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2012年2月 9日 (木)

今日は双葉山の生誕100年

昨日の日経新聞に、今日2月9日は大横綱・双葉山の生誕100年だという記事があった。少し長いが、なかなか面白い記事なので読んでみよう。

伝説の大横綱生誕100年 双葉山相撲道どこへ 堂々の勝負、各界学べ
 不世出の大横綱双葉山が9日、「生誕100年」を迎える。明治45年(1912年)2月9日生まれ。最後の明治人だった双葉山はどんな思いで現代の大相撲を見ているだろうか。相撲道混迷の時期に100年という節目は巡ってきた。
120209futabayama  同じ年に生まれた双葉山と一番仲が良くNHKの相撲解説を長く務めた玉の海梅吉さんは、双葉山を「本場所でも疑問を持たれる相撲は一番もなかった。そういう意味で彼の相撲経歴は、みごとなものだった」と評している。
 一昨年の横綱白鵬が、双葉山の69連勝に迫って偉大な横綱の伝説を浮かび上がらせた。それもつかの間、長年たまっていた不浄なものが、時代の滓(おり)となって、土俵に噴き出した。「何か相撲道だ」「何か心技体だ」と罵倒する声がやまなかった。大相撲はなお再生途上にある。
 発覚した八百長だけではない。とんだり跳ねたり、我先に立ち、勝つために手段は選ばない。勝てばいいという風潮に館内の失笑が絶えない。その応酬の見苦しさ、上に立つ力士が平気でやる相撲に、泉下の双葉山はあきれかえるばかりだろう。
 昭和43年(1968年)に56歳で亡くなる3ヵ月前に、当時、時津風理事長だった双葉山は、実業家の菅礼之助翁を訪ねてこう嘆いたという。「昔はいい相撲をとらねば人気も集まらず、ひいきのお客さんもつかなかった。今はただ勝ちさえすればいいというので勝負ばかりに熱中して、肝心の相撲が留守になりがちです。それを力士一同へやかましく教えていますが。なかなか耳に入らぬようです。だから仕切りの態度からしてダメです」(菅礼之助翁の「双葉山を憶う」から)
 まさに今日的課題で相撲道は危機的である。
 69連勝中、打倒双葉の出羽一門の参謀となって研究を重ねた笠置山(秀ノ山)は、双葉山が没した翌年、「相撲」誌2月号でこう回想している。
  「双葉を倒したら引退声明をするという気持ちであった。しかし、どうしても勝てない。『いんちきやってやろう』と思う。立ち合いけたぐりか跳ぶ作戦だ」
 ところが、1、2回仕切っているうちに「おれ、こんないんちきな相撲を取って双葉山に勝ったからって、自分の人生にどういう価値が加わるんだろうという考えになった。時間前に立ったが、いんちきはいやだ、堂々といこう」。結局、まともにいって敗れた。
 「ケレン」を嫌う
 「双葉山関の土俵人格が少し上だったんだ。それでそういう心境に引きずり込まれた。ほかの人とやるときは倒してやろうと思ったけれど、双葉関にはケレンをやって勝ってもしょうがないとつくづく思った」
 そしてこう総括する。「だから楽しく競技してきたですね、ぼくら。人間としてというか。その点、いまの勝負師を見ましても、ただ品物を作って売るという、何か商売的な感じを受けるんですね」。生涯、双葉山に勝てず17連敗したが、笠置山にはこう言い切れる。
 「ケレン」とは「外連」と書く。基本を外れたもので、邪道の意味である。ケレン味のない相撲というのは、基本にのっとった理にかなったいい相撲ということになる。
 こんなエピソードがある。名付け親の双川喜一氏が幕内中堅どころにいた双葉山に対し、なかなか勝てない男女ノ川相手に「明日は何とかして勝てよ」とハッパをかける。
 双葉山は黙って聞いていたというが、巡業の土俵ではいきなり飛びかかり両手で相手の首を巻き、両足の外掛けのようにすると男女ノ川の体はドーンと倒れた。「何であんなひどいことをしたんだ」と双川氏が尋ねると、双葉山は「あの男にはあんなことをしなけりゃ勝てない」と答えた。
 双川氏が勝てと言ったからかどうか聞かなかったそうだが、「たぶんそうであったろう。彼がいかにケレンを嫌っているか、これでもわかる。あんなことをすれば俺だって勝つという意味を形にして見せたのだと私は思っている」(昭和15年、「野球界」発行の夏場所相撲読物号)。
 精神継いだ賞を
 双葉山の不滅の書ともいうべき「相撲求道録」(昭和31年、黎明書房)には「相撲の道の遠くして、かつ深く、究めようとして究めつくすことの無い無限の道であることを痛感しているものです」とある。双葉山の求めていた「相撲の理念」を協会がまとめようという時に、双葉山は病に倒れた。
 今、相撲協会では場所中に、観客のアンケートで敢闘精神あふれる力士の評価をしている。ケレンのない堂々たる相撲を取りきる力士に『双葉山賞』を創設し、大相撲再生の道しるべとしたらいかがだろう。(編集委員 工藤憲雄)」(2012/02/08付「日経新聞」p35より)

先の相撲協会の理事長選で、北の湖が復帰したというニュースにはビックリしたもの。しかし、相撲もある意味、プロレスと同じ格闘技の見世物。真剣勝負を要求しても無理があるのかもね・・・
しかし、この双葉山の記事を読むと、相撲の歴史を真摯に受け継いでいる気概が感じられ、やはり普通の格闘技とは違うな・・・とも思う。

前にも書いたが、自分にとっての相撲は、初代若乃花の時代。まさに昭和32年、日活映画「若ノ花物語・土俵の鬼」を見てから、大の若乃花ファンになった(ここ)。そして、テレビの出始めの頃、街頭テレビなどで見たっけ・・・・。当時のテレビの、一番の見ものは、相撲とプロレス。

ところで、“けれん【外連】”という言葉は知らなかった・・・。広辞苑を引くと、ちゃんとした日本語らしい。
*広辞苑より~「け‐れん【外連】見た目本位の、俗受けをねらった演出・演技。早替り・宙乗り・水芸の類。はったり。ごまかし。」

勝ち負けと、勝負ぶりとは良く話題になる。高校野球の、甲子園での“松井秀喜5打席連続敬遠(1992年)”という事件もあった。結果として勝てば良いのか、それとも・・・
でも歴史に残る記録は、○か×・・・

勝ちと負け。勝負の世界だけでなく、政治の世界もサラリーマンの世界も、常にそれはある。出世競争もそうだし、人事抗争も同じ。もちろん物件の受注合戦も・・・・。
現役時代は、当然だが常に競争に明け暮れていた。そして年金世代になって、やっと一息。そして思う。あれは何だったのか・・・
今でこそ「負けるが勝ちさ・・・」とうそぶいている。負け犬の遠吠え、と言われても屁とも思わない。まあシルバー族として、それはそれで良いとしても、ふと現役時代を思い出し、自分の今までの人生の勝負で、はたして双葉山のような勝負をしていたのだろうか・・と思うと、ドキッとする。
まあ、終わった事を悔やんでも仕方がない。せめてこれからは正々堂々と勝負したいもの。(でも自分の場合、ほとんどの勝負の相手はウチのカミさん・・・。こりゃダメだな・・・・。勝負にならん。やはり“負けるが勝ち”だな・・・・)


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コメント

当時、時津風理事長だった双葉山は、実業家の菅礼之助翁を訪ねてこう嘆いたという。「昔はいい相撲をとらねば人気も集まらず、ひいきのお客さんもつかなかった...の菅礼之助の孫が、礼之助の別の顔である「俳人菅裸馬」(角川書店)として、昨年7月に出版しています。173句の俳句の紹介のほか、その時代の出来事、人との交流などが描かれています。双葉山とのエピソードにもページが割かれていて、菅と双葉山のツーショットの写真も載っています。手に入りにくい本ですが、どこかで探してみてください。

【エムズの片割れより】
なかなか奥が深いですね。自分にとって俳句は門外漢ですが、機会があったら読んでみようと思います。ありがとうございました。

投稿: 長瀬達郎 | 2012年2月17日 (金) 23:22

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