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2011年7月28日 (木)

「有り難い」という言葉・・・・

最近、トシのせいか「有り難い」という言葉が頭に良く浮かぶ。そして、改めてこの言葉を噛みしめている。

「広辞苑」にはこうある。
あり‐がた・い【有り難い】
①存在が稀である。なかなかありそうもない。珍しい。万葉集17「これを除おきてまたは―・し」
②生存しにくい。生きがたい。源氏物語東屋「世の中は―・くむつかしげなるものかな」
③(世にも珍しいほど)すぐれている。立派である。宇津保物語吹上上「いと―・き君と聞きたてまつるぞ」
④またとなく尊い。もったいない。恐れ多い。伽、七草草子「帝釈天王は天降り給ひ、…汝が親を若くなさんとて薬を与へ給ふぞ―・き」。「―・い教え」
⑤(人の親切や好意などに対し)感謝したい気持である。身にしみてうれしい。梅暦「思ひがけない御隠居さまの―・いおぼしめし」。「君の心づかいが―・い」「―・く頂戴する」
⑥本当に恵まれていて、うれしい。「―・いことに雨は降らなかった」

前に「「ありがとう」の仏教思想(1/6)」(ここ)という記事で、「ありがとう」という言葉について書いた。
仏教的には、「有る」ことが「難しい」こと、つまり広辞苑で言う①「存在が稀である」こと。しかし日常的には⑤「感謝したい気持である」の気持ちで使うことが多い。

「感謝」という目線で一日の出来事を思い浮かべてみると、朝、目が覚めて、いつものように活動できることが有り難い。朝食をキチンと食べられて有り難い。愛犬が元気にウンチをしている事が有り難い。新聞をゆっくりと読めること(世間の動きに目が行って、載っている事件の、悲劇の当事者でないこと)が有り難い。テレビドラマの世界にのめり込んで、ドキドキハラハラとそれを楽しめることが有り難い。通勤電車が遅れもせずに定刻通り動いていることが有り難い。会社がまだ存在している事(失礼!)が有り難い。毎晩10時になるとカミさんと和室に集合して、ほんの20分の坐禅が出来ることが有り難い。夜、いつものように、何事もなく自分のベッドで寝られることが有り難い。・・・等々、考えようによっては、日常生活のありとあらゆる事が、“有り難い”対象になるのではないか?

一方、いつも口を尖(とが)らせて、文句ばかり言う人もいる。これらは、単に姿勢の問題。物事をどう捉えるかの・・・。
前にこんな記事を書いた。
「・・・高速道路を運転させていた九州に赴任している息子が、高速を降りて料金所で金を払うときに「ありがとうございました」と言っている。反射的に「エライな~」と言ったら、「挨拶するのは当たり前だろう」と叱られてしまった。関東では皆“無言”と思ったが、九州では挨拶するのが普通らしい。」(ここより)
同じような話で、先日も新聞の投稿欄にこんな記事があった。“スーパーのレジで、お金を払う客が、ほとんど無言。中にはイヤホンで耳をふさいでいる人もいる。スーパーのレジを打つ人も人間。「ありがとうございました」と言われたら、客も“それが当然”という態度ではなく、何か言葉を返したいもの・・・”という内容。
バスを降りる時も同じ。ありがとうございました、と言って降りる人もいるが、自分は始終無言だ。

結局、原点がどこか・・という話。やってもらう事が「当たり前」と思うと、ありがとうという言葉は出て来ない。しかし、自分の期待以上にして貰うと、自然に“ありがとう”が出てくるもの・・・。
(いつもカミさんと感心しているのが、日本のスーパーのレジさんの丁寧さ・・・。商品を扱うことが、実に丁寧で、挨拶も行き届いている。わざわざ一つひとつをポリ袋に詰めてくれたり・・・。そこまで丁寧にすることはないのに・・と思う)

おっと話がずれてきた。「有り難い」だっけ。
自分も段々と人間が枯れてきたせいか、感謝する気持ちが芽生えてきたようだ。しかし感謝の言葉を発する事は少ない。今日の帰りのバスを降りる時も、やはり自分は無言だった・・・。“感謝の気持ちを口に出す・・・”。それが出来るかどうかが、今後の課題かもね・・・

何?今までで一番「有り難かった」こと?
ウーン。前に、(寝ていてお腹を冷やしたせいか)電車でトイレに行きたくなったとき、慌てて駅のトイレに駆け込んだときに運良く“個室が空いていた!”。この時は「有り難かった」。ホントウに・・・。用が済んだ後に、トイレの便座に向かって「ありがとうございました!」と最敬礼したのは言うまでもない・・・。


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コメント

私もまた、枯れて来たかどうかは別として、有難うと言う言葉を、良く使うようになりましたね。何時頃からだろうかと思ったら、心臓病で、救急車で病院に運ばれ、一命を取り留めてから・・・?と思う。やはり死線を自らの力で越えたとは思わないが、遺書を書く心境になってからのような気がします。命があって本当に良かったと思ったからでしょうかね。

【エムズの片割れより】
現役時代の、肩を怒らせていた頃に比べると、自分も随分と肩の力が抜けてきました。同時に、何事に対しても、感謝の念を抱くことが多くなりました。これもトシの功ですかね・・・

投稿: 金子 次郎 | 2011年7月31日 (日) 14:49

楽しみなブログです。こっそり拝見しておりました。年齢も似ておるようにも思います。心より御礼もうしあげます。

【エムズの片割れより】
“やろー”というネームは、何とランボウな・・・・
どうも当サイトは、“隠れ読者”が多いようで・・・。でもこんないい加減なサイトでも、読者がいるという事は、有り難いことです。

投稿: 野老 | 2011年8月 2日 (火) 21:47

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