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2011年12月の26件の記事

2011年12月31日 (土)

2011年の重大ニュース・ベスト20

広辞苑で「サプライズ」を引いてみたが、さすがに載っていなかった。Netで見ると「サプライズ 【surprise】=驚かせること。また、驚き。」とあった。
まさに我が家の年末は、最後の2~3日で信じがたい「サプライズ」の話が飛び込んだ。世の中、こんなこともあるのか・・・。いやはや世の中、そう捨てたモノではない・・。(それ以上を書けないのが残念だが・・・)

さて、いよいよ大晦日。色々あった2011年も暮れて行く。先日の朝日新聞に2011年の重大ニュースが載っていた。年末なので、それらを振り返ってみよう。

<2011年の重大ニュース・ベスト20>
①東日本大震災発生 2685票
②福島原発で高濃度放射能 2339
③なでしこジャパンが世界一 1935
④ビンラディン容疑者を殺害 1357
⑤タイ、洪水で甚大な被害 1120
⑥カダフイ大佐が死亡 994
⑦地デジ移行 940
⑧大阪ダブル選挙、維新圧勝 934
⑨スティーブ・ジョブズさん死去 881
⑩タイガーマスクのプレゼント 864
⑪ニュージーランドで強い地震 814
⑫大相撲で八百長メール発覚 789
⑬タレント島田紳助さん引退 771
⑭中国の脱線事故で35人死亡 704
⑮電力使用制限令が開始 683
⑯国産スパコン、世界一奪還 619
⑰天然ウナギを発見 611
⑱小笠原諸島、世界遺産に 572
⑲平泉、世界遺産に 563
⑳エジプト・ムバラク大統領辞任 560
(2011/12/24付「朝日新聞」b2ページより)

Image08471何と言っても、大震災と原発事故が今年の全て。議論の余地はない。震災が無かったら原発事故も起きなかったわけで、その意味では震災の第1位は当然。(写真はクリックで拡大)
それにしても、「なでしこジャパンが世界一」が群を抜いた3位というのも、戦後の「りんごの歌」現象を思い出す。(←ナーンテ本当は、自分はこの時代を知らないのだが・・・)つまり、それでなくても暗い世の中に、明るい光を与えてくれた・・・。

ふと思い出した。昔現役時代だった頃の工場で、年末になると「工場重大ニュース・ベスト10」をやっていたっけ。それを年末に体育館で開く工場忘年会で発表した。マイナーな事業領域だった自分たちの仕事では、なかなかそのテーマには挙がらなかったが、まあ人生そんなモノ・・・
「今年の重大ニュース」は人それぞれ・・・。つまり、重大ニュースは人の数だけ存在する。
何?それで我が家の重大ニュースは??
年末に飛び込んだサプライズ(内緒!)がダントツの1位で、あとはどうでも良いのさ・・・・。震災や親戚の不幸など、色々あったが、「終わり良ければすべて良し」さ・・・・。
いや~~今年は良い年だった。(←何?今まで言っていたのと違うって? ホホホ・・・)

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2011年12月30日 (金)

「幸福度」自治体競う

先日の日経新聞に「「幸福度」自治体競う~ブータン国王来日で脚光」という記事があった。今年もとうとう、明日の大晦日を残すのみ。“幸福”の話で今年を締めくくるのも良いかもね・・・。
曰く・・・・
「幸福度」自治体競う~ブータン国王来日で脚光~夢・誇り、笑いの数値化
 東日本大震災で、生き方や社会のあり方が問われた2011年が間もなく暮れる。経済的指標より国民の幸福感を重視するブータンが注目を集めるなど世界的に幸福度がブームになる中、全国の自治体でも住民の幸福度を探り、政策立案に生かそうとする動きが広がった。・・・
熊本県の蒲島郁夫知事は、・・・幸福度の最大化を掲げ、・・・・まず幸福を感じる要因を「夢を持っている」「誇りがある」「経済的な安定」「将来に不安がない」の4項目12項目に分類。・・・・」(2011/12/26付「日経新聞」p31より)

自分が「幸福度」を知ったのは、NHKハイビジョン特集「五木寛之21世紀・仏教への旅」 第3回「幸福の王国をめざして~ブータン」(ここ)を見てから。それ以来、何度か当blogでも取り上げた。毎度書いていることだが、この幸福度、指標が非常に難しい。この日経の記事でも、各自治体が指標作りの“研究”をしている。まさに幸福度は“研究次元”のテーマなのだろう。

この記事で、先に法政大学が発表した幸福度ランキング(ここ)を各都道府県別に特徴を図示していた。どの県は、何が特徴かが分かる。

<都道府県の幸福度>
北海道(43)趣味・娯楽の時間が長い①
青森(40)継続して働く期間が長い③
岩手(22)交通事故が少ない②
宮城(36)未婚率が低い①
秋田(37)刑法犯罪が少ない①
山形(19)継続して働く期間が長い①
福島(27)公害苦情件数が少ない①

茨城(30)悩みのある人が少ない②
栃木(26)労働災害が少ない②
群馬(25)生活保護が少ない⑥
埼玉(44)医療費が少ない①
千葉(33)転入者の比率が高い②
東京(38)下水道普及率が高い①
神奈川(33)地方債残高が少ない①

山梨(14)悩みを相談しやすい③
長野(7)男の平均寿命が長い①
岐阜(13)完全失業率が低い③
静岡(19)仕事を持つ人が多い②
愛知(21)仕事を持つ人が多い①
三重(9)貯蓄が多い①

新潟(10)正社員比率が高い②
富山(2)出火件数が少ない①
石川(3)家が広い③
福井(1)保育所に入りやすい①

滋賀(11)男の平均寿命が長い②
京都(429出火件数が少ない②
大阪(47)くつろぎの時間が長い①
兵庫(45)労働時間が短い①
奈良(31)自殺者が少ない①
和歌山(32)老衰で亡くなる人が多い③

鳥取(4)交通事故が少ない③
島根(8)老衰で亡くなる人が多い①
岡山(24)女の平均寿命が長い④
広島(18)負債が少ない①
山口(16)障害者を雇う企業が多い①

徳島(16)医師数が多い①
香川(12)自殺者が少ない③
愛媛(27)悩みを相談しやすい①
高知(46)病床数が多い①

福岡(39)赤字の企業が少ない②
佐賀(5)障害者の給与が高い②
長崎(22)今の職場に居たい人が多い①
熊本(5)女の平均寿命が長い③
大分(14)障害者を雇う企業が多い④
宮崎(27)出生率が高い②
鹿児島(35)悩みを相談しやすい①
沖縄(41)悩みのある人が少ない①

Image08521 これを“自分の幸福観”で眺めてみると、自分の住んでいる38位の東京は「下水道普及率が高い」・・か。自分の幸福度の尺度ではピンと来ないな・・。各県を眺めてみると、36位の宮城県の「未婚率が低い」、これは良い。30位の茨城県の「悩みのある人が少ない」も良い。9位の三重県の「貯蓄が多い」も先立つものがないと困るので良い。39位福岡県の「赤字の企業が少ない」も同じ視点で良い。27位の「出生率が高い」というのも幸福な証拠?? まあ幸福観は人それぞれだ。(写真はクリックで拡大)

話は変わるが、犬を連れてカミさんと散歩するとき、加山雄三の歌ではないが、よく「しあわせだよ」と口にする(ことにしている)。これは“言った者勝ち”。つまり「しあわせ」なんて、測るのがどだい無理(ここ)。つまり、自分で幸せだと思ったら幸せ。先のブータンでも、日本から見ると、気象は厳しいし、生活も厳しい。でもブータンの価値観で言うと、先進国の物質的な裕福など価値を置いていないようだ。だから「言った者勝ち」「思った者勝ち」なのさ。ホホホ・・・・

でもこの「幸福度指標」の議論は、この日経の記事の<解説>の記事が正解のような気がする。曰く・・・
「<解説>自治体の幸福度ブームには首長が目に見える実績を作りづらい時代背景がある。公共事業削減で大規模な施設は造れず、円高で企業誘致にも逆風が吹く。財政難で政策を絞り込んでも住民の納得を得るには、何に幸福を感じるのか見えるようにし、優先順位を間違えないことが必要になる。
 幸福度の指標作りは政策に優先順位を付ける作業そのもの。重要なのはその過程に住民が参加し、地域にとって何か幸福なのか住民自らが判断することだ。そこで住民に参加意識が芽生えることも期待できる。
 そうして作り上げられた幸福度指標は地域の住民が求める基本的な政策体系となり、選挙の際には住民の判断基準にもなり得る。幸福度の指標作りは住民自治を充実させる一つの手段になる可能性を秘めている。」

この指標の議論からは離れるが、ふと一歩下がって「幸福とは何ぞや」を考えてみると、(何度か書いているが)「足を知る」こと(ここ)かも・・・ね。

(関連記事)
法政大学の「47都道府県幸福度ランキング」

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2011年12月29日 (木)

母は夜叉のごとき菩薩~さだまさしの話

今日、NHKラジオ深夜便の「母を語る~シンガーソングライター・作家 さだまさし」 (2011/12/20放送)を聞いていたら、さだまさしがこんな話をしていた。
「母は夜叉のごとき菩薩。母というものはあくまでも菩薩。どこまで行っても子供にとっては母は菩薩。ただし、子供を育てる母親は、菩薩だけではいられない。子供が間違っている時には、子供を叱りつける。これは子供のため。この子がバイオリンで身を立てるには、こんなところでつまずいているわけにはかない、という思いが母を鬼にする。まさに夜叉と菩薩が同居しているのが、本当の意味での母親だと思う。」
「夜叉の一面と菩薩の一面は紙一重。上手に叱るのは難しい。叱る人をどれほど愛しているかで浸み方が違う。愛されているという信頼があったから夜叉である母に対して愛情が揺るがなかった」

<「母を語る」より~さだまさし>

母親を菩薩にたとえるのは分かるとしても、夜叉にたとえるとは、少々物騒・・。でもこの話は良く分かる。しかし、夜叉になり得る母親は、今の世の中、どれくらい居るのだろう・・・。
子どもに対して、親が弱くなったと言われて久しい。そして少子高齢化が進む日本。それだけに子供は宝・・・
その子供に対して、この“さださん”の話を聞くまでもなく、母親の影響力は絶大。(だから(?)NHKに「母を語る」というコーナーはあっても、「父を語る」というコーナーはない??)
・・・という事は、子供⇒大人⇒人間社会は母親が作っている!? 社会は(人間を作る)母親次第??
確かに人間(形成)にとって、母親の存在の重みは父親の比ではない。それは認めざるを得ない。
こんな話を聞きながら、社会における母親の重み(子供に対する影響力を通して・・)を再認識しているこの頃である。

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2011年12月28日 (水)

専業主婦の配当の所得税を取り返した話

何度も書いているが、世の中の多くの人と同じように、自分も今年は全てに良くない年だった。(大きな声では言えないが、実は投資信託も散々・・・・)
カミさんの友達から話を聞いて、ある大規模な投資信託を始めたのが、2003年だった。自分もカミさん少しずつ始めたが、当初はウワサ通り、順調に配当金が振り込まれた。自分だけは、ツイ調子に乗って悪乗りしたのが運の尽き。それが例のリーマンショック以来、ボロボロ・・・・

とうとう今年は、夫婦でその全てを解約した。それはそれでスッキリしたのだが、通算したら大赤字。つまり全投入金額から全収入金額を引くと、真っ赤っか・・・。まあこれは自己責任なので仕方がない。
でもこれだけ損をしたのだから、税金を取られるのはおかしい・・、と調べ始めた。自分の分は、当年分の所得税だけが対象なので、あまり意味は無いが、カミさんの分は???

税務署の相談窓口は、良く教えてくれる。相談窓口は女性だったが、相当なプロ・・・。言われたことを、覚えている限り文字にしてみると・・・・

<専業主婦>
・5年前まで、つまりH18~22年分(H23年の今現在)は還付請求できる。
・総合課税の申告。配当収入と源泉徴収税額を入れる。基礎控除の38万円や、配当控除が10%あるので、7%の税額は全額戻る。ただし配当収入が38万円を超えると、扶養が外れるので、夫の税金が増えてしまう可能性・・・
<自分>(毎年、医療費控除で確定申告している)
・確定申告を既にしている場合は、その時に既に「配当は源泉徴収を選択した」ということになり、修正申告は出来ない。(カミさんは確定申告していないので出来る) よって、これから申告するH23年度分だけが対象。
・今までの確定申告に加え、配当の所得金額と、配当控除、源泉徴収税額に新たな数字が入る。それを入れて税金が増えるか、減るか・・・

結果、“専業主婦のカミさんの、過去5年以内の源泉徴収された所得税は全額戻る”ことが分かり、手続きすることにした。手順は単純。

1)投資信託をしていた銀行に電話を掛け、毎月送られていた「収入分配金のご案内(兼支払通知書)」を全て再発行してもらうことにした。(電話して1週間後までに着いた。~毎月の通知書を保管していればそれを使う)
2)送られてきた通知書を元に、Excelで集計すると、H18、19年は1万数千円、H20年は数千円の所得税を払っていた。H21年以降は所得税は0だった。

そして年末ギリギリの昨日、カミさんが税務署に行って手続きしてきた。聞くと、年末だったので人も少なく、丁寧に書き方を教えてくれたとのこと。
写を見ると、
「収入金額等」「所得金額」~「配当(エ)」の欄と、「合計⑤」の欄にExcelで計算した通りの「配当金額」
「所得から差し引かれる金額」~「基礎控除⑮」「計⑯」「合計⑳」の欄に38万円
「税金の計算」~「課税される所得金額(21)」「上に対する税額(22)」「差引所得税額(27)」「再差引所得税額(29)」は0(ゼロ)
「源泉徴収税額(31)」「還付される税金(33)」にExcelで計算した所得税の合計が書いてある。
そして「還付される税金の受取場所」に自分の銀行口座名。それ以外に住所、電話番号と捺印。それだけ・・・・

詰まるところ、専業主婦の場合、所得税を払った証拠書類と、印鑑と銀行の通帳番号を持って、税務署に乗り込めば、38万円以内の配当に対する所得税は全額戻る、ということらしい。
今回は、5年前の還付請求なので税務署に行ったが、3年前くらい前なら、Netで確定申告書が作れるので(ここ)、エビデンスと共に郵送するのが楽・・・

結果、今回はこの12月で時効となるH18年分の還付請求が年末ギリギリで間に合った。
もし試される方は、まず税務署に電話して手続きの方法を聞くと良い。コールセンターの女性は、実に博学で、色々と教えてくれる。

つまり税金は、“文句を言わない人からは淡々と取り上げる。「取られ過ぎだ!」と文句を言うと、しぶしぶ返してくれる。”という仕組みなのだ。
専業主婦で、何らかの「配当」をもらっている人は、機械的に源泉徴収されている税金に、少し目を向けてみると、ちょっと“小遣い”が入るかも・・・よ。
以上、みみっちい体験談でした。

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2011年12月27日 (火)

NHKの朝ドラ「カーネーション」が面白い

ホントウに久しぶりに、NHKの朝ドラ「カーネーション」を見ている。見始めたのは第5週目(11月初め)頃から。たまたまカミさんが昼食時にこの番組を見掛け、主人公の前向きな姿勢に共感して、毎日見出した。それで、その録画を自分もつい釣られて見出した・・・、というわけ・・・・。

パワフルな主人公の生き方と、神戸の祖父母のおっとりした対比が何とも楽しい。
昔の朝ドラで覚えているのは、「おはなはん」。大学に受かって、入学するまでの数日間だけ見たが、それ以降は見る術もなく・・・・。これは昭和41年(1966年)4月のこと。
次に思い出すのが「おしん」。これは昭和58年(1983年)の放送だという。当時、横須賀にある大きな研究所に、ある装置を納入するために1ヶ月程横須賀の旅館にカンヅメになった。その時に、一緒に行った外注の年配の人が、毎朝このドラマを見ながら朝食をとっていた。それで自分も断片的に見たが、当時はストーリーも何も分からなかった。しかし「おしん」は「名作」の誉れ高い作品。その後、再放送で全編を見たもの・・。
それから覚えているのは1991年の鈴木京香の「君の名は」、2001年の「ちゅらさん」くらい・・・・

この「カーネーション」という朝ドラ、見出すと毎日が楽しみになってくる。夕食時は、今までは録画している夕方7時のニュースを見るのが日課だったが、最近はもっぱら「カーネーション」。カミさんはいつも昼に見ているので、自分が見る時は2度目。それでも見ている・・・・

先に書いたように、NHKの朝ドラは、その当時の自分の出来事と、心の中で同期する。あのドラマをやっていた時には、自分だ**だった。・・と。
その時代に流行っていた歌と同じだ。「あの歌が歌われていた頃、自分は**をしていた」と、後から思い出す。つまり、その当時の“時代と自分の姿”がダブる。朝ドラも同じ・・・

たぶん数年後、“「カーネーション」をやっていた頃、我が家は「・・・・・」だったっけ・・・”と思い出すのだろう。
この「・・・」の中の言葉は、後にならないと入らない。ぜひ前向きの、“嬉しい言葉”が入ると良いのだが・・・・、ね。

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2011年12月26日 (月)

年賀状書きと悪筆

広辞苑で「悪筆」を引くと・・・・
“あく‐ひつ【悪筆】 へたな文字。字のまずいこと。「生来の―」”
とある。
そうなのだ。自分はまさに「生来の悪筆」。そして、その“事実”を容赦なく自分に突きつけてくるのが、年末の年賀状書きなのだ。

昨日、ずっとカミさんから煽られていた賀状書きを、やっとの思いで終えた。まあ毎年こんなものだ。でもまだ、元旦配達には間に合うだろう。

ところで、メールの時代になって何年くらい経っただろう。ちょっと調べてみたら、「一太郎」の1991年という古いファイルが見つかった。つまり20年程前から、肉筆からパソコンに変わって行ったようだ。
思い出すと、最初は「一太郎」と「1-2-3」の時代だった。それなのに、会社が「Word」と「Excel」を使うことに決めたため、泣く泣く自分も変えた・・・。今考えると、会社のその選択は正しかったが・・・・

話を戻すと、その20年前、自分の悪筆を読まなくて済む事で喜んだ人が、どれほど居たか・・・。想像に難くない。

それ以来、ホントウに肉筆で書かなくなった。そして唯一、ペンが必要な時が、年賀状の季節・・・というワケ。
誰も同じだと思うが、年賀状は、だいたいにして印刷された文は読まないもの。そして手書きの部分だけ読む。よって自分も、何とか“ちょこっと”だけでも手書きの一文を入れるようにしている。
しかしこれが難物なのだ。小さく、草書のように崩れてしまう自分の字。もちろん草書でも何でもない。文字が勝手に崩れてしまうのだ・・・・。後で見ると、自分でも何が書いてあるか読めない・・・・。(トホホ・・・)
理屈で考えると、こんな悪筆の文字を読まされる相手が迷惑なので、手書きを止めてしまえば良いのだが・・・。でも・・・ネ。

でもウチのカミさんなど、自分と正反対に手紙を良く書いている。この時代なのに・・・。
それに引き替え自分は、自分の予定表以外は、ホントウに書かなくなった手書きの文字。
毎年イヤーな気分になる“イヤミ”の年末もどんどん過ぎて行く。悪かった今年もあと1週間か・・・・・
来年こそは、何か良いことがあると思いたいもの・・・・。

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2011年12月25日 (日)

日本の食糧自給率

まずこの文を読んで、どう捉えるか・・?
先日、日本の食糧自給率についての、こんな記事に出会った。曰く・・・

ぼくの不安
      作家:小檜山 博
 ぼくは、39%という日本の食べ物の自給率を見るたびに不安に襲われる。われわれは自分で食べる物の61%も外国から輸入しているのだ。キンピラゴボウからダイコンオロシまで輸入している。
 アメリカの自給率128%、イギリス、デンマークが100%、フランス122%。日本の将来が不安でないわけがない。
 人間は食べなければ死ぬ。ということは食べ物は命なわけだから農業は命を作っているということになる。命は売買すべきでないから本来、食べ物は大昔の人々が自分で森や川や海へ行って取得したように、全員が自分で作るべきものだろう。
 それがいまは自分で作らず、おカネで買う。当然のこと農民が減りつづけ、五十年ほど前、千五百万人いた日本の農民が、いまは一億三千万の国民のうち農民はたった三百万人に激減した。3%の農民で97%の国民を養えるわけがない。
 ちなみにアメリカの人口は日本の二倍強なのに農地は90倍、オーストラリアの人口は二千万人で日本の六分の一なのに農地は日本の百倍だ。
 また世界のどの国も国の財政支援なしにでは農業は成り立たない。支援額はアメリカ65%、イギリス42%、ドイツ62%、フランス44%なのに、日本はたったの27%しか国は農業に財政支援をしていないのだ。日本と農業の経営規模がケタ違いの外国でさえこれだけの支援をしているのに、規模の小さい日本の農業にたいする支援が足りなすぎる。
 日本は農民の収入を大幅に増えるようにして農民と農地を増やし、生産力をフル活用して良いものを少しでも安く売ること。日本人は着る物や贅沢品にはおカネを使うのに食べ物にはケチり、眼の色を変えて一円でも安い食べ物をあさる。
 人にはそれぞれ生活事情はあるにしても、心がまえとして日本産の食べ物は良質だから少々高くても食べようという気持ちをもち、そのことをアジアや世界にわからせる努力をしたい。それが国が栄える原点だろう。とにかく食は命だ。」(雑誌「大法輪」2012年1月号p46より)

先日のTPPの議論で、反対運動の急先鋒だった農業団体。反対集会を、自己権益確保のように言われていたが、確かに上記のような視点もある・・・。なるほど・・・
「人間は食べなければ死ぬ。ということは食べ物は命なわけだから農業は命を作っているということになる。命は売買すべきでないから本来、食べ物は大昔の人々が自分で森や川や海へ行って取得したように、全員が自分で作るべきものだろう。」という発想をどう捉えるか・・・? なかなか面白い。
ビジネスライクに「それが食料だろうが何だろうが、自国の生産で競争力のないものは輸入すればよい」という単純な発想と、命をつなぐ食糧は、それに馴染まない・・という発想の違い・・・
この“命を育む食糧”も、他の輸入資源と同じように扱って良いのか?という議論だが、数年前の中国餃子事件を思い出す。その時は、衣料品などと違い、食料品は日本人の命そのもの危機につながる、という話だった。しかし自給率向上の話には発展しなかった。

それに、「また世界のどの国も国の財政支援なしにでは農業は成り立たない。支援額はアメリカ65%、イギリス42%、ドイツ62%、フランス44%なのに、日本はたったの27%」という議論も、何が27%なのか、自分なりに勉強しなくては良く分からない。

ともあれ、世の中の“真実”を見極めることは、なかなか難しい。一つひとつの事実を積み上げて、自分なりに取材・勉強して、それらの論を自分なりに捉え、理解するほかないようだ。
(大きな声では言えないが、実は、自分は「勉強」という言葉が大キライ・・・。そもそも、それこそが大問題なのではあるが・・・)

●メモ:カウント~245万

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2011年12月24日 (土)

サラ・ブライトマンの「きよしこの夜」

今日はクリスマス・イブだという。昼にショッピングモールに行ったが、そのような雰囲気は無かった。確かに食材売り場ではチキンが沢山あったが・・・。これも自粛の影響か?
しかし、我々のようなシルバー世代の二人暮らしとなると、それでなくても縁がないクリスマP11008501 ス。今日も、どうってこと無いのだが、唯一の“お嬢”の愛犬メイ子のために、ペットショップで、サンタさんの帽子と犬用のお菓子を買ってきた。
それなのに、サンタさんの帽子で記念写真を撮ろうとすると、えらく迷惑顔・・。しかもお菓子もポイ・・・。ウチのお嬢も、昨日(2011/12/23)ちょうど9歳になって、もう立派な“お婆”・・・。人間で言うと、そろそろ還暦に近いのだ。よって、そうそう人間の言う事を聞けるか・・というところ。(写真はクリックで拡大)

さて、今夜はせっかくのイブなので、「きよしこの夜」でも聞こうか・・・。
今まで沢山の音源を集めてきたが、「きよしこの夜」の英語バージョンの音源は、これを含めて2つしか持っていない。今日は、サラ・ブライトマンの歌う「きよしこの夜」を静かに聞いてみよう。

<サラ・ブライトマンの「きよしこの夜」>

「Silent Night」 ( by Josef Mohr 1818 )

Silent night, Holy night,
All is calm, All is bright,
'Round yon Virgin Mother and Child,
Holy infant so tender and mild,
Sleep in heavenly peace,
Sleep in heavenly peace.

Silent night, Holy night,
Shepherds quake at the sight,
Glories stream from heaven afar,
Heav'nly hosts sing Alleluia,
Christ, the Savior, is born,
Christ, the Savior, is born.

Silent night, Holy night,
Son of God, love's pure light,
Radiant beams from Thy holy face,
With the dawn of redeeming grace,て
Jesus Lord at Thy birth,生
Jesus Lord at Thy birth.

「静かな夜(きよしこの夜)」
   (訳詞:妹尾佳江(ここ)より)
静かな夜、聖なる夜
全ては静かで、全てが光輝く
あちらの聖母マリアと御子のまわりで
聖なる幼な子は優しく穏やかに
天国のようなすばらしい平穏の中で眠る
天国のようなすばらしい平穏の中で眠る

静かな夜、聖なる夜
羊飼い達は、その光景におののく
栄光がはるかな天からさしこむ
天使達がハレルヤ(絶賛の言葉)を歌う
救い主キリストがお生まれになった
救い主キリストがお生まれになった

静かな夜、聖なる夜
神の御子は、愛に満ちた純粋な光を放ち
そのお顔から輝かしい光が放たれる
救いの恩恵の夜明けをたずさえて
主イエス、誕生
主イエス、誕生

誰も同じと思うが、この歌は中学の英語の授業で、皆で歌った記憶がある。自分にとって、英語で覚えた最初の歌ではないか・・・
しかし覚えているのは1番だけ。全体でどんな事を歌っているのか、Netで検索したら、上記のような訳詞が見つかった。

話は戻るが、さっきのスーパーもそうだが、近所の家で、競い合うように飾っていた庭のクリスマスのイルミネーション(これ)も今年は点いていない。
今年のあまりの災害やそれに伴う停電騒ぎで、家庭のイルミネーションも自粛ムードなのだろう。
今年もあと一週間。これほど良くない年は今まで無かった。早く終われ!と思う年末は珍しい。静かな夜である。

Image08541 (2011/12/30追)
アップし忘れていたが、本家の「クラフト☆ギャラリー M's(エムズ)」さん(ここ)が、上記の写真をチョイスすると、こんな具合になる・・・・・。(写真はクリックで拡大)

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2011年12月23日 (金)

映画「南極料理人」

先日テレビで放映された映画「南極料理人」を見た。何とも愉快な映画で、今日はカミさんに無理矢理見せてしまった。一緒に2度目を見ても飽きない・・・。こんな映画は久しぶり・・。

111223nankyoku どこまで事実かは知らないが、念願かなって南極越冬隊員になれた同僚の不慮の事故によって、不幸にもその身代わりに・・・。行きたくもない南極に1年半の人質・・・
しかし料理人として孤軍奮闘。無事8人の食事を作り続けて、帰還するまでを描く。

この映画を見て、南極観測隊について色々と勉強になった。まずメンバー構成。気象学者、雪氷学者、大気学者という3人の学者を、雪氷サポート、医師、車両担当、通信担当そして調理担当の5名がバックアップする。確かに、学者が何人であれ、車両や通信や体調管理、そして料理には、それぞれ専門家が必要で、観測陣をバックアップしている。
しかし、現地では上下関係はほとんど無く、皆孤独と戦っている。違うのは、志願して行く人と、命令されて行く人との違い・・・。

111223nankyoku1 しかしこの映画の主人公の料理人は大変だ。一日3度の食事は、休みがない。映画でも出て来たが、料理人が不在だと、それこそ皆が飢えてしまう。食材の配分も大変。一人が1年に食べる量は1トンにもなると言っていたが、それらの食材をバランス良く使っていかなければならない。食材がカラ・・・というわけにはいなかい。しかしさすがに食材は一流品ばかり・・・

ストーリーについては論じないが、外はマイナス30~70度という死の世界。この閉塞された世界に、男8人が1年半閉じ込められたら、精神的に参る人も出てくるのでは・・・?と心配になってしまう。
それに、ひとたび不和が発生してしまうと、全員が毎日一緒の生活なので、逃げようもなく、それこそ大変。この映画では、あまり表に出ていなかったが、リーダーの役割も大変なのだろう・・・

ふと先の原発事故を連想した。原発の中央制御室でも、全電源が喪失したら、手も足も出ない。この南極基地でも、何かの事故で、電源が喪失したら、極寒の中で生きて行けない。当然、電源や通信にそれなりのバックアップ設備があり、暖房などは止まらないように出来てはいるのだろう。そして、事故の時のためにその道のプロが送り込まれているのだろう。しかし、どのような状況でも、逃げられないというのは、プレッシャーだ。

この映画で、主役の娘役(小野花梨)が面白かった。何ともトボけて、演技が実に自然体。まさにミニ母親・・。自分には娘がいないので分からないが、どの家庭でも小学生の娘はこんなものか・・・。しかしこれが現実だったら、オヤジはやってられない!?
主役の堺雅人は、相変わらず何とも得体の知れない表情で・・・。この人はいつもニコニコしていてつかみ所が無いだけに、あまり個性のない料理人の役にはピッタリかも・・・

改めて書くが、ここの料理人は休日無しで大変・・。しかし、ふと考えてみると、家庭の奥さまと同じではないか・・・。特に小さな子供がいる家は、3度の食事をパスすることも出来ず、連戦が要求される。亭主は終日があっても、奥さまは不眠不休・・・・!?

この映画の最後の場面は、帰還して2~3日経つと、南極での生活は夢のよう・・・。これがホントウの心情だろう。
自分がここに何度も書いているように、いかに毎日の“日常”が大切か・・・・

この映画は、自分にとっては「何も無いありきたりの生活が、如何に貴重か・・・」を改めて教えてくれた気がした。

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2011年12月21日 (水)

森田芳光監督が亡くなった~「それから」と「失楽園」のテーマ

今日、昼のNHKニュースで「「家族ゲーム」「失楽園」などで知られる映画監督の森田芳光さんが20日午後10時15分、急性肝不全のため東京都内の病院で死去した。61歳」という報道が流れていた。亡くなるには若過ぎる・・・・・。

森田芳光監督は自分が好きな、ほぼ唯一の監督。「森田芳光監督・作品」と聞くと、安心して見に行ったもの・・・・。それが・・・・

森田監督を知ったのは、映画「それから」。テレビで見て、それ以来のファン。加えて、そのテーマ曲の虜になって、音源探しに躍起になったもの。当blogでも何度か取り上げたが、サントラのLPレコードは何とか手に入れたが、CDは手に入っていない。昔読んだ夏目漱石の小説が、映画でこれほどまでに自分に身近になるとは・・・。この映画はVHSで買って、その後DVDも買った。前にも当サイトで取り上げたが(ここ)、もう一度、そのテーマ曲を聴いてみよう。

<映画「それから」のテーマ 2つ>

その後、「失楽園」のテーマ音楽にもはまった。大島ミチルの作曲によるオーボエが、何とも言えず、物語にフィットしていた。エンディングの、雪原をバックにしたこの音楽は、何とも忘れがたかった。これも前に取り上げたが(ここ)、改めて聴いてみよう。

<映画「失楽園」のテーマ 2つ>

本当に惜しい森田芳光監督を偲んで、こんな音楽を聴きながら冥福を祈ろう。
それから、たぶんこれから森田芳光作品がテレビで放映されるだろう。それらは全部録画しておいて、正月休みにゆっくり楽しむことにしよう。
それにしても残念だ。いったい今年は、何というトシなのだろう・・・

(関連記事)
映画「それから」のテーマ
切ないサントラ2曲~映画「失楽園」とNHK「家族の肖像」のテーマ

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2011年12月20日 (火)

2012年「起きろ、飛び出せ、日本」

読んでいて「然り!」と言いたくなるような文章がある。先日の日経新聞のコラム「大機小機」を読みながら、“なるほど・・”と唸(うな)ってしまった。曰く・・・

2012年「起きろ、飛び出せ、日本」
 20年もの停滞に安住し国内に引きこもる日本。数年前まで援助や技術を懇願していた途上国から「もうお金もない終わった国」とやゆされ始めた日本。CO2削減、水質浄化など最先端技術を世界に十分供給せず存在感を示せない日本。
 国民が高福祉は高負担との大原則を忘れ、国家にのみ過大な負担を押しつけ財政を大きく悪化させた日本。
 自らの国を自ら守るという独立の気概を失い、日本固有の領土の長期不法占拠を許し奪還の措置を行わない日本。世界には寝食を忘れ勉学に励む多数の学生かいるにもかかわらず、低学力の若者を量産しているだけの日本。
 政策金利がゼロ近傍に張り付き金利機能が働かない状況が15年も継続しているが、リスクを恐れ大胆な政策を全く実行できない日本。
 巨大地震、大津波、原発事故の三大災害が平安を貪っていた日本を覚醒させる絶好の機会であったが、企業も家計も政府も国会も自己変革を怠り、再び安逸な昼寝に入ろうとしている。
 この間、日本を取り巻く世界の状況は悪化の一途をたどっている。欧州連合(EU)は、先週の首脳会議で合意した財政規律確保の評価が低く、混乱は長期化する。中国、ブラジル、インドの成長率はすでに減速している。米国は二番底は回避できそうだが回復力は弱い。
 外部環境が一段と悪化する下で、引きこもりや昼寝は座して国家の衰亡を待つと同様だ。来年こそ日本は未来に向かい飛び出さねばならない。
 第1に、年初の国会で消費税率の2013年からの引き上げ、社会保障改革、国会議員・国家公務員・地方公務員の削減を決定する。第2に、普天間問題を決着させ、米国、オーストラリアと協力し、シーレーン(海上交通路)の確保に努めアジアの安定に貢献する。第3に、輸出優遇策、海外M&A(合併・買収)推進策を実行し、貿易収支の黒字、投資収益の一層の拡大を図る。海外で買収した企業に家族と共に20~30年勤務する体制を整備する。
 第4に、大学・大学院の質をさらに上げ、大学間の格差は当然のこととする。小学校からの英語と武道(柔道・剣導)教育を徹底する。第5に、1970年代まで存在した貯蓄増強運動を復活し、国債の国内消化の継続に備える。
 来年はこれら施策を着実に実行し、国家存亡の危機に備えなければならない。(恵海)」(2011/12/16付「日経新聞」p17「大機小機」より)

しかし、ここまで喝破されると、(総理でなくても)かえって気持ちがよい。この20年、まさに日本は“引きこもり”と“昼寝”の連続・・・。記事が指摘する“どう目を覚ますか?”という5つの行動アイテムが、正解かどうかは分からないものの、日本がそろそろ目を覚ませなければ手遅れであることは確か・・・

昨日の記事の、米コロンビア大教授 ジェラルド・カーチス氏の「日本はこの程度の国じゃないはず。残念だ」という言葉も、ホントウは返上したいもの・・・。でも・・・・!??

話は飛ぶが、昨日(2011/12/19)就任した橋下大阪新市長が動き出したらしい。今日は上京して与野党に挨拶。それぞれ党首級が出迎えたという。
しかし勢いというのは怖ろしい。衆議院選を控え、各党首が大阪の選挙結果を羨望の眼で見るように、与野党に大阪のような“勢い”はない。しかしその結果から、国民はリーダーに飢えているようにも見える。与野党は、それにどう対応するのか?

これからも、年末にかけて色々と出てくるであろう“1年を振り返っての断罪記事”。それらをじっくりと読んで、“色々な視点”があることを楽しむことにでもするか・・・。

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2011年12月19日 (月)

海外から見た日本のTPP対応

先のTPPやCOP17について、どこか客観的な解説記事はないか・・・と探していた。
今朝の日経新聞に、米国の日本政治研究の第一人者の目から見た、日本のTPP対応について論じた記事があった。曰く・・

TPPで日本の変革を
     米コロンビア大教授 ジェラルド・カーチス
(Gerald L. Curtis)
 環太平洋経済連携協定(TPP)をめぐる日本国内の論争は、2つの勢力の衝突だとみている。グローバル経済の中で日本の生き残りを確実にしたい勢力と、自らの市場や権益を守りたい勢力との衝突だ。後者の代表例が農業、医療などの関連団体とその支持を受けた代議士などだ。
111219geraldcurtis  論争はいくつかの点ていびつだ。第1に交渉に入ったとたん日本が要求をのまされるとの誤解。交渉への参加は、協定を日本の利益に沿う形に誘導する手段にすぎない。参加しないと協定づくりへの影響力を行使しようがない。
 第2に交渉での合意がすぐ適用されるとの誤解だ。関税撤廃には10~15年の移行期聞か見込まれる。日本の農家の平均年齢は66歳と高く、人材不足が深刻。自由化は避けられず、長い移行期間は日本にとって悪くない話のはずだ。
 TPPを「外圧」「米国の陰謀」とする声が多いのにも驚く。こうした解釈を広める人々の動機は何か。まず外国に小突かれるのはこりごり、との思い。農業保護などに関心があるわけでないが、米国に対し「ノー」と叫ぶことでナショナリズムをかき立てようとする人たちがいる。
 他方で「米国の要求を拒否すれば日本は孤立する」とあおる人々もいる。“黒船症候群”とも呼ぶべきか。正反対の立場の人々が、ともに「米国」を自身の主張に都合よく利用している。
 米国は日本が交渉に参加しないなら、どうぞご勝手に、という姿勢だ。医療機器や農産品、金融などの業界は日本の市場開放を喜ぶだろう。だが初代ブッシュ、クリントン両大統領が、対日貿易赤字を削るため産業界の代表と日本に乗り込んだような勢いはない。日本が動かないなら韓国との自由貿易協定(FTA)のように、規模は小さくても迅速に動く国と交渉するだろう。
 一般の米国人がTPPなど聞いたこともないのに対し、日本で「TPPを知っているか」と聞けば9割の人はイエスと答えるだろう。だが本当に理解している日本人は多くないはずだ。政治もメディアも十分に説明していない。
 本質は、日本がグローバル社会で生き残るため国内をどう変革するかという点に尽きる。だから実はTPPでも、日米FTAでも日中韓FTAでも世界貿易機関(WTO)のドーハ・ラウンドでもかまわない。要は日本がもつ勤勉さ、教養の高さ、規律や技術力などの潜在力にどう磨きをかけるかなのだ。
 野田佳彦首相は党内に配慮した言いぶりながら、交渉に参加するとの決断を示した。今後のカギは政府内や党内の有力者が反対したとき、国民の支持を動員して押し切る戦略を首相が持っているか。審判の日は少しずつ近づいているようにみえる。(談)

改革遅れにいらだち
 TPPをめぐる日本のテレビ討論には閉口するという。「何より退屈。そして毎度の、たわごと。狭い視野。日本はこの程度の国じゃないはず。残念だ」
 「失われた20年」を迎える日本にいらだちを隠さない。東日本大震災後、抜本改革による日本の再生に期待し、何度も現場に足を運んだが、それも裏切られつつある。「日本が最後に自前の制度を打ち立てたのは400年以上前の徳川幕藩体制。新しいモデルが出ていいころだ」。TPPがその引き金になれば、と期待する。(ニューヨーク=西村博之)」(2011/12/19付「日経新聞」p5「グローバルオピニオン」より)

まあこの論が客観的かどうかは分からないが、少なくても日本の業界代表の話を聞くよりも、自分にとっては何か心に入ってくる・・・。
「本質は、日本がグローバル社会で生き残るため国内をどう変革するかという点に尽きる。」という指摘は、多分誰もが感じていること。それに「日本はこの程度の国じゃないはず。残念だ」という言葉も当事者の日本人にとっては重たい。

言うまでもなく、国会議員は国民の代表・代弁者。よって自分の選挙区の民の顔色をうかがってその言葉を代弁する。結果、既権益を守る事にのみ目が行ってしまい、なかなか思っていても大所高所での意見が言いづらい。選挙母体を怒らせたら、タダの人になってしまうので・・・

先日の新聞に、“代議士は官僚に強く、官僚は(許認可権を持っているので)民間(企業)に強く、民間は(選挙権を持っているので)代議士に強い”と言った記述があった。
その記事は、これは日本に民主主義が根付いている証拠だと言っていた。確かに、今日「金正日総書記死去」が報道された極端な国・北朝鮮とは比べるべくも無いが、逆にポピュリズムに陥りやすい面もある。氏に指摘されるまでもなく、とにかく現代日本の政治はひ弱だ。
震災・原発問題や沖縄の普天間基地移転問題も含めて、苦難の21世紀の日本を指導する“現代の徳川家康”はいったい誰なのだろう?

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2011年12月17日 (土)

ガンとうつ病からの復活~シンガーソングライター松田陽子さんの話

先日、NHKラジオ深夜便「明日へのことば」で「歌える幸せかみしめて~シンガーソングライター 松田陽子」(2011/12/10放送)を聞いた。
幸せな普通の生活が、がんの手術、うつ病、離婚を経てどん底まで落ちてしまい、そこから這い上がった人生劇・・・・。

シンガーソングライターの松田陽子さんは、専業主婦で終わるかも知れない普通の平和111217matsudayouko な生活が、子供が1歳半の時に、自分の子宮頸がんの発見で暗転する。
生きるか死ぬかはフィフティ・フィフティ・・・と言われて受けた手術は成功。転移もなかったが、退院後にうつ病になる。夫への不満も多くなり、ケンカも絶えなくなる。そして夫は家に帰らなくなり、結局離婚・・・。
しかしそれからがすごい。映画「すべては愛のために」を見たことをキッカケに立ち直り、40歳になった今は、元気にマルチ才女として活動されているという。(ここにその経緯の紹介あり)

その元気な声を少し聞いてみよう。
<シンガーソングライター松田陽子さんの話>

*この番組の全部(43分)をお聴きになる方は(ここ)をクリックして数分待つ。

しかし、このようなどん底からの復活劇はまれかも知れない。普通は、がんの発病だけでも受け止められないのに、唯一理解して欲しい夫との離婚、2歳にもならない子供との別居等々が続くと、それら運命の重圧に押しつぶされてしまう。
しかしこの方は、現在UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)駐日事務所広報アドバイザーとして、難民支援のために活躍されているという。さらに(ここ)によると「また地元大阪では府知事選挙の際、橋下徹・現知事の専属司会者を務めた元気なお姉さんとしても知られている。」という。

心の風邪とよく言われる「うつ病」。しかし、自分は最近、うつ病はなかなか治らない病気ではないかと思っている。しかし、この松田陽子さんの場合は、完全復活・・・。
ガンの議論は別にして、うつ病は人によって、まさに“色々ある”病気。そこから脱出できる人は、いったい何が違うのだろう。この人の場合は映画がキッカケだというが・・・

ガンやうつ病で不安を持たれている方は、この方の話に元気付けられるかも・・・。

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2011年12月16日 (金)

「優しい心は貧乏神を福の神に変える」

今日は、ちょっとファンタスティックな世界に・・・・
雑誌「大法輪」の今月号(2012年1月号)に、こんな話が載っていた。曰く・・・

優しい心は貧乏神を福の神に変える
 このような七福神信仰に代表される「幸」「福」を求める信仰は、自分の幸せばかりを求めるのではなく、弱者(貧乏神)に対する心遣いを日本人の心の中に育むという面もあったのです。
 東北地方には、次のようなお話が語り継がれています。
 昔、ある村に働いても働いてもなかなか貧しさから抜け出せない男がいました。貧乏だけど真面目。それを見込んで村の人がお嫁さんを世話してくれました。家の中は急に明るくなり、男は毎日楽しく以前に増して働きました。
 大みそか、天井裏で薄汚い爺さまがオイオイ泣いています。「お前は誰だ」。すると爺さまは、「私はこの家に住む貧乏神。夫婦でよく働くのでだんだん住みづらくなり、今夜この家を出なければならなくなった。明日には福の神が新しく就任する。わしゃ行くところがないのじゃ……」。夫婦はかわいそうになり、ここにいてもかまわないと言うと、貧乏神は今度はうれし泣きをしました。
 やがてお寺の鐘がなり、新しい福の神がやってきました。「さあさあ、交代じゃ」。そう言うと貧乏神をつまみ上げ、外に出そうとします。貧乏神は力の限り抵抗し、見ていた夫婦は「貧乏神負けるな」と応援するものですから、福の神は驚いておたおた。とうとう夫婦は貧乏神と一緒になって福の神を追い出してしまいました。
 夜が明け、お正月。少しのお餅とお酒で貧乏神も一緒に祝いました。その後、夫婦は金持ちにはなれませんでしたが、健康で明るく、じゅうぶん幸せな日々を過ごしました。つまり「幸」「福」は得たのです。貧乏神もあいかわらず天井裏に住んで二人を見守りました。
 貧乏神さえ福の神にしてしまう素敵な夫婦です。思わず笑いたくなるお話ですね。
 「笑う門には福来る」。明るい笑いの中に福の神、七福神はいるのですね。」(雑誌「大法輪」2012年1月号p32より)

この話は、若い人には理解出来ないかも・・? しかし我々シルバー世代になると、実に納得出来る話。
自分も現役時代は、あらゆる場面で上ばかり見ていた。収入も地位も、上限無く上を求めていた。しかし一歩、現役から退いてみると、その何と空虚なことか・・・
お金も、日常生活が困らなければ、それ以上はそれほど必要ではない。宝くじにでも当たったら、それこそ、かえって生活のペースが乱されるだけ!?(←もちろん負け惜しみも入っているが・・・・)
地位も、男の名誉欲以外、何者でもない。同期の連中も、定年を過ぎて全員が肩書きを失ってみると、何とその爽やかなことか・・・
そんな男が、後生大事に大切にしてきたものよりも、ずっと大切なことが他にあることを、この民話は教えてくれる。
つまり、この物語のように「その後、夫婦は金持ちにはなれませんでしたが、健康で明るく、じゅうぶん幸せな日々を過ごしました。つまり「幸」「福」は得たのです。」という、何事もない“普通の生活”が“まぶしい”。

この事は、先の震災や原発事故を思い浮かべても、納得できる。つまらない毎日の繰り返しが、何と幸せなことか・・・・
もちろん周囲に事件が起こらない生活など、有り得ないが、せめてそれを最小にする方法がもしあれば知りたいもの・・・。

そろそろ2011年も終わるが、“事件ばかりだった”今年を振り返り、平穏な生活がいかに大切なものか、身に沁みる年の瀬ではある。

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2011年12月15日 (木)

2011年の音楽市場、日本が史上初めて世界一へ~CDの世界シェア

昨日の日経新聞の「回顧2011 音楽」という記事で、嬉しいような悲しいような、こんな記事があった。曰く・・・

回顧2011 音楽~世界首位、悩み多く
 2011年、日本はCDや音楽配信の売上高を合わせた音楽市場の規模で、史上初めて米国を上回り、世界第1位の音楽大国になる可能性が高い。日本はCD、配信とも縮小が続くが、単価の安い配信への移行が急速に進んだ米国の落ち込みがそれ以上に大きいからだ。音楽業界が激変し、今後の成長軸が見えない中での“悩める首位”といえそうだ。
 業界関係者によると、今年上期の日本のCD、配信の売上高は約1570億円で、米国を8%ほど上回ったもよう。日本はCDが市場全体の76%を占めるのに対し、米国は40%まで減った。この差が逆転の大きな要因だ。
 日本ではアイドルグループ、AKB48のシングルが5作連続でミリオンヒットを達成。複数のジャケットを用意したり、握手券などの特典を入れたりして、CDの複数買いを促した。
 嵐など男性アイドルグループ、少女時代などのKホップ勢も好調。10月時点でCD全体の生産額が前年比8%減ったのに対し、CDシングルの生産額は10%増加、下支えとなった。
 半面、有料音楽配信の売上高は9月時点で同15%減とCD以上に不振。従来、配信はCDの減少を補う新メディアとして期待を集めてきたが、早くも曲がり角を迎えた。
 東日本大震災の打撃は音楽業界にも広範囲に及んだ。CDの生産や流通が滞ったほか、来日公演の中止が相次いだ。クラシックでは指揮者や奏者の変更に加え、オペラの主役級の歌手の降板が続出した。各地のホール、オーケストラの活動も震災によって妨げられ、水戸芸術館、ミューザ川崎などの施設が一部破損した。・・・・」2011/12/14付「日経新聞」p40より)

この記事を読んで、ビックリ・・・
良く言われているようにコンテンツ王国の日本だが、まさか米国を抜いて1位とは・・・

ふと、世界における日本の音楽産業のシェアは?・・とNetで探してみたら、日本レコード協会のデータ(これ)が見つかった。「日本のレコード産業 2011」(これ)に、「2009年世界各国の音楽ソフト売上」として「シングル」「CD」「DVD」の小売金額の統計が載っている。
それによる国別のシェアは下記の通り。

<2009年世界各国の音楽ソフト売上>
(IFPI(国際レコード産業連盟)資料による)
    金額(百万米ドル) シェア
①アメリカ   4,562.00  24.5%
②日本      4,244.50  22.8%
③ドイツ     1,945.80  10.5%
④イギリス    1,730.50  9.3%
⑤フランス    1,158.50  6.2%
⑥オーストラリア    456.20  2.5%
⑦カナダ       401.60  2.2%
⑧オランダ     340.60  1.8%
⑨イタリア      293.80  1.6%
⑩スペイン     266.80  1.4%
・・・   
24)韓国          93.30  0.5%
31)台湾          53.90  0.3%
39)中国          28.80  0.2%
・・・   
合計    18,606.20    100%

これを見てビックリするのは、米国と日本の2国で世界の半分を占めている点。それにベ111215ongakusekai ートーベンのドイツが日本の半分以下。それに韓国は0.5%、違法コピーはカウント外としても中国の0.2%はいかにも少ない。(写真はクリックで拡大)

話が飛ぶが、先日、かの「レコード芸術」「音楽の友」「ステレオ」を出版している音楽之友社について「音楽之友社:退職金廃止で労基署勧告従わず労組と法廷闘争」(ここ)という報道があった。
この記事で「同社は1941年創立で、今年10月時点の社員は36人。・・・」という社員数にビックリ。老舗の音楽之友社が、たった36人の会社だったとは、自分のイメージとほど遠い。大会社だとばかり思っていた・・・。音楽の世界は、かくも小さいのか・・・。

良いコンテンツは、幾らお金を出しても手に入れたいもの。しかし、先の記事のように、音楽産業は世界の潮流として衰退の一途らしい・・・。音楽之友社の訴訟問題も、音楽産業の厳しさのバロメータ・・・?
仏教の教えではないが、確かに時代と共に全てが変化していくのは分かる。しかし、一音楽ファンとしては、何とかこれ以上の音楽界の衰退は止まって欲しいもの。それには、我々はどうしたら良いのだろう・・・
まあ、世界の冠たるコンテンツ王国・日本に住んでいることだけはラッキーだったけど・・・。

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2011年12月13日 (火)

ザ・ピーナッツ、ミルバ、マヒナスターズの「ウナ・セラ・ディ東京」

先日のNHKラジオ深夜便で、ミルバの「ウナ・セラ・ディ東京」を放送していた。この歌は、111213tokyotasogarepeanuts 前に見たNHK-BSの「夢伝説/ザ・ピーナッツの世界」という番組で、元々(ヒットしなかったが)ザ・ピーナッツが「東京たそがれ」という題で歌ったものだということは知っていたが、この放送で、ミルバが来日した時に歌ってヒットのきっかけを作ったと紹介していた。ミルバは、イタリア人。よって“得意のローマ字”で日本語を正確に歌い、評判になったという。順に確認してみよう。

<ザ・ピーナッツの「東京たそがれ」>宮川泰:編曲1963年11月発売

「東京たそがれ」
   作詞:岩谷時子
   作曲:宮川 泰
哀しいことも ないのに
なぜか 涙がにじむ
ウナ・セラ・ディ東京 あゝ……

いけない人じゃ ないのに
どうして 別れたのかしら
ウナ・セラ・ディ東京 あゝ……

あの人はもう 私のことを
忘れたかしら とても淋しい
街は いつでも
後を姿の 幸せぱかり
ウナ・セラ・ディ東京
あゝ……

それをミルバが歌った。
<ミルバの「ウナ・セラ・ディ東京」>1964年発売

そのヒットを受けて、曲名と編曲を変えてザ・ピーナッツが歌った。
<ザ・ピーナッツの「ウナ・セラ・ディ東京」>東海林修:編曲1964年9月発売

111213unaseradimilva 111213unaseradipeanuts 111213unaseradiwadahiroshi

さて、タイトルであるが、WIKIによると“「ウナ・セラ・ディ東京」とはイタリア語で「東京のある一夜」(Una Sera di Tokio)と言う意味である”とのこと。まさに“東京たそがれ”だ。
またWIKIに「ほぼ同時期、和田弘とマヒナスターズ、坂本スミ子、西田佐知子も本曲を歌う様になり、日本でも4者競作となった。一番ヒットしたのは1964年当時は和田弘とマヒナスターズの曲であった。本曲で岩谷時子が1964年第6回日本レコード大賞の作詞賞を、宮川泰が同賞作曲賞を受賞している。また和田弘とマヒナスターズ盤は大賞の最有力候補として挙がったが、結果は「愛と死をみつめて」の次点で落選している。」という記述があった。
今我々は、「ウナ・セラ・ディ東京」はザ・ピーナッツの歌、というイメージだが、当時はマヒナの歌が流行っていたとは・・・。歌には、それぞれ歴史があるようで面白い。
最後に、気になる“和田弘とマヒナスターズ盤”を聞いてみよう。

<和田弘とマヒナスターズの「ウナ・セラ・ディ東京」>1964年発売

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2011年12月12日 (月)

米国の閣僚人事の審査と日本・・・

昨日の朝日新聞「政治考」というコラムに、先の問責決議に関して、面白い指摘が掲載されていた。米国の閣僚人事仕組みについてである。曰く・・・

「政治考 問責可決 妥当な結論
     編集委員 星 浩
 「真剣勝負の討論」の代表といえば、米議会上院の委員会で開かれる人事の審査だろう。閣僚をはじめ、役所の副長官や次官、最高裁判所の判事、大使など大統領から指名された人が、関係する委員会で質問を受ける。
 米議会内の現場を取材したことがある。米上院は各州2人ずつ、全体で100人。上質な政治家がそろう。オバマ大統領もクリントン国務長官も上院議員だった。委員会では、10人ほどの上院議員が次々と追及する。政策課題だけでなく、過去の言動も厳しくチェックされる。迫力満点のやりとりだ。十分な受け答えができなければ、その人事は承認されず、大統領は別の候補を探すことになる。
 参院で問責決議が可決された一川保夫防衛相と山岡賢次消費者相が、仮にこの上院委員会で審査を受けたらどうだろうと考えてみた。
 沖縄の少女暴行事件の「詳細は知らない」などと語った一川氏は、発言の真意を聞かれるだけではすまない。防衛政策の中身についても、詳しくただされる。答弁に窮すれば「防衛相の資格なし」と切り捨てられるだろう。山岡氏は、マルチ商法業者との関わりを執拗に聞かれるに違いない。消費者行政についても、容赦ない質問が続くはずだ。その結果、両氏が承認される可能性は、まずないだろう。
 そもそも、一川、山岡両氏の人事は、野田佳彦首相が民主党の小沢一郎元代表や輿石東幹事長に配慮して決めた。野田政権の弱点である。・・・・・」(2011/12/11付「朝日新聞」p4より)

これを読んだ時に、米大統領選の仕組みを思い浮かべた。大統領候補は、長期間に亘る討論会を経て、結果として候補者として訓練され、成長していくという。
それらの仕組みに比較して、日本の人事制度(組閣)はどうか・・・。言うまでもなく日本では、首相に任命権限があり、米国のような第三者による面接試験のような審査の仕組みは無い。よって日本では、この論が指摘する通り、派閥からの候補者がまず決まり、そのメンバーを閣僚ポストに“割り付け”る。つまり、“適材適所”は後回し・・・。よって、素人の閣僚が誕生する可能性もある。野党が熱中する無益な失言探しも国民にとっては辟易ものだが、与党の派閥の人選も同じ穴の狢(むじな)。これは仕組みの問題であり、自民党や民主党だけの問題ではない。

前に大物政治家の話を聞いたことがある。自分の得意でない分野の閣僚になった時に、こんな趣旨のことを言ったという。「自分の役目は、予算を取ってくること。それをどう使うかは、次官以下で考えよ」。素人でも、こんなやり方もある。

ひるがえって、政治の世界ではない、一般の企業の人事制度はどうだろう?
人事権は査定権と共に、長が組織を動かす大きな力(権力)。その行使は、それぞれの長に委ねられる。会社によっては、昇格試験があるケースもある。しかしあまりうまく行っていないようだ。
つまり多くは、組織長によって決められる。そこには、審査らしきものはほとんどないのが普通。よっておよそ適材適所とは言えない人事も有り得る。
人事は好き嫌い。昇格は自分のボス次第・・・。これは現役を卒業した(ヘソが曲がった)自分の悟った(?)ところだが、大会社ならそれが是正されるチャンスは多い。しかし小さい会社は、なかなか難しい。

最近はやりの「事業仕分け」。学識経験者や一般市民が“仕分け人”になって、米国のように閣僚の適不適を面接試験(審査)したら面白いのに・・・。もちろんNetによる全面公開で・・・。
そうなると、閣僚辞退者が続出したりして・・・・!?? ホホホ・・(←もちろん夢だけど・・・)

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2011年12月10日 (土)

「尊厳死」法制化の動き

11年ぶりだという皆既月食を見ていたら、首が痛いのと寒いのと・・・。天頂の月を眺めるのはなかなか大変だ。でも小さな双眼鏡で見ると、皆既になる直前の縁だけが輝く月は、やはり球形だということがよく分かる。

さて、先日の朝日新聞に尊厳死の法制化についての記事があった。曰く・・・

「尊厳死」法制化の動き 議連が骨子 延命回避の医師免責
 患者が安らかな最期を望む場合、人工呼吸器の装着や栄養補給などの延命措置を医師がしなくても責任を問われないとする法律づくりが動き始めた。超党派の国会議員でつくる尊厳死法制化を考える議員連盟(増子輝彦会長)が骨子をまとめ、8日の総会で示した。
 2005年に発足した議連が法案をまとめたのは初めて。議員立法として来年の通常国会に提出する方針。死期が迫ったら、延命措置を拒むという本人意思を尊重する「尊厳死」をはじめ、終末期医療に関する法律がない中、患者の思いをどう反映するかは医療現場の大きな課題だった。
 「終末期医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)」の骨子によると、適切な治療を受けても回復の可能性がなく死期が間近と判断される状態を「終末期」と定義。本人意思が書面などで明らかなことを前提に、担当医以外の2人以上の医師が終末期と判断し、家族が拒まないか、家族がいない場合、厚労相が定める指針に従い延命措置をしなくても医師は民事・刑事・行政いずれの責任も問われないとする。
 延命措置とは、治すためでなく、生きている時間を延ばすことを目的とする措置。骨子は、栄養や水分補給を含むとしている。
 終末期医療を巡っては、富山県射水市の市民病院で医師が患者の人工呼吸器を外して7人が亡くなったことが06年にわかり、指針づくりや法制化の必要性の議論が活発になっていた。
 議連は民主や自民、公明など衆・参院の国会議員約90人で構成する。

<延命治療をめぐる最近の主な事件>
 ぜんそくの重症発作で意識不明になった患者の気管内チューブを主治医が抜き、筋弛緩(しかん)剤を投与されて死亡した川崎協同病院事件(2009年、主治医の有罪確定)や、人工呼吸器を外された末期がん患者7人が死亡していた富山県射水市民病院(09年、医師2人を不起訴)などがある。
 07年10月、日本救急医学会が救急医療の現場での人工呼吸器の取り外しなどの延命中止手続きを定めるガイドラインを定めている。」(2011/12/08付「朝日新聞」夕刊p2より)

尊厳死については、当サイトでも過去何度か論じてきた。(左上の「サイト内検索」で「尊厳死」で検索すると過去の記事が色々出てくる)
人間として、尊厳(品位)を持った死に方。それは、現代社会では、この上なく難しい。
つまり自然に逝きたいと思っても、医師がとにかく“生きている時間を延ばす”ことにのみ注力する。本人の意志とは無関係に、ただただ「後々、警察に捕まらない」ために・・・・??
それは今までの歴史がそうさせている。その点、今回の尊厳死の法制化は、死に行く人の人権にとって大きな第一歩なのかも知れない。

日本安楽死協会のHP(こ)に、「尊厳死」と「安楽死」の違いが書いてあった。
「尊厳死とは、傷病により「不治かつ末期」になったときに、自分の意思で、死にゆく過程を引き延ばすだけに過ぎない延命措置をやめてもらい、人間としての尊厳を保ちながら死を迎えることです。」
「安楽死は、助かる見込みがないのに、耐え難い苦痛から逃れることもできない患者の自発的要請にこたえて、医師が積極的な医療行為で患者を早く死なせることです。」

周知のように、今の社会では、尊厳死を望む人は、尊厳死協会の宣言書のような書面で、その意志を伝えておく必要がある(ここ)。

それは多分に、医師の責任ではないことを患者側が証明するための書類のような気がする。しかし、今はそれが必要・・・。この法制化でこれらの動きがどう改善されていくのか・・・

ふと昔のことを思い出した。子供がまだ小さかった時、病気になると良く連れて行った近くの診療所があった。そこの医師が、突然自死。ウワサによると、助からない病気で、自ら命を絶ったのだとか・・・。しばらく休診して、息子が後を継いだと記憶している。もう30年も昔の話だ・・・

これは尊厳死というよりは、安楽死?? 医師だからこそ出来た。しかし周囲への悪い影響は計り知れない。
日本も尊厳死の後は、安楽死の議論が必要かも・・・。

ちなみにWIKIによると、世界で安楽死が合法化されている国は、スイス、アメリカ(オレゴン州)、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、アメリカ(ワシントン州)だという。
人間は生きる権利もあると同時に、死ぬ権利もあると思うが・・・

人間死ぬのも難しい。そう思うこの頃である。

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2011年12月 9日 (金)

住友生命の「2011年の創作四字熟語」

学”がないと笑えない冗談もある。例年のように、今朝の朝日新聞「天声人語」は住友生命の「2011年の創作四字熟語」の話題。今年の「天声人語」は少々難しい。

「年中行事さながらに、今年もまた総理大臣(宰相)が交代した。5年で6人の体たらくに皮肉をこめて「年々宰宰」。住友生命が募った年の瀬恒例の創作四字熟語に、特別な年となった2011年を振り返る作が多く寄せられた▼東日本大震災は未曽有の被害をもたらした。夏には大型台風も襲い「天威無法」を見せつけられた。首都圏は交通ストップで「帰路騒然」。原発事故で多くの人が避難を強いられ、「帰郷村望(そんぼう)」の思いで年を越す▼だが災いの中、人は助け合い、励まし合った。「福幸(ふっこう)支援」のために内外から多くの「愛円義援」が届いた。人だけではない。岩手県陸前高田市の奇跡の一本松は「一松(いっしょう)懸命」に立ち続ける。神々しい姿に「願晴(がんばれ)東北」のエールを聞く▼不足して知ったのは電気のありがたみ。関東一円は「計欠(けいかく)停電」にあわてた。迎えた夏。電気食いのエアコンに代えて、うちわの風、緑のカーテンに涼を求め、「電考節夏」で猛暑をしのいだ。次には冬の節電が待つ▼政治は今年も頼りなかった。「賢泥鰌来(けんどじょうらい)」の野田政権が船出したが、賢い?泥鰌は国民に語らず、代わって大臣や官僚が「舌禍繚乱(りょうらん)」のお粗末ぶり。TPPでは「参否農論」真っ二つ。「欧州憂慮(ユーロ)」の経済危機も年を越す▼明るい話を忘れてはいけない。世界に誇る「才足兼美」のなでしこジャパン。各賞を総なめの輝きだ。2位じゃだめ、と奮起したスパコン「京(けい)」が計算速度でお見事「世界最京(さいきょう)」に躍り出た。熱あるところに、花が咲く。」(2011/12/09付「朝日新聞」「天声人語」より)

改めて住友生命のHPを見てみると、優秀作品10編(ここ)と、入選作品40編(ここ)が載っていた。
冗談も前知識が無いと笑えない。念のため、広辞苑も併記してみた。

<2011年の創作四字熟語 優秀作品>~下段( )内は広辞苑から
「帰路騒然」(きろそうぜん)帰宅困難。大地震に続き台風でも。
(理路整然:りろせいぜん:物事や話のすじみちが、きちんと通っているさま。)

「天威無法」(てんいむほう)大震災・大津波・大雨洪水。天の威力の前になす術がない。
(天衣無縫:てんいむほう:(天人の衣服には人工の縫い目などがない意から)詩歌などに、技巧をこらしたあとがなく、いかにも自然で完美であるさまの形容。また、人柄が天真爛漫でかざりけのないさま。)

「金貨雀躍」(きんかじゃくやく)金価高騰で喜ぶ人。
(欣喜雀躍:きんきじゃくやく:雀がおどるように、こおどりして喜ぶこと。)

「電考節夏」(でんこうせっか)電気についてみんなよく考えた、節電の夏。
(電光石火:でんこうせっか:いなずまや火打石の火のひらめきのように、きわめて短い時間。転じて、行動などが非常に迅速なさま。)

「一松懸命」(いっしょうけんめい)一本の松が復輿のシンボルとしてかんばっている。
(一生懸命:いっしょうけんめい:(一所懸命)の転。物事を命がけですること。必死。)

「愛縁義援」(あいえんぎえん)震災で、海外からも多くの義援金が寄せられた。
(合縁奇縁:あいえんきえん:人の交わりには自ずから気心の合う合わないがあるが、それもみな不思議な縁によるものであるという意。)

「才足兼美」(さいそくけんび)「なでしこジャパン」の活躍。
(才色兼備:さいしょくけんび:才色の両方を備えていること。)

「熟年差婚」(じゆくねんさこん)年の差を気にせず若い恋人と結婚する人が目立った。
(熟年離婚:じゅくねんりこん:(中高年の夫婦の離婚のこと。))

「舌禍繚乱」(ぜっかりょうらん)政治家の失言が入り乱れた。
(百花繚乱:ひゃっかりょうらん:種々の花が咲きみだれること。転じて、すぐれた人・業績などが一時にたくさん現れることにいう。)

「年々宰宰」(ねんねんさいさい)毎年のように総理大臣(宰相)が変わる。
(年々歳々:ねんねんさいさい:毎年。来る年も来る年も。)

学校の試験にも出題され、大人になれば物知りの指標にもなってしまう「四字熟語」の知識。でも、言葉は相手に自分の意志を伝える手段。よって、相手が理解出来ない言葉は使えない。四字熟語も同じ。相手が分かるからこそ使える。
俵万智さんが選者だという住友生命の創作四字熟語の優秀作。もし自分が選者だったら、あまり一般的でない(←何のことはない。自分が知らない・・・)四字熟語よりも、誰でも知っているものを上位にするな・・・
何もと、自分の学を反省させられる創作四字熟語ではある。(繰り返すが、「欣喜雀躍」など、上の広辞苑の解説は、念のために書き加えたもので、決して自分が知らなかったので、広辞苑を引いたわけではないので・・・・。念のため)

(関連記事)
天声人語と「創作四字熟語」
住友生命の20周年記念「創作四字熟語」
「創作四字熟語」=「天声人語」の筆力?に感心・・・

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2011年12月 8日 (木)

「常に観察すべき五つの真理」(4/6)~「すべて変化し、離れていく」

前回(ここ)に引き続き、日本テーラワーダ仏教教会から出ている「常に観察すべき五つの真理」という冊子を読んで行こう。

常に観察すべき五つの真理
     アルボムッレ・スマナサーラ長老
・・・・
私の好きなものはすべて変化し、離れていく
「私の好きなものはすべて変化し、離れていくものである。このことを女性も男性も在家も出家も常に観察すべきである。」
 Sa**は「すべて」、me ***は「私が好きで、欲しくて、愛着があるもの」という意味です。その愛着しているものすべてに、変化する性質があり(na**)、離れる性質がある(vi**)のです。
 したがって、「自分の好きなもの、愛するもの、欲しいものはすべて変化し、それらから離れなければなりません。それを避けることはできません。このことを常に観察してください」という意味です。
 私たちはだいたい自分の欲しいものや好きなものが揃っていると、楽しくて舞い上がって、ほかの人の話はまるっきり聞かなくなるという傾向があります。欲しいものなら何でもあるぞという感じで、態度がでかくなり、傲慢になるのです。
 しかし反対に、その対象が変わったり無くなったり壊れたりすると、その反動でものすごくショックを受け、頭がクタクタにいかれて立ち直れないほど落ち込んでしまう人も中にはいます。ときどき、その状態で私のところに「なんとかしてほしい」と相談に来る人もいますが、そのときはもう治療できないほどの状態。怒鳴って目を覚ましてあげることが治療なのですが、そういう状態でもないのです。
 ですから、最初から「すべてのものは変化する。だから舞い上がって調子に乗るべきではない」ということをしっかり理解しているなら、何かがあってショックを受けたとき、それほど落ち込むことはないでしょう。
 したがって「どんなに好きなものでも、それらから離れなければならない」ということを憶えておいたほうがよいのです。」(日本テーラワーダ仏教教会「常に観察すべき五つの真理」より)

「茫然自失」という言葉がある。広辞苑を引くと、「【茫然自失】あっけにとられて、我を忘れてしまうさま。」とある。
人間が茫然自失に陥るのは、まさに想定していない事態に遭遇する時。
その点、今年は茫然自失となる出来事が多かった。東関東大震災を筆頭に、福島第1原発の事故など、もはや言葉にならない出来事だった。
個人的にも、今年は良くない出来事が多かった。よって「早く今年が終わらないかな・・」と言ったら、誰かに「でも来年はもっと悪くなるかもよ・・」と言い返されてしまった。

上の論のように「私の好きなものはすべて変化し、離れていく」と悟っていれば、どんな想定外の出来事が起きても、心の平静は保たれるのかも知れない。しかし現実には、そんな人は、ほんの一握り・・・・
普通の人は、「自分にとって不都合なことは起きない」と信じて、または考えないで日々暮らしている。先の論で言うところの“真理”を受け止めることは、凡人にはなかなか大変な事なのである。

上の話とは関係無いが、この頃、朝起きると暗いのが気になる。この季節になると、毎年のように、そのことが気になり、ついつい前に書いた記事を読み返す。「朝が暗い・・・“日の出”時刻の研究?」(ここ)を書いたのが、2006年12月 9日。もう5年も同じ話題を繰り返している。
先の記事でも書いているが、日の出は1月上旬が一番遅いが、日が暮れるのは、今の12月上旬が一番早い。
先日、NHKラジオ深夜便で、スウェーデンのストックホルムからの、電話でのレポートが放送されていた。その時に、今のストックホルムは、日の出が午前10時で、日の入りが午後1時だと言っていた。つまり昼間が3時間しかないとのこと。地図で見ると、ストックホルムはノルウェーのオスロ、フィンランドのヘルシンキ、ロシアのサンクトペテルブルグとほとんど同じ緯度。よってこれらの大都会も、今の季節は昼間が3時間・・・
それに比べると、日本は暮らし良い国・・・・

ついでに、今日は真珠湾攻撃から70年目だという。
日々は流れて行く。その中で、望むと望まないとにかかわらず、色々な出来事が起きてしまう。我々はそれらを、何が起きても「想定内さ・・」と強がって“うそぶきながら”生きていくしかない。
「私の好きなものはすべて変化し、離れていく」という真理は、日常的には何とか認めたくない言葉ではある。

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2011年12月 7日 (水)

トワ・エ・モアとさだまさしの「旅人よ」

毎日録音して聞いている番組に、NHK FMの「にっぽんのうた 世界の歌」という番組がある。この番組では、毎週同じ歌を色々な歌手で放送している。先日、加山雄三の「旅人よ」が放送された。この歌は当サイトでも前に取り上げた(ここ)が、先日、放送されたトワ・エ・モアとさだまさしがカバーした「旅人よ」がなかなかと良かった。ちょっと聞いてみよう。

<トワ・エ・モアの「旅人よ」>

<さだまさしの「旅人よ」>

   「旅人よ」
      作詞:岩谷時子
      作曲:弾 厚作
    風にふるえる 緑の草原
    たどる瞳かがやく 若き旅人よ
    おききはるかな 空に鐘がなる
    遠いふるさとにいる 母の歌に似て
    やがて冬がつめたい 雪をはこぶだろう
    君の若い足あと
    胸に燃える恋も 埋めて
    草は枯れても いのち果てるまで
    君よ夢を心に 若き旅人よ

    赤い雲ゆく 夕陽の草原
    たどる心やさしい 若き旅人よ
    ごらんはるかな 空を鳥がゆく
    遠いふるさとにきく 雲の歌に似て
    やがて深いしじまが 星をかざるだろう
    君のあつい想い出
    胸にうるむ夢を埋めて
    時はゆくとも いのち果てるまで
    君よ夢を心に 若き旅人よ
    ム・・・・

当サイトでも、他の歌手がカバーした曲を色々紹介しているが、カバーによって息を吹き返した歌で、まず頭に浮かぶのが、チェウニが歌った西島三重子の「池上線」(ここ)。
これは良かった。古いところでは、ブルー・コメッツの「すみれ色の涙」を岩崎宏美がカバーしたもの(ここ)。
懐かしのメロディーでは、男性的な声で有名な伊藤久男の「イオマンテの夜」を、何と女性歌手・岩本公水がカバーした歌もあった(ここ)。

オリジナルの歌手が、レコード会社を変えた事で再録音したものもある。これで素晴らしい録音になったものに、石川さゆりがある。コロムビアからテイチクに移って再録した一連の録音は、アレンジも素晴らしく、直ぐにCDを買ったものだった(ここ)。

時代に取り残された(?)我々シルバー族は、良く聞く歌の中で、新しい歌が増えなくなって久しい。つまり演歌も含めて、色々と発売されている歌の新譜群が、自分にフィットしないため、新しく聞く歌が増えないのだ。
自分の場合、歌(音源)集めの基準は「録音が違う歌は、別の歌」。つまり、同じ歌手の歌でも、録音や編曲が違うと別の歌と位置付けて集めている。
そんな中で、オリジナル歌手の新編曲や新録音も楽しみだが、このように、別の歌手がカバーして生き返った歌の音源集めも楽しみ・・・。でも、カバーされた歌で、自分にフィットするのは、1割にも満たない。つまりそれだけ、オリジナル歌手の印象が強く、それを超えられないということ・・。

最近ふと思う。一生懸命集めている音源。それをいったい“いつ聞く”の??

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2011年12月 6日 (火)

オフレコとは?~前沖縄防衛局長の不適切発言

今朝の日経新聞の「春秋」に、少し考えさせられる事が載っていた。曰く・・

「この一週間、喉に骨が引っかかったような感覚が抜けない。一川保夫防衛相の進退が取り沙汰されているが、その発端にもなった前沖縄防衛局長の不適切発言に関してである。あの暴言を明るみに出したメディアは正しかったのか――。
中身はもうよかろう。沖縄県知事は「口が汚れるからコメントしない」と吐き捨てた。こちらも紙面を汚したくはない。気になるのは一点、暴言がオフレコの場で出たということだ。オフレコとは、発言を記事にしないとの約束を前局長と記者たちが前もってかわしたという意味だ。そして約束は守られなかった。
「権力をチェックする立場でそんな約束をする方が悪い」と叱られるだろう。その通りだ。聞いたら書くのが記者だ。前局長の発言をはじめに報じた琉球新報は、発言を沖縄県民に伝えることを優先した。「報道には公共性、公益性がある」。そんな考え方もよく分かる。それでも腑(ふ)に落ちないものが引っかかる。
過ちかもしれないが、約束はしてしまった。ならば、相手が市民であれ官僚、政治家であれ、守る。そういう原則を貫くことも大切ではないか。喉の骨はそう訴えてうずき続けている。前局長は記事にしないという約束があって記者に話した。この事実はどこまでもついて回ると思うが、どうだろうか。」(2011/12/06付「日経新聞」「春秋」より)

「ここだけの話」とは良く聞く言葉。しかし・・・・
前にカミさんが言っていた。女性の世界で、旅行などで一緒に泊まる時など、「内緒の話だけど・・・」と始まる話は、いつも盛り上がり、そしてその話は直ぐに内緒ではなくなる。しかも、それらは当たり前の事だという。「内緒」という意味は「誰かに話してね!」という意味だそうだ。だから話す方もその話がバラされる前提で話すし、聞いた方も直ぐに誰かに話す・・・。これはお互いが合意なので問題は無い。
では男性ではどうか・・・・。
シルバー世代に達してみて、人生を振り返ってみると、「ここだけの話」「オフレコ」はほとんど存在しない、との悟り・・・・。
「誰にも言うなよ」と言っても、必ずそれは漏れた。「誰にも言うなよ」と聞いても、“良かれ”という言い訳の元、「誰にも言うなと」と言いながらしゃべった・・・。
特に人事情報のウワサはその冴えたるもの・・・。まあ流す方もジャブを打っているのだが・・・
しかし現役時代は、そこはベテランサラリーマン。もちろんわきまえるべき所は、わきまえた。

先の春秋の話はどう捉えるか? 幾らオフレコと言っても、やはり漏れないと思ったのは甘かった。人間、一旦自分の口から出た言葉は、どこにでも流れて行く事を覚悟すべきで、どんな状況での言葉にも責任を持たされる。それが現実・・・。
ふと、前にコロムビア・トップがバラして、首相を辞めさせたことを思い出した。WIKIを引くと「1994年3月に当時の細川護煕首相と会食した際、首相が「辞めたい」とこぼした事を報道陣に暴露し騒然となる。細川は一月後退陣に追い込まれた。」・・・
この話を聞いた時は、「何という裏切り者!」と思ったもの。でも野田総理が極端に警戒している通り、ちょっとした言い方で直ぐに辞任問題に発展することも今の政界の現実。・・とすると、“ダンマリを決め込む”しかないか・・・・

でも、とにかく「口は災いの元」だけでなく、「覆水盆に返らず」だし、「物言(ものい)えば唇(くちびる)寒し秋の風」なので、お互い注意しましょう。

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2011年12月 5日 (月)

「柏革命 J1初制覇」

サッカーが門外漢の我が家でも、先日こんな会話があった。「柏、勝ったか?」「勝ったよ!」・・・。
これは先日12月3日の柏/浦和戦についての、カミさんとの会話。その前に、テレビで試合開始の少しの間だけ見た。新聞で、「この試合に勝てば、柏がJ1初優勝。しかも昇格1年目の快挙」と聞いていたので少しだけ気になったのだ。
そして3:1で浦和を破っての自力優勝。正直言って、その事しか知らない。でも思った。J2からの昇格で、直ぐにJ1で優勝とは、“何かある”・・・と。
その答え(?)が今朝の日経新聞に載っていた。なるほど・・・。これが優勝の原動力のひとつか・・・・、と納得。曰く・・・

柏革命 J1初制覇
   チーム内に競争原理~控え選手の活躍相次ぐ

 初優勝を決めた浦和戦のピッチに、チームを支えてきたFW北嶋とMF栗沢が立つことはなかった。その事実が、いまの柏のありようを如実に語っている。
111205kashiwa  監督のネルシーニョの選手選考基準ははっきりしている。昨夏、大物のフランサを戦力外としたように、過去の実績は考慮しない。情を挟むことも、ムードメーカーをベンチに置くこともない。「その試合に勝つために必要な選手を選ぶ」
選手のコンディションと、その一戦をどう戦うかを念頭に置き、最適の11人を先発させ、次の7人をベンチに置く。早めに点が欲しい浦和戦は、調子を上げてきたFW田中と、展開力のあるMF茨田を迷わず先発で起用した。
 「先発に確定している選手は1人もいない。毎週が試合に出るための競争。最後の1週間もそうだった」と大谷はいう。選手たちが優勝争いのストレスをさほど感じていなかったのは、チーム内の競争に集中していたからでもある。
 もっとも、ネルシーニョは競争意識をあおろうとしているわけではない。目の前の試合に勝つために、目を光らせ、その時点で力となる選手を探っているだけだ。その結果、競争原理が有効に働く組織ができた。
 選手起用の基準が明確だから正しい競争が行われる。ネルシーニョは控え選手をなだめるのではなく、「こういう役割を与えているのに、できていないんじやないか」と問う。そういう話に持っていかれると、外された選手はうなずくしかない。
 「選手は常に戦闘能力を高くしていなくてはならない」と強化部長の吉田達磨はいう。だからだろう。大谷は「体のケアも含めて、非常にレベルの高いところで、個々が試合のための準備をしている」と話す。
 今季の柏は交代選手、久しぶりに先発した選手が不思議なほど活躍した。7月の仙台戦の沢、8月の川崎戟の田中、10月の鹿島戦の増嶋と安英学、最終節の茨田……。鹿島戦後、増嶋は「こういうときに結果を出さなくてはいけない。そのために日々、準備しているのだから」と話した。控え選手が活躍するのは偶然ではなく、規律が保たれているからだ。
 ネルシーニョは相手の選手個々の特徴、チームとしての狙いを説き、自分たちの戦い方を授ける。そのうえで「でも、決めてかかるな。想定どおりにいかないこともある」と付け加える。
 求めているのは理解力と適応力だ。北嶋はいう。「頑張っているだけでは試合に使ってもらえない。監督が求めているのは頑張りの質であり、センスだと思う」。質の悪い頑張りはマイナスに働くこともある。約束事から外れたプレーが必要になることもある。監督の高い要求が競争をより高い水準のものにしている。
 必然的に、ピッチに立った者は責任を背負い、それを意識してプレーする。その結果、J2時代の昨季から、波のない成績を収めてきた。「誰が出ても方向性がぶれない」と栗沢はいう。ぶれない監督が、2年を掛けて、ぶれない組織を築きあげた。」(2011/12/05付「日経新聞」p33より)

外人監督が多いサッカー界。選手との意思疎通は大変だろうと思う。にもかかわらず、ネルシーニョ監督が率いて優勝した昨年のJ2リーグでは、年間最少敗戦数“2”のJリーグ新記録を達成したという。そして今回のJ1優勝。
まさにリーダーの資質次第で、チームはこれだけの変貌を遂げられるという、実に素晴らしい例だ。これは全ての“組織の経営”にあてはまる。

ところで、初めて見た日本のサッカーの試合・・!?
胸に「HITACHI」のマーク。そうなのだ。ほとんどのチームは、前身が企業チーム。ふと、今のJ1/2チームの前身企業はどこなのだろうとWIKIで調べてみた。(今更・・と笑わないで・・・!)すると・・・・

<前身の企業チーム>
(J1)
仙台:東北電力サッカー部 | 山形:山形日本電気サッカー同好会| 鹿島:住友金属工業蹴球団| 浦和:三菱重工業サッカー部| 大宮:電電関東サッカー部| 柏:日立製作所本社サッカー部| 川崎:富士通サッカー部| 横浜FM:日産自動車| 甲府:クラブチーム | 新潟 :クラブチーム | 清水:クラブチーム | 磐田:ヤマハ発動機サッカー部| 名古屋:トヨタ自動車工業サッカー部| G大阪:松下電器産業サッカー部| C大阪:ヤンマーディーゼルサッカー部| 神戸:川崎製鉄水島サッカー部| 広島:マツダ(旧・東洋工業)のサッカー部| 福岡:中央防犯サッカー部
(J2)
札幌:東芝堀川町サッカー部| 水戸:クラブチーム? | 栃木:クラブチーム| 草津:クラブチーム | 千葉:古河電気工業サッカー部| F東京:東京ガスサッカー部| 東京V:(読売新聞社、よみうりランド)| 横浜FC:クラブチーム? | 湘南:藤和不動産サッカー部| 富山:北陸電力サッカー部| 岐阜:クラブチーム? | 京都:(京セラ・任天堂)| 鳥取:クラブチーム | 岡山:クラブチーム| 徳島:大塚製薬サッカー部| 愛媛:クラブチーム | 北九州:三菱化成黒崎サッカー部| 鳥栖:?? | 熊本:日本電信電話公社熊本サッカー部| 大分:クラブチーム (いちおうWIKIから読み取っては見たが、間違いある可能性大)

それにしてもサッカーチームが多いこと・・・。数えてみたら38(だよね)。サッカーチームは地元密着。でも当地・多摩には無い・・・・・。
都下にも大企業は多いので、1チームぐらいあれば、自分ももう少しサッカーに興味を示しただろうに!? ミシュランにちなんで“八王子タカオーズ”なーんてどう??

それにしても柏レイソルのネルシーニョ監督については、もう少し“研究”してみる価値はありそうだ。組織の、そして人間の動かし方について、色々と教えられる事が多そう・・・・。
出来たら野田総理も一緒に!?

●メモ:カウント~240万

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2011年12月 3日 (土)

「雑誌「三年生」「四年生」も休刊へ」

今朝の朝日新聞に「雑誌「三年生」「四年生」も休刊へ」という記事があった。曰く・・・

雑誌「三年生」「四年生」も休刊へ
 小学館は1日、学習雑誌「小学三年生」「小学四年生」を来年2月発売の3月号で休刊すると発表した。
 「小学三年生」は1924年に創刊し、73年に発行部数が最多の102万部を記録。「小学四年生」は23年創刊で、73年に82万部を記録した。だが、最近は両誌とも3万~5万部になっていた。同社は休刊の理由を「学年別で男女共通の雑誌という枠組みでは、成長と変化が著しい小学生のニーズに合わなくなってきたため」と説明している。
 「小学五年生」「小学六年生」は2010年3月号で休刊したが、「小学一年生」「小学二年生」は刊行を続ける。同社は今後、中高学年向け新シリーズの刊行を計画している。」(2011/12/03付「朝日新聞」p37より)

前に「小学五年生」「小学六年生」が休刊した時に、その思い出話を書いた(ここ)。
自分が夢中になってこの雑誌を読んでいたのは、昭和29年~昭和35年、つまり1954年~1960年。それが、ピークが1973年というので、その後10年以上隆盛を誇っていたわけだ。しかし、とうとう「一年生」と「二年生」だけになってしまった、という。

でも何かこんな話題は懐かしく、甘酸っぱい・・・。とにかく付録の多い正月号など、最大の楽しみだった。付録に付いている色々な工作に夢中になった。電気スタンドを中に入れた幻灯機などは、楽しみの付録の代表だった。
しかし時代の趨勢なのだろう。廃刊か・・。まあ仕方がないこと・・・。ゲームの時代の現代からすると、今まで良く頑張ったのかも・・・

昔、この雑誌を読んでいた当時、小学館という社名は、この「*年生」という雑誌の名前から来ていると思っていた。しかし、2010年度の出版会社のシェアでは、リクルート、集英社、講談社に次ぐ第4位(ここ)。決してこんな雑誌に頼っている会社ではない。

少子高齢化が進む現代において、時代に乗るということは、なかなか難しい。でも小学館はその中でも成功している部類に入るのかも・・・
どうって言う話題ではないが、自分の色々な思い出とともに、何となく目が留まった記事ではある。

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2011年12月 2日 (金)

日経の「良い会社」ランキングベスト250社

昨日のニュースで、12月1日から就活がスタートしたと言っていた。それに因んでかどうかは知らないが、先日の日経新聞に「良い会社」のランキングがあった。曰く・・・

認知度・働きやすさ・潜在力~「良い会社」ドコモ1位
 日本経済新聞社は29日、総合企業ランキング「NICES(ナイセス)」の2011年度版をまと111202nikkei めた。業績の変動に加えて消費者の認知度、従業長の働きやすさなど幅広い観点から上場企業を評価するシステムで1位はNTTドコモ、2位は武田薬品工業、3位はキャノンだった。強固な顧客基盤や製品力をテコに、積極投資で成長戦略を加速する企業が上位に並んだ。
 NICESは5つの視点から企業を総合評価する。配当や株式時価総額など「投資家」、認知度など「消費者・取引先」、女性や多様な人材活用といった「従業員」、雇用者数や社会貢献という「社会」、将来の成長力を測る「潜在力」の5側面。各側面のランキングを作成し、合計して総合順位を決める。・・・・」(2011/11/30付「日経新聞」より)

<NIES総合ランキング>
順位(前回) 社名 総合得点
①( 4)NTTドコモ   939
②( 3)武田薬品工業 922
③( 1)キヤノン    904
④(11)花王      871
⑤( 6)資生堂     864
⑥(32)セブン&アイHD 844
⑦( 8)コマツ     842
⑧( 2)ホンダ     832
⑨(16)ユニ・チャーム 829
⑩(10)アサヒグループHD 825
⑪(13)ダイキン工業  823
⑫( 5)KDDI       821
⑬(61)日立製作所   809
⑭(12)キリンHD    807
⑮( 7)パナソニック  807
⑯(15)富士通     806
⑰(19)三菱商事    803
⑱( 9)東芝            800
⑲(45)三井物産    798
⑳(23)クラレ      796
  (注)1000点満点

250位までは(ここ~全文のPDF)を参照。
まず20位までに、自動車メーカーが1社しかない。ホンダが8位、トヨタが28位、日産が33位だという。
常連の電機メーカーは、日立11位、パナソニック14位、富士通16位、東芝18位、三菱電機38位、ソニー75位、シャープ81位、NEC132位 だという。
銀行は20位までに入っていない。大手では、三菱UFJが30位、三井住友FGが41位、みずほFGは、何と209位。なぜこんなに“良くない会社”なのだろう・・・

まあ、こう書いていくときりがないが、でも昔の会社は気になる。OBが集まっても、まるで他人事のように昔の会社の“評論話”になる。それが結構楽しいのだ・・・。現役マンの苦労話を知らないだけに、評論家の発言は自由だ。(とても現役には聞かせられない)

まあ、やっとしがらみを抜け出た我々シルバー世代。こんなランキングも、“楽しく”読める。まあ、もし就活の学生さんがこの記事を見かけたら、(ここ)の“ベスト250”を参考に会社選びをするのも良いかもね・・・。(でも今年も厳しい就職戦線、自分が“選ぶ”余裕は無いのかも・・・)

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2011年12月 1日 (木)

「同窓会」の不思議・・・・

学校の同窓会は良くあるが、会社のかつての仲間との同窓会は、何と呼ぶのだろう?やはり「同窓会」!?

先日、入社当時の昔の仲間の一人(といっても年賀状のやりとりしかないが・・)から、ハガキが届いた。横浜で忘年会を開くという。「一度だけでも参加いただければと思い、遠方の方々にも声を掛けさせてもらいました」とある。
どんな切り口の会か分からない。会社の同僚のツテを頼って確認したら、まさに自分の入社した頃の時代の仲間だという。もしかすると、40年前の同僚と会えるかも知れない・・と思い、出席してみることにした。その後の正式の案内状によると、10数名の参加だという。それが昨夜(2011年11月30日)あった。
関内の駅で待ち合わせ。駅に着くと、見かけた顔が二つ位。それ以外は知らない顔・・・
やおら女性から「**さん、私のこと覚えている?」と言われた・・・。「どなたでしたっけ?」「**よ・・・」「**さん??エーと、いつ頃一緒だったっけ?」「昭和45~6年・・」「ん・・・・?」
聞くと、自分が入社した当時、庶務をしていた人で、自分が入ってから、1年チョット経った頃に退社したという。自分も段々と当時の顔を思い出した・・・。
しかし、顔も名前も知らない人が多い・・・。
後で聞くと、この会は、自分の入った工場の前の工場関係の人もいるという。つまり、自分の入社した部所は、その2年前に川崎の工場から部隊が移動してきたもの。その川崎時代にいた人も参加しているという。自分が知らないのも当然・・・・
それに平成元年に退社して故郷の九州・久留米に戻ったという先輩が来ていたのにはビックリ。この会のために九州から出て来たのだという。
でも女性4名を含む総勢13人。親しげに話が弾む・・・・

後半に自己紹介の時間があった。ある女性は「私が入社したのは、昭和33年・・・」。これにはビックリ。よくもまあ、今まで連絡がつながっていたものだと・・・。
ほとんどの人が、60歳代後半から70歳代。何と自分が一番の若輩だったのだ。

話は変わるが、同じく、先週末に高校時代の同窓会が銀座であった。昨年に続く2度目だったが、同じクラスだった人以外は、まだ名前が分からない。
それで小さい声で、隣にいた昔の同級生に聞いた。「おい!あっちのスミから、順番に名前を教えろ。毎年出ているんだろう?」と・・・・
その返事を聞いてビックリ。「実はオレも知らないんだ・・・・」(後で調べて教えてくれたので、冗談だったのかも知れないが・・)

どうも同窓会というのは「知らない人通しが、あたかも前から知っていたかのように親しげに話をする会」のようだ。

それにしても、後期高齢者に近付くに連れて、同窓会活動は活発になり、40年経っても、ちょっとした縁を頼りに皆が集う・・・。これは大変なこと・・・・。良く住所などが分かっていたものだ・・。これも年賀状の効能かも??

それともう一つの発見。ウワサには聞いていたが、Kさんの元気なこと!!Kさんは自分が入社した時の直属上司。自分より一回り上なので、今76歳だという。その人が元気なこと!!
大きな声では言えないが、この人は定年までとうとう平社員のままで、役職に就けなかった人。その人が、全員の肩書きが取れた途端、人一倍元気!!フリーになったとたん、従来の元気さを持続している。カラオケの大御所とか・・・
自分は冷やかした・・。「Kさんは会社時代にパワーを出し惜しんだので、トシを取ってもパワーが残っているのでは?」。すると「その通り!」と笑っていた。

還暦を過ぎた、主に後期高齢者の人たちの同窓会。もちろん元気な人だけが出てくる会だが、帰りの電車で、その意味を色々と考えてしまった。
カミさんが言うように「声が掛かっている時がハナ・・・。切るのはいつでも出来るので、声が掛かった時は積極的に出ていったら?」は正解かもね・・・・

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