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2011年9月15日 (木)

大和田りつこの「夕方のお母さん」

自分は童謡・唱歌も好きで、mp3にした音源を1500曲ぐらい集めているが、先日NHK FMで放送された、大和田りつこの「夕方のお母さん」が印象に残った。歌唱もさることながら、この録音が面白い。先ずは聞いてみよう。

<大和田りつこの「夕方のお母さん」>

「夕方のお母さん」
  作詞:サトウ ハチロー
  作曲:中田喜直

カナカナぜみが 遠くで鳴いた
ひよこの母さん 裏木戸あけて
ひよこを呼んでる ごはんだよ
やっぱりおなじだ おなじだな

チラチラ波に 夕焼けゆれた
めだかの母さん 小石のかげで
はよはよおかえり ごはんだよ
やっぱりおなじだ おなじだな

サヤサヤ風が ささの葉なでた
こねこの母さん あちこち向いて
おいしいおととで ごはんだよ
やっぱりおなじだ おなじだな

この録音、ピアノの音が広がる・・・。マイクをどのようにセッティングしたのだろうとつい想像してしまう。

しかしこの歌、案の定(?)、サトウ ハチローと中田喜直のコンビ。
「ごはんだよ~~」が実に良い。そう、子どもにとっての母親は「ごはんだよ~~」に象徴されている。

「ごはん」=「お母さん」は切っても切れない。まあ世の中には、映画「誰も知らない」のように、子どもを放ったまま家を出てしまう母親もいるし、現実に子どもが餓死した事件も発生している。
でも普通の感覚では、「ごはん」=「お母さん」であろう。

自分が小学校の頃、何か悪いことをして親に叱られた時、「ご飯無し」というお仕置きがあった。大宮の生まれた家で、台所の板の間に正座をさせられ、ご飯無し・・・。小学校低学年だったが、その時の光景は未だに覚えている。(もちろん後で、親父に内緒で母親から食べさせてもらったが・・・)
親に叱られることは良くあった。小学校高学年の頃は、夕食後、毎晩のように「説教」と称して、兄貴と二人ちゃぶ台の前に正座をさせられ、親父の話。「説教」というのは本来有り難いものであるが、反抗心旺盛だった自分は、とにかく早く終わらないか・・と、ばかり思っていた。もちろん「有り難い」「良い話を聞いた」など有り得ず、「(大きくなったら親父を)殺してやる~」とだけ思った。未だに覚えている言葉は「心掛けが悪い」「感謝がない」・・・。よって益々心掛けを悪くしたものだ。
ときたま、親父が叱ることに母親が同調する。すると親父は、益々興奮して・・・・

本来、母親は、本音はどうあれ、子どもの味方に付くべきだと思う。叱られる子どもにとって、逃げ道は絶対に必要。父親に叱られても、母親だけは自分を守ってくれる。母親だけは自分の味方・・・。子どもにとってそれが唯一の救い・・・。例え100%子どもが悪くても・・・だ。
その点、ウチのカミさんは、子どもに対する「食事抜き」のバツだけは許さなかった。子どもが小さかった時、自分が「(自分がされたように)バツとして食事抜き!」と言うと、「食事をさせるのは親の最低の義務。それだけは絶対にダメ」と言い負かされ、自分も渋々それに従ったもの・・。今考えると、それは正しかったと思う。

先日読んだ、歌人・河野裕子さんの「家族の歌」(ここ)に、にこんな言葉があった。河野裕子さんの娘さんの永田紅さんのエッセーの一部である。
「・・・・母がいるから、家は家なのだと思う。家にはお母さんがいると思って、父も兄も私も毎朝出かけ、帰ったのだ。母が外に働きに出ていても、母の存在はいつもベースキャンプとして家にあった。誰かを待つこと、待っていてくれる人がいることは、この上なく大きい。それを失うことの想像はつかない。
 私か結婚して、母は、「家を明るくして、温かくして待っているのよ。暗い家に一人帰しては駄目よ」とよく言うようになった。なかなか実行できずにいるが、一緒に暮らすこと、伴侶を大事にすることの根っこは、こういうことかと思う。(22・7・3)」(「家族の歌」p139より)

人類(オーバーだが)、最後まで人の記憶に残るのは母親像。父親の存在など、ちっぽけなもの・・・。もし今度生まれ変わるとすれば・・・!?
やっぱり男が良い・・。(ヘヘヘ・・・)


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コメント

私の父は明治の半ばに生まれた人間で、正義は自分の腹の虫の居所で決めていたから、子供を叱るのに論理なんていうものはなかった。殴るなどは日常的なことで、4人の兄は私の何倍も殴られたと思う。ご飯抜きはなかったが、私はこの父の理不尽に反抗して、ハンガーストライキをした。痩せてガリガリだったから、最後に父が「謝るからご飯を食べよ」と頭を下げた。この父の怒り方より、私は母のネチネチした嫌味のほうが嫌いだった。やっぱり叱るのは雷型が良いと思っています。昔の親は雷型が多かったですね。

【エムズの片割れより】
状況が目に浮かびます。確かに「カミナリ型」がスッキリしていて良いですね。
でもそれが出来る父親が、今はどれだけ居るか・・・。叱るには、それだけの「徳」が無ければ・・。
「正義は自分の腹の虫」でも、それが一貫していて自分の人生観なら、それはそれで立派。
子どもを育てるのは、自分の人格がそのまま現れてしまいますので、本当は非常に難しい事なのでしょうね。

投稿: 白萩 | 2011年9月15日 (木) 23:51

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