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2012年1月の27件の記事

2012年1月31日 (火)

ラジオ深夜便「食べることは生きること~料理研究家・城戸崎愛」

NHKラジオ深夜便「人生“私”流~食べることは生きること 料理研究家 城戸崎愛」(2012/01/28・29放送)を聞いた。87歳とは思えないハツラツとした声。シルバー族の(失礼!)生き方の模範の姿があるように思いつつ、この番組を聞いた。先ずはこの声を聞いてみよう。

<「ラジオ深夜便」より 料理研究家・城戸崎愛>


(後半の番組の全部(30分間)をお聞きになる方は(ここ)をクリックして数分待つ)

気になった言葉をメモしてみると・・・
「城戸崎愛は結核が治った29歳のときに、12歳年上の夫と見合い結婚。貧しい栄養不足から結核になったことで、食事の重要性を認識。新婚当時の30歳台でガン。寝ていながら、このまま死んだら、私は何のために生きていたのか、何も残らない・・・と思った。何か残して生きている証を残さなければ、と思ったとき、子供もいないので料理しかなかった。
料理を教えたのは、その病院の女医さんがスタート。当時は珍しかったフレンチトーストとか・・・
・・・・
ある程度、一生懸命生きていたのだから、そんなに悪い事が起こるはずがない、と思い込む事にしている。そうでないと自分の生きてきた事に対して悲しい。
・・・・
120131kidosakiai 85歳を機に体力が下り坂。それは自然現象だから、上手に受け止めながら、誤魔化しながら生きていかないといけない。動けないなら動けないなりに、楽しい事を見付けて、自然体で、頑張らないで、気楽に残りを生きた方が良いという域に達した。自分の出来ることで楽しみは何か・・と探して、一人遊びが出来るように。
夫に先立たれて一人になった時、暗く考えると悲しい。明日はこの楽しみをやろうとして寝る。楽しみを自分の中で見付ける。
便利な電話で、友達と話しているとうっぷんが晴れる。会話は大事。本を読むときも音読が好き。
キムタクが好きで、写真は3000枚にもなった。昨年までライブに行った。
・・・
福沢諭吉の「心訓」(ここ)とともに「今日も生涯の一日なり」という言葉が好き。今日も無事に生きていて良かったな・・と。当たり前の今日が過ごせたことに感謝をし、明日が迎えられることに感謝をする。
・・・・
さっきも言ったが、ある程度のことを一生懸命して過ごしてきたので、そんなに悪い結果が出るはずがない、と、自分がやってきたことを悪く取らないで、絶対に何とかうまく行くはずだ、と思い込む。
“一日に一度、必ず感動しろ”と言われたことがあるが、これも大事。・・・」

それにしても、「85歳から下り坂になった」と話す城戸崎さん・・。これは “老化のスタートが85歳”とも聞こえるお話。自分より20数歳年長の人がこんな姿勢だと、今の自分は何なんだ!・・とも思う。まだまだ自分は青い!?

しかしこの話には、「医食同源」と「病気は気から」、そして現実を素直に受け入れる姿勢が見て取れ、ナールほど・・・・
この方のエネルギーの源泉は「ミーハー」かな?・・・
結局、物事に興味を持つこと、感情の起伏を大事にすること、つまりは、いつまでも人間らしく生きることこそが、人生を楽しむ秘訣かも・・・
今日は、大先輩の軽口(?)を感心して聞いた・・・・。

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2012年1月30日 (月)

日本の人口~50年後に2/3、22世紀には1/3に

今日の夕刊やTVニュースのトップは、日本の50年後の推計人口の話題だった。曰く・・・

出生率1.35に上方修正=高齢者、30年後にピーク-人口推計・厚労省
 厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所は30日、2060年までの日本の将来推計120130jinkou1 人口を公表した。女性が生涯に産む子どもの数である合計特殊出生率は、最も実現性の高い中位推計で「1.35」となり、前回(06年)の推計値1.26を上方修正。総人口は10年の1億2806万人から60年には8674万人と、半世紀で約4100万人減少すると予測した。高齢者人口は42年に3878万人でピークに達する。
 出生率を前回推計値の1.26から0.09ポイント上方修正したのは、30代の出産増などで過去5年間の出生率が回復したことを反映させたため。
120130jinkou2  推計人口は国勢調査を基にしてほぼ5年ごとに見直す。年金、医療など社会保障制度の設計に関する基礎データとなる。今回の推計は、民主党が掲げる新年金制度など、今後の社会保障制度改革の議論にも影響を与えそうだ。」(
ここより)(2012/01/30)

半世紀後に日本の人口は2/3になる・・・という。

同じような話題で、少し前の放送だがNHKラジオ深夜便で「「人口減少時代の発想」奈良女子大学大学院教授 中山徹」(2012/01/07放送)を聞いた。日本の人口は、90年後の22世紀には、何と1/3の、明治時代と同じ4000万人台まで減るという。つまり、半世紀ごとに日本の人口は1/3ずつ減って行く・・・。

この番組で気になった言葉をメモしてみた。
「先進国の中でもアメリカのように人口が増える国もあるが、ドイツやイタリアなども減ると見込まれている。しかし日本の減り方は一番早い。
原因は少子化。合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子供の平均数)は、日本は1.39人。これが2.08人以上ないと人口は減っていく。
背景は、結婚する年齢が上がっており、子どもを持つ年齢が後にずれている。それと結婚しない人が年々増えている。
男性が結婚するかしないかの大きな理由は、正社員になれているかどうか。正社員になれないことで、安定した給料がもらえない。よって結婚や子育てが、しにくい。
30台男性が結婚しているかどうかは、正職員になっているかどうかと、強い相関があり、正社員の場合は配偶者が居る比率が6割位、非正社員の場合はその半分で3割位。
同時に、ヨーロッパに比べて子育てにお金が掛かるもの日本の特徴。国立大学の授業料が年間50万円というのは、先進国の中でも高い。
これからは人口が減ってもマイナスにならない仕組みを早く作る必要がある。
日本の社会は、人口が増えることを前提に作られている。人口が減ることを前提にした諸制度は皆無。
年齢構成も、2005年と50年後の2055年推計との比較では、65歳以上の高齢者が20%⇒41%、15歳以下の子どもの比率は14%⇒8%。
既に人口減に見舞われた旧東ドイツでは、まず減築。建物の規模を小さくする。または住人を集めて、余った所を壊して公園にするとか。それと、街全体の規模を小さくする取り組み。人口が半分になったら、面積も半分にする。東ドイツの場合、減築は既に進んでいるが、街の縮小はまだ始めた所で、うまく行くかどうかは分からない。
日本では、大阪の大都市圏が一番減少率が大きい。バブル経済時代に開発された郊外の住宅地では、この20年間で2割位の人口減が発生。
フランスでは、企業がその地域から撤退する場合は、失われた雇用の保証を企業が行う、などのルール作りが行われている。
日本は、世界で最初に人口減に見舞われるので、見本がない。しかし、それを計画的に対応する事によって、失われた景観を取り戻したり、例え人口や産業が減っても、豊かな生活にする事は出来る。それには早く計画的に実行する必要がある。・・・」

当サイトでは、今まで何度か人口減について書いてきた。しかし、22世紀には明治時代の人口に戻ってしまうとは・・・。それに1/3という数字はショック。繁華街も農村も、全て人が1/3になると想像すると、空恐ろしい・・・。
こんな世の中をどう捉えたら良いのだろう。(・・と言っても、どうせ自分は生きていないのだから、どうでも良いのではあるが・・・・)
マイナス方向で捉えると、まさに少子高齢化が直らないのだから、今予想されているあらゆる懸念事項が顕在化する。年金問題然り、国の借金問題然り、世界における日本の地位低下も・・・。
逆に、プラス方向で考えると、1人当たりの空間が3倍に増えるので、空気はキレイになるし、使用エネルギーが減って、地球温暖化にも貢献。土地も広く使えるし、ラッシュアワーだって電車に座れる!?

ともあれ、今の日本の即効薬は合計特殊出生率を上げるしかない・・・。つまり子供サマサマ・・・
するとやはり当サイトの持論である“国立・お見合いセンターの設立”しかあるまい(ここ)。(できた子どもをどう育てるか・・・の問題はあるけど・・、マ、取りあえず・・・!?)

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2012年1月28日 (土)

「社外役員の独立性とはなにか」~人事は好き嫌い?

今朝の日経新聞のコラム「大機小機」は社外役員についての話。曰く・・・

社外役員の独立性とはなにか
 現在進行中の会社法の見直しの中で、社外取締役選任の義務付けが議論されている。昨年9月に発覚した大王製紙元会長の不正行為の際には、大王製紙に社外取締役がいなかったことから、「それ見たことか。義務付けは必要だ」という声が聞こえてきた。
 ところが、その後に不正行為が明らかになったオリンパスでは、社外監査役2人に加え社外取締役が3人もいたから「社外取締役がいたって同じじゃないか。義務付けは不要だ」との声も聞こえてきた。最近は、「重要なのは社外取締役の有無ではなく、その独立性だ」という声も有力だ。
 取締役や監査役の独立性とは、経営トップに臆せず、役員としての義務を遂行する意思力である。かかる意思力があれば、社内役員でも独立性に不足はない。事実、オリンパスで不正の調査を始めた元社長は、同社グループ勤続数十年の「社内取締役」だった。しかし、役員候補者の内なる意思力はチェックのしようがない。ではどうするか。
 独立性を担保する要素を考え、それを有する候補者を独立性ありと推定する方法があり得る。外部から分かりやすい要素は経済力と社会的名声だろう。経営トップの不興を買って再任されなくても生活に困らず、不正を見逃せば失うものが大きいということだ。しかし、例えば「金融資産1億円以上」などという社外役員の条件は社会的に許容されないだろうし、名声を条件とするのはもっと難しい。
 結局のところ、「独立性」を法文化するには、「会社からの独立性」を「会社との関係の薄さ」に置き換えて、会社との関係が濃い人を排除する形で定義せざるを得ないようだ。しかし、実態としては、会社との関係が薄い役員=独立性が高い役員というわけではなく、この方法による独立性の追求には限度があることは認識しておきたい。
 オリンパスの5人の社外役員に支払われた2011年3月期の報酬は平均1320万円だった。多くの人にとって社外役員の地位は魅力的だ。候補のときは「会社との関係が薄い人」だったとしても、社外役員就任と同時にその地位に依存し独立性を失ってしまう人もいるだろう。
 「独立性」の追求が候補者の選択肢を狭め、経営トップにものを言える社外役員を排除する結果になっては元も子もない。独立性重視に異論はないが、形式要件には柔軟性が必要だろう。(腹鼓)」(2012/01/28付「日経新聞」「大機小機」より)

この論は、詰まるところ「取締役であれ、監査役であれ、法人トップに対して、そのトップを含む経営幹部の不正行為などに、物申す事が出来る人は誰か?」である。まさに「経済力と社会的名声」がある人を選任できればよいが、無数にある会社で、それが出来るのはごく少数。ほとんどの会社は、トップから選任されている以上、また給料を貰っている立場から、まず物申す人を選任することは不可能であろう。
昔、現役時代、自分は「1円たりとも金を貰った以上、それはビジネスであり、全ての責任が生じる。しかし0円ならボランティア。その差は計り知れない・・・」とよく部下に言った。それほど有料か無料かの差は大きい。よって、自分の“月に100万円”の報酬を決める権限のある人に、異論を唱える事が出来る人は、まさにいつクビになっても良い、と思っている人に限られる。つまり、そもそも今の制度自身が実効性を無視したものでは?

同じ今朝の日経新聞に、オリンパスの内部通報制度の記事があった。曰く・・・
オリンパスに人権侵害で警告 内部通報で東京弁護士会
 社内のコンプライアンス(法令順守)窓口に上司の行為を通報したため配置転換などの報復を受けたとして、オリンパス社員、浜田正晴さん(51)が東京弁護士会に人権救済を申し立てたことを受け、同弁護土合は27日、「重大な人権侵害に当たる」として同社に警告したと発表した。
 同弁護士会は「通報の事実が上司に伝わったこと自体が重大な人権侵害に当たり、その後の配置転換や低い人事評価も不当だ」と指摘した。」(2012/01/28付「日経新聞」p39より)

この話もだいぶん前から報道されている。まさにバッカみたい話だが、世の中では意外と多く存在する話ではないか?
誰が考えても、この制度が有効なのは、通報先が社外の(秘匿義務のある)弁護士などの場合に限られる。経費などの関係で、よく総務部長などが通報先になる場合があるが、部長さんも人の子。相談した社長から「通報したのは誰だ?」と聞かれたとき、通報者の秘密を守る事は難しい。
よって、通報する人は、「言えば全部バレル」事を前提に通報する事になり、だれも言わない。つまりは、社内通報制度など、形だけで全く機能しない。
考えようによっては、先のオリンパスの通報は、ある意味、上司に対する“クーデター”。よってクーデターをされた人が、それを知った以上、それを引き起こした人間を死刑にするのは当然。クーデターを起こされた人が「オレが悪かった」と言うことは、まずあり得ない。

「人事は好き嫌い」。これは自分の40年余のサラリーマン生活で得た悟り(?)。もちろん“業績向上のための・・”と、表面では言う。しかし、所詮人間は感情の動物。幾ら“純粋に判断して・・・”と自分に誓ってみても、結局は自分の好き嫌いが判断を曇らせる。これは極端な言い方ではあるものの、リタイア間近になった自分を振り返り、つくづくそう思う・・・。

社外取締役の話に戻るが、結局は「外部からの牽制機能を必要としない人間をトップに“選任”する」しか方法がないように思うが・・・。しかし人事は好き嫌い・・・、か・・・・。
つまり解は無い・・・と言うことかも。

●メモ:カウント~255万

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2012年1月27日 (金)

写実絵画の千葉「ホキ美術館」に行く

今日は、カミさんの誕生日祝いをかねて、千葉の写実絵画専門美術館「ホキ美術館」(ここ)に行ってきた。まずは、下記の絵画をご覧あれ・・・・。女性の体がこれほど美しいとは・・・。(老人のたわごとなれど・・・・)(写真はクリックで拡大)

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島村信之「日差し」・「眺め」   森本草介「光の方へ」

ホキ美術館を知ったのは、NHK日曜美術館「原点にして究極! 超写実絵画 野田弘志」(2011/5/8放送)(これ)を見たとき。特に番組で紹介された、上の島村信之「日差し」に圧倒された。それから「一度ホンモノをみたいね・・・」とカミさんと話していた。美術館の場所は千葉の土気というところ。相当行く気にならなければ実現しそうにない・・・・。
ところが先日、カミさんがホキ美術館のHPでバスツアー「ホキ美術館鑑賞と翠州亭会席料理の会」を見付けてきた(ここ)。東京駅からバスで連れて行ってくれ、昼食の会席料理と合わせて一人8千円だという。車を運転して行くのも面倒なので、申し込んでしまった。

10時に東京駅前集合で、11時半には「生命の森リゾート翠州亭」に到着。参加者25人。平日だったこともあり、全員がシルバー族? いつもの元気な“オバサン族”と、我々のような初老の夫婦が多い。昼食後にホキ美術館の方によるOHPでの解説が50分。色々な背景が聞けて面白い。建物は斬新過ぎて、大林組以外からは断られたとか・・・・。

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2時前から3時半まで自由鑑賞。美術館は住宅街の中にある。そしてデザインが実にユニーク。回廊が空中に浮いている。建設会社が二の足を踏むはず・・・?

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会場に入って、最初の黒板が入った絵にビックリ。作品の名は忘れたが、そのに描かれている黒板と画家の父親だという先生のリアリティーに圧倒される。そしてズラリと列んだ絵画に、口をあんぐりしたまま見とれる・・・。
ほとんどの絵に、ガラスがはめられていない。よって光の反射がなく見易い。そして絵に柵もないため、近付いて見られる。近くに寄ると、その繊細さは圧倒的。画家は年に数(2~3)作品を描くのがやっと・・・と言っていたが、膨大な時間が掛かる事は良く分かる。

女性の裸体が実に美しい。特に島村信之の奥さまをモデルとした作品群が、モデル自身の美しさと相まって、実にキレイ・・・。そして今日、自分が一番気に入った作品が森本草介の「光の方へ」。(島村信之「日差し」は展示されていなかった)風景画もあるが、自分は女性の絵ばかり見ていた・・・

写実画は、遠くから見ると、まさに写真。でも良く見ると絵画・・・。忠実に表現したいのなら、写真で良いではないか・・とも思ったのだが、それは間違いだと気付いた。写真は被写体の一瞬を捉える。しかし絵画は、一瞬ではない。被写体のエネルギーを吸い取って、それを絵の中に凝縮する。よって絵画からエネルギーを感じる。ホンモノを間近に見て、それが良く分かった。

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あまり「女性の体がこんなにも美しいのか・・」と自分が繰り返し言うものだから、カミさんが不機嫌・・・・。それが何故かは良く分からない・・。でも、特に初老の男性には、この美術館はなかなか良いよ~。

帰りもバス。1時間少しで東京駅に着いた。高速は行きも帰りもノンストップ。これからは自分で運転して行くより、バスツアーの方が楽かもね・・・。
「行って良かったね」とカミさんと話した一日ではあった。(付録:帰りのバスの中で見たカミさんが買った1枚100円という絵画のポストカード。そこには女性の絵は一枚もない。何ともったいない・・・)

(2012/02/03追)~ホキ美術館について、素晴らしい写真とレポートをされている「弐代目・青い日記帳」というサイトを見付けたので、リンクしておきます。
ホキ美術館 建築探検セミナー
ホキ美術館:内観
ホキ美術館:外観

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2012年1月26日 (木)

TPP~「農業はどう保護するべき?」

前にTPPがらみで、日本の食糧自給率について覗いた(ここ)。しかし「国の財政支援」が良く分からなかった・・・。
先日の朝日新聞で「教えて!TPP」というコラムを見付け、農業について“勉強(?)”した。曰く・・・

農業はどう保護するべき?
 農家の所得を減らさない手っ取り早い方法は、高い関税をかけて、海外の安い農産物が入らないようにすることだ。国内の価格を高どまりさせ、農家が作りすぎて余った農産物は、補助金をつけて海外に安く売りさばく。
 1980年代、欧州はこうしたやり方で農家を守ってきた。だが、域内の消費者は、割高な農産物を買わされる。一方、補助金による「ダンピング輸出」が横行し、市場を失った米国は欧州を強く批判。抜き差しならない対立が生じた。
 転機になったのが、90年代初めのガットのウルグアイ・ラウンド交渉。価格は市場に任せ、安くなって所得が減った農家には国が直接お金を支払う。こんな考え方が主流になった。消費者の負担で高い価格を守ることをやめ、農業保護は税金でまかなうという発想の転換だ。
Image08871  フランス国立農業研究所のバンサン・シャトリエ氏は「いまではブドウ農家の所得のうち4割、穀物農家では3割を税金で支えている」と話す。直接支払いは、1戸あたり平均3万ユーロ(300万円)。「支援なしに農家が経営を続けるのは難しい。農地を保全するためにも必要なお金だ」
 欧州連合(EU)は2010年、農業保護に8.9兆円を費やした。米国は2.2兆円、日本は4.6兆円。だが、その内訳をみると、日本の特異性が浮かび上がる。EUと米国は、保護額の8~9割が直接支払いなどの「財政負担」なのに対し、日本は「消費者負担」で農家の所得を支えている金額が、全体の8割近くを占める。
 民主党政権は、直接支払いに近い所得補償政策を始めたが、高い関税と、コメの価格を下げないための減反は続く。関税をなくす環太平洋経済連携協定(TPP)への参加は、「世界の潮流から20年遅れの日本農政の根っこからの見直し」(キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁・研究主幹)を迫る。」(2012/01/21付「朝日新聞」p7より)

この記事を読むと、日本だけでなく世界規模で農業は難しい課題のようだ。先のグラフがショッキング・・・。EUで農業の保護に9兆円も金を掛けていて、そのほとんどが、農家への直接支払いだという。フランスでは1戸当たり300万円・・・。
そこには競争原理も優勝劣敗も無いようだ。そんなに農業は特殊な世界・・・?
素人的に考えてみる。農産物も製品の一つとして捉えると、放っておくとその価格は市場競争にさらされ、需要と供給のバランスで、ある価格に落ち着く。その価格で農家がやれないと、農家は潰れ、作物を作らなくなり、生産量が減る。すると価格は上がる。そして(日本とは限らないが)農家は再び復活し、生産するようになる・・・。
この動きは、家電製品や自動車と同じく、国内でも世界でも同じ話。安心第一の“食糧”なので、危険だと思えば、人々は安い外国製でなく、高くても国内製を買うだろう。
そんな事で、市場競争で話は終わるはずだが、そうは行かないのが農業らしい・・・

世の中の動きは、それぞれ歴史があり理由がある。限られた知識だけによる一般論では到底理解出来ないことも・・・。それを理解するには“勉強”が必要・・・。
つまり、「何で、そんなに(税金の)現ナマを投入してまで農家を保護する必要があるの?」に対する解は、今日は書けない。時間をかけて自分なりに理解するまで・・・・

千差万別な世の中の動き。自分の少ない知識では到底理解出来ない事象が多すぎる。でも、せっかく生を受けた一生だ。何も知らぬまま死ぬのは勿体ない。せめて残された時間で、わずかでも“ナールほど”と分かってから死にたいもの。それには時間が必要。だから我々シルバー族と言えども、そう簡単には死ねないよね!?

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2012年1月25日 (水)

「一念岩をも通す」

自分が最近好きなことわざに「一念岩をも通す」というのがある。Netでみると「「石に立つ矢」ともいう。一念とは人が生ずるその時、その瞬間の心のこと。人はその心・信念のあり方によっていかようにも成し遂げられることを示す。前漢の将軍であった李広が、石を虎と見誤って必死に矢を放ったところ、矢が見事に石に突き刺さったという故事から。」ここ)とある。

雑誌「大法輪」(2012年2月号)にこんな一文があった。
人の一念  法華宗(本門流) 大塚日正
 ある年の正月、四十代の男性ですが、突然クモ膜下出血で倒れ、娘さんの成人式当日に亡くなりました。
 以下、未亡人の話です。
 「主人が倒れた直後『お父さん、お父さん!』と呼びましたが応答がなく、救急車を呼びました。早速手術となり、脳に溜まった血を応急処置で吸引しました。その時、私の呼びかけに『ママ、ママ!』とつぶやいたのが最後で、昏睡状態になってしまったのです」とのことでした。
 ご主人はどのような思いで「ママ、ママ!」と言われたのでしょうか?恐らく奥さんに対して、いろいろな思いを込めての言葉だったのではないかと思います。
 残念ながら亡くなりましたが、当日、実に不思議なことがあったそうです。
 未亡人曰く、「亡くなる前日でした。成人式を迎える娘が、どうしても晴れ着を着て、父親に見せたい!と言い出したのです。そこで娘が婦長さんに頼んだところ、『あなた、ここが何処だと思っているの?・・・・
・・・・・・・・・
 娘は泣きながら院長先生に訴えました。『先生!父に見せたいと思っている振り袖は、父が選んでくれたものです。去年の秋のことです。普段、こんなことを言う父ではないのですが、突然私に向かって、お前、来年成人式だよな!お父さんが選んでやろう、と言い出しました。その振り袖なのです。父は、成人式を指折り数えて待ち望んでいました。それなのに、こんなことになってしまいました。判らなくてもいい、是非見てもらいたいのです』
話をじっと聞いていた先生は、『分かった。そういうことなら特別許可しよう。君は、今日まで良く頑張って看病していたね。実に感心な娘さんだと思っていたよ。親孝行の君に免じて、特別許してあげよう』という訳で、念願が叶い、当日、振り袖姿で集中治療室の父親の枕元に立つことが出来ました。
娘は、『お父さん!私よ、振り袖よ!』父親の肩を揺すりながら、何度も呼びかけました。
 その内、何と父親の両眼の目尻から涙が惨み出し、やがて頬にまで伝いはじめたではないですか。『お父さん、お父さん!』娘は激しく泣き叫び、父親の身体を揺すりながら、尚呼びかけました。その時です。主人が目を開けたのです!さらに口を動かしたのです。『何か言いたがっているんだよ。君を見ているのだよ!』院長先生がおっしゃるのです。娘は、 『お父さん、見てくれたのね。これから成人式の会場に行ってくるからね』と言い残し、会場に向かいましたが、主人は安心したのでしょうか、間もなく息を引き取りました。
 実に不思議なことでした。 後で院長先生は、『お父さんの娘さんを思う心と、娘さんのお父さんを思う心。この父娘の一念が通じ合った瞬間、医学では到底理解の出来ない奇跡が起こったのだと思いますよ』とおっしやいました」
 以上、このような話を、未亡人から聞きました。
 諺に「一念岩をも通す」とありますが、人間の思いというものが如何に強く、重いか、改めて感じざるを得ない出来事です。
 人生、いろいろなことが待ち受けていると思いますが、しっかりとした目的と、何か何でも成し遂げたいという強い思いを持って歩みたいものです。」(雑誌「大法輪」2012年2月号p40より)

「一念岩をも通す」ということわざは、「念ずれば通ず」として覚えていたが、これは正式な諺ではないらしい・・。

話は変わるが、年末のサプライズ・・・。私事で恐縮だが、実は九州の息子が年末に、突然、結婚すると言ってきた。まさに青天の霹靂だったが、実はこの事、我々夫婦にとっては、まさに念願、つまりは「一念岩をも通す」だったのである。
当サイトに何度か「“見合い結婚”が消えたのは怪しからん」と書いてきた。少子化についても嘆いてきた。その背景には、やはり息子の結婚問題があったように思う。しかし東京と九州という距離は如何ともし難く、せいぜい神仏に祈るほかに手段は無かった。
それが何と・・・・・。まさに「一念岩をも通す」だ。
先日、息子が彼女を連れて挨拶に来た。初めて彼女を見たとき、カミさんは「こんな娘(こ)が、本当に来てくれるのだろうか?」と信じられない思いだったという。自分はノー天気に、ただただ嬉しく、彼女とペチャクチャ・・・・
実は、年末はヨメさんのことを聞き出すのが一苦労・・・。「名前は?」「そんなの聞いてもしょうがないだろう」「歳は?」「聞かない方が良いだろう・・・」
何とか、最低限の事は聞き出し、正月に一瞬だが写真も見た。でもそれは一瞬だったので・・・
でも百聞は一見に如かず。人間は一目見れば全ては分かる・・・・。

P11100121 左の写真は、カミさんの近所の友人が、ヨメさんが挨拶に来る事を聞いて届けてくれたランの花。一足違いでヨメさんには見せられなかったが・・・(写真はクリックで拡大)

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2012年1月24日 (火)

「光市母子殺害事件」と「長崎ストーカー殺人」に思う

昨夜からの積雪も一段落。今朝は、バスも電車もまあまあ。そんな電車の中で新聞を広げたら、「光市母子殺害事件、最高裁で上告審弁論」という見出しがあった。そして、“まだ終わっていなかったのか・・”と感慨を深くした。曰く・・・

光市母子殺害事件、最高裁で上告審弁論
 1999年に起きた山口県光市の母子殺害事件で殺人罪などに問われ、差し戻し控訴審で死刑判決を受けた元少年(30)の上告審弁論が23 日、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)であった。弁護側は「母性に甘えた未熟な犯行」として死刑回避を主張、検察側は上告棄却を求めた。初公判から12 年を経た異例の公判はようやく結審し、今春にも判決が言い渡される。
 犯行態様や被害者数、年齢などを死刑の選択基準に挙げた最高裁の「永山基準」に照らし、落ち度のない母子2人の命を奪った責任の重さと、年齢や反省の度合いなどの情状面をどう判断するかが焦点。死刑の適否を巡り2度目の最高裁判決に注目が集まりそうだ。
 少年法は18歳未満への死刑を禁じており、犯行当時18歳1カ月だった被告に死刑を適用するかを巡り司法判断は割れた。差し戻し前の一、二審は更生可能性を考慮し無期懲役を選択したが、最高裁は「特に酌量すべき事情がない限り死刑とすべきだ」として審理を差し戻し、広島高裁が改めて死刑を言い渡した。
 差し戻し審で弁護側は「母親のように甘えたくて抱きついた」「乱暴したのは生き返りの儀式」などの新主張を展開。この日の弁論でも「甘えたかったが拒絶されパニック状態になり、父親からの虐待経験もあって過剰反応をした」と主張した。乱暴も「母へのゆがんだ性愛と現実逃避が理由」として、殺意や強姦目的を否定した。
 安田好弘弁護士は「被告は『一審で殺意や強姦目的を認めたのは、死刑を求刑され怖くなり、認めないと死刑にされると思ったからだ』と話している。新供述が真実だ」と述べ、死刑回避と差し戻しを求めた。
 検察側は「犯行の動機・態様は極めて悪質で、遺族の処罰感情も峻烈(しゅんれつ)。年齢などを総合考慮しても死刑判決は正当で、上告は速やかに棄却されるべきだ」と訴えた。
 死刑求刑に対する二審の無期懲役判決を不服とした検察側上告に対し、最高裁が二審を破棄して差し戻したのは、連続射殺事件の永山事件、広島での仮出獄中の強盗殺人事件に続き3件目。これまでの2件はいずれも差し戻し審で死刑が確定した。
 二審判決によると、被告は99年4月14日、配水管検査を装って被害者宅に上がり込み、本村弥生さん(当時23)を殺害、乱暴し、長女の夕夏ちゃん(同11カ月)も殺害したほか、財布を盗むなどした。」(2012/01/24付「日経新聞」より)

自分がこの事件を、深く知り出したのは2008年4月(ここ)。もう4年も前だ。この時の死刑判決でオワリと思っていたが、まだ終わっていなかったのだ・・・。
この事件から、学ぶことは多かった。裁判、死刑、そして弁護活動とは・・・・(ここ)。

各紙に掲載された、本村洋さんの凛とした姿が印象的だ。事件発生から13年。それにしても、裁判は長期戦過ぎる。何の罪もない妻子を理不尽に殺され、なおこれだけの年月に耐えなければならない。この人の人生は・・・。しかも、昨年は死刑の執行が0だったという現実・・・。

家に帰ってふと見たNHKのクローズアップ現代「なぜ家族まで~検証・長崎ストーカー殺人~」(ここ)。この事件の事は知らなかったが、番組で紹介された警察の対応は最悪・・・。
この番組について、NHKのサイトにはこうある。
「先月、長崎県西海市で23才の女性の母親と祖母の二人が殺害された事件。逮捕された27才の男は、千葉県の女性の家に居座り、日常的に暴力を繰り返していた。女性の父親から相談をうけた警察は、男に事情聴取や警告を行っていたが、男は女性から引き離された事を機にストーカー行為を行い、最後には家族の殺害に及んだ。その後の取材から、警察の対応には、男女間の暴力事案に対する処理のスピードや、警察同士の連携などに問題があったことが判ってきた。何度も警察に危機感を伝え対応を求めていた父親は「今の法律は私たち一般市民を守ってくれない」と弁護士を通して思いを述べた。対応に何らかの問題があったとして今、警察庁も検証に乗り出している。SOSはなぜ届かなかったのか、事件を検証する。」

この番組では、「この男は、女性を“自分のもの”と思っていた。だから“返せ!”・・・」と解説していた。確かに、そう捉えると男の行動は理解できる。つまり予見できた事。しかし、わざわざ長崎から習志野まで来て警察に被害届を出しても、「1週間待ってくれ」と言われて受理されない現実があるとは思わなかった・・。被害届が、警察の忙しさを理由に受理されないとは絶句・・・。これが警察では“普通”の事なのだろうか?

また、この事件は、ストーカーによるDVであったため、まとわりつき防止の「ストーカー規制法」と、夫婦を前提とした「DV防止法」の狭間に埋もれてしまった事案、と指摘していたが、これを機に法律も修正されていくだろう。
しかし、悲惨な事件が起こらないと前進しない公の対応、そして法律。失われた命に対して、どう弁明するのか・・・? 特に長崎の事件では、悲惨な結果を生んだ警察の対応は、真摯に反省して欲しいもの・・・・。

(関連記事)
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「光市母子殺害事件」~門田隆将著「なぜ君は絶望と闘えたのか」を読んで

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2012年1月23日 (月)

「2050年世界経済規模ランキング」~HSBC予測

少し前の日経新聞に「2050年世界経済規模ランキング」が載っていた。自分は、こんな記事を見かけると、つい無視出来なくなる。曰く・・・

50年の世界経済~中国、GDP首位に~HSBCが予測
 英銀最大手HSBCが12日、2050年の世界経済規模ランキング予測をまとめた。中国の国内総生産(GDP)は25兆3300億ドル(約1950兆 4100億円)となり世界首位に浮上、米国(22兆2700億ドル)との2強体制が鮮明になる。人口が1億200万人まで減る日本(6兆4200億ドル)は世界最多の16億人に膨らむインド(8兆1600億ドル)に抜かれ4位に後退する。
 国連の人口予測と各国・地域の潜在力を踏まえてHSBCが独自に分析した成長見通しを掛け合わせて順位付けした。
 中印以外で台頭が際立つのは、欧州とアジアの結節点に位置するトルコで、10年実績の18位から12位に浮上。現時点では東南アジア主要国で最貧のフィリピンは一気に27も順位を上げ16位となりGDPが東南アジア最大になる。エジプトも20位に上昇、アフリカで唯一トップ20入りする。半面、フランスやイタリア、オランダなどドイツ(5位)を除くユーロ圏諸国の存在感が低下する。
 人口1人当たりGDPでみると首位にルクセンブルク、2位にシンガポールなど上位に小国が並ぶ。日本は4位に入り、人口1億人超の国としてはトップの座を死守する見通しだという。(シンガポール=佐藤大和)」(2012/01/13付「日経新聞」夕刊より)

<2050年世界経済規模ランキング>
(HSBC予測。 GDP。単位百億ドル、カッコ内は2010年実績との比較、倍)
①中国     2,533(7.2)
②米国    2,227(1.9)
③インド     816(8.5)
④日本     642(1.2)
⑤ドイツ    371(1.8)
⑥英国     357(2.0)
⑦ブラジル   296(3.2)
⑧メキシコ   281(4.0)
⑨フランス   275(1.8)
⑩カナダ    228(2.5)
⑪イタリア   219(1.9)
⑫トルコ     214(5.5)
⑬韓国     205(2.5)
⑭スペイン  195(2.7)
⑮ロシア     187(4.5)
⑯フィリピン   168(15.0)
⑰インドネシア 150(5.4)
⑱オーストラリア 148(2.6)
⑲アルゼンチン 147(3.4)
⑳エジプト    116(7.2)

このデータをどう見るか・・・。記事にもあるように、かなりの部分が人口増に比例しているようだ。中印の躍進はその現れ・・・。それにしても、対2010年比で日本の1.2倍は、上記ランキングの最下位。しかも、同じ人口減に悩むはずの韓国が2.5倍とは・・・頑張っている。それにしてもフィリピンの15倍の源泉は何なのだろう・・・。人口増だけとも思えない。
対2010年比の倍数で並べ直してみると・・・

1)⑯フィリピン 168(15.0)
2)③インド   816(8.5)
3)①中国   2,533(7.2)
4)⑳エジプト  116(7.2)
5)⑫トルコ   214(5.5)
6)⑰インドネシア150(5.4)
7)⑮ロシア   187(4.5)
8)⑧メキシコ  281(4.0)
9)⑲アルゼンチン147(3.4)
10)⑦ブラジル 296(3.2)
11)⑭スペイン 195(2.7)
12)⑱オーストラリア148(2.6)
13)⑩カナダ  228(2.5)
14)⑬韓国   205(2.5)
15)⑥英国   357(2.0)
16)②米国   2,227(1.9)
16)⑪イタリア 219(1.9)
18)⑤ドイツ  371(1.8)
18)⑨フランス 275(1.8)
20)④日本   642(1.2)

新興国の伸長が際立つが、老大国・英国の2.5倍は米の1.9倍を抜き、頑張っている。日本は1.2倍なので大きな顔は出来ないが、彼のドイツ、フランスも1.8倍と、ツライ時代に突入??
ユーロの危機が叫ばれて久しい。2050年と言えば、あと38年後・・・。EU設立の主旨は素晴らしいが、この頃、EUはどうなっているか・・・。
38年後と言えば、もし自分にも孫が出来たとして、サラリーマンだと課長クラスか・・・!?
まあその時は、まだ見ぬ孫に、あの世から「お疲れさま~」とでも呼び掛けてやろう・・・。(もしホントウに聞こえたら、仰天するだろうが・・・)
見果てぬ将来を“夢想”するのも、また楽しいもの・・・!?

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2012年1月22日 (日)

森若里子の「女の川」

先日、NHK BSで放送された映画「紀ノ川」を見た。司葉子と岩下志麻の壮絶なる「家」を守る女性の物語。前に小説で読んだが、有吉佐和子の重い物語である。
ふと、こんな歌を聞きながら、「紀ノ川」を思い出した。森若里子の「女の川」という歌である。

<森若里子の「女の川」>

「女の川」
  作詞:星野哲郎
  作曲:船村徹

にわか雨 傘借りに
駆けこむ家の 軒先で
思わず聞いたふる里の 手毬唄
流れなし 流されなして
この川の 流れに沿うて
男のいのちを 吸いとりながら
女はつよい 母になる

おてんばが 過ぎた娘を
土蔵の中に 押しこんで
文読む癖を つけさせた 母ごころ
逆らうな 逆ろうちゃだめ
この川は 女のさだめ
さだめをしっかり 受けとめながら
女は美くしゅ なるのよし

山を越え 谷を抜け
母子に通う 血の流れ
流れていつか ふる里へ戻るとか
流れなし 流されなして
この川の 流れに沿うて
女のつとめを 果たしていつか
花咲く里に 辿り着く

前にも言っているが、自分は歌を聞く時に、歌詞を理解するのが苦手。よってこの歌も、120122moriwaka_2 改めて歌詞を味わった。
まさにド演歌だが、自分はこの旋律が好きで、良く聞く。作曲は”やはり”船村徹。何という哀愁を帯びた旋律だろう・・・・。
しかし歌詞は「紀ノ川」の明治時代!?とても現代では通用しない。

しかし血を伝えるのは、母子の流れ。男はとても太刀打ちできない。男の力は瞬間の力。しかし母の命の伝承は、人間の根源的な、それこそ圧倒的なパワー。
そんな深い“何か”を感じながら聞く歌である。

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2012年1月20日 (金)

コダックの破綻~米、破綻と誕生の新陳代謝

今朝の新聞各紙に、19日に破綻した米・コダックの記事が載っていた。予想されていた事ではあるが、日経新聞の解説記事に、こうある。

米、破綻と誕生の新陳代謝
 名門イーストマン・コダッグの破綻劇は示唆に富む。一つは1980年代、90年代の日米関係を大きく揺さぶった通商摩擦の帰結としての意味合いだ。かつての通商摩擦は台頭する日本企業に対して、米国のライバル企業が「日本勢が不公正な競争を仕掛けている」と米政府に訴え、政治的に抑え込む構図だった。
 だが、結果はパッとしない。その時々の交渉では日本側に譲歩をのませた事例もあるが、それを契機に米国勢が本格的に復活したのは半導体ぐらい。摩擦の代表格だった自動車では、後に米ビッグスリーのうち2社が法的整理に追い込まれ、携帯通信摩擦に火を付けた米モトローラはデジタル化への対応が遅れ、存在感を失った。
 そして95年の日米フイルム摩擦の仕掛け人だったコダックの破綻。ライバルの強さを素直に評価せず、政府頼みで相手を封じようとする「傲慢さ」や「安直さ」が一連の経営の失敗の背景にあるのではないか。逆に「ジャパン・ユニバーシティー(日本という大学)から品質管理など様々なことを学びたい」を持論としたジャック・ウェルチ前会長が率いたゼネラル・エレクトリックは衰退とは無縁だった。
 一方で、日本が学ぶべきは切れ目なく新しい企業を生む米国のダイナミズムだ。その過程で社齢130年超のコダックのような名門が倒れることもあるが、その穴を埋める次の主役が登場する。
 例えば、米フォーチュン誌が選出する「最も尊敬される企業ベスト10」。米国の優良企業ランキングとして定評のある調査だが、最新の2011年版には70年代に創業したアップルやマイクロソフト、90年代創業のグーグルやアマゾン・ドット・コムが名を連ね、戦前から続くいわゆる巨大老舗企業はコカ・コーラなど2社にすぎない。
 対して、今の日本で「一流企業」「優良企業」といえば、思い浮かぶのはトヨタ自動車や新日本製鉄などの名門メーカーであり、戦前から続く商社であり、あるいはNTTドコモのような旧公営事業体だ。コダックの倒産は当事者には痛恨の事態だろうが、米国経済の活発な新陳代謝能力は今も健在。日本としては「かつての摩擦の敵役」の頓挫に、浮かれている場合でもないのである。(編集委員 西條都夫)」(2012/01/20付「日経新聞」p3より)

こんな記事を読んでいると、色々な思い出がフツフツと蘇ってくる。
デジカメが普及するまで、自分も長い間、写真のフイルムはもっぱらコダックを使っていた。当時、“肌の色が美しいのはコダック”と言われていた。樹木希林CMのフジフイルムはほとんど使ったことが無かった。まさに写真の世界でコダックは、仰ぎ見る存在だった。しかし時代は移って行った。

ここ数十年の変わったことで、一番大きく変わったのは、家庭における写真の世界かも知Image08811 れない。家庭からフイルムが淘汰され、写真の世界は、まさに一変した。調べると、フイルムは1997年がピークだったという。その後のデジタル化で、彼(か)のサクラフイルムも2007年に撤退・・・。
もちろん、携帯電話に代表されるユビキタス(いつでも、どこでも、だれでも)社会への変貌も目を見張るが、それとて有線電話が無くなったわけではない。しかしフイルムは本当に使わなくなってしまった。
しかしあのコダックが潰れるとは・・・。株価が1ドルを切っていたというので、時間の問題ではあったが、何とも感慨深い。

最近の若者は、自力で家を建てなくなった・・・と耳にした。否、建てられなくなった・・? 昔はそれなりの会社に勤めていれば、35年ローンも楽々組めた。しかし現代は“何でもあり”の時代。どんな大企業も30年続くとは、誰も言えなくなっている。つまり、先の米ビッグスリーの破綻もそうだが、幾ら大企業でも、一生勤められるとは限らない。
そんな事でローンも組みづらいのかな・・・と、会社の休息室で若い課長さんに聞いてみた。「マンションは自分の?」「35年ローンを組みました」「最近はなかなか貸してくれないのでは?」「いや、生命保険とパックです。それは自殺もOKです」だって・・・!?
このブラックユーモア。何とも怖ろしく、寂しい・・・。

先の記事で指摘しているように、米国の優勝劣敗のエネルギーには、日本は到底追い付けない。日本はただ借金が増えるだけ・・・?
野田政権が、社会保障と税の一体改革に突き進んでいる。言うまでもなく、日本は少子高齢化と借金大国・・・。そして、若者に厳しい今の社会。その負担を将来世代に先延ばしにする従来のやり方は何とも心苦しい。
コダックも潰れる時代。つまり、我々が過ごした高度成長期とは時代が違うのだ。こんなニュースを聞きながら、消費税の10%も仕方がないかな・・と思う、この頃ではある。

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2012年1月19日 (木)

「自分も○、相手も○」~「よっぽどの縁があってのあなたと私」(3/3)

雑誌「大法輪」の2011年12月号に、「よっぽどの縁があってのあなたと私」という記事があった。今日はその3回目。

よっぽどの縁があってのあなたと私(3/3)
           奈良・薬師寺執事 大谷徹奘
・・・・・
自分も○、相手も○
 まだ十九歳の時だったと思うのだが、他人ばかりの集団に一人送り出されることがあった。その時、師匠から「他人ばかりの社会に行けば、時として、自分が欲しくない言葉も貰わなければならない事もある。その時、言葉だけを聞けばケンカになるぞ。嫌な言葉に接したら、言葉はハエや蚊のように勝手にその辺を飛んでいるのではない、必ず言葉には言葉を発した人の人格がそこについているんだと思え。その時、言葉だけにすぐ反応するのではなく、また、自分の正当性だけで理解するのでもなく、この人の言おうとしていることは何なんだ、とちょっとでいいから考える間を持てば、今まで自分が持っていなかった新しい価値観を手に入れられる」
 と、教えていただいていたのだが、多くの人々とぶつかって、もがき苦しんだ今頃になって、その師匠の教えを思い出して“なるほど、師匠の言うとおりだった”と首肯(しゅこう)している自分が、なんとも情けない。
 人間の行動の中で、難しいものの一つに、間違いなく「人を素直に受け入れること」があると思う。でも、苦手、苦手と逃げていても、決して相手は受け入れられない。では、どうしたら良いのだろうか。これも、また修行の中の難題の一つであった。実は、この答えを出すのにはずいぶん苦労した。しかし、正に人とぶつかって相手どころか自分の人生をも恨んでいる時に、仏様の手が差し伸べられたのだ。お経を読んでいたら、数えきれない文字の中から、「歓宿縁」というたった三文字が光って見えたのだ。宿っている縁を歓べと、仏様はおっしゃった。
 しかし、迷いに迷っている時に「歓べ」と言われても、どうやって歓べばいいのであろうか。それがわからぬ私は「歓べませんよ」と、それこそケンカ腰で仏様に言い返した。仏様にも、批判の言葉を投げつけていた。「自分は○、仏様は×」だった。迷いは一層深くなった。
 そんな仏様との対話を繰り返している時、今度は別の経文が光って見えた。それが、「百千万劫難遭遇(ひゃくせんまんごうなんそうぐう)」という七文字だった。それこそ僧侶となる以前から数えたら、何千回とお唱えして来た言葉だ。
 今度は、仏様は私に、お前に与えられている縁は、それこそ確率はゼロに近いものなんだぞ、それが与えられたんだ。よく考えろ、すべての出会いは“たまたま”でも“偶然”でもないんだ、と教えて下さった。
 この二つの言葉が私の中で融合して、一つの言葉が生まれた。それが、「よっぽどの縁があってのあなたと私」だった。
 この考え方を身に付けた時からだ、少しずつ自分が変化しだしたのは。
 何を見ても、何を聞いても、誰と出会っても、よっぽどでなかったら出会わないよなあと、相手を歓んで受け入れることができるようになってきた。そしてそう思うと、自分だけを通さずにお互いに笑える方法がきっとあるはずだと、自己主張よりも出会いのすごさを優先することを考えるようになった。思わず今まで相手に、自分のものさしだけ正しいと、否定と批判だけを繰り返した自分がバカらしく思え、思わずニガ笑いが出た。
 しかし、いくら気づきがあったからとしても、総論と各論は別物である。理屈はわかっても、実践はなかなかうまくはいかない。それが現実だ。
 これを身につける為に、日々繰り返して行くしかない。般若心経に説き示される、「行深(ぎょうじん)」である。行で深めること以外にはない。
 教えに随って少しずつ少しずつ自分を訓練してきた。遅々たる進みではあったが、重ねれば重ねるほどに自分が変わってきた。
 そのおかげで「自分は○、相手は×」が「自分も○、相手も○」となって来たのだ。
 時として、「自分は×、相手は○」という、自分を滅私するという手法、つまりガマンをすればいいと思う時があるが、私はできるだけそれは避けてきた。ガマンはストレスを溜めるだけだからだ。だから、相手にもガマンはさせない、その為に、相手と真正面からぶつかって、とことん話をすればいいと思っている。話もしないで“わかってくれ”“わかってくれるはず”は、それは自分のものさしの振り回しで、誰も幸せにはならない。
 よっぽどの縁があって出会えたのだから、自分以外はダメと敵対心を持ってぶつかるのではなく、相手の人にも心や価値観があるのだと好意を持ってぶつかればよいと思っている。
 そして今は「自分も○、相手も○」をさらにバージョンアップさせて、「自分+相手で◎」となるように心掛けている。」(雑誌「大法輪」(2011年21月号p25より)

ウ~ン。なかなか“手厳しい”・・・・。
今日、会社でちょっとした出来事があった。その時の自分の反応が、まさに「総論と各論は別物である。理屈はわかっても、実践はなかなかうまくはいかない。それが現実だ。」であった。つまり、相手に言われた事は、相手にも理がありそう・・・。でも感情の自分はそれを受け入れたくない・・・。よって面白くない・・・。そこに感情の塊の自分が居た。

前回(=前2/3回)も取り上げたが、D.カーネギーの「人を動かす」(ここ)。ここにある言葉で表現すると・・・
「死ぬまで他人に恨まれたい方は、人を辛辣に批評してさえしておればよろしい。その批評が当たっておればおるほど、効果はてきめんだ」(P17)
不愉快になるという事は、相手の指摘が当たっている?? だから相手を恨みたくなる?? フン、それが今日の未熟な自分なのさ・・・。

そして、その背景はまさに・・・
「およそ人を扱う場合には、相手を論理の動物だと思ってはならない。相手は感情の動物であり、しかも偏見に満ち、自尊心と虚栄心によって行動するという事を、良く心得ておかねばならない」(P17)
そうさ、自分は感情の動物さ・・・。

話は変わるが、先日昔ビデオで撮った絵を、DVDに落とした(ここ)。
昔の映像を見て、カミさんから言われた。「昔の自分の姿を見て、どう思った?」。対する自分の返答は、「青い・・・」。
つまり、今の自分は、それから20数年経って、あの時の自分とは違うのだ、という思いがあった。しかし、今日の“自分の感情の居場所”を眺めてみると、その時と何も変わっていない。まだまだ青い・・と思った。
人間、円熟して“枯れる”というのはなかなか難しい。自分の未熟さを自身で気が付くほどだから、他人から見たらバレバレ・・・・。
やはり坐禅が必要かな・・? それとも・・・・?
この自身の未熟さを抱えて、まだまだ死ねないな、と思うこの頃である。(←何? あまりにご都合主義な解釈??)

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*今日の記事とは全く関係無いが、イタリア中部沖で13日夜に起きた豪華客船座礁事故。当サイトお気に入りの「米boston.com(ここ)」に、この事故の写真も載るはず・・と見ていたら1月18日付で載っていた(ここ)。その写真のいくつかを紹介すると・・・(写真はクリックで拡大)

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2012年1月17日 (火)

第25回東洋大学「現代学生百人一首」(2012年)より

東洋大学の「現代学生百人一首」(ここ)。昨年も取り上げたが(ここ)今年の作品も見てみよう。
応募作品6万首の中から選ばれたという入選作品100首。その中から自分が(勝手に)気になった作品を挙げてみると・・・・

「日が暮れてくらやみの中ゆれる光家族五人を照らすろうそく」(宮城県  宮城県岩出山高等学校 1年 大衡友香)
「まっくらの計画停電あった夜あの日の夕食今でも言える」(埼玉県  東松山市立南中学校  3年 新井晴乃)
⇒昨年は、震災で色々な事があった。特に計画停電では、我が家にも直接的な影響が・・・。今でも記憶が鮮明・・・

「顔知らぬ名前も知らぬ人達に生きててほしいと願った三月」(山形県  県立真室川高等学校2年 門脇優衣)
⇒でも、そんな計画停電など、現地に比べたら、あまりに些細なこと・・・・

「秋の空見上げながらの帰り道たまに一人もいいなと思う」(埼玉県  行田市立西中学校2年 田島ななみ)
⇒今の若者は、ツルまないと不安だという。でもたまには一人だけの時間も良いものだよ・・・

「端末やネットで繋がる現代人孤独(ひとり)と見るか仲間と見るか」(埼玉県  県立春日部高等学校2年 小林俊晶)
⇒人のつながりは、“人の温か”さが伝わる距離が一番。それが手に入らない人が、仕方なくNetで・・・・でしょう?

「会えるかな淡い期待をそっと抱きあの道今日も遠回りする」(千葉県  聖徳大学附属女子高等学校3年 十川栞)
⇒いいな~若者は。無限の可能性・・・。でも今、昔を思い返すと、「積極性が無いと全ての可能性は無に帰する・・」。“ダメ元”で、何にでもチャレンジしてみたら??

「人を見て優れたところをまねてきた多くの自分を置き去りにして」(岡山県  岡山市立岡山後楽館高等学校4年 多田大輝)
⇒なかなか意味深・・・。まるで我々シルバー族を、比喩的に詠っているみたい・・・。上司に迎合してきた多くのサラリーマンの姿がこの句の重なる・・・??

「機械科で男子の中に女子一人それを覚悟で目指す夢あり」(山口県  県立徳山商工高等学校1年 水津梨亜奈)
⇒自分にも同じような体験が・・・。学生時代、ウチの科には居なかったが、隣の科に女子一人。でも良く男子学生に馴染んでいて、自分もその女子のアパートに、仲間とよく遊びに行ったっけ・・・。

昨日の朝日新聞の「天声人語」もこの話題・・・。
「いさぎよい紅一点。〈機械科で男子の中に女子一人それを覚悟で目指す夢あり〉と山口県の高校1年水津梨亜奈(すいづ・りあな)さんは詠んだ。愛知の高3曽山真帆さんは〈駆け寄られ「せんせい、あのね」と言われたらさらに高まる保育士の夢〉とうたう▼いつもこの季節に東洋大学から届く「現代学生百人一首」が今年で25回になった。繊細に、粗削りに、過ぎゆく青春を三十一文字(みそひともじ)にとどめた応募は累計で100万首を超える▼今回はやはり震災を詠む歌が目立つ。〈被災地となった故郷を前にして震える母の肩を支える〉高2辻本有紀。被災地にゆかりのない人も惨状に胸を痛めた。〈顔知らぬ名前も知らぬ人達に生きててほしいと願った三月〉高2門脇優衣(ゆい)▼そんな厳しい時代だが、若い感性はしなやかだ。〈夏空に白くたなびくバスタオル遥(はる)かに見える雲と重なる〉高3高橋昂太郎。〈飲みかけのラムネのビンを傾けるガラスのなかで揺れた夏空〉高1山内(さんない)志織▼とはいえ頬杖をつくことも。〈いつの間に大人と呼ばれる歳になりあたしはわたしに置いてかれてる〉大学2年結城舞子。さびしいときには〈「おかん、おれ」意味なく電話してしまいテレカが尽きる寮のおきまり〉高2小見山智▼もちろん人を恋う歌も多い。〈会えるかな淡い期待をそっと抱きあの道今日も遠回りする〉高3十川栞(そがわ・しおり)。小学生の部に〈雨を行く新幹線の窓ガラス走れ走れ雨つぶねずみ〉5年小林真夕(まゆ)。情景が目に浮かぶ。横に走るねずみ君たちを応援したくなる。」(2012/01/16付「朝日新聞」「天声人語」より)

幾つか同じような作品を取り上げている。捉え方は少し違うようだが、気になる作品は誰でも同じようだ。
ともあれ、無限の“可能性”がある学生さん。ぜひ“自分”という存在を、これからの世の中に生かして欲しいもの。

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2012年1月16日 (月)

消費税増税~「身を削ることの意味」

何度も書いているが、当サイトは、自分の勝手な目線で“なーるほど”と思ったことを取り上げている。
自分の愛読している日経新聞のコラム「大機小機」。またまた“ナールほど”と思った記事があった。曰く・・・

身を削ることの意味
 誰もが「消費税増税を提案する前に、身を削る努力をせよ」と言う。しかし、誰も異論をはさまない議論こそ疑ってみる必要がある。そこで「身を削れ論」を疑いの目で点検してみよう。
 「身を削れ論」では次のように言う。「消費税という国民に痛みを強いる政策を取る時には、提案する側の政治家や官僚がまず痛みを負うべきであり、国会議員の定数削減や公務員の人件費削減が必要だ」。しかしこの議論には次のような疑問がある。
 第1に、国会議員の定数や公務員の人件費は、国会議員や公務員の「身」なのか。
 国会議員が自らの利益のために定数を決めているのであれば、定数は国会議員の「身」である。しかし、議員の定数は、国会に国民の代表を何人送るべきかによって決めているはずだ。
 公務員の人件費については、公務員が歳出と歳入をコントロールし、財政が黒字になったら給料を上げていい、ということであれば、人件費は公務員の「身」である。しかし歳出と歳入は国会が決めており、公務員の給料は財政状況ではなく、民間の給与水準に準じて決められている。
 「身を削れ論」の「身」に根拠はなく、「自分の所得が減るのだから、他人の所得も減らさないと気が済まない」という感情論にすぎないのではないか。
 第2に、多くの人が「身を削ることが正しい」と主張するのではなく、「そうしないと国民の理解を得られない」と言うのはなぜか。これでは、国民の理解が得られれば、身を削らなくてもいいということにならないか。
  「身を削れ論」はそれ自身が論理的に導かれる政策ではなく、消費税を通すための便法にすぎないのではないか。
 第3に、なぜ同時ではいけないのか。「身を削れ論」は財政赤字の深刻さと消費税増税の必要性を認めているようだ。であれば、身を削り終わるのを待つことなく、身を削ることと消費税率の引き上げを同時に行えばいいはずだ。
 また、我々は財政赤字を拡大させることで、将来の国民に大変な痛みを強いてきた。痛みを言うのであれば、将来世代の痛みも考えるべきだ。「身を削れ論」は現世代の負担を先延ばしする口実として使われているのではないか。 誰もがそう言うからといって、安易に「身を削れ」と主張するのは考えものである。(隅田川)」(2012/01/14付「日経新聞」p17「大機小機」より)

自分を筆頭に、我々は世の動きに対して、付和雷同している事柄が何と多いことか・・・。我ながら唖然とする。しかし、この記事のような全く別の視点(=「疑いの目で点検する」)の論を聞くと、ハッと我に返る!?
当サイトで繰り返し書いているが、“真実の認識”は何とも難しい・・・。そして、指摘されるまでもなく、我々は直ぐに感情論に左右される。そんな人間の、何と弱いことか・・・。それを正すには、少し時間を置きながら、他人の意見、別の視点に目を向けるしかない。(しかしそれが結構難しいのだ・・・)

話は変わるが、先日NHKの「ためしてガッテン~不眠ストレス緊張撃退」という番組で、「客観視くん」が出て来た(ここ)。「客観視くん」=脳の背内側前頭前野(はいないそくぜんとうぜんや)という部分は、人や他人の心を客観的に見る機能を持っているのだそうだ。なるほど、人間にはあらかじめ客観視する機能は備わっているのか・・・・。
でもそれを使いこなすのは自分。
ものごとを客観視する訓練は、人間、死ぬまで続くような気がするが(つまり、完成は無いということ)、どうだろう・・・・

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2012年1月15日 (日)

年末抽選会で1等の山梨「日帰り湯けむりツアー」に行く

年末の18日(2011/1/18)、二つ先の駅まで買い物に行ったカミさんから、やや興奮した声で電話が入る。「抽選で1等が当たった。温泉ツアーだって。1月15日は空けておいて・・・」

主催は、いつも乗る駅の2つ先の駅前の「**通り商店会組合」。実はこの街まで買い物に行くのはそう度々ではない。でも魅力ある街・・・・
貰ってきた案内状によると、1等の「日帰り湯けむりツアー」は、“行き先は当日のお楽しみ”と書いてあるだけで、内容不明。ただ、“タオル持参”とある。
1等なので、どんなゴージャスなツアーなのか、ドキドキして(?)今日を迎えた。結果は?? ⇒“リーズナブル・バスツアー”だった。(決して“プアー”でも“スタンダード”でもない・・・)

8時前に集合場所に到着。ある大学の門の前。門には「大学入試センター試験**会場」という看板。そそくさと門を入る受験生を横に見て、こっちは温泉だ・・・・。
バスに乗る時に貰った行程表によると・・・・
「桔梗屋本社⇒武田神社⇒いちかわベリーハウス⇒勝沼町営ぶどうの丘(昼食)⇒ほったらかし温泉」とある。やはり山梨だ。何度か行った事のある場所だが、「ほったらかし温泉」は初めて。カミさんは、前にテレビで見た事があるという。

P11009151 最初に寄った桔梗屋本社は、山梨の有名なお菓子である、信玄餅の製造元だという。売店が二つあり、一方はアウトレットだという。行ってみると、確かに半値なのだが、賞味期限が明日。あまりに早いので買うのを止めた。(写真はクリックで拡大)

次は武田神社。行くのは15年ぶり位か・・・・。境内で面白いものを見付けた。赤ちゃんの命名である。生まれた子供の幸せを祈って奉納されたものか・・・ しかし最近の子供の名前は斬新過ぎて付いて行けない!?

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次に行ったのが、イチゴ農園でのイチゴ食べ放題。それは山の上にあった。温泉の熱でイチゴのハウスを温めて育てているとか。よってハウスの中は25度位あるという。しかも、イチゴの鉢が置いてあるのが、地面ではない。これによって、虫も付かないという。練乳の入った皿を貰い、たわわに実っているイチゴを食べた。柔らかいがあまり甘みは無かった。イチゴ狩りは初めての体験だった。

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それから勝沼町営ぶどうの丘に行って、ジンギスカン。ワインを飲みながら、肉をたらふく食べた。この丘から見た山並みは、まるで墨絵のようでなかなか味があった。

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それから「ほったらかし温泉」に行った。「こっちの湯」と「あっちの湯」とがあり、入り口に大きなサイコロがあって、それでどちらに入るか決めるらしい。常連さんがサイコロを振っていた。我々は、正面に富士が見えるという「こっちの湯」に行く。
中は、露天風呂だけ。だからちょっと風呂から上がると寒い。とても体を洗える状況ではない。正面に上1/3を出した富士山が見えた。青空でなかったのが残念。

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かくして今日のバスツアーは終わった。夕6時前に予定通り帰着。

このツアー、色々と見聞きした事をまとめると、商店会は180店あるという。その“クリスマスジャンボ抽選会”で、1等の「日帰り湯けむりツアー」20本(40名)。当選確率は1/200だったという。その意味ではラッキー。カミさんは、10回引いて、1等と他の等にも当たったという。
最初、バスガイドが居ないので、アレッと思ったが、終わってみると要らないな・・・。6~7人居ただろうか、商店会の世話役人が大活躍。お菓子やら、アルコールを含む飲み物、お土産の山梨名物“ほうとう”やら、干し柿まで、色々配ってくれる。まさに今日は「一期一会」だが、そこに生き生きとした商店会を見た。地方の駅前はシャッター通りが多くなっている。しかしこの商店会は元気・・・・

我が家は今まで、年末の抽選会などで当たった事が無かった。それが今回初めての当選。それほどお金が掛かっているツアーではなかったが、何とか一日楽しもう、という商店会の熱意が伝わってきた。
ちょっと遠いのだが、桜の季節に限らず、我々もたまにはこの商店街に行ってみる事にしよう。それぞれの店に、今日会った世話役さんも居るだろうから・・・

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2012年1月14日 (土)

野田改造内閣~海外メディアの反応

今朝の日経新聞に、昨日(2012/01/13)の野田改造内閣についての海外メディアの反応が載っていた。海外が日本の政治をどう見ているかが分かり、興味深い。曰く・・・

野田改造内閣 海外メディアの反応~財政改革 高い関心
    中規模だが手堅い内容/成功の可能性不透明
 野田佳彦首相が13日実施した内閣改造を巡り、海外の主要メディアは同日付の報道で、消費増税を柱とする財政改革の行方に関心を示した。
 米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)は「野党勢力をなだめ、増税方針への支持を得るために大改造を行った」と紹介。「日本メディアは小幅な改造というが、重要な時期に実施された」と指摘した。
 英紙デーリー・テレグラフ(同)は短命に終わった前任5人の首相と同じ運命に終わるのを避けるための「時宜を得た改造だ」と評した。
 中国の国営新華社は論評記事で「改造規模は中程度だが手堅い内容だ」と評価。野田首相は「これまでの安全運転からギアを入れ替え、上り坂を上ろうとしている」と伝えた。首相が消費税増税に強い決意を示していることを紹介。「野田号」は参院で問責決議を受けた2閣僚の「重荷」を減らし、民主党の岡田克也前幹事長を副総理に起用して「アクセルを踏んだ」と比喩的に表現した。
 今後の課題としては「政権運営の安定性は首相の増税方針と民意とのギャップをどの程度埋められるかにかかっている」との課題を指摘した。
 韓国の聯合ニュースは「消費増税を推進するための陣容整備だが、民主党内の反発が激しく成功の可能性は不透明だ」と分析。米紙ワシントン・ポスト(同)も首相にとって「重大な時期」と指摘しながらも、「今回の改造が首相に必要な後押しをもたらすかは確信できない」との日本の専門家の見方を紹介した。
 一方、ロシアでは改造内閣の外交政策に変更はなく、日ロ関係に大きな影響はないとの見方が多いためか、報道は少ない。野田内閣の弱体化懸念は根強く、北方領土問題などへの影響を注視する構えだ。シンガポール国営テレビCNAは閣僚の人選について詳しく報道。岡田氏の副総理起用に理解を示した上で「松原仁消費者相による拉致問題担当兼務は適任」 「(田中直紀防衛相の任命が)適材適所なのか疑問の部分もある」などと報じた。
 中国の通信社、中国新聞社は田中防衛相について、日中国交正常化を実現した田中角栄元首相の娘婿であることに注目。「防衛相への起用は両国の軍事関係改善につながる」との日本の与党議員の声を紹介した。」(2012/01/14付「日経新聞」p9より)

なるほど・・・・。海外メディアは、いわゆる棚の上から眺めている目線だが、色々な見方があるものだと唸ってしまう。しかもそれぞれの国の損得から見た見解なので、なかなか面白い。

中でも、「これまでの安全運転からギアを入れ替え、上り坂を上ろうとしている」という感じは自分も受ける。色々な情勢分析の時期を経て、“さーて”・・・というところか??
小泉首相の後の首相は、5人とも1年交替。自分の勝手な思い込みだが、野田総理は腹をくくっているように見える。つまり、“どうせ自分も1年の任期。だったら、今まで歴代首相がやり遂げられなかった課題を枕に討ち死にするか・・・”とでも思っている!?

人間、死ぬ事を考えれば怖いもの無し。つまり野田政権も、延命などは考えず、1年で歴史に残る成果を期待したいモノ。
どうも今回の政権は、神風特攻隊のような感じがして来たのだが・・・・。

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2012年1月13日 (金)

「老いて働き、お役に立って幸福に」~樋口恵子さんの話

先日、NHKラジオ深夜便で「老いて働き、お役に立って幸福(シアワセ)に~東京家政大学名誉教授 樋口恵子」(2012/01/10放送)を聞いた。
このテーマは、当サイトのコンセプトとマッチしているせいか、繰り返して聞いてしまった。樋口さんの話の中で、気になった部分をメモしてみると・・・・
(*この放送の全部(42分)をお聞きになる方は、(ここ=mp3のZIPファイル)をクリックして数分待つ)

「女の子が、食事作りくらい出来なければお嫁に行けない・・と言われてきたのは差別。しかしこれはむしろ、それをされずに育った男の子に対する差別。年を取ってくると妻だって病むことはあるし、そのときに自分自身の身の回りのことも出来ない老いたる夫たちが、どんなにパニックになるか・・・」
この話は良く分かる。
実は昨晩、我が家の年末の“サプライズ”について、叔父と叔母に電話した。叔父は82才で老人ホームにいる。6~7年前に奥さんに先立たれ、“お一人さま”も1年ほどでギブアップ。結局難病を患って、ホームに入っている。一方、叔母は8年ほど前に叔父に先立たれたが、元気にお一人さまで過ごしている。
電話の後、カミさんが言う。「女は強いでしょう!・・・」。この話は、叔父がダメというわけでは決してない。あの叔父ですら・・・という話。頭脳はまだまだ明晰・・・。叔母が強いのは、論ずるまでもない。

「お一人さまが暮らしていくには、経済が寿命に関係する。日本福祉大学の近藤克則さんがデータ分析したところによると、きれいに所得が高い人ほど寿命が長い。特に男はキレイに所得通りに居なくなる。しかし女性は男性ほど格差がない。所得が低くても、女性は自分の食事や健康を気遣って、何とかやる力を持っている。男の人は、奥さまにやって貰うのでしょうが、それが出来る所得の人と、人にやって貰えない所得の人で格差が出来てしまう。・・・」
この話も、まあそうだろうな・・・と思う。近所にそんな例がたくさんあるので・・・
120113higuchi1 この話に出てくる日本福祉大学の近藤克則さんについて興味を持ったので、Netで検索してみると、色々な情報がヒットする。(写真はクリックで拡大)
ここ)で、この話に通じるデータを見付けた。このグラフは、介護度とうつ120113higuchi2 病についての、所得との相関だが、“幸せな生活が送れているか?”と読み替えられるだろう。
こんなデータを見ても、生を司る(生物としての)女性(?)は強い・・・。

「働くことぐらい、孤立を防ぐ方法はない。孤立を防ぎ、その人の健康を保たせ、社会関係を作り、何らかの体と頭を動かして、何か人の役に立つ。その事によって人に存在を認められる。第三者や、より広い社会の人に認められる。それが働くことの意味・・・・」
結局、男の逃げ道は、働くことしかないようだ。特に男がお一人さまになった時は、働かないと孤立化して早死にする??・・・・

先の近藤克則さんの資料(ここ)の中で、韓国の「敬老堂」なる仕組みを知った。
韓国では、老人の閉じこもりが日本の半分。それは「高齢者100人に1箇所という高い密度で整備された高齢者の「サロン」施設」の成果だという。それは安いランチ付きで、健康や趣味、求職に応じる施設だという。日本にはそんなサロンは無い。
前に中国に行った時に、朝から道端や公園などのあらゆる場所が、“初老の人のサロン”化していたことを思い出した。特に、北京の天壇公園では写真も撮った(ここ)。
それに引き替え、日本の高齢者は、特に男性の引き籠もりが多いようだ。(もちろん自分もその予備軍だが・・・)

こんな話を客観的に聞いていられるのも、時間の問題・・・!? 早晩、自身の問題となって降り掛かってくるのは確実。さて、“その時”までに対策が打てるか? 自信はからきし無い・・・・
相変わらず先延ばし・・・。“臭い物に蓋”の家訓(!?)に逃げ込むエムズくんなのである。

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2012年1月12日 (木)

アンサンブル・プラネタの「中国地方の子守唄」

「ア・カペラ」をWikiでみると「ア・カッペッラ(イタリア語 : a cappella)は、一般的に、無伴奏で合唱・重唱すること、またはそのための楽曲のことである。」とある。
先日、FM放送で、アンサンブル・プラネタというグループのア・カペラを放送していた。
何となく聞いていたら、その歌声に、なぜか聞き惚れてしまった。

<アンサンブル・プラネタの「中国地方の子守唄」>

「中国地方の子守唄」
  中国地方民謡(山田耕筰)

ねんねこ しゃっしゃりませ
寝た子の かわいさ
起きて 泣く子の
ねんころろ つらにくさ
ねんころろん ねんころろん

ねんねこ しゃっしゃりませ
きょうは 二十五日さ
あすは この子の
ねんころろ 宮詣り
ねんころろん ねんころろん

宮へ 詣った時
なんと言うて 拝むさ
一生 この子の
ねんころろん まめなように
ねんころろん ねんころろん

このグループはいったい何者か・・・。Netでみると若い女性4人のグループ(ここ)。
120112ensembleplaneta HPのプロフィールには「少人数の女性でクラシック曲を新しいアレンジにて、それもア・カペラで歌うといったグループは日本でも海外でも非常に稀有なものです。さらにアンサンブル・プラネタは、クラシックやオペラに多いベル・カント唱法ではなく、ノン・ヴィブラートを多分に取り入れ、今までの合唱のイメージとは違う独特の響きと独自の新しいアンサンブル・スタイルを展開してきました。彼女達のアンサンブルは“天上の歌声”ともたとえられ、多くの方々から感嘆と賞賛の声を頂いております。」(ここ)とある。(写真はクリックで拡大)

この透き通った声は、何とも素晴らしい。しかも、今まで聞いたことが無い歌声・・・。それに、これほど女声もハモるものか・・・。(自分は男声合唱が好きだが、それは女声に比べ男声の方が良くハモる、と思い込んでいた)うーん・・・・・
透き通った声と言えば、前にプラハ少年少女合唱団「マリモの唄」を紹介した事があった(ここ)。しかしこのアンサンブル・プラネタというグループは、音大出のプロの声楽家の集まり。しかもクラシックの楽曲だけでなく、日本の抒情歌のCDも出しているという。まさに女声ダーク・ダックス?(失礼!)

しかしNHK FMの番組は、このよう新しい発見があるので楽しい。とにかく音楽の世界は広い。それらを耳に届けてくれるFMラジオは、自分にとって貴重なのである。今年もFM放送で、このような発見があると嬉しいな・・・。

●メモ:カウント~250万

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2012年1月11日 (水)

親戚付き合いに思う~ある寒中見舞いから

広辞苑で調べてみた。
「親戚=親族と縁類。親類。」「親類=血族および姻族の総称。親戚。親族。」「親族=〔法〕民法上、六親等内の血族、配偶者および三親等内の姻族をいう。」
120111shinzoku そしてNetでは、「日本の民法は、6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族を「親族」として定める(民法第725条)」
法律で定めている親族の範囲は結構広い。(写真はクリックで拡大)
昔、まだ生きていた親父の記憶により、我が家の家系図を作った事がある。1992年頃のことだった(ここ)。もちろん、この法の定める範囲は、到底網羅出来ていない。つまりは、法の定める親戚は、範囲が広過ぎる・・・。

さて本題だが、昨日、ある親戚から一通の寒中見舞いのハガキが届いた。そこには印刷された字でこんな文面が書かれていた。
「寒中お見舞い申し上げます。
昨年孫が小学校に入学しました。
又昨年一月妻***が脳出血で倒れました。
第二の人生を明るくなるべく自由にシンプルに
生きていこうと二人で話し合いました。
盆、暮れの挨拶。我が家の新年の挨拶はこれを最後とさせていただきます。
よろしくお願いいたします。」

つまりは、今までの親戚付き合いを終了したい、ということらしい。それを読んだカミさんは、良く分かるという・・・・
この親戚は、自分の従姉妹。脳出血で倒れたのは、58才になる従姉妹なのである。ハガキには、その夫と孫の男の子の二人の写真が写っていた。もちろん病気の従姉妹は写っていない。

昨年は、我が**家はボロボロだった。義姉や伯母が亡くなったりして。(狭い意味での我が家は安泰だったが)それと同時に、ハガキをくれた従姉妹の家もボロボロ。昨年1月に倒れたとき、半年入院していたという。詳しくは分からないが、半年という入院期間からして、病状は相当に重いと思われる。よって、家庭でそのような重い事実を背負って、従来の親戚付き合いは無理、そこまで気が回らない・・・、と判断されたようだ。良く分かる。
ところで、親戚付き合いとは何か? この家との付き合いは、年賀状のやりとりと、法事で顔を合わせる以外は、接点はなかった。よって残るのは年賀状くらい・・・。(兄貴や亡くなった親父とは一緒にゴルフなどをしていたようだが・・・)

まさに時間は流れている。ふと思い出したことがある。2007年の元日に、家族4人で茨城の田舎に帰った。その帰り道、夜だったが千葉の香取神宮に寄ることになり、その車の中でのこと・・・。九州にいる下の息子が言った。「毎年、何かあるかも知れない、と言って家族全員で田舎に行くが、毎年も、何も無いではないか・・・」。それに自分が答えた。「毎年みんな一緒に写真を撮っているが、何も変化が無いのはありがたいこと・・・」
結局、4人で田舎に帰ったのはそれが最後になった。そして昨年、激変した。伯母を含めて10人で写真を撮ったうち、2人が亡くなり、2人が病気で倒れた。元気なのは我が家の4人と弟夫婦だけ。時間の流れは、平穏な生活を変えていく。
昨日のハガキはそれを如実に物語っている。

最初の話に戻るが、所詮親戚と言っても、お互いの付き合いの程度による。幾ら血縁が近くても、日頃没交渉では真の親戚関係とは言えないし、逆に血縁が遠くても、親しい付き合いもある。結局は、人と人との“縁”が全てなのだろう。
お互い、トシと共に減って行く色々な付き合い。今の人は、“親戚付き合いは煩わしい・・”という話も聞くが、結局最後に(死の直前まで)残るのは親族しかいない。確かに煩わしさもある。しかしそれを乗り越えた親しい親族は、何よりもありがたい事もある。
Rev UPした家系図を眺めながら、改めて親戚を見渡す年の初めである。

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2012年1月10日 (火)

「ごみ収集にもチップ」@ブリュッセル

他愛のない話題だが、年末の朝日新聞「世界を歩いて~特派員メモ2011下」にこんな話があった。
@ブリュッセル ごみ収集にもチップ
 クリスマスも近くなった頃、自宅の呼び鈴が鳴った。ドアの前の見知らぬ男の手には、市の粗大ごみ収集のパンフレットがある。「粗大ごみはありませんよ」と言ったが、帰ってくれない。
 男は、懐から数枚のお札を取り出して見せた。「いつもこの地域のごみを運んでいるお礼にチップを」ということらしい。面倒なので5ユーロ(約500円)札を手渡した。
 翌日、別の男が同じパンフレットを持って訪ねてきた。「きのう払った」と言うと、「そいつは白い袋(可燃ごみ)で、俺は青色(リサイクルごみ)と黄色(紙ごみ)の担当だ」。あきれたが、そこまでして欲しいならどうぞと、また5ユーロ札を手渡した。
 地元の人に聞くと、この時期の恒例で、いつも払うのだという。「払わなかったとき、うちのごみだけ集めてもらえなかったことがある。そのうち消防士も来るよ」
 寄付が社会に根付く証しなのだろう。だが、行政サービスにまで、当然とばかりにチップを求められるのは、どうも釈然としない。消費税を21%も取っているのだから、その範囲でやってくれないか。とはいえ、チップをけちって万一の救急や火事で手抜きをされてはかなわない。消防士が来たら、いくら払おうか思案中だ。(野島淳)」(2011/12/30付「朝日新聞」p9より)

日本人にとって、チップの風習はどうも馴染めない。海外に行って、まずガイドさんに聞くのが、チップは幾らくらい包めば良いのか・・・だ。自分が初めて海外出張をしたとき、海外出張のベテランに教わったのが「ベルボーイなどは、チップが前提で給料が決まっている」ということ。よって彼らにとっては、チップは決して付録ではなく、主要な収入なのだ。
だからと言って、チップ文化のない日本人は、いつまで経っても釈然としない・・。

建前的には、チップは“お礼”であり“感謝の印”。しかし現実は義務。上の記事のように、チップをケチってイジワルされるのも困るし・・・。
日本の場合は、“明快に”とばかりに、レストランなどで“サービス料10%”ナンテいうのもある。いつも“そんなにサービスされていないのに・・”とも思う。
もちろん「郷に入れば郷に従え」が原則だが、それにしても“日本は良い国”だ・・・・

ふと、タマに掛かってくるセールスの電話のことを思い出した。我が家は番号を電話帳に載せていないこともあって、セールスの電話は少ない。それでも自分は、“面倒!”とばかりに無愛想な対応をするのだが、よくカミさんに叱られる。
「相手も商売。もしそれが自分の子どもだったら・・・と思って、もう少し丁寧に対応したら?」という。確かに、カミさんはエライ。自分も、一瞬我慢して紳士的に対応すれば、例え断るにせよ、悪い余韻は残さない。しかし不愉快を撒き散らしながら対応すれば、相手も不愉快になるだけでなく、自分も不愉快。
これも“悟り”の話なのかも・・・

「損して得取れ」という諺もある。こんな話題を読みながら、「もし自分だったら・・・」とドキッとして、回りを見回しながら(自分の本性を気取られないように)読んだ記事ではあった。

*ついでにブリュッセルという場所。ベルギーはオランダ、ドイツ、フランス、ルクセンブルクに囲まれた国だが、彼(か)のルクセンブルクと同じように、自分にとっては印象が薄い。「ブリュッセルってどこにあるの?」と聞かれても???
こんな小国も含めて、一度世界旅行をしたら印象が強くなっただろうが、もうその元気もカネも無い・・・・。そのうちNHK「世界ふれあい街歩き」(ここ)で、擬似旅行でもしよう。

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2012年1月 9日 (月)

昔のビデオカメラをDVDに焼く

今日は、ひょんな事から、昔ビデオカメラで録った絵を、DVDに焼く作業をしてしまった。
今の時代は、家庭用のビデオカメラはごく普通。否、もうはやりの峠は越えてしまっているのかも?
自分が最初にビデオカメラで家族を撮ったのは、昭和56年(1981年)12月13日。つまり、ちょうど30年前だ。さすがにこの時代には、ビデオカメラの記録は珍しかっただろう。当時は、ベータとVHSが争っていた時代。自分はベータのテープに録画した。

前に、ベータのデッキが壊れる事を想定して、D-VHSにダビングしておいたが、それが生きている。自分のベータのデッキはさすがに壊れ、既に再生の手段はない。しかしデジタルVHSのデッキは、何とかまだ動いている。これも既に過去の遺物。よって、D-VHSが動いている間に、汎用性の高いDVDフォームで焼いておいた方が無難。そんなワケでDVDへの保管作業をしたわけ・・・。
都合12時間分。DVDに焼いたら、12枚になった。見ると、何度か見た絵もある反面、一度も見ていない場面もある。もちろん主役は子供だが、昭和63年に2度目に建てた家は、建設過程を克明に記録したもの・・・。

子供は、上の子供が3歳から10歳まで、今の家に引っ越すまで録っている。まさに昭和63年、昭和の終わりまでである。逆に、それを機にぷっつり・・・。
その後、1度だけ1993年、子供が15歳と13歳の時に回したが、それっきり・・・

これは良く分かる。子供がまだ可愛い時は撮る気にもなるが、思春期になって憎たらしくなってくると、撮る気にならないのは当然のこと。
かくしてテープは永い眠りにつく。そして、そのうちに再生の機械が無くなって、テープも捨てられる・・・。それが普通・・・。
それなのに、なぜ今頃それが気になったのか・・・。

ここ1~2日のダビング作業でのドタバタで、一つだけ変化がある。絶対に見ない、と言っていたカミさんが覗きに来る。そして昔を懐かしがっている・・・。これは我が家にとって大きな変化・・・
先日、過去を振り返ることについて書いたが(ここ)、過去を絶対的に否定していたカミさんも、一皮剥けたのかも・・・・・
たぶん誰も見ない昔のビデオ。自分も、それが気になるトシになったと言うワケかもね・・・

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2012年1月 8日 (日)

「気持ちを切り替える」~いまから変えていく

先日の新聞にこんなコラムがあった。
気持ちを切り替える~いまから変えていく
 年が改まって、新しい目標を立てた人も多いはずだ。正月は、気持ちを切り替えるきっかけになる。私たちは悩んでいるとき、過去を振り返って後悔していることが多い。なぜあのようなことをしたのかと考え込み、自分を責める。
 自分がうつ病になった体験を「やまない雨はない」という本にまとめた気象エッセイストの倉嶋厚さんは、そのときの心境について「過去を振り返れば後悔ばかり、先を見れば不安ばかり」と話されている。しかし、人生予報は当たらないとも話される。
 これから先、何か起こるかわからない。過去を変えることもできない。ただ、いまから変えていくことはできる。いまから準備をすることはできる。逆に言えば、過去を変え将来を変えることができるのは、いましかないのだ。
 同じくうつに苦しんだ女優の音無美紀子さんは、一番早く行動できるのは「いま」だと、講演でお話しになる。それぞれに体験に基づく言葉だけに重みがある。私が監修しているウェブサイト「うつ・不安ネット」の内容分析からも、過去からいまに視点が移ることでこころが軽くなることが示されている。
もっともこうした発想は、日本ではなじみの深い考え方でもあるようだ。禅では、私たちが瞬間瞬間に生まれ変わっていると考えるという話を昨年末聞いた。確かにやまない雨はない。今年もまた過去を認め、前を向いて生きていきたいと考えている。(国立精神・神経医療研究センター 大野 裕)」(2012/01/06付「日経新聞」夕刊p7より)

自分の過去を振り返った時、“ベスト”と言える人がどれだけ居るだろう? ほとんどの人は、自分の過去の行動を反省する。

今月(2011年1月)の日経新聞「私の履歴書」は、1997年から10年間、英首相を勤めたトニー・ブレア氏である。43歳にして英国の首相になった人も、こんなことを書いている。
「・・・・首相退任後、私は中東和平の支援や、異なる宗教間の対話促進のため世界を飛び回っている。58歳になった今、感じるのは自分が指導者だったときにいかに無知だったか、世界にはいかに多くの学ぶべきことかあり、その変化のプロセスがいかに魅力のつきないものかということだ。時々、自分があまりに若くして指導者になってしまったのではないかと思うほどだ。・・・」(2012/01/01付「日経新聞」p48より)

自分が現役の頃、“過去の自分の行動を後悔し、反省するということは、少なくても今の自分はその時点よりも成長した証なのさ・・”とうそぶいていたもの・・。
そうかどうかは分からないが、ブレア元首相に限らず、トシと共に分別が付いて行くのは誰も経験する。

後悔の過去ではなく、“栄光の過去”がある人は、“その時代なら戻りたい”と思うもの。それも、どの位の人がそう思うのだろう? どの位の人が自分の過去にOKを出すのだろう・・・。

同じく日経新聞のブレア氏の「私の履歴書」に、こんな一文もあった。
「・・・母は私か22歳のときにがんで亡くなった。容体が悪化したのは私か大学の卒業試験の準備で忙しい時期だったので、父と兄は母の本当の容体を私に知らせなかった。大学を卒業して帰省すると、駅まで迎えにきてくれた父は「お母さんの具合がとても悪いんだよ」と言う。「知っているけど、まさか死にそうなわけじゃないんでしょう?」。私は父が安心させてくれることを期待していた。「いや、どうやら危ないんだ」。それが父の答えだった。
 死が直前に迫ったとき、私は母にたずねた。「もう一度若いころにもどって人生を生きてみたい?」。母は答えた。「いいえ。あまりにも多くの苦痛があったわ。もう一度繰り返したいとは思わないよ」「だけど母さん、人生は幸せだったんでしょう?」「もちろんそうよ。だけど、もう一度繰り返すのは絶対嫌です」。母の言いたいことは今になってわかった。心配と満たされなかった希望、あまりに多くの骨折り。結局骨折りこそが人生の目的なのだ。・・・」(2012/01/02付「日経新聞」より)

この記事を読みながら、どこかで聞いた事のある言葉だと思った。実はウチのカミさんも、“過去には絶対に戻りたくない”という。それはブレア氏の母親と同じように、苦労の連続だったから・・・。
でも捉えようによっては、“今が一番”ということで、それはそれでハッピーなこと。

話は戻るが、音無美紀子さんが鬱だったとは知らなかった。カミさんに言わせると、結構有名な話らしい。
つまりは、どんな人も、いつ何どき、どんな病気になるか分からない。誰でもあらゆる可能性がある。それはある確率で確実に起きる。
5年ほど前に、障害者自立支援法について考えた時、“日本の家庭で障害者が居る可能性は6.5%”と計算した(ここ)。

今が平穏としても、自分が病気で障害者になる事など、まさに“これから先、何か起こるかわからない”のである。
そして、その時の心構えが「気持ちを切り替える~いまから変えていく」なのかな・・・と思いつつ、この記事を読んだ。

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2012年1月 7日 (土)

終の棲家をどこにする?

“終の棲家”といっても、老人ホーム探しのことではない。「老後、どこで住むか・・・」という話・・・・
昨夜、半年ぶりで、元の会社の同期会(ここ)があった。キッカケは、Kくんがこっちの家を引き払って故郷の名古屋に引っ越すという。それを理由にミニ同期会が開かれた、というわけ・・・。

Kくんの話によると、家が区画整理の対象となり、家の建て替えが必要になったとか。それで、どうせ建て替えるなら、自分の故郷の名古屋か、奥さんの故郷の新潟に建てよう・・という話になって、色々土地を探したが、気に入った物件が見付からず、結局名古屋で建て売りを買ったとの事。実家は既に無いが、兄弟たちが近くなったという。
スーパーも、今は家から2キロ位あるが、今度はそれも近いという。その点では便利に。

こんな話を聞きながら、それも有りだな・・・と思った。
サラリーマンがどこに住むかというと、どうしても通勤先に左右される。ベッドタウンから都内に通っているなら別だが、自分のように都下に住んでいると、家を建てる際は、やはり通勤に便利な所、となる。
考えてみると、子供の頃の住居はほとんどが、父親の仕事に関係する場所、となる。自分の場合も、生まれの埼玉も親父の会社の近くだったし、中高校生時代を過ごした茨城も親父の会社の近く。
その点、Kくんのように子供がいない場合、または子供が家を出た後、リタイアした夫婦二人だけの場合は、何も今までの家に固執することはない・・・、という話も出てくる。なるほど・・・。そりゃそうだけど・・・。

前にカミさんの友だちが、見合結婚で郷里が近かった事もあり、「リタイア後は郷里に帰るぞ!」と言っていたが、いざ帰ろうとしたら、兄弟から「今更、何で帰ってくるのか」と言われて断念したとか。郷里に帰るのも良いが、それまでの兄弟間の付き合いが大きな意味を持ってくるようだ。

でも経緯は何であれ、やはり永く住んでいたところには愛着が生まれる。また、年を取ると、別の環境に慣れるのがおっくう、ということもある。これも各人の持っている“エネルギー”による。(←実は我が家では相変わらずカミさんが「賑やかな駅前のマンション!」と言っている。いつになったらそのエネルギーが減るのかな・・・・)

同じ年代だと、家族の色々な出来事が、人ごととは思えない。Iくんは、奥さんがパーキンソン病で、その介護のために昨年3月で会社を辞めたとか。聞くと奥さんは14年前に発病して徐々に進んできた、とか。前に1ヶ月ほど入院した事があり、マンションに帰ると誰も居ない・・という寂しさに、「とにかく生きていてくれさえすれば・・」と言っていた。これも男の本音。
その他、早期退職制度で辞めたが、次の会社で生き生きと働いており、「70歳まで働く」と言っていたSくん。その話を横で聞きながら「働きたいヤツには働かせておけばいいのさ」とうそぶいていたWくん。座骨神経痛を抱えているOくん、明日の山登りのために早寝して、この同期会をすっかり忘れてドタキャンしたYくん。まあ色々だ。

しかし、段々と親の介護の話から、自身の家族の介護や病気の話になってくると、“体力のあるうちに、したい事はしておかねば”と思う。
それで・・・リタイアして何をする? うーん。それが問題なのだ。

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2012年1月 5日 (木)

2010年の日本の1人当たりドル換算GDPは過去最高の14位

先日の新聞に2010年のドル換算のGDPで、日本が過去最高の14位になったとの記事があった。曰く・・・(写真はクリックで拡大)

1人当たりGDP、ドル換算最高額~世界14位に上昇~円高がかさ上げ
 内閣府が26日発表した国民経済計算確報によると、2010年のドル換算の1人当たり名目国内総生産(GDP)は4万2983ドルとなった。09年より9%増え、過去最高を更新。経済協力開発機構(OECD)加盟国を対象とする国際順位は14位と、前年から2つ上がった。ただ1人当たりGDPは円高・ドル安で押し上げられた効果が大きく、長期間にわたるデフレや低成長で日本経済の「実力」は米国などに見劣りしている。
 1人当たりGDPは4年連続のプラスとなったが、その要因は「かなりの部分が円高」(内閣府)。10年の円相場は平均で1ドル=87円78銭で、09年平均から7%も円高が進んだ。
Image08632  内閣府によると、OECD加盟34力国での日本の順位は前年の16位から2つ上昇。主要国では8位の米国、9位のカナダに次ぐ。ただ00年と比較すると日本の1人当たりGDPは15%増えただけ。一貫して首位の座を守り続けるルクセンブルクはこの問、2.3倍に膨らみ、米国も33%伸びた。
 10年の世界全体のGDPに占める日本の割合は8.7%と、前年と変わらなかった。中国は前年の7.7%から9.4%に拡大したが、1人当たりGDPは4430ドルと、今なお日本の10分の1程度。
 OECD諸国で最低のメキシコ(9556ドル)と比べても半分以下にとどまった。
 円換算の1人当たりGDPは10年度に374万2千円と、前年度に比べて1%増加した。
 新興国向け輸出の拡大などで3年ぶりに増加に転じたが、リーマンーショック前の07年度(400万8千円)より7%も低い。」(2011/12/27付「日経新聞」p5より)

<OECD諸国のドル建て1人当たり名目GDP>
(10年、単位ドル、カッコ内は09年度の順位)
順位  国  名   金額
1(1)ルクセンブルク 105,313
2(2)ノルウェー   84,473
3(3)スイス      67,802
4(8)オーストラリア 56,395
5(4)デンマーク   56,255
8(9)米 国      46,588
9(15)カナダ     46,236
14(16)日 本    42,983
15(14)ドイツ     40,123
17(13)フランス   39,475
18(18)英 国     36,158
19(19)イタリア   33,924
23(21)ギリシヤ   26,631
26(27)韓 国     20,757
34(34)メキシコ   9,556

この記事で、自分のようなノー天気でも直ぐに気が付くのは、“ルクセンブルクって何者だ!??”
実はこの国、自分は良く知らない。地図を見るとドイツ、ベルギー、フランスに囲まれた小国で、人口はたった50万人弱。日本で言うと広さは神奈川県(人口900万人)と同じくらいで、経済規模は青森県(136万人)と同じくらいだという。しかし経済的には豊かな工業国であり金融大国。何とも不思議・・・・。研究(勉強)する価値はありそう・・・!?

さて、この日本の14位をどう見るか・・・。ほとんどがいわれのない円高が原因である事は疑う余地はない。でも・・・・。共働きが普通の北欧(ここ)には負けるとしても、オーストラリアやカナダに負けているのは残念。しかしドイツ、フランス、英国には勝っている。意外なのは、ギリシャ・・・。今日のニュースではユーロはとうとう98円台。昨年、EUであれだけ世界を震撼とさせた国なのに・・・。しかも躍進中の韓国よりも高い・・・。

Image08612 ついでに、ジニ係数のグラフも見つかった。(2012/01/01付「朝日新聞」p2)これは国民の平等さの指標だが、北欧は別格としても、日本はフランス、ドイツなどよりも格差は大きく、格差の大きい米国を別格としても上位にランク付けされている。

まあ、こんなグラフを眺めていると、今年の日本のするべき色々なアイテムが見えてくるよね・・・。でも現実の国の政治は・・・・・!?

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2012年1月 4日 (水)

婚姻67万組、戦後最少/人口自然減最大20万人超(2011年推計)

元日の新聞には、人口の話題がよく載っている。当サイトの昨年の元日の記事も人口問題を取り上げたが(ここ)、今年も新聞に同じような記事があったので見てみよう。

日経新聞にこんな見出しがあった。「婚姻67万組、戦後最少・・・」。曰く・・・(写真はクリックで拡大)
人口自然減最大20万人超 2011年推計 婚姻67万組、戦後最
2011年の日本の人口減少幅は過去最大の20万4千人にのぼることが31日、厚生労働省の人口動態統計(年間推計)で分かった。出生数が死亡数を下回る自然減は5年連続で、20万人を超えるのは初めて。婚姻件数は67万組で戦後最少となる見通し。東日本大震災をきっかけに「絆」が再認識された年だったが、前年比3万組の減少で、少子化の一段の加速につながる可能性もある。」・・・
Image08621 「婚姻数は年間100万組を超えた1970年代前半をピークに減少し、78年に80万組を割り込んだ。87年にこれまで最少の69万6干組となった後、88年からは70万台で推移していた。厚労省は「少子化で結婚適齢期の女性が減っていることが影響している。初婚年齢が変わらなければ今後も減少が続く」と説明する。・・・・・
 国立社会保障・人口問題研究所が10年6月実施した「出生動向基本調査」では、18歳以上35歳未満の未婚者のうち、「交際している異性がいない」とした男性は05年の前回調査より9.2ポイント増の61.4%。女性も4.8ポイント増の49.5%だった。
 「一生結婚するつもりはない」と答えた男性は2.3ポイント増の9.4%、女性は1.2ポイント増の6.8%で、独身志向の未婚者の増加傾向が明らかになっている。」(2012/01/01付「日経新聞」p46より)

前にも耳にした数字だが、男性の6割、女性の5割が彼氏・彼女が居ないという。それから結婚する気が無い人を差し引くと、男性の52%、女性の43%は、“その気はあるが相手が見つかっていない”ということか・・・・。
これでは少子高齢化に歯止めが掛かるわけがない。国の対策は簡単。当サイトの持論だが、“国立・お見合いセンターの設立”しかあるまい。全国に国の責任で“お見合い”をさせるのだ。最近は少ない・・・なんて言っている場合ではない。少子化対策担当大臣の“蓮舫くん”は、なぜそんな簡単な事に気が付かないのだろう?

もう一つ、同じ日経新聞にこんな記事もあった。曰く・・・
<20年後めがね>日本の人口10%減、3人に1人高齢者
 日本の新しい世代が背負う課題は重い。国の活力維持には、増える高齢者を若い世代が支えるための工夫が必要になる。
 1992年。当時の経済企画庁(現内閣府)が発表した国民生活白書の副題は「少子社会の到来、その影響と対応」。「少子化」という言葉が浸透するきっかけになった。それから20年の2012年。少子高齢は日常風景となった。
Image08601  さらに20年後。政府予測によると2030年の日本の人口は10年時点から10%近く減り、1億1500万人台に。23%だった65歳以上の人口割合は30%を突破。ほぼ3人に1人が高齢者になる。
 国連によると、日本人の「平均年齢」は10年の45歳から20年後には51歳に上がる。中国やブラジル、インドなど新興国の平均年齢もじりじりと上昇し、同じ課題と向き合う。日本の若い世代が課題をどう解決するのか。世界が注目する。
 巨額の政府債務も重荷だ。残高は経済規模の2倍に達し、ギリシャも上回る。消費税率を段階的に10%に引き上げたとしても、20年後に債務の膨張が止まっている保証はない。債務削減に向けた若い世代の決断も重要だ。」(2012/01/01付「日経新聞」p9より)

これも毎年話題になる議論。国の老化対策への進展は???・・・イライラするね。
でも、これも先と同じこと。
話は飛ぶが、朝ドラ「カーネーション」が再開した。今日は終戦の日の場面。戦争で出征していった人は、皆が死んで帰ってこない。
そう・・・。先の国の老化防止の対策など、直ぐに頭に浮かぶ・・・。発想は戦死の逆だ。つまり、もう一度“赤紙”を復活させたら?
“結婚したいが相手が居ない”若者は、男女を問わず全員を“軍隊もどき”に赤紙で徴用して、相手を見付けて子供を二人作るまでは帰れない・・ナンテいう仕組みを作ったらどう??
なぜか年初からバカバカしい妄想に明け暮れるエムズくんではある。

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2012年1月 3日 (火)

東京レディース・シンガーズと池田直樹の「荒城の月」

当サイトで、「荒城の月」を取り上げるのは2度目。前に「「荒城の月」の研究?」(ここ)というタイトルで書いたのが、2008年10月 5日なので、もう3年も前。今日は、最近自分が良く聞いている東京レディース・シンガーズと池田直樹の歌を紹介したい。

<東京レディース・シンガーズの「荒城の月」>

   「荒城の月」
     作詞:土井晩翠
     作曲:瀧廉太郎
     編曲:平井康三郎
   1)春高楼の 花の宴 巡る盃 かげさして
    千代の松が枝 わけ出でし 昔の光 いまいづこ

   2)秋陣営の 霜の色 鳴きゆく雁の 数見せて
    植うる剣に 照りそいし 昔の光 いまいづこ

   3)いま荒城の 夜半の月 変わらぬ光 誰がためぞ
    垣に残るは ただ葛 松に歌うは ただ嵐

   4)天上影は 替わらねど 栄枯は移る 世の姿
    写さんとてか 今もなお 嗚呼荒城の 夜半の月

この演奏で、何が気に入ったかって? 合唱の副旋律・・・・。これは2部合唱?それとも3部合唱?
120103tokyoladys 自分にとっては、この編曲が何故か懐かしい。前の記事でも書いたが、旋律が単純すぎる「荒城の月」。つまりは編曲や歌い手次第で大きく変貌してしまう、ある意味難しい歌だ。それを東京レディース・シンガーズは、懐かしい正統派の合唱曲として聞かせてくれる。
この編曲は誰の編曲?・・と調べてみたら、何と平井康三郎だった。それで納得・・・・!
でもこの副旋律を自分が心地よく聞いているということは、自分も過去にどこかで、この旋律で歌ったことがあったのかも・・・

次に紹介したいのが、池田直樹のバリトンによる「荒城の月」。

<池田直樹の「荒城の月」>

この楽曲が気になるのは、何と言ってもバックがフルオーケストラであること。その大音響に負けじと、池田直樹が朗々と歌う。所々、歌声がオケに負けそうだが、フルオーケストラとの同時録音(?)のせいかも知れない。
このゴージャスな演奏も最近よく聞いている。調べてみたら、この演奏のバックはどうも東京フィルハーモニー交響楽団らしい。

ともあれ、それこそあらゆる歌手が歌い、録音してきた「荒城の月」。自分の中では、これらの音源も大切な位置付けである。

(関連記事)
「荒城の月」の研究?

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2012年1月 2日 (月)

初詣と今年の年賀状・・・

例年、初詣に行っている東京日野にある高幡不動尊。昨年は、元日に行ったら駅からお寺まで長蛇の列。それで今年は今日2日の夕方に行ったのだが、何と、昨年と同じく駅からまた長蛇の列・・・。駅前に「最後尾」と書いたプラカード・・・・。(写真はクリックで拡大)
P11008861 昨年はウルサい息子共と4人で行ったが、今年は夫婦二人だけなので、フットワークも軽い。お寺の正面からのお参りはあきらめて、年末に頼んでおいたお札だけもらって帰ることにして、裏道からお札引き渡し所に直行し、Uターン。すると、新しいお宮を見付けた。それで、今年のお参りはそこで良い事にして、“正式に”お参りした。まあ本殿には年末にご挨拶したので、良しとしよう。それで昨年同様、遠いところから本殿に向かって、二人で手を合わせた。そして例年通り、五重塔の階段の同じ店の甘酒を飲んで帰る。
お札は、長男はいつもの「身体安全」、次男はなぜか「家内安全」・・・・。

P11008971 P11008771 P11008791

しかし昨年から急に混み出した(?)初詣。何故なのか・・・。カミさんに言わせると、「不況なので皆神頼みなのでは?」 ・・・そうかも知れないな。

さて、元日に届いた年賀状。人それぞれ、パターンが決まっている。その中でも、家族の写真の年賀状が一番楽しみ。元アナウンサーのEくんは、写真が趣味なこともあって、10年前と20年前の家族写真が一緒に写っている。小さな子供二人が、青年になって今は大人・・・。いつも思うのだが、親と子供はここまで似るか・・・?
もう一つ送られてくるのが、会社関係のKくん。子供が出来るのが遅かった事もあって、べた可愛がりが写真にもクッキリ。でも双子のお嬢さんも中1。添え字は「ついに、お風呂に一緒に入ってくれなくなりました・・・」。何と贅沢な!自分の心の中では“羨ましさ”がムクムクと・・

小中学校の同級生だった仙台の大学の先生は「今春定年を迎えます。今後どう暮らせばよいのやら、という所です」。功成り名を遂げた大先生は、定年後も安泰だとばかり思っていたが・・・・。
同じく郷里の地銀の支店長だった男は、「昨年8月で仕事を卒業して暇を持て余しております。苦痛でなければ、現役を続行した方が良いと思います」という、ありがたいアドバイス・・・。自分の今後について、考えさせられる。
会社の先輩のSさんは、いつも長文の近況報告が面白い。合唱団でパリに行って演奏会をしたり、少年野球の合宿やらと、定年後の“フル回転”の活動が目に見え、スゴいな・・・と毎年思う。
大学や会社の同期からは、(我が家でタブーの)孫の話が相変わらず多い。「今は3人の孫の成長を楽しみにしています」とか、会社の寮で隣だったTくんは、「娘が昨年結婚(入籍)しました。何故か式は今年にするそうです」・・・・。「フン!勝手にどうぞ・・」と思うと同時に、今はそんな時代なのか・・・と。
それに「介護」という文字が多くなってきたのも、年代的には仕方がないか・・・

我々シルバー世代とはいえ、メールの賀状もチラホラ・・・
その中の“圧巻”は、元上司のTさん。ウワサには聞いていたが、昨年子会社の社長を卒業された後、“次のステップとして”、何と今は中国の大学の日本語の教師を始めたとか・・・。それで現在中国に居るために、メールでの賀状・・・。一緒に付いていたblogにアクセスしたら、中国の大学での活躍の様子が載っている・・・。当然のごとく、中国語の勉強も始めたとか・・・。年齢も確か65歳・・・。それでこの意欲・・・・。
まだ詳細には読んでいないが、当blogのコンセプトである「定年後どうしよう・・・」の模範解答が、今日明らかになってしまった・・・。自分のようなスケールの小さな人間では足下にも及ばないが、こんな定年後の生き方もあるのかと、ちょっとショック!

ともあれ、正月は「年賀状」という手段で、自分の人生で関係のあった色々な人の消息が分かるひととき。これら、自分では到底及ばない世界にチャレンジしている姿を垣間見て、今後の自分の“サンデー毎日の過ごし方”に対して、爪の垢を煎じて飲むことにしよう。

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2012年1月 1日 (日)

元旦と元日~「朝」か「まる一日」か

明けましておめでとうございます。今年も当サイトをよろしくお願いいたします。「いい加減にしたら?」と言うカミさんの言葉にもめげず、たぶん続けると思うので・・・・

2012年の始まり。平成で言うと24年だ。さてさて今年はどんな年になるやら・・・。
でもまあ、我が家では少なくても1つは良い事がありそうなので、今までになく楽しみな年ではある。

先日の日経新聞に、こんな記事があった。曰く・・・
元旦と元日~「朝」か「まる一日」か・・・
・・・・そして年が明ける。そこで今回は、元旦と元日の違い。
 元旦って元日のちょっと改まった言い方だと勘違いしている人が意外と多い。例えばネットを探索すると、「元旦のお昼にお雑煮を食べた」とブログに書く人あり、「元旦は夜6時から営業します」と告知する居酒屋あり。「福袋は元旦正午から販売開始」というチラシや、夜のテレビ番組に「元旦スペシャル」と冠が付いているのを見たことも。
 そう、これらはみんな間違い。元旦とは元日すなわち1月1日の「朝」のことなのだ。だから「元旦の朝」というのも重複表現になり正しくない。「旦」という字は、上の日が太陽を、下の線が地平線を表していて、「地平線から昇る朝日」の意味をもつ。「元」はいうまでもなく始まり、原点の意味。初日の出を拝み、一年の始まりを厳かに祝う朝のイメージが、元旦という言葉に重なる。
 ところで初日の出といえば、元旦に雲の上から日の出を見る「初日の出フライト」をご存じだろうか。日本航空や全日空などが毎年企画するこのチャーター便、けっこうな人気だとか。
 機上で見るか山頂で見るか、はたまた海辺で見るかはともかく、元旦にはぜひ早起きして年初めの日の出を拝みたいもの。(ライター松田亜希子)」(2011/12/24付「日経新聞」s3頁より)

この記事とは関係無いが、世はスマートフォンの時代。でも自分はそれを使った事がない。パソコンがあれば、何も歩きながらのパソコンは必要がない・・・と、うそぶいていた。
ところが、昨夜、息子が使っているauのスマートフォンを色々といじってみたら、それはスゴい機能。紅白歌合戦などのテレビ番組はそっちのけで、つい夢中になってしまった。
先ずは、何と3Dのカメラが付いている。感度も良い。カシャッと試しに写したら、メガネも掛けずに立体像が大きく映る。その画面にカミさんも大喝采!?
Googleのストリートビューでは、我が家がクッキリ・・・。それに息子は声で住所を言っている。音声認識は、最初の登録などが大変で、誤認識も多いはず。でもそれが結構正確なのだ・・・。
こりゃ参った。まあ地デジを見慣れている自分は、ワンセグテレビだけはNGだけど、機能的には、まさにオールインワン。
試しに当サイトにアクセスしたら(これも息子が声で入力)、パソコン見るのと同じ画面が出て来た。リンクも動くし、MP3のプレヤーも動く。単に見るだけなら、パソコンは要らない!?
いやはや、自分が未だにXPにこだわっているウチに、世の中はどんどん変わって行く。まさにビルゲイツ氏からジョブズ氏に変わって行った様子がうかがえる。

でも自分は、このスマートフォンは欲しくない。重いし、見るからに電池を食いそう。息子も唯一の欠点は電池だと言っていた。
若い人と違って、そう街中を遊び歩くことがない我々シルバー族は、地図が手元で即時に現れなくても、そうは困らない。それに、「パソコン+携帯電話」よりも優れている機能は、そんなに無いのでは??
・・・とは言っても、まあ世の中進んで行く。今年は、知らないのに「不要!」とは言わないで、テキを良く知った上で「不要!」と言うオヤジに成長(?)しよう。
「ホントウに自分はスマートフォンが必要無いのかな??」と思い悩む(?)“元日”ではある。

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