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2011年7月12日 (火)

我がピュア・オーディオへの回帰

少し前の新聞記事だが、朝日新聞の「男のひといき」という囲み記事に、こんな投稿が・・。
夢の車で第二の青春
 念願だったスポーツカーを64歳にして手にいれた。2人乗りのオープンカーで、色は白。旧友たちは、やれ狂い咲きだの、やれ年寄りの冷や水だのとからかうが、それはすべて「羨望」だと聞き流している。
 きっかけは、新聞に載ったある外国高級車の広告だった。「退屈な大人になるな」とのキャッチコピー。いまだ孫がおらず、友人の孫談議にうんざりしていた私の心はわしづかみにされた。
 そして、だめを押しだのがコラム「天声人語」で紹介された、自動車評論家の徳大寺有恒さんの言葉だった。スポーツカーの絶対条件は、「世間に不要なものであること」だという。
 現役時代、収入やら家族構成やらで、どんなに願っても高嶺の花で「我が家に不要」だったスポーツカー。無駄遣いなのは百も承知だったが、今年2月、清水の舞台から飛び降りた。もっとも、外国車は高すぎるので、国産だが。
 かくして、今年還暦を迎える女房と2人、白髪を覆う帽子を目深にかぶり、サングラスで目尻のしわを隠しながら、分をわきまえた控えめな速度で、第二の青春を昧わっている。退屈な大人になるのはまだ早い。(新潟市 N.T 無職 64歳)」(2011/06/26付「朝日新聞」より)

人間、何かに熱中しているとトシを取らない?? つまり趣味に没頭していると、若さが保てて、健康?? 上の投稿は“我々シルバー族”の今後のあるべき姿を示しているようで、大いに納得・・・。

そんなわけで、今日は(上のスポーツカーとは違うが)自分のオーディオ歴談義である。
自分の場合、ラジオ製作の趣味が小学校時代に始まった。中学時代にいっそう夢中になり、高校時代は受験で一休み。大学に入ってから拡大。就職もそちら関係に行こうかと思ったが、“かすった”・・。サラリーマン時代は、若いときは別にして、壮年期は全く時間が無く、オーディオの世界からは離れていた。でも“そのうち・・”と思っていたのもつかの間、1998年7月、51歳の時に耳が壊れて(ここ)、事態は一変した。
それまでは、健康診断で聴力測定は自慢だった。耳だけは自信があった。両耳とも低域から高域まで“高感度”で“フラット”。それがストレスによって発病した突発性難聴のせいで、右耳の高域が聞こえなくなった。いわゆる難聴なので、オーディオどころではない・・。

しかしその後、MP3に夢中になり出したのが2004年のころ。アイリバーのMP3プレヤーを買ったのを機に、レコードやテープなど、持っている全ての音源をMP3化した。少しくらい音が悪くても、所詮自分の耳の特性が悪いので、まあいいや・・・。それ以来、MP3での音源を集め続けている。

転機は、ちょうど1年前の2010年初夏。自分に色々な音楽ソースを与えてくれているNHK FMの番組を“なるべく良い音で聴こう”と思い立ったとき。子どもの時から“FMチューナーはトリオ(ケンウッド)”という既成概念があったので、ヤフオクでケンウッドのKT-1100Dというチューナーを買った。それを機に、(ここ)で最高級機のL-02Tの存在を知り、手に入れたのが昨年2010年の7月末。
それから1ヶ月余のメーカーオーバーホールを経て、この1年間我が家のL-02Tは大活躍。耳が壊れて以来、ステレオスピーカーからの音には違和感を覚えるため、もっぱらBOSEのイヤホンで聴いている。

この1年、関連の機器を手に入れたりして、それなりに楽しんできたものの、最近はネタ切れ・・。しかし“何か”していないと落ち着かない・・・。ふと、“FM放送の音楽のオリジナルは所詮CD。もう一度、CDのオリジナルの音に戻ろうか・・”という気になった。つまりピュア・オーディオへの回帰(?)である。それで欲しくなったのがSONYの「NAC-HD1」というジュークボックス。もともと自分は、CDを100枚収納できるSONYの「CDP-CX100」というオートチェンジャーCDプレヤーを使っていた(1993年12月)。この「NAC-HD1」はそれのデジタル版だ。これを手に入れたのが今年の5月だった。
FMチューナーをつないでみて、イヤホンからの音が格段に良いのにビックリ。これはつまり、今まで使っていたヘッドホンアンプの性能の問題なのだが・・・。Netで「NAC-HD1はデジタル出力が優秀だ」というウワサを知って、ついでに海外製のDAコンバータを買った。これはもっぱらヘッドホンアンプとして使う目的。これがやはり音が良いのだ。それから、FM放送をPCMのまま録音して改めて良い音で楽曲を集める事と、持っているCDをこのジュークボックスに録音して、改めて聴く趣味が始まった。
「NAC-HD1」はSONYらしい製品だが、メジャーにはならなかった。つまり、アナログ録音のレベル調整が出来ない。録音したCD音源は、元のCDのままのため、音量にバラツキがある。フォルダの階層が3階層しかないため、音源の整理が大変。・・・等々、色々と致命的な欠陥(?)があるため、実に優秀な性能の割に売れなかったらしい。でも良い音を聞くには実に便利な製品なので手放せない・・・。

しかし話はこれでは終わらない・・・。ほんの1か月前、家電量販店で、BOSEのスピーカーシステムの展示品を見た。小さいスピーカーから、あのBOSE独特の音、そして独特の低音。昔から、あんなに小さなスピーカーから、よくあれだけの音が出る・・と感心していたBOSEだ。
それで、また「ことによると、スピーカーからの音を、難聴の自分も楽しめるかも・・」と思い立った。耳が壊れて以来、違和感のためスピーカーでの聴取は諦めていたのだが・・・

勢いで、BOSEのデジタルホームシアタースピーカーシステムを買ってしまった。そして“祈るように”電源を入れた。結果はNG。現実は残酷である。仏教でも言っている。人生は苦である。つまり、何事も思い通りにならないのである・・・。
特にサラウンドは、自分のように右耳が壊れた者にとると、もの凄い違和感。やはりな・・・・
でもスピーカーの間隔を近づけると、違和感が少なくなることを見付け、それで使うことにした。

そんなわけで、このところ凝っていた自分なりのピュア・オーディオへのバタバタ劇も、そろそろ一段落して来たのでメモしてみた。
Img_27081 今は机の上に「NAC-HD1」が鎮座し、せっせと持っているCDを録音している。そしてベッドに寝ながらリモコンで操作して聴く(MP3とは比べようも無いくらい良い音の)音楽・・・。
その音楽が例え“香西かおり”であっても、“前川清”であっても、良い音で聞く音楽は自分にとって別世界・・・・

来年(2012年)春、東京のNHK FMの送信所は東京スカイツリーに引っ越す(ここ)。これで、もしFM放送のマルチパスの悩みが消えると、たぶん今以上に高S/NでFM放送を聴くことが出来るだろう。
そしてまた「長生きしていて良かった・・」と思えることだろう。何か無理に“熱中するテーマ”を探すエムズ君ではある。でもそれは決して“料理”ではない。これこそが問題なのだ・・・!?


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