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2011年9月の22件の記事

2011年9月30日 (金)

顧客志向に徹した「三菱の液晶テレビ」が素晴らしい

久しぶりに、大満足の機械を買ったようだ。三菱電機のオールインワンの液晶テレビ「LCD-40MDR1」(これ)である。
このような電子機器を買うと、いつも家に帰るや自室に閉じこもって、夕食そっちのけでワクワクしながら封を開ける。しばらくして、「フウー・・」とため息をつきながら茶の間に夕食に降りてくるのが最近の例。つまり「思ったような物ではなかった・・」が普通。
しかし、今回ばかりは違った。まさに自分で思っていた通りの製品だった。自分のやりたいことが全て入っていた。価格コムで「満足度第1位」に“なった事がある”(ここ)シリーズだけのことはある!?

はっきり言って、自分は生来の“テレビ人間”である。つまりテレビ大好き人間・・。特にNHKの番組が好きだ。それで、今までの人生では(少しオーバーだが)、常に最高級のテレビを自室ににデンと置いていた。ハイビジョンの薄型テレビでは、東芝のブラウン管のハイビジョンテレビ「32D3000」(2002年3月/17.6万円)の後継として、東芝のレグザ「37Z3500」(2008年3月/14万円)、そして茶の間用の、Panaのプラズマテレビ「TH-42PZR900」(2009年6月/18.1万円)(これ)を使ってきた。
しかし残念ながら、自分はレグザもPanaとも相性が合わなかった。レグザは当然に外付けHDDが魅力だったが、「認識しません」が続出。2TBの外部HDDを取り付けたものの、番組を途中でストップすると、常に録画リストの最初に戻ってしまうため、本当に使いづらかった。最近サービスに聞いたら、本来は見ている番組に戻るはずだと言うが・・。それに光で音をつなぐと、チャンネルを切り替えた時に、ジャ!というノイズ。もしかすると壊れているのかも・・・
それに、2倍速とは言え、残像が目に付いた。その残像がイヤで、Panaのプラズマを買ってみた。でも残像については、Panaのプラズマも同じようなものでガッカリした。そして、薄型テレビの残像は、SONYの4倍速を買わない限りダメなのだろうと思った。
しかしPanaは、HDD内蔵型が実に便利だった。もちろんレグザのように“HDDを認識しません”ということもなく・・・。しかし致命的な欠点が、同じ番組を一つのフォルダにまとめる機能がないこと。録画はだいたい毎週シリーズものを録る。しかしそれらがあっちこっちにバラバラにあるのでは探すのが大変。よってPanaは、せっかく1TBのHDDを持っているものの、録画済みの100に近い番組の中から、見たい番組を探さなければならず、到底使いものにならなかった。たくさん録り貯めをする、という使い方でなく、毎日のように録っては見て消す使い方になる。

そもそも「同じシリーズ番組をまとめるフォルダ」作りは、最初から自分が欲しかった機能。よって昔DVDレコーダを買った時にも、自動的に番組名の最初の何文字かを認識してフォルダを作る機能が、唯一付いていた日立製を買った。その日立のシリーズは、今も我が家で3台が元気に動いている。これも実に良くできた製品だった。しかし日立はDVDレコーダの販売を止めてしまった・・。
三菱のテレビは、とりあえずは番組毎に録画リストが出来るが、「並び替え」を実行すると、番組名の最初の5文字が同じ番組はフォルダーが新たに作られて、そこに入る。しかし日立のDVDレコーダーのように、自動でフォルダが作られるのではなく、番組探しの付加機能の位置付け。よって、毎朝のシステム再起動の動作により、作られたフォルダはキャンセルされ、1日しか持たない。よって必要な時に並び替えをしてフォルダ化する必要がある。でもまあ一動作多いだけなので、充分に使える。

今までのテレビ人生の中で悟ったことは(←オーバー!)、“気に入った番組を、キレイな画質で残しておくには、ブルーレイディスクに録画しておくしかない”。
東芝の外付けHDDは、テレビが壊れたら今まで録り貯めた番組はパー。著作権の問題から、録画したテレビそのもので見るしかない。つまり、機種の買い換えも出来ない。いつまでも修理しながら使い続けるしかない。DVDレコーダも同じ。HDDが壊れたり、レコーダが壊れたりしたら一巻の終わり。HDD内蔵テレビもHDDが壊れたら終わりなのは同じ。日立などのiVポケットという交換可能HDDもあるが高価。結局、ディスクに残しておくしかない。

よって、今回の製品選びは、PanaのHDD内蔵型が便利だった経験も活かして、「HDDに加えて、ブルーレイディスクも内蔵しているオールインタイプ」「HDDはなるべく大容量」「同じシリーズの番組の録画の時は、フォルダを作ること」「1.3倍または1.5倍モードの音付再生が出来ること」「残像を極力少なく。出来たら4倍速が欲しい」・・・と選んで行くと、この要求に該当するのは、SONY製と三菱製しか無い事が分かった。価格コムで調べると。何と三菱製の満足度が非常に高い。それにCMカット機能が付いているという。これについても調べたが、自動的にCM部分をカットして再生出来る「CMオートカット機能」が日本民間放送連盟からのクレームに屈して、2011年春発売の機種から取り付けないことになったとか・・・。
よって、この機能は、現行機種(2010年発売)までしか付いていない。そして、今後は永久に搭載しない機能になってしまった。よって来月の10月発売の“MDR2”シリーズよりも、旧製品の方がよっぽど価値があるということになる。
その他に三菱独自のテレビの向きを変えるモーターが付いているので、リモコンでテレビが左右に回る。この2つが三菱独自の機能。Netで読むと、CMカットはかなり効くらしい。そんな理由で、この10月発売の2011年モデルではなく、2010年10月発売の旧モデルを買うことにした。
つまり、急いで欲しいワケではないのだが、CMカット機能欲しさに、在庫切れ直前の今、慌てて買うことになったのが真の理由。
旧型製品の価格動向は、新モデルの発表後、在庫がダブついていると当然下がる。しかし、在庫が少なくなってくると上がる。それに今回のCMカット機能のように、新モデルに付かなくなると、旧型にプレミアが付いて、かえって高くなることもある。
9月の中旬の頃、価格コムで見る(ここ)。11万1千円・・・。安い。でも日に日に値段が落ちている。1円単位で40社が競合している。まだまだ市場に在庫があるようだ・・・。
9月の中旬から注意し始めて、2週間で12,500円も下がった。そろそろ・・・とムシが騒ぎ、10万2千円の時に通販に発注。すると、すると次の日には8千円も上昇。腹のムシのお陰で、底値で買えた。

その間、ある量販店で最新のSONY製とこの三菱製「LCD-40MDR1」が並んでいた。SONY製は録画リストが見づらいと思った。いろいろ動かしてみたが、ウン、三菱製は自分の欲しい機能が全部付いており、良さそう・・・
そして、一昨日製品が到着し、自室で電源を入れて動かした結果・・・。これは素晴らしい・・・

いつも重宝している、不要チャンネルのスキップも、番組表からの見ない局の除外も出来た。今まで日立製のDVDレコーダで録画していたディスクの再生も問題なく、あらゆる機能が自分の要求にピッタリ。ただ、リモコンがいまひとつ。自分が良く使うチャンネルの順送りボタンの位置が先頭過ぎて使いづらい。それに、「30秒スキップ」ボタンは良く使うのに、カバーの下に隠されている。仕方が無いので、カバーを最初から取り外して使うことにした。
大きな問題としては、光の音の出力に対して、映像が遅れる。よってホームシアターに光でつなぐと、口の動きと声とが同期せず、違和感・・・。サポートセンターに聞くと、映像を4倍速に加工しているのでその処理時間だけ映像が遅れるらしい・・。よって“4倍速を普通のモードに設定すると改善される”と言われたが、せっかくの4倍速を止めるのがもったいないため、アナログ音声出力から外部アンプにつなぐことにした。
音についても、ダイアトーンスピーカ内蔵なので音が良いという評判だが、自分は外部アンプにつなぐのであまり関係は無い。外部機器も、デジタルハイビジョンVHSデッキ(HM-DH35000)用のD4端子も付いているし、2台ある日立のDVDレコーダともMDMI端子でつなげる。おまけにI-LINK端子もあるので、昔のI・OデータのREC-POTからの再生も出来た。(制御は出来ないが)
しかし映像出力端子は付いていない。よって昔のVHFデッキで録画しよう、というのは出来ない。オールインワンなので、全てが本機内で出来るので、付けなかったらしい。
それと機能では、再生の1.3倍モードでは、「30秒スキップ」「チョット戻し」ボタンが効かない。「番組内容」表示の機能は、通常の番組を見ているときと、番組表を見ているのときにしか出ない。つまり録画の再生の時には「番組内容」の機能が効かない。これらは大変に不便。少なくても、今まで自分が使っていた、東芝、日立、Panaではそれぞれ動くので、他社は動くのに三菱だけが動かないこれらの機能は、使っていて違和感・・・。
他に不便な点としては、録画中に番組の削除が出来ない(Panaは出来る)。録画番組再生時の停止位置が、番組の削除をすると全て解除されてしまうので、実に不便。録画番組が、連続番組別にフォルダワケする機能があるが、毎日リセットされてしまうので不便。日立のように、全便組の一覧と、連ドラフォルダの2つあると便利。

そして肝心の画質・・・
音もそうだが、“良い/悪い”を比較・判断する時、スイッチをガチャガチャ切り替えて比較することは、自分はしない。じっくりと見て(聞いて)、“後味(あとあじ)”をゆっくりと味わう・・・。
その結果だが、これは画像も素晴らしい・・・・。つまり、「これはキレイだ・・」と、見ながらツイ声が出る。何が・・、ではない。見ていて、何か嬉しくなるのである。これは良い音の時も同じ・・・。理屈の世界ではない・・・のである。プラズマでも不満だった残像感もない・・・。これは期待以上。これはまさに4倍速の成果。特に横に流れるテロップで見ると、効果は歴然。このテレビは、4倍速のON/OFFが出来るが、それで比較すると素晴らしい機能だということが分かる。
もちろん、自分が持っている東芝やPanaのテレビに比べて、“2年だけ”新しいことも原因なのかも知れない。別に自分は各メーカーの最新型通しを比較したわけではない。単に今まで見ていたテレビに比べて・・という話。

失礼ながら、今まで歯牙にも掛けなかった三菱電機製のテレビ・・・。極端な言い方をすると、三菱のテレビを買うなど、自分にとっては“今までの人生観(価値観)がひっくり返る”ような出来事なのだ・・・。(一応、自分も現役時代に、あるメーカーの“テレビ関係のエンジニア”を標榜していた事もあるので・・・)

繰り返すが、今回ばかりは、うなった・・・。なるほど、価格コムで皆が絶賛するだけのことはある・・・。
しかし量販店の店先に。三菱製のテレビはほとんど置いていない。これは販売量の違いか??
思うに、三菱はある意味テレビ業界ではマイナーなメーカーであるだけに、“顧客志向に徹した商品企画”に絞ったのではないか。先行メーカーに無い顧客満足の機能を追求した結果、CMカット機能や電動のテレビの方向変え機能などを追加した・・・。しかし、日本民間放送連盟からのクレームに屈して搭載中止・・・。
昨日、CMカット機能を少し実験した結果では、CMを100%除外して再生した。ノウハウの塊だろうに、これからの機器に搭載除外とは、残念・・・。しかしこの機能は、まさにデジタル時代の産物なのだろう。

ともあれ、我が家には最近三菱製が増えてきた。前は石油ファンヒーターしかなかったが、エアコンも三菱になったし、とうとう家電の代表のテレビまで・・・・

ついでにコールセンターの話を少し・・・。昨日、三菱のサービスに初めて電話で問合せをした。他のメーカーのように、電話口で客を待たせるのではなく、受付嬢が要件を聞いて、あとから三菱から電話が掛かってくる仕組み。今回も1時間弱待たされたものの、専門の担当者から電話が入った。確かに、他のメーカーのように数十分間、電話の受話器を持ったまま待たされるより、こっちの方がよっぽど良いね・・・
長々と書いてしまったが、それだけ今回の三菱のテレビに思い入れが深い、と言うことで、ご勘弁を・・・

(関連記事)
プラズマテレビ(TH-42PZR900)を買ってしまった・・・
我が家もとうとう薄型テレビ・・・

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2011年9月28日 (水)

「働きやすい会社2011」ランキング

先日の「日経新聞」及び「日経産業新聞」に、「働きやすい会社ランキング」が載っていた。この手の記事はどうも気になる・・・。今年も見て行こう。

<「働きやすい会社2011」ランキング>
    「日経産業新聞」2011/09/26(ここ)より
順位(昨年) 社名   総合得点
①( 1)ソニー       514.42
②( 4)日立製作所   508.60
③( 2)東芝        507.26
④( 3)パナソニック   505.05
⑤( 7)ダイキンエ業  496.87
⑥( 9)富士フイルム  490.80
⑦(29)キヤノン     490.35
⑧( 8)日本IBM      486.27
⑨(43)資生堂      483.79
⑩(14)損害保険ジャパン483.05
⑪( 5)凸版印刷     478.31
⑫(34)武田薬品工業  476.50
⑬(26)第一生命保険  473.87
⑭(21)NEC         473.67
⑮(23)三菱商事     466.58
⑯( 6)富士通       466.40
⑰(87)住友商事     466.02
⑱(16)三菱電機     463.80
⑲(62)NTT東日本   462.90
⑳(30)リコー       461.73

詳細は(ここ)にPDFを置くので見て頂くとして、例年通りやはり電機メーカーが強い。ここ5年間を見て行くと、年毎に少しの変動はあるものの、上位に定着している。
    07→08→09→10→11年
ソニー ⑦→21→⑬→①→①
日立  22→③→④→④→②
東芝  ③→⑧→⑱→②→③
Pana  ①→②→①→③→④
NEC  ②→①→⑧→21→⑭

ベスト20を業種別に見て行くと、
電機 12社、商社 2社、保険 2社、化粧品、印刷、薬品、通信 各1社で、広い意味での電機が過半数を占めている。

「・・・評価側面別ランキングでは①人材の採用・育成②多様な人材の活用③職場環境の整備④多様な働き方への配慮――の4分野で集計した。それぞれの1位は①と②がソニー、③がダイキン工業、④が資生堂だった。
 ビジネスパーソンヘのアンケートは「働きやすい会社」の条件として重視する制度や取り組みを尋ねた。「非常に重視する」との回答が最多だったのは「休暇の取りやすさ」(48.3%)。2位は「労働時間の適正さ」(46.9%)、3位は「福利厚生の制度の充実」(38.7%)が続いた。職場環境の整備に注目する様子がうかがえた。
 このほか上位には「社員の勤続年数の長さ」(33.4%)など人材活用関連や、「人事考課の結果伝達」(32.4%)といった評価に関する項目が目立った。「出産後・育児中社員の仕事の継続しやすさ」(28.6%)など多様な働き方への配慮があるかという点も重視されている。」(2011/09/26付「日経産業新聞」より)

この辺りの状況は、例年とあまり変わらない。

これらのランキングを見てみると、老舗の大企業が圧倒的に強い事が分かる。新興企業は、そこまで手が回っていないのだろう。まあ、人材の使い捨てが当たり前、という企業風土の新興企業もあると聞くので、就職の時の会社選びは難しい。
でも、サラリーマンにとって、会社はある意味“自分の人生を預ける”ところ。会社の業績によって、自分の人生は大きく反転する。よって、こんな評価も、“会社を選べる人”にとっては、ひとつの判断材料になるのかも知れないな・・・。

(関連記事)
「働きやすい会社2010」ランキング
日経による「企業ランキング」~働きやすい会社2010
「働きやすい会社2009」ランキング
「働きやすい会社2008」ランキング

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2011年9月27日 (火)

今朝の通勤電車で・・・

今日は、何とも他愛のない話である・・・。
初めて、今朝の通勤電車で座れなかった・・。
自分は、朝の通勤電車でゆっくりと新聞を読むため、相当早く家を出ている。今朝はバスが遅れたため、ホームに着いたのは少し遅かったものの、いつもの通りにホームに並ぶ。
特別快速の後のいつもの快速電車。前はいつもこの電車に乗っていたが、最近混んできたので、今朝も座れず、ホームに並んだまま見送る・・・。その後は隣の駅電車が始発なので、今までは100%座れた。
今朝も、空いている席を目でゲット。視界に他の人は入っていない。“オレのものだ”と歩いて座ろうとすると、やにわに若い女性が視界に入る。ギョッとして一瞬たじろぐと、走ってきたその女性がストンと座ってしまった。自分は何が起きたか、一瞬きょとん・・・・。アレッ?? なんだこりゃ!・・・もちろん既に他に空いた席はなく、仕方が無く立ったままで電車は動き出す・・・。
事故で電話が遅れることがたまにあり、その時は立って行くこともあった。しかし今朝のような平常時で座れなかったのは、今朝が初めて・・・。ショック!

若い女性といえば、前にこんなこともあった。帰りの電車で、目の前の席の人が降りようとして立ち上がる。もちろん混んでいるので、その人が降りやすく体をひねってその人の通路を空ける。さて座ろうかな、と見ると、何と右に立っていた若い女性が、降りる人が立った瞬間、横からスルッと座ってしまった・・・。無念!!

思うに、これは“ダッシュの差”だと思う。つまり迫力の差。座ろうという意気込みの問題。今朝の若い女性も、座る意気込みが自分よりはるかに勝っていた、ということ。
まあ、自分は30分程だが、この女性は1時間をかけて終点まで行くのだろう。仕方が無いか・・・とヘンに自問自答する・・・。
確かに朝1時間寝て行けるのと、立って電車に揺られるのとでは、その日の疲労度に直結する。だからサラリーマンは誰も必死・・・

でも最近、“品”(ひん=品性)を考えてしまう。30分の為の、目を血走らせての“席取り合戦”をどう捉えるか・・・・。

話は変わるが、JR中央快速線でいつもヘンだと思うことがある。ドアの上に表示板があるが、その表示方法が気に食わない。基本的に「次の停車駅は・・・」という表示なのだが、「今どの駅に止まったのかな?」と思って見ると、いつも「東京行」。上り電車に乗っているので、そんなの当たり前。そうじゃなくて、今どの駅で止まっているの??・・・
これは表示器の設計思想の問題。駅で止まった時、ホーム側の開いたドアの上の表示器は、止まっている駅名を表示する。これは良い。しかし、開いたドアの反対側は、行き先を表示するのだ。これはその駅で乗ってきた人に対して、どこ行きかを知らせる目的なのだろう。でも乗る人は、普通入ってきた電車のサイドに表示している「**行き」を見て、乗るかどうかを判断する。決して、乗ってからどこ行きかを確認し、慌てて降りる人はいない。でもJRの設計思想は、間違って乗った人に対して、「降りろ」を案内しているのだ。
結果として、自分のように、駅で止まった時に「今どこの駅に止まっているの?」と見る人のことは考えていない。
一方、(少なくても自分が乗っている)私鉄は、ドアの上の表示は常に、止まっている駅名を表示している。走っている時でなく、駅に止まった時に表示器を見上げる自分が悪いのかも知れないが、自分はどうもJRとは相性が悪いようだ・・・。

どうも今日は、今朝座れなかった腹いせに、日頃のJRへの不満が出てしまった。でもJRも真の顧客満足を考えて欲しいもの。(JR中央快速線は、終電を除いて、ほぼ100%東京行きなのであ~る)

何?明日からの席取り合戦はどうするかって??品性を考えて、ゆったりと構えるかって??
若い女性にはまだまだ負けられん! 当分、今朝の女性に負けないように、ドアが開くと同時に、“ダッシュ”することにする。(もっとも“今朝やられた”女性がどんな人だったか、ショックで覚えてはいないが・・・)

(関連記事)
毎朝通勤電車で会うAさん・・・

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2011年9月26日 (月)

山口「瑠璃光寺の五重塔」と「金子みすゞ記念館」に行った

先日行ってきた広島・山口小旅行(ここ)での、最大の収穫は、山口の「瑠璃光寺の五重塔」と「金子みすゞ記念館」だった。
カミさんが決めた旅行先。行程をあまり気にしていなかったが、良く見ると「瑠璃光寺の五重塔」とある。前に書いた(ここ)「見残しの塔」という小説の舞台、と言うより、この小説の著者・久木綾子さんが惚れた塔である。

<山口「瑠璃光寺の五重塔」>
行ってみてハッとした。遠くから五重塔の姿が見えた途端、これはただ者ではないと感じた。そして境内に入り、全景を見たときの感激・・。チャラチャラしていない。まさにオトナの建物。
由緒も含めて、写真を撮りまくったので、見て頂こう。天気も快晴。まさに絵はがきのような姿である。“目に焼き付いた”というのは、こんな光景なのだろう。これを見られただけで、今回の旅行の“もと”を取った感じ・・・(写真はクリックで拡大)

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(関連記事)
89歳の新人作家~久木綾子さんの話
「六十の手習い」~“何か”残せるか?~久木綾子さんの話の続き
89歳の新人作家・久木綾子著「見残しの塔」を読む

<金子みすゞ記念館>
3日目の観光地にオプションで「青海島」とある。ガイドさんが「青海島に行かない人は、近くの金子みすゞ記念館に行く人が多い。記念館まで連れて行くので、自由に見てバスに集合・・」という。これこそ“タナボタ”。
自分が金子みすゞを知ったのは遅かった。たった3年前。それが今では日本国中、金子みすゞブームが起きているという。それに今の仙崎は、金子みすゞ一色とのこと。
一度行ってみたい。しかし場所が遠い・・・。それだけの目的で行くのもツライ・・・
そんな時のタナボタ・・・。青海島観光の船の発着所のすぐ裏手。歩いて数分。ブームとは言え、朝だったので空いていた。路地に面して古い書店。昔の店の再現。その2階には金子みすゞの部屋の再現。
記念館には、年譜や、ギャラリーの詩。なるほど・・・。聞いてはいたが、額に入った自筆の詩のメモに、上からスポットライトが当たり、手帳の詩の部分だけに光が当たっている。実にしゃれた展示である。出口近くの売店には、色々な本やカードを売っていた。
ここでも写真を撮りまくったので、見て頂こう。

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念願の「金子みすゞ記念館」。それがほんの“付録”で行けるとは・・・。
実に“当たった”小旅行ではあった。

(関連記事)
純白なこころ・・・「金子みすゞ」の世界
「没後80周年 金子みすゞ展」に行く

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2011年9月25日 (日)

広島・山口への小旅行~初めての国内ツアー

9月21日~23日に、広島・山口への小旅行に行ってきた。海外では一度だけ行ったことがあるが、国内では初めてのツアー参加である。・・・と言うのは、ツアーのガイドさんの旗の後にゾロゾロ・・というのがあまり好きではなく、今まではレンタカーを借りての自由行動の旅が多かった。今回は、カミさんの「宮島」見物の強い希望のもと、初めて国内のツアー参加となった。今日はそのメモ・・・

<1日目(2011年9月21日>~11,380歩
朝一番のバスでは間に合わないため、タクシーを予約で駅まで。順調に羽田まで行った。台風15号が関東に近付いており、飛行機が飛ぶかと心配したが、広島行きはOK。ラッキー・・・。広島空港への着陸は少し粗かったが、雨も止んで天気もまずまず。でも雲はとぐろを巻いているよう・・・。ガイドの案内でバスに。総勢44人。大型バスが満員。一路宮島に。
<宮島>
カミさんがずっと行きたいと言っていた宮島。・・・・ガイドさんの話では、宮島という島は無いのだそうで、厳島というのだそうだ。船に乗って宮島に。旅行会社の添乗員さんが、何度も「寝ないでちゃんと下りてくれ」と言っていた。前に、寝ていてそのまま本土に戻ってしまった人が居たらしい・・・。
さて宮島、厳島神社・・・。カミさんの様子がヘン・・・。「ちゃう・・・」と言う。神社が干上がっている。つまり干潮で、神社が海の水に浸っていない。「てっきり神社が水の上にあると思っていたのに・・・」と残念がっている。満潮の時刻に来ないと、その風景は見られない。(写真はクリックで拡大)

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<原爆ドーム・平和記念資料館>
続いて広島市内に戻って、原爆ドーム、広島平和記念公園、広島平和記念資料館に行く。自分にとっては宮島も広島も、3度目。学生の頃に最初に行き、2004年に出張のついでに行ったことがある。まあ定番・・・・
資料館で印象に残ったのが、原爆直後のドーム周辺の写真。それと原爆投下を決めたポツダム会議の説明・・・。曰く・・・
「1943(昭和18)年5月、アメリカが原爆投下の対象に想定していたのはドイツではなく日本でした。翌年9月、アメリカとイギリスの首脳は日本への原爆使用を合意しました。1945年春以降、日本の戦況が圧倒的に不利な中、アメリカには長引く戦争を終結させるための手段として、1945年11月に予定していた日本本土上陸作戦のほか、ソ連への対日参戦の要請、天皇制存続の保証、原爆の使用という選択肢がありました。こうした状況の下、原爆投下により戦争を終結することができれば、戦後のソ連の影響力が広がるのを避けられ、また膨大な経費を使った原爆開発を国内向けに正当化できるとも考えました。」

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原爆投下も、ソ連の終戦後の侵攻も、それぞれ米ソの判断だと思っていたが、その裏には色々あったらしい・・。

広島のホテルは豪華・・・・。何だか、1994年にアジア大会が広島で開催され、そのためにP11003321 作られたホテルだという。なるほど立派。しかし夕食のバイキングはいまひとつ。それに1階のブティックが、お客も見えず、寂しい・・。でも食後、ボーリングが出来た・・・。

<2日目(2011年9月22日>~10,088歩
朝から台風一過の快晴。ラッキー・・・。バスで一路、呉に。呉は、仕事で何度か行ったことがあるが、観光は初めて・・・。
<大和ミュージアム>
かなり大がかりな施設。1/10の戦艦大和が鎮座する。デカイ・・・。そして、隣には、潜水艦P11003371 のホンモノがあった。潜水艦が陸上に堂々と展示してあるのは、なかなかの迫力。そして中に入って、一部見学も出来る。無料の潜水艦だけあって、説明をしてくれる人は、自衛隊のOBの方のようだ。(ここでは、台風で家のFMアンテナが倒れたのでは・・と心配で、気もそぞろ・・。でも“大丈夫”のメールで気分も復活・・)

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<津和野>
P11003971 鯉の町、津和野。なるほど鯉がいる。しかも皆大きい。鯉の寿命は60年位だとか。水路に沿って、網で区切ってある。そうしないと、鯉は遡上の習性があるので、一カ所に集まってしまうのだという。
建物はさすがに風情がある。特に町役場の建物は、小学生の頃を思い出させる。少し離れたところには森鴎外の旧宅があった。(津和野は島根県。実は自分は島根県は初めて。出張でも、行ったことも通過したこともなかった。これで、残すは鳥取県だけ・・)

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<萩>
続いて萩に行く。萩は昔行ったことがある。独身の頃、山口放送に行った友人を訪ねた時に、取材を兼ねて、萩と岩国の錦帯橋に行った。その時以来だ。
萩では、松下村塾、吉田神社、木戸孝允の生家などに行く。松下村塾の貧相なこと・・・

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上天気の元、2日目終了で、宿は萩。ホテルは・・・、まあこんなもの・・

<3日目(2011年9月23日>~23,308歩
この日も快晴。ラッキー・・・。バスは、一路仙崎へ・・。ツアーでは「青海島観光」が主だが、行かない人は、何と「金子みすゞ記念館」が見られるという。予想外のラッキー!!
<金子みすゞ記念館>
別途書く。

<秋芳洞>
学生の頃行った時、秋吉台の秋芳洞(しゅうほうどう)と覚えていたが、“あきよしどう”と読むのだそうだ。学生の時は、これはなかなか見応えがある、と思ったものだが、二度目はやはり、それなり。ガイドさんが言っていた。休日は混んで、身動きが取れなくなるとか。だから平日に・・・。それにツアーは、分かっているので、出口から入って、1キロを下りで歩く。たしかにその方が空いている。内部は通年17度。暗いので写真はほとんどダメ。それにしても入洞料1200円は高い。

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<瑠璃光寺の五重塔>
一番素晴らしかったので、別途書く。

<岩国の錦帯橋>
最後が、岩国の錦帯橋。上天気で意外と景色がよい。カミさんは大はしゃぎ。何が気に入ったかと聞くと、橋を渡るとき、木の香りがしたという。向こう岸に渡ると、店に何やら長い列。アイスクリーム屋だ。暑かったので、当方も別の並んでいない店で買って、食べた。

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かくして無事に観光が終わった。自分は1日目が少し疲れたが、あとはOK。しかし何度も思った。歩く事に不自由していないうちに旅行はすべき・・・。さすがに秋芳洞は行かなかった人もいたし、途中からエレベータに乗って行った人もいた。(入り口からエレベータで途中まで行けるようだ)スタスタと歩けることは素晴らしい。

今回のツアー、我が家の結論は「意外と良かった」。“ゾロゾロ”も、それぞれの観光地である程度の自由時間があり、あまり窮屈ではなかった。それにガイドさんの後に付いて・・というのも抵抗があったが、ガイドさんの“博識”に参った。旅行会社の添乗員とは別に、バス会社のベテラン(オバサン)ガイドさんが付いた。その人が、幾ら慣れているとは言え、全ての説明で日にちまで含めて、淡々と説明する。良く細かい日にちまで覚えているな~と感心する。
ホテルは、“グレードアップ”コースにしたので、我々は不自由が無かったが、それにしなかった人は、萩では風呂も長蛇の列だったとか・・・。
帰りの広島空港。3Fレストラン街の一番奥の「お好み焼(広島焼)」の専門店街で食べたが、これがなかなかうまかった。入り口の“キャベツ無し”の店に列が出来ていたので、そこにしたが、なかなか美味かった。(後で調べたら「広島風お好み焼の有名店、「元祖みっちゃん」です。」ここ)とあった。やっぱり・・・)

羽田に着いて、リムジンバスのなかで一緒に行ったオバサンが話していた。「効率が良くて、とても素人ではあんなに短時間では回れない。それに安いし、ツアーが一番・・・」
まあまあ同感かな・・・。確かに今回のグレードアップコースでも5万円弱。オプションを入れても6万円に届かない。(正規運賃だと、航空券だけで5万円以上・・・)
ともあれ、カミさんが一番楽しみにしていた海水に浸かった厳島神社は、広島空港に大きな写真(看板)があり、その前で写真を撮ったので満足・・・・
色々行ったが、①瑠璃光寺の五重塔 ②金子みすゞ記念館 ③原爆ドーム・平和記念資料館 がベスト3かな・・・。そのうちまた行こう・・・。

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2011年9月24日 (土)

台風15号で5素子のFMアンテナが3素子に・・・

21日(2011/09/15)に関東を直撃した台風15号。ちょうど我が家では、広島・山口に旅行中だったが、アンテナが倒れたのではないかと気が気ではなかった。どうって事ない話だが、その状況をメモ・・・・

今回の小旅行のスタートは、21日7時55分羽田発広島行きの飛行機。足踏み台風の動き次第では、飛行機が飛ばないかも・・・。やきもきしたが、とりあえずは羽田へ。ニュース・天気予報の通り、21日の朝現在、まだ台風がは来ていない。飛ばない飛行機もあったが、広島行きは、中部地方上陸の予報を尻目に、運良く運行。広島空港の着陸は少し乱暴だったが、台風の関東を脱出出来てラッキー・・・。
所が・・・である。午後のバスガイドさんの話によると、台風は関東直撃で、関東の新幹線も飛行機も全てが止まっているという・・・。
夕方、広島のホテルに入り、テレビを点けてビックリ。関東地方が大変な事になっている・・。とにかく、心配なのはFMのアンテナ(ここ)。
もともと我が家のアンテナは、家を建てた23年前に、上から順に、UHF、VHF、5素子のFMの3つを同じステイ(ポール)に取り付けていた。
それが、今では、一番下の5素子のFMアンテナはそのままだが、一番てっぺんの小さいUHFはバカでかい(100キロ先の水戸局に向けた)10素子のFMアンテナに、真ん中のVHFは多素子の地デジ用UHFアンテナに、それぞれ変わっている。とにかく問題は、てっぺんに無理に取り付けてある10素子のFMアンテナ・・・

ホテルのテレビでは、ウチの「八王子市では午後4時37分に最大瞬間風速43.1メートルを観測・・・」と言っているではないか・・・。これはダメだな・・・・と直感。ワイヤ-の一本でも切れたら、ポール全体が倒壊して、アンテナの素子が折れ、全体の交換になってしまう・・。それに、もしアンテナ倒壊の家が多いと、なかなか順番が回ってこない・・・、なんて気になりだして、夜も眠れず・・・(は、ウソだけど・・)

次の日、カミさんが近所の友人宅に電話して聞くと、その家では台風でアンテナのポールが折れたという。ショック!普通の家のテレビアンテナが倒れたとすると、無理をしている我が家のアンテナは、到底耐えられなかっただろう・・・と。そして、散歩の時にでも、自宅がどうなっているか、見に行ってくれるように頼む。それから、返事が来るまで、気が重いこと・・・
しかし、昼前に来たメールには「アンテナは大丈夫でした」とある。ツアーバスの中で「バンザ~イ!」

昨夜遅く家に帰って、屋根の上を見上げると、暗い空に10素子が立っている。録音をチェックするも、普段と同じ。何も変わっていない。良かった・・・・
しかし今日改めて外に出て、アンテナを見てビックリ。東京タワーに向けた5素子のアンテナが3素子に化けている。つまり先端から2段目と、最後尾の反射素子がものの見事に脱落していた。あわててチューナーで受信感度をチェック。すると、それほどレベルは下がっていない。とりあえずホッとした。(写真はクリックで拡大)

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なるほど・・・。1年前に取り付けた若者(10素子)は、何とか風に耐えたが、23年前の素子(5素子)は、老化が激しく、今回の台風に耐えられなかったようだ。しかしマスト(ポール)とそれを支えるワイヤ-が耐えてくれたのには感謝・・・。

普通の屋外機器は、風速40メートル/秒でも“動き”、風速60メートル/秒でも“壊れない”、という規格で作られているはず・・。たぶん10素子のアンテナそのものは問題ないだろう、と思っていた。問題なのは、マストの上のステーリング部。ワイア-で四方に張ってあるが、その上のマストの部分に、10素子の横風の負荷が集中的にかかる。そこで折れるのではないか、という心配。
結果としては折れなかった。でもこれは、単に“ラッキー”だけだったのかも・・・・。

夕方、散歩の時に近所を見て回った。1件だけマストが少し傾いている家があったが、ほとんど大丈夫。5素子のFMアンテナを立てている家も何軒かあったが、皆無事。それでなぜウチだけが?? 少し解せないが、10素子が倒れなかったことで満足するしかない。

結果として、マルチパスの関係で使っていない東京タワー向けの5素子の被害だけで済んだ。来年(2012年)春のスカイツリーへのFM送信アンテナの引っ越しまで(ここ)、このまま様子を見る。スカイツリーへの移転で、うまくマルチパスが無くなれば、5素子を外すことも考えようか・・・。
とにかく、状況が分からない状態での心配は、なかなかしんどい。(まあ原発事故ほどではなかったが・・・)
それにしても、今回の小旅行の楽しみを吹っ飛ばしかねない台風ではあった。

●メモ:カウント~220万

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2011年9月20日 (火)

「おしゃれ、高齢者にも大事」

先日の「日経新聞」の「今どき健康学」にこんな話題が・・・。曰く・・

おしゃれ、高齢者にも大事
 ロンドン・オリンピックの出場権を獲得した女子サッカーの「なでしこジャパン」が、国民栄言賞をもらったとき、副賞に広島県熊野(広島市の近郊)でつくられた化粧筆が贈られた。私は健康の面から(特に女性の)、これは非常によいことだと思っている。
 というのも、前回この欄で書いたことだが、化粧は、「自分はどう見られているか」という他の人の目を意識することによって知らず知らずのうちにコミュニケーションをとっており、健康にとってよいと考えるからである。現実に、主に認知症になった高齢者を対象にした「化粧療法」が古くから行われている。
 「健康」とは何だろうと考えた場合、単に病気になっていない、体にけがや障害がない、というだけではない。「何事も前向きに考えよう」「積極的に生きよう」というこころの問題も大きい。自分を装う(化粧する)ことは、心の健康を伸ばす手立てにもなる。
 とはいえ、高齢者が若い人と同じ化粧法ではダメだ。時々、妙に若々しい化粧をした高齢者を街で見かけるが、これでは逆効果ではないかと思うことがある。年相応の化粧法があるはずだ。
 人間の五感のうちで見る、すなわち視覚情報が重要であることは論を待たない。化粧をはじめとする、自分を装うことでは視覚を大切にすることが欠かせない。
 視覚で重要なことは色彩を考えること。色はその時の自分の感情などを表す大切なものだが、同時に自分の気持ちを他の人に伝えるものでもある。色はメッセージ性をもっているし、その意味では大切なコミュニケーション手段である。特に高齢者は心の健康の維持
・増進のためにも、化粧や服装の配色に気をつかった方がよい。
 日本応用老年学会などが編さんした「高齢社会の生・活(いき・いき)事典」によれば、赤は「やる気や元気の出る興奮色。人目につきやすい」、だいたい色は「親しみやすさ明るさのアピール」などの意味がある、という。
 ところで、色に関しては肌の色などに合わせて、自分固有の色を待った方がよいという意見もある。その色を化粧や服などに取り入れるとおしゃれをしているというのだ。ある意味納得できることだ。(江戸川大学教授 中村雅美)」(2011/09/18付「日経新聞」p10より)

この記事で、“「健康」とは何だろうと考えた場合、単に病気になっていない、体にけがや障害がない、というだけではない。「何事も前向きに考えよう」「積極的に生きよう」というこころの問題も大きい。”という指摘は面白い。
それを真似て、自分なりに「健康」を定義すると、「“生きること”以外のことに興味を持って時間を費やせる状態」かも・・・
つまり趣味に時間を費やしている状態も健康だし、もちろん化粧に時間を費やしている状態も健康では?? 一方、不健康な状態は、幾ら体に問題が無くても、自分の体の不調を常に気にしている状態や、なってもいない病気が気になって仕方が無い・・・。そんな状態は健康とは言えないのだろう。
そう考えると、自分の日常の生活で、いかに不健康な状態が多いことか・・・。そして、いかに不健康な状態を自分自身で作り出しているかに、ドキッとする。例えば、今夜もまた寝付かれないのではないか・・。外出先で腹痛になったら・・・・。***となったらどうしよう・・・・。幾らでもある。それらは、自分自身で作り出している杞憂に過ぎないのだが、でも結局、その自意識につぶされてしまう。
ここで言う「健康な状態」とは、意外と難しいことなのかも知れない・・・。

実は、明日から3日間ほど、広島、山口に小旅行に出掛ける。さっきその準備をしながらいつもの光景・・・。つまり、「明日は何を着てゆく?」「暑いかな?半袖で良いかな?」…等々。つまり“おしゃれ”ナンテいうレベルではなく、「よそゆき」の服が見つからない・・。原因は単純。日頃“おしゃれ”をしていないから。“おしゃれ”という言葉に無縁だから・・・。
その点、女性はたいしたものだ。常におしゃれに気を遣っているので、出掛ける時には、むしろ、どれにしようかと迷うほど・・・

まあカミさんの付き合いとは言え、小旅行に出掛ける気になるだけ、我が家はまだまだ「健康」なのかも知れないな・・・・
(というワケで、3~4日、当blogもサボりま~す)

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2011年9月19日 (月)

瀬島龍三氏のビジネス~室伏稔氏の「私の履歴書」より

今月の「日経新聞」の「私の履歴書」は、元伊藤忠商事会長の、室伏稔氏だ。先日の記事に、かの瀬島龍三氏のビジネスについて書かれた一文があった。ビジネスマンにとって、実に示唆に富む一文である。少し読んでみよう。

「私の履歴書  室伏稔氏
  仕えやすい上司~相手引き込む交渉 驚嘆
業務本部長の瀬島龍三さんは厳しいが、仕えやすい上司でもあった。指示が常に明快かつ的確だったからだ。不明瞭な報告をしたり、瀬島さんの指示を履行していなかったりしたら、しばしば雷が落ちた。ただ、特徴的なのは部員に雷を落としてしばらくすると、ふらっと我々の部屋に入ってこられて、叱った部員に必ず何か言葉をかけることだった。気配りを忘れない人だった。
日常業務で指導されたのは、①報告書は必ず紙1枚にまとめる②結論を先に示す③要点は3点にまとめる――の3点だ。3枚上の報告書は絶対に受け取らず、突き返していた。また「どんな複雑なことでも要点は3つにまとめられる」が口癖で、我々に物事の本質を見極め、整理する習慣を身につけさせた。
 瀬島さんには、いすゞと米ビッグ3との提携など外国企業との交渉の場に何度も出て頂いた。その交渉ぶりはある意味で「神わざ」だった。まず、こちらの主張に対する相手側の出方、返答をあらかじめ読んでおられた。大抵はその通りに展開したが、まれに予想しない答えが返ってきた時には、通訳に対し「僕の言葉を正しく通訳したのか」と言われるほど自分の読みに自信を持っていた。
 瀬島さんは交渉の場では、メモもみないで話をされたが、その論理性と説得力に途中から相手側がぐんぐん引き込まれ、熱心に聞くようになるさまは驚きだった。いすゞとフォードとの提携交渉は結果的には成立しなかったが、途中でフォードの副社長が瀬島さんについて「自分が接したアジアの要人、ビジネスマンであんなに頭の切れる人は初めてだ」と感服していたのが印象的だった。
瀬島さんの交渉の別の特徴は、知らないことは「知らない」と率直に答え、「調べてご返事する」と約束し、必ず実行することだった。時に、こちら側に都合の悪いことも一切隠さず話されていたことも、人の信頼を得る道として、私は目を開かされた。
「用意周到、準備万端、先手必勝」――。交渉や事業の着手にあたって瀬島さんがよく口にされていた言葉である。とにかく徹底的に準備をしてから事を始め、とにかく相手に先んじることが必勝の道という教えだった。
商社の収益源の柱はかつての貿易取引の口銭から、事業投資による配当、利益分配に移った。その戦略も瀬島さんが先駆けとなった。特に資源開発については「石油や鉱物資源を取引だけでなく、資本で押さえることは長期的な会社の利益になるだけでなく、国益につながる」と主張され、大型の投資を相次いで主導された。そのなかには、豪州のマウント・ニューマン鉄鉱山、インドネシアのNATOMASの石油権益など伊藤忠の発展の大きな力になった案件も少なくなかった。
 振り返れば、瀬島さんの部下からは青柳健二さん、高原友生さん、林俊範さん、大木公治さん、柿澤國男さん、降旗健人さん、後藤茂さんら伊藤忠の経営陣に加わり、成長を支えた人たちが輩出された。
 2007年9月4日、瀬島さんが亡くなられた。10月17口に東京・築地本願寺で伊藤忠と瀬島さんが理事長をされていた亜細亜学園の合同葬が行われ、私は葬儀委員長を務めた。
それが私の伊藤忠商事相談役としての最後のつとめとなったことにも何かの縁を感じた。(元伊藤忠商事会長)」(2011/09/18付「日経新聞」p32「私の履歴書」より)

元(?)ビジネスマンの自分にとっても、実に示唆に富む話である。
瀬島龍三氏は言わずと知れた元大本営参謀。シベリアに抑留され、帰国後、伊藤忠商事で会長まで上り詰めた人。その人生は、山崎豊子の小説「不毛地帯」の主人公にも投影されている。
これらビジネスの基本を改めて示されてみると、まさにビジネスは、人と人との信頼関係(組織は所詮、人・・)と、時間を如何に有効に使うか、に掛かっているように思う。

自分も今、シルバーの世代に突入して、改めて現役時代を振り返ると、如何に自分が未熟だったかを思い知る事が多い。まあ今更やり直したいとも思わないが、やはりビジネスの基本は、「人間を磨かなければ、何も始まらない・・」と、思う。その点、自分はそう自慢できる経歴ではなかった・・・。
でも筆者が、瀬島さんのような上司に恵まれたというのも、出会いの偶然もあるだろうが、やはり優秀な上司から“見込まれる”ことが必要。つまりそれも筆者に実力があったればこそ・・・。
自分はもう過去形だが、現役のビジネスマンにとっては、まさに参考になる一文ではある。

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2011年9月18日 (日)

「何ともグロテスクな(鉢呂経済産業相の)辞任騒ぎ」

先日の鉢呂雄経済産業相の辞任騒ぎは、早いもので、もう風化している。繰り返される茶番劇・・・。いつも、何か違和感を感じていたが、先日の新聞にこんな記事があった。曰く・・・

「何ともグロテスクな辞任騒ぎ
     大野博人
 「死のまち」に端を発する鉢呂吉雄経済産業相の辞任騒ぎは、グロテスクだと思う。
 政治がこんなことにエネルギーと時間を費やしていると、肝心な問題が後回しになる、からではない。政治が肝心な問題を後回しにしたくて、こんなことにエネルギーと時間を費やし、メディアがそれを助長したように見えるからだ。
 肝心な問題とは「事故原発の周辺地域にはもうずっと住めなくなるのか、住めるようになるとしてもいつからなのか」だ。が、これは希望のもてる答えが見つかりそうにない重い問いだ。
 それに向き合わずにすますため、政治家は手慣れた失言問題に飛びつき、メディアがあおる――。こう感じたのは今回が初めてではない。
 4月、松本健一内閣参与が、周辺地域の見通しを菅直人首根の言葉として話し、騒ぎになった。「場合によっては周辺30キロ以上のところも当面住めないだろう」などという発言だ。
 政界やメディアはもっぱら、住民感情への配慮が足りない、あるいは官邸の情報管理が甘いといった視点から取り上げ、批判した。その結果、肝心な内容についての議論は進まなかった。
 「死のまち」をいくつかの英語メディアは「ゴーストタウン」と訳した。この言葉は多くの人が指摘するとおり、朝日新聞を含めて日本のメディアにもしばしば登場してきた。記者の言葉、また、ふるさとを嘆く住民自身の言葉として、現実を語る表現だったはずだ。
 外来語でなくなったとたんに問題視することに、意味があるとは思えない。
 論説委員室では政策責任者の言葉だから問題なのだという反論を受けた。「放射能をつけちゃうぞ」という言動も緊張感を欠きすぎているとして、社説は「辞任はやむを得ない」と指摘した。
 だが、本人に思慮が足りないにしても、閣僚辞任までの事態の進み方は異様だ。
 メディアが問題にし、政治家が反応し、それをまたメディアが取り上げ、そのたびに騒動が肥大化、深刻化し、肝心の問題は置き去りになる。そして閣僚の首が飛んで終わる。このメカニズムは健全ではない。
 答えの出せない問いを、答えを出せる問いにすり替えても、人々の心に残るのは、政治とメディアヘの不信感だけだ。(オピニオン編集長兼論説主幹代理)」(2011/09/15「朝日新聞」p16「社説余滴」より)

自分の違和感に対して、この記事は少しだけ解を与えてくれたような気がした。
別に、前経済産業相をかばうつもりは毛頭無いが、政治家のほんの一言の揚げ足を取ってクビにして、「やった~」という日本の政治・・・・。何とも首筋が寒くなる。
そうなのだ。一番肝心なのは、福島の人たちが自宅に帰れるのかどうか・・・なのだ。誰も自宅が良い。どんな素晴らしホテルよりも、長年住み慣れた古い家がよい。年寄りであるほど、それは決定的。
それが、自宅がそのままであるにも拘わらず、その家に住めない・・・。津波に流されて影も形もないのなら、まだ諦めもつく。しかし・・・・

一方、子どもに対する放射能の影響の心配は、計り知れない。もし可能なら、子どもだけでもどこかに転居させたい。そう思うのが普通だろう。子どもの将来に少しでも悪影響が考えられるのなら、何とかしてそれを避けたいのが親心・・。しかし現実はそんなに甘くない・・・。

政府の発表を「大本営発表」だと評価する声が大きい。たぶんこれは正解なのだろう。すると、個人個人でそれらを勘案して個別に判断するしかない。しかし、いざそれを実行するとなると大変・・・

津波の被害は、人的被害を除くと、物理的には元に戻る。しかし、原発事故の被害は、元に戻るのに何年かかるか分からない。それは、若しかすると、誰も分からないのではないか・・。そして、その期間を想定した人は、とても恐ろしくて口に出せないのかも知れない。

それらの責任は、一義的には東電にあるとしても、もし震源地が関西や中部だったら、関電でも中電でも同じだっただろう、と思う。つまり、建設の基準は同じなのだから、もし事態が違ってくるとすると、それらは“偶然”の要素だけ・・・。つまり、今回の原発問題は、電力会社というより、日本の今までの政策そのものの問題だった気がする。つまりは、自民党政権の責任・・・。
よって、少なくとも原発事故に関しては、自民党は解決に向かって最大限の協力、推進をするものと思っているが、さてさてどうだろう・・・

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2011年9月17日 (土)

「次々と・・・」~家電品の寿命

先日、“「もごもごさん」~滑舌について”(ここ)という記事を書いたが、今度は同じ筆者の「次々と・・・」という家電製品が壊れるお話。曰く・・・

「次々と・・・
   新井素子(SF作家)
家常の耐久年数って、大体十年くらいだそうなんである。
そんで、うちは、十四、五年前に、家を建てて引っ越した。(その時、大抵の家電を新調した。)
110917arai だから、耐久年数から言えば、よくもった方かも知れないんだけれど、ここの処(ところ)、家電がやたら壊れる。壊れまくる。
三、四年前から去年までの間で言えば、お風呂が壊れて、トイレ(お尻洗い機能がついている奴。一回これを体験してしまうと、二度と紙で拭く世界には後戻りができない…)が壊れ、四口あったガス焜炉の一つが壊れ(大本の、てんぷら火災を防ぐ為、何度以上になったら自動的に火を消すっていう処が壊れたので、点火それ自体ができなくなった)、照明の一つが壊れ(電球が切れたんじゃなくて、これまた大本の、電球に電気を配電している処が壊れたらしくて、どうやっても照明かつかない)……。
 その度に、私はもう、泣きっぱなし。ガス焜炉一つやトイレなんかは我慢しても、お風呂が使えなくなると旦那が激怒するし、照明が使えなくなると日常生活に差し障る、だか
らしょうがない、いくらかかっても、これは修理だ。
 そんで、家計をやりくりしながら、順番に修理の日々が続き(ガス焜炉は、これが壊れた頃、ちょうどうちの地区に「ソーラー発電の家にしませんか? 今なら、補助金でますし、ガス焜炉やめてIHクッキングヒーターにすると、それ、無償でおつけできます」っって言われたので、ガスやめてそれにしちゃった。)、その修理の日々が終わった頃。
東日本大震災がおきた。
       ☆
 そして。
 この震災後も。
 順調に、家電製品は壊れ続けている。
 まず、リビングのエアコンが壊れた。ただ、うちのリビングは十八畳あるので、エアコン、二つ設置してあったのね。そんでもって、節電を呼びかけられている時期だし、そのうち片方の故障を放置しても、日常生活は何とかなるかなーって理由で、これ、只今現在放置中である。
 だって。次に壊れたのが冷蔵庫で……これは、さすがに、放置できない。この冷蔵庫、修理すればまだ使えたとは思うんだけれど、十四年前のモデルだしなあ、買い換えた方が
省エネになるっていわれると(それに実際、買い換えるとすっごく性能がアップするんだわ)、ついつい買い換えたくなり、「じゃ、冷蔵庫買い換え、エアコンは、旦那の翌月の給料がはいるまで待ちましょ」って思ったら……旦那の給料日前に、今度は、私のパソコンが壊れた。
 これはっ! 我が家の電化製品の中で、壊れたら翌日にでも絶対何とかしなきゃいけないのが、これっ!だって、これが壊れていると、私、仕事ができなくなるんだもん。
 それを直しているうちに、食器洗い器が壊れた。まあ、しょうがない、我慢しましょう。亘那の部屋のエアコンが壊れた。我慢していただくしか・・・。
 って、やっていたら、昨日。
 炊飯器が、壊れた。
 わはははは、どうしようー。
 いや、鍋でも御飯は炊けるし、炊飯器なんてそう高いもんじゃないんだけれどね、わはははは、虚空を見てしまうぞ私。」(2011/09/13付「日経新聞」プロムナードp13より)

今日は、話の内容よりも、その文体に興味を持った。“天下の”日経新聞にしては、何と、くだけた口語体・・・。こんな記事も許されるんだ~・・。「新井素子」サンをNetで検索してみると、高校2年のときに「第一回奇想天外SF新人賞」に入選したという才女だそうだ・・・。

さて家電品の寿命の話・・・。常々、自分は“機械にも命が宿っている”と書いてきた。この話も、機械のお互いが連絡を取り合って壊れている! 実は先日ブルースクリーンになった自分のパソコン(ここ)。バックアップを完璧に取ったものの、その後、“ケロッ”として動いている。どうも、その直前に、その前に使っていたパソコンを処分しようと思ったため、それに呼応しての嫌がらせだったみたい・・・。(ホントウは、HDDの残容量不足が原因?)

家電品は使い過ぎると壊れる。まったく使わなくても壊れる。ほどほどに使うのが良い。でもそれがなかなか難しい。
今、自室のテレビを入れ替えようかと、虎視眈々狙っている。これは寿命と言うより、性能と、自分との相性の問題(REGZAは自分には合わなかった)。
大切なのは、新たな機械を買ったり、入れ替えたりする時は、今動いている機械に気付かれないように、そうっと交換すること。騒いで気付かれると、きっと嫌がらせを受ける。

話は飛ぶが、今日の夕方、メイ子(愛犬)が右後ろ足を上げたまま、ケンケンをしている。骨折か?捻挫か?ちょうどカミさんが帰ってきたので、深刻に病状をチェック。まだ7時前、獣医さんがまだ開いている。少し様子を見ようか・・とも言ったのだが、ヒヤヒヤしているのもイヤだ、という訳で、直ぐに病院に連れて行った。ウチの犬も8歳余。人間で言うと50歳をとうに超えている年代。つまり体にもガタが来ている、ということらしい。これからは膝に負担が掛からないように、体重を減らしたり、運動量を減らしたり、はてまた人間と同じようなコラーゲンのサプリメント・・!?とりあえず痛み止めの注射と飲み薬をもらう。(健保が効かないのが痛いが・・・)

機械も人間も犬も、みんな同じ。若い時には気にしなかったことも、トシを取るとあちこちケアしないとダメ・・・。
体も心も、故障する原因はほとんどが「ストレス」・・とは良く言うが、人間関係のストレスだけではなく、犬にとっては物見台へのジャンプも膝へのストレス。機械は使い過ぎはもちろん、放りっぱなしもストレス。我が家では、まずはメイ子のジャンプを和らげるために、踏み台を買ってあっちこっちに置くことにした。それに階段の上り下りも禁止・・・・
神さまをも含めて、どんなものにも寿命はある。でもその中で一番長生きして欲しいもの、やはりそれは真の命を持った我が家の愛犬である。言うまでもなく、こればかりは家電品と違って買い換えが出来ない・・・。長生きしてくれ~。メイ子!(おっと、話がそれたままだった。まっ、いいか・・)

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2011年9月16日 (金)

フジテレビのドラマ「それでも、生きてゆく」が終わった・・・・

フジテレビのドラマ「それでも、生きてゆく」(ここ)が終わった・・・・
このドラマについては、前に第2話が終わった7月の時に書いた(ここ)。そして昨夜の第11話の放送で終了した。

やはり、結果として我が家としては、今まで見たテレビドラマの中で、一押しの内容であった・・・。
110916ikiteyuku 細かなストーリーは書かないが、確かに殺人者の妹と、被害者の兄、という立場を考えると、決して結ばれない関係。でもその中で、希望を求めて若者が生きて行く・・・・。テーマは重い。しかし、それぞれに、最終回で「解」が示されたいたようだ。
カミさんに言わせると、内容は仏教的だ、という。因果が巡る・・・・。
そして、7歳で亡くなった娘に対して、短かったが、それなりに立派に生きた人生だ、と母親が最後に認めるシーン・・。
それに、カミさんの解釈によると、この妹は、兄が植物人間にさせてしまった女の子の母親役になる決心をしたが、これはシスターになったような気持ちかも知れない、という・・・。そうかも・・

最終話がやはり結論だったが、自分としては、中でも11分間にも亘る夜の公園での、瑛太と満島ひかるの二人の会話が圧巻だった。ベタベタせず、淡々と話す会話の中の真実・・・・。思わず一緒に泣きたくなる感情の凝縮・・・。
このドラマは、決して高視聴率ではないと聞いているが、その辺に転がっている一般のドラマとは、決して一緒にして欲しくないドラマ。その密度の濃さが、この11分に出ているように感じた・・・。そして別れの言葉が「行ってきます」・・・・
(画像が無くてあまり意味は無いのだが、音だけでも聴いてみよう・・・)

<フジテレビドラマ「それでも、生きてゆく」最終話より①>

カミさんが書き取ったセリフを転記しておく。
「思うんです。希望って誰かのことを思う時、感じるんじゃないかって・・・。希望って誰かに会いたくなるこなんじゃないかって・・・」
「どんな昨日(きのう)とかじゃなくて、どんな明日を見てるかで、話ができたらな・・・と思って・・・」

「私が誰かとつないだ手のその先で、誰かがあなたのてをつなぎますように・・・」
「つないだ手に込めた思いが届きますように」
「悲しみの向こう側へ」
「悲しみの向こう側へ」
「進め」「進め」・・・・・

これも絵が無くてあまり意味は無いが・・

<フジテレビドラマ「それでも、生きてゆく」最終話より②>

民放ドラマはNHKと違って再放送をしない・・・と思ったら、フジテレビ・オン・デマンドで有料配信をしていた。1600円弱で全編を見られるらしい(ここ)。でもパソコンや携帯画面では、ちょっと感動が伝わってこない気もするが・・・

ともあれ、カミさんのリクエストにより、全編DVDに落として録っておくことになった。いつ見るのかは知らない。たぶん見ないだろう。でも録っておきたいドラマ。カミさんに言わせると、“他のドラマが、子どもっぽくみえてしまう・・・”というドラマ・・・
少なくても、我が家では今後語り継がれるであろうドラマになった。(色々な賞を取っても良いと思うが、連続ドラマでは無理か??)

(関連記事)
フジテレビのドラマ「それでも、生きてゆく」

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2011年9月15日 (木)

大和田りつこの「夕方のお母さん」

自分は童謡・唱歌も好きで、mp3にした音源を1500曲ぐらい集めているが、先日NHK FMで放送された、大和田りつこの「夕方のお母さん」が印象に残った。歌唱もさることながら、この録音が面白い。先ずは聞いてみよう。

<大和田りつこの「夕方のお母さん」>

「夕方のお母さん」
  作詞:サトウ ハチロー
  作曲:中田喜直

カナカナぜみが 遠くで鳴いた
ひよこの母さん 裏木戸あけて
ひよこを呼んでる ごはんだよ
やっぱりおなじだ おなじだな

チラチラ波に 夕焼けゆれた
めだかの母さん 小石のかげで
はよはよおかえり ごはんだよ
やっぱりおなじだ おなじだな

サヤサヤ風が ささの葉なでた
こねこの母さん あちこち向いて
おいしいおととで ごはんだよ
やっぱりおなじだ おなじだな

この録音、ピアノの音が広がる・・・。マイクをどのようにセッティングしたのだろうとつい想像してしまう。

しかしこの歌、案の定(?)、サトウ ハチローと中田喜直のコンビ。
「ごはんだよ~~」が実に良い。そう、子どもにとっての母親は「ごはんだよ~~」に象徴されている。

「ごはん」=「お母さん」は切っても切れない。まあ世の中には、映画「誰も知らない」のように、子どもを放ったまま家を出てしまう母親もいるし、現実に子どもが餓死した事件も発生している。
でも普通の感覚では、「ごはん」=「お母さん」であろう。

自分が小学校の頃、何か悪いことをして親に叱られた時、「ご飯無し」というお仕置きがあった。大宮の生まれた家で、台所の板の間に正座をさせられ、ご飯無し・・・。小学校低学年だったが、その時の光景は未だに覚えている。(もちろん後で、親父に内緒で母親から食べさせてもらったが・・・)
親に叱られることは良くあった。小学校高学年の頃は、夕食後、毎晩のように「説教」と称して、兄貴と二人ちゃぶ台の前に正座をさせられ、親父の話。「説教」というのは本来有り難いものであるが、反抗心旺盛だった自分は、とにかく早く終わらないか・・と、ばかり思っていた。もちろん「有り難い」「良い話を聞いた」など有り得ず、「(大きくなったら親父を)殺してやる~」とだけ思った。未だに覚えている言葉は「心掛けが悪い」「感謝がない」・・・。よって益々心掛けを悪くしたものだ。
ときたま、親父が叱ることに母親が同調する。すると親父は、益々興奮して・・・・

本来、母親は、本音はどうあれ、子どもの味方に付くべきだと思う。叱られる子どもにとって、逃げ道は絶対に必要。父親に叱られても、母親だけは自分を守ってくれる。母親だけは自分の味方・・・。子どもにとってそれが唯一の救い・・・。例え100%子どもが悪くても・・・だ。
その点、ウチのカミさんは、子どもに対する「食事抜き」のバツだけは許さなかった。子どもが小さかった時、自分が「(自分がされたように)バツとして食事抜き!」と言うと、「食事をさせるのは親の最低の義務。それだけは絶対にダメ」と言い負かされ、自分も渋々それに従ったもの・・。今考えると、それは正しかったと思う。

先日読んだ、歌人・河野裕子さんの「家族の歌」(ここ)に、にこんな言葉があった。河野裕子さんの娘さんの永田紅さんのエッセーの一部である。
「・・・・母がいるから、家は家なのだと思う。家にはお母さんがいると思って、父も兄も私も毎朝出かけ、帰ったのだ。母が外に働きに出ていても、母の存在はいつもベースキャンプとして家にあった。誰かを待つこと、待っていてくれる人がいることは、この上なく大きい。それを失うことの想像はつかない。
 私か結婚して、母は、「家を明るくして、温かくして待っているのよ。暗い家に一人帰しては駄目よ」とよく言うようになった。なかなか実行できずにいるが、一緒に暮らすこと、伴侶を大事にすることの根っこは、こういうことかと思う。(22・7・3)」(「家族の歌」p139より)

人類(オーバーだが)、最後まで人の記憶に残るのは母親像。父親の存在など、ちっぽけなもの・・・。もし今度生まれ変わるとすれば・・・!?
やっぱり男が良い・・。(ヘヘヘ・・・)

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2011年9月14日 (水)

オペラ「フィデリオ」をTVで見る

先日、「そのうちに・・」という考え方を改めたい、という事を書いた(ここ)。「時間が無い・・」という言い訳はよそう・・・とも書いた(ここ)。
別に、それだから・・というワケでもないのだが、今日は、ベートーベンのオペラ「フィデリオ」をテレビで見た。

何となく、HDDに録画してあるTV番組を整理する気になり、削除していったら、前に録画しておいた「フィデリオ」が見つかった。ふと「そのうちに・・・」と先に延ばしていた“さえたるもの”が、オペラではあったことに気が付いた。それで意を決して(!)、全曲見てみた・・。結果は、何とあっけない・・・

ベートーベンの「フィデリオ」は、もちろん高校時代から良く知っている曲名。ただし知っている音楽は序曲だけ。「フィデリオ」序曲や「レオノーレ序曲第3番」など・・・
そして本編は、その存在を知ってから半世紀になるが、見ていない。テレビの録画の時代が来て、1993年、1998年などにVTRに録画している。しかし「そのうちに・・」とこれらも見ないまま・・・
つまり、先日「そのうち・・」とは“死んでから?”と気が付き、その第一弾として(?)録っておいたオペラを見る気になったというわけ。

前に“「曲を楽しむなら このオペラ」ベスト10”という記事を書いた(ここ)。この「フィデリオ」はここには登場していない。しかし、あれほど“心の負担”だったオペラの全曲視聴も、今回の「フィデリオ」は、時間にするとたったの1時間40分だった。まあ今日見たのは2003年4月の「ザルツブルク・イースター音楽祭」のラトル/ベルリン・フィル版で、放送にはレオノーレ序曲の演奏が入っていないせいで、30分ほど短かったのだろう。
しかしオペラは、なぜ「見るぞ!」と意気込まないと見ないのか?  何せ疲れるのである。特にワーグナーが・・・

何のことはない。大きい声では言えないが、我が60有余年の人生で、全曲視聴したオペラは「カルメン」と「ニーベルングの指輪」4部作しか見ていなかった。それに今日の「フィデリオ」が加わった・・・。これからたくさん録ってあるオペラ全曲を、順に見ていこうかと思っている。テレビは便利。何せ日本語の訳詞がスーパーされる。(若い時に劇場に見に行ったホンモノのオペラは、言語で歌うため、何が何だかさっぱり分からなかった・・・)
せめて、名前だけは知っている、または序曲だけは良く知っているオペラを、死ぬまでに1度は見ておかないといけない・・・。これらは人類の宝なのだから・・・

それにしても、オペラ歌手は今更ながらスゴイと思う。その他大勢は別にして、主要メンバーの歌う量の多いこと・・・。あれだけの音楽を、旋律や歌詞を全て覚えたおかなくてはいけない・・・。もちろん体力も必要だが、その記憶力も大変・・・。
それに比べ、楽員はスコアがあるので良い。待てよ?オペラ歌手も舞台下に何らかの手段で、(カンニングペーパーの)歌詞が流れているのかな??

ともあれ、音楽の総合芸術といわれている歌劇。順番に見ていこう。そうすれば、自分の“人生の宿題”の一つが終わることにもなるので・・・・

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2011年9月12日 (月)

「肉を増やさす智慧を増やせ」~ブッダの教える発想の転換(5/5)

今夜は十五夜、「中秋の名月」である。カミさんとメイ子(愛犬)の夜の散歩に付き合ったが、6年ぶりという快晴の空に満月・・・。こんなにも明るいのかと、改めて見上げてしまった。月の光は、家々の屋根を白く照らしている。でもやはり月は、家の屋根の上ではなく、林の木々の上に登っている月が格好良いな・・・。しかし中秋の名月も、毎年日が変わるのでなかなか難しい。そう言えば前に毎年の中秋の名月の日を調べたことがあったっけ・・・(ここ

さて、雑誌「大法輪」2011年5月号に「ブッダの教える発想の転換」を今まで5回に亘って読んできたが、今日はその5回目、最終回である。相変わらず耳の痛い指摘である。

「ブッダの教える発想の転換
   菅沼 晃(東洋大学名誉教授)
・・・・・・
<肉を増やさす智慧を増やせ>
 「この学ぶことの少ない人は、牡牛のように老いてゆく。彼の肉は増えるが、智慧は増えない」(『真理の言葉』一五二)
 この余りにも痛烈なブッダの言葉を聞くと、思わず「自分はこれまで人生について本当に学んできただろうか。牡牛のように老いてゆくのだろうか」と、考え込んでしまいます。
 その「牡牛のように」ということの理由が、「彼の肉は増えるが、智慧は増えない」ということなのですから。「学ぶことがなければ、お前は牡牛のように老いて行く。お前の肉は増えるが、智慧は増えないのだ」と、ブッダはこの私を厳しく戒めているのです。
 私たちは歳を重ねると、何事もわかったつもりになり、ともすると謙虚に学ぼうとする意欲を忘れがちになります。しかし、初心に帰ってブッダが遺した言葉を読み返すと、その教えの一つ一つが、私たちの日常的な発想の転換をうながすものであることに気づきます。どれでもよいから、ブッダの言葉をじっくりかみしめること。それが発想の転換につながることは間違いないと思います。」(雑誌「大法輪」2011年5月号p49~52より)

確かに、「私たちは歳を重ねると、何事もわかったつもりになり、ともすると謙虚に学ぼうとする意欲を忘れがちになります。」という指摘は当たっている。
シルバーになって、「何か新しいことを学ぼうとしているか?」という問いも耳が痛い。

「時間がない」・・。そう、自分の場合、すべては時間のせいにしてきた。内心、時間があっても出来ないことは出来ない・・、と分かっているくせに・・・

誰も知っている真理だが、忙しい時は、何でも早々に片づく。しかしヒマな時は、全てのスピードが落ちて、何も片付かない・・・。社業も同じ。忙しい人の所には、益々仕事が集中するのは、どの組織でも見られる共通の真理。

さて、「ヒマになったら・・」と自分が言い訳をしてきた項目は何だったろう・・と思い返してみると・・・。
「部屋の掃除」「読書」「録画してあるテレビ番組」「料理の手習い!?」「旅行」・・
昨日の「夫とコーヒーこそ『特別』」(ここ)の記事にあった「・・たとえ明日命が絶たれても「私の人生は幸せでした」と胸を張って言えるだろう。・・」という日常生活を早く送れるよう、心せねば・・・、とは思うのだが・・・・。何か焦りを感じるこの頃ではある。

今まで、「恨みを捨てれば敵は消滅する」「怒ればあなたは必ず負ける」「悪口は勝手に言わせておけばよい」「死を『前に見よ』」「肉を増やさす智慧を増やせ」と読んできた。
少しでも日常生活に、このブッダの言葉を活かしたいものではある。

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2011年9月11日 (日)

「夫とコーヒーこそ『特別』」

最近、こんな記事がどうも気になる・・・。昨日の朝日新聞の「ひととき」に、こんな日常の一コマが・・・。曰く・・

夫とコーヒーこそ「特別」
 休日の午後のひととき、食器棚の奥から淡いピンクとブルーのペアマグカップを出して、夫と私のためにコーヒーをなみなみと注いだ。「カップがきれいだと、いつものコーヒーもおいしく感じるね」と夫。
 貧乏性の私は、これまでいただいた食器類は普段は使わず、「お客様用に」「特別な日のために」と大事にとっておいた。
 でも今年初め、乳がんの再発を告知されてから考え方が変わった。「特別な日のために」ととっておいたら、とうとう使わないままになってしまうかもしれないのだ。そして気づいた。休日も仕事に出ることが多い夫と、日曜日の昼下がりにこうしてゆっくりコーヒーを味わう、そんなひとときこそ、私にとって「特別」なのだ、と。
 がんを抱えながらも日常生活を続けられる幸せをかみしめる日々。あと何年元気でいられるかわからないけれど、たとえ明日命が絶たれても「私の人生は幸せでした」と胸を張って言えるだろう。この気持ちは健康な体のままだったら気づかなかったかもしれない。
 普通の生活を送ることができる幸せに感謝しながら今日も初めて使うペアカップにコーヒーを注いだ。(宮崎県延岡市 K.A 主婦50歳)」(2011/09/10付「朝日新聞」p33より)

この話は良く分かる。何度か書いているが、自分もこの投稿者と同じく、「そのうちに・・・」という考え方は止めようと思っている。この方と同じように、「そのうち」が来ないままオシマイになる事が有り得るから・・・
それに、“何も無い日常生活”がどれほど幸せか・・・。
これは自分の備忘録だが、今日の夕方、ラジオ深夜便のMP3ファイルをラジオサーバーからウォークマンに転送している最中に、パソコンがブルースクリーン。このPCでは初めて! 東芝のサポートに電話して、復帰はしたものの何となく後味が悪い。外部機器との相性か、それとも何かPCに起きた?? 東芝サポートは、何度か起きる場合は、初期化が必要・・・。ああ、また時間が掛かる・・・。でもデータのバックアップはしたので、とりあえずは一安心。常にやっていると思っていたデータのバックアップも、チョット目を離すと、しばらくやっていない・・・。何と日常生活に埋没していることか・・・

話は戻るが、子どもの頃、家には「よそゆき(余所行き)」という言葉があった。母が言っていた。「この服は“よそい(ゆ)き”なので普段は着てはいけない・・・」と。つまり、新しい服は、どこか特別なところに行く時に着る、ということ。でも我々子どもは反対だった。「よそゆき、よそゆき、と言っている間に、体が成長して着られなくなったらどうする・・・?」。
いつの間にか、“よそゆき”は死語になった・・・。

やれることは、後回しにしないでやっておく。そう思っているこの頃だが、こんな事も関係しているのかな・・・??
この所、やけに“熱中すること”を探しているのである。何かに没頭していたい。ほとんどが趣味の世界の話だが・・・。これも人生の焦りなのだろうか・・。結局、現役時代を含めた自分の今までの生活が、“どこかで合点が行っていない”という自分の心の表れかも知れない・・・?だから焦っている??
まあ、それでも順番にやって行くしかない。まず体力のあるうちにやっておくべき事は何だろう? 海外旅行がその筆頭か・・・。海外旅行も、トシと共に段々と面倒になる。これこそ老化の現れではあるのだが・・。次は?・・・・

先の投稿記事にもあるように、人生、毎日が充実していて、いつ死んでもOKという生活が理想なのは分かる。でもそんなことは夢・・・・
そんな時が来ようとは、到底思えない自分である。

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2011年9月 9日 (金)

「『青いミラクル』に学ぶ」~女子サッカー

昨夜は、サッカー女子のロンドンオリンピックアジア最終予選で2位以内を確定させ、3大会連続4度目の五輪出場を決めた日本代表「なでしこジャパン」の快挙で大騒ぎ・・!?

先日の日経新聞「大機小機」にこんな記事があった。曰く・・・
「『青いミラクル』に学ぶ
 この夏、紺青のユニホーム姿のなでしこジャパンが、ドイツで聞かれた女子サッカーの世界大会で優勝した。彼女たちはこの快挙で、大きな亀裂を前に立ちすくんでいる日本の経済と社会に、希望と自信と勇気を与えた。
 なでしこは、第一に、明確な目標を持っていた。夢ではない。世界一になるという目標を皆が共有していた。第二に、勝ち上がるプロセスが堂々としていた。世界の強豪に次々と打ち勝ち、決勝では最強の米国に勝利した。第三に、逆境に耐える底力を発揮した。ドイツとは延長戦、スウェーデンには先行されるも逆転、米国には再度リードを許しながら、決して諦めない粘りで追いついた。
なでしこは、はからずも、道に迷いかけた私たちに、近代日本経済が目指した方向が決して間違っていなかったことを気づかせてくれた。
 すなわち、第一に、中心となる者たちが世界で武者修行し、個の力を錬磨した。米国、ドイツ、フランスといった国際的な舞台での鍛錬を重ねた。第二に、日本の持ち昧を生かすことに徹した。小柄だが俊敏でチームワークに優れる、日本人の長所を追求した結果がグローバルスタンダードになろうとしている。
 第三に、随所に、気高い行動を示した。チームとしてフェアプレー賞を贈られたこともさることながら、優勝を決めた直後に主力の一人がとった態度は米国だけでなく世界の人々の共感を呼んだ。PK戦で勝利の瞬間、死闘を演じ担譲らなかった米国の選手たちに歩み寄り、敵方の健闘に敬意を表したのである。武士道精神健在なりであった。
 明治以来の日本人は、世界に出て自らを鍛えてきた。今日の企業経営者も負けてはいない。経団連会長だったキャノンの御手洗冨士夫、コマツの坂根正弘、武田薬品工業の長谷川閑史各氏は、日本を代表するグローバル企業のトップに就く以前に、長期にわたる海外体験を積んでいる。フラットの時代、日本の強みであるボトムアップ力を徹底的に磨きながら、日本本籍のグローバル企業として好業績をあげる会社も少なくない。
 昨今憂うべきは、誠治を含め各面にはびこる、何でもありの風潮だろう。私たちは、なでしこが示した手本を心して見習わなければならない。さもなければ、世界から尊敬される高度先進国への軌道から、ますます外れてしまう。(一掃)」(2011/09/02付「日経新聞」p17~「大機小機」より)

自分が子どもの時は、サッカーは男子だけのスポーツだった。それなのに、今や日本の女子サッカーが世界大会で優勝するまでになるとは・・・
スポーツは言葉を要しない。そのひたむきな姿だけで、国民に勇気を与える。その後には日々の積み重ねがあり、それが見えるだけに、世界的な快挙に国民は熱狂する・・・。

翻って、自分は?? ⇒ スポーツ? ん? どこの国の言葉??・・・
自慢ではないが(!?)、自分ほど「スポーツ」という言葉に縁がない人間はいない。でも子どもの頃、キャッチボール位はやったかな・・・。親父が大の野球好きで、会社の草野球のピッチャーをしていたらしく、大会の前日になると「おい、キャッチボールを教えてやろう」と相手をさせられた。今思い出すと、自分が親父と・・・・??夢のような話だ。小学生の頃、兄貴とキャッチボールをやったこともあるが、いつも暴投でボールが草むらに入り込み、ボールを探したことばかり思い出す。息子とも、少し位はキャッチボールをやったかな??
新入社員の頃は、スキーが流行った。結婚するまでは毎年、週末に車で行ったもの。ボーリングも流行った。でもこれらは、スポーツと言うよりは、単なる遊びだった。
子どもが大きくなるに連れ、水泳が得意はカミさんが子どもに水泳を教えた。そのついでに、自分もプールに誘われ、“場違いなプール”に行ったこともある。自分もプールに付き合うとは、エラかった・・。でもそこまで・・・
そんな血統の我が家だが、上の息子だけはどうもスポーツマンらしい。草ソフトボールのピッチャーをやっているらしい・・・。これは突然異変?それとも隔世遺伝?どうも理解出来ん・・

でもさすがに“このトシ”になると、色々と口実を考えて、イヤなものには手を出さなくなる。もちろん自分は“スポーツという言葉”は最優先で排除!
考えてみると、自分の今までの人生、スポーツだけでなく、イヤなことはしなかった・・・と思う。(会社は別だけど・・)
まあついでだから、これからもスポーツのようなイヤなことには背を向けて生きて行くのだと思う・・。何とも、“『青いミラクル』に学ぶ”ことのない、最近の自分ではある。

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2011年9月 8日 (木)

「2011年版世界競争力ベスト10」~日本9位に低下

今朝の日経新聞に「日本の競争力 9位に低下」という記事があった。“ベスト10”好きの当サイトは、この手のニュースはつい取り上げたくなる・・・。曰く・・(写真はクリックで拡大)

日本の競争力 9位に低下~政府債務は最下位~142カ国・地域中
110908kyousouryoku ①(1)スイス ②(3)シンガポール ③(2)スウェーデン ④(7)フィンランド ⑤(4)米国 ⑥(5)ドイツ ⑦(8)オランダ ⑧(9)デンマーク ⑨(6)日本 ⑩(12)英国・・・・26(27)中国・・53(58)ブラジル・・56(51)インド・・66(63)ロシア・・・

世界経済フォーラムが7日発表した「2011年版世界競争力報告」で、日本の総合順位は前年より3つ下がって9位となった。順位が低下するのは08年以来3年ぶり。民間部門は引き続き高く評価されたものの、公的部門の低い評価が足を引っ張った。調査項目の一つである「政府債務残高」は、調査対象となった全142力国・地域で最下位となった。
110908kyousou  総合首位は前年と同様にスイスで、製造業や金融業の競争力、教育制度などが高く評価された。2位はシンガポールで、前年より1つ順位を上げた。財政問題に苦しむ米国は日本と同様に公的部門の評価が悪化し、順位を1つ落として5位となった。
調査項目別にみると、日本は「生産工程の先進性」「技術革新力」「研究開発投資」「顧客優先度」などが首位で、特に製造業が高く評価された。一方、政府部門は「国内総生産(GDP)比の債務残高」が最下位のほか、「財政収支」が135位、「農業政策」が138位と不振が目立った。
 世界経済フォーラムは「東日本大震災による悪影響は12年版以降に本格的に出てくる」とみており、今後さらに順位が低下する恐れがある。
 世界経済フォーラムは各国の政治指導者や企業経営者が集まるダボス会議の主催団体。経済指標や経営者へのアンケート調査に基づき、各国・地域の競争力を毎年評価して順位を発表している。
 同様に各国・地域の競争力を評価して「世界競争力年鑑」を出しているスイスのビジネススクールのIMD(経営開発国際研究所)によると11年版の日本の総合順位は26位。先進国に対する評価は成長を重視するIMDの方が世界経済フォーラムよりおおむね厳しい。 (ジュネーブ=藤田剛)」(2011/09/08付「日経新聞」p4より)

ちなみに、「中国香港は第11位、中国台湾は第13位、韓国は第24位にランクされた。ラテンアメリカ諸国のなかで最上位にランクされたのはチリで、第31位に入った。ブリックス(BRICS=ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)をみると、南アフリカが第50位、ブラジルが第53位、インドが第56位、ロシアが第66位にランクされた。・・・・」ここ)とのこと・・。
この評価は、なかなか辛辣である。つまり、“民間企業は世界でも超一流だが、政府や公的機関は、最下位付近をさまよう三流国家・・・と世界から評価された”と聞こえる。
まあ、1年交替の首相人事や、未曾有の災害を前にその実力が露呈してしまった今の日本の政治を考えると、まあそんなものだろうとも思う。

先日の日経新聞に「『怒る』ではなく『叱る』」という記事があった。曰く・・・
「・・・そもそも部下を叱る目的は何か。「組織のビジョンを示し、部下の行動を望ましい方向に変えるために、建設的で具体的な改善提案をすること」。・・・・では、適切な叱り方とはどういうものか。大切なのは感情的にならないこと。「『怒る』と『叱る』の区別がついていない人が多い。『怒る』は感情的な反応で、『叱る』は理性的な対応。感情的になるのは逆効果」・・・・・」(2011/09/03付「日経新聞」pS9より)

こんな記事を読みながら、原発事故の時、菅首相が東電に乗り込み、東電幹部を“怒鳴りつけた”事件を思い出した。この事件の評価も色々だが、まあ人間、イザと言うときほど、本音が出るもの・・・・。

ともあれ、首相が替わった。今日は首相が福島第1原発に行って東電の現場を激励したという。
調整型だという野田ヨシヒコ新首相。日本の政治が世界の三流から、いつの日か、せめて二流位になる事を期待したいものだが・・・。サーテ・・・・

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2011年9月 7日 (水)

「主のない電話」~永田和宏著「家族の歌」より

前に、「歌人・永田和宏氏のエッセーの朗読」(ここ)という記事の続編で、「「相槌」~河野裕子「家族の歌」より」(ここ)という記事を書いた。今日はその続き・・・
先日読み始めた「家族の歌」だが、ゆっくりと、そしてじっくりと読んでいる。この本は、決して急いで読み飛ばすような本ではない。そのひと言ひとことに込められている心情をおもんばかって読んでいる。その中で、こんな一文があった・・・・。何とも切ない話ではあるが・・・。

「このふた月あなたの声を聞かないがコスモスだけが庭に溢れる(永田和宏)
主のない電話~永田和宏
 電話が鳴った。音が違うと思ったら、河野裕子の携帯電話が鳴っているのだった。亡くなったあとも、携帯は充電器の上に置かれたままたった。
 かかってくるはずのない携帯が鳴っている。不思議な気分だが、誰かが彼女の死を知らずにかけてきたのだろうか。
 「もしもし」と電話を取ると、受話器の向こうでは確かに一瞬、息を呑んだ気配が感じられる。シンと無言のまま。もう一度「もしもし」と呼びかけ、そのまましばらくすると、消え入りそうな声で「済みません」と女性の声がする。
 それは私たちの短歌会「塔」の会員、Kさんだった。
「まさか、先生が出られるとは思わなかったんです」とひたすら恐縮している。「河野先生のことを考えていたら、急にたまらなくなって、出られないことはわかっていたのですけれど、思わずかけてしまいました」と言う。私か出てしまい、想定外のなりゆきに思わず絶句してしまったのであるらしい。
 いたずらを見つけられた子供のように、おどおどと言い訳をしているKさんは、普段は竹を割ったようなという表現がぴったりの、あっけらかんと好きなことを言っている広島にいる女性会員なのであった。その性格がとても好ましく、私も河野も好きな会員のひとりである。
 本当はまだ河野の思い出を人と話すまでには、自分白身が回復していない。
 私たちの短歌会の全国大会が、河野の死の一週後に松山であったのだったが、そこでも最初の挨拶で、私がみんなにお願いしたのは、まだ私に河野のこと、お悔やみを言うのは控えて欲しいということだった。
 さすがに百六十名ほどの参加者は、よく心情を汲み取ってくれて、誰もがそっとしておいてくれたのは、私には何よりありがたいことだった。
 Kさんとは、河野と一緒にスイスのユングフラウに登ったことなど、いくつかの思い出を、ぼつぼつと話をしたが、家族と話をしているような気分で、それは少しも嫌ではなかった。
 最後まで恐縮しながら電話を切ったKさんだが、衝動的に電話をかけてしまうほどにも河野のことを思ってくれている会員がいることに、なんだかほっと暖かい気分になって、しばらく電話の前にいたのだった。」(河野裕子、永田和宏、その家族(著)「家族の歌」p56より)

前に、誰かが「人は、肉体の死とは別に、誰かの心に記憶として存在しているうちは、まだ死んではいない・・」と言っていたのを、記事で書いたことがあると思い出して、「記憶の中」という文字でこのblogの左欄の「サイト内検索」をしてみた。すると出てきたのが3年前に書いた「永田和宏氏の短歌の世界・・・」(ここ)という記事・・・。何とも奇遇である。
改めて先の記事を読んでみると、3年前の番組で、氏はこんな歌を紹介していた。
“「亡き夫(つま)の 財布に残る札五枚 ときおり借りてまた返しおく  野久尾清子 南日本新聞の投稿歌」
死者はいつまでも向こうに行ってしまわないで作者の中に生き続ける。我々の記憶の中に留め置かないと、死者はあまりにかわいそう・・・“
ここ)より

話が飛ぶが、世で生涯未婚率の上昇が懸念されているという。男性が2割、女性が1割近いという。社会的な地位がある方は別にして、普通の家庭人の記憶は、代々、子・孫・・・と受け継がれて行く。
しかし未婚の場合、または子が居ない場合は、その人の記憶は、何となく消えて行ってしまう・・。血縁以外のつながりでは、その当事者の記憶はあんがい簡単に消えてしまうものなので・・・

“人”という字は、お互いに支え合っている、とは良く言われること。つまり社会。その最小単位が家庭。人間が生きていくためには、やはり人々が支え合う家庭が原点。
その意味でも「家族の歌」という本は、家庭の素晴らしさを高らかに歌っている。
一方、色々な家庭が存在するのも事実。幼児虐待を例に挙げるまでもなく、ニュースで暗い話が毎日のように報道されている。今、我が家で“凝視”しているテレビドラマ「それでも、生きてゆく」(ここ)でも、幼児殺人犯を出した家庭と、被害者の家庭が、その苦悩から脱しきれずに何十年も、のたうち回っている・・・。
「そんなのに比べれば、独り者は自由さ・・・」という論も確かにある。
しかしやはり家庭は大切だと思う。否、“大切な家庭”を作るべく、人は努力すべきだと思う。
この本を読みつつ、家庭の大切さ、ありがたさを思い、ふと周囲を見回す自分ではある。

(関連記事)
永田和宏氏の短歌の世界・・・
歌人・永田和宏氏のエッセーの朗読
「相槌」~河野裕子「家族の歌」より

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2011年9月 5日 (月)

「老後の1日は千金の値」

先日の日経新聞のコラム「抗加齢を学ぶ」に、「老後の1日は千金の値」という記事があった。曰く・・・

老後の1日は千金の値
 定年から亡くなるまでの人生は楽しく、充実したものにすべきだ。養生訓の著者として知られている貝原益軒は大食を避け、腹八分目の健康を唱えているが、また長寿を楽しむ事も推奨している。
 この書は彼が84歳の時に記したもので、現在でいえば100歳を超えた人の経験も踏まえた教えといえる。年をとると若い時より月日のたつのが10倍も早く、1日を10日、10日を100日、1ヵ月を1年として時を惜しんで暮らし、1日たりとも楽しまずに、むなしく過ごすのは惜しむべきであると説いている。一日一日を大事にして、いつまでも若々しく残りの人生を楽しんで過ごすべきなのだ。
 やりたいことや楽しめることをせずに、何となくだらだらと生き永らえるのはもったいない。人にはそれぞれの生き方があり、楽しむべきことは個々に異なる。人生をもう一度見つめ直し、自分はいったい何か本当にやりたいのか、好きなものは何なのか考えて、手
遅れにならない間に実行に移すべきだ。あまり残っていない人生だ。ゆっくりしている場合ではない。要するに年をとってからの一日は千金に値するのだ。(京都府立医科大学学長  吉川敏一)」(2011/08/26付「日経新聞夕刊」p7より)

先日書いた「ファッションデザイナー・森 英恵さんのトーク」(ここ)の記事の出所は「天野祐吉の隠居大学」。上の記事も、まさに隠居の薦めである。
例のごとく広辞苑で「隠居」を引いてみると・・・・、
いん‐きょ【隠居】
①世事を捨てて閑居すること。致仕。今昔物語集13「只―を好む心のみ有り」
②家長が官職を辞しまたは家督を譲って隠退すること。また、その人、その住居。戸主が自己の自由意志によってその家督相続人に家督を承継させて戸主権を放棄することで、中世の武家法以来の伝統的な法制であるが、1947年廃止。
③江戸時代の公家・武家の刑の一。地位を退かせて家禄をその子孫に譲らせること。
④江戸小伝馬町の牢内囚人の顔役の称。伎、小袖曾我薊色縫「行きやア―と立てられて、見舞の初穂を喰ふ株だが」
⑤当主の現存の親の称。また、老人の称。

しかし「隠居」という言葉は、何とも心地よい・・・。隠居大学のモットーの(?)「洒脱」という言葉も心地よい。
(「洒脱」しゃだつ:俗気を脱してさっぱりとしていること。あかぬけしていてこだわりのないこと)

当サイトのコンセプトである「老後どうする??」・・・。それも隠居という言葉を得ると、何かイメージが湧いてくる・・・。

生きていて“幸せ”を感じる瞬間。先の記事ではないが、それは人によって価値観が違うので、当然違う。自分の最近では、もう何度も書いているが、夜ベッドでFM放送のラジオドラマを聞いている時に幸せを感じる。“これは良い音だ・・・”と。
これは一例。温泉宿で温泉に入りながら“ああ幸せ・・・”と感じる人もいるだろうし、仕事の後の“一服”に幸せを感じる人もいる。

でもそれらはストレスの最中(さなか)では、とても感じられない。昨日、前に録ったNHKの“100年インタビュー「女優 黒柳徹子」”(2011/08/06放送)を見ていたら、こんな話をしていた・・。
黒柳さんがNHK専属で5年ほど働いたとき、過労で倒れて入院した。退院する時に院長先生に「死ぬまで病気をしたくないが、どうしたら良いか?」と明け透けに聞いたのだそうだ。すると医師は「そんな質問は初めてだ」と言いながらも、「一つだけある。自分の進んでやる仕事だけをおやんなさい」と言ったとか・・。「肉体の疲れは寝れば治る。しかしイヤだと思っている気持ちは溜まっていく・・・・」。それから黒柳さんは、それを心掛けたという。
50年以上前の話だと言うが、これはまさにストレスの話・・・。
現役サラリーマンでは、そんな事は望むべくもないが、そこはリタイア(間近)サラリーマンの特権で、我々シルバー族は可能かも・・・?
このコラムのように、これからの貴重な余生を、心安らかな隠居生活としたいものだが、サーテ、所で何をする??(おっとっと、またこのblogのテーマに戻ってしまった・・・・)
でもこれを機に、当blogのコンセプトを「老後をどう過ごす?」から、「余生の隠居生活をどう楽しむ?」に変更しようかな・・・?(←うん、こっちの方が前向きだな!)

●メモ:カウント~215万

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2011年9月 4日 (日)

画家・中島潔氏の話

NHKラジオ第2を聞くようになったことは、前に書いた。(ここ
半月程前だが、NHKラジオ第2で放送された日曜カルチャー「人間を考える~ともに支える~画家…中島潔」を聞いた。(2011/08/14放送)
Image07591 画家・中島潔については、前にNHKヒューマンドキュメンタリー 「風の画家 “いのち”を描く」(20010/12/23放送)を見て知った。その絵は良く目にするものの、この番組は鰯の大群を一つひとつ描いている姿が印象的で、よく記憶に残っている。(今更ながらこの番組の録画を消してしまったことが悔やまれる)
そう言えば、今年の2月に金子みすゞ展に行ったとき(ここ)、初めて中島潔の原画を見た。その絵の繊細さに圧倒されたものだ。(写真はクリックで拡大)

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そんな前知識のもとで聞いたラジオ番組だったが、画家・中島潔について、その経歴の特異さに益々興味が湧いてきた。なぜかというと、・・・・
Image07622 「氏の絵を続けさせた原動力は、氏が18歳の時に亡くなった母親に対する思慕と、新しい母を迎えた父親に対する憎しみ、反抗心だったという。もっと良い絵を描いて、父親に“どうだ”と見せたかった。
その後父親に会いに行くようになったが、父親は酒浸りだった。その原因は自分だと思った。それで毎日酒を持って父親の所に通った。その酒ばかり飲んでいる父親の姿を見て、壁にはね飛ばされた。自分の至らなさと、わがままと、思慮の無さに気付いて・・・。
父親の最後の10年間は父親に対する借財だった。
危篤の時に、父親が自分を呼んだ。「潔、すまなかった」と謝ると思って、これで心も晴れるなと思ったら、何と「潔、オレ熱いから火葬はいやだ」と言った。これを聞いて、良かった、良い人生を送ってくれた、と思った。・・・・」

少し聞いてみよう・・・

<画家・中島潔氏の話>

(この放送を全部(60分)聞かれる方は(前半30分)(後半30分)をクリックしてしばらく待つ)

この話を聞くと、先日の森英恵さんと同じく、成人してからでも自分の努力次第で、自分の天性を開花させることが出来る、ということが分かる

まとめて中島潔の作品を見たいと、本を買ってしまった。でも所詮印刷物。前に書いた金子みすゞ展での原画の素晴らしさが忘れられない。これは音楽の生演奏に似ている。録音とナマとは圧倒的に違うのだ。

・・・と展覧会は無いのかと探すと、唐津市近代図書館で「風の画家 中島潔が描くまなざし」が、2011年10月22日(土)~11月20日(日)に開催されることが分かった。(ここ
まさに地元での開催だ。しかし佐賀は遠い・・・。八王子から遠い・・・・。

他に無いのかと調べると、
「清水寺成就院の襖絵は東京のほか、2011年中に佐賀(佐賀県立美術館:4月9日~5月8日)と福島(福島県文化センター:8月13日~9月19日:中止)で、 2012には山形(山形美術館:4月12日~5月13日)、長野(水野美術館:8月4日~9月9日)、福岡(福岡アジア美術館:10月10日~11月25 日)で順次公開される。」という一文を見付けた。
近くても長野か・・・・!
しかし、この襖絵こそ中島潔の真骨頂。ぜひ見たいもの・・・。

他には、旅行会社のツアーでも、清水寺成就院の襖絵を見るコースがあるらしい。
何とか原画を見たいので、NHKの先の番組とともに、いつか実現したいと思う。
最近の我が家のモットーは「念ずれば通ず」。NHKの再放送も、中島潔の展覧会も、実現するものと信じて機会を待つ。

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2011年9月 3日 (土)

「日本 実は『高金利』~超円高の要因に」

昨日の日経新聞に“日本実は「高金利」”という記事があった。“実質金利”とは、目から鱗の切り口?? 少し読んでみよう。曰く・・・(写真はクリックで拡大)

日本実は『高金利』~超円高の要因に
          米欧は物価上昇 ⇒ 実質金利のマイナス拡大
 日米欧の主要国・地域で、政策金利から物価上昇率を差し引いた実質金利が、そろってマイナスとなった。物価上昇圧力が高まっているが、景気への配慮から利上げに踏み切れないためだ。金融が極めて緩和的な状況といえ、物価上昇を加速させやすい。デフレ傾向の日本やスイスの実質金利は相対的に高く、米国の実質金利との格差は広がっている。これが歴史的な通貨高の原因になっている。
110903kinnri  6月の米国の実質金利はマイナス3.3%で、1年前のマイナス0.8%から大きく低下した。ユーロ圈、英国もマイナス幅を広げた。日本とスイスの実質金利もゼロ近辺ながらマイナスだ。日米欧が実質マイナス金利となるのは2000年代半ば以来となる。
 先進国の実質金利がマイナスとなったのは、物価がじわじわと上昇する中で、景気刺激を優先して低金利政策を維持しているためだ。
 米国は少なくとも13年半ばまでは事実上のゼロ金利を続ける方針。欧州は7月に利上げしたが、金融不安の高まりを受けて「再び利下げに転じる」との見方が出ている。ただ物価上昇に対する国民の不満も高まっており、金融政策は景気刺激と物価安定のジレンマに直面している。
 経済成長が続く新興国でも実質金利は低下傾向にある。中国はマイナス3.2%、韓国もマイナス1.2%だ。実質金利がプラスのブラジルも8月31日、政策金利を0.5%引き下げた。実質金利の低下が世界的に広がれば、物価上昇の勢いが強まる懸念がある。投資マネーは実質金利が相対的に高い日本に流れ込んでいる。名目金利は低いが、物価上昇による資産価値下落の可能性が高くないと見ているためだ。
 日本の実質金利から米国の実質金利を引いた金利差は1年前は1.6%だったが、今年6月には3.21%に広がった。スイスの実質金利も米国より高く、円とスイスフランは8月に対米ドルで過去最高値を記録した。日本はすでにゼロ金利で、名目金利の低下余地は残っていない。デフレから脱却しない限り、実質金利を下げて円高に歯止めをかけることは難しい。
(▼実質金利 見かけの金利(名目金利)から物価上昇率を差し引いたもの。今回は各国・地域の政策金利から、経済協力開発機構(OECD)がまとめたそれぞれの消費者物価上昇率(エネルギー、食料を含む)を差しいて算出した。実質金利のマイナスは、お金を銀行に預けても利息収入が物価上昇に追いつかない状態。お金が投資や消費に回るため景気を刺激する効果はあるが、物価上昇など副作用も生じやすい。)」(2011/09/02付「日経新聞」p1より)

なるほど・・・。でもこの話は恐怖を伴う・・・・。
つまり当分円安にはなりそうにないので・・・・

大きな声では言えないが、我が家でも投資信託を・・・・。それが今の円高でボロボロ・・・
昨夜、毎年2月に開かれる70年入社の同期会の“ミニ”が立川で開かれ、台風の空模様の中で、11人が出席し、自分も行ってきた。そこで会ったMという男。その男は“入社式”以来の友人なのだが、会う度にこう“のたまう”・・・。
「(エムズ)さんを信じて、勧められた投信を買ったが、円高でボロボロ・・・・。**万円のロスだ・・・」。いつもの“口癖”なので、全く気にしていないが、「てやんで~。こっちはそれどころじゃない。もっともっと目を背けたくなる位にボロボロだ~・・・」と言い返してやった。エッヘン!

我が家の家訓、「臭いものには蓋」のごとく、目を背けているうちにどうにかなるだろう・・・・!? ナンテ思ってはいるが、こんな新聞記事を読むとガッカリだ。

あとひと月程で自分も64歳の誕生日を迎える。この64歳という年齢は、我々の年代では一つの転換点。つまり年金が全額出る年齢なのだ。まあ自分の場合は、サラリーマンの延長戦中なので、雀の涙の給料のため、年金が減額されるので、幾ら貰えるのかは良くは分からない・・・
でもサラリーマンは助かる。厚生年金だけでなく企業年金があるので、月々確実に振り込まれてくるお金は、安心を呼ぶ。
前にも書いたが、人間そうそうお金を遣えるわけではない。限度がある。よって、足腰が故障する前に、行きたい所には行っておくべきだし、買って楽しめるものは、早く買って楽しんでおくべき。(これも大きな声では言えないが)そんな言い訳で、今日もコンデンサー・ヘッドホンを買ってしまった・・・。
なーんて、無駄遣いの言い訳をしている昨今だが、理屈抜きに、「もとの安い円に戻るのはいつ?」・・・・

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2011年9月 1日 (木)

ファッションデザイナー・森 英恵さんのトーク

自分にとって、それこそ全く縁のない世界であるファッション界。そんな話を聞くのも、ヘエ~と思って、また楽しい・・。
NHKラジオ深夜便で「<天野祐吉の隠居大学>第5回ゲスト:ファッションデザイナー 森 英恵」(2011/08/29放送)を聞いた。
110901morihanae 自分でも、名前だけは知っているデザイナー・森英恵。何と言っても「英恵」を「ひで~(失礼!)」ではなく、「はなえ」と読むことに新鮮さを覚え、「自分は“はなえ”って読めるんだぞ・・」と、若い頃にその名前を覚えたもの・・・。しかし自分の人生の中では(←これ、オーバー!)、話はそこまで。別に森英恵ブランドのものを買ったこともないし、興味もなかった。
しかし、この番組を聞くと、彼(か)の世界的ファッションデザイナーの森英恵さんも、この業界のスタートは、結婚後、25歳の時にドレスメーカーに勉強に行ってから。そして友人からの誘いで、新宿の2階に部屋を借りて、洋裁店「ひよしや」を開店。そして、目立たせるために窓側をガラス張りにして米国直輸入のマネキン3体を置いてPR。それをキッカケに映画のファッションを担当。裕次郎の「狂った果実」など・・・。しかし映画業界はポルノ路線に移り、洋服が要らなくなっちゃった。それで仕事が無くなって(そりゃそうだ!)パリへ・・・。そして・・・。少し聞いてみよう・・・。

<天野祐吉の隠居大学~森英恵のトーク

(この番組を全部(40分)聞く方は、(ここ)をクリックしてしばらく待つ・・)

広辞苑で「おしゃれ」を引くとこうある。
お‐しゃれ【御洒落】みなりや化粧を気のきいたものにしようとつとめること。また、そうする人。「―な紳士」

この定義からすると、自分はどうも「おしゃれ」には無関係。“みなりや化粧を気のきいたものにしようとつとめる”努力が不足しているようだ。カミさんはそれを称して「いつも同じ服を着て、貧乏ゴッコしている」と言う。
でも確かに、子どもころから、格好良い服を着ようとか、良く見せようとか、そんな意欲がなかった。今考えると、これは怖ろしい話で、危うく“生涯独身”の危険性があったのだ・・!(クワバラ・クワバラ・・・)
でもたまにはカミさんと服を買いに行くこともある。何かのイベントがあると、「着て行く服がない」と自分が騒ぐので、「予め買っておけ・・」と。しかし買いに行っても、カミさんが勧める服はどれも気に入らん・・・。
これらは、自分の価値観から来ているのかも・・。つまり、オーディオセットに金は掛けても、服に大金を掛ける気がしないのである。

これは、決して自分の育った家庭環境のせいではなさそうだ。自分は知らなかったが、親父は、世間では「おしゃれ」と言われていたらしいし、お袋も裁縫の学校の出身で、子どもの頃から家ではいつもミシンが動いていた。まあお袋に“その道のセンス”があったかどうかは知らないが、少なくても「洋服」が身近にあったことだけは確か・・・

ふと、この放送にも出てきたが、良く聞くファッション用語で、意味を知らないものが多いのに気付く。この際なのでWikiで調べてみた。すると・・・
「オートクチュール」=(仏: haute couture)とは、パリクチュール組合加盟店で注文により縫製されるオーダーメイド一点物の高級服やその店のこと。フランス語でhaute(オート)は「高い」「高級」を意味する形容詞 haut(オー)の女性形、couture(クチュール。女性名詞)は「縫製」「仕立て服」のことで、高級仕立服を意味する。
「プレタポルテ」=(フランス語: prêt-à-porter)とは、既製服、とりわけ「高級既製服」を意味する言葉。フランス語でprêt(プレ)は「用意が出来ている」、porter(ポルテ)は「着る」という意味であり、à(ア)は不定詞を導く前置詞である。英語に直訳すると ready to wear、あるいは、ready to carry にあたり、「そのまま着られる」「そのまま持ち帰られる」とも訳せる。

なーるほど・・・・
ところで、ウチの家族のファッションセンスは?というと、気にしていないのは、どうも自分と長男(?)だけらしい。カミさんもまあそれなりに金をかけているらしいし(良く分からないが・・・)、次男坊も「服のセンスが良い」とカミさんは評しているし・・・。でも、30歳を超えて相変わらず“虫”が付いていないらしいので、ファッションセンスが無くても“虫”が付いた自分とは、やはり“人間の中身の違い”かもね・・・
でもこの放送で言っていた。人間の外見と中身とは違う、という言葉があるが、人間の外と中身とは同じであるべき。背広姿だけのサラリーマンは、自分を表現することに慣れていない・・・、と。

今までは、サラリーマンは背広と決まっているので、楽だ楽だと思っていた。しかしこの背広を脱ぐ日も近い。自分らしい服装というものをそろそろ考えないといけない頃かも知れないな・・・。

ともあれ、全くの別世界では話に入り込めないものの、このように名前だけは知っている“違う世界”の話は、なかなか新鮮で面白かった。

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