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2011年9月18日 (日)

「何ともグロテスクな(鉢呂経済産業相の)辞任騒ぎ」

先日の鉢呂雄経済産業相の辞任騒ぎは、早いもので、もう風化している。繰り返される茶番劇・・・。いつも、何か違和感を感じていたが、先日の新聞にこんな記事があった。曰く・・・

「何ともグロテスクな辞任騒ぎ
     大野博人
 「死のまち」に端を発する鉢呂吉雄経済産業相の辞任騒ぎは、グロテスクだと思う。
 政治がこんなことにエネルギーと時間を費やしていると、肝心な問題が後回しになる、からではない。政治が肝心な問題を後回しにしたくて、こんなことにエネルギーと時間を費やし、メディアがそれを助長したように見えるからだ。
 肝心な問題とは「事故原発の周辺地域にはもうずっと住めなくなるのか、住めるようになるとしてもいつからなのか」だ。が、これは希望のもてる答えが見つかりそうにない重い問いだ。
 それに向き合わずにすますため、政治家は手慣れた失言問題に飛びつき、メディアがあおる――。こう感じたのは今回が初めてではない。
 4月、松本健一内閣参与が、周辺地域の見通しを菅直人首根の言葉として話し、騒ぎになった。「場合によっては周辺30キロ以上のところも当面住めないだろう」などという発言だ。
 政界やメディアはもっぱら、住民感情への配慮が足りない、あるいは官邸の情報管理が甘いといった視点から取り上げ、批判した。その結果、肝心な内容についての議論は進まなかった。
 「死のまち」をいくつかの英語メディアは「ゴーストタウン」と訳した。この言葉は多くの人が指摘するとおり、朝日新聞を含めて日本のメディアにもしばしば登場してきた。記者の言葉、また、ふるさとを嘆く住民自身の言葉として、現実を語る表現だったはずだ。
 外来語でなくなったとたんに問題視することに、意味があるとは思えない。
 論説委員室では政策責任者の言葉だから問題なのだという反論を受けた。「放射能をつけちゃうぞ」という言動も緊張感を欠きすぎているとして、社説は「辞任はやむを得ない」と指摘した。
 だが、本人に思慮が足りないにしても、閣僚辞任までの事態の進み方は異様だ。
 メディアが問題にし、政治家が反応し、それをまたメディアが取り上げ、そのたびに騒動が肥大化、深刻化し、肝心の問題は置き去りになる。そして閣僚の首が飛んで終わる。このメカニズムは健全ではない。
 答えの出せない問いを、答えを出せる問いにすり替えても、人々の心に残るのは、政治とメディアヘの不信感だけだ。(オピニオン編集長兼論説主幹代理)」(2011/09/15「朝日新聞」p16「社説余滴」より)

自分の違和感に対して、この記事は少しだけ解を与えてくれたような気がした。
別に、前経済産業相をかばうつもりは毛頭無いが、政治家のほんの一言の揚げ足を取ってクビにして、「やった~」という日本の政治・・・・。何とも首筋が寒くなる。
そうなのだ。一番肝心なのは、福島の人たちが自宅に帰れるのかどうか・・・なのだ。誰も自宅が良い。どんな素晴らしホテルよりも、長年住み慣れた古い家がよい。年寄りであるほど、それは決定的。
それが、自宅がそのままであるにも拘わらず、その家に住めない・・・。津波に流されて影も形もないのなら、まだ諦めもつく。しかし・・・・

一方、子どもに対する放射能の影響の心配は、計り知れない。もし可能なら、子どもだけでもどこかに転居させたい。そう思うのが普通だろう。子どもの将来に少しでも悪影響が考えられるのなら、何とかしてそれを避けたいのが親心・・。しかし現実はそんなに甘くない・・・。

政府の発表を「大本営発表」だと評価する声が大きい。たぶんこれは正解なのだろう。すると、個人個人でそれらを勘案して個別に判断するしかない。しかし、いざそれを実行するとなると大変・・・

津波の被害は、人的被害を除くと、物理的には元に戻る。しかし、原発事故の被害は、元に戻るのに何年かかるか分からない。それは、若しかすると、誰も分からないのではないか・・。そして、その期間を想定した人は、とても恐ろしくて口に出せないのかも知れない。

それらの責任は、一義的には東電にあるとしても、もし震源地が関西や中部だったら、関電でも中電でも同じだっただろう、と思う。つまり、建設の基準は同じなのだから、もし事態が違ってくるとすると、それらは“偶然”の要素だけ・・・。つまり、今回の原発問題は、電力会社というより、日本の今までの政策そのものの問題だった気がする。つまりは、自民党政権の責任・・・。
よって、少なくとも原発事故に関しては、自民党は解決に向かって最大限の協力、推進をするものと思っているが、さてさてどうだろう・・・


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コメント

大臣の発言は一般人より重いと言うことなのでしょうが、死の町は事実だと思っています。県民の感情を逆撫でしたかどうかは個々の問題なので何とも言えません。

今、何をすべきかを考えると、大臣の罷免や責任追及に時間を費やす政治家の行動は馬鹿馬鹿しさ以外の何物でもありませんし、早期解散早期選挙を叫ぶ自民の態度は福島を始め被災地のことを真剣に考えているとはとても思えません。

どこかの市で福島で作られた花火の打ち上げが中止になったようです。花火の打ち上げに反対した人たちや福岡で福島産の物品の販売に反対した人たち、京都で送り火にクレームをつけた人たちは大臣の養護にまわるべきです。

今頃になって小泉元首相が減原発などと言っているようですが、在任中に原発対策を何もしなかった人物のこんな発言の方が責められるべきだと思います。

【エムズの片割れより】
こんな非常時にこそ、あらゆる人の人間性が表に出ますね。特に政治家は、一挙手一投足が報道されるだけに目立つ・・・
もし自分だったら・・・と誰もが考えて、決して「他人事として捉えない」ようには、ならないものでしょうか・・・

投稿: 通行人 | 2011年9月19日 (月) 12:20

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