中はどう動くべきなのだろう・・・。

(2012/02/21追)
今日の朝日新聞にこんな記述があった。新しい人生を生きる本村さんだ。
「・・・・ただ、事件から10年となる09年ごろから本村さんは講演や取材の対応を控えるようになった。長年の精神的な疲労が蓄積されていたという。「もう一度、人並みの人生を歩みたい」。この年、支えてくれた同僚の女性と再婚した。
 「まずは自分と家族が幸せになること。事件のことだけ引きずって生きるのではなく、前を向いて、笑って、自分の生活、人生をしっかり歩いていくことが大事だと思う」。この日の会見で、本村さんはそう話した。・・・」(
2012/02/21付「朝日新聞」p39より)

(関連記事)
「光市母子殺害事件」~門田隆将著「なぜ君は絶望と闘えたのか」を読んで
光市母子殺害事件の死刑判決に思う

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2012年2月18日 (土)

「答えの見つからない時代に」

先日の日経新聞のコラム「大機小機」に、「答え」をテーマにした記事があった。曰く・・・

答えの見つからない時代に
 一昨年、ある経済人から届いた賀状には「難しい時代、答えが見つからない」と書き添えてあった。昨年、私たちは大震災に直面し立ちすくんだ。新年、「どうしたらいいんだ」という問いかけが多い。答がなかなか見つからない。
 「坂の上の雲」の時代、西欧に習うべしと、明快な目標があった。敗戦後、石炭の確保と鉄鋼増産によって経済力の基盤を固める、シンプルな目標があった。「鉄は国家なり」であった。日本経済再建のための答えは、国家と製造業にあった。
 続く高度成長期の答えは、大衆や消費者であり、生活文化産業や流通業であった。重厚長大だけで固めていた当時の経団連の主要メンバーに、こういった業界のトップが加わるようになる。
 いま、答えがはっきりしている所もある。東日本大震災の直後、被災地には、スコップ一丁を持って被災者の支援に汗をかくグループの姿があった。困った人がいたら助ける、悲しんでいる人がいたら寄り添う。答えは、探すまでもなく自明である。
 答えを自分で考える少年たちもいた。釜石東中学校の生徒たちは、近所の小学生や幼稚園児をリードしながら、日ごろの訓練通り所定の高台へ避難した。しかし、そこも危ないと自主判断し、さらに高地へ駆け上かって大津波から逃げ切った。別の小学生たちも、自ら考え動いた。彼らは、答えをつくった。
 かつて、日本は強かった。だが、ダーウィンの進化論にあるように、強い者が生き残れるわけではない。変化できる者だけが生き残る。日本経済・社会が、変化しながら生き抜く、その答えは1人ではつくれない。皆の知恵を集めなければならない。
 知恵をぶつけ合う仕組みを立ち上げるにはどうしたらよいか。コミュニケーションする場が要る。顔と顔を合わせる、ネット上でやりとりする、両者の組み合わせ、といろいろなタイプが考えられる。活性化が大きな課題の「街」も、そのひとつだろう。
 仕組みだけでは駄目だ。知恵を受け取るのではなく、知恵を出し合う風土を醸成していく必要がある。東大大学院の藤本隆宏教授がわが国のものづくりの特徴として指摘する「擦り合わせ」の文化に通じる。知恵の擦り合わせの中で答えが生み出されれば、個人や企業や街に新たな展望が開けてくる。少年たちに負けてはいられない。(一礫)」(2012/02/16付「日経新聞」「大機小機」より)

なかなか奥が深い議論である。「強い者が生き残れるわけではない。変化できる者だけが生き残る。」という言葉が重い・・・。かつてのIBMの復活や、最近のコダックの破綻など、まさに変化できるかどうか・・だ。強い組織は図体が大きいだけに変化は苦手。よって、強いリーダーによってのみ、それは可能。

今日は天皇が心臓の冠動脈バイパス手術を受けられた。ついでに、不整脈の手術も・・・。
今日買い物に出たとき、「なぜか道路が空いている」とカミさんが盛んに言う。いつもの道路の状態が分かっているワケではないが、何か世の中が静か・・!?
これも今日の天皇の手術で、国民が大人しくしているのかな・・ともカミさんが言う。そこまでは考えていないだろうと思うものの、20年以上前の昭和天皇の病気の時を思い出した。
天皇は別にリーダーというワケではないが、国民の心の拠り所になっているのかな・・とも思う。
「難しい時代、答えが見つからない」・・。だから首相も1年交替。政治もどっちに向かうのか混乱・・。でも一つだけ変わらない(変わって欲しくない)のが天皇・・・。
「難しい時代、答えが見つからない」中で、変わらない天皇を見るとホットするのは、自分がシルバー世代に突入した為だろうか・・・。
変化が要求される世の中で、なぜか(変わらない)天皇の病状が気になるこの頃である。

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2012年2月17日 (金)

2012年の「サラリーマン川柳」入選作

毎年楽しみにしている第一生命のサラリ-マン川柳(ここ)。今年も第25回の入選作100句が発表になった。例によって、自分なりにフィットした句を並べてみる。(番号は第一生命のリストの順番)
しかし、今年の作品は、例年に比べて、あまり自分にフィットする作品は無かった。

14) 「内定です」 返った言葉が 「マジッスカ!」 (絵文字)
若い人の言葉には付いて行けない・・・・

17)定年後 田舎に帰れば 青年部(フミヤ フレンドリー クラブ)
定年後に田舎に帰る人も多いが、「今更、何で帰ってくるの?」と言われるケースも・・・

22)おとうさん 胃酸でるけど 遺産なし(サイタ)
目下自分は、韓ドラの「イ・サン」と、逆流性食道炎の“胃酸”に凝っている。しかし「遺産」には縁がない。

28)何気ない 暮らしが何より 宝物(考えボーイ)
これは当サイトで何度も書いていること。そう、日常で“何も無い”ことが一番の幸せ・・・

32)最近は 忘れるよりも 覚えない(てくてく)
そうか・・・。“忘れること”に悩むより、最初から“覚えられない”と諦めてしまえば、問題は簡単・・・

38)士気がない 当たり前でしょ 指揮がない(ソフトモヒカン)
これは日本中のあらゆる世界に言えること。政治の世界も経済の世界も、企業でも・・・。“指揮”があるのは、自宅内だけ。カミさんの・・・・

54)叱れない 自分に似すぎた 我が息子(可児 助太郎)
そう、子供は自分のミニチュア。自分がしたことを自分にするイヤミな存在。でもそれに構わず、叱らねば・・・。ただし小学生まで・・・(逆にやられてしまうので!?)

72)散歩して わかったポチの 顔広い(後輩)
これもホントウ。自分一人で、愛犬と散歩していると、声を掛けられる事が多い。自分の知らない人から・・・。愛犬は顔が広い・・・

88)多過ぎる 「でかした」よりも 「しでかした」(猪突猛進)
これも良く分かる。家でも会社でも、“デカした”ことは少ないが、“しでかす”ことの何と多いことか・・

98)立ち上がり 目的忘れ また座る(健忘術数)
これは自分にはほとんど無い(・・・たぶん)。良くあるのは、話そうと思っていても、相手の話を聞いている間に、何を話そうとしていたのか忘れること。これも加齢だな・・・

第一生命のサイトに、「サラ川総選挙結果」(ここ)が載っていた。サラ川25周年を記念して、歴代の秀作60句の中から約6万人のサラ川ファンの投票によって決めたという。

  <サラ川総選挙>歴代優秀作 結果発表
                ~サラ川25周年特別企画
  ①仕事やれ 人に言わずに お前やれ(ピカチュウ)
  ②『前向きで』 駐車場にも 励まされ(プラス思考)
  ③久しぶり ~名が出ないまま じゃあまたね~(シーゲ)
  ④年金は いらない人が 制度決め(元平社員)
  ⑤「今帰る」 妻から返信 「まだいいよ」(えむ)
  ⑥このオレに あたたかいのは 便座だけ(宝夢卵)
  ⑦クレームも 社員じゃわからん パート出せ(サラ川小町)
  ⑧何になる? 子供の答えは 正社員(氷河期)
  ⑨減っていく・・・ボーナス・年金・髪・愛情(ピュアレディ)
  ⑩やめてやる 三億当たれば 言ってやる!(小心者)
  ⑪「空気読め!!」それより部下の 気持ち読め!!(のりちゃん)
  ⑫入歯見て 目もはずしてと せがむ孫(ハッスル爺さん)
  ⑬人が減り 給料減って 仕事増え(あんどう なつ)
  ⑭デジカメの エサはなんだと 孫に聞く(浦島太郎)
  ⑮「課長いる?」 返ったこたえは 「いりません!」(ごもっとも)
  ⑯タバコより 体に悪い 妻のグチ(-小心亭主-)
  ⑰昼食は 妻がセレブで 俺セルフ(-夢庵)
  ⑱ダイエット 今食べたのは 明日の分(スマート田口)
  ⑲プロポーズ あの日にかえって ことわりたい(恐妻男)
  ⑳「先を読め!」 言った先輩 リストラに(山悦)

これは歴代の優秀作だけあって、どれも味がある。
毎回書いているが、自分にもこんなセンスがあったら人生楽しいのに・・ね。

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2012年2月16日 (木)

「最愛の妻の死を乗り越えて」~国立がんセンター名誉総長 垣添忠生氏の話

NHKラジオ深夜便「最愛の妻の死を乗り越えて~国立がんセンター名誉総長 垣添忠生」(2012/02/15~16放送)を聞いた。
氏については、2年ほど前に当サイトで書いた事がある(ここ)。この時の記事は、新聞の記事からの情報だったが、今回は肉声。背景は知っていたが、氏の死生観やがん治療の現実について、色々と考えさせられた。放送の一部を紹介する。こんな死の瞬間もあるのか・・・・・

<「最愛の妻の死を乗り越えて」~垣添忠生氏の話>

(この放送の全部をお聞きになる方は、前半(39分間)は(ここ)、後半(37分間)は(ここ)をクリックしてしばらく待つ。前半で、途中に地震速報が入ってしまったが・・)

まだ離婚も成立していない時に、まるで駆け落ちのようにして一緒になった12歳年上の妻。亡くなってからちょうど4年になるという。その喪失感からの脱出が今日の話のメインテーマ。それを「グリーフケア」(悲嘆のケア)の視点、そして自らの再生、つまり「グリーフワーク」の視点から話されていた。先ずは泣く・・・。そして、仕事に没頭することによって少しだけ忘れる・・・。そして徐々に体を動かして行くと、精神も徐々に立ち上がって行く。まさに精神と体は一体だという。それに、仏教の100日法要などの精神的なケジメも有用。そして、1周忌の後に妻の絵画の遺作展をしたりして・・・。
しかし「話をしたい」相手が居なくなるということは、特に子供がいない場合はツライ。妻はまさに自分の分身なので・・(詳細は、直接放送を聞いて下さい)

夫が、国立がんセンター総長というがん治療の最先端のトップに居ても、ガンの根治は難しい。そこに現実がある。氏の「妻を看取る日」という本に詳しいらしいが、抗がん剤治療は、本当は奥さまは望んでいなかったという。しかし氏のがんセンター総長という立場を考えて抗がん剤治療を我慢して受けたとか・・・。
抗がん剤治療も最初は劇的に効く場合もあるが、2回目からはなかなか難しいらしい。こんな医療の最先端からの例を聞くと、我々素人には、抗がん剤治療について、怯(ひる)んでしまう・・・。
そして「家に帰りたい」という気持ち。奥さまは結局自宅で亡くなったわけだが、これは非常にまれなケース・・・。多くの人は、家に帰りたい、という希望も叶えられず、そのまま病院で亡くなっている。家で亡くなるのは、誰もが願うものの、現実は真に難しいらしい。
そして氏の死生観。「もういつ死んでも良い・・・」という境地だと言っていたが、自分の人生のケジメの付け方について、着々と手を打っておられる。奥さまと同じように、葬儀はしない。遺骨は墓を作らず、思い出の中禅寺湖に奥さまと一緒に散骨・・・。キチンと遺書を残して、動産は寄付、遺品は整理業者と契約しようかと・・・・。

この番組を聞いて、自分なりに捉えたこれからの自分の“行動指針”!?
①カミさんへ100%頼っている現在の生活からの脱却(←これは無理なので、最初からチャレンジしない!)
②氏が勧めておられるがん検診をどうするか?(今のところ、受けるつもりはないが)
③もし自分にがんが見つかったとき、抗がん剤治療を受けるか否か?(1度目はともかく、2度目以降は・・・)
④いよいよ死期が近くなったら、どうしても自宅に帰るぞ!(←カミさんに良く言っておく。守ってくれなかったら、お岩さんのように化けて出る!)
⑤遺言と遺産の整理・・・(そろそろ考える?)
⑥そして、もし万が一、カミさんが先だったら・・(これは全くの想定外だが、少しだけ料理も習っておく??)
・・・・・

平均寿命まで生きると仮定しても、あと15年。そう遠い年月ではない。垣添さんに比べると、あまりに平々凡々な我々だが、逆境に向かう対応は、みな同じ。大いに参考になる話であった。

(関連記事)
「妻見送った医師の苦悩」~前国立がんセンター総長 垣添忠生氏

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2012年2月15日 (水)

多い外科医の当直明け手術!?

先日の朝日新聞「天声人語」に、ドキッとする記事が・・・・

「共和党の米大統領だったレーガンはユーモアを失わない人だった。暗殺未遂に遭い胸の弾丸の摘出手術を受けるとき、医師団を見回して言った。「君たちがみんな共和党員であることを願っているよ」。二大政党が競い合う米では、共和と民主は何かにつけて仲が悪い。
医師の返答も語りぐさだ。「大統領閣下、きょうは全員共和党員をそろえております」。手術が成功したから笑えるが、ひるがえって日本である。執刀医に「当直明けでないことを願っているよ」と言いたくなる実情が浮かび上がっている。
日本外科学会の調査では、外科医の7割が当直明けの手術を経験し、うち8割が手術の質の低下を実感しているという。当直明け手術が「いつもある」が31%、「しばしば」が26%と聞けば、心穏やかではいられない」
医療事故につながりかねない体験も4%にあった。捨て置けないと見た厚労省は、当直明けの手術を減らす病院の診療報酬を優遇することにした。
川柳作家の故・今川乱魚(らんぎょ)さんの闘病句を思い出す。がん告知からの日々をたゆまず詠み続けた。<命預け候(そうろう)手術承諾書>。そして<お白洲(しらす)の浴衣でのぼる手術台>。俎板(まないた)の鯉(こい)の側としては、睡眠不足でメスを持たれるのは勘弁願いたい。
それもこれも、病院の多忙ゆえだという。医師、看護師、そして病院全体の「心技体」が充実してこそ、気の弱りがちな患者も励まされる。負担の軽減は医療界あげての急務だろう。仁術とは言うものの、精神主義では続かない。」(2012/02/11付「朝日新聞」「天声人語」より)

当直空けで手術とは・・・。ウーン。唸ってしまう。でも有り得るな・・・・
人の命は時の運・・?? もし自分がどこかで倒れても、その後どうなるかは、その時の周辺の状況や、病院の体制など、時の運が大きく左右する。
それは仕方がないと思うが、計画的な治療でさえ、当直開けの医師による手術となると、背筋が凍る。つまり、それほど医療の現場は疲弊しているのか・・・。そんな激務の医師に自分の命を託すことになろうとは、残念・・・

天皇が狭心症で、2月17日に入院して手術を受けるとか・・。その医師団が、東大と順天堂大の合同チームだと、先日のニュースで言っていた。順天堂大には心臓バイパス手術のプロがいるのがその理由らしい。
言うまでもなく、外科手術は手先の“芸術”・・・。そのうち自分もそんな時が来るかも・・・!?そのとき、自分の命を誰に託すかは、やっぱり“時の運”だろうな・・・。人脈も金も無いので・・・
ふと、昔の医師の友人の言葉を思い出した。体に負担が大きい手術は、最大限避ける。そしてキーは、病院の大小ではなく、担当する医師だと・・・。でも我々平民には、医師を選択する手段はない。これもやはり時の運・・・・
天皇の心臓病は、怒りから来ているのかも・・と誰かが言っていた。怒りが心臓に悪いのは周知の事実。これを機に、皇室も事態が良い方向に動き出せば良いのだが・・・。
せめて我々平民は、日常をこころ安らかに過ごしたいものだけど・・・ね。

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2012年2月14日 (火)

「拒否権がある国連の常任理事国はどうして決めた?」

少しオーバーな言い方だが、人は心より納得した知識は、一生消えないものだ。つまり「ナールほど・・・」は意外と長期間覚えているもの・・・。しかしこのことは、今までの我が人生のなかで(!)、体験していなかったのだ・・・・。(トホホ・・・)

国連の常任理事国が拒否権を持っていることは誰でも知っている。しかし(大きな声では言えないが)何でこの五カ国なのかを自分は知らなかった。それが先日の朝日新聞にそれが書いてあって、ヘエー・・・・・(今頃!? お粗末さま・・・)

ニュースがわからん!
 国連安保理で拒否権が使われたね 米英仏ロ中の常任理事国だけが持つ特権なんだ

コブク郎 国連の安全保障理事会で、シリアに反体制派の弾圧をやめるよう迫る決議が否決されたって?
A 安保理の15力国のうち、13力国が賛成したけれど、ロシアと中国が反対したから廃案になったんだ。
コ 13対2なのに?
120214kokuren_2 A 中国とロシアは、安保理で拒否権を持っているからなんだ。拒否権を持つ国が1カ国でも反対すれば、たとえ残りの14カ国が賛成していても、安保理がものごとを決めるのを阻むことができるんだよ。
コ 全会一致じゃないと決められないってこと?
A そうじゃない。基本は9力国以上の賛成で決議を採択できる。だけど、米英仏ロ中だけは拒否権を使えるんだ。この5力国は、常に安保理のメンバーなので「常任理事国」と呼ばれている。残り10力国は任期2年で入れ替わる「非常任理事国」だ。拒否権は常任理事国が持つ特権だよ。
コ どうしてそんな特権が生まれたの?
A 国連は英語でUnited Nations。直訳すると「連合国」。つまり第2次世界大戦でドイツ、日本、イタリアなどの枢軸国と戦った戦勝国だ。戦勝国が主導して平和を保つため安保理が作られた。その決議に不満な国が国連を脱退したら台無しだから主要5力国に拒否権を与えたんだ。第2次大戦前にあった国際連盟では日本、ドイツ、イタリアが次々脱退してしまったからね。
コ 5力国の意見が違うと物事を決められないの?
A 実際、冷戦時代は米国とソ連があらゆる問題で対立して拒否権を乱発したため、重要な決議案を可決できなくなったんだ。日本の国連加盟申請もソ連の拒否権に遣い、日ソ国交正常化まで実現しなかった。
コ 冷戦後はどうなの?
A 拒否権行使は激減した。でもロシアにとってのシリアや、アメリカにとってのイスラエルなど、自分の利害にかかわる問題になると、大国は行使をためらわないね。」(2012/02/11付「朝日新聞」p2より)

常任理事国は、第2次大戦の戦勝国なんだって・・・。国の大きさや経済力では無かったんだ・・・。言われてみると、これは歴史の流れからいって至極当然のこと。しかしこんな単純な疑問も、普段の生活の中では、意外と“自分から”知ろうとはしないもの・・。調べる気になれば、Netなどで直ぐに分かるものを・・・

この事件(!)を、“深刻に”捉えてみると、自分の常識の補填をどうするか・・・という“大問題”に行き着く。そして、何よりもその前に、自分の非常識をどう認識するか・・・、という大命題に直面する。

先日、北九州の宗像大社(ここ)に行ったが、車の中で「むなかた大社」と教えられても、つい「むねかた大社」と言ってしまう。これは昔、会社に宗像(むねかた)さんという人が居て、その読み方が体に染み付いてしまっているため。
固有名詞は“議論の余地無し”、と分かってはいるが、ええっと・・と別の事を考えた瞬間、自分の頭は「むねかた大社」に戻ってしまう・・・。
今はだいぶんマシになったが、前はウチのカミさんは右と左が良く分からなかった。車の運転の練習中に、左へ!と言ったら、右に曲がって危なかった・・・。もちろん(?)、エレベータとエスカレータの区別も不得意・・・。
だから、自分が「むねかた大社」を「むなかた大社」と言っても、ささいな事なのさ・・・(アレッ??・・・)

常識の話から、話がぶっ飛んでしまった。でも、何事も理屈が分かると覚えやすい。「むねかた大社」と「むなかた大社」も何か理屈で覚えると良いのだが・・・
しかし「むねかた大社」と「むなかた大社」の区別でこんなに悩むのなら、行かなきゃ良かった!?
何ともヒマなシルバー族ではある。

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2012年2月13日 (月)

九州「宗像大社」に行った

週末の(土)(日)に、プライベートな用事でカミさんと一緒に福岡に行ってきた。2月11日の夜は酒が入って・・・。2月12日の(日)は、飛行機が16時発のため、昼間少し時間があり、元の会社の同僚が、その時間内で福岡見物をさせてくれるというので、甘えることにした。
昼前に車で福岡市内から宗像へ・・・。小一時間。天気は快晴。絶好のドライブ日和・・・
神社の近くでランチのあと、宗像大社へ。駐車場に入ってビックリ。デカイ・・・
今日は、その境内散歩のスナップ写真集である。

境内を歩く・・・・。鳥居をくぐり、池の石橋を渡る。手水舎の向こうに本殿が見えてくる。(写真はクリックで拡大)

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宗像大社は、またの名を「道主貴(みちぬしのむち)」と言って、道の神さまだそうだ。そのせいか、大きな駐車場でたくさんの車がお祓いを受けていた・・・。

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本殿の右手におみくじが・・・。自分はおみくじなど引いたことがないが、カミさんにせがまれて、数年ぶりで・・。結果は「大吉」。ヘヘヘ・・・

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本殿の右手には、小さなお社が並ぶ・・・

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そして何やら入り口がある。「高宮参道」とある。門をくぐると林の中に参道が続く。時間もあるので行ってみることにした。すると長く続く階段。ここまで来たら引き返せない・・・。結局最後まで行ってみたら、高宮祭場があった。何か神秘的・・・

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高宮から下りて、道を行くと「第二宮」「第三宮」がある。第二宮で女性が一心に祈っていた・・・。何を祈っているのか・・・

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本殿近くに戻って、本殿の裏から回ると、「神宝館」があるので入ってみた。500円は少々高いが、中は、まさに神の世界・・・。
自分は知らなかったが、沖の島は神の島だそうで、そこから出土した神宝が展示してあった。

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まあそんな事で宗像大社を一回りしてきた。

東京に住んでいると分からないが、北九州は神の国? ・・・そう言えば、邪馬台国も九州にあったという説もあると聞く。
しかし予想以上にここ宗像大社は規模が大きかった。別に大きいからどう・・と言うことではないが、快晴の空に霊験あらたかな神社・・・。何か心がみずみずしくなった気分の半日ではあった。
それから福岡空港に戻って、一路東京へ・・・・
元同僚さん、車での案内、ありがとうございました。
(繰り返すが、おみくじ・・・「大吉」だぜ!! 待てよ!? 今が頂点で、これからは下がる一方・・・?)

●メモ:カウント~260万

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2012年2月10日 (金)

「TPP農業再生の条件」

今朝の日経新聞の1面に「TPP農業再生の条件」という記事があった。TPPの、とりわけ農業問題は実に面白いのでつい読んでしまう。何が面白いかって??“立場”によって、主張に開きがあるので面白いのだ。
今日のこの記事は、ある意味“日経新聞としての主張なのかも知れないな・・・”と思って読んだ。曰く・・・

TPP農業再生の条件(上)  脱「コメ神話」から未来像
 日米両国政府は日本の環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加を巡る事前協議に入った。TPP参加は日本の成長戦略の柱となる。農業関係者には反対論が根強いが、自由化をバネに農業を成長産業に変える視点が求められる。
・・・・・・・
 農林水産省は「コメが完全自由化されれば、国内消費量800万トンの9割が輸入米に置き換わる」と主張する。だからTPPには反対との理屈が透けて見える。だがこれには2つのまやかしがある。一つは意欲のある国内コメ農家を考慮せず、外国産の実力を過大評価している点だ。
 もちろん外食チェーンを中心に需要はある。大手コメ卸には「輸入米を使ってみたい」との問い合わせがある。日本はコメに高い関税をかける見返りとして、年間10万トンを限度に海外産の主食用コメを入札方式で輸入している。今年の外食向け卸価格は国産が60Kg約1万5000円だが、外国産はおよそ1万3000円だ。
 だが現状の海外産に日本の市場を席巻する力はない。大手コンビニエンスストアのローソンは「外国産米を使う検討はしていない」と明言する。消費者の国産米への信頼は根強い。しかも日本人が好む短粒種は米国の全生産量の1%。国内コメ卸は世界の市場で流通する規模は10万トン程度とみる。300万トン程度とされる外食や総菜の需要の一部を満たすにすぎない。
生産額の2割
 もう一つのまやかしが「コメ=日本農業」との論法だ。「コメ自由化で日本の農業は壊滅する」。昨年10月、TPPに反対する農協などが都内で開いた決起集会では、与野党政治家らが気勢を上げた。農業の自由化を巡る議論はコメ問題で足踏みしてしまう。
 実は日本の農業生産額の8割が畜産や野菜、果実。コメは2割にすぎない。それでもコメが常にクローズアップされるのは、コメ農家の数が生産額に比べて極めて多いためだ。コメ農家の数は全体の半分弱の116万戸。しかも、このうち94万戸が農業以外の所得の方が多い「兼業農家」だ。
 民主党政権が打ち出した戸別所得補償は、規模にかかわらず補助金を支払う。4割が耕作面積が平均(2ヘクタール)以下の農家に回る。手厚い保護で温存された農家が自由化に反対し、数の力で政治に圧力をかける。政治はコメ農家の票を失うことを恐れ、コメを「聖域」扱いし続ける。
 キャノングローバル戦略研究所の山下一仁・研究主幹(56)は「兼業のコメ農家を守る農政が、日本の農業の競争力強化の足を引っ張ってきた」と指摘する。
 攻め込まれるだけではない。日本産のコメを台湾に輸出するデビッド・リン氏(62)は「日本のコメはもっと輸出できる」と話す。今の輸出は高級品を中心に年間100トン。若い農家の意欲を引き出すなどで価格を引き下げれば、東南アジアや米国にも輸出できるとみる。「コメ不可侵の神話」の前で立ちすくむのではなく、自由化を視野に入れて農業全体の将来像を描く必要がある。」(2012/02/10付「日経新聞」p1より)

言うまでもなく、ここでTPP農業問題の是非を議論するつもりは毛頭ない。ただ、日本を代表する経済マスコミが、「まやかし」という刺激的な言葉を使って農水省の議論を喝破している点に興味を持つ。
何でもそうだが、人々の主張は、どの視点、どの立場で発言するかで大きく変わる。

話は飛ぶが、罪を犯した人は、その罪を逃れようと自分の無実を主張しているうちに、心の底から自分はしていない、と思うようになるそうだ。つまり、最初は自分でウソをついていると自覚していても、それを繰り返すうちに、自分は本当はやっていないのだ・・・と、心の底から思うようになってしまう・・・・

この議論も同じだ。日経の議論も含め、同じ目線の人たちだけで議論していても堂々巡りで前進は望めない。視点の違う人との議論からこそ、今後どうすべきか、が明確になってくる。
このTPPの農業問題も、先の日経の主張に、農水省がどう反論するのか楽しみである。そしてその議論をぜひ聞きたいものだ。すると、この日経の主張する事実とはまた別の事実が浮かび上がってくるだろう。だからTPPは議論にメリハリがあって(賛成・反対が明確に分かれていて)面白いのだ・・・。

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2012年2月 9日 (木)

今日は双葉山の生誕100年

昨日の日経新聞に、今日2月9日は大横綱・双葉山の生誕100年だという記事があった。少し長いが、なかなか面白い記事なので読んでみよう。

伝説の大横綱生誕100年 双葉山相撲道どこへ 堂々の勝負、各界学べ
 不世出の大横綱双葉山が9日、「生誕100年」を迎える。明治45年(1912年)2月9日生まれ。最後の明治人だった双葉山はどんな思いで現代の大相撲を見ているだろうか。相撲道混迷の時期に100年という節目は巡ってきた。
120209futabayama  同じ年に生まれた双葉山と一番仲が良くNHKの相撲解説を長く務めた玉の海梅吉さんは、双葉山を「本場所でも疑問を持たれる相撲は一番もなかった。そういう意味で彼の相撲経歴は、みごとなものだった」と評している。
 一昨年の横綱白鵬が、双葉山の69連勝に迫って偉大な横綱の伝説を浮かび上がらせた。それもつかの間、長年たまっていた不浄なものが、時代の滓(おり)となって、土俵に噴き出した。「何か相撲道だ」「何か心技体だ」と罵倒する声がやまなかった。大相撲はなお再生途上にある。
 発覚した八百長だけではない。とんだり跳ねたり、我先に立ち、勝つために手段は選ばない。勝てばいいという風潮に館内の失笑が絶えない。その応酬の見苦しさ、上に立つ力士が平気でやる相撲に、泉下の双葉山はあきれかえるばかりだろう。
 昭和43年(1968年)に56歳で亡くなる3ヵ月前に、当時、時津風理事長だった双葉山は、実業家の菅礼之助翁を訪ねてこう嘆いたという。「昔はいい相撲をとらねば人気も集まらず、ひいきのお客さんもつかなかった。今はただ勝ちさえすればいいというので勝負ばかりに熱中して、肝心の相撲が留守になりがちです。それを力士一同へやかましく教えていますが。なかなか耳に入らぬようです。だから仕切りの態度からしてダメです」(菅礼之助翁の「双葉山を憶う」から)
 まさに今日的課題で相撲道は危機的である。
 69連勝中、打倒双葉の出羽一門の参謀となって研究を重ねた笠置山(秀ノ山)は、双葉山が没した翌年、「相撲」誌2月号でこう回想している。
  「双葉を倒したら引退声明をするという気持ちであった。しかし、どうしても勝てない。『いんちきやってやろう』と思う。立ち合いけたぐりか跳ぶ作戦だ」
 ところが、1、2回仕切っているうちに「おれ、こんないんちきな相撲を取って双葉山に勝ったからって、自分の人生にどういう価値が加わるんだろうという考えになった。時間前に立ったが、いんちきはいやだ、堂々といこう」。結局、まともにいって敗れた。
 「ケレン」を嫌う
 「双葉山関の土俵人格が少し上だったんだ。それでそういう心境に引きずり込まれた。ほかの人とやるときは倒してやろうと思ったけれど、双葉関にはケレンをやって勝ってもしょうがないとつくづく思った」
 そしてこう総括する。「だから楽しく競技してきたですね、ぼくら。人間としてというか。その点、いまの勝負師を見ましても、ただ品物を作って売るという、何か商売的な感じを受けるんですね」。生涯、双葉山に勝てず17連敗したが、笠置山にはこう言い切れる。
 「ケレン」とは「外連」と書く。基本を外れたもので、邪道の意味である。ケレン味のない相撲というのは、基本にのっとった理にかなったいい相撲ということになる。
 こんなエピソードがある。名付け親の双川喜一氏が幕内中堅どころにいた双葉山に対し、なかなか勝てない男女ノ川相手に「明日は何とかして勝てよ」とハッパをかける。
 双葉山は黙って聞いていたというが、巡業の土俵ではいきなり飛びかかり両手で相手の首を巻き、両足の外掛けのようにすると男女ノ川の体はドーンと倒れた。「何であんなひどいことをしたんだ」と双川氏が尋ねると、双葉山は「あの男にはあんなことをしなけりゃ勝てない」と答えた。
 双川氏が勝てと言ったからかどうか聞かなかったそうだが、「たぶんそうであったろう。彼がいかにケレンを嫌っているか、これでもわかる。あんなことをすれば俺だって勝つという意味を形にして見せたのだと私は思っている」(昭和15年、「野球界」発行の夏場所相撲読物号)。
 精神継いだ賞を
 双葉山の不滅の書ともいうべき「相撲求道録」(昭和31年、黎明書房)には「相撲の道の遠くして、かつ深く、究めようとして究めつくすことの無い無限の道であることを痛感しているものです」とある。双葉山の求めていた「相撲の理念」を協会がまとめようという時に、双葉山は病に倒れた。
 今、相撲協会では場所中に、観客のアンケートで敢闘精神あふれる力士の評価をしている。ケレンのない堂々たる相撲を取りきる力士に『双葉山賞』を創設し、大相撲再生の道しるべとしたらいかがだろう。(編集委員 工藤憲雄)」(2012/02/08付「日経新聞」p35より)

先の相撲協会の理事長選で、北の湖が復帰したというニュースにはビックリしたもの。しかし、相撲もある意味、プロレスと同じ格闘技の見世物。真剣勝負を要求しても無理があるのかもね・・・
しかし、この双葉山の記事を読むと、相撲の歴史を真摯に受け継いでいる気概が感じられ、やはり普通の格闘技とは違うな・・・とも思う。

前にも書いたが、自分にとっての相撲は、初代若乃花の時代。まさに昭和32年、日活映画「若ノ花物語・土俵の鬼」を見てから、大の若乃花ファンになった(ここ)。そして、テレビの出始めの頃、街頭テレビなどで見たっけ・・・・。当時のテレビの、一番の見ものは、相撲とプロレス。

ところで、“けれん【外連】”という言葉は知らなかった・・・。広辞苑を引くと、ちゃんとした日本語らしい。
*広辞苑より~「け‐れん【外連】見た目本位の、俗受けをねらった演出・演技。早替り・宙乗り・水芸の類。はったり。ごまかし。」

勝ち負けと、勝負ぶりとは良く話題になる。高校野球の、甲子園での“松井秀喜5打席連続敬遠(1992年)”という事件もあった。結果として勝てば良いのか、それとも・・・
でも歴史に残る記録は、○か×・・・

勝ちと負け。勝負の世界だけでなく、政治の世界もサラリーマンの世界も、常にそれはある。出世競争もそうだし、人事抗争も同じ。もちろん物件の受注合戦も・・・・。
現役時代は、当然だが常に競争に明け暮れていた。そして年金世代になって、やっと一息。そして思う。あれは何だったのか・・・
今でこそ「負けるが勝ちさ・・・」とうそぶいている。負け犬の遠吠え、と言われても屁とも思わない。まあシルバー族として、それはそれで良いとしても、ふと現役時代を思い出し、自分の今までの人生の勝負で、はたして双葉山のような勝負をしていたのだろうか・・と思うと、ドキッとする。
まあ、終わった事を悔やんでも仕方がない。せめてこれからは正々堂々と勝負したいもの。(でも自分の場合、ほとんどの勝負の相手はウチのカミさん・・・。こりゃダメだな・・・・。勝負にならん。やはり“負けるが勝ち”だな・・・・)

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2012年2月 8日 (水)

e-Tax(電子納税)で所得税の還付請求に挑戦

うーん。大変だった。半日かかってしまった。何がって?電子納税・・・・

毎年、確定申告で医療費の還付請求をしている。それがここ数年、電子納税が進んでいるらしい。税務署からe-Tax(国税電子申告・納税システム)のお誘いのハガキまでもらった・・。
電子納税については、数年前に比較検討した結果、従来通り紙で申告することに決めたのであるが、補助金が今年は4千円で来年は3千円に下がると聞いて(?)、今年なぜかチャレンジしてみる気になった。
費用は、カードリーダー代と住民基本台帳カード代が必要。カードリーダーは、AmazonでシャープのOEMだというSANWA SUPPLYの「ADR-RW5100」を手配。送料無料で1,869円也。基本台帳カード代の500円に、電子証明書代500円を加えて、合計2,869円。補助金4千円なので金銭的にはお釣り出る。

基本台帳カードは、市役所に本人が行けば、直ぐに取れる。免許証の交付の時に登録した2つの暗証番号を覚えていれば、必要なのは免許証だけ。暗証番号を忘れても、健康保険証やパスポートなどを一緒に持って行けばOK。自分の場合、市役所に入って、カードを貰って帰るまで30分しかかからなかった。

カードリーダーと住民基本台帳カードが手に入ったので、早速手続きに入る。自分の場合、ポイントは、ブラウザの「ポップアップブロック」をどう無効にするか・・・・だった。IE8で、「ツール」→「ポップアップブロックを無効」にしたのでOKだと思っていたが、うまく入力できない。アイコンをたたいても次の画面に移らない。自分の場合、その原因はgooのツールバー(アドオン)だった。gooの「オプション設定」「ポップアップブロック」「ポップアップブロックを使用する」のチェックを外したら、やっとまともに動くようになった。それまでは、幾らボタンを押しても、次の画面が出てこなくてイライラ・・・・

国税庁の確定申告書等作成コーナー(ここ)で、順番に数字を入れながら、面白いことを発見した。自分のように給与所得者が国からの年金を貰っている場合、確定申告すると「納税しろ」となるのだ。厚労省からの源泉徴収票では、源泉徴収額はゼロ。どうもこれは給与所得が無い前提になっているらしい。よって申告書に会社からの源泉徴収票を入れると、年末調整をしているので、当然還付金はゼロ。そこに年金の源泉徴収票の数字を入れると、所得が多くなり、税の不足になる。よって“数万円払え”となる。税務署に電話で聞いたが、そういう仕組みらしい。よって、医療費の還付などをしない場合は、確定申告はしない方が良い。
自分のように、企業年金がある場合は、そっちのメリットの方が大きいので申告した方がよい。理由は、企業年金は一律7.5%を源泉徴収されている。確定申告すると、そのかなりの部分(自分の場合、企業年金で源泉徴収された額の6割以上)が還付される。扶養家族の有無によって変わるのだろうが、普通、かなり大きい額になる。
結論として、自分も、これに加えて医療費控除や、e-Taxの補助、投資信託の納税などを入れて確定申告することにより、かなりの額が戻ってくる。

電子申告は正直、結構大変。とにかく手続きが煩雑。暗証番号だけで、4つ(?)もある。やっているうちに、何が必要で、今自分は何が終わったかワケが分からなくなった。最初に必要な登録や、それぞれの暗証番号など、グチャグチャ・・・。それにHPの解説が多すぎる。全部読む人など居ないのでは?
でもメチャクチャしても、何とか受け付けられたので、まあOKとするか・・・・

一番大変だったのが、医療費の内訳をインプットすること。今までは、Excelの勝手に作ったリストに、領収書を付けて郵送していたが、今回は郵送を避けるため、明細をインプットする必要がある。人別、医療機関別に書いていったら、7頁にもなった。一つひとつに住所や病名まで入れさせられるので、住所をNetで調べながら・・・。
しかし今回は提出不要としても、領収書などは5年間保管しておく必要があるらしい。カミさんに言わせると「国民にやらせて、役人を楽にさせる仕組みさ」とのたまう・・・。
確かにこの仕組み、素人では結構大変・・・
まあ来年以降は、医療機関の住所なども控えたので、入力も少しは楽になるが、さてどうだろう・・・・・
結論は?? やはり紙で印刷して郵送した方が楽・・・だと思った。
まあ自分は一応カードリーダーもそろえてので、来年も電子申告するけど・・・・

毎年思うが、先の企業年金の天引き額(7.5%!!)はヒドイ・・・。企業年金を貰っている人は、絶対に確定申告して還付を受けないと損だ・・・・。(確実に数万円は戻る!?)
ヤレヤレ、アー疲れた・・・

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2012年2月 7日 (火)

「消費税と社会保障」

今朝の日経新聞のコラム「大機小機」のテーマは「消費税と社会保障」。曰く・・・

消費税と社会保障
 年明けに政府・与党が決定した素案を土台として、国会で社会保障と税の一体改革に関する議論が始まった。最大の目玉は何といっても2014年4月から8%、15年10月から10%へと消費税率を上げることだ。
 消費税というと、わが国ではまるで干尋の谷へ飛び降りるかのように論じられるが、これだけグローバル化を唱えているのだから、少し肩の力を抜いて広く世界へ目を開いてみたらどうだろう。フランスではサルコジ大統領が、今年の10月から付加価値税(日本の消費税に相当)を19.6%から21.2%に引き上げる方針を表明した。イタリアでも今年の9月から税率が21%から23%へ上がる。イギリスでは2年前に17.5%だったが、今は20%だ。
 いずれの国も公債の国内総生産(GDP)に対する比率はわが国よりはるかに低いが、財政再建と社会保障を確かなものにするためには付加価値税率を引き上げる必要がある、と速やかに決断した。
 日本で消費税率引き上げ反対の根拠となるのはマクロ経済に与えるマイナスの影響、とりわけ1997~98年の経験である。しかし当時のデータを見れば、落ち込みの主因は秋から本格化した金融危機だったと考えるのが自然だ。当時、日本経済の最大のリスクは不良債権問題だった。リスクが顕在化し信用収縮が起きたのが97~98年なのだ。
 今の日本経済にとって最大のリスクは財政赤字である。97~98年の政策運営を批判する人は、今や真っ先に消費税率引き上げ論者にならなければならないのではないか。
 15年に消費税を10%まで上げてもまだ財政再建への道は確かなものにならない。だから社会保障の給付増大を意味する「機能強化」などもってのほか、というのが財政再建至上主義者の主張である。しかしそれでは経済すなわち経世済民の目的である人々の厚生はどこかに行ってしまう。
 先月末に公表された2060年までの新しい人口推計でも出生率は1.35程度の低水準が続く見通しだ。若年世代向けの社会保障の機能強化が必要であることは明らかだろう。ただし消費税を上げてもまだ財源は不足しているのだから、メリハリをつけて現行の給付につき「効率化」も進めなければならない。社会保障の重要性を声高に唱えながら効率化に手を着けないのでは、ひいきの引き倒しに終わってしまう。(与次郎)」(2012/02/07付「日経新聞」p15「大機小機」より)

消費税率アップについては、“低負担・高福祉”は原理的に有り得ないので、まあ仕方がないのかな・・とも思う。
それよりも興味は年金だ。(自分も、やっと受給開始したので・・・)
120207nenkinsisan 昨日(2012/02/06)の新聞には、内閣府が世代別試算をした記事があった。それによると、「保険料支払額(企業負担含む)」と「年金受取額」との差は、1955年生まれ以上は“得”と出ている。つまり表で、自分の世代に近い1950年生まれで見てみると、502万円もらう方が多い。それに、個人が払う分がこの表の半分とみると、個人支払い額は約718万円、受取額は1938万円。3倍近く貰えるわけで、少なくても現シルバー世代はラッキー・・・!?(写真はクリックで拡大)

昨日の日経の同じ記事に「・・消費税率の引き上げはすべての消費者にかかるため、高齢者にとっては、年金など社会保障費負担の後払いという性格もある。・・」という記述があった。これも、ナールほど・・・

消費税でいつもノドに引っ掛かっているのが、事業者のうち、2年前の売上高が1,000万円以下である小規模事業者については消費税を納める義務が免除される、というルール。確かに事務の繁雑さを考えると仕方がないのかも知れない。しかし、客から預かった税金を自分の儲けにしてしまうと言うのは、腑に落ちない・
・・・と、こんなサイト(ここ)を見付けた。

「免税事業者でも消費税を請求できる?
販売などの際受け取る消費税は、価格の一部であって預かり税金ではありません。消費税を合わせて代金を受け取るのは、消費税相当額である5%分を価格に転嫁して販売しているに過ぎませんから、免税事業者が消費税相当額である5%を価格に上乗せして販売することについては、消費税法上問題ありません。免税事業者であっても仕入の際は、5%相当額の消費税を負担しているわけですから、その分価格に上乗せしないと利益が圧迫されることになりかねません。免税事業者が消費税相当額5%相当額を価格に上乗せして販売することと消費税の納税義務が免除されていることとは、まったく別の問題です。」(
ここより)

・・・ナールほど。小規模事業者は、もし消費税分5%を上乗せして売っているとした場合、仕入れを除いた自分の付加価値分の5%が助かるだけ。預かった税金を懐に入れている訳ではないのだ。Netは色々教えてくれる・・・・

しかし先の消費税の話は、記事を読んでいてもどこか他人事。しかし「メリハリをつけて現行の給付につき「効率化」も進めなければならない。」という記述には過激に反応する。
つまり、「何をやっても良いが、少なくてもオレの年金には手を付けるなよ」「オレを巻き込むなよ」と第2の自分が言っている・・・。
何とも、「知足」(ここ)にほど遠い自分ではある。

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2012年2月 6日 (月)

藤山一郎と島田祐子の「平城山(ならやま)」

自分がよく聞くいわゆる名曲は、ほとんど紹介し終わったと思っていたが、「平城山」が抜けていた・・・。
まずは、自分が高校2年の時(48年前)に買ったレコードから、藤山一郎の歌で聞いてみよう。(もちろん音は悪いが・・・⇒CD音源に交換)

<藤山一郎の「平城山」>

「平城山(ならやま)」
  作詞:北見志保子
  作曲:平井康三郎

人恋ふは 悲しきものと
平城山に
もとほり来つつ
堪えがたかりき

古へも夫に恋ひつつ
越へしとふ
平城山の路に
涙おとしぬ

名歌曲「平城山(ならやま)」は、北見志保子の作詞、平井康三郎の作曲による。昭和9年に短歌が生まれ、翌年に作曲されたという。
自分の歌詞オンチ(歌詞の意味を味わわないで聞くこと)は、歌謡曲だけでなく、こんな名曲も同じだ。どんな意味か分からぬまま聞いていた。この際、少し“勉強”しようと思ったが、その解説を記したサイトは少ない。しかし見付けた・・・。(ここ)を読むと、その全てが分かる。
それによると、
「歌の意味は 「人を恋することは哀しいものです。平城山にさ迷ってきましたが、やはり堪えがたいものです。昔にも夫を恋しいと思いながら平城山を越えてきた女性がいました。その平城山の道に私も涙を落としてしまいました」ということです。」 ここより)
  *「広辞苑」より=もとお・る【回る・廻る】モトホル めぐる。まわる。徘徊する。古事記中「い這ひ―・り」

先のサイト(ここ)を読むと、この歌の背後には、人間“北見志保子”の人生が息づいているので面白い。決して望まぬ結婚ではなかったが、夫の元に通ってくる12歳年下の慶応大の学生と良い仲となり、結局夫とは大正11年に協議離婚。その時の夫の歌が「かりそめにちぎりしことと思はねど去りゆく心つなぐすべなし」・・。何とも可哀想・・・
ところが学生の父親がフランスへ留学させてしまった・・・・。
その後、大正14年にフランスから帰ったその学生と結婚するのだが、この歌は遠い外国の恋人を想って作られたのだろうか?

同じく(ここ)によると、こうある。
「『土佐史談』という本に出ている「北見志保子の平城山」という記事である。この歌が作られた年月日や場所、初出の歌誌まで突きとめられている。橋田氏はそれは昭和9年11月11日のことだと推定している。」

つまり、時期的には恋人に去られた傷心の大正末期の時期と、作られた昭和9年の時期とが合わないのだが、名曲の背景に、このような恋物語があったと思うと、何とも情熱的で楽しい。(自分はてっきり、万葉集とは言わないまでも、昔の何かの“読み人知らず”の歌集から採ったものだとばかり思っていた)

最後に口直し(失礼!)に、良い音でもう一度聞いてみよう。自分の持っている音源13曲の内で、一番心に沁みる歌唱である。

<島田祐子の「平城山」>

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2012年2月 5日 (日)

「知足」を知る

雑誌「大法輪」(2012年2月号)に、「知足」についての話が載っていた。曰く・・・

現代社会に禅の教えを生かす
  曹洞宗 徳雄山建功寺住職 枡野俊明
・・・情報化の進展により、見なくても良かった情報、或いは知らなくても良かった情報までが自然に入って来てしまう。知らなければそのままで済んだものが、知ってしまうと人の欲望に火が付き、欲望は限りなく膨らみ、留まるところを知りません。
 欲しいものを手に入れても、それだけでは満足できず、すぐまた次のものが欲しくなってしまう。もっといいもの、もっと新しいものと、執着心がどんどん膨らんでゆきます。これが「欲望のスパイラル」「執着心のスパイラル」です。こんな欲望には際限がありません。
・・・しかもその欲望はものだけではありません。人間関係でも仕事でも、「もっと欲しい」と思うことがある。ものが一つ増えても、人脈の輪が一つ広がっても、仕事で一つ成果を上げても、満足することは出来ないのです。もっと身近な事柄をいえば、他人と比較して少しでも自分が上になりたいと願う。同僚より出世したい。よその子より自分の子のほうがいい学校に入ってほしい。隣の家よりいい車に乗りたい。これらの心が皆、執着心です。

■「知足」を知る
 それでは、そのスパイラルから抜け出すには、どうしたらよいのでしょうか。
 それは、自分自身を見失わないことです。「本来の自分」はどう感じているのか。何をしたいのか。また、欲しいと思う気持ちの裏には何かあるのか、を考えることです。たいていの人は、まったく使っていないものを持っていると思います。なぜ買ったのに使わないのでしょう。それは、本当に必要ではないのに見栄や体裁、或いは、「欲しい」という欲で買ったもので、持っていることで満足しているのです。
 また、携帯電話には沢山の友人や仲間の電話番号が登録されており、始終電話やメールでやり取している。手帳にいつも空白がないほど予定がぎっしりと詰まっている。それが自慢でもあり、自らの安心でもあると思い込んでいる。そういう友人や仲間は一人でも多いほうが良いと信じ込んでいる人も多いのです。これも「欲」です。もちろん生きてゆくためには、ある程度の「欲」も必要ですが、わきまえも必要です。そして何よりも先ず、今を「ありがたい。もう、十分だ」という気持ちで総てを受け止めることです。その心を禅では「知足(ちそく)」といいます。
 この「足るを知る」という言葉は、お釈迦様が亡くなられる前に説法をしたものを、弟子たちが纏めた「遺教経(ゆいきょうぎょう)」というお経の中に次のように説かれています。

  「多欲の人は利を求(もとむ)ること多きが故に苦悩も亦(また)多し。少欲の人は無求無欲(むぐむよく)なれば即ち此の患(うれ)いなし、直爾(ただち)に少欲すら尚(な)お応(まさ)に修習すべし、(中略)汝等比丘(なんだちびく)、若し諸(もろもろ)の苦悩を脱せんと欲すれば、当(まさ)に知足を観ずべし。知足の法は即ち是れ富楽安穏(ふらくあんのん)のところなり」

 多欲、即ち、貪りの心の強い人は、利益を追求しようとするから、苦悩も多く、少欲の人は、欲望を制することが出来るから、苦しみも少ない。そして、足ることを知る人は、どんなところにあっても心が富んでいるが、足ることを知らない人は、どんなに恵まれていても心は貧しいと説いている。
 心に思い当たるところはないでしょうか。現代社会は、便利な社会ではありますが、また誘惑も多い社会なのです。知らず知らずのうちに「執着心のスパイラル」に巻き込まれている場合が多いのです。
 そんな社会で上手に生きるためには、ほどほどを知って、少しの欲望と調和して生きる。そして「今あるもので十分だ」と思って生きる。その気持ちでいれば、むやみに周囲に惑わされることなく、いつも心豊かで、充実した生活が送れるのです。・・・」(雑誌「大法輪」2012年2月号p23より)

知足については、前に何度か書いている(ここ)(ここ)。あれからもう5年・・・。それで少しは人間が変わったか?? ウーン・・・

自分のサラリーマン生活も、既にラインからサポートに回っているので、別段上昇意欲もなく、また年金の受給が始まったので、そう金銭への執着も無く(たぶん・・・・)、家族もそれぞれ何とかやっているので、まあそんなもの・・。
ふと振り返って、一番執着が無くなったのは、仕事関係を除くと車ではないかと思った。(ここ)にも書いたが、今乗っているコンパクトカー(ヴィッツ)が最高だ。鼻先が短いので小回りもきくし、前にデカイ3ナンバーに乗っていたのがバカみたい・・・・。これはまさに「本当に必要ではないのに見栄や体裁、或いは、「欲しい」という欲で買ったもので、持っていることで満足しているのです。」という指摘通りだ。

話は飛ぶが、最近「受け流す」という言葉が気に入っている。若い頃は(今でも?)、誰かに何か“気にくわないこと”を言われると、腹のムシが治まらず、イライラして家に持ち帰り、家族に当たり、寝るまでその事が頭から離れなかった。
しかし最近、それがバカバカしくなってきた。何か言われても、その事から少し距離を置いてスッと体を躱(かわ)し、聞き流して屁とも思わない・。それがベテランの生きる知恵では・・と思い出した。
要は、価値観が違う人とは、永久に理解し合えることはない。と開き直って、まともに正面からぶつかるのではなく、体をかわすことによってストレスからも体をもかわす。そんな生き方もあるのでは??

物欲に対しても、物事の捉え方に対しても、何か“一歩引いて眺めたいな・・”と思うシルバー族の今日この頃ではある。

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2012年2月 4日 (土)

「企業博物館ベスト20」+元の会社の同窓会

この記事も自分の備忘録である。少し前だが、朝日新聞に「大人が楽しめる企業博物館~歴史的な資料。収蔵品がずらり」という記事で、企業博物館ののベスト20が載っていた。

  <企業博物館ベスト20>~朝日新聞より
  ①印刷博物館/東京     91点
  ②資生堂企業資料館/静岡 85点
  ③産業技術記念館(トヨタテクノミュージアム)/名古屋 71点
  ④東芝科学館/川崎     67点
  ⑤内藤記念くすり博物館/岐阜 66点
  ⑥トヨタ博物館/愛知    64点
  ⑦日本郵船歴史博物館/横浜 57点
  ⑧食とくらしの小さな博物館/東京 55点
  ⑨鉄道博物館/さいたま   54点
  ⑩UCCコーヒー博物館/神戸 52点
  ⑪松下幸之助歴史館(パナソニックミュージアム)/大阪 51点
  ⑫たばこと塩の博物館/東京 45点
  ⑬花王ミュージアム/東京   44点
  ⑭竹中大工道具館/兵庫   41点
  ⑮インスタントラーメン発明記念館/大阪 40点
  ⑯御木本幸吉記念館と真珠博物館/三重 36点
  ⑰日本はきもの博物館/広島      30点
  ⑱三菱重工長崎造船所史料館/長崎 25点
  ⑲中冨記念くすり博物館/佐賀     24点
  ⑳サッポロビール博物館/北海道   23点

  (詳細版はここ)(2012/01/28付「朝日新聞」b2頁より)

Image08951 ふと、前にも書いた事があったけ・・と探したら、3年前に日経新聞による「おすすめの「企業博物館」ベスト10」(2009/1/19)を書いていた(ここ)。

内容は同じ。それで、前の日経のベスト10と重なった博物館を太文字としてみた。つまり、太文字の8つは、朝日と日経の2紙に推薦されているということ・・・

海外旅行も良いが、身近にある博物館等も、シルバー族の時間潰しにはもってこい。たぶん当サイトのコンセプトである「へえー」と思うだろう。
要は、行く気になるかどうかだな・・・。足が痛くなったらもう行かない。腰痛になっても行かない。つまりこのような不要不急のお出掛けは、体調に異変が出ると直ぐに行かなくなる。だから、こんな博物館に行くチャンスは意外と少ないのだ。

どう?足腰にまだ自信のある今、御神輿を上げてみたら??(←何? 誰に向かって言っているのかって?? もちろん自分に・・さ)

上の記事と全く関係のない話だが、今日の夜、横浜の中華街で、元の会社のいわゆる同窓会があった。15人ほど集まったが、この会では諸先輩の中で自分など下から2~3番目!? 近況報告でこんな話が・・・・
76歳の元営業課長:「毎朝起きる時間が不定期なので、最近は7時45分に起きる事にした」
90歳の元営業部長:「7時45分なんて遅い!6時に起きて6時半から体操をしなくちゃ」
74歳の先輩:「(小さな声で)オレだって起きるのは8時。(NHKの朝ドラの)“カーネーション”を布団の中から見ている」・・・

自分も休日は8時過ぎまで寝ているので、90歳の大先輩の元気さには参った。現役当時は雲の上の存在で、ほとんど話した事が無かったが、毎年この同窓会での、そのかくしゃくぶりには恐れ入る。声も朗々と大きく、さすが・・・・・~~。しかも昨年の3月11日の震災の時は、奥さまとスカイツリー見物に行っていたとか・・。浅草で食事をして、ちょうど家に帰ったところで震災・・。90歳を超えてスカイツリー見物とは、これまた参った・・・
引退後の時間つぶしの事を書いている自分が、何とも恥ずかしいような・・・

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2012年2月 2日 (木)

りりィの「心が痛い」

何度も書いているが、NHKのFM放送は過去の色々な歌を今に蘇らせてくれる。この歌もそうだ・・・。
先日、りりィの1973年発売の「心が痛い」という歌を“初めて”聞いた。何という歌だろう。歌の前半はバラード風の流れなのだが、後半は激変してロック調になる。何とも不思議な歌で、つい何度も聞いてしまった。

<りりィの「心が痛い」>

「心が痛い」
  作詞・作曲:りりィ

めずらしく街は 星でうずもれた
透みきるはずの 体のなかは
氷のように 冷たい言葉で
結ばれた糸が ちぎれてしまう
 心が痛い 心がはりさけそうだ
 なにも いわないで
 さよならは ほしくないよ

ふたりの間に ひびわれたガラス
小さくふるえる うしろ姿も
終わりがきたのを 知らせるように
だんだん涙に 消えていった
 心が痛い 心がはりさけそうだ
 なにも いわないで
 さよならは ほしくないよ

 心が痛い 心がはりさけそうだ
 心が痛い 心がはりさけそうだ
 心が痛い 心がはりさけそうだ

りりィの歌では、「私は泣いています」はヒットした当時から良く知っていて、カラオケでも良120202lilykokoroga く歌ったが、「心が痛い」はその前年の作という。知らなかった・・・。
でもこの歌、後半のロック調が好き。何かの歌にこのリズムは似ている・・。井上陽水の「傘がない」かな? それともピンク・フロイド?(ここ
ともあれ、自分は何故か後半のロック調の部分が好き・・・。このドラムス・・・

歌詞は何とも難しい。論じるには自分のセンスが足りない・・・。しかし「心が痛い」とは、何と刺激的な言葉だろう。その言葉から、色々な情景が目に浮かぶ・・・。

しかしFM放送は自分にとって、色々な楽曲を良い音で提供してくれる有り難い存在。
・・・・と、何と!自分のMP3のライブラリーに「心が痛い」があった。05年に録音していた。過去、既に自分のライブラリーに取り込んだのに、初めて聞いた、と勘違い・・・
いや、当時は、聞いてもあまり印象に残らなかったのだろう。でも改めて発見!自分にとっては新曲、新境地の開拓であった。
(なお「りりィ」は、平かなで“りり”+カタかなで“ィ”が正しいらしい。でもレコードのジャケットはカタかなで「リリィ」)

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2012年2月 1日 (水)

「健康になれる」思い込みも大事

今日は、昨日(ここ)の続きのような話・・・。
先日の日経新聞のコラム「抗加齢を学ぶ」にこんな記事があった。

「“健康になれる”思い込みも大事
 年をとると思い込みが激しくなり、他人の意見をあまり聞かなくなる。頑固でどうしようもないと思われがちだが、これが老後のアンチエイジングの実践に役立つ。現役で働いている時は、独りよがりにならないようにいろいろな人の意見も聞いて行動するため、何かとストレスがたまる。上司に叱られたりチームワークが取れなくなったりすれば気分も落ち込む。
 しかし、引退して自由な老後は、他人に迷惑さえかけなければ、気を使うことはもはや必要ではない。年をとると自分がいつも正しいと思い込んでいるため、他人のことなど気にもならない。マイペースでストレスのない生活ができるのだ。何事も一途に思い込んでいると願いがかなうことも多い。
 このような思い込みだけで病気が予防でき、元気になれる。医学的には関係なさそうなことでも、これが自分の健康法だと思い込んでいれば健康になれる場合もある。食事、趣味、運動、旅行など、何でもいいので「これをすれば健康で長生きできる」という思い込みをして、独自の健康法を実践してほしい。これこそ高齢者にのみできるアンチエイジング法だ。(京都府立医科大学学長 吉川敏一)」(2012/01/27付「日経新聞」夕刊p7より)

“ガンコ親父”を、こうも率直に認めてくれるとは・・・・。
なるほど・・・。確かに年寄りは思い込みが激しく、人の言うことを聞かない。それは、他人の言うことを聞く必要がない日常生活から来ていたのだ・・・・。

振り返ってみると、自分はまだ、ガンコ親父の域までは達していない(・・・と思う)。まだ半分サラリーマンなので、そこまでは達していないのかも・・・。でもホントウに引退した場合には、他に気を使う必要は無い。でも、カミさんにだけは気を遣う??

話は戻るが、“思い込みの健康法”という言葉を聞いて、自分の祖母を思い出した。明治27年生まれだった祖母は、自分が結婚した年に亡くなった。その祖母は、毎朝、梅干しに砂糖をかけて食べるのが日課だった。長生きの秘訣だと、友人や息子や娘の家に行っても、それだけは欠かさなかったという。その御利益か、または心経を写経していた御利益かは分からないが、芝居を見に行った時に脳溢血で亡くなった。82歳の死は、ある意味理想的な死・・・。(もっともウチは、親父がマージャンをしながら亡くなったりしているので(ここ)、自分も何か楽しい趣味をしながら・・・と期待しているのだが・・!?)

それで・・・自分の“思い込みの健康法”は??
最近、自分がよく口にしているのが「こんな美味いものを食っていて、病気になるはずはない」。これは、“(この世には)こんなに美味いものが沢山あるので、勿体なくて簡単には死ねないぞ・・”がホンネかも・・・。(←なおこれは、多分にカミさんへの“ゴマすり”も含んでいるので、念のため・・)
もう一つあった。「人間ドックには行かない!」。気の弱い自分の場合、病気が見つかるとそれに囚われて病状がかえって悪化することが確実なため、病気に対しては「見ざる・聞かざる・言わざる」。(トホホ・・・)
「病は気から」。せっかく頂いた命。自分の健康を“思い込み”ましょう~~。

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