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2011年10月の26件の記事

2011年10月31日 (月)

半世紀ぶりに巡り会えた「禁じられた遊び」のテーマ

今日は、究極の自己満足の話である。
何度も書いているが、自分がレコードで音楽を聞き始めたのは、小学校高学年~中学のころ(昭和30年代初め)。それ以来の歴史だが、還暦を迎えた頃から、なぜか当時の音源が懐かしく、色々と探している。ベンチャーズ(ここ)や、ブラザーズ・フォー(ここ)などの音源は簡単に手に入る。クラシックでは、初めて買った第九のLP(アンセルメ指揮スイスロマンド)などもだいぶん前に、改めてCDを買った。

そして今日の本題だが、旋律は頭に強烈に覚えているものの、ラジオなども含めて一度も聞いたことがないのが、「禁じられた遊び」の“ある録音”。
そのことを前に(ここ)に書いた。そうしたら、先日、ALPHAさんから「お探しのEP版は多分キングレコードが発売された(EA-13)ではないかと思います。」というコメント(こ)を頂いた。

Image08191 さっそく、“EA-13”を頼りにそのレコードを手に入れた。そしてそのレコードに針を落とす・・。やっと見つかった!そうなのだ。これなのだ。頭にこびりついていた旋律。それと半世紀ぶりに巡り会えることが出来た。

<正真正銘のオリジナルサントラから「禁じられた遊び」>

ジャケットには「すでに封切られてわが国にも非常な反響を呼びましたフランス映画「禁じImage08202 られた遊び」の主題音楽を、フイルムから採録したのがこのレコードであります。」 「このレコードはこの映画のタイトル・ミュージックの全部の録音でイエペス自身の編曲、演奏によるものです。」とある。

何度か、バックに流れる旋律を気にしながらこの映画を見たこともある。でもなぜかこの旋律は見逃した。
ALPHAさんのコメントによると、「たぶん、映画のサントラ(初期版)から起こした正真正銘のオリジナルかと思います。」とあるので、今出回っている映画には、この旋律は入っていないのかも知れない。
今度チャンスがあったら、もう一度注意深くバックの音楽を聴いてみよう。

ともあれ、ALPHAさんのお陰で、胸のつかえがおりた。これこそ、竜ヶ崎の山の上の家に住んでいた時(現流経大)、中学の時に何度も聞いたもの・・・

ついでに?、次はビセンテ・ゴメスの弾く「禁じられた遊び」も手に入れたくなった。この音源である。

<ビセンテ・ゴメスの「禁じられた遊び」>

“味をしめて”、どなたかこの音源の入っているCD、レコード番号をご存じないでしょうか??
(2011/11/24追)
ALPHAさんから教えて頂いて、音源が分かり、入手したEPレコードの音源に替えました。

(関連記事)
ナルシソ・イエペスの「禁じられた遊び」

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2011年10月30日 (日)

BSジャパンで池上彰の「やさしい経済学」が始まるぞ・・

このところ、我が家は池上彰に凝っている。だいぶん前に、カミさんがテレビで池上彰の番組を見て、なかなか勉強になる、と言い出したのが初め・・・・
このところ、BSジャパンで録画した「池上彰の現代史講義~歴史を知ればニュースがわかる~」(ここ)を見ているが、これがなかなか分かり易い。
この夏に、信州大学で行った講義の録画だ。しかし残念なことに、録画できたのは全14回のうち1/3程度。全部を見たいが残念!!(民放がNHKと違うのは、なかなか再放送をしてくれないこと・・・)

最近、池上彰の番組が多く放送されている。地上波でも多い。しかし、地上波はタレントに教える形でバラエティー色が強く、実は自分はあまり好きでない。しかし先の「池上彰の現代史講義」は大学の講義そのものの録画であるため、密度が濃い。
まあ講義そのものなので、台本があるわけでもなく、説明に繰り返しも多いが、さすがに池上さん、シロウトにも実によく分かる。断片的にニュースで聞いている事柄が、糸でつながる・・・。

その池上さんが今度は「やさしい経済学」(ここ)という番組を始めるそうだ(BS ジャパン・毎週日曜日21:00~22:55)。今晩(10/30)が全14回の第1回目。BS ジャパンのHPにはこうある。(写真はクリックで拡大)
111030ikegami_2 「第1弾の「現代史」に続き、第2弾のテーマは「経済」。
ジャーナリスト・池上彰が京都造形芸術大学で、経済学の基礎講座を開きました。
池上彰は、わかりやすい解説でおなじみですが、この講義は、わかりやすいだけではなく、歯ごたえがある内容です。
111030ikegamiyotei 池上彰は言います「高校生になったばかりの頃を思い出して取り組めば、経済学の基礎的知識を身に付けることが出来ます。そうなれば最新経済ニュースに接したとき、もっと面白く感じるはずです。」番組では、池上講義に加えてテレビ東京の経済ニュース映像を駆使して、講義をビジュアルでも面白く仕上げています。これは地上波よりもBS放送が似合う前向きなビジネスパーソンに捧げる番組です。 」
ここより)

これも前の信州大学での講義と同じような、京都造形芸術大学での講義。楽しみである。

同じように前に我が家で凝ったのが、半藤一利氏。半藤さんの昭和史の話は、実に良く分かり、本当に良い勉強になった(ここ)。自分の視点で歴史をバッサリと切る半藤さんの話の虜になったもの・・・。
この池上さんも同じ。今度は現代史だ。まさに今に至る直近の現代の世界の流れである。今度は「経済」を、どう“池上流に切る”のか、楽しみである・・・

BSジャパンは、テレビ東京の子会社。「テレビ東京」の前の名前は「東京12チャンネル」。1964年(昭和39年)の開局当時は、広告を流さない教育専門局。そんな歴史があるので、BSジャパンがこんな番組を放送するのも、なぜか納得・・・

当分の間、池上さんに傾倒しそうだが、それにしても、何とか「池上彰の現代史講義」を再放送しないものか・・・・・。この番組のDVDが発売されるらしいので、ダメかな・・・

●メモ:カウント~230万

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2011年10月29日 (土)

我が血管年齢は▲13歳・・・

今日は、カミさんに付き合って、“血管年齢”をはかりに行った。結果は、自分は実年齢▲13歳、カミさんは実年齢+7歳だった。つまり、自分は結構若く、カミさんは逆に年寄り・・・!??

この測定は、健保のイベントとして開かれたようで、カミさんが予約をしていた。会場に着くと、意外と人がいる。ガラガラだとばかり思っていたが、夫婦連れも多い・・。
先ずは「超音波骨評価」。判定は、自分は「あなたの音響的評価値は、若年成人(20~44歳)に比べると“やや”低下しています」。カミさんは「あなたの音響的評価値は、若年成人(20~44歳)に比べると“かなり”低下しています」・・・ヘヘヘ・・・

それから計ったBMIや、体脂肪率、体年齢はここでは省略。
次に「Body-checker」の測定。指先測定器に挟んで2分待つ。瞬間瞬間の心拍数が表示され、結構動く。平均は86だったが、最高95、最低81だとさ。
「ストレス点数」は54だって。カミさんは46。つまり自分の方が、ストレスにさらされている?良く分からん・・・
そして肝心の「血管年齢」。自分は“実年齢より13歳若い”と出た。「良い状態なので、これを維持して下さい・・」ナンテ褒められてしまった。カミさんは・・というと、“実年齢より7歳も年寄り”。ヘヘヘ・・・・

最後に、健康相談。年を召した女性相談員の前に二人で座る。自分は決して、勝った・負けたなど、意識していなかったが、その相談員が、“ここはご主人の方が勝っていますね・・・”なんて言うモノだから、つい自分もその気になって・・・。
でも「運動をしていますね」ナンテ言われても、「していません」と答えるしかなく、会話も何かちぐはぐ・・

帰り道のカミさんの不機嫌さは、今更言うまでもない。「測定している時に、指先をチョット引いたのが悪かった・・」などと言い訳をしていたが、無駄な抵抗さ・・・・。

まだよく調べていないが、血管年齢はやはり若い方が良いようだ。動脈硬化が進んでいない証拠。つまり血液がサラサラ流れており、脳梗塞になりにくい?

でも安心はできない。15年前に亡くなった親父は、高血圧という話は聞いたことが無かったが、脳出血で亡くなった。こんなのも一つの指標に過ぎない。安心するためのチェックではなく、生活態度を改めるためのキッカケ。
その点では、むしろ腹回りを減らす努力が、自分には必要なようだ。まあ直ぐに忘れると思うけど・・・・
それにしても、今日はせっかく出かけたのに、花粉症がひどかった。鼻水たらたらで家に逃げ帰った。アレルギー反応も若い証拠?? いや、若い血管年齢に対する、“油断をするな!”と言う警鐘かもね・・・

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2011年10月28日 (金)

「肺がんX線検診 死亡率低下せず」

今朝の朝日新聞に「肺がんX線検診 死亡率低下せず」という記事があった。

肺がんX線検診 死亡率低下せず  米の研究所、15万人調査
 年に1度、X線による肺がん検診を受けても、死亡率低下にはつながらないとする大規模調査の結果を、米国立がん研究所などがまとめた。国際的に肺がん検診を実施している国はほとんどないが、日本では国が年に1度の肺がん検診を自治体に勧めている。科学的根拠がはっきりしない検診を続けるべきかどうか、議論となりそうだ。
 論文は26日付の米医師会雑誌(JAMA)電子版に発表された。
 55~74歳の約15万人を対象に、半数は4年間連続でX線検診を受けた人、半数は何も受けなかった人に無作為に分けて、肺がんによる死亡との関係を13年間、追跡調査した。
 この間に肺がんで亡くなったのは、検診を受けた人では1213人、受けなかった人では1230人と、統計的に意味のある差は出なかった。がんの進行度なども、変わらなかった。
 別の米国の研究では、X線に比べ、精度の高いCT検診を受けた喫煙者らは、死亡率が20%低かった。X線では小さな肺がんが見つけられず、早期治療につながらない可能性がある。
 日本で肺がんで亡くなる人は年間約7万人。がんの中で最も多く、40歳以上を対象に年に1度の検診が推奨されている。国の指針は、2006年の厚生労働省研究班の調査報告を参考にしているが、今回の米国での調査に比べ手法などで精度が低いと考えられている。
 厚労省の指針づくりに携わった金沢医科大の佐川元保教授(呼吸器外科)は「この結果が、システムの異なる日本でも当てはまるのか、検証が必要だが、肺がん検診のあり方に影響を与えるだろう」と話している。(岡崎明子)」(2011/10/28付「朝日新聞」p38より)

1年半ほど前、同じ趣旨の「胃がん・肺がん検診~有効性示すデータ、日本だけ」(ここ)という記事を書いた。
自分の場合、単にバリウムを飲むのがイヤ、というだけの理由で、胃のレントゲンは、2005年を最後に6年間受けていない。それに加え、先の記事などを機に、胸のレントゲンも2009年を最後にここ2年受けていない。
思い出してみると、胃のレントゲンでは、検診で初期の胃がんが見つかって手術を受けた、という同僚などの話を3件思い出す。しかし肺がんは、思い出した3件はどれも、“1年前のレントゲンではOKだったのが、見付けたときには既に手遅れ・・・”、というもの。
自分が胸のレントゲンを受けないので、“受けた方がよい”と同僚から言われることがあるが、“受けても、1年前は何もなかったが、今年のレントゲンでは手遅れ、というのでは、受ける意味がない”とうそぶいていたが、まさにそれを証明する事実が上の調査のようだ。

先日、左上の胸に痛みが走った。“ん?このところ胸のレントゲンを受けていていないので、肺がんか?”なんて口走ったら、カミさんから“肺がんが痛むわけ無いでしょ!”と言われてしまった。
X線の肺がん検診に有意差がないとすると、被爆のデメリットだけということになるが、あえてメリットを探すとすると、さっきの胸の痛みではないが、“チョットだけ安心感を与える”ことかもね・・・
ともあれ、こんな記事を読むと、自分も益々検診から足が遠のくような気がするな・・・。

(関連記事)
「胃がん・肺がん検診~有効性示すデータ、日本だけ」

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2011年10月27日 (木)

大滝秀治のラジオドラマ『空也上人がいた』

先日、毎月送られてくる雑誌「大法輪」11月号を読んでいたら、こんな一文が目に止まった。

介護施設の青年を想う
       清水眞砂子(翻訳家・児童文学者)
小さな出来事が気になっている。二十六歳の介護士の青年が九十三歳の老人に六十度Cの湯をかけて火傷させ、十一日後死に至らしめた、と報じられた事件である。老人は排泄に難があり、その夜明け青年は老人を浴室に連れていって、からだを洗ってやろうとしたが、激しい抵抗にあい、事に至った、というのが新聞の報じるところである。夜間は二人勤務で、もうひとりの職員が声をかけたが、青年はひとりで大丈夫と言い、やがてこの事態に及んだという。新聞が伝えるように、たとえ高温の湯が意図してのものであれ、私にはこの青年がただただ痛ましい。もちろん許されるべきというのではない。が、その許されないことを人はやってしまう。もしも私かその場にいたら、汚物を洗い流してやろうとして頑なな拒否にあったら、私も同じことをしてしまったかもしれない。絶対しないとは言いきれない自分が確実にここにいる。だから他人事とは思えないのである。
 山田太一の最新刊『空也上人がいた』(朝日新聞社出版)はこの青年と似た状況を生きる若者を主人公として登場させている。若者は特別養護老人ホームでヘルパーをしていたが、ある日車椅子を押していて、廊下でつまずき、はずみで乗っていた認知症の老女は椅子から転げ出てしまう。けがはなかったが、六日後に老女は亡くなる。周りに若者を責める人は誰もいない。ケア・マネージャーの女性も若者のしたことぐらい、「あっちこっちのホームでやたら起こってる」と言う。が、若者はあの時自分か「キレた」ことを内々自覚しており、自分が許せないまヽ、ホームを去る。彼は自分のしたことをなかったことにはできずにいるのだ。その青年の前にどんな人が現れ、彼をどう誘うか。気がつけばいつか同行二人、空也上人が傍らを歩いていてくれたという物語展開に、私はひとり静かに涙した。私にもそんな日がくるだろうか。いや、私より先にまずは事件の青年にその日の訪れんことを。」(雑誌「大法輪」2011年11月号p38より)

そう言えば、この『空也上人がいた』は、前にラジオドラマで聞いたな・・と思い出した。
そんな折、先日ニュースで、「2011年度の文化勲章、文化功労者が25日、発表され、俳優大滝秀治(86)が文化功労者に選ばれた。」と報じられていた。
まあそんなワケで、今日は、大滝秀治が主演したラジオドラマ・FMシアター『空也上人がいた』を聞いてみよう。

NHKののサイト(ここ)にはこうある。
“『空也上人がいた』(2011年9月3日(土曜日)22:00-22:50 NHK FM)
111027ootaki あらすじ:登場人物は3人。ひとりは妻子のない一人暮らしの老人、81歳。ひとりは特別養護老人ホームをやめたばかりの青年、27歳。ひとりはケア・マネージャーの独身中年女性、46 歳。3人はそれぞれ秘密を持っていた。3人の感情が複雑に交差する。3人の人生に横たわる秘密は重く、ぬぐいきれない痛みを抱えている。ともに歩く空也上人とは?死屍累々の鳥辺山を歩いて誰彼へだてなく葬った空也上人は、善悪ではなく、誰もが持ってる生きていく悲しさ、死ぬことの平等さを分っている人だった。3人の一風変わった関係をめぐり、人生の耐え難い重みと救いを、鮮やかに赤裸々に描く。“

<FMシアター『空也上人がいた』部分>

* このドラマの全部(50分)を聞かれる方は、(ここ)をクリックしてしばらく待つ。

このドラマに、表立っては空也上人は登場しない。このドラマを聞きながら、空也上人をどう感じるか・・・・だ。

話は変わるが、最近、家の事情で、病院や老人ホームを訪ねる機会が多い。そしてホームや病院で、たくさんの看護士・介護士さんが働いているのを目にする。その中で、何よりも昔に比べて男性の姿が多いのに気付く。
ウチのお袋も骨折でまだ入院中だが、看護士さんなど周囲の人の助けには、本当に頭が下がる。素人では到底出来ない看護、介護という仕事・・・・
しかし、“される側”の老人からは、なかなか感謝が“する側”に伝わってこない。そして・・・(このドラマ・・・)

自分も、いつ介護を“される側”になるか分からない。そして、本当に感謝を持って“される”かどうかも分からない。でも、こんなドラマの背景も、段々と“他人事とは思えない”、そして“無視できない”世代に突入したことだけは感じる秋の夜長ではある。

(関連記事)
NHK FMシアター「吉野雛」
FMシアター『花の独身』を聞く
FMシアター『薔薇のある家』を聞く

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2011年10月25日 (火)

「愛犬の名」ベスト10~ペット保険

相変わらず、新聞でベスト10の記事があると気になる・・・。
先日の新聞にこんな記事があった。

愛犬の名前・ココが首位 チョコは3位後退
 「ワン、ワン、ワン」の鳴き声にちなんだ11月1日の犬の日を前に、ペット専門保険を手掛けるアニコム損害保険(東京)が実施した「愛犬の名前調査」で、人気ナンバーワンの座を「ココ」が射止めた。2位は「マロン」で、昨年まで6年連続1位だった「チョコ」は3位となった。
 同調査は2005年から毎年実施しており、今回が7回目。昨年10月から今年9月にかけ、同社のペット向け保険を新規契約した0歳の犬約11万2千匹の飼い主に、犬の名前を尋ねた。
 ベスト10にはマロン、チョコのほか、ココア(5位)やモカ(9位)と食べ物や飲み物にちなんだ名前がランクイン。
 中には漢字で名前を付けてもらった犬もおり、雄は「空」「小太郎」「虎太郎¥。雌は「姫」「花」「空」の順だった
。」(2011/10/24付「日経新聞」夕刊p14より)

<愛犬の名前 ベスト30>~(ここより)
順位  名前  頭数
1位(2)  ココ   1,691
2位(3)  マロン  1,323
3位(1)  チョコ  1,304
4位(4)  モモ   1,110
5位(5)  ココア   941
6位(6)  ソラ    898
7位(8)  モコ    877
8位(9)  サクラ  764
9位(10)モカ   760
10位(7) ハナ   717
11位  コタロウ 610
12位  レオ     574 
13位  ミルク   544 
14位  クウ    512 
15位  リン    494 
16位  ショコラ 489 
17位  レオン   479 
18位  コロン   453 
19位  ナナ    436 
20位  アズキ   383 
21位  メイ    380
22位  ラン    342
23位  ヒメ    334
24位  ハル    328
25位  ユズ    324
26位  ラブ    307
27位  リク     302
28位  クッキー 298
29位  クゥ     297
30位  マル     296

アニコム損害保険のHP(ここ)によると、
「・・・11月1日の「犬の日」に合わせ、ペット保険「どうぶつ健保」に新規契約した0歳の犬約11万2千頭を対象に「愛犬の名前調査」を実施し、「犬の名前ランキング2011」を発表します。
 総合ランキングは、女の子で1位、男の子でも6位にランクインした「ココ」が、調査開始以来6年連続で1位を保っていた「チョコ」を破り、初の1位を獲得しました。
 総合2位は、「マロン」が昨年の総合3位から上昇し、僅差で「チョコ」が続きました。
 男女別の名前でも、昨年2位の「マロン」と「ココ」がそれぞれ1位を獲得し、男の子2位の「チョコ」、女の子2位の「モモ」ともに、調査開始以来、初めて1位を譲る結果となりました。また、男女ともに「モカ」が昨年のベスト10圏外からランクインを果たしました。・・・」
とのこと。

「メイ」は21位か・・・・。(まあメイ子も本名のメイリーも無いだろうな・・・)
ウワサには聞いたことがあるペットの健康保険。それを、ひょんな事で覗いてしまった・・。
ちなみにウチのメイ子は8歳9ヶ月のヨークシャテリア。この会社の保険料を調べてみたら(ここ)、50%給付で年額44,050円、70%給付で67,980円、90%給付で87,870円だという。
それに、この保険に入れるのは10歳11ヶ月まで・・・。ウチの場合はあと2年か・・・
この会社のペット保険は、2008年から始まったというので、そう古くはない。でも0歳で加入した犬が11万2千頭とは、自分の感覚的には多い数字。
我が家の愛犬も、これからは加齢で体調も崩しやすい時期に入る。でもまあ保険まではいいや・・・

一昨日体調を崩した(ここ)ウチのメイ子。今日の体調は、黒い便の後に普通の便が出たという。サテサテ・・・。
最近は、会社から帰ると「今日のメイ子は元気だったか?」が日課。
この言葉・・・。少なくてもウチの息子に対しては、こんな言葉はかけなかったな・・・。。つまり、もはやウチのメイ子は、息子共よりもずっと大切な存在であることは疑う余地もない。

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2011年10月24日 (月)

NHKラジオ第2の“日曜カルチャー「森と人間」”を聞く

HKラジオ第2放送を聞き始めて、ちょうど1年になる(ここ)。
先日、カルチャーラジオ・日曜カルチャー「森と人間(1)~人の暮らしと森」(講師:工芸家・作家 稲本正)(2011/10/9放送)(これ)を聞いた。そこで、色々興味あるデータが紹介されていたので、メモしてみた。

・人間は酸素が必要だが、そのために毎日空気を20kg吸う。
・地球上で、森林がほとんどの酸素を供給している。
・地球上の生き物で、昆虫が一番種類が多い。次に多いのが植物。一番少ないのがほ乳類。
・人間が単に生きて行くためのだけの呼吸でも、一日に森林が15~16本分が必要。
・電気を使い、車を動かし・・、といった活動的な生活をするため、日本では1日に350~360本の森林が必要。より活発な米国では780本が必要。逆に、電気もないインドの奥地やブータンでは、40~50本。
・地球の空気の流れは速く、地球規模で遅くても1ケ月、早いと1週間で平均化されてしまう。
・空気中の二酸化炭素の量は増えており、40万年前の2倍。これが地球温暖化につながる。
・人間が空気と同じく必要なものが水。人間は1日にきれいな淡水が2リットル必要。
・地球上の水の95.5%(または97%)は海水。陸上には2.5%しかない。しかし山の氷河とか、北極とかに多く、人間の手の届く所にある水はそのうちの1割以下と言われている。それも川の水のようにキタナイ水も多い。きれいな水は、森林が作っている。
・人間は1日に食糧を2kg食べている。牛肉も牛が食べているのは草。よって全ては植物が原料。植物を元気にさせる必要がある。
・日本は67%が森林で、世界第2位の森林大国。1位はフィンランド。2位がスウェーデンだったが、日本が抜いた。
・日本は土が良い。氷河期に土が流れなかった珍しい国。ヨーロッパは氷河で肥えた土が流され、痩せた土地になっている。
・ドングリがなる木は、日本は17種あるのに対し、英国は2種。日本の生態系は豊か。
・日本の食糧自給率は40%。先進国でも、ドイツは98%、フランスは140%、デンマークは200%、米国は130%、カナダは140%。ニュージーランドやオーストラリアは300%。

何でもそうだが、“息をすること”のような当たり前の事も、その量をこのように示されると、実に新鮮だ。
しかし、人間が一日に吸う空気20kgは、どの位の体積なのだろう。(ここ)によると、
空気の重さは「1リットル当たり1.293g」、つまり「1立方m当たりだと1.293kg」なのだという。よって、20kgでは約15.5立方m。具体的には、縦横高さが2mの立方体2個分の空気を吸っていることになる。ナールほど・・・・

それから、日本人の一日の活動に要する森林は350本分だという。そこで知りたいのが、地球上には、いったい何本の森林があるのか?この解は見つからない・・・。
でも原理的には、地球上の生き物の排出する二酸化炭素が、森林が浄化してくれる量を上回っているために、地球温暖化につながっているのだろう。

そう言えば、今朝の新聞にこんな記事があった。
「日本、人口減り続け…2050年、世界で16番目に転落
経済力や政治力が人口に比例するとしたら、今後40年間に世界の勢力図は塗り替わる。世界最大の人口を抱える中国は2020年代に人口増加が止まる見込みだ。代わって出生率が高いインドが首位に浮上する。現在の人口大国は中国・インド・米国だが、2100年にはナイジェリアが3位、タンザニアが5位に食い込んでくる。一方で、ドイツや中国、韓国は出生率の低さなどから今後40年間で人口規模が縮小する。減少幅が14%と際立って大きいのが日本。1950年には日本の人口は世界で5番目だったが、すでに10番目。50年にはフィリピンやメキシコなどに抜かれて16番目になる。 」(2011/10/24付「日経新聞」朝刊より」

大国=人口・・かどうかは分からないが、それにしても国による人口の増減の変化は激しい。でもこんな記事を読んで、米国に比べた必要森林の量や、出生率などから見ると、意外と日本は、地球に対する加害者としては、分をわきまえているのかもね・・・
それにしても、人間というのは、大飯食(おおめしぐ)らいのやっかいな生き物ではある。

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2011年10月23日 (日)

愛犬・メイ子の急病

先の震災を機に、我が家でも“地震の時はどうする・・?”という話をするようになった。結論は簡単。「とにかく、メイ子(だけ)を連れて逃げる」・・・
発想は誰もが思い付く視点。つまり、“モノは後でもどうにでもなる。しかし、“命あるもの”だけは取り返しがつかない・・・”

昨日、今日と、我が家の愛犬・メイ子(本名・メイリー)が病気になった。
メイ子は昨日の朝から調子を崩し、ホントウに珍しく朝食を食べない。これはおかしい・・・と一日様子を見る。しかし、テレビに映るケモノには吠えかかるので、カラ元気はあるようだ。でも結局一日中、元気なく出窓で寝ていた。
しかし夕方頃からは元気を取り戻し、エサも食べるようになった。夕食時に、自分の隣に“はべる”のもいつもと同じ。自分からいつものようにキュウリをもらって食べる姿は復活した姿・・・。
やれやれと思っていたら、今朝目を覚ますと、カミさんが「メイ子がおかしい。タール状の便をしたし、吐いた。直ぐに病院に連れていかないと・・・」

まずは、メイ子の実家(メイ子をくれた家)に相談。腸の検査となると、検査のために大病院に行かないとだめか・・と思っていたが、実家の“べべママ”は、まずはいつも行っている主治医の所へ、と言う。それもそうだ・・と、カミさんが車で近くの獣医さんのところに連れて行く。

程なく帰ってきた結果は、メイ子よりも“1万7千円にショック”と言う。曰く。「金はかかるが血液検査をやりますか?」「お願いします」・・・・10分後。「血液の状態は良いですね。尿酸値が少し高いが、大丈夫でしょう」「アラ、コレステロールは私よりも良い!」・・・
少し脱水気味だというので、点滴をして、吐き気止めなどの注射を何本か打ったとのこと。状態は良いが、2~3日は食事を半分くらいにした方が良い、とのことで帰ってきた。
しめて1万7千円弱・・・・

カミさんは、メイ子の状態が悪くない、というので、頭は治療費に行ってしまったらしい。でもカミさんが犬仲間に聞くと、レントゲンなどを撮ると2~3万円くらいは普通らしい。まあ、保険に入っていないので仕方がないか・・・。(保険に入っていると半額は戻るらしいが・・・)

病院から帰ってきたメイ子。少しの間、大人しくしていたかと思うと、やおら出窓から庭に201104291 向かってワンワン! 猫でも通ったか?? でも元気を取り戻したらしい。
歩く音も、いつものシャカシャカ・・・。この音は元気な証拠。そのうちに、食べ物もねだる・・・。午後になると、まったくいつものメイ子・・・・。しかし、獣医さんの所から家に帰るや、いくら点滴や注射が効いたからと言って、この元気・・・。ゲンキンなものである。(写真はクリックで拡大)

ウチのメイ子ももうすぐ9歳。犬としては高齢に入る。これからは体調を崩して獣医さんの所に駆け込むことも多くなろう。
そもそも獣医さんは、飼い主に安心を与えるためにあるようだ。物言わぬペットは、状態が分からないため、体調を崩すと、飼い主はただただオロオロ・・・。お金のことなどそっちのけで、獣医の所に駆け込む。しかし獣医さんから“大丈夫”と言われると、今日のように頭は“幾ら?”に変わる。まあそんなものだ・・・

それでカミさんが言い出した。「メイちゃん基金を作ろう!」。これからもあるだろう、体調をP11006052 崩した時に医者に駆け込む資金として、日頃獣医に駆け込む基金を募っておこうというもの。なるほど・・・
「メイちゃん募金の対象は?」「二人の息子。一口:千円!? 募金すれば、幾ら“撫で”ても良い・・」「お礼は?」「メイ子の“チュッ”。いや、“ペロッ”・・」「メイ子がなついている下の息子はともかく、上の息子は拒否するかも・・・」

ともあれ、昨日来、バタバタの丸一日だった。しかし、カミさんと違って、2万円弱と言われても、自分は“もったいない”とはあまり感じなかった。悪い状態ならともかく、良いと言われる2万円はそう惜しくない。それだけ、メイ子の健康はカネに換えられない・・という事か・・・
最近の我が家の、最大の願いは、意外とメイ子の健康なのかも知れないな・・・。

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2011年10月22日 (土)

「街(まち)コン」とは・・・・

先日の日経新聞の「春秋」に、“街(まち)コン”についての記事が載っていた。曰く・・・

「ふだんはやや寂しげな商店街を、どっと繰り出した若い大人たちが行ったり来たり。「街コン」と呼ばれる催しだ。コンはコンパ、つまり飲み会の略称。少なければ100人前後、大規模なもので2000人の男女が街で出会いを探す。
仕組みはおおむね共通だ。参加者は1人何千円かを事務局に支払う。一定数の居酒屋、バー、カフェなどが貸し切りになっており、飲み放題で自由にはしごする。参加証代わりに腕輪を支給し、それを目当てに声をかける、という具合。今週末だけで札幌、福島、大阪など10カ所近くで開かれるほどの盛況ぶりだ。
始まりは2004年、栃木県の宇都宮市だという。若者に地元の街を知ってほしい店主たちが発案し、恋人探しだけでなく、地域の知り合いを増やしたい若者の心をとらえた。ここ1、2年で全国各地に広がり、東京や横浜などの大都市でも開かれるまでに。B級グルメに続く街おこしの成功例との声も出始めた。
つながり志向、地元回帰と並び、震災が加速したものといえば、この国の政治や行政は頼りにならない、という感覚ではないか。宇都宮の街コンは行政の支援なしに始まり、各店が黒字になる仕組みを編み出した。結婚もきずなも街づくりも、何とかするのは自分たち自身。そんな決意も街コン現象は映す。」(2011/10/20付「日経新聞」の「春秋」より)

「街コン」という言葉・・・。知らなかった・・・・
これは何だ?とNetで検索してみると「まちコンポータル」(ここ)というサイトが見つかった。

このサイトにこんな説明が・・・
まちコンとは?
<目的とコンセプト>
  少子化、未婚化の高まりが叫ばれる近年、各地におかれては過疎化と事業継承(BCP:Business Continuity Plan)における問題が深刻化されています。このような中、全国各地で婚活イベント・カップリングパーティ等への取り組みが数多く見られるようになり、更には地域の商店街等との連携による大型合コンの実施事例も目立ってきております。
 「まちコン」は各地の自治体および商工団体、商店街等との連携を図りながら、地域における出会いの場創出と、地域やまちの活性化をいっしょに行おうという地域振興を目的とした複合型の画期的なイベントです。
 また、各地で開催される大型合コンイベントをソーシャルメディアやウェブサイトを通じて情報発信することで、地域振興の一助を担える立場として「まちコンポータル」を運営しております。
 「まちコンポータル」では独自のイベント実施ノウハウの提供や当社の得意分野であるソーシャルメディアシステムの開発提供を通じ、より一層イベンター(主催者)と参加者をつなぐ役割や決済システムの提供によるイベントの効率化を図るためのサービスを提供してまいります。」(
ここより)

なるほど・・・。このサイトのカレンダーを見ると、この週末(10月22日~23日)だけでも10カ所で開催されるらしい。なかなか盛んなようだ・・・

先日、NHK BS1で“発掘アジアドキュメンタリー「インド お見合い騒動記」”(これ)という番組をちょっとだけ見た。インドは90%がお見合い結婚だそうで、根強く残る身分制度のなかで、同じ階級の花嫁・花婿を、それこそ家族総出で探すのだそうだ。特に母親の熱心さはどの国も同じ・・・。そう言えば、一人っ子政策の中国でも、子どもの結婚は最重要項目で、母親が先頭になって連れ合い探しをしている風景をテレビで見たことがある。
それに引き替え、日本の何と悠長なことか・・・。

少子高齢化の日本。こんな活動は実にグッドアイデアではないか・・・。
でも、幾らこれらの活動が盛んになっても、何よりも本人たち“その気”がないと、宝の持ち腐れ・・・。
75%が草食系男子という日本。シルバー世代としては、“その気”がある人だけを対象とするこれらの活動だけでなく、草食系男子に対して“その気”を引き起こす活動も期待したいもの・・・。
でも「馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない」ということわざもあるので、付ける薬は無いかもね・・・

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2011年10月21日 (金)

「世界の総合都市ランキング2011」

先日の新聞に森記念財団のシンクタンク、都市戦略研究所が19日に発表した2011年版の世界の主要35都市のランキングの記事があった。それによると、東京は昨年と同じ4位だったという。

  <世界の総合都市ランキング2011>~(ここ)より
  ①ニューヨークNew York(320.9)[1 (322.6)]
  ②ロンドンLondon(320.6)[2 (313.6)]
  ③パリParis(308.7)[3 (303.1)]
  ④東京Tokyo(304.3)[4 (300.3)]
  ⑤シンガポールSingapore(255.3)[5 (244.2)]
  ⑥ベルリンBerlin(234.8)[6 (232.9)]
  ⑦ソウルSeoul(233.4)[8 (228.5)]
  ⑧香港Hong Kong(231.1)[9 (223.8)]
  ⑨アムステルダムAmsterdam(226.6)[7 (230.8)]
  ⑩フランクフルトFrankfurt(225.1)[13 (212.3)]
  ⑪シドニーSydney(215.8)[10 (219)]
  ⑫ウィーンVienna(215.3)[11 (217.4)]
  ⑬ロサンゼルスLos Angeles(212.2)[14 (210.7)]
  ⑭チューリッヒZurich(211.4)[12 (215)]
  ⑮大阪Osaka(205.8)[18 (205.6)]
  ⑯ボストンBoston(205.7)[20 (203.3)]
  ⑰ジュネーブGeneva(205.2)[19 (205.4)]
  ⑱北京Beijing(204.2)[24 (199.2)]
  ⑲コペンハーゲンCopenhagen(203.2)[17 (206.3)]
  ⑳マドリッドMadrid(202.8)[15 (208.8)]
  21) サンフランシスコSan Francisco(201.5)[22 (202.4)]
  22) バンクーバーVancouver(201.3)[16 (208.4)]
  23) 上海Shanghai(199.3)[26 (196.9)]
  24) ブリュッセルBrussels(199.2)[21 (202.9)]
  25) トロントToronto(194.6)[23 (199.5)]
  26) シカゴChicago(189.4)[25 (197.3)]
  27) ミラノMilan(183.6)[27 (184.2)]
  28) 福岡Fukuoka(177)[28 (181.9)]
  29) 台北Taipei(175.2)[29 (176.6)]
  30) バンコクBangkok(171.8)[31 (169.6)]
  31) クアラルンプールKuala Lumpur(167.2)[30 (169.9)]
  32) サンパウロSao Paulo(161.5)[33 (159.2)]
  33) モスクワMoscow(160.8)[32 (159.3)]
  34) ムンバイMumbai(142.4)[34 (145.3)]
  35) カイロCairo(139.1)[35 (137.6)]

都市戦略研究所のレポート(これ)から主要な文言を引いてみると・・・・

「Global Power City Index」(GPCI)の特徴
世界を代表する主要35 都市を選定し、都市の力を表す主要な6分野(「経済」「研究・開発」「文化・交流」「居住」「環境」「交通・アクセス」)と、さらに現代の都市活動を牽引する4つのグローバル・アクター(「経営者」「研究者」「アーティスト」「観光客」)に、都市の「生活者」を加えた5つのアクターの視点に基づき、複眼的に都市の総合力を評価している。

<Key Message>
◆東京は依然として4位にとどまっているが、上位都市の中での国際競争力には、かげりが見られる。
◆5位以降の第2グループの都市の中では、シンガポール、ソウル、香港、北京、上海等のアジア都市の躍進が見られ、トップ4都市との差を縮めている。一方で、欧州都市の停滞傾向が見られる。

1.分野別総合ランキング(全体の傾向) (P.8)
・2011 年の分野別総合ランキングは、1 位ニューヨーク、2 位ロンドン、3 位パリ、4 位東京となり、GPCI-2008 以降4 年連続でトップ4 都市の顔ぶれと順位に変化はなかった。
・依然として、トップ4 都市と第2 グループの先頭に位置するシンガポールとのスコアの差は大きいものの、シンガポールがこのままスコアを伸ばした場合、東京は7年で追いつかれることになる。なお、2008~2011 年にかけて東京と第1位であるニューヨークとのスコア差は徐々に縮まっている。
・ソウル、香港、北京、上海、大阪が軒並み順位を上げ、特に北京は24 位から18 位へと躍進した。

2.分野別ランキング (P.9)
・東京はいずれの分野においても、唯一、一桁の順位を獲得している都市であり、バランスのとれた総合力を発揮していると言えよう。
・経済分野では、ニューヨークがリーマンショック(2008 年9 月)の影響による落ち込みを見せたために、東京が1 位へと浮上した。
・居住分野では、ヨーロッパ・北米都市と並んで、日本国内の都市が上位に食い込んでいる。

3.アクター別ランキング (P.10)
・東京は「経営者」の評価が8 位と相対的に低い。昨年、北京・上海に肉薄されていた状況から、今年はついに抜き去られる結果となった。
・ニューヨークについても「経営者」からの評価が1位から4 位に低下している。リーマンショック(2008 年9 月)の影響による経済指標の落ち込みによるものと見られる。

4.分野別総合ランキングトップ4都市の比較分析<分野別> (P.11)
・東京は平均以上の評価を得ているものの、トップ3 都市と比較して“抜きん出た強み”を発揮する分野がないために、4 位に留まっているというのが現状である。

5.東京とアジア主要都市の比較分析<分野別> (P.11)
・経済分野では北京が追い上げを見せている。交通・アクセス分野では、成田空港からのアクセス時間の短縮に伴い、他のアジア主要都市と比して東京の評価が高くなった。

6.東京の強み・弱みの分析 (P.12-13)
・弱みとなっている指標グループは、「法規制・リスク」、「宿泊環境」、「住居コスト」、「自然環境」であり、偏差値50 を下回っている。
・経済分野の「ビジネス環境」、研究・開発分野の「研究環境」、文化・交流分野の「宿泊環境」で、昨年よりも評価が下がった。

この手の新聞記事には、(ベスト10が好きな自分は)普通は反応するのだが、2009年は小サイトに記事を書いたものの(ここ)、昨年(2010年)は見落としたらしく、書いていない。

都市とは大きな組織。そんな巨大組織が、たった1年程で激変するとは思えない。よって、似通った都市の間での、僅差の順位の変動となるのであろうが、それにしてもシンガポールのような伸長著しい都市は、数年で順位を上げる。

自分の渡航歴は決して多くない。その数少ない訪問した海外の都市で、強く印象に残っているのが上海(ここ)。あのまさに“ニョキニョキ”とした無数のマンション群が目に焼き付いている。でも総合23位・・・・。大阪の15位よりも下。なるほど・・・。そんなものか・・・。

話は変わるが、これら世界の代表的な35都市。名前を聞くと地図上ですぐに思い浮かべられるだろうか?大きな声では言えないが、自分は少々自信が無い。「**ってどこだっけ??」が・・・・

でも、せっかく生まれた“この世”なので、世界の代表的な都市に、死ぬまでに一度は行ってみたかった・・。
何?今からでも間に合うって!? もうお金が無いのさ・・・・。もちろん、体力も・・・・!?

(関連記事)
世界の都市総合力ランキング・ベスト10(東京4位)~2009年版

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2011年10月20日 (木)

「円周率10兆桁まで計算」~長野の近藤茂さん

先日の日経新聞の「春秋」にこんな記事が載っていた。

「3.141592653589793……と果てしなく続く円周率。この小数点以下の不思議な数字を、人類はずっと計算しつづけてきた。1万桁まで解き明かしたのは半世紀ほど前。1973年には100万桁まであぶり出している。
「追求」は加速する一方だ。近年、東大チームがつくった世界記録は32億桁から2061億桁、さらに1兆2411億桁へと、まさに桁違いの更新ぶりだった。そしていまは長野県飯田111020kondo市の会社員、近藤茂さん(56)の独壇場だろう。5兆桁という自らの記録をたった1年で塗り替え、ついに10兆桁にこぎ着けた。
円周率の計算は学生時代からの趣味で、5兆桁も10兆桁も自作のパソコンで達成したという。どこそこの研究者ではなく市井の人の快挙だ。 10兆桁目の数字は5だったそうだが、それを見届けようとするあくなき好奇心が記録を生み出すのかもしれない。そこに円周率があるから、というほかない挑戦なのだろう。
小学校では円周率を3と教えている、という批判がかつてあった。じつは学習指導要領には、場合によっては3でもいいと書いてあっただけだ。円周率は3.14。誰もがそうすり込まれてきたから当惑が広がったに違いない。教科書信仰ゆえの騒ぎだったのだろう。近藤さんは、次は20兆桁に挑むそうだ。」(2011/10/18付「日経新聞」「春秋」より)

おなじニュースを、共同の記事で読むと・・・
円周率10兆桁まで計算 長野の男性
 長野県飯田市の会社員、近藤茂さん(56)が16日、自宅のパソコンで円周率を小数点以下10兆桁まで計算し、昨年8月に自ら立てたギネス世界記録の同5兆桁を更新した。
 48テラ(テラは1兆)バイトのハードディスク(HDD)を搭載した自作パソコンで、昨年10月に計算を開始。インターネットで知り合った米国の大学院生、アレクサンダー・J・イーさん(23)の計算プログラムを利用し、二人三脚で約1年かけて新記録を達成した。
 計算はHDDの故障や停電で約10回も中断し、2日間再開できないこともあった。東日本大震災の影響で計画停電がうわさされたときは自家発電を覚悟した。
 パソコンの熱で40度近くに上昇する部屋で、妻幸子さん(54)は「洗濯物を室内に干すと早く乾いて助かったけど、電気代が月3万円もかかるのはつらかった」と苦笑い。
 「頭の片隅から円周率が離れない日は、もう終わった」とほっとした様子の近藤さん。ギネス申請手続きには千ユーロ(約11万円)かかるため、今回の記録をどうするか夫婦で相談中だ。倍の20兆桁に挑戦するつもりだが「少し休憩だな」と笑った。〔共同〕2011/10/16 21:53」

Netで検索してみると、この方は長野高専のOBとのこと(ここ)。
しかし、昨年、5兆桁を達成した時の言葉、「今回の記録達成について、近藤さんは「人のやっていないことに挑戦することに意義がある。究極の自己満足」と笑う。」ここ)が面白い。
なるほど・・・。“究極の自己満足”か・・
そう言えば、円周率の暗唱では原口證(はらぐち あきら)さんが有名で、2006年に10万桁を達成し、ギネス申請中だという(ここ)。
この超人的な記録も、先の10兆桁達成と同じように、別に利益を生むわけではない。これも「究極の自己満足」なのだろう。しかしこれらはまさに“人間の能力の限界”を試しているようにも思える。
しかし、先の“天下のスーパーコンピュータをコケ”にするようなパソコン使いの名手も含め、いやはや世の中にはとてつもない方が居られるものだ。

何?自分?・・・・
「自己満足のための記録なんて、挑戦しないのさ!(←単に能力が無いだけのことだけど・・・)」ホホホ・・・・・
(でもこんな目標があれば、サラリーマン・リタイア後も、さぞ楽しいだろうな・・・・)

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2011年10月19日 (水)

「大山・羽生 将棋 史上最強はどっち?」と「米長邦雄さんの話」

今日は、なぜか将棋の話・・。
今朝の朝日新聞に「大山・羽生 将棋 史上最強はどっち?」という記事があった。なかなか面白いので読んでみよう。(写真はクリックで拡大)

将棋 史上最強はどっち?
  実戦を重視、晩年までA級 大山
  研究重ね七冠制す隙のなさ 羽生

 将棋界で数々の記録を打ち立ててきた羽生善治王位・棋聖(41)。「史上最強」との呼び声も高いが、かつてその代名詞と言えば、大山康晴十五世名人(1923~92)だった。タイトル獲得が史上最多の通算80期で並ぶ、昭和の巨人と平成の天才。真の「最強」は、どちらなのだろうか。
Image08001  9月13日。羽生は第52期王位戦七番勝負で広瀬章人王位に勝ち、通算80期目のタイトルを手にした。対局後の会見で羽生は「偉大な大先輩に並ぶことができて、光栄というか名誉なことだと思う」と話した。
 羽生は96年に将棋界で初めて7タイトルを独占。「十九世名人」を名乗る資格を持つなど、現役の中での実績は群を抜いている。羽生と数々の名勝負を繰り広げてきた谷川浩司九段は「80期という記録は誰も破れない。今後は『3桁』を目指して欲しい」と話す。
 ただ、その時代における突出ぶりでは、大山にやや軍配が上がる。60年代に五冠独占を度々果たし、63年~66年には19回連続でタイトルを奪取、防衛した。当時はタイトルの数が五つ。今と同じ七つだったら、さらに多くのタイトルを獲得していた可能性が高い。
 大山の名人14連覇を阻止した中原誠十六世名人は「大山さんの全盛期と今とでは環境が違う。二人の強さを比べるのは、相撲の双葉山と大鵬を比べるようなもの」と話す。
 時代の違いは、将棋の質にも表れている。研究が進んだ現代では、序盤からリードを奪おうとするのが当たり前。序盤、中盤、終盤に隙のない羽生の棋風は、その土壌の上に築かれた。一方、大山が活躍した頃は「研究より実戦」という風潮が強く、大山の持ち昧である「受け」の強さは中終盤で発揮された。
 大山の強さを物語るデータの一つに、高齢になっても活躍を続けたことが挙げられる。最後にタイトルを獲得したのは59歳。69歳で亡くなるまで順位戦は最上位のA級のままだった。
 中原は「自分もそうだったが、45歳ぐらいからどうしても力が落ちてくる。羽生さんが、50代、60代になっても今と同じような活躍を続けるのは難しいのでは」とみる。研究で後れをとっては高い勝率を残せない現代において、羽生が今の強さを10年、20年と保ち続けるのは体力的、精神的に大変かもしれない。
 羽生自身はこう話す。「40代のうちは体力のことはあまり心配していない。10年先のことは想像しづらいので、半年先、1年先のことを目標に据えるスタンスがいいと思っています」
 森内俊之名人ら同世代に加え、若手の渡辺明竜王らと今後どのような戦いを繰り広げるのか。「史上最強」と本当に言えるかどうかは、羽生のこれからの歩みに懸かっている。(村瀬信也)」(2011/10/19付「朝日新聞」p21より)

たまたま先日、NHKラジオ深夜便で「人生勝負のカンどころ 永世棋聖・日本将棋連盟会長 米長邦雄」(2011/10/9~10放送)という番組を聞いたばかりだったので、米長さんが語っていた大山さん像とダブってこの記事を読んだ。

自分は将棋をまったくやらないが、亡くなった親父が将棋が好きで、床の間に大山さんの額があったり、兄貴も下の息子も将棋をする関係で、将棋界のことに少しだけ興味があり、こんな記事も読んでいる。

ところで、さっきの米長さんの話。2012年1月14日にパソコンと米長さんが指すことになっているそうだ。それについて、米長さんは、
「真剣に考えてくれる人が座ってくれると、そのオーラが自分にも伝わって、自分の能力が100%できる。つまり正座で6時間キチンと座ってくれているかどうかが大きい。それと変な動作をされると気が散って困る。」とコメントしていた。
米長さんは教育委員にもなったことがあり、こんなコメントも・・・
「ゆとりは生きる力を育む。それには将棋が一番良いが、次は座禅がよい。しかし今の教育では、座禅はムダということになっている。」
そして勝負については、
「不利な将棋は辛抱。時がくるのを待つ。優勢な将棋が一手で不利になったときは、過去を振り返らない。反省は将棋が終わった後ですればよい。生きている間は前を見る。現状、今ある局面で何が最善かを探し当てて前に進む。後悔は全く益にならない。」・・・

少し聞いてみよう。

<米長邦雄氏の話(NHKラジオ深夜便より)>

*この番組を全部お聞きになる方は下記をクリックして下さい。
 NHKラジオ深夜便「人生勝負のカンどころ 永世棋聖・日本将棋連盟会長 米長邦雄」(2011/10/9~10放送)
 前半(44分)は(ここ)をクリックして数分待つ・・・
 後半(41分)は(ここ)をクリックして数分待つ・・・

我々の人生の過ごし方と色々とダブる、将棋の世界の話ではある。

(関連記事)
将棋・大山康晴名人の講演会を聞く
将棋九段「内藤國雄」の面白い話

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2011年10月18日 (火)

原大輔と高田みづえの「秋冬」

先週など、30度近い夏のような日もあってビックリするこの頃だが、でも確実に秋である。
秋というと、こんな歌を思い出す。高田みづえの「秋冬」である。
でも今回改めてじっくりと聞いてみて、原大輔の歌の方がすばらしいので、そっちを先に聴いてみよう。

<原大輔の「秋冬」>

「秋冬」
  作曲:堀江童子
  作詞:中山丈二

しゃれた日焼けに 涙が流れる
あー 秋かしら
やさしく 説くように別れを告げた
あなたでした
心の水面に さざ波が立って
あー 秋ですね
鏡を見つめて 小さな声で
一人でつぶやく 秋の詩

季節の変り目を
あなたの心で 知るなんて
もう恋も もう恋も終るのね

好きな曲ばかり ラジオに流れる
あー 秋かしら
私のわがままに いつも微笑んだ
あなたでした
深い空から 枯葉が舞って
あー 秋ですね
あなたが返した 合鍵が似合う
無口な私に なりました

季節の変り目を
あなたの心で 知るなんて
もう恋も もう恋も終るのね

別れの北風が
あなたと私に 吹き込んで
もう冬も もう冬も近いのね

111018syuutouhara Wikiで「秋冬」を引くと、こんな記述がある。
「1980年6月に、中山が愛用のギターと一本のデモ・テープを残し、36歳の若さで逝去。そのデモ・テープに入っていた曲が「秋冬」で、当時親交のあった関口宏、峰岸徹、カルーセル麻紀らが協力しあい、自主制作で「秋冬」のレコードを400枚製作し、それがひそかに聞き続けられてきた。
それから数年が経った、1983年~1984年頃に「秋冬」ブームが起き、数名の歌手によって競作された。」

しかし、この歌詞はしゃれている。まさに「しゃれた日焼けに 涙が流れる あー 秋かしら・・・」。実に風情がある。そして「深い空から 枯葉が舞って あー 秋ですね・・」。詩がある・・・

「愛」とか「恋」とかという言葉から遙かに遠くなった我々シルバー世代から見ても、秋はやはり“失恋の季節”!?
何となく寂しい秋にはこんな歌がよく似合う・・

111018syuutoutakada 競作だったというこの歌のことを改めて調べてみると、1984年のオリコンチャートの最高順位は、高田みづえの最高22位に対して、原大輔の「秋冬」は19位だったという。なるほど・・・。でも定番はやはり高田みづえの歌。

<高田みづえの「秋冬」>

ウチのカミさんが良く言う。最近の歌は、歌詞にストーリーがない。・・・と。
もう四半世紀も前になってしまった「秋冬」。この歌にはストーリーがある・・よね。
この頃の歌はどれも心に浸みたもの・・・。
いつまで経っても消えない名曲「秋冬」ではある。

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2011年10月17日 (月)

STAXのコンデンサー型イヤホン(SR-003)を使ってみて・・

STAX(スタックス)(ここ)は日本のコンデンサー型ヘッドホンのメーカーである。この会社は、コンデンサー型ヘッドホンのことを「イヤースピーカー」と呼ぶ。
自分のこのメーカーとの付き合いは古い。最初に買ったのが「SR-3」(これ)とそれ用のアダプタの「SRD-5」(これ)というモデル。

STAXの製品の歴史のHP(ここ)を見ると、これは1968年発売である。まだ自分が学生だったとき、なけなしの金をはたいて、たぶん秋葉原のテレビ音響という店で買った・・・と思う。下宿では、ステレオで大きな音を出すことが出来ず、聞く時はもっぱらヘッドホンだった。
なぜこれを選んだか・・・。自分は高域の音が好き。バイオリンの湿った音は、高域の音がImg_24251 どう出るかで決まる。よってキレイな高音の再生が得意なコンデンサー型を選んだわけ・・。それに人の声が生々しいと評判だった。
1970年にサラリーマンになって、次に買ったのが「SR-X」(これ)とそのアダプタ「SRD-7」(これ)。

写真を見ても、なんとも懐かしい。自分もサラリーマンの現役をリタイアし、特に昨年からNHK FMの虜(とりこ)になってから、イヤホンにも気を遣うようになってきた。(自分は、右耳が壊れているせいでスピーカーでは聴かないのだ)
それまでは、シュアのイヤホンや、ウォークマンのイヤホンをMP3携帯プレヤーで使っていたが、SONYのHDD PCM録音機のNAC-HD1を使うようになって、もっとグレードの高いイヤホンが欲しくなった。でもヘッドホンを頭からかぶるのは、重くてイヤ。それで選択肢はイヤホン型となる。しばらくBOSEのイヤホンを使っていた。これは耳の入り口にちょこんと置くタイプなので、疲れずに好きだった。
贅沢にも、“それ以上”を考えた時、また鎌首を持ち上げたのが、STAX製のコンデンサー型に戻りたい・・・という気持ち。

昔、一度だけSR-Xのイヤパッドを買いに、STAXを訪ねたことがあった。たしか池袋の近くの雑司ヶ谷に会社はあった。建物は古い貴族の屋敷・・といった風情だった。でも今は埼玉県入間郡だという。
111017stax 久しぶりにSTAXの製品を調べてみたら、何とイヤホンタイプがあるではないか。しかもアダプタ付のセットで売っていた。「SR-005S」(これ)という。これは「イン・ザ・イヤータイプのコンデンサー型イヤースピーカーSR-003」と「ドライバーユニットSRM-252S」の組み合わせ製品。

ここで問題となるのが、頭からヘッドホンをかぶることがキライなので、バンド無しで使えるかどうか・・・。参考になったのが価格コムの「SR-003」のクチコミ欄。これらを読んで、ヘッドバンド無しで使えると判断して買った。38,500円。

付属のアタッチメントを付けて耳に入れる。イヤホンの先は楕円形。何とか落ちないように、回転させて耳に押し込むと、ほどなく耳の奥が痛くなってくる。案の定、これではダメなので、価格コムの口コミ欄で見付けた、SONYのスペアーイヤーピース「EP-EX1」を使ってみることにした。これがソニーストアで買うと、送料込みで何と453円。宅急便で送ってくるので、何か申し訳ない感じ・・。サイズが3種類入っているので、自分も耳の大きさに合わせる。
フムフム・・・。この方が、STAXのオリジナルアタッチメントよりはフィット感が宜しい。
別の口コミでは、100円ショップで「耳栓」を買ってきて、その中央に穴を空ける方法もあった。これも試してみた。耳栓は、低反発枕に似た素材。ギュッと潰すと小さくなり、数十秒で元に戻る。その耳栓の真ん中に、ハサミで空洞を作る。穴を空けるハサミを使うと効率がよいが・・・。そしてイヤホンに取り付ける。穴の空いた耳栓の先をギュッと潰して、耳の穴に入れる。しばらくすると耳栓の大きさが元に戻るので、耳にかなりしっかりと取り付く。しかし、何か膨れた感じがして違和感・・・。でも確かに落ちない・・・
数週間はこの耳栓タイプで使ってみたが、結局は、SONYのイヤーピースに戻してしまった。

そして肝心の音は??今まで使っていたBOSEのイヤホンに比べて、低域は良いが、高音が控えめ・・・。最初聞いたときは、おとなしい音で、何かガッカリ・・・。でも気を取り直して聞いてみる・・・

最近、自分なりに悟っていること。それは、良い音は単にガチャガチャ切り替えて聞き比べるものではない。しばらく聞いてみて、続いて聞きたくなるか、それとも止めたくなるか・・・が判断材料。
その視点で言うと、この製品は○。つまり、結果として、買って以来、ずっとSTAXばかり使っている。それまで使っていたBOSEのイヤホンはまったく使っていない・・・・。
別にBOSEがダメなわけではない。何となく、コンデンサーばかり使っている。

自分の良い音の追求も、“イヤホンで聴く”というコンセプトに縛られているので、まあだいたいこんなモノだろうと思う。FMチューナーL-02TをアナログでSONYのNAC-HD1につなぎ、タイマー録音した音を、デジタルで出して、DAC-AMでアナログに戻し、STAXのSRM-252S経由で、SR-003で聴いている。だいぶん特性が落ちてきた自分の耳には、まあまあ満足のできる音である。

(関連記事)
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2011年10月16日 (日)

「死んだら終わり、ではない」~小児科医・細谷亮太氏の話

昨日の朝日新聞に、小児科医・細谷亮太氏の「死んだら終わり、ではない」という記事があった。またまた長い記事で誠に恐縮だが、読んでみたい。

死んだら終わり、ではない
     小児科医・細谷亮太
小児がんの専門医・細谷亮太(63)にとって、死はいつも身近な存在だった。
 なぜ、この子が死ななければいけないのか。そう思ったことは数え切れない。だが、結局、その問いに答えが見つかることはない。人は死ぬ。その厳粛な事実を幼い子の死によって突きつけられるのは、耐え難かった。
111016asahi  無力感にうちひしがれ、「医師を辞めたい」という考えが頭をよぎった時、それを踏みとどまらせたのは、死んだ子やその家族からの「伝言」だった。
 4年ほど前、医師になりたての頃にみとった女の子の母親から電話があった。細谷は、その子が息を引き取った時、泣いたまま病室の片隅で動けなかった。母親は、その姿を鮮明に覚えていたという。「他の先生が『ご愁傷様』と言って立ち去った後、先生はオロオロと立ち尽くしていましたね。私たちには、その姿が救いになったんです」
 無力感に打ちのめされる細谷の姿が、絶望の淵にいる人たちには慰めとなることもあった。時を経て、その患者や家族たちに今度は、細谷自身が救われた。
 一方、細谷は50代半ばごろから、自らがかかわった子の生死の区別が、自分の中であいまいになってくるのを感じていた。生き残った子はもちろん、この世にいないはずの子を思い出す時、今にも診察室のドアを開けて懐かしそうに入ってくる……そんな気がするようになった。
 「人は死んだら終わりではない。誰かがその子と過ごした時間を覚えている限り、その子は死なないんだ、と。実感としてそう思えるようになった頃から、医師を辞めたいと考えなくなったような気がします」
 細谷は、今年9月から病棟の主治医を外れた。副院長の業務の他は、外来と健診が主な仕事となった。
 電子化された病院のカルテについていけなくなった、という。細谷は、パソコンは苦手で、電子メールもほとんどやらない。携帯電話も使いこなせない。「僕はアナログ人間だから、パソコンの画面を見ていても、患者さんの状態が分かっているという自信が持てなくなってきた。だから、外してもらったんです」と苦笑する。
<「治る時代」ゆえの苦悩>
 医師になり、40年が経とうしている。不治の病だった小児がんも今や8割の子が治る時代になった。化学療法の飛躍的な進歩の中で、細谷はその先頭に立って奮闘してきた。学会の会長も務めたこともある。その細谷が、現在の先端医療への違和感も□にする。
 「治る時代になって、残りの2割の子に、さらに新しい薬を試して激しい治療をするか、静かな時間を過ごしてもらうか、そのどちらが大事なのか。私には判断が難しくなってきたんです」
 医師が「つらいですが、こういう治療もありますよ」と選択肢を示すと、家族は「少しでも可能性があるのであれば」とすがろうとする。
 「確かに奇跡が起きるかもしれない。その治療を糸口に99%の人が治る時代がやがて来るかも知れない。でも、それを患者さんに強いるのは可哀想だな、と。そう感じるようになったからには、化学療法の最先端からは退いた方がよいだろうと思うんです」
 細谷は10年以上前から毎年、がんの告知を受けた子を募ってキャンプを続けてきた。当時、告知を受ける子はごくわずかだった。マイノリティーであるその子や家族が孤立してしまわないようにと姶めたのがきっかけだった。今、子どもへの告知も珍しいことではなくなった。
 そして、細谷は現在、新たなキャンプの設立に向けて活動している。
 北海道滝川市で建設が進む「そらぷちキッズキャンプ」。すでにプレオープンし、来年から常設のキャンプとして、本格稼働させる予定だ。
 「そらぷち」とは、アイヌ語で「滝下る川」の意味だ。がんの子たちだけでなく、神経疾患や染色体異常など重い病気を抱えた子が、細谷をはじめとする医師や看護師のバックアップ体制の下で、大自然にふれられるようにする。人工呼吸器をつけた子につきっきりの親に、レスパイト(休息)してもらうようなプログラムも用意する。そんな施設にしたい、という。
 「治らない病気を抱えながら、その運命を引き受けて生きている人もいます。これからは、そういう人たちと過ごす時間を大事にしていきたい」
 細谷は来年いっぱいで、聖跡加国際病院を定年退職する。「医者の仕事は、患者さんの苦しみをとってあげること」。無□だった父が残した言葉が、細谷の胸にはいつもある。=敬称略(立松真文)」(2011/10/15付「朝日新聞」b9より)

この手の記事には、つい目が行く。
「人は死んだら終わりではない。誰かがその子と過ごした時間を覚えている限り、その子は死なないんだ・・・」
というフレーズや、
「治る時代になって、(治らない)残りの2割の子に、さらに新しい薬を試して激しい治療をするか、静かな時間を過ごしてもらうか、そのどちらが大事なのか。・・・
医師が「つらいですが、こういう治療もありますよ」と選択肢を示すと、家族は「少しでも可能性があるのであれば」とすがろうとする。・・・・それを患者さんに強いるのは可哀想だな・・・」

というフレーズに、つい自分を当てはめて考えてしまう・・。

先日、肺がんが見つかった同僚(ここ)。通っている大学病院で「この抗がん剤を試してみたいので協力してくれないか」と頼まれ、了解したという。
自分だったらどう判断するか・・・。やはり、「少しでも可能性があるのであれば」とすがるのだろうか・・

前に書いた元外科医だった友人の言葉を、またまた思い出した。前に、同級生だった外科医から聞いていた話と同じだから・・・。今は連絡がつかなくなっていて残念だが、その友人が言っていた言葉は珠玉だ。少しだけ紹介しよう。
「・・体にメスを入れることは極力避ける。薬は長期に飲んではダメ。薬は対症療法。体質を変えて行かないといけない。・・ホルモン剤など絶対飲んではダメ。食事と運動。遺伝子組み替えは絶対に避ける。ハイテクなど要らない。副作用を出してはそれの薬を飲んでまた副作用。薬ばかり増える。西洋医学は行き詰まっている。新人の医師も、どの病気には何の薬と決まっているのでバカでも勤まる。今は医療は商売になっていて、訴訟防止に気が向いているだけ・・・」・・・(ここ)より

パソコンばかりに目が行って患者の顔を見ない“電子カルテに長けた”デジタル医師よりも、患者という人間に目が向いているアナログ医師の方が、よっぽど血が通っているような気がするが・・・。
いつも思うのは、“そのとき”が来たらどうする・・・?
また、こんな記事を読みながら“予習”をしている自分がいる。

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2011年10月14日 (金)

「医療と仏教の協力を」~田畑正久さんに聞く~生老病死を受け止める

だいぶん前の新聞記事だが、日経新聞に「医療と仏教の協力を~田畑正久さんに聞く~生老病死を受け止める」という記事があった。ちょっと気になったので、またまた長文だが、読んでみよう。

「『医療と仏教の協力を』~田畑正久さんに聞く~生老病死を受け止める

<小さな卵の世界から殻を脱し、大きな世界へ>
 奈良・平安期の仏教文化遺跡が散在し、「仏の里」と呼ばれる国東半島。その付け根の大分県宇佐市に広がる緑豊かな田園地帯にある佐藤第二病院は、初秋のやわらかな光111014tabata に包まれていた。そこで寝たきりに近い約50人の患者の主治医として医療・福祉の現場に立つ田畑正久院長(62)は、20年以上前から近くの寺で月1回「歎異抄に聞く会」を開き、市民への法話を続けている。その傍らで、京都の龍谷大学大学院教授として仏教講座の教壇に立ち、各地での講演も多い。田畑さんは多忙な白々を感じさせない柔和な表情で「医療と仏教が患者の体と心を救済するため互いに協力する。そんな橋渡し役を担いたい」と語る。
 田畑さんと仏教との縁は、九大医学部の学生時代に仏教青年会というサークルに入り、ある先生を知ったのがきっかけだった。
 「福岡教育大の化学の教授だった細川巌先生(故人)です。先生の法話は目からうろこでした。私たちは常日ごろ、周りからいい人と思われたいとか、損はしたくない、負けたくない……と卵の中のような小さな世界で善悪、損得、勝ち負けに振り回されているうちに老病死を迎えてしまう、と。本来、卵は親鳥に温められ、つまり仏の智慧を得ることで殻を脱して大きな世界に出てひよこになり、そしてついに親鳥になる。すなわち完成された人間、仏になる道がある。それが仏教だというのです」
 「それまでの自分の生きざまが小さな世界とすれば、大きな世界を知るにはどうしたらいいのですかと聞くと、『続けて聞いてみませんか』と言われた。それ以来、先生の法話を二十数年聞き続けたのです。家は浄土真宗の門徒でしたし、大学1回生の夏、両親を同時に交通事故で亡くし、私とまだ小中学生たった弟妹の4人が残されたという境遇もありました。先生の話は温かく、私の心を満たしてくれた。化学の教授ですから、飛躍した信じられないような話ではなく、私には理に叶った話に聞こえました」

<幸せを求める人生を“不幸の完成”で終わらせない>
 やがて外科医になった田畑さんはさまざまな患者に出会い、時に医療の限界を意識する。その隙間を埋めるのは学び続けた仏法の教えだった。
 「手術で救ったがん患者も数年後に別のがんに侵され、最終的に死につかまれば医療の敗北になる。がんを手術で治し、再発したのをまた手術して、さらに再発した患者からは亡くなる前に『だまされた』と言われたりする。多くの人は老病死をなかなか受け入れられず、時には病院や医者のせいにする」
 「老病死はあってはならないこととして延命治療するから自然死、老衰で穏やかに死んでいくことができない。老衰に近い状態でも病院で亡くなれば医療過誤ではないか、なんて言われかねない。食べられなくなった患者に胃瘻(いろう)を造って命をつないでも、褥瘡(じょくそう)や肺炎を繰り返すなど死を惨めなものにしている面があると思うのです」
「いま、医療や福祉の現場でみても人生をハッピーエンドで終える人は少ない。若さ、健康、役に立つといった物差して幸せをめざして生きてきた誰もが老、病につかまる。『周囲に迷惑をかける』と肩身の狭い思いをして死ぬというのでは“不幸の完成”で人生を終えることになりませんか? 老病死に直面する人を若い元の健康状態に戻せないとすれば、現実を受け入れる形で苦しみ、悩みを救う取り組みが必要になる。老病死をおおらかに大きな視点で受け止める人生があるのではないでしょうか」

<四苦に立ち向かえるよう精一杯生き切る>
医療の現場には、終末期医療でのホスピスなどを除けば宗教、仏教を取り入れて対応しようという空気はあまりない。「生きているうちはお医者さん、死んだらお坊さん」という垣根をどう乗り越えるのか。
 「医療も仏教も人間の生老病死という四苦に立ち向かっている。同じ課題に取り組んでいるのに協力しあう関係にはなかなかならない。病院に僧衣のお坊さんが出入りする光景が当たり前になってもおかしくないと思うのです」
 「米国に留学中、シカゴにある西本願寺別院の僧侶から『メンバー(門徒)が入院すれば必ず病院に見舞いに行く』という話を聞きました。米国では病院や軍隊などにチャプレンという宗教者がいます。スピリチュアルな面を世話するのです。日本でもキリスト教系の病院にはチャプレンがいます。仏教も医療を支える役割とか体制をつくっていかなければ……。気づき、目覚めで老病死をも受容する仏教のような普遍性のある宗教と接点を持つことで、患者が老病死の現実を受け止めて人生を生き切るという形があっていいと思います」
 「最近、『物語に基づいた医療』が唱えられています。データなどの客観的事実に基づく医療だけでは患者の人間像を全体的に把握できない、として患者の価値観、人生観などを理解しながら医療者が対話の中で患者を支える、そんな医療をめざす動きです。こうした分野でも仏教などの専門家が協力する関係を築けるのではないでしょうか」
 「『医者は治る病気は治せるけど、治らない病気は治せない。お釈迦様はどんな病気でも苦しみを救うことができる』という言葉があります。最善の医療を享受しながらも、最終的には老病死は仏様にお任せするというのが仏法の教えなのです。時とともに訪れる老病死だけでなく、突然の災害や事故などに遭っても、被災者たちがその現実に立ち向かえるように支え、生きている人は日々与えられた場を精一杯生き切る、というのも仏法の大切な教えです」(編集委員 鈴木純一)」(2011/9/17付「日経新聞」夕刊p5より)

キリスト教系の病院というと、まず聖路加国際病院を連想する。しかし、仏教系病院というと・・・???
同じく、終末医療・ホスピスと聞くと、キリスト教を連想する。仏教系の終末医療は・・・??

そもそも、「キリスト教」と「医療」とのつながりは自然だが、「仏教」と「医療」は、何ともマッチングしない。医療の現場(病院)に十字架はマッチングしても、病院にお坊さんはマッチングしない。つまり、あくまで「仏教・お坊さん」=「葬式」なのだ・・。だから病院でお坊さんの姿を見かけると、「見たくない」という気持ちに囚われる。これは“葬式仏教”の延長線上の感情なので仕方がないこと。

当サイトに何度も書いているように、お釈迦さまの“こころを救う”という崇高な理念に対して、現在の仏教やお寺のあり方が、あまりにも乖離しているように感じられている。

先日、テレビで「池上彰の世界を見に行く」(これ)を見た。ケンタッキー州の創造博物館には、人間は猿から進化したというダーウィンの進化論が否定され、神がアダムとイブを作ったという聖書に基づく人間の誕生がCGで描かれていた。まったく科学的でない違和感のある展示・・・。しかし、そこには「神を信じる」という信念がある。子どもの教育すら、自分の信条に合わないときは学校には行かせず、家庭内で教育する事が許されているキリスト教の宗教国家。それが米国だという。

そんな違和感があるキリスト教でさえ、こと医療となると、それ以上に違和感を覚える仏教・・・。

自分は哲学としての「仏教」には興味がある。しかし“日本のお寺さん”に代表される仏教にはどうも抵抗感がある。今の日本の仏教界を眺めるに、田畑さんが唱えるこの医療と仏教の融合は、かなり遠い道のりではないかと、つい思ってしまうが、どうだろう・・・。

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「戒名料」に思う・・・日本のお寺は必ず廃れる!?

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2011年10月13日 (木)

「弟に会いたい」~兄弟とは・・・

今日は、「忍耐力」と「体力」を試されてしまった。会社の帰り、いつものJRの駅に行くと、「中野と東中野間での人身事故のため、上下線とも止まっています」・・・
結局、いつもは20分ほどの電車が、今日は1時間半も閉じ込められてしまった。しかし、時間調整で止まっている駅でのぎゅうぎゅう詰めの電車内はなかなかツライ。走っているときなら、もう少しで着く・・・とガマンもできるが・・・
しかし、日本の良いところ・・・。いくらぎゅうぎゅう詰めでも、降りる駅では、皆がちゃんと道を空けてくれるので降りられる。これは日本の美徳・・。しかし今日は、特に体力の低下を思い知らされた1時間半であった。

・・・と、気を取り直して・・・・
先日、本屋で見かけた「ラジオ深夜便~こころのエッセー」という本を買ってきた。これは、2006年~2009年まで行われた第一回~第四回の「こころのエッセー」入選作43編を収めたもの。その中に、こんなエッセーがあった。

「弟に会いたい」
  H.K(女性 所沢市 62歳)
私が小学校二年生くらいで弟が幼稚園のころだったと思う。毎晩寝る前に弟に本を読んであげるのが日課になっていた。弟は枕元にドサッと絵本や童話の本、子ども向けの雑誌をおいて布団に入る。その中から気に入りのお話を選び、それを私か読むのを気持ちよさそうに聴きながら眠りについた。
 同じ子どもでありながら両親はこの一人息子をことのほかかわいがった。甘やかした、といってもいい。だからといって私はそのことをうらやましいとも特に思わず、私も弟をかわいがった。いつも私の後をくっついてきたし、幼稚園から帰ってきたとき、私の姿が見えないと、「おねえは? おねえは?」といって探したと、母がよく言っていた。
 大学の経済学部を低空飛行で卒業したが、就職する気配もなく、テキスタイル・デザインの勉強をしたいから専門学校へ行かせてほしいと親に頼み込んで、三年間さらに勉強させてもらった。それまでなんとも迫力のない学生生活を送ってきた弟が、才能を試される分野に進むことに両親も私も大いに不安でもあり、心配でもあったが、その三年間、弟は水を得た魚のように、生き生きと勉強した。
 卒業後はハンカチメーカーに就職し、よき人の縁を得てのびのびと仕事を楽しんでいる様子に、両親も私も大いに安心した。季節ごとの企画会議も弟を中心に進められているようで、年二回、春と秋にヨーロッパに出張し、得意満面な日々が数年続いた。その間に結婚をし、男の子を授かり、あのころの弟の姿はわが世の春を謳歌するようだった。
 その弟が慢性腎不全と告知されたのは、三十二歳のときだった。二年くらい続けて夏風邪をひき、それが引き金となって腎炎を発症させた。一度は完治したかにみえたが、再び夏風邪をこじらせて、気がついたときには人工透析を要する体になっていた。
 医師からは肉親からの生体腎移植という方法もある、と勧められた。当時両親は六十三歳、私は三十六歳。独身で婚約者がいるというわけでもない私は迷うことなく自分の腎臓の提供を申し出た。もう一度健康な身体になって、自信たっぷりな弟の姿をどうしても見たかった。
 双子のようだ、という組織適合率に期待して臨んだ移植手術であったが、生涯服用しなければならない免疫抑制剤の副作用で肝臓をいため、術後一年半で亡くなった。年老いた両親と美しい妻とかわいい盛りの五歳の息子、そして姉の私をおいて向こうの世界へ旅立ってしまった。
 この病気を発病する前か術後の夏か忘れてしまったのだが、NHKの<思い出のメロディー>を弟と二人で見ていた。弟が白のTシャツ姿だったのを覚えている。『誰か故郷を想わざる』という古賀政男さんの曲が流れていた。その二番の歌詞「ひとりの姉が嫁ぐ夜に 小川の岸でさみしさに 泣いた涙のなつかしさ」を聴きながら、私が弟にふざけて言った。
「ねえ。よっちゃん。お姉ちゃんがお嫁に行くとき、この歌の人みたいにあんた泣く?」。「誰が泣くかよ。嫁のもらい手があってほっとするよ」という答えが返ってくると思った。が、弟はしばらく黙っていた。ややあって「泣くと思う……」とぽつんと言った。「またぁーうまいこと言ってぇ」と、私はちゃかそうと思ったが、言えなかった。私の方を見ず、手を口元に当ててじっとテレビの画面を見ていたその姿が、今も私の心に残っている。
 弟が他界して七年後、私は四十四歳で結婚した。若くもなく、美しくもない私との結婚を喜び、大切にしてくれる人との結婚である。そして主人は十八年たったいまでも変わらずに、わがままな私を大事にしてくれている。弟が生きていたら、どんなにか喜んでくれるだろう。いや、私には見えないけれど、きっと主人に手を合わせているだろう。
 両親は私の結婚を見届けると、さっさと死んでしまった。はじめに父が、三年後に母が追いかけるように逝ってしまった。
 もしもお釈迦さまが、亡くなった身内のうち、ひとりだけに会わせてあげようと言ってくださったら、私は弟に会いたい。

――残念だったよね。まだしたいこといっぱいあったでしょ。あんたが逝ってから、あっという問にお父さん、お母さんが逝ってしまって、それから十年以上、私は法事ばっかりしてたわよ。あんたの息子はもう三十歳よ。コンピューターグラフィツクデザイナーですって。やっぱりあんたの息子ね。最近はちっとも私に会いに来ないわ。それから知っているでしょうけれどあんたの奥さんは再婚しましたよ。息子を二十五年もひとりで育てたんだから、褒めてあげなさい――。

 弟は元気だったら来年還暦を迎える。
 六十歳の弟なんて想像もつかない。」(「ラジオ深夜便 こころのエッセー」より)

最近、“兄弟って何だろう”と良く思う。このエッセーのような感慨はないが、このところ色々と考えてしまう・・・・。
我が家(実家レベルだが)は、今年は受難続き。もちろん東北の震災とは比べるべくも無いが、15年前の親父の死去以来、我が家にはそんなに荒波は来なかった。それが今年になってからは、つい10日前の茨城の90歳になるお袋の骨折、入院まで、今年は次々に良くない出来事が起きてしまった・・・・

ところで、兄弟は別に事件が無ければ日常生活の忙しさにかまけて、没交渉・・・。しかし一旦事件が起きると連携を取らざるを得ない。親のことなどは、共通事項なので・・・。
よって今年は事件が多いため、兄弟間の連絡の密度の濃いこと・・・。

どんなに社会的に高名な人でも、いったん病魔に冒されると、支えるのは家族。どんなに没交渉の家庭でも、一度事件が起きると集結するのが家族。結局は、血のつながりが一番強固か?

実は自分は男3人兄弟の2番目なのだが、皆が健康な時は、当然長男が全てを仕切る。一家の頭領なので。しかし長男が体調を崩すと、統制が取れなくなる。
我が家の場合、長男に代わって実質の頭領の役目を果たしているのが、(当人の望むか望まないかに拘わらず)3番目の弟。実家に近い。ただそれだけの理由で!?

最近、兄貴としみじみと話す・・・。「弟を怒らせては怖い・・・」

一般的に見ても、我が家は“普通”だと思う。つまり、長男は(昔風に)皆に大事にされた。サラリーマン家庭ゆえ“家を継ぐ”という概念は無かったとしても、両親はやはり長男を頼る。一方長男は、意識のどこかに“頭領”という言葉があったか無かったか・・・。結果としてそれに応えようとする。
末っ子は、両親にとってはただ「可愛い・・・」。ウチでも小さい頃から“ちびちゃん”・・・。それを端(はた)で指の爪をかみながら眺めているのが、ヘソの曲がった次男坊・・・。つまり自分・・・。
世の中、まあそんなものサ・・・。ウチはその典型例だな・・・・。

我々兄弟も、皆で還暦を迎えるトシにもなると、立場は大きく変わる。
我が家も“色々”ある・・・。それら、非常に困難な課題をフットワーク良くこなしている末弟に、我々二人の兄貴たちは段々と頭が上がらなくなる・・・。

昨日、兄貴と「弟を怒らせると怖い。どんな言い方をしようか・・」と電話で話しつつ、ふと弟に頭が上がらなくなっている我々二人の兄貴の立場を思い知らされた。
これらは下剋上の話ではない。実力が立場を作る。
今までの人生では、「長男-次男-三男」という序列だった。しかし、いざ現役を退くと、まさに「三男-次男-長男」という序列。
これからのリタイア人生。“怖い弟”に、兄貴と一緒に「どうしようか・・」と相談する日々になりそうである。これまた、仕方がないことではある・・・。

(関連記事)
人生における“勝ち”と“負け”

●メモ:カウント~225万

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2011年10月11日 (火)

由紀さおり・安田祥子の「トルコ行進曲」

先日、FM放送を聞いていたら、由紀さおり・安田祥子の「トルコ行進曲」を放送していた。この曲は、1997年の紅白歌合戦で歌われて大きな反響を呼んだという。聞き慣れた二人のスキャットだが、この曲をじっくりと聞いてみると、二人の声が織りなす効果は、なかなかのもの。特にホンモノのオペラ歌手であった安田祥子の歌は、やはりホンモノ・・。少し聞いてみよう。

<由紀さおり・安田祥子の「トルコ行進曲」>

アカペラの録音もある。

前に、あるテレビ番組で、ショパンの幻想即興曲について、仲道郁代が「左手が1/6拍子、右手が1/8拍子で、それらが一緒になってまるで布が織られるように聞こえる」といった説明をしていたことを思い出した。
もちろんトルコ行進曲はそれとは違うが、この録音を聞くと、同じように二人の声が縦糸と横糸になって、まるで布を織っているように聞こえる。これには、モーツァルトもビックリ!?

自分が好きなトルコ行進曲。前にも書いたが(ここ)、ピアノ以外では、自分はマリンバの演奏が好き。この軽快な曲は、打楽器であるマリンバがよく似合う。これも少し聴いてみよう。

<高橋美智子(マリンバ)の「トルコ行進曲」>

自分も音楽は色々と好きで聞いているが、何の楽器もモノにならなかった自分。せめてピアノで、この曲だけでも弾けたら、冥土の土産になるものを・・と思ってはいるものの、絶対にチャレンジしない自分ではある。

(関連記事)
モーツァルトのトルコ行進曲

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2011年10月 9日 (日)

ノートパソコンのHDDを更新した

今日は、いつも使っているノートパソコンのハードディスクの更新に、まる一日費やしてしまった。
自分が使っているパソコンは、2006年発売のXPのdynabook。これはキーボードをたたいたとき、ほかの機種では指の腱鞘炎になってしまうため、機種を変えられないのだ。まあ、幾多の苦難の道があって、この機種にたどり着いて使い続けている。それが、先日初めてブルースクリーンが出たこともあり、最近何か不安定さを感じていた。原因はたぶんHDDの容量不足。何せ、40GBしかない。よって、少しでも油断をすると、残容量が数百Mになってしまう。

ふと、HDDなど安いもの。大容量のHDDに交換したら良いではないか・・・。確かにリカバリ/再セットアップする手間は必要だが、長年のソフトの垢も落とせるし・・・
それでどんなHDDを買えば良いのか、パソコンの仕様をみると、「40GB(5,400rpm、Serial ATA対応)」としか書いていない。さーて、どんな機種が対応しているのか・・・。
例によって価格コムで見る。安い順リストを見ていくと、「Serial ATA300」が多い。Netで少しだけみると、300の方が新しい規格らしい。でも下位互換性があるらしいので、たぶん「Serial ATA」であれば使えそうだ。しかしなるべく本体と同じ古いモデルの方が無難だろう・・・
それで選んだのが、今使っているのと同じ富士通製の「MJA2320BH」というモデル。2008年12月発売の「容量:320GB 回転数:5400rpm キャッシュ:8MB インターフェイス:Serial ATA 厚さ:9.5mm」という仕様。価格は店頭で3,480円。

昨日、秋葉原に寄って、買ってきた。そして、今朝からデータのバックアップ、およびリカバリ作業。パソコンを買ったときに作っておいたリカバリDVDによって、再セットアップ。
新しいHDDにリカバリツールをコピーするので、意外と時間がかかったが、作業は順調。
コピーが終わって、さて初期セットアップ・・・。・・・と最初のセットアップ画面が出たが、何と「次に(N)」というボタンにカーソルが行かない。「N」のキーを押しても動かない。ヤバイ・・・。HDDの相性が悪かったかな!?
「0」を押しながらの、HDDからの再セットアップも同じ。3500円ムダか・・・と、全部外してあったコネクタのうち、マウスをつないでみた。するとカーソルが動くではないか・・・。そしてめでたくセットアップ完了し、40Gから320Gにグレードアップしたパソコンが動き出した、というわけ・・・。

しかし、思い込みは怖い。確かに自分は、タッチパッドは一切使っていない。しかしその情報は、てっきりHDDに入っており、再セットアップの時には、そのような設定はすべてクリアされるとばかり思っていた。しかし現実は「タッチパッドを切る」設定は、生きていた・・・・。これが正解なのかどうかは分からない。でも動き出したからいいや・・

一通り、使うプログラムは入れた。写真のデータなどもコピーした。しかしまだ200Gも残っている。外付けHDDに保管してあるデータもコピーしておこう・・・
しかし、このデフレ状態は何だ!? 320GもあるHDDが3500円とは、何かバカにしていないか??
ともあれ、もう容量不足で動きが怪しくなるのとは無かろう・・・

最近、悟ってきたことがある。自分のキーボードによる腱鞘炎(ここ)。この原因は、キーボードのしなやかさに原因があるみたい。つまり今使っているdynabookのK11/16シリーズのキーボードは、強く叩いても、キーボードがしなる。つまりキーが柔らかい。指をはね付けない。それで、結果として指の負担が少ない・・のではないか。
XPに徹底的にこだわっている自分。世の中”7”だかスマートフォンだか何だか知らないが、XPは不滅なのである。決して自分も、新しいモデルが怖いわけではない。キーボードとの相性で、機種を変えられないのだ。やれやれ、パソコンに振り回されて、今日一日が終わってしまったわい・・・。

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2011年10月 8日 (土)

お袋の骨折の手術

(何度も書いているように、blogは備忘録。今日もまさに自分用のメモである・・・)
今日は、先日転んで骨折した(ここ)、お袋の手術の日。カミさんと朝から病院に向かう。

病院に着くと、お袋は手術をあまり意識していないらしく、グーグー寝ていたり・・・。自分だったら手術を怖がって、居眠りなどとてもとても・・・。まあ、お袋の足の手術は3度目なので、確かにベテランの域・・・。(76歳の1997年7月4日「左大腿部骨折」、82歳の2004年2月 10日「右ひざに人工関節を入れる手術」、それに87歳の2008年6月23日「胆石」手術)
ウチのお袋の場合、トシを取ってから色々な手術を受けているが、それぞれしぶとく復活しているので、今回もそれほど心配はしていない。

事前の病院の話では、午後2番目の手術になるので、2時半か3時頃からのスタート、という事だったが、3番目になってしまい、4時過ぎから6時頃までの手術となった。
今回の「右大腿骨転子部骨折」の手術方法は、ボルトを一本差し込むもの。看護士さんにより、寝ているベッドごと“出発”してから、家族は部屋の前の広いロビーの椅子に座って待つが、ナースセンターから何の話もない。つまり急変が無く、手術は順調・・・ということ。
6時になって、やっと看護士さんから「手術が終わったので、担当医師から説明がある」とのこと。担当は、まだ若い医師。話はあまり盛り上がらない。
「手術は順調で、正味40分ほどで終わった。麻酔の時に血圧が下がったので、血圧を上げる点滴を2本使ったが、出血も少なかったので、輸血の必要もないだろう。骨は年相応で、ボルトをねじ込まないでも簡単に入ったので、たぶんスカスカになっている。手術で、特に問題となることは無かった。」オシマイ・・
“盛り上がらない”話は、普通は困るものだが、手術の時の盛り上がらない話は、実にラッキーである。

お袋が手術後のレントゲンを撮ってから、部屋に帰ってきたが、体の震えと共に、“寒い・寒い”の連呼。いつもそうらしいが、手術室が冷房で冷えているため、術後の患者はよく寒がるという。看護士さんが電気毛布を持って来てくれる。それでも“寒い・寒い”。
看護士さんが体温を測ると35.8度。医師と相談してくれたが、それほど体温が下がっている訳でもないので、低温やけどに注意しながら、体を温めて様子を見ましょう・・・

今晩はツライ夜になりそうだが、「3度目の手術なのでベテランでしょう?手術も順調に終わったというので大丈夫」と言って、帰ってきた。

ともあれ、連休明けにはリハビリで歩行の練習が始まるという。どこまで復活するか分からないが、トシも90。今後色々な課題が待ち受けている。サーテ・・・・

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2011年10月 7日 (金)

NHK「五木寛之 21世紀・仏教への旅」が再放送されるぞ・・

今日は何のことはない、NHKの番組の“お知らせ”である。
つまり、自分が一番大切にしている番組が再放送されるというので、つい誰かに言いたくなって・・・

毎週(金)に送られてくる「BSお好みジャンルメルマガ」。さっき、何げなく見ていたら、「五木寛之 21世紀・仏教への旅」が再放送されることが分かった。
この番組は、2007年の正月に放送されたもの。もう4年半も前のこと。その後何度も再放送されているが、自分は持っている機械の全部にこの番組を録画している。よって、機械がひとつ位壊れても大丈夫。もちろんDVDにも残してあるが、でもやはり、最終的には究極のBD(ブルーレイ)にハイビジョンで残しておきたいもの・・・と思っていた。
もちろんそれは、先日ブルーレイの新しいテレビを買った(ここ)から・・。それが、こうも早く実現できるとは、ラッキー・・・。

《アンコール シリーズ「五木寛之 21世紀・仏教への旅」》
10/10(月) ~10/14(金)
【ゲスト】五木寛之(作家)

(1)「ブッダ最期の旅 インド」(2007年1月7日)
10/10(月) 前9:30-11:30
10/11(火) 前1:00-3:00(10日深夜)
ブッダは80歳の時最後の旅に出た。その旅でいかに老いを受け入れ、病に耐え、死を迎えたのか。作家の五木寛之が道程をたどり、ブッダが最後に伝えようとしたものを探る。

(2)「心をつなぐ教えを求めて 韓国」(2007年1月8日)
10/11(火) 前9:30-11:28
10/12(水) 前1:00-2:58(11日深夜)
祖国分断の緊張が続く一方、競争が激化する韓国。「存在するものは決して孤立しているのではなく互いに関わり合い、通じ合っている」とする華厳の教えが注目されている。

(3)「幸福の王国をめざして ブータン」(2007年1月9日)
10/12(水) 前9:30-11:29
10/13(木) 前1:00-2:59(12日深夜)
自然を守り、急激な近代化から距離を置くブータン。その独自の国づくりの背景に仏教の教えがある。輪廻を信じ暮らしの中に仏教が息づくブータンを作家・五木寛之が訪ねる。

(4)「禅・混迷の時代を生きる 中国・フランス」(2007年1月10日)
10/13(木) 前9:30-11:30
10/14(金) 前1:00-3:00(13日深夜)
フランスではカトリック教会の中に、座禅修行を取り入れるところが出始めるほど禅が深く浸透している。一方中国でも復興の兆しが見える。五木寛之が禅の最前線を旅する。

(5)「“他力”救いをめぐる対話 日本・アメリカ」(2007年1月11日)
10/14(金) 前9:30-11:29
10/15(土) 前1:05-3:04(14日深夜) ※放送時間変更
今回、作家・五木寛之が旅するのは日本と9・11の経験を引きずるアメリカ。親鸞が唱えた「他力」の思想の現代における可能性を探り、救いをめぐる対話を重ねていく。 

これも何かの縁。当サイトがぜひお勧めしたい番組なので、ぜひ録画機で今から予約を・・・

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NHK「五木寛之 21世紀・仏教への旅」ブータンの幸福観(2007/2/12)

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2011年10月 6日 (木)

「常に観察すべき五つの真理」(2/6)~「病気」~ジョブズ氏の逝去と残されたスピーチ

前回(ここ)に引き続き、日本テーラワーダ仏教教会から出ている「常に観察すべき五つの真理」という冊子を読んで行こう。

常に観察すべき五つの真理
     アルボムッレ・スマナサーラ長老
・・・・
病気
「私は病気になるものであり、病気という性質を乗り越えていない。このことを女性も男性も在家も出家も常に観察すべきである。」

 人間は肉体を持ったら、必ず病気になります。病気といいましても、仏教の病気の定義は世の中のものとは異なります。ふつう私たちが病気だと思っているものは、高熱が出て寝込んだとか、癌や糖尿病などの病気のことを指しますが、仏教では「手当てしないと死ぬ」ことを「病気」というのです。手当てしないと死ぬならば、その状態が病気なのです。
 ということは、仏教的に見ますと、お腹がすくことも、のどが渇くことも病気です。お腹がすいたとき、もし手当てをせずに何も食べなかったらどうなるでしょうか? のどが渇いているのに、一滴も水分を摂らずにいるとどうなるでしょうか? その状態が続くと、死んでしまいます。ですから、これを病気というのです。
 しかし世の中では、その状態を「元気」とか「健康」などと言っています。お腹がすいた、食欲がある、などと言うと、「元気で健康だ」と言うのです。
 仏教では、これらのことは何か手当てしないと死にますから病気です、と見ます。仏教の病気の定義は、幅広くて論理的です。「手当てしなかったら死ぬ」なら、お腹がすくことも、のどか渇くことも、排便も病気です。それから、呼吸することも病気です。常に酸素を入れないと死にますから。
 そこで「呼吸=病気」なら、私たちは「病気がなければ生きていけない」ということになります。矛盾していますが、病気が命を支えているのです。日本的に言えば、病気のおかげで元気で生きている、ということでしょう。私たちは、病気であるがゆえに生きているのです。
 息を吸ったり吐いたり呼吸をし、お腹がすいたら食べ、のどが渇いたら飲み、消化や排泄もスムーズにして、適切なときに汗をかいたりするから、私たちは生きています。もしいくら運動しても汗が出ないなら、それは問題です。汗がまったく出ないと体内の熱が放出できなくて脳がいかれてしまい、とても危険な状態に陥りますし、反対に、汗ばかり出ると脱水症状になって、ひどい場合は死ぬこともあります。汗が出ることも出ないことも病気なのです。
 このように、生きること全体が病気でできています。身体の細胞一つ一つが呼吸をして栄養を摂らないと、生命は生きていけません。私たちの命は病気で組み立てられて成り立っているのです。なのに「私は健康だ」などと高慢になって威張るのは、とんでもない無知でしょう。」(日本テーラワーダ仏教教会「常に観察すべき五つの真理」より)

我々が見つめなければいけない第二の真理は「病気」だという。

話が変わるが、今日のニュースで、米アップルのジョブズ氏死去の報が大々的に流れていた。アップルの時価総額で、一時、世界一に導いたジョブズ氏の健康問題はアップル社最大のリスク、と長い間言われてきた。そして、8月のCEO退任で、世界中が懸念してきたことが、とうとう現実になってしまった。しかし、56歳とは早い・・・

さっき夜9時のNHKニュースで、スタンフォード大学の卒業式でのジョブズ氏のスピーチが流れていた。さっそくNetで探してみると、これは「スタンフォード大学2005年卒業式で行われた伝説のスピーチ」だそうだ。
NHKのニュースで流れていたテロップを再確認した・・・。
「私は17歳の時、こんな感じの言葉を本で読みました。「毎日を人生最後の日だと思って生きてみなさい。そうすればいつかあなたが正しいとわかるはずです。」これには強烈な印象を受けました。それから33年間毎朝私は鏡に映る自分に問いかけてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だしたら今日やる予定のことは私は本当にやりたいことだろうか?」それに対する答えが「ノー」の日が何日も続くと私は「何かを変える必要がある」と自覚するわけです。・・・・」ここ)より

確かに人は必ず病気になる。そして肉体は必ず滅びる。それが“いつか”は誰にも分からない。しかし、その必ず来る滅びの日が、例えいつ来ても後悔しないような生き方を・・・。
ビジネスで世界を変えた天才は、この56年間をこのスピーチで言っている通り、思うままに疾走して“ゴール”したのだろう。
確かに、56歳というあまりに若い急逝は、ある意味、大いなる人類の損失。
しかしフト見かけたジョブズ氏のスピーチは、何度も何度も聞くに値するもの。それを残して、ジョブズ氏は逝った。
この病気と闘っていたジョブズ氏の歴史的スピーチ。まだ見ていない方は、ぜひ一度、(ここ)で15分間聞いてみて下さい。

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2011年10月 5日 (水)

「なんとも身につかない教育」!?

昨日の日経新聞のコラム「大機小機」にこんな記事が載っていた。曰く・・・

「「市場の時間」と「政治の時間」
 金融市場では今、こんなジョークがはやっている。
どの国にもなんとも身につかない教育があるという。中国ならマナー教育。米国なら反戦教育。イタリアなら純愛教育。日本はといえば英語教育。そしてギリシャの金銭教育だ。
一部に異論もあろうが、確かにいまギリシャが危ない。過去にも5回、債務不履行(デフォルト)を起こしている。実力以上の借金が元凶だ。20年前の日本やリ-マン・ショックと全く同じバランスシートの悪化で根はとてつもなく深い。
 世の中には「市場の時間」と「政治の時間」があるという。物やお金を取引し、利益
を最大にし、損失を最小にしようと一刻一秒を争う速さが「市場の時間」。これに対し何か課題が発生してから解決するまでの政治的行動に要する時間が「政治の時間」。政治の仕組みと背後の国民感情によって速度は決まる。
 ギリシャ危機がユーロ危機に拡大し日々深刻になっているのは、この2つの時間の差が埋まらないからだ。政治が市場に追いつかない。危機対策の肝は一点、大規模な信用収縮の阻止だ。処方箋は3段階からなる。第1段階は流動性の補給。第2段階は不良資産の処理。第3段階が経済力の底上げだ。相互に絡んでいるが、当面強力に進めなければならないのが、この第2段階。不良資産を切り離して損失を確定し、その損失を力のあるところが肩代わりする。これしがない。
 つまり①ギリシャ国債のデフォルト②国債を保有する欧州銀行への大規模資本注入③欧州金融安定基金(EFSF)などによる原資の確保④独仏を軸にした各国からの拠出――のセットだ。むろんギリシャも銀行も痛みを分担する。やらなければ損害はますます大きくなる。
もともとユーロとは、苦い二度の大戦から生まれた政治の産物。経済の論理は軽視されがちだった。しかも連邦国家ではない。政策決定には参加17力国すべての同意が原則欠かせない。
3日には各国財務相がEFSF拡充を話しあったが、一時的延命の域は簡単には出ない。アテネではストがむしろ激化している。危機は第3段階で初めて収束の出口が見えてくる。
民主主義の最大の弱点は危機管理能力ともいえる。市場は冷徹で常に弱いところを突いてくる。ユーロ圈の混迷は始まったばかりだ。(横風)」(2011/10/04付け日経新聞「大機小機」より)

ホントウは、ユーロ圏での経済危機について論じたいのだが、ついグチになりそうなので止めておく。しかしこの論、「どの国にもなんとも身につかない教育があるという。中国ならマナー教育。米国なら反戦教育。イタリアなら純愛教育。日本はといえば英語教育。そしてギリシャの金銭教育だ。」という件(くだり)が面白い。

話は変わるが、毎朝の通勤で、駅から会社までの途中、5分程ある私大の附属高校の男女高校生と一緒になる。この道には、ずっと先生と「風紀委員」の生徒たちが見張っている。つまり、何もしないと、高校生が道をふさぐ形で、横に並んでペチャクチャしながら歩く。これは一般通行人にとっては、はなはだ迷惑。それで、道のあちこちに先生や生徒たちが立って、「左に寄れ」と注意をしているワケ。しかし、生徒達はすぐに元に戻る。
最近では、一人ずつ立っていた生徒が二人ずつに増えた。よって歩いて行くと、道路の左と中央に生徒が立ち、その間を歩く事になる。我々一般通行人は、何か自分たちも歩き方を監視されているようで、あまり良い気持ちではない。
これも、先の記事にならうと、「なんとも身につかない教育があるという。**高校の道路の歩き方教育。・・・」という所か・・

しかし、このようなベーシックな教育に手を焼いているのが、今の高校の実態とすると、何とも怖ろしい。日本人は、電車の乗り降りは実に整然。遅れてあわてて降りる人がいても、その人が降りるのを待って、誰も乗ろうとしない。実にマナーが良い。しかし、一歩駅を出ると、ダンゴになって歩く高校生・・・。何とも寂しい・・
ついでにグチると、毎日JRで帰るとき、(実は降りる駅の近くに女子大があるのだが、)階段の前のホームに、女子大生のダンゴ。つまり、女子大生のペチャクチャ軍団が階段の前を占拠しているため、電車から降りた人が、階段を下りようとしても、階段にたどり着けず、階段の前が大混雑・・・・。これも困ったもの。階段も前くらい、スペースを空けて欲しいもの。

このように「なんとも身につかない教育」を身に付けさせる方法はあるのだろうか?
この高校の場合は、これらのマナー教育を諦めて、スクールバスをチャーターして、それに生徒を収容して一般道路を歩かせない。そして高いバス代を取る。・・・ナンテ。

世界経済をマヒさせようとしているギリシャ。今日も大規模なデモがあったとニュースで言っていた。当事者は、それらが世界に与える影響まで考えていないのだろう。前に、アメリカの航空会社が、リストラ策に反対して結局会社が潰れたことがあった。
自業自得で、当事者たちが困るだけなら、ユーロ圏の国も放って置くだろう。しかし一蓮托生の仕組みだから皆が困る・・・
毎朝、この高校生たちが、(周囲まで目が行っていない)ギリシャ人に見えてくる最近の朝の風景ではある。

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2011年10月 4日 (火)

宇野功芳氏が選んだ「フルトヴェングラー・窮極のCDベスト10」~ウラニアのエロイカ

先日、本屋に行ったら「ピンク・フロイド---深遠なる迷宮への誘い (文藝別冊) ムック」とい 111004furtwangler_2 う本が棚にあり、つい買ってしまった。・・と隣に「フルトヴェングラー---至高の指揮者 生誕125周年 (文藝別冊) ムック」(これ)という本も・・。これもつい買ってしまった。
ぎっしり詰まった文字。過去の雑誌から転載した記事も多いが、「宇野功芳 フルトヴェングラー 窮極のCDベスト10」という記事が面白かった。

<宇野功芳のフルトヴェングラー窮極のCDベスト10>
①ベートーヴェン「交響曲第三番」英雄 ウィーン・フィル ’44〔オーパス蔵 OPX7026〕
②ベートーヴェン「交響曲第三番」英雄 ウィーン・フィル ’52〔EMIクラシックス TOGE11001〕
③ベートーヴェン「交響曲第五番」運命 ベルリン・フィル ’47.5.25[audite 21.403]
④ベートーヴェン「交響曲第六番」田園 ウィーン・フィル ’52〔EMIクラシックス TOGE11004〕
⑤ベートーヴェン「交響曲第七番」ベルリン・フィル ’43[オーパス蔵 OPX7002]
⑥ベートーヴェン「交響曲第七番」ウィーン・フィル ’50[MYTHOS MPCD9020]
⑦ベートーヴェン「交響曲第九番」バイロイト祝祭管弦楽団 ’51[MYTHOS MPCD901]
⑧ベートーヴェン「交響曲第九番」ウィーン・フィル ’53[ドリームライフRIPD0007]
⑨シューベルト「交響曲第九番」ベルリン・フィル ’43〔オーパス蔵 OPX7010〕
⑩ブラームス「交響曲第四番」ベルリン・フィル ’48〔EMIクラシックス TOGE11008〕

まず1位が、エロイカだ。曰く・・
「①ベートーヴェン「交響曲第三番」英雄 ウィーン・フィル ’44〔オーパス蔵 OPX7026〕
オーパス蔵というのは人騒がせなレーベルだ。古いレコードを良い音にして蘇らせるので、長年の順位が狂うのである。この「エロイカ」も今までは②の五二年盤が第一位であったが、蔵盤の出現で入れ替った。
 四四年盤はいわゆる〈ウラニアのエロイカ〉だが、この復刻盤は鳴りっぷりの良さ、歪みの少なさ、音の鮮明さが段違いにすばらしい。冒頭の二つの和音間の残響にまずしびれてしまう。こうでないと「エロイカ」は始まらないからだ。そしてチェロのテーマが朗々たる音量で歌い始め、テンポは悠々として急がず、この開始部、すべての点で最高である。第二主題に向けて前進性を増してゆくフルトヴェングラーは、その後曲想に従って緩急自在の棒さばきを示し、しかも音楽の呼吸と一体化して流れを失わず、名人芸の極みを見せてくれる。
 第二楽章は入魂の逸品で、ベートーヴェンでないところは一ヶ所として見られない。スケルツォ以下も詳述する紙幅はないが、そのすべてが一期一会の音のドラマになっているのだ。・・・」

この評価を読むと、「オーパス蔵」なるレーベルの音を聞いたみたくなる。・・と、何と「ニコニコ動画」にこの音源がアップされているのを発見(ここ)。
それで聞き始めたのだが、何と素晴らしい音・・・。ちょっと聞いてみよう。

<ウラニアのエロイカ>
(ベートーヴェン:交響曲第三番「英雄」フルトヴェングラー/ウィーン・フィル’44)

Netで「オーパス蔵」なるものを調べてみた。HPは(ここ)。雑誌に紹介された記事(ここ)も読める・・・
なるほど・・・。しかし、昔のアナログレコードから、こんな音が再現されるとは・・・。これはまさに個人的名人芸の世界・・・。人間国宝的なワザの世界なのだろう・・・
それに、この方は世界的に相当有名な方らしい。

確かに、一つの古い録音に、何十年も囚われていることの是非はあろう。でも、音楽が、その奏でる人によって、色々と姿を変えることは誰でも知っている。
こんな記事も参考に、自分もしばらくの間、“人類の宝”とも言える、フルトヴェングラーの世界で遊んでみよう。

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2011年10月 3日 (月)

お袋の骨折・・・

“何も無いことほど、幸せなことはない”と、今までの記事の中で何度も書いてきた。
しかし現実はそう甘くはない・・・。今日も、“事件発生”で1日大忙し・・・。(今日は備忘録だ・・・)

朝、会社に着いてやれやれと、ふとカバンの中にしまってある携帯を取ると、メールが入っている。その30分ほど前の、弟からのメール。茨城で一人住まいをしているお袋が玄関で転んだと、世話を頂いている近所の人から電話があり、とりあえず救急車を呼んでくれと頼んだとのこと。
弟は車で30~40分ほどの所に住んでいるが、直ぐに夫婦で向かうとのこと。結局、救急車で大きな病院に担ぎ込まれ、診察の結果、「右大腿骨転子部骨折」(これ)で、手術が出来たとして、1~2ヶ月の入院だとのこと。
自分が昼過ぎに病院に着いた時には、痛み止めが効いたらしく、お袋も痛がってはいなかったのでとりあえずホッとした。
聞くと、今朝はヒヤリとする事態。ウチのお袋は、古くて広い一戸建てに一人で住んでいるが、玄関の掃除をしようと、敷居をまたいだつもりが足を引っかけ、コンクリーの玄関の土間に転倒。骨折の痛みのために動けなかったが、持ち前の詩吟で鍛えた(?)大声で、助けを呼んだという。
その声が、道路を隔てた2~3軒隣の、いつも面倒を見て貰っている家の奥さんの耳に届き、駆けつけ、発見できたという。
これは一歩間違えると恐ろしいこと。もし転んだのが、風呂場やトイレなどの家の中だったら、電話口にも行けず、声も届かず、恐ろしい事になっていたかも・・・

ともあれ、たまたま救急車が行ったのが500床の大病院。これから検査をして、10/6(木)に手術が出来るかどうかの判断と、家族への手術の説明。そして10/8(土)に手術の予定だという。
それに、さすが大病院。リハビリの担当者が来て、少しでも足を使わないと、脚力が衰えて歩けなくなる、とのことで、手術前だが毎日ベッドの上での筋力トレーニングが始まるという。まあ病院的には安心・・。

でもお袋も90歳を越えた。一人住まいはこれからは無理。退院後の生活をこれから色々と考えて行かないといけない。
しかし、“転ぶ”という一番恐れていた事態がとうとう来てしまった。ウチの場合、弟夫婦が(自分に比べて)家が近いこともあって、フットワーク良く動いてくれるので助かるが、独居老人の家で、家族が遠くに住んでいる場合は、大変だ・・・。
今年は我が家にとって、最悪の年。早く終わってくれないかな・・・

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2011年10月 1日 (土)

「国内旅行 主役は60代」

カミさんに「長過ぎる!」と叱られた。昨日の記事。あんなに長いと読む気がしないと・・・・。
それで、今日は短い話を・・・・

暑くも寒くもない秋たけなわ・・・。旅行のシーズンである。特にシルバー族にとっては、国内旅行のベストシーズン。ただし、台風が来なければ・・・だが。
先日の日経新聞に「国内旅行 主役は60代」という記事があった。曰く・・

国内旅行 主役は60代~今年1~3月 宿泊者数最多
 国内旅行での消費を60代の男女がけん引していることが、観光庁のまとめでわかった。年代・男女別に国内観光旅行の状況を分析した調査によると、今年1~3月期の60代女性の宿泊旅行者数は延べ410万人で最も多かった。2位は60代の男性で358万人。観光庁は「定年退職した夫婦が旅行に多く行っている」とみている。
 調査によると、1~3月に宿泊を伴う旅行の際に消費した金額は約1兆4000億円。このうち、約1600億円が60代の女性、約1200億円か60代の男性だった。一方、宿泊旅行で
の消費単価は、30代の男性が約5万8千円と最も多かった。観光庁は「可処分所得の高い未婚の男性などの消費額が高いことが考えられる」と話している。」(2011/09/22付「日経新聞」p5より)

やはり女性・・・。先週行った我が家の小旅行(ここ)も、とにかく女性が多かった。母娘の組など。すれ違う他のツアーの客も、圧倒的に女性だけのグループが多い。
6年ほど前に、70歳を越えたところで亡くなった叔母。先日、叔父と電話で話した時に、叔母は女性の色々な趣味の仲間と、国内の名所にはほとんど行っていた、と話していた。
だから、少し逝くのが早かったが、旅行という意味では、自分などよりもよほど思い残すことは無かっただろう、とのこと。
子を産む性は、とにかくパワフル・・・。

話は変わるが、今日ホテルから着払いの荷物が届いた。何のことはない、自分がホテルに忘れてきたポロシャツ。
ホテルに忘れたことは、直ぐに気が付いたのだが、あまり着ない服なので、まあいいか・・と思っていた。しかし、カミさんは「立派なホテルなので、誰が泊まったか分かっているので、そのうちに送ってくるかも・・・」と言っていた。しかしさすがに1週間経っても何も言ってこないので、ホテルに電話したという。すると、忘れ物は確かにあるので、着払いで送ると言っていたとか・・・。

カミさんは、「普通は黙っていても送ってくるのでは?」と言うが、自分の感覚では、ホテルの忘れ物といっても、意識的に捨てるつもりで置いてくる人もいるだろうから、ホテル側としては、3か月位は保管しておいて、連絡がなければそのまま捨ててしまうのだろうと想像する。
いつも、ホテルの部屋を出る時に、必ず「指さし呼称」をしていたが、今回はぬかった・・
ともあれ、日時が自由になるシルバー族は、このベストシーズンの平日にこそ、どこかに行こう! 足腰がちゃんと動くウチに・・・。
そしてホテルの部屋を出る時には、忘れ物がないか、必ず(ホームで駅員さんがやっている)指さし呼称を!

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