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2011年10月14日 (金)

「医療と仏教の協力を」~田畑正久さんに聞く~生老病死を受け止める

だいぶん前の新聞記事だが、日経新聞に「医療と仏教の協力を~田畑正久さんに聞く~生老病死を受け止める」という記事があった。ちょっと気になったので、またまた長文だが、読んでみよう。

「『医療と仏教の協力を』~田畑正久さんに聞く~生老病死を受け止める

<小さな卵の世界から殻を脱し、大きな世界へ>
 奈良・平安期の仏教文化遺跡が散在し、「仏の里」と呼ばれる国東半島。その付け根の大分県宇佐市に広がる緑豊かな田園地帯にある佐藤第二病院は、初秋のやわらかな光111014tabata に包まれていた。そこで寝たきりに近い約50人の患者の主治医として医療・福祉の現場に立つ田畑正久院長(62)は、20年以上前から近くの寺で月1回「歎異抄に聞く会」を開き、市民への法話を続けている。その傍らで、京都の龍谷大学大学院教授として仏教講座の教壇に立ち、各地での講演も多い。田畑さんは多忙な白々を感じさせない柔和な表情で「医療と仏教が患者の体と心を救済するため互いに協力する。そんな橋渡し役を担いたい」と語る。
 田畑さんと仏教との縁は、九大医学部の学生時代に仏教青年会というサークルに入り、ある先生を知ったのがきっかけだった。
 「福岡教育大の化学の教授だった細川巌先生(故人)です。先生の法話は目からうろこでした。私たちは常日ごろ、周りからいい人と思われたいとか、損はしたくない、負けたくない……と卵の中のような小さな世界で善悪、損得、勝ち負けに振り回されているうちに老病死を迎えてしまう、と。本来、卵は親鳥に温められ、つまり仏の智慧を得ることで殻を脱して大きな世界に出てひよこになり、そしてついに親鳥になる。すなわち完成された人間、仏になる道がある。それが仏教だというのです」
 「それまでの自分の生きざまが小さな世界とすれば、大きな世界を知るにはどうしたらいいのですかと聞くと、『続けて聞いてみませんか』と言われた。それ以来、先生の法話を二十数年聞き続けたのです。家は浄土真宗の門徒でしたし、大学1回生の夏、両親を同時に交通事故で亡くし、私とまだ小中学生たった弟妹の4人が残されたという境遇もありました。先生の話は温かく、私の心を満たしてくれた。化学の教授ですから、飛躍した信じられないような話ではなく、私には理に叶った話に聞こえました」

<幸せを求める人生を“不幸の完成”で終わらせない>
 やがて外科医になった田畑さんはさまざまな患者に出会い、時に医療の限界を意識する。その隙間を埋めるのは学び続けた仏法の教えだった。
 「手術で救ったがん患者も数年後に別のがんに侵され、最終的に死につかまれば医療の敗北になる。がんを手術で治し、再発したのをまた手術して、さらに再発した患者からは亡くなる前に『だまされた』と言われたりする。多くの人は老病死をなかなか受け入れられず、時には病院や医者のせいにする」
 「老病死はあってはならないこととして延命治療するから自然死、老衰で穏やかに死んでいくことができない。老衰に近い状態でも病院で亡くなれば医療過誤ではないか、なんて言われかねない。食べられなくなった患者に胃瘻(いろう)を造って命をつないでも、褥瘡(じょくそう)や肺炎を繰り返すなど死を惨めなものにしている面があると思うのです」
「いま、医療や福祉の現場でみても人生をハッピーエンドで終える人は少ない。若さ、健康、役に立つといった物差して幸せをめざして生きてきた誰もが老、病につかまる。『周囲に迷惑をかける』と肩身の狭い思いをして死ぬというのでは“不幸の完成”で人生を終えることになりませんか? 老病死に直面する人を若い元の健康状態に戻せないとすれば、現実を受け入れる形で苦しみ、悩みを救う取り組みが必要になる。老病死をおおらかに大きな視点で受け止める人生があるのではないでしょうか」

<四苦に立ち向かえるよう精一杯生き切る>
医療の現場には、終末期医療でのホスピスなどを除けば宗教、仏教を取り入れて対応しようという空気はあまりない。「生きているうちはお医者さん、死んだらお坊さん」という垣根をどう乗り越えるのか。
 「医療も仏教も人間の生老病死という四苦に立ち向かっている。同じ課題に取り組んでいるのに協力しあう関係にはなかなかならない。病院に僧衣のお坊さんが出入りする光景が当たり前になってもおかしくないと思うのです」
 「米国に留学中、シカゴにある西本願寺別院の僧侶から『メンバー(門徒)が入院すれば必ず病院に見舞いに行く』という話を聞きました。米国では病院や軍隊などにチャプレンという宗教者がいます。スピリチュアルな面を世話するのです。日本でもキリスト教系の病院にはチャプレンがいます。仏教も医療を支える役割とか体制をつくっていかなければ……。気づき、目覚めで老病死をも受容する仏教のような普遍性のある宗教と接点を持つことで、患者が老病死の現実を受け止めて人生を生き切るという形があっていいと思います」
 「最近、『物語に基づいた医療』が唱えられています。データなどの客観的事実に基づく医療だけでは患者の人間像を全体的に把握できない、として患者の価値観、人生観などを理解しながら医療者が対話の中で患者を支える、そんな医療をめざす動きです。こうした分野でも仏教などの専門家が協力する関係を築けるのではないでしょうか」
 「『医者は治る病気は治せるけど、治らない病気は治せない。お釈迦様はどんな病気でも苦しみを救うことができる』という言葉があります。最善の医療を享受しながらも、最終的には老病死は仏様にお任せするというのが仏法の教えなのです。時とともに訪れる老病死だけでなく、突然の災害や事故などに遭っても、被災者たちがその現実に立ち向かえるように支え、生きている人は日々与えられた場を精一杯生き切る、というのも仏法の大切な教えです」(編集委員 鈴木純一)」(2011/9/17付「日経新聞」夕刊p5より)

キリスト教系の病院というと、まず聖路加国際病院を連想する。しかし、仏教系病院というと・・・???
同じく、終末医療・ホスピスと聞くと、キリスト教を連想する。仏教系の終末医療は・・・??

そもそも、「キリスト教」と「医療」とのつながりは自然だが、「仏教」と「医療」は、何ともマッチングしない。医療の現場(病院)に十字架はマッチングしても、病院にお坊さんはマッチングしない。つまり、あくまで「仏教・お坊さん」=「葬式」なのだ・・。だから病院でお坊さんの姿を見かけると、「見たくない」という気持ちに囚われる。これは“葬式仏教”の延長線上の感情なので仕方がないこと。

当サイトに何度も書いているように、お釈迦さまの“こころを救う”という崇高な理念に対して、現在の仏教やお寺のあり方が、あまりにも乖離しているように感じられている。

先日、テレビで「池上彰の世界を見に行く」(これ)を見た。ケンタッキー州の創造博物館には、人間は猿から進化したというダーウィンの進化論が否定され、神がアダムとイブを作ったという聖書に基づく人間の誕生がCGで描かれていた。まったく科学的でない違和感のある展示・・・。しかし、そこには「神を信じる」という信念がある。子どもの教育すら、自分の信条に合わないときは学校には行かせず、家庭内で教育する事が許されているキリスト教の宗教国家。それが米国だという。

そんな違和感があるキリスト教でさえ、こと医療となると、それ以上に違和感を覚える仏教・・・。

自分は哲学としての「仏教」には興味がある。しかし“日本のお寺さん”に代表される仏教にはどうも抵抗感がある。今の日本の仏教界を眺めるに、田畑さんが唱えるこの医療と仏教の融合は、かなり遠い道のりではないかと、つい思ってしまうが、どうだろう・・・。

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コメント

はじめまして。何かのご縁で本サイトのファンになり、色々楽しく勉強させて頂いております。ご紹介の朝日医師・田畑医師の生き方には同感ですが、医療・介護現場ではなかなか理解が得られません。自身の最期は自然に任せ、死後は恩返しに母校に献体を希望しています。hospital

【エムズの片割れより】
それはそれは、ご覧頂き、ありがとうございます。
献体ですか・・。ウチでも子供が居ない伯父が献体を申し込んであると聞いていますが、どうも自分は決断できません・・・。

投稿: メメント・モリ | 2011年10月16日 (日) 11:57

九大仏教青年会、懐かしい名前に出会いました。
看護学生の一時期所属して、夜間診療のお手伝い等しておりました。
当時は仏教に興味はなかったので、法話には一度も参加せずでしたが。

仏教における終末医療は、「ビハーラ」という言葉で表現され、日本でも実践されています。1993年に新潟県長岡西病院に最初のビハーラ病棟ができ、その後各地に広まっています。キリスト教を背景にしたホスピスとは違った取り組みがなされており、終末医療に関わる人達にも注目されていますよ。

参考になればと思って、コメントいたしました。

【エムズの片割れより】
「ビハーラ」は知りませんでした。仏教でも取り組みが始まっているのですね。これから勉強ます。コメント、ありがとうございました。

投稿: 風雅 | 2011年10月17日 (月) 16:25

本日、一宮市地場産業FDCで聴講させていただき医療現場の状況をお聞きして、患者の気持ちが置き去りになっていることに驚いています。「医師」は「師」の文字がある如く、医者でなく医師であって欲しいと思います。
病気の治療だけでしたら一種の職人といえば言い過ぎでしょうか。
テーマに添うお話でしたので、仕方がないと思いますが、ひとこと、残された人生で潜在能力を生かし切っていますか、と聴衆に聞いて戴きたいと思います。
自分の潜在能力を自分で自覚せず、充分引き出していない人が大半と思いますので。お聞きすれば自分を振り返り、そうだ、がんばらなきゃ、と思うのではないでしょうか。

【エムズの片割れより】
講演会でもありましたか??

投稿: 三輪盈夫 | 2015年6月20日 (土) 17:38

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